-烈火鉱山 入り口-
ラジールを出て数時間、ようやく烈火鉱山の入り口に辿り着いたルークたち一行。採掘場ともなればもう少し活気がありそうなものだが、今は人影一つ無い。辺りをきょろきょろ見回しながらトマトが言葉を発する。
「誰もいないんですかねー?」
「マリアさんに聞いたところ、モンスターが現れて殆どの作業員の方は逃げ出してしまったみたいですよ」
「ランス様、静かですね」
「うむ、人がいないのは丁度いい。金目になりそうな鉱石があれば拾って置けよ、シィル」
「何馬鹿なこと言っているの。さ、鉱山の中へ入るわよ」
志津香の言葉に従い、一行は採掘場の中に入る。瞬間、モワッとした空気が顔に当たる。鉱山独特の臭いが辺りに充満し、気温も高い。あまり居心地は良くなく、ミリが素直に不満を口にする。
「ちっ、あんま空気は良くねーな」
「ああ、こんな場所に長居は無用だ。とっととヒララ合金を見つけるぞ」
「そうね。ヒララ合金は鉱山の奥にあるってマリアは言っていたわ」
「では向かうぞ。俺様の後についてこい!」
「はい、ランス様!」
ランスが先頭に立ち、鉱山の奥へと進んでいく。モンスターが発生したのは鉱山の奥であるため、特に戦闘をする事無く進んでいくことが出来た。それなりに奥へと進んだところで、まだ鉱山に残っていた作業員を発見する。
「おい、そこの田舎臭い親父!」
「オラか? おっと、私はラインハルトってもんだ。なんだ、あんたら?」
「ラインハルトさんですかー? 顔と全然合ってない名前ですかねー?」
「トマトさん……」
トマトのド直球発言にかなみが額に汗を掻く。トマトの性格は相変わらずらしい。
「鉱山で事故があったと聞いてな。約束していた物が届かないから直接取りに来たんだ」
「ああ、第8発掘現場の事故の件か。そういや、ヒララ合金を送るとか言ってたな。残念だが、そりゃ第8発掘現場でしか取れないぞ。奴ら地底怪獣を掘り当てやがってよ。おかげでモンスターがうじゃうじゃ出没するようになって困っているんだ」
「あんたは逃げ出さないのか?」
「そりゃ逃げ出したら金になんねーからな。それに、オラの担当は第6発掘現場だからそんなに危険が多い訳じゃねぇ」
「ヒララ合金のストックとかは無いんですか?」
「ねぇ、ねぇ。これから採ろうってときにモンスターを掘り当てちまったんだ」
「となると、俺たちが直接第8発掘現場に採りに行く必要があるな」
面倒な事になったなと頭を掻くミリ。少しモンスターを片付けてヒララ合金を受け取るだけだと思っていたが、まだか自分たちで採掘まで行わなければならないとは思ってもいなかった。
「それで、第8発掘現場へはどう行けばいいの?」
「ああ? よく見りゃいい女ばっかじゃねーか。あんたらがサービスしてくれたら教えてやってもいいぜ。けっけっけ」
「なっ!?」
イヤらしい顔をしながら下品な笑い声を出すラインハルト。女性陣が体を隠しながら侮蔑の視線を送り、ランスが明らかに不機嫌になる。
「よし、この俺様がたたっ斬って……」
「まあ待て、ランス。今この鉱山に残っている作業員は殆どいないみたいだし、ここでこの親父を殺すのは時間のロスだ」
そう言ってランスを制し、代わりにルークがラインハルトに近づいていく。
「なんだ? 男はお呼びじゃね-ぞ」
「まあまあ、そう邪険にせずに、話くらい聞いてくれ」
そう調子良く喋りながらラインハルトの首から肩にかけて手を回し、肩を組むような体勢になる。
「なんだ? 何のはな……し……ひっ……」
訝しげにしていたラインハルトだが、ルークの肩から回された手の先、自分の首元にくないが突きつけられていることに気がつく。以前、カスタムの事件の時にかなみから貰っていたくないだ。
「悪いな、時間がないんだ。何なら指を一本ずつ斬って体に聞いてやろうか? 丁度作業員も殆どいないことだしな……」
「お、奥のトロッコに乗れば第8発掘現場にいける」
「情報感謝する。人間、素直が一番だ。さ、行くぞ」
ルークはくないを仕舞ってラインハルトから手を離し、ランスたちのところへ戻ってくる。
「何だ、やっている事は変わらんではないか」
「殺しちゃいないさ。ああいう輩には金を払う気にもならん」
「ま、それに関しちゃ俺も同感だな」
「い、意外な姿でした……」
ランスとルークがトロッコに向けて歩いて行き、ミリとシィルも話しながらその後に続く。後に残された三人の内、トマトがぽつりと呟いた。
「ワイルドなルークさんも素敵ですー」
「そうですね、危険な魅力というか……って、なんでもないです!」
「(ああ、トマトさんだけじゃなくてかなみさんもそうなのね。おモテになることで……)」
-烈火鉱山 トロッコ乗り場-
ラインハルトの言っていた通りに進むと、確かに奥にトロッコが一台あった。これに乗れば事故の起きた第8発掘現場に行けるのだろう。
「よし、トロッコに乗り込んで奥へと進むぞ!」
そう言って一番に乗り込むランス。それに続いて全員が乗り込んでいくが、どうにもトロッコが狭い。元々これだけの人数が乗る事を想定して作られていないのだ。
「ランス様、七人も乗ると凄く狭いです」
「確かに、二回に分けて乗った方が……」
「馬鹿者! 今は一刻を争うときだ。ぐふふ……」
「ふむ。みんな、俺の後ろに回れ」
「えっ?」
「ああ、そう言う事か。俺は前でいいよ。一人もいないんじゃ不機嫌になりそうだ」
「いいのか? 悪いな、ミリ」
イヤらしい目つきのランスに何かを察したルークとミリは、ランスにばれないよう出発前にトロッコ内の位置を調整する。前にランスとシィルとミリ、中央にルーク、後ろにかなみと志津香とトマトという配置になった。
「では出発だ! がはは!」
そう言ってブレーキを外すと、トロッコは奥の発掘現場に向けて滑り出した。少しスピードが出たところでランスがわざとらしく体勢を崩す。
「おおっと、手が滑った!」
「きゃっ! ランス様!」
「おい、尻を触るな」
「がはは、狭いんだからしょうがない!」
ランスがシィルの胸を揉み、ミリの尻を撫でる。本人曰くトロッコが狭いせいとの事だが、誰から見てもわざとな事は明らかであった。
「……ああ、そう言う事」
「すいません、ルークさん。気を回して貰って……」
「おかげで助かりましたー」
ランスが前で暴れ出してから後ろの三人も思惑に気が付いたらしく、中央でランスの魔の手が伸びないようにガードしてくれているルークに礼を言ってくる。
「いや、わざわざ礼を言われるような事じゃ……おっと!」
三人の礼を受け振り返るルークだったが、その直後トロッコが急カーブを曲がる。不安定な姿勢だったルークは体勢を崩し、その右手がトマトの胸に当たってしまう。
「きゃん! ルークさん!」
「あ、すまない」
「ぽっ……言ってくだされば……ルークさんにだったら私……」
「「ふんっ!」」
トマトがおかしな事を口走ると同時に、ルークの両脇腹に拳がめり込む。
「がっ……んっ? 志津香は判るが二人?」
「しまった……つい……」
思わず手を出してしまうかなみ。その様子を見て、志津香の中で先程の疑惑が確信へと変わっていた。
「(前では傍若無人、後ろではラブコメ……あれ、俺が常識人ポジションか?)」
いつの間にやら常識人ポジションである事に、自分自身が一番驚いているミリであった。
-烈火鉱山 トロッコ乗り場終点-
「がはは! それでは先に進むぞ!」
「うぅ……」
「大丈夫、シィルちゃん」
トロッコに乗っている間中、シィルとミリ相手にお触りタイムを行っていたランスは上機嫌に先へと進む。ミリはなんとも無いようだったが、シィルはかなり疲れた様子だった。ルークたちも続けて下りるが、突如奥の方から少女の悲鳴が聞こえてくる。真っ先に反応するのはやはりランス。
「むっ、美少女の悲鳴だ!」
「急ぐぞ!」
声のした方向へ駆け出す一行。少し進むと、黄色い巨体のモンスターの集団に少女が襲われそうになっているのが目に飛び込んでくる。
「きゃぁぁぁ! 助けてぇぇ!」
「真空斬!」
「炎の矢!」
「火爆破!」
「はっ!」
遠距離攻撃を出来る面々がそれぞれ技を繰り出し、少女に迫っていたモンスターを倒す。かなみが再度手裏剣を構えながら、ルークに尋ねる。
「あのモンスターは?」
「ちゃそばだ。主に鉱山なんかに出没するモンスターだな。となると、掘り当てた地底怪獣ってのは、ちゃそばクイーンだな」
「ちゃそばクイーン?」
「大量の卵を産み落として、ちゃそばを延々と増やす厄介な敵だ。そいつを倒さないことには永久に増え続けるぞ」
「それじゃ、やることは決まったわね。ヒララ合金の回収と、ちゃそばクイーンの退治。どうせそいつを倒さなきゃヒララ合金は回収できそうにないし。火爆破!」
「ふん、雑魚どもが。まとめてなます斬りにしてくれるわ!」
「げこーっ!」
モンスターの数は多いが、こちらも手練れ揃い。次々とその数を減らしていく中、ミリが襲われていた少女に駆け寄っていく。
「おい、大丈夫か? 名前は?」
「は、はい。ありがとうございます。私はカーナと言います」
「どうしてこんな所に?」
「この鉱山の奥にコーンという私の恋人がいるんです。彼の事が心配で……」
不安そうな表情で震えるカーナ。その肩をグッと抱き寄せ、真っ直ぐとカーナの瞳を見ながらミリが口を開く。
「そうかい。どこにちゃそばが潜んでいるかも判らないし、今から一人で引き返すのも危険だな。俺たちの側から決して離れるなよ!」
「は、はい。お姉様!」
「お姉様? ふ、恋人がいるのに悪い娘だね。後でたっぷり可愛がってやるよ」
「きゅぅぅぅ……」
ミリがカーナの頬に手を添えると、カーナは顔を真っ赤にしながら瞳を潤ませる。どうやらそっちの気があったらしい。その様子を見たランスが叫ぶ。
「おいミリ、真面目に戦え! ええい、その娘は俺様も狙っていたんだぞ!」
「怒っている理由はそこか……」
「ランスも真面目に戦ってよね!」
「うふふ、楽しいですね」
ルークがため息をつき、かなみが苦言を呈しながら側にいたちゃそばを忍剣で斬る。トマトも憧れていた冒険を出来る事が楽しいようで、笑いながらちゃそばと戦っていた。トマトの戦いぶりを心配していたルークは側で戦うようにしていたが、トマトは思っていたよりも強くなっていた。流石に手放しで全てを任せられる程ではないが、ちゃそば程度なら問題なく渡りあえるまでに成長している。これもミリが鍛えてくれた成果だろう。
「どうですかー、ルークさん。私の戦いぶりは?」
「素晴らしいぞ。正直、ここまで成長しているとは思わなかった」
「えへへー。ありがとうございます」
不安要因であったトマトが十分強くなっていたため、安心して戦うルーク。程なくしてこの場にいたちゃそばは全滅した。ふう、と一息つきながらルークが口を開く。
「さて、奥に進むぞ。ちゃそばクイーンの周りには、今よりも遙かに大量のちゃそばがいる。気を抜くなよ」
「面倒な。俺様から素晴らしい提案だ。ヒララ合金は全て壊れていたことにして帰らないか?」
「駄目に決まっているでしょ! 行くわよ!」
「カーナ、ついてこい」
「はい、お姉様!」
今の戦闘で面倒になったのか、帰りたがるランスを無理矢理引っ張り奥へと進んでいく。ルークもそれに続こうとするが、部屋の端にキラリと光る何かが目に入る。こういう物が気になってしまうのは冒険者の性というものであり、近づいていってそれを手に取る。
「鏡……?」
「ルーク、何をボサッとしているんだ。行くぜ」
「ん、ああ」
ルークが拾ったのは、なにやら少女の絵が中途半端に描いてある鏡であった。訝しんだ様子でその鏡を眺めていると、ミリに声を掛けられる。とりあえずその鏡を道具袋に仕舞い、先に進む面々に合流するルーク。すると、志津香が今度は話し掛けてくる。
「ルーク、ちょっといい?」
「ん、どうした?」
「奥にはちゃそばが大量にいるって言ったわよね? だったら、奥に着くまで私は戦闘に参加しなくていいかしら?」
「別に構わんが、何かする気か?」
「出会い頭に一気に片付けようと思ってね。ちょっと集中力を高めておくわ」
「志津香! 貴様、一人だけ楽をしようとしているな!」
「ランスは黙ってなさい! 後で判るから!」
こうして、志津香を欠いたメンバーで奥へと進んでいく。とはいえ手練れ揃いのメンバー、特に苦戦する事もなく奥へと進んでいった。だが、ここまでの戦いでルークは一つの疑問を抱く。
「ふぅ、この部屋のモンスターも全滅だね」
「いたいのいたいの、とんでけーっ! 大丈夫ですか、ミリさん」
「ああ、ありがとうな」
小部屋のちゃそばたちを全滅させたルークたち。今の戦闘でかすり傷を負ったミリをシィルが治療し、ランスを先頭に更に奥へと進んでいく。シィルがミリの側から離れたのを確認したルークは、他のみんなに気が付かれないようこっそりとミリに近寄っていく。
「ミリ、話がある」
「お、なんだ? 遂にルークの方から夜のお誘いか?」
「……調子悪いのか?」
「……どうしてそう思った?」
「カスタムの事件のときの戦い方に比べて、明らかに切れが悪い。少し気になってな」
これがルークの抱いていた疑念。先程の戦闘で受けたかすり傷もそうだが、以前のミリであればあのような傷を受けるとは考え難かったのだ。勿論、不足の事態という事は往々にしてあるため、絶対とは言いきれないが。しかし、ミリは普段と変わらぬ様子でルークの問いに答える。
「なーに、ちょっとサボっちまっていただけだ。すぐにレベルも戻るさ」
「ならいいが、無理はするなよ」
確かに、ランスやシィルもこの半年でレベルは大きく下がっていた。防衛隊の隊長を任せられていたミリだったが、レベルの低い住人たちの訓練に合わせていたらレベルが下がる可能性も十分にあるだろうとルークは納得して離れていく。そのルークの背中を見ながら、ミリが誰にも聞こえないよう呟く。
「流石に良い男は違うね。いつまで騙し通せるか……お荷物になる訳にはいかないからね……」
-烈火鉱山 最深部 ちゃそばクイーンの巣-
「ここか……うげっ!?」
最深部へと辿りついた瞬間、ランスがイヤそうな声を出す。かなり開けた場所であるが、その部屋はちゃそばたちによって埋め尽くされていた。100を越えるちゃそばの卵と、50匹は優にいるであろう大量のちゃそば。そして、一番奥にはちゃそばよりも更に一回り大きい、ピンク色のちゃそばクイーンがいた。非常に気持ち悪い光景にシィルやかなみの顔にも嫌気がさす。
「気持ち悪いです、ランス様……」
「やっぱり帰るぞ! こんな数と戦っていられるか!」
「大丈夫よ、シィルちゃん。すぐに数は減るから」
そう言いながら一歩前に出る志津香。見れば、両手が赤く染まっている。ここまで辿りつく間に魔法詠唱をし、強力な魔法の準備をしていたようだ。その輝きにルークは見覚えがある。ルークの旧友、あの男が得意としている技。
「使えるのか、志津香!?」
「あら、何を使うかは判っているみたいね。当然、使えるわよ」
「流石だな。みんな、少し離れていろ」
ルークが全員を一歩下がらせる。自分が言う前にみんなを下がらせてくれたことに内心感謝しつつ、志津香が両手を前に出して魔法を放つ。
「灰になりなさい! 業火炎破!!」
両腕から放たれた業火が部屋の中にいた全てのちゃそばと卵を包み込む。絶叫しながら崩れ落ちていくちゃそば。灰と化していく卵。志津香の魔法が凄い事は知っていたが、ラギシス戦に参加していなかったかなみとトマトの二人は、これほどの魔法を目の当たりにするのは初めてであった。驚きに声を漏らす。
「す、すごいですー!」
「なんて魔力……」
「これよりもっと凄い魔法も使えるぞ、志津香は」
「そんな!? それじゃあ、もしかしたらメルフェイスさんやチャカ様よりも上かも……」
「チャカ? ……どこかで聞いた事あるような……駄目だ、思い出せん」
白色破壊光線の威力を思い出しながらルークが声を掛けると、かなみは更に驚愕し、自身の知っている一流の魔法使い二人と比べ始める。かなみが名前を挙げた人物の一人に聞き覚えがあるような気がしたルークだが、どうにも思い出せない。そうこうしていると、部屋の業火が段々と消えていき視界が開けてくる。志津香の一撃で部屋の中のモンスターは壊滅状態。残っているのは、ところどころに焼け跡を残しながらこちらを睨んでいるちゃそばクイーン一体であった。
「あら、流石に親玉は根性あるわね。後はお願い」
「任せろ! 行くぞ、ランス!」
「がはは、ズルしてサボっていた事は許してやるぞ!」
「げこぉぉぉぉ!!」
真っ先に駆け出すルークとランス。子供たちを殺された怒りに燃え、こちらに体当たりを仕掛けてくるちゃそばクイーンだが、我を忘れた単調な攻撃ほど避けやすいものはない。ランスとルークが同時に跳び上がる。
「ランスアタァァァック!!」
「真滅斬!!」
「あはぁぁぁぁぁぁん!!」
二人の必殺技の直撃を受け、それぞれの攻撃箇所が両断される。丁度右、中央、左と三部位に分かれ、絶叫しながら死んでいくちゃそばクイーン。
「がはは、三枚おろしだ」
「ランス様かっこいいです。ぱちぱち」
「ルークさんもかっこよかったですー!」
全員が駆け寄ってくる。ランスは上機嫌に笑いながら、ヒララ合金があると思われるちゃそばクイーンがいた場所の奥へと進んでいく。その後を追うルークたちだったが、トマトがふいにルークに聞いてきた。
「それにしても、ルークさんとランスさんの技ってよく似ていますですかねー? ひょっとして、二人は生き別れの兄弟とかですかー?」
「やめてください、トマトさん! ルークさんとランスが兄弟だなんて、考えたくありません」
「そうね、考えるだけでもおぞましいわ」
かなみと志津香が全力で否定する中、ルークは心の中で呟いていた。今は亡き妹に向けて。
「(そうか、やっぱり似ているってよ。聞こえているか、リムリア。お前が育てた悪ガキだ……)」
-烈火鉱山 最深部-
「あったぞ! これか!?」
鉱山の最深部に一際輝く鉱石を発見する。以前ピラミッド迷宮で発見したヒララ鉱石によく似ている。恐らくこれで間違いないだろう。すると、ミリがランスの指差す鉱石を見て声を上げる。
「ああ、これだ。マリアから図鑑を見せられた事がある。間違いないぜ」
「そうだったかしら?」
「志津香、親友なんだから、もうちょっと真面目にマリアの話を聞いてやれ」
「放っておいたら五時間くらい平気で訳の判らない兵器の話をされるのよ」
「あー、そりゃすまんかった」
「平気で兵器……ぷっ……」
自身もチューリップ1号の話を延々と聞かせられた経験のあるルークは素直に謝る。何故かツボに入っているトマトの横でミリが苦笑しているところを見ると、どうやら彼女も被害者の一人であるらしい。恐るべしマリアと言ったところか。ヒララ合金の発見に安堵する一行だったが、途中からついてきていたカーナが震えながら口を開く。
「コーンがどこにもいないの……」
「あっ……」
「ここに来るまでそれらしい人はいなかったわよね。部屋の中にも、どこにも……」
「となると、答えは一つだな。哀れコーンはちゃそばに食べられてしまったのだ。死んだ恋人の事なんか忘れて、俺様と新しい恋をしないか?」
「ランス、空気を読みなさいよ!」
「コーン……ううっ……」
かなみが怒鳴りつける横でカーナはすすり泣く。その肩をグッと抱き寄せてやるミリ。重苦しい雰囲気が場を包み込む。
「ひとまず、この鉱山を出よう」
ルークがそう言い、帰り木を道具袋から取り出す。その枝を折ると、瞬時に一行は鉱山の外へとワープした。いつの間にやら日は沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。そんな中、見慣れない男が声を掛けてくる。
「カーナ! 無事だったのか!?」
「コーン!? 良かった、生きていたのね」
「そりゃそうさ、僕は第8発掘現場とは一番離れた第1発掘現場で働いていたんだから。君が第8発掘現場に向かったと聞いて、今から助けに行こうとしていたところさ!」
「ああ、コーン!」
「カーナ!」
ヒシっと抱き合う二人を尻目に、ルークたちはため息をついていた。
「なんて人騒がせな……」
「結局、ただ危険な目に遭いにいっただけか、カーナちゃんは……」
「でも、二人が再会できて良かったです」
「良くない! 俺様の女になるはずだったんだぞ!」
ランスが悔しがるのを横目にミリが静かにカーナに近づいていき、そっと耳打ちをする。
「戦争が終わったらカスタムの町に来な。人騒がせな悪い娘にはたっぷりお仕置きしてあげるよ……」
「は、はい。お姉様!」
「ん? どうかしたのかい、カーナ?」
「気にしないで、コーン」
両刀にして百戦錬磨のミリ。この辺りは流石の手腕といったところか。
翌日
-ラジールの町 工場-
辺りも暗くなっていたのと何だかんだで疲弊していた事から、迷惑を掛けた礼にというカーナからの誘いを受け、カーナの家で一泊。翌朝早くにカーナの家を後にし、ラジールの町へとルークたちは戻って来ていた。マリアの工場にヒララ合金を届けにやってきたところ、ヒララ合金を手にしたマリアは目の色を変えて喜んでいた。
「これよ、これ! これでチューリップ3号が完成するわ!」
「こら、マリア! まずはこれを取ってきた俺様に礼を言うのが先だろう!」
「ありがとう、ランス。それにみんなも!」
「うむ、それでいい。がはは!」
「マリア、完成はどれくらいだ?」
「一日もあれば完成するわ! 任せておいて!」
そうマリアが宣言すると同時に、工場にルイスが入ってくる。
「ルークの旦那はいるかぃ? ちょっと報告が……」
「うおっ! 見るからに悪役顔な男が! この俺様が叩っ斬ってくれる!」
「危ねぇ! なんだ、なんだ!?」
「ランス、止めろ。そんな顔だが仲間だ」
ルイスに剣を振りかぶっていたランスを止めるルーク。チッと何故か舌打ちしながら、ランスは一応剣を仕舞う。そのランスを見ながらルイスは呆れたように声を漏らす。
「随分と血の気の多い奴だな」
「お前も似たようなもんだろ。で、どうした?」
「ああ、追加の傭兵部隊が到着した。部隊としての準備も含め、ま、明日には十分戦えるぜ」
「なるほど、丁度いいな。司令部に行ってバレス将軍たちにも伝えるぞ。レッド侵攻は明日だ!」
こうして、レッドの町への侵攻が明日に決定する。最後の準備を進める各部隊。ルークも傭兵部隊の準備に付き合い、司令部で開かれる会議にも参加をする。そんな中、若干問題が発生している所もあった。
「ラン、悪かったわよ。機嫌を直して」
「ふーんだ!」
「ラン、確かに志津香がいなかったらもっと苦戦していた。許してやってくれ」
「つーん!」
「あらあら」
志津香がランに平謝りし、ミリもフォローを入れるがランの機嫌は直らなかった。それをクスクスと笑って見ている真知子。どうしたものかと頭を抱える志津香だが、ミリに妙案が浮かぶ。
「そうだ、この戦争が終わったら俺がルークと二人っきりの食事をセッティングしてやるよ。それでどうだ?」
「ちょっと、そんなんでランが……」
志津香がミリに苦言を呈そうとするが、ランが面白いほどに釣れる。
「本当っ! やだ、嘘!? 何着ていこうかしら!」
「……ランもそうだったの?」
「知らなかったのか? 見りゃ判るだろ」
「ミリさん……」
そう言われ、肩を叩かれるミリ。振り返ると真知子が満面の笑みで立っていた。
「私にもお願いします」
「え、いや……」
「私にもお願いします」
「でも、別に真知子にはお詫びでも何でも……」
「私にもお願いします」
「あ、ああ。判った……」
「はぁ……あの女誑しが……」
ミリが真知子の勢いに負けるのを横目に、志津香は大きくため息をつくのだった。
更に翌日
-ラジールの町 入り口-
町の正門前に来たルークが見た光景は凄まじい物であった。立ち並ぶリーザス軍、カスタム軍、傭兵部隊。その数約5000。そして、その先頭には巨大な戦車がある。前面にチューリップの絵がペイントされているそれは、誰の制作物か一目で判った。すると、戦車の前に立っていたマリアがこちらに声を掛けてくる。
「おはようございます、ルークさん!」
「おはよう。これがチューリップ3号か?」
「その通りです! これが無敵戦車、チューリップ3号! これでヘルマン兵を一網打尽よ!」
「頼りにしているぞ」
マリアとそんな事を話していると、突如辺りが静まる。すぐにルークとマリアがバレスたちの方へ視線を向けると、丁度演説が始まろうとしているところであった。
「諸君! 我らはこれより、悪のヘルマン軍からリーザスを取り戻す! 覚悟はいいな!」
うぉぉぉぉ、と怒声が鳴り響く。特にリーザス軍のやる気は凄まじいものがある。
「我らが負ける要素は何もない! 正義はこちらにある! 総司令官ランス殿の下、ヘルマンを打ち破るのじゃ!!」
バレスの後ろからがはは、と笑いながらランスが出てくる。更に沸き立つ兵たち。まさかのランス登場にルークは呆気に取られる。
「総司令官だと!? いつの間に……」
「あはは……昨晩私の所に来てね、俺様にやらせないとここで降りるぞって暴れて……」
「そんな事をしていたのか……まあ、周りでフォローしてやれば問題ないか……?」
ランスの強さには何の問題もないが、司令官という役回りはどうなのかとルークが首を捻る。そんな中ランスはバレスからマイクを受け取り、全員に向けて侵攻の宣言をする。
「がはは、俺様の手に掛かればヘルマン軍などちょちょいのちょいだ! 行くぞ、ヘルマンを殲滅だ!!」
周りから大歓声が上がり、皆が武器を手に取って進軍する。マリアもチューリップに乗り込み、ルークは傭兵部隊の先頭より少し中に入った位置に立つ。これより、リーザス解放戦の第一段階、レッド解放戦が始まる。
-ラジールの町近辺 丘の上-
ラジールから進軍していく解放軍を見ている男がいた。ヘルマン兵ではない。ボロボロの服を身に纏い、肩には荷物を抱えている。旅の者といった感じであった。
「風の噂に聞きリーザス付近まで来てみたが、戦争をしているというのは本当だったのか……」
進軍する解放軍を見ながらそう呟く男。そのとき、男の目に一人の戦士の姿が飛び込んでくる。
「あれは、ルーク殿! そうか、あの御仁もこの戦争に……ならば、修行の成果を見せる又とないチャンス!」
嬉しそうにそう呟きながら、男は丘を降りていく。目指すはリーザス解放軍。対峙するためではない、共に戦うために。赤い髪の武闘家は拳を握りしめながら全力で丘を駆けていった。
-レッドの町 司令部-
「フレッチャー指令、無謀にもリーザスの残党が現れました」
リーザス軍がラジールからこちらに向けて進軍している事に気がついたヘルマン兵は、司令官のフレッチャーに報告に来る。でっぷりと太った司令官、フレッチャー・モーデル。その彼は椅子に腰掛けながらニヤニヤと笑う。
「ぶーぶー。それは面白いぶー! 力の違いを見せつけてあげるんだぶー!」
「はっ!」
報告に来たヘルマン兵が部屋を後にする。それを見送ったフレッチャーは自身の横に控えている弟子、ボウとリョクに向かって話し掛ける。
「ヘルマン軍だけでなく、リーザス赤の軍と魔法軍がいるレッドに攻めてくるなんて、なんたる無謀ぶー」
「その通りです」
「それに、もしこの部屋まで奇跡的に辿り着けた者がいたとしても、絶対に勝てないぶー」
「ええ、世界最強の格闘家、フレッチャー様とその弟子の我らに向かってくるなどあまりにも命知らず。そして、今この部屋には……」
ちらりと部屋の片隅を見る三人。そこには二人の騎士が立っていた。洗脳されているリーザス兵。一人は青い髪に赤い甲冑を纏った騎士。赤の軍副将、メナド・シセイ。そして、その隣にはもう一人。同じく赤い甲冑に身を纏い、顔を覆った兜。その額には「忠」の文字が輝く。世界にその名を轟かす、リーザス最強の騎士。
「くくく……リーザスの赤い死神、リックを打ち破れる者がいる訳ないぶー!」
フレッチャーの高笑いが、いつまでも部屋に響いていた。
[人物]
カーナ・オオサカ
烈火鉱山で働く恋人がいる少女。恋人が事故に巻き込まれたと聞き、単身救出に向かうが、それはただの勘違いであった。ミリの事をお姉様と呼び、メロメロになる。恋人がいるが、本人曰くミリは女だから浮気にはならないとの事。
コーン・マーガリン
烈火鉱山で働く鉱夫。カーナの恋人。事故には巻き込まれておらず、発掘現場に入っていってしまったカーナを心配していた。
ラインハルト
烈火鉱山で働く鉱夫。大層な名前だが、ただのスケベな中年男。
[モンスター]
ちゃそば
鉱山などでよく発生するカエル型の独立種族。動きは遅いが体力、腕力が高く、雑魚モンスターとは呼べない強さを持つ。これと渡り合えるトマトの成長は立派なものである。
ちゃそばクイーン
ちゃそばの上位種。大量の卵を産み落とすため、ちゃそばを駆除するにはまずこいつを倒す必要がある。
[その他]
チューリップ3号
ヒララ合金を使ってマリアが作り出した世界初の近代戦車。鉄壁の装甲と強力な砲撃を兼ね備えたマリアの秘密兵器。