ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第54話 勝機は一度

 

-リーザス城 最上階 奥の間-

 

「魔の者が……人間の味方をするなんて……」

 

 床に横たわったまま、セルは目の前の事態に困惑していた。恐らく、その度合いはこの部屋にいる者の中でも一番だろう。自身が信じてきた神の教え、それを真っ向から否定するような事態が目の前で現実に起きているのだ。人間と魔人の共闘。その奇跡的ともいえる事態が。

 

「メタルライン!」

 

 アイゼルがジルに向かって強力な電撃を放つ。向かってくる電撃を見ながらジルは右手を四度振るい、発生した電撃を収縮して電磁砲を放つ。ぶつかり合った魔力が轟音を響かせ、相殺して四散する。

 

「くく……魔人が魔王である私に歯向かうか……懐かしい気分だよ……」

 

 ジルの脳裏に思い出されるのは、かつて自分をカオスで封印した男、魔人ガイ。自らの愛人として寵愛していた元人間の魔人であったが、ガイは突如ジルに反旗を翻したのだ。その時の事が、今の光景と重なりあう。

 

「そちらの小娘にも見覚えが無いが、貴様もガイの手によって作り出された魔人か?」

「うげっ……そ、そうだけど、それが何だよ!」

「サテラ様、腰ガ引ケテマス」

 

 アイゼルがガイの生み出した魔人であるというのはノスから聞いていたため、ジルはサテラに視線を移してそう問いかける。その視線を受けたサテラはシーザーの後ろに隠れ、涙目で腰が引けている。そのサテラと、その横でしっかりとこちらを睨み付けているアイゼルの容姿を見比べて、ジルがニヤリと笑う。

 

「貴様ら、二人とも人間の魔人だな? そうか……くくっ、また人間か……」

 

 サテラは人間の、アイゼルは変身人間の魔人。どちらも分類的には人間の魔人に位置する。反旗を翻されているはずなのに、何故かジルは嬉しそうに笑っていた。その笑顔に、ルークは何かおかしな感情を抱く。最も人類を虐殺した魔王。ならば、人間に裏切られて、何故ああも嬉しそうにしているのか。

 

「では、仕切り直しと行くか……」

「ファイヤーレーザー!」

「メタルライン!」

 

 ジルの言葉を遮るかのように、前後からアイゼルと志津香が同時に魔法を放つ。その魔法がジルに到達する前にフッと姿を消し、高速移動でアイゼルとサテラに迫る。

 

「ぎゃー! こっちに来たー!」

「サテラ、無理はしなくていいからな。電極直雷!」

「当たり前だ! ううっ……何でこんな事に……」

 

 アイゼルが魔法を放ち、サテラが文句を言いながらも鞭をしっかりと握って素早く振るう。だが、迫ってきていたジルはアイゼルとサテラの攻撃を簡単に躱し、爪を伸ばす。

 

「とりあえず……小娘、死ね!」

「げっ! よりにもよって、なんでサテラに!?」

 

 一気に間合いを詰めたジルが怯えているサテラを爪で斬り裂く。だが、その攻撃はサテラに届かない。主人を守るべく二人の間に割って入ったシーザーに阻まれたのだ。その硬い装甲に爪での攻撃を阻まれたジルは不愉快そうに眉をひそめる。

 

「ぬっ……人形風情が……」

「サテラ様、ゴ無事デ?」

「おおっ、流石シーザーだ! そのままぶちのめせ!」

「了解シマシタ。フンッ!」

 

 自身のガーディアンの活躍にサテラが嬉しそうな声を上げながら指示を出すと、シーザーはジルに向かって鉄拳を振るう。だが、シーザーは元々あまり素早くはない。シーザーは力を重視して生み出したガーディアンであり、素早さ重視で生み出したイシスはセルによって大破され、今この場にはいないのだ。そのシーザーの攻撃を躱すなど、ジルにとっては造作もないこと。

 

「木偶の坊が……」

 

 ジルは不快そうにしながら振るわれた拳を躱し、シーザーの体にピタリと両の手のひらをつける。

 

「邪魔だ」

 

 そう冷たく言い放つと同時に、ジルの手から強力な魔力が放たれる。ゼロ距離から放たれた魔力はシーザーの腹部を粉々に砕き、後ろが見通せる程に巨大な穴を空ける。破片をまき散らしながら後ろに吹き飛ぶシーザー。あれ程ランスたちを苦しめたシーザーを、たった一撃でジルは大破せしめたのだ。

 

「ガッ……」

「全身を吹き飛ばすつもりだったのだが、頑丈だな。まあいい、人形風情はさっさと……」

 

 ジルが右手を魔力で覆い、シーザーに追撃の魔法を放とうとする。だが、直後に自身のすぐ側から強烈な殺気が放たれた。チラリと横目でそちらを見ると、先程までとは表情が一変したサテラがジルを睨み付けている。

 

「お前……シーザーに何してるんだ?」

「……見て判らぬか? 土に戻そうとしてやっただけだ」

 

 返答と同時に、ジルに向かって高速の鞭が振るわれる。込められている殺気から鑑みるに、確実に殺りにきた一撃だ。

 

「お前、殺すぞ!」

「貴様では無理だ」

「はあっ!」

 

 サテラの鞭を易々と躱すジルに、アイゼルも剣を振るう。魔人二人が左右からジルを挟み込み、連撃を繰り出す。だが、当たらない。アイゼルの剣技はそこそこといったレベルだが、サテラの鞭捌きは相当なもの。元々軌道の読みにくい鞭は敵に命中しやすい武器のはず。

 

「死ね!」

「滅びよ!」

「やれんよ、貴様らでは」

 

 激昂しながら何度も何度も攻撃を繰り出す。だが、当たらない。一撃たりともジルの体に当たらないのだ。床に倒れていた者たちの顔が青ざめる。それは、何度となく見てきたジルの死の舞踏。魔人相手にも、平然とそれをやってのけるというのか。サテラの表情がだんだんと驚愕に彩られていく。

 

「なんなんだよ……なんなんだこいつ!?」

「くっ……」

「これが魔王と魔人の差だ……」

 

 そう言うと同時に、両手の爪を伸ばしたジルがアイゼルとサテラに向かってそれを振るう。突如として振るわれた高速の攻撃にサテラが思わず目を瞑ってしまうが、その爪はサテラまで届かず、ガキン、という音だけが部屋に響く。サテラに振るわれた爪をランスが、アイゼルに振るわれた爪をルークが剣で防いでいたのだ。

 

「ほう……」

「ふっ!」

「どりゃぁ!」

 

 即座にルークとランスがジルを横薙ぎに斬る。その攻撃をジルは後方に飛んで躱し、口元に妖しげな笑みを浮かべる。

 

「人間が魔人を庇うか……」

「がはは、この魔人は俺様の女だからな!」

「おい、ふざけるな! いつからサテラがお前の女になった!」

「ん? さっきはあんなに可愛い声で喘いでいたじゃないか、がはは!」

「こ……殺す! やっぱり殺す! ジルの前に、お前から……」

「後にしろ、サテラ」

 

 額に青筋を浮かべながらぷるぷると震えだし、ランスに向かって鞭を振るおうとするサテラ。だが、アイゼルがそれを制する。今はそんな事をしている状況ではない。そのまま自身を庇ったルークに視線を移し、その目を見ながら静かに口を開く。

 

「余計なお世話だ。施しは必要ない」

「そう言うな。目的は一緒だろ」

「そうよ。一時的にでも協力しましょう」

「志津香さん……」

 

 ルークたちと共にこちらに駆け寄ってきていた志津香に声を掛けられる。目の前に並んで立っているルークと志津香の顔を一瞬だけ交互に見て、少しだけ悲しそうな表情を浮かべた後、アイゼルがジルの方に向き直りながらハッキリと口にする。

 

「ジルを倒すまでの間だけだ」

「ああ、今はそれで十分だ!」

「サテラ様……」

「シーザー!? 大丈夫なのか!?」

 

 腹に穴が空いた状態のシーザーがふらふらと立ち上がり、サテラが慌てた様子で声を掛ける。その問いを受け、シーザーは拳を握りしめる。

 

「アナタノ生ミ出シタ存在ハ、コノ程度デ敗レルホド軟弱ニハ出来テイマセン」

「シーザー……」

「イシスガ動ケヌ今、サテラ様ヲ守ルノハ私一人。ソノ私ガ簡単ニ倒レル訳ニハイキマセン」

「流石シーザーだ。いくぞ!」

「ハイ」

 

 立ち上がったシーザーも含め、六人の戦士がジルの前に立ちはだかる。それを悠然とした態度で見据えながら、ジルは愉快そうに口を開いた。

 

「……来い。精々、楽しませてみろ」

 

 その言葉を受け、弾かれる様に飛び出す戦士たち。志津香以外の五人が一斉にジルに向かっていき、それを志津香が魔法で援護する。迎え撃つジルは魔法と死の舞踏、両方を併せた戦闘スタイルで五人を翻弄する。乱れ飛ぶ剣、鞭、魔法。だが、やはりジルには当たらない。未だにまともなダメージはトマトの一撃とリックの反射のみ。当たりさえすれば、一度でも強力な攻撃が当たりさえすれば、一気に状況をひっくり返せる可能性はある。だが、当たらないのだ。手を伸ばせば届くほどの距離にいるはずのジルが、あまりにも遠くに感じる。そんな錯覚すら覚える程だ。

 

「ここまで……魔人がいても、ここまでの差があるというのか……」

「これが……魔王ジル……」

 

 バレスが右拳を握り、マリスがリアとシィルの治療をしながら歯噛みする。強いとは思っていた。遙か高みであるのも知っていた。だが、ここまで差があるというのか。彼女が魔王として君臨していた時代を『暗黒の時代』と呼ぶのを、ここへきて嫌というほどに実感してしまう。

 

「ルークさん……志津香……ランス……頑張って……」

 

 かなみが不安そうな目でルークたちを見る。心が押し潰されそうになるが、まだ勝利を諦めていない。今もまだジルに立ち向かっている仲間がいるのだ。自分が諦める訳にはいかない。例え動けずとも、その想いだけは譲れない。

 

「どりゃぁぁ!」

「ふっ!」

「ガァァァァ!」

 

 目の前で繰り広げられる攻防。ジルの反撃で少しずつその体が傷ついていく五人に対し、ジルはその体に新たな傷を付けていない。これではまるで、先程までの光景の繰り返しだ。無様だなと言わんばかりに笑みを浮かべながら華麗に舞うジル。徐々に、だが確実に相手を死へと誘う舞踏だ。その光景を、一人の悪魔がぼんやりと見ていた。

 

「人間と魔人が……共闘している……」

 

 それは、悪魔フェリス。ジルの猛攻で意識が朦朧としていた彼女だが、先程から繰り広げられている目の前の光景に目を奪われる。

 

『俺の目的は……人類と魔人の共存!』

『……そんな望みは絶対に叶わないぞ。人間と魔人。神と悪魔。対極に位置する関係だ。分かり合える事なんてない』

 

 少し前に、ルークに対して自分が言い放った言葉が思い出される。それは、至極当然の事。100人に聞けば、100人がフェリスの意見に賛同するだろう。それ程までに、ルークの考えはおかしい。それは間違いなく、狂人の域だ。

 

「それでも……あんたには……出来るっていうのか……?」

 

 だが、今フェリスの目の前では一時的とはいえ人間と魔人が判り合っている。共に手を取り合い、戦っている。その姿が、何故かフェリスには神々しく映る。

 

「ルーク……あんたは……」

 

 そう呟き、フェリスが側に落ちていた鎌に手を伸ばす。右手で鎌を握れるか確認する。まだ握れる。まだ私は戦える。

 

「ふはははは、さっきまでの威勢はどうした!」

「ちくしょう……」

「ええい、貴様ら! あんだけ決め顔で入ってきておいて、てんで役に立っていないではないか!」

「本当、本当。儂、超がっかり」

「ちっ……」

 

 ジルが嘲笑いながらルークたちを傷つけていく。ランスとカオスの言葉にイラッとするアイゼルとサテラだったが、何も言い返せない。自分たちはまだ一撃もジルに与えられていないのだ。

 

「くくく、カオスの使い手の言うとおりだな。情けない魔人共だ……」

「なんだと! サテラたちは情けなくなんかないぞ!」

「私に一撃も与えられないのにか? なんと無様な……」

「無様だと……貴様!」

「よせ、アイゼル!」

 

 ジルの挑発に応じるように、アイゼルが剣を高く振り上げる。だが、それはあまりにも無茶な攻撃。大振りが過ぎるため、隙だらけなのだ。ルークがすぐにアイゼルを止めようとするが、アイゼルがチラリとだけルークに視線を向ける。その表情は、挑発に応じた者の顔ではない。それを見たルークは制止しようとしていた手を引っ込める。何かあるというのか。逆転の一手が。

 

「魔王ジル! 滅びろ!」

「あまりにも無様な姿だ……」

 

 叫びながら剣を振り下ろすアイゼル。それを悠然とした態度で見ていたジルは口元に笑みを浮かべ、振り下ろされた攻撃を容易に躱してアイゼルの背後に瞬時に回り込む。そして、アイゼルの胸を背後から鋭い爪で貫く。それは、先程見た光景と同じ。渾身の一撃をジルに放ったアレキサンダーが、直後その胸を貫かれたあの時と。アレキサンダー同様、ごぷ、と血を口元から垂らしたアイゼルだったが、その口元にニヤリと笑みを浮かべる。

 

「なに!?」

 

 ジルの目が見開かれる。アイゼルの胸に刺した爪が抜けないのだ。見れば、目の前のアイゼルの姿が先程までと変化している。一瞬の内に体がふくれあがり、優男風の姿からノスを思い出させるような巨体になっていた。

 

「貴様……変身人間か!?」

「今だ! この勝機、無駄にするな!」

 

 アイゼルの鋼の筋肉に邪魔され爪が抜けず、困惑しているジルにルークたちが一斉に跳びかかる。真っ先に跳びかかったのはルークとシーザーの二人。ジルに向けて勢いよく剣と拳を振り下ろす。

 

「くそっ!」

 

 その二人を視界に捉えながら、ジルが忌々しげに自分の爪を自ら叩き折る。アイゼルの拘束から外れたジルが瞬時に後方に飛び、ルークとシーザーの攻撃をギリギリのところで躱す。だが、直後その体に激痛が走る。

 

「くっ……」

「逃がさないぞ!」

 

 それは、サテラの鞭。射程の長いサテラの攻撃が、ジルの体に直撃していたのだ。以前レッドの町を襲撃した際、解放軍を次々と倒していったその威力は健在。激痛にジルの顔が歪み、ギロリとサテラを睨み付ける。

 

「小娘がぁぁぁ!」

「ぐあっ……」

 

 叫びながらサテラに電撃を放つ。その衝撃でサテラが吹き飛ばされるのを見ながら、大地を踏みしめ自身の状態を確認する。

 

「……ちっ」

「どりゃぁぁぁぁ!」

「ファイヤーレーザー!」

 

 今の一撃だけで、ジルの足が少しだけふらついている。自身のその無様な姿に舌打ちしながら、前からランスが迫ってきている事と、横から自身に向かって魔法が放たれたのを確認する。迎撃する事は容易い。だが、もし万が一カオスの攻撃を受ければ今の自分では危ない。そう考えたジルは一度後方に飛び、体勢を立て直す事にする。

 

「焦っている? 私が……くくっ……」

 

 ジルが自嘲気味に笑う。ほんの少しとはいえ追い詰められた形になった事が、よほど信じられない出来事であったのだ。だが、それもこれで終わり。一度体勢を立て直してしまえば、もう次はない。アイゼルは今の捨て身の一撃で膝をついている。サテラも魔法が直撃し、吹き飛んだ。

 

「もう遊びも終わりにするとしよう……」

 

 後方に飛ぶジル。立っていた場所にファイヤーレーザーが撃ち込まれるのを見ながら、ブレスで一気に終わらせる事を考え魔力を溜め始める。そう、ジルは焦っていた。魔人であるサテラの一撃はそれ程までに強力で、迫ってきていたランスの持つカオスはそれ以上に驚異であった。だが、後方に飛んで態勢を立て直した後、奴等にブレスを放てば自分の勝利は確定だ。そう、後方に無事に逃げられれば。ジルの作戦の前提にあるのは、この部屋にはもう立ち上がれる者はいないだろうという先入観。だからこそ、後ろから迫ってきていた殺気に今の今まで気が付けずにいた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

「なにっ!?」

 

 ジルが目を見開いて後ろを振り返る。そこには、ボロボロの体でこちらに飛びかかってくる悪魔の姿。満身創痍の体でフェリスが鎌を振るう。その一撃はジルの背中に直撃し、横一文字に斬られた傷口から血が噴き出す。

 

「がっ……くっ……貴様ぁぁぁぁぁ!」

 

 ジルが激痛に顔を歪めながら、溜めていたブレスの塊をフェリスに向かって放つ。強力な魔力の塊を今のフェリスには避ける術がない。だが、間違いなく直撃するはずだったその一撃は空を切る事になる。

 

「戻れ! フェリス!!」

 

 ルークの絶叫と共に、フェリスの体が現れた異空間の穴へ消えていく。その最後の表情は、一矢報いた事への満足感と、最後まで戦いを見届けられなかった悔しさの入り交じった複雑な表情であった。悪魔界へと帰り、姿を消したフェリスを忌々しげに見送ったジル。だが、直後に後方から迫ってくる殺気に振り返る。フェリスの奇襲により一瞬だが記憶から忘却していた。今自分には迫ってきている者がいたのだ。

 

「どりゃぁぁぁぁ! 死ねぇぇぇぇぇぇ!」

 

 それは、ランス。カオスを両手で振りかぶり、跳びかかってくるその姿を見てジルが目を見開く。

 

「(迎撃……駄目だ、間に合わん)」

 

 距離が近すぎるため迎撃が間に合わない。体の痛みで完全回避も不可能。その事実にジルが唇を噛みしめる。たった数発でこのような状態になるのか。力が戻っていないとはいえ、なんという情けない体か。悔しそうな表情を浮かべながら、痛む体をなんとか動かして少しだけ後方に跳ぶ。自分を1000年者間封印していたカオスの攻撃だ。直撃だけは何としても防がねばならない。耐えきった後でランスに反撃するため、右腕を魔力で覆う。そのジル目がけ、ランスが剣を全力で振り下ろした。

 

「ランスアタァァァック!!」

「いけー! ぶった斬れーっ!」

 

 ランスの振り下ろした剣は、ジルの体を正面から斬り裂いた。後方に跳んだ事により直撃は避けたジルだったが、ランスに斬られた傷口から血が勢いよく噴き出す。これがカオスの威力かとジルが考えていたそのとき、地面に叩きつけられたランスの剣から衝撃波が発生する。これこそが、ランスアタックの特徴。強力な攻撃と衝撃波の二重攻撃。発生した衝撃波がジルの全身に浴びせられる。

 

「ぐっ……」

 

 直撃ではないというのに、その威力は先程のサテラやフェリスの攻撃を上回っている。ここに来て、ジルは理解する。これはカオスの力だけではない。この目の前にいる人間が強いのだ。

 

「(確かランスと言ったか……くくく、カオスの使い手は本当に楽しませてくれる!)」

 

 だが、ジルは耐えきる。背中と正面から大量の血を流しながらも、体勢を崩す事無くハッキリとランスを睨み付ける。剣を振り切ったその無防備な体に全力で魔力を叩き込めば、間違いなくこの男は死ぬはず。ジルの口元が歪む。これ程の傷を負ったのだ。もう遊びは十分。そう考えたジルは右腕を振りかぶる。凶悪な魔力がランスに放たれようとするが、そのランスの後方から自分に剣を突き刺そうと迫る姿をジルは見る。それは、ルーク。

 

「うぉぉぉぉぉ!」

「っ!?」

 

 迫ってくるルークを見ながら、ジルは思考する。この魔力を放つ相手は、誰が望ましいかを。無防備なランスは。確かにそれでランスは殺せるだろうが、迫ってきているルークの攻撃を躱す術がない。では、ルークか。これが一番安定。だが、ランスが体勢を立て直してもう一度こちらに剣を振るってきたら、それを確実に躱せるとは言いきれない。カオスの一撃とあっては、リスクが大きすぎる。それでは、魔力を拡散させて二人同時に攻撃ではどうか。これが一番危険。分断してしまった魔力では二人を確実に倒せる保証がない。そのとき、ジルに妙案が思いつく。これだ。これが一番の上策。ジルがその対象をしっかりと見据え、右腕に溜めた魔力を解き放つ。その対象は、ルークでもランスでもない。ランスの左手に握られた、魔剣カオス。

 

「この場から消えよ、カオス!」

「ぐっ!」

「のぉぉぉぉ!」

 

 強力な魔力の渦を食らい、ランスの左手からカオスが弾き飛ばされる。放たれた魔力はカオスを巻き込んだまま壁に直撃し、そのまま壁を突き破ってカオスを外へ放り出す。

 

「あーーれーー!!」

 

 宙に放り出されたカオスは、悲鳴を上げながら城の外に落下していく。瞬間、ジル、アイゼル、サテラの三人に中和されていた無敵結界の感覚が蘇る。カオスの効果が及ぶ範囲から外れたのだ。ジルがニヤリと笑う。これでいい。これでもう私を傷つけられるのは、無様に膝をついているアイゼルと、苦しそうに倒れているサテラしかいない。この男の剣では、私は傷つかない。

 

「おい! カオスがないんだ! 止まれ!」

「ルーク殿……駄目じゃ……」

「駄目です……逃げてください……」

 

 ジルに迫っていくルークを見たサテラが声を荒げ、バレスとセルが小さく声を漏らす。その剣は、ジルに届く事はない。無防備な姿をさらしたルークは、その後の反撃でやられてしまうだろう。ここは退かねばならない。それなのに、ルークは止まる気配を見せないのだ。周りで見ていた面々の殆どが、ルークを悲痛な目で見ながら強く願う。止まれ、止まってくれと。だが、そうではない者もいる。しっかりとルークを見据え、声を出す者たちがいる。

 

「ルークさん……」

 

 ようやく体を起こせるところまできたかなみが、腹を押さえて膝をつきながら、そう呟く。その瞳には強い意志が込められている

 

「あんたなら……やれる……」

 

 志津香がルークの背中を心配そうに見守りながら、右拳を静かに握りしめる。ラギシスのときもトーマのときも、この男は窮地の中で勝利を掴んできたのだ。

 

「いけ! ルーク!」

 

 アイゼルがハッキリとそう口にする。アイゼルは知っているのだ。ルークの異能を。自分たちにとって天敵とも言える能力を、嫌というほど体験しているのだ。

 

「寛大な俺様が今回だけは譲ってやる……だから、必ずぶっ殺せ、ルーク!」

 

 ランスがルークに叫ぶ。その叫びに応えるかのように、ルークがジルの体目がけて剣を前に突き出す。無駄な行為。無様な姿。そう思いながら、ジルはルークを見下していた。迫る剣先など見ていない。ダメージが通らぬと判った時に浮かべる、ルークの後悔の表情を待つ。瞬間、ザシュ、という音が耳に響く。笑みを浮かべていた口元から、ごぷ、と血が吐き出される。

 

「馬鹿……な……」

 

 己の胸を貫いている剣を、ジルは信じられないような表情で見る。カオスは無い。無敵結界は発動している。なのに、何故攻撃が通る。魔王である私に、人間の攻撃が。

 

「カオスを狙った判断は間違いではなかったが……やるならもっと早くやっておくべきだったな……」

 

 自身の体に剣を突き刺した男が口を開く。間違いではない。当然だ。私が判断を間違える訳がない。それなのに、何故このような状況になっている。

 

「もっと早くやっていれば……俺がカオスの中和とは関係なく、貴様にダメージを与えられる存在だという事に気が付けていただろうに……」

「私に……貴様……一体……?」

「その傲慢……驕り……それこそが……」

「ぐっ……がっ……」

 

 胸に突き刺した剣を、ルークはジリジリと上に引き上げていく。動かす度にジルの体から夥しい程の血が噴き出し、口元から更に血を吐き出す。ジルが睨み付けてくるのを正面からハッキリと見据え、ルークは剣を勢いよく上に引き上げる。

 

「貴様の敗因だ! 魔王ジル!」

「がっ……あぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 ルークがそう言い放つと同時に、ジルの肩口から剣が引き抜かれる。胸から肩にかけて両断された形となったジルは、血を噴き上げながら絶叫した。それは、正に断末魔。だが、ルークの攻撃はこれで終わりではない。剣を引き抜いたルークが、既にその剣を両手で握って振りかぶっているのだ。ジルが目を見開く。

 

「き……さま……」

「滅びろ! 真滅斬!!」

「ぐ……がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 振り下ろされた剣がジルを直撃する。両断とまではいかなかったが、真一文字にジルの体に傷が走り、絶叫と共にジルの体が崩れ落ちる。その光景を見ていた周囲の者たちの口から呟きが漏れる。

 

「やりおった……」

「魔王を……倒した……」

「ランス様……ルークさん……」

「がーはっはっは! 俺様たちの勝利だ!!」

 

 崩れていくジルを見ながら、ランスが高らかに笑い声を上げる。瞬間、部屋を歓喜の空気が包む。全員が満身創痍であるため、大声で喜び合う事は出来ない。だが、これで全てが終わった。遙か高みの存在である魔王ジルに、自分たちは勝利したのだ。

 

「ランス様!」

「……ようやく起きたか、馬鹿者。俺様の活躍は見逃さなかっただろうな?」

「はい!」

 

 先程マリスの治療で意識を取り戻したシィルが痛む体を引きずってランスに近づいていく。それに気付いたランスはほんの一瞬だけ嬉しそうな表情を浮かべたが、すぐにいつもの横柄な態度に戻る。奇跡的な勝利にサテラも陽気な声を出す。

 

「これ、大手柄だよな!? これで怒られずに済むよな!?」

「ふっ……まあ、自分たちの尻ぬぐいだから、手柄とは違うがな……」

 

 だが、これでホーネット様の前に顔が出せると、アイゼルも安堵のため息をつく。見据えるはルークの背中。そのルークも、戦いの終わりに安堵のため息をついていた。確かな手応えだった。長い戦いもこれで終わる。振り返れば、こちらに志津香とかなみが近寄ってこようとしていた。かなみは痛む脇腹を押さえながらだ。無理はするなと声を出そうとしたルークだったが、突如後ろから聞こえてきた声に体が固まる。

 

「バルハ デル バー クデンゲー レル ガー……」

 

 目を見開いて振り返ると、倒れたジルが不気味な笑みを浮かべながらこちらを見上げていた。

 

「私は滅びぬぞ……封印もされぬ……貴様とカオスの使い手も道連れだ……くくく……」

 

 魔王ジル。その目は、未だ死んでいない。

 

 


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