ランスIF 二人の英雄   作:散々

46 / 200
第45話 最強の死、最恐の復活

 

-リーザス城 入り口前-

 

「はぁっ!」

「ふんっ!」

 

 互いの剣が交差する。金属音が辺りに響き、風を切る音が耳に入る。戦の真っ最中でありながら、この周囲だけはそれが難なく聞き取れるほどに静かであった。周りで見ている者が息を呑む。言葉を発する者はいない。皆が二人の戦いに見入っていた。

 

「ぬぉぉぉぉ!」

「ちっ、真滅斬!」

「甘いわ! 骸斬衡!」

 

 互いの技がぶつかり合い、その衝撃で砂煙が巻き起こる。衝撃が互いの体に伝わり、ルークは腹の傷からまた出血が増し、トーマは胸を押さえながらルークを睨み付ける。だが、互いに口元には笑みが浮かんでいる。その様子を見ていたかなみが不思議そうに呟く。

 

「どうして二人とも笑っているんでしょうか……?」

「私には気持ちが判りますね」

「自分もです。強者との戦いは、それだけで心躍るものです」

 

 かなみの疑問に答えたのは、側にいたアレキサンダーとリック。両者共に自己鍛錬を欠かさず、強者との出会いを求めている者。だからこそ、ルークとトーマの気持ちに共感していた。

 

「ふん、バトルジャンキーなんてただの馬鹿よ。楽しそうに笑っていたって、死んだら元も子もないでしょ」

「志津香さん……」

 

 ルークが楽しんで戦っているのをバッサリと切り捨てる志津香。セルも同意見ではあるようだが、あまりにも直接的な物言いに困ったような表情を向ける。志津香は二人の戦いを見ながら、小さく呟く。

 

「だから……絶対に死ぬんじゃないわよ……」

「…………」

 

 気が付けば、志津香は右拳を固く握りしめていた。その呟きに応えるかのように、目の前の戦いは更に激化する。

 

「づぉぉぉぉぉ!!」

「!? はぁぁぁぁ!!」

 

 トーマがルークに向かって剣を振り下ろす。そのモーションがこれまでに比べて少し大きいのを瞬時に見抜いたルークは体を回転させ、その一撃を受け流しながらトーマの腹部に向かって回転斬りを仕掛ける。

 

「いった!」

「決まる!」

 

 メナドが声を上げ、アレキサンダーですらこの一撃が決まることを確信する。どちらも紛れもない強者。その二人がルークの勝利に確信を持っていたのだ。だが、アレキサンダーの隣に立っていたリックだけが目を見開き叫ぶ。

 

「違う、誘いです!!」

「貰っ……ぐぁっ?」

「つあっ!!」

 

 ルークがトーマの腹部目がけて剣を振り抜こうとした瞬間、その意識が飛びそうになる。強烈な一撃を顔面に食らい、体ごと吹き飛ばされたのだ。それは、トーマの左拳。右の大振りであえて隙を作り、懐に飛び込んできたルークにカウンターの裏拳をお見舞いしたのだ。

 

「この状況で自ら隙を作るなんて、正気の沙汰ではありませんね……」

「それがトーマじゃ……」

 

 エクスの呟きにバレスが噛みしめるように答え、それを聞いたメナドとかなみの背中に冷や汗が流れる。そして、改めて実感する。人類最強とは、遙か高みの存在。ルークならばもしかしたらと思っていた。実際、先程までは互角以上の戦いをしていた。だが、それはトーマが先だって大きくダメージを負っていたが故の善戦。ルークが骸斬衡によってダメージを負ってからは、明らかにトーマがルークを押している。

 

「ぬおぉぉぉぉぉ!!」

 

 トーマが咆哮してルークに突進する。顔面への一撃で意識が飛びかけていたルークだが、唇を噛みしめて意識が飛ぶのに耐え、体勢を整えて向かってくるトーマに闘気を込めた斬撃を放つ。

 

「真空斬、乱れ撃ち!」

「一撃一撃がぬるいわぁぁぁ!」

 

 足止めにと考えて放った連撃であったが、ルークの真空斬をものともせずトーマが突っ込んでくる。既にトーマの鎧はひび割れているため、ルークの放った真空斬を生身で受けているにも関わらず、トーマはビクともしない。驚異的な耐久力だ。そして、そのままルークに肩からぶつかっていく。

 

「ぐっ……」

「貰った! 骸斬衡!」

「ちっ……!?」

 

 超至近距離からトーマが骸斬衡を放つ。ルークが妃円の剣で受け止めるが、その剣が弾かれる。宙に舞う剣を見ながら、トーマがニヤリと笑う。

 

「これで終わりじゃぁぁぁ!!」

「マズイ!」

「はぁぁぁぁぁ!!」

「志津香殿!?」

 

 ルークが無防備になったのを見たリックがすぐさま剣を抜き、アレキサンダーも飛び込む体勢を取る。最早一騎討ちに拘っている場合ではない。そして、その二人の横では志津香が両腕に魔力を溜め、ファイヤーレーザーを放つ体勢を取っていた。それを見たアレキサンダーは驚く。この状況下で二人の間に介入できるのは自分たち二人だけだと思っていたからだ。

 

「(殺させないわよ……)」

 

 志津香がトーマに狙いを絞る。忙しなく動き回る二人の戦いにこれまで援護攻撃を放つ事が出来なかった。下手に援護しても、ルークに当たってしまう可能性があったからだ。だが、最早介入しない訳にはいかない。例えルークに当たる可能性があってでも、共に復讐を誓ったあの男をここで殺す訳にはいかないのだ。アレキサンダーが弾かれたように飛び出し、リックが剣を構えて腰を落とす。三人が三人、ルークの援護に入るつもりであった。

 

「止まる訳には……いかないか……」

 

 無防備である自分に迫る剣を見ながら、ルークが小さく呟く。腹部からの出血は更に増し、口元からも血を流している。最早、ルークにこの一撃を避ける力は残されていない。誰しもがそう考えていた。だからこそ、リックとアレキサンダーも動いたのだ。かなみとセルの絶叫が聞こえる。その声を耳にしながら、ルークの脳裏に浮かんだのは四人の女性。

 

 

『いつか、真の忠臣と呼ばれるように……』

 

 その行く末を見届けたいと思った忍者の少女がいた。

 

『……役に立たないと判断したら……切り捨てるからね』

 

 共に復讐の道を歩むと約束した恩人の娘がいた。

 

『兄貴のその能力はさ、きっと人々を救うために授かった能力なんだと思う』

 

 自分はいつか大きな事を成し遂げると信じていた、今は亡き妹がいた。

 

『待っています、ルーク!』

 

 そして……必ずもう一度会うと誓い合った女性がいた。

 

 

「止まれぬ理由なら……こちらにだってある!!」

「ぬっ!?」

「なっ!?」

 

 迫っていたトーマの剣に対し、ルークはあえて一歩前に踏み込む。まさかの行動にリックとアレキサンダーが絶句し、志津香が放とうとしていたファイヤーレーザーを押し止める。だが、これに一番驚いていたのはトーマ。人類最強の目を持ってしてでも、ルークが動けるとは思っていなかったからだ。前に出ながらトーマの一撃をすんでの所で躱し、鎧が砕けて外気に晒されているその左胸目がけて全力で右拳を放つ。

 

「ぐっ……うぉぉ……」

 

 真空斬をものともせず前進してきたトーマが、ルークの放った正拳突きに明らかに苦しみ出す。胸を押さえながらよろめくトーマ。その瞬間にはルークは跳び上がっていた。腰に差したもう一つの剣、幻獣の剣を高々と上に掲げながら、トーマ目がけて一気に振り下ろす。

 

「真滅斬!!」

「ぐっ……がぁぁぁぁ!」

 

 その一撃がトーマの体を直撃する。絶叫と血飛沫を上げながら、遂にその体が大地へと崩れ落ちた。周囲にいた解放軍は歓喜に沸き、解放軍と戦いながら遠目に様子を窺っていたヘルマン軍は絶望に打ちひしがれる。人類最強が、ヘルマンの誇りが、ただの戦士に敗れたのだ。

 

「トーマ将軍が……」

「そんな……何者だ……」

「ルークとか、そんな名前だった気が……」

「黒髪の剣士……」

 

 解放軍とヘルマン軍の双方からざわざわとした声が聞こえてくる。だが、そんな声は二人の耳には届かない。仰向けに倒れるトーマの前に立つルーク。その顔を見上げ、トーマが血を吐き出しながら口を開く。

 

「よもや、ワシが負けるとはな……見事じゃ……」

「あんたもな……人類最強の名に恥じぬ戦いぶりだった……」

 

 トーマの顔を見ながら、ルークが疑問に思っていた事を口にする。

 

「リーザス侵攻を焦ったと言っていたな? ……病か?」

「やはり気が付いておったか……」

「しきりに胸を押さえていたからな。最後はそれを攻める形になったが……」

「相手の隙を突くのは上策。それを悟られ、直撃を食らったのはワシの失策じゃ」

「病は……」

「ワシはもう長くはない……」

 

 ルークが黙り込む。それは、僅かながら予想していた事だからだ。トーマがルークの顔を見ながら、悔しそうな表情を浮かべる。

 

「見たかったのじゃ……生きている内に、パットン皇子がヘルマンを導く姿を。皇子のため、国のためと言いながらリーザスに侵攻したが、一番の理由はそれじゃ。ワシの……エゴじゃ……」

「…………」

「ヘルマンの誇りか……情けない話じゃ。自分の我が儘で多くの兵を死なせ、あげくに皇子の命を危機に晒している。アリストレスのように止めるべきであった……」

「ああ……あんたは止めるべきだった。皇子を、国を思うのであれば……」

「死ぬ事に未練はない。最後にお主のような者とも戦えた。感謝するぞ、ルーク……」

「俺も、あんたと戦えた事を誇りに思う」

「だが、ヘルマンの行く末を……皇子の行く末を……見られない事だけが心残りじゃ……」

「トーマよ……」

 

 同じ老兵としてバレスも思うところがあるのだろう。仰向けに倒れているトーマを悲しげな目で見る。そんな中、トーマが静かにルークに問いかける。

 

「パットン皇子は……極刑で間違いはないか……?」

「ああ。それは免れないだろうな……」

「そうか……残念じゃ……」

 

 自分が止めなかった事への責任を再び感じているのだろう。そして、パットン亡き後のヘルマンを思い、悲しそうに目を閉じていく。だが、ルークが口を開く。

 

「だが、まだ死んだ訳ではない」

「…………」

「パットン皇子とは会った事がないが、あんたが認めるほどの器なんだろう?」

「ああ……まだ荒削りじゃが……光るものがある……」

「ならば……時代がまだパットンを欲しているのなら……必ず生き延びる」

「…………」

「出会って俺にも感じるものがあるなら、王女たちに減刑を進言してもいい。約束する」

「ルーク殿、勝手に……いや、何でもないですじゃ」

 

 ルークの言葉にバレスが反応するが、すぐに言葉を取り下げる。死んでいくトーマの前で言う事ではない。

 

「あんたの夢見たヘルマンは、まだ終わってなんかいない」

「そうか……ルークよ、感謝する……」

 

 そう呟きながら、トーマが静かに目を閉じていく。最後の瞬間に見たのは、トーマが夢見ていた光景。パットンが皇帝として中央に立ち、その横でアリストレスが弓を引き、ヒューバートが剣を抜いている。だが、おかしな事に気が付く。その横に後二人、男が立っているのだ。その姿に気が付いたとき、トーマは口元に笑みを浮かべる。立っていたのはノースで出会ったランスという戦士と、先程まで戦っていたルーク。五人の若者が共に肩を並べ、強大な敵と戦っているのだ。今際の際に見た妄想だったのかもしれない。だが、トーマはこの光景がいつか実現するような気がしていた。そして、そのまま意識を手放す。トーマ・リプトン、人類最強の男はこうしてその生涯に幕を閉じた。

 

「トーマよ……逝ったか……」

 

 バレスがその満足そうなトーマの死に顔を見ながら、噛みしめるように目を閉じてその死を悲しむ。幾たびも対峙した敵であったが、その生き様には敵ながら見事と思っていた。そのとき、ルークがふらついて後ろに倒れそうになる。

 

「ルークさん!」

「……っ!」

 

 かなみやセルが駆け寄るが、ルークを支えたのは戦いに割り込もうとしていたために一番側にいた志津香であった。腹部からの出血量を見ながら、心配そうに声を掛ける。

 

「ちょっと、大丈夫なの……?」

 

 志津香が尋ねるが、既にルークは意識を失っていた。それ程の死闘。崩れていく体を支えながら横にするが、ちょうど膝枕をするような形になる。かなみとセルが見ているので恥ずかしそうにどかそうとするが、意識を失っているルークはピクリとも動かない。だが、息はある。ため息をつきながら、その頭を撫でて志津香が小さく呟く。

 

「お疲れ様……あんまり心配させないでよ……」

「はいはい、イチャイチャするのは後にして今は治療ね。あ、でも体勢はそのままね。下手に動かすとまずいから」

 

 ぱんぱん、と手を鳴らしながらロゼが近づいてくる。ミリの治療を終え、いつの間にかこの場に到着していたのだ。顔を赤らめる志津香。

 

「ちょっと……このままって……」

「そのまま膝枕してあげておいて。美女の膝枕なんて貴重なんだから、きっとルークも喜んでいるわよ。あ、独り占めは厳禁。交代制ね。次はかなみで、その次は……」

「はいはい! トマトが立候補しますです!」

「トマトさん、いつの間に……」

「じゃあ、それで。さて、治療を始めるとしますかね……」

 

 いつの間にかトマトもこの場に来ていたようだ。全力で膝枕係に立候補してくる。セルがその登場に驚くが、かなみは次の係に決まった事と、ルークの怪我が心配で心ここにあらずであった。メナドがロゼに駆け寄って問いかける。

 

「ロゼさん、ルークさんは?」

「大丈夫、すぐに動けるようになるわ」

「えっ!? この怪我ですぐに?」

「ロゼさん、私も手伝います!」

「必要ないわ。セルは体力を温存しておいて。まだ戦は終わった訳じゃないんだからね。私はここでリタイアなんだし、後は頼んだわよ」

 

 手伝いに入ろうとするセルの申し出を断り、ロゼが不穏な言葉を口にする。かなみと志津香がロゼの顔を見るが、その表情は普段通り飄々としていた。唯一セルだけが何かに気が付いたようで、驚きながら口を開く。

 

「ロゼさん……まさか大回復を……」

「そうでもしなきゃ、この戦中に戦線復帰は無理よ。重傷だもん」

 

 ロゼが今から使おうとしているのは大回復という神魔法。対象の怪我を一瞬の内に完治させるが、代償に自身の体力を殆ど持って行かれるため、使用すればしばらくは動けなくなる。

 

「私が抜けることで、貴重な治療要因は一人減るわ。これは解放軍にとってかなりの痛手よ。あんまり目立ってないけど、私とセルとシィルちゃんは地味に解放軍の要だし」

「自分で言っていますですかねー」

「ですが、正しい評価です。リーザスには元々ヒーラーが少ないですからね。決して一人もいない訳ではないですが、お三方の活躍は頭一つ抜き出ている」

 

 エクスが口にしたように、この解放戦においてセルとロゼの活躍は間違いなくトップクラスであると断じていい。シィルは基本的にランスと共にいるため二人には劣るが、これまで彼女たちが回復してきた解放軍の数はかなりのものだ。そして、ロゼが大回復を使うという事は、その貴重なヒーラーが一人減るという事。これから戦で傷ついていく解放軍を治療する者が減るというのは、決して無視出来ない損失である。だが、ロゼはルークを指差しながらハッキリと言う。

 

「それでもさ、まだまだルークの力は必要でしょ?」

「はい!」

「ま、必要ね」

「うむ。ルーク殿抜きで魔人たちを倒すのは困難!」

「……ロゼさん、お願いします。後の事は、私に任せて下さい!」

「はいはい、やっぱ人気者ねー、こいつ」

 

 周囲の即答を聞き、セルも決断する。ロゼがルークの頬をぷにぷにと突きながら、静かに笑う。

 

「あんまり真面目なのは柄じゃないんだけどね……」

 

 そう呟きながら呪文を唱えると、ロゼの全身を光が覆っていく。ヒーリングや回復の雨とは違う、神々しい光。ロゼがルークの顔を見ながら、フッとため息をつく。

 

「ま、頑張るとしますかね!」

 

 そのロゼの治療を横目に見ながら、リックとアレキサンダーは次の場所に向かう準備を進めていた。ここでルークの回復を待っている暇はない。少しでもリーザス城解放を進めておくのが、自分たちに課せられた仕事だ。二人は内心滾っていた。目の前でこれ程の激闘を見せられたのだ。強者である二人が滾るのも必然といえるだろう。

 

「それにしても、よくあの一撃が誘いだと見抜けましたね」

 

 ふいにアレキサンダーが問う。トーマがルークにカウンターの裏拳を放ったとき、それが誘いであると見抜けたのはリックだけであった。その言葉を受けたリックが静かに笑う。

 

「そうですね。自分も似たような事をしますので……」

「……まさか、リック殿も何かカウンター技が?」

 

 リックの無言の笑みが、肯定であることを示していた。

 

 

 

-リーザス城近辺 丘の上-

 

「くくく、トーマが死んだようだね!」

 

 リーザス城の後方に位置する丘の上から、城の中を双眼鏡で覗き込んでいる女がいる。ミネバだ。リーザス城から撤退をしたミネバは、未だその側で城の中を探っていた。パットンの死は確認できなかったが、どうしてもトーマの死は確認しておきたかったのだ。

 

「トーマ様が……」

「何と言う事だ……」

 

 トーマの死にミネバの部下たちもざわつく。その部下を一瞥し、ミネバがため息をつきながら一喝する。

 

「騒いでんじゃないよ! さぁ、撤退するよ。ヘルマンに帰るんだ」

「な!? トーマ将軍の仇討ちを取るのでは……」

「取れると思うのかい? これっぽっちの戦力で、今の解放軍から」

「例え取れないにしても、トーマ将軍の無念は晴らすべきです!」

 

 ミネバが両手を広げながらそう口にするが、部下は食い下がる。彼はトーマに憧れて軍に入った者であった。その部下を冷ややかな目で見ながら、ミネバは静かに口を開く。

 

「そうかい……あんた新入りだったね……」

「はっ!」

「残念だが……あんたみたいな奴は、あたしの部下には不要でねぇ……」

「えっ……?」

 

 瞬間、進言していた部下の首が飛ぶ。ミネバの側に控えていたタミが斧を振るったのだ。その光景に見慣れている者は何の反応もせず、ミネバの部下になったばかりの者は目を見開く。

 

「他にも同じ考えの奴がいたら、よく聞きな! 騎士の誇りとか言って特攻する事が国のためになるのかい!? この状況をパメラ皇后に報告するのも、立派な騎士の勤めだと思うのはあたしだけかい!?」

「…………」

 

 その言葉を受け、不満そうにしていた者たちが黙る。ミネバの言う事は尤もであった。魔人の裏切りにより既に自分たちに勝ち目は無く、特攻しても無駄死には明らか。ならば、状況の報告に撤退するのも軍人としての勤め。黙り込んだ新入りたちの様子を見ながら、ミネバが言葉を続ける。

 

「どうやら判ったようだね。さぁ、魔人の作った光の道を通って撤退するよ。いつ消されるか判ったもんじゃない。急ぐんだよ!」

 

 その言葉に部下たちはぞろぞろと歩き出す。タミに先導させ、ミネバはもう一度トーマの死を確認するように双眼鏡を覗き込む。その背中を睨み付けながら、アミトスは拳を握りしめる。

 

「(貴様の口車には絶対に踊らされんぞ、ミネバめ……)」

 

 そう思いながら、アミトスは他の者と共に歩いて行く。丘の上に残ったのはミネバ一人。双眼鏡で覗き込むと、確かにトーマの死体が横たわっている。側で治療を受けているのは、トーマを殺してくれた人物、先日対峙したルークだ。

 

「あいつもここで死んでくれるのが一番なんだが、どうなるかねぇ……まぁ、生き残ったとしてもこの後の魔人戦で確実に死ぬとは思うが……」

 

 そう、人類最強を討ち取った事に歓喜している解放軍だが、それは強敵の一人を討ち取ったに過ぎないのだ。まだリーザス城には三人の魔人がいる。そして、その三人共がトーマよりも格上の存在。勝ち目などあるはずがないのだ。それなのに、ミネバにはある予感があった。

 

「あいつとは、また会う気がしてならないねぇ……」

 

 ミネバが嫌そうに吐き捨てる。すると、ミネバの視線の先、治療を受けているルークの姿が一瞬だが死神に見える。

 

「…………?」

 

 目を擦り、再度双眼鏡を見れば、そこには治療を受けているルークの姿。見間違いかと鼻で笑いながら、ミネバもこの場を後にする。そのまま部隊に合流し、ミネバ隊は光の道を使ってリーザスを離れ、第3軍唯一の生存部隊としてヘルマンへと帰還する。人類最強の女は、こうしてルークの前から姿を消した。だが、これより数年後、ミネバは再びルークの前に立ちふさがる。人類圏統一、最後の壁として……

 

 

 

-リーザス城 封印の間-

 

「これが魔剣カオスか」

「そのようですね……」

 

 ランスたち四人は光の道を抜け、カオスが封印されている奥の部屋に辿り着いていた。部屋の奥には地面に突き刺さった漆黒の剣がある。これがカオスなのだろう。カオスの更に奥には、何やら棺のようなものがある。マリスがその棺を訝しげに見るが、今はカオスを手に入れる事が先決。ランスがカオスに手を掛ける。

 

「では引き抜くぞ」

「ダーリン、頑張って!」

「ランス様、頑張って下さい!」

「任せておけ、どりゃぁぁぁぁ!」

 

 二人の声援を受け、ランスが力一杯カオスを引っ張る。その掛け声と共に魔剣カオスが地面から引き抜かれ、それと同時に部屋の入り口から何か音が鳴り響いた。マリスが部屋の入り口に駆け寄ると、光の道が消えている。カオスを抜いた事による影響なのだろう。

 

「ふっふっふ、遂に念願のカオスを手に入れたぞ!」

「ランス様、やりましたね」

「さすが、マイダーリン!」

 

 ランスが剣を高々と掲げる。魔人を倒す切り札を手に入れた事に歓喜するシィルとリア。部屋の入り口にいたマリスもホッとするが、突如目の前に現れた男を見て声を上げる。

 

「なっ……魔人アイゼル……」

「なんだと!?」

 

 ランスたちが部屋の入り口を見れば、マリスの目の前に魔人アイゼルが立っていた。目を見開きながら、ランスの手元にあるカオスを見て叫ぶ。

 

「な、なんという事を……貴様らは何をしたのか判っているのか!?」

「え?」

「何を訳の判らん事を……丁度いい、貴様でカオスの斬れ味を試してやる」

「それよりも、何故ここに……」

「それは……」

「そうだ……アイゼルよ、何故貴様がここにいる……」

 

 ランスがカオスをアイゼルの方に向け、マリスが突如現れたアイゼルに問いかける。アイゼルがそれに答えようとするが、突如後ろから響いてきた男の声に目を見開く。アイゼルが振り返ると同時に、その体が右方向に吹き飛んで壁に叩きつけられる。

 

「ぐぁっ!」

「忠告は一度だけだと言っておいたはずだが……」

 

 現れたのは魔人ノス。強烈な拳でアイゼルの体を吹き飛ばし、恐怖で体が動かないでいるマリスの首を掴んで持ち上げる。

 

「あっ……がっ……」

「きゃぁぁぁぁ!」

「マリス!」

「誰だ、貴様!」

 

 シィルが悲鳴を上げ、リアもマリスの窮地に目を見開く。ランスがカオスの切っ先をノスに向けながらそう問うと、ノスはゆっくりと口を開く。

 

「私の名は魔人ノス。ヘルマンを率いた首謀者といったところか……」

「貴様も魔人か、丁度いい。カオスの実験台は貴様に決めたぞ!」

 

 そのランスの言葉に、ノスがニヤリと笑みを浮かべる。

 

「ランスとやらよ、礼を言うぞ。よくぞカオスを引き抜いてくれた」

「なにぃ……? この魔剣カオスは貴様ら魔人を殺す事の出来る剣だぞ。頭がおかしいのか? それとも、殺されるのを楽しみに待っていた変態か? ならば、俺様が望み通りにしてやろう!」

「くっくっくっ……」

「何がおかしい!?」

「違う……カオスの封印の本当の目的は……」

 

 壁に叩きつけられたアイゼルが苦しそうに呟く。ランスたちにはその言葉の意味が判らなかったが、笑っていたノスが奥の棺に向かって突如大声を上げる。

 

「ジル様! 封印は解けました! お目覚め下さい!」

「ランス様、棺が……」

 

 突然シィルがランスの腕を掴んで後ろを指差す。ランスが振り返ると、棺の上には先程までいなかったはずの青い髪をした裸の女性が座っていた。その姿を見た瞬間、ランスに冷や汗が流れる。良く判らないが、本能が告げている。こいつはマズイ。

 

「おい、裸のねーちゃん。いつからそこにいる?」

「…………」

 

 ランスが焦りを気取られないようそう問いかけるが、目の前の女性はそれを無視してノスに話し掛ける。

 

「ノスか、よくやってくれた。この忌々しき封印からようやく解放される事が出来た……」

「はい。忌々しきガイが死んだ今、魔王不在のこの世界を統べるのはやはりジル様しかいないと……再びこの世に暗黒の世界を……」

「ジル……ですって……まさか……」

 

 ノスに掴まれているマリスが聞き覚えのある名前に呻き声を上げる。幼い頃から文献でその名をよく目にしていた。そのマリスの疑問に、アイゼルが歯噛みしながら答える。

 

「そうだ……あれは魔王史上最も残忍と呼ばれた先々代魔王、ジルだ……」

「そんな!?」

「まさか……カオスの封印を解いてはいけないというのは……」

 

 その言葉にシィルとリアが声を上げる。それらを全て無視するかのように、ジルがノスと話を続ける。まるで、ランスたちには興味を示す必要すらないといった態度だ。

 

「ノス、私の力は長きの封印に渡り100分の1も出せない状態だ。私が回復するまで頼んだぞ」

「はっ! お任せを……」

「それではまず、カオスを破壊しろ」

「了解しました。さぁ、カオスをこちらに渡せ」

 

 ジルの指示を受け、ノスがランスを見る。後ろにはジル、前にはノス。二人に挟まれた形になりながらも、ランスが声を荒げる。

 

「ふざけるな! この剣は俺様のものだ。なんで貴様らに渡さなきゃならん!」

「そうか……」

「ぐっ……あっ……」

 

 その言葉を聞いたノスは、右腕に力を込める。骨がきしむ音がし、マリスが苦しそうに呻き声を上げる。

 

「いやーっ! マリス!!」

「そんな事で俺様が取引に応じるとでも思っているのか……?」

「では、この女がこのまま死ぬだけだ……」

「ランス様……」

「……くそっ!」

 

 ランスがカオスをノスの足下に投げる。それを見たノスは満足そうにマリスの首から手を放し、解放されたマリスはその場に倒れ込む。それを興味ないような目で見ながら、ノスがカオスに右足を乗せる。

 

「これがジル様を封印していた忌々しき魔剣カオスか……永久にこの世から消え去れ!」

 

 そう言い放ち、渾身の力でカオスを踏みつける。バキン、という音と共に、カオスが真っ二つに折れてしまう。魔人を倒す切り札を目の前で破壊されてしまった。その事実にシィルが青ざめ、ランスは悔しそうにしながら折れたカオスを見ている。

 

「ぐっ……」

「ふはは、私を戒めていた悪しき剣は滅びた。これで私は自由だ!」

「さぁ、ジル様、こちらへ……」

 

 ノスに導かれるように棺の前からノスに向かって歩いて行くジル。ランスたちの目の前を横切るが、その迫力にランスでさえも動けずにいた。ジルが目の前までくるとノスは即座に跪き、ゆっくりと口を開く。

 

「ジル様、この者たちはどうしますか?」

「ふふふ、放っておけ。何せ私の封印を解いてくれた恩人だ。その後悔を抱えながら、人類の行く末を見ていく無力なこの者たちを見るのも、また一興……」

「御意」

 

 ランスたちに嘲笑を送った後、ジルは視線を横に動かす。そこにいたのは、壁の前で苦しそうにしながらこちらに視線を向けているアイゼル。

 

「見慣れぬ魔人だが……?」

「ガイの作りだした魔人で、名はアイゼルと言います。気にする必要も無い小者です」

「小者……だと……」

 

 その言葉にアイゼルが立ち上がろうとするが、ノスが一睨みする。

 

「来る気か……?」

「ほぅ……それはそれで楽しめそうだな……どうする、若き魔人よ……」

 

 ノスとジルが見下すように笑いながらアイゼルを見てくる。悔しさに歯噛みし、拳を握りしめる。だが、体が動かない。現代の魔王ではないジルには、既に魔人に対しての絶対命令権は薄れているはず。多少はジルからの影響力を感じるが、逆らえないほどではない。それなのに、立ち向かう事が出来ない。アイゼルは完全に二人を恐れてしまっていた。

 

「ふむ、ただの腰抜けか」

「その通りです。ジル様の覇道の前に、特に必要も無い魔人でしょう」

「そのようだな。行くぞ、ノス」

「はっ……」

 

 アイゼルを散々に見下した後、ジルとノスは部屋から姿を消した。ランスたちにも、アイゼルにも、為す術は何も無かった。しばらくの後、アイゼルが立ち上がってランスたちを一瞥した後、何も言葉を発する事無く部屋からふらふらと出て行く。それを呆然と見送るランスたち。なぜなら、無敵結界を持つアイゼルを倒す術がないからだ。ランスが床に視線を落とす。そこには、真っ二つに折られた魔剣カオス。

 

「ランス様……カオスが……」

「くそっ……」

 

 部屋に絶望感が漂う。封印されていた魔王を自らの手で復活させてしまい、魔人を倒せる唯一の武器は折れてしまった。流石のランスも頭を抱えている。そのとき、部屋に男の声が響く。

 

「ふぁぁぁぁ……」

「おい、誰だ! こんな時に欠伸しやがって!」

 

 ランスがリア、マリス、シィルと順に見るが、全員が首を振る。

 

「じゃあ誰が……」

「ラ、ランス様……剣が……」

 

 シィルが魔剣カオスを指差す。ランスがカオスを見ると、先程までは普通の剣だったはずのそれに今は目が浮かび上がっていた。ギョッとした表情で一同がカオスを見ていると、そのまま剣が喋り出す。

 

「おっ、いてて……ノスの野郎思いっきり踏みやがって……折れちまったじゃないか」

「け、剣が喋った……」

「ランス様、剣のお化けです!」

「何だ!? 何者だ!?」

 

 シィルを後ろに隠しながら剣に向かってランスが声を荒げると、何を聞いているのかと言わんばかりの口調で剣が平然と答える。

 

「儂か? 見ての通り、儂はカオス。魔剣カオスじゃ」

 

 折られているにも関わらず、陽気な声を出しながらカオスは平然と言ってのける。これが、これから長い付き合いになるランスと魔剣カオスの出会いであった。

 

 




[技]
大回復
 自身の体力を犠牲にして対象の傷を完治させる神魔法。死者を蘇らせたり病を治したりする事は出来ないが、ある程度の才能がないと使う事の出来ない高度な魔法である。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。