ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第52話 立ち上がる五人

 

-リーザス城 最上階 奥の間-

 

 ガキン、という音が部屋に響く。ルークの剣とジルの爪が交差した音だ。ジルの爪は伸縮自在であり、今は恐ろしいほどに伸びているが、反面その爪は異常に細い。まるで針のような細さだ。それなのに、ジルはその爪でルークの剣を易々と受け止めている。

 

「くっ……」

「いい腕だ。二番目に殺すには惜しい……」

 

 瞬間、ルークの脇腹をジルの爪が貫く。ルークの剣を受け止めていたのとは逆の手、左手の爪を伸ばしたのだ。口からゴプ、と血を吐き出し、ルークが目を見開いてジルを睨み付ける。その殺気を含んだ視線を受けてもジルは表情一つ変えず、冷酷に言い放つ。

 

「だが死ね」

「ランスアタァァァック!!」

「バイ・ラ・ウェイ!!」

「装甲破壊パンチ!!」

 

 ジルへの恐怖で身動きが取れずにいた面々の中、いち早く動いたのはこの三人。人類でも屈指の実力者であるランス、リック、アレキサンダーの三人が各々の最強技をジルに放つ。

 

「ふっ……」

 

 三人を後ろ目で見つつ、ジルはルークから爪を引き抜く。脇腹から血を吹き出しながらルークの体が崩れ落ちるのと同時に、ジルの姿が消える。

 

「あんぎゃ!」

「ぐっ……」

「がっ……」

 

 次の瞬間、ジルに跳びかかっていた三人の体から血を吹き出し、そのまま崩れ落ちる。その倒れる三人の背中を愉快そうに見ているのはジル。いつの間に三人の背後に回っていたのか。周囲の者が目を見開くが、フェリスだけはハッキリと見ていた。ジルはただ、超高速で三人の横を通っただけだ。すれ違う瞬間、長く伸ばした爪で三人の体を斬り裂いた、ただそれだけの事。大技など一切使っていない。それなのに、既にこの場にいる者の中でも上位に位置する者が殆ど倒れてしまっている。倒れる五人を見ながら、ジルが平然と言ってのける。

 

「さて、貴様らの中でも強そうな面子が早々に退場した訳だが……次は誰だ?」

「くっ……」

「あんたよ! ファイヤーレーザー!」

 

 ジルのプレッシャーに全員が後ずさりする中、志津香が勇猛果敢にファイヤーレーザーを放つ。だが、それがジルの立っていた場所に到達するよりも早く、ジルは志津香の横に立っていた。そのまま静かに口を開く。

 

「じゃじゃ馬だな……嫌いではないが、死期を早めるだけだぞ」

「……!?」

 

 間近に感じる強烈な殺気。瞬間、志津香の全身から滝のように汗が噴き出る。ファイヤーレーザーを放ったはずの相手が、何故自分の横にいるのか。ゆっくりと横に立っているジルに視線を向けると、既に目前までジルの爪が迫ってきていた。避けられない。志津香は死を覚悟したが、その爪は飛んできた斬撃に弾かれ、志津香の体を斬り裂く事はなかった。

 

「ぬっ……」

 

 ジルは斬撃が飛んできた方向を不思議そうに見る。その隙に志津香は後方に跳び、ジルから距離を置いた。去り際に魔法の一つでも与えたいところだったが、強烈な殺気に当てられた志津香はそれを成す事は出来なかった。ジルが視線を向けた先には、脇を押さえながら剣を構えている戦士の姿があった。

 

「真空斬……」

「ルークさん!」

「おかしいな……殺したと思っていたのだが……」

 

 そのジルの言葉に反応するように、ルークと同じように倒れていたランス、リック、アレキサンダーの三人がゆっくりと立ち上がる。出血はしているが、三人ともまだまだ戦えるという顔でジルを睨み付ける。小さく笑いながら、自分の爪に視線を落とすジル。

 

「ふっ……まさか、ここまで力が落ちているとはな……」

「貴様ぁぁ! この俺様を倒そうなんざ不届き千万! 泣いて謝っても、もう許さんぞ!」

「ランス様! よかった……」

「かなみもまだ生きています!」

 

 そう叫ぶのはマリス。その精神力の高さからそれなりの速さで動けるようになったマリスは、倒れていたかなみに駆け寄りヒーリングを掛けていた。意識は失っているが、息はある。ホッとする一同とは対照的に、ジルは残念そうに肩を落とす。

 

「やれやれ、一人も殺せていないとはな……まあ、じっくりといたぶる方針へと変更するかな」

「そう簡単に……人間はやられないわよ……」

「来るなら来てみなさい……」

「でも、出来ればゆっくり来てくれると、嬉しいかもです……」

 

 レイラとランが剣を構え直し、そう宣言する。横にいたトマトも震えながら剣を構えるが、つい弱気な言葉が口から出てしまう。だが、それを聞いたジルは意外にもその願いを聞き入れる。

 

「そうだな……気が付かない内に殺されても、恐怖心が足りんか……目の前に確実に迫る恐怖と絶望を感じさせた方が、より楽しめそうだ……ふふっ」

「どこまで儂らを虚仮にする気じゃ!」

「ここは泣いて礼を言うところのはずだろう?」

「抜かせっ! 属性パンチ・炎!」

 

 完全に見下すような態度のジルにバレスが咆哮するが、それすらもジルは嘲笑う。その態度に怒りを燃やしながらアレキサンダーが突っ込んでいき、それに呼応するかのようにランス、リック、ルークの三人も突っ込む。いや、今度は四人だけではない。ラン、トマト、バレス、レイラ、そしてメナド。戦意を失っているフェリス以外のこの部屋にいる前衛全員が、一気にジルに向かっていったのだ。周囲を取り囲まれて一斉に攻撃を受けるジルだが、その口元には笑みが浮かんでいる。

 

「そうだ、もっと私を楽しませろ!」

「ぐっ……」

「希望が絶望へと変わるその瞬間こそが、最高の愉悦!」

「きゃぁぁぁ!」

「私に触れてみせろ。スピードはかなり落としてやっているのだぞ!」

「くそ……が……」

 

 九人による猛攻。それも、参加しているメンバーは生半可なものではない。リーザスの将軍・副将が、大陸でも屈指の格闘家が、英雄たる資質を兼ね備えた二人が、その九人には含まれているのだ。だが、当たらない。四方八方から飛んでくる攻撃を、いとも容易くジルは躱し続ける。

 

「何なのよ、これは……」

「ここまで……ここまで違うっていうの……?」

 

 周囲で見ていたマリアと志津香が絶句する。ジルの動きは、先程までの目にも止まらぬスピードではない。マリアや志津香の目にもハッキリとジルの姿が映るほどのスピードなのだ。手を伸ばせば容易く触れそうな動きなのに、触れない。ジルは華麗に攻撃を躱し続け、すれ違い様に爪で相手を斬りつけていく。先程のように貫いたりはしない。少しずつ、確実に周囲にダメージを与えていた。

 

「舐めるなぁぁぁぁ!!」

「言葉だけは一人前だが、何時になったら私の体に触れてくれるのだ?」

「ぶっ殺す!」

「やってみろ。さあ、私はここだ、ここにいるぞ」

 

 それはあまりにも屈辱的な状況であった。速さでも、力でも、あからさまに手を抜かれているのだ。激昂した面々は更に攻撃の手を増やすが、一撃たりとも当たらない。そして、攻撃の手を増せば増すほど、それだけカウンターでの攻撃を受けてダメージが増えていくのだ。舞い飛ぶ鮮血の中、ジルのその姿は踊っているかのようにさえ見えた。それはまるで、死の舞踏。

 

「あっ……くっ……たぁぁぁ!」

「ふっ……」

 

 トマトの渾身の一撃をヒラリと躱し、すれ違い様に爪で斬りつけるジル。その攻撃を受けると同時に、トマトが床に倒れ込んだ。

 

「トマト!」

「ふっ……これで二人目、順当に落ちたか……」

 

 ジルの攻撃を受け続けていた前衛の面々の中、初めに倒れたのはトマトであった。だが、それは無理もない事。トマトが剣士としての訓練を本格的に初めてまだ一年も経っていないのだ。他の面々に比べ、トマト一人だけがあまりにも経験が足りていない。むしろ、ここまで耐え切れていたのが奇跡に近いくらいだ。ジルもトマトが一番未熟な事に気が付いていたのだろう。見下しながら死の舞踏を続けるジル。そして、絶望とは連鎖するものだ。

 

「くっ……もうっ……」

「せめて……せめて一矢……」

「貴様らでは無理だ」

「あぁっ……」

「くそ……ちくしょう……ごめん、かなみ……」

 

 次に動きが鈍り始めたのはランとメナド。かなみの仇討にせめて一太刀とメナドが最後の一撃を放とうとするが、ジルはそれを振り下ろす事すら許さず二人を爪で斬り裂く。限界を迎えたランとメナドの体がその一撃で崩れ落ちる。メナドの目には涙が溢れ、悔しさに顔を歪ませながら倒れていった。

 

「ラン! メナド! ちっ……真滅斬!」

「貴様ぁぁぁ! ランスアタァァァック!!」

 

 ルークとランスが同時にジルに打ち込むが、それをジルは悠々と躱す。ランスアタックが床に打ち付けられた衝撃で破片が飛び、床の残骸であった粉末で視界が曇る。その瞬間、ジルはその場から高速移動した。

 

「ぬおっ! ジルが!?」

「きゃぁぁぁぁぁ!」

 

 視界が晴れ、ジルがいない事に驚愕するバレス。それと同時に、扉の付近から悲鳴が響き渡った。それはマリアの声。目を見開きながら前衛の面々がそちらに視線を向けると、マリアの目の前にジルが立っているのが目に飛び込んでくる。周りで事態を見守っていた後衛の面々の方に、ジルは瞬時に移動していたのだ。目の前に現れたジルに驚きながら、チューリップ1号の砲身を向けるマリア。

 

「い……いって、チューリップ1ご……」

「遅い」

 

 その爪がチューリップ1号を真っ二つに叩き斬る。ボン、と軽い小爆発を起こしたチューリップ1号を見て、マリアが目を見開く。

 

「わ、私のチューリップ1号が……」

「馬鹿! そんな心配してる場合じゃないでしょ! くっ……ファイヤーレーザー!」

 

 志津香がマリアを助けるべく、ファイヤーレーザーを放つ。だが、ジルは目に追える程度の速さでそれを悠々と躱す。ファイヤーレーザーが壁に命中するのと同時に、マリアの体が糸の切れた人形の様に床に崩れ落ちる。

 

「マリア……?」

「…………」

「ねぇ、マリア……嘘でしょ!? マリア、返事をして!」

「心配するな。次はお前だ」

「!? ……がっ!」

 

 ジルはファイヤーレーザーを避ける直前、マリアの腹を爪で貫いていたのだ。そのまま崩れ落ちたマリアの姿に動揺し、十分目で追う事の出来るジルの動きを見失ってしまった志津香。いつの間にやら目の前まで迫っていたジルの爪を腹に受け、マリア同様血を吹き出しながら崩れ落ちる。後衛は手加減して遊んでも仕方がないとでも言うように、一撃の下に次々と倒していくジル。その視線が、ちらりとマリスの方を向く。

 

「くっ……神聖分解波!」

「当たらんよ……」

「……魔王!!」

 

 かなみの治療をしていたマリスが瞬時に魔法を放つ。だが、ジルはそれをいとも簡単に躱し、マリスの目の前へと迫る。既に自身の運命を悟ったのだろう。悔しそうにジルの顔を睨み付けていたマリスだったが、その口から血がゴポリとこぼれ落ちる。腹を爪で貫かれ、ゆっくりと倒れていった。

 

「マリス! えっ……やん! はるま……」

「アリが……」

 

 マリスの身を案じていたリアの目の前にジルが移動してくる。慌ててその胸に抱いていたはるまきに攻撃させようとしたリアだったが、そのはるまきに平手打ちをして壁へと吹き飛ばすジル。この場で唯一『戦う者』ではないリアに侮蔑の表情を向けるジル。

 

「あっ……」

「戦えぬ者は戦場に出てくるな……」

「リアさん!」

 

 恐怖で目を見開くリアに爪を突き立てようとするジルだったが、そこに割って入ってきたのはシィル。リアに放たれた爪の攻撃を代わりに受け、その背中から腹部を爪が貫通してそのまま床に倒れ込む。

 

「もこもこちゃん……うっ!」

「無駄な事を……運命は1秒しか変わらなかったな……」

「ダー……リン……」

 

 崩れ落ちたシィルを見て驚いた顔をしていたリアだったが、直後他の者たちと同様に腹部を爪で貫かれる。口と腹から血を流し、その体が崩れ落ちる。動かなくなったリアを見下すように見ていたジルだったが、突如後ろから強烈な殺気を感じる。それに焦る様子もなくジルが振り返ると、そこにはカオスを振りかぶったランスの姿があった。

 

「シィルに……何をしやがった貴様ぁぁぁぁぁ!!」

「ふっ……」

 

 ランス渾身の一撃は空を切り、その横を通り抜けるのと同時にランスを斬りつけるジル。後衛たちに行っていた非情の攻撃ではない。前衛である面々は楽しめるだけいたぶる、そう言うかのような手加減された攻撃であった。ジルを激しく睨み付けるランスだったが、その背中は追わず倒れているシィルに駆け寄っていく。

 

「リア様になんという事を!」

「魔王ジル、絶対に許さないわよ!」

「なんだ、貴様らの主君だったのか? 大事な存在ならこんな場所まで連れてくるな。箱にでも詰めて大事に仕舞っておけ」

「はぁっ!」

 

 ランスに続くように他の前衛陣もジルへと跳びかかる。中でもリーザスの面々が怒りに燃えていたが、先程まで同様その攻撃は全て躱され続ける。ここまで攻撃が当たらない事など、あっていいのか。あまりにも速さに差がありすぎる。

 

「おい、起きろ馬鹿! リア、起きたらご褒美に抱いてやるぞ!」

「…………」

「…………」

 

 倒れているシィルとリアを抱きかかえるランス。いくら呼びかけても反応が無い。二人とも完全に気を失っている。ランスが手を添えると、その手が真っ赤に染まる。腹部からの出血量は決して少なくない。慌てて辺りを見回すと、ヒーラーの一人であるマリスが倒れているのが目に飛び込んでくる。シィルやリアと違って意識はあるようで、床に横たわりながら必死に自分にヒーリングを掛けていた。だが、あの様子ではこちらに手は回らないだろう。シィルとリアの二人と同じ攻撃を受けたのであれば、マリスも相応に傷を負っているはずだ。ならば、もう一人のヒーラー。マリスから少し離れた場所、呆然と立ち尽くすセルの姿を目に捉えるランス。

 

「セルさん! 治療を頼む!」

「……っ……っ……」

 

 ランスが叫ぶが、セルは反応を見せない。前衛陣に死の舞踏を続けていたジルをその目に映し、完全に怯えた様子で立ちすくんでいた。ランスが再度叫ぶ。

 

「セルさん! おい、セル! 早くシィルの治療を!!」

「はっ!? は、はい! 回復の……」

「倒れた者を起こすような無粋な真似はするな……」

 

 回復の雨を唱えようとしたセルの前に、先程まで前衛陣と戦っていたはずのジルが瞬時に現れる。その高速移動に前衛陣が慌てて振り返っている中、その姿を見た瞬間セルの体は先程までと同じように固まってしまう。息苦しい。目眩がする。今すぐこの場から逃げ出したい。それ程までに、セルはジルを恐怖していた。

 

「あっ……あぁっ……」

「神官か。なるほど、私の存在をより大きく感じたか……無理もない……」

「神よ……ごぷっ……」

 

 目に涙を溜めながら、セルが神に祈る。だが、無慈悲の一撃は分け隔て無くセルにも放たれた。腹部に激痛が走り、口から血を吐きながらその体が崩れ落ちる。セルの腹から爪を抜き、その血を舐めとりながらジルが呟く。

 

「神なら会った事があるぞ。あれは貴様らの味方ではない」

「世迷い言を! バイ・ラ・ウェイ!!」

「はぁっ!」

「ふんっ!」

「真滅斬!!」

「属性パンチ・氷!!」

 

 リック、レイラ、バレス、ルーク、アレキサンダーの五人が一斉に攻撃を仕掛ける。その攻撃に笑みを浮かべながら、三度ジルが死の舞踏を始める。まるでラレラレ石の映像ソフトの巻き戻しのように、延々と繰り返される同じ光景。その様子を見ながら、ランスはシィルの体をゆっくりと床に置く。セルは治療に来られない。マリスは意識があるが、叫べばジルが確実にその意識を刈り取りに行くだろう。ならば、ここは放っておく。マリスならば、自分が動けるようになれば真っ先にリアの治療に来るはず。となれば、その側に倒れているシィルの治療に取りかかるのも早いはずだ。目を閉じているシィルの頬に触れながら、ランスが小さく呟く。

 

「さっさと起きろよ、馬鹿。俺様が奴にトドメを刺す瞬間を見逃すんじゃないぞ……」

「儂が貫くシーンもお忘れなくじゃな」

 

 そう言い残し、ランスがカオスを握り直して駆け出す。その目に見据えるのは、自分の奴隷をその爪で貫いた魔王ジル。

 

「死にやがれぇぇぇぇぇ!!」

「殺してみろ」

 

 ランスの咆哮にもその態度を崩さないジル。ランスも加わった六人の猛攻。だが、当たらない。当たらない。一撃たりとも擦りもしない。

 

「はぁっ!」

「真空斬!」

「トーマが意地を見せたのじゃ……この程度で倒れる訳にはいかぬ!」

 

 それでも尚、立ち向かっていく面々。だがその中に一人だけ、絶望感が湧き上がってきてしまっている者がいた。自分たちの体は少しずつ傷ついていくのに、目の前のジルは未だ無傷。飛び散る鮮血は、全てこちらのものだ。これ程の戦力差に、一瞬でも勝利の夢を見たというのか。そう感じてしまっていたのは、親衛隊隊長のレイラであった。その表情が絶望に染まっていくのを、ジルは見逃さない。瞬間、レイラの背後に回り込んだジルがレイラの頬を両手で覆い、その耳に静かに囁く。

 

「心が折れたか……?」

「っ!」

 

 目を見開くレイラ。すぐさま振り返って剣を横薙ぎに振るうが、血が噴き出したのは自分の方。すれ違い様に斬りつけられた体から鮮血が舞い、レイラがゆっくりと倒れていく。

 

「レイラ殿!? くそっ!」

「ええぃ、ちょこまかと! いい加減斬られろ!!」

「貴様らが遅すぎる」

 

 リックとランスが同時に剣を横薙ぎに振るうが、ジルは悠々とそれを躱す。それどころか、リックのバイ・ロードの上に乗って見せたのだ。あまりにも屈辱的な構図にリックが唇を噛みしめる。強く剣を振るうとジルはヒラリと地面に降り立ち、愉快そうに笑い出す。

 

「ふふ、ははは! これで判ったか? この私との圧倒的な差が」

「ぐぬっ……」

 

 尚も続く猛攻を易々と避け続けながら、まるで今は会話の時間だとでも言うように反撃の手を止めるジル。それに構うことなくこちらは攻撃を繰り出すが、ヒラリ、ヒラリ、と蝶のようにジルは舞い続け、一撃も当てる事が出来ない。

 

「人間など……所詮我らに蹂躙される存在だ……」

「バイ・ラ・ウェイ!! くっ……」

「抱いてはならぬ夢というものがある……我ら魔の者に勝とうなどというのが、まさしくそれだ……」

「属性パンチ・雷!! くそっ!」

「その姿……あまりにも滑稽……あまりにも無様……」

「ここまで力の差があるというのか……リア様たちの仇も取れずして何の為の将軍か……」

「神に対しての悪魔が蹂躙されるべき存在であるように、貴様ら人間やカラー、その他の種族、大陸にいる全ての種は魔の者に統制されるべき下級の存在だ……」

「ええぃ、このなまくら! 少しは攻撃を当てろ!」

「ええぃ、このへたくそ! 少しは儂を奴の血で染めろ!」

「家畜は家畜らしくしていろ……」

「人間を舐めるなよ……! 真滅斬!」

「ははは、これだけ無様な姿を見せておいて、まだそう言える気概があるか。滑稽だ、あまりにもな……」

「あんた、むかつくね!」

 

 瞬間、ジルの後ろから強烈な殺気が吹き出し、立っていた場所に鎌が横薙ぎに振るわれる。鎌を振るったのは、それまで事態を見守っていたフェリス。ジルを一刀両断したかと錯覚してしまう程に素早く強烈な一撃であったが、そこにジルの姿はない。鎌を振るったフェリスの背後に悠然と立ちながら、ジルはニヤリと笑って口を開く。

 

「悪魔が……ようやくやる気を出したか?」

「一応契約なんでね……それに、あんたが気にくわない!」

 

 首だけ振り返り、ジルを睨み付けながら不意打ちのように鎌を振るうフェリス。それをひょいと飛んで躱しながら、ジルが口元を歪める。

 

「人間には手加減をしてやったが……貴様には手加減できんぞ?」

「いらないよ! 代わりに死ね!」

「真滅斬!!」

「ランスアタァァァック!!」

 

 既に立っているのはルーク、ランス、バレス、リック、アレキサンダー、フェリスの六人。未だ一撃も与えられていない中、それでも諦めることなく立ち向かい続ける。その姿がジルにはあまりに滑稽に映り、溢れ出る笑みを隠しきれずにいた。

 

 

 

-リーザス城 入り口前-

 

「おう、エクス! 城の周りはあらかた片づいたぜ!」

「城下町の傭兵部隊からも伝言が届いています。段々と数が減り、殲滅は時間の問題との事です」

「それはよかった」

 

 城の入り口前に陣を引いたエクスとハウレーンの下に、コルドバとキンケードが報告にやって来る。ノスの放った大量のモンスターも、その数を着実に減らしていた。報告を終えたコルドバが城を見上げる。

 

「それで、上への援軍には行けそうか?」

「確実にモンスターの数は減っているのですが、まだまだという所ですね……」

「先程から上で何度も轟音がしています。既に最後の戦いは始まっているのでしょう……」

「ちっ! 最終決戦だっていうのに、参加する事すら出来ないなんてよ!」

 

 コルドバが悔しそうに陣に置いてあった机を叩く。その様子を見ながら、エクスもゆっくりと城を見上げる。

 

「信じましょう。先に行った者たちを……あそこにはリックもレイラさんもいる。それに、ルーク殿も……」

「父上……どうかご無事で……」

「そうか……そうだよな、信じるしかねえ。それに、今からでも援軍は間に合うかもしれねえ! こうしちゃいられねぇ、行くぞキンケード! 城のモンスターを殲滅するぜ!」

「(やれやれ……少し休みたかったのですがね……)」

 

 コルドバが豪快に笑い飛ばし、キンケードを引き連れて城の攻略部隊に合流する。エクスとハウレーンはそれを見送り、各部隊の状況のまとめに再度奔走し始めた。その陣の中、疲労で倒れているロゼが仰向けに寝たまま城の最上階を見上げる。

 

「(みんな……必ず、生きて帰ってきなさいよ……)」

 

 下にいる者たちは、ルークたちの勝利を信じていた。希望を抱いていた。だがそれは、あまりにも儚い希望。

 

 

 

-リーザス城 最上階 奥の間-

 

「ぜぇっ……ぜぇっ……」

「くそっ……」

「こんな事が……」

「もう終わりか?」

 

 その部屋には、ジル以外立っている者がいなかった。ランスとルーク、リックとアレキサンダーの四人が膝をついてジルを睨む。立ち向かいたいが、体が言う事を聞かない。その横ではバレスが床に倒れ伏していた。老体でありながら、よくぞここまで。先のトーマの奮戦が、バレスをここまで突き動かしていたのだろう。だが、本来であれば褒め称えるべきその奮戦も、今は無意味。ジルは、今なお無傷。その足下にはトマトが転がっていた。早々に脱落したトマトを馬鹿にするように踏みつけるが、トマトはピクリとも動かない。

 

「では、そろそろ死ぬか? あの悪魔のように……」

「フェリス……」

 

 ルークが壁の方をちらりと見る。そこには、夥しいほどの出血をしたフェリスが壁にその背を預けてぐったりと座り込んでいた。意識があるのかは判らない。頭を下げ、ピクリとも動かないのだ。最初に宣言したとおり、ジルがフェリスへ繰り出す攻撃は他の者と比べて遙かに強力なものであった。みるみる傷ついていくフェリスを見かね、ルークは早々に悪魔界へ帰そうとしたが、フェリス自身がそれを手で制したのだ。

 

『この女を殺さなきゃ気が済まない。最後まで戦わせろ』

 

 そのフェリスの想いを汲み取り、ルークは彼女を悪魔界へは戻さなかった。だが、今はそれを激しく後悔していた。あの状態になってしまったフェリスは、もう戻せない。悪魔界に戻る際、フェリスがどのような場所に戻るのかを詳しく知らないのだ。下手に悪魔界に戻し、誰にも気が付かれないような場所でそのまま死んでしまったら……、そんな最悪の可能性がルークの頭を過ぎる。野垂れ死なぬよう、せめてフェリスが意識を取り戻さなければ帰す訳にはいかない。歯噛みするルークを見下ろしながら、ジルが口元を歪める。

 

「どんな気持ちだ?」

「……ふんっ!」

「私に傷一つ付ける事が叶わず、死んでいく今の気持ちは……」

「くっ……」

「私には、この光景は初めから予想がついていたぞ?」

「…………」

「貴様らのその無様な姿も……この私の完全勝利も……」

「ちっ……」

 

 膝をついている四人を嘲笑うジル。演劇でもしているかのように両手を大きく広げ、部屋の中で倒れている者たちを示すジル。この光景を、戦う前から既に予想していたというのだ。屈辱的な言葉を受けながらも、四人は立ち上がる事が出来ない。それを見たジルがゆっくりとその腕を上げる。

 

「では、一人くらい死んで貰うと……!?」

 

 瞬間、ジルが目を見開く。全身を駆け巡る不快感。すぐに不快感の正体を理解するが、それは有り得ないものであった。

 

「(これは、痛み……? 私が傷ついている……?)」

 

 ジルがゆっくりと視線を落とす。その左足に、深々と剣が突き刺さっていた。これだ、これが不快感の正体だ。では、一体誰が。ジルが視線を上げると、目の前で膝をついていた四人は一様に驚愕で目を見開いていた。こいつらじゃない。もう一度、剣の刺さっている左足に視線を戻す。その足の横、先程まで自分が踏みつけていた女が、仰向けに倒れたままジルを見上げていた。

 

「初めから予想がついていたと言っていましたけど……」

 

 ボロボロの体で、全身から血を流しながら、それでもトマトはニヤリと笑う。

 

「この状況は予想がついていたんですかねー? 無様ですかねー?」

「小娘が……私に……傷をつけた……だと……貴様ぁぁぁぁぁ!」

 

 ジルに最初の傷をつけたのは、トマト。『戦う者』ではないリアを除いたら、ジルが一番見下していた相手だ。その痛み、その屈辱にジルが激昂する。ジルの全身から殺気が溢れ、その衝撃でトマトの体が吹き飛ばされる。受け身も取れないであろうその体をルークがしかと支えた瞬間、ジルが咆哮する。

 

「死ねぇぇぇぇ!!」

 

 ジルがそう叫ぶと同時に、部屋を強烈なブレスが飲み込んだ。ジルの体から、周囲360度全方向に放たれた強力なブレス。意識のあった者、そうでない者、その全てを飲み込み、吹き飛ばす。部屋に轟音が鳴り響き、真っ白な煙幕のように煙が立ちこめる。反響していた音が止み、煙が収まった頃、周りは先程以上にさっぱりとしていた。それはまるで、廃墟のような光景。吹き飛ばされた者たちが、そこらかしこの壁際に横たわっている。呻き声を上げている者がいるところを見ると、意識がある者もいるようだ。その光景を見たジルは冷静さを取り戻す。

 

「しまった、やり過ぎたか……これでこの遊びも終わりか……」

 

 頭を掻きながら部屋を見回す。それは、戦いの終わりを告げるには十分な光景であった。思わぬ攻撃に冷静さを欠いた事を少し悔やむジル。もう少し楽しみたいと思っていたのだが、まあやってしまったものは仕方が無いと気持ちを切り替える。

 

「十分程か……まあ、持った方だな」

 

 そう、時間にしてみれば僅か十分程度。それだけの時間で、ルークたちのパーティーはここまで無残な状態になってしまったのだ。だが、まだ全滅ではない。ガラッ、と音がし、ジルがそちらに視線を向けて少しだけ驚く。起き上がるはずはないと思っていた者たちが、ゆっくりと起き上がっているのだ。その人影は五人。

 

「このまま……終わらせはしない……」

 

 リックが全身から血を流しながら、それでも立ち上がる。リーザス最強の剣士として、その看板を背負っていた先代たちの魂を受け継ぐ者として、このまま寝ている訳にはいかない。

 

「まだ私は……戦えるぞ……」

 

 アレキサンダーがふらふらと立ち上がっていく。前衛にいた四人の中で唯一の軽装備であるアレキサンダーはブレスのダメージをモロに食らい、既に満身創痍の状態だ。だが、その瞳だけはしっかりとジルを睨み付けている。

 

「マリアを……かなみを……みんなを傷つけたあんたを……許さないんだから……」

 

 志津香が渾身の力を振り絞って立ち上がる。胸に宿るは、先程の誓い。必ず生きて帰る。その誓いを果たすために、倒さねばならない相手がいる。

 

「もう貴様は抱けなくてもいい……代わりに、必ず殺す!」

「くくっ……感じるぞ。儂がここにいる意味。これこそが、儂の生き甲斐!」

 

 ランスが左手に持ったカオスを杖代わりにして立ち上がる。その目には確かな殺気。自分の女たちを、シィルを、何度も傷つけた奴を生かしておくほど甘くはない。

 

「それで……お前に聞きたい事があるんだが……」

 

 ルークがしっかりとした足取りで立ち上がる。胸に抱いていたトマトの息がある事を確認し、静かに床に横たわらせる。数ヶ月前までただのアイテム屋だった彼女の成長に胸が熱くなる。意識を失っているトマトからゆっくりと視線をジルに移し、トマトと同じ質問を投げる。

 

「この状況は、予想がついていたのかな?」

「そうか、そんなに死にたいか……」

 

 未だジルには一撃を与えたに過ぎない。こちらは満身創痍の五人。だが、全員がその瞳にしっかりとジルを映しており、誰一人として諦めている者はいない。ジルが髪をかき上げ、全員が身構える。それが、第二ラウンド開始の合図であった。

 

 




[技]
白き制裁のブレス (半オリ)
使用者 ジル
 ジルの放つ強烈なブレス。360度全方向に放たれるこのブレスから逃げる術はない。威力はそれ程ではないが、視界が奪われるため目眩ましの効果もあり、ジルがその気であればその煙幕の中敵を斬り刻む事も可能な恐るべき技。

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