-砂漠の塔 入り口-
「随分と立派な塔だな。こんなものが突如砂漠に現れたというのか?」
「報告によればな。なるほど、あの辺の出っ張りを腕と考えれば、確かに人のような形にも見えるな」
盗賊団の後を追ってきた三人は砂漠の塔の前まで来ていた。到着すると同時に生物から飛び降りたキューティは非難するような目でルークを見てきたが、ルークはそれに気が付かない振りをしてサイアスと話をする。目の前にそびえ立つ塔はかなりの大きさであり、妖しく緑色に発光している。サイアスがスッと指差す先には、特徴的な出っ張り。確かに腕のようにも見えるが、その発言に何か思うところがあったのか、ルークを睨んでいたキューティが話に入ってくる。
「人の形というより、なんだかハニーっぽい気がしますが……」
「ん? なるほど、言われてみれば確かに」
キューティに言われて再度見直してみると、確かに巨大なハニーを岩でコーティングしたような形に見えてくる。先程までは人間の形にしか見えなかったが、ハニーの方がより近い形をしている。
「さて、中に入るか」
「そうだな。いつまでも外で話していても仕方あるまい」
盗賊団がこの塔に入っていくのを後ろから確認しており、てばさきのような生物の足跡もしっかりと中に続いている。サイアスとルークが扉にスタスタと近づいていくが、キューティは塔の前に到着した際に扉に鍵が掛かっているのを確認していたため、それを止めようとする。
「サイアス様。扉には鍵が……」
「ファイヤーレーザー!」
いきなり扉に向かって魔法を放ち、鍵ごと扉を吹き飛ばすサイアス。普段の爽やかな印象とは違い、あまりにも唐突すぎる野蛮な行動にキューティが固まる。
「ま、盗賊団のアジトにお行儀良く入る必要もあるまい」
「中は暗いな。気をつけて行くぞ」
「あ、ま、待ってください!」
そう言って中に入ってくルークとサイアス。固まっていたキューティも慌てながら二人の後を追いかけていく。塔の中は薄暗く、新月であるため月の光も入ってこない。
「見える見えるでも使うか? どうせ侵入しているのはバレているだろうし」
「確かにそうだが、わざわざ居場所を教える必要もあるまい。見えない程ではないし、このまま進もう」
「了解。魔力は上の階から感じる。とにかく階段でひたすら上の階を目指すぞ」
プチ太陽を呼び出す魔法を使うかと尋ねてくるサイアスだったが、首を横に振るルーク。確かに薄暗いが、何も見えない程ではない。ルークの言葉にサイアスはコクリと頷き、入ってすぐの位置にあった階段を指差しながら言葉を続ける。どうやら大量の魔力を上の階から感じるらしい。少女たちが攫われた理由が生気集めにあるという予想が現実味を帯びてきた。ルーク、サイアス、キューティの順番に並んで階段を延々と上っていく。塔の中に入ってから既に十数分、ここまでモンスターこそ出ないものの、塔中に漂う嫌な空気に気持ちが滅入ってくる
「空気が悪いな。歌でも歌うか?」
「はい、サイアス様。では、不肖この私がチューリップの歌でも!」
「なんでその選曲なんだ?」
それは見えざる者の意思か。砂漠のガーディアン内部ではチューリップの歌を歌わなければいけないという決まりでもあるのか。キューティが歌い出そうとした瞬間、丁度長い階段を上りきったルークがそれを静止する。
「残念だが、歌う必要はなさそうだ」
「そのようだな」
ルークとサイアスの言葉を受け、歌おうとしていたのを止めて前を見るキューティ。そこに広がっていたのは、緑溢れる林地帯。何故塔の中にこんな場所があるのか。その林の先に見えるのは、更に上へと続く階段。そちらに視線を向けたキューティが眉をひそめる。この時点でも既に十数階の場所にいるはずだが、まだ先があるのかという思いが一つ目の理由。もう一つの理由は、その階段を守るようにこんにちわの大群と数体のロンメルが立っていたからだ。
「あ、あんなに沢山……」
「大した相手じゃないが、数が厄介だな」
ルークが剣を抜きながらそう口にする。数は多いが、負けるような相手では無い。だが、あまり時間を掛けすぎてしまうと女首領を取り逃がしかねない。と、サイアスが両手に魔力を溜めながらルークに声を掛ける。
「少し時間を稼いでくれれば、俺がまとめて吹き飛ばすが?」
「じゃあ、それでいくか。真空斬!」
サイアスにそう答え、呪文の詠唱をしていたロンメルに向かって斬撃を飛ばす。真空斬の直撃を受けたロンメルの体は真っ二つになり、そのまま崩れ落ちていく。早くも一体屠ったルークだったが、倒したロンメルの側に立っていた別のロンメルが詠唱を終え、こちらに向かって魔法を放ってくる。
「ティーゲル」
「ガードはお任せください! ライトくん、ガード!」
キューティの右側に控えていた指揮ウォール・ガイがロンメルの放ったティーゲルからサイアスを守る。
「真空斬! 真空斬!」
ルークが妃円の剣に闘気を込め、次々とロンメルを屠っていく。詠唱が終わりそうなのを優先して倒しているため、こちらに魔法は殆ど飛んで来ない。僅かに飛んできた魔法は指揮ウォール・ガイによって完全ガードしていた。すると、それを見て痺れを切らしたこんにちわの大群が進軍を開始する。押し寄せるモンスターの波にルークがチラリとサイアスを見る。
「寄られると厄介だが、後どれくらいかかりそうだ? あの数だと流石に真空斬だけで対応しきるのは厳しそうだ。なんなら、初級魔法で少しずつ減らす方針に変えるか?」
「いや、もう準備は終わった」
一気に殲滅せずとも、ルークの真空斬、サイアスの炎の矢、キューティの雷撃を連発し続ければ近寄らせずに倒す事は出来るだろう。そちらの方針に変えようかとルークが尋ねるが、サイアスは不敵に笑いながらそう答える。両腕に纏った赤い魔力は、まだ放つ前だというのに、まるで綺麗な炎のようであった。スッと両腕を前に出し、モンスターたちを一瞥しながら魔力を解き放つ。
「灰と化せ。業火炎破!」
瞬間、こちらに迫ってきていたこんにちわが業火に包まれる。絶叫が辺りに響き渡るが、それもすぐに止む。先程までこんにちわたちがいた場所に残ったのは、サイアスの言葉通り灰のみであった。それに続くように、奥に残っていたロンメルも崩れ落ちる。サイアスが魔法を放つと同時にルークも剣に闘気を溜め、真空斬で斬り伏せていたのだ。呆然とするキューティ。業火炎破自体は見たことはある。だが、これほどまでの威力を目の当たりにするのは初めて。これが、四将軍の実力。キューティが身震いをしていると、そのサイアスが声を掛けてくる。
「さ、先に進もうか」
「あ、すいません! 気を抜いてしまい……」
「ところでキューティ……」
サイアスに深々と頭を下げ、謝罪の言葉を続けようとするキューティの話を遮るルーク。どうにも気に掛かる事があるようだ。キューティとサイアスがルークの方に視線を向けると、ルークは抱いていた疑問を口にする。
「ライトくんって……ウォール・ガイに名前を付けているのか?」
「ふっ……」
ルークの言葉に吹き出すサイアス。どうやらサイアスも気が付いていたが、気付かない振りをしていてあげたようだ。キューティの顔が一気に真っ赤に染まる。
「べ、別に良いじゃないですか! 私の勝手です!!」
キューティ・バンド。一番の友達は二体の指揮ウォール・ガイ。
-砂漠の塔 最上階通路-
奥にあった階段を上り、最上階まで辿り着いた三人。最上階は意外に広く、より魔力を感じる目的の場所まではちょっとした迷宮並みの距離があった。
「外で見たよりも広くないか?」
「微妙に迷宮を拡げているんだろうな。錯覚や空間拡張の応用魔法だ。かなり難しい魔法だぞ」
「そんな……かなりの大魔法ですよ!?」
「それはこの塔にいる魔法使いが?」
キューティの言葉にルークが眉をひそめる。となれば、この塔にいる魔法使いはかなりの実力者という事だろうか。
「いや、塔自体から魔力を感じる。恐らく、塔に予めそういった魔法が掛けられていたみたいだ。塔を作ったのがその魔法使いならば強敵だろうが、なんとも言えんな」
塔からはどこか古びた印象を受ける。確かに砂漠に現れたのはごく最近だが、この塔が出来たのはもっと前なのかもしれないとサイアスは考えていたのだ。そのとき、狭い通路の向こうからピョンピョンと近づいてくる姿が見える。それは、小さなハニーの大群であった。
「プチハニー!? こんな狭いところで……」
ルークがそう言うと、サイアスとキューティにも緊張が走る。しかし、それは無理もない。ハニー族の中でもプチハニーと呼ばれる小型のハニーは、衝撃を受けると爆発するという厄介な性質を持つ。そんなものが大量に、しかも狭い通路で登場すれば厄介極まりないのだ。目の前までやってきた小型ハニーを見てサイアスが驚き目を見開く。小型ハニーの色が白いのだ。こんなハニーは見たことがない。
「白いプチハニー……新種か?」
「プチハニーなんかじゃないやい。僕たちはこの城を守るメイクドラマ2号こと、白血球ハニーだ! とうっ!」
白血球ハニーという聞いた事の無いハニーが跳びかかってくる。先頭に立っていたルークはそれをヒラリと躱すと、白血球ハニーがそのまま地面に落ちる。ベチャリ、という音と共に白血球ハニーが崩れる。だがおかしい。ハニーは瀬戸物であり、本来ならパリンと割れるはずだ。ルークが訝しげに白血球ハニーの落ちた場所を見ると、その下の床がジュクジュクと溶け始めていた。この通路は石造りだというのにだ。
「こいつら、溶解液を出すのか!?」
「かかれー!!」
一斉に跳びかかってくる白血球ハニーを見ながらサイアスが舌打ちをする。ハニーに魔法が効かないというのは一般常識であり、この場にいる三人の内二人が魔法使い。
「ルーク、スマンがハニー相手では戦えるのはお前だけだ。キューティ、援護を頼む」
「了解だ。キューティも無理はするな」
ルークがすぐさま妃円の剣を腰に差し、幻獣の剣へと持ち替える。これだけの数、それも的の小さい相手では真空斬での対応は間に合わないと判断し、向かってきたハニーを剣で直接斬り伏せる方針に決めたのだ。だが、妃円の剣では溶解液で溶かされてしまう可能性がある。そのためルークは、刀身に特殊なコーティングがしてある幻獣の剣に持ち替えたのだ。
「ふっ!」
一番に跳びかかってきた一体を斬り、すぐさま刀身を確認する。大丈夫、溶けてはいない。これならば問題なく戦えると確信し、ルークはサイアスとキューティの二人を守るように前に立ちながら立て続けにハニーを斬っていく。
「この人間、強いぞ!?」
「怯むな、かかれー! 僕たちは特攻隊なんだ! そういう風に造られたんだ! いけ、いけー!」
「(造られた、だと……)」
その言葉にサイアスが目を見開く。先の動く鎧にも驚かされたが、この新種のハニーは生成物だとでもいうのか。魔法で生み出したのだとすれば、とんでもない才能の持ち主である。それこそ、ゼスが誇る魔法の天才にして天災、アニス・沢渡クラスの魔力量かそれ以上だ。
「とー!」
「くっ……」
上手いこと体に触れないように斬り伏せ続けていたルークだったが、数の暴力とは正にこの事。ついに対処しきれなくなり、一体がルークの剣の隙間を縫ってその体に跳びかかろうとしてきた。回避が間に合わない。多少のダメージを覚悟したルークだったが、その間にヌッと太い棒が割り込んでくる。
「レフトくん、ガード!」
それはキューティが連れている指揮ウォール・ガイであった。すんでのところで守られる形となったルークは、剣を振り続けながら礼を言う。
「スマン、助かる」
「この状況、貴方に倒れられたらこちらも危険ですから」
確かにキューティの言う事は尤もな事だ。この場でルークが倒れれば、サイアスとキューティに残される手段は逃亡だけだ。ベチャリとウォール・ガイの体に突進してきた白血球ハニーに対し、ウォール・ガイから反撃の電撃が走る。すると、電撃を受けた白血球ハニーはドロドロと溶けていき、そのまま消滅してしまった。
「なんだと!? サイアス、こいつら魔法が効くぞ!」
「こちらも確認した。それならば、いくらでもやりようがある。火爆破!」
ルークとほぼ同時に魔法が効くことに気が付いたサイアスはすぐに火爆破を放つ。火柱に包まれ、白血球ハニーたちは悲鳴を上げながらドロドロと溶けていった。正に盲点。ハニーには魔法が効かないという先入観から、魔法を試しもしなかった。ウォール・ガイがたまたま反撃をしていなければ、いつまで経ってもこの事には気が付けなかっただろう。このハニーの制作者はその事を見越して魔法耐性を付けず、他の能力、例えば溶解液のような強力な能力に魔力を注いだのだろう。
「なんだったんですか、こいつら? ハニーなのに魔法が効くなんて……」
キューティがドロドロに溶けて混ざり合った白い液体を見下ろしながら、少し怯えた口調でそう口にする。得体の知れないものというのは、それだけで十分恐怖の対象となるのだ。サイアスがスッとしゃがみ、その白い液体に触れる。勿論、溶かされないようにその右手は魔法でガードされている。
「やはりな。これはハニーなんかじゃない。魔力の塊……あの鎧たちとほぼ同じだ」
「つまり、これも人工的に造られたものってことか?」
「ああ。ルークはハニーの猛攻に集中していて聞き逃していたかもしれないが、あの中の一体が自分たちは造られたと口にしていた。まさかとは思ったがな……」
「そんなことが可能なのですか……?」
サイアスが立ち上がり、白い液体を見下ろしながらキューティの問いに答える。
「判らん。だが、現にこうして存在している。もしあの鎧も合わせて一人で造り出したとすれば、少なくともアニスと同クラスの魔法使いなのは確実だな」
「アニス様と……」
「ゼスの歩く災厄と同格か。もしこの塔にいるとすれば、厄介どころの騒ぎじゃないぞ」
キューティもルークもまだ直接会ったことはないが、アニスのとんでもない噂は重々に承知している。そんな相手がこの塔にいるとすれば、命を掛ける程の激闘を覚悟しなければならないのだ。サイアスが奥の方をジッと見ながら口を開く。
「奥から感じられる魔力はそれ程ではない。流石にいないと思いたいが、断定は出来んな」
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
「でも、立ち止まる訳にはいきません。この奥に町から攫われた女性たちがいるんですから……」
「良く言った。行くぞ!」
不穏な空気を感じながらも、ルークとサイアスは奥へと歩みを進めていく。キューティも不安に思いながらも、必死に自分を奮い立たせてその後に付いていく。突如現れた塔、人間業とは思えない生成物。一体何が起こっているというのか。
-砂漠の塔 最深部-
ギィ、という音と共に、その部屋の扉が開け放たれる。部屋の外から顔を覗かせたのは、ルークたち三人だ。通路を進み、遂に最深部にあるこの部屋へと辿りついたのだ。部屋の中を見回すルークたち。瞬間、全員の表情が一変する。
「これは……」
「酷い……」
その部屋には誘拐された少女たちがいた。しかし、目を背けたくなるような行為が繰り広げられている。全裸にされた少女たちはその体を拘束され、自由に身動きの取れない状態で三角木馬の上に乗せられていた。意志を持っているかのように動く三角木馬から、その生気を吸い取られていく少女たち。中には酷く衰弱して意識の無い者までいるが、それでも三角木馬は動き続けて生気を集めている。
「サイアス、キューティ。早く解放するぞ!」
「はい! ここは私に……いえ、お二人共協力してください!」
「割と誰とでも付き合える方だが、この塔を建てた奴とは仲良くやれそうにないな、俺は」
女性である事からキューティがその心情を思い、ルークとサイアスに部屋から出て行って貰おうかとも一瞬考えたようだが、そんな事よりも今は一刻も早く救い出す必要があるという結論に至り、二人に協力を申し出てくる。この判断は間違っていない。すぐさま三角木馬に駆け寄っていき、それを破壊して捕らえられている少女たちを次々と解放していくルークたち。
「あっ……」
「…………」
「大丈夫。もう大丈夫ですからね」
ぐったりとしている少女たちにキューティが声を掛ける。中には声を掛けられてすぐに意識を取り戻し、普通に歩ける者もいた。そういった比較的元気な少女たちも、より衰弱している者たちを必死に看護していた。
「おっほっほ!」
「む!?」
ルークが最後の木馬を破壊し、少女を全て介抱しきったところで部屋に笑い声が響き渡った。すぐさま笑い声のした部屋の奥に視線を向ける三人。すると奥の壁が崩れ、その向こうに隠し部屋が現れる。部屋中の壁がピンク色で蠢いている、まるで内蔵の中のような部屋だ。
「ルーク、あれを見ろ!」
サイアスが指差す先、隠し部屋の一番奥に声の発生主はいた。壁から出ている触手に巻き付かれ、壁と同化したような状態にある、褐色の肌が特徴的な女性。間違いない、ジウの町の女町長、アニーだ。
「やはり貴方が犯人か、アニーさん」
「ふふふ、遅かったわね。もう全ての準備は整ったわ。間もなく復活する、史上最強のアトラスハニーが!」
アニーがそう叫ぶと同時に城が大きく揺れ始める。外からガラガラと外壁が崩れ落ちる音が聞こえたかと思うと、次いでドシン、ドシンという音と振動が響く。まるで塔そのものが歩いているかのような振動だ。
「ファイヤーレーザー!」
サイアスが壁に向かってレーザーを放ち、その壁を吹き飛ばす。ポッカリと空いた壁の向こうに見えたのは、動いている砂漠の景色。もう疑いようもない。この塔が動いているのだ。
「状況から察するに、この塔自体がそのアトラスハニーという事か?」
「だとすると、ハニーに見えると言っていたキューティの見る目は正しかったって訳か」
「その通りよ! 少女たちの生気を使ってこのアトラスハニーは復活したわ」
「こんなものを動かして、一体何をしようというんですか!?」
キューティが少女たちを守るように前に出ながらそう叫ぶと、アニーはふんと鼻で笑った後、恐ろしい形相で叫ぶ。
「この塔はジウの町に向かって進んでいるわ。この膨大な魔力でジウの町の奴らを皆殺しにするのよ!」
「なっ……」
後ろにいた少女たちが絶句する。優しかった町長のアニーが何故自分たちを誘拐し、その上町の人たちを皆殺しにしようとしているのか理解出来ない。ルークが剣を構えたままサイアスに問いかける。
「サイアス。お前の見立てでは?」
「……可能だな。これだけ巨大な塔を動かす程の強大な魔力、攻撃に回せば町一つくらい簡単に消し飛ぶぞ」
「そんな……」
「おっほっほ、これでジウの町も終わりよ……うっ、がぁぁ!!」
まるで人が変わってしまったかのように目を見開いて叫ぶアニー。だが、そのとき異変が起きる。アニーが突如苦しみだし、うめき声を上げたのだ。訝しげに状況を見守るルークたち。
「で、出てくるなぁぁぁ!」
そう叫んで俯いたアニーは、しばしの静寂の後に顔を上げる。その顔は先程までの気が狂ったようなアニーではない。ルークたちが町で会ったときの、そして、少女たちには見慣れた普段の表情に戻っていたのだ。だが、その表情はどこか悲しげである。そんな風に全員が感じ取っていると、アニーがこちらに向かって叫ぶ。
「サイアス様、ルーク様! 私を殺してください!!」
「殺してって……そんな!?」
「アニー様……?」
キューティと少女たちが絶句する中、ルークとサイアスは冷静な表情のままアニーへと問いかける。
「どういうことだ。アニーさん、貴女は一体?」
「こうなったからには全てお話しします。私がならず者たちに乱暴された事は……?」
「知っている。すまない」
「いえ、それでしたら話は早いです。私はならず者たちに乱暴された後、自殺を考えて砂漠を歩いていました」
「じ、自殺を!?」
少女たちが絶句する。アニーが乱暴された事を知らなかった者、後から聞いた者、そして、目の前にいたのに助けてあげられなかった者。その思いは様々であるが、自殺まで考えていたという事には一様に驚いていた。
「このまま砂漠でのたれ死ぬのも良い。そんな事を考えていると、突然地震が起こったんです。そして、私の耳にハッキリと聞こえてきました。私はここにいる、そんな少女の声が」
「少女の声……?」
「不思議に思って辺りを見回すと、さっきまで何も無かったはずの場所にこの塔が現れていたのです。少女の声が気になって中に入ってみると、そこには生気の奪い方や塔の動かし方、そして、アトラスハニーが町を吹き飛ばすだけの破壊力があることが書いてある説明書のようなものが置いてありました」
当時の事を思い出しながら言葉を続けるアニー。あの少女の声は、傷ついた自分を導いてくれたのかもしれない。では、何の為にこの塔に。決まっている、復讐のためだ。
「それを見た瞬間、私の中にもう一人の人格が生まれてしまったのです。乱暴される私を見捨てた町の人を皆殺しにしたい、そんな恐ろしい考えを持ったもう一人の私が!」
「もう一つの人格が生まれてしまったという訳か!」
「はい。私は今、壁と融合し塔の中枢神経の一部となっています。私を殺せば、アトラスハニーは止まるはずです」
「そんな……」
キューティが何度目になるか判らない絶句をする。アニーを殺せばアトラスハニーは止まる。何と判りやすく、何と単純で、何と残酷な方法なのか。
「お願いします、殺してください! これ以上誰かを傷つけるのは……うっ……ああっ!!」
悲痛な叫び声を上げるアニー。アトラスハニーを止め、町の人を救う必要がある。だが、そのためにはアニーを殺さなければならないのだ。決断を迫られるルークたち。すると、またアニーが呻き声を上げ、もう一つの人格に入れ替わる。
「もう一人の私め、余計な真似を……もう手遅れだというのに、馬鹿な女め」
そう吐き捨て、キッとこちらを睨み付けてくるもう一人のアニー。
「私の邪魔をする奴は皆殺しよ! 行け、メイクドラマ1号!!」
その声に反応するように地面が突如せり上がり、その場所から水色の巨人が現れる。全長は先日戦ったラギシスの最終形態くらいあるだろうか。ルークとサイアスが構えたまま見上げていると、巨人が腕を伸ばしてこちらに攻撃を仕掛けてくる。
「おっと」
「腕が伸びるとはな……炎の矢!」
腕が伸びたのには驚いたが、スピードはそれ程でも無かったため難なくその一撃を躱すルークとサイアス。躱しがてらサイアスが炎の矢を放ち、巨人の顔面に直撃する。だが、巨人は殆ど効いていない様子だ。
「効いてないな。少しばかりショックだね」
「ほほほ、その程度の魔法じゃこのメイクドラマ1号には傷一つ付けられないわよ!」
アニーの見下すような笑い声が響く中、サイアスはチラリと後ろに視線を向ける。そこには、戦えない少女たちの姿。
「キューティ、少女たちから離れるな。何があってもウォール・ガイで守り抜いてくれ」
「は、はい。サイアス様!」
「もたもたしていると町まで着いてしまう。早急に決断する必要があるな……」
「それは……アニーさんを殺す決断ですか……?」
サイアスの言葉を聞いたキューティの声が悲しげなものへと変わる。アニーを殺さなければもっと多くの人が死ぬ。そんなことは頭では理解している。だが、目の前の女性も被害者だ。救い出したい。魔法使いとかそんなものは関係ない。だが、自分にはどうする事も出来ない。グッと唇を噛みしめていたその時、ルークがアニーに向かって問いかける声が聞こえた。
「殺す必要があるのか? 貴女の体と壁を融合させているその触手さえ斬れば、それで十分なんじゃないのか?」
「おほほ、浅はかね。この触手は強力な魔法結界でガードされているわ。決して外すことは出来ないのよ!」
そのアニーの言葉に、ルークとサイアスがピクリと反応する。
「さあ、町までもうすぐ着くわ。止めたければ殺してみなさい。この哀れな私を、貴方たちみたいな偽善者が殺せるのならね! まあそれも、メイクドラマ1号を倒せたらの話だけどね! おほほほほ!!」
勝ち誇ったように笑うアニー。未だ誰もが笑い合える最善の解決策が思いつかないキューティだったが、目の前に立っていたサイアスとルークが臨戦態勢に入るのが目に飛び込んでくる。それは即ち、二人が決断したという事だ。最も犠牲者の少ない、アニーを殺すという方法を。
「とりあえず、役割は決まったかな。俺はあの巨人をやる」
「俺はアニーさんだな。油断するなよ」
「ふ、任せておけ」
サイアスが両手に魔力を集め、巨人に向き直りながらそう口にする。ルークもそれが当然であるかのような反応を見せ、アニーが同化している壁に視線を向ける。その二人の背中に向かって、気が付けばキューティは声を掛けていた。
「殺す気、なんですよね……?」
判っている。それしか手段はない。それでも尋ねずにはいられなかった。そんなキューティにルークは振り返り、小さく微笑む。
「キューティは、どうしたい?」
殺さなければ町は滅びる。ただの我が儘だ、そんなことは判っている。それでも、俯きながら声を絞り出す。気が付けば、瞳から涙が零れていた。
「助けたい……アニーさんも町の人も……だって、あの人も被害者じゃないですか……こんなの……悲しすぎる……」
助けたい。しかし、自分には何も出来ない。魔法使い、治安部隊副隊長、自分の持つ肩書きは、今この場では何の意味も持たない。不甲斐なさから涙が止められない。その姿を優しげな表情で見ていたルークがサイアスに向かって呟く。
「ゼスの膿も偶には見る目があるじゃないか」
「急にどうした?」
「有望だ、確かにな」
「……なるほど、同感だ」
「安心しろ、キューティ」
ルークのその言葉に顔を上げるキューティ。アニーに向き直るその背中が、魔法使いではないルークが、ほんの少しだけ頼りがいのあるように思えた。
「俺たちに任せろ!」
ハッキリとそう口にしたルーク。何か策でもあるというのか。その言葉を聞いたアニーはキッとルークを睨み付けてくる。
「任せろですって? 大口を……」
「はぁっ!」
言い切る前にアニーに向かって駆け出すルーク。一直線にアニーへと向かっていくが、その行く手を壁から飛び出した触手と青い巨人が阻む。
「殺せ!」
数本の触手がルークに迫るが、先日戦ったラギシスの触手に比べれば数は少ない。難なくその隙間を縫いながら巨人へと斬りかかるが、巨人は殆ど効いた様子を見せずルークに腕を伸ばしてくる。巧みにその腕の攻撃も躱しながら先程斬った場所をルークが見上げると、その傷がジュクジュクと再生していっていた。
「やれやれ……この間のラギシスといい、最近はこんな相手ばかりだな」
「火爆破!」
サイアスが魔法を放つ。立ち上がった火柱が壁から出てきていた触手を消し炭にするが、青い巨人の方はまるで効いていない様子だ。更に、また新たな触手が壁から飛び出してくる。
「おほほほほ、無駄だって言っているでしょ! 天下の四将軍様も大したことないわね!」
「おいおい、雷帝が聞いたら文字通り雷が落ちるようなこと言わないでくれるか」
「どうだ、やれそうか?」
嘲笑うアニーに対し軽口で返すサイアス。と、巨人の攻撃を後ろに跳んで避けたルークがその横に着地し、サイアスに問いかけてくる。少し値踏みするようにサイアスは巨人を眺め、小さく頷いてから今の問いに答える。
「あの様子じゃ、ファイヤーレーザーでも駄目そうだな。となると、詠唱まで1分ってとこかな」
「了解だ。それで確実に薙ぎ払えるものとして突っ込むから、失敗したら化けて出るぞ」
「そりゃあ失敗できんな。可愛い女の子の霊ならまだしも、野郎の霊なんてお断りだ」
「頼んだぞ!」
そう言い残し、再度アニーの方に向かって駆け出すルーク。その行く手を巨人が阻むが、繰り出される攻撃を躱しながら剣で斬りつけていく。しかし、先程と同じく巨人に与えられているダメージはわずかだ。勿論、ルークも時間をかければこの巨人を倒すことは出来る。ラギシスと違って再生スピードはそれ程早くなく、与えられるダメージの方が再生力よりも上回り、僅かずつだが確実にダメージを蓄積させていけるからだ。
「真空斬!」
「そんな攻撃、メイクドラマ1号には効かないわよ!」
しかし、今求められているのはスピード。急がなければジウの町が消し飛んでしまう。となれば、巨人を一撃の下に吹き飛ばすような強力な範囲攻撃が必要なのだ。ルークの真空斬、真滅斬は共に単体攻撃。これだけ大きな巨人を一撃で倒せるかと言われれば、少し心許ない。なればこそ、この巨人を倒してアニーへの道を開くのはサイアスの役目であった。
「さて、馬鹿にされたままなのもあれだし、四将軍の実力を見せてやるかね……」
サイアスの全身が黄色く光り始める。次に放つ魔法の為に全身に集中させた魔力がほんの少し漏れ出し、こうして黄色く光って見えているのだ。
「す、凄い……なんて魔力量……」
そう呟くのはキューティ。攻撃魔法が得意でない自分でも、今サイアスが放とうとしている魔法がどれだけ凄いのかは感じ取れる。今の状況は、ルークが迫ってくる触手や巨人の注意を引きつけ、サイアスが一撃必殺の魔法を放つべく魔力を溜めている。少女たちを守るように後ろに控えているキューティだったが、どうやら触手の攻撃はここまで届かないらしい。だとすれば、自分にも出来ることがある。
「ええい、ちょこまかと! 四将軍の方から先に殺しなさい!」
単純な思考で動いている巨人の注意を引きつけていたルークだが、アニーが痺れを切らして指示を出す。その声に反応し、巨人の腕がサイアスに向かって伸ばされる。すぐさまルークは腰を落とし、真空斬でその腕の軌道を変えようとしたが、それを放つよりも早く巨人の攻撃を阻んだものがいた。それは、キューティの連れているウォール・ガイであった。反撃の電撃に巨人の腕が少し引っ込む。ダメージ自体は大した事はないが、条件反射というものだろう。
「キューティか。良い援護だ!」
「私だって、アニーさんを救う手助けをしたいんです! 防御付与!」
巨人が更に攻撃を加えようとしていたのを見たキューティは、ウォール・ガイに防御付与の魔法を掛ける。これこそが攻撃魔法をあまり得意としていないキューティを今の地位まで押し上げた真骨頂、付与魔法。警備隊という役職柄、優秀な支援魔法の使い手は非常に重宝されたのだ。巨人の重い一撃を、強化されたウォール・ガイが完璧に受けきる。
「ぐ……小娘がっ!!」
「サイアス様。今魔法付与を……」
「いや、必要ない。準備は終わった」
そう言ったサイアスの体は先程までよりも更に光り輝いていた。また、先程までと違うのは光の量だけではない。先程までの光の色は黄色で統一されていたが、今はその両腕が灼熱のように真っ赤に染まっていた。魔法使いでないアニーも何か感じ取るものがあったのか、焦った様子で巨人に指示を出す。
「殺せ、あの四将軍を殺すのよ!!」
「キューティ、巻き込まれたくなかったらライトくんを下がらせろ」
「あれはレフトくんです……って、そんな場合じゃない。下がって、レフトくん!」
キューティの指示を受けてピョンピョンとその場を離れるウォール・ガイ。邪魔するものがいなくなった巨人の腕は、今度こそサイアスに向かって真っ直ぐと伸びてくる。それを見ながら、されど慌てた様子はなく、サイアスはゆっくりと両腕を前に出して叫んだ。
「灰すら残すな! ゼットン!!」
瞬間、サイアスの両腕から炎の塊が放たれ、それを受けた巨人が灼熱の業火に包まれる。奇声を上げながらその巨体が崩れ落ちていくのを見たアニーが驚愕に目を見開く。一撃。あの高い魔法抵抗を持つ巨人が、たったの一撃で崩れ落ちたのだ。しかし、直後アニーのその目は更に見開かれることになる。崩れ落ちていく巨人の向こうから、若干の残り火を纏ってルークが跳びかかってきたのだ。
「なにぃ!?」
サイアスがゼットンを放つと同時に、ルークは巻き込まれない程度に特攻していたのだ。万が一にも巨人を一撃で倒せていなかったら、その無防備な姿を巨人の前に晒すことになる。それにも関わらずルークが特攻出来たのは、サイアスならば必ず一撃で倒すという絶対の信頼。考えてもいなかった特攻に触手でガードすることも間に合わず、目の前に剣を振り上げ跳びかかってきているルークに向かってアニーが叫ぶ。
「本当に殺す気かい!? この哀れな私を!!」
「殺す気など、初めから無い!」
ルークが狙うのはアニーではない。その後ろ、アニーと壁を融合させている触手だ。そのとき、塔の振動が止まる。恐らく、アトラスハニーがジウの町の前まで到着したのだ。となれば、もう残された時間がない。サイアスが叫び、それに釣られるようにキューティもルークに向かって叫んだ。
「一撃で決めろ、ルーク!」
「お願いします!!」
「真滅斬!!」
振り下ろされた刃が、触手を覆っている魔法結界に食い込む。瞬間、ルークは感じ取る。この結界は、先日戦ったラギシスのものよりも質が上だということを。だが、決して破れないレベルではない。
「うぉぉぉぉぉっ!」
ルークの叫びと共にその刃は結界を破り、アニーと壁を繋いでいた触手を一刀両断に斬り裂いた。壁と離され、宙へと投げ出されたアニーの体を左腕で抱えるルーク。
「ありがとうございます、ルーク様……」
アニーが気を失う寸前、そう呟いた。最後にまた人格が元に戻っていたのだろう。その礼を聞きながら、ルークは言いしれぬ不安を感じていた。あのフィールの指輪で強化されていたラギシスよりも格上の結界。白血球ハニーを造り出したのも、恐らく同一人物であろう。その術者は一体何者なのか。だが、今はそれを考えても仕方ない。ルークがアニーを抱えながらサイアスたちの方に視線を向けると、そこには満面の笑みのキューティと少女たちがいた。こうして、グリーンスコルピオンは壊滅したのだった。
数日後
-砂漠の塔-
事件解決より数日、今はジウの町の前にそびえ立っているアトラスハニーこと砂漠の塔の調査にゼスから魔法使いたちが派遣されていた。サイアスから報告を受けた四天王の山田千鶴子が、即日調査を決定したのである。
「よ、数日ぶり」
「砂漠に数日の滞在は暑かったぞ」
「はっはっは。夏じゃなくて良かったな」
サイアスがルークに声を掛けてくる。調査の現場には当事者であるルーク、サイアス、キューティの三人も居合わせていた。サイアスとキューティは報告のために一度ザスに戻り、ルークは再度サイアスたちが訪れるのをジウの町で待っていたのだ。先程、事件時の状況説明も終わったため、自分たちの役目は概ね完了したところだ。必死に調査を続ける魔法使いたちを横目に、ルークとサイアスが会話を続ける。
「攫われていた少女たちは?」
「順調に回復している。それで、アニーさんはどうなる?」
「ゼスで裁かれることになるな。一応口利きはしておくが、重い罪は免れんだろうな……」
「盗賊団を組織してならず者たちを殺害、少女の誘拐、その上町一つ消そうとしてしまったからな」
「それに……」
言いにくそうにサイアスが頭を掻く。それを見たルークは次の言葉に察しが付き、ため息混じりに口を開く。
「アニーさんは魔法使いじゃない、か」
「ああ。ゼスだとそれが大きなマイナスだ」
アニーが受けた仕打ちや、二重人格であった事を知っている二人の間に重苦しい空気が流れる。その空気を打ち破ったのは、キューティ。
「それでも、何とか極刑は免れそうなんですよ」
「キューティも話は終わったのか?」
「はい。先程完了しました」
サイアスの問いにハキハキと答えるキューティ。どうやらルークたちに遅れること数分、現場での説明が終わったようだ。
「それで、極刑を免れそうというのは?」
「町の人たちが請願書を出してきたんです」
「町の人たちが? 町ごと吹き飛ばされそうになったのにか?」
キューティの言葉に驚くルーク。いくら慕われていた長だったとはいえ、自分たちを殺そうとした相手を庇ったというのか。
「アニーさんがならず者に襲われたとき、見て見ぬ振りをしたことを町の人たちはずっと悔やんでいたみたいです。執事さんと酒場の飯田橋さんが中心になって、それに当事者である攫われた少女たちも賛同し、署名がドンドンと集まったみたいです」
「そうか……」
「これがアニーさんにとって少しでも救いになればいいがな……」
「そうですね。この町の人たちは、良い人たちばかりです。文化が遅れているなんて酷いことを言ってしまったのが恥ずかしいです」
そう口にするキューティに、サイアスがルークに聞こえない程度のボリュームで問いかける。
「町の人たちをそうやって褒めるなんて、魔法使い至上主義は止めたのかな?」
「今でも魔法使いが一番優秀だとは思っています。ただ……」
キューティもルークに聞こえない程度に小さく返事をしながら、ルークの方を見る。魔法使いではないのに、自分に出来なかったアニー救出を成し遂げた冒険者。
「魔法使い以外の人たちも、決して劣っている訳じゃないと考えを改めただけです」
上層部に言われて渋々連れて行った形でしかなかったが、無駄ではなかったなと静かに笑うサイアス。何を話していたのか判らなかったルークは怪訝そうにしながらも、少し離れた場所にある物体を指差しながらサイアスに問いかけてくる。
「ところで、厳重にバリケードを張っているあの白い球はなんだ?」
ルークが指差す先には、巨大な水晶のような球が置いてあった。その周りには厳重なバリケードが張ってある。
「ああ、あれがアトラスハニーを動かしていた魔力の塊だ。あれに触っちまうと、アトラスハニーから魔法が発射されちまうんだ」
「なんだ、そんなに危ない代物なのか?」
「まあな。折角食い止めたのに最後の最後にそれじゃあ馬鹿らしいだろ?」
「確かに。そんなことになったら苦労が水の泡だな」
一瞬、ルークの脳裏にがははと笑う冒険者の顔が浮かぶ。何故かは判らないが、あの男ならそんな形で苦労を水の泡にしてしまいそうな気がしたからだ。
「今はあの解析班がどうすれば球を安全に持ち出せるか調査しているところだ」
「先程聞いた話ですと、もうすぐ調査は終わるみたいですよ」
「だ、そうだ。その少しの間にあの球に触っちまうようなトラブルメーカー、この場にはいないさ」
サイアスがそう口にしたその時、階段から一人の魔法使いが上がってきた。水色の髪に、特徴的な杖を持った女魔法使い。
「アニス・沢渡。ズバッと参上です!」
やってきたのは、ゼスが誇るへっぽこ最強魔法使い、アニス・沢渡。サイアスの報告書に、塔に使われていた魔力はアニス相当のものであったという報告が書いてあったため、こうして遙々ジウの町へと派遣されて来たのだ。因みに、千鶴子は最後まで反対していた。
「おおー、これがアトラスハニーですか」
来るや否や辺りを見回し、感嘆の声を上げるアニス。そして、その目が水晶を捕らえた。
「むむっ! あからさまに怪しげなものが。どれ、ぺたぺた」
「「「あ!」」」
この日、ジウの町の一角が吹き飛んだ。居住区でなかったため、奇跡的にも人的被害は0。調査中の事故として内密に処理されたが、ゼスは復興支援金として多額の援助をジウの町にすることになる。アニスの失態を隠すべく、ゼスはそもそもとしてアトラスハニーの事件自体を闇に葬り、後の歴史書にはこの事件は刻まれる事が無くなったのだった。
-ゼス 王者の塔-
「……その、以上が今回の報告になります」
部下であるマクシミリアンからの報告を受け、額にビキッと青筋を立てる黒髪の女性。この塔の管理者でもあるゼス四天王、山田千鶴子だ。実はアニスは千鶴子の弟子であるため、彼女が何か失敗するとその後処理は全て千鶴子に回ってくるのだ。どうしてあのへっぽこを弟子にしてしまったのかという苦悩と、自分の目の届くところで管理しておかなければもっと大変な事になるという苦悩に千鶴子は頭を抱える。
「だから派遣には反対だったのに……ご苦労、もう行って良いわ……」
「は! それと、もう一つご報告が……」
「何? 今度はアトラスハニーそのものでも吹き飛ばしたのかしら?」
自嘲気味に言う千鶴子。現在の四天王でまともに仕事をしているのは彼女一人であるため、相当疲れが溜まっているようだ。
「パパイア様が今回の事件に興味を持たれ、資料を持って行かれました」
「……パパイアが?」
マクシミリアンの口から飛び出したのは意外な名前。四天王、パパイア・サーバー。千鶴子の親友でもあった彼女は、数年前からその性格が一変し、怪しげな研究にのめり込んでいた。それは昨年四天王に就任してからも変わらず、むしろ四天王になったのも研究が楽になるからというだけの理由な気が千鶴子にはしていた。そのパパイアが、アトラスハニーの資料を持って行った。
「何考えているのよ、パパイア……」
変わり果ててしまった親友を思い、千鶴子は小さく呟く。その問いに答える者は、誰もいない。
-ゼス 跳躍の塔-
「やっぱこれすごいわー。この生気を搾り取る装置、すっごい良いセンスー」
「ぎゃはははは! これ造った奴も姐さんと一緒で狂ってるぜ!」
跳躍の塔の研究室に二人分の声が響き渡る。部屋の中にいるのは、ゼス四天王であるパパイア・サーバーただ一人。持ってきた資料を見ながら、その塔の素敵に狂った構造に目を輝かせていた。
「やーん。この壁と融合させるのなんか格好良すぎて濡れちゃうー」
「ケケケケケ! よっ、この淫乱!」
部屋には確かに一人しかいない。それなのに、どこからともなく下品な笑い声が響いていた。
「この壁と融合させる技術と、生気を吸い取る技術を合体させて、女の子を壁一杯に貼り付けた部屋とか素敵そうじゃない? 名付けて、究極の美女の部屋!」
「融合、合体、コンバイーン!」
「ブイ、ブイ、ブイでビクトリー!」
新しい研究材料を見つけたパパイア。部屋からは一晩中笑い声が絶えなかった。
-魔人界 とある屋敷-
「お嬢様、大変です!」
屋敷の廊下をぺたぺたと駆ける不思議な生物。灰色の体に長い胴体。今では希少種となったネコムシの一種と思われるその生物が、慌てた様子で主人のいる部屋へと入っていく。
「何よ、アレフガルド。今お楽しみ中なんだけど?」
部屋の中は目を背けたくなる惨状。アレフガルドと呼ばれた生物に返事をしたのは、黒髪の美しい長身の女性。だが、彼女こそが部屋の中に惨状を生み出していた張本人。彼女の股間から生えた白い蛇が、既に意識のない少女の股間から内部に進入し、その体を嬲っていたのだ。そして、アレフガルドと呼ばれた生物に返事をした瞬間それは起こる。力の加減を謝ったのか、嬲っていた少女の腹が裂けて内蔵が飛び散ったのだ。
「あ、殺しちゃった。勿体ない……で、何があったの?」
顔に付いた血を拭う女性。口では勿体ないと言いながらも特に気にした様子もなく、アレフガルドに向き直って問いかける。
「以前にお嬢様がゼスに建てられたという塔が人間に発見され、その機能を停止しました」
「あら? レッドアイに協力して貰って造ったあの塔? 今はあの場所、ゼスじゃなくて砂漠なんだっけ? 地下に隠していたはずなのにどうして見つかったのかしら……」
「突如塔が砂漠にせり上がったそうですぞ。原因は不明です」
ふむ、と塔がせり上がった理由を考えるような仕草を見せる女性だったが、面倒臭くなったのかすぐにお手上げのポーズをする。その後に見せたのは、どこか不機嫌そうな表情。
「また人間界に行くことになったら、あの塔で楽しもうと思っていたのに。結構大変だったのよ、あの塔建てるの。レッドアイを適当に褒めて、色々とギミックを追加して貰ったっていうのに……どこのどいつよ、全く。許せないわ」
「お労しや、お嬢様……」
彼女の名はメディウサ。若い女性を嬲ることを趣味としている女性であり、その正体は人間ではない。人類の敵、魔人。その中でも特に凶悪な思想を持った一人であった。
「あー、なんかドッと気が抜けちゃったわ。寝るから枕よろしく」
「はい、お嬢様。いつも通りこの爺めが膝枕をさせていただきます」
「全く……機能停止させたその人間、もし見つけたら簡単には殺さないわよ」
今ここに、新たな因縁が生まれる。その対象はルークではない。四将軍、サイアス・クラウン。彼はこれより数年後、その命を掛けてメディウサと対峙することになる。その因縁の始まりであったことを、その死闘の凄惨なる結末を、まだ誰も知る由はなかった。
[人物]
山田千鶴子
LV 40/50
技能 魔法LV2
ゼス四天王の一人。他の四天王が全くと言っていいほど仕事をしないため、腐敗した長官連中と一人で渡り合う苦労人。主に情報魔法に長けており、ゼスの未来は彼女の双肩に掛かっていると言っても過言ではない。服のセンスは抜群に悪い。
パパイア・サーバー
LV 37/48
技能 魔法LV2
ゼス四天王の一人。元々は真面目な性格であり、千鶴子の親友でもあったが、数年前に突如性格が一変。怪しげな研究にのめり込む。
アニス・沢渡
LV 54/88
技能 魔法LV3
山田千鶴子の弟子にして、ゼスが誇るへっぽこ最強魔法使い。その魔力は国王すらも上回る。一度出撃すれば敵味方の区別無く全滅させてしまうため、『味方殺しのアニス』という異名で恐れられている。ジウの町の一角を消し飛ばしたため、千鶴子にこっぴどく説教を受けた。その事を反省し、町の復旧にも積極的に協力していたが、周りはまた何かやらかすんじゃないかと冷や冷やしていたという。その際、同じく町の復旧に協力していたルークという冒険者と顔見知りになる。
マクシミリアン
LV 18/20
技能 魔法LV1
山田千鶴子の忠実な部下。主に政治面で千鶴子を大きくサポートする。魔法使い至上主義にも懐疑的で、腐敗したゼス国内において千鶴子が信頼し、重用する数少ない人物の一人である。
メディウサ
LV 105/152
技能 剣戦闘LV1 魔法LV1
ケイブリス派に属するへびさんの魔人。女性を嬲ることを趣味とする残忍な性格。ルークたちの前に姿を現すのはまだ先のこと。
アレフガルド
LV 70/77
技能 執事LV3
ネコムシ出身であるメディウサの使従。彼女のためなら何でもこなすスーパー執事。ケイブリス派リーダーであるケイブリスとの中も良好で、茶飲み友達。
アニー
ジウの町を治める長。突如砂漠に現れた塔を偶然発見し、中を見て回る内に乱暴された自分を見捨てた町の人への復讐に駆られたもう一人の人格が生まれてしまう。本来は優しく、穏やかな性格。
[モンスター]
ロンメル
聖骸闘将の一種。服は青く、目の部分には横長の切れ込み。聖骸闘将の中では下位に位置する。
プチハニー
オレンジ色の小さなハニー。衝撃を与えると爆発する厄介な相手。死骸は爆薬として利用される。
白血球ハニー
白く小さなハニーで、正確にはハニーではなく何者かによる生成生物。別名メイクドラマ2号。
メイクドラマ1号 (オリ魔物)
水色の巨人。伸縮自在の腕を持ち、並の魔法攻撃ではビクともしない程の高い魔法抵抗を持つ。これも何者かによる生成生物。
[技]
業火炎破
辺り一面を業火が包む、炎属性の中級広域魔法。その威力は火爆破よりも遙かに高い。
ティーゲル
闇の砲弾をぶつける聖魔法。使用してくる闘将によって威力が違う。その威力によってティーゲル2、ティーゲル3と分類分けされて呼ばれる。
ゼットン
一兆度の高熱火炎弾を敵に放つ最上級魔法。炎属性魔法の中では最強に分類されているが、使用できるのは極僅かな者のみである。
防御付与
仲間の防御力を一時的に上げる支援魔法。非常に使い勝手が良いが、あくまでサポートになってしまうため好んで使う者は少なく、使用者は重宝される。
魔法付与
仲間の魔法力を一時的に上げる支援魔法。ゼス国内では特に重宝される魔法の一つ。
[都市]
ジウの町 (半オリ)
キナニ砂漠南東部に位置する町。行商人などで活気に溢れている。OVAではジオの町だが、位置関係がおかしいのでオリジナルの町に変更。
[その他]
聖骸闘将
かつて聖魔教団という団体が作り出した戦争兵器。魔法使いの死体を使った人造魔法使いや、魂の入っていない巨大メカが主な兵器である。モンスターではないが、聖魔教団が滅んだ後も命令であった蛮人撲滅命令を守り抜いているため、人類に襲いかかってくる。
四天王の塔
王者の塔、日曜の塔、弾倉の塔、跳躍の塔の四つの塔。四天王が管理することになっている。その地下にはある秘密が隠されているが、その事実を知る者は少ない。
アトラスハニー
砂漠に突如現れた塔。正確にはハニーではなく、何者かによって作り出された建物である。魔法LV3相当の技術が使われている。
年表
GI0815 メディウサダーク ゼス国内をメディウサが暴れ回る この際に塔を建設
GI0816 キナニ砂漠が誕生 地面に埋めた塔は発見されず
GI0912 レッドアイダーク レッドアイが使い魔を駆使して塔を魔改造
LP0001 地中より塔が現れる 原因は今のところ不明とされている