第20話 炎の色男
LP0001 11月
-ゼス サバサバ-
ゼス北部に位置し、キナニ砂漠に面した都市、サバサバ。その位置関係からゼスの田舎とも呼ばれているが、町を歩いていた一人の男が呟く。
「これで田舎なら、アイスは何世代も前の町だな……」
そう呟いたのはルーク。立ち並ぶ様々な店の数、洋服屋だけでここまで何件見たことか。飲食店も多い。小さな町では酒場しか食事場所がないところもあるというのに。ふう、とため息をつきながら、待ち合わせ場所であるオープンカフェを目指す。
「あれか?」
ルークはとある人物と会うためこの町にやって来たのだ。約束の場所と思われるカフェが見えてくると、外に置いてあるテーブル席から赤い髪の男が手を振ってくる。
「おう、ここだ、ここだ!」
「待たせちまったかな?」
「なーに、俺も今来たところさ。しかし、こういうセリフは女の子だけに使いたいもんなんだがね」
「相変わらずだな、サイアス」
軽口を叩き合いながら席に着くルーク。目の前の男の名前は、サイアス・クラウン。ゼスの軍に所属する魔法使いであり、ルークとはもう10年以上の付き合いになる男だ。
「聞いたぞ、四将軍に抜擢されたんだってな。兵になってからたった一年でそこまでいくとはな……」
「国王が変わってから実力主義になってきているからな。ま、俺の実力なら当然の抜擢ってとこだ」
一月前、サイアスは炎の魔法団団長に抜擢され、四将軍となっていた。四将軍とはゼスでも相当な地位であり、有事の際の現場指揮においてはかなりの権限を持つ事になる。これを上回るのは四天王と呼ばれる四人と、各長官勢、後は国王自身といったところか。魔法兵になってから一年で四将軍というのは、異例の出世である。サイアスが軍に入ったのは24才の時。これはかなり遅い年齢である。というのも、クラウン家はゼスでも高貴な家柄であり、わざわざ危険が伴う軍に入るのを周りがよしとせず、妨害工作をされていたのだ。国王が変わり、制度が変わってようやく軍に入ることが出来たサイアスは、その頭角をメキメキと現した。
「ふ、ただの学生だったお前がね。感慨深いものがあるよ」
「同い年なのに感慨深くなってんじゃねーよ。まあ、俺と違ってお前は老けているところがあるからな」
「……その喧嘩、買うぞ」
「気にしているのは相変わらずか。しかし、懐かしいな……」
サイアスがルークと出会ったのは今から12年前。ルークは一端の冒険者としてそれなりの経験を既に積んでおり、サイアスはまだ学生であった。
GI1004
-ゼス 魔法学園-
「サイアス君、聞きましたか? 学校に冒険者たちがやってきているって話」
「ああ、あれは今日だったのか」
「戦士二人と魔法使い三人だってさ。戦士なんて雇う必要無いのにね」
廊下を歩いていたサイアスにクラスメイトが声を掛けてくる。どちらも良いところのお坊ちゃんで、家柄の良いサイアスと仲良くしようと近寄ってくるのだ。そういった態度に辟易としてはいたが、態度には出さず適当に付き合うサイアス。話題に上がったのは、少し前から学園の問題になっていた事柄。学園の側に金とりが巣を作ってしまい、困っているというものだ。
「なんでわざわざ冒険者なんかに頼むんでしょうね。国の方から優秀な魔法使いを派遣してくれれば良いのに」
「先生たちだっているのにね」
「国の方から直々に、巣の除去は学園側の費用で賄えというお達しがあったらしい。先生たちは……まあ、自信がないんだろう?」
「まさかー。優秀な先生たちがモンスター如きに負ける訳がないじゃないか」
サイアスの言葉を冗談と受け取ったのか、ケラケラと笑う学友。だが、サイアスは内心ため息をついていた。サイアスが通っている学校は確かに家柄の良い者が多いが、その分魔法の才能が低い者も多い。それは、教師も同様であった。まだ両親に打ち明けていないが、将来軍に入りたいと思っているサイアスにとって、この学園はハズレでしかなかった。と、後ろから老教師が声を掛けてくる。
「これ。もうすぐ授業が始まるぞ。さっさと教室に戻らんか」
「あっ、雷帝様! すいません」
緑色のローブを身に纏った老魔法使い。彼は臨時講師として週に一度特別に招かれている人物で、『雷帝』という異名を持つゼス国内でも屈指の実力者、カバッハーン・ザ・ライトニング。サイアスがこの学園に入って良かったと思っている事が二つある。一つは美人の女生徒が多いこと、もう一つはこの雷帝と出会えたことだ。週に一度しか受けられないが、この人物からの教えは非常にためになる。と、カバッハーンの後ろに五名の人物が立っている事に気がつく。
「雷帝様。そちらの方々は?」
「モンスターの巣を除去しに来て下さった冒険者の方々じゃ。まあ、こやつは冒険者ではなく、ワシの知り合いじゃがな」
後ろに立っていた五名の内、白髪で強面の剣士を示すカバッハーン。他に三人いる魔法使いではなく、戦士であるこの男とどういった関係であるというのか。と、紹介された男がぶすっとした態度で口を開く。
「わざわざ俺を呼ばずとも、雷帝自ら出向けば十分でしょうに……」
「ああ、新婚じゃったか? そりゃスマン事をしたな。だが、ワシ自ら出る事は学園側から止められておるのじゃよ。万が一の事があった場合、責任問題になる事が嫌なんじゃろうな」
「ふっ、万が一ねぇ……雷帝の万が一は見てみたいものがありますな」
「かっかっか! で、冒険者に頼む事になったのじゃが、もし弱い連中ばかり集まってしまったら巣の除去に失敗してしまうじゃろ? そこで、万が一の保険にお主を呼んだのじゃよ」
カバッハーンの言葉に、他の四人がムッとした態度を取る。冒険者などという仕事をしているのだ、それぞれ自分の力にある程度の自信はあるのだろう。サイアスがその四人を見回す。いかにもな魔法使いが三人。だが、正直あまり強そうではない。この学園にいる教師たちと同じくらいの実力といったところか。サイアスが気になっていたのは、最後の一人である黒髪の戦士。歳の頃は自分たちと同じくらいであろう。それなのに、この男は既に冒険者として働いているのだ。自然と気になってしまう。
「(戦士二人は頼りなさそうだが、魔法使いは使えそうだな)」
「(でも、あちらの戦士は雷帝のお知り合いですよ。となると、この場で最も使えないのはあっちの戦士では? まだ若いですし)」
後ろではヒソヒソと学友が話している。魔法使い絶対主義、その思想に完全に染まった内容だ。だが、サイアスは違う。小さな頃から念仏の様に唱えられているこの思想に対し、疑念を抱いていたのだ。そのとき、黒髪の戦士と目が合う。あちらが軽く礼をしてきたため、良い切っ掛けだとサイアスが話しかけようとした瞬間、校舎の外から爆音が聞こえてくる。
「なんじゃ!?」
「た、大変です、雷帝様! 例のモンスターたちが一斉に襲撃を……」
「なっ……!?」
慌てて廊下を駆けてきた教師の言葉に絶句する生徒たち。その報告を聞いたカバッハーンはすぐに教師に指示を出す。
「数は!?」
「ひゃ、百体以上は確実かと……」
「むぅ、流石に多いの。生徒は避難。教師は生徒たちに付き添う者以外は退治に当たるのじゃ!」
「そ、その教師の選定はどうすれば……?」
「自分たちで考えんか!」
「は、はい! ほら、お前たち、行くぞ」
カバッハーンに怒鳴られ、教師はサイアスたちを連れて廊下を駆けていく。残ったのはカバッハーンと五人の冒険者たち。窓の外から外を見ると、夥しい数の金とりが見える。魔法使いの一人が怯えた声を出す。
「あ、あんな数だなんて聞いてねぇよ……それに、巣から出てくるなんて……」
「襲撃されるというのを野性の本能で感じ取ったのですかね?」
「だろうな。良い勘だ、坊主」
「ルークです。坊主呼ばわりは止めていただきたいですね、おじさん」
「くくく、若者扱いされている内が花だぞ。因みに、多分お前が考えているよりも十歳くらいは若いぞ、俺は」
「ワシから見たらどっちも坊主じゃよ。ほら、行くぞ!」
そう言ってカバッハーンが窓から飛び降りる。知り合いである白髪の男以外が目を見開くが、カバッハーンは空中で雷の魔法を出し、それを巧みに足の下に出し続けて足場を作って行く。まるで空中を歩いているような姿に白髪の男が呆れた声を漏らす。
「あんな事が出来るのは、あのご老体だけだな。俺たちは階段で行くぞ!」
体育館には、学園中の生徒が集まっていた。この場所に避難してきたのだ。普段は魔法使いである事を鼻に掛けている者たちが、怯えた様子で震えている。ここに避難してくる間に、モンスターの姿を直に見たのだろう。魔法の練習などで倒してきた低級モンスターとは違う、人を殺せるだけの力を持ったモンスターの姿は、若い学生たちを怯えさせるには十分であった。そのとき、体育館の扉が勢いよく開け放たれる。そこに立っていたのは、学園の教師。
「さ、先の実習でA判定を取った生徒は立ち上がれ! モンスター退治に協力するんだ!」
「えっ!? さ、さっき雷帝様は冒険者と教師だけで倒すって……」
「じ、事情が変わったんだ! いいから来い!」
サイアスと一緒にいたクラスメイトの一人が焦りながら教師に問いかける。この生徒は先の実習でA判定を取ってしまっているため、このままでは戦場に駆り出される事になるから必死なのだ。だが、教師はこれを一喝。実はこれは雷帝の指示ではない。戦場に出ることを嫌がった教師たちは、生徒たちを大勢連れて行くことで自分たちの危険を少しでも減らそうとしたのだ。いわば、弾避けである。
「腐っているのはどこも同じか……」
スッと立ち上がりながら独りごちるサイアス。親戚の叔父を始め、こういった輩は今まで嫌になるほど見てきた。教師の真意にいち早く気が付きはしたものの、逆らう事も出来ないため素直に従うことにする。こうして、生徒たちは教師に連れられて校庭へと連れ出された。そこは、戦場。目の前ではいつも自分の実力を誇っていた教師が無様に逃げ回っている。
「うわぁぁぁ! 来るなぁぁぁぁ!!」
「ほ、炎の矢! だ、駄目だ、倒せない……」
遠くではカバッハーンが大量の金とりを打ち倒しているのが見えるが、敵の数が多すぎる。先程出会った魔法使い冒険者が炎の矢を放っているが、威力が低すぎて効いていない。サイアスは思う、あれならば自分の方がまだマシに戦えると。だが、ふと自分の足が震えている事に気がつく。びびっているのは、周りの生徒たちだけではない。
「た、助けてくれぇぇぇぇ」
「真空斬!」
金とりの爪に斬り裂かれそうになった魔法使いが悲鳴を上げると、その金とりの腕が両断されて宙を舞う。それを行ったのは、先程気になっていた同じくらいの歳である黒髪の冒険者。
「大丈夫か? これ以上無理なら下がっていろ!」
「す、すまない……」
「気にするな。はぁぁぁ!!」
咆哮しながら金とりへと突っ込んでいくルーク。その姿を見たサイアスは拳を握る。
「俺と同じくらいの歳であそこまで戦うとはな。ふっ、負けたくはない、かな」
気が付けば震えが止まっている。恐怖よりも何よりも、自分があの男と同じように戦えるのかということが気になって仕方が無い。試してみたい。そう思ったサイアスは、未だ動く事が出来ないでいる生徒たちの話から一歩踏み出した。
「ふんっ、やはりお前が残ったか」
「真空斬! まるで判っていたかのような口調だな」
「判るさ。こう見えても道場ではかなり上の立場でな。若い奴の力を見抜くのには長けているつもりだ」
白髪の男と背中合わせに会話するルーク。結局、先の魔法使い三人は既に全員リタイアしていた。教師たちも頼りなく、まともに戦えているのはカバッハーン、ルーク、白髪の男の三人だけだ。
「というと、アンタのお眼鏡に適っていたって事で良いのかな?」
「ああ。それと、もう一人……」
白髪の男がそういった瞬間、ルークの目の前を炎のレーザーが飛んでいき、少し離れた位置にいた金とりを消し炭にした。魔法が飛んできた方向に視線を向けると、そこに立っていたのは先程会った赤い髪の色男。
「援護する! ファイヤーレーザー!!」
「真空斬! 感謝する、だがあまり前に出すぎるな」
「それはお主もじゃ、坊主。雷撃!」
いつの間にかこちらにやってきていたカバッハーンが逸る二人を諫めながら金とりに魔法を放つ。白髪の男がチラリと奥の方を見ると、カバッハーンが担当していた金とりたちはとっくに全滅していた。
「流石は雷帝」
「お主もやる気を出さんか!」
「あまり大勢の前で使うのは気が引けるのですがね……それに、生徒たちには刺激が……」
「良いからやらんか!」
「仕方ありませんな」
カバッハーンにギロリと睨まれ、白髪の男が両手に握っていた二本の剣をしっかりと握り直す。瞬間、ルークとサイアスに震えが走る。目の前の男の雰囲気が変わったのだ。
「瑞原・刃の剣!!」
白髪の男がそう叫び、金とりたちに突っ込みながら二刀を左右に振るう。その剣に触れた金とりたちは、その体を一瞬の内に斬り刻まれていく。複数のパーツに両断されていくその様は、先程白髪の男が言っていたように確かに生徒に見せるにはグロテスクな光景だ。みるみる内に数を減らしていく金とりを見て、戦闘の終わりを確信するルークたち。後は白髪の男が全て片付けるだろう。
「これは、坊主呼ばわりも仕方ないか……」
ルークが感嘆する。今の自分では、目の前で金とりたちを両断していくこの男には勝てない。だが、いずれはこの男の実力を越えてみせる。そう拳を強く握りしめていると、隣に立っていたサイアスがルークに話しかけてくる。
「サイアス・クラウン。いずれゼス最強と呼ばれるつもりの魔法使いだ」
「んっ……?」
見ればサイアスが右手を差し出してきていた。それを見たルークは静かに微笑み、その手を握り返す。
「ルーク・グラント。冒険者だ。いずれこの名前は大陸中に知れ渡る」
「ふっ……」
「ははは……」
笑いあう二人を遠目に見ながら、カバッハーンと金とりを全滅させて戻ってきた白髪の男が静かに微笑む。
「若いのぅ。ビルナス、お主はどう思う?」
「どちらも光るものがありますな。呼んで貰えて良かった。こんな面白い二人と出会えるとは……」
「くっくっく。お主の人を見る目は本物じゃからの」
こうして、ルークとサイアスは友人関係となった。有事があれば互いに協力し合い、サイアスに雇われて共に冒険したことも何度かあった。互いに認め合い、高め合う。そんな関係であった。
LP0001
-ゼス サバサバ-
「恥ずいな……」
昔を思い出していたルークが頭を抱える。その正面ではサイアスも同じようにげんなりとした顔をしていた。
「この間雷帝に会った際、聞かれたよ。ゼス最強にはいつなるんじゃ、ってな」
「最悪だな……」
「お前も次に会う際は覚悟しておけよ」
昔を懐かしんでいるはずが、いつの間にかげんなりとしている二人。互いの若い頃の不用意な発言を呪っていると、女性店員がこちらにやってくる。
「ご注文のぴんくうにゅーん、お待たせしました」
「お、ありがとう」
サイアスが事前に注文していた飲み物を女性店員が持ってきたのだ。それを受け取るサイアスだったが、ルークはキンキンに冷えたその飲み物を見て更にげんなりとする。
「この寒い中、そんなにキンキンに冷やしたのを飲むのか?」
「いいんだよ。普段から炎ばっかり使っているから、体を冷やさないとな」
「…………」
「……ルーク、お前は何を飲む?」
「そうだな、エスプレッソのダブルで」
「…………」
無言で立ち尽くす女性店員。それをチラリと一瞥し、サイアスがルークに注文を聞いてくる。それに答えたルークだったが、尚も女性店員はその場に無言で立ち尽くしたまま。
「だとさ。持ってきてくれるか」
「かしこまりました」
サイアスの言葉に笑顔で頷き、奥へと下がっていく店員。その背中を冷ややかな目で見送りながら、サイアスが軽く詫びを入れてくる。
「悪いな」
「なに、もう慣れたさ。だが、この国は相変わらずか?」
「まあな。3年前、新国王にガンジー様が即位してから色々と変わっては来ているが、膿がでかすぎる」
これこそがゼスに古くから蔓延る思想、魔法使い絶対主義。魔法使いにあらずば人にあらずという考えで、魔法を使えない者は2級市民とされ奴隷のような扱いを受けることになる。今の店員も、冒険者風の格好であるルークを魔法使いではないと判断し、まともに接客してきてくれなかったのだ。客商売であるはずの飲食店でこうなのだから、その根は深い。
「膿か……親戚もそうだっけか?」
「金融長官のズルキな。判りやすい膿だ。だが、でかすぎて取り除けない」
「難儀なもんだな。それにしても、サバサバがゼスの田舎ってのは誰が呼び出したんだ?」
軽く辺りを見回しながらルークが問いかけると、サイアスは肩をすくめながらそれに答える。
「田舎さ。呼び出した奴らが言うところの、ゼスの都市の中ではな」
「なるほど、そういうことか」
ゼスには2級市民の暮らす町も多くある。数だけで言えば、魔法使いたちが暮らす町よりも多いだろう。だが、それを町として認めていない連中が多いのも事実。サバサバを田舎と言い出した連中は、そういった者たちなのだろう。確かに魔法使いが暮らす町だけで考えれば、サバサバは下の方の町に位置するのだから。
「それで、俺を呼び出したのはどういった要件だ?」
鬱屈とした空気を変えるべく、サイアスが本題に入る。ルークからこうして直接呼び出されるのは久しぶりの事なのだ。
「二つほど頼みがあってな。先に小さい方から片付けるか。写真家を一人紹介するから、実力を見て貰えるよう便宜を図って貰いたい」
「珍しいな、そんな頼み事をしてくるなんて」
グラスから口を離し、驚いた様な表情を作るサイアス。名門貴族、ゼスの軍人。そういったサイアスの権力をこれまでルークが頼ってきた事は無い。だからこそ、サイアスもルークと長く付き合っているのだ。
「なに、実力が伴わなければ仕事を回す必要はない。あくまで機会を与えて欲しいんだ」
「了解、そのくらいならおやすいご用だ。名前は?」
「ペペ・ウィジーマ。これが連絡先だ」
「女か!? なんだ、なんだ? 遂にお前にも春が来たのか?」
大げさに身を乗り出してくるサイアス。堅物と思っていた友人の春の到来を驚いているようだったが、ルークはそれを片手で制す。
「違う、違う。最近受けた仕事で知り合っただけさ。色々あって、ゼスの知人を紹介するっていう交換条件を受けちまったんだ」
「なんだ、つまらん」
「楽しむなよ」
スッと席に座り直すサイアス。長い付き合いだ、ルークが嘘を言っていないと判断したのだろう。つまらなそうな表情で飲み物を口に含む。
「お前はもっとがっつかなきゃ駄目だ」
「お前ががっつきすぎなんだよ」
「エスプレッソ、お待たせしました」
ルークがため息をついていると、注文していたエスプレッソが持ってこられる。だが、先程サイアスの注文を持ってきた際は彼の目の前に置いていたのに、ルークの注文はテーブルの端に無機質な動作で置き、女性店員はそのままさっさと立ち去ってしまう。ランスであれば大暴れして女性店員を犯してしまいそうな仕打ちだが、ゼスに来るたびにこういった仕打ちを受け気味なので、ルークはもう慣れたものだ。エスプレッソを目の前に寄せ、一口飲んだところでサイアスが口を開く。
「で、二つ目の要件は?」
「人を捜している。名前はラガール。中年の男魔法使いだ」
「ラガール……二年前に四天王に就任した奴と名前が一緒だな」
「本当か!?」
ルークが目を見開いて驚く。と、今度はサイアスがルークを制するように片手を前に出す。
「だが、そいつは中年の男じゃない。若い女だ。名前は、ナギ・ス・ラガール」
「そいつに近親者はいるか?」
「さあな。いないってことはないだろうが、そもそもナギ自身ほとんど公の場に姿を現さないからな。お陰で口説けやしない」
軽口を叩くサイアスだったが、ルークは真剣な表情のまま顎に手を当てブツブツと呟きながら思案する。
「……相手は四天王。先走りすぎるのも危険か? もし人違いなら、取り返しがつかんしな……」
「訳ありか? 必要ならば情報を集めるが?」
サイアスの目が若干真剣味を増す。普段の軽い印象とは違う、真面目な表情。ルークの様子から、ペペの件とは違ってこちらはかなり重要な頼み事だと察したらしい。流石は四将軍と言ったところか、その肩書きは伊達ではない。
「こちらとしてはありがたいが、ばれたらお前も危ないんじゃないのか?」
「なに、危なくなっても安全な逃げ道がある。俺にしか出来ない手段だがな」
「お前にしか……?」
「ナギ様を口説こうと思い、色々と調べていました。こう言えば、全員納得してくれるさ」
「なるほど、確かにお前にしか使えん手段だ」
ルークが苦笑する。全員納得するという事は、サイアスのプレイボーイぶりはゼスのお偉いさんの間でも有名ということなのだろう。
「だが、さっきも言ったように中々公の場に出てこない相手なんでな。時間は掛かると思うぞ」
「いや、どれだけ時間が掛かっても構わない。手がかりもない状況だから、わずかな情報でも欲しいんだ。スマン、恩に着る」
「なに、良いってことよ」
ルークの礼にヒラヒラと手を振って返すサイアス。確かに危険が少ないとはいえ、危ない橋を渡ることには違いない。ルークがその事に感謝していると、サイアスはニヤリと笑みを浮かべた。
「そうだ。その代わりと言っちゃあなんだが、この後仕事を手伝ってくれないか?」
「仕事?」
「最近、キナニ砂漠に不気味な塔が突如として現れたみたいでな。その塔から新月の日に盗賊団が出てきて、近くの町から少女を攫っているらしい。その調査を四天王の千鶴子様から頼まれたんだ」
「なるほど、それで待ち合わせ場所をキナニ砂漠に近いサバサバにしたのか。なにが、そうだ、だ。最初から頼むつもりだったんじゃないか」
「流石は鋭い」
互いに向き合いながら静かな笑みを浮かべる。待ち合わせ場所はサバサバにして欲しいという連絡を受けた際には疑問に思ったが、これで合点がいった。
「いいぜ、丁度抱えていた仕事も終わったところだしな」
「話が早くて助かる」
ニヤリと笑い、残っていたぴんくうにゅーんを飲み干すサイアス。四魔女事件が無事に解決し、この後の予定も特に詰めていないため、ルークがこれを断る理由も特にない。
「だが、盗賊団なんて物騒な連中が出ているのに、ゼスの軍は動かないのか?」
「被害を受けているのが自由都市なんでな。軍を大々的に動かすと、リーザスやヘルマンなんかを刺激しちまうのさ」
「そういえば、キナニ砂漠は大昔にヘルマンとやり合った場所だものな」
先日出会ったガイアロードの事を思い出しながらそう口にするルーク。自由都市に無闇に乗り出せば、自国の領土を拡げようとしているのではと近隣諸国に勘ぐられる。対応を誤れば、それこそ戦争になりかねない。
「ゼスの決めた方針は少数精鋭での盗賊団撃破。そこで白羽の矢が上がったのが、俺って訳だ。いやぁ、優秀だとこういう時に困るな」
「ははは。まあ、望んでなった事だろう?」
「まあな。一応冒険者を何人か雇うのは許可されているんだが、あまり多くても邪魔なんでな。お前一人にしか声を掛けていない。おっと、依頼料なら安心してくれ。ゼスからちゃんと払われるからよ」
「こっちの頼みも聞いて貰ったんだし、別にいいんだがな……」
ルークの返答にサイアスがため息をつく。この男は昔からそうだ。
「相変わらずか。前から言っているが、お前は金に無頓着すぎる。いつか痛い目見るぞ」
「こればっかりは性分でな。一応心に留めておくよ」
「その言葉、聞き飽きたぞ……」
ルークの相変わらずな態度に呆れるサイアス。そんなものかね、と思いながらルークもエスプレッソを飲み干す。
「ということは、俺とお前の二人だけか?」
「馬鹿言え。人数が多くても邪魔とは言ったが、誰が好きこのんで野郎二人のパーティーを組むか。もう一人、上層部曰く有望な若手が一緒さ」
「となると、女性か?」
「ああ。ま、ガチガチな人物だがな。お、来たみたいだ」
サイアスが誰かを捜している様子の少女に向かって手を上げて合図をする。どうやらサイアスは気を利かせて、ルークとの話が終わりそうな頃合いを見計らって待ち合わせ時間をずらしていたらしい。出来る男である。手を上げているサイアスに気がついた少女がこちらに近寄ってくる。髪の色は茶。ショートヘアーで、左右を黄色いリボンで止めている。隣に二体の指揮ウォール・ガイを連れている少女は、サイアスの目の前まで来るとビシッと敬礼を決める。
「ゼス治安部隊副隊長、キューティ・バンド。ここに。お待たせしてしまって申し訳ありません、サイアス様。今回の抜擢に深く感謝すると共に、粉骨砕身……」
「堅いのはいいさ。ま、よろしく頼むよ」
長くなりそうなキューティの話を切るサイアス。サイアスにそう言われたので敬礼を解き、チラリとルークを見てくるキューティ。その視線に含まれているのは、明らかに侮蔑の感情。
「サイアス様。このような魔法使いでもない冒険者がおらずとも、私が前線もこなせますので大丈夫です!」
「なるほど、ガチガチだ」
「だろ?」
「は?」
先程のサイアスの言葉を思い出して失笑するルーク。サイアスもそれに答え、何のことだか判っていないキューティは不思議そうな表情でサイアスを見ていた。
「それじゃあ、そろそろ行くか。お姉さん、領収書を頂けるかな。宛名は王者の塔で」
「まめだな」
「サイアス様の行動は当然のことです。これだから定職と呼べるものについていない下品な冒険者は……」
後ろでぶつぶつ言っているキューティ。完全に魔法使い絶対主義思想に染まっている。あまり気にしないことにしたルークは、領収書を受け取って席を立つサイアスの後を歩きながら今回の仕事について問いを投げる。
「で、盗賊団の情報とかはあるのか?」
「名前がグリーンスコルピオンってことしか判っていない。ま、町に着いたら情報を貰える手はずになっているから、そこで聞くことにしよう」
「突如として現れた不気味な塔……やはり、魔法使いの仕業なのでしょうか?」
キューティがルークに見向きもせずサイアスに問いかける。
「さて、どうだろうな。そういえばその塔だが、町の人たちはおかしな呼び方をしているらしいぞ」
「おかしな呼び方?」
「ああ、どうも形状が人の形に似ているとかで付いた呼び名らしい。その名も……」
先を歩いていたサイアスが振り返り、ルークとキューティを見る。フッ、と少しだけ笑い、町の人たちが呼んでいる塔の通称を口にした。
「砂漠のガーディアン」
これは、後の歴史に記されていない小さな冒険。
[人物]
サイアス・クラウン
LV 34/41
技能 魔法LV2
ゼス四将軍の一人にして炎の魔法団団長。高貴な家柄であるため周りには軍に入ることを反対されたが、自らの意志で入隊。わずか一年で四将軍へと上り詰めた実力者。趣味はナンパという軽い性格ではあるが公私はきっちりとしており、目上に対する礼儀もなっているため上層部からの覚えも良い。ルークとは古い付き合いである。
カバッハーン・ザ・ライトニング
LV 40/46
技能 魔法LV2
四将軍の一人にして雷の魔法団団長。『雷帝』、『最も雷に愛された男』という呼び名でその名を世界に轟かす古強者。その実力はゼス国王ガンジーも一目置いており、豊富な実戦経験から来る戦い方はレベル以上のものを発揮する。四天王への誘いを何度も受けているが、後進育成のため四将軍にあえて留まっている。
キューティ・バンド
LV 17/28
技能 魔法LV1
ゼス治安部隊副隊長。若いながらに優秀な人材で、今回の抜擢は隊長への昇進も見越して実戦経験を積ませる意味合いが強い。幼い頃からそう教えられてきたため、ガチガチの魔法使い絶対主義思想家。攻撃魔法よりも支援魔法を得意としている。その真面目一辺倒な性格から友人、恋人はおらず、話し相手は側に控えた二体の指揮ウォール・ガイだけ。
ビルナス (ゲスト)
LV 40/70
技能 剣戦闘LV2
カバッハーンの知人である剣豪。とある道場の道場主に惚れ込んでおり、妻と共にその籍を置く。二刀流の使い手であり、その実力はルークをも唸らせるほど。名前はアリスソフト作品の「闘神都市Ⅱ」より。
[モンスター]
ウォール・ガイ
ゼス国内で魔法詠唱の間の壁として重宝される生成生物。壁としてだけでなく、雷での攻撃も可能。指揮ウォール・ガイは隊長、副隊長といった一部のものにしか与えられない名誉あるウォール・ガイである。
[技]
瑞原・刃の剣
使用者 ビルナス
瑞原道場に伝わる奥義の一つ。恐るべき威力で敵をバラバラにする剣技。他にも『風』、『烈』、『天』が存在するが、それぞれ使い手は別にいる。
[その他]
ゼス四天王
ゼス王国において国王の次に地位の高い四人のこと。国政と四天王の塔の管理が主な役割。かつては名門貴族による世襲制であったが、近年では実力主義制に改められた。
ゼス四将軍
ゼスが誇る魔法部隊、炎軍、氷軍、雷軍、光軍を束ねる四人の団長のこと。政治絡みの四天王と違い、以前より実力主義で選抜されていた。
ぴんくうにゅーん
キンキンに冷やすと最高に美味いとされる飲み物。ランスも好んで飲む一品。
エスプレッソ
世界的に飲まれているが、特にゼスのイタリア周辺でよく飲まれているコーヒー。ゼス四天王、山田千鶴子の好物でもある。