-第6章 ゼス崩壊- 後半プロット③
6-12 快進撃
首都から無事に脱出する事に成功したルークたち。道中モンスターが立ちふさがってきたが、ルークとランスが和解し共闘した事と、それにより仲間達にも気合いが入り、立ちふさがる敵を見事蹴散らす事に成功した。また、アイゼルと宝石三姉妹が大暴れし、魔物たちの注意を引きつけた事も脱出成功の大きな要因であった。難民キャンプへと戻った後、ルークはアイゼルに助けに来てくれた事に対し礼を言うが、アイゼルは憮然とした態度のまま返事をする。
「先程も言ったはずだ。別に貴様を助けに来た訳ではない。ゼスが落とされると、我々も困るのでな」
「それでもだ。礼を言う」
「……ふん」
「それじゃあ、利害は一致している訳だし、協力関係で良いって事ね?」
「志津香さん……」
リーザス解放戦の際に一度は共闘したものの、アイゼルは魔人。人間へは心を許さないといった態度を崩さないが、一度惚れた弱みだろうか志津香にだけは態度が柔らかかった。それがどこか気に食わないのか、宝石三姉妹は嫉妬心の混ざった瞳で志津香を睨み付けるのであった。そんな構図をロゼが面白そうに見つつ、今後の事について提案をする。それは、アイゼルと宝石三姉妹が魔人と使徒である事は関係者以外には伝えず、極力その存在も隠すようにするというものであった。
「今のゼスはこれまで対立していた魔法使いと二級市民が手を取り合っている。聞こえはいいけど、実際は薄氷の上を歩いているような状況よ。何かを切っ掛けに双方の不満が爆発すれば、また争い出す。これまでの遺恨が全て無くなった訳ではないんだもの」
「そうですね。折角救援に来ていただいたのに、申し訳ないのですが……」
「問題ない。こちらも必要以上に貴様らと慣れ合うつもりはない」
今は緊急事態により手を取り合っているが、根本的な解決に至っていない事は皆が判っていた。そんな状況で魔人が仲間になったと言っても、信じない者は確実に出てくる。下手すれば、疑心暗鬼からの内部崩壊が発生する。ウルザもロゼの意見に同意し、ガンジーも難しい表情をしながら小さく頷く。結果、アイゼルたちは状況に応じて、単独行動かルーク庇護下の傭兵団に紛れ込んで動くかのどちらかを選ぶという事で合意となった。
本格的な移動を再開した難民たちであったが、ゼス中央部に位置するα要塞が魔軍に占拠され、その行く手を阻まれていた。どうするか協議する千鶴子たちであったが、ランスがその司令部に割って入り、要塞を奪還すると息巻く。ゼスの魔法使いたちはただの一冒険者に出来る訳がないと疑念の視線を向けるが、国王のガンジーだけはニカリと笑うのだった。
「なんと心強い。ではよろしく頼む。見返りの要求は何かあるか?」
「では、お前の娘のマジックちゃんを抱かせろ」
「実に男らしい! 気に入った。娘の事は娘が決める事。私が口出し出来る事ではないが、もし無事に避難しきる事が出来たらランス殿と娘の交際を公認しよう」
「ちょっと待てクソ親父! 何を本人の同意も無しに、勝手に娘の貞操売り渡してんのよ!」
どさくさに紛れてマジックとの交際公認をもぎ取るランス。四将軍のアレックスと絶賛交際中であるマジックは必死に抗議するも、ガンジーはまるで聞く耳を持たず、なし崩し的に契約は取り交わされてしまうのであった。かくして、α要塞の攻略を託されたランスは司令部から出ていき、外で待っていたルークを横目で見ながら口を開く。
「聞いていたな? 行くぞ」
「ああ」
「がはははは! さっさと要塞を攻略してマジックちゃんと一発かますぞ!」
そのやり取りを聞いていたシィルとかなみは自然と微笑んでいた。これが、いつも通りの二人。四魔女事件、リーザス解放戦、闘神都市の戦い。数多くの窮地を、この二人は共に越えてきたのだ。少し前までの衝突していた二人の姿はもうそこにはなかった。
ルークとランスはメンバーを選抜し、α要塞攻略に取り掛かる。カオルが要塞の裏口から皆を侵入させる。要塞を守っていたモンスターを次々と打ち倒していく一同であったが、道中敵の罠によりパーティーを分断される事態に陥る。仲間たちと別れたルークとランスの二人の前に現れたのは、使徒アベルトであった。α要塞を守りに来たアベルトであったが、既に要塞の陥落は防げないと判断し、特に抵抗するでもなく、二人に自分の事を語り始めた。
「長い間忘れていましたが、僕はずっと前からカミーラ様の使徒だったんです」
アベルトが使徒であった事、長い間記憶を失っていた事などが語られる。アノキアとガイアロードがアベルトを知っていた理由に合点がいき、納得をするルーク。ランスは特にアベルトの告白に驚いた様子は無かったが、直後に告げられた真実に目を見開く。
「僕は理想の女性を捜し続けました。でも、みんなちょっとした事で潰れていくんですよ」
「ちょっと待て。潰れていくとはどういう事だ?」
「まさか……貴様……」
記憶を失ってもなおカミーラのように強い女性を求めたアベルトは、その資質を持つ女性に試練を与え、そこから立ち上がれるかを見ていた。その犠牲にあったのは、ルークとランスもよく知る女性たちであった。ゼス四天王パパイア・サーバー。彼女は魔導書のノミコンを与えられ、精神を破壊された。ウルザ・プラナアイス。彼女は罠にはめられ天涯孤独となり、自身も大きな傷を負って長い事歩くことが出来なくなった。そして、かつて玄武城から救い出したリズナ・ランフビットもまた、アベルトの犠牲者の一人であった。卒業試験の際に玄武城へと飛ばされ、その後数十年の間外に出る事が出来ず、性奴隷とされ精神を破壊された。そう、リズナを玄武城へと閉じ込めたのはアベルトであったのだ。
リズナがどれ程苦しんでいたか、その全てを理解する事は出来ない。だが、追い詰められた結果、心優しいリズナがシィルを罠にはめ、痛ましいほどに苦しんでいた姿を二人は知っている。ウルザも、パパイアも、そして二人の知らぬ多くの女性たちも、アベルトに壊されたのだ。
「それで、新たに二人ほど強いと思える女性を見つけていたんですよ。そろそろ試練を与えようかなーと思っていたんですが、カミーラ様と出会ったのでもう必要なくなったんですけどね。でも、試してみたかったな。ロ……おっと!」
アベルトが全ての会話を追える前に、二人は剣を振るっていた。すんでのところで躱すアベルト。使徒である事を思い出したアベルトの身体能力は、人間の頃とは比べ物にならない程に上昇していた。
「まだお二人と戦うつもりはないので、ここは退散させて頂きます」
「うるせぇ! 待ちやがれ!」
「いずれ命を奪いに来ますよ。それまで待っていてください」
邪悪な微笑みを残し、アベルトは二人の前から姿を消した。戦いの音を聞き、はぐれていた仲間たちが駆けつける。その仲間たちが見たのは、怒りに燃える二人であった。
「ランス、奴は殺すぞ」
「当然だ。俺様の女たちに手を出したんだ。仕返しは必ずする」
かくしてアベルトは撤退し、残されたα要塞のモンスターたちではルークたちを止める事は出来ず、無事に要塞の破壊を成功させるのであった。
「おー、これはとんでもないお宝ですかねー! ロッキーさんも宝箱に愛されているですかねー!」
破竹の勢いはまだ止まらない。α要塞を越えた一同は、アダム砦へと向かって更に進軍する。道中、ロッキーが持ってきた宝箱をランスが開けると、中にはレア女の子モンスターの復讐ちゃんが入っていた。玄武城以来の再会であったが、彼女は何故かランスの事を覚えていなかった。ランスは知らなかったが、彼女は時空を超える存在。実は玄武城で出会った復讐ちゃんは今目の前にいる彼女よりも未来の復讐ちゃんであり、ランスの事を知らないのはそういう理由からであった。
「今は猫の手も借りたい状況だ。俺様の仲間になれ。復讐の相手はその内決めてやる」
「くそ、仕方ない……仲間になってやる」
新たな仲間も加え、進軍は続く。その難民の動きを止めるべく、魔人サイゼルが大軍を率いてやってきた。だが、対抗手段は既に揃っていた。パパイアの開発したMボムという爆弾を一同に見せるガンジー。これは、周囲2キロ以内の魔物だけを殲滅し、人間には無害という変わった爆弾であった。時間が無く、1つしか作成が間に合わなかったが、その威力は保証するという。ランスたちが敵を出来るだけ引きつけ、一気にこの爆弾で殲滅するというのが次の作戦であった。
「囮は嫌じゃー!」
「あら? 先程は俺様に任せておけと言っていたじゃありませんか。男に二言はありませんよね?」
「(カオルさん、やっぱり軟禁されていた事を根に持って……)」
「復讐ちゃんは囮組には参加しない方が良いな」
「助かる。殲滅されてはたまらん」
逃げようとするランスを後ろから羽交い絞めにするカオル。表情には出さないが、やはり監禁生活の事は根に持っていたようだ。ルークが一応モンスターである復讐ちゃんを心配していると、アイゼルがランスに聞こえぬよう小声でルークに告げる。
「ガーネットから報告があった。この部隊を率いているのはサイゼル。奴を自由に動かせば、魔物を引きつけるのは失敗に終わるだろうな」
「何故俺にだけ伝えた?」
「あの男に伝えれば、サイゼルに会いに行くと言って聞かなくなるだろう?」
ランスを見ながらそう口にするアイゼル。リーザス解放戦の時にランスとはそれ程交流が無かったはずなのによく知っているなとルークが問うと、サテラからランスの事を聞いていたとの事。
「私が出よう」
「待て、俺も行く」
「……良いだろう。だが、お前の思うような事にはならんぞ。サイゼルも、レイも、ジークも、信念を持ってあちらにいる」
「本当に察しが良いな、お前は」
ルークがどういう理由でサイゼルと会おうとしているかすぐに察したアイゼルはルークに釘を刺す。口にした三人の魔人は、かつてリーザス解放戦の際にルークがホーネット派に所属していると予想したケイブリス派の魔人たちであった。三人とも、巡り合わせ次第ではホーネット派にいてもおかしくない魔人たちであった。ルークがサイゼルに会いたいと言っているのは、彼女がホーネット派に寝返るような事がないか見極めるためだとアイゼルは察していたのだ。
「(だが、唯一可能性があるとすればサイゼルだろうな)」
他の二人と違い、彼女がケイブリス派にいるのは信念というより妹への意地のようなもの。その事を知っていたアイゼルは、一縷の可能性も考慮しルークの同行を許すのであった。そんな二人の後ろから、囮作戦には不参加の復讐ちゃんもついてくる。
作戦開始後、ルークが囮作戦に参加していない事を知ったランスは逃げやがったと非難していたが、その頃ルークはより危険な場へと立っていた。ルーク、アイゼル、宝石三姉妹、復讐ちゃんの六人の前に立つのは、魔人サイゼルと使徒ユキ。
「アイゼル、厄介な相手ね……というか、なんで人間なんかの味方してるのよ」
「お前に言う必要はない」
「むか。や、やっぱりゼスを取られるのはホーネットも嫌って事かしら? それじゃあ、自分たちでゼスを攻め滅ぼせば手っ取り早いじゃないの。ああ、人間界不可侵を律儀に守ってるんだったわね、失礼」
「嫌味を言うならもう少し学をつけてからにするんだな。妹のように本を読め。無い頭では書いてある事を理解出来んかもしれんがな」
「あ、あ、あ、あんたねぇ!!」
「ケケケ、舌戦で勝てるわきゃねーのに、身の程を知りませんよ。このボンクラ上司は」
アイゼルに完全に言い負かされているサイゼルを見てカラカラと笑うユキ。そのやり取りを見ていたルークは、サイゼルが比較的扱いやすい魔人である事を理解する。
「そろそろ作戦の最終段階だから指示してくんないとユキちゃん泣いちゃいますよー」
「そんなの、面倒臭いから全軍突撃。厄介なアイゼルは私がここで引きつけるわ」
「後から責任問題になってもユキちゃん知りませんぜ」
引きつけられているのは自分の方だとは知らず、サイゼルがユキに指示を出す。ユキが合図を出すと、周囲のモンスターたちは一斉に進軍を始めた。その方角にはランスたちの囮部隊がいるはず。全て作戦通りだ。なおも続く舌戦。これもまた、サイゼルをこの場に引きつける時間稼ぎであった。
「何よ! 使徒にそんな露出狂みたいな恰好させて! この駄目センス男!」
「この美しさと力強さが融合した衣装の良さが判らんとはな」
殆ど上半身丸出し状態である使徒の格好を槍玉に挙げるサイゼルであったが、アイゼルはやれやれとため息をつく。アイゼルを信奉している宝石三姉妹は全くだと言わんばかりにコクコク頷いているため、サイゼルは視線をルークの方へと向け、アイゼルもそれに続く。さあ、お前の意見を言ってみろと言わんばかりの視線がルークへと注がれる。
「……人間の視点から見れば確かに露出は多いが、衣装のセンス自体は良いと思う。統一感もありつつ、宝石の色に合わせて差別化も図っている」
残念、この男のセンスはブラック仮面であった。アイゼルのずれたセンスに理解を示すルーク。どこか満足そうに笑みを浮かべるアイゼルと、自分のセンスがずれているのかと愕然とするサイゼル。このセンスが判るとは中々やるじゃないかとポーズを取る宝石三姉妹。
「ケケケ、この場にまともなのはユキちゃんしかいねー」
「ぶっちぎりでおかしい奴が何か言っている。というか、帰っていいか?」
笑うキチ印と、危険でもMボム側に行ってれば良かったと後悔をし始めたモンスター。なんとも言えぬカオスな空気の中、戦闘は始まった。
流石は魔人同士の戦い。先程までのコミカルな空気はどこへやら、一度戦闘が始まれば高い次元の応酬がルークの目の前で繰り広げられる。戦闘は魔法主体であり、ルークと復讐ちゃんはなんとかその間を縫ってユキに斬りかかる。ユキもふざけてはいるが、そこは使徒。易々とは喰らわず、巨大な腕でそれを巧みに受け止めていた。元々互いに相手を引きつけるための戦闘。膠着状態が続く中、ルークはサイゼルに問いを投げる。
「何故妹と争う! お前にとって、ケイブリス派に属する事は実の妹以上に大事な事なのか!?」
「なんであんたにそんな事言われなきゃいけないのよ!」
「失ってからじゃ、遅いんだ」
「っ……」
イラついたようにルークへと魔法を照射してくるサイゼルであったが、ルークのその真剣な瞳に言葉が詰まる。人間如きに飲まれている事実を信じたくないサイゼルであったが、かつて自分の力のせいで妹の片目を奪う切っ掛けを作ってしまい、また自分が魔人界で約10年過ごしていた為に妹の死に目にも会えなかったルークの後悔の念は、確かにサイゼルへと届いていた。
暫しの戦闘の後、遠くの方で巨大な爆発音が響く。ランスたちの持っていたMボムが爆発したのだ。ランスたちの囮部隊の方へと向かっていたモンスターたちは見事殲滅され、約4万もの兵を失ったサイゼルは青ざめる。これだけ大量の兵を失ったと知れば、どれほどカミーラに叱責されるか。下手すれば、自分の立場も危うい。旗色悪しと感じたユキに促され、フラフラと撤退していくサイゼル。
「ハウゼルはお前と……実の姉と戦う事は望んでいない」
「……そんな事、知ってるわよ」
撤退際、ルークの最後の言葉に涙目でそう返すサイゼル。姉妹で争う事など、自分もハウゼルも望んではいない。そんな事は判っている。それでも、引き返せないのだ。どれだけホーネット派の兵を倒してしまったと思っている。今更、どの面下げてハウゼルと仲直りしろというのだ。
「(カオス……そうだ、カオスさえあれば……)」
魔剣カオスさえあれば、ホーネット派が楽になる。それを手土産にすれば、ハウゼルと仲直り出来るのではないか。そんな事を考えながら、サイゼルは甚大な被害を出した現実から逃避しつつ逃げていくのであった。
「やはり無理だったか」
「だが、可能性は感じた」
「……サイゼルには最後まで斬りかからなかったな」
「手の内を見せるのはまだ早いだろう?」
「私への嫌味か?」
逃げていくサイゼルの背を見ながら、アイゼルと言葉を交わすルーク。今はまだ無理でも、いずれチャンスはあるかもしれないと感じ取る。また、この戦いでルークはユキにばかり斬りかかり、サイゼルには一度も斬りかかっていなかった。それは、ルークが魔人を斬れる存在である事を隠すため。パイアールから聞かされている可能性も危惧していたが、サイゼルはルークにまるで無警戒であったため、ルークの対結界を知らない可能性が高いと推測。それであれば、まだ手の内を見せるのは早いという判断での行動であった。かつてそのルークの手の内にまんまとしてやられたアイゼルは嫌味かと口にし、ルークは小さく苦笑で返す。
モンスターの大量殲滅に成功し、キャンプへと戻ったランスはまるで英雄の凱旋のような歓声を受け、笑顔の子供たちに周囲を取り囲まれていた。人知れず魔人と戦っていたルークとアイゼルはそれを遠目で見ながら一休みしていた。そんな二人の元に志津香がやってくる。
「お疲れ。どうせまた無茶な事してたんでしょ」
例え少数であれど、その活躍を理解してくれる者がいる。二人にはそれで十分であった。かくして、国境までの道は開かれた。劣勢に追い込まれていたゼスであったが、ルークとランスの活躍の下、怒涛の快進撃を見せていた。皆が僅かながらに希望を見出し始めていた。
だが、その希望を絶望に変えるのが、魔人の仕事。かつてゼスを恐怖のどん底へと陥れた魔人が、遂に動く。
6-13 絶望を運ぶ者
ゼス四将軍の一人、サイアス・クラウンはリーザスとの国境にあるアダム砦にいた。ゼスの最東部に位置するため、まだ魔物たちの手は殆ど及んでいない。だが、ここはゼス最後の砦であり、絶対に落とされる訳にはいかない場所である。また、ゼスが混乱に陥っているこの機会になし崩し的に攻め込んで来ようとしているリーザスの動きも掴んでおり、睨みを聞かせる意味でもサイアスはこの場所を動けずにいた。
しかし、サイアスは葛藤していた。それは、ウスピラがゼス北部の都市であるナガールモールに取り残されているという情報が入って来ていたからだ。難民たちに合流しなかったゼスの腐敗貴族を守るため、最後まで戦っているという。ルークたちの進軍が早かったため、北部はまだそれ程魔軍の侵攻は及んでおらず、今ならば助けに行ける。だが、それも時間の問題であり、時期に魔軍に飲み込まれる。今を逃せば、ウスピラの救助は間に合わなくなる。
「助けに行きたいのでしょう、サイアス! なら、行ってください!」
「俺はここを動く訳にはいかない。彼女もそれを望んでいない。ルークたちが動く可能性に賭ける。それしかない」
炎の四将軍としての誇りと責務がサイアスをこの場に縛り付けていた。普段は軽い男と見られているが、四将軍の中で最も軍務を重んじているのはサイアスである事を他の四将軍は理解している。難民と移動しているルークたちがウスピラの救援に行ける可能性は僅かだろう。これ以上の負担をルークたちに強いる訳にはいかない。必然、ウスピラは間に合わない可能性が高い。それを理解しながらも、サイアスはミスリーを黙らせるべくルークたちに賭けると口にした。
だが、ミスリーは譲らない。リーザスは信用出来る国である、ならばここでサイアスが睨みを聞かせる必要はない。モンスターたちからは自分たちでも十分守り切れる。だから、多少の兵を引き連れてウスピラを助けに行くべきであるとサイアスを説得する。
「小僧、久しぶりだな。何を悩んでいる。さっさと行け」
「援軍を呼びました。皆、信じられる強者です。サイアス様、貴方は成したい事を成してください」
そんな中アダム砦にやって来たのは、かつてサイアスが学生の頃に出会ったカバッハーンの知り合いである剣士ビルナスと、ゼス客将のエムサであった。ビルナスは雷帝に頼まれたとの事で道場の門下生たちを多数連れてきており、その中にはシード、葉月、セレーナといった名高い強者も含まれていた。エムサもまた、友人であるという戦士たちを援軍として連れてきていた。名は知れていないが、ナクト、十六夜兄妹、ハムサンド姉妹など一目で強者と判る者たちばかりであった。
暫しの葛藤の末、最後はミスリーに後押しされる形となり、アダム砦をミスリーとエムサに任せ、サイアスは兵を率いてウスピラの救援に向かう事を決めたのだった。
サイアスに少し遅れて、ルークたちも千鶴子からウスピラが北部に取り残されている事を聞かされる。救援に行くのは危険であるが、ウスピラは今のゼスに取って欠かす事の出来ない戦力。何よりランスが助けに行くと聞かないため、最終的にはウスピラの救援の許可を千鶴子が出す。アイゼル含め大半の戦力は難民たちの下に残し、ルークとランス率いる少数精鋭部隊はウスピラを救出すべくナガールモールへと向かう。
「馬鹿な! 正門が突破されただと!?」
必死の籠城を続けていたナガールモールの部隊であったが、遂に正門が突破され魔物たちが流れ込む。怒声を挙げる長官たちを冷たい目で見るウスピラ。少し前に彼らの指示で、軍に所属していた二級民たちは全員都市から追い出されていた。それ即ち、魔法使いを守る壁がいないという事。そんな状況でモンスターたちの猛攻を止められる訳がない。
「我々魔法使いは、前衛の戦士に守って貰わないと碌に魔法を唱える事も出来ない。私たちは、協力し合わないと生きていけないのです。魔法使いだけが優秀だという考えの愚かさ、今になって理解出来ましたか?」
「待て! 一人で逃げる気か!?」
「最後まで戦います」
既に傷だらけのウスピラであったが、最後まで抵抗すると告げて部屋から出て行こうとする。そのウスピラに協力すると声を上げたのは、捕縛されて以後ウスピラと行動を共にしていたサーナキアとナターシャであった。
「なら、ボクたちも連れて行ってくれ。縛られたまま死ぬくらいなら、ボクらも最後まで抵抗する。前衛が足りないんだろう?」
「……そうね。今は国軍もレジスタンスも関係ない。私は弓使いだけど、魔法使いの壁くらいにはなれるわ」
「……感謝します」
レジスタンスを解放する事に反対する長官たちの意見を無視し、ウスピラはサーナキアとナターシャの拘束を解いた。三人が長官たちを置いて部屋から出て行こうとしたその時、それはやってきた。
「みーつけた」
突如壁が破壊され、その傍にいたノエマセ長官の首が飛ぶ。長官たちの悲鳴が部屋に響き、ウスピラとサーナキアは目を見開いて来訪者を見る。そこに立っていたのは、蛇令嬢。ゼスの国民に彼女の名を知らぬ者はいない。彼女の起こした虐殺劇はゼスの歴史書に、そして人々の心に深く刻まれているのだから。
「ひー、ふー、みー。三人かー。さーて、どういう順番で頂こうかしら」
魔人メディウサ。彼女こそ、ゼスに絶望を運ぶ魔人。即座にスノーレーザーを放つウスピラであったが、無敵結界に阻まれ魔力が四散する。なおも悲鳴をあげる長官たちを耳障りだと虐殺し、鮮血にその身を染めながらメディウサがゆっくりと近づいてくる。部屋から飛び出し、ウスピラたちは逃亡を図る。しかし、行く手を魔物に阻まれ挟み撃ちにあう。サーナキアとナターシャも剣と弓で応戦するが、まるでその必死の抵抗を楽しむかのようにメディウサはゆっくりと近づいてきた。そして、犠牲者が出てしまう。
「いやあぁぁぁぁぁ!!!」
「ナターシャ!!」
メディウサの体にある蛇に足を絡めとられ、床を引きずられてメディウサの方へと引き寄せられるナターシャ。サーナキアが手を伸ばすが、その手を掴む事は出来なかった。そのままメディウサの股間部にある巨大な蛇を無理矢理挿入され、体の内部から内臓を食いちぎられる。口から血を吐き出し、絶叫するナターシャ。絶望的な光景にサーナキアは青ざめる。その残虐な戦い方を目の当たりにし、対峙する相手はまず心を折る。それが、魔人メディウサの戦い方であった。いや、本人にその気はない。彼女はただ、自分のやりたい事を楽しんでいるだけであり、結果として心を折っているに過ぎないのだ。
既にナターシャは痙攣しており、助かる見込みはない。だが、ウスピラは四将軍としての意地か、この絶望的な状況の中で国軍とレジスタンスという敵対関係でありながら協力を申し出てくれたナターシャを見捨てられず、杖を持ってメディウサに飛び掛かっていた。
「嬉しいけど、じゅ・ん・ば・ん」
一閃。メディウサの鋭い爪が横薙ぎに振るわれ、ウスピラの左足が鮮血と共に宙を舞った。床に倒れ込むウスピラにサーナキアが近づく。その左足は、膝から下が無くなっている。傍にゴロリと転がっていた左足に手を伸ばすサーナキアであったが、メディウサが放った蛇の群れがウスピラの左足を即座に食い散らかした。
ウスピラが左足を抑えながら激痛に顔を歪ませる中、ゴトンという音が廊下に響く。それは、命を失ったナターシャをもう用はないとばかりにメディウサが放り棄てた音。そして、ウスピラとサーナキアを見下ろしながら舌なめずりをする。
「次はどっちにしようかしら」
遠くの方からも大勢の人の悲鳴が聞こえてくる。メディウサが引き連れてきたモンスターたちに、ナガールモールの残存部隊が殺されている悲鳴だ。既に逃げ場はなく、ナターシャが死に、最大戦力である四将軍のウスピラは左足欠損。剣を持つ手が震えるが、それを必死に抑えてサーナキアが立ち上がる。
「次は……お前が死ぬ番だ」
「やーだー、笑えなーい」
「私もまだ……戦える……」
ケラケラと笑うメディウサを睨み付けながら、ウスピラの目はまだ死んでいない。放っておけば出血多量になると判断したウスピラは、左足を自らの魔法で凍らせる。そしてそのまま松葉杖のように氷を伸ばしていき、氷の義足を作り上げた。だが、当然氷の義足は動かない。ウスピラの体を少し支えるだけのつっかえ棒にしかなっていない。でも、それで十分。後の事は知らない。ただ、今立ち上がる為の支えになればいい。
「サーナキアさん、私を置いて……」
「それから先は、騎士であるボクへの侮辱だ」
「……ごめんなさい。二度と言わない」
後方は魔物が塞いでおり、逃げるためには蹴散らす必要がある。ウスピラはメディウサに気がつかれないように詠唱停止を上手く使い、既にスノーレーザーの準備は終えていた。しかし、後ろの魔物たちを魔法で蹴散して逃げようにも、この状況でみすみす後ろを向けばメディウサに殺される。隙を作る手段が無く、既に死の覚悟を決めていた二人。しかし、直後に誰もが予想していなかった乱入者が現れる。
『今は治安隊本部の封印機が足りないから、首都にある封印機に一時的に入れておくわ。首都であれば封印機が破壊されるって事はないでしょうし、もう安全よ』
重犯罪者であったその者は、一度封印機から解放され、解放戦の英雄と使徒という強者二人と三つ巴の攻防を繰り広げた。その後捕縛され、首都にある封印機に移送されていた。首都であればもう破壊される事は無い。そういう判断であった。
だが、魔軍の侵攻により首都の封印機は破壊され、再び解き放たれたその者が求めたのは血であった。封印機を破壊したモンスターたちを殺し、首都から脱出したその者は血の匂いが充満している北部へと流れ、今この瞬間で乱入した。魔人にも恐れず飛び掛かる。当然だ、その者は狂っているのだから。人は彼女をこう呼ぶ。血まみれ天使と。
「ケケケケケ! 脳髄、脳髄、脳髄グシャー!!」
「なに、こいつ」
「(隙!)」
突如飛び掛かってきた血まみれ天使にメディウサが注意を取られた隙をつき、ウスピラは後方の魔物たちにスノーレーザーを放つ。サーナキアがウスピラに肩を貸し、開かれた道をただひたすら走り抜ける。氷の義足で出来てしまう濡れ跡は、氷結吹雪を廊下に放つ事で判らなくした。逃げ切れるかもしれない。サーナキアはそう思ったが、突如目の前に獣人が現れ行く手を塞ぐ。それは、メディウサの使徒アレフガルドであった。
「残念ですが、既に貴女方は詰んでおられます。お諦めください」
アレフガルドがハンドベルを鳴らすと、すぐにメディウサがやってくる。ウスピラとサーナキアの居場所を教えたのだ。メディウサがポイと投げ捨てたのは、血まみれ天使。腹を蛇で貫通されたのか、大量の出血をしピクピクと痙攣している。まだ死んではいないが、それも時間の問題だろう。
ウスピラがアレフガルドに魔法を放つも躱され、メディウサの蛇がウスピラの氷の義足を破壊する。氷が砕け散り、体のバランスを崩して倒れ込むウスピラ。その彼女に、先程左足を食い散らかした蛇たちが一斉に飛び掛かる。サーナキアが必死で剣を振るうも、倒しきれない。ウスピラの目前まで迫っていた蛇たちであったが、直後灰と化した。
「すまない、遅くなった」
ウスピラを守るようにしながら蛇を全て燃やし尽くしたのは、四将軍のサイアスであった。すんでのところで、サイアスは間に合ったのだ。そのサイアスに対し、ウスピラは言いたい事が次々と浮かんできた。助けに来てくれた事への感謝の言葉。アダム砦の防衛はどうしたのかという叱責の言葉。目の前の相手の脅威を伝える助言の言葉。だが、ウスピラの口から出た言葉は、そのどれでもなかった。
「ごめんなさい……」
「っ……」
それは、謝罪の言葉。ウスピラは理解していた。自分を助けるため、サイアスは自身の職務を投げ打ってまでこの場に救援に来た事を。逃げ遅れた自身の不甲斐なさを、サイアスを死地へと呼び込んでしまった後悔を、ウスピラはただ謝る事しか出来なかった。
そんなウスピラの言葉を受け、サイアスもまた理解していた。四将軍の責務と誇りが彼女を支えていた。その彼女の誇りを打ち砕き、あまつさえ仲間を巻き込んでしまった今の彼女がどれ程傷ついているかを。左足を欠損し、今後四将軍として前線に立てるかすら危うくなった彼女がどれ程の絶望を覚えたかを。それは全て、目の前の女によってもたらされた。
それは、ルークですら聞いた事の無い声。怨嗟の炎を纏い、確かな殺意を放ちながらサイアスはメディウサを見据える。
「殺してやる」
「無理よ。人間じゃ、私に傷一つ負わせる事すら出来ないわ」
6-14 炎蛇相対す
神というのは、なんと残酷な存在なのだろうか。ウスピラの目の前で繰り広げられるのは、一方的な虐殺でしかなかった。火爆破も、ファイヤーレーザーも、炎舞脚も、ゼットンですらも、メディウサの無敵結界の前には無力であった。メディウサの爪が、蛇が、サイアスの体を傷つける。全身から血を流し、サイアスは何度となく床に打ち付けられる。
だがそれでも、サイアスは何度でも立ち上がった。ウスピラを守る為に。サーナキアが己の無力に涙を流す。彼女もまた、一度目にサイアスが倒された時にメディウサに飛び掛かっていたが、壁に勢いよく打ち付けられ吐血し、動けなくなってしまっていた。
「もう飽きたわ」
本来であれば、サイアスはとっくに殺されていて然るべきである。魔人と人間にはそれだけの実力差がある。ここまでサイアスがボロボロとはいえ生き残れているのは、サイアスを痛めつける事でウスピラとサーナキアが悲痛な表情と声を見せるからだ。メディウサにとってサイアスは、ウスピラとサーナキアを嬲る為の道具でしかなかった。
だが、遂に間接的な嬲りにも飽きが来た。いい加減ウスピラとサーナキアを直接嬲るべく、これまで以上に強烈な一撃がサイアスに振るわれる。それは、確実にサイアスの首を飛ばすための一撃であった。だが、サイアスは炎を纏った左手でガードし致命傷を避ける。しかし、左腕の骨が砕ける音はしっかりと周囲に響いた。膝をつくサイアス。そのサイアスに興味を示さず、ようやく終わったかとばかりにメディウサはゆっくりとウスピラに近づいていく。そのメディウサを見上げながら、サイアスはここに来る前にアダム砦で部下から受けた報告を思い出していた。
曰く、魔人の中にアトラスハニー、ゼスでは砂漠のガーディアンと呼ばれていた塔だが、それを機能停止に追いやった者を捜している魔人がいるとの事。魔物たちがゼスの各都市を攻め込む中、北部に位置する都市でそういった情報を聞いて回る魔物たちが多くいたという報告があった。目の前のメディウサは、見た目こそ美麗であるが、中身は醜悪を通り越している。そして、砂漠のガーディアンの悪趣味な装置。サイアスの中で、何かが合致した。予想が外れていてもいい。少しでもウスピラを狙っているメディウサの興味が引ければ、それで良かった。
「アトラスハニーを壊したのは、俺だ……」
「……なーに? 気を引くための嘘?」
サイアスの言葉にピクリと反応したメディウサであったが、ウスピラを守る為に自分の気を引こうとしているのだろうと考えていた。ゼスの人口を考えれば、たまたまメディウサの捜し人がこの場所にいるなど偶然にも程があるからだ。勿論、メディウサも本気で捜していた訳ではなく、あくまで片手間。本気で捜しているのであれば、使徒のアレフガルドに命じている。見つかればいいな、見つかればこの手で殺そう。そう思っていたに過ぎない。
「白血球ハニー……生気を吸い取る木馬……壁と融合させる装置……」
「むっ……お嬢様」
「ええ、判ってる」
だが、サイアスにとってはその反応で十分であった。アトラスハニーを機能停止に追い込んだ者を捜しているのは、やはりメディウサ。そう確信したサイアスは言葉を続ける。アトラスハニー内にあった装置の数々に使徒のアレフガルドが反応し、メディウサもウスピラに近づいていた歩みを止めてサイアスを見下ろす。本気で捜していた訳ではない。だが、見つかったのならば話は別だ。
「もう一度言う。あの悪趣味な塔を破壊したのは、俺だ」
「やっぱ日頃の行いかしらね。ついてるわ。……ただじゃ殺さないわよ」
これまでウスピラとサーナキアを頂くのを邪魔してくる雑魚としてしか見ておらず、興味なさそうにしか相手にしていなかったメディウサが、今初めて明確な殺意をサイアスに向けた。すると、これまで以上のスピードで蛇が横薙ぎに振るわれた。ガードしようにも、狙われたのは先程骨を砕かれた左腕。腕の上がらない左腕に強烈な一撃を受け、勢いよく壁に叩きつけられる。左腕からは骨が肉を突き破り外に出てしまっている。声を漏らすサイアスであったが、既にその時にはメディウサの右手が自分の顔面を潰すべく目の前に迫っていた。素早く首を動かし、メディウサの右手は壁に突き立てられる。穴が開く程の腕力。躱せていなかったら、今頃サイアスの顔面は破壊されていただろう。
メディウサは壁から右手を引き抜き、そのまま真っ直ぐと下に降ろした。サイアスの左肩にメディウサの爪がギリギリと食い込み、左足には蛇が絡まり強く締め上げ牙が突き刺さる。すると、足元でガンという音が聞こえる。見れば、いつの間にやら床に転がっていた血まみれ天使が足元まで這いずってきており、手に持ったメスでメディウサの右足に攻撃を仕掛けているのだ。しかし、その攻撃は全て無敵結界に阻まれ、ガンガンという音だけがむなしく響く。
「邪魔」
先程貫いた腹部を思い切り蹴り上げるメディウサ。血まみれ天使は腹部と口から大量に出血し、勢いよく吹き飛ばされる。やはり人間では無敵結界を越える事は不可能。だが、サイアスの目はまだ死んでいない。右手に魔力を込め、目の前にあるメディウサの顔面に炎の矢を放つが、やはり無敵結界により阻まれ魔力が四散する。
「だから言ったじゃない。人間じゃ、私に傷一つ負わせる事は出来ないって。どれだけ頑張っても、どれだけ努力しても、無理なものは無理なの。努力って言葉を口にしていいのは、ケーちゃんくらい頑張ってからにして欲しいものね。人間の寿命じゃ無理だろうけど」
「ぐっ……がっ……」
「サイアス!!」
「だるまはお好み? 四肢をもいで転がして、だーるまさんが転んだってね」
サイアスの左足を締め上げていた蛇が更に力を強める。蛇で左足を、爪で左腕をもぎり取り、次いで右腕右足ももぎり、四肢を無くしたサイアスを死ぬまで嬲る。それがメディウサの狙いであった。ウスピラの悲痛な叫びも、メディウサにとっては甘美な音楽。妖艶な笑みを浮かべながら、蛇と爪に一層の力を込める。その時、遂に待ちわびていた援軍がやってきた。
「サイアス!」
「っ……!」
サイアスの目に飛び込んできたのは、駆けつけたルークとその仲間たちの姿。確信は無かった。闘神都市の戦いではその剣は地上に置いたままであったため、サイアスは実物を見た事が無かったから。しかし、可能性に賭けた。ルークの隣に立つ男、ランスの持つ漆黒の剣が、魔剣カオスである可能性に。右手にありったけの魔力を込め、真っ直ぐとメディウサの頬目がけて持ち上げる。
メディウサもまた、駆けつけた乱入者に視線を向けていた。それと同時に、全身を走る違和感に眉をひそめる。久しく味わっていない感覚だが、このざわつくような嫌な感覚をメディウサは知っている。その正体が、ランスが手に持つ魔剣カオスによる無敵結界の中和である事に気がついたのと、サイアスの右手がメディウサの顔面を覆ったのは、同時であった。
「掌炎爆破!」
「ぐあぁぁぁぁぁ!!」
サイアスの手の平で魔力の爆発が起こり、メディウサの顔面を直撃する。想像だにしていなかった反撃であったため、メディウサは全くの無防備でその攻撃を受けてしまい、絶叫と共にサイアスを離し、左手で顔を覆いながら後方へと飛びずさる。すぐに使徒のアレフガルドがメディウサに近寄り、傷痕を見る。
「お嬢様! ああっ、なんと痛ましい。すぐに消さねば跡になってしまいます! 一度魔人界へ戻りましょう」
「ふっ……ふふふ……あはははは!」
メディウサの顔面にまざまざと焼き付けられた痛ましい火傷の跡におろおろとするアレフガルドであったが、当のメディウサからは笑みが零れる。だが、その笑い声はにはハッキリと邪悪さが含まれており、全ての経緯を見ていたサーナキアの背筋には冷たいものが走っていた。顔面を覆っている左手の隙間からギロリとサイアスを睨み付けるメディウサ。この男の名前は、何度もウスピラとサーナキアが叫んでいたため耳には入っていた。先程までは覚える気など無かったが、今は違う。
「サイアス、覚えていなさい。貴様の大切にしているもの……家族・恋人・師弟・友人、その全てを奪い、貴様は私が殺す!」
「なら、貴様も覚えておけ……もう何も奪わせやしない……魔人メディウサ、貴様はこの俺が必ず灰にする」
「……またいずれ会いましょう」
「おい待て! 到着早々逃げるな!」
その言葉を残し、メディウサはこの場から立ち去った。追いかけようとしたランスたちであったが、モンスターの残党に阻まれ、また重症であるサイアスたちの保護を優先したため、メディウサは取り逃がす事となる。
この戦いをもって、砂漠のガーディアン事件の際に生まれていたサイアスとメディウサの因縁は表面化する事となった。当然、これで終わりではない。その死闘の末、凄惨な結末を迎えるのは、まだ先。
6-15 リーザス合流
「せんせーい! リアたちリーザスは、正々堂々とこのチャンスにゼスを乗っ取る事を誓……」
「誓わんでいい」
「あっ! ダーリーン!!」
ウスピラたちを救出したルークたちが難民キャンプへと戻ると、丁度リーザス国のリア女王が軍を引き連れ宣戦布告に来たところであった。しかし、全面戦争の宣誓はランスによって阻まれる。ランスとリア王女の関係を知っている者たちは当然の流れとして見ているだけであったが、それを知らない者たちにとっては、ランスはさぞ英雄に映ったに違いない。なにせ、たった一人の冒険者がリーザスとゼスの全面戦争、それも疲弊しきったゼスには勝ち目のない戦争を事前に止めたのだから。
「まこと、ただ者ではなかったのだな。リーザス女王の心を射止め、更に魔剣カオスの使い手。ランス殿、なんと素晴らしい男だ」
「あんた……本当一体なんなのよ……なんで私に平気で話しかけてこれるのよ……」
「ダーリン、なにこの酔っ払い」
「ゼス王女のマジックちゃんだ」
「ああ。言われてみれば見覚えのあるおでこ」
リーザスとの戦争を回避し、ひとまずの目的地である最東部へと逃げ切った難民は、一時の休息を取っていた。リア王女主催によるパーティーも開かれ、要人たちはその場に招かれていた。シィルとリアを両腕に引き連れ、がつがつとパーティーの飯を食うランスを見てガンジーは本気で惚れこみ、マジックとの交際を許可する。一方マジックは、目まぐるしい事態の変動についていけず、半ば自暴自棄になりながらべろんべろんに酔っぱらっていた。リーザスとゼスの要人たちの挨拶も済み、今後について話し合われている中、ルークはパーティー会場ではなく救護テントにいた。
「絶対安静……と言っても、聞ける訳ないか」
「ああ。奴は必ず俺が殺す」
「止める気はない。だが、戦う際は俺かランスを頼れ」
サイアスは絶対安静と言われていたが、ある程度動ける状態になったら無理を押してでも戦場に立つと言って聞かない。その理由は、ウスピラの状態であった。全身に多大な傷を負っているが、何より酷いのは左足の欠損。切断された左足は蛇に食い散らかされ回収出来なかった事もあり、完全に治る事はないという。メディウサを殺す決意を再度固めるサイアスに対し、ルークは魔人と戦う際は自分かランスを頼るよう念を押す。
「ナターシャは手遅れだった。血まみれ天使は一応一命を取り留めたらしい。自分で傷口を縫って出血を抑えていたよ」
「戦後は何かしらの恩赦を申し出ないとな。あんなのでも、いなきゃ終わってた」
「なら、ゼス軍に入れちまえばいいんじゃないか? 血を求めてるなら、丁度良いだろ。実際、前衛不足のゼスにあの戦闘力は頼りになるぞ」
「ふっ……代償として千鶴子様の胃が破壊されそうだな」
メディウサとの戦いの後、すぐに気を失っていたサイアスに状況を報告する。メディウサによって散々嬲られたナターシャはやはり間に合わず、見つけた時には既に息を引き取っていた。対して血まみれ天使は、どっこい生きていた。なんという生命力か。だが、サイアスは血まみれ天使に感謝していた。血まみれ天使の二度の乱入が、結果としてウスピラとサイアスを生き長らえさせたのだから。流石に重犯罪者の編入は問題が多すぎるため、ルークも本気で言っている訳ではなく、サイアスもそれを判って苦笑していた。軽く会話をした後、テントを後にするルーク。外に出ると、アイゼルが待っていた。
「ガーネットから報告があった。メディウサは魔人界へ戻ったらしい。結果として、奴はメディウサをゼスから撤退させる事に成功した。大金星だ」
メディウサは使徒アレフガルドの宣言通り、火傷の治療の為に魔人界へと撤退したとの事。こちらもサイアスとウスピラが重症となり、大幅な戦力低下とはなったが、それ以上に意義のある大金星であった。これで持ち場を離れたサイアスの責任問題論は取り下げられるだろう。
だが、戦いが長引けばいずれメディウサは戦場に戻って来る。難民たちの避難を終え、彼らを守りながら戦わなくてよくなった今、早々に反撃に出て決着をつけるべきだと提案するアイゼル。ルークもそれに頷き、ウルザたちと今後の事を話すべくパーティー会場へと足を運ぶのであった。パーティーへ参加しているのは要人だけであり、アイゼルの協力を知っている者が殆どであるため、アイゼルもパーティーに参加して問題ないのだが、アイゼルはどこか浮かない顔であった。
「あー! アイゼル! 何よ、ジル退治の時協力したからって罪がチャラになったと思わないでよ!」
「慰謝料! それ慰謝料!」
「がはははは! 慰謝料に三姉妹抱かせろ!」
「(凄いな、こいつらは……いや、このくらいの豪胆さがないと駄目という事か……)」
「だからリーザス女王と顔を合わせるのは嫌だったんだ」
「成程」
リアとロゼとランスからこれでもかと煽られるアイゼルと、その光景を見て上に立つ者は案外あんなものなのかと自身の理想と現実を修正するエリザベス。ネルソンは未だ元に戻らない。それを支えるためにも、自分も今のままではいけないと考えを改めていた。
「サーナキアさん。これを」
「これは……兵法書?」
一方、ウスピラの見舞いに来ていたサーナキアはウスピラから兵法書を手渡されていた。ナターシャを見殺しにし、前衛でありながら魔法使いのウスピラを守れず、自分だけのうのうと生き残った事を悔いていたサーナキアに対し、ウスピラは自身もかつて他の四将軍に比べて実力が劣っている事を嘆いた過去を打ち明けた。この兵法書は、その時に軍の統率方法を学んだものだという。壁にぶつかったのであれば、必死にその壁を越えようとするのも良いが、他の道を探すのも決して逃げではなく、回りまわって必ず自分の力になる。ウスピラはそう説き、サーナキアを逆に励ましていた
「貴女の言葉には、人を鼓舞する力がある。人の上に立てる人間よ。なら、自分だけでなんとかしようとするんじゃなく、仲間を頼って」
「ウスピラ……」
「私も、このまま終わるつもりはない。必ず復帰してみせる……」
ウスピラは無くなった左足を触るようにしながら、必ず前線に復帰してみせるという決意を固めるのであった。
「ぐがー! ぐがー!」
「わ、私……何しちゃったのよー!」
一夜明け、酔っぱらったマジックが裸のランスの隣で目を醒まし絶叫する。実際にはランスはリアと情事に及んでおり、マジックは酔っぱらってベッドに乱入したあげく特になにもせずに横で寝ていただけなのだが、マジックはランスと関係を持ってしまったと完全に勘違いしてしまった。その結果、マジックはもう貴方とは結ばれる資格が無いと言い、アレックスと別れてしまうのであった。
そんな一騒動の後、状況は動く。ガンジーが現状の打開策を出したのだ。司令部にリア、ウルザ、エリザベス、ルーク、ランスなど各チームのリーダーやその側近が集結する。その打開策は、マジノラインを再稼働させるというものであった。少し前にランスが発見した、今は使われていないマナバッテリーをガンジーとアニスの魔力で動かせば、マジノラインを再稼働させるだけの魔力が補えるという。マジノラインさえ復旧すれば、魔物たちをゼスから追いやれる確率は80%以上であると千鶴子と真知子が計算を出していた。
だが、マナバッテリーの下へたどり着くには地下の横断回廊を越えて魔物の本陣近くへと乗り込む必要がある。地下の横断回廊とは、ゼスの地下迷宮に存在する転異空間を繋ぐことで各地へ素早く移動する事を可能としたシステムである。迷宮を通るため、モンスターは出現するし、下手すれば魔人と戦う事もあるだろう。危険極まりない作戦に同行してくれる者を募るガンジー。だが、その報酬が最も活躍した者を次のゼス王にするというものだと聞き、目の色が変わる者たちがいた。ウルザやサーナキアのように報酬など関係なく協力する者もいれば、パットンやリアやエリザベスのようにゼス王の報酬に魅力を感じて賛同する者たち。各自思惑はあれど、こうして大規模作戦が決まる。
「ルーク殿、お久しぶりです」
「厄介事の場にルーク様とランス様の影あり、ですわね」
「リック、チルディ! 久しぶりだな、頼りにしている」
ゼス王の報酬を狙うリアは、リーザス最強剣士のリックと、先の戦いで魔人との戦闘経験もあるチルディを選抜部隊に投入していた。再会を喜ぶ一同。これから迎える激闘を前に、頼れる戦力の補充となった。
サイアスとウスピラは怪我の影響で不参加であったが、サイアスは必ず後から追いかけるとの事。カバッハーンとエムサは遊撃にあたり、ガンジーの護衛にはマジックとアレックスとキューティが参加する事となった。
アイスフレームからは元グリーン隊と元ブラック隊の全メンバーが参加。ペンタゴンからはエリザベスが参加する。また、以前にランスによって保護されたカロリアとエミも参加するとの事。
「ルークさん、少しお話が……」
「香澄。どうした、珍しいな」
遠距離砲撃をするために、カスタムからチューリップ2号と職員を呼び寄せていたマリアであったが、ランスの鶴の一声により彼女たちも急遽選抜部隊の後をついていく事となった。遠方からの砲撃ではなく、最前線からの砲撃の方が良いというランスの判断である。その際、カスタムから援軍にやってきた香澄がルークにある情報を伝えるのであった。
「大変です、千鶴子様! 魔人ジークと魔人ガルティアが参加していると思われる集団が近づいております!」
「ウルザ様。南部にあるサクラ&パスタという店の周囲を魔物が取り囲んでいるのに、何もしないというおかしな現象が起こっているとの事。中に取り残されている人もいるようで、何かが起こっているのかもしれないという報告が……」
出発直前、二つの報告が本部に届く。前者は明らかに危険な報告、後者は気になる報告であった。魔人二人ともなれば、戦える者は限られる。アイゼルが宝石三姉妹を引き連れ、ジークとガルティアがいるというその部隊の牽制にあたると志願し、司令部を飛び出していった。
後者については無視すべきという意見も出たが、取り残されている人の中にゼス美少女コンテストの最終エントリー者の一人、サクラ&パスタの総料理長マルチナ・カレーもいると知り、ランスはなんとしても助け出せと命じる。店を取り囲んでいる魔物の数も異様に少ないという事で、リックが少数の兵を引き連れ偵察と様子見にあたる事となった。ゼス王を目指しているリアはリックの離脱に文句を言ったが、この働きもちゃんと加算するとガンジーに言われ、渋々納得をする。また、アゲハレーダーが救助者の発見に役立つと言い、カロリアもリックに同行する事となり、ルークたちとは別の地下迷宮を通ってゼス南部を目指す。彼らを見送った後、ルークたちも地下迷宮へと入る。まず向かうのは、煙のする地下水路。
ルークたちは知らなかった。先の戦いで魔軍に甚大な被害を出してしまった魔人サイゼルが、カミーラから命じられて煙のする地下水路に謹慎されている事を。魔人との死闘は目前に迫っていた。その鍵を握るのは、魔剣カオスの使い手であるランス。
しかし、一方で予想だにしない死闘もまた目前に迫っていた。
「ガルティア……? 違う、これは!」
「本当に、どうして貴女の変装は人間たちを騙せるのでしょうね」
「ジーク様! これは変身です!」
敵の本隊の前に辿り着いたアイゼルが見たのは、魔人ジーク本人と、ガルティアに変装した使徒オーロラの姿であった。では魔人ガルティアはどこへいるというのか。アイゼルの頬を冷や汗が伝う。
「これは確かに異様な光景ですね」
サクラ&パスタの前に辿り着いたリックとカロリアが見たのは、確かに異様な光景であった。魔物たちが建物を破壊するでもなく、ただただ周囲を取り囲んでいる。まるで誰かを待っているかのように。聞いていた裏口から侵入し、マルチナのいる場所へと辿り着く二人。そこには、外の風景に勝るとも劣らない異様な光景が広がっていた。がつがつと大量の飯を食う男性客が一人。フードを被っており、その顔はよく見えない。物凄いペースで食事が消化され、料理長のマルチナが作った料理が際限なく運ばれてくる。
大量の料理を作り続けへとへとになっているマルチナであったが、どこか達成感すら覚えていた。この戦火の中で突如現れた男は飯を大量に食らうが、決して無駄に食べているだけではない。こちらが工夫した味付け、工程、その全てを見抜き、その上で心から食事を楽しんでいた。口だけ達者で何も判っていない食通たちとは違う。大きな店の料理長になったが、本来マルチナが相手にしたかった客はこのような心から食事を楽しんでくれる客であり、それこそ町の食堂のような客の顔の見える店で十分であったのだと、料理人としての原点を思い出し、厨房から出てきてその男に礼を言う。何の礼を受けたのか判っていない様子のその男はカラカラと笑い、次の料理を持ってきてくれと笑顔で返してくる。その小気味の良い笑顔にマルチナも思わず笑顔になる。
「同胞の気配じゃ」
「……おっと、どうやらお客さんが来ちまったか。まだまだあんたの飯を食っていたかったんだが、会っちまったからにゃあやらなきゃな」
カロリアのムシであるじいさまがそう言うと、その男もリックとカロリアに気がついたのか、スッと椅子から立ち上がりフードを脱ぐ。その男は、ムシ使いであった。カロリアが驚くが、リックもまた別の理由で目を見開いていた。容姿、風貌、その全てがルークから伝え聞いていたものと合致していたからだ。情報では、魔人ジークと行動を共にしていたはず。その魔人が、何故ここにいるのか。
「魔人……ガルティア……!?」
「おう、当たりだ。とりあえず外でやろうぜ。この店は壊したくねぇ」
6-16 悪魔と死神
外に出たリックとガルティアは、周囲をモンスターと兵たちが取り囲む中で対峙していた。ガルティアの指示でモンスターは手を出す様子がなく、またリックが引き連れてきた兵たちも手を出さないようリックから指示を受け、モンスターたちとは反対側でその様子を見守る。カロリアとマルチナも、その兵たちに守られるように戦いの様子を見守っていた。
「別に大勢で掛かってきてもいいぜ。ほら、俺は一人だけど一人じゃねーからよ」
「いえ、ここは自分一人でやらせて頂きます」
「まあ、この場で俺と戦えるのはあんたくらいみたいだし、そうなるか」
体の中からわさわさと小型のムシを出してそう提案するガルティアであったが、リックはその提案を断る。今この場でガルティアと戦えるのは自分のみ。他の者を巻き込めば無駄に被害を拡大するだけ。そういったリックの判断であった。いや、それもおこがましい事であるのはリックも判っている。魔剣カオスも無く、ルークやアイゼルもいない現状では、出来て時間稼ぎが精一杯。それでもなお、リックはガルティアとの一騎打ちに応じた。
「伸びろ、バイ・ロード!」
「よっと!」
無数の剣戟が吹き荒れる。リックの高速剣に対し、無敵結界で阻むような無粋な真似をガルティアはしない。振るわれる剣を手に持った長剣で全て受け、あまつさえ反撃も仕掛けてくる。だがリックも、ガルティアの剣を全て捌ききる。一本足という独特なフォームから、ばねのような足で飛び跳ねて繰り出されるガルティアの剣は、まるで野生児の如き様相であり、どこか戦闘を楽しんでいるように見えた。対するリックも、この絶望的な状況の中、それでも戦闘を楽しむ事を止められず自然と笑みを浮かべていた。どちらも紛れもない戦闘馬鹿である。
「ガルティア様とこれ程戦えるなんて……何者だ、あの人間は!」
「あの魔人は無敵結界を使わずとも、リック将軍と互角の剣を持つというのか……」
周囲の者たちは互いに相手の強さに絶句する。繰り返される剣舞の中、ガルティアの腹の穴から羽を持った小型のムシが出てきて、リックに一斉に飛んでいく。しかし、そのムシの牙がリックの体に突き立てられるよりも早く、赤い閃光が宙を走りムシ達を一刀両断した。そしてその剣は、遂にガルティアにも届く。
「バイ・ラ・ウェイ!」
「おおっ! やるじゃねえか!!」
だが、ガルティアの頭部に確かに当たったその一撃は無敵結界によって阻まれ、ガルティアは無傷。いくらガルティアが無敵結界に頼らない戦闘方法で応じてくれているとはいえ、結界は確かにそこにある。リックの攻撃は決して届く事はなく、徐々に押され始める。だが、諦める訳にはいかない。臨戦態勢に入っている魔人から逃げるのは難しいが、既にこの場に魔人がいた事は部下が連絡済み。なんとか時間を稼ぎ、援軍を待つ。それがリックに出来る精一杯。しかし、ルークとランスは既に迷宮を進んでおり、情報が伝えられるのは大分先。アイゼルもジークと戦っている。援軍の到着は絶望的と言える状況であった。
「見つけた! カロリアー!!」
突如子供の叫び声が響き、リックとガルティアがそちらの方向を見る。そこに立っていたのは、剣を持った男の子と漆黒の魔女であった。その男の子の顔にどこか既視感を覚えるリック。ランスによく似ているのだ。そこでリックは気が付く。あれが噂に聞いていたランスとフェリスの息子、ダークランスである事に。
カロリアを捜してゼス中を走り回っていたダークランスは、ミラクルの協力もあり遂にカロリアを発見するに至った。目の前の状況を上手く理解出来ていないダークランスであったが、ミラクルの助言でなんとなくガルティアが敵であると判断し、リックと戦っているところに乱入して斬りかかる。突然の乱入であったため反応が遅れ、ガルティアの体をダークランスの剣が切り裂く。すると、皮膚が切れ、血が噴き出した。
「おおっ! マジか!?」
「(なにっ!?)」
驚くガルティアとリック。ダークランスの剣は無敵結界をものともせず、ガルティアの体を傷つけたのだ。ただただ驚くガルティアに対し、リックはある考えに至る。
「(そうか! 悪魔は無敵結界を破る事が出来る。彼は人間と悪魔のハーフ。悪魔の特性が働き、魔人にダメージを通す事が出来るのか!)」
そのままガルティアに攻撃を繰り出すダークランスであったが、腹の中から出てきた小型のムシにまとわりつかれ、思うように剣が振るえない。そのムシを、赤い閃光が一閃した。リックがバイ・ロードを振るったのだ。そのまま流れるようにガルティアから間合いを取るリックとダークランス。
「ダークランス君……で合っているかな?」
「なんだお前?」
「自分はリーザス赤の将、リック・アディスン。君の事は聞いています」
名乗られた名前に聞き覚えがあったダークランスは即座に反応をする。
「リック! 知ってる! あんた、めちゃくちゃ強いんだろ? あいつになら背中を預けられる、仲間の中でも特に信頼している男だって、とーちゃんが言ってた!」
ここで一つの勘違いが生まれる。ダークランスの言うとーちゃんとは当然ルークの事なのだが、ルークとダークランスの関係性を知らないリックは、その言葉を言ったのがランスであると勘違いをする。あのランスが自分の事をそこまで信用してくれていたのかと感動に打ち震えるリック。そこに、ガルティアの羽虫が迫る。一対一はルークと嫌という程訓練してきたが、このように大量の小型の相手との対戦は慣れておらず、ダークランスはこういった相手との対戦を苦手としていた。しかし、先程と同じように赤い閃光が走り、ムシを両断する。それを行ったリックを見上げるダークランス。
「あそこにいるのは、魔人。自分ではあの魔人に傷一つ付ける事が出来ません。この場であの魔人を倒す事が出来るのは、ダークランス殿、貴方だけです」
「お前……」
「魔人を斬る事が出来ない自分でも、貴方の邪魔となるムシを片付ける事ならば出来ます」
言いたい事は判るなとダークランスを見るリック。その言葉に先に反応したのは、ダークランスと共に行動をしていたミラクルであった。椅子に座ったままリックたちに近づき、口を開く。
「ブラックプリンス。ムシの掃除ならば余も手伝ってやろう」
「だからその呼び名はなんかしっくりこねーって」
「ふはははは! 我儘な奴だ。だが、あの魔人を倒さねば貴様の捜し人も危険なままだぞ」
「貴女は……?」
カロリアの事を持ち出され、ダークランスは自然と剣を握る手に力が入る。無事で良かったが、相手が魔人であるならば確かに今は危険な状況だ。リックはダークランスと行動を共にしていた尊大な態度の女性に問いかける。骸骨の持つ玉座に腰かけているため、長身であるリックが少しだけ見上げる形となっていた。
「赤い死神か。余は稀代の大魔女、ミラクル・トー。今は特に覚えずとも良い。放っておいても数年以内にこの名は大陸中に知れ渡るからな」
「はぁ……協力、感謝します」
「(ふむ……余の見立てではもっと弱い男だと思っていたが、噂というのは当てにならんな。思っていたよりも強い心を持っている。あるいは、誰かとの出会いがこの男を強くしたか?)」
リックを観察するように眺めるミラクル。彼女はリックを心の弱い男だと評価していた。しかし、目の前の赤い死神は確かに優男風の雰囲気ではあるが、ミラクルが想像していたよりも心に芯が通っていそうな立ち居振る舞いをしていた。数多の激戦、ルークとの出会いや模擬戦を経て、リックは体だけでなく心も成長していたのだ。世界の王となった時に集める予定である騎士たち、トゥエルヴナイトに加える程ではないが、これならば門番が関の山という評価を改めてもいいなと考えるミラクル。
「で、話は纏まったか? さっきも言ったが、俺は別に全員相手でもいーぜ」
伸びをしながらこちらに声を掛けてくるガルティア。暢気なように見えるが、その眼光は鋭い。この男もまた、戦士として一本芯が通っている。一度だけカロリアをチラリと見た後、ダークランスは剣を構えてガルティアを見据えながら、後ろに立つ二人に向かって言葉を掛ける。
「リック、ミラクル。足を引っ張るんじゃねーぞ!」
「努力しましょう」
「ふはははは! よい、よい。大口を叩くのも子供の特権だ」
悪魔、死神、魔女の三人が手を取り、魔人へと挑む。