ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第49話 傷だらけの戦士たち

 

-リーザス城 最上階-

 

「ぬぉぉっ!」

「かはっ……あっ……」

 

 バレスが地面に叩き伏せられ、トマトが壁に吹き飛ばされる。共に長身から繰り出されるノスの強烈な鉄拳を食らったのだ。口から血を吐き出したバレスを強く踏みつけ、そのままノスは前進を続ける。志津香は目の前の惨状を見ながら、静かに魔力を溜めていた。みんなの犠牲を無駄にする訳にはいかない。

 

「お姉ちゃんの仇! 幻獣さんアタック!」

「ミル、駄目!」

「……下らん技だ」

 

 ミルがマリアの制止を振り切って、幻獣と共に特攻をかける。幻獣の体当たりが直撃するが、ノスはその攻撃に眉一つ動かさない。そのままミルの頭を鷲づかみにし、その体を持ち上げる。

 

「……っ……っ……」

「子供といえど、私は容赦せんぞ……」

 

 ミルの頭からミシミシと音がなる。ノスがその握力でもって、ミルの頭を握り潰そうとしているのだ。ジタバタと足を動かして声にならない悲鳴を上げていたミルだったが、徐々にその足の動きが止まっていく。口から涎を垂らし、腕がだらりと下に下がる。この状態になってもなお、ノスは力を緩める事をしない。

 

「てめぇぇぇ! ミルを放しやがれ!!」

「ふんっ!」

 

 瞬間、ミルを救うためにミリとアレキサンダーがノスに攻撃を仕掛ける。迫ってくる二人を見たノスは眉をひそめ、ミルを興味なさげに放り投げて二人の攻撃を左右の腕で受ける。

 

「ふむ……貴様は倒したはずなのだがな……」

 

 ミリを見下ろしていたノスがジロリと視線を動かす。そこには、レイラの治療をしようとしているマリスがいた。ノスの視線に気が付き、青ざめるマリス。

 

「なるほど、もう一人いたか。カオスの使い手の治療にも参加せず、コソコソと裏で動き回って足止めの時間を延ばすそのやり口、中々に策士。だが、感情に流されたこの女のせいで全て台無しだがな」

 

 本来、ミリが戦闘に復帰するのはもう少し後の予定であった。倒れたフリを続け、出来うる限りマリスの治療が終わってから一斉に戦線復帰する。それがマリスの描いた戦術であった。だが、妹の危機にミリは飛び出してしまう。あまりにも早い戦線復帰に、必然的にヒーラーの存在がばれてしまう。

 

「消しておくとするか、赤色怪光線」

 

 両腕を前後に広げ、魔法をマリスと志津香目がけて放つノス。アレキサンダーとミリの間を縫うように放たれたその魔法は、一直線に対象目がけて進んでいく。

 

「あぁぁぁぁ!!」

 

 マリスに赤色怪光線が直撃し、そのままレイラの横に並ぶ形で崩れ落ちる。それを見た志津香は自身に迫る赤色怪光線を見ながら一筋の汗を流すが、その魔法は志津香に到達する前に斬り伏せられて四散する。

 

「はあっ! 大丈夫ですか、志津香殿!?」

「ええ、ありがとう」

 

 赤色怪光線を斬り伏せたのは、リック。彼の愛剣であるバイ・ロードは魔法剣であり、敵の放った魔法を斬る事が出来る名剣なのだ。

 

「(リック殿の動きを封じられているのはあまりに痛い……)」

 

 ノスに攻撃を続けながら、アレキサンダーが内心思う。ノスは先程から、このようにこちらの隙を突いては志津香に魔法を放っていたのだ。ノスの放つ魔法の速度は速く、無防備である志津香にはその攻撃を避ける術がない。一度は他のみんなと共にノスに突っ込んだリックだったが、しきりにノスが志津香を狙っている事にいち早く気が付き、前衛から離脱して志津香の側でノスの魔法からその身を守っていた。仕方のない事とはいえ、この場で最強の剣士であるリックが護衛に回ってしまっているのはあまりにも痛い。時間稼ぎをしている面々は、必然的に更に厳しい戦いを強いられる事となっていた。

 

「ぐっ……がっ……」

「一度倒れた者が立ち上がるな」

「ちくしょう……」

 

 ノスの鉄拳が腹部に直撃し、ミリが悔しそうな表情と共に崩れ落ちる。その体をノスが邪魔そうに蹴り上げて壁へと吹き飛ばした瞬間、激昂した者たちが一斉に攻撃を仕掛ける。

 

「貴様! 属性パンチ・氷!」

「許さない! いっけぇぇ、チューリップ1号!」

「たあっ!」

 

 アレキサンダーが怒りの形相で技を繰り出し、マリアとかなみも怒りを露わにしたまま攻撃を仕掛ける。マリアの放ったチューリップ1号の砲撃を顔面に受けたノスだが、煙が晴れていくのと同時にその皮膚が更なる鎧で覆われていく。首だけ動かしてマリアをギロリと睨みつけると、すぐさま高速の赤色怪光線を放ってマリアに直撃させる。

 

「きゃぁぁぁぁ!」

「マリアっ! くっ……」

 

 親友であるマリアがやられ、つい動きそうになる体を必死に止める志津香。ここで動く訳にはいかない。今この場でノスを倒す手段を持っているのは自分だけだ。唇を噛みしめ、ノスを睨みながら魔力を溜めていく。

 

「はっ!」

 

 再度飛んできたノスの魔法をリックが叩き落とす。志津香同様、前線で戦えない事にリックも歯痒い思いを感じていた。あれだけいた戦士たちも気が付けばその殆どが地に倒れ伏しており、現在ノスの前に立っているのはたった四人。かなみ、志津香、リック、アレキサンダーだ。志津香とリックは動けないため、足止めを出来るのは僅かに二人。この現状に志津香は焦る。白色破壊光線が放てるようになるまで、もう少し時間が掛かるのだ。たった二人で、どこまで時間を稼げるか。

 

「はぁっ! てやっ!」

「たぁっ!」

 

 アレキサンダーが全力で拳を振るう。二度、三度、拳は連続でノスの体に命中する。それに続くようにかなみも忍剣で斬りつけるが、ノスの体は既に鋼のような硬さになっていた。金属音と共に剣が弾かれる。

 

「くっ……それなら!」

 

 かなみは懐から手裏剣とくないを出し、大量にノスに投げつける。だが、ノスはそれを躱そうとも弾こうともしない。ノスの体に命中した手裏剣とくないは、ノスの体に傷一つ付けることなく地面へと落ちていった。

 

「そんな……」

「ふはは、感謝せねばならんな。この肉体は、全て貴様らの攻撃が生み出したものだ。貴様らが無駄な攻撃をすればするほど、この私は強くなっていくのだ!」

「黙れ! 属性パンチ・雷!」

 

 電撃を纏った拳がノスの腹部に命中する。その一撃に少しだけ眉をひそめたノスが一歩後ろに下がる。この鋼のような肉体に、アレキサンダーはまだダメージを与えられているのだ。それを見たかなみは自分の不甲斐なさに歯噛みするが、あるものを見て目を見開く。アレキサンダーの拳から、大量の血が流れ落ちているのだ。

 

「アレキサンダーさん! その拳!?」

「心配ご無用です」

「くくく……限界だな」

 

 ノスがニヤリと笑う。どうやらアレキサンダーの拳の状態には既に気が付いていたようだ。その長身からアレキサンダーを見下ろして言葉を続ける。

 

「ダメージを与えたところで、そのダメージはすぐに完治する。そのうえ、私に鉄壁の鎧を纏わせて更に強くしてしまうのだ。そのような無駄な行為の果てに、自慢の拳が壊れる。それが貴様の望みか? 人間の格闘家よ……」

 

 ノスがアレキサンダーの心を折りにかかる。だが、アレキサンダーは一分の迷いすら見せず、血塗れの拳を握りしめて言葉を発する。

 

「ここが世界の分水嶺! 私の拳がどうなろうとも、ここは死守させて貰う!」

「愚かな……理解できぬな……」

「して貰わずとも結構!」

 

 アレキサンダーはそう言い放ちながら跳び上がり、ノスの首目がけて回し蹴りを放つ。普通の人間であればそのまま首の骨が折れてもおかしくないほどの一撃。だが、ノスは微動だにせず、そのままカウンターの拳をアレキサンダーに振るう。

 

「ぐっ……」

「いい加減貴様も消えろ!」

 

 ノスの拳を両腕でガードしたアレキサンダーだが、あまりにも強烈な威力に腕が痺れる。その隙をノスは見逃さず、すぐさまアレキサンダーの顔面目がけて思い切り拳を振るった。ガードが間に合わず、アレキサンダーの顔面にノスの拳が直撃する。

 

「ぐあっ……」

「アレキサンダーさん!」

「くそっ……」

 

 アレキサンダーの体が勢いよく吹き飛ぶ。かなみが叫ぶのと同時にリックが飛び出そうとするが、即座にノスが志津香目がけて魔法を放ってくる。すぐさま魔法を斬り落とすリック。これでは前に出る事が出来ない。自分が少しでも動けば、切り札である志津香がやられてしまうのだ。

 

「くくく……後はちょこまか五月蠅い小娘だけか」

「くっ……」

「……なに?」

 

 かなみを見下ろしながら笑みを浮かべていたノスだが、その顔が歪む。吹き飛んでいたアレキサンダーはその体を地面に落とす事なく、すんでの所で食いとどまったからだ。口の中に溜まった血を地面に吐き捨てながら、ノスと再び対峙するアレキサンダー。

 

「まだ来るのか……? 最早、貴様に出来る事はないぞ」

 

 自身の首をポンポンと叩くノス。確かに、先程のアレキサンダーの回し蹴りはノスにダメージを与えていなかった。ノスの鎧の強度は、いつの間にかそこまで凄まじいものになっていたのだ。だが、アレキサンダーに諦めの表情はない。

 

「例えそうだとしても、ただ倒れる訳にはいかぬ!」

 

 口から血を流しながら咆哮し、ノスに特攻していくアレキサンダー。その背中を見ながら、かなみは悔しさに拳を握りしめていた。何が真の忠臣を目指すだ。ノスにダメージを与える事の出来ない自分では、最早一秒たりとも時間を稼ぐ事すら出来ない。運良く未だやられずに立っている自分だが、出来る事が何もないのだ。これほど無力さを感じる事はない。

 

「悔しい……何も出来ない……」

「そんな事無いよ、かなみ……」

 

 その声に目を見開くかなみ。声を発したのは、親友のメナドであった。ノスの火爆破にやられて起き上がる事の出来ないメナドは、地に倒れ伏したまま顔だけをかなみの方に向け、苦しそうに口を開く。

 

「かなみはまだ立っているじゃないか……ぼくと違って、まだ何だって出来る……」

「でも、私じゃ今のノスにダメージを与える事は……」

「ダメージを与えるのは……志津香さんの仕事だよ……かなみの仕事は時間稼ぎ……そういうの、一番得意なはずだよ……」

「メナド……」

「今戦っているアレキサンダーさんをサポートするだけでもいいんだ……頑張って、かなみ……」

 

 メナドの言葉を聞き、かなみの瞳に光が戻る。すぐさま懐から巻物を取り出し、それを口に咥える。かなみの視線の先では、アレキサンダーがノスに拳を振るっていた。既にダメージは殆ど与えられておらず、ノスが邪魔そうに拳を振るっているが、それをアレキサンダーはかろうじて躱し続けている。

 

「ちょこまかと……カトンボが!」

「(一瞬……奴に隙さえ生じれば……)」

 

 アレキサンダーは拳を躱しながら、虎視眈々とある一撃を狙っていた。それはノスの脇腹。まだ攻撃をあまり受けていないらしく、他の箇所に比べて装甲が薄い。あそこに渾身の一撃を叩き込めれば、奴にダメージを与えられる。一瞬でも奴がたじろげば、それだけで十分に時間稼ぎになる。だが、ノスも脇の装甲が薄い事は気が付いているらしく、アレキサンダーに対して全く隙を見せないでいた。

 

「(駄目だ……腕のガードが外れん……)」

「ふんっ!」

「しまっ……!?」

 

 そのとき、ノスが唐突に足払いをしてくる。完全に虚を突かれたアレキサンダーは体勢を崩してしまう。ニヤリと笑うノス。

 

「終わりだ、死ねい!」

「くっ……ここまでか……」

 

 振り下ろされる拳を見上げるアレキサンダー。だが、突如二人の間に炎が現れ、その炎がノスの体を包み込む。

 

「ぬっ!?」

 

 ノスが驚いて周囲を見る。まさか、何か強力な呪文を放とうとしていた魔法使いの娘が、痺れを切らして炎魔法を放ったとでもいうのか。だが、その視線に入ってきたのは、先程までちょこまかと自分の周りを動き回っていた女忍者。口に巻物を咥えながら、静かに呟く。

 

「火丼の術」

 

 その炎の威力は火爆破よりも小さく、ノスにダメージを与えられるようなものではなかった。だが、魔力を全く感じない箇所から突如として現れた炎に、魔法使いでもあるノスは困惑する。そして生まれる、一瞬の隙。

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

 アレキサンダーが体勢を直し、全力の拳をノスの脇腹目がけて振るう。放つのは、アレキサンダーの持つ技でも最強の一撃。かつてルークの剣を折り、先日の再会の際にはその成長ぶりを認めて貰った一撃。その拳は、例えどんな装甲でも打ち破る。

 

「装甲破壊パンチ!!!」

「ぐっ……ぬぉぉぉっ!」

 

 その一撃に、これまで余裕であったノスの表情が歪む。足がよろけ、腰が若干だが落ちる。そのノス様子を見ながら、アレキサンダーの体が崩れ落ちる。満身創痍の体は最早動かす事が出来ない。その瞬間、志津香の魔力がようやく溜まる。白色破壊光線を放てるだけの魔力が。だが、それを放つことが出来ない。

 

「アレキサンダーが……」

 

 このままではノスの側で倒れているアレキサンダーを巻き込んでしまうため、志津香は撃ちあぐねる。だが、かなみがそれをすぐに察し、アレキサンダーに駆け寄ってその肩を取る。重みに体が沈みそうになるが、自分以外運べるものはいない。小柄な体に精一杯の力を振り絞らせ、渾身の力で持ち上げる。

 

「馬鹿め、逃がすか!」

「ふっ!」

 

 ノスがかなみに手を伸ばしてくる。アレキサンダーを気にして志津香が魔法を放てない事に気が付いていたのだ。そのノス目がけて、かなみが懐から取り出した煙玉を投げつける。すぐさま立ち込めた煙にかなみの姿が隠され、ノスが表情を歪める。

 

「煙幕。小癪な……」

「今です、志津香さん!」

 

 かなみがアレキサンダーを担ぎながら後方へと跳び上がり、志津香に向かって叫ぶ。その言葉に合図するかのように志津香は両手を前に出し、渾身の魔力をノス目がけて放つ。

 

「白色破壊光線!!!」

 

 放たれた光の渦がノスを飲み込んでいく。ノスの姿が光の中へ消え、その向こうにあった壁が消滅する。そのまま光は、轟音と共に空の彼方へと消えていった。

 

 

 

-リーザス城 西の塔 最上階-

 

 白色破壊光線が放たれる数分前、西の塔の最上階ではルークとアイゼルが互いに向き合い、言葉を発していた。

 

「笑顔……それがホーネット様に拘る理由だと……」

「ああ、ホーネットは穏やかな顔で静かに笑う。それは、こちらの気持ちも穏やかにしてくれる素晴らしい笑顔だ。その笑顔をもう一度見たい。そう思っている」

「そんな事のために……魔人と……?」

「男の戦う理由なんて、いつだってそんなもんだろ」

 

 困ったように頭を掻きながら、ルークが答える。その言葉を聞いたアイゼルは記憶を掘り返すが、ホーネットのそのような笑顔を自分は見た事がない。

 

「それを信じろと? 私はそのような顔、見た事がないがな……」

「そうか……一つ聞かせてくれ。今、ホーネットに……時々でいいんだ。笑顔は……あるか……?」

「そんなものありはしない。ケイブリス派との戦い、魔王リトルプリンセスの逃亡。ホーネット様が笑う暇など、どこにもない!」

「そうか……なら、改めてだが俺の敵は決まったな」

 

 頭を掻くのを止め、真剣な表情でルークはアイゼルを見る。真っ直ぐな瞳に、アイゼルが一瞬目を奪われる。人間が、このような表情をするのか、と。

 

「ホーネットから笑顔を奪ったケイブリスを、許しはしない。必ず俺の手で滅ぼす」

「ケイブリスを殺すだと……無謀な……」

「それでも、譲れぬものがある」

 

 はっきりとそう言い放つルークを見て、アイゼルの中には敗北感が芽生えていた。自分はノスやジルを恐れ、ホーネットの前から姿を消そうとしていた。だが、目の前の男は人間の身でありながら、魔人最強であるケイブリスを倒すと言ってのけたのだ。それは本来、自分が言わなくてはいけない事。ルークを真剣に見ながら、アイゼルが静かに口を開こうとする。だがその瞬間、部屋にサテラが泣きべそをかきながら入ってくる。

 

「うぇぇぇん、アイゼル! もう魔人界に帰ろう……って、お前は!?」

「サテラ様、ルークデス」

 

 咄嗟に臨戦態勢に入るサテラとシーザーだが、アイゼルがすぐに口を開く。

 

「止めろ、サテラ! 戦う必要は無い!」

「アイゼル、どういう事だ?」

「理由は後で話す」

 

 サテラにそう言い、再度ルークに視線を向けるアイゼル。一度ため息をつき、ゆっくりと言葉を発する。

 

「貴様に聞きたい事がある」

「何だ?」

「今の言葉、嘘偽りはないな」

「ああ」

「ホーネット様の為なら、ケイブリスとでも戦うと?」

 

 アイゼルのその問いに、サテラが目を見開いてルークを見る。この人間は以前の無謀な発言に飽きたらず、またも馬鹿げた発言をしたのかと考えたのだ。アイゼルの問いを受けたルークは一度静かに目を閉じ、何かを思案した後ゆっくりと目を開け、ハッキリと口にする。

 

「ホーネットの目指す道がかつてと違えていないのならば、俺は誰とでも戦うさ。例えそれが、神や悪魔であったとしても」

「そうか……それは……私が言うべきだったのであろうな……」

 

 その言葉を聞いたアイゼルは、悔しそうに呟く。魔人として、ホーネットに仕える者として、そして、一人の男として、認めざるを得ない。ルークの目をしっかりと見据えながら、アイゼルはゆっくりと口を開く。

 

「人間……いや、戦士ルークよ。私の……負けだ……」

「なっ!? おい、アイゼル!?」

「そうか。なら、約束通り……」

「ああ、もう逃げはしない。必ずホーネット様の下へ戻ると誓おう」

「ホーネットの下へ戻る? 何当たり前の事を言ってるんだ?」

 

 アイゼルの言葉を聞き、サテラは訳が判らないという様子でアイゼルを見る。それに対してルークが何かを言いかけるが、突如中央の塔から轟音が鳴り響く。窓からそちらの方角を見ると、壁を突き破った光が空へと消えていった。ルークはあの魔法に見覚えがある。あれは、志津香の白色破壊光線。

 

「……急ぐ必要があるな」

「待て! その状態で行くつもりか!?」

 

 すぐに駆け出し、階段を下りていこうとするルークをアイゼルが呼び止める。アイゼルとの戦いでルークも無傷ではない。その状態でノスとジルの下へ向かおうと言うのか。

 

「ああ、ノスとジルを放っておく訳にはいかない」

「それも、ホーネット様の為か……?」

「それもあるが、これに関しては一番の理由は違うな」

 

 そう言って、ルークは窓越しに中央の塔を親指で差す。

 

「あそこで、今も命を掛けて戦っている仲間がいる。行かない訳にはいかないだろう?」

 

 それだけ言い残し、ルークはアイゼルとサテラの前から姿を消す。その背中を見送るアイゼルと、未だ訳の判らないといった様子のサテラ。

 

「サテラを無視して話を進めるな! 一体何なんだ!」

「ああ、そうだな。魔人界に帰ったらちゃんと話してやるさ」

「ふん、絶対だぞ」

「そういえば、ここにいるという事はサテラも人間に負けたのか?」

「ぐっ……あれは、卑怯な手を使われて……アイゼルもそうなんだろ?」

 

 サテラがランスの事を思いだして地団駄を踏む。パラライズの粉で痺れさせられ、散々に体を弄ばれたのだ。実力では圧倒的に勝っているのに、そのように無様な負け方をすれば悔しくもなる。アイゼルも同じように卑怯な手で負けたのだろうと尋ねるが、アイゼルは静かに笑いながら答える。

 

「いや、正々堂々戦い、完敗した。実力でも……心でもな……」

「心で負け? 訳の判らない事言ってないで、魔人界に早く帰ろう。サテラはもう疲れた」

「そうだな。それで、ホーネット様への謝罪の言葉は浮かんだのか?」

「うっ……」

 

 アイゼルの問いに声を漏らすサテラ。それを考えるために東の塔に引きこもっていたのだ。

 

「ホーネットは優しいから、『魔王復活させちゃった、てへ♪』で、許してくれないかな……?」

「まあ、間違いなくシルキィにぶっ飛ばされるな」

「んぐっ……」

 

 困った様子のサテラが、また頭を悩ませ始める。その様子を見ながら、アイゼルが窓の外を見る。そのまま少しだけ思案した後、ゆっくりと口を開く。

 

「サテラ」

「ん、何だ?」

「少し話がある……」

 

 

 

-リーザス城 最上階-

 

 ノスの立っていた場所に煙が立ち込めている。煙玉と白色破壊光線が合わさった事による結果であり、ノスがどうなっているのかはまだ確認できずにいた。だが、無事なはずがない。最上級魔法の直撃を食らったのだ。

 

「やったの……?」

「無事な訳がない……」

「城にあんな大穴が……弁償して貰うわよ、志津香」

「リア様、流石に緊急事態かと……」

 

 ノスの立っていた場所を見ながら、マリスの治療で意識を取り戻していたレイラが呟き、それに志津香が答える。あの指輪で強化されたラギシスすら葬った魔法なのだ、これで終わりのはず。壁の大穴を見てリアが悲しそうにするが、かなみがそれを諫める。すると、ゆっくりと煙が晴れていく。その先にあった光景に、全員が目を見開く。

 

「あっ……」

「そ……んな……」

「化け物め……」

 

 皆の視線の先、煙の晴れたその場所には全身を更に強固な鎧で覆ったノスが平然と立っていた。肩からは禍々しい赤色の突起が盛り上がり、額からも角を生やしている。それは全て、白色破壊光線のダメージから生まれた新たな鎧。志津香が絶句し、かなみが恐怖でその場に座り込んでしまう。倒れた仲間の中で意識がある者たちも、悔しそうにしながらノスを見ている。その様子を一瞥した後、ノスがニヤリと笑う。

 

「人間にしては中々の技だったが、全て無駄だったな。既にダメージは完治し、私の肉体は更に強力なものになった」

「こんなの……勝てる訳……」

「ふははは、悔しいか? 貴様らの攻撃は私を強くしただけに過ぎん。全ては、無駄、無駄、無駄なのだ!」

「…………」

 

 その言葉に、強気な志津香も流石に頭を抱える。白色破壊光線を受けてなお健在。その装甲は更に強固になり、もう一度撃ったところでまともなダメージは見込めないだろう。いや、そもそも足止め要因が殆ど倒れてしまった今、もう一度撃つ事など不可能だ。部屋を絶望感が包む。ちらりとランスの方を見るが、シィルとセルが首を横に振る。まだ意識は戻らないようだ。ひとしきり笑い終えた後、ノスが静かにこちらに問いかけてくる。

 

「さて、そろそろ死ぬか?」

 

 その言葉に、死を覚悟する面々。だが、そのノスの前にゆっくりと歩みを進める者がいる。甲冑に身を包んだ男、リーザス最強の戦士、リック・アディスン。

 

「何だ、貴様は?」

「ここからは、自分がお相手させていただく」

 

 その瞳は、まだ絶望に彩られていない。

 

 

 部屋の中から再度聞こえてくる戦いの音。それを無意識に聞きながら、ランスの頭の中を考えがぐるぐると巡る。なぜ俺様は倒れている。シィルの馬鹿を庇ったからだ。何から。敵の強力な魔法からだ。それは、あの時の光景に似ていないか。あの時って何だ。

 

「何で俺を庇ったんだ!」

 

 頬に当たる雨の中、今より少しだけ若い姿のランスが叫ぶ。目の前に倒れているのは、女戦士。ランスが冒険のいろはを教わった、姉のような、師匠のような、大切な存在。その命が、今失われようとしていた。ゆっくりとした動きで、その手がランスの頭を撫でる。

 

「馬鹿だね……理由なんて……ないよ……」

 

 ランスの頬を涙が伝う。今まで生きてきた中で、数えるほどしか流した事のない涙だ。その顔を静かな笑顔で見ていた女戦士の腕が、ゆっくりと、地面に落ちていく。それは、シィルを庇った先程とは逆の光景。ランスが庇われ、女戦士が犠牲になった。誰が彼女を殺した。目の前に突如として現れた異形の男だ。頭の左半分から女性の上半身が生えていた。あれは人間ではない。どこへ行った。すぐに逃亡した。何故こちらを襲ってきた。判らない。判らない。だが、確かな事は一つ。奴は必ず殺す。俺様の手で殺す。無残に殺す。となれば、こんな所で死ぬ訳にはいかない。シィルとセルは気が付かなかったが、ランスの手が一瞬だけピクリと動いた。

 

 

 広間に戦いの音が鳴り響く。リックがたった一人でノスと対峙しているのだ。鉄拳を避け続け、至近距離でノスに剣を振るい続ける。ノスに与えられるダメージは僅かなものだが、未だにその強固な鎧にダメージを与え続けられるリックを誉めるべきだろう。周囲の者は呆然とそれを見る事しかできない。立ち上がる事の出来ないアレキサンダーただ一人だけが、悔しそうに唇を噛みしめていた。

 

「無駄だと言っておろう! 更に私を強くするだけだ!」

 

 リックに斬りつけられた箇所から新たな鎧を生み出しながら、ノスは左右の拳を交互に振るう。それを巧みに躱しながら、リックは決まった距離でノスと戦い続けている。その光景を見ていたバレスが、不思議そうに呟く。

 

「リックは……何故あのような戦い方を……?」

 

 リックが再度連撃をかける。息つく間もない程の超高速の攻撃。だが、ノスは余裕の表情を浮かべていた。攻撃を受けたところで大したダメージはない。それに、リックの振るう剣の射程をジワジワと覚えてきていたのだ。

 

「くくく、貴様の攻撃範囲もいい加減慣れてきたぞ。そろそろくたばれ!」

「ふっ!」

 

 リックが剣を振り下ろすが、ノスはバックステップでその一撃を躱す。そのまま魔法を放とうとするノスに、リックは振り下ろした剣をすぐさま上にかち上げる。だが、後方に避けたノスは余裕の表情。これまで測ってきた射程から鑑みるに、絶対に当たるはずが無いのだ。その剣は空を切る、そうしたら魔法を直撃させる。そう考えていたノスに、直後剣が迫ってくる。それも、先程までの剣速よりも更に一段上。

 

「ぬうっ!」

 

 下からかち上げる形で振るわれた剣は、ノスの体を切り裂く。鎧が割れた瞬間、リックはその下に隠された体をしかと見る。すぐにその傷口を更なる鎧が覆い、より強固なものへと変わる。ジロリとリックの持っている剣を睨み付けるノス。今、確かに剣が伸びた。

 

「なるほど……伸縮自在の剣か……」

「…………」

 

 ノスが言うように、リックの持つ魔法剣バイ・ロードは伸縮自在の剣。その射程を次々と変えながら繰り出してくる高速の連撃が、リックの真骨頂だ。だからこそ、同じ射程で戦い続ける姿をバレスは不思議に思っていたのだ。それは全て、今の一撃のため。だが、その一撃もノスを両断する事は叶わなかった。ニヤリと笑うノス。

 

「奇襲のつもりだったようだが、これも無駄に終わったな。私は更に強くなり、今のダメージも既に完治。種も割れた今、貴様に勝ち目は……」

「魔人でもハッタリは言うのですね……」

「……何?」

 

 リックのその言葉に、ノスがピタリと止まる。リックがノスの脇腹に剣先を向けながら、ハッキリと言葉にする。

 

「動きが鈍っていますね。先程のアレキサンダー殿の一撃は確かに強烈なものでした」

「…………」

「今斬った際に見えた装甲の下、随分と火傷を負っていました。志津香殿の魔法ですね?」

「それって……」

「そう。確かにダメージを与えるほどに強固になっていくのは事実。だが、ダメージが完治するというのは丸っきりのハッタリです」

 

 脇腹に向けていた剣先を上げ、今度はノスの顔にその剣先を向ける。リックの顔は兜に隠されていてよく見えないが、僅かに覗くその瞳がハッキリとノスを正面から見やる。

 

「ここにいる皆が与えた攻撃は、無駄になどなっていない。その一撃一撃が、確実に貴様に蓄積されている! そして、その積み重ねが……」

 

 ノスがギリ、と歯ぎしりをしながら、リックを激しく睨みつける。

 

「魔人ノス、貴様を討つ!」

「人間風情が……」

 

 




[人物]
ノス
LV 198/210
技能 格闘LV2 魔法LV2
 ホーネット派に所属する地竜の魔人。ジル期に誕生。ジルを崇拝しており、前魔王ガイが死んで絶対忠誠が解けたのを期にジル復活の為の行動を起こす。比較的御しやすいと考えたアイゼルとサテラを騙し、ホーネットを裏切って見事ジル復活を成功させる。かつての魔人四天王でもあり、今でもその実力は四天王に劣るものではない。攻撃を受ければ受けるほど装甲が強固になり、近・遠距離の両方をこなす最強クラスの魔人。強化された装甲は数日経つと剥がれる。


[技]
赤色怪光線
 右腕から高速の炎の渦を放つ炎属性の上級魔法。今ではあまり使う者のいない古い魔法だが、威力はファイヤーレーザーを上回る。

火丼の術
使用者 見当かなみ
 かなみの必殺技。『丼』の字に浮かび上がった炎が相手を包む忍術。威力は低いが、魔力を感じさせない炎属性の攻撃は奇襲に最適。

属性パンチ・雷
使用者 アレキサンダー
 アレキサンダーの必殺技。雷の神の力を借り、己の拳に電撃を纏わせる。殴られた相手を麻痺させる事もある使い勝手の良い技。


[装備品]
バイ・ロード
 リックの愛剣。代々赤の軍将軍に受け継がれている魔法の剣で、斬れ味の良さに加え、使い手の技量次第で伸縮自在。更には恐ろしく軽いという名剣。

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