ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第3章 リーザス陥落
第23話 希望を携えた、たった一人の逃亡者


 

LP0002 4月

-リーザス城 深夜-

 

 時刻は既に日が変わる直前、本来であれば一部の護衛兵を残し、城は閑散としている時間帯である。しかし、この日はいつもと違った。少数ではあるが、城の中にはまだ普段よりも兵が残っている。城のとある部屋から明かりと談笑の声が漏れてくる。そこは一般兵が入ることは許されず、副将以上の地位の者が主に作戦立案などの目的で使用している部屋であった。

 

「バレス殿、コルドバ殿。遅くまで付き合って貰い申し訳ありません」

「気にするでない、リック。こういう事も偶にやっておかねば兵の刺激にならん」

 

 部屋の中には七人の男がおり、談笑をしていた。いずれも副将以上の地位の者である。深々と頭を下げて礼を言っているのは、リーザス最強の兵士。赤の軍将軍、リック・アディスンだ。それに応えるのは、黒の軍将軍にして、リーザス軍総大将、バレス・プロヴァンス。リアの祖父の代からリーザスに仕える隻眼の名将で、高齢でありながら未だ現役の古強者である。

 

「がははは、しかしまた腕を上げたな!」

「(やれやれ、相変わらず将軍たちは甘い。こんなに遅くまで付き合わされるこちらの身にもなって欲しいものだ……)」

 

 豪快に笑いながらリックの強さを褒め称えるのは、青の軍将軍、コルドバ・バーン。防衛戦に長けた将軍であり、『リーザスの青い壁』という異名を持つ男であり、こちらもリック、バレスに劣らぬ強者だ。その横で黙々と帰り支度を進めているのは、青の軍副将、キンケード・ブランブラ。彼らがこんな遅くまで城に残っているのには訳がある。この日はリックの発案で、赤、黒、青の三軍合同訓練を行っていたのだ。本来ならばもっと早く切り上げる予定であったが、三将軍全員が訓練に熱が入ってしまい、結局こんな時間まで兵たちは付き合わされる羽目になったのだ。勿論、やむにやまれぬ事情があった者は先に返していたが、副将という立場から最後まで付き合わされたキンケードは心の中で悪態をつく。彼は三将軍と違い、リーザス国を守るという熱意は薄く、仕事と割り切って軍務を行っていた。とはいえ大国の副将、その実力は本物である。

 

「(帰ったら一杯……いや、こんな時間から飲むのも微妙か。一風呂浴びてさっさと寝るに限る)」

「…………」

 

 そんな事を考えているキンケードの後ろで黙々と着替え、帰り支度を進めているのは黒の軍副将のドッヂ、サカナク、ジブルの三人。リーザス全六軍のトップに立っている黒の軍は、他の部隊とは違い特別に副将が三人存在していた。

 

「しかし、やはりバレス殿のように上手く兵を動かすことが出来ませんね」

「がはは、リックは攻め気が強すぎるからな。率先して最前線に立つ将軍……ま、兵は鼓舞するがな」

「現状維持で良い訳ではないが、大きく変える必要もあるまい。儂の部隊とお主の部隊では求められる役割が違うからの」

 

 進撃部隊である赤の軍、防衛部隊である青の軍、それらを統括する黒の軍。ただでさえ兵の損耗が激しい赤の軍であるが、現将軍のリックは将軍になってからまだ日が浅い。バレスのように損耗を抑える戦い方が出来ず、常日頃から悩んでいたのだ。その悩みを察していたバレスとコルドバは、突然の提案にも関わらず今回の合同訓練を引き受けたのだ。これからリーザスを担うのは、間違いなくリックだ。彼が少しでも高みに上れるのであれば、それを後押ししてやるのが自分たちの務め。

 

「大体意見は言い終えたかの?」

「そうですね」

「じゃあ、帰るとするか。フルルの奴、多分寝ないで待っちまっているだろうしな」

「(やれやれ、やっと帰れる……)」

 

 今日の訓練の総括をしながら、そろそろ帰路に着くかという話題になる三将軍。コルドバは愛しの妻の顔を思い浮かべている。こうなったらもう間もなく帰れるはずだ。経験上そう確信したキンケードが安堵するが、そのとき突如一人の女性が部屋に駆け込んできた。

 

「どうした、メナド。そんなに慌てて」

 

 部屋に入ってきたのは、赤の軍副将、メナド・シセイ。まだ少女であるがその剣の腕は本物で、若年ながら副将という地位に就いていた新世代の強者である。真面目な彼女がこんなに慌てて駆けてくるなど珍しい。何かあったのかと思いながらリックが問いかけると、メナドは青ざめた顔をして口を開く。

 

「ご、ご報告します! ヘルマン軍が、突如リーザス城内に現れました!!」

「なっ!?」

「なんじゃとっ!?」

「一体どうやって……」

「そんな事は後で考えればいい! どこの軍だ!?」

 

 あり得ない報告に、部屋の中にいた七人全員が驚愕する。北の大国、ヘルマン帝国。鉱物資源は豊富だが気候に恵まれず、民が貧困に喘ぐこの国は古くからリーザスの豊かな土地を狙い、これまで何度となく戦争を繰り広げてきた。しかし、リーザスとヘルマンの国境に高々とそびえるバラオ山脈が大規模な軍事行動を邪魔し、今日までリーザス侵略の野望は達成されていなかった。そう、本来であればヘルマン軍が国境警備隊に気付かれずにリーザスにやって来られるはずがないのだ。キンケードがその疑問を口にするが、コルドバがそれを制しながらメナドに問いかける。

 

「現れたのは第3軍。城の内部、外部、共にヘルマン兵で溢れており、その数は数万に及ぶと思われます!」

「第3軍……トーマか。厄介なのが来おったな」

「ですが、負ける訳にはいきませんね!」

「絶対に死守するぞ! 朝になれば白の軍と魔法部隊、それに先に帰っちまった兵たちも集まる。今夜さえ凌げば勝利は俺たちのもんだ!」

「やれやれ、今夜はもう帰れそうにないな……」

 

 将軍たちが速やかに武器を取り、部屋から飛び出していく。報告に来たメナドと黒の軍副将の三人もそれに続き、キンケードがため息を吐きながら、されど武器をしっかりと握りしめて部屋を後にする。こうして、戦いが始まった。

 

 

 

-リーザス城 一階-

 

「はあっ!」

 

 金色の鎧を纏った女戦士の一撃にヘルマン兵が崩れ落ちる。彼女は親衛隊隊長、レイラ・グレクニー。本日の合同訓練には参加していなかったが、国王の警備のために組織されている親衛隊は交代制で常に城に駐在。ヘルマン兵が現れた報告も一早く届き、こうして真っ先に防衛に駆けつけていたのだ。

 

「うぉぉぉぉ!!」

「遅い! みんな、リック将軍たちが各所に到着し始めたようよ! 頑張って!」

「はい、レイラ隊長!」

 

 レイラ率いる親衛隊は、押し寄せるヘルマン軍にじわじわと押されてはいるものの、必死にこの階を死守していた。リックやバレス、コルドバが防衛に参加し始めたという情報は、彼女たちを安堵させた。ヘルマンの奇襲には驚かされたが、合同訓練で三軍が残っていたのは不幸中の幸い。これならば、朝までは持ち堪えられるはずだ。レイラが特攻してきたヘルマン兵を斬り伏せながら部下を鼓舞したそのとき、目の前のヘルマン兵の波を押しのけながらゆっくりと歩いてくる影が見える。3メートル近くあるだろうか。ローブを身に纏ったとてつもなく大柄の男がレイラの目の前に立ち、見下ろしてくる。

 

「邪魔だ、人間の女よ」

 

 重苦しく響く男の声に、気がつけばレイラは冷や汗を掻いていた。理由は判らないが、目の前に立つこの男からの重圧をハッキリと感じる。だが、退く訳にはいかない。

 

「悪いけど、通す訳にはいかないわよ!」

「なら、死ぬか?」

「舐めないでよ! はぁっ!!」

 

 

 

-リーザス城 東の塔前-

 

「覚悟ぉぉぉ!」

「この俺に向かうとは良い度胸だ、誉めてやるぞ」

 

 剣を振り上げながら迫ってきたヘルマン兵に対し、コルドバが不敵に笑う。コルドバとキンケードの二人は、まだ城に残っていた少数の青の軍を率い、東の塔付近の防衛に当たっていた。ヘルマン兵が振り下ろしてきた剣を肩のプレートで受け止め、その勇気を讃えながらもカッと目を見開く。

 

「生かしては帰さんがな、ふんっ!」

 

 瞬間、ヘルマン兵はコルドバの持っていた剣によって叩き伏せられた。剣で斬る、という表現ではなく、剣で殴る、という表現の似合うコルドバ独特の戦い方だ。巨漢から放たれるその強力な一撃に、ヘルマン兵が恐怖する。

 

「あ、あれがリーザスの青い壁……」

「おら、死にたい奴から掛かってきな!」

「朝まで持ち堪えるという点では、掛かってこられるよりもこのままダラダラとしていてくれた方が助かるのですがね……」

 

 キンケードがため息を吐くが、更に二名のヘルマン兵を叩き伏せながらコルドバがそれに返す。

 

「それはここだけの話だ。防衛に長けた俺たちが負けねぇのは当然の事。今俺たちに求められているのは、早いところここを殲滅して他の場所の援護に向かう事だ」

「(出来ればそんな面倒な事は避けたいのですが、リーザスが陥落すれば元も子もないか……)」

 

 他の場所の援護に向かうという事は、それだけ多くの死地を渡り歩くことになる。平時であれば適当に手を抜いて他の軍に任せるところであったが、流石に今はそうもいかない。嫌々ながらも攻めに転じることにしたキンケードは、持っていた剣を真っ直ぐと突き出しながら部下に向かって指示を出す。

 

「ほら、何をぼうっとしている。リーザスの危機なんだ、給料貰った分は働きたまえよ。行け!」

「青い壁は無理でも、あいつならば……うぉぉぉぉ!」

 

 後ろから指示を出すだけで自分は前に出てこないキンケード。それを見た一人のヘルマン兵が、キンケードに向かって駆けていく。コルドバに向かうよりは戦いやすいと思ったのだろう。思わぬ特攻にキンケードの部下たちは対応が遅れ、キンケードへの接近を許してしまう。

 

「ごがっ……」

 

 だが、次の瞬間にはそのヘルマン兵の喉をキンケードの剣が貫通する。素早く放たれた突きは易々とそのヘルマン兵の命を奪っていた。これこそがキンケードの戦闘スタイル。趣味のフェンシングから昇華されたその突きは、速く、かつ正確。

 

「私ならば倒せると思いましたか? 愚かな……」

 

 床に崩れ落ちていくヘルマン兵を薄く開いた瞳で見下ろすキンケード。決して侮ってはいけない。やる気がないように見えても、この男は大国リーザスの軍で副将まで登り詰めた男なのだから。

 

「さあ、殲滅するぞ!」

「無謀な特攻は避け、確実に殺せるところから殺していけ!」

 

 その圧倒的な防衛力にヘルマン兵が攻めあぐね、その隙をついた青の軍が逆にこちらに攻め込んでくる。守り一辺倒ではなく、攻めるときは攻める。これこそがリーザス青の軍の戦い方であった。

 

「何をモタモタやっているの! 早くその下品な男たちを仕留めなさい!」

 

 部下たちのあまりの不甲斐なさに、ここの兵たちを率いていた男が金切り声を上げる。オカマ言葉が特徴的な中年男、ヘルマン第3軍司令官、ヘンダーソンだ。

 

「がはははは、後ろからごちゃごちゃ言ってないで自分で来たらどうだ、ヘンダーソンさんよぉ!」

「ふん、ヘルマン一美しいこの私の相手をしようなんて100年早いわ。行きなさい!」

 

 重度のナルシストであるヘンダーソンを見てキンケードが辟易とする。どこからどう見てもただの中年親父であり、美しさの欠片も見られないからだ。指示を受けたヘルマン兵が特攻をしてくるが、コルドバは余裕の表情でそれを迎え撃つ。

 

「美しいってのは、俺の奥さんみたいな人のことを言うんだよ! おらっ!」

 

 

 

-リーザス城 西の塔前-

 

「冷静に。訓練の成果をここで見せるんじゃ」

 

 コルドバ率いる青の軍とは反対側、西の塔方面を防衛するのは、バレス率いる黒の軍だ。バレスの的確な指示を受け、その通りに動く黒の兵たち。あらゆる事態を想定し、普段から何度となく繰り返してきたその動きには一分の無駄もない。

 

「バレス将軍の顔に泥を塗るのは許さんぞ!」

「おらっ!」

 

 彼らの動きが淀みないのは訓練の賜物なのだが、それだけが理由ではない。黒の軍の連帯感は他の軍よりも高く、特にバレスへの忠誠心は群を抜いている。長きに渡ってリーザス軍の最前線で戦い抜いてきた古強者にはそれだけの魅力があり、リーザス国王に仕えているのではなく、バレスがいるから軍に所属しているのだと明言する者は少なくない。

 

「良いぞ。そのまま前進」

「「「了解!」」」

 

 それ故、バレスの命令に疑いを持つ者はおらず、指示から動くまでのタイムラグが殆ど無いのだ。確実に押されている部下たちを見て、豚のような外見の中年男が唇を噛む。

 

「なんでそんな老いぼれを倒せないんだぶー。情けないぶー」

「かつての大拳法家が見る影もないの、フレッチャーよ」

 

 この豚のような男は、かつて大陸最強とまで言われた拳法家、フレッチャー・モーデル。当時を知っているバレスは、ぶくぶくと太って見る影も無くなったフレッチャーを哀れんだ瞳で見る。

 

「むきー! そんなことを言っていられるのも今のうちぶー。ボウ、リョク!」

「むっ……」

 

 頭に血が上った様子のフレッチャーは、側に控えていた二人の拳法家の名前を呼ぶ。肥えたフレッチャーと違い、スラッとした体つきに見て取れる筋肉。間違いなく、この二人は強い。

 

「お前たちの力を見せてあげなさいぶー!」

「油断するな、冷静に対処すれば問題はないはずじゃ」

 

 

 

-リーザス城 二階-

 

 リーザス城の二階を守るのは、リーザス最強の兵士リックと、彼が率いる赤の軍。

 

「ぐぁぁぁぁ!」

「ぎゃぁぁぁぁ!」

「ひ、ひぃぃぃ……」

 

 ヘルマン兵の悲鳴がこだまする。一階を守る親衛隊が逃してしまったヘルマン兵たちを迎え撃ち、一人残らず斬り伏せていたのだ。二階に上がってきたヘルマン兵は、リックの姿を見た瞬間一人残らず震え上がっていた。世界にその名を轟かす剛の者、リーザスの赤い死神。そのような腰の引けた者たちに遅れを取るリックとメナドではない。

 

「下がっておれ」

「あ、あれは!?」

 

 だがここで、リックの姿を見ても全く怖じけ付かず、堂々と目の前に対峙する者が現れる。その顔を見たメナドが思わず声を漏らす。軍に所属していて、この男を知らぬ者などいない。ヘルマン第3軍将軍にして、人類最強との呼び声が高い真の強者、トーマ・リプトン。

 

「トーマ将軍……」

「言葉はいらんぞ、赤い死神」

「……メナド、皆を下がらせろ」

 

 リックの言葉を受け、赤の軍が数歩後ろに下がる。ヘルマン兵の方も、既にトーマから指示を受けて下がっている。対峙するリーザス最強とヘルマン最強。ゴクリ、と誰かが息を呑んだ。

 

「行くぞ!」

 

 トーマがその手に持つのは、鎖の付いた巨大なトゲ付きの鉄球。その鉄球を、トーマは咆哮と共にリック目がけて飛ばしたのだ。かなりの重量があるはずのそれを軽々と飛ばしたのにも驚いたが、その攻撃に対してリックは怯むことなく、鉄球を剣で擦りながらその横を駆けていく。

 

「はぁぁぁぁ!」

 

 リックが剣を振り上げ、トーマ目がけて振り下ろそうとする。瞬間、くん、とトーマが鉄球を持つ鎖を動かしたのが目に飛び込んできた。次いで後方から聞こえてきた風切り音にリックがすぐさま腰を落とす。すると、そのリックの頭の上を鉄球が通り過ぎていった。飛ばしていた鉄球を戻しがてら、後方からリックを狙ったのだ。だが、リックはその奇襲を躱し、グッと一歩踏み込んでトーマの顔目がけて剣を振り上げる。

 

「ふっ!」

 

 ガキン、という金属音。リックの一撃は、鎖を巧みに動かしていつの間にか顔の前へと引き寄せていた鉄球によって阻まれていた。トーマは腰を落としたリックを見下ろしながら、リックは鉄球の横から見えるトーマを見上げながら、互いにニヤリと笑いあう。そして、再開する最強同士の攻防。リックの剣が、トーマの鉄球が、所狭しと飛び交う。

 

「凄い……」

 

 入り込む隙が無いとは正にこの事。メナドが悔しさを感じながらも、その圧倒的な戦いに見惚れていた。いや、メナドだけではない。その場にいたリーザス、ヘルマン両軍の兵は、漏れなく目の前の戦闘に目を奪われていた。

 

 

 リーザス軍は奮闘していた。不意を突かれた形で最初こそ後れを取っていたが、各所に将軍・副将たちが参戦すると状況は膠着。場所によってはリーザス軍が優位のところまで現れる程であった。朝まで持つかもしれない、リーザス兵たちはそう思い始めていた。その時、リーザス場内に不気味な音色が響き渡る。

 

「むっ! なんじゃ!?」

「なんだ、この音色は……?」

「これは……なん……だ……力が……」

 

 キンケードの体が崩れ落ちる。いや、キンケードだけではない。各所で音色を聞いた兵たちが次々と崩れ落ちていった。バレスとコルドバも例に漏れず、片膝を付き、頭を抱え、遂にはその体が地に付いた。

 

 

「これは……トーマ将軍、一体何を!?」

 

 片膝を付きながら、それでも意識を失うことを必死に拒んでトーマに問いかけるリック。周りの兵たちはメナド含め、既に全員が倒れていた。先程まで嬉々とした表情で戦っていたトーマだったが、今はどこか悲しげな表情を浮かべている。

 

「すまんな、死神よ。正々堂々と決着をつけたくはあったが、こちらにはもう時間がないのだ……」

「無様だな、赤い死神よ!」

 

 そのとき、トーマの後ろから男の声が響く。リックが朦朧とする意識の中でそちらに視線を向けると、そこには三人の男と一人の女性、二体のガーディアンが立っていた。三人の男の内二人はローブを身に纏っているため顔が良く判らないが、中央に堂々と立っている男、今の声の発生主には見覚えがある。それは、ヘルマン国皇子。

 

「パットン皇子、貴方がこの部隊を率いた張本人か。どうやってリーザスに……」

「ふふふ、そうだ。この私がリーザスを陥落させるのだ。どうだ、赤い死神よ。これが魔人の力だ!」

 

 パットンの言葉にリックの目が見開かれる。その言葉に反応するように、纏っていたローブを脱ぎ捨てる二人の男。岩のような体を持ち、白い髭を蓄えた男と、金髪美形の青年。そして、その二人の横に立つ赤い髪の美少女。確かに、とてもヘルマン兵には思えぬ姿だ。これが、魔人。リックが必死に声を絞り出す。

 

「馬鹿なっ……魔人と手を結んだというのか……無謀だ!」

「負け惜しみはそれまでにしてもらおうか。現にノスたちは忠実に私の命令を聞いている。ははは、これでリーザスも終わりだ!」

 

 高笑いを響かせるパットン皇子から視線を外し、リックはトーマを見ながら尚も声を絞り出す。

 

「トーマ将軍……貴方は本心で……こんな作戦に賛同しているのですか……!?」

「…………」

 

 トーマはただただ悲しげな瞳でリックを見据えながら、ゆっくりと口を開く。

 

「もう休め、死神よ」

「う……うぉぉぉぉ!!」

「なっ!?」

「ほぅ……」

 

 そのとき、リックが咆哮と共に自身の右足に剣を突き立てる。その行動にパットン皇子とトーマの二人だけでなく、金髪の青年の魔人と赤い髪の少女の魔人も驚いた様に目を見開いていた。ただ一人、初老の魔人だけが興味深そうに顎に手をやっている。

 

「はぁぁぁぁぁ!」

「ひっ……」

 

 意識が覚醒したリックは剣を振り上げ、パットンへと斬りかかる。そのリックの後ろに死神がハッキリと見えたパットンは恐怖に声を漏らすが、その刃がパットンに届くことは無かった。

 

「がはっ……」

「見事なり、赤い死神よ……」

 

 リックの腹に、深々とトーマの拳がめり込んでいた。その口から発せられるのは、リックへの賞賛の言葉。

 

「……無念……リア様……申し訳……」

 

 こうして、リックは遂にその意識を手放す。その体が崩れ落ちるのと同時に、その奥、事態を見守っていた女忍者が城の階段を駆け上がっていく。音色に意識を奪われそうにはなったが、皆よりも城の奥にいたためその音色は少ししか届かず、気絶するまでには至らなかったのだ。その女忍者、見当かなみが目指すのは主君が隠れる最上階。

 

 

 

-リーザス城 最上階-

 

「リア様! ご報告です!」

 

 リアが隠れる最上階の部屋にかなみが飛び込んできた。部屋の中にいるのは、リアとマリスのみ。不安そうにするリアの背中をマリスがそっと抱き込んでいる。

 

「かなみ、下の様子は……」

 

 唇を噛みしめながら、かなみはリアの問いに答える。

 

「地獄です。ヘルマン軍がここに来るのも時間の問題です」

「大丈夫よ。今この城にはリックもレイラもいる。朝になれば国境警備隊が駆けつけてくれるわ」

 

 不安を打ち消すようにリアがそう口にするが、概ねの状況を確認してきたかなみは首を横に振る。

 

「……既にリックさん、レイラさん共に敗れました」

「そんな! レイラが!?」

「リックも、ですか……?」

 

 リーザス最強のリックと、ナンバー2のレイラ。その両者の敗北を聞き、それまでリアを不安にさせないよう冷静に務めていたマリスの表情にも焦りの色が浮かぶ。

 

「はい。奮戦していたリック将軍ですが、突如城内におかしな音色が鳴り響き、それを聞いた兵たちが次々と倒れていきました。恐らく、バレス様やコルドバ様ももう……」

「そんな……」

「それと、この軍を率いているのはパットン皇子です。いえ、率いているのは軍だけではありません。パットン皇子は、魔人と手を結んでいます!」

「「なっ!?」」

 

 かなみの報告にリアとマリスの目が見開かれる。人類の敵であり、自分たちを蹂躙する存在、魔人。それとヘルマンが手を結んだというのだ。

 

「魔人ですって……マリス、奴らの狙いは……」

「はい、奴らの目的はカオスで間違いないかと」

「……カオス?」

 

 リアがマリスに問いかけ、マリスもゆっくりとそれに頷く。その話は聞こえてきたものの、言っている意味が判らなかったかなみはカオスという単語を口にする。カオスとは一体何なのか、見当も付かない。そのとき、リアの様子が変わる。震えが止まり、何かを決断したかのようにその目が鋭くなる。政治家として働いているときとはまた違う、王女としての威厳を持ったその姿にかなみは何故か言いしれぬ不安を抱いた。

 

「マリス、聖盾を」

「はい」

 

 気がつけば、マリスの表情も真剣なものに変わっていた。リアの言葉を受け、マリスは部屋に置いてあったリーザス聖盾を持ち、リアに手渡す。この部屋に避難する際、何故かリアが大事そうにこの盾を持ってきていたのだ。マリスから盾を受け取ったリアは、かなみの目の前に歩みを進め、その盾をかなみに手渡す。

 

「……リア様、これは?」

「かなみ、リーザス国王女として命じます」

 

 フッと微笑んでくるリア。その美しい笑顔に、かなみの胸が不安で早鐘を打つ。そして、リアがハッキリとその言葉を口にする。

 

「この城から貴女だけでも脱出しなさい」

「なっ……!?」

 

 リアの命令に驚愕するかなみ。これが、先程から感じていた不安の正体。主君を置いて自分だけ逃げろと、そう命じられたのだ。

 

「リア様! 出来ません!!」

「かなみ、ただ逃げろと言っている訳ではないの。忍者の貴女一人だけならば、この城から気付かれずに脱出出来る可能性が高いわ。この聖盾を持ってランス様の元に行き、この事を伝えて。もし可能ならば、ルーク様にも協力を要請して」

 

 リアがランスをダーリンではなくランス様と呼ぶ。ルークを呼び捨てではなくルーク様と呼ぶ。リア個人としてではない、一国の王女としての振るまい。断れるはずがない。不甲斐なさに唇を噛みしめながら、かなみは盾を受け取る。

 

「かなみ、早く行きなさい。注意はこちらが引きつけます」

「必ず……助けに来ます……」

 

 今のかなみに絞り出せたのは、そんな言葉だけであった。その言葉にはなんの根拠もない。二人の支えにもなれそうもない、儚い言葉だ。だが、リアとマリスはかなみのその言葉に優しい笑みを浮かべる。

 

「ふふっ、期待して待っているわ。マリス、私と貴女に知識ガードの魔法を掛けなさい。魔人たちに情報が漏れることの無いように」

「はっ!」

「マリス。勿論、最後まで付き合ってくれるわよね?」

「何を今更。地獄の底まででもお供します」

「あら? やっぱり私は地獄行きなのかしら?」

 

 そんな事を言い合いながら、リアとマリスが部屋から出て行く。瞬間、部屋の外からヘルマン兵の声が響く。

 

「いたぞ! リア王女だ!」

 

 そう、リアとマリスはかなみが脱出しやすいように自ら囮になったのだ。その姿を見送り、胸が張り裂けそうになりながらもかなみは窓から抜け出す。

 

 

 

-リーザス城 外周-

 

 今、陥落していくリーザス城から一人の忍者が抜け出した。それに気が付いたヘルマン兵はいない。いや、正確にはたった一人、脱出するその姿を目撃した者がいた。

 

「……ん?」

「どうかしましたか、ミネバ様?」

「いや、なんでもない」

 

 部下に問いかけられた人物は、ヘルマン第3軍副将、ミネバ・マーガレット。女性でありながら実力でこの地位までのし上がった彼女は、部下の問いになんでもないと答え、夜の闇に消えていく忍者の背中を見送る。

 

「(あの距離じゃあ、今から追いかけても間に合わないね。正直に報告して、あの馬鹿皇子にあたしらの責任にされるのも癪だ。黙っていた方が賢いってもんだ)」

 

 こうして、唯一の目撃者があえて報告を怠ったため、かなみは無事にリーザス城から脱出を遂げた。彼女は向かう、ある男たちの元へ。

 

「……ルークさん、ランスさん。お願い……リーザスを、リア様を助けて……」

 

 この日、リーザスは陥落した。

 

 

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