-リーザス城 最上階-
「(何故だ、何故だ、何故だ!? 何故私がここまで追い詰められている!?)」
左右からの繰り出されるルークとランスの猛攻を必死に受けながら、ノスの心を怨嗟の声が満たす。理解出来ない。受け入れられない。何故自分は窮地に立たされているのか。
「(私の計画は完璧だった。今まで一度たりとも失敗した事はない。邪魔だったレキシントンもバークスハムも、この手で葬ってやった!)」
「どりゃぁぁぁ!」
ランスの一撃が腰の辺りに直撃し、ノスの顔が歪む。そんな中脳裏に浮かんだのは、かつて自らの手で秘密裏に葬った二人の魔人。
「(私と同等の力を持ちながら、魔人としての誇りを持たぬ変態魔人、レキシントン。奴には歴史上初めて人間に倒された魔人としての汚名を着せてやった! リトルプリンセスを魔王として覚醒させようとした未来予知魔人、バークスハム。ジル様の復活の為に最大の障害であった奴を暗殺したのもこの私だ!)」
「真空斬!」
自身と同等の力を持つレキシントンの存在が邪魔だった。その予知能力から自身最大の障壁であるバークスハムの存在が邪魔だった。だから、殺した。
「(この計画も、アイゼルやサテラは気付きもしなかったはず! ガイとホーネット、偽りの主に頭を垂れ続け、遂に悲願であったジル様復活も遂げた! 魔人ですら気付かぬ完璧な計画……そのはずだった……)」
「やれー! 儂で魔人をぶっ殺せー!」
1000年以上もの間耐え続け、遂に悲願を達成した。多くの魔人を出し抜きこれまで暗躍してきた。見た目に反し、ノスはただ力が強いだけの魔人ではない。その知においても、魔人の中ではトップクラスの正に傑物なのだ。彼の計画は、これまで破綻した事などなかった。
「(それなのに、何故だ! 何故……)」
跳び上がり、自身に向かって剣を振り下ろしてくる二人の戦士を睨み付け、ノスが咆哮する。
「人間如きにぃぃぃぃ、邪魔されねばならぬのだぁぁぁぁ!!!!」
「くっ……!」
「うがっ!」
魔力を帯びた左腕をノスが振るう。発生した強烈な衝撃波がルークとランスに直撃し、二人が後方に吹き飛ばされる。
「ルークさん!」
「ランス様!」
かなみとシィルが悲鳴を上げる中、ノスは鬼のような形相を浮かべながら吹き飛んだ二人に向かって歩みを進める。ルークによって斬り落とされた右腕の傷口には新たな鎧が生み出されており、先程まで流れ落ちていた血はもう流れてない。
「凄い……」
メナドが息を呑む。いや、メナドだけではない。ノスの威風堂々たる姿に、周囲で見守っている者たちは再び恐怖を覚えていた。アイゼルやサテラとは格が違う。これが、魔人ノス。
「私にぃぃぃぃ、歯向かうなぁぁぁぁぁ!!」
「ふっ……冷静沈着な魔人と聞いていたが、化けの皮が剥がれたといったところか……」
「えっ、そんな話誰から聞いたんじゃ? 儂にも教えてちょ」
「うるさい、なまくら!」
「ヒドっ! 剣権侵害、反対!」
こちらに迫ってくるノスを見ながら、ルークとランスが冷静に話す。剣を握り直し、ノスの鋼の肉体に視線を移す。
「さて……生半可な攻撃では意味がないみたいだし、大技で決めるぞ!」
「俺様の攻撃は全て大技だが、まあ貧弱な貴様に併せてやるとするか」
「やれやれ……それで合体技の事だが、技名でも考えておくか? 真滅アタックというのはどうだ?」
「馬鹿者! 何故貴様と合体しなきゃならん! 合体するのは美人のねーちゃんとだけだ。それに、百歩譲ったとしても名前は真ランスアタックだ、がはは!」
「それは俺の技の要素が殆ど残っていないな……」
「儂はカオスエターナルスラッシュという名前がかっちょいいと思うぞ」
「そんな下らない話は後にして、真面目に戦いなさい!!」
志津香がノスを前にして話し込む二人と一本に声を荒げる。周囲で見ていた面々も呆れた様子だが、不思議と先程ノスに感じていた恐怖が薄れている。あの二人の声が、背中が、妙な安心感をもたらすのだ。これこそが、英雄たる資質か。
「死ねぇぇぇぇ、人間がぁぁぁぁぁ!!」
二人の目前まで迫ったノスが、その巨体から左腕を振り下ろす。それを左右に躱す二人。ノスの拳を受けた床がめり込み、破片が舞い踊る。
「俺様の女に手を出した奴がどうなるか教えてやろう。死ねぇぇぇ!!」
「ホーネットを裏切った報いだ。滅びよ、ノス!」
その言葉と共に二人が跳び上がる。両手で剣を強く握り、高々と上に掲げる。これまで何度も見てきた、二人のよく似た必殺の技。だが、ノスはそれを予見していた。振り下ろした左腕には未だ魔力が帯びている。本来ならば、今の一撃の際に外に放たれた四散しているもの。それが未だ残っているという事は、今の一撃元々当てるつもりのない攻撃、いわば誘いの一撃であったのだ。ニヤリと口元を歪めるノス。
「滅びるのは……貴様ら人間だぁぁぁぁ!!!」
絶叫と共に体を起こし、左腕を二人に向かって振るおうとするノス。その腕が魔力を帯びている事にいち早く気が付いた志津香は目を見開く。あの体勢では、二人とも直撃を受けてしまう。だがそのとき、ノスの顔が激痛に歪んだ。
「がっ……なんだ……!?」
痛みで腕が上がらない。その脇腹に走る痛みは、アレキサンダーの装甲破壊パンチによるもの。全身に広がる火傷の痛みは、志津香の白色破壊光線によるもの。直線上に数多く走っている斬り傷は、リックのバイ・ラ・ウェイによるもの。いや、それだけではない。そこらかしこに広がる傷が、一斉に悲鳴を上げているのだ。それは、今この場にいる全員が与えた確かな傷跡。ノスの脳裏に、先程倒したリックの言葉が蘇る。
『ここにいる皆が与えた攻撃は、無駄になどなっていない。その一撃一撃が、確実に貴様に蓄積されている! そして、その積み重ねが……』
「(違う! 無駄だ、全て無駄なはずだ! 人間如きが与えた傷など……人間如きが……)」
ノスがギリ、と歯ぎしりをし、宙から剣を振り下ろそうとしているルークとランスを睨み付ける。
『魔人ノス、貴様を討つ!』
「人間如きにぃぃぃ、このノスが敗れるなど、あるはずがないのだぁぁぁぁぁ!!!」
「ランスアタァァァック!!」
「真滅斬!!」
ノスの絶叫と同時に、二人の剣がその体を両断する。信じられないというような表情のままノスの体が三つに分断され、ゆっくりとその体が崩れていく。全身を覆っていた鎧が剥がれ落ち、砂煙となって宙に四散していく。その様子を見ていた者たちは一様に押し黙り、部屋は一瞬静寂に包まれたが、ノスの体が完璧に崩れ落ちた瞬間に歓喜の声が湧き上がった。
「がっはっは! 俺様の敵ではないのだ!!」
「流石です! ランス様!」
「やーん! やっぱりダーリン素敵!!」
「やりおった……魔人を倒しおった……うぅっ……」
「はぁ……ドッと疲れがきたな……」
「お二人共、見事です。私もいつか、あの領域に……」
「はっ! 目が覚めてみればルークさんが来ているです! これで勝つるです!」
「もう勝ったんですよ、トマトさん」
バレスがむせび泣き、ミリが気絶しているミルをその胸に抱きながらため息をつく。アレキサンダーは歓喜と同時に沸いてきた悔しさに拳を握り、気絶していたトマトがセルの治療によって目を覚ます。その様子を見ながら、怪我の浅いかなみは座り込んでいる志津香に近づいていく。
「お疲れ様です。志津香さん」
「お疲れ。志津香で良いわよ。私もかなみって呼ぶから」
「えっ……?」
目を丸くしていたかなみだが、静かに微笑む志津香を見て自身も微笑み返す。もう彼女とは共通の知人を通しての間柄ではない。共に死線をくぐり抜けた戦友なのだ。
「はい、ではそれで。肩を貸しますよ、志津香」
「ふふっ。ありがとう、かなみ。でも大丈夫よ。私は怪我が浅いから」
そう答えながら立ち上がる志津香。部屋の中には自然と笑みが溢れていた。だが、ルークの顔は未だ晴れていない。その顔を見たかなみが疑問を抱くが、それに応えるかのように突如部屋に声が響く。
「人間とは……つくづく愚かな生き物だ……その希望は……全て無駄だというのに……」
「なっ!?」
「この声はノス!?」
「まだ生きているの!?」
全員が崩れたノスの体に視線を向ける。その前にはルークが立ち、既にノスに視線を落としていた。初めからノスが死んでいない事に気が付いていたのだろう。その崩れた体の前に横向きに転がるノスの首。そのような状態になりながらも、ノスは静かに言葉を発していた。
「その希望は……すぐに絶望へ変わる……貴様ら如き人間が……あのお方に勝てる訳がない……」
ノスのその言葉を受け、全員がある事を思い出す。その事実を失念していたのは、ノス撃破の歓喜だけが原因ではないだろう。考えたくなかったのだ。まだこの先にもう一人、ノスよりも遙かに強大な力を持った者が控えている事を。
「貴様らは確実に死ぬ……魔王ジル様の手によってな……貴様らだけではない……人類は……再びジル様によって暗黒のじだっ!?」
そこまで言い放った瞬間、ノスの顔面に剣が突き刺さる。それは、ルークの持つ妃円の剣。じろりとルークに視線を向け、睨み付けるノス。
「きっ……さ……」
「もう滅びろ」
その言葉を最後に、ノスの体が完全に消滅する。後に残されたのは赤い玉のみであった。コロリ、と床に転がる赤い玉を手に取るルーク。かなみがルークに問いかける。
「ルークさん、それは……?」
「……これは魔人の核、魔血魂という。魔人は死ぬとその体が消滅し、この玉に戻る」
「おうおう、よく知っとるじゃないか、兄ちゃん。それがある限り、魔人は何度でも復活する可能性があるのじゃ」
ルークの言葉にカオスが反応する。ノスがまだ復活する可能性があると聞き、周囲の者たちは一斉に目を見開く。一番に口を開いたのは、マリス。
「それでは、今すぐ破壊すべきでは?」
「あ、それ無理よ、ケバねーちゃん」
「……っ!」
「おおっ、マリス様からノスばりの殺気が……」
「そ、それで、無理っていうのは?」
トマトがマリスからノス並の殺気を感じている中、先程意識を取り戻したマリアがカオスに問う。その問いに、ルークが答える。
「魔血魂を破壊できるのは、魔王だけだ」
「そういう事じゃ。流石の儂でも、魔血魂の破壊は無理無理」
「やはりなまくらだな、こいつ。やっぱりこの戦いが終わったら折る事にしよう」
「ランス様。リーザスが責任を持って、二度と復元できないほどに粉々にしておきますよ」
「ぶるぶる……」
今まで見た事もないようなマリスの雰囲気に、メナドが治療を受けながら震え上がっていた。出来れば、今だけはシィルかセルに治療を代わって貰いたいと真剣に考えてしまうほどだ。
「まあカオスの処遇はさておき……」
「さておかないで。儂、大事な剣ですよ?」
「そういう訳だから、リア、マリス。この魔血魂はリーザス王国で厳重に封印しておいてくれ」
ルークが手に持っていたノスの魔血魂をリアに投げる。それを慌てて受け取りながら、リアが恐る恐る尋ねる。
「いきなり復活したりしない?」
「それは大丈夫だ。基本的には生物が飲み込まない限り問題ない。例え生物が飲み込んでも、適正能力が無ければ復活する事はない」
「それでは、封印の間に更に厳重な結界を加え、この魔血魂を封印しておきましょう。どうせカオスは、二度とあそこに戻る事はないのですから……ふふふ……」
「あ、ああ、頼む」
「やめてー、そのケバねーちゃんには頼まないでー」
「ふふふふふふふふ」
「わざと挑発しているのかしら……?」
カオスの言葉を受け、マリスは更に殺気を増しながら怪しい笑みを浮かべる。呆れた様子でカオスを見る志津香。
「それとシィルちゃんとセルさん」
「はい?」
「何ですか?」
「5分……いや、10分で可能な限りみんなを回復してくれ」
そう言って、奥の間がある方へ視線を向けるルーク。先程まではノスと対峙していたから気が付かなかったが、今は確かに感じる。そこから流れてくる、不穏な空気が。それは、奥の間にいる者から発せられているものだ。
「まだ一人、倒さなきゃならない相手が残っているからな……」
「魔王……ジル……」
「他の将軍たちの到着を待っては……?」
「いや、今こうしている間にもジルは力を取り戻しているはずだ。戦うのが遅れれば遅れるほど、状況は悪くなる」
「ノスよりも……強いんですよね……?」
「ああ、確実にな」
その言葉を聞き、全員に緊張が走る。ほぼ万全の状態で、これだけの人数で挑んで、それでもボロボロになり、ギリギリのところで魔人ノスを倒したのだ。そんなノスよりも強い相手と、今の満身創痍な状態で戦わなくてはならないのだ。倒れている仲間を見ながら、ルークが言葉を続ける。
「先に言っておきたい事がある。敵は更に強大。今度こそ本当に死ぬかもしれない」
「…………」
「だから、無理についてくる必要は無い。そう感じた者はここに残ってくれ」
「その通り。俺様の足手まといになるような奴は邪魔だ!」
これより先は更なる死線。だが、そのルークとランスの言葉を聞き、レイラがフッと笑った。
「今更そんな人、いないと思うけどね……」
「お役に立てるかは判りませんが、最後までお供します」
「ぼくも最後まで戦います!」
ランとメナドがレイラの言葉に続き、他のみんなもしっかりとルークの顔を見てくる。誰一人引く気はないらしい。あのリアでさえ、はるまきを胸に抱いてしっかりとランスの方を見ていた。
「そうか……それでは、シィルちゃんとセルさんは回復の雨とヒーリング係に分かれてみんなの治療を頼む。ヒーリング係の方は、リックとアレキサンダーを重点的に回復してくれ」
「はい!」
「まあ、文句はないの。あの二人は欠かせない戦力じゃ」
バレスが頷く。先のノス戦からも判るとおり、リックとアレキサンダーはこの中でも頭一つ抜き出た存在だ。彼らを欠かす事など出来ない。
「ルーク様、治療でしたら私も出来ます」
「そうか。ではマリスも協力してくれ。軽傷の者は、俺が正露丸3を持っているからそれで体力の回復を」
「はい、はーい! 元気の薬もありますですよー! アイテム屋の本領発揮ですー!」
シィル、セル、マリスの三人が治療に奔走し、ルークとトマトが周りに回復アイテムを配り始める。そんな中、治療を続けているセルが申し訳なさそうに口を開く。
「すいません、ルークさん。私が大回復を使えれば……」
「いや、気にする必要は無いさ。それに、あれは少し危険な魔法だ」
「ちょっと待って! セルさん、大回復使えないんですか?」
思わず驚きの声を上げてしまうマリア。そのマリアを申し訳無さそうな顔で見ながら、セルが言葉を続ける。
「はい。あの魔法は高度な魔法です」
「でも、ロゼさんよりセルさんの方がレベルは上なんですよね……?」
「自身の体力を犠牲にする大回復は、AL教の教えでは少しグレーゾーンなところがありまして、今まで覚えようとした事がなかったんです……」
「私は一応使えるのですが……」
マリスがそう答えると同時に、リアがマリスにギュッと抱きつく。
「使ったら倒れる危険な魔法なんて、マリスには使わせないんだからね」
「このように言われていますので……」
「いや、無理に使う必要は無い。それに、マリスも貴重な戦力だ。ここで脱落は惜しい」
「ありがとうございます、ルーク様」
大回復で一気に回復というのも捨てがたいが、マリスの力はそれ以上に惜しい。この面々でも上位に位置する高レベルに加え、回復魔法だけでなく剣まで使いこなすパーフェクト侍女だ。
「というか、そんな高度な魔法を大したレベルでもないのに使うロゼさんって……」
「ロゼさんはとても優秀な神官ですよ。もう少し信仰心があればいいのですが……」
困ったようにため息をつくセルの言葉を受け、全員がロゼの顔を思い浮かべる。自由奔放、信仰心ゼロ、金にがめつい淫乱シスター。突如、ランスが叫び出す。
「駄目だ! あいつが優秀な神官など、俺様は認めんぞ!!」
「でも、悪魔を呼び出すのだってそれなりに優秀な証なんじゃ……」
「ええい、それ以上言うな! 俺様の何かが壊れる気がする!」
「そうじゃ、そうじゃ! ロゼってさっき入り口で倒れてた神官じゃろ? 淫乱な神官なんぞ、儂は絶対に認めんぞ!」
「変な拘りを持っているわね、このスケベ剣」
ランスとカオスがやんや、やんやと騒ぎ立てる。それを横目に、ルークはミリへと近づいていく。ミルを抱いたまま壁に背を預けているミリ。胸の中のミルは、まだ気を失ったままだった。近づいてくるルークに複雑な表情を向けるミリ。
「……どうした、ルーク」
「……その様子なら、察しているんだろ?」
「…………」
「ミリ、お前はミルと一緒に残れ」
「俺は、まだ……」
「ミルはこの後の戦いを経験させるには、あまりにも幼すぎる。ミルだけをここに残し、目が覚めたとき奥の部屋に来たらどうするつもりだ?」
「っ……留守番なら、俺以外にも……」
ミルを胸に抱きながらルークに反論を続けるミリ。これ以上遠回しに告げても仕方が無い。そう考えたルークは、ミリの目をジッと見ながらハッキリと口にする。
「足手まといだ」
「!?」
「いつ動きが鈍るか判らない、今のお前ではな……」
「そうかい……お優しいあんたがそうハッキリ言うって事は……足手まといなのか。くそっ、悔しいねぇ……最後の最後で役に立てないなんて……」
ミリが右手で顔を覆う。涙は流していなかったが、少しだけ見えたその表情はあまりにも悲痛な表情。そのミリを見ながら、ルークは言葉を続ける。
「最後なんかじゃないさ」
「……?」
「リーザス解放戦という点で見れば、確かに最後かもしれない。だが、俺たちが共に戦う機会なんて、まだまだいくらでもあるさ」
「ふっ……ふふっ……そうだね。またあんたたちと冒険がしたいよ。必ず生きて帰ってくるんだよ」
「ああ、当然だ!」
互いに軽く右拳をぶつけ合う。それは、誓い。魔王という強大な敵を前にしながらも、ルークはしっかりと勝利を約束したのだった。ミリの顔に自然と笑みがこぼれる。立ち去るその背中を見ながら、胸の中のミルを愛おしげにギュッと抱きしめた。
「お疲れ、フェリス」
「はぁっ……はぁっ……感謝の言葉は……?」
ミリと話した後、ルークは壁の穴の前で未だに息を切らしているフェリスに声を掛けに行く。ジロっとルークを睨み付けるフェリス。一応主人なので、出来る反抗はこれが精一杯である。
「いや、本当に感謝しているぞ。ほら、元気の薬だ。体力はこれで回復するはずだ」
「お、気が利く! んぐっ、んぐっ……で、魔人と共存するとか言っておいて、魔人をぶち殺した感想を聞いて良いか?」
「元々全ての魔人と仲良くできるとは思っていないさ。奴は倒すべき魔人だった、それだけだ」
「詭弁だな。んぐっ、んぐっ……」
他の者に聞こえないよう、小声で話すルークとフェリス。元気の薬をグビグビと飲みながら、意地悪そうな笑みを浮かべるフェリス。ちょっとした復讐のつもりなのだろうか。
「ぷはぁっ! で、私はもう帰って良いのか?」
「ん? 何言っているんだ?」
「……?」
「この後の戦い、期待しているぞ」
ポン、とフェリスの肩に手を置くルーク。ルークの言葉を一瞬理解できず、先程までの会話を思い返した後、フェリスはプルプルと震え始めた。
「この後の戦いって……なんかさっきの奴が、魔王ジルがどうたらとか……」
「ああ、この先に待ち構えているのは、復活した魔王ジル。大丈夫、全盛期の数パーセントほどの力しか保有していないさ」
「いや、さっきの魔人より確実に強いって……あいつ、私よりも絶対に強い魔人だったんですけど……」
「何、危なくなったら俺が許可を出すから、そうなったらいつでも逃げていいさ」
「あ、そうなのか? それなら……」
ルークの言葉にフェリスがホッと息を吐く。その顔を見ながら、ルークがボソッと呟く。
「まあ、本当に死ぬ直前まで許可を出す気はないがな……」
「鬼だ! 鬼がいる! 結局私の主人はどっちも大ハズレだ!!」
フェリスが涙目で叫び出す。丁度ルークに近寄ってきていたためにその会話が耳に入っていた志津香が、ルークに後ろからチョップを入れる。
「あんまり虐めるんじゃないの。悪趣味よ」
「いや、ジョークのつもりだったんだが……」
「嘘だ! 目が本気だった! うわぁぁぁん!!」
嘆くフェリスを見ながら困ったように頭を掻くルーク。そこにかなみが駆け寄ってくる。それは、奇しくもあの時と同じメンバー。この場にいる者の中でルークの夢を知っている、三人の女性。泣いているフェリスを宥めるルークを見ながら、かなみが志津香に小さく呟く。
「志津香……」
「何?」
「絶対に……生きて帰りましょう……」
「当然でしょ、かなみ」
-リーザス城 最上階 奥の間-
静寂に包まれていた部屋に、ギィという扉を開けた音が響く。その音を聞き、玉座に腰掛けて目を閉じていたジルがその目をゆっくりと開いていく。扉の前に立つ人間たちをその目に映し、静かに口を開く。
「……遅かったな。ようやく来たか」
「あれが……魔王ジル……」
「その口ぶりだと、ノスが敗れた事には気が付いていたようだな」
「当然だ。その事で貴様らに興味を持った。ノスを倒すほどの人間……くくく、面白い……」
「自分の部下の死を……悲しみもしないなんて……」
「悲しいぞ。胸が張り裂けそうだ。奴は一番使える駒だったからな」
そう言いながら大げさに自分の胸に手を当てるジル。その動作一つ一つに、否が応でも緊張が走る。目の前にいるのはノスよりも遙か怪物、あの魔王ジルなのだ。対峙するのは総勢17人。ルーク、ランス、シィル、かなみ、志津香、マリア、ラン、トマト、セル、リア、マリス、バレス、レイラ、リック、メナド、アレキサンダー、そして涙目のフェリス。ぞろぞろと立ち並ぶ面々を見て、ジルが失笑する。
「これはまた……随分と大勢で来たものだ。これでは少し戦いにくいか……ふっ!」
ジルがそう言って立ち上がり、右手を横に払う。発生した魔力の風が部屋の装飾品や玉座を吹き飛ばし、一瞬の内に部屋を更地にする。魔力を溜めている様子はなかった。それなのに、ほぼノータイムでこれ程の事を軽々やってのけたのだ。その事実にバレスが驚愕する。
「なんと……」
「ふん、手品と変わらんな!」
「カオスの使い手か……」
バレスの言葉を一蹴したランスに冷たい視線を送るジル。そのジルにカオスを向け、高らかにランスが宣言する。
「俺様の名はランス。世界一の大英雄だ。ジル、たっぷりと痛めつけて、可愛がった後で封印してくれるわ!」
「この儂から逃げられると思うなよ! 封印じゃ足らんぞ。奴の血を儂の体が欲しておる!」
「ふっ……今度こそ完膚無きまでに消滅させてやろう、カオス。だが、最初に破壊したのではつまらんな……」
「なんだと……?」
ニヤリと笑いながら、こちらを見下した表情で見てくるジル。その口元には妖しげな笑みが浮かんでいる。
「カオスを破壊すれば、私にダメージを与える手段はなくなる。それでは興ざめだ。カオス、貴様の破壊は最後まで取っておいてやろう」
「随分と余裕じゃない……?」
「見くびられたものですね……」
「ふふふ、それ程の力の差があると判らぬほど愚かな存在なのか?」
志津香とアレキサンダーが声を漏らすが、瞬間、ジルの体から殺気が溢れ出る。この程度の殺気、ジルにとってはまだまだ本気ではないだろう。だが、それは先程までのノスよりも遙かに禍々しさを含んでいた。強烈な殺気に構える面々。それを見たジルもゆっくりと構えようとするが、相手の中に一人だけ悪魔がいる事に気が付く。
「ほう、悪魔がいるな。そいつが貴様らの中で最強と見えるが?」
「げっ! 目をつけられた!?」
「馬鹿者! 最強はこの俺様だ!」
「貴様には聞いていない。悪魔の娘よ、主は誰だ?」
「何だと!」
「……俺とこの男だ。それがどうかしたか?」
喚くランスを親指で示しながら答えるルーク。その返答を聞いて、ジルがくすくすと笑う。
「悪魔を連れていれば勝てるとでも思ったのか?」
「例え彼女がいなくても、貴様には挑んだぞ、ジル」
「うう……だったら早く帰してくれ……」
「ふふふ、ははははは! そうか。やはりお前らは今までの人間の中でもそれなりには面白い存在みたいだな。せいぜい楽しませてくれよ」
ジルが無邪気に笑う。その様子を一同が様々な思いで見ている中、ルークは自身の背中でその姿があまり見えないようにしていた志津香に目で合図を出す。コクリと頷き、ゆっくりと前に出ていく志津香。
「では……魔王の恐ろしさを知って貰おうか!」
ジルがそう言い放った瞬間、一歩前に出た志津香が両手を前に出す。魔力を帯びたその手から、志津香渾身の一撃が放たれる。
「白色破壊光線!!」
「ほう……」
先手必勝。部屋に入る前から魔力を溜めておき、開幕早々に大技をぶちかます。ジルの体を光の渦が包み、そのままその体が光へと消えていく。白色破壊光線は奥の壁をそのまま突き破り、光は彼方へと飛んでいった。
「相変わらずの威力だな……」
「油断しないで! ノスもこの攻撃は耐えたわ!」
「悔しいけど、この一撃で倒れるような相手じゃないでしょうね……」
レイラが周囲に檄を飛ばし、志津香も再び魔力を溜めていく。全員が構えていると、ジルの立っていた場所に立ちこめていた煙が徐々に晴れていく。全員が一斉に注目するが、煙の晴れた先にジルの姿はない。
「いない……」
「これで終わったんじゃないか? がはは、あっけない幕切れだ!」
「いんや……まだ魔王の気配を感じるぞい……」
「皆の者、注意するのじゃ! どこから攻撃を仕掛けてくるか判らんぞ!」
「かなみ! どこへ逃げたか見えなか……った……」
カオスの断言に皆が気を引き締め直す。バレスが周囲を見回しながら声を荒げ、メナドもそれに習って隣に立っていたかなみに問いかける。そして、見てしまう。先程まで横に立っていたはずのかなみの体が、大地から離れているのを。
「…………」
「あっ……かな……み……」
血が床に滴り落ちる。かなみの目の前に立つのは、先程まで遠くに立っていたはずの魔王ジル。その右腕から伸びた爪がかなみの腹を貫き、その体を宙へと持ち上げていた。かなみは口から血を流し、その目は光が失われている。腹から流れた血はジルの爪を伝い、一滴、また一滴と床に滴り落ちていた。
「かなみーーーーっ!」
「!?」
「なっ!」
「かなみさん!」
「一体どうやって……」
メナドの絶叫に全員がそちらを向き、貫かれたかなみを見る。それは有り得ない光景。全員が気を張っている中、ジルは悠々とかなみの目の前までやってきて、その体を貫いたのだ。煙が立ち込めていたとはいえ、この場にいる人間には誰一人としてその動きを目に捉える事が出来なかった。
「まさか、転移魔法の使い手では……?」
「魔力は感じなかったけど、もしかしたら……」
「違う……そうじゃない……」
シィルの声に志津香が反応する。確かに転移魔法であれば、一瞬の内にかなみの目の前に現れる事は可能だ。だが、それを否定する者が一人いる。この場で唯一、ジルの動きをハッキリとその目に映していた者だ。それは人間では無く、悪魔。フェリスが一歩後ろに下がりながら、怯えた様子で言葉を続ける。
「こ、こんなの勝てる訳がない……こいつ、普通に動いただけだ!」
その言葉に周囲が驚愕する。何の種も仕掛けもない。魔法でもない。ジルは、まるで息を吐くかのように普通に動いただけであった。ただそれだけの動きを、フェリス以外誰も捉える事が出来なかったのだ。なんという高速移動か。ジルが右手の爪を伝う血を左手で掬い、一口舐める。
「ふむ、中々に美味だな。それにしても、この場で一番素早そうな者でもこの様か。やはり人間共に私の動きを見きるのは不可能か……これは少しスピードを落とすべきだったかな?」
「……っ……っ……」
今なお爪で貫かれたまま虚ろな目をしているかなみを見て、志津香が声にならない声をあげる。思い出されるのは先程の会話。
『絶対に……生きて帰りましょう……』
『当然でしょ、かなみ』
そう誓い合った。それなのに、その仲間の命が今こうして散ろうとしているのだ。
「それで……」
かなみの血を口元につけたまま、ジルがゆっくりと首を動かして他の面々を見る。目の前にいるメナドは親友がやられているのにも関わらず、恐怖で身動きが取れないでいる。
「次はどいつだ?」
「俺だ!!」
瞬間、ジルの後ろから声がする。振り返って見れば、そこに立っていたのは鬼のような形相で剣を振りかぶるルーク。一体いつの間に後ろに回ったのか。それとも、フェリスほどではないにしろルークにもその動きが追えていたとでもいうのか。剣を振り下ろしてくるルークを見ながら、ジルが不敵に笑う。
「では、次はお前を殺すとしよう」
これより始まるのは、文字通りの血戦。その圧倒的な力の前に、これより十分と持たずパーティーは半壊する。その時ジルの前に立っていられたのは、僅かに五人。開幕の合図は先程の白色破壊光線ではない。ジルにとっては、あのように素直に真正面から放たれた魔法など攻撃にも含まれない。爪を引き抜かれ、かなみの体が地に落ちる音が聞こえる。それが、真の開幕の合図であった。
[人物]
ジル
LV -/-
技能 魔王LV2
第5代魔王。先々代に位置し、最も人類を虐殺した歴代最悪の魔王。美しい容姿の女性だが、激しく人間を憎悪している。魔王の寿命を神との謁見で克服し、永遠の命を手に入れたが、魔剣カオスにより1000年以上もの間封印されていた。魔王として覚醒した者のレベルは測定不能となり、技能レベルは魔王以外隠される。目覚めたばかりである今の力は全盛期の1パーセントにも満たないが、その状態でもノスより遙か高みの存在。超高速の動き、鋭く伸縮自在の爪、予備動作無しに放たれる強力なブレス、そのどれもが驚異である。