ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第56話 この想い、空に届け 前編

 

-リーザス城 王女の間-

 

 リーザス解放戦より一週間程の時が過ぎた。リーザス各地や自由都市では復旧作業が続いており、まだまだ休む間もない状況ではあるが、リーザスの民には笑顔が戻っていた。長きに渡る戦争が終結し、待ち望んでいた平和が戻ってきたのだ。そんな中、王女の間には怒声が響き渡る。

 

「何故! 何故私が処刑されなければならないのですか!」

 

 兵に取り押さえられた男が、目の前のリアに向かって声を荒げる。この男は黒の軍中隊長、加藤疾風。その男を冷たい目で見下しながら、リアがマリスに指示を出す。

 

「マリス、罪状」

「はい。軍費及び戦死者の手当金横領、戦時下の略奪行為、邪魔な部下の暗殺及び死体隠蔽、実の娘の体を出世のために差し出した事も判明しています。それから……」

「あらあら。随分と埃が出てくるものね……」

「うっ……」

 

 読み上げられていく罪状は全て身に覚えがある事。ぐっ、と口を噤んだ疾風が顔を横に向けると、そこにはメイド服姿の実の娘、加藤すずめが立っていた。

 

「すずめ……何故そのような格好を……?」

「すずめはリーザスのメイドとして働いて貰う事にしたの。もうあなたがいなくても大丈夫だから、安心して死になさい」

「なっ……」

「お父様……さよなら……」

「す、すずめ……待ってくれ! 父を、父を助けてくれ!」

 

 ずるずると兵に引きずられていく疾風。その様子を悲しげな瞳ですずめは見送っていた。

 

「ウェンディ」

「はい、リア様。すずめちゃん、これから判らない事があったら何でも聞いてね。さ、行きましょう」

「……はい。リア様、本当にありがとうございます」

 

 リアに深々と頭を垂れてくるすずめにヒラヒラと手を振るリア。そのリアの横顔を見ながら、よくぞここまで元気になってくれたものだとマリスは感慨深くなる。思い出されるのは数日前のリアの姿。

 

 

「ダーリンが……ダーリンが……うわぁぁん!」

「リア様……」

 

 部屋に引きこもり、泣き崩れるリアを心配そうに見守るマリスとかなみ。解放戦が終わってから数日、リアは碌に食事も取っていない。部屋に入れるのはマリスとかなみ、それからメイドのウェンディの三人のみ。他の者は完全に面会謝絶状態だ。

 

「リア様。お体に触ります。せめて食事だけでも……」

「いらない! もうリアの事は放っておいて!」

「リア様……」

「ダーリンが……ダーリンが死んじゃったなら、もうこんな世界どうだっていい!」

 

 その瞬間、パシンという乾いた音が部屋に響く。リアが呆然とした顔で痛む頬に手をやる。平手打ちをされたのだ。それも、自分の部下であるかなみに。マリスも驚いた様子でかなみを見ている。

 

「リア様、申し訳ありません……でも、それでも……今の言葉だけは撤回してください!」

「かなみ……」

「ランスも、シィルちゃんも、ルークさんも……みんな絶対に生きています! 必ず帰るって約束したんです!」

 

 頬に手を当てながら、リアはかなみの顔を呆然と見る。今まで自分の事で精一杯だったため気が付かなかったが、かなみの目にもリア同様、真っ赤に泣きはらした跡が残っていた。

 

 

「はーい、じゃあ次の人連れてきて。あ、次は証言人にメナドも一緒か」

 

 かなみに平手打ちされた次の日、リアは部屋から出てきて何事も無かったかのように職務をこなした。そして今、ある人物から手渡された資料を基にリーザスの膿を取り出している。これが後に歴史に名を残す出来事、リーザス大粛正である。紛う事なき膿であった疾風が連れて行かれ、次の膿が引きずられてくる。横に連れ立って一緒に部屋に入ってきたメナドが、その人物を悲しげな目で見ている。

 

「ザラック……」

「メナド副将! これは何かの間違いです!」

「マリス、罪状」

「はい。軍費横領、城下町での度重なる暴力事件、結婚詐欺まがいの事もしていますね。それから……」

 

 チラリとメナドを見てから、マリスは言葉を続ける。

 

「メナドも狙われていたようですね。あの女は絶対チョロい女だと話しているのを、何人かの部下が聞いています」

 

 マリスの言葉を聞いたメナドは目をぱちくりとさせていたが、すぐに怒りで顔を真っ赤にしてザラックを怒鳴りつける。

 

「ぼ、ぼくはそんなチョロい女なんかじゃないんだからね! ふんだ!」

 

 そう言い残し、怒った様子で部屋から出て行ってしまうメナド。その背中を見送りながら、リアがマリスに耳打ちする。

 

「……ねえ、どう思う?」

「ルーク様がいなければ、正直危なかったのではないかと……」

「リアもそう思う。メナド、チョロそうだもん。あ、証言者いなくなっちゃった。ま、いいか。とりあえず財産没収の上、国外永久追放ね。ついでに、下のものちょん切ってあげて」

「ひっ!?」

「はい、ちゃっちゃと連れて行っちゃって。はい、次の人どうぞ」

 

 ずるずるとザラックが引きずられていく。部屋の外では次の者が外で暴れているのか、中々連れてこられない。その空いた時間でマリスがリアに話し掛ける。

 

「本当にお元気になられましたね……」

「……かなみに怒られちゃったしね」

 

 フッと自嘲気味に笑うリア。まさか従者に平手打ちを食らうとは思わなかった。それこそ、即打ち首になってもおかしくないような行動だ。忠臣を目指しているかなみにその行動を取らせたのは、自身の不甲斐なさ。ランスを愛していると言いながら、その生存を信じられなかったのだ。だが、いつまでもウジウジしているリアではない。

 

「それに、リアは帰ってくるのを待っているだけの女じゃないの。必ずダーリンたちがどこにいるか見つけ出して、こっちから迎えに行くんだから!」

「その意気です、リア様!」

「ルークにも感謝しないとね。カスタムの時の貸しが、まあ随分と大きくなって返ってきた事で……」

「解放戦の中心人物でしたし、この粛正の提案者でもありますからね……」

 

 カスタムの町の復興資金を援助するという貸しが、まさかこれ程大きくなって返ってくるとは思ってもみなかった。ルークは解放戦中にとある人物に根回しをし、粛正の下地を作っておいてくれたのだ。マリスもその手回しの速さに恐れ入る。そして、それに利用した人物の適材適所具合にも。

 

「とりあえず、膿共がため込んだ金は全部没収して、リーザス城、町、及び軍の立て直し、ダーリンたちの捜索費用、軍事学校と医療機関の増加。その辺を中心にどんどん使っちゃってね」

「はい!」

「さてと……そうなると王女じゃそろそろ権力が足りなくなってきたわね。ふふふ……」

 

 リア指導の下、ランスたちの捜索は大々的に行われる事となる。また、もし発見した際に救出が必要な場合、そのために回す費用も当初想定していたよりも倍近い金額が捻出される事になった。そしてこの三ヶ月後、リアは両親を隠居させ正式にリーザスの女王に即位する事となる。

 

 

 

-リーザス城 廊下-

 

「全く、失礼しちゃうよ! ぼくがチョロいだなんて……」

「メナド!」

 

 メナドが心外だとばかりに怒りながら廊下を歩く。と、ふいに後ろから声を掛けられる。振り返れば、そこには親友のかなみの姿。

 

「かなみ。どうかしたの?」

「今、時間ある? 一緒に訓練しようと思って」

「うん、大丈夫だよ……って、あっ! 証人を頼まれていたのに出てきちゃった……」

「何の話?」

 

 勢いで出てきてしまった事にようやく気が付くメナドだったが、今更戻ったところでザラックの処断は終わっているだろうと判断し、リアとマリスには後で謝罪する事にして二人は中庭に出て行き、共に鍛錬を始める。その最中、メナドがかなみに尋ねる。

 

「かなみは、もう大丈夫なの?」

「まだ完全にって訳じゃないけど……絶対に帰るって約束してくれたから……ルークさんの言葉を信じているから……」

「そうなんだ……」

「でも、今はそれ以上に心配な事があって……」

「ん? どうかしたの?」

 

 突如かなみのトーンが落ちる。表情も暗く、よほど心配な事でもあるのかとメナドが耳を傾ける。自分が少しでも協力出来る事なら、力になってあげたい。

 

「この間、リア様を思いっきり引っぱたいちゃって……昨日、はっきりと言われちゃった。このお礼は絶対にいつかして貰うからねって……」

「かなみ。今まで楽しかったよ! ありがとう!」

「うわぁぁぁん! 見捨てないで!」

 

 グッとサムズアップをし、力になってあげたいという想いを明後日の方向へ放り投げるメナド。かなみが涙目になり、その顔を見てメナドが吹き出す。そのままお互いにひとしきり笑いあう。親友だからこそのやり取りであった。

 

「ふう、それにしても、ルークさんたちは今どこにいるのかな……」

「ね、ねえ、かなみ……」

「ん?」

 

 メナドが何か言いにくそうにしている。かなみがそれを不思議そうに見ていると、意を決したのかずっと聞きたかったであろう事を問いかけてくる。

 

「る、ルークさんってお付き合いしている人とかいるのかな? べ、別にそういんじゃないんだよ! その……ちょっとだけ素敵だなって……あはは……」

 

 顔を真っ赤にして言い訳をするメナドを見ながら、ああ、やっぱりこうなってしまったかと遠い目をするかなみであった。

 

 

 

-リーザス城 会議室-

 

「ふぅ……まさか加藤疾風があのような男だったとは……見抜けなかった自分が恥ずかしいわい……」

「そう悲観しないでください、バレス将軍。どこの色の軍からも、多くの兵が粛正されているのですから」

「しばらく軍は揺れるな。こういう時こそ、俺らがしっかりしねぇと!」

 

 会議室には将軍格の者たちが集まっていた。メナドは証人としてリアに呼ばれていたため不参加であったが、他の将軍格は皆参加。一応会議は既に終わっており、今は雑談をしていた。話題に上がるのは、現在進行形で行われている大粛正の話。バレスが頭を抱えるが、エクスの言うようにどこの部隊からも粛正者は大量に出ている。コルドバが拳を握りながらハッキリと口にし、そのままちらりと横を見る。

 

「しかし、驚いたぜ。この大粛正の立役者がキンケード、あんただったとはな!」

「え、ええ。まあ……」

「以前から怪しい者たちの調査を秘密裏に行い、その調査費用も全て自分持ち。それにより完成した軍規違反者のリストを基に、今回の大粛正が行われている。素晴らしいです、キンケード様! これぞ正しい騎士の姿です!」

「うむ、あっぱれじゃ」

「は……はは……おっと、そろそろ部下との約束がありますので、この辺で失礼させていただきます」

 

 コルドバ、ハウレーン、バレスに次々と賞賛されたキンケードは、何故だかばつの悪そうな顔をしてそそくさと部屋を出て行ってしまう。だが、キンケードが出て行った後も話題はその事で持ちきりだった。

 

「儂は今まで奴を誤解していたようじゃ。与えられた仕事しかこなさない職業軍人じゃとばかり思っていたが、なかなかどうして……」

「私もキンケード様の事を見直しました」

「かっかっか。こりゃ、俺の将軍の座も危ないかもしれねぇな」

 

 次々とキンケードに対する賞賛の言葉が出てくる中、エクスは黙ってコーヒーを啜る。ルークに頼まれてキンケードの部下の死体の処理を手伝ったため、エクスは数少ないこの粛正の真実を知る人物であった。が、言わぬが花。ふと横を見ると、黙り込んでいるリックの姿。

 

「どうかしましたか?」

「いや……今回の戦争で、自分の未熟さを痛感してね……トーマ将軍も、魔人ノスも、魔王ジルも、全てルーク殿とランス殿のお陰で倒せた……」

「それを言うなら、その中の誰とも剣を交えていない僕はもっと役立たずですよ」

「ああ、俺も同じ気持ちだ。とんでもねえ奴等が一杯いたっていうのに、俺は誰とも戦えなかった。正直、悔しいぜ」

 

 落ち込むリックにエクスとコルドバがそう声を掛ける。エクスは宿の襲撃の際にサテラ一味と剣を交えたのみ。コルドバに至っては、強者たちとは戦えず仕舞いだったのだ。生き残る事が第一だし、実際にノスやジルと戦ったみんなの前で言うのは不謹慎であると判っている。だが、男として、一人の戦士として、それだけ強い相手とは剣を交えたかったという気持ちがあるのは事実。

 

「バレス将軍、人類最強の男、トーマ将軍の最期は立派だったかい?」

「うむ。何度も剣を交えた敵ではあったが、見事と言う他ない散り様じゃったよ」

「そうですかい……」

 

 今更ながらにトーマの大きさを実感する一同。部屋を少しだけ静寂が包んだ後、リックがエクスに問いかける。

 

「リア様は本格的な捜索を始めようとしている。その上で、救助が必要な場合は救助隊も組むという噂が出ているが、本当かい?」

「ええ、恐らく本当ですよ」

「そうか……なら……」

「志願するつもりですか?」

「ああ。立場上止められるかもしれないが、何度頭を下げてでも、必ず参加する」

 

 リックの決意を含んだ目を見ながら、エクスは内心残念に思う。この様子であれば、リックは必ず参加するだろう。ハウレーンを参加させようかとも考えていたが、立場上二色以上の隊長格が参加するのは難しい。どこか別の場所でポイントを稼がないとな、と考えを巡らせる。まだまだルークのスカウトは諦めていないエクスであった。

 

 

 

-リーザス城 廊下-

 

「はぁ……やれやれ……」

 

 キンケードがため息をつきながら廊下を歩く。ルークに脅され、嫌々蛮行を行っている者たちのリストを作成し、リアとマリスに提出した。蛇の道は蛇。上層部すら把握していないような細かいところまで網羅したそのリストは、大粛正に大いに役に立っていた。これが、解放戦の最中にルークとキンケードの間で交わされた密約。

 

「お陰でこちらはマークされてしまったな……粛正されなかっただけマシではあるが……」

 

 キンケードは今回の件でリアにハッキリと言われていた。今回だけは役に立ったから見逃してあげるけど、もう要注意人物としてマークしているから、これ以降何かおかしな真似をしたら即処罰する、と。本来であれば先の蛮行が発覚した時点で処罰を受けているはずだったのだ。命拾いしたとは言えるが、それでも簡単に割り切れる事ではない。

 

「生活の潤いがなくなってしまったな……かといって、これ以上いい転職先もないだろうし……定年までつまらん軍人生活か……はぁ……」

 

 今後の生活に張り合いを無くし、ため息が止まらないキンケード。そのとき、中庭の方から金属音が聞こえてくる。窓から下を見てみれば、そこには必死に訓練しているかなみとメナドの姿。

 

「若いのは元気だね、こっちは散々だっていうのに。しかもあの二人、最近妙に強くなってきているからな……」

 

 若くして副将まで上り詰めたメナド。去年から急激な成長を遂げているかなみ。先日模擬戦をした際はまだキンケードの方が実力は上であったが、ギリギリの勝利であった。

 

「別に強くなりたいとは思わんが、まだまだあのような小娘に負けるのは癪だな。やる事も無くなったし、久しぶりに鍛錬でもするか……はぁ……」

 

 ため息混じりに訓練場に向かうキンケード。これより数年後、リーザス青の軍はこれまで以上にその名を轟かす事になる。曰く、青の軍には二枚の壁がある。鉄壁の守りを誇るコルドバの壁と、兵を巧みに操る変幻自在のキンケードの壁。人々は二人をこう呼んだ。リーザスの青い双璧と。

 

 

 

-リーザス城 親衛隊詰め所-

 

「色々あった中、こうして貴女たちが無事に入隊してきた事を嬉しく思うわ」

 

 レイラが目の前にずらりと並ぶ親衛隊の新兵にそう言葉を掛ける。今年入隊が決まっていた若き戦士たちだ。その数は当初予定していたものよりも少ない。今回の戦争で命を落とした者も少なからずいるのだ。

 

「中にはゲリラ軍として働いていた娘もいるみたいね。リーザス軍を代表して、お礼を言わせて貰います。では、親衛隊に入隊するにあたっての説明をさせて貰うわね。まず……」

 

 レイラが頭を下げる。ゲリラ軍の活躍も、解放戦を勝利に導いた大きな要因だからだ。その後しばらく話を続け、きりの良いところで昼休憩を取る。ぞろぞろと詰め所から出て行く新兵を見送っていると、そんな中に一人見知った顔を見つける。

 

「あら? 貴女はあの時の……」

「チルディ・シャープと申します。この度、親衛隊に入隊させていただきましたわ」

「そう。あの時は恥ずかしい姿を見せちゃったわね。これからよろしくね」

「いえ……よろしくお願いしますわ」

 

 レイラが差し出した手を握るチルディ。だが、その心中には強い思いがあった。

 

「(この程度の女、すぐにでも追い抜いてやりますわ……)」

 

 メラメラと野心を燃やしているチルディ。女性最強を目指す彼女にとって、レイラは通過点でしかないと考えているのだ。

 

「それじゃあ、私たちも昼食に行きましょう」

「はい。ところで、一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「ん? さっきの説明で何か判らない事でもあった?」

「いえ……ルーク様というお方は、どちらの色の軍に所属していらっしゃるのでしょうか?」

 

 彼女がリーザス軍に入隊を決めたのは、解放戦で見たルークの剣技が見事であったからだ。自分が為す術もなく倒されたミネバ相手に互角に立ち回ったあの腕前。彼の技を盗めば、女性最強はグッと近づくというものだ。だが、レイラはポカンとした様子で口を開く。

 

「へ? ルーク? 彼はリーザス軍じゃないわよ」

「……へ?」

「彼は旅の冒険者。あの時は協力して貰っていただけよ。さ、行きましょう」

「(だ、騙されましたわ!)」

 

 目に見えてショックを受けるチルディ。だが、そう遠くない内に彼女はルークとの再会を果たす事になる。

 

 

 

-リーザス城 女子士官学校-

 

 レイラが親衛隊の新兵に挨拶しているのとほぼ同時刻。新しく設立された士官学校でも挨拶が行われていた。

 

「私が校長のアビァトールです。みなさん、これからこの学校で大いに学んでいってください」

 

 生徒たちがざわつく。アビァトール・スカットといえば、先代の親衛隊隊長。そんなに凄い人が校長だとは入学パンフレットには書かれていなかった。それもそのはず、アビァトールは直前までこの話を断るつもりでいたのだ。だが、解放戦中にルークと再会し、彼にこの話を受けてくれないかと頼まれてしまったアビァトールは、校長就任の話を受ける事にした。

 

「(ルーク……引退した私が貴方と共に戦う事はもうないけれど、貴方が安心して背中を任せられるような兵を必ず育て上げてみせるわ……)」

 

 真っ直ぐと入学してきた者たちを見据えるアビァトール。そのアビァトールを見ながら、他の士官学校から転入してきたのは成功だったと笑う女子がいた。

 

「ふふ……元親衛隊隊長の推薦が貰えれば、私の未来は安泰ね。まぁ、ライバルなんていないでしょうけど……」

「その通りです。ラファリア様!」

 

 入学式だというのに、既に大量の取り巻きを従えている転入生、ラファリア・ムスカ。自信満々といった表情の彼女とは対照的に、びくびくと周りを見回す少女がいた。

 

「(うう……みんな凄そうな人たちばっかり……やっぱり私なんかじゃ……)」

 

 彼女の名はアールコート・マリウス。資金援助を受けて入学してきた苦学生である。一瞬ラファリアと目が合ってしまい、すぐに目を反らす。

 

「(恐そうな人……うぅ……虐められないかな……)」

「(何よあの娘。あんな臆病そうな娘に武官は勤まらないわ。身の程を教えてあげないとね……)」

 

 入学早々、ラファリアに目を付けられてしまう形となってしまったアールコート。彼女が歴史の表舞台に上がるのは、もう少し先の事になる。

 

 

 

-レッドの町 教会-

 

「待ちなさい、カオス! おとなしく封印されなさい!」

「嫌じゃい、嫌じゃい! まだまだ遊び足らん!」

 

 悪しき剣は封印しなければと言って追いかけてくるセルから、ぴょんぴょんと器用に跳んで教会の中を逃げ回るカオス。どたどたと追いかけっこをしていると、教会の扉が開く。

 

「セル オキャクサンダ」

「あら、セピアさんにカーチスさん。それと、そちらの方は?」

 

 スーに引き連れられて教会に入ってきたのは、ミネバの策略によって解放軍に引き渡されたヘルマン司令官セピアと、ゲリラ軍として活動していた天才学生カーチス。そしてその横に、見慣れない緑色の髪の女性がいた。

 

「はじめまして」

「彼女はアーヤ・藤ノ宮さん。僕たち、これからリーザス城に向かう所なんです」

「あら? 何か用事でも?」

「私とカーチスは、リーザス軍に志願しようと思っているんです。アーヤさんは今度建てられる病院の医師として志願しに行くというので、一緒にと……」

「セピアさん……ヘルマン軍の貴女が……?」

 

 驚いたようにセピアを見るセル。だが、セピアに迷った様子はない。

 

「今回の事でヘルマンには愛想がつきました。それに、リーザスの方々には色々世話になりましたし……必死に治療をしてくれたセルさんにはもう一度お礼をしたいと思い、こうして寄らせていただきました」

「そんな、わざわざ……それに、本当に危ないところを治療したのはロゼさんで、私は最後に少し治療しただけです……」

「いえ、心身共に落ち込んでいた私を励ましてくれたセルさんに、どうしてもお礼を言いたかったんです。出来れば、私を一番に救助してくれたルークさんにも礼を言いたかったのですが……」

「ルークさんたちは今行方が判りませんからね。でも、ルークさんなら必ず帰ってきます。その時に伝えればいいと思いますよ」

「はい、そうさせていただきます」

 

 セルがハッキリとそう口にする。神がルークたちを見捨てるはずがないと確信しているのだ。そのセルの言葉を聞いたセピアがにこりと笑う。

 

「リーザスは大粛正の真っ最中だと聞きます。元ヘルマン司令官の私なら、普通の新兵よりも少しは役に立てるかもしれない」

「僕も似たような気持ちです。元々は研究員を目指していましたが、今のリーザスを放っておいて暢気に研究なんか出来ません!」

「みなさん……どうかお気をつけて。神のご加護があらん事を……」

「あ、ついでに儂も連れてってちょ」

「カオス! 貴方はおとなしくしていなさい!」

 

 どたばたと追いかけっこを再開するセルとカオス。その様子に苦笑しながら、三人は教会を後にしてリーザス城へと旅立っていった。

 

 

 

-Mランド-

 

 ジオの町の南に位置する自由都市の一つ、Mランド。都市丸ごと一つが遊園地になっているこの町の中に、アレキサンダーが立ち尽くしていた。見上げるは、巨大な塔。

 

「本当によろしいのですか……?」

「ええ、お願いします」

 

 心配そうに話し掛けてくるのは、都市長の運河さより。目の前にある塔は、『なぐりまくりたわぁ』という冒険体験型娯楽施設。本来命の危険はないアトラクションなのだが、アレキサンダーは隠されたコースが存在するという風の噂を聞いてここまでやってきたのだ。

 

「無茶苦茶モードは凶悪なモンスターが出てきます。命の危険があるのですが……」

「もし万が一の事があっても、Mランド側に責任は問いません。それと、カスタムの町から連絡があったら、すぐに知らせてください」

「お任せ下さい」

 

 アレキサンダーの脳裏に浮かぶのは、ノスとジルを斬るルークの姿。コロシアムでルークに敗れ、やぶれかぶれで鍛錬を積んだ。強くなったという自覚もあった。だが、少しでも近づけたと思っていたその差は、逆に広がっていた。ならば、もう一度鍛え直す。少しでもあの背中に近づけるように。ルークが発見されれば、カスタムから報告が届く手はずになっている。救出部隊がもし組織されるのであれば、必ず参加する。その決意と共に、アレキサンダーは塔の中に入っていった。

 

 

 

-悪魔界-

 

「うぅっ……」

 

 悪魔界に戻ってきたフェリスに告げられたのは、謹慎処分。勝手に大怪我して帰ってきた無能は、黙って引きこもっていろと上司のフィオリに冷たく言い渡された処置だ。別にフェリスの体を心配して出た言葉ではない。その証拠に、フィオリもその部下も薬の一つも持ってきやしない。フィオリの城を出る間際、元同階級の梨夢・ナーサリーにゴミを見るような目で見られた。

 

「何やっているんだろう……私……」

 

 すぐに帰っていればこのような事にはならなかった。悪魔界での立場を悪くし、大怪我までしてしまった。誰一人としてお見舞いに来ないのが、現状のフェリスの立場を明示していた。そのとき、こんこんと小屋の扉がノックされる。返事をして招き入れてみれば、自分の真名をルークとランスに教えた悪魔、ダ・ゲイル。

 

「げ……何しに来たんだ!?」

「ロゼ様からお使いを頼まれただ。ほれ、傷薬だべ。悪魔にもよく効く、ロゼ様が調合した特別品だ」

「えっ……」

「それと、伝言だ。ロゼ様とマリアさと志津香さとトマトさと……とりあえずカスタムのみんなからの言伝だ。早く良くさなってくれって。じゃ、オラはもういくべ」

 

 薬を置いてのっしのっしと帰って行くダ・ゲイル。その背中を見送り、フェリスは傷薬を手に取る。自然と先程の言葉が頭の中で繰り返される。

 

「何よ……悪魔の私に……何で人間の方が優しくしてくれるのよ……」

 

 そう呟くフェリスの頬には、自然と涙が零れていた。

 

 

 

-カスタムの町 酒場-

 

「そう。情報ありがとう、由真さん。こちらも何か判ったら連絡するわ」

 

 真知子が小型コンピュータ越しに朝狗羅由真と会話し、電源を落とす。二人はルークたちの動向を調べていた。すると、エレナが不思議そうに尋ねてくる。

 

「真知子さん。その小型コンピュータどうしたの?」

「ルークさんたちの捜索に必要だって言ったら、リーザスがお金を出してくれたの。それで購入したコンピュータをマリアさんに改造して貰って、こうして持ち運べるようにしたのよ。ふふ、これで前線でも情報収集できるわ。いつまでも拠点で待ちぼうけの私じゃないわよ」

「執念ですね……」

「私の知らないところでルークさんが行方不明になったんですもの……そんな気にもなるわ……」

 

 真知子が悲しそうに笑う。だが、彼女の強さは誰もが知っている。ルークたちがジルと共に消えたという報告を受けた彼女は、すぐに各地から情報を集め始めた。決して涙を見せずにだ。その気丈な姿に、泣き腫らしていたランやトマトも次第に元気を取り戻す。酒場の奥ではラン、トマト、ミリ、ミルの四人が笑いながら食事をしていた。

 

「しかし、みんな生きて帰れて何よりだな。ルークもランスもシィルちゃんも生きているだろうし」

「ぶぅ……でもミルの大活躍、覚えている人が少なくてなんか複雑……」

「そこよ! なんか私地味じゃなかった? かなり頑張っていたはずなのに、なんか全然印象に残っていない気がするんだけど!」

「まあまあ、ミルちゃん、ランさん。二人が頑張り屋さんなのはみんな知っていますですよ」

 

 ランの愚痴をトマトが宥めるが、そのトマトをキッと涙目で見るラン。

 

「トマトさんはいいわよ! あれだけ活躍して、リーザスの人たちからもあんなに誉められたんですから!」

「親衛隊からスカウトも来たんだろ?」

「はっはっは! 魔王ジルを斬りつけたのが、相当印象に残っていたみたいですかねー?」

「ジルにダメージ与えたのって、ルーク、ランス、リック、悪魔フェリス、魔人サテラ、それとトマトの六人だろ? そりゃ凄いわな……」

「はっはっは! まあ、大した事ないですかねー!」

「うぅ……ミルだって頑張ったのに……」

 

 トマトの鼻がぐいーん、と伸びる。それを悔しそうに涙目で見るランとミル。だが、鼻がしゅるしゅると元に戻っていき、トマトが真面目な表情で口を開いた。

 

「でも、今回の戦いで自分の未熟さを痛感しましたです。まだまだ、鍛えなきゃいけません」

「親衛隊の話は断ったんだろ?」

「はい。あくまで夢は冒険者なのです! いつかルークさんと一緒に、笑いあり、涙あり、恋愛あり、ポロリありの大冒険をするです!」

「ちょっと待った! 最後の二つ聞き捨てならない!」

 

 やんや、やんやと騒ぎ出すテーブルを見ながら、エレナが営業妨害だよと涙目になる。その一同の元気な顔を見た真知子が静かに笑いながら、行方不明のルークに思いを馳せる。

 

「(リア王女と一緒で、私もただ待つだけの女じゃないの。必ず捜し出してみせるわよ、ルークさん)」

 

 

 

-カスタムの町 マリアの工場-

 

 カーン、コーン、という金属音が鳴り響く。カスタムの町の名物ともなりつつあるマリアの工場だ。そこに志津香がやってきて、マリアを呼ぶ。

 

「マリア、いる?」

「志津香。もうリーザスでの調査は終わったの?」

「ええ、痕跡はゼロ。流石は魔王の魔法といったところね……」

 

 工場の外に出てきたマリアと話し始める。志津香は戦争終了後、今日までリーザス城に残って魔力の痕跡を追っていたのだ。だが、収穫はゼロ。ため息をつく志津香をマリアが励ます。

 

「大丈夫よ、志津香。みんなが必死に捜しているんだから、すぐに見つかるわ」

「ふん、あれだけかっこよく『必ず帰る!』だなんて言っておいて、迷惑極まりないわ……」

「ふーん……かっこよく……ねぇ……」

 

 ニヤニヤとマリアが志津香の顔を見てくる。失言をしてしまった事に一瞬眉をひそめる志津香だが、すぐにそっぽを向いて言い返す。

 

「……言葉のあやよ。それより、あんたは何してるの? まだ調査段階だから、出来る事はないでしょ?」

「チューリップ1号の量産と、3号の修理。それと、4号の開発を進めているわ。今考えているのは飛行艇タイプ。これならランスたちが空の上にいても見つけられるわ!」

「いる訳ないでしょ、そんなところに……」

 

 呆れた様子でマリアを見る志津香。なによー、と言い返そうとするマリアの口を塞いで、志津香が言葉を続ける。

 

「とりあえず、私に調査で手伝える事はないから、魔法の修行をしておくわ。救助隊が組織されるような事になったら、戦う力が必要になるでしょうしね」

「そうね。私も鈍らない程度にはしておかないと。それにしても……」

 

 またもニヤニヤと志津香を見てくるマリア。

 

「……何よ?」

「別にー。でも、やっぱり愛よねー。あの時ジルの危険な魔法を気にせずに近づけたの、シィルちゃんとかなみさん、それと……うふふ……」

「ふんっ!」

「い、いふぁい! いふぁいほ、しづふぁ!」

 

 志津香が渾身の力でマリアの頬をつねる。涙目になるマリアを見て、そのおかしな顔に吹き出す志津香。互いに笑い合いながら、志津香がふと空を見上げた。

 

「(これだけみんなあんたたちの事を心配してるんだから……必ず無事でいなさいよ、ルーク、シィルちゃん! ランス……は別にどうでもいいけど)」

 

 ハックション、とランスのくしゃみが聞こえたような気がした。悲しみを乗り越え、全員が次のステージへ歩み出す。ただ待っているだけの者はいない。帰ってくる前に、こちらから迎えに行く。全員の間で、いつの間にか暗黙の内に共通の目的となってしまっていた。待っていなさい、ルーク、と志津香が気合いを入れ直し、修行のため町の外へとその足を強く踏み出すのだった。

 

 




[人物]
アールコート・マリウス
LV 10/43
技能 軍師LV2
 士官学校に入学してきた生徒。自分に自信が持てず、いつもびくびくとしている。だが、その実類い希なる才能の持ち主であり、その指揮能力は大陸でも随一。すぐにアビァトールの目に止まる事になるが、それが原因でラファリアから虐められる事になる。

ラファリア・ムスカ
LV 18/41
技能 剣戦闘LV1 盾防御LV1
 士官学校に転入してきた生徒。高い才能の持ち主で、いつも取り巻きを従えている女王様気質の少女。自分よりもアビァトールに評価されているアールコートの事が気にくわない。

加藤疾風
 リーザス黒の軍中隊長。裏では横領や娘の体を売って出世してきた外道。大粛正にて処刑される。

加藤すずめ
LV 1/7
技能 メイドLV1
 加藤疾風の娘。外道である父親から解放され、その顔に笑顔が戻る。今はリーザスのメイドとして充実した日々を送っている。

ウェンディ・クルミラー
LV 1/10
技能 メイドLV1
 リーザス城メイド。以前より優しくなったリアに戸惑いつつも、実は以前の折檻してくる彼女の方が好きだったと内心思っている天然のドM。

アーヤ・藤ノ宮
LV 15/30
技能 神魔法LV1 医学LV2
 流れの医師。リーザスに最新設備の整った病院が出来ると聞き、遙々やってきた。その実力は本物で、病院設立後はお抱えの医師として勤務する事になる。

運河さより
LV 1/7
技能 なし
 Mランド都市長。赤字続きの遊園地に頭を悩ませるが、亡き夫が残したMランドを手放す事は出来ないと思い、経営を続けている。

エレナ・エルアール (3)
 カスタムの町酒場の看板娘。彼氏との仲は良好。カスタム住人の中では、トマトや真知子と特に仲が良い。


[技能]
メイド
 従者としての才能。割とポピュラーな技能で、一国に数人は仕えていると言われている。

医学
 医者としての才能。LV2ともなれば判明しているほぼ全ての病気を、LV3にもなれば未知の病気ですら治すとされている。


[都市]
Mランド
 自由都市。都市そのものが遊園地となっているが最近は赤字が続き、潰れるのも時間の問題と噂されている。

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