ランスIF 二人の英雄   作:散々

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お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。


第190話 雷帝カバッハーン

 

-ゼス 弾倉の塔 地下1階-

 

「ふぁぁ……」

 

 地下遺跡と弾倉の塔を繋ぐ地下管理通路がこの地下1階の主な役回り。その入口を警護するゼス兵、フウカキヤ。彼は今、横にいる二人の同僚の目も憚らず大きな欠伸をしていた。しかし、無理もない。警備上仕方がないとはいえ、この場所の警護はあまりにも暇であまりにも無意味。地下遺跡から侵入者など来る訳がないと考えているからだ。だが、そんなフウカキヤに同僚の一人が苦言を呈す。

 

「気を引き締めろ。第3級の緊急事態中だぞ」

「さっき結構な数の警備兵が向かっていったところだろ。ここまで来ることはないって……ん?」

 

 そんな彼らの前にコロコロと何やら丸い物体が地下遺跡側から転がって来る。特に警戒するでもなく、何気なしにその物体に近寄るフウカキヤ。コツン、と転がってきたそれが足に当たる。瞬間、その物体が白煙を吹き出し周囲を覆った。

 

「なっ!? え、煙幕!?」

「正解」

「ぐぁっ……」

 

 ゴキ、と首を捻られ意識を飛ばす。それと同時に、近くにいた同僚二人もバタバタと倒れ込んだ。

 

「一丁上がりっと」

「怖いくらいに順調だね」

 

 パットンとシャイラがそう口にする。かなみが投げた煙幕が効果を発揮したと同時に二人は飛び出し、それぞれ一人ずつ警備兵を片付けたのだ。勿論、当のかなみも即座に一人の首を捻って戦闘不能にしている。

 

「いやー、順調ってのもどうだろうな☆ 地下遺跡で結構手間取っちまって、警備隊に侵入バレちまったし」

「厄介な仕掛けが多かったものね。男女どちらかしか乗れない昇降機とか、魔法使いしか通れない結界とか」

「恋人の部屋は中々に面白い仕掛けだったな」

「おい、思い出させないでくれ……」

「流石闘神都市だわ!」

 

 シャイラは順調と言ったが、メガデスの言うように道中はそれなりに手間取ってしまっていた。数百年前の技術とは思えぬ、正に人類の英知をかき集めた仕掛けの数々。技術者のマリアが目を輝かせるのも無理はない。因みに、殺が口にした恋人の部屋というのは、人を恋に落とすという仕掛けの部屋。その仕組みは部屋に二人以上の人間が入ると、その内の一人にのみ「目の前の相手を愛している」という言葉が頭の中で繰り返されるという一種の洗脳装置だ。通常は異性にしか効果が無いのだが、流石に古くて故障していたのか、とある部屋ではパットンの頭に何度も「貴方は目の前の男(ランス)を愛している」という言葉が繰り返された。そっちの趣味が無いパットンにとっては、とんでもない嫌がらせだ。

 

「そう恥ずかしがるな。衆道は決して恥ずべき事ではないぞ。子孫が残せないのが唯一の難点か」

「止めてくれ……」

「いえいえ、最近は同性同士でも孕ませる技術の研究が進んで……」

「気色悪い話を広げるな! 俺様にそんな趣味はないわ!」

「おい、蹴るなよ。俺のせいじゃねぇだろ……」

「いーや、貴様が悪い!」

 

 殺とタマネギが斜め上の会話をする中、ランスは腹いせにパットンを蹴飛ばす。どう考えてもパットンは完全被害者なのだが、いきなり筋肉隆々の大男に「さっきから頭の中で俺が隊長を心の底から愛しているって声が響くんだ」と告白されたランスからしてみれば蹴り飛ばしたくなるのも無理はない。むしろ斬られなかっただけありがたい話だ。

 

「よし、シィル。死体を調べろ」

「死んでないって」

「は、はい……」

「いや、シィル様は女の子だすから見ていてくださいだす。おらが代わりにやるだす。うう、なまんだぶ、なまんだぶ……」

「だから死んでないって」

 

 プリマの突っ込み通り、この三人は死んでいない。勿論、道中立ちふさがった警備兵の多くは普通に死んでいる者も多い。不殺で通り抜けられる程甘くはないし、ランスが不殺でいる訳がない。今のように奇襲で戦力を割く事が出来る場合は、状況次第で生かす事もあるという事だ。目の前の扉には鍵が掛かっている。もしこの三人が鍵を持っていなければ、三人を起こして尋問なりなんなりして情報を引き出す事が出来るからだ。

 

「……ランス様、鍵を見つけましただ」

「うむ」

 

 しかし、今回は尋問をする必要はなさそうだ。警備兵の一人の懐に鍵があったのをロッキーが見つけ、ランスに手渡す。まじまじとその鍵を見るランス。

 

「ふむ、恐らくマスターキーだな。よっと」

「ちょっとは罠も疑いなさいよ」

「まさかそんな周到な罠は仕掛けとらんだろ」

「確かにそうね。侵入者の存在を判っていたのにここまで油断していた訳だし」

 

 無造作に目の前にあった地下管理通路の入口扉の鍵穴に鍵を突っ込んだランスを見てかなみが苦言を呈すが、確かにランスの言うようにそんな周到な罠を仕掛けるような連中には見えなかった。ネイも珍しくランスに同意する。

 

「そんな事判っているわよ。でも、万が一って事もあるでしょ。一応今はランスが総隊長なんだから、そういう仕事はこっちに回しなさいって言ってるの」

「ほう、殊勝な心掛けだな。お、開いたぞ。やはりマスターキーだ」

「…………」

「(……ふん)」

 

 かなみとてそんな事は重々承知している。今の発言は隊長であるのに軽率な行動を取るランスを諌めたに過ぎない。主君であるリアに、そしてルークと志津香に、ランスの事を頼むと言われている。その事がかなみをいつも以上に口うるさくさせていた。そんなかなみの細かな変化に気が付いているのか、ランスは軽く鼻を鳴らしながら扉を開ける。

 

「かなみがああまで言うんだ。お前が先に行け。罠があったら代わりに引っ掛かれ」

「あいたっだす」

「ちょっと、そういう事じゃないでしょ」

「いえ、いいんだす。おら、少しでもランス様の役に立てるなら嬉しいだす」

 

 げし、とロッキーの背中を蹴って先に行かせるランス。かなみが苦言を呈すが、ロッキーがそれを止める。アイスフレームに所属した当初と違い、今のグリーン隊は精鋭が揃っている。既に戦闘力で自分が劣っているのは自覚しているロッキー。だからこそ、たとえ汚れ役でもランスの力になれる事が嬉しいのだ。先行するロッキーに続く一同。すると、すぐに分かれ道に差し掛かった。

 

「案内板があるだす」

「なになに。正面、第1発掘場」

「右、資材倉庫と第2発掘場。左、弾倉の塔入口と秘密の部屋」

「さて、マナバッテリーはどこにありますかねぇ」

「さっきの連中を起こして聞いてみるか?」

「いや、確か国家機密のはずだ。連中が知っているとは思えん」

 

 案内板をシャイラとネイが読み、一同が思案する。流石に案内板に明記する程ゼス軍も馬鹿ではない。ネイの提案に殺が首を横に振る。ポンパドールが言うには国家機密。あのような下っ端が情報を持っているとは思えないし、無駄足になればその分タイムロスになる。

 

「ふむ、マジックちゃんは左か」

「いや、ちゃうやろ」

「ランス様、今は塔の中に行く必要はありません」

「判っている、冗談だ」

「じぃー」

 

 真剣な表情で弾倉の塔入口という字面に惹かれるランスに突っ込みを入れるコパンドン。シィルに冗談だと返すランスだったが、リズナがジッと見つめてきているのに気が付く。

 

「なんだ?」

「そんな事言って、まだマジックさんの事……」

「まあ、偶然会った時は知らん」

 

 マジック誘拐未遂の前科もあるため、流石のリズナもまだランスがマジックに未練がある事を見抜いていた。ぷい、とランスはそっぽを向く。

 

「これじゃないのかー?」

 

 ビシ、とルシヤナが案内板を指差す。真っ直ぐと突き立てられた人差し指の先にあったのは、『秘密の部屋』の文字。プリマが眉をひそめる。

 

「……いや、流石にどーよ」

「知らね☆」

「うむ、多分そうだな。秘密の場所だから秘密と書いてあるんだろう」

「えー……」

 

 あまりにも素直なランスの反応に思わず声が漏れるネイ。他の者たちも同じような心境なのだろう。かなみが代わりに気持ちを代弁する。

 

「さっきも言ったけど、これこそ罠かもしれないわよ」

「よし、行くぞ!」

「ちょっとは人の話聞きなさいよ!」

 

 自分を無視するかのように先に進もうとするランスに思わず突っ込みを入れるかなみ。だが、歩みを止めないままランスは言葉を返す。

 

「他に手掛かりはない。なら正解の可能性が少しでも高いここを選ぶ。出発前にも言ったが、時間がないからな」

「う……」

「へぇ、流石にちょっとは考えてるんだな」

 

 意外なランスの返しにかなみが思わず口ごもり、パットンが感心したように口を開く。何も考えなしという訳ではなかったようだ。

 

「まあ、例え罠だったとしても俺様に掛かればちょちょいのちょいだ。がはは!」

 

 そう言いながら先へと進んでいく一行。確かに多少の罠や敵では今のランスたちを止められはしない。動き出した革命の流れは、やわな障害をものともせず推し進む。

 

「案内板がまたあっただす」

「右、工事中。左、秘密の部屋」

「左だ、進め進めー!」

 

 止める事が出来るとすれば、それ相応の代物。例えば、大陸でも屈指の強者。今はいるのだ。この場所に、その強者が。

 

「……待って、誰かいる!」

 

 いち早くかなみが気付き、歩みを止める。秘密の部屋へと続く開けた通路、その場所にいくらかの人影があったのだ。

 

「警備兵か」

「ちょっと、侵入者ってあんたたち?」

 

 その集団の真ん中に陣取っていた眼鏡の少女がこちらに向かって声を掛けてきた。その顔を見たかなみはすぐに臨戦態勢に入る。いたのだ、真の強者が。

 

「四天王。マジック・ザ・ガンジー……」

「あんなに若い嬢ちゃんがこの塔の主か」

「おお、遂に発見!」

「へ?」

 

 瞬間、ランスが嬉しそうな声を上げる。誰よりも驚いたのは、当のマジック本人であった。何せこちらもあちらもいつでも戦闘に移れるような一触触発の状況だったのに、何故この男は嬉しそうな声を上げているのか。と、ランスがじろじろと自分を見回している事に気が付く。

 

「……な、なんなのよ?」

「君がこの国の姫様か。うむ、実に可愛い。なんだ、実物の方が全然いいじゃないか」

「実物?」

「これだ」

 

 バッとランスが目の前に出した本を見てマジックが固まる。それは、ゼス美少女名鑑という雑誌。今号では第8回ゼス美女・美少女コンテストの特集が組まれており、最終エントリー者の水着グラビアが載っていた。当然、マジックの水着グラビアも。

 

「……きゃ、きゃぁぁぁぁぁ!!!」

「ほら、これだ。こっちはこっちで色っぽいが、実物は可愛い系だな」

「み、見るな! 広げるな!」

「あ、こら、返せ。俺様の雑誌だぞ」

「回収! ゼス美少女名鑑は回収です!」

 

 マジックに無理矢理本を奪われる。ランスが取り返そうとするが、マジックはすぐさま後ろに控えていた警備兵たちの集団の方に本を投げてしまった。

 

「……緊張感ないな、おい」

 

 そんな二人のやり取りを呆れた様子で見る一同。パットンが皆の気持ちを代弁してくれた。

 

「なんだ、なんだ。自分で撮られたのにそんなに恥ずかしがる事もないだろ」

「あ、あんなものっ! 国策の一環じゃなかったら撮らせなかったわよっ! 本当はコンテストなんかも出たくなかったんだからっ!」

「いやいや、良いとこいくと思うぞ。優勝も十分狙える」

「いやー、それは無理じゃろうな」

 

 地下に響く老人の声。瞬間、弛緩していた空気が一気に吹き飛ぶ。今なおいつも通りの調子なのはランスとマジックだけだ。敵も、味方も、その老人の声を知っている。その名前を、多くの文献で見てきている。ゼス兵の集団がサッと左右に割れ、真ん中から一人の老体が歩いて来る。その手には先程マジックが投げたゼス美少女名鑑。

 

「優勝するにはまだまだ色気が足らんわ」

「……それはそれでなんかムカつくんだけど」

「あー、確かに想像してたよりも小さいな。雑誌にはバスト84って書いてあったけど、多分そんなに無いよな。Aカップ?」

「……ふんっ!」

「いたっ! いきなりすねを蹴るな!」

「まあ盛っているのは確かじゃな。このグラビアの時もパッドを増し増しにしていたようじゃし」

「何で知ってんのよ! ……はっ!?」

 

 語るに落ちるとは正にこの事。マヌケは見つかってしまった。

 

「ウスピラから聞いた。『こういうのって失格にならないのか。もし失格になってパッドを入れていた事を周知されたらマジック様が可哀想だ』と心配そうに相談しにきたわ」

「怒りにくいわっ!」

「それと、このキャッチコピーが意味判らんわい。『メガネとっちゃダ・メなんだよ』ってなんじゃ?」

「あー、それは俺様もどうかと思った」

「私が言った訳じゃないわっ! 雑誌のライターに言え、ライターに! というかあんたらは何で息合っているのよ! コンビで私を激怒させるのが目的かっ!」

「まあ、息が合っているのは知り合いじゃからかのう」

「……は?」

 

 それまでマジックをからかっていた老人がランスに向き直る。ふん、とランスも鼻を鳴らしながら少しだけ真剣な表情になる。

 

「久しぶりじゃな、小僧」

「ふん、まだ生きてたのかジジイ」

 

 目の前に立つのは、雷帝カバッハーン。ゼス四将軍の1人であり、ランス達とはかつて闘神都市の戦いで共闘している。

 

「嘘でしょ……」

「聞いてねえぞ……」

「ふむ、懐かしい顔と新顔。色々と揃っておるのぅ」

 

 額から汗を掻くネイ。舌打ちをするシャイラ。シィルもマリアも同様に冷や汗を掻いている。当然だ。カバッハーンの強さは闘神都市の戦いで十分すぎる程知っている。あのルークですら頭の上がらない相手だ。

 

「まさか雷帝とはな……」

「生ける伝説と戦わなきゃいけないなんてね……」

 

 パットンとプリマがそう口にする。冷や汗を掻いているのは闘神都市の戦いにいなかった者たちも同様だ。何せ雷帝カバッハーンの名前は大陸中に響き渡っている。長年に渡りゼス軍の最前線に立ち、国を支えてきた古強者。実際はカバッハーンよりもマジックの方が立場は上であり、本来恐れるべきはマジックの方であるはずなのだ。だが、そういう事ではない。名前が売れ始めたばかりの強者というのはその強さというのを想像しにくい。公の場に殆ど出てこないマジックならば尚更だ。だが、カバッハーンは違う。何十年もゼス軍を支えてきた。その武勲を知らぬ者はいない。だからこそ、恐怖する。

 

「ふっ、相手にとって不足はないな」

「ほう、威勢がいいのう。楽しみじゃわい」

「(アホだ。目を付けられた)」

 

 啖呵を切るバーナードと、ニヤリと笑うカバッハーン。そんな様子を見てメガデスは心の中で念仏を唱えた。

 

「随分とお年をめされてしまいました」

 

 また、昔のカバッハーンを知っているリズナだけは少し明後日の感想を抱いていた。

 

「さて、一応聞いておこうかのぅ。侵入者というのはお主らの事でいいんじゃな?」

「いーや、人違いだ」

「で、どういう理由で侵入したんじゃ?」

「おい、聞けジジイ! ふん、理由か。当然、そんなものは一つ。マジックちゃんの処女を頂きにきたのだ!」

「……は?」

「普通に考えれば嘘じゃろうが、お主の場合は十分有り得るから判断に困るのう」

「え!? 有り得るの!?」

 

 ランスとカバッハーンのやり取りを聞いたマジックが頭を抱える。まさかそんな事の為にこの弾倉の塔に乗り込んでくる馬鹿がいるとは。

 

「この奥の部屋を目指していたようじゃが、それが目的かの?」

「ん? この奥に何かあるのか?」

「秘密じゃ。なにせ秘密の部屋じゃからな」

「ではその秘密の部屋で俺様がマジックちゃんを大人にしてやろう、がはは!」

 

 互いにかまをかけあうカバッハーンとランスだったが、埒が明かない。

 

「こ、こんな馬鹿の為に貴重な勉強時間が削られているなんて……不愉快だわ」

「ふむ。マジック様、ここで大人の階段を上るつもりは?」

「あるかっ!!」

「となれば、儂も全力で阻止させて貰うかのう」

 

 そう言って不敵に笑うカバッハーン。いつの間にやら、その両手からバチバチと火花が散っている。

 

「それと、お主らさっきからマジック様を少し舐めているようじゃな。確かにマジック様はまだまだ未熟で、すぐにカッとなる悪い癖もあるが……」

「おいジジイ」

 

 思わずマジックが突っ込みを入れるが、カバッハーンは気にした様子もなく言葉を続ける。

 

「四天王じゃぞ。強いぞ、マジック様は」

 

 ぞくり、とかなみたちの背中に冷たいものが走る。その通りだ。四天王であるマジックが弱い訳がないのだ。だが、先述した通り実感が無かった。まだ若い彼女に対して、強者であるという実感が。だが、今度ばかりは嫌でも心に響く。あの雷帝が、マジックは強いと太鼓判を押しているのだ。

 

「……ふん」

 

 そんなカバッハーンの言葉を受け、マジックが少しだけ鼻を鳴らす。若干の気恥ずかしさもあったのだろう。そして、数歩後ろに下がる。近付き過ぎていたランスとの距離を取ったのだ。いつの間にか、カバッハーンも自分と同じくらいの位置まで下がっている。その辺りは流石の古強者か。そして、自分が下がるのを待っていたかのように肉壁兵が敵との間に割って入って来る。

 

「本気でいくわよ。勉強の邪魔されて迷惑してんだから」

「さて、やるかのぅ……」

 

 発する威圧感が変わる二人の強者。思わずシィルが心配そうに口を開く。

 

「ラ、ランス様。どうしますか……一度お帰り盆栽で……」

「馬鹿者。それはありえん。時間が無いと言ってるだろうが」

「ほう? やはり何か企みがあるのか」

「マジックちゃんの鮮度は一分一秒を争うからな」

「(くっ……はぐらかしているのか本気なのか判らない……)」

 

 目ざとく尋ねてくるカバッハーンにランスが平然と返す。マジックにはそれが本気なのか嘘なのかが判らないが、まあ無理もない。今回はマナバッテリーという目的があるが、それがなければランスは本気でマジックの処女欲しさに弾倉の塔にやってきていても不思議ではないのだから。

 

「ルークの奴がいないのは少し残念じゃが、まあ知り合いのよしみじゃ。多少は手を抜いてやろう。お主らは捕らえて侵入した本当の理由を吐かせないといかんしな」

「……ふん」

 

 カバッハーンの言葉を受け、ランスが剣を抜く。瞬間、マジックが異変に気が付く。実戦経験に劣るとはいえ、彼女もまた真の強者。その変化に気が付かないはずがなかった。

 

「(なにあいつ……いきなり雰囲気が……)」

「おいジジイ。いい事教えてやる。確かに俺様たちはマジックちゃんを舐めていたが、てめぇも十分俺様を舐めている」

「…………」

 

 正面から互いを見据えあうランスとカバッハーン。これから始まる激闘。その鍵を握るのは当然この二人だ。

 

「手を抜きたきゃ好きなだけ抜け。その方が楽だ。その代わり、今日がその無駄に長い人生の最期になるだろうがな」

「……マジック様。ワシよりも前には決して出ないように」

「えっ……」

 

 瞬間、カバッハーンの雰囲気も変わる。先程まででも十分強者の威圧を出していたが、今は更に一段階上。これが、雷帝の本気の威圧なのか。

 

「てめぇもあいつと同じように、いつまでも俺様を上から見下ろしてるんじゃねぇぞ」

「成程。楽しめそうじゃわい」

 

 立ちふさがるは高き壁。数十年大国を支えてきた真の強者。

 

 

 

-ゼス 西方の平原-

 

 ランスたちが四天王の塔を同時攻略している頃、西方で一つの異変があった。使徒が現れた事もあり、西方では厳戒態勢を取っていた。そしてこの日、警護に当たっていた一人の兵がそれを発見する。

 

「おい……あれ、魔人サイゼルじゃないか?」

「……今すぐウスピラ将軍に知らせるんだ!」

 

 紫髪にベレー帽。背中の羽で空を飛び、手には白い大きな銃。間違いない、知らされていた通りの姿だ。魔人サイゼルの姿はゼス上層部には知られており、今回の警護の際にその容姿は伝えられていた。間違いない。魔人がゼスに現れた。すぐにウスピラに知らせようとしたが、それを別の男が遮る。

 

「いえ、ウスピラ将軍は現在跳躍の塔に……」

「しまった、そうだったな……」

 

 そう。本来ウスピラは西方の警護に当たっているはずだったのだが、急遽四天王の塔の警護に回ったため、今この場にはいない。

 

「とにかく、代わりの責任者に伝えるんだ!」

 

 すぐさま魔人発見の報告がなされ、周囲の警護に当たっていた者たちが集まって来る。そんな人間の動きに気が付いたのか、サイゼルはわざとその場に留まり人間たちを待った。小一時間後、サイゼルの目の前には百名を超えるゼス兵が集まっていた。

 

「へぇ、頭数は揃えてきたわね」

 

 短時間でこれだけの人数を揃えてきた事に少しだけ感心するサイゼル。その中央、部隊を取り仕切っている者に目をやる。女だ。

 

「あんたが隊長?」

「臨時ですけれど」

「そう。ついてないわね……あんた、目が見えてないの?」

「ですが、貴女の邪気は感じ取れています」

「ふぅん、言うわね」

 

 サイゼルの正面に立つのは、盲目の魔法使いエムサ・ラインド。アルフォーヌ家警護の任が終わり、ウスピラの代わりに西方の警護に当たっていたのだ。

 

「……ですが、普通の邪気とは違いますね。もっと奥……感じた事のない深淵……貴女、何者ですか?」

「何者かなんて十分知っているでしょ。魔人よ。でも、深淵ね。悪い気はしないわ。だってあたし、悪い子だし」

「(いえ、これはもっと違う……今はその事を考えても仕方ありませんね)」

 

 エムサは自分の感じたものがもっと違う、今まで感じた事の無い恐ろしい何かだというのを本能的に感じていた。だが、今はその問答をしているような時ではない。

 

「今すぐゼスから立ち去ってください」

「応じなければ?」

「力ずくでも追い出します」

「出来る訳ないでしょ。人間如きに」

 

 その言葉と同時に、周囲の温度が下がるのを感じる。錯覚ではない。サイゼルは氷を操る魔人。彼女が少し臨戦態勢に入っただけで、周囲に影響が出たのだ。

 

「エムサさん……」

「……大丈夫です。勝つのは無理でも、追い払うだけでしたら……それに、救援も呼んでいます」

「救援?」

 

 エムサの言葉に反応するように、警備兵の間を縫ってその災厄は姿を現した。

 

「はいはーい! アニス・沢渡、呼ばれて飛び出て見参です!!」

「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」」」

「……えっ? なんでそっちから悲鳴が出るのよ」

 

 アニスの登場にゼスの警護兵たちは悲鳴を上げ、さめざめと泣き、故郷の両親に祈る者まで現れ始めた。呆気に取られたのは魔人サイゼル。何故救援が来て悲鳴が上がるのか。

 

「大丈夫です! アニスさんはちゃんと話せば判る人です!」

「無理だぁ! おしまいだぁ!」

「あの人、ゼスに来たばっかりだからアニスのヤバさを判ってないんだぁぁぁ……」

 

 混乱する周囲を宥めるエムサだが、悲鳴は止まらない。

 

「で、エムサさん。アニスは何をすればいいでしょうか?」

「あそこに魔人サイゼルがいます。なんとか穏便にゼスから出て行って貰わねばなりません。ですので……」

「成程。ではまず、ババンと巨大魔法で牽制を掛けましょう」

「そうですね。まずは……え?」

 

 目の見えないエムサが思わず二度見してしまう。何かがおかしい。瞬間、アニスの体から強大な魔力が噴き出てきた。それを見ていたサイゼルも思わず目を見開く。

 

「人間如きがこれ程の魔力を……」

「アニスさん、ちょっと待っ……」

「でぇぇぇりゃぁぁぁぁぁ!!!」

 

 尋常ならざる魔力の渦は巨大なレーザーとなり、サイゼルの真横をすり抜け後方の森を吹き飛ばした。無敵結界があるので当たってもノーダメージではあるが、それは人間の放つ規模を越えている。思わず声を出すサイゼル。

 

「ちょっとあんた! やってくれるじゃな……」

「あ」

 

 一言。そうアニスが一言発した瞬間、アニスの周囲で大爆発が起こった。集め過ぎた魔力は今のレーザーだけでも発散しきれず、周囲を巻き込んで暴発したのだ。先程から上がり続けていた悲鳴が更に大きくなる。サイゼルの前方と後方、両方に広がる焼け野原。まだ一撃も攻撃を仕掛けていないのに、死屍累々のゼス兵。その中心で『何でこんな事に!』と騒いでいる元凶。正に歩く災厄。そんな災厄に救援を出した戦犯は、先程の爆風に巻き込まれ、目を回して気絶している。盲目なのに目を回すとはこれいかに。思ったほど傷ついていないのは咄嗟に魔力バリアで身を守ったからだろう。

 

「ええっ……」

 

 魔人サイゼル。心からの感想であった。

 

 

 

-ゼス 弾倉の塔 地下1階-

 

「ライトニングレーザー」

「ぐあああっ! フランチェスカぁぁぁぁ!!」

「ああっ……余計な事言うからやっぱり一番にやられた……」

「なんじゃ、他愛のない」

 

 カバッハーンの魔法が直撃し、後ろへ勢いよく吹き飛ばされるバーナード。予想通りだとばかりに頭を抱えるプリマ。

 

「ジジイに詠唱させんな! でやっ!」

「炎の矢!」

「べろーん」

「ガード!」

 

 シャイラ、シィル、メガデスが一斉にカバッハーンに攻撃を仕掛けるが、ゼス兵の号令で肉壁兵が間に割って入る。直撃を受け苦しそうにする肉壁兵たちだが、これこそが彼らの役回り。

 

「私は放っておいていいのかしら?」

「しまっ……」

「電磁結界!!」

「ぐぁぁぁぁぁっ!!」

 

 広範囲魔法を受け、悲鳴を上げるグリーン隊。その威力はそんじょそこらの魔法使いとは格が違う。電磁結界は広範囲に中級魔法程度の威力を放つ魔法。だが、マジックのそれは威力がまるで違う。一般魔法使いの上級魔法レベルの威力があり、この一撃だけでプリマやルシヤナは膝をついてしまった。

 

「どりゃぁぁぁぁ!! 邪魔だぁぁぁ!!」

 

 そんな中、ランスは邪魔をする肉壁兵を斬り倒す。四天王の塔を警護する肉壁兵は、通常よりも屈強な男が選ばれている。それなのに、ランスは一撃でバサバサと斬り倒していく。

 

「大口叩くだけの事はあるようね」

「いっけー! チューリップ!!」

「っ!?」

「ふんっ!」

 

 マリアの放った砲撃に驚いたマジックだったが、カバッハーンが雷の矢でその砲撃を撃ち落とす。空中で爆破し、白煙が目の前を包む。

 

「闘神都市の戦いの時から思っていたが、乱戦だと存外あの娘が厄介じゃわい」

「確かに。肉壁兵だけじゃ防ぎにくいわね。上級魔法で一気に退場して貰うわ」

「んっ! 下がれぃっ!」

「えっ!?」

 

 チューリップの生み出した白煙を切り裂き、三つの影がカバッハーンとマジックに飛び掛かってきていた。

 

「死ね、ジジイ!!」

「恩人なんだから殺しちゃ駄目!!」

「雷帝、お覚悟を」

 

 ランス、ネイ、リズナが三方向から一斉に飛び掛かってきた。マジックをドンと後ろに押し、カバッハーンが一人で三人と対峙する。

 

「雷帝っ!」

 

 いくらカバッハーンでも、魔法使いが戦士三人と対峙するなど無茶がある。思わず詠唱も忘れ叫んでしまうマジックであったが、その後に見たのは信じられないものであった。

 

「しっ!」

「きゃっ……」

 

 まずは左から迫るネイに対し左手から雷の矢を放つ。それも、ネイ本人にではない。彼女の武器を持つ手に放ったのだ。闘神都市の時にシャイラとネイに雷でお仕置きをしていたカバッハーンは、ネイが普段のお茶らけた態度程弱くはない事を知っている。雷の矢では止まらず、そのまま反撃されるかもしれない。そう考え、即座に獲物を持つ手に魔法を放ったのだ。これでネイは無力化出来る。

 

「はぁっ!」

「っ!?」

 

 次いで、今度は右から迫るリズナの足もとに向かって右手で雷の矢を放つ。地下にあるこの場所は足元が脆い。雷の矢が当たった床は破壊され、丁度踏み込みの足をその場所に乗せてしまったリズナは体勢を崩し、薙刀が空を切る。これで二人はいなした。だが、残るのは最強の一手。正面から斬りかかる大陸の強者、ランス。

 

「どりゃぁぁぁぁ!!」

「…………」

 

 向かってくるランスを見据えるカバッハーン。だが、その彼の頭上から迫る四つ目の刃。白煙を切り裂いて突貫した三人とは別に、白煙を飛び越えて頭上から迫る影がもう一つあったのだ。それは、見当かなみ。巨漢のパットンの肩を借りて跳び上がり、頭上から一気にカバッハーンへ刃を打ち下ろす。

 

「ぬっ!?」

「えっ……」

 

 瞬間、二人の視界を暗闇が覆った。目測を失ったランスの剣は空を切り、かなみの刃は床へと突き立てられた。即座に自身の目を覆う何かを振るい払うランスとかなみ。それは、少女の精霊。

 

「双葉と萌じゃ。知っておるよな? 可愛いじゃろ?」

「気付いて……」

 

 上空からの四つ目の刃も、カバッハーンには気が付かれていた。愕然とするかなみであったが、それも当然だ。カバッハーンには目が6つある。自身の目とは別に、この小さな精霊たちの目が戦闘時には既に周囲を警戒しているのだ。

 

「電磁結界!!!!」

「あぁぁぁぁっ!!」

「ぬっ……ぐっ……」

 

 即座に広範囲魔法を放つカバッハーン。本来ならば電磁結界は多少詠唱時間の掛かる魔法のはずだ。だが、カバッハーンは雷に愛された男。全ての雷系魔法を通常よりも一段階早く唱える事が出来る。飛び掛かった四人は電磁結界の直撃を受け、声を漏らす。そんな光景を見ながら、パットンは思わず声を漏らす。

 

「強ぇ……」

 

 四人の前に威風堂々と立つカバッハーンを見て、パットンは亡きトーマの姿を思い出していた。多くの戦場を生き抜いてきた古強者。今現在生きている者でいえば、ヘルマンのレリューコフやリーザスのバレスが近いだろうか。ただ強いだけでは発する事の出来ない、歴戦の強者の威圧。それを目の前の老兵は持っている。

 

「(流石に小僧は仕留め切れておらんか。もう一撃か……いや、一度下がるか……)」

 

 倒れているネイとかなみを見た後、ちらとランスに目をやるカバッハーン。流石に耐久性も折り紙付き。膝をついてはいるが、まだ倒れてはいない。これは数秒もあれば立ち上がって来るだろう。追撃をすべきか一歩下がるべきか、ほんの一瞬だけカバッハーンは迷った。本来ならば何の問題もない思考時間。目の前の敵たちは今しがた魔法の直撃を受け、反撃できる状態ではないのだから。

 

「……ぬおっ!?」

 

 だからこそ、古強者のカバッハーンでもこの一撃は予想外であった。直前で異変に気が付き、後方へ一歩飛びずさったカバッハーン。その彼が先程まで立っていた場所を、薙刀が横一文字に切り裂いていた。

 

「はぁっ!」

 

 それはリズナの一撃であった。自身の攻撃が外れるやいなや、すぐさま追撃の一撃を振るう。カバッハーンも両手に魔力を溜め、雷の矢を二発リズナに放った。それは確かにリズナの体に命中したが、リズナは少しだけ痛そうに顔を歪ませただけで追撃の手を止めない。

 

「効き難いんです」

「なんとっ!」

 

 一閃。斜めから振るわれた薙刀の一撃。だが、この状況にあっても直撃を喰らうカバッハーンではない。右手に雷の魔力を溜め、即座に振るわれた薙刀の切っ先を抑えるように右手で受ける。

 

「っ!?」

 

 リズナが目を見開く。それはまるで、即席の鉄製武器のような感触であった。決して上等な武器ではなく、まともにやりあえば当然自分の薙刀が勝つ。だが、自分の攻撃を一瞬だけ止めて受け流すならば十分。そう言わんばかりにカバッハーンはリズナの薙刀を受け流した。体勢を崩したリズナに対し、ようやく割って入ってきた肉弾兵のタックルが迫る。

 

「どおりゃぁぁぁぁ!!」

 

 だが、それよりも早くランスがカバッハーンに飛び掛かっていた。既に後方に飛びずさっていたカバッハーンに対し、ランスの剣が横一文字に走った。周囲が目を見開く中、カバッハーンはそのまま後方に着地した。慌てたように間に入る肉弾兵たち。マジックもまた、カバッハーンに駆け寄る。

 

「雷帝っ!」

「詠唱は?」

「えっ……あっ……」

「はぁ。やっぱりまだまだ未熟じゃのう」

 

 確かに今の攻防の前、自分はあの厄介な砲撃主であるマリアを上級魔法で倒すと宣言していた。だが、カバッハーンの事が心配で詠唱が出来ていなかった。未熟と言われて腹が立つが、確かに今のは自分の失態だ。もし詠唱を終えていれば、砲撃主なり追撃してきたランスなり、誰かしら倒せていた可能性が高い。

 

「ちっ、浅かったか」

「ふん。そのようじゃな」

 

 ランスが舌打ちをしながらリズナを突き飛ばした肉壁兵を斬り伏せる。ペコリとお辞儀するリズナ。どうやらランスの一撃は浅かったようだ。ホッと胸を撫で下ろすマジックであったが、ふとカバッハーンの胸を見て目を見開く。そこからは、ドロリと血が流れ落ちていたのだ。見れば右手からも出血している。先程薙刀を受け流していたが、ノーダメージでは無かったのだ。ランスだけではない。あの女もまた、かなりの手練れ。魔法が効き難い事も加味すれば、自分たちにとって最も厄介なのは案外あの女なのかもしれない。

 

「ちょっと。全然浅く……」

「浅いわ。その証拠に、ワシはまだ動けておる。のう、小僧」

「ふん。すばしっこいジジイだ。今の一撃でお陀仏の予定だったんだがな」

「雷帝にヒーリングを! ほら、早く!」

「はっ……はいー!」

 

 マジックに叫ばれ、慌てて救護兵がカバッハーンに駆け寄りヒーリングを掛ける。そんな事はお構いなしとばかりに、カバッハーンは攻撃魔法の詠唱を再開した。それを妨害するように殺が狙撃し、即座に詠唱を諦め雷の矢で撃ち落とす。

 

「ほれ、何をしておる。戦いは終わっとらんぞ。ワシの心配をしている暇があったら一人でも頭数を減らさんか」

「うっ……」

 

 叱責されるマジック。その雷帝の顔は、今まで見た事のないような顔であった。野性を隠そうともせず、傷つきながらもどこか嬉しそうに笑みを浮かべる。老兵でありながら、ルークやリックたちとも肩を並べる程の戦闘狂。それが雷帝の本性なのだ。

 

「ネイ、立てるか?」

「……ごめん、無理。雷帝様やっぱり強いわー、惚れ直しちゃうわー」

「お前、また病気が再発したのか……」

「くっ……まだ……」

 

 シャイラが肩を貸そうとするが、先程の電磁結界の直撃でネイは立ち上がれなくなっていた。というか駄目な方向にトリップしていた。かなみはなんとか立ち上がれたが、ダメージは大きい。シィルがすぐさまヒーリングに走る中、カバッハーンは冷静に戦況を分析していた。

 

「(……こちらの前衛は後僅かか。ギリギリじゃな。あやつら全員を仕留めるよりも先に、こちらのガード兵が全滅する可能性も十分ある。小僧さえ倒せば士気が落ちて一気に戦況は傾くのじゃが……)」

 

 ランスに視線を向けるカバッハーン。そこには肉壁兵を次々と屠るむき出しの野性。

 

「(先程仕留め切れんかったのが痛手じゃったな)」

 

 ランスだけでなくかなみやマリア、シィルやシャイラたちにも視線を向け、次いで新戦力であるリズナやパットンたちを見回す。

 

「(数は少ないが、良い人材が揃っておる。闘神都市のままならこちらの楽勝じゃったが、皆面白いように成長しておる。こりゃどっちに転ぶか判らんな)」

 

 魔法攻撃の手を止める事無くそう思案するカバッハーン。自身の治療をする救護兵に小声で話しかける。

 

「良い治療じゃ。お主、名前は?」

「あ、ありがとうございます! サチコ・カンバラです」

「救援は?」

「塔内の人員はここまでで多くやられているのでこれ以上は……それと、先程入った情報ですが他の四天王の塔にも襲撃があり、また西方には魔人も現れたようで、外からの救援も絶望的です……」

「(他の四天王の塔にも襲撃……偶然ではないじゃろうな。魔人は……可能性は低いが、0とは言えんか。闘神都市でワシらは魔人と共闘しておる)」

 

 やはりランスたちの目的はマジックの処女などではない。明確な理由があって四天王の塔を襲撃している。では、この場にいないルークは他の四天王の塔を襲撃しているのだろうか。恐らく、そう考えるのが自然。

 

「(王者の塔に向かってたら面白いんじゃがのう。サイアスVSルーク。かかか、どっちが勝ってもからかえるわい)」

「ちょっと、この状況で何を笑っているのよ」

 

 ニヤニヤとしていたカバッハーンに思わず突っ込みを入れるマジック。先程注意された通り、今度は攻撃の手は緩めない。タマネギにライトニングレーザーの直撃を与えながら、真剣な表情でカバッハーンに問う。

 

「……私じゃなくて」

「ん?」

「……別の四天王や四将軍だったら、状況は変わってたわよね?」

「まあ、そうじゃな」

「ええっ!?」

 

 マジックとてこれまで自身がいくつも悪手を踏んでいるのは判っている。そんなマジックの問いに素直に頷くカバッハーン。思わず治療をしていたサチコが驚いた程だ。

 

「お言葉ながら雷帝様……普通はフォローを入れるところじゃないんですか?」

「マジック様は鞭の方が伸びるタイプじゃからな。何せ飴は小さな頃から嫌と言う程与えられ続けてきておる」

「あっ……」

「……一言多いわよ」

 

 マジック・ザ・ガンジー。彼女は国王の娘だが、決して放蕩娘でも七光りでもない。小さな頃から努力し、高みを目指し、今の地位を実力でもぎ取ったのだ。そんな彼女に与えられるのは、多くの飴と妬み。おべっかを使い褒め称える連中。陰で自身を批判する反ガンジー派。そのどちらも決して鞭は与えない。学友も、王女という事でどこか心の距離がある。そのマジックに対して父以外で多くの鞭を与えてくれるのが、四天王と四将軍。家庭教師であったアレックスは言わずもがな。千鶴子も、サイアスも、ウスピラも、自分にまるで臆せず駄目な点は駄目と指摘してくる。カバッハーンが半ば無理矢理開催する手合せでも、容赦なく自分を倒しに来る。口では文句を言うが、彼らがありがたい存在である事はマジック自身重々承知していた。

 

「(こんなんじゃ駄目……誰にも七光りだなんて言わせない……そのためにも、もっと力が……)」

 

 千鶴子ならばもっと有効に肉壁兵や魔法兵を動かせていただろう。サイアスやウスピラならばカバッハーンが四人とやりあっていた際、詠唱を止めるなどという失態はしていなかっただろう。自分に足りないものが嫌という程見えてくる。マジックは己の不甲斐なさに唇を噛んだ。

 

「…………」

 

 そんなマジックをカバッハーンは珍しく無言で見据えた。実を言うと、本来カバッハーンはマジックの四天王就任には反対派であった。才能は文句なし。まごう事なき天賦の才。四天王の器に十分収まるのは認めていた。だが、まだ若過ぎる。せめて卒業を待ってからというのがカバッハーンの意見であったが、結局マジックは学生の身で四天王に就任する。

 

「(戦事は主に四将軍の職務であり、四天王が戦場に出る事は少ない。そんなもの、有事の際にはまるで関係が無い。四天王でいる以上、必ず戦場には立つ)」

 

 既に四天王に就任してしまった以上、職務を行わない訳にもいかない。そういう考えからカバッハーンはマジックをこの戦場に連れてきたが、若い身で多くの戦を経験するのは決して良い事ではない。

 

「(心が成熟するよりも早く戦闘に明け暮れるのは、自身の心を壊しかねん。ワシや、ルークのようにな……)」

 

 今は目の前にいないが、連中の仲間である男の姿を思い浮かべカバッハーンは危惧をする。自分もあの男も、同じ『壊れ』た存在。俗にいう『狂人』だ。マジックにはそうなって欲しくない。

 

「どりゃぁぁぁ。くらいやがれぇぇい! これがモロミちゃんの最後っ屁一斉射撃☆」

「電磁結界!」

「最後のおみくじっ! よっしゃ、中吉や!!」

 

 残り本数の少なくなった矢を我武者羅に連射するメガデス。カバッハーンは矢の雨あられを電磁結界で半分以上撃ち落したが、撃ち落しきれなかったいくらかは肉壁兵や魔法兵に当たりダメージとなる。それに続くようにハイカラな巫女が巨大おみくじでダメージを与えてくる。これでまた兵が減った。あの弓兵と巫女も蓄積されたダメージで退場したが、旗色は決して良くない。

 

「……マジック様。ワシが前に出る。その間に高威力魔法の詠唱を。但し、白色は禁止じゃ。殺さん程度にな」

「待って」

「…………」

 

 マジックの呼びかけに応えず、両手に魔力を溜めながら最前線に出ようとするカバッハーン。確かに先程の攻防を見れば、少しの間ならカバッハーンはやり過ごせるかもしれない。だが、当然リスクは伴う。今ゼスは、万が一にも雷帝を失う訳にはいかない。

 

「違うわ。確実に勝てる方法がある」

「……ほう」

 

 その確固たる歩みをマジックが止める。カバッハーンが思いつかなかった策というのは、一体どのようなものだというのか。

 

「ぜぇ……はぁ……だす……」

「ようやく終わりが見えてきたなっ!」

 

 息を切らしながら斧を振るうロッキーに対し、パットンが魔法兵を殴り倒しながらそう声を掛けた。カバッハーンとマジックを守る警護の者も後少し。こちらも大分戦闘不能者が出ているが、決着は近い。

 

「油断するな。ジジイとマジックちゃんはまだ殆ど無傷だ」

「そうですね」

 

 ランスの言葉にリズナが同意する。そのランスの瞳は、確かに見ていた。兵たちの奥、カバッハーンとマジックが何かを話していたのを。眉をひそめていたカバッハーンが、最終的にゆっくりと頷いたのを。そして、カバッハーンは魔力を込めた両手をバンと地面に押しあてた。

 

「局地地震!!」

「どあっ!」

 

 地面が揺れ、体勢を崩すランスたち。詠唱時間が短かったからか、志津香が使うような大きなダメージを負う程のものではない。

 

「ジジイ! なんで雷以外の魔法も使っとるんだっ!」

「ランス様。カバッハーン様は雷魔法のエキスパートというだけで、別に雷魔法しか使えない訳では……」

「詐欺じゃぁぁぁ!!」

 

 そんなランスの叫びを聞き、静かに笑うカバッハーン。

 

「やれやれ、相変わらず面白い小僧じゃな」

 

 体勢を崩すランスたちを尻目に、カバッハーンとマジック、そして残っていた僅かな兵たちは奥へと退いていく。

 

「こら、逃げるのか!」

「なぁに、戦場を変えるだけじゃ」

 

 そう言って奥へと消えたカバッハーン達。すぐさまランスたちが追いかけるが、その姿は既になかった。どうやら昇降機で更に地下へ降りたようだ。そして、その昇降機の傍には『闘神都市動力コア遺跡』という案内板が設置されていた。それを見たマリアが口を開く。

 

「うん、多分間違いない。この先にマナバッテリーはあると思う」

「雷帝たちもこの奥か。戦いは避けられねぇな」

「問題ない。ジジイを倒してマジックちゃんの処女を頂き、ついでにマナバッテリーを破壊だ」

「優先度逆だろ……」

「ランス様、一度小回復の為の休憩は……」

「当然無しだ。そんな悠長な事をしていたら、増援が来てじり貧だ。奥に行ったのはジジイとマジックちゃん以外は10人もいなかった。一気に叩く」

 

 このランスの判断は決して間違えていない。実際は魔人サイゼルなどの出現の影響もあり、増援は暫く来ないのだが、だからといって悠長にしていたら塔内に残った兵たちが集まって来る。少数精鋭のグリーン隊は、長期戦になれば当然旗色が悪い。

 

「もう無理なのはどいつだ?」

「へーい☆」

「うぅ……ごめん、無理……」

 

 メガデスとネイが手を上げる。次いでコパンドン、プリマ、タマネギ、ルシヤナが手を上げた。バーナードは手を上げないが、恐らく気絶している。

 

「シィル、プリマを動けるように回復しろ。連れてく。後の連中は先に帰ってろ。シャイラ、帰り木」

「自分がお帰り盆栽しか持ってないからって人の帰り木使うなよ。無料じゃないんだぞ」

「鬼だ……鬼がいる……」

「頑張れ☆ でも隊長、プリマ死なせたら承知しないぞ」

「そんなへまを俺様がするか」

 

 プリマ、継戦決定。このボロボロの状況でヒーラーは貴重なため、仕方がないといえば仕方がないのだが。シャイラが戦闘続行不能の面々に帰り木を配る。とはいえ残る面々も皆ボロボロであり、いつ倒れてもおかしくはない。特に酷いのはロッキーだ。今も斧を杖に無理して立っている。

 

「お前も帰れ」

「もう一回くらいなら……盾になれるだす……おら、ランス様のお役に立ちたいだす……」

「……ふん。行くぞ!」

 

【グリーン隊継戦メンバー】

 ランス、シィル、かなみ、マリア、リズナ、パットン、ロッキー、シャイラ、プリマ、殺

【撤退】

 コパンドン、ネイ、メガデス、タマネギ、ルシヤナ、バーナード

 

 

 

-ゼス某所 小高い丘の上-

 

 いつもより強い風が吹き荒れる丘の上。まるで今のゼスの動乱を表しているかのようだ。そんな丘の上にガンジー王は立っていた。

 

「ガンジー様、報告です」

「スケさん、ご苦労」

「あまりよくない知らせです。魔人が姿を現しました」

「来たか。やはり使徒がいたという情報は間違いではなかったな。それで、どれが現れた?」

「現在確認出来ているのはサイゼルです。発見当時警備に当たっていたエムサ殿の部隊が攻撃を仕掛けましたが……」

「返り討ちにあったか?」

「いえ、アニス殿が魔法の使役に失敗し、大きな被害が出ました。魔人サイゼルはその光景に呆れて姿を消したようです」

「またアニスか……」

 

 その報告に頭を抱えるガンジー。

 

「あいつの能力は素晴らしい。だがコントロール出来ない強大な力はただの危険物だ」

「はい、その通りです」

「今回は結果として魔人を撤退させたから良しとすべきか……いや、それも違うか……」

 

 まともに戦っていたらもっと甚大な被害が出ていた可能性はある。だが、それとこれとは話は別。出してしまった被害は到底見過ごせるものではない。

 

「続いて四天王の塔の続報です。やはり各塔の騒ぎは侵入者だったようです」

「王者、弾倉、跳躍、日曜。全てに襲撃か。偶然ではないな。それで、襲撃者はどこの誰か判明しているのか?」

「はい。どうやらアイスフレームとペンタゴン、レジスタンスの連中のようです」

「なにっ?」

 

 その報告にガンジーが眉をひそめる。

 

「アイスフレームが?」

「はい。確かな情報です。報告によると、王者、跳躍、日曜は既に鎮圧したとの事」

「どういう目的で侵入したかは知らんが、運が悪かったな。今は各塔、使徒の出現で警備を強化していたからな」

 

 普段ならいないはずの四将軍を各塔に配置している。四天王と四将軍が守護する塔はそうそう落とされる訳がない。

 

「(目的か……まさかな……)」

 

 自身で口にした『目的』という単語に一抹の不安を覚えるガンジー。四天王の塔にはマナバッテリーがある。もし、レジスタンスの目的がマナバッテリーだとすれば、それは恐ろしい事だ。

 

「また、跳躍の塔では捕虜を2名ほど捕まえたとの事です」

「パパイア主導ではないな。もし捕まえていても、上には報告しないだろう」

「そうですね。秘密裏に人体実験に使われると思います。ウスピラ将軍が捕縛し、尋問を行うとの事です」

「うむ。ウスピラはよくやってくれている。これで連中の目的が判ればいいのだが……」

 

 マナバッテリーの事は、杞憂であればそれに越した事は無い。だが、もし本当にマナバッテリーを狙っているのであれば、例えアイスフレームであれど全力でその計画を潰しにいかねばならない。

 

「弾倉の塔からは未だ鎮圧の報告は入っていませんが……」

「問題ない。あの場には雷帝がいる」

 

 それは確かな信頼。膨大な魔力を保有するガンジー王も、その男には絶大の信頼を置いていた。

 

「雷帝に敗北はない」

 

 

 

-ゼス 弾倉の塔 地下3階-

 

 カバッハーンたちを追ってきたランスたちは、少し開けた場所に出る。その部屋の奥にはカバッハーンたちが立っていた。先程までの場所よりも相手との距離があり、確かに魔法使いに有利な場所だ。

 

「随分と早い到着じゃな。もっとゆっくりして来ても良いというのに」

「言ったはずだ。マジックちゃんの鮮度は一分一秒毎に落ちているとな」

「人の事を野菜みたいに言うな!」

 

 そう言って奥の通路からマジックも姿を現す。いや、マジックだけではない。ゴウゴウと音を立てながらそれはやってきた。マジックの後ろにいるのは、彼女よりも遥かに巨大な物体。白いボディに一つ目があり、ギロリとこちらを睨んでいる。巨体のパットンが自分よりも大きなそれを見据えながら口を開く。

 

「なんだありゃ……」

「Zガーディアン! この塔を守る疑似生命体よ。さあ、挨拶代わりにその力を見せなさい」

 

 マジックの言葉に反応し、そのボディが光る。そして暫しの後、強力なレーザー砲が地面へと掃射された。轟音と砂煙が上がり、絶句する一同。これ程広範囲、高威力のレーザーをあの疑似生命体は放つというのか。

 

「す、凄い威力だす……」

「いや、問題はそこではないな」

 

 怯えるロッキーであったが、殺はこの状況の一番の問題を即座に理解していた。目の前のZガーディアンのボディには、数体のウォール・ガイが括りつけられていた。

 

「ありゃ耐久力もありそうだな」

「奴に少しでも手こずれば、奥の二人が動く」

 

 そう、Zガーディアンの投入は攻撃力の増大が目的ではない。それはカバッハーンとマジックで十分足りている。マジックが求めたのは、防御面。肉壁兵の多くを失った今、Zガーディアンに自分たちの身を守らせるのだ。そして、それが出来るだけの耐久性がZガーディアンにはある。

 

「さあ、投降しなさい。もうあんたたちに勝ち目はないわ。こっちは少しでも早く勉強に戻りたいのよ」

「勉強ですか……?」

「この状況でまだ言うか。流石に大物じゃのう」

「ランス様……」

 

 ビシッとこちらを指差してくるマジック。そんなマジックをサチコが不思議そうに見つめ、カバッハーンが静かに笑う。確かに状況は変わった。心配そうに口を開くシィルであったが、ランスはまるで気にした様子を見せていない。先程までと何ら変わらない表情だ。

 

「ふん、お前らは本当にまだまだ俺様の足元にも及ばんな。何を焦っている。追い詰められているのは俺様たちじゃなく、向こうの方だ」

「何言ってるのよ。状況は……」

「あのZガーディアンは何を守っていた?」

「えっ……?」

 

 かなみの反論を遮るように、カバッハーンたちには聞こえない程度の声量でランスがそう口にする。そして、すぐにかなみは気が付く。あれだけ強力な疑似生命体が、こんな地下で守るものなど一つしかない。

 

「マナバッテリー!」

「そうだ。マナバッテリーはこの奥にある。ここで戦えば、奥の部屋に魔法が飛ぶかもしれん。そのせいでマナバッテリーが壊れるかもしれん。だから、あのジジイはここまで下がるのを最後まで悩んだ」

「……言われてみりゃ、雷帝はまるで奥の部屋を守るように立っているな」

 

 四天王であるマジックには、地下にマナバッテリーがあるという事は当然知らされている。だが、それがどれ程大事な物なのかは知らされていない。守るべきものという事しかマジックは知らないのだ。だが、雷帝は違う。数十年間国を支えてきた古強者は、マナバッテリーの持つ真の意味を知っていた。だからこそ、この場所まで下がるのを一度悩んだのだ。ランスはハッキリと、その時の表情を見ている。

 

「もう一度言うぞ。今追い詰められているのは俺様たちじゃない。あいつらだ。一気に片を付けるぞ」

 

 何を言っているかは聞こえなかったが、ランスの態度を見て投降する気はない事を察するマジック。

 

「まさかまだやるつもりだなんて。正真正銘の馬鹿ね」

「まあ、予想はしておったがの。さあ、準備が出来たら掛かって来い。小僧、一番槍はお前かのう?」

 

 そう言いながら一歩前に出るカバッハーン。正面からランスを見据え、声を上げる。そんなカバッハーンに対し、ランスは剣先を真っ直ぐと向けた。

 

「ジジイ。さっきから小僧だのなんだの、無礼千万。見下ろすなと言ったはずだ。俺様を誰だと思っている」

「……ふむ」

「マジックちゃんにはまだ名乗っていなかったな。君の処女を頂く男だ、よーく覚えておけ。空前絶後の美形にして、魔人も目ではない最強の男! それがこの俺、ランス様だ!!」

 

 ババン、と剣を掲げポーズと取るランス。そんなランスを、アホを見るような目でマジックは見ていた。いくらカバッハーンと知り合いとはいえ、まさか侵入者が自分から堂々と名乗りを上げるとは。とりあえず、一つだけ反論しておく。

 

「頂かせんわ!」

「いーや、必ず頂く。俺様と君はそういう運命なのだ。というか、世界中の美女は俺様のものなのだ」

「傍若無人かっ! 絶対にあんたになんか屈したりしないわよ!」

「(あ、なんか盛大なフラグを自分で立てた気がする)」

 

 マジックの発言に対し、マリアは心の中でそんな事を考えていた。

 

「という訳でジジイ。雷帝だか生ける伝説だか知らんが、俺様の方が貴様より上だ」

「(雷帝に向かって……)」

「(さっきあれだけ実力を見せつけられたのに……)」

「(なんでこの男はこうも啖呵切れるのよっ!)」

 

 サチコも、他のゼス兵も、そしてマジックですらも、そのランスの物言いには絶句するしかなかった。大陸に知らぬ者なしと言われた雷帝に向かって、自分の方が格上だと堂々と宣言したのだ。

 

「(へへ、やっぱ凄ぇわ。だからあんたといると退屈しねぇんだ)」

 

 グリーン隊の面々も絶句する中、笑みを浮かべながらランスの背中を見つめるのはパットンであった。先程自分はカバッハーンの強さに対し、トーマの姿を重ねた。本能で恐怖したのだ。勝てる相手ではないと。だが、ランスは違う。先の戦いを経てもなお、この発言が飛び出る。だからこの男は面白い。

 

「……かーっかっかっか!!」

「えっ!?」

「雷帝様……」

 

 ランスの言葉を受け、カバッハーンは憤慨するでもなく呆れるでもなく、ただただ嬉しそうに笑った。年を重ね、戦果を重ね、いつしか自分の前に立つ人間は敵も味方も畏怖する者が増えていた。一体いつぶりか。これ程の啖呵を切る相手は。ふいに二人の男の姿がランスに重なる。

 

『サイアス・クラウン。いずれゼス最強と呼ばれるつもりの魔法使いだ』

『ルーク・グラント。冒険者だ。いずれこの名前は大陸中に知れ渡る』

 

 それは、自分に向かって言った訳ではない。だが、その男は自分が聞いているのを知っていながらゼス最強になると、つまり自分を越えると宣言した。もう一人の男も、それに応えた。宣言こそしなかったが、奴もまた自分を越えるつもりだったのだろう。

 

「マジック様。あ奴には雷神雷光を使うので、巻き込まれないよう注意なされい」

「……えっ、ちょっと待って? それやばいでしょ。知り合いなんじゃないの?」

「ランス!」

 

 カバッハーンが叫ぶ。小僧ではなく、ランスと。そして、全身からバチバチと火花を散らしながら不敵に笑う。

 

「死ぬなよ」

「なにやる気出してんだ、ジジイ。適度に手を抜いて楽させろ」

「やる気にさせたのはお主じゃぞ」

 

 先の戦闘で嫌という程感じられたカバッハーンの威圧が少し収まる。だが、一同は先程よりも寒気を感じていた。静かだからこそ、より恐ろしい。これが、真のカバッハーンの威圧。今ランスの前に立つのは、ルークとサイアスですら今なお頭の上がらぬ存在。だが、少しも臆する事は無い。

 

『お前なら、越えられるんだ。壁を……』

「ふん……」

 

 ランスが軽く鼻を鳴らし、剣を構える。見据えるは、雷帝カバッハーン。そしてその先にいる、あの男。

 

「証明してやる。貴様よりも、俺様の方が上だって事をな」

 

 




[人物]
アニス・沢渡 (6)
LV 56/88
技能 魔法LV3
 山田千鶴子の弟子にして、ゼスが誇るへっぽこ最強魔法使い。エムサに対し、味方殺しの名をまざまざと見せつけた。軽いトラウマになったとか。甚大な被害は出したが、魔人を撤退させた功績はもう少し褒められても良い。

サチコ・カンバラ (ゲスト)
LV 9/21
技能 神魔法LV1
 弾倉の塔を守る救護兵。ぽっちゃり体型の優しい女性。マジックの周りにはぽっちゃりが集う。名前はアリスソフト作品の「ぱすてるチャイムContinue」より。カナ名に変更。

フウカキヤ
 弾倉の塔を守る警備兵。緊張感に欠ける。かなみにコキッと首を捻られた。

ラ・サイゼル (6)
LV 86/120
技能 魔法LV2
 ケイブリス派に属するエンジェルナイトの魔人。本格的な侵攻を前に色々と探っていたが、自身の使徒よりもあっぱらぱーな人間に出会い一度カミーラの元に戻った。

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