-アイスフレーム拠点 入口-
「お帰りなさい。どうでしたか?」
ここはアイスフレームの拠点入口。数十分前に森の中へと出て行った仲間をワニランが出迎える。そんなワニランに対し、シャイラとネイが驚きの声を上げた。
「いやー、こりゃ凄いわ。全然わからねぇ」
「エリザベスの案内がなかったら絶対辿り着けなかった自信があるわ」
「ふん、当然だ」
仲間たちの先頭に立つのは、ペンタゴンのエリザベスであった。二人の驚きに対し、さも当然であるかのような態度を取っている。
「拠点自体の場所は変わってないはずなのに、辿り着けないってのは凄いわね」
「この程度、出来て当然だ。私たちの活動を考えれば、ノウハウがない方がおかしい」
ナターシャに対して相手を卑下するような言葉を返すエリザベス。その反応にナターシャは少しだけムッとする。ルークたちがアイスフレームを離れてから既に一週間が経過していた。その間、アイスフレームはペンタゴンと正式に同盟を結ぶに至った。同時に、道を作ったり木の位置を変えたりするなどして森を改造し、アイスフレームの拠点入口を判らないようにしていたのだった。これはペンタゴンが普段からやっている方法であり、作業を行ったのもペンタゴンの構成員だ。ネルソン曰く、同盟を結んだのだからこれくらいの協力は当然との事。
「アイスフレームは人員が少ないから、森を改造する余裕は……」
「人員の問題ではない。これは革命を志す上で最低限の自衛手段だ」
「そうだな。これはエリザベスの方が正しい。以前から思っていたが、アイスフレームはその辺り少しばかり認識が甘い。襲撃を受けても問題の無い戦力があるのならば堂々と旗を掲げればいい。だが、その力が無いのであれば時には身を隠す事も必要だ」
ナターシャの反論をエリザベスが中断し、殺がこれに乗っかる。アイスフレーム側から同調の意見が出たのが嬉しかったのか、エリザベスは多少気を良くした。
「ほう。若いのに中々見込みがあるな」
「作業を何度か見学させて貰ったが、まあ手慣れたものだった。うちの組にも欲しいくらいだ」
「組?」
「ああ、こちらの話だ。忘れてくれ」
殺の言う言葉に眉をひそめるエリザベスに対し、気にするなと手を振る殺。だが、殺の言うようにペンタゴンの作業は見事であった。同じ場所にあるはずなのに、拠点まで辿り着けない。数日前と森が姿を変えているのだ。
「でもよ、今回はいつにも増して気合い入っていたよな」
「あ、それは私も思った。だって、ペンタゴンの基地の時は一応見つけられたし」
シャイラとネイがそう評価するのも無理はない。ペンタゴンの基地に乗り込んだ際、ウルザたちは多少苦労したものの基地を発見する事は出来た。しかし、今回のアイスフレーム拠点はそうではない。案内無しにこの場所を見つけるのはかなり難しそうであり、それこそ数日掛かっても辿り着けないかもしれない。それ程までに森が姿を変えていたのだ。
「普段は私たちもこれ程時間は掛けたりしない。森の改造は定期的に行う事だし、そもそも保険でしかない。一々これ程の手間を掛けていては平時の活動に支障をきたすからな」
「そりゃそうだ。だから、あたしらもペンタゴンの基地を見つける事が出来たんだし」
「今回は特別だ。拠点の周囲だけでなく、数キロ範囲で森を改造したからな。これならこれまで拠点に出入りしていた者でもこの場所を発見する事は難しい」
「なんだってそんな面倒な事を……」
「お前らがそれを言うか……シャイラ、ネイ。お前らのリーダーであるあの下品な男の要請だ」
「ランスの?」
ネイが驚いたように声を上げる。どうやら知らなかったようだ。エリザベスも内心これだけの労力を回すのは反対だったのだろう。ため息混じりに言葉を続ける。
「少し前に『解放戦の英雄』が抜けただろう。奴でも場所が判らないように森を改造しろというのがあの男の要請だ」
「ルークに?」
「まあ、判らなくもない。奴がゼス軍にこの拠点の場所を流したらアイスフレームは終わりだからな。同じ理由で、ペンタゴン基地周辺の森もいつも以上に改造をした。奴はこちらの基地の場所も知っているからな」
「いや、ルークはそんな事しないと思うわよ」
「何故そう言い切れるのか理解に苦しむな。抜けた者の事をそこまで信用しているのか?」
「まあ……その……ねぇ?」
「ん……説明は難しいけど、しないと思うぞ。そんな事くらい、ランスも判ってると思うんだけどなぁ」
エリザベスの問いに上手い説明が出来ず言いよどむシャイラとネイ。だが、二人には確信があった。ルークはこの場所をリークするような事はしないと。それはランスとて理解しているはず。それなのに何故このような大きな改造をしたのか。何か別の理由があるとでもいうのか。
「でもよ、森を改造するのには賛成なんだろ? ならなんでそんな不満そうな顔をしてんだ?」
「……森の改造を誰がしたと思っている?」
「……ペンタゴンの連中?」
「何を当たり前のように言っている! 貴様らのごたごたにこちらは巻き込まれたんだぞ! 森の改造くらい自分たちでやれ!!」
あまりにもあっけらかんとした態度のシャイラとネイに対し、遂にエリザベスの雷が落ちる。そう、先述の通り森を改造したのはペンタゴンの構成員。あちらからすれば、余計な仕事を増やされたのだ。ただでさえ先の治安隊本部での戦いやアイスフレームとの戦いで疲弊しているのだ。文句の一つも言いたくなる。
「固い事言うなよ。知らない仲じゃあるまいし」
「そうそう。協力は大事」
「ええい、肩を組むな! 同盟は結んだが、お前らと必要以上に慣れ合うつもりはない!」
シャイラが肩を組むが、鬱陶しそうにすぐさま振り解くエリザベス。かつてペンタゴンに所属していたシャイラとネイはエリザベスに対してもこのような態度だ。
「全く、道案内なら他の者に頼めばいいだろうに、わざわざ私を駆り出させて……」
「だって、今日来てるペンタゴンの面子で知ってる顔、エリザベスとポンパドールしかいなかったんだもの」
「ならポンパドールに頼めばいいだろう」
「ポンパドールに聞いたら、エリザベスに頼めって」
「あいつめ……」
そもそも、何故エリザベスがアイスフレームにいるかというと、今日この後アイスフレームとペンタゴンの主要メンバー同士で今後の方針を決める会議があるからだ。森の改造についてはペンタゴンの下っ端構成員を貸し出していたため、わざわざエリザベスが赴いてはいなかった。エリザベスがここに到着したのは、つい数時間前の事。
「しかし流石はペンタゴン八騎士の一人だな。到着したのは数時間前だというのに、既に道案内出来る程に森の構造を理解しているとは」
「……この程度即座に理解出来ぬようでは、提督のお傍にいる資格はないからな。私の務めは、少しでも提督の負担を減らす事だ」
「相変わらず肩に力入っているねぇ……」
殺の言葉に対し、自慢するでもなくそれが当然だと返すエリザベス。確かに彼女の立場を考えればその通りだ。だが、シャイラはそんなエリザベスを見てため息をつく。自分たちがペンタゴンにいた頃と何も変わらない。エリザベスはあまりにも多くの事を抱え過ぎている。いや、もしかしたら当時よりも酷くなっているかもしれない。
「でも、本当に凄いわよね。私なんか、全然覚えられなかった」
「ああ、あたしもだ」
「……何を暢気な事を言っている。もう案内はせん。今後外に出る際は、お前らだけで戻って来る必要があるんだぞ」
「えっ? 地図とかは?」
「ある訳ないだろう。それが外に流出したら一発でアウトなんだぞ」
「えぇっ! ちょっと待って! まだ全然覚えてないわよ!」
「なんで覚えてないんだ! それを覚える為に私を駆り出したんだろう!」
「エリザベス、すまん、もう一回!」
「出来るか! この後会議だ! 別の者に頼め!!」
突如慌てふためくシャイラとネイに対し、再度エリザベスの雷が落ちる。そんな二人をどこか温かい目で見守りながら、殺が口を開く。
「そう慌てるな。道ならもう覚えた。後でもう一度案内してやろう」
「……お前は覚えたのか?」
そんな殺の言葉に少しだけ驚いた表情を見せるエリザベス。アイスフレームの人間は殺が年齢以上に大人びている事を知っているが、彼女と付き合いの浅いエリザベスからしてみればまだまだ年端もいかぬ少女としてしか見ていなかった。だが、先程からの言動を見るにただの少女でない事は明らか。
「ああ、問題ない。もう覚えた」
「若いのにやるな。どうだ、ペンタゴンに来ないか?」
「ちょっと待った! 目の前で勧誘すんな!」
「駄目ですー! 殺っちゃんは渡しませんー!」
「ちっ」
シャイラが間に割って入り、ネイが殺を抱きかかえるようにしてガードする。露骨な舌打ちを見せるエリザベス。そんな光景を見て苦笑しながら、殺はネイに抱きかかえられたまますぐ傍に立つワニランに視線を向ける。
「因みに、お前はもう覚えたのか?」
「ええ、まあ、一応」
「やるな」
「それが仕事ですから」
意外と出来る女。拠点入口の主、ワニラン。
-アイスフレーム拠点 ランスの部屋-
「ランス様、そろそろ時間です」
一方その頃、会議に出席する者たちは本部に集まり始めていた。そして、今後の活動の中心となる男もまた、その腰を上げる。
「行くぞ、シィル」
「はい」
始まる。ルーク不在の中、ゼスの行く末を決める事になってしまう重要な会議が。だが、それよりも先に語らねばならぬ出来事がある。その出来事の主役はルークでもランスでもない。
数日前
-ペトロ山 貴族用山道-
「このペトロ山の山頂には以前まで魔女が住んでいると噂されていましたのよ。でも、その魔女は少し前に退治された。麓の二級市民たちはこれで安心して眠れると安堵していましたけど、最近になって山頂から不気味な笑い声が聞こえてくるようになった。新しい魔女が住み着いたのか、はたまた退治された魔女の怨霊か……どう、怖くありませんこと?」
「全然」
「むきー! ちょっとは怖がりなさい! 可愛げのない!」
ペトロ山の山道を歩くのは、エミ、ドルハン、ダークランス、カロリアの四人であった。彼女たちが歩くのはルークたちの通った険しい山道ではない。魔法使いの中でも一部の貴族にしか開放されていない、整備の行き届いた山道だ。モンスターも出ず、至る所に魔法灯が設置されている。こちらであれば体力のないエミでも休み休み山頂まで歩ける。
「話し方が悪いわね。怪談の初歩から勉強した方が良いわよ」
「うるさいわね、ムシ風情が!」
「ごめんちゃい」
「いや、別に貴女を怒った訳じゃ……ドルハン、まだ着かないの!?」
「申し訳ありません、エミ様。もう少しお頑張りください」
ムシのあげはを怒ったつもりがカロリアに謝られ、ばつが悪そうにしながらドルハンを代わりに叱り飛ばすエミ。だが、何故彼女たちはこんなところにいるのか。いくら整備のされている山道とはいえ、本来ならばエミが山頂まで歩くような事をするはずがない。
「暗い気分を吹き飛ばすには怪談が一番と雑誌に書いてありましたのよ。さあ、新しい魔女のいるという館探索といきますわよ」
「いや、別においらそんな事しなくても……」
「お黙りなさい! お子様がそんな気を使うんじゃありませんの!」
「えー……」
そう、今回の館探索はダークランスの気を晴らす為にエミが企画したものであった。とはいえ別にダークランスは魔女のいる館など行きたくはないし、そもそも先日のランスとの一件は完全にとは言えないまでもある程度吹っ切り始めていた。完全にエミの空回りであるのだが、ドルハンもカロリアもこれを止めようとはしなかった。先を行くエミとダークランスに聞こえぬよう、カロリアはドルハンと小声で話をする。
「これ、ダークランスの為だよね。エミ、最初は怖かったけど、実は優しいよね」
「若干空回りしてるけどねー」
「……お主らのお陰だろうな」
「えっ?」
カロリアとあげはの言葉にそう返すドルハン。その瞳は、まるで娘の成長を見守る親のように優しいものであった。
「わしもあのように無邪気に怒り、笑うエミ様を見るのはお主らと会ってからだ」
「エミ、怒った事も笑った事もなかったの?」
「そうではない。だが、そうだな……どこか縛られ歪んだ笑いであった。お主もムシ使いの村で見ているだろう?」
「……うん」
ドルハンにそう言われてカロリアは頷く。エミと初めて会った際、彼女はドルハンの子を無理矢理カロリアに産ませてムシ使いを増やそうとしていた。その手段を思いついた時の歪んだエミの笑顔をカロリアは思い出す。確かに今のエミの笑顔とは違う。また、ドルハンを酷く叱責する姿も度々見ている。それは、ダークランスやあげはを叱る今のエミとは感じが違う。もっと邪悪な何かであった。
「同胞カロリアよ。わしらムシ使いはゼスの被害者だ」
「……うん」
「だがな、エミ様もまた被害者なのだ」
「ふむ……」
ドルハンの言葉に反応したのは最年長ムシであるじいさま。何か思うところがあるのだろう。
「魔法使いは優秀。貴族は絶対。ゼス国でも有数のお家に生まれたエミ様は幼い頃からそう育てられた。それが常識であった。彼女にとって、わしらムシ使いや二級市民は奴隷のように扱って当然の存在。そう教え込まれたのだ。そんなあのお方を、どうして責められよう」
「おじちゃん……」
「そのエミ様が、お主らと会ってお変わりなされた。魔法使い至上主義など関係ないと鼻で笑う小僧に刺激を受け、年下の面倒を見る責任を体験した。新たな世界を知ったのだ。恐らく、今のエミ様が本来のお姿なのだろう。あのお方はもっと自由な生き方を……そうだな、貴族のお家に生まれなければ、案外冒険者にでもなっていたのかもしれん」
少し前でまたも口喧嘩をしているエミとダークランスを見ながら、そうドルハンは語る。エミが冒険者と言われ、首を捻るカロリア。少し想像しにくい。だが、案外そんな道もあったのかもしれない。
「だから……難しいかもしれんが、エミ様を許してやってはくれんか?」
「何言ってるの? 別に怒ってないよ? エミ、優しいもん」
「……感謝する。同胞カロリアよ」
深々と頭を下げるドルハン。出会いは最悪だった。恨まれていて当然。だが、その事をカロリアは気にしていないという。同じムシ使いとして、彼女には感謝しかない。よくぞ生きていてくれた。そして、よくぞエミ様を受け入れてくれた。
「……感謝ついでに、もう一つ頼みがある」
「なに?」
「もし、わしが……」
「ドルハン、何をトロトロ歩いているの! 早くしなさい」
「申し訳ありません、エミ様」
エミに呼ばれ、駆け足で山道を走るドルハン。その背中を見て、カロリアは自然と笑顔になる。カロリアは今の状況に居心地の良さを感じていた。ムシ使いの村が滅ぼされ、彼女はずっと孤独であった。だが、今は違う。同胞がいて、本来敵であるはずの魔法使いがいて、同じような背格好の少年がいる。彼らの事をこう呼んでいいのか憚られるが、仲間がいる。その事がカロリアには嬉しかったのだ。
「っていうかさ、その怪談って本当なのか? 魔女は退治されたんだろ?」
「ふん、そんな強がりを言って、山頂に行くのが怖いんでしょう?」
「なんだと! そんな事ねーし!」
「おほほほほ。口では何とでも言えますわ」
「ケケケケケケケケケケ」
「……へ?」
ダークランスを挑発していたエミであったが、突如山頂から聞こえてきた不気味な笑い声にフリーズする。幻聴か。周囲を見回すが、全員が山頂の方を見ている。明らかに全員聞こえている。幻聴ではない。
「なん……ですの……? 今の笑い声は……」
「かろも聞こえた。これが魔女の笑い声?」
「なんだ、魔女は本当にいたのか。よし、行こうぜ!」
そんなダークランスの言葉を受け、暫し固まっていたエミが勢いよく捲し立てる。
「ななな、何を言ってますの! 呪われたらどうしますの!? 今すぐ引き返して……」
「なんだ、びびってんのはエミの方じゃねーか。おいら、全然怖くねーし! 行くぜ!」
「あ、待って。かろも行く」
そう言って駆けて行ってしまうお子様二人。残されたのはエミとドルハン。
「エミ様、どうされますか?」
「……ああ、もう! 追いかけるわよ!」
「御意」
見捨てるではなく、追いかけるという選択を取るエミ。その行動をドルハンは心の中で嬉しく思いながらも、笑い声の正体がもし邪悪な者であったなら命を懸けて三人を守らねばならぬと決意する。そう、笑い声の正体は未だ謎に包まれているのだから。
-ペトロ山 山頂 モヘカの館-
「ケケケケケ! カラカラムーチョ辛っ! あー、おもろっ! ケケケケケケケケケ!」
山頂にある館に辿り着いたダークランスたちが見たものは、館の応接間で暢気にスナック菓子を食べながら漫画を読んでいる少女の姿であった。紫色の髪に白い袴風の服。特徴的なのは両手に巨大なアームが装着されている事だ。手の形をしているとはいえ、あんな巨大なアームで漫画のページをめくるとは相当に器用だ。
「……は?」
「これが魔女の正体?」
「いや、わたくしに聞かないでくださる」
ダークランスが思わず呆けた声を上げるのも当然というもの。そんな中、件の少女がスナック菓子に手を伸ばした際、ようやくこちらに気が付いた。
「やや、人間! なんでこんなところに!?」
「あの女の子、ようやくこっちに気が付いたわよ」
「おっと、そちらはムシ使い。ケケケ、こりゃ珍しいもんを見た。いや、ユキちゃんにとっては珍しくねーけど。知り合いにいるけど、ケケケ」
カロリアの体から出てきたあげはを見てそう笑う少女。どうやら名前はユキと言うらしい。
「ははーん。さてはユキちゃんがボンクラ上司の命令で株式市場に大混乱を起こしてやろうと巨大な銭を動かす投資家モヘカの館にきたのにBBAはいない。面白い漫画があったからつい読んでしまった計画を見抜いてここまで来たんだな! なんだこの野郎、ダンカンこの野郎!!」
「全部自分から白状しましたわ!?」
「うーむ、頭は足りてないようじゃのう」
「それも後半は完全に計画と関係ない」
「ダンカンって誰ー?」
こちらから聞くでもなく計画の全貌を話してしまうユキ。エミは驚き、じいさまと毒やんは呆れる。成程、このユキという少女は先代魔女であるモヘカ目当てでこの場所にやってきたようだ。
「おい、お前……」
「あ、ちょっと待って。まだ漫画が63巻目なんだこんちきしょう。121巻まであるから、読み終わるまでそこで正座で待ってろってんだ。それ、人間としては当然の事だから」
「いや、意味わかんねーよ! それにおいらは人間じゃない、悪魔だ!」
遂にダークランスが突っ込みを入れるが、その突っ込みの方向も少しずれていた。だが、ダークランスにとっては人間と間違われる事は悪魔としてのプライドが許さなかったのだろう。
「あ、マジだ、悪魔だ。ケケケ、なんで人間なんかと一緒にいるんだ?」
「別にいいだろ! それに人間なんかって、お前も人間だろ? いや、もしかして女の子モンスターか?」
「いーえ、違います。ユキちゃんは使徒です」
「は?」
「ケケケケケ。まだまだ漫画読み足りねーから、邪魔しに来たなら相手するぜ!」
漫画を置き、スッと立ち上がったユキ。それを見て腰を落とし臨戦態勢に入るドルハンであったが、ダークランスは剣も構えず平然と会話を続けた。
「いや、別に戦うつもりねーし。読みたきゃ好きなだけ読んでりゃいんじゃね?」
「おっと、こいつは予想外の反応。流石は悪魔だ、ケケケケケ」
「……一応言っておきますと、魔女モヘカは少し前に殺されましたわよ」
そんな二人の会話に割って入ったのはエミ。金融界の魔女とまで呼ばれたモヘカが殺された一件はゼス国内の経済界に少なからず影響のあるものであり、当然貴族であるエミの耳にも入っていた。
「なんてこったパンナコッタ! それじゃあボンクラ上司の計画台無しじゃねーか! 流石はボンクラの立てた計画、うえーっ」
「自分の上司の事そんなに悪く言うのはよくないと思うよ」
「いーや、これでも愛すべきボンクラなんだぜ。ケケケケケ」
カロリアの注意を軽く受け流すユキ。愛すべきボンクラとは一体どういう意味なのか。
「既に貴女の事は噂になってますわよ。不気味な笑い声がするって。わたくしたちは邪魔をするつもりはありませんけど、いずれ近い内に貴女を討伐する目的の者もやってくると思いますわ」
「不気味とはなんだこんちきしょーめ。ちきしょう、この漫画はユキちゃんをハメるための罠だったって事か!」
「絶対そんな事ないと思うな」
「邪魔されたくないのなら、今すぐこの館から出ていく事をおススメしますわ」
「聞いてなかったかちきしょー。まだ漫画は途中で……」
「それなら全部持ってお行きなさいな。持ち主は死んでいるのだから、文句を言う者もいないわ」
「おい、それって火事場泥……んぐっ!」
エミに突っ込みを入れようとしたダークランスの口をドルハンの手が塞ぐ。予想外の行動に驚くダークランスであったが、見ればドルハンは真剣な表情をしていた。何かあるというのか。
「ドルハン。スーツケースか何かあるでしょうから、詰めておやりなさい」
「はっ」
「ケケケケケ、お主も悪よのう。あ、カラカラムーチョもついでに詰めておいてな。あと、漫画は今読んでる63巻以降だけでいーぜ。ユキちゃん、読み返さないタイプだから」
エミから指示を受け、ドルハンが奥の部屋へとスーツケースを探しに行く。すぐに見つかり、ドルハンは順々に漫画を詰めていく。その間、ユキはダークランスと談笑していた。
「怪談でこんな山頂までやってくるたぁ物好きな奴らだぜ。怪談なんかよりユキちゃんの知り合いの方がよっぽど怖ぇぜ。怪奇ヘビ女とか、突然変異リス野郎とかな」
「それならおいらのとーちゃんとかーちゃんの方が怖いぜ。普段は優しいけど、怒るとおっかないんだ」
「ケケケケケ! ユキちゃん親いねーからわっかんねー! 親以外でよろしく哀愁」
「んー……ならおいらにこの剣くれた悪魔だな。あと、岩っぽい悪魔と剣持った光ってる悪魔と……」
「抽象的過ぎてわかんねー! 剣くれてるとか良い悪魔じゃねーか、ケケケケケ!」
「(意気投合してる……)」
意気投合し始めたユキとダークランス。そんな二人を腕組みしながら見守るエミ。
「次のお題、嫌な奴! ボンクラ上司の有能妹。ユキちゃん熱いの苦手!」
「ランス。クソ野郎! あと梨夢。こっちもクソ悪魔!」
「エミ様、詰め終わりました」
「……終わりましたわよ」
ドルハンがようやく漫画と菓子を詰め終え、その事を伝えるエミ。すると、ユキが突如耳に手を当てた。
「おっとっと。ユキちゃんを呼ぶ声が。さてはボンクラ上司が腹を空かせてやがるなちきしょーめ」
「えっ? 何も聞こえないよ」
「ケケケケケ、実際に声が聞こえた訳じゃなくて、信号みたいなもんだな。おっと、そいつはありがたく頂いてくぜ」
耳の良いカロリアとドルハンにもユキを呼ぶ声は聞こえていない。それもそのはず、彼女は耳に手を当てているが、実際には何かが聞こえた訳ではなく、信号のような合図がユキの体に届いたのだ。ドルハンからスーツケースを奪い取るように受け取る。
「んじゃ、ユキちゃんは邪魔者が来る前にとんずらさせてもらうぜ。別に負けやしねーけど、漫画を読んでる最中に邪魔されんのは腹立つからな」
「ああ、じゃーな」
「……最後に一発だけ!」
そう言葉を発したかと思うと、ユキは持っていたスーツケースをポンと頭上に放り投げた。瞬間、ダークランスの前に巨大な鉄拳が迫る。突然の出来事にエミもカロリアも反応出来なかった。警戒を解いていなかったドルハンですら、反応が遅れた。だが、直後に聞こえてきたのは打撃音ではなく、金属同士がぶつかり合う音。
「やるじゃねーか」
「どういうつもりだ?」
いつの間にかダークランスは剣を抜き、ユキのアームを正面から剣で受け止めていた。ドルハンは息を呑む。成長している。自分を倒したあの時よりも更に強く、恐ろしい程の速さで。
「ケケケケケ、殴り合いから生まれる友情ってのもあるんだぜ?」
「知らねーよ、いきなり殴りかかってくんな!」
落ちてきたスーツケースを受け取りながらニヤリと笑うユキに対し、ダークランスは文句を口にする。だが、それはまるで悪戯をした友人を咎めるかのような物言い。反応が遅れれば巨大なアームの一撃が顔面に直撃していたとは思えないような口ぶりだ。
「おっと、またボンクラ上司が呼んでらぁ。そいじゃ、ユキちゃんはここでおさらばだ。おつー」
そう言って窓を破壊し外へと飛び出していくユキ。
「おい、普通に出てけよ!」
「ばいばーい」
その背中に文句を言うダークランスと、ぶんぶんと手を振るカロリア。こうして嵐のような少女、ユキは去って行った。警戒を解きながら、ドルハンはゆっくりとエミに近づいていく。
「エミ様」
「判っていますわ。見くびらないで頂戴。あそこで暢気にしているお子様とは違いましてよ」
腕組みを解くエミ。見れば、その手の平にはびっしりと汗が浮かんでいた。何故エミは突然漫画を持っていく事を提案したのか。離れたかったのだ。一刻も早く、あの少女の傍から。
『いーえ、違います。ユキちゃんは使徒です』
聞き逃していない。その言葉を。
「魔人の……使徒……お父様に知らせないと……」
それは、人類の敵。その敵がゼスに侵入している。株式市場の混乱という明確な悪意を持って行動している。そして、彼女の発した『上司』というのは、一体誰の事なのか。使徒の上司。そんなもの、答えは一つしかない。最悪の想像がエミの脳裏を過ぎる。
「(ああ、でも、もしあの使徒がわたくしの思惑に気付いていたら一体どうなってしまったのかしら。あのアームで……いや、もしかしたら上司に……ああっ!)」
いつもの病気は発症しているものの、エミの功績は大きい。欲を言えばこの館にユキを留まらせられていれば最高であったが、自らも命の危険があったのだ、責める事は出来ない。この事はすぐに父親であるラドンに知らされ、ゼス政府にも伝わる事となる。
現在
-アイスフレーム拠点 本部-
アイスフレーム本部では会議が今まさに始まるところであった。ペンタゴンからはネルソンとエリザベス、ポンパドール、他数名の隊員。アイスフレームからはウルザ、ダニエル、ランス、シィル、サーナキア、アベルトが出席している。ロドネーやキングジョージは先の戦いで負傷していたため、今回は欠席している。
「では、会議を始めたいと思いますが、まず先に確認をさせて頂きたい。我らの立案した『祖国の解放』作戦に異論はないか、という事を」
最初に言葉を発したのはネルソン。彼は同盟を結んでからというもの、まるでアイスフレーム側を立てるかのように下からの物言いになっていた。同盟は対等なものであるため、これはネルソンが勝手にしている事。その事をエリザベスは不満に思っていたが、これもネルソンの作戦の内。現在のアイスフレームの実権を握っているのはランス。そのランスに対しては、対等な立場ではなく相手を上に置くようにして接するのが一番だとネルソンは考えたのだ。とはいえ、こちらがランスの立場を察していると気が付かせるのは悪手。あくまでウルザを代表と見ているとアピールすべく、彼女に対して異論はないかと問いを投げる。
「…………」
ネルソンの問いを受け、ウルザは押し黙る。以前、丁度ルークが奴隷観察場にいるというパットン皇子を確認しにいっている時、アイスフレームを訪れたネルソンたちから聞かされた作戦の内容。マナバッテリーを奪取し、マジノラインを止めるというもの。混乱に乗じて現政府を潰し、臨時政府を発足の後、国民投票で新生ゼスの大統領を決めるというもの。あまりにも馬鹿げている。止めてしまったマジノラインはどうするのか。下手すればモンスターだけでなく、魔人までゼスにやってきてしまう。あまりにもリスクが大きすぎる。
「ウルザちゃん」
「っ……」
ランスの言葉を受け、反応を示すウルザ。止めなければいけない。だが、止める事が出来ない。この会議の前夜、いつものように寝室へとやってきたランスはこう言った。うだうだ考えても仕方がない、やればなんとかなる、と。確かに前に進まなければ何も動かない。だが、本当にこの作戦でいいのか。ウルザには今日まで答えを出す事は出来なかった。
「……続けてください」
「では、続けましょう。と、その前に。まずはこの作戦を立案してくれたポンパドールに拍手を」
ウルザの言葉を同意と受け取ったのか、ネルソンは話を続ける。作戦の立案者だというポンパドールに拍手を送ると、ペンタゴン兵たちが一斉に立ち上がって拍手を送った。どうも、どうもと手を上げて応えるポンパドール。
「ほう、ポンパドールちゃんがこの作戦の立案者か。意外とやるな」
「意外と、とはなんですか。不肖ポンパドール、これでも幹部の一人ですので」
以前にもやったように、胸の位置についた星の装飾を指差す。そこに刻まれた6の数字は幹部の証だ。
「で、そのマナバッテリーの在処は判っているのか?」
「はい。元々はゼス高官たちを攫い、その場所を吐かせるつもりでした。ですが、思わぬ幸運が舞い降りた」
「幸運ですか?」
サーナキアの問いにネルソンが自信満々に答えると、その幸運とは何かとアベルトが問う。すると、その問いを待ってましたと言わんばかりにすぐさま答えるネルソン。
「治安隊本部を襲撃した際、偶然にもマナバッテリーの在処を知っている者がいたのです。その者は言いました。4基のマナバッテリーを守るのは四天王の方々です、と」
「四天王? という事は、マナバッテリーは四天王の塔に?」
それは治安隊本部の戦いの際、ミスリーが口走ってしまった機密。その情報はしっかりとロドネーからネルソンに伝わっていたのだった。
「そう! 本来ならばもっと時間が掛かるはずであったマナバッテリーの在処を、幸運にも我らはこれ程早く突き止める事が出来た! これは天が我々の味方を……」
「御託は良い。で、その情報は確かなのか?」
「貴様……」
「エリザベス、良い。ええ、ランスさんの言う通りです。この情報の真偽は綿密に調べる必要がありました。なにせこれが我々を陥れるための偽情報であれば、作戦は一気に瓦解する。そう、かつて多くの同胞を失ったあの悲劇を繰り返してはいけないのだ!」
「っ……!」
ネルソンの言葉にウルザが肩を震わせる。ネルソンの言った悲劇というのは、ウルザの両親と兄、そして多くの仲間を失う事となった大規模作戦の事を指しているに違いないからだ。偽の情報に踊らされ、多くの仲間を失い、前線で指揮を取っていたウルザも両足の自由を奪われた。忘れられるはずがない。
「おい」
「……失礼。ですが、忘れてはならぬ礎です」
ダニエルがネルソンを睨み付ける。口では謝罪したネルソンであったが、忘れるのではなく乗り越えていかねばならないと付け加える。
「綿密に調べた結果、この情報に偽りはないと判断しました。そして、そのマナバッテリーが塔の地下にある事も我々は突き止めました」
「地下に?」
「ポンパドールが得てきた情報です」
「はい。マナバッテリーは墜落した闘神都市の内部にあるものであり、現在の技術をもってしてもその構造は分からず、むやみに動かす事の出来ない代物との事。であれば、墜落した際にめり込んでいるであろう場所、地下にあるというのが有力かと」
「成程」
これは、ディオから得た情報だ。そもそも、闘神都市が落ちた場所にマナバッテリーがあるという情報もディオからもたらされたもの。あの情報があったからこそ、四天王の塔にあるという情報も信憑性が増したのだ。何せ、過去の文献を調べたら闘神都市が落ちた場所は四天王の塔の場所と一致していたのだから。そして、先日のジークへの報告の際にディオからもたらされた情報。
『少し見て回ったが、今の魔法使い共がルーンの域に至っているとは到底思えん。魔法などという力、私は認めん。だが、ルーン。奴は恐らく傑物だった。私を引き入れた程の狂人だ。ならば、マナバッテリーは地下にあるはずだ。今の時代の魔法使い共にむやみに動かせるはずがないからな』
なんの根拠もない情報だったが、もし違っていれば全責任をディオにおっかぶせる事が出来る。カミーラやケイブリスに作戦失敗を怒られるのは自分ではなくディオ。これが重要。そして何より今一番大事なのは、人間共にやる気を出させて行動に移らせる事。その為、ポンパドールは多少誇張して情報を説明するのだった。
「以上から、我々は四天王の塔に間違いなくマナバッテリーがあると結論付けました」
ネルソンのその言葉を受け、すぐさまエリザベスが会議室の前に置いてあるホワイトボードにゼスの地図を広げた。ネルソンに赤いペンを渡し、それを受け取ったネルソンは四つの塔に丸印を付ける。
「首都であるラグナロックアークを囲む四つの塔。山田千鶴子が管理する王者の塔。マジック・ザ・ガンジーが管理する弾倉の塔。ナギ・ス・ラガールの管理する日曜の塔。パパイア……」
が、最後の塔に丸印を付けていた時、ネルソンの手と口が止まった。一瞬の静寂の後、ネルソンは一度だけ天井を仰いでから言葉を続ける。
「失礼。パパイア・サーバーの管理する跳躍の塔。これら四つの塔の地下にあるマナバッテリーを破壊するのが今回の作戦です」
「四つか……多いな」
「何を言う。数の問題ではない。例えいくつあろうとも、我々の大義の為に全て破壊するだけだ」
四つと聞いてランスがそう呟く。その事に苦言を呈したエリザベスであったが、珍しくサーナキアがランスに同調する。
「しかし、ランスの言う事は尤もだ。四天王の塔はゼスでも屈指の警備と聞く。それを四つもだなんて、ボクたちで攻め落とせるものなのか?」
「通常ならば不可能です」
「通常なら?」
その言い回しにウルザが反応する。もしネルソンが四天王の塔を落とせると言っていたら、ここでウルザは反論するつもりであった。どれだけ譲歩しても、今の戦力で四天王の塔を落とせる訳がないからだ。
「こちらもまた、ポンパドールが得てきた情報です」
「君、随分と優秀だな」
「いえいえ、恐れ入ります」
サーナキアが素直に驚きの言葉を漏らし、ポンパドールはペコリと頭を下げながら立ち上がる。
「どうも調べてみればみるほど、このマナバッテリーというのは重要機密でして、それこそ四天王自身も塔の地下にこんなものがあるのを知らないみたいなんです」
「四天王自身も!?」
「はい。もしかしたら山田千鶴子辺りは知っているかもしれませんが、他の四天王は恐らく知りません。だからこそ、付け入る隙があります」
「そう! そのような状態であるからこそ、塔の警備兵がきちんと守護しているとは限らないのです。塔の陥落は無理でも、地下に侵入しマナバッテリーを破壊するだけならば今の戦力でも十分に可能です! 入念に準備を行い、塔を攻略します」
「ふーん」
熱弁するネルソンとは対照的に、そっけない返事をするランス。その反応を咎めようとしたエリザベスであったが、ネルソンに目で制される。今、ランスのやる気を削ぐ訳にはいかない。
「よーし、状況は判った。それで、どの塔から攻めるんだ?」
「いえ、どの塔からではありません。一斉に攻めます」
「なんだって!?」
「いえ、これは当然の判断ですね。一つでもマナバッテリーを破壊すれば、後の塔の守護は厳重になる」
「その通り。例え我々の狙いがマナバッテリーであると気が付かれずとも、一つでも破壊すれば山田千鶴子は間違いなくマナバッテリーの警護を厳重にする。なにせ、全て破壊されればマジノラインが止まってしまうのですから」
順々に落としていくと思っていたサーナキアは驚くが、アベルトはむしろ当然だという反応を示す。そう、警戒の薄い今だからこそ、一斉に攻める必要があるのだ。
「アイスフレームのグリーン隊。ランス隊長にはマジックが管理している弾倉の塔をお願いしたい」
「マジックちゃんか。うむ、前は取り逃がしたからな。文句はない。任せろ」
ネルソンは以前にランスがマジックを取り逃がした情報も得ていた。だからこそ、ここでマジックの管理する弾倉の塔をあてがった。目論見は見事的中。ランスは文句ひとつなく弾倉の塔攻略を受け入れた。
「シルバー隊。サーナキア隊長にはパパイアが管理している跳躍の塔を」
「わかった。任せてくれ」
「我々ペンタゴンはナギの管理する日曜の塔に向かう。最後の千鶴子が管理する王者の塔だが、民間組織に頼もうと……」
「あ、それなら僕の部隊がやりますよ。ブルー隊は工作専門ですけど、民間組織よりは出来ると思いますよ」
「うむ。ではアベルトの部隊にお願いするとしよう」
アベルトが自ら挙手し、王者の塔を任される。これで全ての塔の振り分けは決まった。
「今回の作戦ではアイスフレーム側の負担が大きい事をお詫びしたい。ですが、我らペンタゴンはマナバッテリー破壊後のクーデター計画の準備も進めております。どうかご理解頂きたい」
「(進んでしまう……無謀な作戦が……でも、私に何が……)」
「それでは、各自準備を整えておいてください。次の会議は一週間後とします。以上で今回の会議を……」
「待て。大事な事を聞いていない」
ウルザが葛藤する中、ネルソンの言葉を遮ったのはランスであった。
「ランスさん、何か?」
「さっき、入念に準備をしてから塔の攻略をすると言ったな。それはいつのつもりだ?」
「そうですね。今言ったように、一週間後の会議までに各自準備を整えて貰います。隊員の心構えや武器の整備は勿論、各自が担当する塔への潜入経路を調べて頂く期間です」
「長いな。何を悠長な事を言っとるか。三日だ。潜入経路は貴様らペンタゴンが死ぬ気で見つけだせ。クーデター準備の人員を少し回せ」
「なっ!?」
エリザベスが絶句し、ネルソンも眉をひそめる。
「何を無茶な事を! そもそも、本当なら今回の会議までに準備は整っていたはずなんだ。貴様らの森の改造に人員を……」
「ランスさん、いくらなんでも急ぎ過ぎではありませんか? ゼスはこちらの動きに気が付いていない。確かに革命は急ぐ必要がある。ですが、一週間を三日に縮めたところで何の意味もない」
「それが悠長だと言っているんだ。遅れれば必ず邪魔が入る」
「邪魔が入る? だから、政府は我々の動きにはまだ気が付いていないと……」
「あれから一週間経った。そこで更に一週間後に四つの塔の同時攻略だと。ふん、無理だな。俺様のところは成功するだろうが、他の三つ全てが成功する確率などたかが知れている。となれば、一週間では終わらん。失敗した塔に攻め込む期間が必要だ」
「あれから一週間……?」
その言葉を聞き、いち早く気が付いたのはサーナキアであった。ランスが言っているのは政府の事ではない。
「ルークか!?」
「ルークに志津香、真知子さんにロゼ。あっちには察しの良い連中が揃っている。なら、必ず気が付く。マナバッテリーを一つ破壊した段階で、俺様たちの狙いがマジノラインを止めるって事にな。そうと判れば、良い子ちゃんのあいつらは絶対に止めに来る。それを阻止する為に森を改造させたが、いつまでも持つものじゃあない。それに、もしかしたら四天王の塔で待ち伏せという可能性もある」
「マナバッテリーの破壊は政府にとっても極秘事項。そう簡単に情報を得られますか?」
「真知子さんの情報収集能力なら必ず気付く」
「じゃあ、そもそも気が付かせなければ良いじゃないですか。四つの塔を同時に……」
「ポンパドールちゃんには申し訳ないが、さっきも言ったようにそれは無理だ。間違いなく俺様たち以外のどこかは失敗する」
アベルトとポンパドールの問いに即座に答えるランス。その仲間を信用していない物言いにサーナキアとエリザベスが抗議しようとするが、先に言葉を発したのはネルソンであった。
「ランスさん。心配するに越したことはありませんが、仰っているような事が起こるのは有り得ません」
「…………」
「ルークさんがアイスフレームを抜けてまだ一週間。確かに彼は解放戦の英雄という肩書きを持っている。だが、このゼスにおいて後ろ盾は何もない。例え四将軍サイアスと懇意にしていようとも、彼に協力を仰ぐ事は出来ない。彼は政府側の人間なのだから。リーザスからの協力もないでしょう。先日の同盟決定パーティーの際にランスさんが仰ってましたよね。リア女王は貴方に感謝しているのであってルークさんではないと」
「…………」
「レジスタンスを新たに立ち上げるのは言葉でいう程容易ではない。豊富な資金を使い、多くの人を集め、大量の物資が必要になる。戦闘をするつもりならば武器も揃えねばならない。いくら解放戦の英雄といえど、一個人がそう簡単に賄えるものではない。一年。いや、どれだけ譲歩しても半年は掛かるとみて良いでしょう」
ネルソンの言葉にはウルザもダニエルも心の中で同意する。レジスタンスという組織はそう簡単に立ち上げられるものではない。このアイスフレームもプラナアイス家が私財を投げ出し、また元々ペンタゴン時代からの協力者たちが多くいたからこそ立ち上げられたのだ。
「それに、ルークさんは抜けるときにいくつか任務を持って行ったんですよね? 迷惑料として」
「えっ? あっ、ええ、そうです……」
ネルソンの唐突な問いかけにウルザは慌てて答える。ダニエルからある餞別を貰ったルークは、お返しにとまだ未達成の任務を2、3件ほど持って行っていた。
「まあ微々たるものでしょうが、そちらの任務の達成にも暫くは掛かるでしょう。以上の事から、多少時間に余裕を持って行動しようとも、こちらの作戦が成功するまでの間にルーク・グラントが行動を起こす事は不可能です」
「提督の仰る通りだ。奴は動けん、何があろうともな」
「ふん」
「そうですね。ランスさん、これはあちらの言う事の方が正しいと思いますよ」
ネルソンがそう結論付け、エリザベスとアベルトも同調する。いくら冒険者として貯め込んでいると言っても、それは個人の範疇を越えはしない。ゼスにもリーザスにも頼れない中、ルークにレジスタンスを立ち上げるための資金力があると思えない。また、例え資金があったとしても人や物を集めるのは容易ではない。どうしても地盤作りに時間が掛かるのだ。だが、そんな正論をランスは鼻で笑う。
「おい、ジジイ」
「貴様、提督に向かって……」
「良い。ランスさん、なんでしょうか?」
「貴様は何も判っていない。あいつは来る。間違いなく、俺様達の邪魔をしにな」
断言する。根拠などない。だが、ルークは必ず短期間で組織を形にするはず。そんな確信がランスにはあった。
「任務をいくつか持って行っただと? ふん、そんなものどうせそろそろ終わっている。それも、ルークの手は煩わせない。あいつが組織立ち上げの為に動いている間、暇になるであろう志津香やトマトだけで十分に片付けられる」
-安眠街道村 地下墓地-
「立ち去れ。この区画はゼス王国に反抗したモエモエ国の罪人を永久に閉じ込めておく場所なり。許可なき者の立ち入りは……」
「あ、ども。AL教からやってきました。なんか地震が原因で封印が中途半端に解けて、女王の怨霊が夜な夜な泣いて付近の住民が怖がっているんですよね? 再封印なり成仏なりさせちゃおうという事で依頼を受けました。はい、依頼状。あ、こちらの者たちは護衛です。墓地内はモンスターも出ますので」
「……確かに。AL教の者というのも偽りはないようだ。では、頼む」
以前、アバター様の退治でルークたちが訪れた共同墓地。その一角、かつてゼスに反抗したモエモエ国の罪人を封じている墓地を訪れていたのはAL教からの使者であった。受け取った依頼状とAL教の証明書に偽りはない。墓地を警護していたマジックガードは素直にそのAL教の者を通した。地下墓地の中の通路を歩きながら、AL教を名乗った女はパサリとフードを取った。
「じゃ、面倒なんでさっさと終わらせますか」
「ふえー、驚いたですかねー。あんな真面目な喋り方も出来るんですかねー」
「マジックガードは真面目だからね。対応誤ると通るのが面倒だし、外面良くするのも時には必要なのよ」
「いつもそうしてなさいよ」
「やだ。疲れるし」
AL教を名乗った女は、ロゼ。確かに彼女は間違いなくAL教の人間だ。但し、かなりの問題児だが。護衛についているのは志津香、トマト、セスナ、シトモネの四人。護衛に魔法使いが二人もいるし、AL教の証明書は本物。これではマジックガードも疑いようがない。シトモネが依頼状に再度目を通す。
「えっと、10万人もの市民を虐殺した稀代の鬼女、女王アノキア。その封印が少し解けてしまったので、再封印か成仏をさせるんですよね?」
「ま、本人見てから決めましょう」
「これで任務も終わりね。全く、わざわざ厄介事持ってくる必要もないでしょうに」
「私たちの腕が鈍らないように持ってきたんじゃない? ほら、今私達やれる事ないし」
志津香がため息を吐く。ここ数日、志津香たちはルークの持ってきた依頼をこなしていた。そして、この怨霊退治が最期の任務。
「やれる事ないって……」
「今は地盤作りの段階だからね。志津香、なんか資金提供なり物資提供なりのあてはあるの? 友達少ないでしょ?」
「……なに決めつけてるのよ」
「マリアはアイスフレームにいるから駄目だし、カスタムの住人は志津香じゃなくても話がつくからアウトね。あんたじゃないと話を付けられない協力者。ほれ、いるの?」
「…………」
「やーい、ぼっち」
「五月蠅いわね! あんたらもいないでしょ!!」
ロゼの挑発にイラついたのか、怒鳴りながら反論する志津香。
「アイテム屋のコネで多少の物資なら集められますですかねー」
「ルークさんと繋がりのない、別のギルドの知り合いが少々」
「従姉妹のワヨソ。商店やってる」
「あ、もしかしてレッドの町のベンビール商店ですかー? 知ってますですかねー」
「オズ・トータスとミ・ロードリング辺りならすぐ連絡つくけど」
「さらりととんでもない名前が出てる……」
ところがどっこい、志津香以外はある程度知り合いがいた。一人とんでもない名前を出している者もいたが。志津香は友達が少ない。
「…………!」
「おーい、ムカついたからって無言で墓地の壁を蹴るなー」
「志津香さん、ドンマイですかねー」
「ぼっちでも……生きていける……」
「慰めるな!」
トマトとセスナに肩を叩かれるが、余計にイラつく志津香。そんな風に騒ぎながら墓地を進んでいく一同だったが、ふとロゼは壁に掛かっていた看板に目を向ける。
『すべての魂はルドラサウムに還り、再びこの世に帰ってくる』
「(……ふん、つまんない教えだこと。行き先の決まっている人生なんて退屈じゃない)」
そう心の中で呟き、再び志津香をおちょくりながら先へと進む。暫くし、件の女王の墓へと辿り着いた。墓の上に薄らと見える、青い髪の美少女。さめざめと泣いている。あれが女王アノキアの霊で間違いないだろう。
「あれが10万人を虐殺した鬼女ね。ロゼ、頼んだわよ」
「私は……アノキア……おねがい……助けて……」
「……ふむ」
女王アノキアを目の前にしたロゼ。封印か、成仏か。選択を迫る志津香とは裏腹に、ロゼは第三の選択肢を考え始めていた。
-ゼス国内 某所-
「ルークさん、返事が来ました」
真知子と中年の男が扉を開けて入って来る。ここは、ゼス国内にあるとある屋敷。真知子と共に入ってきた中年の男が所有するものだ。真知子から手紙を受け取り、目を通す。
「……真知子さん、数日空ける。直接会ってくれるみたいだ。恐らくだが、この手紙の感じだと良い返事が貰えると思う」
「それは何より。では、話が上手くいく前提であちらの方も進めておきますね」
「頼む」
旅支度をするルークと、阿吽の呼吸で話を進める真知子。そんな二人を見ながら、中年の男は感嘆の声を漏らした。
「最初は半信半疑でしたが、まさか本当にこれ程のスピードで話をつけるとは……」
「元々知り合いでしたからね」
「それでもですよ。一般人が会えるような人ではないというのに……流石はウルザ様から紹介があっただけのお人です」
そんな話をしていると、屋敷の門が開いた音がする。どうやら志津香たちが帰ってきたようだ。階段を上がり、ルークたちのいる部屋に入って来る。
「戻ったわ」
「お疲れ。任務は終わったんだな」
「まあ……ね」
意味あり気に志津香が呟き、後から入ってきたロゼの方を見る。ルークたちもそれに続くと、突如ロゼの横、先程までは何もなかった場所から薄らと青い髪の少女が姿を現した。
「どうも……」
「うわっ!? れ、霊!?」
「……どういう事だ?」
屋敷の主が驚く中、ルークは眉をひそめてロゼに視線を移す。
「怨霊女王アノキアちゃんです」
「いや、そうじゃない」
「んっと、なーんか話を聞いた感じそもそも鬼女ってのがきな臭かったんで、成仏したって言いくるめて封印解いて連れて来ちゃった。なんていうか、多分ゼスの闇の被害者。大昔の」
「……ふむ」
「ゼスを変える上で、昔の出来事を生で語れる証言者って貴重じゃない? 別に切り札になるって訳じゃないけど、手札はあるに越したことはないし」
「成程、確かにそうですね」
ロゼが悪い笑みを浮かべ、真知子が静かに頷く。確かに現状、打てる手は多い方が良い。
「昔のゼスを語れる人間か……一人いるな。帰りに寄れるから、ついでに寄って来るか」
「あら、誰の事?」
ロゼの問いに対し、ルークはスッと幻獣の剣を抜く。剣先がキラリと光り、その剣がまだまだ現役である事を主張する。
「リンゲル国親衛隊副隊長」
「リンゲル国……懐かしい名前です……」
「ん? 知ってるの?」
「はい。我がモエモエ国とリンゲル国は親交がありましたから」
「へぇ」
反応を見せたアノキアに志津香が尋ねる。もしかしたら、件の副隊長の事も案外知っているかもしれない。
「ロゼ。帰ってきたばかりのところ悪いが、ついて来てくれ。金の交渉事になる」
「ん、了解」
「それにしても忙しいですね。もう少しゆっくりしても……」
「そうはいかないさ」
シトモネの言葉を受け、ルークはそう返す。それは、確かな確信。
「早急に最低限動けるだけの状態になる必要がある。ランスの行動は早い。それに、今のランスはいつも以上に無茶をする可能性がある。いざとなれば、アイスフレームとペンタゴンの暴走を止めなくちゃならない」
「なんで同じレジスタンスとも戦う可能性が出てるんだか……」
志津香がため息をつく。本来ならばゼス国軍だけが敵のはず。それなのに、先日まで仲間であったアイスフレームと戦う可能性まで出てきているのだ。
「杞憂で終わればそれでいい。その時は当初の予定通りゼス改革の為の行動を進める。だが、いざという時に動けないんじゃ話にならない。だからこそ、今は急がなくちゃいけない」
「急ぐ……では、半年よりも早く?」
屋敷の主はルークの準備期間を半年と踏んでいたのだろう。急ぐと聞いてそう尋ねるが、ルークは首を横に振る。
「一か月。既に一週間が過ぎたから、後三週間といったところか。それまでに、最低限動く事の出来る状態にする」
「なっ!? そんな無謀な……」
「やってみせるさ。突貫工事でもなんでもいい。とにかく、形を作り上げる」
ルークはランスの行動を読んでいた。マジノライン停止という目的は知らないが、何か無茶な行動に出る可能性も、その行動がすぐに行われるであろう事も。だからこそ、一か月での組織作りという無謀な行動に出た。今はまだ動く事は出来ない。だが、ランスが行動を起こす頃には間に合うはず。それが無茶な行動であれば、止める為に。
-アイスフレーム拠点 本部-
だが、相手の行動を読んでいるのはルークだけではない。
「半年? 馬鹿言うな、あいつがそんな鈍間な訳がない。一か月。もう一週間経ったから、三週間以内だな。それだけすればあいつは行動を起こす」
「馬鹿な! 有り得ない! そんな短期間で……」
「やる。あいつはそういう男だ」
エリザベスが反論するが、ランスはキッパリと断言する。それは、無意識の信頼か。争い、決別してなお、ルークとランスは互いに相手を理解していた。奴ならば、こう動くと。
「三週間以内だ。それを過ぎればルークは動く」
「(ランス様……)」
これまで、ルークとランスは敵対する事はなかった。共に並び立ち、強敵に挑んできた。だが、今は違う。場合によっては、ルークは自分たちの邪魔をしにやってくる。今のルークは、敵でしかない。
「なら、俺様はその先を行く。それまでにゼスを引っくり返す」
それは、思ってもみなかった相乗効果。絶対に負けられぬ相手の存在が、英雄を高みへと昇らせる。
三日後
-アイスフレーム拠点 本部-
そして、三日が経った。本部の前には今回の作戦の指揮を取るリーダーたちが集まっていた。ランスの勢いに押され、結局作戦の決行を急ぐこととなった一同。死にもの狂いで集めた潜入経路は、エリザベスの努力の賜物だ。寝不足の目でランスを睨み付けながら、エリザベスは経路の描いた地図を渡す。
「あれだけ大口を叩いたのだ。失敗したでは許さんぞ」
「がはは、問題ない。俺様に失敗は有り得ん。心配するなら他の連中だな」
エリザベスからシィルが地図を受け取り、ランスはふんぞり返って笑う。一体この自信はどこから来るのかとエリザベスは再度ランスを睨む。
「馬鹿にするな。必ず成功してみせるさ」
「まあ、精一杯努力はしますよ」
サーナキアとアベルトも地図を受け取る。ランスとは別行動だが、彼らも塔の攻略を任されている。責任は重大だ。
「では、出発の前に一枚写真を残しておきましょう」
「写真?」
ネルソンの言葉にランスが眉をひそめる。パチン、と指を鳴らすと、茂みの陰からカメラを持った女性が現れた。
「やー、やー、やー。どうも、写真家のぺぺって言います」
「ん……あー、カスタムの町のペペちゃんじゃないか」
「あ、お久しぶりです」
「おっと、こいつは意外なところでの再会。ランスさん、シィルさん、お久しぶりです」
それは、かつて四魔女事件の際に会った写真家のペペであった。そういえば今はゼスのお抱え写真家になっていると聞いた記憶がある。そんな事を思い出しながら、シィルは再会を喜んだ。
「マリアさんもいらっしゃいますよ。後で会っていかれませんか?」
「本当ですか。いやー、最近忙しくてカスタムに帰れてないんで、ぜひぜひー」
「で、なんで写真なんだ?」
ランスが疑問をぶつけると、ネルソンは大げさに両手を広げた。
「後の新政府発足の際、この記録は貴重な資料になる事でしょう。歴史を変えた者たち、と。歴史書、教科書、様々な文献にこの写真は残ります」
「気が早いのでは……」
「いやいや、ウルザよ。こういうのはちゃんと記録を残しておいた方がいいのだ」
「彼女はゼスのお抱え写真家なんですよね? 情報が漏れる心配は?」
「何を言ってますか! こちとらプロフェッショナル、守秘義務は守ります。ゼス政府の人間にはこの写真を見せませんし、情報も流しませんよ」
サーナキアの疑問にペペがぷりぷりと怒りを露わにする。彼女にも写真家としてのプライドがあるようだ。
「まあ、いいじゃないですか。いい記念になりますよ」
「わふー、話が早いイケメンは好きですよ。それじゃあ、皆さん並んで。おっと、ランスさん。真面目な写真なんでポンパドールさんのスカートをめくらないでください。それじゃあいきますよ、パシャリンコッコッコ!」」
フラッシュが焚かれ、その光景が一枚の写真に収められる。ランス、シィル、ウルザ、ダニエル、サーナキア、アベルト、ネルソン、エリザベス、ポンパドール。中でもサーナキアはサムズアップで実に良い笑顔をしている。
「いやー、なんかサーナキアさんはそれだけ良い笑顔をしていると死亡フラグみたいですね」
「おい、止めろ!」
これから死地に赴くというのに、実に不吉な事を言われてしまうサーナキア。だが、これで事前準備は終わった。ネルソンはウルザとランスに向き直り、高らかに宣言する。
「では、作戦開始です。次に会う時はクーデターが成功し、臨時政府での会議室となるでしょう」
「それはないな。お前らの塔攻略が一番失敗しそうだ」
「……失礼」
ランスの言葉に決して反論はせず、マントを翻してネルソンたちは去って行く。最後にエリザベスが一睨みしてくる。余程最後の言葉に腹が立ったのだろう。
「(止められなかった……止めなければいけないのに……)」
「…………」
ウルザが葛藤する。動き出してしまう。もう、誰にも止められない。そんなウルザを、ダニエルは無言で見守っている。
「では、俺様たちも行くぞ。目標はマジックちゃんの塔。マジックちゃんを美味しく頂いて、ついでにマナバッテリーを破壊だ」
「ランス様、その、優先する順番が逆です……」
◆弾倉の塔攻略
【グリーン隊参加メンバー】
ランス、シィル、かなみ、マリア、リズナ、パットン、ロッキー、コパンドン、シャイラ、ネイ、プリマ、メガデス、タマネギ、殺、ルシヤナ、バーナード
◆跳躍の塔攻略
【シルバー隊参加メンバー】
サーナキア、ナターシャ、他シルバー隊隊員
◆王者の塔攻略
【ブルー隊参加メンバー】
アベルト、インチェル、珠樹、他ブルー隊隊員
-弾倉の塔 36階 マジックの部屋-
ここは、弾倉の塔の最上階。四天王マジックの部屋。マジックは炬燵に入りながら、次の筆記試験に向けての勉強をしていた。
「うー……」
「わかんないのー? 私、見ようかー? あ、黒魔法の反射方程式? それ、難しいわよねー。答えは370テテパワーよー」
「……判ってるわよ。横から口を出さないで」
「はーいー」
苦戦するマジックの横から口を出すのは、同級生のエロピチャ。マジックと違い、勉強道具は広げていない。パリパリと煎餅を食べながら、マジックの勉強姿を見守っている。その余裕ある姿がマジックには腹立たしかった。というのも、このエロピチャは現在マジックと主席卒業の座を争うライバル。本来ならば自分のように猛勉強をしていないとおかしいのだ。
「随分と余裕ね」
「マジックが頑張り過ぎー。賢いんだから、そんなに頑張らなくてもー。そうだ、お茶にしましょうよー」
「また前みたいにお茶に眠り薬を入れたんじゃないの?」
「そんな事しないわよー。前のはたまたまー、マジックがお茶を飲んだ直後に眠っちゃっただけじゃないー」
キッと睨むマジックに対し、エロピチャはほわほわとした笑顔で平然と返す。だが、マジックは彼女の事を信用していなかった。このほわっとした態度で油断させ、美味しい所を根こそぎもっていく。エロピチャとはそういう女だとマジックは考えていた。
「というか、よく考えたらなんで部屋にいるの。ここは私の部屋よ」
「だってー、お友達でしょうー? 一緒にお勉強しましょうー」
「いつ私が貴女とお友達になったのよ」
「ええー、酷いわー。そんな事言うなんてー」
「これこれ、ご学友は大事にしなきゃならんぞい」
マジックのあんまりな態度に対し、エロピチャとは別の突っ込みも入る。瞬間、マジックの広いおでこに青筋が浮かんだ。
「100歩譲ってエロピチャは許すわ」
「やったー」
「なんでここにいるのよ! 雷帝!!」
部屋の隅で漫画を読んでいる雷帝、四将軍カバッハーンに向かって文句を口にするマジック。ゼス広しといえど、あの雷帝にこのような態度をとれる人間は数少ない。恐れを知らぬ若者といったところか。
「マジック様も聞いておるじゃろう? 魔人の使徒の話は」
「ラドン長官から情報が入ったっていうあれ? ただのガセじゃないの」
「娘がその目で見たというからには、無視する訳にもいくまい。アルフォーヌ家は力をもっておるからのう」
「というか、使徒の話って一応機密でしょ。思いっきり聞いてるけど」
「おっと、そうじゃな。エロピチャちゃんじゃったか、この話は内緒じゃぞ」
「はーいー」
ビッとエロピチャを指差すマジック。しかし、カバッハーンは特に気にした様子もなくエロピチャに黙っているよう頼み、エロピチャもこっくりと頷く。頭が痛い。どれだけガバガバな機密なのか。
「千鶴子様は魔人が狙うなら四天王の塔の可能性が高いと踏み、今は警備を厳重にすべく人員を集めているところじゃ。キューティは今頃目を回しているじゃろうな。で、それまでの間、各塔の警護を四将軍が仰せつかったという訳じゃ」
「なんで雷帝なのよ……思いっきりハズレくじじゃない……」
「アレックスが良かったか? 駄目じゃぞ、試験前にいちゃついては」
「マジックのえっちー」
「違うわよ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るマジック。確かに今、これがアレックスだったらどれだけ有意義な試験前を過ごせただろうかと考えはした。だが、こうもピンポイントで心の中を読まれては怒鳴る他ない。
「というか、なんで魔人が四天王の塔を狙うの?」
「機密じゃ」
「四天王の私でも知らない機密」
「うむ」
「……納得いかない」
四天王の塔の地下にはマナバッテリーがある。万が一魔人に狙われて一番影響のあるのはそこだと判断した千鶴子は、すぐさま警護を固める事を決めた。因みに、カバッハーンも機密を知る一人だ。
「……じゃあ、せめて勉強教えてよ」
「儂も臨時講師とはいえ教鞭を持つ身。試験前に一部の生徒にだけ教えるのはアウトじゃ」
「そんな事言って、漫画読んでたいだけでしょ」
「ほっほっほ」
「せめてなんか言い訳を言え、クソジジイ!!」
「マジックー、言葉使いが下品ー」
鉛筆を投げつけるマジックだったが、カバッハーンに届く前に鉛筆は焼け焦げ消滅する。判らなかったが、カバッハーンが何かしらの雷魔法で防いだのだろう。こんなくだらない事に魔法を使うなと怒鳴りたい。というかこの状況を放り投げてどこかに行ってしまいたい。でも勉強はしなくてはならない。最悪の環境だ。
「失礼します、塔の警備隊長ウォービートです。緊急です」
「邪魔」
「入れ」
その時、マジックの部屋の扉がノックされる。マジックは一蹴したが、カバッハーンが即座に入室の許可を出す。扉が開かれ、一礼した後ウォービートは口を開く。
「地下に侵入者です」
「ふーん」
「……ほう」
興味なさ気にしているマジックとは対照的に、カバッハーンの目が光る。
「既に何名もの警備兵がやられております。目的は不明ですが、かなりの手練れです。第3級の緊急事態かと思われます」
「私は勉強中。警備隊長でしょ? 貴方が対処しな……おわっ!」
そこまで言ったところでマジックが襟を掴まれ炬燵から引っ張り出される。仮にも四天王かつ王女である自分にこんな事をするのは一人しかいない。見上げれば、そこには雷帝。
「いくぞい。四天王の仕事じゃ」
「雷帝一人いれば十分でしょ!」
「戦場に老いぼれ一人送り込むつもりかのう?」
「何が老いぼれよ、私よりも強いくせに!! 私は何が何でも主席で卒業しなきゃいけないのよ!」
「普段からアレックスといちゃついて勉強を疎かにするからこうなる」
「してないわ! いつも勉強してるし、アレックスとは何も発展してないわ!!」
「マジックー、凄く悲しい事を言っているのに気付いてー」
ずるずると引きずられていくマジックに向かってハンカチを振るエロピチャ。そして、異変が起こっているのは弾倉の塔だけではない。
-王者の塔 地下-
「これは予想外ですね……」
王者の塔の地下まで侵入したアベルト。マナバッテリーは目の前まで迫っていた。だが、その前に立ちふさがる相手を見て流石に笑顔が凍り付く。もし平時の警護であれば、アベルトはマナバッテリーの破壊を難なく成功させていただろう。
「ここまで侵入した事は誉めてやろう。だが、ここから先は通行止めだ」
暗いはずの通路が、まるで繁華街のような明るさになる。炎の四将軍、サイアス。両手に炎を纏いながら、ブルー隊を見据え不敵に笑った。
-跳躍の塔 地下-
「馬鹿な……どうして……」
目の前に立つ二人の顔を見て、立ち尽くすサーナキア。部下の前だ、奮い立たなければいけない。だが、震えが止まらない。二人の内の一人は、その強さを重々に知っているからだ。
「ひゃっはー! 獲物がいたぜー!」
「ねえ、あれヤンキーとの人体実験に使っていい?」
「……駄目です。生け捕りにし、目的を吐かせます。それに……一応、顔見知りです」
「あら、そうなの?」
「どうして四天王だけじゃなく、四将軍までここにいるんだぁぁぁ!!」
サーナキアを見据えるのは、この塔の主である四天王パパイアだけではない。氷の四将軍、ウスピラ。かつてイラーピュで共闘した強者が、今は敵として立ちはだかっていた。
-弾倉の塔-
「さてと、楽しめる相手ならいいがのう」
「勉強させろー!」
廊下を歩きながらニヤリと笑うカバッハーン。これが、先に語ったペトロ山での一件がもたらした影響。本来、ポンパドールの予想した通り四天王の塔の地下は警護が薄いはずであった。だが、今は違う。使徒の襲撃に備え、四将軍が全ての塔を守っている。そして、ランスの攻め入った塔を守るのは最悪の相手。数々の死線を潜りぬけてきた古強者、雷帝カバッハーン。ルークやサイアスですら頭の上がらぬ存在であり、闘神都市の戦いではあのディオでさえ初戦では手玉に取られた。だが、ランスは越えねばならない。この巨大な壁を。
-ゼス 某所-
そして、もう一つ。これはいま語るべき事ではないのかもしれないが、ペトロ山での一件がもたらした影響はまだある。ゼスの革命とは関係のない、もっと先へと続く影響。
「ケケケケケ、中々に面白い悪魔だったじゃねーか。ユキちゃんのお気に入りだな」
この繋がりは、いずれ意味を持つ。
[人物]
キース・ゴールド (6)
キースギルドの長。ランスとルーク、二人の過去を知る数少ない人物。どちらか一方に肩入れする事はなく、中立な立場を取っている。
ハイニ (6)
キースギルドの美人秘書。フェリスの一件を知る数少ない人物。キースからルークの真実を聞かされ驚くが、フェリスへの行動を思い返し納得をする。
エロピチャ・ニャンコ
LV 1/4
技能 魔法LV1 話術LV1 経営LV1
ゼスの女学生。四天王マジックの学友であり、主席を争う程に成績は優秀。要領がよく、基本的には敵を作らない性格をしている。
ぺぺ・ウィジーマ (6)
カスタム出身のゼスお抱え写真家。かつてルークに作ってもらったサイアスとの繋がりが元で、今の地位まで上り詰めた。
ワヨソ・ベンビール
レッドの街でベンビール商店を営む女性。セスナの従姉妹。セスナがどこでも居眠りしてしまうのは、幼い頃に彼女がスリープの魔法を失敗したのが原因。リメイク作である『ランス03』にて新たに登場したキャラクター。本作では既に3章は終わっているため、残念ながら今後の登場予定は未定。せめて名前だけでも、と。
アノキア・モエモエ・スリン
約200年前、ゼスによって滅ぼされたモエモエ国の女王。10万の市民を虐殺した鬼女と伝わっているが、それは当時のゼスが流したデマである。絶対に知られてはならないゼスの暗部であるため、共同墓地に封印されていた。
[モンスター]
マジックガード
ゼス国内で使用されている擬似生命体。主に国内の警護を担当する。正確にはモンスターではないが、こちらに記載。
[技]
武舞乱舞
使用者 パットン
次から次へとパンチやキックを繰り出し相手を粉砕する、防御を捨てた捨て身技。恐るべき攻撃性能を発揮する代わりに、反動で自身の負担も大きい。原作ではその使いにくさからファンの間で長い事ネタ技とされていた。『ランスⅨ』において、クライマックス付近のシリアスな場面で「武舞乱舞だ」とパットンが言い出した際、思わず吹いてしまったファンも多いはず。これがシリアスな笑い。
[アイテム]
捕獲ロープ
女の子モンスターを捕獲する為のアイテム。ルークは普段使用する事はないが、一応道具袋に少しだけ入れている。まさかフットに使う事になるとは思わなかっただろう。
[料理/食材]
カラカラムーチョ
ユキの好物のお菓子。からからー。