ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第36話 襲撃

 

-レッドの町 司令部-

 

「がはは! 英雄の俺様がユニコーンの蜜を取ってきてやったぞ!」

「なんと!? 流石はランス殿とルーク殿!」

「お疲れ様、みんな!」

 

 司令部に入るや否や、ユニコーンの蜜を手に入れてきた事をふんぞり返りながら宣言するランス。その堂々たる振る舞いを見たバレスは感激に打ちひしがれ、マリアがランスだけでなく森に向かった全員を労う。ランスの横を通り、シィルがマリアに蜜の入った瓶を手渡す。

 

「こちらです、マリアさん」

「ありがとう。これでレイラさんを救えるわ。早速飲ませてくるわね」

「よし、俺様も立ち会おう」

「駄目に決まっているでしょ!」

 

 マリアの後についていこうとするランスの背中を引っ張るかなみ。その様子に苦笑しつつ、マリアがレイラを救うべく奥の部屋へと入っていく。それを見送ったルークが椅子に腰掛けると、リックが話し掛けてくる。

 

「ルーク殿。レイラ殿救出のための蜜を取ってきていただき、感謝します」

「俺だけの力じゃないさ。それに、礼を言うのはまだ早い。レイラさんが助かるのを確認しないとな」

「ええ、上手く効けばいいのですが……」

「大丈夫ですよ。情報は完璧です」

 

 真知子がそう確信を持った表情で微笑みながら、ルークの前にコーヒーの入ったコップを置く。

 

「お疲れ様です、ルークさん。ブラックで良かったですよね?」

「ああ、ありがとう」

「ほう、ルーク殿と真知子殿はそんな事を知る間柄で?」

 

 バレスがそう尋ねた瞬間、明らかに反応を見せた人物が部屋の中に数人ほどいた。それに気が付いたエクスは、おやおや、と声を漏らす。いつの間にかリーザス軍の副将が一人その面々に入っていたからだ。バレスの質問にルークが答える。

 

「情報屋に客として出入りしていたから、そのときに出されていただけさ」

「ふふ、ただのお客さんの好みなんか、いちいち覚えていないのだけれどね。大事な人だけよ」

「おー! ブラックなんて大人なのらー!」

「ん?」

 

 コーヒーを飲むルークをキラキラとした目で見てくる少女がいる。体格的にも喋り方的にも、まだ相当幼く見える。恐らく、ミルよりも更に一回り小さいだろう。そんな少女がなぜここに、と疑問に思うルークだったが、誰かに尋ねるよりも先にエクスが説明してくる。

 

「紹介が遅れましたね。彼女がリーザス魔法軍の隊長、アスカです」

「アスカなのらー! よろしくだおー!」

「こんなに小さいのにか?」

「彼女は少々特別でね……正確には彼女が身につけている着ぐるみが隊長なんですよ」

 

 エクスがそう言うと同時に、アスカが被っている帽子がもぞもぞと動く。良く見れば人の顔の形をした帽子がルークを見てきたと思うと、そのまま話し掛けてきた。

 

「どうも、儂が隊長のチャカですじゃ。アスカは儂の曾孫に当たります」

「何? 生きているの、その服!?」

「……チャカ?」

「む? お主は……」

 

 志津香が言葉を話す着ぐるみに驚くが、ルークは驚くのではなく眉をひそめながら帽子を見やる。どうにも帽子の声と名前に聞き覚えがあったのだ。チャカもルークの顔と声に覚えがあったらしく、何やら考え込んでしまう。何事かと周りが心配している中、程なくしてチャカが絶叫する。

 

「ま、まさかルーク殿か!? 儂です、チャカですじゃ! 魔女パンドーラを共に討った……」

「そうか! チャカという名前に聞き覚えがあったが、あの時の……」

「お懐かしゅうございます。生きていらっしゃったのですね! 捜したんですぞ!」

「チャカ殿、ルーク殿と面識が?」

「ひじじ、知り合いらろ?」

 

 エクスとアスカがチャカに問いかける。その言葉を受け、チャカが昔を思い出すように目を瞑りながら口を開く。

 

「うむ。10年以上前、この世を暴力が支配する世界にしようと目論む恐るべき魔女がいた。その名は、魔女パンドーラ。儂はこの者を倒すべく立ち上がり、ルーク殿はその際に協力してくれたのじゃ」

「それでは、ルーク殿とチャカ殿はパーティーを組まれていたのですか?」

 

 リックも興味深げに話に入ってくるが、ルークがその問いに答える。

 

「いや、少し違うな。パーティーを組んでいた訳でもないし、正式に依頼を受けた訳でもない。チャカが魔女と戦っているところに偶然出くわし、お節介にも割り込んだだけだ」

「いえいえ、あの時ルーク殿が来てくれていなかったら、儂は間違いなく死んでいた。感謝しておりますぞ」

「それよりも、ルークを捜していたっていうのは?」

「ルークさんに何かあったんですか?」

「うむ」

 

 今度は志津香とかなみが話に入ってくる。段々と興味を持つ人が増えてきたことに気を良くしたのか、チャカが余計な事まで話し始める。

 

「魔女になんとか勝利した儂らじゃったが、奴の死に際に放った魔法が強力での。儂はご覧の通り、着ぐるみの体にされてしまった。このせいでしばらく隠居していたのじゃが、最近生まれた曾孫のアスカが共に戦ってくれると言ってくれての。こうして軍に戻って来られた訳じゃ。じゃが、戻ってからもこれが大変での……」

「チャカ様、貴方のお話は後で聞きます。ルークさんはどうなったのですか?」

 

 笑顔だが、どこか威圧感のある表情で真知子も話に入ってくる。子供のアスカが敏感にそれを感じ取り、少しだけ震える。

 

「恐いのらー……」

「う、うむ。魔女の魔法をかけられたルーク殿はその場から姿を消してしまったのじゃ。恐らく、どこかへ転移されたものと。後から駆けつけた別の仲間に儂は回収され、その後必死にルーク殿を捜したのじゃが、結局見つからなかったのじゃ……」

「そんな事が……」

「ですが、こうして再会出来て嬉しいですぞ。あの後、どこへ飛ばされていたのですかの?」

「それは……」

「みんな、お待たせ! ユニコーンの蜜はバッチリ効いたわ!」

 

 チャカの問いにルークが言いあぐねていると、マリアが笑顔で司令部へと戻ってきた。その傍らにはレイラが立っている。若干衰弱した様子だが、特に問題はなさそうだ。レイラは部屋の中にいたみんなに視線を送り、深々と頭を下げる。

 

「ご迷惑をお掛けしました」

「レイラさん、無事で何よりです!」

「また貴女と肩を並べて戦えると思うと、嬉しい限りです」

 

 メナドとハウレーンがすぐさま近寄っていき、喜びを露わにする。自分の部下である親衛隊だけでなく、他の隊の女性からの人望もあるようだ。その様子を見ていたルークは残っていたコーヒーを一気に飲み干し、席から立ち上がる。

 

「それじゃあ、俺は傭兵部隊の方に行って来る。お飾りの隊長だが、何も把握していないのはマズイからな」

「あっ、ルークさん……」

 

 そのまま司令部を後にするルーク。その姿はまるで、先程の話題から逃げるようにかなみには見えた。

 

 

 

-レッドの町 傭兵部隊詰め所-

 

「それじゃあ、ジオの町の進行時もセシルとルイス、そしてアリオスが中心になってくれ」

「了解だ。傭兵の意地を見せてやろう」

「苦しんでいる人々を救い出すために、精一杯努力させて貰う」

「けっけっけ。ルークの旦那とも一緒に戦いたいんだがねぇ」

 

 傭兵部隊の中心である三人に指示を出すルーク。セシルとルイスが共にアリオスの実力を認めたため、アリオスはいつの間にやら傭兵部隊の第三司令塔までのし上がっていた。ルイスの言葉にルークが苦笑する。

 

「悪いな。極力指揮するようにはするが、何時どこから呼ばれるか判らないんでな」

「あのランスという男か。腕は立ちそうだが、唯我独尊を地で行きそうな男だったな」

 

 セシルがチューリップ3号で迎えに来たランスの事を思い出して静かな笑みを浮かべる。一目見ただけでランスの実力を見抜いている辺り、流石の目利きだ。そのとき、詰め所の入り口から一人の神官が顔を覗かせる。

 

「あの、ルークさんはいらっしゃいますか?」

「ん? セルさんか」

「ふむ、では後の事は任された」

「ああ、頼んだ」

 

 セルの姿を確認したルークは後の処理をセシルたちに任せ、詰め所から出て行く。既に傭兵部隊の打ち合わせは終わっており、今は雑談していたところだったので特段ルークがいなくても問題はない。外に出てセルに問いかけるルーク。

 

「どうした? 何か用か?」

「ルークさん。私、もう少し一緒に行動してもよろしいでしょうか?」

「……それは構わないが、危険だぞ? それと、スーはどうした?」

 

 セルの予想外の申し出に驚くルーク。彼女が争い事を嫌っているという話を町の人から聞いていたが、そんな彼女が何故戦争についてくると言うのか。

 

「スーさんは私が留守の間、町の人たちが見てくれることになりました。今の解放軍には治療部隊が足りないのでしょう? 少しでもお役に立ちたくて。それに……」

「それに?」

「ランスさんの行動には神の子として許されない事が多くあります。彼を正しい行動へと導くのが、神が私に与えられた試練なのです!」

 

 右手をグッと握りしめ、その瞳が決意に燃える。轟々と燃えるその瞳を見たルークが苦笑する。

 

「それは茨の道だと思うがな……」

 

 

 

-夜 レッドの町 宿屋前-

 

「ふぅっ……」

 

 ルークが軽く素振りを終え、宿の前にある石段に腰を下ろす。この数日の間に立て続けに出会った魔人と、先程のチャカとの再会で少し昔を思い出していたルークは、こうして一人夜風に当たっていた。先程まで騒がしかった戦争の準備の音も止み、町は静寂に包まれている。その状況に心地よさを覚えていると、宿の中から二人の人物が出てきて話し掛けてくる。

 

「精が出るわね」

「お疲れ様です、ルーク殿」

「リック将軍とレイラさんか」

 

 振り返り、出てきた人物を確認してその名を口にするルークだったが、それを受けたリックが笑みを浮かべる。

 

「呼び捨てで構わないですよ、ルーク殿」

「それではリックと。そちらも呼び捨てで構わないぞ」

「自分のは性分でして……」

「固いのよ、リックは。それじゃあ、私はルークって呼ばせて貰うわ」

 

 そう言って笑いあう三人。すると、レイラがルークに向き直って礼を口にする。

 

「ありがとうね。お陰でまだまだ親衛隊を率いることが出来るわ」

「なに、こちらとしても貴重な戦力を失う訳にはいかんからな」

「ヘルマン第3軍、そして魔人。青の部隊も未だ洗脳されたままです」

「まだまだ強敵揃い、いや、むしろここからが本番だな」

「そうね……」

 

 夜風を受けながら三人が真剣な表情を浮かべる。確かにこちらの戦力は増大したが、未だヘルマンには多くの強敵がいる。いわば、ここからが第二ステージと言えるだろう。

 

「そういえば、ルークたちが森へ行っている間にヘルマンに動きがあったわ」

「なんだと?」

 

 ルークがレイラの顔を見る。その時間はレイラもまだ洗脳状態であったはずのため、恐らく誰かから聞いた話なのだろう。真剣な表情でレイラが言葉を続ける。

 

「リーザス各地に散らばっていた軍を一カ所に集めているみたい。解放軍を一気に叩くつもりらしいわ」

「ですが、各地でゲリラ的な抵抗が起こり、招集は思うように進んでいないようです」

「軍を引退したペガサスさんやアビァトールさん、フリーの女剣士ユランに天才学生カーチス、それに、来年軍に入ることが決まっている子たちも各地で反乱を起こしているみたい」

「彼らの思いに応えるためにも、負けられません」

「ユランか……それに、アビァトール……レイラ、それは親衛隊に所属していたアビァトール・スカットか?」

「あら? アビァトールさんのことを知っているの?」

 

 かつてコロシアムで出会ったユランの名前も懐かしいが、それ以上に懐かしい名前があったためルークが思わず尋ねる。その事にレイラが驚いたような表情を浮かべる。

 

「もう10年以上会っていないがな。そうか、引退したのか……」

「10年? それじゃあ、アビァトールさんが私の前の親衛隊隊長だったことも知らないのかしら?」

「隊長!? そうか……彼女は夢を叶えたんだな……」

 

 レイラの予想通り、ルークは彼女が元親衛隊隊長であった事を知らなかったため大層驚き、その後で懐かしむような表情を浮かべる。

 

「引退の理由は怪我か何かか?」

「寿引退よ。名前は変えてないみたいだけど、もう旦那さんがいるわ。彼女ほどの才能をこのまま埋もれさすのは勿体ないからって、今はリーザス女子士官学校の校長になってくれないか、マリスさんが打診しているみたい」

「……そうか。そういう話を聞くと、時の流れを感じるな……」

「もしかして、昔アビァトールさんと?」

「さあ、どうだろうな」

 

 フッと笑うルーク。そのとき、少しだけ風が吹いた。その風を受け、薄手の鎧であるレイラが寒そうにする。

 

「春だっていうのにまだまだ冷えるわね。私は中へ戻るけど?」

「自分はまだルーク殿と話したいことが……」

「ああ、さっきのあれね。じゃあ、先に戻っているわ。程々にね」

 

 呆れた顔をしながらレイラが宿に戻っていく。残されたルークがリックに問いかける。

 

「それで、話したい事っていうのは?」

「……一度手合わせ願いたいのですが」

「侵攻戦も近いのにか?」

「軽くで構いません。朧気な記憶ですが、操られていた時のルーク殿の太刀筋が忘れられませんので……」

「ふ、まあ少しだけなら良いか。約束もしていた事だしな。ここだと邪魔だから、宿の裏手に回ろう」

「おお、ありがとうございます」

 

 リックが頭を下げ、二人は宿の裏手に回っていく。人気のない開けた場所にやってきた二人は、互いに少し距離を取って同時に剣を抜く。前回の互いに全力を出していない状況とは違う。軽く言えど互いに手を抜く気はない。向き合った二人に緊張が走るが、その剣が交わることはなかった。

 

「んっ!?」

「はっ!?」

 

 すぐ近くで何者かの気配がし、二人同時にそちらを向いたからだ。そこに立っていたのは、全身が岩のようなもので覆われたガーディアン。頭に『II』という数字が刻まれている。知り合いでもなければ、友好的な相手にも見えない。リックが剣を構えながらそのガーディアンに問いかける。

 

「何者だ!?」

「こいつは!? リック、気をつけろ。魔人サテラが連れていたガーディアンだ!」

「なんですって!?」

「…………」

 

 リックが言われてガーディアンを見直す。言われてみれば、リーザス城を攻められたときにパットンの後ろに控えていたガーディアンと同じ姿をしているようにも思える。あの時はトーマやパットン皇子、そして三人の魔人に注意がいっていた上に意識が朦朧としていたため、あまり良く覚えていなかったのだ。不穏な空気で佇むガーディアンにルークが問いかける。

 

「何の用でここに現れた?」

「…………」

 

 無言で佇むガーディアンを見据え、リックが口を開く。

 

「どうやら言葉は喋れないようですね」

「そのようだな。貴様の目的は宿の中か?」

「…………」

 

 この質問に、ガーディアンはコクリと頷く。どうやら宿の中に用事があるらしい。今宿の中にいるのは、解放軍の面々だ。用事など、荒事以外に有り得ないだろう。

 

「なるほど、こちらの言葉を理解するのは出来るようだな」

「そのようですね。ルーク殿、手合わせはまた近い内という事で」

「ああ、そうするしかあるまい」

 

 ルークとリックが抜いていた剣を握り直し、ガーディアンと対峙する。宿の中が目的と言われて、おめおめ通すわけにはいかないからだ。こちらが臨戦態勢に入ったのを理解したガーディアンは自身も剣を抜き、超スピードでルークとリックに迫ってきた。

 

 

 

-レッドの町 宿屋表玄関-

 

「き、貴様ら何者だ!? ぐぁぁぁぁぁ!!」

 

 静けさを打ち破る悲鳴。それと同時に宿の玄関が破壊され、粉砕された扉の破片を纏いながら二人組の侵入者が姿を現す。いち早く駆けつけた警備隊は、ことごとく侵入者に打ち倒されていった。宿の中で休んでいたバレスに報告がいき、大急ぎで廊下に飛び出てくる。その目に飛び込んできたのは四人の強者たち。先程宿に戻ってきていたレイラと、ドッヂ、サカナク、ジブルの三人、合わせて四人が既に廊下に立っていたのだ。バレスが四人に問いかける。

 

「どこだ、乱入してきた不届き者は!」

「はっ。一階を壊滅させ、こちらに上がってきているところだと思われます」

「一階を壊滅だと!? 白の軍と魔法軍の隊長格が寝ていたんじゃ……」

「んっ!? 来ました!」

 

 ジブルの叫びを受け、一同が一斉に階段の方を向く。その目に映ったのは、赤い髪の女がガーディアンを引き連れて階段を上ってくる光景。彼女たちがここに上がってきているという事は、一階の者たちは全滅してしまったのだろうか。バレスたちが息を呑んでいると、赤い髪の女がこちらを発見してため息をつく。

 

「また雑魚だ。お前らに用はない。さっさとランスを出せ」

「何者だ? この宿はリーザス解放軍の詰め所も兼ねている。それを知っての狼藉か!」

「当然だろう。このサテラ直々に聖剣と聖鎧をいただきに来たのだ。ランスが持っているのはもう判っているんだ。そこをどけ」

 

 そう宣言するサテラに対し、バレスが剣を抜く。それに呼応するように他の四人も剣を抜き、臨戦態勢に入る。

 

「そういう輩にここを通す訳にはいかぬわ!」

「我らの剣の錆にしてくれる!」

「きゃはははは! 人間如きがこのサテラに勝てるとでも? さっき一階でも威勢良く掛かってきたメガネとかいたけど、全く相手にならなかったぞ」

「エクス将軍!? となると、一階の者は本当に……」

「ハウレーン……」

 

 サテラの言葉にレイラが絶句し、バレスが娘の事を思う。一階の者たちの生死が気になるが、今は目の前の魔人を止めるのが先決だ。

 

「かかれ!!」

「「「はっ!!」」」

 

 バレスの号令と共に三人の副将が跳びかかる。まず狙うはサテラではなく、横に立つガーディアン。動きの遅そうなこいつを三人がかりで一気に片付けようという算段だったが、その目論見はあまりにも甘かった。彼らが剣を振り下ろすよりも早く、ガーディアンが持っていた長剣によってドッヂの体が床に叩き伏せられる。斬るというよりも殴るという形に近いその強烈な一撃に、ドッヂは意識を失う。

 

「がっ……」

「ドッヂ!? ぬっ、ぐぁぁぁ!」

「うぐわっ!」

「よそ見してる場合か? 馬鹿」

 

 ドッヂが一撃でやられた事に驚愕していた二人だったが、それはあまりにも致命的な油断。サテラが鞭を振り回し、サカナクとジブルの体が同時に崩れ落ちる。三人ともリーザス軍の中では紛れもない精鋭。だが、その三人が十秒と持たず倒れてしまう。幸い息はあるようだが、三人とも気絶してしまっている。

 

「弱い、弱すぎるぞ。なぁ、シーザー!」

「ハイ、サテラ様」

「うぬっ、おのれ!」

「今度は私たちが相手よ!」

 

 そう言って今度はバレスとレイラが間合いを詰める。ドッヂを倒したときと同様に長剣を振るうシーザーだが、バレスはそれを素早く躱し、シーザーの無防備な体に向けて剣を振るう。バレスの剣はシーザーの体に命中するが、あまりの体の硬さに傷一つ付けられていない。

 

「うぐ、なんて硬さ……」

「バレス様、危ない!」

 

 あまりの硬さに怯んでいるバレスの体に、シーザーが振るった長剣が命中する。ドッヂ同様斬られたというよりもそのパワーで吹き飛ばされる形となったバレスは、勢いよく壁に叩きつけられる。

 

「うぐぁっ……不覚……」

「くっ……やっ!!」

 

 レイラが剣を振るうが、シーザーはまるで避ける気がない。レイラの攻撃は全て命中するのだが、相手の体には傷一つ付かず、レイラの手が痺れるだけ。

 

「こんなの……どうすれば……」

「そうだ、絶望しろ! 人間如きが勝てる訳ないだろ!」

 

 サテラの鞭が連続で振るわれ、レイラの体も崩れ落ちる。リーザスの精鋭五人が、数分と持たず壊滅したのだ。圧倒的な力の差、これが魔人。目の前の状況に高笑いを浮かべるサテラだったが、一つ気に掛かる事があった。

 

「裏口から回ったイシスは何をやってるんだ?」

「判リマセン」

「まあいい、行くぞ!」

 

 とりあえずイシスの事は置いておき、宿の奥へと進んでいくサテラとシーザー。とある部屋の前を横切った瞬間、突如扉が開け放たれる。そちらに視線を向けると、左の部屋からミリとラン、右の部屋からかなみとメナドが飛び出してくる。全員が既に武器を手に取っており、無防備であったシーザーの脇腹に剣が突き立てられる。

 

「おらよっ!」

「はっ!」

「ムッ……」

 

 奇襲を受けたシーザーは全ての攻撃を受けるが、先程まで同様全くダメージを受けていない。ミリが舌打ちをし、ランとメナドの目が見開かれる。

 

「化け物め……」

「お前ら人間が貧弱すぎるだけだ。やれ、シーザー!」

「ハイ、サテラ様。フン!」

「うわぁぁぁぁっ!」

 

 剣を突き立てていた四人を長剣で横薙ぎにする。そのパワーは圧倒的で、たった一振りで四人とも吹き飛ばされてしまう。壁に強く叩きつけられたランとメナドは気を失い、かなみとミリはかろうじて意識はあるが立ち上がることが出来ない。その二人を見下しながらもトドメをさす事すら面倒だと言わんばかりの態度を取り、サテラが更に奥へと進んでいく。角を曲がり、最奥の部屋の前まで辿りつく。

 

「ランスはここか?」

 

 そう口を開きながら扉を開ける。瞬間、サテラの体を強烈な光が包んだ。

 

「白色破壊光線!!」

 

 ラギシスを打ち破った志津香の最強魔法がサテラとシーザーを飲み込む。扉の向こうで白色破壊光線の準備をしていた志津香は、扉が開けられると同時にそれを放ったのだ。少しでもダメージを与えられればと考えていた志津香だったが、光が晴れた場所から現れたのは無傷のサテラであった。

 

「そんな魔法じゃサテラには効かないぞ? もっと強い魔法を撃ったらどうだ?」

「くっ……」

 

 これが魔人の持つ能力、無敵結界。神や悪魔などの攻撃以外は全て無効化するこの結界を前にしては、解放軍はあまりにも無力であった。シーザーもサテラの後ろに回っていたらしく、結界の恩恵を受けて無傷でやり過ごしていた。

 

「きゃははは、もしかしたら今のが最強の魔法か? やはり人間は情けないな。じゃあ、今度はサテラから行くぞ!」

 

 そう言って鞭を振るうサテラ。魔法使いである志津香が近接戦闘で為す術があるはずもない。その鞭に軽く吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた志津香は気絶してしまう。

 

「この奥だな!」

 

 部屋の中には更に奥へと行ける扉があったため、サテラがその扉を開け放つ。中は寝室になっており、ランス、シィル、マリアの三人がいた。魔人が襲撃してきた事をマリアはランスの部屋まで報告に来ていたのだ。

 

「もうここまで……それじゃあみんなは……」

「馬鹿者! 俺様に抱いて貰いたいんだったら、もっとおとなしく偲んでこい!」

 

 マリアが絶望の色を浮かべる。魔人襲撃からここまで僅か十数分。これ程まで力の差が歴然なのか。訳の判らない事を宣っているランスを見下ろし、ふん、と鼻を鳴らすサテラ。

 

「まさか、あの時の馬鹿が聖剣と聖鎧の保有者とは思わなかったぞ。痛い目に遭いたくなかったら、さっさとサテラに聖装備を全て寄越せ!」

「ランス様……」

「ふん、誰が渡すか! どうしても欲しいなら一発ヤらして貰おうか!」

 

 ふんぞり返りながら臆することなくそう口にするランス。その言葉を聞き、サテラが笑い出す。

 

「きゃははは、勘違いするな。サテラはお願いしているんじゃない。命令しているんだ。早く渡せ」

「ふん、俺様の所有物を盗もうなど百年早いわ!」

「どうやら馬鹿には力で教えるしかなさそうだな。シーザー、行くぞ!」

「ファイヤーレーザー!」

 

 向かってくるサテラに向けてシィルがファイヤーレーザーを放つ。しかし、無敵結界に阻まれてダメージを与えることが出来ない。シーザーが拳を振るい、側にいたマリアが吹き飛ばされる。

 

「きゃぁぁぁっ!」

「マリア! ええぃ、貴様!」

 

 ランスが即座に剣を抜き、高く跳び上がってその剣を振り下ろす。

 

「必殺、ランスアタァァァック!!」

「ふん」

 

 サテラがシーザーの前に立つ。ランスアタックはサテラを直撃するが、シィルの攻撃と同様に結界に阻まれ、傷一つ与えられない。

 

「な、なんだとぉぉぉ!?」

「弱いのにサテラに歯向かうから痛い目に遭うんだ。はぁっ!」

「あんぎゃぁぁぁぁ!」

 

 サテラの鞭がランスを襲う。無防備な状態で直撃を受けたランスはそれに耐えきる事が出来ず、その体が崩れ落ちる。そのランスを見下ろしながら、部屋の中にあった盾を手に取る。

 

「これが聖盾だな、貰っていくぞ。聖剣と聖鎧はどこだ?」

「…………」

「まぁいい。サテラに隠し事は通用しないからな。シーザー!」

「きゃぁぁぁ、ランス様! うっ……」

「シ、シィル!」

 

 シィルがシーザーにの拳を腹部に受け、気絶させられる。そのシィルを左腕に抱えたシーザー。サテラがその肩に乗り、床に倒れているランスを見下ろしながら口を開く。

 

「この女を返して欲しければ、聖剣と聖鎧を持ってハイパービルまで来い! 交換だ!」

「なんだと!?」

「早く来なければこの女の命はないぞ。サテラは待つのが嫌いだからな。じゃあな」

 

 そう言って窓をぶち破り、サテラとシーザーはシィルを連れ去ってしまう。宿の中の者は皆傷つき、後を追える者はいなかった。

 

 

 

-レッドの町 宿屋裏口-

 

「はぁっ!」

「ふんっ!」

「…………!」

 

 ルークとリックの猛攻を、イシスが両手に持った二刀で受けきる。と思えば、今度はイシスが二人に高速の剣を振るう。本来動きの遅いものが多いガーディアンだが、目の前のイシスは二人のスピードと互角。その上耐久力も高く、何度か体に命中させたが傷ついた様子はない。対するルークとリックの体にはあちこちに傷がついていた。宿の中の騒ぎは聞こえていた。だが、イシスの足止めで精一杯であった二人は駆けつけられない。下手に動けばイシスも宿に侵入し、事態が悪化しかねないからだ。

 

「宿の中では何が……」

「みんなを信じるしかあるまい。リック、一瞬気を引いてくれ」

「了解です」

 

 ルークが剣を両手で握り直し、リックがイシスに向かって再度猛攻をかける。それを悠々と受けきるイシス。この場にいた三人、その全てが達人であった。リックの猛攻が止んだのを確認したイシスが反撃に出ようとするが、そのリックの後ろからルークが跳びかかってくる。完全に想定外の攻撃だ。

 

「真滅斬!」

「…………!?」

 

 剣でのガードが間に合わず、即座に左腕でルークの剣を受けるイシス。しかし、必殺の一撃が命中したにも関わらず、その腕を斬り落とすことは出来なかった。逆にルークの腕が痺れてしまう。あまりにも驚異的な耐久力。そのとき、真上の部屋の窓が割れてそこから何者かが飛び出してくる。

 

「イシス、何を遊んでいる。行くぞ!」

「…………」

「あれは……魔人サテラ!!」

 

 ルークたちと少し離れた場所に降り立ったサテラがイシスを見ながらそう口にする。その言葉に従うよう、剣を収めるイシス。リックはシーザーが左腕に抱えている女性の姿を見て目を見開く。

 

「ルーク殿、あのガーディアンが抱えているのはシィル殿です!」

「なんだと!? 待て、サテラ!」

「きゃははは、人間の言うことなど誰が聞くか。サテラはハイパービルで待つ! 聖盾はこうして貰ったから、後は聖剣と聖鎧を早く持って来い。遅かったら、この女は殺すからな!」

 

 そう言い残し、聖盾を見せびらかしながらサテラたちはこの場から去っていく。イシスもその後を追い、残されたのはルークとリックのみ。サテラたちの去るスピードはあまりにも速く、イシスとの戦闘で満身創痍であったルークたちでは追うことは出来なかった。

 

「シィル殿が攫われた……」

「こいつはまずいことになったな……」

 

 ジオの町侵攻戦を目前に控えて起きた不足の事態。魔人が遂にその牙を剥いたのだ。サテラからシィルと聖盾を取り返す必要がある。だが、立ちふさがるのは魔人。ガーディアン一体倒せない現状で勝ち目はあるのかと、ルークは拳を握りしめていた。

 

 

 

-街道-

 

「きゃははは、やっぱり人間なんかサテラたちの相手じゃないな!」

 

 ハイパービルに向かい、闇の中を走るシーザーとイシス。サテラはシーザーの肩に乗りながら笑っていた。そんな中、ふとイシスの方を見る。

 

「イシス、何をあんな奴らに足止めされて……おい、その左腕どうしたんだ!?」

「…………」

「動かないのか?」

「…………」

 

 コクリと頷くイシスにサテラが驚愕する。

 

「そんな馬鹿な……人間如きがイシスの装甲を破ったとでも言うのか……」

「信ジラレマセン、サテラ様」

「イシス、ビルに到着したら可能な限り修復してやるからな。ん、何で左腕が動かないのに嬉しそうなんだ?」

「…………」

「サテラ様、イシスハアノ二人トノ戦闘ガ楽シカッタヨウデス」

「馬鹿! そんな油断しているから怪我するんだ。さっさとハイパービルに行くぞ!」

 

 そんな事を言い合いながら、魔人サテラたちは夜の闇に消えていった。

 

 




[人物]
レイラ・グレクニー
LV 34/52
技能 剣戦闘LV1 盾防御LV1
 リーザス親衛隊隊長。親衛隊とは女性だけで構成された女王直属の部隊で、地位は四色の将軍たちと変わらない。リーザスではリックに次ぐ剣の腕であり、周りにもよく気が利くため隊内外問わず信頼は厚い。

アスカ・カドミュウム
LV 39/44
技能 魔法LV2
 リーザス魔法軍隊長。アスカはまだ幼い少女であり、実際には彼女が身につけている着ぐるみのチャカが隊長である。レベルや技能もチャカのもの。かつてはゼスからもスカウトが来るほどの魔法使いであったが、魔女パンドーラの死に際に放った魔法で着ぐるみにされてしまう。ルークとは共にパンドーラを倒した間柄。

パンドーラ (半オリ)
LV 40/45
技能 魔法LV2
 かつてルークとチャカが協力して倒した魔女。エターナルヒーローと死闘を繰り広げた魔女、エイナの末裔。七色の風を操り、変幻自在の攻撃を仕掛けてくる。この世を暴力が支配するものにしようと企んでいたが、その野望は破られる。死に際に放った魔法でルークをある場所へ飛ばし、チャカを着ぐるみにしてしまう。名前はノベル版ランス「極寒のパンドーラ」より。

サテラ
LV 100/105
技能 魔法LV2 ガーディアンLV2
 ホーネット派に属する人間の魔人。ホーネットの遊び相手として連れてこられた少女で、ガイの手により魔人になる。ホーネットとは幼なじみでもあり、親友。ガーディアン製作能力に長けており、生み出されたガーディアンの強さは驚異的。但し、彼女自身は生まれてからの期間や実力から、魔人の中では下位に位置している。

シーザー
LV 0/0
技能 剣戦闘LV1
 サテラに作られたガーディアン。250cmの大剣から繰り出されるパワーと頑丈な体でサテラを警護する。その実力は主であるサテラとも互角。片言であるが言葉を話せ、自我もある。サテラが最も気に入っているガーディアン。

イシス
LV 0/0
技能 剣戦闘LV1
 サテラに作られたガーディアン。実力ではシーザーに劣るが、パワー型のシーザーに対し、イシスはスピード型。並の人間ではそのスピードについてくることすら出来ない。サテラが手抜きをしたため、言葉を話すことは出来ない。


[技能]
ガーディアン
 ガーディアンを製作する能力。レベルが高ければ魔人と同等の力を持ったガーディアンを作り出すことさえ可能にする。


[アイテム]
ユニコーンの蜜
 催眠、洗脳などの状態異常を治療する秘薬。レア女の子モンスターユニコーンの愛液。

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