ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第6章 後半プロット②

 

-第6章 ゼス崩壊- 後半プロット②

 

6-6 今が飛び立つ時

 

 マナバッテリー破壊後、アイスフレームの拠点を出て独自に動いていたペンタゴンであったが、既に内部崩壊寸前であった。本来ならばこの混乱に乗じて魔法使いを打倒し革命を起こすはずであったが、碌に教育の受けていない二級市民を多く兵に加えてしまった結果、彼らは思想の無いただの暴徒と化し、本来の目的とは異なる略奪を始めてしまう。そのような暴徒は優先してゼス国軍やルークの義勇軍に打破され、みるみるうちに戦力が削れていったのだ。ネルソンとエリザベスがなんとか対応策を練っていた最中、遂に魔軍の進軍が始まってしまう。

 魔軍の進軍は驚異的であった。国軍も暴徒も関係なく飲み込み、一気に首都のラグナロックアークまで攻め込まれ、首都は魔物が闊歩する地獄と化していた。首都近くに陣取っていたペンタゴンの兵たちは逃げ遅れ、魔物たちに次々と殺されていく。多くの兵を死に追いやった責任、成し遂げようとした祖国の解放は既に詰んでいるという現実、そしてなにより、ゼス国を救おうとしたにも関わらず結果としてゼス国そのものを窮地に追いやっているという罪悪感にネルソンは押し潰され、精神崩壊にも近い状態となってしまっていた。エリザベスの言葉も他の幹部の言葉も届かず、ただただ項垂れるのみ。

 提督がこの状況であれば、エリザベスが玉砕か撤退かを決断すべきであるとロドネーが告げる。その言葉を受けてもなおエリザベスが決断しきれずにいると、突如これまでよりも大きな悲鳴が辺りを包んだ。ペンタゴンの臨時本部に魔軍が攻めてきたのだ。そしてそれは、最悪の来訪者たちであった。

 

「さーて、可愛娘ちゃんはいるかしら? 今は紫髪の気分。ほくろがあるとよりグッド。 あ、男は好きなだけ殺っちゃって」

「知らんな。殺されたくない奴がいれば、私が殺す前に自分で確保しておけ」

「使徒のくせに生意気ー」

 

 利害の一致か、最悪の偶然か。魔軍を率いていたのは魔人メディウサと使徒ディオであった。地獄絵図と化すペンタゴン本部。エリザベスは一人ではまともに歩く事すら出来ぬ状況のネルソンを引っ張り、なんとか逃走を図ろうとするも、ディオに見つかってしまう。絶体絶命の窮地の中、ロドネーとキングジョージが自らの命を賭して時間稼ぎを買って出る。

 

「提督は必ずもう一度立ち上がる。エリザベス、必ず提督を生かせ。ちっ、悔しいな」

「ど、どうした?」

「僕とした事が、死ぬ間際にウルザを信じた連中の気持ちが判るなんてね」

 

 毒ガスと人間離れした腕力で魔物たちを多数屠り、エリザベスたちを何とか逃がすも、最後はディオの前に力尽きロドネーとキングジョージは絶命する。メディウサはたまたま捜していた女性のタイプと合致していたペンタゴン兵のモスナの肢体を股間のヘビで貫いて嬲り殺しながら、次は北部の方に美人を捜しに行くと言い残してこの場を立ち去った。幸いにも、エリザベスたちが逃亡した方向とは逆方向であった。ディオはそんなメディウサの言葉を聞き流しながら、ロドネーとキングジョージの頭蓋骨を引き抜く。しかし、ドルハンの時と同様、持ち帰る気にはならなかった。しかし、それは決して命を賭して守りたいものを守り抜いた三人への敬意ではない。引き抜いた頭蓋骨を両手で握りしめて粉砕しながら、ディオは確かに感じている渇望を口にした。

 

「最早この程度の連中では足りん。やはり私の渇きを満たすのは貴様しかいない。ルーク・グラント!」

 

 一方、アイスフレームも窮地に陥っていた。ランスたちが出払っているタイミングで拠点に魔物たちが攻めてきたのだ。拠点に残っていたメンバー、バーナード・インチェル・珠樹・ルシヤナ・ワニランたちも必死に抵抗するも、主力を欠いたメンバーではどうする事も出来ず、拠点からは次々と火の手が上がっていった。ランスたちとは別行動を取っており、比較的拠点の近くにいたシャイラとネイが一早く駆けつけ、子供たちを救うべく孤児院へと駆けつける。そこではフットが一人武器を取り戦い、魔物たちからキムチと子供たちを守り抜いていた。すぐさまシャイラとネイは救援に入り、ひとまず孤児院の魔物たちを全て片付ける。すると、既に傷だらけのフットはキムチと子供たちをシャイラとネイに託し、自分はウルザを助けに行くと言うのであった。キムチが涙ながらにそれを止めようとする。

 

「止めてフット! その怪我でこれ以上無理したら……ウルザの事はシャイラとネイに任せて……」

「提督も、ウルザも、これからのゼスには必要な人間だ。俺は一度ウルザを見捨てちまったからな。もう一度見捨てる訳にゃいかねーだろ。キムチたちを頼んだぜ、三人娘。おっと、今は二人か」

「キムチとあおいとアニー、それから子供たちも、誰一人として絶対死なせねぇ! 皆を安全な場所に逃がしたら、すぐにあたしらもウルザを助けに駆けつける。だからおっさんも、ウルザも、ダニエルも、絶対死ぬんじゃねーぞ!」

 

 いくつかの問答の末、シャイラはキムチたちを守り抜く事をフットに誓い、火の手の上がる拠点から脱出を試みる。それに背を向け、フットは逆にウルザがいるであろう屋敷に向かって走るのであった。フットと別れたシャイラとネイは途中でバーナードたちとも合流し、拠点からの脱出を図るも、女の子刑務所での怪我が完治しておらず未だ足が悪いアニーは走るのが遅く、シャイラたちは魔物たちに囲まれてしまう。魔物たちの攻撃から子供たちを庇い、全身から血を流しながら、それでも戦いを続けるシャイラたち。すると、突如シャイラの目の前の魔物が両断される。その奥に見えた姿は、かつては憎んでいた、そして今では頼りにしている男の姿であった。

 

「ふん、お前らにしてはよくやった。後は俺様に任せろ」

「へっ……初めて褒められた気がするよ……」

「ちょっと泣けるわね……」

 

 ボロボロになったシャイラとネイを一言労い、ランスたちは魔物たちをすぐさま片付ける。一息つく間もなく、キムチからウルザを助けて欲しいと懇願されたランスは、マリアや殺といった一部の主力メンバーを子供たちの警護に残し、ウルザがいるであろう本部へと向かう。また、ウルザ救出のメンバーには無理を言ってついてきたキムチと、たまたまランスたちグリーン隊と共に行動をしていたアベルトも一緒であった。ウルザと一緒にいるであろう父親のダニエルが心配だろうとコパンドンが気を使うも、アベルトはどこか空返事であった。

 

「申し訳ありませんが、私がいる場所はもうここではありません。判って頂けますでしょう?」

「あ、はい……」

「皆さんの事が好きであったという気持ちは偽りではありません。では、縁があればまた」

 

 ウルザ救出に向かう途中、地下牢から自力で脱出をしてきたカオルはランスたちに別れを告げ、アイスフレームから去って行く。同じ隠密である事を察していたかなみはそんな彼女を引き留める事は出来ず、その背中を見送るのであった。

 時間は少し前へと戻り、ウルザの屋敷の前では魔物たちからダニエルが必死にウルザを守り抜いていた。小さな鉄球を高速で投げて魔物の体を粉砕する。それがダニエルの武器であり、老いてなお元ペンタゴン八騎士の強さは健在であった。しかし、体力はそうはいかない。年老いたダニエルの体は長い戦闘に耐えられる状態ではなかった。ダニエルはウルザに立ち上がるよう、それが無理であるならばボウガンで援護するよう言うが、ウルザはその期待に応える事が出来ない。

 

「ダニエル……もういいじゃない……もう、神様は私たちに休んでいいって……これはそういう事なんだと思う……」

「…………」

「私……もういい……頑張っても駄目なら、もう何もいらない……私のせいで死んでしまった人たちに謝りたい……」

 

 全てを諦め涙を流すウルザの体を、ダニエルは優しく抱きしめる。背中を見せる事になり、魔物たちの攻撃を背中に受けるが、即座に鉄球で反撃したため魔物たちの攻撃の手が一旦止む。そんな中、ダニエルは一つの告白をするのだった。

 

「謝らなければならん事がある。儂はお前を欺いていた。一年前の事件、あれは罠だった」

「判ってる……そして、それをどうする事が出来なかったのは私……」

「出来る訳がない。当然だ。身内が仕掛けた罠だからな……アベルトの……儂の父親のせいだ……」

 

 ダニエルから語られたのは、驚愕の事実であった。アベルトはダニエルの息子ではなく、ダニエルがアベルトの息子である事。アベルトは年を取らない体質であり、その病気を治す為にダニエルは医者になった事。ウルザの家族を含む多数の死傷者を出し、ウルザから立ち上がる力を奪った一年前の大規模救出作戦の失敗はアベルトが仕組んだ罠であった事。そもそもダニエルをペンタゴンに入団させウルザに近づけさせたのもアベルトの指示であった事。信じられない告白にウルザは絶句する。

 

「あいつはずっと捜している女がいる。自分が理想とする、鋼のように強く、鞭のようにしなやかで、どんな事にも負けない女性。あいつはその気質のある者に試練を与え、そこから立ち直る事が出来るかを試すんだ。一年前のあれは……ウルザ、お前への試練だったんだよ……」

「そんなっ!? 知っていたの!?」

 

 家族の死にダニエルも関わっていたのかと問うウルザであったが、ダニエルがそれを知ったのは全てが終わった後。ウルザの家族が死に、作戦が失敗に終わり、アベルトが怪我をしたウルザを担ぎこんできた際に事のあらましを聞いたという。謝罪するダニエルに対し、ウルザはダニエルも被害者ではないかと返す。しかし、ダニエルの十字架はそれだけではなかった。これだけの事を仕出かしてもなお、ダニエルは父親のアベルトを愛していたのだ。優しく陽気で、物心ついた頃から憧れであった存在。だからこそ、あれだけの事件を起こしても何かの気の迷いであると信じたかった。今なおアベルトの事を信じていた。だがそれは、ウルザを傷つける事。だからこそ、これまで真実を隠してきた。

 アベルトは立ち上がる事の出来ないウルザを見限り、アイスフレームから出て行こうとしていたが、ダニエルはウルザが歩けるようになるまではここにいさせてほしいと頼み込んだ。アベルトはそれを承諾し、今日までダニエルはウルザの介護をし続けていたのだ。ダニエルはウルザを実の娘のように思っていたため、自分の父親がここまで傷つけた彼女を置いてどこかに去る事は出来なかったのだ。

 

「お前はもう立ち上がれる! 選ぶんだ、ウルザ! 生か、死か、自分の意志で!」

 

 ウルザが最近はランスの協力の下、再び立ち上がるべく必死に努力をしていた事をダニエルは知っていた。怪我は完治している。筋肉もついている。後は、精神的な問題のみ。魔物たちに向かっていくダニエル。彼は死ぬ気であった。その命を賭し、発破を掛け、ウルザを再び立ち上がらせようとしていた。その横から錨が飛んできて、目の前にいる魔物兵の顔面を叩き潰した。

 

「一人で背負い込み過ぎなんだよ! ウルザも、ダニエルも、提督も、エリザベスも! ちったあ俺たちに預けろ」

 

 ここまでの魔物との戦いからか体からは血を流し、されどこんな傷どうって事無いと言うかのようにパイプから煙を上げながら、フット・ロットはそこに立っていた。ダニエルと肩を並べ、ウルザを守るようにその巨体で魔物たちの前に立ちふさがる。

 

「ダニエル、お前も死ぬんじゃねえ! そいつは逃げだ。ここまで来て、立ち上がったウルザを見ねぇで逝くつもりか?」

「ふん、ネルソンのために死のうとしていた奴がよく言う」

「弱い奴は死ぬ場所を選べねぇって解放戦の英雄にハッキリと示されちまったし、じゃじゃ馬たちに死ぬなって言われちまったからな」

 

 血を流し、されど笑いながら魔物たちと戦うダニエルとフット。どちらも限界は近いが、二人の表情はまるで絶望に満ちていなかった。これから起こる奇跡を信じていたからだ。そして、その時は来る。その大きな背中の後方で、ガシャンと車椅子が倒れる音が聞こえた。

 

「やっぱり……立ってくれた!!」

 

 ウルザの屋敷の前に到着したランスたちの中で一番に口を開いたのは、この光景をずっと待ちわびていたキムチであった。大量の魔物たちの死体の中、右手にボウガン、左手にショートソードを持ち、美しくも堂々と佇むその姿に、かなみは以前にリーザスの図書館で読んだ事のあるジャンヌという聖女の姿を思い浮かべていた。

 

「ランス様、ウルザさん、足、足……」

「おお、ウルザが立った!」

「みなさん、本当にごめんなさい。もう、大丈夫だから……」

 

 飛ぶことを忘れていた鳥は、長き時を経て、今再び大空へと舞い上がる。

 

 

6-7 真の望み

 

「私は生きるわ。そして、しなくてはいけない事をする。志半ばで死んでいった人たちの代弁者になるの。そうでなければ、彼らの死が意味を無くしてしまう。もう負けないと決めたから」

 

 立ち上がったウルザは見違えるような働きを見せた。皆を先導し、自らも前線に立ち、魔物に囲まれたアイスフレーム拠点から皆で脱出する事に成功した。その折、自らを罠にかけたアベルトの顎に全力の拳を叩き入れ、もう屈しないと宣言をした。事情を知らない一同はその光景を遠巻きに見守るが、以前までの壊れ物のようであったウルザがよくもここまで立ち直ったものだとパットンは感心し、ウルザの評価を改めるのであった。殴られ、尻もちをついたアベルトは、静かに不気味な笑みを浮かべるのみであった。

 しかし、代償も0ではない。彼女を立ち上がらせるために奮闘したダニエルは意識を取り戻さないでいた。一命は取り留めたものの、ウルザが立ち上がるのを見た後、穏やかな笑みのまま気を失っていたのだ。同じく一命を取り留めたフットがダニエルを担ぎ、一同は難民を受け入れているという首都のラグナロックアークにあるゼス城へと向かう。

 

「この城に避難する事を許可します。ただし、一つだけ守ってもらう事があります。魔法使いも、魔法を使えぬ者も、共に手を取り合って協力する事です」

「ぷるる……二級市民と協力するなど……」

「お父様。今はそのような事を言っている場合ではありませんわ」

「(この娘、変わったわね……)」

 

 首都に到着すると、ゼス城の前には大量の難民が集っていた。魔法使いも二級市民も分け隔てなく受け入れているゼス軍を見て驚く一同だが、それ程の緊急事態であるという事でより一層事態の深刻さを実感するのであった。共に手を取り合って協力するという条件にランスたちの中で最も難色を示したのはラドンであったが、そんな父親をエミがすぐに説得する。カロリアはエミの胸に抱かれて優しい表情をしており、そんなエミの姿を見てネイは驚く。イタリアで初めてあったのはつい先日の事。その時は自分たちを汚らわしい存在と見下していた。この短期間で何が彼女を変えたのかは判らない。だが、良い傾向だと微笑む。

 ゼスの医療班に見せてもなお、ダニエルは目を醒まさずにいた。聞けば、目を醒ましてもそう長くはないかもしれないという。元々高齢なうえ、今回の無理で体は限界を越えており、いつ亡くなってもおかしくはないとの事。気を落とす一同を励ましたのは、最もショックを受けているはずのウルザであった。自分の不甲斐なさからダニエルをこのような状態にしてしまった十字架も全て背負い、ウルザは前へと進む。今は難民を受け入れられる程度に安全を確保しているが、このゼス城も一度は魔物たちに取り囲まれていたという。それを押し返すために、ルーク率いる義勇軍が大きく活躍をしたとのこと。そのルークたちは、少数のゼス兵と協力し、今は魔物たちの集団の中取り残されているというペンタゴンの残党を救うため出払っていた。

 

「(私たちはどうすれば良い……ゼス軍と手を組む事など、絶対に出来ん。だが、このままでは……)」

 

 取り残されたペンタゴンの残党というのは、エリザベスたちであった。兵たちの中にはゼス城の難民受け入れに行くべきだと口にするものもいたが、エリザベスはそれを受け入れられず後手に回り、窮地に陥っていた。魔物に殺された者、離反し独自に難民の受け入れへと走った者など、既にエリザベスの部隊の人数はかなり減っており、壊滅は時間の問題であった。

 壊れてしまったネルソンを必死に守りながら、エリザベスは自分に問う。今自分は、何を成すべきなのかを。決してゼス軍とは手を取らず、ネルソンの意志を引き継ぎ祖国の解放を成すのか。ロドネーに託されたように、ネルソンを生かす事を優先するのか。理想と現実の狭間に揺れる中、死が目前に迫った時エリザベスは自分の真の望みに気が付く。

 

「(ああ、今判った……なんと情けない……なんと厚顔無恥……あれだけ理想を掲げておきながら、私は『ゼスを救いたかった』訳ではない。私は、『提督と共にゼスを救いたかった』のだ……)」

 

 ゼスという国ではなく、ネルソンという一人の人間の方が自分にとっては大切であるという事に気が付き、魔物たちに囲まれながらエリザベスは叫ぶ。涙を流し、心臓が張り裂けそうになりながら、全てのプライドを捨て叫び続ける。

 

「誰か助けてくれ! 魔法使いでも構わない! 提督を……私たちを助けてくれ!!」

 

 誰よりもネルソンに忠実であった女が、ペンタゴンという組織の理想に反し、魔法使いに助けを求める。生き残っているペンタゴン兵の中には、共感を示す者もいれば、失望する者もいた。しかし、そんなエリザベスに失望した者たちも、自らに死が近づくにつれ次々と助けてくれと叫び始めた。

 

「国民が助けを呼ぶのであれば、それに応えるのが我ら治安部隊の役目です」

「いくぞキューティ。これ以上死なせるな!」

 

 救援に駆けつけたのは、隊長のキューティが率いる治安部隊と、ルークが率いる義勇軍であった。どちらもペンタゴンとは敵対する部隊であり、特にキューティはゼスをここまで追い込んだエリザベスたちを殺したいほど憎んでいてもおかしくない。だが、助けに来てくれた。見捨てなかった。エリザベスの中から魔法使いへの憎しみが消えた訳ではない。すぐに受け入れる事など出来ない。しかし、今はただ助けに来てくれたことに感謝の涙を流すのであった。

 

 

6-8 悪魔と魔女

 

 カロリアとエミを捜していたダークランスであったが、未だ二人を見つけられずにいた。襲い掛かって来る魔物たちを打ち倒しながらゼスを駆け回っていると、辺境の村で魔物たちを退けている魔法使いがいるという噂を耳にする。もしやカロリアとエミではないかと一縷の望みを託し、その村へと向かうダークランス。そこで見たのは、異様な光景であった。漆黒のドレスを身に纏い、骸骨たちに担がせた玉座に足を組みながら偉そうに座る女魔法使いが、襲い掛かって来る魔物たちを見た事もないような強力な魔法で蹂躙していた。

 まるでおとぎ話の悪役魔女のようなその姿は守ってもらっているはずの村人たちですら畏怖し、女魔法使いに向けられるのは感謝ではなく怯えの視線であった。当然その事に気がついている女魔法使いはさりとて気にした様子もなく、やってきたダークランスにちらりと視線を向ける。意外か、はたまた当然か、ダークランスの目はキラキラと輝いていた。

 

「か、かっけぇぇぇぇ!!」

「ふはははは! わらべ、中々に見る目があるな。ほう、悪魔か。いや、人間の血も入っているな。面白い」

 

 どこか嬉しそうにダークランスと話す女魔法使い。趣味の方向性があまりにも似通っていた事からダークランスはすぐにその女魔法使いと打ち解け、魔法の力でカロリアとエミを捜して欲しいと頼む。

 

「余はまだ表舞台に出るつもりはない。此度の事件も傍観を決める予定であったが……ふむ、そうだな。民草の願いに応えるのも王の務めか。いいだろう。貴様の人捜し、この余が付き合おう。余は稀代の大魔女ミラクル・トー。いずれ世界を統べる者だ。ふはははは!」

 

 英雄の血を受け継ぐ悪魔と、後に大陸中にその名をとどろかせる事となる魔法Lv3の大魔女。中二的な何かが二人を引き合わせたのか、悪魔と魔女はこうして出会った。この二人がゼスでの魔人戦において大きな影響を及ぼす事を、今はまだ誰も知らない。

 

 

6-9 アベルトの正体

 

 ペンタゴンをも受け入れた難民キャンプでは、ガンジー王により一つの決定が下されていた。これ以上首都で交戦してもいずれ食糧が尽き瓦解する。その前に首都を放棄し、国境であるアダム砦まで難民共々大移動をするというものだ。伝統あるゼス城を放棄する事にマジックなどから反対の声も出るが、民の命には代えられないと最終的には納得をし、難民大移動が決定する。

 魔物たちからの大がかりな攻撃も予想されるため、少しでも人手を確保すべくゼスは難民たちから義勇兵を募った。グリーン隊からはほぼ全員が、あのエミもカロリアと共に義勇兵へと志願した。しかし、義勇軍を統率するのが先行して義勇軍として働いていたルークである事に反発したのか、ランスは義勇兵に志願をしなかった。すでに意地を張る場面ではない事はランスとて判っている。だが、どうしてもまだルークと和解する気にはなれなかったのだ。それ程、ランスにとって先の決闘、及びルークが自分を仲間ではなく妹の忘れ形見として見ていた事実が尾を引いていた。

 結局、グリーン隊から義勇兵に志願しなかったのはランスとシィルの二人のみ。以前にルークと決別した際にはランスについて来る者が殆どであったが、皮肉にも今回は逆の形となってしまった。

 

「君らは、こうなる事を見越して行動を起こしたのだな? ランス、お前は素晴らしい男だ。ありがとう。心から礼を言う……」

 

 難民が移動する最中、ランスはガンジーと再会する。恨み言の一つでも言われるかと身構えるランスであったが、ガンジーはランスたちの行動を明後日の方向に解釈し、魔法使いと二級市民が手を取り合っている現状に涙を流し感謝する。ゼスは今未曽有の危機であるが、皆が手を取りあえば必ず乗り越えられると力強く宣言するガンジーを見ながら、ランスはガンジーの評価を変なおっさんに固定するのであった。

 

「ラグナロックアークで囮となった部隊の中で逃げ遅れた部隊があります」

 

 ランスが司令部を覗くと、ウルザたちが沈痛な面持ちで逃げ遅れた部隊の話をしていた。難民を逃がす為に囮となった部隊がいくつかあったが、その中に未だ帰還しない部隊が三つあるという。一つはリズナ、二つ目はアベルト、そして三つ目はルークが率いていた部隊。千鶴子の判断は救援を送るのは難しいというものであり、ウルザもそれに納得する。しかし、ランスと同じように司令部の話を盗み聞いていたガンジーは、かつて救う事の出来なかったリズナを二度も失う訳にはいかないと単身救援に向かう事を決める。

 

「これは私の個人的な意地だ。二度もリズねえを失う訳にはいかん」

「俺様もいく。リズナは俺様の女だからな。ついでにあいつの部隊も救ってやるとするか」

「(ランス様……)」

 

 リズナたちを救うべく、ランス、シィル、ガンジー、ウィチタはたった四人で首都へと戻る。途中、先行して状況の把握の為に首都に潜入していたカオルと合流し、情報を受け取る。首都に取り残されているのはリズナとアベルトの部隊だけであり、ルークたちは少し離れた位置で囮として戦った後、既に自力で脱出を果たし難民キャンプへと合流済みだという。

 

「ふん。恩を売る機会を逃したか」

 

 肩透かしを食らったと悪態をつくランスであったが、シィルだけはその言葉の前にランスが小さくホッと息を吐いたのを見逃していなかった。また、首都には数体の魔人が集まっている事、そのリーダーと思われるのは魔人四天王である魔人カミーラであるという情報がカオルから告げられる。

 

「カミーラか、厄介だな……奴らはここを進行の根城にするつもりなのかもしれんな」

「なぁに、魔人など俺様の敵じゃない。これまでも何度も倒してきた」

 

 慎重に救出作戦を進行するランスたち。道中、魔物将軍を倒したその先でアベルトが率いる部隊と合流する。魔物将軍を倒した事で周囲の魔物たちに混乱が起きていたため、今なら脱出が容易になっていると判断し、ウィチタとカオルにアベルトの部隊の脱出を任せ、ランスとシィル、ガンジーとアベルトの四人でリズナの部隊の救出に向かう。

 その最中、ランスはガンジーからリズナとの関係を聞き、ガンジーはランスがリズナを玄武城から救い出してくれたことに涙を流して感謝した。その話を後方で聞きながら、アベルトは邪悪な笑みを浮かべていた。

 

「カミーラ様。人間たちの部隊の中に、アベルトの姿があったという報告がありました」

 

 その頃、ゼス城に鎮座していた魔人カミーラの下に、使徒のラインコックが一つの報告を届けていた。アベルトの名を聞き、カミーラは重い腰を上げる。少しだけ驚いたような表情を見せるのは、カミーラの横に控えていた魔人ジーク。怠惰であるカミーラが自ら出る事に驚いたのだ。

 

「おや、出られるのですか?」

「ああ」

 

 一方、難民キャンプに合流したルークは、ランスがリズナやルークたちを助けるために首都に向かったという話を聞いていた。首都には魔人がいるという情報も持っていたため、カオスを持っていない今のランスでは危険だと判断。仲間たちから危険だという声も出るが、ルークは救援に向かうと頑として意見を変えない。

 

「ルークさん、お久しぶりです。頼まれたものを持ってきました」

「あら、セルじゃない」

「すまない、無茶を言った」

「いえ。ですが、取り扱いには気を付けてください」

「はー、息苦しかった。で、心の友はどこだ?」

 

 そこへ、ルークから手紙を受け取り急遽ゼスへと駆け付けたセルが難民キャンプへ合流する。魔人と戦うための最終手段をルークはセルに頼んでいたのだ。魔人の無敵結界を破る事の出来る魔剣、カオス。本来セルは魔剣カオスを使う事には反対の立場であるが、先のゼス解放戦や闘神都市での戦いでルークを信用していたため、要請に応じたのだ。

 かくしてルークたちはグリーン隊とも合流し、ランスたちの救出に向かう事が決まった。その際、アベルトの顔を知りたいというセルに対し、エリザベスは以前アイスフレームで撮った写真を見せる。ルークたちと袂を分かった後、大規模作戦を前に写真家のペペが記念に撮ったものである。それを後ろから覗き見た二人の意外な人物が、照らし合わせたように驚きの声を上げる。

 

「あんれま。こりゃアベルト隊長じゃねーか」

「本当です。あの、どうしてアベルトがまだ生きているのですか?」

 

 写真の中に写るアベルトの姿を見て声を上げたのは、ルークたちと行動を共にしている二人の人物。200年以上前にゼスによって滅ぼされたモエモエ国の女王であり今は幽霊であるアノキアと、当時モエモエ国と交流のあったリンゲル国の親衛隊副隊長であるミイラ男のガイアロード。一体どういう事かとロゼは二人に問う。曰く、アベルトは200年以上前にモエモエ国に仕えていた騎士隊長であったが、ある日突如行方不明となり、元々小国であったモエモエ国は優秀な騎士隊長を失った事でより弱体化。その結果、ゼスに滅ぼされ吸収されたという。

 名前が一致し、顔も当時のまま。腰に差している剣はモエモエ国の騎士隊長のみが持つ事の許される魔法剣モエモエソードであり、現存する武器ではないとの事。普通であれば子孫を疑うところであるが、以前よりアベルトから何か嫌なものを感じ取っていたロゼとセスナは真剣な表情でルークに告げる。アベルトは危険であり、このままではランスは危ないかもしれない、と。それが最後の後押しとなった。ルークたちはグリーン隊と共に首都へと出発する。

 

「うわっ、ほんとだ! アベルトじゃん!」

「間違いありませんね」

 

 首都でリズナと合流し、撤退をしようとしていたランスたちの前に、カミーラの使徒であるラインコックと七星が現れる。二人はランスたちには興味を示さず、アベルトに話しかけるが、二人の事など知らないアベルトとは話が噛みあわない。すると、二人が突如跪き、その間から漆黒のベールを纏った女性が姿を現す。ガンジーは一目で彼女が魔人カミーラである事に気が付き臨戦態勢に入るが、カミーラもまた使徒同様ランスたちを気にもかけず、アベルトの前に立って口を開く。

 

「何をしている、戻ってこぬか。心配させて……」

「……あっ……僕は長い間、記憶を失っていたようですね。仰せのままに、カミーラ様」

 

 暫く呆けていたアベルトであったが、カミーラの顔と声を見聞きし雷に打たれたような衝撃を受け、全てを思い出す。アベルトは魔人カミーラの使徒であったのだ。かつてモエモエ国から行方不明になった際にカミーラの使徒となり、魔人界でカミーラに仕えていた。しかし、80年程前のレッドアイダークと呼ばれる大規模戦にて記憶を失い、その後は人間界で人間として生活を送っていた。だが、記憶を失っても本能が主を追い求めていた。アベルトがずっと追い求めていた強い女性はカミーラの事であり、記憶を失っている間に人間の女生徒の間に出来た子供がダニエル。年を取らなかったのは病気ではなく、魔人の使徒であったから。全てを思い出したアベルトはカミーラの前に跪き、彼女の下へと戻る。

 

「ええい! その姉ちゃんは誰だ!? アベルト、貴様は何故そっちに行く!? 説明しろ!」

「……邪魔だな」

 

 状況が飲み込めていないランスはアベルトに説明を求めるが、その声を耳障りに思ったカミーラがゆっくりとベールを取り、漆黒の羽を広げた。突如、ランスたちをぞわりとした感覚が包む。これは、死の感覚。即座にガンジーが魔法を放ち、ランスも剣を振るうが、魔人であるカミーラには傷一つ付ける事が出来ず、ブレス攻撃に飲まれ意識を失う。

 風雲急を告げるゼス城。そのゼス城に、ルークたちとは別の四つの影が迫っていた。

 

 

6-10 舞い降りた魔戦士

 

 ランスが目覚めたとき、その場にはシィルもリズナもガンジーもいなかった。ランスは一人カミーラたちに捕らえられ、捕虜となってしまっていたのだ。カミーラの使徒たちは捕らえた人間を見世物にし、退屈しているカミーラを楽しませていたのだ。当然、カミーラを楽しませられなかったり、不快にさせたりした人間には死の制裁が待っている。

 

「よし。お前を俺様の超絶テクでガンガンイかせてやろう」

「くくっ……くくくっ……」

「(カミーラ様、笑ってるし!)」

 

 そのような状況では緊張してまともな見世物など出来るはずもなく、次々と人間が殺されていく中、ランスは持ち前の豪胆さでカミーラを笑わせる事に成功し、数日の間処刑を免れていた。しかし、そう何度も逃れられるものではない。ランスの死は刻一刻と迫っていた。

 その頃、首都に到着したルークたちは運よく捕虜になる事を免れたシィルたちと合流していた。ガンジーから秘密の地下通路を聞いたルークは、ランスを救うべく行動を移す。その作戦は、ルークが魔人たちの気を引き、その間に他の仲間たちは地下通路を通ってランスが捕らえられている場所の真下に穴を空けてランスを救い出し、ルークは帰り木で帰還をするというもの。

 最も危険な役目を買って出たルークにかなみが反対意見を出す。囮ならば、この中で最も素早い自分がやるべきであると。しかし、ルークは首を横に振る。穴を使ってランスを救出する際、かなみの煙幕で追手から逃れる必要があり、そのためにかなみは必要だと説くルーク。だが、それだけが理由ではなかった。

 

「(リムリアの忘れ形見だからじゃない……弟のように思っていたからじゃない……)」

「ルークさん……」

「俺はランスを……背中を預ける事が出来る友を……助けたいんだ!」

 

 それが、悩み抜いた末のルークの答えであった。これまで散々迷惑を掛けられ、フェリスの一件で失望し、互いの不満をぶつけった決闘で袂を分かった。それでもなお、胸を掻きたてる想いに嘘はつけない。確かに妹の忘れ形見として見ていた。弟のようにも思っていた。しかし、それ以上にランスは仲間であり、友であり、相棒であった。ルークの答えを聞き、志津香が小さくため息をつく。ランスと同じように、仲間ではなく恩人の娘として見られていた志津香にとって、今のルークの答えには何か思うところがあったのだろう。

 

「死なないでよ」

「当たり前だ」

 

 志津香の言葉を受け、ルークは単身ゼス城へと乗り込んでいき、他の仲間たちも地下通路を進んでいく。しかし、不運は続く。時を同じくして、魔人ジーク、魔人ガルティア、魔人サイゼルが自分たちの使徒を引き連れ、一時報告にゼス城へと戻ってきたのだ。

 

「こういった見世物はあまり好きではありませんね」

「なんかうろちょろ五月蠅いのが地下にいたから、適当に地下通路破壊しておいたわよ」

「見つけたのは俺のムシだろ。ま、別にいいけど。あ、そこのお前。料理人だろ? 見世物はいいから飯作れ、飯」

 

 かつて人間たちの見世物として迫害を受けていた使徒オーロラの事を思い難色を示すジークであったが、当のオーロラはむしろノリノリで見世物を観覧しており、ため息をつく。そんな中、ガルティアの体内にいるセンサーバグが地下通路で人間たちが何かを画策している事に気が付き、それを聞いたサイゼルが通路を破壊したうえ追手のモンスターを差し向けておいたとカミーラに報告する。

 部屋の外からそれを聞いていたルークは仲間たちの窮地と作戦の失敗を知るが、出来る事は何もない。仲間たちの無事を祈りながら、魔人たちの気を引くだけでなくランス救出も自分で行わなければならないと作戦を変更するルーク。すると、突如一枚の紙が天井から落ちてきた。その紙には、『時間を稼げ』という一文のみ書かれている。地下の仲間たちが窮地を乗り切り、なんらかの手段でこの紙を送って来たとルークは判断し、時間を稼ぐために乗り込むタイミングを図る。

 部屋の中では、ランスが見世物と称してカミーラにディープキスをぶちかましていた。ラインコックが悲鳴を上げ、サイゼルとジークが絶句し、アベルトは感心したように小さく笑い、ガルティアとユキは人目も憚らず大爆笑をする。当のカミーラもまさか自分にこんな大それたことをしてくるとは思っていなかったため、完全に呆けていた。完璧とも言えるくらいに部屋の中にいる全員の気を引けていたため、地下の仲間たちがスムーズに事を運べていればこのタイミングでランスの救助に成功していた事だろう。しかし、サイゼルとガルティアの働きにより作戦は失敗している。すぐに怒り狂ったカミーラの部下にランスは囲まれ、窮地に陥る。すると、それまで腹を抱えて笑っていたガルティアがコツコツとルークが潜んでいる傍の壁まで歩いて来て、口を開く。

 

「で、そろそろ危ねーけど、おめーはいつ頃出てくるんだ? まさか見殺しにするって事はねーよな? それなら今すぐおめーを殺すけど」

「っ……!?」

 

 そこにいたのは先程までの暢気な魔人ではない。歴戦の戦士の目でルークが潜んでいる場所に視線を向けるガルティア。地下通路の仲間たちを見抜いたのと同じように、ガルティアはセンサーバグでルークの存在に気がついていたのだ。最悪の状況だが、ばれているならばこれ以上潜んでいる理由も無い。ドアを蹴破り、ルークは部屋の中へと飛び込んでいった。ランスを囲んでいたカミーラの部下たちは突然の刺客に驚き、成す術もなくルークに吹き飛ばされる。捕虜であるため武器を持っていないランスを守るように、ルークはランスと魔人たちの間に割って入り、剣を構える。

 

「ほう? 仲間が助けに来たか」

「ああ。魔人カミーラ。悪いが、仲間は返して貰うぞ」

 

 ルークを見下すように見てくるカミーラに対し、ルークはハッキリと仲間のランスを助けに来たと告げる。

 

「ふん、貴様の助けなどいらん。俺様は一人でも余裕で脱出出来たわ。だがまあ、折角来たんだからその助け舟には乗ってやる。で、どう脱出するんだ?」

「それが残念な事に、全く手が無くてな」

「なにぃ!? 貴様、一体何をしに来た!」

 

 ふんぞり返るランスであったが、既に脱出の手を潰されているルークが素直にその事を言うと、一体何をしに来たのかと文句を口にする。そんなルークとランスのやり取りを見ながらカミーラは尊大に玉座で足を組み、その周りに控える魔人と使徒の視線は二人に注がれていた。気がつけばサイゼルもジークも武器を手に取っている。一触即発な中、ルークは先程の紙に書いてあった『時間を稼げ』という一文を思い返す。仲間たちはまだ行動に出ない。このままの状態でこれ以上時間を稼ぐのは不可能。ならばこちらも、最後の手を切るしかない。ルークは魔人と使徒に向き直り、口を開いた。

 

「カミーラ、ジーク、ガルティア、サイゼル。何故お前らはケイブリス派についている?」

「突然何を……」

「カミーラ、お前はケイブリスを毛嫌いしていたはずだ。ジーク、魔人紳士と呼ばれるお前が何故魔王を裏切るような真似をする。ガルティア、どちらについてもおかしくないお前がケイブリス派を選んだ理由は何だ? サイゼル、何故妹と争う道を選んだ?」

「……っ!?」

 

 その発言はカミーラたちを驚愕させるには十分な一言であった。ただの一戦士が自分たちの名前を正確に言い当て、ケイブリス派と呼ばれる集団に属している事を知っていた。だが、ここまでは人類が得られる情報の範囲に過ぎず、良い情報源を持っているのだなで済む話。しかし、その後は違う。明らかに人類が知り得る情報の範囲を越えている。場の空気が変わり、先程までと違う明らかな敵意の視線がルークに向けられる。

 

「あんた、一体……?」

「ケイブリスについた理由? 先に声を掛けられたからだ。正直どっちでも良かったんだけどな」

「って、ちょっと! 何を普通に答えてるのよ!」

 

 サイゼルの言葉を遮るようにガルティアがあっけらかんとルークの問いに答える。そのガルティアの態度に突っ込みを入れるサイゼルであったが、ルークとガルティアはサイゼルを気にせず会話を続ける。時間を稼ぐのであれば、ガルティアを利用するのが良いと判断したからだ。

 

「という事は、ホーネットの方が声を掛けるのが早ければホーネット派についていたのか?」

「まあな。ま、どっちにつくかの巡り合わせなんて案外そんなもんだろ」

「それは残念だ」

「……貴方は一体どこまでの事を知っているのですか?」

 

 ルークとガルティアの会話にジークが割って入る。サイゼルやラインコックとは違い、向けてくる視線は敵意ではない。ルークが何者なのか、どこまでの情報を掴んでいるのか、人間であるルークが何故それ程の情報を得られたのか、ルークの一挙手一投足を値踏みするように観察していた。ルークはジークとも会話を交わすが、時間を稼ぐべく重要な点には触れずに回りくどい言い回しを選んだ。ジークとの問答でも多少の時間は稼げたが、暫くしてサイゼルの怒りが限界に達する。

 

「あんたは一体何者なの!? あんたの目的は何!?」

 

 サイゼルは自身の武器であるクールゴーデスの銃身をルークに向け、全てを吐かねば命はないと脅しをかけてくる。その光景に、ルークは少しデジャブのようなものを感じていた。リーザス解放戦の際、魔人二人と対峙した時も同じような状況になった。まだケイブリス派に明かすつもりはなかったが、これ以上時間を稼ぐ事は出来ない。後ろにいるランスを一度振り返り、ルークは決心したようにあの時と同じ言葉を紡ごうとした。

 

「俺の目的は……」

「その先を言う必要はない」

 

 突如部屋に声が響いたかと思うと、部屋の四方で魔法による爆発が起こる。煙が立ち込め、カミーラの部下たちが慌てる中、ルークたちの前に舞い降りる漆黒のマントを纏った金髪の魔戦士。カミーラたちも、ルークも、信じられぬ来訪者に目を見開く。何故この男がここにいる。何故この男がルークを助ける。

 

「時間を稼げとは言ったが、貴様の理想まで伝える必要はない。それは奴らには過ぎたものだ」

「馬鹿な……どうして貴方がここにいるのです!? アイゼル!!」

 

 先程感じたデジャブが引き起こした夢幻ではない。リーザス解放戦の時にルークが自身の追い求める狂人の夢を伝えた相手、魔人アイゼルが確かにそこに立っていた。

 

 

6-11 背中合わせの英雄

 

「早く奴らを捕まえろ! って、うわっ!?」

 

 アイゼルたちを捕まえるよう命じるラインコックであったが、命じられた部下の剣はあろうことかラインコックに振るわれた。すんでのところで避けるラインコック。すると、せきを切ったかのようにカミーラの部下であるはずの魔物たちが部屋の中で暴れ出す。その者たちの目は皆正気を失っていた。

 

「アイゼルの妖術か!」

 

 リーザス解放戦でも猛威を振るったアイゼルの洗脳魔術が猛威を振るい、ゼス城で同士討ちが始まる。その混乱に乗じてアイゼル、ルーク、ランスの三人は部屋から脱出した。すぐに三人を追うよう、洗脳されていない魔物たちに指示を出すラインコック。その光景を見ながら、魔人たちは己の考えを述べ合う。

 

「ホーネットにゼスへの侵攻を掴まれていたか」

「ゼスとヘルマンが落とされたら東側からもホーネット派を攻められるようになるし、それを防ぐために来たってとこかしら?」

「そう考えるのが筋でしょうが、あの男との関係も気になりますねぇ」

「ま、俺はよく判んねーから考える方は任せた」

 

 一方、首都から脱出すべく全力で駆けるルークたち。ランスはアイゼルの顔も名前も忘れており、ルークから説明を受けてようやく思い出していた。

 

「別に貴様を助けに来たわけではない。人間界を取られれば我らも不利になるからな」

 

 少し遅れたもののカミーラたちのゼス侵攻を掴んだホーネットであったが、ケイブリスたちとの戦いも並行しているため、大軍の救援を送る事は出来なかった。しかし、見過ごす訳にもいかない。アイゼルの言うように、人間界を取られるのは廻りまわってホーネット派の危機にも繋がる。そして何より、魔人と人類の戦争になれば、その場に必ずルークがいるであろうとホーネットは考えていたのだ。大軍を送る事は出来ないが、一騎当千の猛者ならば送れる。なぜならば、ケイブリス派もゼス侵攻のために魔人が数名抜けているため、ホーネット派からも一人魔人が抜けても十分戦えるからだ。アイゼルはこう言うが、ホーネットの要請に対し、アイゼルは自らゼス救援に名乗りを上げていた。かつての借りを返すために。

 

「志津香さんたちも無事だ。私の使徒が先導して脱出を図っている」

 

 地下の仲間たちもアイゼルの使徒である宝石三姉妹の活躍により無事であった。退路を塞ぐ魔物たちを撃ち払い、ルークたちは進んでいく。脱出間近まで迫ったところで魔物の大軍が迫り、アイゼルは単身それらの対応にあたるべく一度ルークとランスから離れる。それと入れ替わりで宝石三姉妹の一人、使徒サファイアがルークたちの下へとやってきた。

 

「ヒューマン! 武器をデリバーしに来ました!」

「おー、心の友よ。久しぶりじゃな」

「こんなんいらんわ、ぽい。それよりもまるだしっ子の君を頂く!」

「きゃぁぁぁ! ストップ、ドンタッチミー!」

 

 布に覆われた剣を受け取るランス。それは、セルの持ってきた魔剣カオスであった。こちらに向かっている志津香たちから、先行してランスに届けるようサファイアは頼まれ、ここまで持ってきたのだ。だがランスはカオスをポイと投げ捨て、サファイアの胸を揉みし抱く。ひと悶着の後、サファイアはぷりぷりと怒りながら元来た道を戻って行き、ランスはカオスを嫌々ながら手にする。

 

「で、さっきは何を言いかけたのだ? 俺様に隠し事とは不届き千万」

「……ああ、そうだな。ランス、お前になら伝えても良い。俺の夢は……」

 

 ランスが先程アイゼルの遮った言葉の先を聞いてくる。ルークは一度だけ静かに笑った後、自身の夢をランスに打ち明ける。数秒の後、ランスが大笑いをする。

 

「がーはっはっは! それがお前の夢か!」

「ほーんと、笑っちゃいますよ。いや、笑えないですよ。魔人は人類の敵、儂は魔人を殺す剣。オーケー?」

「共存? 小さい、小さい。神も悪魔も魔人もモンスターも、可愛い娘ちゃんは全て俺様の女だ。俺様は世界を統べる大英雄だからな」

「えー……」

 

 ルークの夢を笑い飛ばすランス。だがそれは、狂人の夢と切って捨てたり、恐怖や呆れの伴った笑いではなかった。ランスはルークの夢を受け入れ、そのうえでそんな小さな夢を後生大事に隠していたのかと笑ったのだ。魔人を殺す事を目的とするカオスは呆れた声を上げるが、空気を呼んだのかそれ以上の突っ込みは止める。

 

「ホーネットには手を出させんぞ?」

「それがお前の助けようとしている魔人か。お前がそれだけ言うという事は美人だな。がはは、守りたければ自分で俺様から守り抜いてみせろ」

「当然、そのつもりだ」

 

 そんな会話をしていると、少数の魔物たちがルークたちを取り囲むように迫ってきた。ルークとランスはそれぞれブラックソードとカオスを握り、魔物たちと対峙する。

 

「ランス……俺はお前を、弟ではなく仲間だと思っている。嘘偽りの無い気持ちだ」

「……ふん」

「お前が俺を助けるために首都に向かったと聞いた時、純粋に嬉しかった」

「別にお前を助けようとした訳ではない。リズナを助けるためだ」

「ああ……だが、ありがとう」

 

 ルークのその言葉を受け、ランスが二三度言いにくそうにした後、ゆっくりと、だがハッキリとその言葉を口にした。

 

「……俺様も……あれだ。フェリスの事は、まあ、その、悪かったとは思っている」

 

 それはあの時聞く事の出来なかった、そして、ルークがずっと待ち望んでいた言葉であった。自然と頬が緩み、されど剣を持つ手には力が入る。

 

「それは、フェリス本人に直接言ってやれ」

「ふん。直接言おうにも、今のゼスの状況では自由都市に帰れんだろ」

「ああ。だから、早く終わらせるぞ!」

 

 宝石三姉妹に先導され、志津香たちが首都の出口直前までやってくる。曇り空から陽の光が差し込め、目の前の光景を輝かしい程に照らす。そこには、背中合わせに魔物たちと戦う二人の英雄の姿があった。少し前までのわだかまりが無くなった事は、二人の顔を見れば分かる。

 

「ランス様……ルークさん……」

「ほーらね、私の言った通りでしょ? 二人なら、絶対大丈夫だって」

「全く……遅いのよ!」

 

 笑い合いながら互いに背中を預け戦う二人を見て、仲間たちにも自然と笑みが浮かぶ。シィルが目に涙を浮かべ、マリアがバシバシと志津香の背中を叩き、志津香が困ったようなそれでいて嬉しそうに微笑む。

 人類の窮地は今なお続く。魔人も使徒も、未だ一人も打ち倒せていない。それにも関わらず、仲間たちの胸にはなんとかなるかもしれないという思いが強く浮かんでいた。衝突を乗り越え、今再び二人の英雄が並び立った。ならば、信じてついていくのみ。

 さあ、反撃の時だ。

 

 


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