ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第21話 砂漠の町と盗賊団

 

-ジウの町-

 

 キナニ砂漠南東部に位置する町、ジウ。広大なキナニ砂漠の中でもかなり端の方に位置しており、比較的簡単に立ち寄ることの出来る町だ。これが砂漠の中央に位置するシャングリラともなれば話は別だ。専用の砂漠案内人無しで向かうのは自殺行為とまで言われている。その事を思案しつつ、ルークが汗を拭いながら言葉を漏らす。

 

「依頼のあった町がジウで良かったよ。もし向かう場所がシャングリラだったら、この依頼は断っているところだった」

「無責任な。これだから魔法使いじゃな……」

「ああ、俺もだ。ん? キューティ、何か言ったか?」

「……いえ、何も言っておりません、サイアス様」

 

 ルークに苦言を呈そうとしたキューティであったが、予想外な事にサイアスがルークの発言に乗ってしまったため、何も言えず押し黙る。これから一緒に依頼を受ける仲間という事もあるので、少しは仲良くなっておこうとルークがキューティに話しかける。

 

「ところで、俺は君を何と呼べばいいかな?」

「別に呼ばなくて結構です」

「キューティ、ルークはこれから一緒に戦う仲間だ。仲良くやれ」

「はっ、サイアス様がそう言うのであれば善処します」

 

 あからさまな態度の変化に心の中で苦笑するルークとサイアス。確かに魔法使い絶対主義にどっぷりと浸かってしまっている。

 

「私のことは好きに呼んでください」

「では、キューティと呼ばせて貰おうかな。うん、良い名前だ」

「……馴れ馴れしくしないでください」

「さて、町の案内人が来ているはずなんだが……」

 

 ジウの町に入ってすぐの広場に辿り着いたサイアスは、周囲を見回す。この場所で案内人と落ち合う約束なのだ。すると、広場の隅に立っていた執事服の老人がこちらに近寄ってくる。

 

「貴方様がサイアス様で?」

「ええ、私がサイアスです。貴方が案内人ですかな?」

「はい。ようこそ、わざわざお越しくださいました。主人がお待ちですので、どうぞこちらへ」

 

 深々と頭を下げた後、こちらの手荷物を受け取ってルークたちを先導するように歩き出す老執事。その後を付いて歩きながら、ルークたちはジウの町を見回す。発展した町とは呼べないが、町のそこらかしこに行商人の姿が見える。とても活気に溢れた町だ。そのとき、キューティが鼻を鳴らしながら口を開く。

 

「文化の遅れた国ですね」

「そうか? 活気溢れる良い町じゃないか」

「それは貴方が田舎町に住んでいるからそう感じるんじゃないですか? 我がゼスは貴方の住んでいるところとは生活水準が違いますからね」

「まあ、生活水準が高いのは事実だな。ごく一部の話だが」

 

 ふふん、とルークに自慢げに語るキューティの横からサイアスが一言加える。確かに魔法使いが生活する場所だけを見れば、資源豊かなリーザスよりもその生活水準はかなり上、世界でも屈指と言っていいものだろう。その反面、2級市民の生活は悲惨極まりないものである。だが、キューティは2級市民の暮らしぶりを口にしたサイアスに対して首を捻る。

 

「サイアス様まで……優秀な者がより良い暮らしをするのは当然のことではないですか」

「優秀ねぇ……」

「魔法が使えるか使えないか。ただそれだけのことなんだがね」

「それが大事なのです! 魔法使いこそが人の上に立つべきなのです!!」

 

 そう熱弁するキューティの前、道案内をしている老執事の表情が若干影を落とす。ジウの町はゼスに近いこともあり、こういった思想の輩が町を訪れることも多い。彼のように年を重ねている者は、それだけ嫌な思い出も多いのだろう。ルークは老人に聞こえないようにキューティに小声で忠告する。

 

「キューティ、そういった思想を持つのは良いが、ゼス国内を出たらもう少し自重すべきだ。前の老人がいい顔をしていない」

「ん……」

「ゼスの代表として来ているのだから、ゼスの評判を落とすような態度は慎め。それに、変な恨みを買って自分の身を危険に晒すかもしれないぞ」

「……余計なお世話です!」

 

 ゼスの評判を落としかねない失言であった事にはすぐに気がついたのだろう。だが、ルークにそれを指摘された事に納得がいかない様子で、すぐに強気な態度に戻ってそっぽを向いてしまう。

 

「さあ、着きました。どうぞ中へ」

 

 そうこうしていると、目的地の屋敷に到着する。町の中央部に位置する一際大きな屋敷。ここにこの町を治めている長であり、今回の調査に当たって協力を申し出てくれた人がいるのだ。執事に誘われるまま屋敷に入っていく三人。長の部屋の前まで案内され、執事が扉を開ける。部屋の中には褐色の肌をした黒髪の美女がいた。

 

「ようこそ、サイアス様とお連れ様。私がこの町の長を務めます、アニーでございます」

「ほう、貴方の様な美人が長まで勤めるとは。才色兼備であらせられるようですね」

「まぁ、お上手ですこと」

 

 顔を見るや否やいきなり口説き文句を言う辺り、相変わらずだなと内心呆れるルーク。まあ、いきなりヤラせろとか言いそうな人物も知ってはいるが。

 

「貴女を口説くのはまた後ほど、仕事が終わってからにするとして、グリーンスコルピオンについてお聞かせ願ってもよろしいかな?」

「はい。今から三ヶ月前、突如この町をグリーンスコルピオンという盗賊団が襲ったのです。この三ヶ月で20人もの少女が奴等に連れ去られました」

「20人も!?」

「何も対策はしなかったのですか?」

 

 同じ女性であるキューティが目を見開いているのを横目にサイアスが冷静に問いかけると、アニーはゆっくりと目を閉じ、首を横に振りながら答えた。

 

「この町は元々殆ど武力を持っていません。なんとか寄せ集めの戦力で自警団を作り、町を襲撃してきた奴等に立ち向かいもしました。ですが、まるで歯が立たず、既に何人もの死傷者が出ています」

「なるほど。グリーンスコルピオンがこの町を襲うようになった理由に心当たりは?」

「ありません。グリーンスコルピオンについて判っているのは、首領が女性であるということだけです」

「女性か。男なら少女を攫う理由も判るというものだが……」

 

 想像してしまったのか、キューティの顔が曇る。攫われた少女を心配している様子だ。魔法使い絶対主義ではあるが、その辺りの線引きが出来ている辺りまだまともな方である。思想が酷いのになると、魔法使いでない者が死のうが生きようがどうでもいいとか言い始める有様だからだ。ガチガチの思想だがまだ許容範囲だなとルークは考えつつ、サイアスに向かって問いを投げる。

 

「サイアス、最近少女が裏で頻繁に売られているという情報は?」

「一応少女が攫われているって事は事前に聞いていたんで来る前に調べてきたが、特にはなかったな」

「となると別の理由か……」

 

 人身売買でもなければ、首領の快楽目的の可能性も低い。勿論、女首領が同性愛の趣味であれば話は別だが、それとは別の可能性も模索するルーク。ゼスに近い場所柄、目的として考えられるのは魔法の儀式関係だろうか。そのとき、ふとルークの頭に志津香の顔が浮かぶ。そういえば、カスタムの町の事件と同じ展開だ。志津香が少女たちを攫っていた目的を思い出し、それを口にする。

 

「サイアス、少女の生気を使って魔力を溜めているという可能性は?」

「なるほど、禁呪か! 有り得るぞ!」

「えっ!? 魔力を溜めるのにそんな手段があるんですか!?」

 

 ルークとサイアスの会話にキューティが驚く。どうやら志津香も使っていたこの方法は、その非人道的な行いから魔法使いの間では禁呪とされており、ゼス国内で行おうものなら厳しく罰せられるものらしい。若い世代では知らない者も多いらしく、キューティが驚くのも無理はない。

 

「となると、女首領、あるいはそれ以外に魔法使いが関わっている可能性が高いな」

「町を襲撃してきた連中に魔法使いと思しき人物は?」

「いえ、見たことがありません」

「自分は命令だけ出して、決して表には出て来ない。小悪党の良くやる手段だ」

「そのような悪党、魔法使いの恥です! 必ず捕まえましょう!!」

「(なんだ、全然良い子じゃないか……)」

 

 ぐっと拳を握りしめて宣言するキューティ。その様子を見ながら、ルークはキューティの評価を改めていた。魔法使い絶対主義ではあるが、悪の魔法使いを見過ごすような腐った人間では無い。そのとき、長であるアニーが物騒な事を言い出した。

 

「いえ、女首領だけは捕らえるのではなく必ず殺してください!」

「へ?」

「ふむ……」

「……必ず殺せとは物騒ですね。あまり美人が安易に口にしていい言葉ではない」

 

 三人の視線がアニーに向けられる。その瞳は真剣そのもの。異様な態度にサイアスが眼を細め、アニーのその態度を疑問に思う。

 

「訳を聞かせて貰ってもよろしいかな?」

「町の人を多数殺害した首謀者をどうしても許しておくことが出来ないのです! 塔に攫われた少女たちも心配です。お願いします、女首領を必ず殺して下さい!」

 

 サイアスの手をグッと握りしめてくるアニー。だが、若干ではあるが思い詰めたような表情が浮かんでいるのをルークは見逃さなかった。町の長としてどうしてもその女首領が許せないのだろうか。あるいは別の何か。ルークがそう静かに思案していると、サイアスも無言でアニーの顔を見つめている。こちらも何か思うところがあったのだろう。しばし静寂が部屋を包む中、キューティがドンと自身の胸を叩いて力強く答える。

 

「任せてください! こちらのサイアス様はゼスでも屈指の炎使い、そのような田舎盗賊、パパパッと打ちのめしてみせましょう!!」

「(ほう……)」

 

 キューティのその態度にまたもルークが感心する。確かにここは心配を取り除くのが先決。そういった意味では、ルークとサイアスよりもキューティの対応の方が正しかったと言えるだろう。サイアスも静かに微笑み、アニーの手をギュッと握り直して爽やかな口調で返す。

 

「大船に乗ったつもりでいてください、アニーさん」

「お願いします」

 

 

 

-ジウの町 酒場-

 

 アニーとの会合を終え、情報収集も兼ねて酒場で夕食を取る事にした三人。入店前はこんな下品な場所で、とか文句を言っていたキューティだが、こういった場所にはあまり訪れたことがないようで、興味深げにチラチラと店の中を見回している。ルークがその様子を微笑みながら見ていると、サイアスはため息をつきながら口を開く。

 

「美人のウェイトレスがいたから君を注文したいって言ったら、卵の黄身が出てきたんだが……」

「下らない注文しているからだ。キューティももっとなじって良いんだぞ」

「いえ、私などが四将軍のサイアス様を非難するなど……」

「つまり、四将軍じゃなかったらとっくに非難の嵐って事か?」

「そういう事だろうな」

「い、いえ、サイアス様。そういうわけではっ!」

 

 真剣に焦り出すキューティを見て、同時に吹き出すルークとサイアス。ポカンとしていたキューティだったが、からかわれていたことに気が付いて顔を真っ赤にする。

 

「か、からかったんですか!?」

「くくく。まあ、これで多少肩の力は抜けたかな? 盗賊団と対峙する前からそれじゃあ疲れちまうぞ」

「……お気遣いありがとうございます」

 

 納得いかない様子ではあるが、サイアスに強く言うことも出来ないため渋々引き下がりながらキッとルークの方を睨むキューティ。実に理不尽かつ判りやすい怒りの発散である。そんな感じで談笑をしていると、酒場のマスターであるハニーがやってくる。店に入った際、手が空いたらテーブルの方まで来て欲しいと伝えておいたのだ。

 

「お待たせしました。私、この酒場のマスターの飯田橋と申します」

「ハニーが店長……?」

「バーテンハニーって言って、酒場の店長や従業員をハニーがしている事も多いんだぞ」

 

 キューティの疑問にルークが答える。人間とハニーは他の生物に比べ上手く共存している部類であり、バーテンハニーがその良い例だろう。

 

「それで、私にお聞きしたいことというのは?」

「グリーンスコルピオンについて、知っていることを聞かせて貰いたい」

「盗賊団ですか。私が知っていることと言えば、新月の夜にどこからともなく現れて少女を攫っていくということしか……初めは皆感謝していたのですが……」

「感謝? 盗賊団にか?」

 

 思いがけない言葉にサイアスが目を丸くする。

 

「はい。今でこそ少女たちを誘拐し、町の人を苦しめているグリーンスコルピオンですが、彼らが初めて町を襲撃したときにやった事は、町のならず者を血祭りに上げるというものでした」

「他の住人を傷つけたり、少女を誘拐したりというのは……」

「ありません。町の者は皆そいつらに困っていたので、グリーンスコルピオンには感謝していたんです。ですが、段々とグリーンスコルピオンの悪行がエスカレートしていき……」

 

 その話を聞き、ルークとサイアスの表情に真剣味が増す。互いに何かに気が付いたようだ。と、キューティが飯田橋に向かって疑問を口にする。

 

「ならず者はなんでそんなに嫌われていたのですか?」

「魔法使いだからといって町の人たちに乱暴を振るっていたんです。恐喝、暴力、強姦……あいつらの顔は思い出したくありません」

「魔法使い、だったんですか……?」

 

 キューティの問いに体ごとコクリと頷く飯田橋ハニー。その返事を見たキューティは少しだけ落ち込んだ様子だ。先程から立て続けに魔法使いの悪行を聞き、少し気が参ってしまったのだろう。そのとき、何かを思案していたルークが飯田橋に問いかける。

 

「そのならず者たち、町の長であるアニーさんと何か問題を起こした事はあるかな?」

「ちょっと、何を訳の分からない事を……」

「知っていらしたのですか!?」

「えっ!?」

 

 キューティがルークに苦言を呈そうとするが、飯田橋の大声に遮られる。思わず目を見開いて飯田橋に向き直るキューティ。

 

「いや、ただの勘さ。何があったんだ?」

「あまり言いふらして良いような事ではないので、ここだけの話にしてください。アニー様は以前、そのならず者たちに白昼堂々乱暴をされた事があります。その場に居合わせた町の者たちも、ならず者を恐れ見て見ぬ振りを……」

「そんな……酷い……」

 

 キューティが絶句する。先程出会った女性がそんな仕打ちを受けていた事に、それを行ったのが魔法使いであった事に、そして、見て見ぬふりをしたという町の人たちに言いようもないショックを受けていたのだ。

 

「確かに言いふらすようなことではないな。言いづらいことを言わせてしまってすまない。さ、そろそろ店を出て宿に向かおうか」

 

 そう言って領収書を貰い、店を出て行くサイアス。ルークとキューティもその後に続く。月が出ていない夜の中、宿を目指し歩く三人。

 

「ま、ある程度は見えてきたかな」

「そうだな。だが、気が重いな」

「どういうことですか? お二人は事件の真相が分かったんですか?」

 

 ルークとサイアスが話している内容が気に掛かり、キューティがそう問いかける。そのキューティに二人が同時に振り返り、目配せをした後に代表してルークが口を開く。

 

「ああ、女の生気を集めて何をする気なのかまでは判らないが、女首領の目星は付いた」

「本当ですか!?」

「十中八九、アニーさんだ」

 

 

 

-ジウの町 アニーの屋敷-

 

「もう間もなくね、今晩にでも全てが終わるわ。全てがね……」

 

 長であるアニーが小さく呟き、夜更けに屋敷を出て行こうとする。が、屋敷の入り口に気配を感じ、急いで身を隠して様子を窺う。その視線の先には、先程サイアスたちと共に屋敷を訪れたキューティとかいう小娘がいた。何やら屋敷の中を窺うような様子で立っている。アニーは静かに屋敷の中に引き返し、使用人用の出入り口である裏口から屋敷を抜け出すことにした。

 

 

「はぁ……見張りまでして、本当にアニーさんが犯人なのかしら? あなたたちもそう思うでしょ?」

 

 そう呟くのは、アニーの屋敷を見張っているキューティ。隣に控える二体の指揮ウォール・ガイに不満そうに話しかけている。そのキューティの問いにコクコク、と頷く指揮ウォール・ガイ。その返事に満足したのか、指揮ウォール・ガイに微笑み返すキューティ。端から見れば中々に悲しい光景だ。キューティ・バンド、その真面目すぎる性格から友達は皆無。

 

「アニーさんは被害者なのよ、全く……」

 

 キューティが先程の会話を思い返す。酒場からの帰り道、ルークとサイアスにアニーさんが犯人だと告げられたときの会話を。

 

 

『アニーさんが!? そんなまさか! ならず者を殺したからというだけの根拠で?』

『いや、それだけじゃない。砂漠の塔の事はまだ内密でな。その塔から盗賊団が出てきているっていうのはゼスが掴んだ情報で、まだあまり知られていないんだ。先程の飯田橋マスターも、どこからともなく盗賊団が現れてと言っていただろう?』

『でも、アニーさんも突如として現れたと言っていましたが?』

 

 キューティがそうサイアスに返すと、横に立っていたルークが口を開く。

 

『ああ、初めの内はな。だが、こうも言った。塔に攫われた少女たちが心配だ、と』

『そういえば、確かに……』

『それに、多少だがアニーさんの体から残留魔力を感じた。アニーさんは魔法使いでもないのに、だ』

『俺は血の臭いを微かにだが感じたな』

『まだあるぞ。最初の襲撃の際にならず者だけをピンポイントで血祭りにしたという話だったが、町の内情に詳しくなければそんな事は不可能だ。となれば、犯人には町からの内通者がいるか、町の人自身が犯人である可能性が高い』

 

 平然とした様子で理由を並び立てていくルークとサイアスを見てキューティは驚く。これらの事を、自分は全く気がつけなかったからだ。

 

『という訳で、キューティ。アニーさんの屋敷を見張っていてくれるかな? 勿論、危険な事はしなくていい。見張っていて、何か不穏な動きがあればそれを伝えてくれるだけでいいんだ』

『え、私がですか? サイアス様たちはどうされるんですか?』

 

 ピ、と空を指さすサイアス。それに釣られるように空を見上げるキューティ。雲一つ無い夜空だが、月が出ていないため暗い。瞬間、キューティはある事に気がついて声を漏らす。

 

『新月!』

『そうだ。盗賊団が来るのは新月の夜だからな、ルークと一緒にそちらに備えておくさ』

 

 こうして、キューティはアニーの屋敷を一人で見張ることになったのだ。

 

 

「見張りなら、私じゃなくてあのルークとかいう冒険者にやらせればいいのに。そう思うでしょ?」

 

 指揮ウォール・ガイにそう問いかけるキューティだったが、ふとルークのことを考える。あの冒険者は、魔法使いでも無いのに自分の知らないような禁呪の事を知っていた。アニーがならず者たちに乱暴されていたことにも気が付いていた。それがキューティには堪らなく悔しかった。

 

「でも、実力ならあんな冒険者に負けないもん……」

 

 私は治安部隊副隊長なのだ。あんな魔法使いでもない冒険者には負けない。そんな事をキューティが考えていたとき、カンカンと町の警鐘が鳴る。ハッとしながら周囲を見回すと、町の入り口の方から火の手が上がっていた。

 

「そんな、襲撃!? でもアニーさんは……」

 

 キューティは急いでアニーの屋敷に入る。こんな夜更けの訪問に執事が驚いていたが、緊急事態だからと言ってアニーの部屋まで走っていく。

 

「アニーさん、入ります!」

 

 キューティが勢いよく扉を開けると、中はもぬけの殻であった。執事も屋敷の中を捜して回っていたが、アニーの姿はどこにもない。唇を噛みしめるキューティ。見張りを頼まれたというのに、まんまと抜け出されてしまったのだ。

 

「逃げられた……やっぱりアニーさんが……?」

 

 

 

-ジウの町 広場-

 

 町の広場に鳥のような生物に乗った盗賊団が侵入する。その生物は飛ぶ事が出来ないようで、猛スピードで町の中を駆けていった。先頭を走るのは女首領。その後ろを何十人もの盗賊がついてきていた。だが、おかしい。いくら夜更けとはいえ、ここまで誰とも出会っていない。何度も町を襲撃したが、こんな事は初めてだ。

 

「人がいないのが不思議かな? 女首領さん」

「!?」

 

 広場の中央から声がする。驚きながらそちらに視線を向ける盗賊団。そこには二人の男が立っていた。黒髪の剣士と赤髪の魔法使い。ルークとサイアスだ。

 

「町の人には避難して貰った。そう何度も決まって新月の夜に襲っていたんじゃ、遅かれ早かれそうなっていたさ」

「サイアス、顔が判るか?」

「いや、覆面でよく判らないな。スタイルはよく似ているが、確信は持てん」

 

 女首領は顔を覆面で隠しており、一目ではアニーかどうかの判別が付けられなかった。盗賊団が跨がっている鳥のような生物に注目するルーク。

 

「初めて見るな。あれはなんだ?」

「俺も初めて見る。JAPANに生息するてばさきとかいうのによく似ているが、少し違うな」

 

 JAPANにも鳥であるが飛ばずに猛スピードで駆けるてばさきという生物がいる。いつだか図鑑で読んだそれをサイアスが思い出していると、盗賊団が侵入してきたのとは逆側の入り口からキューティが駆けてくる。

 

「サイアス様! 申し訳ありません、アニーさんの姿が見えなくなりました!!」

 

 息を切らせながらそう叫んでくるキューティ。瞬間、女首領がピクリと反応したのをハッキリと目にする二人。サイアスがある程度の確信を持ちながら女首領に向かって問いかける。

 

「ってことは、アニーさんで間違いないかな?」

「殺れ!」

 

 サイアスの問いには答えず、後ろに控えた盗賊たちに指示を出す女首領。てばさきのような生物に乗った甲冑の盗賊団が猛スピードで三人に迫る。

 

「やれやら、聞く耳持たずか」

「それじゃあ、いっちょ暴れさせて貰うとするかね。火爆破!」

 

 サイアスが魔法を放つと、五人もの盗賊がまとめて炎に包まれる。威力、範囲共に志津香よりも上だ。流石に炎の魔法団団長なだけはある。その炎を迂回して躱し、左右から別の盗賊が迫ってくるが、すぐさま飛んできた斬撃を受けて鳥のような生物から振り落とされる。飛ぶ斬撃を放てるものなど、この場には一人しかいない。

 

「真空斬」

「相変わらず使い勝手良いな、その技。火爆破!」

「真空斬! まあな、重宝している。真空斬!」

 

 軽口を叩き合いながらも次々と盗賊を撃破していく二人。二人に襲いかかるのは得策ではないと思ったのか、盗賊の一人が方向転換をしてキューティの方に迫っていった。

 

「!? 雷の矢!」

 

 急な突進に慌てるキューティ。急いで雷の矢を放つが、盗賊が乗っている生物は意外にすばしっこく、ヒラリと避けられてしまう。そのまま猛スピードで突進してくる盗賊。高く振り上げられた剣に思わず目を瞑るキューティだったが、その剣がキューティに届くことはなかった。恐る恐る目を開くと、ルークがキューティを左手に抱きかかえながら盗賊を剣で斬り伏せていた。

 

「うぉ、ウォール・ガイがいるから助けて貰わなくても平気です!」

「それは悪いことをしたかな?」

「……一応、ありがとう……ございます……」

 

 ボソボソとした声で礼を言ってくるキューティ。それを聞いたルークは静かに微笑んでいたが、ふと違和感を覚える。盗賊を直接切り伏せたが、どうも感触がおかしかったのだ。すぐさま地面に横たわった盗賊に視線を向ける。そこには、中身のない鎧だけが転がっていた。中の人間だけ逃げ出した訳では無い。先程まで人間に見えていた盗賊が、忽然と鎧だけになってしまったのだ。

 

「なんだこれは!? サイアス!?」

「ああ、こちらも今確認した。こいつら人間じゃない、魔法で操られた鎧だ!」

「そんな!? こんなに精巧なものが可能なんですか!?」

 

 キューティが叫ぶのも無理はない。ガーディアンを作り出す魔法使いも多く存在するが、ここまで人間と同じ姿をし、命令にも忠実な知恵をもったものを作り出すなど聞いたことがない。地面に転がった鎧を睨み付けながらサイアスが呟く。

 

「こんなもの、人間業ではないぞ……」

 

 ルークも気を引き締め直す。どうやら、想像していたよりも厄介な依頼のようだ。腰を深く落とし、闘気を妃円の剣に込めて解き放つ。

 

「真空斬!」

「火爆破!」

 

 ルークとサイアスの声が広場に響き、鎧の山が出来上がっていく。気が付けば数十人はいた盗賊団もその半数以上が既に敗れ、中身のない鎧へと姿を変えていた。

 

「流石サイアス様だわ。でも、あの冒険者がこんなに強いなんて……雷の矢!」

 

 範囲攻撃を持たないはずのルークがサイアスとほぼ同数の盗賊を倒している事実にキューティは驚く。それを隙と見た一人の盗賊がキューティに迫ってくるが、今度は確実に雷の矢で撃退する。

 

「お見事」

「馬鹿にしないでください。さっきはちょっと油断しただけです!」

 

 ルークの言葉に反論するキューティ。今のキューティの攻撃で盗賊団の数は遂に一桁となっていた。すると、分が悪いと見た女首領が声を荒げる。

 

「退け!」

 

 その声に一斉に反応し、盗賊団は町の外へと撤退していく。キューティがその背中を指差しながら口を開く。

 

「あ、逃げていきます!」

「追うぞ! 塔の場所は判っている!」

 

 倒した盗賊が乗っていたてばさきのような生物に跳び乗るルークとサイアス。命のない鎧が乗れていただけあり、そう操縦は難しくなさそうだ。サイアスが先に駆けていき、ルークもそれに続こうとするが、ふと見るとキューティがどうしたものかと狼狽えている。

 

「なんだ、乗れないのか? よっと」

 

 生物に跨がりながらキューティを抱え上げるルーク。思わぬ行動に驚いたキューティが、ルークの腕の中でじたばたと暴れてくる。

 

「は、離してください!」

「ついてこない気か? ほら、しっかりと背中に掴まっていろ」

 

 自身の後ろに座らせ、背中に掴まっているよう指示を出すルーク。指揮ウォール・ガイの二体もキューティの後ろに跳び乗ってくる。この二体もついてくるつもりのようだ。

 

「どうして貴方なんかと一緒に乗らなきゃいけないんですか! せめてサイアス様と……」

「時間がないんだ。申し訳ないが俺で我慢してくれ」

 

 後ろに座ったキューティの抗議を受け付けず、先に行ってしまったサイアスの後を追いかけるルーク。初めのうちこそ抗議を続けていたキューティだが、速度が上がるに連れて口数は減り、今はルークの背中にギュッとしがみついていた。その後ろに直立不動で立ち続ける二体の指揮ウォール・ガイ。見事なバランス感覚である。

 

「追いついたか。どうやら見えてきたぞ」

 

 先行していたサイアスにようやく追いつくと、サイアスは前を示しながらそう口にする。前方に見えるのは、砂漠の中に立った巨大な塔。

 

「あれが……」

「砂漠のガーディアン……」

 

 ルークとキューティがそう呟いていると、目の前に一人の盗賊が見えてくる。どうやら他の連中から遅れてしまったらしい。サイアスがすぐさまその背中にファイヤーレーザーを放つと、ガシャンと落鳥する盗賊。その姿が鎧へと戻っていくのを一瞥し、三人は横を通り過ぎて塔を目指す。だが、三人は気が付いていなかった。鎧の裏に小さく書かれた文字に。メイクドラマ3号と書かれたその文字は、一際不穏な空気を纏っていた。

 

 




[人物]
飯田橋
 ジウの町で酒場を営むマスターハニー。酒場を営むハニーは意外に多く、カスタムの町の酒場のマスターもハニーである。


[その他]
グリーンスコルピオン
 三ヶ月前に突如として現れた砂漠の盗賊。女首領以外は人間ではなく、魔法で動く鎧である。とても人間業とは思えない魔法とはサイアスの談。

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