ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第53話 プラス三人

 

-リーザス城 最上階 奥の間-

 

「んっ……」

「かなみ……」

「マリス様……」

 

 かなみが目を覚ますと同時に、激痛が走る。特に腹部の痛みは尋常では無い。軽く手で触れると、既に傷は塞がっているが夥しい量の出血の跡。相当のダメージを負っていたようだが、どうにも記憶が曖昧だ。そのとき、かなみの側に倒れていたマリスが話し掛けてきた。視線を向けると、マリスも腹部から出血をしている。恐らく、自分と同じような攻撃を受けたのだろう。今は自分自身にヒーリングを掛けているところであった。

 

「マリス様、その傷は……?」

「私も貴女も……ジルにやられたのよ……」

「ジルに……?」

「大丈夫、もうすぐ動けるようにはなるから……早くリア様を治療しにいかないと……」

「リア様!?」

 

 マリスの言葉にかなみの意識が覚醒する。目を見開き、マリスの視線を追うように首を傾ける。その視線の先には、横向けで倒れているリアの姿があった。いや、リアだけではない。周囲を見回せば、そこらかしこに仲間が倒れているのだ。ピクリとも動かない者、悔しそうに傷を抑えている者、自分が意識を失っている間に一体何があったのか。

 

「マリス様、ジルは!?」

「あそこにいる五人が戦っているわ……」

 

 マリスに言われ、かなみは気が付く。部屋の中央で五人の戦士がジルと対峙している事を。ルーク、ランス、志津香、リック、アレキサンダー。全員が傷だらけの状態。それなのに、今なおジルに立ち向かっている。すぐさまかなみは体を起こそうとするが、立ち上がる事が出来ない。爪での攻撃と意識の無い状態で受けたブレスのダメージが、体のいたるところで悲鳴を上げているのだ。

 

「悔しい……最後の最後で役に立てないなんて……」

「それはみんな一緒よ……もう、あの五人に運命を託すしかないわ……」

 

 かなみとマリスだけではない。周りで倒れている意識のある者たちは一様にルークたちを見守っている。心を折られて虚ろな目をしたレイラが、先に散ったトーマの奮戦に応えられず悔しそうに歯噛みするバレスが、口から血を流しながら自身の傷を治療しているセルが、その運命を五人に託す。

 

「あの五人が負けたら……リーザスは、いえ、人類は終わりよ……」

「みんな……」

 

 かなみとマリスも五人をしかと見据える。だが、相手はあまりにも強大。身構える五人の前で悠然と立つジルは髪を一度かき上げ、口元に笑みを浮かべる。

 

「それで……立ったのはいいが、勝てる手段でも見つかったのか?」

「ふん、そんなもの必要ない。俺様が一撃で叩き伏せればそれで終わりだ!」

「つまりは無策か……ふふふ、ははははは!」

 

 ランスの言葉を聞き、ジルが腹を抱えて笑う。そのジルの様子を不快そうに見る五人。中でも一番激しくジルを睨んでいた志津香が自身の右手に魔力を溜め、ジルに向かって放つ。

 

「何がおかしいのよ! ファイヤーレーザー!」

「ふっ!」

 

 自身に向かってくるファイヤーレーザーを見ながら、ジルが軽く右手を振るう。瞬間、強烈な青い電撃がファイヤーレーザーの前に発生に、魔力同士が衝突する。バチバチという激しい音を響かせながら、衝突した二つの魔力は四散して消えた。

 

「なっ……!?」

「ははは、これが笑わずにいられるか。これまで貴様らが私に与えられたのはわずか一撃。またその愚行を繰り返そうというのか? 実に滑稽、実に愉快!」

「黙れ! はっ!」

「貴様を……討つ!」

「ぶっ殺す!」

 

 アレキサンダーとリック、そしてランスが一気に飛び出す。その後ろでは志津香が魔力をもう一度溜め、ルークは腰を落として真空斬の構えを取る。前衛三人、後衛二人の布陣に分かれたルークたち。ジルは駆け寄ってくるランスたちを悠然と見ながら、スッと右手を横に振るう。すると、そこから発生した大量の電撃が一直線にランスたちに向かっていった。

 

「なっ!?」

「ぐぁっ!」

「ぎゃっ!」

「無様な姿だ……」

 

 高速で向かってきた電撃を避ける術はなく、直撃した三人はダメージと共に後方に吹き飛ぶ。それを見て嘲笑うジル。

 

「真空斬! 乱れ撃ち!」

「ファイヤーレーザー!」

 

 ジルに向かって遠距離攻撃を放つルークと志津香。自身に向かって飛んでくる大量の攻撃に対し、ジルは左右の手を交互に振るう。すると、先程よりも更に大量の電撃が即座に発生し、二人の攻撃を迎撃して空中で四散した。ジルは先程から一歩も動いていない。手を振るうと発生する電撃だけで遠距離攻撃を捌き、近寄ろうとする者を吹き飛ばす。たった一つの攻撃手段だけでルークたちを完封しているのだ。ジルは口元を歪めながら、見下すようにルークたちに言ってのける。

 

「さあ、私を動かしてみろ……一歩でも動かせたら褒美をやってもいいぞ?」

「舐めやがって……叩っ斬る!!」

「…………」

 

 倒れていたランス、リック、アレキサンダーの三人がすぐさま立ち上がり、再度ジルに向かって駆ける。だが、ジルから放たれる尋常でない量の電撃がその歩みを防ぐ。志津香が放つ魔法も、ルークが放つ斬撃も、一撃たりともジルに届かない。それはまるで、死の舞踏の第二幕。ジルの振る腕に指示され、滑稽に踊る五人。ジルの華麗な舞踏とはまるで違う、あまりにも無様な舞いだ。

 

「ははははは! 踊れ、踊れ!」

「くそっ……近づく事すらできんとは……」

「ええい、カオス! なんとかしろ!」

「そう言われてものう……」

 

 電撃を躱すランスたちの姿を見て、無様だと笑うジル。ここへ来てジルはその戦い方を一変してきた。それまでは近距離で自由に攻撃させ、その全てを躱しながら反撃していたジルだったが、今は遠距離からこちらの手を完全封鎖してくる。その事に志津香が唇を噛みしめる。

 

「これも余裕って訳……?」

「……本当にそうなのか?」

「えっ?」

 

 志津香の呟きにルークが反応し、ジルを見据える。何か違和感を覚える。こちらの滑稽な姿を楽しんでいたジルが、突如こちらの動きを制限するような戦法に出た事に。確かに今の姿も滑稽ではあるが、駆けて吹き飛ばされるというあまりにワンパターンな姿。本当にこれをジルは楽しんでいるのか。

 

「ルーク、どうしたの……?」

 

 志津香の問いに答えず、ルークは更に思案する。確かにただの余裕かもしれない。だが、それとは別。もっと根本的な何かを見落としている気がする。奴は自身の力が本来の100分の1も出せないと目覚めたときに言っていたらしい。それでもなお、ノスより遙かに上の強さ。では、全盛期のジルはこの100倍強かったというのか。この100倍素早く、この100倍攻撃が重い。

 

「そんな事……ありえるのか……?」

「ははは! どうした、私を斬るのではないのか? 近寄っていいのだぞ?」

「ええい、ならこの面倒な電撃を止めろ!」

「私を動かしたら、その褒美に聞いてやってもいいぞ」

「それでは意味が無いではないか!」

 

 考えている間も攻撃の手は止めない。ルークは真空斬を定期的に放ちながら、更に思案する。今でさえ目で追い切れない程の速さ。あれの100倍など、想像できない。ふとジルの左足を見る。トマトが突き刺した剣の跡からは、未だ血が流れ出ている。それを見て、ルークが自身の抱いた疑問に辿り着く。

 

「トマトの攻撃が……何故通った……?」

「それは、無敵結界をカオスで無効化しているからでしょ! 火爆破!」

「それでも、相手は魔王だぞ……まさかあいつ……」

 

 一つの仮定に至ったルークは目を見開き、ジルを見据える。余裕の表情でこちらに電撃を放ち続けるジル。もし仮定が当たっていれば、あの表情を崩せるかもしれない。

 

「志津香、相談がある。こういう芸当は出来るか?」

「えっ?」

 

 すぐさま志津香に小声で作戦を伝えるルーク。だが、それを聞いた志津香は眉をひそめる。

 

「出来なくはないけど、そんなのあいつには……」

「なら頼む! 試したい事があるんだ」

「……判ったわ」

 

 ルークの真剣な目を見た志津香はゆっくりと頷き、魔力を溜め始める。それを確認したルークはすぐさま深く腰を下ろす。先程までの連撃真空斬ではない。闘気を限界まで溜めた、一撃の威力が高い真空斬。その準備をしながら、ジルをしかと睨み付ける。

 

「ジルにはまだ一撃しか与えられていないというのに……くそっ!」

「ふはは、その絶望の表情! 実に素晴らしいぞ!」

「この距離では、まだ届かない……もう少し……もう少し奴に近づければ……」

 

 何度となく駆けては吹き飛ばされる三人の姿を見ながら、部屋にジルの笑い声がこだまする。その屈辱にアレキサンダーが眉をひそめ、リックは虎視眈々と何かを狙っている。だが、どうしても後少しの射程が詰められない。そのとき、後方から闘気を感じる。それはルーク。強力な闘気を剣に纏い、ジルをしかと睨み付けていた。

 

「ほう……渾身の一撃といったところか……」

「真空斬! 最大出力!!」

 

 ルークがマックスパワーの真空斬をジルに向かって放つ。ジルはそれを余裕の表情で見ながら、右腕でランスたちに電撃を出し続け、空いている左腕を真空斬に向けて四度振るう。四度発生した大量の電撃が途中で一つになり、巨大な電磁砲となる。

 

「あ、あんな芸当も……」

 

 マリスが絶句する。明らかに上級魔法の域を超えている魔力だ。それ程強力な魔法を、あれ程容易く放つというのか。あまりにも規格外過ぎる。電磁砲と真空斬がぶつかり合い、相殺する。四散した真空斬を見ながら、静かに笑うジル。

 

「無駄な足掻きだったな……んっ?」

 

 直後、ジルは見る。相殺した真空斬の後ろから、志津香のファイヤーレーザーがこちらに向かって飛んできている事を。既に距離が近すぎるため、電撃では間に合わない。

 

「小賢しい……」

 

 だが、そのファイヤーレーザーがジルに届く事は無かった。至近距離まで迫っていたファイヤーレーザーだが、ジルが全身から小規模なブレスを吹き出して相殺したのだ。四散したファイヤーレーザーを不愉快そうに見ていたジルだが、直後目を見開く。ファイヤーレーザーの更に後ろ、そこには炎の矢があった。ファイヤーレーザーを撃ち落としたのが既に至近距離であったため、それは目前まで迫っている。撃ち落とす術はない。とはいえ、ただの初級魔法。ジルには傷一つつけられないはず。志津香も無駄な一撃だと思っていた。だが、ジルは炎の矢を横飛びで躱す。そのとき、ジルの顔が一瞬だけ歪んだのをルークはハッキリとその目に映していた。

 

「……ちっ」

「どういう事……?」

 

 横に飛んで避けたジルが悔しそうに舌打ちし、それを見ていた志津香が呆然とする。何故ジルはあれ程慌てて回避行動をしたのだ。見習い魔法使いでも殆ど使う事の出来る超初級魔法、炎の矢。そのダメージなど、ジルにとっては蚊に刺された程でもないはずなのだ。一連の動きを見ていたルークは確かな確信を持ち、ジルに向かって口を開く。

 

「確か、一歩動かしたら褒美をくれるんだったな……」

「ふん……」

「おっ、そうだったな! じゃあ貴様、神妙に俺様に斬られろ!」

「馬鹿が……」

「なんだと! この嘘つきが!」

 

 ランスがジルを挑発するような願いを言うが、ジルがそれを一蹴する。そのやりとりを見ながら、ルークが静かに言葉を続ける。

 

「では、こちらの質問に答えてくれるだけでいいぞ。どうせ大層な願いを言ったところで、聞き入れられないだろうからな」

「質問……? いいだろう、言ってみろ」

 

 おかしな事を言ってきたものだと、ジルが不思議そうにしながらルークに問いかける。リックとアレキサンダーもそのやりとりを見守る。向かったところで、電撃が飛んでくるだけだ。ルークの質問が勝利に繋がるような事であるなら、それを聞いてからの方が得策、二人ともそう考えていたのだ。ジルから質問の許可が下りたルークは一度息を吐き、ハッキリとジルに言ってのける。

 

「お前、弱いだろ?」

「「なっ!?」」

「…………」

「何を……」

「……気でも狂ったのか?」

 

 リックとアレキサンダーが目を見開き、ランスが両腕を組んで訝しげにしている。横に立っていた志津香も絶句している中、ジルは不快そうにルークを見る。

 

「いや、少し言葉が足りないか……お前の力は本来の100分の1以下。それは間違いないな?」

「ああ、私の力は全盛期の1パーセントにも満たん。それでこの有様とは……くくく、無様だなぁ、人間」

「……だが、俺には今の貴様の速さや力が100倍になるとはどうしても思えん」

 

 その言葉に、少しだけジルが反応を示す。ピクリと動いた眉をすぐに戻し、ジルは言葉を続ける

 

「貴様ら程度では想像の及ばぬ世界。ただそれだけの事だろう?」

「かもしれんな。だが、一つ仮定がある」

「仮定……?」

「何も全ての能力が順当に落ちている訳ではないという仮定だ。例えば、その速さや力、魔力なんかも当然全盛期に比べれば落ちているだろう。だが、それは1パーセントという程ではない。ならば、何を持って1パーセントか。全体だ。貴様の力全体を通して、トータルで1パーセント」

「…………」

「とすれば……」

「ああ、1パーセントどころでない程に、極端に落ちている能力があるはずだ」

「極端に落ちた能力……」

 

 志津香の呟きの後、ルークが剣先をジルの足に向ける。それは、トマトがつけた傷。その傷跡からは未だに血が流れ続けている。

 

「おかしいと思ったんだ。トマトには悪いが、魔王を貫ける程の攻撃ではない。だが、確かにその剣は貴様を貫き、その傷からは未だに出血が止まらない様子……」

「まさか……」

「全盛期はそんな事なかったのだろうが、今のお前は相当に打たれ弱い!」

「がはは、なるほど。急に遠距離攻撃に変えたのは、痛む足では俺様たちの攻撃を躱しきれないと踏んだからだな!」

「ふっ……ははは、ははははは!」

 

 それまでルークの言葉を黙って聞いていたジルが、突如笑い出す。呆気に取られる一同を余所に数秒ほど大声で笑った後、特に焦った様子もない余裕の表情でハッキリと答える。

 

「貴様の言うとおりだ。我が身は屈辱的な程に弱っている。そこの小娘の脆弱な攻撃で傷を負ってしまう程にな……まあ、この体に関しては封印が原因の全てではないのだがな……」

「なんと……」

「認めた……随分とあっさりと……」

「…………」

 

 ルークの考えは的中していた。直前まで脅威の装甲を誇るノスと戦い、それよりもジルが強いという事から知らず知らずの内に錯覚していたのだ。ジルには一体どれほどの攻撃を与えれば倒れるのかと。だが、実際にはその逆。トマトの一撃を受けただけで動きが鈍るほどにジルは柔な体なのだ。どうやら封印以外にも力が弱っている原因があるようだが、今はそれを考えている状況ではない。ジルは打たれ弱い、その事実が重要なのだ。だが、ジルはそれを気にする様子もなく、これまでと変わらぬ口調で言葉を続ける。

 

「それで、どうするつもりだ?」

「ぬっ……」

「貴様らは現に私に近寄れていないのだぞ?」

「いや、それが判れば戦いようはあります」

 

 ジルの問いに答えたのはアレキサンダー。両拳を合わせ、ジルを見据えながら一歩前に出る。

 

「まだまだ長期戦。そう考えて電撃を極力躱してきましたが、そうでないなら話は別!」

「アレキサンダー! まさか……」

「特攻か……」

 

 志津香が叫び、ジルが冷徹な視線を向ける。放たれる電撃を避けず、ただジルに向かって直進をするつもりなのだ。だが、それを易々許すほどジルの電撃の威力は甘い物ではない。連続して直撃すれば、簡単に死に至れる程の威力なのだ。

 

「後の事は考えん! ただ一撃、貴様に渾身の一撃を放つ!」

「届くと思うのか? その前に死ぬぞ……」

「届かせる! 例えこの身、朽ちようとも!!」

 

 瞬間、アレキサンダーが走り出す。それに続くようにランスとリックも駆け出し、志津香とルークが遠距離攻撃で援護する。それに対し、ジルは先程まで同様大量の電撃を両手から放つ。その目標は、先頭で駆けてきているアレキサンダー。電撃が目の前まで迫った瞬間、アレキサンダーは咆哮した。

 

「うぉぉぉぉ! 属性パンチ・雷」

 

 電撃を両腕に纏わせ、顔を守るようにガードしながらアレキサンダーが駆けていく。ジルの電撃のダメージが無いわけではない。腕が痺れ、脳に激しい痛みの合図が通達される。だが、それでも幾分かはダメージを抑えられている。

 

「拳でガードだと!? あの拳、電撃を纏っている……小賢しい……」

 

 自身の魔法を素手でガードされるとは思っていなかったジルが流石に驚愕する。そしてそのアレキサンダーに続くように、ランスとリックもジルに向かって駆け続ける。その距離は確実に迫っていた。先程とは状況が違う。長期戦、ジルの素早さ、それらを考え無理な特攻は避けてきた。だが、これは短期戦。わずか数発で戦況は大きく変わる。その上、ジルは今足に怪我を負っている。これこそが、勝機。

 

「下がれ、下郎が! 私に近づくな!」

「ぐあっ!」

 

 気が付けば、アレキサンダーはジルの目前まで迫っていた。ジルが声を荒げ、アレキサンダーに電撃を集めた電磁砲を放つ。拳に纏った電撃では抑えきれず、その腕が弾かれ電磁砲がアレキサンダーの体に直撃する。激しい痛みが全身を駆け巡り、意識が飛びそうになる。

 

「アレキサンダー!」

 

 だが、飛びそうになった意識は直後に聞こえてきたルークの声で呼び戻される。脳裏に蘇るのは、先のノス戦。リックが孤軍奮闘するのを、ルークとランスがノスを討ち取るのを、ただ見ている事しか出来なかった自分。また届かないのか。また自分はあの三人の領域に至れないのか。その悔しさが、アレキサンダーの体を突き動かす。

 

「う……うぉぉぉぉぉ!!」

「何!? 動けるのか!? だが、まだ迎撃は……」

「はぁっ!」

「赤い剣……ちいっ!?」

 

 電磁砲の直撃を受けてもなお前進を続けるアレキサンダーの姿にジルが目を見開く。すぐさま次の電撃を放って迎撃しようとしたジルだったが、ジルが迎撃すべく突き出した手を斬り落とそうと剣が伸びてくる。すぐさま腕を引っ込め、一歩後退するジル。その剣はリックのバイ・ロード。リックの伸ばせる限界までその刀身を伸ばし、電撃を放とうとしているジルの腕に向かって振るったのだ。

 

「アレキサンダー殿!」

「かたじけない……このチャンス、逃しはしない! うぉぉぉぉ!!」

 

 リックのサポートを受け、咆哮と共にアレキサンダーが跳び上がる。瞬間、右の拳に纏っていた電撃が白き光へと変わる。その光を見たジルは驚愕する。これは、雷ではない。魔を滅ぼす光だ。

 

「滅せよ、魔王! 属性パンチ・光!!!」

 

 直後、轟音が部屋に響いた。それは、アレキサンダーの拳が放たれた音。だが、その拳が捉えたのはジルではなかった。ジルの立っていた場所の床が、アレキサンダーの拳で大きく窪んでいる。右拳を床に叩きつけた状態のアレキサンダーの口から、ごぷ、と血が流れ出る。

 

「希望を抱かせてしまったかな……?」

「ごふっ……がっ……」

 

 ジルが不敵に笑う。いつの間にかアレキサンダーの背後に立っていたジルは、その爪でアレキサンダーの胸を貫いていた。血が滴り落ちる中、目の前に事態に思わず歩みを止めてしまったランスとリック、呆然とこちらを見ているルークと志津香、その四人に向かってジルは平然と言い放つ。

 

「打たれ弱いのは認めたが……別に貴様らの攻撃を避けられない程に動きが落ちているというのは認めていなかったのだがな……くくく、何を勘違いしたのやら……」

「む……無念……」

 

 ドサリ、とアレキサンダーの体が崩れ落ちる。確かに動きは足の痛みで落ちているのかもしれない。だがそれでも、アレキサンダーの攻撃を避ける事などジルにとっては容易い事であった。爪を引き抜いて血を舐めとりながら、ジルは目の前に立つランスとリックに見下すような視線を向ける。そのジルの視線を受け、リックが決意したような声でランスに囁く。

 

「ランス殿……」

「あん? 何だ……」

「後の事は、お三方にお任せします……自分が、道を開きます!」

 

 

 

-リーザス城 最上階 広間-

 

「おねえ……ちゃん……」

「ミル! 目を覚ましたかい」

 

 最終決戦に参加できず、広間でミルを抱いて座り込んでいたミリ。そのとき、胸の中のミルがようやく意識を取り戻した。ホッと一息つくミリ。目覚めたミルはぼんやりとした表情で周囲を見回す。

 

「あれ? みんなは?」

「みんなは、今奥で戦っているよ」

 

 ミリがそう返す。先程から聞こえてくる戦いの音。それを聞く度に、ミリは悔しい思いをしていた。足手まといなのは判っている。だが、それでもただ待っているだけなのは悔しい。そのミリの目をしっかりと見据え、ミルは口を開く。

 

「おねえちゃん、行こう!」

「……駄目だ。ミル、あんたじゃ殺されちまうよ」

「それでも……みんなと一緒に戦いたい!」

 

 ミルの真剣な眼差し。それを見たミリは感嘆していた。まだまだ幼いと思っていた妹は、いつの間にか立派な戦士へと成長していたのか。少しだけ目頭が熱くなるミリ。だが、ルークの言葉が思い出される。

 

「でもな、ミル。俺たちじゃ足手まといなんだ……」

「そんな事ない! ほんの少しくらいなら、みんなの役に……」

「いや、貴様らでは足手まといだ」

 

 突如、二人の会話を遮るように部屋の中に男の声が響く。ミリとミルはすぐさま声のした方向に視線を向け、直後にミリが目を見開く。ミルは見覚えが無いようだったが、ミリはその姿を、いや、正確にはその男ではなく、後ろに控えていた者たちを確かに知っている。

 

「何でここに……」

 

 

 

-リーザス城 最上階 奥の間-

 

「ん?」

 

 アレキサンダーが崩れ落ちるのを振り返って確認しようともしていなかったジルの前に、リックが一歩踏み出す。

 

「次は貴様か?」

「リーザス赤の軍将軍、リック・アディスン。お相手させていただく!」

「相手になどならんぞ。一方的な虐殺だ……」

「はぁっ!」

 

 リックが剣を振りかぶり、ジルに向かって駆け出す。ジルはそれを悠然と見ながら、すれ違い様に爪で斬り裂こうと考え、剣を振りかぶっているリックに向かって高速で駆ける。だが、何かおかしい。剣に全く殺気がこもっていないのだ。いつまで経っても振り下ろされない剣。その体は無防備。誘っているとも一瞬思うが、今の自分は高速移動中。リックにはその姿が見えていないはずだ。姿の見えない相手に出来る事など、何もないはず。

 

「諦めたか。幕切れは下らなかったな……死ね!」

 

 結局、ジルはリックのその無気力な姿を諦めたと結論づけ、そのままリックに向かって爪を伸ばす。その姿を、今正に意識が失われようとしているアレキサンダーがその目に映す。高速移動中のジルは捉えられていない。目に映しているのはリックの姿だけだ。そのリックの姿が、何故かトーマと被った。思い出されるのは、少し前の会話。

 

『そうですね。自分も似たような事をしますので……』

「(まさか……あれがリック殿の……)」

 

 例え誘いだったとしても、出来る事など何も無い。そう考えたジルはすれ違い様に爪で全身を斬り裂いた。

 

「ぐっ……」

「ここまで立っていながら、最後に怖じ気づく……とは……!?」

 

 全身から血を噴き上がらせ、その体を崩していくリックを見下した目で見ていたジルだったが、全身に走る痛みに目を見開く。直後、ジルの全身から血が噴き出した。

 

「なっ!?」

「貴女の攻撃……反射させて貰いましたよ……」

 

 激痛に顔が歪む。傷自体は深くないが、全身から出血している。いつの間に斬られたのか全く判らなかった。自分が目で追い切れなかったという事実にジルが混乱する。これがリックの隠されたカウンター技、反射である。無防備な自分の体にあえて攻撃を与えさせ、そのダメージの一部を相手へと返す捨て身の技。攻撃を受けた瞬間、無心の状態から放たれる剣技は殺気がこもっていないため、ジルですら斬られた事に気付けなかったのだ。相手に与えるダメージよりも自身の受けるダメージの方が大きいため、実戦では殆ど使う事のなかったこの技が、ここにきて最大限に効果を発揮する。

 

「き、貴様ぁぁぁ!」

「後は……頼みました……」

 

 ジルが振り返って崩れ落ちていくリックを睨み付けるが、直後に背後から殺気を感じる。それは、ルークとランス。いつの間にかルークも間合いを詰めており、ランスと二人でジルに渾身の剣を振り下ろそうとしているのだ。

 

「真滅斬!!」

「ランスアタァァァック!!」

「甘いわ!」

 

 だが、その一撃もジルには届かない。高速でルークとランスの間をすり抜け、すれ違い様に爪でその体を斬り伏せる。ルークの右腰、ランスの左腰から同時に血が噴き出す。

 

「くっ……まだこれ程の動きが……」

「こんのっ……」

「この程度の薄傷、何の影響もないわ! 魔王の力、見くびるな!」

「ファイヤーレーザー!」

 

 背後からルークとランスに追撃を加えようとするジルに、志津香が魔法を放つ。だが、それをジルは平然と躱し、一瞬で志津香の背後に回り込む。

 

「当たらんよ……」

「くっ……きゃぁぁぁぁ!」

「志津香!」

 

 志津香はジルの放った衝撃波をその身に受け、ルークとランスのところまで吹き飛ばされる。その背中をルークが支えるが、瞬間禍々しい殺気をジルの方から感じてすぐに視線を向ける。先程まで志津香のいた場所に立っているジルは、その体から殺気と共に白い魔力が吹き出していた。それは、先程トマトに斬りつけられた後に放った技。部屋にいる者全てを飲み込むブレス。

 

「あれは……」

「げっ!? さっきの面倒くさい技だ!」

「ちょっと待ってよ……あんなのもう一発受けたら、みんなは……」

 

 志津香が絶望に目を見開く。360度全方向に放たれるジルのブレス。自分たちはまだ耐えられるかもしれない。でも、後ろに倒れているリックとアレキサンダーはただでは済まない。そして、部屋のそこらかしこに倒れているみんなもだ。青ざめる志津香の顔を見ながら、ジルがニヤリと笑う。

 

「さて……何人生き残れるかな……」

「てめぇぇぇ!」

「駄目だ……間に合わん……」

 

 ルークの真空斬も、志津香の魔法も間に合わない。ジルのブレスを止める手立ては何も無い。今正に放たれようとしているブレスを、三人はただ見ている事しか出来なかった。いや、それは三人だけではない。周囲で意識のある者たちも皆、全員が絶望に顔を曇らせる。それこそが、ジルの最大の喜び。嬉しそうに顔を歪ませ、ジルがブレスを放とうとする。

 

「その絶望を抱いたまま死ね、人間共よ……」

「メタルライン!!」

「!?」

 

 だが、それが放たれる事は無かった。ジルは突如自分に迫ってきた強烈な電撃の束に目を見開き、今正に放とうとしていたブレスの塊で電撃をガードする。相殺し、ブレスの塊が四散する。不愉快そうにしながら白い煙の向こうに立つ人物を見て、ジルは目を見開く。いや、目を見開いたのはジルだけではない。

 

「う……そ……」

「そんな……」

 

 ルークに背中を預けながら志津香が絶句する。起き上がる事の出来ないかなみが我が目を疑う。中でも一番驚いているのはセルだ。信じられないものを見るような目で、やってきた来訪者に視線を向ける。

 

「帰ったと思っていたのだがな……」

 

 ルークがその人物を見て、静かに笑う。ルークのその問いに、来訪者がハッキリと答える。

 

「貴様らの為ではない。ノスに騙され、ジルを復活させたまま……おめおめと帰ったのでは、ホーネット様に会わせる顔がない!」

 

 金色の髪をなびかせ、ジルをしっかりと睨み付ける男。それは、人間ではない。人類を蹂躙する存在、魔人。

 

「あの時の腰抜けか……」

「ここで滅んで貰うぞ、魔王ジル!」

「サ、サテラは関係ないからな! 一緒についてきただけなんだからな!」

 

 来訪者は三人。魔人アイゼル、魔人サテラ、シーザー。本来敵対すべき三人が、有り得ないはずの増援が、今こうしてルークたちの前に現れたのだ。やってきたアイゼルたちを見ながら、ジルがニヤリと笑う。

 

「まさか、私に歯向かう愚かな魔人が二人もいるとはな……もういい、貴様らも殺すぞ……」

「か、数に入れられている……」

「サテラ様、覚悟ヲ決メルベキカト……」

 

 今ここに、全ての役者が揃う。人間と魔人、憎み合う二つの種が一つの目的の下に共闘するのだ。奇跡のような光景の中、舞台は最終局面へと移行していく。

 

 




[技]
青き絶望の雷 (オリ技)
使用者 ジル
 ジルの放つ雷撃。ファイヤーレーザー以上の威力をほぼノータイムで連発する事が可能な強力な一撃。何本かの雷撃をまとめ、強烈な電磁砲にする事も可能。

属性パンチ・光
使用者 アレキサンダー
 アレキサンダーの必殺技。光の神の力を借り、己の拳に光撃を纏わす。闇属性の敵は強力な者が多いため、いざという時に非常に役に立つ一撃。

反射
使用者 リック・アディスン
 リックの必殺技。無防備な体にあえて打ち込ませ、殺気の含まない攻撃で相手に跳ね返す反撃技。自分がダメージを受けないと発動せず、相手に与えるダメージよりも自身のダメージの方が大きいため、使いどころの難しい技である。

メタルライン
 激しい電撃の束を敵に突き刺す雷属性の最上級魔法。ゼットンや白色破壊光線と並んで記される、最強クラスの魔法。

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