ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第188話 陽はまた昇る

 

-アイスフレーム拠点 マリアの部屋-

 

「雨、止まないね」

 

 この日は朝から一日中雨が降り続いていた。まるで、仲間たちの気分を代弁するかのような悲しい雨。ランスとルークの決闘から二日が経った。昨日の午前中にアイスフレームの拠点へと帰ってきた一同は、そのまま戦いの疲れを癒すべく解散。今朝から活動を再開する予定であったが、この雨もあり今日も引き続き活動は休みとなっている。いや、休みになった理由は雨だけではない。

 

「ルークさん、やっぱり抜けるんだね」

 

 今朝、ブラック隊隊長であるルークがウルザの屋敷を訪れ、レジスタンスから抜ける事を伝えたのだ。その噂は即座にアイスフレーム中を駆け巡り、大きな騒ぎとなった。耳を澄ませば、今も雨音と共に人の話声が聞こえてくる気がする。しかし、この騒ぎも当然の事。アイスフレームは、ランスとルークの二人が来てから大きく変わった。二人がこの短期間で成し遂げてきた任務の数々は、アイスフレームの構成員に二人の存在の大きさを理解させるのには十分な成果であった。その内の一人、それも世間的には『解放戦の英雄』として名の売れているルークが抜けるというのだ。共にペンタゴンに乗り込み二人の諍いを目の当たりにした仲間達はまだしも、拠点に残っていた者たちからすれば青天の霹靂だろう。

 

「……レームは大丈夫なのか……」

「……ルザ様ならばなんとか立て直し……」

「……元々、よそ者が偉そうにしているのは納得が……」

 

 様々な声が拠点の中から聞こえてきては、雨音にかき消される。隊長が抜ける。いや、恐らく一人では済まない。ルークを慕ういくらかの人間はアイスフレームから離れるだろう。そして、抜ける事が予想される面々はいずれも主力級のメンバー。ウルザは隊の再編を余儀なくされた。それこそが、今日の活動が休みとなった本当の理由。

 

「これからどうなるんだろうね……」

 

 窓から外を眺めるのを止め、マリアが部屋の中を振り返る。ベッドに腰かけているのは、無二の親友。先程から話しかけているのに、返事がまるでない。俯いたままの親友に対し、マリアは少しだけ困ったように微笑んだ。

 

「それで、志津香。話って何?」

 

 

 

-アイスフレーム拠点 本部-

 

「…………」

 

 ウルザが椅子に腰かけながら頭を抱える。机の上には、隊員たちの資料が所狭しと並べられていた。

 

「あまり根を詰めるな。体に障るぞ」

 

 そんなウルザに温かいお茶を差し出すのはダニエルだ。机の上に置かれたお茶を見ながら、ウルザは口を開く。

 

「でも……」

「どれだけの人間が抜けるかは明日にならんと判らん。再編を考えるのはそれからでも良いだろう」

 

 ルークがアイスフレームを出ていくのは明日。それまでに仲間たちは各々の考えを纏める事となっていた。

 

「……ある程度の予想は付ける事が出来るわ」

「他にも考えなければいけない事があるだろう。あまり自分を追いつめるな」

 

 確かにダニエルの言う通り、今ウルザが考えなければいけないのはルークの事だけではない。ペンタゴンとの再度の会談も近日中に行う必要がある。むしろ、こちらの方が重要なイベントだ。出して貰ったお茶には口を付けず、ウルザは再度頭を抱える。

 

「情けないわ……こんな状態になるまで気が付けなかった自分が……」

「古い付き合いの者たちでも気が付けていなかったんだ。そこを悔いる必要はない」

 

 ランスとルークの爆弾にウルザは気が付く事が出来ず、結果主力であるルークの離脱を招いてしまった。アイスフレームを取りまとめるリーダーとして、ウルザは自分の失態を悔いていたのだ。あの日、ルークとランスの決闘の際、ウルザはテントの中で眠ってしまっていた。だが、この事でウルザを責めるのは酷だろう。元々足を怪我してからは拠点内に引きこもっていた彼女が、今回の任務では無理をして前線に立ったのだ。その疲労は大きく、テントに入るなりすぐに眠ってしまっていた。当然、二人の決闘にも気が付かず、翌日拠点に戻ってからダニエルに事のあらましを聞かされ、そして今朝対策を立てる間もなくルークから離脱を告げられた。

 

「抜けるならランスの方がありがたかったのだがな。上手くいかんものだ」

「……ダニエルは気が付いていたの? 二人の事……」

 

 ダニエルはウルザと違い、あの日起きていたようだ。ロゼたちの会話を一言一句聞き逃さず覚えていて、拠点に戻ってからその事を伝えてくれた。ダニエルとて自分を担いで前線を駆け回ったのだ。疲労は大きかったはず。それなのにそんな深夜まで起きていたという事は、不穏な空気を察していたという事だろうか。そう思い、ウルザは疑問を投げた。

 

「……いや、そういう訳じゃあない。だが……」

「……何?」

「ルークの奴がアイスフレームから抜ける可能性があるのは、前から薄々感じていた」

 

 それは、ウルザが孤児院を訪れていた時の事。ダニエルに告げられた、ルークの真意。

 

『あんたとウルザが何を考えているかは知らんが、もしそれが俺の意に反する事なら……俺はいつでもアイスフレームを抜けるぞ』

 

 元々、ルークは自分とウルザの事をあまり良くは思っていない。アイスフレームに協力しているのは、他の者たちへの義理からだ。相応の理由があれば、いつ抜けてしまっておかしくはない。そんな立ち位置だった。

 

「(だがそれでも、抜けて欲しくはなかったがな……)」

 

 ウルザにもルーク自身にも告げた事のない本心を胸の内に隠しながら、ダニエルはウルザの横に佇む。

 

「そういえばダニエル。本当にあれは渡して良かったの? 私は良いけど、ダニエルが許可するのは意外で」

「……まあ、奴なら悪用する事はないだろうからな」

 

 それは、ルークの事を認めていたダニエルなりの餞別だったのかもしれない。

 

 

 

-アイスフレーム拠点 ブラック隊詰所-

 

「おいっす☆」

「……どうしたの? こっちに来るなんて珍しいじゃない」

 

 こんな雨の中、ブラック隊の詰所を訪れたのはグリーン隊のメガデスとプリマの二人。手を挙げながら挨拶をしてくるメガデスに対し、ナターシャは怪訝な表情で言葉を返す。

 

「ぶっちゃけ、ブラック隊の面々がどうすんのか聞きに来た☆」

「本当にぶっちゃけですね……」

 

 メガデスの言葉に反応したのはインチェル。今、詰所の中にいるブラック隊メンバーはナターシャ、インチェル、珠樹、バーナードの4人。ナターシャは武器の手入れ、インチェルは回復薬の残数チェック、珠樹はインチェルの付き合いとそれぞれ理由があって詰所にいた。バーナードはいつの間にかいた。

 

「まあ、少なからずうちにも影響あるしね。ついていかないなら、何人かはグリーン隊に来るだろうし」

「ブラック隊の解散は既定路線ですからねー」

 

 プリマの言葉を受け、珠樹が頬に手を当てながらそう呟く。元々ブラック隊は少数精鋭の部隊。少数であれた理由は、ルークとその仲間の強さがあったからこそ。このままブラック隊を誰かが引き継いで、という話にはならない。素直に残ったメンバーを各部隊に振り直しというのが既定路線だろう。

 

「まあ、私はグリーン隊に行く事はないだろうけどね。隊長に嫌われてるから」

「ああ、トレード事件」

「悲しい事件でしたわ。よよよ……」

「煽ってんの? ねえ、それ煽ってんの?」

 

 元々ナターシャはグリーン隊所属であったが、容姿がランスの好みに合わずプリマとトレードされた経緯がある。少しだけ気まずそうなプリマ。珠樹の言葉は天然か煽りなのか、それは誰にも判らない。

 

「私はシルバー隊希望かな」

「あれ? アベルトのいるブルー隊じゃないの?」

「この間フラれたから気まずくて……」

「おおぅ……ん? って事はルークにはついていかないの?」

「そりゃそうよ。別についていく理由もないし」

 

 当然だろう、という風に肩を竦めるナターシャ。確かにブラック隊では世話になったが、ついていく程の仲ではない。

 

「って事は、二人も?」

「うん。言ってもそんなに長い付き合いじゃないし」

「ですわねー」

 

 インチェルと珠樹もアイスフレームを抜けるつもりはないようだ。それに続くように、部屋の隅で瞑想していたバーナードが口を開く。

 

「男が一度為すと決めた事は捨てて、組織を抜ける訳にはいか……」

「で、グリーン隊の方はどうなのよ」

 

 まだ話途中だったのだが、特に聞いている者はいなかった。ナターシャが今度はそっちの情報を寄越せとばかりに問いを投げる。

 

「あー……まあ大体残るんじゃね? シィルとロッキーは当然。コパンドンも連れてきたのはルークだけど、ランスに惚れてるし残るっしょ」

「パットンが残る宣言するのは意外だったね。ルーク寄りだと思ってたから」

「そりゃ見る目ないわ。どっからどう見てもランス派だろ、あの肉達磨」

「えっ? マジ?」

 

 プリマの意見をバッサリ切るメガデスであったが、ナターシャも意外そうな反応を見せる。どうやら彼女もパットンはルーク寄りだと思っていたようだ。

 

「……んー、肉達磨がルーク寄りだと思ってた奴、挙手」

 

 メガデスの言葉を受け、手を挙げたのはプリマ、ナターシャ、インチェル、バーナードの四人。メガデスと同じ考えだったのか、手を挙げていない珠樹をちょいちょいと手で呼び寄せ、その肩を抱きながら数歩後ろに下がり他の四人と距離を取る。

 

「ほい、ここが見る目ある奴と無い奴の境界線な。ここからあっちの連中、モテないシスターズ☆」

「止めろ!」

「アベルトさんにフラれるのも納得ですわー」

「おい、やっぱ煽ってんだろ!」

「シスターズ……俺が長女か」

「バーナードさん!?」

 

 ブラック隊の詰所からは、この後も暫くの間やんややんやと騒ぐ音が聞こえてくるのだった。彼女たちはルークと出会って日が浅い。当然、わざわざ組織を抜けてまでついていくという選択にはならないだろう。悩みもショックも、他の者たちよりは少ないのだ。そう、元々アイスフレームにいたメンバーで悩むとすれば、それはルークたちと以前から付き合いのある者。

 

 

 

-アイスフレーム拠点 孤児院-

 

「ん? あたし? 抜けないよ」

 

 平然とそう答えるシャイラを前に、セスナは少しだけ驚いたような顔を浮かべていた。ここは孤児院のダイニング。部屋の隅ではネイがキムチにフットを引き渡しているところだった。

 

「フットの引き渡し、完了しました!」

「はい、確かに。ご苦労様です」

「おい、おかしいだろ」

 

 ビッと敬礼し合うネイとキムチに突っ込みを入れるフット。今の彼は何一つ拘束されていない自由の身だ。一応、彼の名目は人質。ならば、この状況は明らかにおかしい。

 

「アイスフレームにも牢屋くらいあんだろうが。そこに入れろよ」

「いやー、おっさんにはここが一番暴れられないところだろうなって」

「おいおい……」

 

 あっけらかんと答えるシャイラ。その対応にフットはため息をつく。当然この処置はウルザもダニエルも知っての事だろう。あまりにも甘すぎる。

 

「何? 暴れるつもりなの?」

「…………」

 

 キムチの反応に押し黙るフット。そんな彼を見ながら、どこか嬉しさと悲しさを含んだ複雑な笑顔をキムチは見せる。

 

「……お帰り、ってのも違うか。まだペンタゴンの人間なんだもんね」

「そうだな。悪ぃが、立場を変えるつもりはねぇ」

「うん……でもさ、今の間だけは昔みたいに、子供たちの面倒見てよ」

「……まあ、どうせ黙ってても提督とウルザの話し合いはすぐにあるんだ。大人しくしてるさ」

 

 頭を掻きながら子供部屋の方を見るフット。自分の飼い犬は既に子供たちと仲良く遊んでいた。キムチたちがペンタゴンにいる頃から、フットは子供には懐かれていた。初めこそ強面で怯えられるが、純粋な子供たちは悪意のない人間というのを敏感に見抜くのだろう。フットと長く触れ合えば触れ合う程、子供たちはフットに懐くのだ。

 

「っと、話の腰を折っちまったな、悪ぃ。あたしはアイスフレームからは抜けないぜ。ネイもそうだろ?」

「ん、そうね。私も抜ける気はないわ」

 

 孤児院についてから、セスナは神妙な面持ちでシャイラに問いを投げた。シャイラはアイスフレームから抜けるのか、ルークに付いていくのか、と。その答えがこれだ。あまりにも軽い。

 

「シャイラとネイは……」

「ん?」

「悩まなかったの? 付き合い、長いんじゃないの……?」

 

 シャイラとネイは自分よりもルークとの付き合いは長い。それなのに、悩みはなかったというのか。そんなセスナの問いを受け、シャイラはすぐには答えを返さず後ろにいたネイに話を振る。

 

「まあ、付き合いは長いわな。腐れ縁だけど」

「最初の頃はランスとルークの事恨んでたものね。殺してやるーって。まあ、ルークについては勢い任せの勘違いだったんだけどさ」

「なにそれ、面白そうね。後で聞かせてよ」

 

 キムチが興味津々な様子を見せる。後でな、とジャスチャーを送り、シャイラは話を続ける。

 

「ランスかルークか選べってんなら、そりゃルークだぜ。ランスには何度も酷い目に遭わされてるからな。グリーン隊に行ったら、また酷い目に遭わされるのも目に見えてる。その点、ルークについていきゃ苦労はするだろうけど、ランスの傍にいるよりはましだろうさ。他にも、ランスよりもルークが良いっていう理由なら何個もある」

「なら……」

「でもよ、その理由全部あたしたちにとって『ルークを選ぶ理由』にはなっても、『アイスフレームを抜ける理由』にはならなかったんだよ」

「っ……」

 

 ハッと息を呑むセスナ。そんな彼女を見ながら、ネイが言葉を続ける。

 

「闘神都市の戦いで、ゼスを変えたいと思った。ペンタゴンに入って、ウルザに付いていこうと思った。それが、今の私たち。ランスかルークだったら、私たちはルークを選ぶわ。でも、ウルザかルークだったら、私たちはウルザを選ぶ」

「今のウルザはさ、確かに足を止めちまってる。でも、あたしたちはウルザが作るゼスを見たいと思っている。だから、悩まなかったよ」

「…………」

「おっさん、悩んだか?」

 

 黙り込むセスナに対し、今度はフットに話を投げるシャイラ。悩みという単語がいつの事を指すのか、わざわざ口にする必要はないだろう。当然、フットも即座に理解する。

 

「悩まなかったな。俺は提督に付いていくと決めていた」

「だよな。あの時、あたしたちはちょっと悩んだんだぜ。ウルザに付いていくか、おっさんに付いていくかでさ」

「へっ」

 

 ニカリと笑うシャイラを見てフットは苦笑する。子供に懐かれやすい体質だが、こんなにでかい子供はいらんといったところか。

 

「悩んでるって事はよ、心は傾いてるんだろ? ペンタゴン抜ける時のあたしらがそうだった」

「…………」

「ルークに付いていきたいんだろ?」

「……判らない」

 

 シャイラの問いに対し、静かに言葉を返すセスナ。これは、本心。今、自分がどうしたいのか判らないのだ。ルークの事は信頼している。だが、ウルザの事もまたセスナは信頼している。ランスが裏番を務めていると知ってショックを受けもしたが、それでもなおウルザへの信頼は厚い。彼女ならばゼスを変えてくれる。そう信じているのだ。どちらに付いていくべきなのか、セスナは決められずにいた。

 

「踏ん切りつけてぇなら、一つだけ方法はあるぜ」

「えっ……?」

 

 フットの言葉を受け、セスナが顔を上げる。

 

「単純な方法だ」

 

 

 

-アイスフレーム拠点 拠点入口-

 

「どこかへ出かけるのか?」

 

 外へ出て行こうとしたパットンに声を掛けたのは、同じグリーン隊のメンバーである殺。振り返ったパットンを見て、殺はすぐに理由を理解する。遠目では見えにくかったが、パットンは人間を一人担いでいた。

 

「失礼。刺客を捨てに行くところか」

「ああ。女だったら隊長に渡してるんだが、男だったからな」

「やれやれ」

 

 パットンが担いでいるのは、ヘルマンからの刺客。相も変わらずパットンの命を狙いにやってきては、返り討ちに遭っていた。

 

「なんでまあ、わざわざこんな日に来るかねぇ」

「雨の日は討ち入りに向いているからな。色々と証拠を消してくれる」

「おっかねぇ話だな。そういや、あんたはどうすんだ?」

「なんの話だ? ……というのも野暮か。そうだな、組抜けをするつもりはないぞ」

 

 平然とそう言ってのける殺。パットンもその返事は予想していたのか、特に驚いた様子は見せず言葉を返す。

 

「そりゃそうか。ルークとは別に付き合いもないしな」

「まあそれもあるが、どうやら存外私はあいつを気に入っているみたいだ」

「へぇ……そりゃ驚いた」

 

 ニヤリと笑う殺。あいつ、というのが誰を指すのかは言わずともいいだろう。つまり、殺とパットンは同じ理由で残る事を決めたのだ。

 

「じゃあ、捨ててくるわ」

「うむ」

 

 この二人にも、迷いはない。進むべき道は自分で決められる。

 

 

 

-アイスフレーム拠点 地下室-

 

「…………」

 

 階段を何者かが降りてくる音を聞き、カオルが反応を示す。アイマスクで目を塞がれているため誰が来たかは判らないが、その者はすぐに声を発した。

 

「どうも。ご飯を持ってきました」

「あら? タマネギさんでしたか」

 

 地下室にやってきたのはタマネギであった。裏切りの容疑を掛けられているカオルに会う事が許されている人間は限られている。そんな中、調教師であり拷問にも長けているタマネギは許可を持っている数少ない人間の一人であった。但し、ランスからの命令で拷問は禁じられている。タマネギに出来るのは拷問とはとても呼べないような生ぬるいただのエロ行為のみであり、それも基本的にはランスがいる時にしか権限が無い。

 

「珍しいですね」

「ええ、色々ありましてね」

 

 普段、ご飯を運んでくるのはシィルが多い。カオルと男が二人きりになるのをランスが良しとしないからだ。

 

「ルークさんが抜けるから、ですか?」

「おや、ご存知でしたか」

「今朝、本人が直々に挨拶に来ましたので」

 

 カオルのアイマスクを外しながらそう口にするタマネギ。今朝、ウルザの屋敷を訪れた後ルークはカオルの下を訪れていた。

 

「謝られました」

「裏切りの疑いを解いて、貴女を解放する事が叶わない事に対してですか?」

「気付いてましたか」

「まあ、何となくは。恐らく、それも抜ける理由の一つですので」

 

 今度はカオルが驚く番。タマネギはどうやらルークとカオルの画策を見抜いていたようだ。一流の調教師であるタマネギは、人の心を読むことに関しては一流。恐らく、ルークとランスの関係のずれについても早い段階で気が付いていたのだろう。だからこそ、この言葉が出た。実際、カオルの疑いを晴らそうとしてルークが嘘をついた事が、今回の決闘の一つの要因になったのは間違いない。

 

「それは悪い事をしてしまいましたね」

「でも、抜ける事自体にはそれ程驚いていないように見えますが?」

「いつかこのような日も来るのではと思っていましたから。言い方は悪いですが、あの人は部外者ですから」

 

 タマネギに手枷を外されながらそう答えるカオル。ルークはゼスの人間ではない。この国を変えようという信念は、自分たちのそれとは違う。

 

「利害が合わなければ抜ける。それだけの事です」

「ふむ……ゼスの密偵だけあって年齢以上に物事を見られていると思っていましたが、やはりその実まだ若い。触れれば壊れてしまいそうな未成熟な果実と言ったところでしょうか」

「……はて、何のことでしょうか?」

 

 タマネギの言葉に反応を出す程カオルも甘くはない。密偵という言葉に対し、何のことやらとすっとぼけるカオル。そう、対等に話しているように見えるが、あくまで今のカオルは裏切り者の嫌疑を掛けられている真っ最中なのだ。当然、タマネギもこの程度の釣りに引っ掛かるとは思っていなかったのだろう。特に気にする様子もなく言葉を続ける。

 

「彼は部外者ではありませんよ。ゼスの事をなんとかしようという思いは同じです」

「危機感が違います。あの人はあくまで国外の人間。当事者である私達とは……」

「その認識が大きな間違い」

 

 ビッとカオルの目の前に人差し指を立て、ニヤリと笑みを浮かべる。言ってはなんだが、非常に不気味な笑みだ。

 

「彼が当事者ではない。そのスタート地点がそもそも間違っているのですよ」

「何も間違っていないと思いますが」

「彼の見ているものは、貴女とは違う。彼はゼス国内という小さなものの見方はしていない。私はそう思います」

「それはどういう……」

「国などという括りではない、という事ですよ。後は自分で答えを出してください。貴女はまだ若いのですから」

 

 ルークの見ているものは国ではない。人間界。ルークは魔人と戦うべく、人間界を纏め上げようとしている。だからこそ、ゼスの問題も他人事ではない。ゼスが纏まらなければ、人類を纏める事は出来ないのだから。当然、その大きな野望の事をタマネギが判っている訳ではない。魔人との共存など考えてもいないだろう。だが、ルークが人間という大きな括りで動いているのではないかという事を薄々気が付いていたため、このような発言が出たのだ。

 

「……随分とあの人を買っているのですね。では、貴方は付いていくんですか?」

「いえいえ、私は残りますよ。私の目的はあくまで女の子モンスターの研究。ルークさんは女の子モンスターへの過度な調教は否定的ですしね。ランスさんの傍にいる方が私にとっては都合が良いんですよ」

「…………」

「彼が理想を持つように、私も理想を持っている。いずれ彼の理想に付いていきたいと思う日もあるでしょう。しかし、今は自分の理想を追う事で精一杯」

「自分の……」

「貴女は、本当に自分の理想を追っていますか? 誰かの理想を、自分の理想であると勘違いしていませんか?」

「……っ!? 何を……」

 

 カオルが言い返そうとした瞬間、ずいと何かが目の前に突き出される。それは、シチューの入った皿。

 

「さあ、食事にしましょう」

 

 

 

-アイスフレーム拠点 マリアの部屋-

 

 あれからどれだけの時間が経っただろうか。マリアは、黙って自分の言葉を待ってくれている。言わなければいけない。そう決意し、志津香は口を開く。

 

「マリア……」

「うん」

「あの馬鹿とこれ以上一緒にいちゃいけないから、抜けるわよ。そう言っても、付いて来てはくれないわよね?」

「うん。そうだね」

 

 いつもの軽口とは違う。ランスと一緒にいるなという事は今までも何度も口にしている。志津香は、親友でありマリアがランスに惚れているのは知っている。そしてそれが、悲恋にしかならない事も。だから何度も止めた。マリア自身、諦めようとした事もあっただろう。だが、それでもマリアはランスの傍にいる。それがマリアの選択なのだ。

 

「残るよ、私は。一度始めちゃった事だしね」

 

 二人の事もあるが、一度アイスフレームで活動を始めてしまった手前、途中で投げ出すのも寝覚めが悪い。そう言ってマリアは困ったように笑顔を浮かべる。相変わらずの巻き込まれ体質だ。

 

「じゃあ、私も……」

「それは駄目!」

 

 ぴしゃりと志津香の言葉を止めるマリア。どこか怒っているような口調だ。

 

「それは絶対駄目だよ。志津香、自分に嘘は付いちゃ駄目」

「…………」

「付いていきたいんでしょ、ルークさんに。ご両親の仇まで、後少しなんでしょ? それじゃあ、一緒にいかなきゃ」

「…………」

 

 志津香がルークを選ぶ理由は、ルークとランスのどちらを選ぶのかという単純な感情だけではない。両親の仇、ラガール。その手掛かりをルークは掴んでいる。かつて町の人たちを犠牲にしてまで成し遂げようとした悲願が、後一歩そこまで迫っているのだ。この状況に置いて、志津香がランスを選ぶ理由は無い。志津香の心を揺れ動かしているのは、ただ一つ。

 

「……なのよ」

「…………」

「心配なのよ、あんたが……」

 

 押し出した、素直な気持ち。志津香は心配なのだ。親友であるマリアが。自分がいなくなったら、またマリアは流されてランスと関係を持つだろう。いや、もしかしたらもう持っているかもしれない。それでも、自分がいる事によって多少の防波堤にはなっていただろう。

 

「(それに、子供の事も……)」

 

 ランスの隠し子が発覚した際、マリアはその場にへたり込んでいた。シィルばかりに目がいきがちだが、マリアもまた大きなショックを受けていたのだ。親友である志津香は、当然その事に気が付いている。だからこそ、今のマリアを一人にしたくなかった。

 

「…………」

 

 そんな志津香の頭を包み込むように、マリアは志津香を抱きしめる。

 

「大丈夫だから。もう子供じゃないんだから、志津香は私の事なんて放っておいて自分の事を優先して」

「…………」

「ランスが迫って来ても、ちょちょちょいって受け流しちゃうから」

「……絶対嘘。それが出来ないから、ずるずると今の関係があるんでしょ」

「あはは……」

 

 グッと両手でマリアの胸を押し、抱きしめという拘束から抜け出す志津香。痛い所を突かれ、マリアは苦笑いをする。まあ確かに、この後またずるずるといきそうなのはマリア自身も判ってはいた。

 

「みんなさ、ちょっと重く考えすぎじゃない?」

「……えっ?」

「パットンさんもさ、どっちに付いていくか決めなきゃいけないなんて重々しく言っちゃってさ。そうじゃないよ」

 

 そう言い、マリアが窓の方を見る。雨脚はまた強くなった。これが、今の状況。

 

「今は確かに雨が降っちゃっているけど、またいつか晴れるよ。だってさ、ランスとルークさんだよ。何度も死線を潜りぬけてきた、でこぼこだけど最強の二人。なら、絶対また一緒になる時が来る。それも、そんな遠くじゃない」

「マリア……」

「志津香もそう思うでしょ。だって、あの二人は……」

 

 それは、ラギシスとの戦いでランスが言葉にし、後のノスとの戦いでルークが続いた言葉。そのどちらにも、マリアと志津香は居合わせている。

 

『英雄が二人いてもいいんじゃないか?』

『……ふん! 足を引っ張るなよ!』

 

「『二人の英雄』なんだから!」

 

 バッと両手を広げて、そう臆することなくマリアは宣言する。そんなマリアの姿を見て、志津香はどこか泣きそうな笑顔を浮かべた。

 

「マリア……やっぱり、あんた強いよ。私なんかよりもずっとさ……」

「これでも一つの工場を任されている身ですから」

 

 グッと力こぶを作るマリア。志津香とマリアの二人を見ると、殆どの者が志津香の方が強いと思うだろう。志津香がマリアを引っ張っている。そう思うはずだ。だが、違う。志津香がマリアに支えられているのだ。いや、志津香だけじゃない。マリアは常に、パーティーの縁の下の力持ちとして働いていた。四魔女事件の際には一早くルークたちと魔女たちとの懸け橋となり、リーザス解放戦では戦車による圧倒的な戦果が解放軍の士気を上げた。闘神都市の戦いでは正式に救出組のリーダーとなり、空中都市に向かえたのもマリアの技術力のお陰だ。彼女の性格からか、後に語られる事は少ない。しかし、どの戦闘においても、そしてパーティーにおいても、彼女の貢献度は非常に大きいのだ。

 

「マリア」

「うん」

「……行ってくる」

「うん。いってらっしゃい」

 

 笑顔で別れを告げ、笑顔で送り出す。何も今生の別れではない。陽はまた昇る。再び道は繋がるはずだから。

 

 

 

-アイスフレーム拠点 孤児院-

 

 夕方、孤児院の入口の前にルークが立っていた。その足元に泣きながらしがみ付くのは、かつてルークが助けた少女、アルフラ。ルークがしゃがみ込んで頭を撫で、暫しの後にアニーとあおいに連れられて奥の部屋へと入っていく。そんなあおいの目にも、涙が浮かんでいた。

 

「まあ、数日は泣くだろうけど大丈夫だから」

「……悪いな」

「気にしないで。前にも言ったでしょ。あの娘たちの事を気にして行動を狭めるなって。自分の気持ちを優先して。そうじゃなきゃ、あの娘たちはもっと悲しむ」

 

 アイスフレームを出ていくに当たり、彼女たちへの挨拶は済ませておかなければならないと考え、ルークは孤児院を訪れていた。当然、ルークが抜ける事は既に聞き及んでいたのだろう。アルフラにはずっと泣きつかれ、あおいは理解を示してくれたが終始泣き通していた。そんな二人をキムチとアニーが宥める、そんな構図であった。

 

「アニーさんの事も置いていく形になって、本当に済まない」

「それ、三回目。むしろ助かっているくらいなんだから気にしなくていいって」

 

 謝るのは三回目だと注意をするキムチ。確かにアニーはルークが連れ込んだ人間。本来ならば連れて行くのが筋だろう。だが、アニーはここに残ると言った。自分が付いていっても、ルークの行動を制限する事にしかならないのを知っていたからだ。

 

「じゃあ、頑張って」

「ああ」

 

 ここを抜けてもレジスタンスの活動は続けると聞き、その事を激励するキムチ。彼女自身、ルークには残って欲しいと思っていただろう。だが、ルークが抜ける可能性がある事には前から気が付いていた。だからこそ、笑って送り出す。孤児院を後にしたルークは傘を差し、雨の中を歩く。

 

「お、ルークやないか」

 

 自分の部屋へ戻るところだったが、前方から二人の女性が歩いてきた。コパンドンとリズナだ。二人もこんな雨の中、どこかへ向かうところだったようだ。

 

「どうした? 二人して」

「えっと、今日は配膳当番の手伝いなんです」

「うちらは普段出払っててその辺の仕事は他のもんに任せっきりやからな。戦闘要員やからって胡坐掻いて適当しとると、知らず知らずの内に不平を買ってるもんや。敵は作らんに越した事はないからな」

 

 リズナとコパンドンがそう答える。成程、確かに普段グリーン隊やブラック隊の面々は雑務をこなさない。それは本来戦闘に立てない構成員がするものだからだ。だが、たまの休みにそれを手伝ったら、どうなるか。当然好感度は上がる。どうやらコパンドンは人心掌握術を身に着け始めているようだ。

 

「コパ帝国だったか? 目指しているのは」

「そうや! 今のままじゃランスは振り向いてくれんからな。仰山金貯めて、三大国に引けを取らんくらいの帝国を築き上げるんや! それなら、ランスもうちの事気にしてくれるやろ」

 

 そう、コパンドンの新たな目標はコパ帝国の建国。ランスを振り向かせるためだけにこれだけの事を成し遂げようとするのだから恐ろしい。

 

「ほな、またな」

「……あっ」

 

 コパンドンが手を振り、リズナもペコリと頭を下げて離れて行こうとしたが、何かを思い出したのかリズナが声を漏らし、そのままトコトコとルークの傍まで戻ってきた。

 

「どうした?」

「あの、すいません。私、行けません」

 

 そしてそのまま、もう一度ペコリと頭を下げた。そんなリズナの頭を見ながら、ルークは言葉を返す。

 

「そうか」

「はい。その、色々考えはしたんですけど、途中で抜けるのも違うと思いましたので」

「いや、リズナはそれで良いと思う。元気でな」

「はい。ルークさんもお元気で」

 

 リズナもまた、既に答えを出していた。その後ろから、コパンドンも声を発する。

 

「うちも行けんで。まあ、言わなくても判っとるやろうけどな」

「まあな」

「堪忍な。ルークの事は嫌いじゃないけど、うちランスが好きやねん」

 

 そう宣言してニカリと笑うコパンドン。もう一度リズナは頭を下げ、そのままコパンドンと共に離れて行った。そんな二人の背中を見送り、ルークもこの場を離れていく。広場の前を通りがかった時、ルシヤナの姿が見えた。こんな雨だというのに、傘も差さずに走っていた。

 

「ルシヤナ、風邪ひくぞ」

「お、ルーク! いやー、あたいの傘途中でぶっ壊れちゃってさー」

 

 右手に持っていた傘の残骸を見せつけてくるルシヤナ。普通に使っていれば有り得ないような壊れ方をしている。恐らく、武器のようにぶんぶんと振り回して壊したのだろう。年齢以上に子供っぽい行動だ。

 

「入っていくか? 送るぞ」

「逆方向だからいいよ。走って帰るし、雨は嫌いじゃないし。そういや、明日出ていくんだよね?」

「ああ」

「短い間だったけど、楽しかったよ。じゃあなー!」

 

 ぶんぶんと手を振り回し、雨の中駆けていくルシヤナ。その後姿に、ふと妹の幻影がダブる。

 

「…………」

 

 コツン、と自身の頭を持っていた傘の柄で叩くルーク。ルシヤナと妹の共通点は隻眼である事くらいだ。性格や容姿などは別に似ていない。それなのに、ルークはルシヤナに妹の影を感じていた。他の者よりも無意識に優しくしていた。隻眼である。たったその程度の事でも、妹の影を見ていたのだ。

 

『俺様は姐さんの……貴様の妹の代用品じゃない! 馬鹿にするのも大概にしろっ!!』

 

 ランスの言葉がルークの頭の中を過ぎる。

 

「(未練、だな……)」

 

 認めるしかない。ルークは妹の、そしてアスマーゼの影を追い続けていた。自分が救えなかった、大切な人の影を。ルシヤナを見送り、今度こそルークは自分の小屋の前に着く。すると、小屋の前に誰かが立っていた。屋根で雨はしのげるだろうが、寒さはそうはいかない。一体どれだけの時間待っていたのだろうか。ルークは心配そうに声を掛ける。

 

「セスナ、いつから待っていたんだ」

 

 それは、セスナであった。小走りで駆け寄るルークの目を真っ直ぐと見据えるセスナ。

 

「大丈夫。そんなに待ってない。立ちながら寝てたし……」

「それは逆に風邪をひいていないか心配になるな」

 

 屋根の下に入り、傘を畳むルーク。そんなルークを見ながら、セスナは口を開く。

 

「聞きたい事があるの……」

「聞きたい事?」

「うん……」

 

 数時間前、フットから聞かされた一番シンプルな方法。それをセスナは行動に移す。

 

『単純な方法だ。話せばいいんだよ、当人と。判らねぇ事を聞いて、それでそいつに付いていきたいか見極めりゃいいんだ』

 

「聞かせて欲しい。ルークが、何を目指しているのか」

 

 風が吹く。雨粒を伴ったそれは二人の頬に当たるが、どちらも気にした様子は見せない。ウルザの望みは知っている。ゼスの差別をなくす事。では、ルークの望みは何か。ゼスの話ではない。今のレジスタンス活動ではなく、もっと根本のもの。冒険者ルーク・グラントは、一体何を夢見ているのか。それが知りたい。付いていくに値する人か、この目で、耳で、見極めたいのだ。

 

「そうだな……」

 

 真っ直ぐと自分を見てくるセスナ。その瞳から目を逸らさず、ルークは決断を下す。それは、今までであれば取らなかったであろう選択。まだ早いと、逃げていたであろう行動。だが、ルークは踏み出した。

 

「セスナ、部屋に入れ」

「…………」

「お前になら、もう話していいだろう。俺の目指すものを」

 

 人間が抱くにはあまりにも大きすぎる、その夢物語を。

 

 

 

-アイスフレーム拠点 かなみの部屋-

 

「…………」

 

 夜も更け、皆が徐々に寝静まった頃。かなみは布団に包まり、まだ起きていた。アイスフレーム内の見回りはしているが、何も寝ていない訳ではない。賊の気配は感じなかったため、今日は既に床に入っている。

 

「…………」

 

 今日一日、かなみはずっと悩んでいた。自身の心に従うのならば、答えは出ている。だが、自分はそれが許される立場ではない。

 

『かなみ、ダーリンの事よろしくね』

 

 主君から、そう命を受けている。ブラック隊とグリーン隊という隊の違いは些細な事であった。拠点にいる大半の時間はランスの行動を見張れていた。だが、今回は違う。アイスフレームから離れれば、ランスを見張る事は出来ない。それは主君の命に反する。

 

『これから先、ルークの行動に不審な点があったら逐一報告しなさい』

 

 それは、以前に主君から受けたもう一つの命。ルークが魔人を救うべく動いているという事を知ったリアから下された命令。あるのだ。かなみには、もう一つの命も。ルークに付いていくという選択を取る、厳しくはあるがギリギリの理由付けも。

 

「(ごめんなさい……)」

 

 それは、一体誰への謝罪だったのか。

 

 

 

-アイスフレーム拠点 ランスの部屋-

 

「雨、収まってきましたね」

「……ふん」

 

 ベッドの中でそうシィルが言葉にする。確かに雨音が小さくなってきた。そんなシィルの言葉に返事をする事無く、ランスは小さく鼻を鳴らした。

 

 こうして、決断の日は過ぎて行った。即決した者、悩み抜いた者、自分だけで答えを出した者、背中を押して貰った者。様々な道程を通り、全員が進むべき道に辿り着いた。そして、運命の朝が来る。

 

 

 

翌日 明け方

-アイスフレーム拠点 拠点入口-

 

 朝と言うには少し早い時間。ルークは荷物を纏め、入口の前へとやってきた。雨は止んだが、曇り空の間から陽の光は差し込んでいない。旅立ちの朝というには、少し物悲しい暗さか。

 

「寂しくなります。お気をつけて」

「こんな朝早くから大変だな」

「いえ、仕事ですから」

 

 衛兵のワニランが別れの挨拶をしてくる。見送りは彼女一人。自分たちは円満的にアイスフレームを出ていく訳ではないのだ。見送られるような立場ではない。だから、まだ寝ている者も多い早朝を選んだのだ。

 

「…………」

 

 ルークが入口を潜ると、そこにはルークを待っている者たちがいた。

 

「おはようございます。ルークさん」

「旅立ちの朝に相応しい天気ですかねー!」

「いや、どう見ても相応しくはないわよ!」

 

 真知子、トマト、シトモネ。アイスフレームを抜け、ルークに付いていくと決断した者たち。元々彼女たちはルークがいたから協力していた者たちだ。この決断は当然とも言える。だが、ルークは深々と頭を下げる。

 

「すまない、迷惑を掛ける」

「何を言ってるんですか。迷惑なんて、好きなだけ掛けてください。私は、ルークさんに付いていくと決めているんですから」

「おっと、真知子さん! そこは私じゃなくて、私達ですかねー! 抜け駆けは許しませんですよー!!」

 

 トマトが大げさなジェスチャーで自分をアピールする。そこにおかしなものは何もない。いつもの空気だ。実にありがたい事だ。そして、まだ付いて来る者はいる。

 

「…………」

「セスナも来てくれたのか」

「……うん」

 

 三人の後ろで静かにしていたのは、セスナ。ルークに声を掛けられ、グッとハンマーを持つ手に力が入る。それは、決意の表れか。

 

「付いていくって、決めたから……」

「ありがとうな」

 

 途方もない夢物語を聞いたセスナの決断は、その夢に自分も乗るというものであった。狂人の夢。だがそれでも、付いていきたいと思ってしまったのだ。その気持ちに嘘はつけなかった。

 

「あんたの人望も大した事ないわねー。思ったよりも少ないじゃない」

「ロゼさん、遅いですかねー!」

「いやー、めんごめんご。危うく寝坊するとこだったわ。私が残留とか、ランスへの嫌がらせ以外の何物でもないしね」

 

 ルークの後ろからやって来たのは、ロゼ。彼女は皆よりも早くその決断を口にしていた。そんな彼女が来ないのでは、笑い話にもならない。

 

「すまん」

「将来10倍返しでよろしく」

 

 ポンと肩を叩かれ、ルークは前を向く。ルークの正面、そこに彼女はいてくれた。似合いのマントをなびかせ、威風堂々とした立ち居振る舞い。彼女とて悩んだはずだ。だが、選んでくれた。この道を。

 

「ルーク、行くわよ」

「ああ、そうだな」

 

 魔想志津香。共に復讐を誓った、恩人の娘。その彼女は、自身の親友と別れ付いて来る道を選んだのだ。

 

「ちょっと、なんでいきなり志津香がしきってんのよ」

「いつまでも入口の前で喋ってたら邪魔でしょう。全く……」

「ぐぅ……」

「セスナさん、行きますよ」

「おぉぅ!」

 

 ロゼが茶々を入れ、志津香が面倒臭そうにそれに返す。いつもの光景。仲間たちが変わらずにその光景を見せてくれる事が、ルークはただただ嬉しかった。

 

「じゃあ、行くか」

「そうね」

 

 そして、歩み出す。新たなる道を。

 

「待ってください!」

 

 瞬間、それを引き留める声が響く。声の主はすぐに判った。トマトは疑問に思っていたくらいだからだ。何故彼女がこの場にいないのか、と。振り返ると、そこに立っていたのはかなみであった。恐らく走ってきたのだろう。露骨に息を切らせていない辺りは、流石に忍びの者だ。

 

「ルークさん……志津香……」

「…………」

「かなみ……」

「私……」

 

 悩み抜いた。恐らく、誰よりも。そして、かなみはたった一人で答えを出した。

 

「私、行けません! 私は……私は……」

 

 泣きそうな声でそう宣言するかなみ。

 

『いつか、真の忠臣と呼ばれるように……』

 

「忠臣を目指しているから! だから、行けません!!」

 

 その宣言を、決意を、全員が確かに受け止める。ロゼやトマトですら口を挟まぬ静寂の中、ルークと志津香の二人が口を開いた。

 

「かなみ、ランスの事を頼む。多分、今回の一件で暫くの間は今まで以上に無茶をするだろうからな」

「マリアの事もお願いね。これ以上ランスとずぶずぶ行くのは勘弁して欲しいから」

 

 ルークも志津香も、かなみがこの選択を取る事は察していた。信じていたのだ。自分が認めた少女は、戦場の中で出来た親友は、自身の感情ではなく任務を優先すると。真の忠臣を目指す彼女は、主君を裏切るような事をしないと。そんな二人の言葉を受け、かなみは言葉を返そうとする。だが、上手く返せない。返す言葉が見つからない。

 

「ルークさん……志津香……」

「かなみ、お前にだから頼めるんだ」

「かなみ、あんたにだから頼めるのよ」

 

 瞬間、これまで堪えてきた涙が止められなくなった。俯き、地面に涙が零れ落ちる。そんなかなみに背を向け、歩いていく。今はただ、前へと進んでいくしかない。分かたれた道が、また繋がる事を信じて。

 

ルーク・グラント

魔想志津香

ロゼ・カド

トマト・ピューレ

芳川真知子

セスナ・ベンビール

シトモネ・チャッピー

 

 以上7名は、この日アイスフレームを離脱した。

 

 

 

-アイスフレーム拠点 拠点付近 森の中-

 

「残念ですね。あの人がいると、ランスさんがいつも以上にいきいきして楽しかったのに」

 

 一部始終を見ていたその者は、口にしている内容とはまるで真逆、満面の笑顔でそう呟いた。アベルト・セフティ。セスナがかつて怖いと言い切った笑みを崩す事無く、ルークたちの背中を見送る。

 

「でもまあ、これで色々と動き出すか。ふふ、楽しみだなぁ」

 

 一度動き出した流れは誰にも止められない。アベルトの予想通り、ルークたちが去った数日後、アイスフレームはペンタゴンと手を結ぶ事になる。敵対していた二つのレジスタンスが手を組み、共にゼス政府と戦っていく事となったのだ。一歩ずつ、だが確実に進んでいく。ゼス崩壊、その時へ。

 

 

 

数日後

-とある森の中-

 

 鍵を握る者がいる。ゼス崩壊の鍵を握る者が。

 

「という訳で、ルークというクソ野郎は無事に組織を去って、晴れてアイスフレームとペンタゴンは手を結ぶ事になりました! いやー、これでますます仕事がしやすくなります!」

「よくやっていますね。ですが、少し言葉使いが悪いですよ」

「あっと、すいませんでした、ジーク様!」

 

 使徒からの報告を受け、レジスタンスの動向を知るのは魔人ジーク。なんだかんだ、使徒のオーロラは上手くやっているようだ。他の者たちの調査が芳しく無い事を考えれば、褒めるに値する行為だ。多少の口の悪さは軽い注意で多めに見よう。

 

「クク……クカカカカ……」

「ん? なんですか、急に笑い出して」

 

 そんな中、暫くの間黙ってオーロラの報告を聞いていたあの者が突如笑い出したのだ。不気味な笑い声にオーロラがドン引きする中、その者は気にした様子もなく笑いを続けた。

 

「そうか……ククク……いるか、貴様が! 離脱したとはいえ、レジスタンスは続けるようだな。ならば、出会う。必ず。それが貴様と私の宿命だ……クカカカカ……」

「……オーロラの報告を聞いて、やる気でも出ましたか?」

「そうだな、少し殺る気が出た」

 

 ディオ・カルミス。ゼス崩壊の鍵を握るのは、この男。

 


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