ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第3話 闇との邂逅

 

-盗賊団アジト 詰め所-

 

「これは……」

「どうかな?」

「……すまない、無理みたいだ。壁への封印が魔法結界のようなものだったら助け出す事が出来る可能性もあったんだが、どうやら違うらしい……」

「そんなぁ……」

 

 壁にめり込んだ男、ブリティシュが残念そうに声を上げる。洞窟内で出会ったブリティシュから壁から出して欲しいと懇願されたルークは、自身の能力で助け出す事は出来ないものかと念入りに壁を探っていたのだ。だが、ブリティシュを壁に封じ込めているのは呪いの類であるため、ルークの能力での解除は不可能であった。

 

「おい、そんな変な男は放っておいて先に進むぞ。この靴さえあれば、あんな結界なぞ簡単に越えることが出来る」

「その靴の場所を教えてくれたのはブリティシュなんだから、真剣に考えるのは当然だろう。だが、確かに奥に囚われている娘さんも気になるな……」

 

 ランスが地面を踏みしめる。履いている靴は先程までのものではなく、洞窟内の結界を無効化出来る靴だ。詰め所の脇に置いてあるのをブリティシュから教えて貰ったのだ。その礼も兼ねてなんとか壁から出してやりたかったが、娘の救出も急がねばならない。ルークのその言葉を聞いて、ブリティシュは何かを思い出したかのように口を開く。

 

「ああ、盗賊たちが攫ってきた娘たちか。多分、一人じゃなくて何人もいるよ」

「なにぃ? 間違いないだろうな?」

「うん。違う声が何回か聞こえてきたし。最初の娘なんかは攫われてきてからかなり経っていると思うから、急いであげた方が良い。僕はまた気長に待つから」

「うむ。こんな中年など放っておいて、可愛い娘たちを救出に行くぞ!」

「そうだな……今は助け出せる方を優先させて貰うとするか」

 

 今ここでブリティシュの救出方法を考えても埒があかない。ブリティシュ自身も、元々あまり期待していなかったのか、脱出への執着心を見せていない。一体どれ程の期間、この壁に囚われていればこのような精神になるのだろうか。部屋を後にするランスに続こうとするルークだったが、最後に一度だけブリティシュを振り返って言葉をかける。

 

「何か手段が見つかったら、そのときは必ず助けに来る。待っていてくれ」

「うん。ありがとうねー」

 

 去っていくルークの背中を見送りながら、ブリティシュは陽気にそう答える。久しぶりに盗賊以外の人間とまともな話が出来た。それだけで彼には十分であり、別れ際の約束には何の期待もしていなかった。これより数年後、今の男たちと深く関わる事になるなどとは、夢にも思っていなかった。

 

 

 

-盗賊団アジト 最奥の部屋-

 

「ふへへへ。おら、もっと良い声を上げな!」

「いや……もうやめて……」

 

 少女の悲痛な声が部屋に響き渡る。洞窟の最深部にある部屋の中では、40才前後と思われる無精髭の男が少女を犯していた。この男が盗賊たちのリーダーであり、名前をライハルトと言う。周りには部下と思われる盗賊が五人。その内の四人も他の少女たちを犯している最中であった。目を覆いたくなるような光景の中、その乱交に参加していない唯一の盗賊は男たちを冷ややかな目で見ていた。彼女は、この盗賊団唯一の女性構成員だ。

 

「これだから盗賊家業はやめられねぇな。お前らも楽しんでいるか?」

「ええ、最高ですぜリーダー。かぎりない明日戦闘団に入って良かったですぜ」

「(……何が最高なもんか。貧しい人たちに盗んだ物を分け与える正義の盗賊団だとか言われて入ってみれば、中身はただの下衆な集団。さっさと抜けたいが、感づいているのか、しっかりとあたしの行動を見張ってやがる……)」

 

 女盗賊が心の内で不満を爆発させる。彼女はこの盗賊団に入団してまだ日は浅い。それでも、この盗賊団が正義の集団などでは無い事には気がついていた。すぐにでも抜けたいのだが、唯一の女性構成員を逃がすまいと盗賊たちは彼女の動向に注視しており、そのような隙はこれまで存在しなかった。どうしたものかと女盗賊がため息をつく中、他の盗賊たちは上機嫌で話し合う。

 

「そうだな、俺の作ったかぎりない明日戦闘団は最高だ! その内、世界を股に掛けるぜ!」

「おお! さすがですぜ、リーダー!」

「残念だが、そんな日は永久に来ないな」

 

 聞いた事のない男の声が部屋に響き渡り、盗賊たちが慌てて入り口の方を見る。そこに立っていたのは、見たことのない顔の戦士二人。ランスとルークだ。ブリティシュから教えて貰った靴の効果は抜群であり、面白いように結界を無効化出来た。靴は一足しかなかったが、ルークは自身の能力で結界を無効化出来るため、こうして二人は奥の部屋へと辿り着いたのだった。

 

「なんだてめぇら!? どうやってここまできた!」

「答える必要はないな。とりあえず、壊滅させて貰うぞ」

「貴様らが溜め込んだ盗品は全ていただくぞ、がはは!」

「面白い事を言うな。俺の機嫌のいい内にさっさと帰りな!」

 

 当然二人の目的は盗品などではなく、捕らえられている少女たちだったが、それをこの状況で馬鹿正直に言っては、最悪人質に取られかねない。事前に軽くその事を打ち合わせていた二人は、こうして自分たちの真意を気が付かせない事に成功していた。ルークが軽く部屋を見回すと、ブリティシュの話通り、そこには数名の少女たちがいた。

 

「……」

「誰……? また酷い事をするの……?」

 

 怯える少女たち。その中には、まだ年端もいかない少女も含まれていた。そんな幼子にも盗賊たちはお構いないようであり、汚されてしまった跡がくっきりと残っていた。その事に、ルークは静かに怒りを燃やす。

 

「こいつらに生きている資格は……ないな」

「当たり前だ! 世界中の美女は全て俺様のものだ。あの少女も将来的には美人になっただろうに……むかむか……」

「調子に乗るなよ! やっちまえ、てめぇら!!」

 

 生きている資格がないという挑発を受けた盗賊団はその目を血走らせる。リーダーである男がそう声を上げると、近くに控えていた部下たちが一斉に襲いかかってきた。

 

「俺様はあのリーダーを殺る。雑魚は任せたぞ」

「ボス一人と部下五人、さり気なく楽な方を選んだな。しっかりと殺せよ」

「当たり前だ! お前の方は、ちゃんとあの女盗賊だけは生かせよ。中々に美人だからな」

「善処する」

 

 そう返事をし合い、ランスは奥にいるリーダーへと駆けていき、ルークは部下五人と対峙する形となる。まさか仲間を五対一の形にして一人奥へと駆けていくとは思っていなかった盗賊たちは不意を突かれる形でランスを見送ってしまい、部屋の中には一対一と五対一の状況が完成していた。

 

「バカが。五対一で勝てると思っているのか?」

「仲間に見捨てられたんじゃないのか?」

「まあ、そっちの事情は知らないけど、どちらにしろ無謀な事には変わりないってとこだね。悪いけど、死んで貰うよ」

 

 盗賊たちがルークを囲むようにジリジリと動きながら挑発してくる。まだ剣の届く間合いではなく、多少の距離がある。その盗賊たちを見ながら、ルークは部下の中に魔法使いと思われる者がいない事を確認する。どうやら結界は、どこかから盗んできた魔法製品で張っていたのだろう。となれば、今の状況下は相手の射程範囲外。

 

「……」

「ん……? なんだ?」

 

 目の前の冒険者が取った不可解な行動に、女盗賊は眉をひそめる。ルークは突如ロングソードを水平に構え、腰を少し落としてその場に立ち止まったのだ。他の盗賊たちも何事かと身構えるが、まだ剣の射程外であるため全員が目を丸くしている。あの体勢から器用に突っ込んでくるのかと女盗賊が考えている中、男は更に予想外の行動に出る。ルークはそのまま剣を左から右に横払いで振り切ったのだ。当然、剣は空を斬る。

 

「……ぷっ、ぎゃはは! なんだぁ、射程もわからねぇ素人か?」

「恐怖のあまり、訳が判らなくなっているんじゃねぇか?」

「なるほどな。ぎゃはははは……ん?」

 

 大声で笑っていた男は不意に違和感を覚え、自分の身体を見る。そこにあったのは、おかしな光景。自分の腰の辺りに一本の直線が入っており、そこからじわりと血が滲んでいるのだ。そして、ゆっくりと離れていく上半身と下半身。男の意識は、そこで永久に途絶えた。ドサリ、と上半身が地面に落ちると同時に、周りの盗賊たちの目が見開かれる。

 

「「「「なっ!?」」」

「……真空斬」

 

 自らの放った技の名前を口にし、ルークは再び剣を水平に構える。因みに、今の男を一番始めに殺したのにも理由がある。他の盗賊の武器は短剣だったが、その男だけは唯一斧を手に持っていたのだ。戦い難さという点では、その男を始めに殺しておくのが定石と言えるだろう。何が起こったのか判らず盗賊たちが呆然としている中、女盗賊だけが二発目の準備をしているのを察し、声を荒げた。

 

「何やっているんだい! あれを使わせるな!」

「うっ……つ、突っ込めー!!」

「……手間が省けて丁度良い」

 

 盗賊たちが慌てて迫ってくるのを確認し、ルークは素早く真空斬の構えを解いて剣を普通に構える。一番に迫ってきた男との間合いを図り、相手の短剣が届く範囲に入るよりも早く剣を振り下ろして相手を斬り伏せた。長剣と短剣では、リーチの差がありすぎる。鮮血と共に盗賊が倒れ込む中、左右から二人目の男盗賊と、先の女盗賊が同時に攻撃を仕掛けてくる。

 

「死ねぇっ!」

「おらっ!」

 

 向かって右から跳び込んできた男盗賊の短剣を即座に剣で防ぎ、女盗賊の攻撃は肩だけで避けながら、彼女の腹部に強烈な蹴りを入れる。

 

「がっ……」

 

 想定外の一撃に悶絶し、女盗賊が倒れ込む。その際、女盗賊が手に持っていた短剣をルークは素早く左手で奪い取り、その短剣で右の男盗賊に向かって斬りつける。短剣を剣で押さえられていた男にそれを防ぐ手段は無く、頸動脈をバッサリと斬られる。

 

「ぐぁ……」

 

 声にならない声を上げながら、その男は血溜まりの上に崩れ落ちる。その様子を見て、戸惑いの声を上げる盗賊が一人。

 

「くっ……くそっ!!」

 

 他の三人と違い、その男は突っ込めと命令するだけであり、自分はルークに襲いかかってこなかったのだ。ルークの知るところでは無かったが、この男がこの盗賊団の副リーダーである。典型的な上から命令するだけの、臆病で無能な男。こんな状況になってからようやく腰の短剣を抜いたが、時既に遅し。

 

「遅い!」

「っ!?」

 

 盗賊が気づいた時には、既に目の前に短剣が迫って来ていた。ルークが左手に持っていた短剣を投げつけたのだ。その刃はそのまま盗賊の額に突き刺さり、ドス、という鈍い音と共に、男の手から腰から抜いたばかりの短剣がこぼれ落ちる。カラン、という短剣が地面に落ちる金属音を聞きながら、女盗賊は覚悟を決める。

 

「ぐっ……命乞いはしない。殺せ……」

 

 ルークの蹴りが相当効いたのか、女盗賊は腹を押さえながら未だに起き上がれずに倒れ込んでいる。絞り出すように声を出すが、ルークはその女を見下ろしながら剣の構えを解く。

 

「悪いが、あんたを殺すつもりはない」

「……どういうつもりだい?」

「あんただけさっきの反吐が出る行いに参加していなかったからな。女……というのもあるだろうが、明らかにあの男たちを軽蔑している目だった」

「……たったそれだけの理由かい? 一応あたしも盗賊だよ。ある程度の悪行はしてきている。ごほっ、ごほっ……」

 

 咳き込みながらもそう告げてくる女盗賊であったが、ルークは平然とそれに答える。

 

「別に、時代が時代だからな。襲う相手にもよるが、盗賊それ全てを否定する気はない。俺ら冒険者も、一歩間違えれば似たようなものだからな」

「随分と変わった考えだね……」

「勿論、彼女たちの解放を邪魔しようとするなら別だがな」

「なんだい、目的は盗品じゃなくて彼女たちかい。言ってくれれば、最初からあんたらに加勢に……いや、言い訳だね……」

 

 少女たちの救出が真の目的であったと判り、女盗賊が深いため息をつく。どうやら彼女の言葉は口から出任せという訳では無く、本当に少女たちを解放してあげたいと思っていたようだ。

 

「邪魔する気はないよ。あたしらの負けだし、ああいった誘拐は正直不本意だった」

「良識があるようで助かる」

「良識があったら、盗賊なんかしちゃいないよ。ところで、名前を聞いても良いかい?」

「ルーク・グラントだ。あんたは?」

「シャイラ……シャイラ・レスだ」

「覚えておく。さて、ランスはどうしたかな?」

 

 目の前の戦いに集中していたルークもシャイラも、ランスとライハルトの戦いに気を向けていなかった。その理由の一つとして、ルークは以前に盗賊たちを全滅させていたランスの強さには一目置いており、盗賊団のリーダー程度に後れを取ることはないだろうと考えていたというのもある。ルークとシャイラが部屋の奥に視線を向けると、盗賊団のリーダーであるライハルトは床に倒れ伏しており、既に息はなかった。その少し奥で、ランスは先程までライハルトに犯されていた少女を犯しているところであった。

 

「お前なにしてんだーっ!?」

「見てわかるだろう、ナニだ! がはは、グッドだ」

「ランス、止めろ! 向かってきた相手ならまだしも、無関係の娘を……」

「あ、その……良いんです……」

 

 シャイラの盛大なツッコミに平然と答えるランス。流石に無抵抗の少女を無理矢理犯している事は無視出来ず、ルークは苦言を呈そうとしたが、その言葉は犯されている少女自身に遮られる。

 

「あの……ほ、報酬みたいなものですから……んっ、気持ちいい……」

「がはは! その通り、これは俺様が盗賊から救ってやった事への正当な報酬だ!」

 

 うっとりとしている娘と上機嫌なランス。快楽が勝ったのか、あるいはランスに惚れたのかは定かではないが、娘は特に嫌がっている様子を見せていなかった。

 

「……合意、になるのか?」

「あたしに聞くなよ……」

 

 自分が見ていない間に思わず惚れてしまうほど格好良く救出したのかもしれない、などと考えながら、それでも若干納得がいかないルークは思わずシャイラに問いかけてしまっていた。

 

「とりあえず、他の少女たちを解放するか。酒場の親父の娘さんも捜さないとな……」

「あっ……それなら、私がその娘です……んっ……」

「おお、君があの親父の娘か。確かに言うとおりの美女ではないか、がはは!」

 

 偶然にも、ランスが犯していた少女が酒場の娘であった。名前はパルプテンクス。思わずシャイラが二度聞きしてしまう程のネーミングセンスであったが、それはまあ置いておくとしよう。ランスがパルプテンクスとお楽しみの間にルークとシャイラの二人は他の娘たちの鎖を解いて回る。シャイラは盗賊団の一員であるため、少女たちに怯えられるかとも思っていたが、誰一人として怯える様子は見せなかった。曰く、彼女だけは他の盗賊団の目を盗んで食事を分けてくれたりしたため、それ程恨んではいないとの事。その後、ようやく情事を終えてランスから解放されたパルプテンクスも加え、ルークたちはリーザスに戻る事にした。

 

「それで、これからどうするつもりだ?」

「適当にぶらつくよ。まあ、今までよりは幾分かマシってとこだね」

 

 ルークの問いにシャイラはそう答える。若干晴れ晴れとした表情なのは、気のせいではないだろう。

 

「さて、俺は彼女たちを連れて先に戻るが……本当に洞窟に残るつもりなのか?」

「うむ。俺様は少しやり残した事はある。洞窟の案内にこの女盗賊を残して置いてくれれば十分だから、先に戻って酒場で待っていろ」

「まあ、案内くらいいいけどな……だけど、このアジトに大した宝は置いてないぜ」

 

 ランスがシャイラを指差し、シャイラがそれに答える。何故かランスはこの洞窟に残ると主張したのだ。不思議に思うルークたちであったが、今は娘たちをすぐにでも家に送り届けてあげたいところだ。その思いからルークは特に追求せず、先にリーザスに戻る事を決めた。

 

「それじゃあ、先に戻っている」

「うむ」

 

 ルークはそう言い残し、娘たちと一緒に帰り木でこの場から消えた。瞬間、ランスの目が怪しく光る。

 

「さて、それでどこを案内すればいいんだい?」

「うむ。シャイラちゃんの躰を案内して貰おうか」

「……は?」

 

 結論から言うと、ルークとシャイラはランスの性欲を見誤っていた。ランスと二人で残ることの危険性を考慮しなかった訳ではないが、先程までパルプテンクスを犯していた事もあり、まさか直後に襲いかかろうとは思ってもみなかった。数秒後、洞窟内にシャイラの悲鳴が木霊したのだが、その声はルークの耳に届くことは無かった。

 

 

 

-リーザス城下町 酒場『ぱとらっしゅ』-

 

「本当に感謝する! あんたらなら娘を無事に救ってくれると信じていたぜ!」

「もう一杯どうぞ。このブランディ、美味しいんですよ」

「ありがとう。確かに飲みやすいな」

 

 少女たちを家へと送り届けたルークは、酒場のカウンターで酒を飲みながらランスが戻るのを待っている。約束していた本通行手形は先程貰い受け、今飲んでいる酒もパルプテンクスを救い出してくれた礼にとサービスで出して貰ったものであった。カウンター越しにルークの肩をバシバシと叩き、マスターが豪快に笑う。

 

「いやー、あんたを気にいっちまったぜ。どうだ、俺の娘を貰ってくれないか?」

「もう、お父さんたら……変なこと言わないで」

 

 冒険者を長くやっていれば、依頼人からこの手の話も稀に出る。ルークは苦笑しながらも、慣れた調子で断りの言葉を入れようとするが、それよりも早くパルプテンクスがボソリと呟く。

 

「それに私……ランスさんの方が……」

「そうか……」

 

 なんとなくモヤッとしたものがルークの胸の内に残る。先程の洞窟での一件の中で、一体どこにランスに惚れる要素があったというのだろうか。自分の見ていないところで何があったのか。渋い顔で酒を飲み続けていると、酒場の外からいい加減聞き慣れた笑い声が聞こえてくる。ようやくランスが到着したようだ。

 

「がはははは。俺様参上!」

「あ、ランスさん。先程はありがとうございました」

「なに、気にするな。パルプテンクスちゃんもグッドだったぞ!」

「ぽっ……」

 

 酒場の扉を勢いよく開け、ランスが中へと入ってくる。そのままルークの側のカウンター席にドカリと座り、パルプテンクスと談笑しながら酒を注いで貰っている。ランスのセクハラ発言を受けてもパルプテンクスは顔を赤らめるだけであり、どうやら本当にランスに惚れてしまっているようであった。隣に立っているマスターも嬉しそうな顔で頷いており、どうやら娘の恋心を応援するつもりらしい。

 

「それにしても遅かったな。洞窟で何をしていたんだ?」

「決まっているだろう、ナニだ!」

「……は?」

 

 ルークの問いかけにランスはニヤリと笑いながら答える。突き出されたその指の形は、何かを連想させるような卑猥な形状になっている。

 

「シャイラちゃんの躰はグッドだったぞ。おっぱいもでかかったしな。がはは!」

「ちょっと待て……まさか、やり残した事っていうのは……?」

「ああ、シャイラちゃんを抱いていなかったからな。涙を流して喜んでいたぞ」

「どう考えても歓喜の涙じゃないだろ、それは!」

「まあ、別れ際に『必ずいつかぶっ殺してやる!』とは言っていたがな」

「思いっきり恨まれているだろうが!」

 

 頭を抱えるルーク。折角円満に解決していたはずなのに、ランスのせいで話が拗れてしまった。そんなルークの様子を見ながら、ランスは平然と言葉を続ける。

 

「因みに、お前も含まれてたぞ。『先に帰ったルークの野郎も絶対殺す!』とか言ってたし」

「理不尽な……」

「あっはっは! まあ、飲んどけ、飲んどけ。生きてりゃ理不尽な恨みを買うことの一回や二回あるってもんだ! 俺にも昔……」

「ワイルドなランスさんも素敵……ぽっ……」

 

 項垂れながらため息をつくルーク、それを励ましながら自身の昔話を語り始めるマスター、何故かランスに惚れ直すパルプテンクス。こうして夜は更けていくのだった。

 

 

 

翌日

-リーザス城下町 パリス学園-

 

「という訳で、俺様たちはこれからリーザス城に入る。シィルもしっかりと調査を続けていろよ。サボったらただではおかんぞ!」

「はい、ランス様。任せてください」

 

 ルークは宿で、出入り禁止を食らっているランスはパルプテンクスの家で夜を明かし、今はパリス学園の裏口でシィルと落ち合っていた。お互いが手に入れた情報の確認と、今後の動き方を決めているところだ。

 

「しかし……まさかヒカリちゃんが初めてではないとはな……」

「そのようです。パリス学園ではこの四年間、毎年生徒が一人行方不明になっていました」

 

 シィルから新たに聞かされた情報は驚愕のものであった。毎年必ず一人生徒が行方不明になり、これまで無事に帰ってきた者はいない。また、ヒカリ同様学園内の寮にいるところを襲われるらしい。

 

「こう連続していると、学園内に手引きしている者がいる可能性が高いな」

「うむ、俺様の天才的な勘も学園の教師が怪しいと言っている。その辺はしっかりと調べたのか?」

「はい。悪いとは思いましたが、一応リーダーの魔法で心を読ませていただきました。ですが、特にこれといって新たな情報はありませんでした」

「深いところまで読み取れる魔法ではないからな。潔白と決まった訳でもないし、今まで通り調査を続けてくれ」

「こら。人の奴隷に勝手に命令するな」

 

 リーダーの魔法は相手の考えを読むことが出来るが、比較的浅い考えまでしか読み取る事は出来ない。例えば、ある男は奴隷の娘の事を大事に思っているのに、照れ隠しで普段からぞんざいな扱いをしていたとしよう。この男に対してリーダーを使った場合、男が奴隷の娘を大切にしている感情を読み取る事は難しいのだ。奥にある感情が、表面上に表れている感情に邪魔されてしまうためである。

 

「あ、一つだけ気になることがあります」

「ん、なんだ? さっさと言え」

「生徒の中に一人だけ、心を読めなかった女性がいるんです。恐らく、シールドの魔法を掛けているのだと思います」

「……魔法使いなんかには普通の事だが、お嬢様学校の生徒がやっているのは確かに不自然だな。用心のために親がやった可能性も無くはないが……」

「怪しいな。よし、シィル。その生徒をマークしろ!」

「判りました。ランス様とルークさんもお気をつけて」

「ああ、ありがとう」

 

 こうして二人はシィルと別れ、リーザス城へと向かう。通行手形を見せるとすんなり中に入れて貰えたが、昨日ランスを追い払った門番だけは納得のいかない顔でジッとランスを睨み付けていた。

 

 

 

-リーザス城-

 

 リーザス城内に入ったルークとランスがまず始めたのは、城内にある娯楽施設を回って情報を集める事であった。リーザス城というのは少し変わっており、城の敷地内に闘技場やカジノ等の娯楽施設を併設し、客に開放しているのだ。比較的治安の良い国だからこそ出来る行為であると言えるだろう。

 

「しかし、この男は天に愛されているとしか思えんな……」

「何をぐずぐずしている!? さっさと行くぞ!」

 

 ルークは驚きと呆れの混じった視線をランスに向けながらそう呟く。行き当たりばったりであるランスの行動が、これまで全て良い方向に転んでいたのだ。城内に入った二人は、まずはカジノで情報収集をする事にした。調査というのは大衆娯楽のようにすんなりといくものではない。数日、数週間、果ては数ヶ月にも渡って足繁く通う必要がある事だってある。が、カジノに入って早々、こんな噂話が聞こえてきたのだ。

 

『リーザス城の牢屋に、どこから連れてきたのか誰も知らない娘が捕まっているらしい』

『うむ、それはヒカリちゃんに違いない。牢屋に向かうぞ!』

 

 僅か数秒で貴重な情報を手に入れる事に成功したランス。手に入れた情報を確かめるべく、二人はリーザス城に入る手段は無いかと城の前までやってきていた。

 

『敷地内には通行手形で入る事が出来るが、流石に城の中に入るのは許可されていないぞ。どうするつもりだ?』

『お、見張りがいなくなるぞ。あの顔は急な便意だな、バカめ。今の内に潜入するぞ』

『……』

 

 こうして強運の下、リーザス城内へと侵入する事に成功した二人。だが、牢屋の場所など判らないし、判ったところで簡単に入れるような場所ではない。動きが制限される中、真剣に情報を集めるルーク。それとは対照的に、ランスはリーザス城のメイドを犯しているだけであった。しかし、何故か全て良い方向に事が運ぶ。

 

『ふう、えがっだ……ん、この鍵はなんだ?』

『あ、それは城の奥へと入れるようになる鍵ですー』

 

 掃除をしていたメイドを犯せば、それまで入る事の出来なかった城の奥へと入る事が出来るようになり、

 

『これに懲りたら二度とパンを盗むんじゃないぞ。それよりも、この鍵はなんだ?』

『判ったわよ……ああ、その鍵は牢屋の鍵よ。この間、偶然拾ったの。因みに牢屋の場所は……』

 

 こっそり厨房からパンを盗んでいた娘を犯せば、どういう訳か牢屋の鍵が手に入った。そのうえ、聞いてもいないのに牢屋の場所まで教えて貰えた。これを天に愛されていると言わずに何と言うのか。しかも、犯したはずのメイド二人からはそれ程恨まれておらず、潜入がばれているというのに上への報告もしないというおまけ付き。ルークが真剣に調査することが馬鹿らしくなってきてしまっているのも知らずに、ランスは意気揚々と牢屋に向かう。

 

「だが、流石に牢屋の警備は万全だろう。牢番をどうするか……」

「何をブツブツ言っている? おっ、あれが牢屋だな。突撃!」

「おい、間違いなく牢番に見つかるぞ。考えなしに突っ込むな!」

 

 ランスは何も考えずに牢屋がある部屋の扉を開けてしまう。焦るルークだったが、その目に飛び込んできたのは、居眠りをしている女性牢番の姿。

 

「なんか、もう全部お前一人でいい気がしてきたな……」

「何を訳の判らん事を……いいから行くぞ」

 

 椅子に腰掛けて鼻提灯を作っている牢番の横を通って牢の前まで行くと、そこには噂通り一人の娘が捕まっていた。だが、ヒカリではない。写真で見たヒカリの髪の色は赤であったが、目の前の娘の髪の色は青い。

 

「誰……ですか……?」

「俺様の名前はランス! 空前絶後の超英雄だ」

「大丈夫か? 君の名前は?」

 

 虚ろな目でこちらを見てくる娘。投獄生活の中ですっかり衰弱してしまっている様子であったが、こちらの言っている事は判るようであり、ルークの問いかけにゆっくりと口を開く。

 

「ユキ・デルです……」

「なぜ牢獄に捕まっている? 何かしたのか?」

「王女様に……無理矢理……」

「王女だとぉ?」

 

 ランスのその反応を見てユキは自身の失言に気が付き、ハッと目を見開きながら口を抑える。

 

「王女が君をこんなところに入れたのか?」

「すいません、忘れてください……そうでないと、また私……」

 

 そう言って黙り込んでしまうユキ。既に牢から出ることを諦めてしまっているのか、その言葉の端々に悲壮感が漂っていた。今すぐ助け出してあげたいところだが、足を鎖で繋がれているため簡単には連れ出せない。それに、ここで鎖を斬って助けてしまうと潜入がばれてしまい、今後動きにくくなってしまう。

 

「すまない……今の俺たちは君を助ける事が出来ない。少しだけ待っていてくれ。必ず君を解放してみせる」

「がはははは! 俺様に任せておけ!」

「……」

 

 そう言う二人に向けられるユキの瞳は虚ろなまま。何も期待していないのだろう。だが、それも当然の事だ。彼女の言葉が真実であれば、敵は大国であるリーザスの王女。そんな相手に、得体の知れない男二人が太刀打ちできる訳がないのだ。ひとまずユキをそのままにして牢を後にする二人。

 

「むにゃむにゃ……勝手に入って来ちゃ駄目にゃんだじょー……」

「……この牢番、クビにした方が良いんじゃないか?」

「いや、可愛いからそれは勿体ないな。ついでに犯したいところだが、流石にそれをやったら起きてしまうだろうしなぁ……」

「当たり前だ。行くぞ」

 

 寝ぼけている牢番を呆れた表情で見ながら横を通り、見つからないように城内通路へと戻る。口にするのは、先程ユキの口から飛び出した情報。

 

「まさか王女が誘拐に関わっているとはな……きな臭いとは思っていたが、まさかここまでとは……」

「これでは20000GOLDでも割に合わんな。うむ、救出したら報酬を釣り上げよう」

「まあ、確かに。その辺はキースか依頼者と話し合うしかないな」

 

 誘拐事件の報酬としては破格であったが、大国の王女に喧嘩を売るにはあまりにも安すぎる報酬であるため、ランスの言うことも尤もであった。そのとき、城の廊下を一匹のネズミが横切る。その口には、何やら白い布を咥えていた。それを見たランスの目がキラリと光る。

 

「お、あれは女物のパンティーではないか。この部屋から出てきたな。突撃!」

「って言いながら勝手に部屋に入るな。誰かいたらどうするんだ!」

 

 女性物の下着が置いてあるという事は、その部屋に女がいる可能性が高いという事。先の牢番のときの自重はどこへやら、ランスはネズミが出てきたと思われる目の前の部屋の扉を勝手に開けてしまう。部屋に誰もいない事を祈るルークだったが、そう何度も事が上手く行くはずもなく、部屋の中から少女の声が聞こえてきた。

 

「誰? 健太郎くん? あれ、違う……」

「おっ、中々の美少女ではないか」

「っ!?」

 

 瞬間、ルークの背中に悪寒のようなものが走り、全身からドッと汗を吹き出す。部屋の中にいたのは、おとなしそうな少女。髪の色はピンクだが、もこもこヘアーのシィルと違いさらりとしたロングヘアー。どこからどう見ても普通の少女。自身でも何故彼女にここまでの畏怖を抱くかは判らなかったが、言いしれぬ何かがそこにあった。

 

「じーっ」

「がはは、俺様がそんなに美男子だからって、そう見つめるな」

「健太郎君のほうが格好良いもん。それで、おじさんたちは誰?」

「おじっ……馬鹿者。まだ俺様は十代だ!」

 

 ランスはルークの異変に気づかず、目の前の美少女と話を続けている。少女は人見知りしない性格のようで、突然部屋に押し入ったというのにランスと平然と会話を交わしていた。ルークはただただ目の前の光景を呆然と見ているしか出来なかったが、少女が少しだけ視線をランスから外した瞬間、事は起こった。

 

「がはは、君は可愛いな。とぉー!」

「きゃっ!」

 

 唐突にランスが少女のスカートを捲る。露わになった純白のパンツにランスはご満悦の様子であり、対して少女は恥ずかしそうにスカートを押さえていた。その顔は羞恥から真っ赤に染まり、目の端には若干だが涙が浮かんでいた。瞬間、ルークはこれまで以上の悪寒を感じ取る。

 

「えっちー!!」

「なっ!?」

「うおっ!?」

 

 少女の叫び声を聞いたルークの頭に浮かんだのは、明確な死のイメージ。直後、ランスとルークの二人をどこから発生したのか判らない突風が襲い、抗う術もないまま部屋の外に叩き出されてしまう。そのまま二人は勢いよく壁に打ち付けられ、少女がキッとランスを睨み付けたまま勢いよく部屋の扉を閉めた。特に大きなダメージはないが、何が起こったのか判っていないランスは不思議そうに声を漏らす。

 

「痛てて、今のは一体何だ?」

「ランス、行くぞ……あの少女にこれ以上関わるな……」

「おい、勝手に行こうとするな。ええい、こら、待て!」

 

 ルークが急いでこの場を立ち去ろうとするのにランスは文句を言うが、ランス自身も今の不可解な出来事に思うところがあったのか、素直に後をついてくる。今の騒ぎで兵が駆けつける恐れもあったため、見つからないよう細心の注意を払いながら駆け足で城を後にする二人。

 

「(今は少しでも早くあの少女から離れなければ……)」

 

 本能が察知した恐怖に従うルーク。彼女は一体何者なのか、今の一撃は何をされたのか。知りたいことは沢山あったが、何よりも今はこの場を逃げだす事が先決であった。

 

 

 

-リーザス城 カジノ-

 

「がはははは、赤の5番で大当たりだ! さあ、脱いで貰おうか、葉月ちゃん!」

「あーん、お母さーん!!」

 

 とにかくあの場を離れる事を最優先とした二人は、城内の敷地内にあるカジノへと舞い戻っていた。先程の疑念は既に忘れてしまったらしく、ランスは暢気に奥にある脱衣ルーレットで遊んでいる。本来は中々勝てないゲームのようで、鼻の下を伸ばした男たちが周囲に群がり、ちょっとした人だかりが出来てしまっていた。その様子を遠目に見ながら、ルークはカジノの壁に背を預けて気持ちを落ち着かせる。

 

「(ようやく落ち着いたな……なんだったんだ、アレは……? 以前にあの森で彼女の実力を見せて貰った時にも、これ程の恐怖は感じなかったぞ……)」

 

 ルークは右の手の平を見る。先程までは大量の汗で湿っていたが、ようやく汗も引いてきたようだ。一度深くため息をつき、自身が一番落ち着いた生活を送れていたであろう、かつての森での生活を思い返す。

 

「(彼女はまだ元気にしているだろうか……?)」

「お客様? 先程から顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」

 

 不意にカジノの女性店員に話しかけられる。ルークの先程までの様子を気にかけてくれていたようであり、その手には水の入ったグラスが握られている。

 

「こちら、お水です。必要であれば、医務室にもご案内しますが?」

「ああ、心配掛けてすまない。大丈夫だ。水だけ頂こう」

「はい。他にも何かありましたらお申し付けください」

 

 受け取った水を口に含みながら女性店員の顔を見るルーク。青い髪の美しい少女であり、年の頃はシィルよりも少し上、ランスと同じくらいといったところか。こんな場所で働いている割には、まだあどけなさが残っている。と、ルークは眉をひそめる。その顔がどことなく、先程牢屋で出会った娘と似ていたからだ。

 

「……失礼だが、名前を聞いても良いかな?」

「ふふ、何かあったらお申し付けくださいとは言いましたけど、随分と斬新なナンパの仕方ですね。このカジノで働いております、アキ・デルです。今後もリーザスカジノをご贔屓に」

 

 クスクスと笑いながら自己紹介をする少女、アキ・デル。その名前を聞いてルークは確信を得る。

 

「デル、やはりそうか! 不躾な質問で悪いが、先程ユキと言う娘さんと出会った。彼女は君の近親者か何かかな?」

「っ!? 貴方、ユキ姉さんを知っているの!? ユキ姉さんに会ったってどういう事なの!? 牢屋にいるんじゃないの!? 今、ユキ姉さんはどこにいるの!?」

 

 先程までの無邪気な様子から一変、ルークの肩を掴み、必死な形相でユキの事を聞き出そうとするアキ。質問が急すぎたかとルークは反省しつつ、肩に食い込む程の力で握られている彼女の手をそのままに疑問に答える。

 

「気持ちはわかるが、少し落ち着いて聞いてくれ。彼女とはリーザスの牢屋で出会ったんだ。少し話をしただけで、彼女はまだ牢屋に捕まっている」

「そう……ごめんなさい、取り乱したりして……」

「いや、無理もないさ。彼女は君の……」

「実の姉です……そう、まだ牢にいたのね……早く保釈金を稼いで助け出してあげないと……」

 

 ルークの肩から両手を離し、顔を俯かせるアキ。最後に少しだけ見えたその顔は、今にも泣き出しそうな表情であった。

 

「お姉さんに何があったんだ? 彼女はなぜ捕まっている?」

「……私たち姉妹は、城下町でパン屋を営んでいました。これでも、結構評判のお店だったんですよ。笑顔の絶えない、充実した日々でした。でも、あの日……」

 

 アキがスカートの端を強く握りしめる。忘れもしない、彼女たちの運命を大きく変えた日の事を思い出しているのだ。

 

「突然、リーザスの兵が店に乗り込んできて、姉さんを捕まえたんです……」

「……罪状は?」

「王女様に反乱を企てた、という理由でした。そんなの、まるで身に覚えの無い事です! 姉さんが……姉さんがそんな事をするはずがない!!」

 

 目から涙を溢し、悲痛な声を上げるアキ。その心からの叫び声を聞いたルークは一度だけ天井を仰ぎ、一つの決意をする。

 

「あの……えっと、お名前をお聞きしていませんでしたね」

「ああ、すまない。ルークだ」

「ルークさんは、見た目から察するに冒険者の方ですよね?」

「ああ、一応な」

「……こんな事をお願いするのも変な話ですけど、もしユキ姉さんともう一度会うような事があれば、これを渡していただけませんか?」

 

 指で涙を拭いながら、アキは変わった形の石を懐から取り出してくる。

 

「これは?」

「私たちの家に代々伝わる、やすらぎの石です。持ち主の心を落ち着ける効果があります。って、さっき取り乱しちゃった私が言っても説得力ないですけどね……」

 

 そう言いながら微笑むアキ。このような冗談を言えるという事は、多少落ち着いてきたようだ。これももしかしたら、やすらぎの石の効果なのかも知れない。

 

「代々伝わる家宝の品をも上回る程の動揺だったという事だろう? 姉思いなんだな」

「たった一人の、掛け替えのない姉さんですから……この石が、少しでも姉さんの心をやすらげてくれれば……」

「……任された。必ずお姉さんに渡しておくよ」

「本当にありがとうございます。それと、これは少ないですけど依頼料です」

 

 アキは財布からからGOLDを出そうとするが、ルークは静かにそれを止める。

 

「それは貰えないな……色々とありがとう。言いにくい事まで言わせてしまったな」

「いえ、こちらこそ色々と聞いて貰って……」

「それじゃあな。それと、保釈金を稼ぐためとはいえ無理に働きすぎては駄目だぞ」

「でも……少しでも早く姉さんを助け出してあげないと……」

 

 そう言い残し去ろうとするルークに、アキは小さい声で反論する。それを聞いたルークは彼女に一度だけ振り返り、ハッキリと口にする。

 

「大丈夫だ。お姉さんはもうすぐ帰ってくるよ。約束する」

 

 騒がしいカジノの中だというのに、ルークのその力強い言葉は、アキの心に確かに響いていた。

 

 

 

-リーザス城 牢屋-

 

 その娘は、既に城を出る事を諦めていた。身に覚えのない罪で投獄され、まだ男を知らなかったその躰を王女に汚されぬいた。余計な事を喋れば殺すとも言われた。肉体的にも、精神的にも、彼女はもういつ壊れてもおかしくないくらいボロボロであった。そんな彼女の心を繋ぎ止めていたのは、最愛の妹の存在。

 

「アキに……出来る事ならアキにもう一度会いたい……」

 

 そう呟いた瞬間、ギィッ、という鈍い音を響かせながら牢の扉が開く。また王女が来たのか、今日はどのような形で汚されるのかと考えながら扉の方に視線を向けると、そこに立っていたのは王女ではなく、先程牢を訪れた二人の男。

 

「貴方たちは先程の……」

「妹のアキさんから頼まれたものを届けに来た」

「……えっ?」

 

 アキという言葉を聞いて、ぼんやりとしていたユキの意識が急速に覚醒していく。

 

「アキに会ったんですか……?」

「ああ。これが妹さんからの預かり物だ。受け取ってくれ」

「これは、やすらぎの石……」

 

 家宝であるやすらぎの石を見て、ユキは目の前の男が真実を語っているのだと信用し、両手をそっと前に出してやすらぎの石を受け取る。その石を手に取った瞬間、ぐちゃぐちゃに汚されていた心が落ち着きを取り戻していく。目から自然と涙が流れ、それを止める事が出来ない。

 

「アキ……ありがとう……」

 

 泣きながらやすらぎの石を両の手のひらで包み込むユキ。妹の思いが、彼女の心を闇の中から救い出したのだ。その様子を黙って見ていた冒険者が、ふと後ろにいたもう一人の男に声を掛ける。

 

「ランス、先に謝っておく。すまん」

「ん?」

 

 そう言うや否や、冒険者は腰に差していた剣を即座に抜き、勢いよく振り下ろした。同時に、牢の中に金属音が響く。冒険者が振り下ろした剣が、ユキの足に繋がれていた鎖を叩き壊したのだ。

 

「えっ……? ど、どうして……?」

「『ぱとらっしゅ』という酒場は知っているな?」

「は、はい。ウチの店もよくお世話になって……」

「そこの親父さんに話を通してある。二、三日の間そこに隠れていてくれ」

 

 突然の出来事にユキの思考が追いつかない。何故この男は自分を助けてくれたのか。何故そのような事をするのか。それに、自分が抜け出せば城は大騒ぎになる。そんなユキの様子を察してか、冒険者は静かに口を開く。

 

「大丈夫。大騒ぎにはならないし、すぐにまた妹さんとも暮らせるようになる」

「どうして……ですか……?」

「すぐに全てを終わらせるからだ。俺たちがな」

 

 そう言いながら、目の前の冒険者は優しく手を引いてユキを立ち上がらせる。まともに歩くのは久しぶりであったため、ユキの足下はおぼつかない。そんなユキを見た冒険者は、そっと肩を貸してくれた。その行動に後ろで控えていた男が何やら騒ぎ立てているが、男は特に気にした様子を見せず、そのまま牢からユキを連れ出そうとする。

 

「さあ、行こう」

「お名前……聞かせて貰ってもいいですか……? あちらの方はもうお聞きしましたが、貴方のお名前はまだでしたので……」

「ルークだ。妹さんと仲良くな」

 

 

 

-リーザス城下町 酒場前-

 

「悪かったな。これで今後は動きにくくなる」

「ん?」

 

 ユキを酒場へと届けた二人は、壁に背を預けながら話し合う。ユキがいなくなった事はすぐに王女の耳に入るだろう。となれば、今後はリーザス城への侵入は厳しくなる。元々平和な国で警備が緩かったからこそ、二回も城の中へ入れたに過ぎない。相手が本格的に警備をしいてきたら、諜報活動を別に得意としている訳ではない二人に為す術はないのだ。だが、そんなルークの謝罪をランスは気にした風もなく、豪快に笑い飛ばす。

 

「ユキちゃんが助かったんだ、何も問題はあるまい。がはははは!」

「ふっ……」

 

 そのランスの笑いに、ルークも自然と笑みが零れる。と同時に、ランスを少し見直していた。

 

「(この男の器は、俺程度が推し量れるような物ではないのかもしれないな……)」

 

 ルークがそんな事を考えている横で、ランスもチラリとルークの顔を見ている。ランスもまた、ルークへの見方を変えているところだった。

 

「(ふむ……適当なタイミングでサクッと殺して報酬を独り占めするつもりだったが、美女を助けるために動くとは中々に下僕として見所のある奴。金払いも良いし、しばらくは適当にこき使ってやるとするか)」

 

 未だ下僕扱いから抜け出せてはいないが、ランスからの印象が多少変わってきていた。傍若無人な性格のランスはこれまで多くの男を殺して来たが、何もどんな男でも即殺すという訳では無い。自分の邪魔になる存在やむかつく存在を殺すのであって、自分の邪魔をせず、多少なりとも益のある使える男を殺したりはしないのだ。ルークへの現段階の評価は正にそれであった。ここが、後に背中を預け合う二人のスタート地点である。

 

「(しかし……)」

 

 ルークが遠目に見えるリーザス城に視線を向ける。先程牢屋から抜け出す際、件の少女の部屋の前を通ったが、あのとき感じた強烈な殺気は感じなかった。

 

「(彼女は一体何者だったんだ……?)」

 

 その疑問に答えられる者は、この場にはいない。

 

 

 

-リーザス城 客間-

 

 その少女は椅子に腰掛け、足をぷらぷらとさせながら愛しの彼が戻ってくるのを待っていた。彼は今、お腹を空かせた彼女のためにはんばーがーなる食べ物を買いに行っている。

 

「健太郎君、遅いな……」

 

 退屈な少女の頭に浮かぶのは、先程部屋に押しかけた二人組の男。スカートを捲られたのは口が大きい男の方であったが、彼女が今考えているのはその奥でずっと黙り込んでいた黒髪の男。

 

「あのおじさん、初めて見る人だよね……? なんか嫌な感じがしたなー……なんだろう?」

 

 そう独りごちる少女。ルーク程ではないが、彼女も目の前に立っていた相手に対して何かを感じ取っていたようである。肌に纏わり付くような感覚。嫌悪感とも呼べるそれを、少女は本能で感じ取っていたのだ。

 

「んー……そろそろリーザスからも離れなきゃだめかなー? 結構この国好きだったんだけどなー……健太郎君が戻ってきたら相談してみよっと!」

 

 そう決意したところで少女のお腹が鳴る。空腹と孤独感から悲しげな表情を浮かべる彼女の顔は、やはりどこからどう見ても普通の少女にしか見えない。彼女の名は来水美樹。しかし、彼女にはもう一つ名前がある。その名は、

 

「あーあ……魔王になんか、なりたくないのに……」

 

 魔王リトルプリンセス。

 

 ルークが彼女の正体を知るのは、まだかなり先の話。だが、いずれその日はやって来る。今にも崩れ落ちそうな教会の中、床に倒れ伏す者たちの中心で相対する絶対正義と絶対悪。ルーク自身の正義と悪が試されるその日が。

 

 




[人物]
来水美樹
LV 1/∞
技能 魔王LV1
 現在の魔王。魔王名は「リトルプリンセス」。元々は異世界で暮らす普通の中学二年生だったが、先代魔王ガイに無理矢理この世界に連れてこられ、魔王になってしまう。彼女にガイの後を継がせようとする者、彼女を殺して自分が新たな魔王になろうとする者、その双方から彼女は追われる形となってしまう。彼女を救うべく元の世界から追いかけてきた恋人の小川健太郎と共に、今は大陸中を逃げ回っている。

ライハルト
LV 7/12
技能 シーフLV0
 かぎりない明日戦闘団リーダー。装備は大鎌。原作では一応記念すべき初ボスに当たるが、まず負ける相手ではない。

シャイラ・レス (半オリ)
LV 3/25
技能 剣戦闘LV1 シーフLV1
 かぎりない明日戦闘団の女盗賊にして唯一の生き残り。原作では名無しの女盗賊で、ランスにクイズ勝負を挑んでくる。本作同様再登場フラグとも取れる言葉を残して去るが、その後23年間音沙汰がないため、きっともう二度と登場しない。名前はアリスソフト作品の「大番長」より一部流用。本作での再登場予定は一応あり。

パルプテンクス
 リーザス城下町の酒場『ぱとらっしゅ』マスターの娘。美人で人当たりが良い評判の看板娘だが、何故かランスに好意を抱く。

『ぱとらっしゅ』の親父
 リーザス城下町の酒場『ぱとらっしゅ』のマスター。普段から気に入った相手の飲み代を無料にするなど気っぷの良い親父だが、ネーミングセンスはない。

ユキ・デル
 謀反の冤罪を掛けられ投獄されていた女性。投獄前は妹と一緒に城下町でパン屋をやっており、町の人からの評判も良い仲良し姉妹であった。

アキ・デル
 姉の保釈金を稼ぐためにカジノで働いていた女性。勝ち気な見た目とは裏腹に、非常に姉思いの優しい性格である。一部からランスクエストでの再登場を期待されていたが、その夢は儚く散った。

甲州院葉月
 リーザス城カジノ店員。脱衣ルーレット担当。的中率1/10で配当3.6倍。最新作であるランスクエストマグナムに名前だけ登場。

お掃除メイド
 リーザス城メイド。お掃除に情熱を掛けている真面目娘。

パン盗みメイド
 リーザス城メイド。手癖が悪く、常にパンを盗んでいる。お掃除メイドと共に、ランスクエストにて奇跡の再登場を果たす。22年ぶりと言えばその奇跡具合が判るだろう。

リーザス城門番
 通行証をチェックする女の子門番。ちゃんと仕事している方。

リーザス城牢番
 牢屋を見張る女の子兵士。仕事していない方。牢番ェ……


[技能]
魔王
 魔王のみが保有する技能。二級神をも上回る力を手にする。

シーフ
 盗賊としての才能。手癖の悪さともいえる。


[技]
真空斬 (オリ技)
使用者 ルーク
 剣に溜めた闘気を相手へ飛ばす必殺技。威力は剣に溜めた闘気の量に依存し、今話で使った程度の量であれば普通の斬撃と変わらず、ある程度の実力者ならばその軌道を読んで簡単に防ぐ事が出来る。威力を落とせば連発も可能。戦士タイプとしては貴重な遠距離攻撃手段であるため、ルークはこの技を重宝している。


[アイテム]
やすらぎの石
 持ち主の心がやすらげる不思議な石。没落貴族であるデル家に代々伝わる家宝。

帰り木
 ダンジョンから脱出する事の出来る冒険者の必須アイテム。一度使うとなくなる。


[その他]
かぎりない明日戦闘団
 リーザス近辺で活動をする盗賊団。ランスとルークの活躍で壊滅した。

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