ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第4話 惹かれあう強者たち

 

-リーザス城 コロシアム-

 

「ふむ、これがリーザスコロシアムか。有名な闘技場と聞いていたが、出ている連中はへなちょこばかりだな」

 

 活気溢れる闘技場の観客席でそう口にするランス。ユキを酒場へと送り届けた後、ルークとランスはリーザス城内にあるコロシアムへとやってきたのだ。カジノと違いまだ情報収集をそれ程していない場所であり、ユキが何者かの手で脱走した事が判れば情報収集がしにくくなる事が予想されたため、早急にこの場所に来る必要があったのだ。とりあえず二手に分かれて情報収集をする事にした二人だったが、ランスが真面目に働くはずもなく、こうして試合の観戦をしているところだった。

 

「お、女戦士もいるのか。白井カタナちゃん、87点の美人だな」

 

 次の試合に出場する選手が入場口から出てくる。緋袴の美人長刀使いにランスが鼻の下を伸ばしていると、不意に後ろから声が聞こえてくる。

 

「ああ、つまらないわ。みんな弱い人ばかりで!」

 

 小馬鹿にするような声を聞き、何事かと眉をひそめながら振り返るランス。観客席にある通路階段の上の方に声の発生主はいた。黄金の鎧を身に纏った女戦士。ランスの周囲にいた者が、女戦士の顔を確認してざわつき始める。どうやら有名人らしい。

 

「おい、あれ……」

「間違いない。ちょっと色紙を買ってくる!」

「あの、握手を……」

「ああ、いいよ。いつもありがとうね」

 

 ファンらしき男からの握手に丁寧に応じる女戦士。あんな振る舞いをしていたが、ファンサービスはしっかりとこなしているようだ。

 

「それにしても、最近の男はだらしないわ。闘ってもまるで張り合いがないんだもの!」

「むかむか……おい貴様、少しばかり生意気だぞ! 俺様がお仕置きしてやろうか!?」

 

 まるで男全てを挑発するかのような女の発言にランスの怒りが爆発する。先程まで自分も、コロシアムにはへなちょこしかいないと口にしていたばかりなのだが、そんな発言は既に忘れてしまっているようだ。ファンに囲まれている女戦士に怒り心頭で突っかかっていくと、それを見た女戦士はファンを一歩下がらせながらランスを階段の上から見下ろしてくる。

 

「あら? 随分と自信満々ね。貴方なら私に勝てるって言うの?」

「その通りだ!」

「へぇ……それなら、このコロシアムで私と勝負しない? 貴方のその自信、打ち砕いてあげるわ」

 

 自信満々にふんぞり返るランスを見ながら、女戦士も自信のある様子で平然と勝負を持ちかけてくる。その挑発的な態度が、ランスの怒りに更なる油を注ぐ。

 

「上等だ! ただし、俺様が勝ったら一発ヤらせて貰うぞ!」

「ヤる……? ああ、そういう事。いいわ。私が負ける訳ないけど、勝ったら好きなだけさせてあげるわ」

「よーし、その躰はこれで俺様のものだ! 綺麗に洗って待っておくんだな!」

「必要ないと思うけどね。戦いは明日のトーナメントで。受付はもう始まっているから、しっかりと申し込んでおきなさいよ。楽しみにしているわ」

 

 クルリと身を翻し、この場から立ち去っていく女戦士。それと入れ違いにルークがやってくる。若干の人だかりとざわつき、そしてその中心にランスがいるのに気が付いて駆け足で近寄ってくる。

 

「どうした? 何かあったのか?」

「ふん、身の程知らずに世界の広さを教えてやろうとしただけだ……っと、おい、お前の名前は何だ!?」

 

 女戦士の名前を聞き忘れていた事に気がつき、去っていくその背中に向かって大声で叫ぶランス。その言葉を聞いた周囲の者たちは更にざわめく。目の前のこの男は、相手が誰かも知らずに喧嘩を売っていたのかと。その声に女戦士は静かに振り返り、楽しそうに笑いながら名乗りを上げる。

 

「ユラン・ミラージュ! このコロシアムのチャンピオンさ!」

 

 

 

-リーザス城下町 酒場『ぱとらっしゅ』-

 

「へー。それでランスさんは明日のトーナメントに出ることになったんですね」

「ああ、そういう事だ。今は受付に行っている」

 

 あの後、事情を聞いたルークは受付をするというランスをその場に残し、一人で酒場へとやってきていた。カウンターで酒をちびちびと飲みながら、パルプテンクス親娘と会話を弾ませている。

 

「親父さん、悪かったな。無理を言ってしまって……」

「なーに、良いって事よ! パン屋のユキちゃんを救ってくれたんだからな! 二、三日と言わず、一生住み着いてくれてもいいくらいだぜ」

「そうですよ、気になさらないでください」

 

 ユキ救出の前に一度酒場を訪れ、しばらく匿って貰えないかと相談したルーク。無茶な相談であったが、パルプテンクス親娘はそれに快く応じてくれたのだ。

 

「ユキさんは私の部屋で寝ています。よっぽど安心したんでしょうね。気持ち……少しですけど、判りますし……」

 

 攫われていたときの事を思い出しながらパルプテンクスがそう呟く。まだ自分たちの心の整理も仕切れていないはずなのに、快くユキを受け入れてくれたこの親娘にルークは心から感謝していた。それを口にしても先程のようにマスターに流されてしまうため、心の中で二人に頭を下げていると、申し込みを終えたランスが酒場へとやってくる。

 

「がはははは、申し込み完了だ! これで明日の試合に参加できるぞ!」

「お疲れ様です、ランスさん。どうぞ、まずは一杯!」

「おう。ありがとうな、パルプテンクスちゃん」

「ぽっ……」

 

 もうこの状況に慣れてしまったルークは特にツッコミも入れず、酒の追加を親父さんに注文しながら明日の事を考える。ランスがトーナメントに出ている間、自分だけ何もしない訳にはいかない。とはいえ、流石にもう城に潜入するのは難しいだろう。

 

「でも、ユランさんは強敵ですよ? 大丈夫ですか?」

「そうだな。本人が望めば、リーザス軍の副将にだって十分なれるって評判だしな」

 

 リーザスコロシアムチャンピオン、ユラン・ミラージュ。強いだけでなく魅せる戦い方をする美人女戦士の噂はルークも耳にしており、マスターの言葉が真実ならば相当の実力者という事になる。だが、ランスはそれを鼻で笑って一蹴する。

 

「ふん、俺様の相手ではないわ!」

「そうですね! ランスさんは無敵ですものね!」

「がはははは! その通りだ、パルプテンクスちゃん」

「あんまり調子に乗りすぎて、足下を掬われるなよ」

「そんなのは三流のやる事だ。超一流の俺様は多少調子に乗ったところで関係無い。なにせ、相手との実力差がありすぎるからな。がはははは!」

「はい。ランスさんは超一流です!」

 

 ランスを煽りながら酒を注ぎ足していくパルプテンクス。すっかり信奉者といった状態だ。

 

「ユランの必殺技は幻夢剣っていう技でな。ありゃすげー技だぜ。でも、以前酒場で飲んでた奴が、ヒララレモンを鎧に塗っておけば滑って当たらないとか言っていたような……」

「む、それは本当だろうな? 親父、ヒララレモンをよこせ」

「相手ではないと言っておきながら、万全を期す。戦士の鏡ですね、ランスさん!!」

「やれやれ……」

 

 更にランスを煽るパルプテンクス。それに気を良くしたランスは、明日は試合だというのにどんちゃん騒ぎを始めてしまう。それを見たルークは静かにため息をつき、カウンターに金を置いて椅子から立ち上がる。

 

「それじゃあ、俺はお先に」

「おう、帰れ、帰れ。俺様はこれからパルプテンクスちゃんとお楽しみだからな」

「ぽっ……」

「明日の試合に備えて早めに寝ておけよ。それと、俺は明日もう一度城下町で聞き込みをするつもりだ。夜にまたここで落ち合おう」

 

 そのまま酒場を後にしようとするルークだったが、ランスはパルプテンクスの肩を抱きながらその背中に向かって言葉をかける。

 

「何を訳の判らん事を言ってるんだ?」

「は?」

「明日はお前もトーナメントに参加だぞ。定員が32人で俺様が31人目だったから、気を利かせて申し込んでおいてやったぞ。感謝しろ」

「何を勝手な事してくれているんだ!?」

 

 こうして、図らずもルークのトーナメント参加が決定してしまうのだった。

 

 

 

-深夜 リーザス城 とある部屋-

 

 城内警護の者の足音が微かに聞こえる中、月明かりが射し込む部屋に三つの人影があった。その中の一人、豪華な椅子に腰掛けた人影がゆっくりと口を開く。

 

「……ユキの動向は?」

「まだ判っておりません」

「そう。あの牢番はクビにしておきなさい」

「承知しました」

 

 椅子に腰掛けている者は、横に控えていた影が頭を下げるのを確認し、今度は目の前で跪いている人影に向かって口を開く。

 

「ユキと侵入者を急いで捜すこと。いいわね」

「……はっ!」

 

 そう一言だけ発し、跪いていた者は瞬時にその場から消え去る。威勢の良い返事を聞いたその者は多少気を良くし、椅子に深く腰掛け直す。

 

「……ふふ、誰に喧嘩を売ったか教えてあげないとね」

 

 月明かりに照らされたその者の口元には、歪んだ笑みが浮かんでいた。

 

 

 

翌日

-リーザス城 コロシアム 舞台上-

 

「どぉぉぉりゃぁぁぁ!!」

「うごぉぉぉぉ……」

「それまで! ランス選手の勝利です! 巨人のこんご選手を見事打ち破り、堂々の準決勝進出を決めました!」

 

 ドッとコロシアム中に歓声が沸き上がり、ランスは剣を高々と上げてそれに応える。ランスは一回戦でサイボーグ戦士であるフブリ・松下を、二回戦でくぐつ伯爵を、そして今行われた三回戦で巨人のこんごを破り、堂々の準決勝進出を決めていた。そのまま入場口から選手控え室へと戻ると、そこには三人の選手がいた。ユランと、三回戦の試合を目前に控えた男戦士と男武闘家。ルークがこの場にいないのは、ランスの次の試合であったため、入れ違い様にこの部屋を出て行ったからだ。

 

「口だけじゃなかったみたいだねぇ」

 

 魔法ビジョンのモニターでルークの試合を観戦していたユランが話しかけてくる。彼女は白井カタナとの激戦を制し、ランスたちよりも一足先に準決勝進出を決めていたのだ。

 

「ふん。雑魚ばかりで退屈すぎるな」

「その退屈はこれで終わりさ。なにせ、次の対戦相手は私だからね!」

 

 次の準決勝でランスとユランは激突する。互いに軽く睨み合っていると、モニターから大歓声が聞こえてくる。試合が大きく動いたようだ。

 

『ふんっ!』

『何故だ……何故ハニワ神は私を見捨て……ぐふっ』

『それまで! ルーク選手の勝利です! ハニーフラッシュの使い手であるおたま男選手を破り、見事準決勝進出を決めました!』

 

 司会者の言葉に観客席が更に沸く。これで準決勝へと駒を進めた選手は三人。ランス、ユラン、そしてルークだ。

 

「へぇ……お仲間もやるみたいじゃないか」

「仲間じゃない、下僕1号だ。まあ、超英雄である俺様の下僕なのだから、この程度の相手に負けるのは許さんがな」

「……」

 

 武闘家が無言で部屋から出て行く。ルークの試合が終わったため、次は彼の出番なのだ。男戦士もそれに続くように部屋から出て行こうとすると、丁度試合を終えたルークが控え室に戻ってきた。

 

「あの程度の相手に時間を掛けすぎだ! 下僕として精進が足りんぞ」

「労いの言葉くらい掛けられんのか……」

 

 戻るや否や文句を言ってくるランス。あんまりな物言いにルークが軽くため息をついていると、目の前に立っていた男戦士が話しかけてくる。赤い短髪にまだ幼さの残る顔、十代半ばと思われる若い剣士だ。

 

「よう、あんた中々強いな! 俺はアジマフ・ラキってんだ。次の準決勝、楽しみにしているぜ!」

「ん……」

 

 自分の言いたい事だけ言ってすぐにこの場から立ち去ってしまうアジマフ。その自信満々な様子から、既に自分が準決勝まで駒を進められる事に何の疑いも持っていないようだった。

 

「若いのは威勢が良いねぇ」

「若い内は多少跳ねているくらいの方が良いってもんだ」

「だけど、今の約束はちょっと厳しそうだねぇ……」

 

 ユランがそう良いながらモニターに視線を向ける。丁度入場口からアジマフが登場し、先に登場していた武闘家と相対しているところであった。試合開始のゴングが鳴り、アジマフが剣を振りかぶって武闘家に斬りかかる。が、武闘家は軽快な足捌きでそれを全て躱し、隙を見つけては強烈な拳をアジマフの全身に叩き込んでいた。

 

「がはは。まるで相手になっていないな。ダサすぎる」

「アジマフも磨けば光りそうだが、現段階での強さに開きがあるな。次の俺の相手は武闘家で決まりかな……?」

「まあそうなるだろうね。あっちの若い坊やとはモノが違うよ」

 

 ユランがそう答えるのとほぼ同時に、武闘家の拳がアジマフの顎に命中する。世界がひっくり返るような衝撃を受けたアジマフはそのまま仰向けに倒れ、起き上がる事が出来なかった。これにて、武闘家の勝利が決定する。

 

『それまで! ロックアース出身のアジマフ選手、惜しくもここで敗退です! そして、遂に残すところはあと三戦! 果たして誰が優勝の栄光に輝き、リーザス軍将軍とのエキシビションマッチの権利を得るのでしょうか!? 司会は私、シュリ・セイハジュウ・ナガサキが引き続きお送りします』

 

 司会者の言葉にまたも会場が沸き立つ。どうやら貰えるのは名誉と挑戦権だけで、優勝賞品や賞金といったものは無いようだ。正直なところ、もうそろそろ棄権をしようかとルークは考えていた。リーザスを探っている以上、優勝などして下手に目立つのはマズイからだ。だが、今の武闘家を見て心変わりをする。

 

「……あの武闘家、相当の手練れだな。この闘技場の常連か?」

「いや、初めて見る顔だね。なんだい、興味でも湧いたかい?」

「まあな」

「なんだ、貴様ホモだったのか?」

「違うわ! 単純に奴と手合わせをしたくなっただけだ」

 

 ルークが興味深げにモニターを見上げる。担架で運ばれていくアジマフを一瞥し、観客の声援に応える事無くその場を後にする赤い髪の武闘家。この控え室に戻ってくるつもりのようだ。すると、シュリという司会者とは別にもう一人女性司会者が登場し、交互に言葉を発して会場を盛り上げる。

 

『さあ、一体誰が栄光に輝くのか!?』

『我らの偉大なチャンピオン、ユラン選手か?』

『あの巨人のこんご選手すらねじ伏せた剛剣の使い手、ランス選手か?』

『華麗な剣技でここまで勝ち上がってきた柔剣の使い手、ルーク選手か?』

『あるいは……』

 

 司会者の言葉に呼応するかのように、会場が興奮のるつぼと化す中、ギィっと控え室の扉が開く。先程勝ち上がった武闘家が部屋に戻ってきたのだ。そして、次の対戦相手であるルークと目が合う。決して挑発的な訳では無いが、その目が悠然と語っていた。負ける気は無いと。

 

『大陸を旅する武闘家、アレキサンダー選手か? 準決勝、まもなく始まります!』

 

 

 

-リーザス城 コロシアム 南側観客席-

 

「ああ……やっぱりランスさん格好良い……」

「流石に二人とも凄腕だな。トーナメント初出場で準決勝まで来ちまうんだからな」

 

 わざわざ店を閉めてまで二人の応援に来たパルプテンクス親娘。パルプテンクスはランスの実力に惚れ直し、マスターはパンフレットを捲りながらユランの記事に目を通す。そこに書かれているのは、絶対王者の強さを謳った言葉の数々。

 

「さて、ユラン相手にどう立ち回るか……」

「大丈夫よ、お父さん。ランスさんは超一流の冒険者だもの!」

 

 リーザスにその名を轟かすチャンピオン相手だというのに、ランスの勝利を全く疑っていないパルプテンクス。恋する乙女は盲目である。

 

 

 

-リーザス城 コロシアム 西側観客席-

 

「良かった……なんとか準決勝には間に合った……」

 

 車椅子に乗った少女がホッと息を吐く。彼女はリーザス城下町で情報屋を営む娘であり、パルプテンクス親娘同様この試合を見に来るために店を臨時休業にしてきたのだ。モニターに映し出される四選手の姿を見て、胸に手を当てながら静かに呟く。

 

「頑張って……ルークさん……」

 

 

 

-リーザス城 コロシアム 東側観客席-

 

「いえーい、三回戦全的中! こりゃ笑いが止まらないわ!」

 

 東側の観客席では女性神官が自身の大勝ちに気を良くしていた。リーザスコロシアムでは賭けも行われており、その形式は一戦毎の勝者を当てるというもの。オッズは事前情報や経歴などから決められる。ランスやルークは自由都市では名前が売れているが、リーザスではそれ程有名では無く、そのうえコロシアムへの出場は初めてであるため、比較的高配当の選手となっていた。

 

「おいおい、神官さんが賭けなんかして良いのかよ?」

「ああ、なんと痛ましい試合でしょう。この勝ち金は彼らの治療費にあてたいと思います。思いはします。実行するかは未定です。アーメン」

 

 酔っ払いに絡まれるも、それに適当な返事をして次の試合の賭けに向かう女性神官。下着にローブを羽織っただけという露出度の高い格好をしており、とても神官とは思えない振る舞いだ。だが、彼女は正真正銘AL教の神官である。

 

「ユランに500GOLD!」

「ルーク……いや、アレキサンダーに200GOLDだ!」

「チャンピオンのユランが負ける訳ねぇ! 1000GOLDつぎ込むぜ!!」

 

 ルークとアレキサンダーの倍率はトントンといったところだが、ランスとユランの倍率はユランの圧勝であった。賭けても大した返金にはならないというのに、それでもユランに賭ける者が多いのは絶対的な信頼の表れといえるだろう。そんな男たちの波を押し分け、先の女性神官が賭けの受付にドン、と大金を置く。

 

「ランスに10000GOLD、ルークに5000GOLD!」

「「なっ!?」」

 

 周囲がざわつく。こんな大金を持っている事と、それを大穴に簡単につぎ込む事への二重の驚きからである。受付員も目を丸くし、目の前の女性神官に問いかけてくる。

 

「ほ、本当に良いんですか?」

「当然!」

 

 ニッと笑う女性神官。彼女は自由都市で暮らしているため、ランスとルークの噂を知っていたのだ。彼女の名は、ロゼ・カド。AL教始まって以来の不良神官と名高い人物である。

 

 

 

-リーザス城 コロシアム 北側観客席-

 

「……」

 

 観客席から舞台を見下ろす少女。先程から彼女の側にいる酔っ払いが周囲の美少女をナンパし続けているのだが、何故か容姿の整っている彼女には声をかけてこない。というのは、その酔っ払いが少女の事をちゃんと認識出来ていないためである。少女は自身の気配を完全に消しており、周囲からは少女の事は見えているのに認識出来ない、そんな不可思議な事態が起こっていたのだ。

 

「あれだけ忠告したのに……」

 

 悔しそうに歯噛みする少女。その声は、以前にルークとランスの前に姿を現した女忍者と同じものであった。

 

「さあ、間もなく準決勝が始まります! 絶対王者のユラン選手に、ランス選手はどのように立ち向かうのか!? あっ、パニィさん、ゴング、ゴング……はい、準備が出来ました。それでは準決勝、今ゴングです!!」

 

 多くの者が見守る中、準決勝開始のゴングが高く鳴り響き、準決勝第一回戦が始まった。

 

 

 

-リーザス城 コロシアム 舞台上-

 

「はぁぁぁっ!」

「おっと」

 

 準決勝が始まって数分、舞台上ではユランがランスを攻め続けていた。時折ランスも強烈な一撃で反撃するが、ユランはそれを巧みに躱す。準々決勝までとはレベルの違う攻防が繰り広げられていた。

 

「はっ、想像以上だよ! 私の剣をここまで防いだ男は初めてだ!」

「当然だ、ふんっ! ええぃ、俺様の攻撃を避けるんじゃない!」

「嫌なこったね!」

 

 互いの剣が交差し、火花を散らす。ユランは絶え間なく攻撃を仕掛け、手数の多さでランスを攻め立てる。傍目にはユランがランスを圧倒しているようにも見えるため、観客たちは我らがチャンピオンの優勢に心を躍らせていた。

 

「ユラン選手、怒濤のラッシュ! ランス選手もそれをギリギリで捌き、なんとか持ち堪えています! この状況をどう見ますか?」

 

 実況席のシュリが隣の男に問いかける。この準決勝から解説として招かれたその男の容姿は美男子という言葉がピッタリな程に整っており、綺麗な金髪が更にそれを際立たせていた。この男が、優勝した選手とエキシビションを行う予定のリーザス兵だ。シュリの問いかけにその男はマイクを手にとって答える。

 

「そうですね……一見押しているのはユラン選手のようにも見えますが、優勢なのはランス選手の方ですね」

「えっ!? 主導権を握っているのはユラン選手のように見えますが!?」

「確かに手数で押しているようにも見えますが、その実攻撃は全て防がれています。これまでのユラン選手の攻撃は、一撃たりともランス選手に届いていません」

 

 そう、ランスはユランの攻撃を全て捌いていた。ランスはその強力な一撃からパワータイプの戦士に分類されるが、身のこなしは案外軽く、敵の攻撃を捌くことも得意としていた。

 

「ユラン選手の素早い攻撃を見切る動体視力、そして攻撃の先読みをする戦士としての勘。申し分ないですね。それに……」

 

 解説の男が言いかけた瞬間、ランスが動く。ユランの連撃の中に一瞬の隙を見つけ、素早く剣を振り下ろしたのだ。

 

「なっ!?」

 

 不意を突かれたユランだが、なんとかすんでのところで攻撃を躱し、ランスの一撃は地面へとめり込む。そのままユランはバックステップでランスから距離を取る。

 

「むかむか、避けるな卑怯者!」

「(ふざけるんじゃないよ! なんだ、このでたらめな威力は……)」

「ユラン選手はどうして今の間に攻め込まなかったのでしょうか?」

「無理もありません。それこそが、私が今言おうとしていたランス選手のもう一つの強みになります。今の一撃が振り下ろされた地面に注目してください」

「えっ……? ああ、地面が大きく抉れています!!」

 

 シュリが驚愕する。ランスの剣が振り下ろされた地面は、上級魔法でも放ったのかと錯覚するくらい大きく抉れていたのだ。これではユランが文句を言いたくなるのも無理はないというものだ。

 

「ご覧の通り、ランス選手の攻撃は剛剣。万が一にも命中してしまえば、たった一撃でも致命傷になりかねない。ゆえに、チャンスがあっても攻めあぐねる。ユラン選手はいつ、どこからでも逆転負けの可能性がある。精神的にはかなりの負担となりますね」

「なるほど、参考になります。手数のユラン選手か、一撃のランス選手か!? どちらがこの勝負を制すのでしょうか!」

 

 観客の声に応えるようにユランが前に飛び出し、再びランスに連撃を仕掛ける。だが、ランスはそれを悠々と捌き、ユランは攻めあぐねる形となる。

 

「(強い……)」

「がはははは! くらえっ!」

「大振り!? ここだ!!」

 

 このままではジリ貧であると悟ったユランは、ランスの一撃がこれまでよりも大振りであった事に意を決して動く。自分の隙をついて攻撃してきたランスの一撃をこれまでのように後ろに跳んで躱すのではなく、体をクルリと回転させてそれを受け流し、あえて前に出たのだ。

 

「むっ……!?」

「おおっと、ユラン選手、あの剣の軌道は!!」

 

 ユランの剣がおかしな軌道を取る。妖しくも美しいその軌道は、見る者を虜にする不思議な力を持つ。このコロシアムに通う者ならば誰しもが知っている、チャンピオンであるユランの必殺剣。これまでこのコロシアムでユランに善戦した相手も、全てこの剣の前に倒れてきたのだ。観客も、そして目の前で対峙しているランスも、その剣の軌道を目で追ってしまう。

 

「(認めよう……あんたは私より強いよ……)」

 

 見る者を魅了するという効果とは別にもう一つ、この技にはユラン以外誰も知らない隠された効果があった。今まで放った相手は、その殆どがユランよりも格下であったために知られずにいた効果。それは、自分よりも格上の相手にこの技を放った場合、その威力が増すのだ。それも、格段に。

 

「(だからこそ、あんたはこの技で敗れることになる!)」

「げっ、マズイ!」

「ランスさん!」

「その軌道、正に夢幻の如し……」

 

 観客席ではロゼが舌打ちをし、パルプテンクスが身を乗り出している。そして、車椅子の少女がボソリと呟く。いつだったか、その技によって倒された凶悪モンスターが称したものであり、その技を評するのにいつしか定着していた言葉。

 

「幻夢剣!!」

 

 一閃。流れるような動きをしていた剣が、ユランの咆哮と共に恐るべき速さでランスの身体に迫ってくる。流石のランスもその軌道には反応出来ていない。この瞬間、会場にいた殆どの者がユランの勝ちを確信していた。確信していなかったのは、三人の男たち。

 

「(ランス選手のあの目……)」

 

 一人目は、ランスの目を見て何かあると感じ取っていた解説の男。

 

「落ち着け、パルプテンクス。大丈夫だ」

 

 二人目は、前日にランスが何をしていたのかを知っている『ぱとらっしゅ』のマスター。パルプテンクスも知っていたはずなのだが、ランスのピンチに思わずその事を忘れてしまったのだろう。そして、三人目はマスター同様種明かしを知っている男、ルーク。

 

「なっ!?」

「ふっ……」

 

 控え室でモニターを見上げていたルークは、目の前に映し出された事態に思わず声を出してしまうアレキサンダーの声を聞きながら静かに笑うのだった。

 

「なんだって!?」

 

 ユランが絶句しながら体勢を前に崩す。ユランの剣は確かにランスを捕らえたが、ランスの鎧に到達した瞬間その軌道が曲がったのだ。何故剣が滑ってしまったのかと困惑するユランだったが、前のめりに倒れてランスの鎧の側に顔を近づけた瞬間その理由を察知する。ツンとする嫌な匂いが彼女の鼻を襲ったのだ。

 

「こ、これは……レモン!?」

「がはははは、幻夢剣破れたり!」

 

 そう、昨日『ぱとらっしゅ』の親父から聞いていた幻夢剣の破り方をランスは実行したのだ。『ぱとらっしゅ』にあった在庫だけでは足りなかったので、朝の内にパティという女の子が経営しているアイテム屋でヒララレモンを買い、この試合直前に鎧に塗りたくっていた。一発でも攻撃を食らえばユランにばれる可能性があったため、ランスはここまで必死に攻撃を捌いてきた。そして頃合いを見計らってわざと大振りになり、隙を見せる。

 

「まさか……誘われたのか!?」

「気がつくのがちょっと遅かったな!」

 

 ランスは剣を両手持ちし、頭上高々と上げてそれをがむしゃらに振り下ろす。避けなければと思うユランだったが、足が動かない。レモンの匂いで彼女の全身から力が抜けているのだ。これは偶然であったが、レモンの効果は幻夢剣を破るだけでなく、幼い頃のトラウマからレモンを嫌っているユランから力を抜く効果まで持っていたのだ。

 

「やめろ……レモンは……レモンだけは駄目なんだぁ!」

「ランスアタァァァック!!」

 

 強烈な一撃が振り下ろされる。だが、その軌道の先はユランではなく、ユランの目の前の地面であった。轟音と激しい砂煙を上げながら、地面には先程までとは比べものにならないくらいの大きな穴が空く。

 

「なんだ……? 外したのか……?」

 

 観客の一人がそう呟いた瞬間、ランスアタックが振り下ろされた地面から強烈な衝撃波が発せられユランの体が吹き飛ばされる。とてつもない威力にその鎧は崩れ、背中から地面に叩きつけられる。仰向けに倒れたユランは空を見上げながら、自身のダメージを確認する。どうやら、立ち上がれそうにない。

 

「(近くにいた衝撃だけでこの威力とは……直撃していたら今頃私は……)」

 

 ゾッとするユラン。それは、ランスなりの情けだったのか、あるいはこれから抱く女を傷つけたくなかったのかは判らない。だが、最後の瞬間、確かにユランは手加減されていた。呆然と事実を受け止めている中、ランスの剣の切っ先がユランに向けられる。

 

「どうだ、俺様は強いだろう?」

「そうだね……幻夢剣を破る奴が、アリオス以外にもいるとはね……」

「がはは、負けを認めるな?」

「ああ……あんたの勝ちだよ、ランス」

 

 そうユランが宣言すると、観客席は静まりかえる。絶対王者であったユランの敗北にショックを受けているのだろう。だが、次第に観客席がざわめき始める。ランスアタックの威力を目の当たりにしたのだ。ランスの強さを認めるしかない。

 

「それまで! 勝者、ランス選手! 決勝進出決定です!!」

 

 シュリの言葉を皮切りに大歓声が生まれる。まだ準決勝だというのに、それはまるでコロシアムの新チャンピオンを祝福するかのような歓声であった。

 

「がはははは! それじゃあ、早速舞台裏でヤるぞ!」

「その前に、レモンを洗い流してくれ。頼む……」

「……そんなに駄目なのか、これ?」

「それだけは駄目なんだ……」

 

 

-リーザス城 コロシアム 控え室-

 

「ルーク選手、アレキサンダー選手、出番です」

 

 準決勝の前にシュリと一緒に司会をしていた女性従業員、控え室整備の夢色・パニィが二人を呼びに来る。アレキサンダーはスッと立ち上がり、困ったような口調で呟く。

 

「少しやりにくい空気ですね……」

「チャンピオンが敗れてしまいましたからね……頑張ってください!」

 

 そのまま控え室を出て行くアレキサンダーとは対照的に、ルークはまだモニターを見上げていた。何やら考え込んでいる様子であり、パニィの言葉が耳に届いていなかったようだ。

 

「あの……ルーク選手……?」

「ん、ああ、すまない。今すぐ行く」

 

 ハッと我に返ったルークがそう返事をし、控え室を後にする。ルークの胸に残ったのは、一つの疑問。

 

「(あの技、よく似ている……いや、考えすぎだな……)」

 

 

 

-リーザス城 コロシアム 舞台上-

 

 ランスとユランの試合から十分後、会場に開いた穴の整備などがようやく終わり、準決勝二回戦の開始となる。舞台上で相対するルークとアレキサンダー。

 

「さあ、興奮冷めやらぬ中、二回戦です! ルーク選手とアレキサンダー選手、ランス選手への挑戦権を勝ち取るのは一体どちらなのか!? 試合開始です!!」

 

 試合開始の合図を聞いた二人は互いに構える。ジリジリとすり足で動きながら間合いを計り、弾き出される様に先に前に飛び出したのはアレキサンダーであった。

 

「つぁぁぁぁっ!」

 

 咆哮と共に素早い突きを繰り出し観客席が沸く。大歓声を聞きながら、実況席のシュリが解説の男に試合の様相を問いかけた。

 

「この試合はどう見ますか?」

「そうですね……申し訳ないですが、相手にならないでしょうね」

「へ?」

 

 予想外の返答に戸惑うシュリだったが、それとほぼ同時に大歓声が沸く。慌てて視線を舞台上に戻したシュリが見たのは、苦しそうに膝をついているアレキサンダーの姿。

 

「な、なんと、これまで無類の強さを見せてきたアレキサンダー選手が、試合開始早々膝をついた!」

「くそっ……はぁぁっ!!」

 

 すぐに立ち上がったアレキサンダーが再度攻撃を仕掛けるが、あまりにも一方的な試合展開であった。アレキサンダーが攻め立て、ルークがそれを紙一重で躱す。状況的には先程のランス対ユランとよく似ているが、ルークはアレキサンダーの攻撃を剣で捌くのではなく、その身のこなしだけで全て躱していたのだ。いや、それだけではない。アレキサンダーに少しでも隙があれば、拳や蹴りをカウンターで入れるのだ。これではどちらが格闘家なのか判ったものではない。

 

「ご覧の通りです。アレキサンダー選手も素晴らしい才能の持ち主ですが、相手が悪すぎる。現在レベルに大きな開きがあるのでしょうね」

「では、何故すぐに決着を付けないのでしょうか? ルーク選手は先程から剣を殆ど使っていませんが?」

「判りかねます。無駄に相手をいたぶるような選手でもないと思うのですが……」

 

 司会のシュリと解説の男が困惑するが、一番困惑していたのは対戦相手であるアレキサンダーだ。自分の隙を戒めるかのような一撃を腹に受け、悶絶する。ここで攻め立てれば一気に勝負がつくはずなのに、ルークは攻めて来ない。

 

「(遊ばれている訳では無い……これは、これはまるで稽古だ……)」

 

 まるでアレキサンダーを強くするために稽古をつけてくれているかのような試合運びにアレキサンダーが拳を強く握りしめる。

 

「(ふざっ……けるなぁ! 何様のつもりだぁ!!)」

 

 それは、己の力に自信があったアレキサンダーにとっては侮辱としか感じられなかった。大陸を武者修行しながら渡り歩き、ふと立ち寄ったリーザスでのトーナメントに力試しに出場してみた。そして味わう、これ以上ない屈辱。だが、どう足掻いてもルークに自分の拳を叩き込む事が出来ないのだ。アレキサンダー自身も気が付いている。立っている場所が違う。

 

「ルーク選手……確かに貴方は強い……」

「……まあ、今のあんたには負ける気はしないな」

「だが、こちらにも意地がある!」

 

 空気が一変する。咆哮したアレキサンダーの拳を突如闘気のようなものが覆ったのだ。これこそが、アレキサンダーが修行中に編み出した最強の一撃。そのまま構え直すアレキサンダーにルークは平然と言ってのける。

 

「全力の拳を叩き込んでこい! 次は避けん!」

「くっ……その油断が……命取りだ!!」

 

 悔しさに歯噛みしながらも、ルークのその余裕を有り難く利用させて貰う。相手はこの技の威力を見誤っていると確信したアレキサンダーは、弾かれるように前に駆け出し、ルークに向かって渾身の一撃を放つ。技の名前は単純明快。特に技の名前に拘らないアレキサンダーは、この技を編み出した際に相手モンスターの装甲ごと破壊したことからそう呼んでいた必殺の拳。

 

「この一撃がこの試合の分水嶺……装甲破壊パンチ!!」

 

 その一撃をルークは剣で受ける。が、強烈な闘気を纏ったアレキサンダーの拳はルークの剣を叩き折り、その刃が宙を舞う。

 

「届いた……っ!?」

 

 瞬間、アレキサンダーが目を見開く。拳が届いたことに一瞬集中力を欠いてしまっていたアレキサンダーに対し、ルークは剣を折られても動揺することなく次の行動に移っていたのだ。宙を舞っていた刃を左手で掴み、右手でアレキサンダーの顔面を掴み押し倒す。

 

「良い一撃だった」

「ぐっ……おぉっ!?」

 

 僅かの間にルークがアレキサンダーの上に馬乗りになり、刃をその首に突きつけていた。その動きを目で追いきれなかった観客も、目で追い切れていた解説の男も、目の前の現状に息を呑む。既に決着が付いているであろう状況の中、アレキサンダーが口を開く。その瞳には涙。

 

「俺は……俺自身を許せない……」

「理由を聞いても良いか……?」

「拳が届いた瞬間……貴方の剣を折った瞬間……俺の心は満ち、集中力を欠いてしまった。武闘家として恥ずべき行為だ……」

「ああ、それがあんたの敗因だ……」

「……参った」

 

 アレキサンダーのギブアップ宣言が会場に響き、静かになっていた観客も熱気を取り戻して歓声を上げる。

 

「それまで! 勝者、ルーク選手! 決勝進出決定です!!」

「すまなかったな。試すような戦い方をして」

 

 勝利宣言がなされると同時に、ルークはアレキサンダーから離れて控え室に引き返そうとする。だが、それを引き留めるようにアレキサンダーが声をかける。

 

「ルーク殿! もし、またどこかで巡り会ったら……そのときは、また手合わせをしていただけませんか!」

「望むところだ。その腕がどれだけ鍛え上げられているか、期待して待っているぞ、アレキサンダー」

 

 そう背中越しに返事をし、ルークは奥へと下がっていく。それを見送ったアレキサンダーは、自らの拳に視線を落とす。

 

「また一から鍛え直しだな……」

 

 そう決意するアレキサンダー。この男は、今後更に飛躍的に強くなる事だろう。そう確信させるような真剣な瞳であった。

 

「我ながらガラじゃない事をしたな……」

 

 控え室へと続く通路を歩きながら、ルークは先程の戦い方に自ら苦笑する。あのような相手を侮辱しているとも取れる戦い方は本意ではなかった。しかし、どうしても彼にはあの程度の実力で満足して欲しくなかったのだ。折られた剣をマジマジと見つめ、ため息をつく。

 

「まさか折られるとはな……正しくダイヤの原石。あいつには、もっと上を目指して貰わなければ……」

 

 ルークは強者を求めている節がある。その理由をまだルークは誰にも語った事は無いが、彼は人類が知り得ぬはずの未来を見据えていた。後に控える、人類の存亡を掛けた大戦を。

 

 

 

-リーザス城 コロシアム 東側観客席-

 

「うへぇ、強い、強い。お陰でたんまり稼がせて貰ったわ」

 

 椅子に深く腰掛けながら、ロゼが先の二試合に感嘆する。どちらも並の強者では無かったはずだが、それをランスもルークもまるで寄せ付けていなかった。大したもんだと頬杖をついていると、ロゼの強運のおこぼれにあずかろうとした酔っぱらいたちが周囲に集まってくる。

 

「おい、姉ちゃん! 次はどっちが勝つと思う?」

「チャンピオンを下したランスがやっぱ有力か!?」

「んー……判らないわ。次の試合は変に賭けない方が良いと思うけど……」

「馬鹿野郎! ここまで大負けしちまったんだ。次で取り返してやる!」

 

 ロゼの言葉を無視して賭けの受付へと走っていく酔っぱらいたち。それを見送った後、ロゼは席から立ち上がって軽く伸びをする。

 

「んー……決勝まで残っていると道が混むし、帰るか。ランスとルークねぇ……私の人生には縁のない二人だわ。人生ゆるゆる、適当に生きるのが一番よねー」

 

 たんまりと稼いだロゼは上機嫌で試合会場を後にする。人を惹きつける輝きを持ったランスとルーク、そんな二人に自分が関わる事など有り得ないと確信を持ちながら。

 

 

 

-リーザス城 コロシアム 舞台上-

 

 二十分のインターバルを置き、遂に決勝の幕が上がる。観客のボルテージは最高潮だ。

 

「皆様、大変長らくお待たせしました! いよいよ決勝戦です! 果たして、栄冠を手にするのはどちらなのか!? それでは、ランス選手、ルーク選手、入場してください!!」

 

 観客席から地鳴りのような歓声が沸く。が、何故か二人とも入場口から出て来ない。十秒、二十秒、だんだんと観客席もざわつき始める。

 

「あ、あれ……? ランス選手、ルーク選手……出番ですよー……」

「た、大変です、シュリさん! 部屋にこんな置き手紙が……」

「置き手紙?」

 

 シュリも二人が出て来ない事に戸惑っていると、控え室整備のパニィが慌てた様子で駆けてくる。シュリはパニィが手に持っていた手紙を受け取り、その内容に目を通す。そこには、恐ろしい事が書いてあった。

 

-ユランちゃんと一発ヤってくるので棄権するぞ がはは byランス様-

-流石に剣が折れた状態では戦えないので棄権する byルーク-

 

「これを……発表しろと言うのですか……?」

「でも、いつまでもお客様を待たせるわけにも……」

 

 二人の表情が絶望に彩られる中、観客席からはいつ決勝が始まるんだという野次が飛び交う。と、シュリがわざとらしく手をポンと叩く。

 

「……エキシビションが中止になった事を、あの方にもお伝えしなければ! ここは任せます!」

「そ、そんな!? ずるいですよ、シュリさん!」

「大丈夫。パニィさん、あなたならやれるわ! じゃあ、頑張って!!」

「ま、待ってくださぁぁい!」

 

 慈悲深い眼差しをパニィに向けた後、シュタッと右手を挙げてこの場を後にするシュリ。立場上後輩に当たるパニィは、シュリの背中を涙目で見送る事しか出来なかった。

 

 

 

-リーザス城 コロシアム VIPルーム-

 

「という訳で、エキシビションが中止になってしまったんです。途中で武器の交換を禁止していたルールが仇になりました……」

「そうですか……」

「無理を言って解説とエキシビションを引き受けていただいたのに、本当に申し訳ありません」

「いえ、いいんですよ。しかし、お二人ともいなくなってしまうとは……少し残念ですね……」

 

 シュリから報告を受け、先程まで共に解説をしていた男は残念そうに口を開く。男はエキシビションに備えて甲冑に身を包んでいるところだった。その整った顔は「忠」の文字が入ったヘルメットに隠されている。

 

「残念? リック将軍はあの二人と闘いたかったんですか?」

 

 その男の名は、リック・アディスン。リーザス赤の軍の将軍にして、大陸中にその名が知れ渡っているリーザス最強の戦士。そんな男が、ランスとルークの二人に興味を抱いているのだ。

 

「ええ、是非とも手合わせをしてみたかったですね。ですが、いずれまた会う機会もあるでしょう」

「え? それはどうしてでしょうか?」

「あれ程の強者です。いずれどこかの戦場で出会いますよ……必ず」

 

 それは同じ強者であるからこその勘であろうか。まだ誰も知り得ぬ事ではあるが、リックのこの予想は見事に的中する。これより約八ヶ月後、ランス、ルーク、リックの三人は共に肩を並べ、このリーザスで魔人と死闘を繰り広げることになる。

 

『お客様、物を……物を投げないでくださぁぁぁぁぁい』

「……頑張って、パニィさん」

「止めに行かなくていいんですか……?」

 

 モニターに映し出されているパニィの姿を見てグッと拳を握るシュリ。哀れ、パニィさん。

 

 

 

-リーザス城 コロシアム外-

 

「で、ユランとお楽しみで俺の試合は見ていなかったと?」

「がはは、当然だ。誰が男同士のむさくるしい試合など見ていられるか。抱いているときのユランちゃんは可愛かったぞ。普段とギャップがあってだな…」

「聞く気はない。興味もない」

「なんだ、やはりホモか? あるいはインポか? 男として終わっているな、がはは」

「違うわ!」

 

 決勝戦をバックレたルークは、会場を出たところでランスと落ち合った。あちらも丁度ユランとの情事を済ませたところだったらしい。コロシアムでは良い成績を収められたものの、これといってめぼしい情報は手に入れられなかった。今後の方針を話し合うため、とりあえず酒場へと向かっていた二人だが、突如後ろから声を掛けられる。

 

「すみません。少しお時間をいただけますか?」

 

 二人は振り返り、声を掛けてきた女性を見る。白い薄手のローブを身に纏った、美しい緑髪の女性。高級そうな服装を見るに、王宮関係者であろうか。

 

「お、美人ではないか」

「貴女は……?」

「私はこのリーザスで王女様の侍女をさせていただいている、マリスと申します。先程のトーナメント、大変見事な腕前でした」

 

 ペコリと頭を下げてくるマリス。その一つ一つの仕草に気品の良さが現れている。

 

「で、その侍女さんが俺たちに何のようだ?」

「王女様が、貴方様方のお力をぜひお借りしたいと……」

「王女様が……?」

 

 なんという幸運。王女の調査が難航していた矢先に、あちらの方からわざわざ近づいてきてくれたのだ。切っ掛けはランスが勝手に申し込んだトーナメントということを考えると、やはりこの男、天に愛されている。だが、そう簡単にも喜んでいられない。これは明らかに怪しい。

 

「王女様と言うからには美女なんだろうな?」

「それはもう。あれ程の美しさを兼ね備えた方を私は知りません」

「ほう、それは楽しみだ。では話を聞いてやろう」

 

 マリスは申し出を受けたランスに一礼し、今度はルークへと視線を向けてくる。

 

「ルーク様はいかがですか?」

「そうだな……どういう案件なんだ?」

「詳しい内容は城でお話しします。でも、貴方たちにも損な話にはならないはずです。例えば……捜し物が見つかったりするかもしれませんね……」

 

 その一言に空気が変わる。確かにルークはリーザス城下町で聞き込みを一週間ほど続けていた。しかし、そこはルークもプロ。足の付くような聞き込みはしていない。それなのに、この侍女はハッキリと捜し物と言ってのけたのだ。

 

「……詳しい話を聞かせて貰おう」

「ありがとうございます。それでは案内させて頂きますので、私に付いてきてください」

 

 どこか妖艶な笑みを浮かべるマリス。こうして、リーザスの底知れぬ闇にルークとランスは足を踏み入れる事になる。

 

 




[人物]
リック・アディスン
LV 38/70
技能 剣戦闘LV2
 リーザス赤の軍将軍。将軍就任の最年少記録を更新し、就任一年目でヘルマン一個軍をたった一人で撤退させるという活躍を見せ、他国からは「リーザスの赤い死神」の異名で恐れられている。人類最強クラスの剣士。

ロゼ・カド
LV 4/20
技能 神魔法LV1
 カスタムの町の淫乱シスター。信仰心はまるでなく、AL教始まって以来の不良神官として一部では有名である。

ユラン・ミラージュ
LV 14/27
技能 剣戦闘LV2
 リーザスコロシアムのチャンピオン。軍には所属していないが、その実力は本物である。幼い頃のトラウマでレモンが大の苦手。これより数ヶ月ほど前、勇者アリオス・テオマンと共にとある奴隷商人を壊滅させている。

アレキサンダー
LV 12/77
技能 格闘LV2
 修行のため世界を回る武闘家。非凡な才能を持ち合わせており、鍛え上げれば人類最強クラスにもなり得る人物である。ルークに敗れ、一から鍛え直すことを誓う。彼も間違いなく強者、いずれまた巡り会うだろう。

フブリ・松下
 トーナメント出場者。全身の60パーセントが機械化しているサイボーグ戦士。ランスにサクッと敗れる。

くぐつ伯爵
 トーナメント出場者。脳をえぐるのが最高の楽しみという、恐ろしい男。ランスに瞬殺される。

こんご
 トーナメント出場者。トロール殺しの巨人で、身長は2メートル60。優勝候補の一角であったが、ランスに倒される。

おたま男
 トーナメント出場者。なぜか人間なのにハニーフラッシュを使える不思議な男。ルークに敗れ、やけ酒をあおっている姿が目撃されている。

白井カタナ (ゲスト)
LV 10/24
技能 剣戦闘LV1
 トーナメント出場者。JAPAN出身の美しき長刀使い。父の仇であるウィング・シードマンがリーザスのコロシアムに現れるという噂を雑誌で読み、トーナメントへの出場を決めた。だが、その雑誌は十年以上前のものだった事に彼女はまだ気が付いていない。名前はアリスソフト作品の「闘神都市Ⅲ」より。

アジマフ・ラキ (ゲスト)
LV 7/17
技能 剣戦闘LV1
 トーナメント出場者。ロックアース出身の若き戦士で、両親はロックアースの役人をしている。準々決勝でアレキサンダーに敗れる。名前はアリスソフト作品の「闘神都市Ⅲ」より。

シュリ・セイハジュウ・ナガサキ (ゲスト)
 リーザスコロシアムの受付兼司会者。大会と言えばこの人。年齢は乙女のタブー。名前はアリスソフト作品の「闘神都市」シリーズより。

夢色・パニィ (ゲスト)
 コロシアムの整備員兼臨時司会者。不憫。名前はアリスソフト作品の「闘神都市Ⅲ」より。

パティ
 リーザス城下町のアイテム屋『ちゃん』で働いている女の子。一年中下着姿。


[技]
ランスアタック
使用者 ランス
 ランスの必殺技。剣を両手持ちし、頭上から渾身の力で振り下ろす。直撃すれば当然立ち上がれる者は少なく、また、周りに発生する衝撃波を食らっても大ダメージを受ける。

幻夢剣
使用者 ユラン・ミラージュ
 ユランの必殺技。集中力を必要とするため連発することは出来ないが、軌道が読みにくく躱すことは困難である。また、格上相手には威力が二倍以上になるという特殊効果も持ち合わせているが、ヒララレモンの汁で滑るという弱点も持つ。

装甲破壊パンチ
使用者 アレキサンダー
 アレキサンダーの必殺技。拳を闘気で覆い、渾身の力で相手に放つ。その威力は相手の装甲ごと身体を破壊する程である。

ハニーフラッシュ
使用者 ハニー種 おたま男
 ハニー種が顔の穴から放つ衝撃波。防御力無視、絶対命中という厄介な技である。


[その他]
ヒララレモン
 柑橘系の果物。別名ヒラミレモン。日常的に料理によく使われるが、値段は高価。一つ200GOLDが相場である。

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