ランスIF 二人の英雄   作:散々

41 / 200
第40話 嵐の前の静けさ

 

-テラナ高原近辺 森の中-

 

「ルークさん……さっきの話は……」

「本気なの……?」

 

 森の中には既に魔人の姿はない。先のルークの話を聞いた後、サテラは馬鹿だなんだと散々に罵ってから撤退していった。アイゼルは何も語らず去っていったが、ルークを見るその目はまるで狂人を見るかのような目であった。志津香は今ルークに抱きかかえられており、ルークはかなみと共に部隊に戻ろうと歩いているところだ。先の話の事をかなみが不安そうに尋ね、志津香もそれに便乗する。その問いかけにルークが静かに答える。

 

「ああ、本気だ」

「でも、そんな事が……」

「不可能よ。魔人は人類の敵なのよ」

「……難しい事は判っているさ」

 

 ルークを慕ってくれているはずのかなみと、共に復讐を誓い合った志津香ですらルークの夢を受け入れられずにいた。だが、それは無理もないことだ。

 

「それと、二人に頼みがある。この事は他言無用でお願いしたい。あまり事を荒立てたくない」

「ルークさんがそう言うのでしたら、私は喋る気はありません」

「まあ、いいけどね……」

 

 ルークの言葉にかなみと志津香が了承する。確かに、あまり多くの人に知られてしまうのは芳しくない。もし知られてしまったら、狂人と思われても仕方の無いような事だからだ。二人の返事を聞いたルークは振り返り、後ろについてきていたもう一人の女性にも声を掛ける。

 

「フェリスも他言無用で頼む」

「契約主の頼みだから従うけど……ルーク様、一つ良いですか?」

「ルークで構わないぞ。何だ?」

 

 後ろにいたのは、まだ悪魔界に帰っていなかったフェリス。ルークの頼みを聞きつつも、難しい顔をしながらルークに向かって進言をする。

 

「……そんな望みは絶対に叶わないぞ。人間と魔人。神と悪魔。対極に位置する関係だ。分かり合える事なんてない」

「…………」

 

 そうとだけ言い残し、フェリスの姿が消える。役目は終わったため、悪魔界に帰ったのだ。それを無言で見送りながら、ルークたちは皆のところに戻っていった。

 

「おお、ルーク殿! 無事志津香殿は見つかったのですな」

 

 ルークたちが部隊に合流して見れば、既に戦闘は終結していた。結果は解放軍の勝利。混乱の中で敗走出来た司令官はトーマ将軍とミネバ副将のみであり、ヘルマン軍は大打撃を受けた。解放軍も全戦力の三割を失うという大混戦であったが、その穴を埋めるように新たに青の軍が解放軍に加わった。この戦いで遂に解放軍とヘルマン軍の戦力は逆転、リーザス解放が現実味を帯びてきたのだ。ジオの町を解放し、歓喜しながら休息を取る解放軍。

 

「セルさん、志津香の治療を頼む」

「あっ、はい。任せてください」

 

 セルに傷ついた志津香を預け、ルークも休息を取るべく宿に向かう。その背中を、かなみと志津香は複雑な表情で見送るのだった

 

 

 

-リーザス城 ヘルマン軍司令部-

 

「なにぃ、負けただと!?」

「敵に奇襲を掛けられてしまい、暗闇の中の戦いで我が軍は指揮系統が混乱。そのまま撃破されてしまいました」

「おい……マジかよ……」

「あのトーマ将軍が……」

 

 届けられた報告にパットンが大声を上げる。周りに控えている警護兵もにわかに騒ぎ出す。ヘルマンが誇る名将、人類最強トーマ・リプトン。その指揮の下での敗北がもたらす影響はあまりにも大きい。

 

「リーザス国内に逃げおおせた司令官はトーマ様とミネバ様のみ。我が軍の主力は、既に壊滅状態です……」

「もう一度、軍を整備して反撃は出来ないのか!?」

「我が第3軍には、もう反撃するだけの戦力は残されていません。各地でのゲリラもますます勢いづいています。もう限界なのです……」

「ぐっ……」

 

 パットンが頭を抱える。こんなはずではなかった。つい先日までリーザスと自由都市は自らの手に落ちる寸前だったはずだ。憎々しげに言葉を漏らす。

 

「親父は何をしているんだ……魔人の作ってくれた転移装置で援軍を送るよう、使いを出しておいたはずだ……」

「そ、そんな事を期待していたのか!?」

「ん? どういう意味だ、ハンティ?」

 

 パットンの言葉に驚愕するハンティ。その理由が判らず、パットンはすぐさま聞き返す。言って良いものか一瞬黙り込んだ後、ハンティは静かに口を開く。

 

「……援軍なんか来やしないよ、パットン」

「なにぃ!? それはどういう事だ!?」

「皇帝はパメラに誑かされている。シーラ姫を次の皇帝の座につけようと……それくらいは判っているだろう?」

「ああ、妾の子である私は、奴にとって邪魔な存在でしかない。……まさか!?」

「…………」

 

 現皇妃であるパメラは妾の子であるパットンを邪魔な存在としか思っておらず、自分の娘であるシーラを次期皇帝にと考えているのだ。それを口にしたパットンの脳裏には最悪の予想が浮かび、思わず声を荒げる。

 

「このまま私を見捨てるつもりなのか!? 皇子である私を! ここにはトーマたちもいるんだぞ!」

「パットン……」

 

 そしてそれは、ハンティの反応を見て確信に変わる。勝てば儲け物、負けても邪魔なパットンが死んでくれる。本国は、端から援軍など寄越す気はなかったのだ。まさかの事態に激しく狼狽えるパットン。ふと口にしたのは、本国にいる親友の名前。

 

「そうだ、アリストレス! あいつなら来てくれるはずだ。あるいはヒューバート。いや、レリューコフでも、ロレックスでも誰でもいい! 誰か……」

「……今上がった四人は特に厳重に監視されている。ヒューは遠征に出されているし、特に酷いのはアリストレスだね。殆ど身動きが取れない状況だ」

「……くそっ!」

 

 パットンが玉座を叩きつける。意外にも玉座の端に少しだけヒビが入るが、それに気が付いたものはいない。その狼狽ぶりは警護兵にも伝わり、部屋には嫌な空気が充満していた。そのパットンをじっと見ながら、ハンティが一喝する。

 

「皇帝を目指すものがこの程度で狼狽えるな! 周りを不安にさせるんじゃないよ!」

「……ハンティ」

「まだトーマもミネバもいる。それに……お前にはあたしがついているだろ!」

 

 その言葉に、パットンが多少落ち着きを取り戻す。その人格においても強さにおいても、最も信頼の置いている人物、ハンティ。人類最強であるトーマと、副将でありながらそのトーマに次ぐとも言われている実力者のミネバ。それに、魔人は未だ三人とも健在。まだまだこちらには戦力が残っているのだ。ふう、とため息をつき、ハンティに向き直る。

 

「情けない姿を見せた。もう大丈夫だ」

「ふん、まだまだ手の掛かる奴だな」

 

 静かに笑いあうパットンとハンティ。だが、パットンは気が付いていなかった。魔人ノスの真の思惑に。そして、元から魔人を信用していないハンティだが、もう一人の暗躍にはこちらも気が付けずにいた。ミネバ・マーガレット、その獅子身中の虫には。

 

 

 

-リーザス城 地下牢-

 

「ひぃぃぃぃ!」

「あはは、王女さんは良い声で鳴いてくれるねぇ!」

 

 地下牢では未だリアとマリスの拷問が続いていた。サテラがランスの情報を手に入れた今、既に拷問をする意味はない。これはサヤの悦楽のための拷問である。魔人ノスから許可を貰い、今なお拷問を続けていたのだ。

 

「どんな気持ちだい? 必死に黙っていた情報が別の所から漏れてしまった気持ちは? 残念だったねぇ、このまま一生可愛がってあげるよ!」

「(ダー……リン……)」

「あぁぁぁぁぁ!!」

 

 隣の部屋ではマリスの悲鳴も聞こえてくる。終わりの見えない拷問の中、それでも二人は狂う事なくひたすらに待ち続けた。必ず助けが来る、ただそれだけを信じて。

 

 

 

-ジオの町 司令部-

 

「迷惑掛けちまったようだな。すまねぇ。これからはその分暴れさせて貰うぜ」

「粉骨砕身、働かせて貰います」

 

 ジオの町解放の翌日、司令部に新たな顔が加わる。青の軍将軍コルドバと、副将キンケードだ。先の戦いで洗脳の解けた二人は解放軍に合流し、こうして会議に参加していたのだ。

 

「志津香、大丈夫なの?」

「サボって良いならサボりたかったけど」

「へ、それだけ言えりゃあ大丈夫だ」

 

 怪我の様子を心配するマリアに軽口で返す志津香。それを聞いたミリが笑っている。志津香の怪我は思ったよりも酷くなく、セルの懸命な治療により既にほぼ完治しており、会議にもこうして参加出来ていた。被害状況や物資の補給などの話が続く中、ランスが欠伸をしながら飽きたと言わんばかりに唐突に話を切り出す。

 

「で、次の進軍はいつなんだ?」

「そこが意見の分かれているところでして……」

「今攻め込めば楽に進軍できるでしょうけど、私たちにも大きな被害が出たから……チューリップ3号も壊れちゃったし……うぅっ……」

「まあ、正直チューリップ3号が壊れたのは痛いわな」

「軍の人間としては恥ずかしい話ですが、解放軍で最も戦果を上げていたのはマリア殿が駆るチューリップ3号でしたからね」

 

 ランスの問いかけにバレスとマリアがそう答える。自身の発明であるチューリップ3号が先の戦闘で大破した事に酷く落ち込んだ様子のマリアだったが、落ち込んでいるのはマリアだけではない。ミリとリックが口にしたように、チューリップ3号は解放軍で最も戦果を上げていた正しく秘密兵器である。そのチューリップ3号が大破した事は、解放軍に所属する者たちの士気を大きく下げていたのだ。この被害状態と落ちた士気ですぐに次に攻め込むのかが悩みどころであったのだが、ランスは耳を穿りながら、それが当然であるかのように口を開く。

 

「そんなもの、進軍に決まっているだろう」

「ですがランス殿。ここは冷静に行くべきでは?」

「怪我が完治していない人もまだ多いですし……」

 

 ジブルとランがすぐさま反論するが、その意見をバッサリと切り捨てるランス。

 

「相手が弱っているのに攻めない馬鹿がどこにいる。明日進軍だ! これは総司令官命令だ!」

「くっ……」

「…………」

 

 その横暴な態度に一部の者が不快感を露わにするが、ランス同様すぐに攻め込むべきだと考えていたルークがフォローを入れる。

 

「オクの町ではゲリラ軍が戦っているんだろ? 早く助けにいってやるのも解放軍の勤めだ。それに、心配しなくても大掛かりな戦いにはならんさ。怪我人を置いていっても十分勝てる戦だ」

「はい。軽く偵察してきましたけど、オクの町からは既に多くのヘルマン兵が敗走しています。この状況で攻め込まれるのを恐れているんだと思います」

「ですが、士気が下がっているのは無視出来ない問題かと」

 

 かなみが即座にルークの言葉を補足したが、キンケードが眼を細めながら士気の問題を口にする。それに答えるのは真知子。

 

「だからこその攻めです。チューリップ3号を失っても勝てるという事を見せつければ、士気は必然的に上がります」

「なるほど、一理ありますね」

「下手に手をこまねいていると、各地からヘルマン軍が集まってきてますます倒しにくくなってしまう。その前に一度叩いておいて、解放軍の士気を上げておくという訳ね。それなら賛成よ」

 

 ランスの適当な采配には文句を言っていた者たちも、こう理論づけられれば考えも変わるというものだ。真知子の説明を聞いたメルフェイスとレイラが賛成派に回り、それを見た真知子は更に言葉を続ける。

 

「ここは攻め込むのが得策かと。それに、自由都市のジオと違い、オクはリーザス領。協力者もこれまで以上に増えるでしょうし、補給だって断然やりやすくなるはずです」

「補給がスムーズに行けば、それだけ怪我人の治療もやりやすくなりますね」

「自分も賛成です。攻め込めるときに少しでも攻め込んでおいた方が良いかと」

「俺も賛成だ。というか、操られていた借りをさっさと返してぇからな」

「リア様が捕らわれている今、一刻も早くリーザス城を目指すのは必然の事です」

 

 メナドがグッと拳を握りながら賛成の意思を見せると、元々進軍派であったリック、コルドバ、ハウレーンの三人も会話に加わり、流れは完全に進軍ムードになる。一同を見回し、結論は出たと感じたバレスが口を開く。

 

「では、明日オクの町に進軍する! 怪我の酷い者は一度置いていき、後から合流させる。全軍で攻め込む必要も無い相手じゃ!」

「はっ!」

 

 バレスの言葉を受け、眠ってしまっているアスカ以外の全員が返事をする。こうして明日オクの町に攻め込むこととなった解放軍。しかし、この侵攻戦はあっけなく終わる事になる。

 

 

 

翌日

-オクの町近辺 荒野-

 

「なんだ、全然敵のお出迎えが無いではないか。つまらん」

「何言っているのよ。敵なんかいないに越した事ないでしょ」

 

 文句を言うランスに苦言を呈すマリア。ランスの言うように、勢い込んでオクの町を目指した解放軍だったが、ここまでまともな戦闘は殆ど無く、既にオクの町は目前まで迫っていた。やはりヘルマン軍の受けたダメージは相当大きいらしく、よりリーザスの奥へと敗走して一度体制を立て直しているのだろう。

 

「では、全軍突撃!」

「みんな、油断しちゃ駄目よ」

 

 一斉にオクの町へと雪崩れ込んでいく解放軍。町の中には僅かなヘルマン軍しかおらず、それも先に町に攻め込んでいたゲリラ軍と戦っている最中であった。突如現れた解放軍にヘルマン軍は大いに慌てふためき、次々と解放軍とゲリラ軍に討ち取られていく。一時間あまりという僅かな時間で戦闘は終わり、オクの町は無事に解放されたのだった。

 

「遂に……遂にここまで……」

「バレス殿、まだまだ戦いはこれからですよ」

「うむ……だが、やはり感慨深いものがある……」

 

 長い自由都市での戦いを経て、遂にリーザス領の一角を取り返した解放軍。バレスが歓喜に打ち震えているのと同様に、町のあちらこちらから解放軍の歓喜の声が湧き上がっていた。

 

 

 

-オクの町-

 

「がはは、宴だ! そこの娘、もっとこっちに来い!」

「ランス様、へんでろぱを取ってきました」

 

 その夜、オクの町では軽い宴が開かれていた。これはランスの提案だ。まだ戦争の最中であるため反対意見も多かったが、辺りにヘルマン軍はいないという報告を受けたランスは宴を開くべきだと一歩も引かなかった。とはいえ、今回は碌な戦闘がなかったため解放軍の被害は限りなく0に近い。戦後処理などの必要が無く、次の町の様子を探りに行った斥候が帰ってこなければ大した会議も開けないため、軽いものならばと反対派が折れる形になり、最終的に宴は承諾されたのだった。

 

「バレス様、どうぞ一杯」

「おお、すまんの、ドッヂ」

 

 最初は渋っていた者たちも、やはりリーザス領を奪還できた事が嬉しかったのだろう。いつの間にか皆が純粋に宴を楽しんでいた。ルークも軽く酒を飲みながら辺りの喧騒を楽しむ。すると、そこに志津香が近寄ってくる。

 

「程々にしておきなさいよ。まだ戦争中なんだし」

「少しくらいなら、程よく気が抜けるもんさ。志津香は飲まないのか?」

 

 ルークがそう問いかけた瞬間、志津香がギロリと睨んでくる。

 

「私は飲まないわ。一生ね!」

「まだあの時の事を気にして……ぐっ……」

「まだ覚えていたの? 忘れなさいって言ったでしょ?」

 

 志津香がルークの足をぐりぐりと踏みつけてくる。カスタムの町での失態を未だに後悔しているらしい。このように、これまでと変わらぬ調子で自然に会話する二人。それに、先程かなみともルークは普通に会話をしていた。人類と魔人の共存などというとんでもない話を聞いた後にも関わらずだ。そんな二人の態度がルークは嬉しかった。

 

「志津香……」

「ん?」

「ありがとな」

「……何のことだか判らないわ」

「なーに、良い雰囲気出しているの、お二人さーん!」

 

 静かに話していた二人がいきなり肩を組まれる。振り返れば、そこには顔を真っ赤にしたレイラが立っていた。

 

「ぶっ……はーーー!」

「うっ……お酒臭い……」

「レイラさん、どれだけ飲んだんだ?」

「何言っているのよ! こんなの……全然飲んだ内に入らないわよ!」

「典型的な酔っ払いね……」

 

 酔っ払っている者ほど酔っていないと言うものだ。志津香がレイラに肩を組まれながら眉をひそめていると、その様子を目撃したバレスが叫ぶ。

 

「誰じゃ、レイラにこんなに酒を飲ませたのは!? レイラに酒を飲ませすぎないのは、軍の暗黙の掟じゃろうが!」

「ミリさんがレイラさんを挑発して飲み比べになって……すいません、バレス様!」

「ええい、セル殿を呼んできてくれ!」

 

 バレスに命じられてメナドが駆けていくが、すぐに慌てた様子で戻ってくる。

 

「駄目です。セルさんもトマトさんと一緒に潰れています! 真知子さんと一緒に飲んでいたみたいです」

「なんじゃと!?」

「ああ……真知子さんはああ見えて酒豪だからな……」

「そうなの?」

「ああ。真知子さんに付き合っていたんなら、そりゃ潰れるな」

 

 メナドの言葉を聞き、真知子と飲んだ事のあるルークが小さく呟く。うふふ、と笑いながら次々と酒瓶を空けていく姿は中々に恐ろしいものがあった。あのペースに付き合っていたのでは、潰れない方がおかしいと酒を口にしながら考えていた。そのルークにレイラが更に絡んでくる。

 

「なーに、静かに飲んでいるのよー! それと! ルークに一つ言っておきたい事があるわ!」

「言っておきたい事?」

「ランスくん程とは言わないまでも……もっと! 女の子に! ちゃんとした対応を! 八方美人過ぎ!」

「耳が痛い話だな……」

「(……自覚はあったのね)」

 

 レイラの言葉に、同じく肩を組まれて身動きの取れない志津香がそっと耳を傾ける。レイラは二人と肩を組んだまま話を続ける。

 

「そうよ! あんなに美人さんたちに好かれているのに! まずは手始めに誰かの想いに応えるべきなのよ!」

「話が矛盾してないか?」

「全然矛盾してないわよー!」

 

 八方美人を責められていたかと思えば、いつの間にやら手始めに誰かの想いに答えろという話になっていた。ルークがそれを問うが、レイラは酒臭い息を吐きながら聞く耳を持たない。

 

「という訳で、誰かの想いに答えましょう! 最初は……」

「ちょっと!」

「はい、そこまで!」

「きゃんっ!」

 

 レイラが酔った勢いでとんでもない事を言い出しそうになり焦る志津香だったが、そのレイラの頭に拳骨が落ちる。頭を抑えながら後ろを振り返るレイラ。

 

「いたた……一体誰よ! ……って、アビァトール隊長!?」

「元ね。いいから顔を洗ってらっしゃい。それとも、もう一発受けてみる?」

「い、今すぐ顔を洗ってきます!」

 

 後ろに立っていたのは親衛隊前隊長のアビァトール・スカット。お世話になった人の姿にレイラの酔いが一気に覚め、そのまま猛ダッシュでこの場を去っていく。その背中をやれやれ、と見送ったアビァトールが、くるりと振り返ってルークに向き直る。

 

「お久しぶり。本当にルークなのね……」

「……ああ」

「……ちょっとマリアの様子を見てくるわ。あっちもミリに絡まれているかもしれないし」

 

 二人の様子に何かを感じ取ったのか、志津香がスッと席を外す。志津香がこの場から離れていくのを見送った後、少しの沈黙の後でルークが口を開く。

 

「どうしてここに?」

「オクの町のゲリラ軍を率いていたの、私なの」

「なるほど。どうりで俺たちが来る前に敵がボロボロな訳だ」

「ふふっ、ありがとう。でも、女性に対しての褒め言葉としては微妙ね」

 

 アビァトールが静かに笑った後、憂いを帯びた表情で言葉を続ける。

 

「……いつ戻ってきていたの? 死んでしまったとばかり思っていたのよ?」

「一年半くらい前だな」

「……そう」

 

 二人がほぼ同時に持っていた酒を口に含む。スッとグラスを持ち上げたアビァトールの左手の薬指に、キラリと指輪が光る。

 

「私も今じゃ主婦よ。貴方が行方不明になって十年以上……人が変わるには十分過ぎる時間だわ」

「……すまない」

「謝らないでよ。今の旦那の事は、本当に愛しているんだから」

「そうか……遅ればせながら、結婚おめでとう」

「ありがとう」

 

 かつて、リーザス親衛隊に入って間もない頃のアビァトールは、故郷の町にギルド仕事で訪れた冒険者に惹かれた。男の名はルーク。自分と同い年であったがとても大人びており、それでいて自分よりも遙かに強いルークに剣の稽古をつけて貰い、アビァトールはその実力を高めていった。だが、告白を決意した矢先にルークは行方不明になる。失意の中、それでも職務を全うし続けた彼女は親衛隊隊長にまで登り詰めるが、心の隙間は埋まらなかった。そんな時、士官学校の同期であった男性に優しくされ、その男と結婚をする。

 

「当時、私の気持ちには気が付いていたんでしょ?」

「ああ……」

「そう……そうよね……ごめん、これ以上は未練になるから私はもう行くわ」

 

 この場を離れていこうとするアビァトールだったが、一度だけ振り返って優しく微笑む。

 

「今、側にいる娘たちには優しくしてあげて」

「……判った。そういえば、女子士官学校の校長を打診されているんだって?」

「ええ、少し迷っているんだけどね」

 

 それは、以前にレイラから聞いた話だ。ルークがアビァトールの顔を真剣な表情で見据えながら口を開く。

 

「受けてくれないか? 君の教え子なら、リーザスの未来を安心して任せられる」

「……考えておくわ」

 

 そう言い残して去っていくアビァトール。彼女もまた、ルークが魔人界で過ごした十年の時の中で悲しませてしまった人物の一人だ。妹の死に目に会えなかった事を思いだし、ルークは持っていた酒を一気に飲み干す。そのとき、ふと少し離れた位置にいたキンケードの姿が目に入った。

 

「キンケード様、ご報告が……」

「……!?」

 

 部下に耳打ちされ、目を見開くキンケード。そのまま周囲にばれないようにその場を抜け出していく。ルークはその姿が気に掛かり、気が付かれないように後を追った。

 

「むぐむぐ……お料理美味しいなぁ……あれ、ルークさん……?」

 

 そのルークの背中をかなみが見つける。キンケードを追っているという事には気が付かなかったが、この場から静かに抜け出していくルークの姿が気に掛かり、かなみもルークの後を追うのだった。

 

 

 

-オクの町近辺 森中-

 

「お、お前たちは何をしている!?」

 

 キンケードの怒声が飛ぶ。森の中ではキンケードの部下二人が一人の女性を犯していた。側には一人のヘルマン兵の死体が転がっている

 

「これはキンケード様。何、ヘルマン兵が女を人質にしながら森に隠れているのを発見しましてね」

「我ら二人が殺しておきましたのでご安心を。女性は既にヘルマンに犯され抜き、意識が朦朧としていたので我らもついでに楽しませて貰っているところです」

「さっき一瞬だけ意識を取り戻しかけましたが、強く殴ったら気絶したので顔は見られていません」

 

 さも当然の事のように言ってのける二人の若者を見据えながら、キンケードが更に語気を強める。

 

「ば、馬鹿者! 今すぐ止めないか!」

「何言っているんですか? キンケード様がいつも戦闘の後、慰安でさせてくれる事じゃないですか」

「それは相手を選んでいる! その女性はリーザスの民だろうが!」

「これだけ朦朧としてりゃ、覚えちゃいませんって。キンケード様も混ざりませんか?」

 

 彼らの言うように、キンケードはヘルマン軍や盗賊といった輩を倒した際、それに属していた女性を捕らえ、部下の慰安のための性処理要因として使っていた。だが、流石にリーザスの民を犯した事はない。

 

「(こんな事がもしバレてしまえば……どうする、どうする……)」

 

 焦るキンケード。そのとき、女性を犯していた二人の部下の首が宙に舞った。二人の背後から剣を持った男が現れる。

 

「こ、これはルーク殿……」

 

 現れたのは、冒険者ルーク。バレスやリックといった面々に見つかるよりも遙かにマシだが、これはこれで事態が悪化したとも言える。キンケードが冷や汗を掻いているのを横目にルークは意識を失っていた女性を抱きかかえ、静かにキンケードを見据える。

 

「キンケード、話は聞かせて貰ったぞ。随分と軍規に違反した行為を行っているみたいだな」

「な、何の事でしょうか……」

 

 ダラダラと汗を流しながら惚けるキンケード。そのとき、ルークの後ろからかなみがやってくる。

 

「ルークさん、森の中で一体何を……えっ!?」

「かなみ、丁度良いところに来てくれた」

 

 周囲に転がる死体とルークが抱きかかえていた女性を見て驚くかなみ。そのかなみに振り返り、ルークは女性を預ける。女性は華奢な体つきであったため、小柄なかなみでも抱える事が出来た。キンケードは自分の地位の終わりを覚悟するが、ルークの発した言葉は意外なものだった。

 

「かなみ、この女性をロゼに治療させてやってくれ。リーザス兵に扮したヘルマン兵に犯され、意識を失っている。宴の席に水を差すのは折角上がった士気に関わる。内密に事を運んでくれ。報告は……そうだな、エクスだけにして、他の者には伝えないように。俺はこの場でヘルマン兵の死体を片付けておく」

「は、はい!」

「(まさか、助けて貰っているのか……?)」

 

 慌てていたのか、その指示に特に違和感を覚える事もなく、かなみは女性を連れてこの場を去っていく。森の中に残されたのは、ルークとキンケードの二人。理由は判らないが、どうやら助けて貰えた事にキンケードが安堵し、そのまま調子の良い声でルークに礼を言う。

 

「いやぁ、ルーク殿。危ないところを……」

「何を勘違いしている? 別に助けた訳ではないぞ? 俺がこの事を報告すれば、どうなるかは判っているだろう?」

 

 冷たく言い放つルークに、キンケードの表情が再び凍り付く。目の前の男はただの冒険者ではない。自分が洗脳されている内に、いつの間にか隊長たちの評価を得ていた男だ。バレスも、リックも、エクスも、レイラも、チャカも、何故かこの男を信頼している。そんな男がこの事を報告し、自分が知らないと白を切ったとして、果たして皆はどちらを信用するのか。

 

「…………」

 

 キンケードが目の前に転がっている部下の死体を見ながら息を呑む。何て事をしてくれたものか。このような行為を、リア王女も、マリスも、バレスも、皆毛嫌いしている。となれば、下手すれば処刑まで有り得るのではと考えたキンケードの顔が強ばり、その背中を冷たい汗が伝う。すると、ルークが静かに口を開いた。

 

「……助かりたいか?」

「も、勿論です」

「……ならば、やって貰いたい事がある。それをすれば……まあ、口利きはしてやる」

「やって貰いたい事……?」

「ああ、お前みたいな奴が適任の仕事だ。この二人に比べて、リーザスの民には手を出さない辺り、お前はまだ多少救いはあるみたいだからな」

「…………」

「選択の余地はないぞ?」

「……判りました」

 

 この晩、ルークとキンケードの間である密約が結ばれる。死体はルークと駆けつけたエクスが処理。大規模な戦争の後で死人の把握まで完璧には行き渡っていなかったため、二人の失踪を疑問に思うものはいなかった。今夜の真実を知るのは、ルーク、エクス、キンケード、そしてもう一人。

 

「リーザス兵に扮したヘルマン兵に犯されたねぇ……」

「はい、ルークさんがそう仰っていました。それと、先程も言いましたけどこの事は内密にお願いします。私とルークさん、キンケードさんとエクスさんしか知らない事ですので」

 

 かなみが連れてきた少女をベッドに寝かせながら怪訝な表情を浮かべるロゼ。その問いに答えるかなみ。

 

「……まあ、治療はしておくから任せておいて」

「飲まれていたみたいですけど、大丈夫ですか?」

「こんなの、酔った内に入らないわよ。それとも、あの状態のセルに頼んでみる?」

「あはは……それじゃあ、お願いします」

 

 トマトと共にダウンしていたセルの姿を思い出し、かなみが乾いた笑いを発しながらこの場を後にした。それを見送ったロゼはベッドに寝かせている女性を見ながら思案する。明らかにおかしい。士気に関わるとはいえ、何故総司令官であるバレスに伝えないのか。小柄なかなみに女性を預けたのも矛盾している。何故ルークが連れてこない。そうまでして死体を早急に隠す必要があったのか。

 

「(ランス……だと隠す必要はないだろうから、多分キンケード絡みね。エロそうな顔していたしねぇ、あのちょび髭親父)」

 

 極めて正解に近い回答を出しながら、ロゼは女性の介抱に当たるのだった。

 

 

 

翌日

-オクの町 司令部-

 

「斥候に行っていた者が情報を持ち帰った。ここから北のノースの町にはトーマ将軍が率いる部隊が、東のサウスの町にはミネバ副将が率いる部隊が共に町を守っているそうじゃ」

「でも、相手の戦力はどちらも1000に満たないそうよ」

「ようやく相手の戦力が底をついてきたみたいね……いたた……」

「レイラさん、二日酔いなのですから無理せず休まれていたら……」

 

 バレスとマリアの報告に部屋が歓喜に沸く。いよいよリーザス奪還が現実味を帯びてきたからだ。レイラも無理して笑みを浮かべようとするが、ガンガンと響く頭痛に頭を抱える。心配そうに声を掛けるメルフェイス。レイラは完全に二日酔いであった。

 

「とすると、どちらを先に落とすかですね」

「戦略的に見ると、ノースを落とすのが良さそうですね」

「うむ、真知子殿の言う通りですじゃ」

 

 リックの言葉に真知子が答える。会議が始まる前にすぐに情報を纏め、どちらを先に落とすのがより旨みがあるのかを真知子は調べ上げていたのだ。その真知子にメナドが心配そうな顔で問いかける。

 

「……真知子さん、二日酔いは大丈夫なんですか?」

「ふふ、あの程度、飲んだ内に入らないですよ」

「…………」

「本当に……?」

「だから言ったろ」

「がはは、こりゃ豪快なお嬢さんだ!」

 

 メナドの問いかけにケロリと答える真知子。ハウレーンが絶句し、志津香が目を丸くする。ルークが静かにため息をつき、コルドバは大声で笑い飛ばしていた。

 

「では、ノースから攻めるという事で。サウスからの攻撃にも備えなければいけないので、オクにも部隊を残す必要がある。ノースに向かう軍は……」

「ふん、一々そんな面倒な事を考えていられるか。既に敵の兵数はクズ同然。せこくいかず、両方同時に攻めるぞ!」

「えっ……」

「何と……」

「そりゃいいな。一気に倒しちまおうぜ!」

 

 ランスの提案に絶句するランとバレス。ランの隣に座っていたミリは賛同してくるが、エクスが待ったとばかりに口を開く。

 

「有利と思われていた戦において、両面作戦を取ったが為に負けた事例が、歴史上何度でもあります。無茶な戦いはせず、確実に行くべきでは……」

「そんな退屈な作戦を取れるか! 両方同時に攻める! 俺様はもう決めたのだ!」

「はぁ、また馬鹿な提案を……」

「まあ、成功すればその分早くリーザスに辿り着ける。リターンは大きいな」

「自分は賛成です。ここは一気に叩くべきかと」

 

 志津香がため息をつくが、ルークとリックは賛成のようだ。最終的にはランスの総司令官権限が発動し、二カ所同時攻略を行う事となった。

 

「では部隊の分け方だが、俺様と女たちはノース、むさ苦しい男共はサウスだ」

「そんな無茶苦茶な部隊分け、出来る訳ないでしょ!」

 

 流石にこの提案は却下され、しばしの話し合いの末に部隊分けが決定した。

 

「おい、ミネバというのは女の名前じゃないのか? なら俺様はやっぱりサウスに……」

「ああ、それならばノースの方がまだマシかと思いますよ」

「……ブスなのか?」

「そうではないですが、筋肉が凄いです」

 

 ノースを攻めるのは、ランス、シィル、マリア隊、赤の軍、白の軍、リーザス魔法軍。

 

「面子的には文句ないんだが、レイラは大丈夫なのか?」

「大丈夫……うぅ、頭痛い……」

「(私もあんな状態だったのかしら……?)」

 

 サウスを攻めるのは、ルーク、かなみ、志津香隊、黒の軍、リーザス親衛隊、傭兵部隊。

 

「まあ、防衛は俺たちに任せておきな」

「皆さん、ご武運を」

 

 オクの防衛には、ラン隊、ミリ隊、青の軍、ゲリラ軍が残る事となった。待ち受けるは僅かなヘルマン軍。だが、それを率いるのは共に猛将。人類最強の男、トーマ・リプトンと、実力はそれに次ぐとも噂される副将、ミネバ・マーガレットだ。一筋縄でいく戦いではないだろう。

 

 

 

-リーザス城 東の塔-

 

 リーザス城の敷地内にある東の塔。あまり他の者が立ち寄る事のない場所だ。部屋の隅には蜘蛛の巣が張っている。この場所にサテラは呼び出されていた。ブツブツと文句を呟きながらやってくると、呼び出した相手であるアイゼルが既に立っていた。

 

「なんだよ、アイゼル。こんな所に呼び出して」

「サテラ、これより私はノスを探る。お前はいつも通り振る舞いつつ、もし私を怪しむような動きがノスにあればすぐに報告してくれ」

「なっ!? おい、人間なんかの言った事を本当に信じているのか!?」

「……別に信じている訳ではない。だが、少しばかり気になる事があるのは事実」

 

 そう話し合う二人。だが、その会話を遠見の魔法で見ている者がいた。その者は、魔人ノス。

 

「アイゼルめ、感づいたか。もし邪魔をするのであれば……二人とも始末する必要があるかもしれんな」

 

 静かに、だがハッキリとそう口にしたノス。魔人も一枚岩では無い。かつてホーネットが口にした言葉は、ホーネット派の内部でも現実のものとなっていた。

 

 




[人物]
コルドバ・バーン
LV 29/44
技能 剣戦闘LV1 
 リーザス青の軍将軍。リーザスの青い壁という異名を持ち、その鉄壁の部隊は世界に名を轟かせている。豪快な性格だが、趣味はハーモニカを吹く事。フルルという15歳の幼妻がいる。バレスやリックが認めたルークの事を早くも気に入っている。

キンケード・ブランブラ
LV 25/36
技能 剣戦闘LV1 
 リーザス青の軍副将。実力はあるのだが、軍務を職業的にこなしているため兵としての誇りや情熱は無い。年下のコルドバよりも下の地位だが、本人は副将辺りが一番好き勝手出来て良いと考えている。普段から陰に隠れて蛮行を行っていたが、その事がルークにバレ、ある密約を結ぶ。

アビァトール・スカット
LV 21/54
技能 剣戦闘LV1 
 リーザス親衛隊元隊長。レイラの前任であり、数年前に寿引退をして現在では主婦をしていたのだが、リーザスの危機にゲリラ軍として動く。ルークとは旧知の仲。


[都市]
オクの町
 リーザスの南に位置する町。経済力、防衛力共にリーザスの中では下位に位置する。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。