ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第19話 再び太陽の下で

 

-カスタムの町 工事現場-

 

「オーライ、オーライ!」

「おーい、早くこっちを手伝ってくれ!」

 

 四魔女事件が解決し、ルークとランスがカスタムの町を去ってから数日が経っていた。ラギシスが死んだことにより何の懸念もなくなった町には元の平和が戻りつつある。住人全員が協力し合い、一日でも早く町を復興しようと励んでいた。

 

「うん。このペースなら当初の予定の一年じゃなくて、半年くらいで移住が完了できそうね」

 

 地下から抜け出し、外で町再建の陣頭指揮を執るのはマリア。頭にヘルメットを被り、設計書を睨みながら指示を出していた。復興作業が順調な事に満面の笑みを作っていると、マリアと同い年くらいの青年が声を掛けてくる。

 

「はい、これもマリアさんのお陰です!」

「いやいや、私なんか……」

「謙遜すんなって。マリアちゃんがいなきゃあ、こんなスムーズに復興作業は進まなかったよ」

 

 若い男に続き、首にタオルを巻いたいかにもガテン系の中年親父もそれに賛同する。その周りでうんうんと頷く住人たち。このように、若いマリアが指揮を執ることに異論を挟む者は誰もいない。マリアの指示が的確なことも理由の一つだが、今カスタムは町が新しくなるにあたって若い者たちへの世代交代をしつつあったのだ。

 

「物作りの才能があるんじゃないか? 前からへんてこな兵器を作っていたし」

「へんてこじゃないですー! チューリップは歴史にその名を刻む大発明ですー!」

「はっはっは!」

 

 和気藹々とした雰囲気。それは、四魔女事件が起こる前と同じ光景だ。それがマリアには堪らなく嬉しかった。住人たちは、事件を起こした自分たちをこうして受け入れてくれた。

 

「あ、マリアさん。そろそろ昼休憩の時間ですので、こちらは任せて休んできてください」

「ん……本当だ、もうこんな時間。あんまりお腹空いてないのに……」

「はっはっは。設計書見ながらお菓子食っているからだよ」

「え!? ど、どうしてそれを……」

「(隠せているつもりだったのか、あれで……)」

 

 現場にいた全員がマリアの間食を目撃していたが、本人は上手く隠せているつもりだったらしい。恥ずかしそうに頬を赤らめるマリア。

 

「それじゃあ、誰かと話してお腹を空かせてから昼食を取ってきてください。今日は単純作業が主ですので、長めに行って貰って構いませんよ」

「いいんですか?」

「行ってこいよ、マリアちゃん。ちょっと働き過ぎだからな」

「……それじゃあ、お言葉に甘えてちょっと長めに貰いますね。後はお願いします!」

 

 一度頭を下げてから、パタパタと地下の居住区へ降りていく。その背中を見送った住人たちは静かに微笑み、復興作業へと戻るのだった。

 

 

 

-カスタムの町 町長の家-

 

「お父様、こういった場合はどのように指示を出せば……」

「うむ、これは役所に先に許可を得る必要があるな」

 

 町長の家では、チサが前町長である実父ガイゼルから町長の仕事を教わっていた。数日前、前町長ガイゼルは突如引退を表明。その後釜として指名したのは、なんと娘のチサであった。

 

「お父様……やはり私なんかよりも町長に向いた人がいらしたのでは? ランさんとか……」

 

 ふいにチサがそう問いかける。もう何度も口にした疑問だ。自分が町長になる事にチサは未だ自信が持てずにいたのだ。不安そうな表情のチサに、ガイゼルは真剣な表情で答える。

 

「いや、私の仕事を一番近くで見てきたのはお前だ。これ以上の適任はいない。ランさんも確かに優秀だが、まだ贖罪の気持ちが強い彼女にこれ以上の重荷は背負わせられないさ」

 

 チサの言うように、ランも人の上に立てる器の人間だろう。だが、今の彼女に町長を任せるのは早い。四魔女の中でも一番抱え込んでしまっているのはランであり、未だにどこか無理をしているのをガイゼルは見逃していなかった。チサを指名したのも娘可愛さからでのものではなく、しっかりと考えたうえでの指名であった。チサは自信を持てていないが、彼女が優秀な人物であることは重々承知しており、指名の際にも反発は起こらなかった。

 

「でも、どうしてお父様はいきなり引退してしまったのですか?」

 

 チサがそう問うと、ガイゼルはフッと静かに微笑んでチサから視線を外し、何かを懐かしむような目をする。

 

「うむ……ルーク殿やランス殿を見て感じてはいたのだが、これから時代が欲しているのは若い力だ」

「若い力……」

「事件後に町の防衛軍を設立するべきだと私に進言し、細部まで練られた構想を持ってきたお前を見て確信したのだよ。これからは若者の時代だ。なればこそ、カスタムの新たな門出に古い町長は不要、とな」

「でも、あれはマリアさんや志津香さんに協力していただいて……」

 

 自分の力ではない。そう口にしようとしたチサの肩にガイゼルが優しく手を置く。

 

「町長一人で全てが出来ると思っていたら、それは思い上がりだ」

「お父様……」

「彼女たちと協力し合い、新しい町を造っていって欲しい。そのためには若者同士の方がいいのだよ。頼んだぞ、チサ!」

 

 ガイゼルの言葉を受け、チサの心が動く。不安な気持ちが無くなった訳では無い。だが、カスタムをより良い町にするために自分が少しでも役に立てるのならば。それを、マリアやランと共に進めていけるのならば。

 

「……はい! お父様のご期待に添えるよう、精一杯頑張りますね!」

「うむ……」

 

 顔を上げ、自分の目を見ながらハッキリと口にしたチサを見て、ガイゼルは確信する。チサはきっと、自分なんかよりも良い町長になる。

 

「ところでお父様……」

「ん、なんだ?」

「ルークさんは若い力……なのですか……?」

「私からすれば十分若いのだがな……」

 

 少しだけルークを不憫に思うガイゼルであった。

 

 

 

-アイスの町 キースギルド-

 

「ほらよ、今回の報酬だ。ご苦労だったな」

 

 ドン、と机の上に置かれた報酬を見て目を丸くする若い力(仮)のルーク。

 

「随分と多いな」

「二人にはお世話になったからって、ガイゼル町長が色付けてくれたみたいだぜ。ランスとルークにそれぞれ50000GOLDずつだとよ」

「有り難いことだ」

 

 カスタムの町も復興で大変なはずなのに、よくぞこれだけの報酬を捻出してくれたものだ。その気持ちがルークには嬉しかった。と、キースが何かを思い出したかのような顔をする。

 

「そうだ、すっかり忘れていた。お前、ランスと……」

「そうだ、思いだした。キース、お前篤胤さんたちの事を俺に話すのを忘れていただろ!」

「おっと、そういやそっちもあったな……」

 

 何かを聞こうとしていたキースだったが、それよりも先にルークが魔想夫妻の事で文句を言ってくる。出発前、キースが伝え忘れていたのはこの魔想夫妻の事なのだ。

 

「ガキの頃の俺には酷だと思って黙っていたのは理解出来るし、それを責めるつもりはない。だが、せめて俺が戻ってきたときには伝えて欲しかったな」

「悪いな。だが、そっちも少しはお前に責任があるんだぜ。何せ十年以上も行方知れずだったんだ。篤胤の奴とはちょっとした知人レベルだった訳だし、俺が忘れちまうのも無理はねぇだろ」

「それを言われると辛いな……」

 

 ルークはGI1006~1015の10年間、その姿を眩ましている。その間の事に関してルークは頑なに口を閉ざし、キースですら把握していないのだ。

 

「因みに、アイツには伝えていたのか……?」

「いや、伝えてねぇ」

「そうか。なら、その事と娘さんに会ったって事を報告しに、少しアイツの墓に行ってくる。そのままゼスのサバサバに向かうつもりだ」

「もう次の仕事に入るのか?」

「いや、少し野暮用でな。知り合いと会ってくるよ」

 

 そう言い残し、部屋を後にするルーク。それを見送ったキースは葉巻に火をつけ、煙を吐き出しながら窓の外を見る。

 

「アイツにも伝えておくべきだったな……」

 

 ルーク同様、魔想夫妻にお世話になったもう一人の人物。ルークの妹であり、数年前までキースギルドの冒険者であった女性。その人物の事を思い出しながら、せめてルークには伝える事が出来て良かったと思うキース。この時には、先程聞こうとしていた事をすっかり忘れてしまっているのだった。

 

 

 

-カスタムの町 薬屋-

 

「はい、お薬10GOLDね。ミルが塗ってあげようか?」

「ありがとう、ミルちゃん。店のお手伝いできて偉いねー」

「えへへ」

 

 ヨークス姉妹が営む薬屋では、ミルが一人で店番をしていた。町の人に迷惑をかけてしまったことへの贖罪と、少しでも姉の役に立ちたいという思いから、まだ9才であるにも関わらずミルはよく働いていた。その頑張る姿は町の人々、特に年配者の心に響き、ミルはまるで実の孫のように可愛がられているのだった。ミルが町の老婆から頭を撫でられていると、カラーンという音を響かせながら店の扉が開く。役所に行っていたミリが戻ってきたのだ。

 

「あ、おねえちゃんお帰りなさい」

「ただいま、ミル。しっかり店番出来たか?」

「うん!」

「ちゃーんと店番出来ていたよ。それじゃあ、私はもう行くね。ばいばい、ミルちゃん」

「ばいばーい……じゃなくて、ありがとうございましたー!」

 

 薬を買ってくれた老婆が店から出て行くのをしっかり頭を下げて見送るミル。これで店内には姉妹の二人のみ。少しリラックスした態度になり、ミルがミリへと向き直る。

 

「それで、おねえちゃんも防衛軍の話し合いは終わったの?」

「まあな。有事の際の実戦部隊指揮と、その隊員たちの訓練を任されちまった」

「わ、すごーい!」

「薬屋があるから、訓練の方は不定期だけどな。やれやれ、人に教えるのなんか柄じゃないんだけどな……」

 

 カスタムの町でも屈指の剣の使い手であるミリは、周囲からの推薦もあり、ランと共に有事の際は最前線で戦う事になったのだ。それに関してはなんの不満もないのだが、指揮を取ることには眉をひそめるミリ。どうも人の上に立つというのは苦手らしく、ポリポリと頭を掻いていた。

 

「頑張ってね、おねえちゃん!」

「ま、やるだけやってみるかね……ゴホッ、ゴホッ……」

「あ、また咳してる。風邪だったらゆっくりしてなきゃ駄目だよ!」

「なに、大したことないさ。それよりも、薬の配達のお使いに行ってきてくれないか?」

 

 話を逸らすようにミリが配達の荷物をミルに手渡す。それ程量は多くなく、ミルがお使いをするのも苦ではない重さだ。姉から頼られたのが嬉しかったらしく、ミルは元気よく返事をする。

 

「はーい。無理しちゃ駄目だよ、おねえちゃん」

 

 店を飛び出していくミルの背中を見送りながら、ミリはまた咳き込んでいた。

 

「ゴホッ、ゴホッ……うーん、ミルにはああ言ったが、確かにあんまり体調は良くないな。一度ちゃんと見て貰った方が良いかねぇ……今度セルのところにでも寄ってみるか」

 

 知り合いのシスターの名前を出すミリ。カスタムの町にいるシスターの名前を出さないのは、信頼度の違いといったところだろうか。

 

 

 

-カスタムの町 教会-

 

「いやー、もう、町の人たちから信頼され過ぎちゃって参っちゃうわ。しばらくはこの町勤務でオッケーね」

「やれやれ、どうせ田舎町勤務の方が色々と楽できるとしか考えていないのだろう?」

「そんな事ありません。ALICE様に誓って」

「ふん……」

 

 大げさなお祈りのポーズを決めるロゼ。まるで信仰心の欠片も感じられない態度だ。その正面には、ため息をつきながらロゼを見ている男。顔に付けている仮面のせいで表情はよく判らないが、呆れているのだけは何となく判る。この男はAL教の司祭、スプリンガー・パルオット。多くの部下を引き連れ、こうしてカスタムを訪れたのには訳がある。

 

「これがその指輪か……?」

「ええ」

 

 ロゼから受け取った指輪をマジマジと見るパルオット。それは今回の事件を引き起こした元凶ともいうべき代物、フィールの指輪であった。

 

「もう壊れちゃっているみたいだけど、こんなんでも回収していけばそれなりの評価は貰えるでしょ?」

「まあな……報告書を読む限り、文句なしにバランスブレイカーだ」

「それじゃあ、とっとと回収しちゃって」

「良いのか? 自分で回収して直接本部に届ければ、お前の評価も上がるというのに」

「いや、AL教内で私の評価なんて、これ以上上がりようがないし。もう天井まで届いちゃっているし」

 

 平然と言ってのけるロゼ。その言葉を聞いたパルオットの部下たちの反応は様々。呆れたような表情を浮かべる者、侮蔑の視線を向ける者、必死に笑いを堪える者。一つだけ言えるのは、ロゼに対して良い感情を抱いている者は一人もいないということ。そのとき、パルオットが床を思い切り足で踏み抜く。教会内にけたたましい音が響き、笑っていた部下たちが一斉に姿勢を正す。

 

「礼儀を弁えよ」

「「「申し訳ありません、パルオット司祭様!」」」

「おう、おう、良く教育出来ていることで」

 

 感心しているロゼにパルオットが向き直り、両の手のひらに指輪の乗せながら頭を下げる。

 

「……バランスブレイカー、フィールの指輪、確かに回収した」

「ご苦労さん。あ、さっきので床が痛んだから、修理費置いていってよね」

「お前な……」

 

 こうして、フィールの指輪はAL教によって回収された。欠陥品とはいえ、恐るべき力を持った指輪。だが既に壊れており、こうしてAL教に回収されたとあっては、二度と表舞台に現れる事はないだろう。だが、このロゼの予想はハズレることとなる。これより数年後、この指輪は再びルークたちの前にその姿を現す。より強力な持ち主と共に。

 

 

 

-カスタムの町 酒場-

 

「いらっしゃい……あれ? 珍しいですね、真知子さんがウチに寄るなんて」

「ふふ、たまにはね」

 

 酒場に入ってきた真知子を見てエレナが驚く。真知子は自炊しているため、基本的に酒場にやってくる事は少ないのだ。キョロキョロと店内を見回す真知子。

 

「あら? でも満員みたいね。やっぱりお昼時は混むのね」

「ちょっと待っていてくれれば空くと思いますけど……」

「そうね……」

「あ、真知子さーん。私のテーブル余裕あるんで、一緒に食べませんですかねー?」

 

 真知子に気が付いたトマトが奥のテーブル席から手を振ってくる。確かにトマトのテーブルは少し余裕がある。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて。ありがとう、トマトさん」

「いえいえ、お構いなくですかねー?」

「エレナさん、へんでろぱを一つお願いします」

「はい、はーい! すぐにお持ちしますね」

 

 誘いに応じ、真知子はトマトと同じテーブル席に着く。エレナにへんでろぱを注文し、既に食事をしているトマトとしばし談笑することにする。

 

「トマトさん、防衛軍に立候補したんですって?」

「そうなんですかー?」

「ふふ、貴女のことでしょう? その疑問系で話すキャラ付け、防衛軍として有事の際は場を混乱させるだけだから、今のうちに止めておいた方が良いわよ」

「でも、私特徴がないんで、こうでもしないと印象に残らない気が……」

「ミミックをペットにしている時点で十分特徴的よ、トマトさんは」

 

 むぅ、と困ったような表情を浮かべるトマトを見てクスクスと笑う真知子。カスタムの住人の中でもかなりインパクトの強いトマト。もし彼女で特徴が無いのだとしたら、一体特徴のある住人はどれだけの人数になるのか。

 

「それで、どうして防衛軍に立候補したの?」

「えへへ……実はですねー、冒険者になるのが私の夢なんです。なので、防衛軍で鍛えていただいて、いつか冒険に出たいなーと思っているんですよ」

「ふふ、素敵な夢ね。いつか叶うと良いわね」

「はいですー!」

 

 グッと拳を突き上げるトマト。素振りの鍛錬は今も続けている。ようやく十回ほど出来るようになったところだ。

 

「それと、私も防衛軍に入ることになったからよろしくね」

「え? そうなんですかー?」

「前線ではなく、後ろで戦略を練る役回りだけどね。私のコンピュータが役に立つからお願いしますって、マリアさんに誘われたの」

「はい、へんでろぱお待たせ!」

 

 エレナが出来たてのへんでろぱを持ってくる。少し店が空いてきたようで、エレナがそのまま真知子とトマトの話に合流する。

 

「そういえば、今日子さんは帰ってきたの?」

「まだよ。全く、バード君に失恋したくらいでしょうがない子ね」

「バードさんって誰でしたかねー?」

 

 真知子が妹の事を心配しながらため息をつく。その横では、トマトがバードの事を思い出せずに眉をひそめていた。ちゃんとトマトの店にも寄ったというのに、不憫な話である。

 

「それより聞きましたよ。エレナさん、初恋の人が見つかって、今はその人と付き合っているんですって? おめでとう」

「あ、そうなんですかー。おめでとうございますー」

「ありがとう、二人とも。偶然酒場に寄った人がそうだったの。今もうラブラブなんです」

「ふふ、先を越されちゃったわね」

 

 へんでろぱを食べながら意味深に笑う真知子。そんな彼女の態度にエレナがピンと来る。

 

「あ、もしかして真知子さんも好きな人がいるのかしら? ひょっとして、この間カスタムを救ってくれた……」

「あ、わかりました! ランスさんですねー!」

「ふふ、残念、ハズレ。もう一人の方よ。完全な片思いだけどね」

「おお、ルークさんか! というか、トマトさんはどうしてランスさんだと思ったのよ?」

 

 確かにランスもある種の魅力はあるが、あれはかなり人を選ぶタイプだ。それに、祝勝会の席で真知子が主に絡んでいたのは、ルークの方である。普通に考えればルークである可能性が高いのに、なぜランスだと思ったのか疑問に思うエレナ。問いかけられたトマトは食後のお茶を飲みながらボソッと呟く。

 

「だって……そうじゃないと、私と一緒になっちゃいますし……」

「へ?」

「あらあら、ライバルになっちゃったわね。他にも多そうだけれども」

 

 

 

-カスタムの町 役所-

 

「くしゅんっ!」

「あら? 風邪ですか?」

「いえ、風邪ではないと思うのですけど……」

 

 役所ではランがくしゃみをしていた。同じ役所職員の問いに首を横に振るラン。風邪ではないはずなので、どこかで噂話でもされているのだろう。ペンを握り直して書類に向かい直すラン。彼女は町の復興のために、リーザスからなんとか好条件で町の再建費用を借り入れられるよう頑張っていた。しかし、ルークに以前話したとおり、資金の借り入れは絶賛難航中。

 

「ランさん、やっぱりリーザスからお金を借りるのは難しそうですか?」

「はい……こちらの望む金額だと中々条件が厳しくて……あんな条件飲んでしまったら、カスタムはリーザス領になってしまうのも同然なの……」

「難しいですね。ゼスの方からは借りられないんですか?」

「それも厳しいのよ。折角みんなが頑張ってくれているのに、お金がないんじゃ……」

 

 驚くようなスピードで町の復興が進んでいるのはランも承知している。だが、このままでは資金難でそれに水を差すこととなってしまう。ランが頭を抱えたその時、役所の扉が盛大に開かれる。驚いてそちらを見れば、そこには慌てた様子の役所職員、亮子が立っていた。

 

「ラ、ランさん! 大変です!!」

「どうしたの!? どこかの現場で事故でも!?」

「いえ、違います。先程リーザスから書状が届いたんですが、費用の援助をして貰えるそうです!!」

「えっ!? 一体どうして!?」

 

 ランは驚いて席から立ち上がり、亮子に駆け寄って彼女が持ってきた書状に目を通す。亮子の言うように、多少の利子はあるもののそれ以外はほぼ無条件で資金の提供をしてくれると書いてあり、リア王女の署名もしっかり付いていた。驚くほどの好条件である。だが、つい先日までこちらの足下を見た条件を出してきていたのに、どうして急にこんな条件を出してきたというのか。何か裏があるのではと疑問に思うランだったが、ふとその書状とは別にもう一枚封筒があることに気が付く。

 

「あ、そちらの手紙はランさん宛だったんで読んでいません。そちらもリーザスからです」

 

 確かに先の書状はカスタムの役場宛になっており、こちらはエレノア・ラン宛と書いてある。ランは首を傾げながらその封を開け、中の手紙に目を通す。そこに書かれていたのは、たった一行の文字。だが、それを読み終えたランの目からは自然と涙が零れていた。

 

「ど、どうしたの、ランさん!?」

「いえ、大丈夫です……ありがとう、ルークさん……」

 

 ハラリ、と机の上に落ちた手紙を亮子が拾い上げ、目を通す。そこにはこう書かれていた。

 

- ルークと約束したから資金提供してあげる。ルークに感謝しておきなさい。 リーザス国王女 リア・パラパラ・リーザス -

 

 

 

-リーザス国 王女の間-

 

「よろしかったのですか、リア様?」

「ん? どうしたの、マリス?」

 

 昼食に好物のレアステーキを食べているリアに質問を投げかけるマリス。今この部屋にはリアとマリスとかなみしかいない。となれば、それ相応の密談も出来ようというもの。マリスの表情を見るに、それが密談である事をすぐに察するリア。

 

「リア様の指示通りカスタムに資金提供をすることにはなりましたが、本当にあのような条件で……」

「条件っていうのはルークのも含んでって事よね?」

 

 コクリ、と頷くマリス。思い出すのはカスタムを訪れた日のこと。酒場の二階でルークとリアの間で結ばれた密約。それは、カスタムに資金援助をする代わりに、ルークが有事の際には他国よりもリーザスを優先して協力するというだけのものであった。

 

「リーザスに兵として来るのならまだしも、一冒険者でしかないルーク様が有事の際に協力したところでたかがしれています。それもあのような曖昧な約束では……」

「ああ、いいのよ、それで。そういう面には期待していないから」

「え、そうだったんですか!? ……あっ、失礼しました!」

 

 リアの返答が予想外だったかなみは思わず声を上げてしまう。主君の話に割って入ってしまう形になったためすぐに頭を下げるが、リアは気にした様子も無く妖しげな笑みを浮かべる。

 

「ふふ、かなみはルークに来て欲しいものね」

「いえ、そういう訳では……その……」

「それで、期待していないというのは?」

 

 言い淀むかなみを可哀想に思ったのか、あるいは本当に話の先が気になったのかは判らないが、マリアがかなみを助けるように話を続ける。そのマリアの問いに、スッと政治家の顔つきになるリア。

 

「元々カスタムとは大した条件を結べるとは思っていなかったわ。あっちの担当のランとかいう女が結構曲者だったしね」

「確かにそうですね。まだやりとりを始めたばかりですが、その優秀さが端々に垣間見えておりました」

「だから、最終的には適当な条件で折り合いを付けるつもりだったの。領地にしても反乱を起こしそうな町だったし、それ以外で絞り上げても復興中の町じゃ大して旨みもないしね」

「それならば、今すぐに絞り上げるのではなく、恩を売る形にしておくと……」

「そういうこと。ルークから聞いた話だと、優秀な技師がいて今後伸びる可能性がある町だとか言っていたしね。まぁ、これはそんなに信用していないけど」

 

 自分の申し出を受け入れさせるための口から出任せである可能性の方が高く、簡単にそんな話を信用するリアではない。ランスの言葉であれば簡単に信じたかもしれないが、彼女に取ってルークはまだその程度の相手でしかない。

 

「なるほど。そのように元々適当なところで資金を出すつもりであったのに、ルーク様からわざわざ要請があったと」

「ラッキーだったわ。こちらとしては殆どノーリスクでルークにも恩を売れるんだからね」

「ですが、あの条件は少し緩いのでは?」

 

 あまりにも条件が曖昧すぎる。それこそルークの判断でどうとでも取れてしまう約束だ。

 

「本当ならもっと良い条件にしたかったんだけど、中々にあっちも狸だったからね。とりあえずは恩を売る形だけにしておいたの。まっ、先行投資ね」

「一冒険者のルーク様に、恩を売るだけの価値があると……?」

 

 最後のステーキ片を頬張り、リアが薄ら笑いを浮かべながら断言する。

 

「あるわ。ダーリンほどではないけどね」

「どうしてそのようにお考えで?」

「勘」

 

 なんの躊躇いもなく、キッパリとそう口にするリア。だが、その答えにマリスも静かな笑みを浮かべる。

 

「……なるほど。ですが、私もその勘には同意しておきます」

「じゃあ、話はこれで終わりね。かなみ、食後のワインを持ってきて」

「リア様、午後の職務がありますので、ワインは……」

「えー、ステーキ後のワインはド・ハニーワって決めているのにー」

「珍しく昼からステーキなんて食べるからですよ」

 

 この時点では、有事の際にはリーザスに協力するという約束に何の期待もしていないリア。しかし、これより六ヶ月後、彼女はこの条件を結んでいた幸運に感謝することになる。LP0002年4月、歴史に残る戦争、リーザス解放戦争の時に。

 

 

 

-アイスの町 キースギルド-

 

「がはははは、おら、さっさと金を払え!」

 

 ランスはカスタムの町の事件の解決料を貰いにキースギルドを訪れていた。後ろにはシィルが控えている。げしげしと机を蹴ってくるランスに対し、キースが耳を掻きながらイヤそうな声で答える。

 

「うるせーな。ほら、これが今回の解決料だ。あっちで色付けてくれたみたいで、ランスとルークにそれぞれ50000GOLDずつだとよ。ルークはもう受け取っていっちまったぜ」

「カスタムの町も復興で大変ですのに……ガイゼルさんに感謝しないといけませんね、ランス様」

「がはは。まあ俺様の活躍を考えれば当然だな!」

 

 机の上に置かれた報酬を奪うように手に取るランス。後ろではシィルもホッとしており。どうやら借金かツケか何かがあり、それを返せるのに胸を撫で下ろしているのだろう。

 

「キースさん、ルークさんはもう次の仕事に?」

「いや、仕事は受けてない。だけど、ゼスの知り合いに会いに行くって言って、もう町にはいないぞ」

「やれやれ、忙しない奴だ。帰るぞ、シィル。これでしばらく仕事はせんぞ!」

「はい、ランス様!」

「あっ、ちょっと待て、ランス!」

 

 上機嫌に部屋から出て行こうとしたランスだったが、キースに呼び止められる。不満そうな顔で振り返るランス。

 

「なんだ? 下らん用事だったら殺すぞ」

「いや……ルークには聞きそびれちまったんだが……お前ら、一緒に仕事をしたのか?」

「まあな。俺様の下僕として使ってやったわ! がはは!」

「リーザスの誘拐事件の時にも、一緒に協力して解決したんですよ」

 

 ランスとシィルの言葉を聞き、何故か真剣な表情になるキース。何かを言いかけるが、それをグッと飲み込み別の言葉を紡ぐ。

 

「……そうか、いやなんでもない。悪かったな、変なこと聞いて」

「ふん、下らん用事だったが、金も入って気分が良いから許してやろう。がはははは!」

「あ、待ってください、ランス様!」

 

 そう言い残して部屋を出て行くランスとシィルの背中を見送った後、椅子に深く座り込んだキースが一人呟いていた。

 

「まさか、あいつらがな……ルークは知っているのか?」

 

 葉巻に火を付ける。思い出すのはかつてのこと。ルークとランス、その二人の過去を思い出しながら煙を吐いた。

 

「これも運命なのかね……」

 

 

 

-カスタムの町 志津香の部屋-

 

「ほら、起きて志津香!」

「ん? ああ、マリア。おはよう……」

「おはようって……もう昼過ぎよ、全く!」

 

 昼の休憩を長めに貰ったマリアは志津香の部屋を覗きに来ていた。預かっている鍵で中に入ってみれば、そこには寝ぼけ眼の親友の姿。どうやらこの時間まで寝ていたらしい。

 

「昨日ちょっと遅くまで調べ物をしていてね……」

「もう。3時からランと防衛軍のことで話し合いがあるんでしょ」

「んー……明日じゃ駄目かな?」

「駄目に決まっているでしょ。ほらほら、起きた、起きた!」

「あんた年々おばさんくさくなっていくわね」

「もう! 怒るわよ!」

 

 志津香を布団から無理矢理引っぺがす。この後ランと話し合いがあるのだから、いつまでも寝かしておく訳にはいかない。それでなくても不健康な生活を送っているのだ。まるで母親のような振る舞いの親友に苦笑しながらも、いい加減観念した志津香はのそのそと起き出し、マリアが持ってきたお弁当を一緒に取ることにする。

 

「お芋の塩、きいてないわ。もう少し濃い方がいいな」

「だめよ、体に悪いわ。志津香、放っておくとその日の気分次第で何も食べなかったりするんだから」

「別にいいじゃない。必要だと思ったら適当に何か食べるし」

「もう……お料理作ったら、志津香の方が上手なのに……」

「気が乗らなきゃ作る気にならないのよね……」

「で、作るのは栄養バランス考えてない自分の好物だけなんだもん」

 

 天性のセンスなのだろうか。マリアが必死にレシピと睨めっこしながら作った料理は、その場の気分で味付けした志津香の料理の味を上回る事が出来ない。昼食を取りながら文句を言い合う二人だったが、それも親友だからこそだろう。穏やかな空気の中、マリアが数日前の事を思い出しながら話題を変える。

 

「色々あったね……」

「……そうね」

「本当に、ランスとルークさんがいなかったらどうなっていたか」

「ま、感謝はしているわ。一応ね」

「私たちを助けてくれた。ラギシスも倒した。町に太陽を取り戻してくれた。……ランスがしょっちゅう自分のことを英雄だって言っていたけど、ランスとルークさん、本当に英雄だったりして」

「……少なくとも、ランスは違うでしょ。ごちそうさま」

 

 そう言って弁当箱を片付け始める志津香。そんな親友に、マリアはしたり顔で尋ねる。

 

「あら? じゃあルークさんは英雄かもって思っているってこと?」

「……言葉のあやよ」

「ふーん……へーえ……」

「……なにその顔、ふん!」

「い、いたふぃ……はなひて……」

 

 なんだかむかつく顔をしていた親友の頬を引っ張る志津香。最初こそ真剣な顔をしていたが、段々と笑いが堪えられなくなる。

 

「ふふ、おかしな顔をしているわよ、マリア」

「もう……あ、そろそろ休憩終わるから行くね。志津香もちゃんと役所にいくのよ!」

「はい、はい」

 

 志津香の家を出たマリアは工事現場に向かって歩き出す。その頭に浮かぶのは、先程まで会っていた親友の顔。

 

「全く、素直じゃないんだから……」

 

 マリアは知っている。志津香の部屋の机の中に、ペペさんが渡してくれた集合写真が大事に仕舞ってあることを。あまりそういうのには無頓着で、昔カスタムの人たちで撮った写真なんかは適当に放り投げてあったのに、なぜその写真は大事に取ってあるのか。そんなの、理由は一つしかない。カスタムの人以外で大事な人が写っているのだ、とマリアは考えていた。

 

 

「さて……この写真、どう処分しようかしらね」

 

 マリアは知らない。集合写真を仕舞っている場所よりも更に奥、わざわざ魔法で簡易結界までした封筒の中に入っているもう一枚の写真を。ペペがルークに渡す前にネガを処分したので、既にこの世に一枚しか存在しない写真。ルークと、ルークに酔っ払って抱きつく志津香のツーショット写真。処分したいのであれば、さっさと炎の矢ででも燃やしてしまえばいい。だが、何故か未だに処分を先送りにしている。その真意は志津香しか判らない。

 

 

「うわっ、眩しい。やっぱり太陽って良いわね!」

 

 地下から外へ戻ったマリアは、太陽の明るさに目を眩ませながらも、嬉しそうにしていた。みんなで協力して町に取り戻した太陽。その太陽の下、午後の仕事に一層気合いを入れるマリアだった。

 

 

 その後、カスタムの町は諸国も目を見張るほどの速さで復興を遂げただけでなく、大陸随一の技術を持った都市としてその名を轟かせる。それらを成し遂げたのは、前町長ガイゼルの見越したとおり、新世代の若者たちであった。

 

 




[人物]
スプリンガー・パルオット
LV 24/55
技能 槌戦闘LV1 神魔法LV1 説得LV1
 AL教団の司祭。ゆくゆくは司教へと登り詰めるのではと期待されている人物であり、上の者には逆らわない為、法王や司教からの覚えもいい。ロゼの振る舞いに憤りを感じながらもその才能は認めており、人知れずロゼの立場を守るよう動いていたりする。パルオットが裏でそのように動いてくれている事をロゼも察しており、だからこそフィールの指輪の手柄を彼に譲渡した。


[都市]
カスタムの町
 自由都市。一度地下に沈んでしまったが、その後驚くべき速さで実に見事な復興を遂げる。近年ではその高い技術力から諸国の注目を集めている。


[その他]
バランスブレイカー
 世界のバランスを崩しかねない程の力を持っているもの。単純な物だけでなく、技術や思想、人間そのものが該当することもある。人類が過度な力を持たないよう、AL教が回収、封印をしている。

ド・ハニーワ
 リアが好んで飲むワイン。食後、特にステーキの後は必ずこのワインを飲む。

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