-リーザス城 入り口前-
「あれは白の軍……?」
ルークが中央の塔の前までやってきたとき、入り口の前には白の軍が集まっていた。それを率いていたエクスとハウレーンがルークの姿に気が付き、驚いた様子で話し掛けてくる。
「ルーク殿、そのお怪我は!?」
「大丈夫。出血はしているが、大した怪我じゃない」
「西の塔を攻略しているという話でしたが、随分と強敵がいたようですね……」
「まあな」
アイゼルの顔を思い浮かべながらエクスに答えるルーク。正直、あちらが冷静さを欠いていなければ勝ち目は無かっただろう。ふと、ルークは抱いていた疑問を口にする。
「それより、何故白の軍がここに? モンスターの遊撃担当ではなかったのか?」
「元々いたモンスターはある程度片付け終わったのですが、少し前から異変が起こっていましてね」
「異変?」
「城の中から次々と新手が出てくるんです。それも、それらのモンスターは一様に城下町を目指して移動をしましてね」
エクスが訝しげにそう口にする。それは、ジルの吸血行為のためにノスが後からはなったモンスターなのだが、エクスたちがそれを知る由も無い。ハウレーンが剣を握り直しながら高々と宣言する。
「こちらに陣を取り、出てくるモンスターを片っ端から倒しているところです。城下町へなど、行かせる訳にはいきません!」
「なるほどな。となると、今城を上るのは難しいか?」
「父……いえ、バレス将軍率いる援軍部隊は城を上りましたが、それは随分前の事です。その頃はまだこれほどモンスターが発生していなかったため、恐らく最上階までは辿り着いているでしょうが、今からというのは……」
「難しいでしょうね。例え辿り着けたとしても、どれほど時間が掛かるか……」
エクスとハウレーンが眉をひそめる。解放軍もノスの放ったモンスターに足止めをされ、新たな援軍を向かわせられずにいたのだ。この状況でルークが城の上を目指すのは非常に難しい。その報告を聞いたルークは顎に手を当てて思案する。エクスの言う通り、今から城を素直に上っていたのではどれだけ時間が掛かるか判ったものではない。それでは間に合わないのだ。となれば、何か別の手段が必要だ。
「いけるか……?」
ルークが首を上に傾け、城の最上階を見る。そこには、ポッカリと壁に出来た大穴がある。先程志津香が放った白色破壊光線で開いたものだ。一気にあそこまで駆け上る手段があれば、途中のモンスターを全てスルーする事が出来る。一つの方法が思い浮かんでいたルークは自問自答するように静かに呟き、その方法を実行すべく従者を呼び出す。
「ランスに呼び出されていなければ、俺の目の前に現れろ! フェリス!」
その呼び声に反応し、ルークの目の前の時空が歪む。次の瞬間、悪魔界から呼び出されたフェリスが目の前に立っていた。ランスたちと共に最上階で戦っている可能性もあると考えていたが、そうではなかったらしい。大戦力であるフェリスを呼び出していないという事は、大して切羽詰まっていないか、あるいはランスが呼び出せない程の状況にあるか。後者であれば、急ぐ必要がある。
「ルーク、呼んだかい?」
「なっ……悪魔!?」
「悪魔を使い魔にしているとは……流石に想定外でしたね……」
突如目の前に現れた悪魔にハウレーンとエクスが驚愕する。だが、今は説明をしている暇はない。現れたフェリスをジッと見据えながら、ルークが問いかける。
「フェリス。その羽で空を飛ぶ事は出来るか?」
「ん? ああ、多少なら飛ぶ事は可能だ。悪魔だからな」
ルークがフェリスの背中についている羽を指差しながら尋ねる。その問いに応えるようにフェリスは羽をパタパタと動かし、ニッと笑いながら答える。
「そうか、なら頼みがある。俺をあの場所まで運んでくれ」
「あの場所?」
ルークが顔を上に向ける。それに釣られるように、フェリスも顔を上に向ける。随分と高い位置、階数にすれば6~7階といったところだろうか。建物の最上階に横穴が開いているのが見える。それを見たフェリスは頬に汗を流し、ギギギ、とまるで機械のような仕草でルークの方に首を回す。
「なんか……随分と高い位置なんですが……?」
「ああ、城の最上階だ」
「ルーク……体重は……?」
「そうだな……剣二本と鎧の重量も考えれば、100は越えるかもしれんな」
「それを一人で運べと……?」
「頼んだぞ、フェリス!」
プルプルと震え、涙目になるフェリス。そのフェリスに向かって、ルークはグッと親指を突き立てる。そのやりとりを見ていたハウレーンは呆れた様子で口を開く。
「少しですが、悪魔に同情してしまったのですが……」
「ふふふ、間違った感情ではないですよ。あ、悪魔のお嬢さん。その次は僕たちを運んでいただけませんか?」
「絶対にイヤだ!!」
-リーザス城 最上階-
「リックさん……」
一人ノスに立ち向かうリックの姿に、自分たちの行動が無駄ではないというその言葉に、部屋の中の者たちは希望を取り戻しかけていた。もしかしたら、ダメージが積み重なってノスが倒れるのでは、と。だが、そんな希望は儚く打ち砕かれる事となる。その瞳に映るのは、ノスの前に膝を折るリックの姿。
「はぁっ……はぁっ……」
「言ったであろう? 全て無駄だと」
「ここまで力の差が……」
「化け物め……」
高速の剣技でノスに立ち向かっていたリックだが、その強固な装甲の前にはリックの攻撃ですら僅かなダメージしか与えられない。それに対し、防御を考えなくて良いノスは激しく攻め立てる。その猛攻の前に少しずつダメージを受けていき、遂にはその膝が折れる。リックを見下しながらニヤリと笑うノス。
「確かに人間にしては中々の強さであったが、魔人である私の前では正に無力!」
「…………」
「貴様を血祭りにすれば、最早私を阻む者はない。その後で、カオスはゆっくりと破壊させて貰うとしようか」
そう言い放ちながら、ノスが右手を高々と挙げる。すると、その手のひらに魔力が集まっていく。
「マズイ!」
「あれは先程の……」
いち早くその魔法の正体に気が付いた志津香が声を上げ、徐々に出来上がっていく炎の塊を見たシィルが震える。それは、先程ランスが自分たちを庇ったせいで直撃を受けたグレートファイヤーボールだ。
「強い……僕が強いか……」
「リック! 逃げるんじゃ!」
「リックさん!」
周囲の者の叫び声を耳にしながら、リックは先程のノスの言葉を思い返していた。人間にしては中々に強い。それは、魔人から送られる言葉としてはかなり上質なものかもしれない。だが、リックはその言葉を否定する。
「違うな……僕は……強くなんかない……」
GI1000
-リーザス とある農村-
「おーい、リック。どこにいったんだ!?」
「あ、はい! ここです、父さん!」
「おお、いたいた。ちょっと隣町に行ってきてくれるか。ストロツェンドからの行商人が来ているらしいんだ。納豆を買ってきてくれ」
「はい、判りました!」
農家の父からお使いを頼まれ、少年が駆けていく。年の程は10前後といったところか。彼こそが後にリーザスの赤い死神と呼ばれる戦士、リック・アディスンだ。その背中を父親が見送っていると、同じく農家を営んでいる隣家の農婦が話し掛けてくる。
「本当にリックちゃんは良い子ね。ウチの息子たちにも見習わせたいわ」
「ああ、本当に助かっているよ」
「立派な跡取りがいて羨ましいわ」
「…………」
「あら? どうかしたの?」
困ったように頭を掻くリックの父を見て、不思議そうに農婦が尋ねる。正しく自慢の息子といった感じのリックに、何か不満でもあるのだろうか。首を傾けている隣家の農婦に、リックの父は言いにくそうにしながら答える。
「あいつ……農家なんかじゃなくて、軍人になりたいみたいなんだよな……」
「ひょっとして、一昨年のパレードで?」
「ああ、騎士団に憧れちまったらしい」
二年ほど前、城下町で催されたパレードにリックを連れていったことがある。その時の騎士団を見る息子の顔が未だに忘れられない。本人は上手く隠している気でいるようだが、仕事の合間に剣を振るっている息子の姿を何度も目撃している。自分の小遣いを貯めて買ったのか、あるいはどこかで拾ってきたのか。ボロボロの剣を必死になって振るっている息子の姿を見て、父はなんとか騎士団に入隊させてやりたいと思っていた。だが、そんなに簡単な話ではない。
「アイツの夢を叶えてやりたいが、ウチみたいな貧乏農家じゃ軍に入隊させる事なんてなぁ……」
「それなら、試しにこれに出場させてみたら」
「ん?」
隣家の農婦がエプロンにつけられたポケットから一枚のチラシを取り出す。今朝の新聞に入っていたものらしい。それは、一ヶ月後にリーザス城のコロシアムで開催される第32回リーザスパラパラ杯の宣伝チラシ。優勝者特典の欄には豪華景品と共に、必要経費免除でリーザス軍へ入隊出来る事が書かれていた。
「例え駄目でも、良い思い出にはなるでしょ」
「そうだな……リックが帰ってきたら、教えてやるとするか」
チラシに目を通しながらそう口にするリックの父。流石にあんなボロボロの剣で修行とも言えないような事しかしていないリックでは、一回戦負けが関の山だろう。だが、少しでもリックが喜んでくれれば。そう考えての決断であった。そしてこの決断が、リックの運命を大きく変える事になる。
一ヶ月後
-リーザス コロシアム-
コロシアムの中は満員御礼、客席の後ろに立ち見席が出来るほどであった。パラパラ杯は既に一回戦が始まっており、集まった腕自慢たちが白熱した勝負を繰り広げている。観客は沸き上がり、一回戦にも関わらず既に会場は興奮のるつぼ。その様子をVIP席で見ている三人の軍人がいた。
「どうじゃ、バレス。使えそうな奴はいるか?」
「うーむ、今の所2、3人といったところか……」
大規模な催し物であるパラパラ杯へのゲストとして、現役将軍である三人のリーザス軍将軍が招かれていた。開場時の挨拶を終え、今は試合の様子をゆっくり椅子に腰掛けながらと見ている。白の軍将軍であるペガサスが、隣で見ていた黒の軍将軍バレスに問いかける。バレスが資料をペラペラと捲りながらそれに答えていると、隣からため息が聞こえてくる。
「まあ、優勝しても使えるとは限らんがな。一昨年の奴なんか、入隊後一週間で逃げ出しちまった」
「そりゃあ、お主がスパルタ過ぎるんじゃよ、アルト」
そう文句を言うのは赤の軍将軍、アルト・ハンブラだ。リーザス最強の看板を背負っている赤の軍を率いる、現リーザス最強の戦士。彼の扱きに耐えきれず、逃げ出した兵は数知れず。その事にバレスは頭を抱えるが、その程度で逃げ出す生半可な兵などいらないという彼の言い分も判るため、強く言い切れないところがあった。
「出来ればこの大会で、将来赤の軍を任せられるような奴を見つけたいんだがな……」
「お主の所にはザンがいるじゃろ?」
「俺と大して年の変わらないザンじゃ意味ないんだよ。もっとこう、若い力が欲しい」
赤の軍副将は優秀な男であったが、アルトの言うように年齢的には若いと言えない。アルトが待ち望むのは、次世代を担う強者なのだ。
「そうなると、青の軍は羨ましいのう。新人にコルドバ、中堅にキンケードという二人が揃っておる」
「うむ。あの二人は確かに素晴らしい腕前じゃ」
「あ、俺キンケードはパスな。やる気が感じられねぇ」
「お主の好みは聞いとらんわ!」
ペガサスが苦言を呈し、耳を穿りながら聞き流すアルト。この二人は犬猿の仲であった。というか、一方的にペガサスが目の仇にしている間柄だ。リーザス最強でありながら若干自由人の気質があるアルトをあまり認めたくないらしい。
「やれやれ、相変わらずじゃな……おっと、決着の瞬間を見逃したの」
「いいじゃねえか。今のはどっちも雑魚だ」
丁度試合が終わり、バレスが資料に目を落として次の対戦者の名前を確認する。瞬間、会場から歓声が沸き上がる。
「お、ボーダーじゃ! これは注目だな」
ペガサスが声を漏らす。舞台に上がってきたのは、ボーダー・ガロアという旅の戦士。今回の優勝候補であると前評判の高い男だ。それに続くように反対側の入場口から出てきたのは、まだ10前後と思われる少年だった。それを見ていたVIP席の三人は目を見開き、観客席からは失笑が起こる。何とも言えぬ空気の中、舞台上で対峙しているボーダーは困ったように頭を掻きながら忠告する。
「あー……坊主、本気か? 向かってくるなら、俺は手加減できねぇぞ」
「全力でいかせて貰います!」
ボロボロの剣を握りながら、真っ直ぐとボーダーを見据えてくる目の前の少年。その真剣な目を見たボーダーは一度息を吐き、一転戦士の顔つきになる。
「良い目だ。なら、手を抜くのは野暮ってもんだな」
「お願いします!」
こうして試合は始まる。だが、それは勝負とはとても呼べないようなものであった。十秒と持たずダウンする少年。二度、三度と立ち上がってはボーダーに向かっていくが、その度に叩き伏せられる。観客席からは哀れみの声が出始め、見かねた審判が試合を止めようとする。
「はぁっ……はぁっ……」
「……!? がぁぁぁぁ!!」
ふらふらな状態で立ち上がってきた少年が、剣をゆらゆらと動かす。瞬間、ボーダーが目を見開く。少年の後ろに、死神の姿がうっすらと浮かび上がっていたのだ。おぞましい何かを感じ取ったボーダーは少年が剣を振るうよりも先に全力で剣を振り下ろし、その渾身の一撃を受けた少年は失神してしまう。
「しょ、勝者ボーダー・ガロア選手! リック・アディスン選手は残念ですが、一回戦敗退です!」
「よくやったぞー!」
ようやく終わった試合にホッとしながら、観客席からはリックに同情の拍手が飛ぶ。だが、勝者であるはずのボーダーは冷や汗を流していた。気絶しているリックを見ながらボーダーは思う。
「(この坊主、何者だ……? もしあれが奴の殺気だとしたら、とんでもない才能の持ち主だぞ……)」
観客席からの拍手を耳にしながら、VIP席で見ていたペガサスからため息が漏れ、直後ボーダーの強さを褒め称える。
「うむ、やはりボーダーは本物だな。白の軍に欲しい人材じゃ」
「ペガサス殿。ボーダーは優勝しても軍に入る気はないと宣言しておるぞ」
「なんと!? ……んっ、どうしたアルト?」
バレスと話していたペガサスだったが、身を乗り出して舞台を見ているアルトに気が付き問いかける。ペガサスの声に振り返るアルト。その顔は、待ち望んでいたものを見つけたかのような嬉しそうな顔。
「あのガキ、俺の前に連れてきてくれ!」
これより数日後、リックは赤の軍将軍、アルト・ハンブラの養子となる。実父はリックの夢を応援し、これを承諾。以後、アルトから剣を師事し、二年後には歴代最年少でリーザス軍に入団。リックは瞬く間に頭角をあらわし、数々の武功をあげていく事となる。
GI1015
-パラパラ砦-
リーザスとゼスの国境であるパラパラ砦。今ここは、ヘルマン軍に攻められていた。ゼスの内通者とヘルマン軍が協力し、リーザスへ侵攻するため奇襲をかけてきたのだ。小規模とはいえ、一個軍。油断しているリーザスなど敵ではない。笑いながら砦を攻めるヘルマン軍であったが、今までいた砦の警備員たちが退却し、それと入れ替わるように目の前に一人の男が立ちふさがった。全身を鎧に包み、額には『忠』の文字。その男が、ゆっくりと剣を振るい始める。
「一人? たった一人でこの数を相手にする気か?」
「気でもふれたか?」
「…………」
目の前に迫る大量のヘルマン兵を見ながら、その前に立ちふさがる男、リックは少し前の出来事を思いだしていた。それは、自分がリーザス赤の軍将軍を義父のアルトから受け継いだ日の事。
「父上! 軍を離れるというのは本当ですか!?」
部屋に飛び込んでくるリック。どこかで噂話を聞いたのだろう。それに苦笑しながら答えるアルト。
「ああ、情けない話だが、もう昔ほど剣を振るえねえ。老兵は死なず、ただ去るのみ……ってな」
「そんな……それでは、赤の軍は一体誰が……」
戸惑うリックの前に、アルトが愛剣のバイ・ロードと兜を置く。どちらも、代々赤の軍将軍に受け継がれてきたものだ。
「次の将軍は、リック。お前だ」
「っ!? 僕は……将の器では……」
「謙遜するな。既にお前は俺を越えている。反対する奴なんか、誰もいやしねぇよ」
「僕は……強くなんかない……」
「おいおい、お前が弱かったら誰が……」
「違うんです!」
アルトの声を遮るようにリックが珍しく声を荒げる。俯いたまま、泣き声にも似たような悲痛な声で言葉を続ける。
「恐いんです、戦うのが! 人間相手ならまだそれほどでもないですが、モンスターを目の前にしたら体が震え上がってしまう。情けない話です。今まで騙し騙しやってきましたが……こんな僕が将軍になれる訳……」
「リック、よく聞け」
アルトの諭すような言葉に、リックが顔をあげてアルトの顔を見る。とても優しげな表情。尊敬する、もう一人の父の顔。
「戦いが恐い? いいじゃないか。恐れを知らない奴なんか、獣と変わらん。俺はそんな奴に兵の命は任せられん」
「……父上」
「それに、お前は一人で戦う訳じゃねえ。頼りになる部下も一緒だ。それにこの剣、そして兜は、代々赤の軍将軍に受け継がれてきたものだ。その魂が、ここに宿っている! 当然、俺のもな!」
「魂が……ここに……?」
「ああ、俺たちはいつでもお前と共に戦っている」
パラパラ砦に進軍していたヘルマン軍が退却を始める。たった一人の兵に一個軍が敗れたのだ。前線にいた多くの兵が死に、命辛々逃げ延びた兵が震えながら語った。リーザスには死神がいる、と。この活躍により、『リーザスの赤い死神』リック・アディスンの名前は世界に轟く事になる。
LP0002
-リーザス城 最上階-
「僕……いや、自分は……強くなんかない……」
「ぬっ……!?」
ノスが眉をひそめる。既に満身創痍だったはずの目の前の人間が、ゆっくりと立ち上がってきたのだ。口元では何かをボソボソと呟いている。
「貴方をここまで足止めできたのは……全てここにいる仲間たちのお陰。こうして今、自分が立ち向かえているのは……歴代の将たちの魂のお陰。まだまだ一人で戦えている身ではない……だからこそ、本当の強さを今なお追い求めている……」
そう言いながら、リックは剣をゆっくりと振るい始める。その流れるような動きの中に、ノスはハッキリと見る。リックの後ろに浮かび上がる、死神の姿を。
「死神!?」
「そうですか……見えましたか……では謝らねばなりませんね……貴方に明日のない事を!」
瞬間、ノスの全身に赤い直線が走る。それは、リックが繰り出す超高速の剣技。敵が多数であれば、剣を長くしての全体攻撃、単身であれば短くしての超高速集中攻撃。後ろに浮かび上がる死神が鎌を振るったかのように錯覚すると言われている、まさしく必殺の技。リックが編み出した、剣技の一つの極地。
「バイ・ラ・ウェイ!!」
「ぬ……うごぉぉぉぉ!!」
その一撃にノスが絶叫する。硬い鎧が破られ、全身から血が吹き出す。瞬間、全身に震えが走った。それは恐怖。ノスはこの戦いにおいて初めて、死の恐怖を感じたのだ。その事にノスのプライドが傷つき、ダメージとは別の感情で顔が歪む。
「(恐れている……私が……? 人間如きを……? そんな事、あって良いはずがない!)」
全身から血を噴き上がらせながらも、ノスは鬼の形相をしながら目の前のリックの首を左腕で掴み、グッと引き寄せる。既に立っているのがやっとのリックには、それから逃れる術がない。
「ぐっ……」
「リックさん!」
「ふざけるなぁぁぁぁ! この私に恐怖を抱かせた事、死んで償えぇぇぇぇ!」
絶叫の中、宙に浮かび上がらせていたグレートファイヤーボールをリックの体に直撃させる。まだ不完全な状態ではあったが、強力な魔力の塊。リックの体が大きく後方に吹き飛ぶ。
「リック!!」
「ふはははは、愚かな人間め! 私に楯突くからだ!」
ノスの笑い声が部屋に響く。ノスに立ち向かえる最後の一人であったリックが敗れ、この部屋にはもう戦える者がいない。いや、今背中から地に落ちていくリックを支えられる人間すらいないのだ。傷ついていないかなみや志津香も、圧倒的な力のノスを目の前にして一歩も動けないでいる。ゆっくりとその体が地に落ちていくリックを見ながら死の覚悟を決める面々であったが、リックの背中が地につく事はなかった。一人の男が、その背中を支えていた。
「ぬっ……」
「あ、あれは……」
「ランス……殿……?」
それは、ランス。ノスの前に倒れたが、シィルとセルの治療を受け、遂に目覚めた一人の英雄。自分の体を支えているのがランスだという事を確認して、リックが小さく呟く。
「後は……頼みました……」
「ふん! シィル、治療しておけ」
「は、はい! ランス様!」
後ろにいたシィルにポイ、とリックの体を投げる。慌てて受け止めるシィルだが、その表情は満面の笑み。ランスが生きていた。こうして目覚めてくれた。こんな絶望的な状況でありながら、その事実にシィルは笑みを隠せない。セルも既に他の者たちの治療を開始している。
「生きていたのか……カオスの使い手よ……」
「まあ、男共はどうでもいいが……」
ノスの問いかけに答えようともせず、カオスを肩にかけながら部屋の中を見回すランス。そこには傷だらけの仲間たち。
「俺様の女たちを随分と痛めつけてくれたみたいだな……」
「だとしたら……どうする?」
その言葉を聞いた瞬間、ランスがカオスを両腕で持ち、一気にノスとの間合いを詰めて高く跳び上がる。
「ぶっ殺す!!!」
「ぬっ……!?」
上空から剣を振り下ろしてくるランスの姿を見て、ノスは先程以上の恐怖を感じる。この男は、死神よりも恐ろしいというのか。咄嗟に一歩後ろに下がるノス。歴戦の猛者であるノスが感じ取った何かがそこにあった。そしてその行動は、好手であった。
「ランスアタァァァック!!」
「あいつの血で儂を染め上げろ! いけぇぇぇ!」
渾身の力で振り下ろしたランスアタックだったが、後方に避けたノスには命中せず、目の前の地面に叩きつけられる事になる。一瞬ニヤリと笑ったノスだったが、直後に発生した衝撃波で後ろに吹き飛ばされる。
「ぬおっ!?」
何とか倒れることなく体勢を立て直したノスだったが、自分の体を見て驚愕する。今の衝撃波を受けた箇所がダメージを負い、新たな鎧が誕生しているのだ。直撃ではない、ただの衝撃波。いくら魔剣カオスとはいえ、これほどのダメージを与えられるものなのか。
「へたくそ! 魔人を斬れていないではないか!」
「貴様がなまくらなのが原因だ!」
目の前でカオスと言い合いをするランスを見ながら、ノスは再び恐怖を覚える。この男と正面から戦うのは得策ではない。自分に近づかないよう、遠距離から魔法で攻撃し続けるべきだ。最強の肉体を持つと自負するノスであったが、それに驕りはしない。右手を高々と上げ、その手のひらに再び炎の塊が集まり始める。
「あ、油断してる場合じゃないですよ」
「ん……うげっ!? あの面倒くさい炎じゃないか! ……んっ? あれは……」
カオスの言葉に口喧嘩を止めてノスを見れば、先程自分が直撃を食らったグレートファイヤーボールが出来上がり始めていた。顔を歪めるランスだが、そのノスの後方にある何かに気が付いて眉をひそめる。
「ふはははは、覚悟を決めたか! カオスと共にこの世から消え失せろ!!」
グレートファイヤーボールを放とうとするノスだったが、瞬間、後方に違和感を覚える。自分の後方には壁しかない。誰もいない。それによりノスは後方の警戒を怠っていた。だからこそ、これほど間近に迫ってくるまでこの強烈な殺気に気が付けないでいた。振り返り、後方を見る。そこには、初めて見る剣士の姿。黒髪の剣士が、先程のランスと似たような構えで上空から剣を振り下ろしてくる。
「真滅斬!!」
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
その一撃でノスの右腕が宙を舞う。この剣士に一刀両断されたのだ。手のひらに溜めていたグレートファイヤーボールは宙に四散し、憎々しげに目の前の男を見る。
「貴様ぁぁぁぁぁ! 何者だぁぁぁ!!」
「ルーク・グラント、冒険者だ」
「ルークさん!」
「遅いのよ……馬鹿……」
剣先をノスに向け、自分の名を返すルーク。待ち望んでいたルークの到着にかなみが歓喜の声をあげ、志津香が帽子に手をやりながらため息をつく。突如現れたルークをノスが鬼のような形相で睨み付けながら、声を荒げる。
「一体どこから来た! 転移呪文の使い手か!?」
「おあつらえ向きに壁が開いてたんでな。使わせて貰った」
ルークが後ろの穴を指し示す。先程志津香が魔法で開けた巨大な穴。かなみが視線を向けると、穴の横で一人の悪魔が汗を流しながらぜぇぜぇ言っているのが見えた。
「絶対私は……もっと評価されても……いいと思うんだ……はぁっ……はぁっ……」
「スマンな、フェリス。感謝している」
「心が……こもっていない……はぁっ……はぁっ……」
「後で心の底から礼を言わせて貰うさ。しかし、随分と酷い状況みたいだな……」
フェリスの抗議を尻目に、部屋の中を見回すルーク。そこには倒れた仲間たちの姿が見える。心配そうにこちらを見るかなみ、志津香、ミリ、メナド、バレス、レイラ、マリス、アレキサンダー。気を失っているマリア、ラン、ミル、トマト、リック。治療に奔走するシィルとセル。それを応援するリア。自分が遅れた為に傷ついた者もいるだろう。後悔をしながらゆっくりと一度目を閉じ、ノスを睨み付けるルーク。
「覚悟は出来ているな、魔人ノス!」
「なっ……!?」
その殺気にノスが目を見開く。こいつもだ。この男も、自分に恐怖を抱かせるというのか。カオスも持っていない、まだ攻撃にも移っていない目の前の男の殺気が、先程ランスに感じたものと同等かそれ以上なのだ。その時、ノスの向こうに立っているランスがルークに向かって文句を口にする。
「遅ぉぉぉいっ! 出前だったら返品だ! どこで油を売っていた、馬鹿者!」
「スマン。後でこの詫びはいくらでもさせて貰う。だが、ランス。お前も以前ラギシス戦で遅れてきたとき、言っていただろ?」
「ん? 何をだ?」
ノスを挟み込むような形で立っているルークとランス。ノスが両者の動きに注意を向けている中、ルークがランスに答える。
「英雄は、遅れてやってくるものだってな」
「馬鹿者! 英雄はこの俺様の事だ!」
「ふっ……確かにお前は英雄かもしれんな。それを否定する気はない。だが……」
ランスの言葉を聞いたルークが不敵に笑いながら、ノスに剣先を向ける。
「英雄が二人いてもいいんじゃないか?」
「……ふん! 足を引っ張るなよ!」
ランスもカオスをノスに向ける。その二人の姿を見ながら、周囲の面々は心の中で思っていた。ルークとランスは、本当に英雄かもしれないと。志津香がその考えをすぐに否定して頭を振る。ランスは絶対に違うと。肩口から斬れた腕から血を流しながら、ノスが咆哮を上げる。それが合図となり、二人の英雄はノスへと向かって駆け出していく。
-リーザス城 最上階 奥の間-
「これは……」
ここは先程までヘルマン軍の司令部として使われていた部屋。パットンの使っていた玉座に腰掛けながら、ジルが広間で起こっている異変に気が付く。周囲には血を吸い終わった女の死体が転がっている。
「ノスが敗れるか……そうか……ふふっ……」
広間で戦っているノスがどんどんと弱まっているのを感じるジル。だが、自分の部下を助けにいく様子はなく、それどころか口元に笑みを浮かべていた。
「ノスを倒す人間か……これは楽しめそうだな……」
そう呟き、玉座に深く腰掛け直す。決して勘違いしてはいけない。リーザス城での決戦は、まだ最終局面にすら辿り着いていないのだ。
[人物]
アルト・ハンブラ (半オリ)
LV 38/55 (当時)
技能 剣戦闘LV1 シーフLV2
先代赤の軍将軍。リックの養父にして、当時のリーザス軍最強の男。力の衰えを感じて軍から退いたが、まだまだ剣の腕は一流であり、今は故郷で道場を開いている。本人にその気はなかったが、もし盗賊になっていたら大陸にその名を轟かす大盗賊になっていた。
ザン・サビス (オリモブ)
LV 27/40 (当時)
技能 剣戦闘LV1 シーフLV1
先代赤の軍副将。アルトと共に引退をしようとしていたが、良い人材が見つかるまで退役するなと蹴飛ばされる。その後、メナドという逸材に副将を任せ、悠々退役。今はアルトの道場を手伝っている。名前はアリスソフト作品の「ママトト」より。アルトの部下と言えばこの人。
ボーダー・ガロア (オリモブ)
LV 32/65 (当時)
技能 剣戦闘LV2 冒険LV1
旅の冒険者。因みにパラパラ杯ではナクトという冒険者に負け、準優勝だった。今なお現役の冒険者であり、美人の奥さんと共に各地を旅している。実はルークとも以前会った事があり、顔見知りである。そろそろいい年のはずだが、かつてリックが対峙したときよりも更に強くなっているらしい。名前はアリスソフト作品の「闘神都市」シリーズより。いつかまた登場するかもしれない。
[技]
バイ・ラ・ウェイ
使用者 リック・アディスン
リックの必殺技。目にも止まらぬ速さで相手を斬る高速の剣技。一瞬の内に赤い直線が走る美しさに、周囲の者は目を奪われる。リックの後ろに死神の姿が浮かぶと言われているが、それはリックの強烈な殺気が生み出したもの。この姿を見たものはその日中に死ぬという噂さえ流れているほど。