数日前
-ジウの町-
「ルーク様、長い間復旧を手伝っていただき、ありがとうございました」
「なに、依頼を受けた者としてアフターサービスは当然の事だ。出来れば最後まで付き合いたかったんだがな」
「いえいえ。ここまで来れば、後一月も掛かりません。冒険者のお仕事もおありでしょうから、これ以上ご迷惑は掛けられませんよ」
リーザス陥落より数日前、ルークは長きに渡って滞在していたジウの町を後にするところであった。アトラスハニーの事件後、ルークはこれまでジウの町の復旧作業を手伝っていたのだ。町の一角が吹き飛ばされるのを止められなかった事に多少の責任を感じていたためである。今は町の入り口前でアニーの執事をしていた老人と話をしている。周りには、同じく復旧作業を行っていたゼスの魔法使いたちも集まっていた。その人だかりの中から一人の魔法使いがスッと一歩前に出る。
「それではルーク様、お元気で!」
「ああ、アニスも元気でな。それと、周りをよく見て行動するように」
その人物とは、ゼスが誇るへっぽこ魔法使いにして、ジウの町の一角を吹き飛ばした張本人、アニス・沢渡だ。ジウの町に対してゼスが多大な補償をしなければならなくなった罰として、千鶴子はアニスに復旧作業の手伝いを命じていたのだ。因みにこれを命じた際は頭に血が上っていたため気が付かなかったが、数日経って冷静になった千鶴子は、アニスが復旧作業の手伝いをするという危険性に気が付き、慌てて呼び戻そうとした。だが、これをアニス自身が拒否。
『自分の責任は自分で取ります。アニスはちゃんとそういう事が出来る人間ですので!』
『だから、アンタが動く方が危険だって言っているのよ!』
ドヤ顔かつキリリとして表情でそう言われた千鶴子の胃の痛みは悪化。なんとかしてアニスを早々に呼び戻す準備を進めていたが、その千鶴子に思わぬ吉報が届く。
『アニスの被害が殆ど出ていない……?』
全く出ていない訳では無いが、普段アニスからゼスが被っている損害を考えれば、雀の涙と言っても過言では無い損害額に千鶴子が絶句する。これが、数ヶ月前の出来事。
「ああ……ルークさんがいなくなったら、誰がアニス様の暴走を止めるんだ……」
集まっていたゼスの魔法使いたちはルークの旅立ちを嘆き、中には涙を流している者までいる始末。ゼスの魔法使いが魔法を使えない者の旅立ちをこのように嘆くのは非常に珍しい事だが、それにはちゃんとした訳がある。初めこそ魔法使いでないルークを蔑んでいた復旧作業員たちだが、ゼス国民ならば誰しもが恐れるアニスが何故だか妙にルークに懐き、ルークも何故だかアニスの扱いが上手かった。暴走しようとすれば上手く嗜め、アニスも素直にその言葉を聞いていたため、その被害が最小限に抑えられていたのだ。
『妹がいるから、年下の扱いには慣れているのかもしれないな。最近は大きな弟みたいなのと付き合っていたし』
何故そんなにアニスの扱いが上手いのかを尋ねた作業員へのルークの返答がこれだ。そんな単純な話でも無いと思うのだが、理由はともあれアニスの被害が最小限に抑えられているのは事実。この事から作業員たちはルークに深く感謝し、今では魔法使いでないということに関係なく接してくるようになったのだ。
『絶対に、何が何でもゼスにスカウトするように!』
因みに、この報告を聞いた千鶴子は目を血走らせながらそんな事を言っていた。気持ちは痛いほど判るが。千鶴子からの命令もあったので一応スカウトはしたものの、やんわりとルークには断られてしまった。その報告を聞いた千鶴子の落胆ぶりは筆舌にし難い程だったという。
「ザック、サイアスとキューティにもよろしく伝えておいてくれ。まあ、サイアスには自分からも連絡は入れるがな」
「はい。必ず伝えておきます」
ルークがアニスではなく、後ろに控えていた作業隊のリーダーであるザックにそう告げる。アニスに伝えても十中八九忘れられるからだ。今、この場に二人はいない。サイアスは四将軍の仕事があるため、そもそも復旧作業の方には携わっていない。キューティは復旧作業初期の段階では折を見て作業を手伝いに来ていたのだが、年が明けてからあまり姿を見せなくなる。サイアスに聞いたところ、どうも治安隊隊長に出世したらしく、激務の日々を送っているらしい。
「それでは、またどこかで機会があれば」
「お元気でー!」
手を振る作業員たちに別れを告げ、一人街道を歩いて行くルーク。うし車を手配する話もジウの町側から出ていたのだが、のんびり歩いて帰るさ、とルークはこれを断っていた。
「さて、アイスの町に帰るのも久しぶりだな」
ジウの町の復旧もほぼ完了に近づき、アニスも近々ゼスに戻るように辞令が下るとの事。因みに、アニスの情報はサイアスから内密に教えて貰ったものである。曰く、長い事慕っている千鶴子と会えていないためホームシック気味になっているアニスは、今度こそこの辞令を断らないだろうというのが大方の予想らしい。それを聞いたルークはここらが潮時と考え、アイスに戻る事を決めたのだった。ここ数ヶ月はギルド仕事も碌に受けず、ゼスからの報奨金もジウの復旧に回してくれと断っていたため、サイフの中が驚くほど軽い。この事もアイスの町に戻ろうと考えた要因の一端であった。1000GOLDも入っていないサイフを見て少し笑いながらルークが呟く。
「ま、それ以上に貴重な繋がりが手に入ったから良しとするか……」
それが、アニスとの繋がり。以前リーザスでアレキサンダーを鍛えたときのように、ルークはとある理由から世界の強者との関わり合いを持とうとする傾向がある。勿論、打算的な理由だけでジウの町の復旧を手伝ったり、アニスと付き合っていたりした訳ではない。アニスとここまで仲良くなれたのは偶然の産物だ。その偶然に感謝しながらルークは帰路に着く。何故ルークが強者との繋がりを求めているのか。それに関してはルークが語らないため、ギルド長のキースですらその理由を知らずにいた。
-アイスの町近辺 街道-
そして、ルークがジウの町を経ってから数日後。街道を全力で走る一つの影。リーザスの女忍者、かなみだ。
「はぁっ……はぁっ……」
少しでも早くリーザスの危機をランスに伝えるべく、こうしてアイスの町を目指していたのだ。ランスがここ数ヶ月仕事をせずにアイスの町にいるのは知っていた。リアに命じられ、常にランスの動向を調べていたからだ。同時に、ルークが数ヶ月アイスに戻っていない事も知っている。こちらはリアに命じられてはいた事ではなく、ランスの調査のついでに個人的に調べていた事であったため、何処にいるかまでは把握できていなかった。
「戻ってきてくれていればいいんだけど、そんな都合良くはいかないわよね……」
なんとかルークにも救援を要請したい。かつて自分に忠臣への道を指し示してくれた人物であり、リーザス最強の兵であるリックとも並び立つ程の高レベルであるルーク。特に前者の理由から、かなみはルークに絶大な信頼を置いていた。だが、居場所の判らないルークを悠長に捜している時間はない。ルークの戦力は心惜しいが、リアとマリスの救出には時間が限られている。ならば、ひとまず居場所の判っているランスに救援を要請しなければ。
「着いた……」
息も絶え絶え、身体中には擦り傷の付いた状態で何とかかなみはアイスの町の前まで辿り着いた。
「……かなみか?」
不意に後ろから声を掛けられる。その声は、かなみが一番会いたかった人物の声。まさか、と思いながら後ろを振り返るかなみ。彼女が通ってきたリーザス方面と繋がっている街道とは逆、ゼス方面からの街道からその人物は歩いてきていた。その姿を見た瞬間、自然と涙が頬を伝う。何という偶然、何という奇跡。
「どうしたんだ? また王女の命令か?」
「ルークさん!!」
気がつけば、かなみは街道を歩いてきていたルークに抱きついていた。少し驚いた様子のルークだったが、かなみの体に付いた傷やそのただ事ではない様子を見て真剣な顔になる。
「どうした。何があった!?」
「お願い……リーザスを、リア様を助けて……」
-アイスの町 ランス家-
「うーむ……昨日新しく開発した大和流星松葉崩しMK2という体位はあまり楽しくなかったな」
「あれの影響で背中が痛いです、ランス様……」
「うむ、次は世間で噂の乳山嵐を試してみるか」
「ひんひん……出来れば普通のでお願いします……」
朝食にへんでろぱとカレー饅頭を食べながら、ランスとシィルは昨晩の情事の話をしていた。食事を取りながらするような話ではないのだが、そこは流石ランスといったところか。因みに、この家は以前まで住んでいた借家ではない。カスタムの町の事件後、とある事件の報酬に無理矢理この一軒家をいただいたのだ。家賃を払う必要の無くなったランスは、以前よりも更に拍車を掛けてギルド仕事をしなくなっていた。そんな風に朝の談笑をしていたランスとシィルだったが、不意に家の扉がノックされる。
「ランス様、お客様みたいです。出てきますね」
「放っておけ。そのうち諦めて帰るだろ」
「また借金取りでしょうか? ランス様、そろそろキースさんに仕事を貰わないと生活できませんよ」
「またその辺のアイテムや家具でも売ればいいだろ」
「もう売れるものは大半売ってしまいました。本当にお金ありませんよ」
カスタムの事件から既に半年近く経っている。あの事件以後は殆ど仕事をしていなかったランスの金が底をつくのも、至極当然の事と言える。面倒だが何か稼ぎの良い依頼でもこなすかとランスが考えている間もノックは続いていた。
「……ちっ。それにしてもいつまで扉叩いていやがるんだ。借金取りだったら殺すぞ」
「今日の方は随分と根気強いですね」
既に慣れた風であるシィルの発言が涙を誘う。そのとき、扉の外から声が聞こえてきた。
「ランス、話がある。もし居留守なら開けてくれ」
聞き覚えのある声にシィルがはっとする。以前二度も共に冒険をした、頼りになる冒険者。
「ランス様、この声は!」
シィルがそう声を掛けるのとほぼ同時にランスは勢いよく椅子から立ち上がり、扉に向かって駆けていく。
「(よかった。ランス様もあれだけお世話になったルークさんの事はちゃんと覚えていたんですね)」
シィルがホッと息を吐く中、ランスは上機嫌そうな声で言葉を発する。
「がはは、来たぞ! 金づるだ!」
ズルッ、とシィルが転ける音が聞こえた。
「……という訳なんです」
訪問者は二人。ルークと、リーザスの女忍者かなみであった。ランスは大事な話があるという二人をとりあえず部屋に招き入れ、朝食の続きを取りながら話を聞くことにする。事情を話し始めたかなみの言葉を真剣に聞くルーク。どうやらルークもまだそれ程込み入った話を聞いていないらしい。数分の後、かなみが全てを話し終える。かなみの話を要約すると、突如現れたヘルマン軍にリーザス城が制圧され、リア王女が捕まったということだった。
「もぐもぐ、よく判った。で、俺様に何をしろと言うのだ?」
「リア王女を助け出して欲しいのです。王女はランスさんが助けに来てくれるのを待っています」
「んー、いやだ。リアは俺様の女の一人ではあるが、そんな面倒な事に関われんな」
「そんな!?」
ランスの返答にかなみが机に手を置いて身を乗り出す。まさか断られるとは思っていなかったようだ。シィルは心配そうな表情を浮かべており、隣にいたルークはその成り行きを黙って見守っていた。
「お願いします! それじゃあ、リア王女があまりにも可哀想です!」
「ふん、今時なんの見返りもなく人助けする奴なぞただの偽善者だ。俺様は英雄だが、偽善者じゃない」
「ランス様、可哀想ですから協力してあげましょうよ……」
「いやだ、めんどい」
可哀想に思ったシィルが助け船を出すが、ランスはまるで聞く耳持たない。だが、そこはシィルも慣れたもの。ポン、と手を叩いて何かを思いつく。
「そうだ、リア王女を助けるとご褒美が沢山貰えると思いますよ? ねぇ、かなみさん!」
「えっ……? あ、は、はい! リア王女を救って下さった暁には、ランスさんに沢山の財宝を用意させていただきます!」
一瞬ポカンとしたかなみだったが、それがシィルの作戦であった事に気が付き、内心感謝しつつ話に乗っかる。そんな約束はしていないが、リーザスを救えば当然何かしらの報酬はあるはずだ。それがランスならば、リア王女的に考えてもまず間違いない。だが、ランスは耳を穿りながら、ふん、と鼻を鳴らす。
「当然、財宝は一生遊んで暮らせるだけの量を貰う。だが、それだけじゃ動く気になれんなぁ。あともう一つ何か決め手になる物がないと」
そう言ってイヤらしい顔をしながらジロジロとかなみの体を眺め始めるランス。すぐさまランスの思惑に気が付くシィル。非常にマズイ展開だが、こちらに関しては助け船を出せない。そんなシィルの思いとは裏腹に、かなみは首を捻りながらランスに尋ねる。
「決め手ですか? それならば、私で出来ることならなんでもします。ですから、どうか協力をお願いします!」
「なんでも!? 今、なんでもと言ったな!? なるほど、ではお前の体を……」
「リーザスを救ったら、きっとリーザス中の美女からモテモテだろうな」
「……何?」
ランスの話を遮るように喋ったのは、ここまで殆ど黙っていたルーク。その話の内容にランスがピクリと反応する。
「そりゃそうだろ。リーザスは今ヘルマンに支配されている。そこに颯爽と現れ、リーザスに平和を取り戻す戦士、ランス。正に英雄だ」
「うむ、俺様は英雄だな」
「見れば顔も美形。女の子たちは思うだろう、なんて素敵なお方。あの方にこそ私の体を差し出すべきなんだわ」
「うむ、うむ、世界中の美女は俺様のものだからな」
ランスはその光景を思い浮かべながらコクコクと頷く。更に話を続けるルーク。
「きゃー、英雄ランス様! 私を抱いて下さい(裏声)」
「がはは! よし、俺様が抱いてやろう!」
「何言っているの、次は私が抱いて貰うのよ! あと1000人は順番待ちしているんだから、そうそう順番は回ってこないわよ(裏声)」
「なんと!? 俺様ハーレムではないか!」
「でも、そんなに沢山の美女相手では前もって精力を溜めておかないと勿体ないわ。今の内からそれに備えておくべきよ、ランス様!(裏声)」
「がはははは! シィル、今すぐ冒険の準備をしろ! リーザス中の美女が俺様を待っているのだ!」
「はい、ランス様!」
かなみへの要求をすっかり忘れ、上機嫌で冒険の準備をするランス。指示を受けたシィルも急いで装備やアイテムの準備をし始める。
「ありがとうございます、ルークさん」
「なぁに、気にしなくていいさ」
ランスに依頼を引き受けて貰え、ホッとするかなみ。ルークに礼を言ってくるが、自分の貞操の危機であった事には気が付いていない様子だった。準備を続けるシィルがルークの側を通ったとき、ルークにしか聞こえない程度の声で呟いてきた。
「相変わらずお優しいですね、ルークさん」
「流石にあのまま放っておくのは可哀想だからな……」
直接会った回数は少ないとはいえ、知り合いであるかなみが毒牙に掛かるのを放っておくのも忍びない。ルークも軽く道具袋の確認をしていると、ランスとシィルの準備が完了する。すると、かなみはランスに持っていた白い盾を手渡した。
「ん、なんだ、これは?」
「リーザス王家に伝わる聖盾です。この間お渡しした聖剣、聖鎧とセットでお使い下さい」
「がはは、盾は邪魔になるから使わんのだが、貰える物は貰っておこう!」
「(そういえば、カスタムのときにも盾は使いにくいから売ったとか言っていたな。割と筋は悪くないと思ったんだが、まあランスらしいか……)」
ランスの言葉を聞いたルークはそんな事を思う。リーザス誘拐事件のときに少しだけランスの盾捌きを見たが、中々に一流の動かし方であった。少し勿体ないとは思いつつも、攻め気の強いランスを思えば納得もいくため特に口にはしなかった。ランスに盾を渡すかなみだったが、そのときおかしな事に気が付く。ランスが装備している武器が聖剣と聖鎧でなく、安いロングソードとプレイトメイルなのだ。
「あの、聖剣と聖鎧はどこに……?」
「聖盾ならここにあるぞ」
「いえ、盾ではなく剣と鎧です。以前カスタムでお渡ししましたよね?」
「あれはだな、売った」
その言葉に場が凍り付く。シィルが申し訳なさそうにし、ルークがまたか、と呆れた表情になる。慣れている二人とは違い、かなみはランスの言葉をすぐには理解出来ないようであり、呆然とした表情で固まっていた。
「売っ……た……?」
「中々豪華だったから高く売れたぞ。なぁシィル」
「はい、セットで2000GOLDでした」
それを聞いた瞬間、バターン、とかなみが前のめりに倒れ込んでしまう。慌てて駆け寄るルーク。
「おい、かなみ。大丈夫か?」
「リ、リーザスが……滅んでしまう……」
ルークに抱え起こされたかなみだったが、上の空の様子でぶつぶつと何かを呟いている。それを見たランスは悪びれる様子も無く問いかける。
「なんだ? 売ったらまずかったのか?」
「あ、あ、あ、当たり前です!」
ランスの言葉を聞いたかなみは目を見開いて勢いよく立ち上がり、ランスに食って掛かる。
「あれはリーザスの国宝ですよ! どうしてそんな事をしたんですか!?」
「俺様の持ち物をどうしようと、俺様の勝手だろう」
「すいません、かなみさん。実はお金に困って売ってしまったんです」
「かなみ、聖装備に拘るのには何か訳があるのか?」
ルークがかなみにそう問いかけると、ランスに捲し立てていたかなみがピタリと止まる。それは、極秘中の極秘事項が関係してくるうえ、下手すれば三人に協力を断られる可能性もあるほど重大な事。話して良いものかと一瞬考え込んだが、これから協力する三人には真実を話しておこう決断し、口を開く。
「リーザス城に攻め込んできたのはヘルマン軍だけじゃないんです。彼らの中には魔人の姿もありました」
「魔人だと!?」
その言葉を聞いた瞬間、目を見開き、声を荒げるルーク。その珍しいとも言える異常な反応に少し驚くかなみ。ランスとシィルもルークの反応に少し驚いていたが、それ以上に魔人が人間界に来ていたことに反応する。
「魔人か。面倒だな」
「どうして魔人が? 魔人は仲間割れで戦争しているはずです。人間界に来る余裕なんて無いはずなのに……」
「そうだ……戦争をしている……はずなんだ……」
人類を脅かす存在である魔人だが、近年は魔人同士で争っているのは有名な話である。シィルの呟きを聞いたルークは、まるで何かを確かめるようにぶつぶつと口にしていた。
「でも、確かに魔人がいたんです。魔人たちの狙いは、リーザス城の地下に隠されているカオスです」
「カオス? なんだそれは?」
聞き覚えの無い単語に思わず問いかけるランス。魔人が狙うのであれば、かなりのお宝である可能性が高い。俄然興味が湧くが、かなみはゆっくりと首を横に振った。
「それは私にも判りません。ただ、リア王女とマリス様が魔人たちの狙いはカオスと言っていました」
「だが、リーザス城が陥落してリアも捕まった今、そのカオスは魔人の手に落ちているんじゃないのか?」
「いいえ、いくら魔人といえどそれは無理です。カオスは強力な封印で隠されています。その封印の解くための鍵が……」
「なるほど。聖剣と聖鎧、そして聖盾と言う訳だな。駄目だ、詰んだな」
「誰のせいですか!!」
まるで他人事の様に口にするランスにかなみが激怒する。当然の反応だ。すると、横で何やら考え込んでいたルークが多少冷静さを取り戻し、かなみに問いかける。
「そのカオスは必要な物なのか?」
「リア王女が私に言いました。魔人を倒すにはカオスが必要だと。そして、ランスさんにならそれを使いこなせると。魔人を倒せるくらいだから、きっと凄い武器か何かなんだと思います」
「そうか、以前話に聞いていた剣、カオスという名前だったのか……」
ルークが独りごちる。だが、その呟きは三人の耳には届かなかった。と、ランスが何かを思い出したようにルークに問いかけてくる。
「そういえば、お前は結界を破れる技があるんじゃなかったか?」
「えっ、そうなんですか!?」
対結界の事を知らなかったかなみが大きな反応を見せる。それならば、聖装備が無くてもなんとかなるかもしれない。だが、ルークは難しい顔をしながらランスの問いに答える。
「俺も一応その事は考えてはいた。結論から言うと、聖装備が無くても俺がその結界を解ける可能性は十分にある」
「本当ですか!? それじゃあ……」
「だが、確実に解けるとは言えない。以前に一度、解除出来ない結界に出くわした事がある」
「ん、なんだ、どんな結界でも解ける訳ではなかったのか」
「もし解けなかったときは相手の懐、取り返しが付かない。それは最後の手段として、聖装備を確実に揃えておくべきだな」
ルークはかつて自分が封印を解くことの出来なかった扉を思い出す。ヘルマン東部に存在する古代の遺跡と呼ばれる迷宮、マルグリット迷宮。その第1層、偶然見つけた隠し扉の奥に佇んでいた巨大な扉。左右には二つずつ、竹を斜めに切ったような台座が置いてあった。扉には強力な結界が張ってあり、ルークがどんなに試してもその扉が開かれることはなかったのだ。もし万が一、リーザスの封印がそれと同等のものだったら全てが終わる。確実に封印を破る手段があるのであれば、そちらの準備をしておくに越した事はないのだ。
「それでは、まずは武器屋に剣と鎧を買い戻しに行きましょう」
シィルの提案にルークとかなみが頷く。かなみは今すぐリーザス城に向かいたい気持ちで一杯であったが、自分が失敗をすれば本当の意味でリーザスは終わる。逸る気持ちを必死に抑え、着実に進む事こそが最大の近道だと必死に自分に言い聞かせる。そんなかなみの葛藤を知らないランスは、またも悪びれる様子も無く口を開く。
「既に誰かに買われていたらリーザスはおしまいだな、がはは!」
「だから、誰のせいだと思っているんですか!!」
かなみの中でのランスの評価はストップ安状態であった。
-アイスの町 武器屋-
「へい、いらっしゃい」
「む、変なおっさんがいるぞ。武器屋の店番はレンチという美少女だったはずだが」
「……お前がランスだな」
武器屋にいたのは普段店番をしているレンチではなく、その父親。ランスが入ってくるや否やギロリとランスを睨み付ける。
「俺はレンチの父親だ。お前がいる限り絶対に娘は店番に出さんぞ!」
「なんだ? 俺様は何も悪い事はしてないぞ」
「悪い事をしていないだと? さんざん娘を騙して傷物にしたくせに、このやろぅ!」
「ランス、お前な……」
「人聞きの悪い。俺様はレンチさんと合意の上でメイクラブしただけだ」
「合意の訳ねーだろ! 本当の事を言いやがれ、この野郎!」
「ちょっと、喧嘩してないで聖剣と鎧の事を聞いてよ」
ジッとルークがランスを見てくるが、ランスは胸を張りながら合意であったとの一点張り。その言葉を聞いた親父は更にヒートアップしそうになっていた。放っておくとどれだけの時間言い合いをするか判らなかったため、痺れを切らしたかなみが話に割って入る。
「ふむ、そうだな。おい、親父。俺様が以前ここに売ってやった聖剣と聖鎧だが、まだあるか?」
「あるぜ。あんな高いモン、中々買い手なんて付くものじゃねぇ。むしろ困っていたくらいだ」
「おお、ラッキーだ。なら返せ」
「馬鹿野郎、ただで返せるか! しっかり金を払いやがれ!」
未だランスにむかっ腹の立っていた親父だったが、そこは彼もプロ。厄介品である聖剣と聖鎧を引き取ってくれるのならばと考え、ちゃんと対応をしてくれる。
「ちっ、確か300GOLDだったな」
「2000GOLDだ! 利子が付いて2200GOLD。耳を揃えて払って貰おうか!」
「ま、店の売値じゃなくランスが売った値段にちょっと上乗せしている分、良心的な値段だな」
「ご迷惑をお掛けしたのに、良い人です……」
ルークの言葉通り、普通店に売ったものを買うときは売値の二倍が相場だ。顔と口は悪いが、そこそこには話せる親父のようだ。シィルもランスに気が付かれないように後ろで頭を下げている。だが、ランスにはその優しさは伝わっていない。
「強欲親父め。いつか客に刺されるぞ」
「お前に言われたらお仕舞いだ。で、金はあるのか?」
「仕方ない、払ってやろう。行け、ルーク!」
「ん、何の話だ?」
「緊急事態だ。俺様の代わりにお前が払え」
「いや、今は俺も持ち合わせがないぞ。しばらくギルド仕事を受けていなかったし」
「な、な、な、なんだとー!!」
ランスが絶叫する。随分と意気揚々と武器屋に向かったと思ったら、どうやら初めからルークの金を当てにしていたらしい。
「馬鹿者! お前から金を取ったら、ただのちょっと強い冒険者ではないか! 俺様の下僕としての自覚が足りんぞ!!」
「人の金を当てにするな。それと、いい加減下僕扱いは止めろ」
「え、何? 聖剣と聖鎧、買い戻せないの!?」
「すみません、かなみさん……」
「てめぇら、店の中で騒ぐんじゃねぇ!」
店の中で口論を始める一行。そんな中、ルークはサイアスの言葉を思い出していた。
『お前は金に無頓着すぎる。いつか痛い目見るぞ』
確かに、ゼスからの報酬を全てジウの町の復興資金に回すのではなく、少しくらい貰っておけばこんなことにはならなかった。理不尽な怒りをぶつけてくるランスの言葉は右から左に流しつつ、サイアスの忠告には少し反省をするルークであった。ひとしきりルークに文句を言ったランスは大きなため息をつき、ハッキリと口にした。
「駄目だ、リーザス終わった」
「だから誰のせいだと思っているのよ! ランス!!」
かなみの呼び方が、ランスさんからランスに変わった瞬間である。リーザス奪還作戦は、出足から大きく躓いた形でのスタートとなってしまった。
[人物]
ランス (3)
LV 10/∞
技能 剣戦闘LV2 盾防御LV1 冒険LV1
鬼畜冒険者。カスタムの事件後、一件だけ依頼をこなし自宅をゲット。その後はシィルと共に家でゴロゴロしていたためレベルが下がりまくった。ルークに乗せられリーザス奪還のために動く。
シィル・プライン (3)
LV 10/50
技能 魔法LV1 神魔法LV1
ランスの奴隷。ランス同様冒険をしていなかったため、レベルがかなり下がる。普段は冒険をすることをあまりよく思わないシィルだが、知人の窮地である今回は率先して冒険に賛同する。
見当かなみ (3)
LV 27/40
技能 忍者LV1
リーザス王女リア直属の忍者。カスタムでの再会後もしっかりと鍛錬を積み、今では副将たちと模擬戦をしてもそれなりに渡り合えるほどに成長を遂げていた。ランスのあんまりな振る舞いに、気が付けば呼び捨てにしていた。リア王女の思い人に対しての言動ではないが、以後はこの呼び方で定着する事になる。
レンチ
アイスの町の武器屋の娘。ランスに散々騙されて傷物にされ、家に引きこもってしまった。それが原因で二重人格になる。
ザック
ジウの町復旧作業隊リーダー。下っ端の仕事ではあるが、一応リーダーを任されるだけあり、この男はそれなりに優秀な魔法使い。元々魔法使い至上主義の考えが周りの者よりも薄い男であったが、ルークと知り合った事によりそれが完全に払拭。
[装備品]
リーザス聖盾
リーザスの紋章が刻まれた、王家に代々伝わる盾。防御力も非常に高いが、実はリーザス国にある封印の間の鍵としての役割も担っている。
プレイトメイル
安物の軽鎧。冒険者を始めるならまずはこれ、という触れ込みである初期装備。ある程度の冒険者なら自然と装備しなくなる代物。
[その他]
マルグリット迷宮
ヘルマン東部にある古代遺跡。数百年にも渡り探索研究がされているが、その全体像は未だに判っていない。現在では冒険の名所とされており、数多くの冒険者が腕試しに立ち寄る。ルークも10年以上前一度だけこの迷宮に挑んだが、その際に第一層でおかしな扉を見つけることとなる。