-リーザス城 西の塔 最上階-
「何故だ! 何故当たらない!?」
声を荒げながらアイゼルはがむしゃらに剣を振るう。だが、その攻撃はルークに届かない。繰り出す攻撃は全て躱され、その剣が空を斬る度に反撃を食らう。アイゼルの基本戦術は、後方で敵を操る事と魔法での遠距離攻撃。そして、まだ見せてはいないが奥の手として持つとある戦法。剣による近接戦闘はあまり主軸としておらず、そのためアイゼルよりもルークの方が剣技は数段上手であった。
「真空斬!」
「ぐあっ!」
真空斬の直撃を受け、アイゼルが激痛に顔を歪める。魔人である自分が、目の前の人間に遅れを取っている事が信じられない。そして、それ以上に信じられないのは結界を無効化してダメージを与えられているという事態だ。アイゼルは激しく混乱し、その攻撃は自然と単調なものとなる。その攻撃が当たらず、更に混乱する。アイゼルは完全に悪循環に陥っていた。
「くそっ!」
「遅い! はぁっ!!」
「がはっ……」
繰り出した剣を簡単にかい潜られ、三度顔面に拳を振るわれて後方に吹き飛ぶ。奥歯が折れ、鼻から流れた血で顔は汚れきっていた。そのアイゼルを見ながらルークが口を開く。
「どうした、これが貴様の全力か?」
「な、舐めるなぁ! 電極直雷!」
ルークの挑発にアイゼルは声を荒げ、全身に魔力を滾らせて強烈な電撃を放つ。だが、それを全て躱すルーク。通常の魔法使いが放つよりも遙かに多い電撃であるにも関わらずだ。魔人の戦い方は少し人間のものとは違った特色がある。それは、防御を無敵結界に頼り切り、攻撃に全力を集中しがちになるというものだ。長い間染みついた戦い方を払拭するのは難しく、互いに無敵結界を無視しあえる魔人同士の戦争が始まった際、多くの魔人がその矯正に苦しんだものであった。アイゼルも例外ではない。ルークが結界を無効化出来る事は判っているのに、ついつい電極直雷に全力を傾けてしまい、結果無防備になる。それを待っていたとでも言うようにルークは一気に間合いを詰め、アイゼルの腹に強烈な蹴りを入れる。
「ごぷっ……」
アイゼルの口内に溜まっていた血が吐き出される。耐えきれずに腰が落ちるが、下がった顔面を下から剣がかち上げる。
「うおりゃぁ!」
「…………っ!」
ルークの剣が顎の辺りに直撃し、首が真上を見る形にかち上げられる。呆然と天井を見上げながら、アイゼルは一つの疑問を抱く。先程からルークは、自分が無防備になる隙を突いてきているのだ。長時間戦った末にアイゼルの癖に気が付いたというならいざ知らず、戦い始めた直後からそれは続いている。それはまるで、初めから魔人の戦い方の癖を知っているかのような立ち振る舞い。
「(魔人と戦い慣れているとでも言うのか……? 有り得んっ!)」
体勢を立て直し、ルークを睨み付けながらアイゼルはその考えを否定する。魔人と戦い慣れている人間など、存在するはずがないのだ。そんなアイゼルを見ながら、ルークは内心ごちる。
「(昔のホーネットと戦い方が同じだな……貴様の動き、手に取るように判るぞ)」
かつてのホーネットとの手合わせの日々を思い出しながら、ルークはアイゼルに剣の連撃を繰り出す。アイゼルが考えるとおり、本来ならば魔人と戦い慣れた人間など存在するはずがない。だが、目の前の男は特別な存在であった。十年もの長きに渡り、ただひたすらに一人の魔人と戦い続けた。多くの魔人の得意とする戦法を、その魔人から話に聞いていた。だからこそ、無防備になる瞬間が手に取るように判る。
「電極直雷!」
「ふっ!」
この魔法も全て躱す。以前、サイアスに尋ねられた事があった。行方不明になる前に比べ、魔法を躱すのが異常に上手くなっているのは何故かと。だが、それも無理の無い事。ホーネットが操る五つの魔法玉から繰り出される全方位攻撃に十年も付き合っていれば、自然と目が慣れてくる。ルークの動体視力は、常人よりも遙かに高いものであった。あの攻撃に比べれば、冷静さを欠いたアイゼルの放つ魔法など躱すのは容易い。
「何故当たらん!? 電極ちょ……」
「ふんっ!」
「ぐらぁっ!」
肩口から真一文字に斬り伏せられ、アイゼルが膝をついて恨めしそうにルークを見る。それを見下ろしながら、ルークが口を開く。
「ホーネットの下へ戻れ。まだホーネットには、お前の力が必要だ」
「はぁっ……はぁっ……断る! ホーネット様はお強い方だ。私一人いなくとも……」
「その認識が間違っているんだ」
「間違い……だと……?」
ルークの言っている事が理解できないアイゼルは、ルークの顔を見ながら言葉の真意を尋ねる。ホーネットは強く、気高い女性だ。その認識が間違っているとは、一体どういう事なのか。眉をひそめているアイゼルを見ながら、ルークはゆっくりと口を開いてその問いかけに答える。
「ホーネットは気高い女性ではあるが、強くなんかない。一人のか弱い女性だ」
「なっ!? 貴様、ホーネット様を侮辱するつもりか!!」
アイゼルが激昂する。信奉するホーネットを侮辱されたと勘違いしたからだ。その様子を見ながらルークは一度ため息をつき、弁解の言葉を口にする。
「違う。そうじゃない」
「許さん……許さんぞ! 私だけでなく、ホーネット様も侮辱するなど絶対に許さん! 貴様は万死に値する!」
だが、既にルークの言葉に聞く耳を持っていないアイゼルは目を見開き、声を荒げる。すると、突如その体が膨張した。筋肉が服を破き、その全長が三メートルを越す。先程まで見下ろしていたアイゼルを今度は見上げる形になりながら、ホーネットから聞いていたアイゼルの奥の手を思い返す。
「そうか……これがアイゼルの隠し球、自らの身体能力を上げる変身能力か……」
「愚かな発言をあの世で後悔するがいい。最早肉片一つ残さぬ!」
ルークを見下ろしながら、アイゼルはその長身から勢いよく剣を振り下ろす。巨体からは想像つかないようなスピードで振るわれた剣をルークはなんとか躱すが、地面に叩きつけられた剣の衝撃で大きな窪みが出来る。スピードだけではない。パワーも格段に上がっている。勝ち誇ったように口を開くアイゼル。
「私を魔法使いタイプ等とでも思っていたのではないだろうな? 私の真骨頂はこの……」
「知っている。ご託はいいから掛かってこい」
「知っているだと? ハッタリを……死ねぇ!」
戦いは、更に激化する。
-リーザス城 最上階-
「ここだな! さあ、お仕置きの時間だぞ、ジル! ……って、なんだあれは!?」
広間の扉が勢いよく開け放たれる。遠見の魔法で見ていたノスは、入り口の方を見ずともやってきたのはランスたちだという事が判っている。落ち着いた様子のノスとは対照的に、部屋に入ってきたランスたちは一様に驚愕していた。ノスの周りに、自分たちそっくりの人間が立っているのだ。
「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ……」
「魔人ノス……」
「志津香さん、あれは……?」
「生気を感じないわ……多分、魔法で作った人形か何かだと思う……」
目の前に立っている自分たちを見ながら志津香がそう論じる。ニヤリと笑うノス。
「面白い余興であろう?」
「ふん、俺様の超絶美形を再現出来ていないな。まだまだだ!」
ノスの言葉をランスが切って捨てる。そのやりとりの後ろで、トマトが部屋の中を見回しながら疑問を口にする。
「あれ、ヘルマンの方々が見当たりませんですかねー?」
「復活した魔王ジルの姿も見当たりません」
「くくく、パットン皇子ならいないぞ。計画にはもう不要だったんでな」
「まさか、殺したの!?」
「さて、運が良ければ生きているのではないかな。ははは!」
「何て奴……」
高笑いを上げるノスに嫌悪感を露わにする志津香。利用するだけ利用して、不要となった瞬間ヘルマン軍をゴミみたいに捨てたのだ。見れば、かなみとセルもノスを睨んでいる。それは、トーマの最期に立ち会った面々だ。これではトーマが浮かばれない。そんな中、ランスがノスに剣先を向けて問いかける。
「で、ジルの奴はどこだ。一発やってやらんとな」
「ジル様なら奥の部屋だ。だが、貴様らがあの方に会う事は出来んぞ。ここで死ぬからな」
「ふん、死ぬのは貴様だ。刀の錆にしてくれるわ!」
「いや、儂、錆びませんよ?」
「行け、人形共よ!」
ノスの言葉に反応し、八体の屍人形が一斉に襲いかかってくる。すぐに全員が身構え、屍人形たちと正面から対峙する。その様子を後ろで腕を組みながら見ているノスに腹が立ったのか、ランスが声を荒げる。
「楽しやがって、この卑怯者め!」
「そんな事は後でいいから、今は人形を倒すのに専念しなさい! 炎の矢!」
「見極めさせて貰うぞ……」
迫ってくる屍人形。シィル人形が炎の矢を放ってくるのを、志津香が相殺。それを見たかなみが牽制代わりに手裏剣を投げると、ランス人形の左腕に見事命中する。まさかの命中にかなみ自身が驚く。
「あれ? 簡単に当たった……」
「こら、かなみ! 俺様に何てことを!」
「知らないわよ!」
「って、前を見なさい! マズイわ!」
ランスとかなみが言い合いをしていると、志津香人形が火爆破を放ってくる。いきなりの一撃に避けきれず、全員が直撃を受ける。
「おわっ! ……って、そんなに熱くないぞ。がはは、志津香も大したことないな」
「違うわよ。あいつら確かに似ているけど、そんなに強くないわ」
「みなさん、大丈夫ですか? いたいの、いたいの、とんでけー!」
「神のご加護を……」
一応威力は弱いとはいえ火爆破を食らったので、シィルとセルが全員を回復する。その様子を見ながら、ノスがにたりと笑う。
「ともかく、こんな雑魚どもさっさと片付けるぞ!」
「そのようね。火爆破!」
「はるまき、お願いね」
「がぉー!」
屍人形が恐るるに足りない相手だと判ったランスたちは、一気に攻撃に移る。志津香が火爆破を放ち、リアと一緒についてきていたペットのはるまきが口から雷を吐き出す。雷撃と爆炎が人形たちを包み込んでいる中、ランス、かなみ、トマトの三人が一斉に駆け出して人形たちを斬り伏せる。確かに大した強さでなく、呆気なく地面に崩れ落ちていく人形たち。すると、順々にぐちゃぐちゃの肉塊へと戻っていく。
「うげ……気持ち悪いな」
「儂、あんなの斬ったのか……えんがちょ」
「見るに堪えませんね。神聖分解波!」
マリスが呪文を唱えると、肉塊はドロドロと溶けていって部屋からその姿を消した。大したダメージを負う事もなく、屍人形を一掃したランスたち。勝ち誇った様子でランスが高笑いをする。
「がはは、弱すぎるわ! さあ、次は貴様だ!」
ランスがそう言いながらノスの方に視線を向けると、先程までその場にいたはずのノスがいない。いつの間にかいなくなっていたのだ。
「むっ!? どこへ消えた?」
「きゃぁぁぁぁ!」
突如、広間に絶叫が響く。ランスがすぐに視線を横に向けると、シィルとセルの目の前にノスが立っていた。右手を高々と掲げ、手のひらの上には巨大な炎の塊が浮かんでいる。
「なっ!?」
「シィルちゃん! セルさん!」
「貴様ぁぁ!」
「回復役を先に潰すのは、定石であろう?」
叫ぶランスに向かってノスが平然と答える。その言葉を聞ききるよりも早く、ランスはシィルとセルに向かって一直線に駆け出す。
「二人とも、逃げて!」
「あっ……ああっ……」
志津香が叫ぶが、目前に迫った死の恐怖に二人とも体が動かない。呆然と立ち尽くす二人を見ながら、ノスは炎の塊を投げつける。
「消えろ、グレートファイヤーボール!」
「あぁ……神よ……」
「ランス様……」
激しい炎の塊が迫ってくるのを見ながら、二人は絶望感に声を漏らす。炎の塊はそのまま二人の体を包もうとするが、それは目前に割って入ってきた者に阻まれる。二人を、特にシィルを庇うように間に入ったその男は、無防備な背中にグレートファイヤーボールの直撃を受け、業火に包まれながらその体が地面へと崩れ落ちていく。その光景を見ながら、シィルは目を見開き絶叫する。
「ら、ランス様ぁぁぁぁぁ!!」
-リーザス城 西の塔 最上階-
ランスが倒れたのと時をほぼ同じくして、西の塔でも男が膝をつく。だが、それはルークではない。肉体強化をしたはずのアイゼルがルークを睨み付ける。それを見下ろすルーク。ルークも先程までと違い、十分手傷を負っている。額からは血を流し、体には剣で斬りつけられた跡がある。それでもなお、先に膝をついたのはアイゼルであった。
「はぁっ……はぁっ……」
「強化された身体能力に頼りすぎだ。攻撃が単調すぎる」
「黙れ! ごほっ……」
アイゼルが咳き込む。ルークの言うように、身体能力では圧倒的にアイゼルが勝っていた。間違いなく、あのトーマよりも遙か格上の肉体だ。だが、変身後のアイゼルが取った戦法は完全な力押し。そこに技量などは織り交ぜられておらず、単純な力と速度だけでルークをねじ伏せようとしたのだ。だが、ルークはこれまでランスの剣を側で見続け、リックやトーマと渡り合い、ホーネットとは十年の時を過ごした。これらの剣の達人と渡り合ってきたルークにとって、ただの力押しであるアイゼルの剣は御しやすかった。その上、ルークを自らの手で殺す事に拘ったアイゼルは、身体強化後は殆ど魔法を使ってこなかった。戦いやすいにも程がある。ハッキリ言って、まともに戦えば到底太刀打ち出来る相手では無い。だが、混乱、経験、無駄な意地、それら全てが合わさった結果が、今の状況であった。
「まだだ……まだ勝負はついていない……」
「もういいだろう。俺はお前にトドメを刺すつもりはない。お前には、ホーネットの下に戻って貰う必要があるからな」
体をふらつかせながらも立ち上がろうとするアイゼルに、ルークはそう言い放つ。悔しそうに唇を噛みしめるアイゼル。
「それに、早く仲間と合流しなければならないからな」
「……貴様の目的は何だ?」
「前にも言ったはずだが? 人類と魔人の共存、と」
「そうではない。何故ホーネット様にそこまで拘る!」
「…………」
「貴様がホーネット様を知っているのは認めよう。命を助けられたというのも、真実かもしれん。だが、ホーネット様に拘る理由が判らないのだ! もしそれが貴様のイカれた夢に利用しようとしているだけならば、私はこれを放っておく訳にはいかん!」
ホーネットの下から去るつもりであったアイゼルだが、それでも譲れぬものがあるのだろう。ルークを睨みながら声を荒げるが、そのアイゼルに対し今度はルークが声を荒げる。
「そこまでの忠誠がありながら自分の安いプライドの為に主を裏切るなど、忠臣のする事ではない!」
「っ!」
「少なくとも、俺の知っている忠臣を目指す少女は……そんな裏切りは絶対にしない……」
「…………」
アイゼルが押し黙る。ルークに言い返そうとするが、言い返す事が出来ない。その様子を見ながら、ルークが先の質問に答える。
「それに、ホーネットを利用するつもりなど更々ない」
「その言葉を信じろと? ならば、何故……」
「そうだな……口にするのは難しい感情なんだが……」
アイゼルが静かに問うと、ルークは困ったような表情を浮かべる。顎に手をやり、何か上手い言葉は無いかと思案するが、どうにも浮かばない。そんな中、一番始めに浮かんだホーネットのある表情を思い浮かべながらルークは言葉を続ける。
「一つあげるとするなら、ホーネットの笑顔のためだな……」
「笑顔……だと……?」
ルークの言う理由に訳の判らない様子のアイゼル。ルークは頭を掻きながら、言葉を続けた。
-リーザス城 最上階-
「ランス様! お願いです、起きてください! ランス様ぁぁぁ!」
シィルが涙を流しながらランスに声を掛ける。だが、ランスは倒れたままでピクリとも動かない。そのランスを見下ろしながらノスは大笑いをする。
「ふはははは、まさかカオスの使い手が自分から倒れてくれるとは思わなかったぞ!」
「いやぁぁぁ、ダーリン!!」
「くっ……」
ランスとノスの間に割り込む形でかなみと志津香、トマトとマリスが入り込む。その真後ろには、ランスの体を覗き込みながら泣きじゃくるリアと、懸命の治療を続けるシィルとセルの姿があった。カオスの使い手であるランスを欠いた今、魔人を倒す事は不可能。ノスを睨みながらも、かなみの頬には汗が伝っていた。その恐怖する様子をしかと見ながら、ノスがゆっくりと歩み寄ってくる。
「では、カオスは破壊させて貰おう」
身構える四人。だが、その直後広間の扉が大きく開け放たれた。次いで、聞こえてくる叫び声と足音。
「突撃じゃぁぁぁ!」
「いっけぇぇぇ、チューリップ1号!!」
「ぬっ!?」
マリアの叫び声と共に放たれた砲撃がノスに直撃し、バレスの掛け声に誘導される形で部屋に何人かの者たちが一気に押し寄せてくる。その者たちを見て、志津香たちは歓喜の声を上げる。
「マリア! ランたちも!」
「バレス将軍……リックさんとレイラさんも!」
「アレキサンダーさんです! これは頼もしいですかねー!」
広間に押し寄せたのはマリア、ラン、ミリ、ミル、バレス、リック、メナド、レイラ、アレキサンダーの九人。倒れているランスを守るように間に入り、ミリとメナドが挨拶代わりとばかりに飛びかかってノスに斬りつける。無敵結界のせいでサテラに攻撃が通らなかったのを思い出す志津香だったが、二人の剣はノスの両腕に傷を負わせていた。思わず志津香が声を漏らす。
「嘘っ!? なんでダメージを……」
「勿論、儂のお陰じゃ!」
「えっ……?」
かなみが振り返ると、その声はランスの側にあったカオスから発せられたもの。マリスがカオスに向かって問いかける。
「どういう事ですか? 魔人を斬れるのはカオス、貴方だけなのでは……」
「儂の能力は魔人の結界を中和する事。その効果範囲は、まあ一部屋分くらいじゃな。このくらいの距離を保っていてくれれば、魔人にダメージは与えられますよ?」
「なるほど。となれば、私たちだけでも十分撃破は可能だと」
カオスの言葉を聞いたアレキサンダーが腰を落として構えながらノスに向き直るが、その後ろでカオスが喚く。
「駄目じゃ! 魔人を斬って、斬って、斬り刻んで、永遠の地獄に落とすのは儂の仕事じゃ。という訳で、早くランスの奴を回復してくれかんの?」
「言われなくてもやっています」
「ランス様……目覚めてください……」
懸命に治療を続けるセルとシィル。その様子を無表情で見ながら、ノスが手を顎に当てる。見れば両腕の傷は既になく、傷があった場所を鎧のような皮膚が上から覆っていた。いつの間にあんな皮膚になっていたのだろうかとマリスが考えていると、ゆっくりとノスが口を開く。
「ふむ……やはり先にカオスを破壊する必要があるな……」
「させると思うのかい?」
「残念ながら、ここを通す気はありませんよ」
「よってたかって一人を倒す、13レンジャーここにありですかねー」
「うわぁ……その番組、全然見る気しない……」
ミリとリックがそう宣言する横で、トマトの身も蓋もない台詞にミルが呆れた様子で口を開く。トマトの言うように、援軍に駆けつけた九名と元から間に立っていた四名、総勢十三名もの戦士がノスと対峙していた。その上、カオスのお陰でダメージを与えられる状況。それにも関わらず、ノスに慌てた様子はない。
「やれやれ。では、貴様らから先に片付けさせて貰おうか」
「よもや、この人数に勝つつもりか!?」
バレスが驚愕しながらも剣先を向けると、ノスは平然と、されど威圧するような口調で言葉を発する。
「貴様らの常識で図るなよ、人間共が……」
「皆さん、油断は禁物です。相手は魔人、どのような秘密があるか……」
「ええ、判っているわ。火爆破!」
「雷撃!」
アレキサンダーの言葉に頷き、先手必勝とばかりに志津香とランが魔法を放つ。ノスはそれを避ける素振りすら見せず、両者の魔法がノスに直撃する。それを合図に、一気に数名の者がノスに向かって飛びかかる。
「ふんっ!」
「はぁっ!」
「属性パンチ・炎!」
バレスとレイラが斬りかかり、アレキサンダーが強烈な一撃を腹に命中させる。その全てが直撃し、バレスとレイラが斬った傷口から血が吹き出る。あまりにも拍子抜けな戦いぶりに、逆にリックが眉をひそめる。
「なんだい? 口だけかい?」
ミリがそう口にしながら再度飛びかかってノスを斬りつける。ノスはその一撃を右腕でガードしようとするが、その右腕は先程メナドと共に飛びかかった際、ミリが斬りつけた箇所だ。先程難なく斬られた場所で、同じ攻撃を防げるはずがない。ミリはノスの右腕目がけてアリスソードを全力で振るう。その直後、ガキン、という音が周囲に響いた。
「な……に……」
ミリが驚愕に目を見開く。ミリの剣は右腕を斬りつけることなく、その腕にしっかりと阻まれていたのだ。腕が痺れている。先程斬りつけたときとは全く違う硬さなのだ。
「お姉ちゃん、危ない!!」
「しまっ……」
ミルの声にミリが我に返ると、既にノスの鉄拳は目前まで迫っていた。回避が間に合わず、その一撃がミリの腹部に直撃する。瞬間、ミシミシという音がミリから聞こえてきたと思うと、凄まじい勢いでミリの体が壁へと叩きつけられる。
「がはっ……」
「お姉ちゃん!」
「何という一撃……」
「ミリさん!」
「よそ見をしている場合か?」
「はっ……きゃぁぁぁ!!」
その恐るべき威力への驚愕とミリの身を案じていた一瞬の隙を突かれ、ランもノスの鉄拳をその胸に受ける。恐るべき威力に堪えきれず悲鳴を上げ、ミリとは逆方向の壁にその体が叩きつけられる。口から血を出し、ずるずると地面に倒れ込んでいく。
「属性パンチ・炎!」
アレキサンダーが再度ノスの腹部に一撃を入れるが、直後にその顔が歪む。先程と比べ、明らかにノスの体が硬いのだ。これではダメージは伝わりきらない。
「ふんっ!」
「くっ……」
ノスが鉄拳を振るってくるが、それをバックステップで躱してノスを睨み付けるアレキサンダー。今の体の硬さは一体どういう事なのか。
「どういう事だ……」
「見て、ノスの体が!」
「あやややや、何ですかあれは!?」
先程志津香が放った火爆破の煙が晴れてきて、ノスの全身が見えてくる。それを見たトマトは思わず困惑の声を上げる。その体が、所々鎧のような皮膚に覆われているのだ。あんなもの先程までなかった。それを冷静に観察していたリックがある事に気が付く。
「あれは全てダメージを受けた箇所……」
「くくく、その通りだ。私の体はダメージを受ければ受けるほど、それに対応するように新たな皮膚が覆う。その攻撃に耐えうるだけの硬度を持った鉄壁の鎧だ」
「馬鹿な!? 対応して鎧が出来るじゃと!?」
「故に、一度受けた攻撃は私には通用せん。と同時に、受けたダメージも完治する」
「そんなの、反則じゃないですかねー!?」
「くくく、判ったか? 無敵結界が無くとも、貴様らでは私を倒す事は出来んのだ! 受けよ、グレートファイヤーボール!」
ノスの放った魔法が一直線に飛んでくる。先のランスを見れば判るとおり、直撃したら一溜まりもない一撃だ。治療中のランスをリックが担ぎ、巻き込まれないように素早く避ける。他の者も左右に避けてその魔法を躱すが、ノスはその動きをしっかりと見ながら一人ずつ潰しにかかる。まず標的に見据えたのは、一番近くにいた女剣士。
「まずは貴様だ……」
「なっ……!? はぁっ!」
ノスは即座にレイラの目の前に移動する。すぐさまレイラは剣を振るうが、ノスは巧みに体を動かしてその攻撃を先程斬りつけた箇所で受ける。その鉄壁の体を傷つける事は出来ず、逆に自分の腕が痺れてしまう。顔を歪ませるレイラ。
「くっ……」
「レイラさん! はぁっ!」
「ふっ!」
レイラを助けるようにかなみとメナドが援護に入る。同じ轍は踏まないとばかりにメナドが先程とは違う箇所を斬りつけると、簡単にダメージが通る。どうやら、鎧が覆うのはダメージを命中させた箇所だけらしい。
「いける! ダメージを与えていない箇所を攻撃すれば……」
「小賢しい小娘共が……」
ノスがかなみに鉄拳を振るうが、かなみは素早くその攻撃を避け、すれ違い様にノスの体をくないで斬りつける。体から血を吹き出しながら、その速さにノスが感心する。
「ほぅ、素早いな……では、魔法だ。火爆破!」
「まさか!?」
「そんなっ!?」
自分も巻き込まれるという程の至近距離で魔法を放つノス。信じられない行動に三人が目を見開く。かなみはバックステップでギリギリ躱すが、レイラとメナドは回避が間に合わず直撃を受ける。
「きゃぁぁぁぁ!」
「うわぁぁぁぁ!」
「メナド! レイラさん!」
かなみが叫ぶが、ノスの魔法の威力は高くそのまま二人は倒れてしまう。この短時間の間に、既に四人の仲間がやられていた。だが、ノスも自分の火爆破に巻き込まれた。少しはダメージを負っただろうかと志津香が息を呑んで見守っていると、ノスが火爆破の煙を振り払ってゆっくりと出てきた。その装甲は、更に増している。
「じ、自分の魔法でも強化されるとは……」
「理不尽ね……」
バレスとマリスが絶句する。これが、魔人。無敵結界が無くとも、その力の差は圧倒的だ。ダメージを与えられるようになったところで本当に勝ち目があるのかと、二人の頬を汗が伝う。そんな中、アレキサンダーがため息をつきながら口を開く。
「どうやら、ちまちまとダメージを与えたところで奴を強くするだけですね。ダメージも完治するようですし……」
「そのようですね。となれば、強烈な一撃で一気に倒してしまうのが得策かと」
「うう……チューリップ3号が壊されていなければ……」
アレキサンダーの言葉にリックも頷く。奴を倒すならば、一撃の下に倒すのが得策だ。確かにチューリップ3号が健在ならば、その一撃の候補に上がっただろう。だが、チューリップ3号は破壊されてしまっている。
「となると、この場で最強の一撃というのは……」
トマトの言葉を受け、ノスと本人以外の全員の視線がとある人物に向けられる。解放軍での戦で、その魔法の威力は皆が目撃していた。黒色と対を成す、光属性最上級魔法。
「そう期待されると……流石にプレッシャーね……」
志津香が困ったように口を開く。この場で最強の威力を誇る技、白色破壊光線。その使い手である志津香が、ノス打倒の為のキーマンだ。バレスが決意したように言葉を発する。
「志津香殿。時間稼ぎは儂らにお任せを」
「必ず魔法を放つまでの時間は繋いでみせます。詰めはお任せしました」
「志津香、頼んだわ」
全員の期待が自身に集まるのを感じる。目の前には、ゆっくりとこちらに迫ってきているノス。その姿を見ながら、志津香が一度目を閉じてから皆の言葉に答える。
「了解。ルークやランスがいなくても勝てるって事を証明してやりましょう!」
「ええ、いつまでも頼ってばかりじゃいられないものね」
「うぉぉ、やりますですよー!」
マリアとトマトがそう答え、他の者もそれぞれ剣を取り、拳を握り、幻獣を出す。ノスに向かっていこうとするその背中を見ながら、魔力を溜め始めた志津香が一言だけ呟く。
「みんな、絶対に死なないで……」
その言葉が合図となったかのように、全員が一斉にノスに向かっていく。ミリ、ラン、レイラ、メナドの四人が倒れ、残るはかなみ、志津香、マリア、ミル、トマト、マリス、バレス、リック、アレキサンダーの九人。向かってくる面々を見据え、ノスは不敵な笑みを浮かべていた。その様子を見守りながら、後方でランスを治療しているシィルとセルが小さく呟く。
「ランス様……お願いします……起きてください……」
「ルークさん……早く……早く……」
その言葉は、直後聞こえてきた轟音に飲み込まれた。ルークとランスを欠いた中、戦いは更に激しさを増していった。
[技]
電極直雷
直線の電撃を放つ雷属性の上級魔法。近年ではあまり使い手のいない、珍しい部類の魔法である。
神聖分解波
聖なる力で相手の肉体を溶かす神魔法。生きている者の体を溶かす事は出来ないが、その代わり相手の体力を削る事が出来る。
グレートファイヤーボール
巨大な炎の塊を放つ炎属性の上級魔法。素早さはファイヤーレーザーに劣るが、攻撃範囲は遙かに上。