ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第44話 トーマの意地

 

-リーザス城 封印の間-

 

「おい、ここがカオスの隠されている封印の間なのか?」

「はい、ダーリン。ここにカオスが隠されているの」

 

 リアとマリスを解放したランスたちは、リーザス城内の端に位置する小さな建物の中までやってきていた。平時であれば王家の者しか入れない神聖な間であり、厳重な警備が成されている場所だ。かなみも入るのは初めてらしく、若干緊張した面持ちだ。部屋の中には特段変わったものはなく、部屋の中央に祭壇のようなものがあるだけだ。奥に続く扉もなければ地下への階段も見当たらない。当然、カオスなど影も形もない。シィルが部屋の中を見回しながらマリスに問う。

 

「何もないみたいですけど……」

「いえ、ここがカオスを封印している間への入り口です」

「というか、そもそもカオスとは一体何だ? かなみの無能が全く知らんから、魔人を倒すのに必要なものとしか聞いていないのだぞ」

「む、無能って……ランス!」

 

 そう、一行はここまでカオスが何なのかをちゃんと聞いていない。魔人を倒すためのものだから、恐らく武器なのだろうという考えくらいしか持っていなかった。かなみが顔を赤くして怒っているのを横目に、マリスがカオスの説明を始める。

 

「カオスというのは自らの意志を持った魔剣です。魔人をも斬り裂く強いパワーを秘めています」

「なるほど、やはり剣か」

「魔剣カオスは世界最強の剣に違いありません。これと対抗できるのは、同じく魔人を斬り裂くパワーを秘めた聖刀日光だけです」

「がはは、ならばさっさと手に入れて魔人をぶった斬るぞ!」

「きゃあ、素敵よダーリン!」

 

 ランスが上機嫌に笑い、それをリアが囃し立てる。だが、その横ではシィルが不安そうな表情を浮かべていた。かなみがその様子に気が付き、シィルに声をかける。

 

「シィルちゃん、どうかしたの?」

「いえ……どうしてそんな強力な武器を、過去のリーザス王たちは使わなかったのかなと思いまして……」

「そういえば……」

「……確かにおかしな話ですね。歴史上にあるヘルマンやゼスとの戦争において、カオスが使われたという記録は残されていません」

 

 シィルの言葉を受けてかなみとマリスが考え込んでいると、その疑問にリアが答える。

 

「リアね、お母さんにカオスは封印してあるから絶対に抜いちゃ駄目だって教わったの。理由は王妃か女王になった際に教えるって言われていたわ」

「やはり何か理由があるのですね……」

「魔剣っていうからには……持った人が邪悪な心に染まってしまうとかでしょうか……?」

 

 シィルが自身の中の魔剣のイメージを口にすると、ランスがそれを笑い飛ばす。

 

「がはは、その程度の事ならこの俺様にはきっと通用せんな!」

「そうね、元から邪悪だもんね」

「なんだと、かなみ!」

「あんあん、ダーリン。喧嘩をしないで。とにかく、カオスを取りに行きましょう。封印の事は判らないけど、あれがなければ魔人は倒せないんだから」

「そうだな、まずは魔人を倒す必要がある。後の事は後で考える事にしよう。で、カオスっていうのはどこにあるんだ?」

 

 ランスが部屋を見回しながらマリスに尋ねると、マリスは祭壇の方に視線を向けながら口を開く。

 

「リーザス王家の正当なる後継者と、聖装備を持つ者が一緒にあの場所に立たれた時、封印の間への扉は開かれると伝えられています」

「なるほど、簡単じゃないか。俺様とリアがあの祭壇に乗ればいいんだろ」

 

 リーザス王家という条件にリアは合致する。そして、ランスは今リーザス聖装備を身に纏っている。面倒なのでシィルに預けておいた聖盾を受け取ってそう口にすると、リアが目をキラキラと輝かせながら口を開く。

 

「あのね、ダーリン。祭壇の上で、二人で愛を誓い合いながらキスしなきゃ駄目なの」

「何!?」

「リア様。お気持ちは判りますが、今は嘘を言っている状況ではありません。一刻も早くカオスの封印を解かねば……」

「リア、貴様嘘をついたな!」

「あーん、ちょっとくらいいいじゃない!」

「ほっ……」

 

 リアが駄々をこねるが結局認められず、安堵しているシィルの目の前で二人が祭壇に立つ。すると部屋がぐらぐらと揺れ動き、しばらくして振動が止まると先程床だった場所に地下に降りる階段が出来上がっていた。

 

「さあ、参りましょう」

 

 マリスの言葉を受け、階段を降りていくランスたち。降りた先には小部屋があった。その小部屋から長い通路が続いており、その地面は黄色く光っている。ランスが一歩踏み出すが、あまりの熱さにすぐに足を引っ込める。

 

「おわっち! 何だこの床は!?」

「リア様、これは?」

「知らない。リアも地下に降りた事はないもん」

 

 かなみの問いかけにリアが首を横に振る。マリスがすぐさま光る通路に近寄っていき、自身の記憶と照らし合わせる。

 

「これは光の道ですね。一切の不浄を許さないと言われている結界です。魔の者がこの結界に触れれば、強力なダメージを負います」

「それじゃあ、ランスは魔の者って事?」

「どういう意味だ、かなみ!」

 

 かなみのその言葉にランスがギロリと視線を向け、マリスが苦笑する。

 

「いえ、人間でもダメージは負います。魔の者が負うダメージがその比では無いという意味です」

「これでは通れんではないか」

「通る方法ならばあります。不浄の無い生まれたままの姿になれば、人間は通る事が出来るのです」

「生まれたままのって……ええっ!?」

 

 マリスのその言葉にかなみが思わず声を上げてしまい、ランスの方をちらりと見る。その顔はどこからどう見てもイヤらしい事を考えている顔であった。

 

「おお! という事は、ここでみんな全裸にならねばならないのだな! ぐふふ、それは仕方がないな……」

「ランス様、涎が……」

「マリス様、他に手段はないのですか?」

「ごめんなさい、かなみ。この光の道を通るにはそれしか方法がないのです」

「そんな……」

 

 かなみの表情が暗くなる。脳裏に浮かぶのはルークの顔。そのとき、唐突にリアが口を開く。

 

「そういえば、ルークもここに来ているのよね?」

「え、は、はい。一緒に潜入してきて、今は外でヘルマン軍と戦っているはずです」

「そう、じゃあリアとマリスが解放された事を早く伝えた方がいいわね。解放軍の士気も上がるだろうし。ここまで来たら後はカオスの封印を解くだけだし、こっちに人数がいても意味ないわ。かなみはもういいから、ルークにリアたちが解放された事を伝えてきてくれる?」

「リア様……はい、判りました!」

 

 リアの命令を聞き、かなみが嬉しそうにこの場を離れていく。それを見送ってから舌打ちをするランス。

 

「おい、余計な事をするな!」

「あん、ダーリン。裸ならリアのを好きなだけ見ていいから、かなみは許してあげて」

「ちっ、まあいい。さあ、脱げ脱げ。カオスを一刻も早く手に入れなければならんからな!」

「(あれ……? ランス様にしては、随分とすぐに引き下がったような……)」

「(ここまで一緒に旅をしていてかなみに手を出していないなんて、珍しい事もあったものですね。もしかして、ルーク様に遠慮を……そんな事がある訳ないですね……)」

 

 こうしてかなみがルークに報告に向かい、ランス、シィル、リア、マリスの四人は服を脱いで光の道を歩いて行く。魔人討伐のための切り札であるカオスは目前まで迫っていた。だが、後ろからは魔人が迫ってきている事をランスたちはまだ知らない。それも、二人もの魔人がだ。

 

 

 

-リーザス城 最上階 ヘルマン軍司令部-

 

「大丈夫か、パットン……しっかりしやがれ……」

「ハン……ティ……」

 

 先程までの戦いの音が止み、静まりかえった司令部。玉座は壊れ、周りに置いてあった壺や壁掛けの絵も一つ残らず壊れており、以前の司令部とは比べものにならないほど無残な状態であった。部屋の奥ではパットンが全身から血を流し、かろうじて意識を保っている状態。その肩をハンティが支えているが、こちらも全身傷だらけで満身創痍の状態だ。ノスが二人の正面に立ち、笑いながら見下している。あえてとどめを刺さず、この状況を楽しんでいるのだ。ハンティに支えられながら、パットンが少しずつ言葉を口にする。もう言葉を発するのも困難なのだろう。

 

「俺は……もう駄目だ……お前……だけでも……逃げろ……」

「馬鹿野郎! そんな事出来るか! お前はヘルマンの皇帝になるんじゃないのか!?」

「魔人を……仲間に引き入れたのも……解放軍を……侮ったのも……全て……俺だ……」

「とにかくしっかり掴まれ! 一緒に跳ぶぞ!」

 

 ハンティがパットンの肩に手を回し、呪文を唱える。すると、二人の体を白い光が包んでいった。それを見ていたノスが口を開く。

 

「フフッ、カラーの娘よ。逃げたければ逃げるがいい」

「あたしたちをみすみす見逃すつもりか……?」

「その男を連れて、そんな状態で跳べるのならな」

「…………」

「やめろ……ハンティ……こんな状態で……俺を連れて跳べば……異次元に……跳ばされるぞ……」

 

 パットンの言葉を聞き、ノスがニヤリと笑う。ハンティが使う事の出来る瞬間移動は、魔法LV3相当の超高度な魔法である。その為、自分一人跳ぶだけでもかなりの集中力を要する。そして、万が一失敗すれば異次元に取り残され、二度とこちらの世界には戻ってこられない。この満身創痍の状態で、自分だけでなくパットンを連れて跳ぶのはかなり無謀な行為なのだ。

 

「あたしを信用しな、パットン」

「ハンティ……」

 

 心配するパットンにそう答え、ハンティが呪文を続ける。二人を包んでいた光が収縮していくのを見ながら、ノスがパットンを嘲笑う。

 

「ははは、パットン。やはり貴様には逃げるのが一番似合っているぞ!」

「くそっ……」

「馬鹿にするなよ、魔人!」

「ん?」

 

 侮蔑の言葉を吐いていたノスを睨み付け、ハンティがハッキリと断言する。

 

「パットンは必ずヘルマンの皇帝になる男だ。そして、あんたたち魔人がこのまま人類と戦うっていうなら、いつかあんたたちの前に立ちふさがって驚異になる……必ずだ!」

「くくく、身内贔屓というのもここまでくると爽快だな」

「贔屓なんかじゃない。パットンにはそれだけの器がある!」

「…………」

 

 ハンティがそれだけ言うと、二人の姿が一瞬で消える。瞬間移動が発動したのだ。それを見送ったノスは静かに笑いながら司令部を後にする。最早ここに用は無い。目指すはカオス封印の間。ランスたちの後ろからはアイゼル、ノスという二人の魔人が着実に迫っていた。

 

 

 

-リーザス城 入り口前-

 

「バレス様」

「おお、かなみか。ランス殿たちと一緒にいたのでは?」

「こちらの状況を報告に来ました。リア様とマリス様の救出に成功、お二人とも無事です。今はカオスの封印を解くところです」

「おお、それは真か!?」

 

 かなみの報告に、バレスだけでなく周囲の兵たちも沸き立つ。遂に悲願の王女奪還を成し得たのだ。リアの目論見通り、この場にいる者だけでも士気は目に見えて上がっていた

 

「ところで、ルークさんはどちらに?」

「……うむ、ルーク殿ならあそこじゃ」

 

 バレスが指示した方向、そこには人類最強トーマと一騎打ちをしているルークの姿があった。かなみが目を見開く。

 

「ル、ルークさん!? バレス様、何故誰も加勢に入らないのですか!」

「かなみよ、あの二人の間に割って入れるのか?」

「っ……」

「それに、ルーク殿もトーマも一騎打ちを望んでいる。リックやアレキサンダー殿なら割って入れるかもしれんが……」

「二人とも一騎打ちに割って入るような性格ではありませんしね」

 

 バレスの言葉にエクスが続く。かなみがすぐさま周囲に目を向けると、ルークとトーマの一騎討ちを真剣な目で見守っているリックとアレキサンダーの姿が目に飛び込んできた。確かにあの様子では加勢に入りそうもない。

 

「そんな……どちらが優勢なのですか!?」

「互角! いや……流石にトーマの方に疲れが見え始めているようじゃ」

「一騎討ちまでの間に相当数の解放軍と戦っているはずですからね……」

「むしろ、ここまで動けているのが脅威なくらいです……」

 

 エクスの言葉を受け、メナドが身震いをする。ルークとてここまでヘルマン兵と戦ってきたが、トーマはその比ではない。波のように押し寄せてくる解放軍から、少数部隊で建物を死守してきたのだ。常人であれば、既に立っているも奇跡的な状況。

 

「ぬぉぉぉぉぉ!!」

「ふんっ!」

 

 ルークとトーマの一騎打ちは続く。互いに何度も攻撃を受けており、かなりの手傷を負っている。この状況で先に動きが鈍ってきたのは、人類最強であるトーマの方だった。だがそれも無理はない。メナドの言ったように、トーマはここまで数多くの解放軍と戦い抜き、無視出来ない程のダメージと疲労を負っていたのだ。

 

「つあっ!」

「ぐっ……」

 

 動きが鈍ったのを見過ごすルークではない。鉄球をくぐり抜けながら剣を繰り出し、その太刀がトーマの腹部を直撃する。鎧に阻まれはしたが、振動が伝わったのかトーマが胸を押さえながら一瞬苦しそうな顔をする。その所作にルークが眉をひそめる。

 

「むっ……」

「まだじゃ! まだやられはせんぞ!」

 

 トーマはすぐに体勢を立て直し、鉄球をルークの方に飛ばしてくる。それを後方に跳んで躱し、剣を闘気に溜めて振り抜く。

 

「真空斬!」

「ぬるいわ!!」

 

 ルークが真空斬を連発するが、トーマはすぐさま鉄球を手元に戻してそれを全て弾き咆哮する。そのトーマに向かってバレスが叫ぶ。

 

「トーマよ、リア王女はすでにこちらが奪還した! もう勝ち目はない、降伏するのじゃ!」

「パットン皇子が健在な限り、ワシは戦いを止める気はない! ぬぉぉぉぉ!」

「なっ……ぐあっ!」

「ルークさん!」

 

 トーマが再度の咆哮と共に振り回した鉄球がルークを捕らえ、その体を吹き飛ばす。地面に倒れ込みそうになりながらもなんとか踏みとどまり、トーマにすぐに向き直って口を開く。

 

「流石に人類最強と呼ばれているだけの事はあるな。その状態でまだここまで戦えるとは……」

 

 その言葉には純粋に尊敬の念も込められていた。この状態でここまでの戦いぶりであるのならば、万全の状態ならば一体どれ程の強さであったのか。一つ言えるのは、確実に自身よりも格上の相手であったという事だけだ。そのルークの言葉を受け、トーマも言葉を返す。

 

「それはこちらのセリフじゃ。よもやここまでとは思わんかったぞ……それに、いい目をしている」

「ありがたい言葉だな。ヘンダーソンやフレッチャーとは違う、本物のヘルマンの武人にようやく会えた」

「ふっ……フレッチャーも昔は本物の武人だったのだがな」

 

 かつてのフレッチャーを思い浮かべながらトーマが苦笑し、バレスもそれに呼応して苦笑する。今では醜く肥えていたフレッチャーだが、かつてはこのトーマですら足下にも及ばぬほどの格闘家だったのだ。本物の武人に出会えたことを嬉しく思っていたルークだが、一つの疑問が湧く。

 

「だからこそ解せない。何故あんたほどの猛将が、そんなに焦ったんだ?」

「焦るじゃと……?」

「魔人と手を組んでリーザスを攻めた事だ。その危険性、あんたなら十分承知していただろう。なぜ皇子を止めなかった!?」

「焦りか……確かに……だが、貴様には関係のないことじゃ!」

 

 トーマが会話を遮るように鉄球を投げてくる。だが、その攻撃を見たリックとアレキサンダーが同時に目を見開く。

 

「これは!?」

「誘いか、はたまた偶然か……どちらにせよ勝機!」

 

 二人の強者が瞬時に気付く。ルークの言葉に半ば挑発された形になってしまったその攻撃は、これまでのトーマの攻撃から比べるとあまりに単調極まりないものであった。当然、ルークもこの隙を見逃さない。これまで何度もトーマの手と鉄球を繋いでいる鎖を斬り落とそうとしていたが、変幻自在なその動きで全て躱されていた。だが、今のこの単調な動きならやれる。ルークが鉄球を躱し、その鎖部分に向かって全力で剣を振り下ろす。

 

「真滅斬!」

「っ……しまった!」

 

 強烈な一撃によって鎖は斬り落とされ、ゴトリと鉄球が地面に落ちる。これでもう鉄球は使い物にならない。自身のミスに顔の歪んだトーマだが、ルークは気を緩めることなく一気にその間合いを詰める。だが、トーマもすぐさまその動きに反応する。

 

「くっ……舐めるな!」

「甘いぞ!」

 

 トーマが鉄球の持ち手部分を放り投げ、右拳を全力で振るう。だが、ルークはそれを空中に跳び上がり躱し、そのままトーマ目がけて剣を振り下ろす。

 

「貰った、真滅斬!」

「ぬ、ぐぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 ルークの真滅斬がトーマに直撃する。鎧は砕け、血が吹き出す。解放軍から歓喜の声が上がる中、トーマは体をふらつかせながら昔の事を思いだしていた。

 

 

 

GI0993

-ヘルマン 帝都ラング・バウ-

 

「トーマ。頼みがあるんだが、いいか?」

「どうした、ハンティ?」

 

 職務を終え、家に帰ろうとしていたトーマにハンティが声を掛ける。意外に思う者も多かったが、国を思う心や互いの強さなどから気が合い、二人は親友の間柄だった。

 

「パットンの奴を鍛えてくれないか? 皇帝になる者として、貧弱なのはマズイからな」

「ふむ……だが、皇子はまだ5歳。少し早くないか?」

「自分の息子は3歳の頃から剣を握らせているくせによく言うぜ。こういうのは早いに越した事はないからな」

「ふむ……」

 

 少し思案する仕草を見せたトーマだったが、すぐに気持ちが決まったのか返事をする。

 

「いいじゃろう、引き受けた。だが……」

「だが……?」

「手加減は出来んぞ」

「当然。手加減なんかしてもらっちゃ困る」

 

 トーマがニヤリと笑い、ハンティも無邪気な顔で笑い返す。この日より、トーマはパットンの師匠となった。幼いパットンにとってはあまりにもスパルタな日々が続き、自然とトーマを恐れるようになったが、同時にハンティに次いで信頼の出来る存在になっていった。

 

 

 

GI1000

-ヘルマン 帝都ラング・バウ-

 

「とりゃ!」

「ふっ!」

 

 トーマの目の前で二人の少年が竹刀を振るう。一人はパットン。もう一人はトーマの実の息子であるヒューバートだ。二人が行っているのは手合わせ稽古であるが、甘い動きをしようものならすぐにトーマの喝と鉄拳が飛んでくるので、一瞬たりとも気を抜けない。数分後、汗だくになりながら休憩を取る二人に、メガネをかけた少年が近づいてくる。それに気が付いたパットンが声を掛ける。

 

「アリストレス。どうだった?」

「もうすぐ産まれるみたいだ。しかし、パットンが兄とはな……」

「兄って面じゃねぇよな」

「そりゃどういう意味だよ!」

 

 笑いあう三人。今現れたのはアリストレス。ボウガンの名手であると同時に頭もよく回り、ヘルマンでは神童と呼ばれている少年だ。周りからの畏怖や妬みから孤立していた彼を、トーマが先日パットンと引き合わせたのだ。まるで正反対な性格の二人だったが、それが幸いしたのかすぐに意気投合。そこにヒューバートも加わり、今では三人は親友の間柄だった。

 

「…………」

 

 あまり表には出さないようにしているが、トーマが嬉しそうにしながら静かに頷く。三人が素晴らしい才の持ち主。他の二人に比べパットンは確かに成長が遅かったが、それでも普通の者に比べれば十分な強さである。

 

「さあ、休憩は終わりじゃ。アリストレスも加わっていけ。次は弓の訓練じゃ」

「はい、トーマ様」

「ちっ、俺はアリストレスやヒューバートと違って弓は苦手なんだよな……その顔で弓が得意とか、ヒューバートの奴反則だろ」

「ま、アリストレスには敵わんがな」

 

 この三人の姿を見ながら、トーマはいつしか夢描くようになっていた。いつの日かこの三人がヘルマンの上に立つ日が来る事を。皇帝にパットン、側近にアリストレス、軍を率いる総大将はヒューバート。間違いなく素晴らしい国になる事だろう。だが、トーマは一抹の不安を覚えていた。パットンは妾の子、これから産まれる子は后の子。

 

「(争いの種にならねばいいのだが……)」

 

 だが、このトーマの不安は現実のものとなってしまう。パットンの妹であるシーラ誕生後、彼女こそが正当なヘルマンの後継者であると考えた后は水面下で画策し始める。これに賛同する者も多く現れ、ヘルマンはパットン派とシーラ派で割れる事になる。

 

 

 

LP0001

-ヘルマン 帝都ラング・バウ-

 

「皇子、入りますぞ」

「ああ、入ってくれ……」

 

 その日、トーマはパットンに内密の話があると言われて部屋に呼び出されていた。返事を待ってから扉を開けると、部屋の中には思い詰めた表情のパットンが椅子に腰掛けていた。

 

「パットン皇子、話とは?」

「……トーマ、正直に答えてくれ。今、俺とシーラ、どっちが優勢なんだ?」

「…………」

「やはりシーラなんだな……くそっ!」

 

 パットンも既に28歳。それにも関わらず皇帝の話がまるで持ち上がらない。それどころか、后であるパメラは明らかに自分の娘であるシーラをヘルマンの女帝にしようと画策しているのだ。最近ではパットンの父親である現皇帝もシーラを跡継ぎにと動き始めているのが明らかで、これまでパットン派であった者たちも次々とシーラ派に寝返っている始末。この事にパットンは焦りを感じていた。

 

「情けない男だ……シーラは腹違いの俺を兄と慕っていてくれているのに……最近ではあいつの顔をまともに見る事が出来ない……最低の兄貴だ……」

「……ワシらはどんな事になろうと、パットン皇子について行くつもりですぞ」

「それじゃ駄目なんだよ!」

 

 トーマの言葉を受け、パットンが勢いよく椅子から立ち上がる。倒れた椅子を気にする様子も無く、何かに縋るような目をしながら必死に言葉を発する。

 

「俺は皇帝にならなきゃ駄目なんだ! そうじゃなきゃ、これまでの人生を全て否定される事になる! 何より、俺を信じてくれている奴ら……ハンティ、アリストレス、ヒューバート、ロレックス、それにトーマ、あんたに顔向けが出来ない!」

「パットン皇子……」

「教えてくれ、トーマ! 俺はどうすればいい!?」

「…………」

 

 ハンティにこの弱気な姿を見せたくなかったのだろう。だからこそ、パットンはトーマを呼び出したのだ。師匠であり、もう一人の父親のように思っているトーマを。だが、トーマはそのパットンの悲痛な表情を見ながら、掛ける言葉を見つける事が出来なかった。

 

 

 

LP0002

-ヘルマン 帝都ラング・バウ-

 

「聞いてくれ、トーマ! 協力者が見つかった!」

 

 パットンが歓喜の表情でトーマに話し掛けてくる。ここはパットンの部屋。またも内密の話があると呼び出されたのだが、前回とは対極的なその表情にトーマは驚いていた。

 

「協力者とは……?」

「紹介しよう。こいつが魔人のノスだ! リーザスを滅ぼす事に協力してくれる事になった。これが成功すれば、シーラ派の奴らも俺を皇帝と認めざるを得ないはずだ!」

「魔人……ですと……」

「…………」

 

 ノスが頭を下げてくるのを見ながら、トーマが目を見開く。魔人が人類に手を貸すなどあり得ない。この魔人を信用するなど、あまりにも危険すぎる。進言しようとした。この作戦は中止するべきだと。だが、その言葉を発する事が出来なかった。トーマは見てしまっている。パットンの思い詰めた顔を。それとは対極的な今の表情を。葛藤の中、自分を押し殺したトーマは膝を折った。

 

「その作戦、我が第3軍も協力させていただく。我が道は、パットン皇子と共に……」

「トーマ! お前ならそう言ってくれると思っていたぞ!」

 

 これより数週間後、アリストレスの反対を押し切る形でパットンはヘルマン第3軍を率い、魔人の作った魔法の抜け道を通ってリーザスに侵攻する。ヒューバートは野党鎮圧のため不在であり、この作戦を知るのはパットンが旅立った後であった。

 

「馬鹿野郎が! 何故親父は止めなかった!!」

「(トーマ将軍、どうして……)」

 

 激昂したヒューバートはアリストレスを引き連れ、すぐに応援に向かおうとする。だが、既にパメラの手により有力な軍人が国外に出る事は不可能になっていた。もしトーマ、アリストレス、ヒューバートの三人が挙ってパットンを止めていたのなら、歴史は変わっていたのかもしれない。いや、せめてトーマが反対していたら、ヒューバートが帰ってくるまでパットンは作戦決行を遅らせていたかもしれない。

 

「(全ての始まりはあの日……今更後悔しても遅いがな……)」

 

 トーマの考える全ての始まりは、パットンが自分を頼ってきてくれた日だ。打ち捨てられた子犬のように、自分に縋るような眼差しを向けてきたパットン。だが、自分は彼の期待に応えてやる事が出来なかった。何がヘルマン最強、何がヘルマンの英雄か。あの日自分が手を差し伸べてやれば、パットンは魔人に頼る事は無かっただろう。その後悔がトーマの中にはずっと残っていた。だが、既に行動は起こしてしまっている。なればこそ、途中で止まる訳にはいかない。それが例え、魔人の手のひらの上であったとしても……

 

 

 

-リーザス城 入り口前-

 

「ここで止まる訳にはいかんのじゃぁぁぁぁ!」

「!?」

 

 ルークが目を見開く。崩れ落ちると思っていたトーマが、咆哮と共に腰に差してあった剣を抜いたのだ。口から血を吐き出し、ルークの斬った斬り傷から更に大量の血が噴き出すが、それを気にする様子もなくルークに向かって剣を振るう。

 

「秘剣、骸斬衡!」

「ぐっ……がはっ……」

 

 トーマの放った技の衝撃にルークが吹き飛ばされ、勢いよく地面を転げる。トーマが仁王立ちのまま、地に倒れ伏したルークを睨み付ける。周囲で見守っていた解放軍が気圧される中、トーマが口から血を吐き出しながら叫ぶ。

 

「ヘルマンの未来のため、パットン皇子のため、ここでワシが倒れるわけにはいかぬ!」

「トーマ将軍……」

「なんという御仁だ……」

「これが……人類最強……」

 

 その気迫にリック、アレキサンダー、志津香の三人も気圧される。やはり目の前に立つのは、遙か高みの存在。老いてなお、傷ついてなお、そこに立ちふさがる。人類最強、その名に偽りなし。

 

「ルークさん!」

「来なくていい……」

 

 かなみが地面に倒れたルークに駆け寄ろうとするが、ルークがゆっくりと立ち上がりながらそれを制す。小さな声でルークが呟く。

 

「未来のため、出来れば死んで欲しくない人物だったのだが……その考えが甘かった事を痛感させられた……」

「ふん、ワシを生け捕りにでもするつもりだったのか? 甘いわ!」

「決して手を抜いていた訳ではないがな。心構えの問題だ……」

 

 ルークは決して手を抜いていた訳ではない。自身の持てる全ての力でトーマに向かっていた。だが、出来れば生け捕りにしたいと考えていたルークと、決死の覚悟で挑んできていたトーマ。その気持ちの差が顕著に表れたのだ。

 

「随分と手痛い授業料を貰ってしまったよ……」

 

 ルークのその言葉と同時に、ドロリとした血が地面に落ちる。瞬間、周りの者は気が付く。ルークの鎧、その腹部の辺りがボロボロに砕け散っており、そこから大量の血が流れている事に。

 

「なっ……!?」

「ルークさん!」

「酷い傷です! 今すぐヒーリングを……」

「来なくていい! まだ勝負はついていない……」

 

 志津香とかなみが絶句し、セルが治療に駆けつけようとするが、ルークは再びこれを制す。その気迫に歩みを止めてしまったセルだが、ルークの出血量は尋常では無い。その腹部からは今も血が流れ続けており、早く治療しなければ命に関わる。セルが青ざめている中、同じくルークから受けた傷跡から血を流しながら、トーマがハッキリと言う。

 

「悪いが、ワシを捕らえても無駄じゃぞ。ワシはパットン皇子以外に仕える気はない!」

「そのようだな……これ以上未練を持って戦えば、今度こそ殺されかねん。そんな状態でありながら、今なお立ちはだかるその姿、見事……」

「ならば、どうする?」

 

 ルークの答えは既に予想がついているのだろう。トーマが口元に笑みを浮かべながら、握っていた剣を向けてくる。それを突きつけられたルークは剣を握り直し、トーマの目を見据えながらハッキリと口にする。

 

「残念だが、あんたは諦めるとしよう。今度は全力で……殺りにいかせて貰う!」

「その気概や見事! 来い、ルーク!」

 

 互いに満身創痍。その出血量はいつ倒れてもおかしくない状況。だが、二人は互いに笑みを浮かべながら再度対峙する。その見事な姿に、周りの者はみな息を呑んで見守るしかなかった。最早、長時間戦える体ではない。決着の時はすぐそこまで迫っていた。

 

 




[人物]
パットン・ヘルマン
LV 18/70
技能 格闘LV1 ガードLV1 プロレスLV2
 ヘルマン帝国の皇子。魔人と第3軍を率いてリーザスを侵攻した張本人。その無謀とも思える作戦の裏には、皇帝の座を奪われるかもしれないという危機感があった。魔人に裏切られ、ハンティと共に逃亡。生死不明。武でも智でもパッとしない自分に劣等感を抱いているが、そのパットンに心の底からついていこうとする者が多いのも事実。それこそが、上に立つ者としての資質なのかもしれない。

トーマ・リプトン
LV 78/90
技能 剣戦闘LV2 槌戦闘LV2 弓戦闘LV1 盾防御LV1
 ヘルマン第3軍将軍。人類最強。パットンの師匠であり、ハンティの親友。ヒューバートの父であり、ヘルマンの誇り。周囲の期待や羨望に押し潰されることなく、それら全てを抱え込んで最前線で戦い続け、ヘルマンに多くの勝利を呼び込んできた生きる英雄。多くの部下や国民に慕われているが、その実績と人望から一部の評議委員や皇帝からは危険な存在として疎まれている。今の陰謀渦巻くヘルマンをパットン率いる若い力が一掃してくれる日を夢見ている。

ヒューバート・リプトン
LV 30/60
技能 剣戦闘LV1 弓戦闘LV1 盾防御LV1
 ヘルマン第2軍中隊長。人類最強であるトーマの実子で、パットンの親友。11歳でヘルマンの正規兵試験に合格するなど天才児として期待されていたが、偉大すぎる父への劣等感から次第に反発するようになり、自由な生き方に憧れるようになる。そのため、本来であれば将軍になっていてもおかしくない人材でありながら中隊長でくすぶっている。パットンのリーザス進行の話を聞きすぐにでも駆けつけようとしたが、皇后パメラに監視され動けないでいる。

アリストレス・カーム
LV 41/52
技能 弓戦闘LV2 剣戦闘LV1
 ヘルマン第2軍将軍。幼い頃から神童と呼ばれ、その期待に応えるかのように成果を上げていったアリストレスは満場一致で第2軍将軍に抜擢される。文武共に秀でた傑物であり、パットンの親友。だが、パットンの妹のシーラを愛してしまっているため、パットン派とシーラ派の板挟みに内心苦しんでいる。皇后や宰相の暗躍を調べようとしているが、シーラを上手くダシに使われてしまい、調査は難航している。リーザス侵攻を最後まで危険だとパットンに進言したが、その言葉はパットンには届かなかった。皇后パメラからは徹底的に監視され、救援に動く事は出来ないでいる。


[技能]
ガード
 仲間を守る事に長けた才能。敵の攻撃を素早く感知し、自身の体で仲間を守る。


[技]
骸斬衡
使用者 トーマ・リプトン
 トーマの必殺技。剣から放たれる衝撃で敵を吹き飛ばすと同時に、強烈な斬撃も与える。骨まで響く衝撃であるとハンティが評し、そこからこの名がついた。

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