ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第59話 気が付けば空の上

 

LP0002 7月

-イラーピュ 建築物内-

 

 リーザスの上空2500メートルの位置に存在する謎の浮遊大陸、イラーピュ。ここはかつて、闘神都市ユプシロンと呼ばれた都市であった。長い事放置されていた空中都市、今ここに、ヘルマンから数名の調査隊が派遣されていた。

 

「すごいわ……動きそう……」

「そうか、メリム。急いでやれよ」

「はい、ビッチ様」

 

 メリムと呼ばれたメガネの少女が熱心に壁の装置を調べている。ここは空中都市の中にある建築物の中であり、今この場にいるのは6人。調査を続けるメリムと、彼女に偉そうに命令を出しているビッチと呼ばれた中年親父、その側には赤髪の剣士と巨漢の男、魔法使い風の女が控えていた。ヘルマンから派遣されたのは5名。それに加え、巨漢の男は気絶した女性を担いでいる。これで、6人だ。

 

「メリム、まだか!?」

「もう少しです……」

「まったく、愚図が……わたくしとお前たちは、栄光ある大ヘルマン帝国の未来を背負ってここに来ておるのだぞ。この作戦は、わたくしがパメラ皇妃直々に承った名誉ある……」

「(まーた始まったよ……)」

 

 ビッチがぐだぐだと偉そうな事を宣い始めたのを見て、内心で愚痴をこぼす剣士。この場では一番偉い立場にあるビッチだが、どうやら人望の方は無いようだ。

 

「あっ! 判りました、ここを動かせばいいんだわ! 私、世紀の探索家ウェルップを越えちゃったかも……えへへ……メリム幸せ……」

「おい、わたくしの話を聞いているのか!」

 

 装置の謎が解けた喜びで小躍りするメリム。その彼女をビッチが不快そうに怒鳴りつけるが、後ろにいた剣士が口を開く。

 

「ほら、装置の謎が解けたみたいだぜ」

「おお、そうか! これでリーザスのクソどもに鉄槌を下す事の出来る超兵器が手に入るぞ……ケヒャケヒャ!」

 

 一転して上機嫌になったビッチは他の者たちを率いて前進を開始する。闘神都市に眠る、触れてはならぬ教団の遺産。その封印が今、ヘルマン軍の手によって解かれようとしていた。

 

 

 

-カサドの町 うまうま食堂-

 

 ここは空中都市の中にある町、カサド。この空中都市にはこの場所で生活している人々が存在した。町の中の店は大通りに集中しており、その店も必要最低限のものしかない。奥は民家が連なり、農業も営まれている。大通りにあるメシ屋、うまうま食堂。ボロい店構えの店であり、今は客が一人もいなかった。店の中では中年女性が暇そうにしている。と、そこに一人の客が入ってきた。

 

「おや、いらっしゃい! 何にする?」

「そうだな……A定食を頼む」

「あいよ!」

 

 食堂の店主である中年女性が料理を作り持ってくる。食事を始める客。その男の顔をよく見ると、見覚えのない顔だ。

 

「……見ない顔だね?」

「ああ、この町は初めて訪れたからな」

「それは本当かい!? 一体どうやって訪れたんだい!?」

「ん、どうした? 何かあるのか?」

 

 突如身を乗り出して尋ねてくる店主を不思議そうに見る男。その態度を見た店主が恐る恐るといった様子で更に問いを投げる。

 

「何かって……あんた、この町がどこにあるか判っていないのかい?」

「ああ、知らない。気が付いたらこの町の側の草原に飛ばされていたからな」

「何て事だい……」

 

 中年女性が悲痛な面持ちで客を見る。その様子を見て、何かあるのかと客が眉をひそめて尋ねる。

 

「詳しく聞かせてくれないか。ここはどこだ? ……と、その前に名乗りが遅れたな。俺はルーク。冒険者だ」

「ああ……あたしはフロンソワーズ。気軽にフロンちゃんと呼んでおくれ」

 

 バチッ、とウインクをしてくるフロン。内心、年を考えてくれと思うルークだったが、口には出さず話を続ける。

 

「それで、ここはどこなんだ? どうして俺が初めて来たと言ったとたんに驚いたんだ?」

「そりゃあ驚きもするさ。この町は、地上2500メートルの位置に浮かぶ闘神都市の地表にあるんだからね……」

「なんだと!?」

 

 フロンからそう言われ、ルークはようやく自分がどこに飛ばされたのかを理解する。それは、リーザスの上空に浮かぶ浮遊大陸であった。

 

「イラーピュか……光の神め、全然礼になっていないぞ……」

「どうやってこの町に来たかは知らないけど、災難だったねぇ。あんたはもう、ここから抜け出す事は出来ないよ」

「ちっ……やはり地上への脱出手段は……」

「ないよ。あたしたちはここでもう200年も暮らしているんだ」

 

 フロンの言葉を聞いたルークは疑問を抱く。200年というのは少し計算が合わない。浮遊大陸が発見されたのはもっと昔のはずだ。

 

「200年という事は、ここにかつて訪れた者たちがいたのか?」

「ああ、あたしたちはダラスの国の探索部隊の子孫なんだよ」

「ダラス……?」

 

 聞いた事のない国名にルークが眉をひそめる。その様子を見て、フロンが少しだけ悲しそうな表情を浮かべる。

 

「その様子じゃ……もう滅んじまってるみたいだね」

「おそらくは……」

「そうかい……いつか行ってみたいとは思っていたんだがね……」

 

 200年前の国となれば、既に滅んでいる可能性が高い。冒険者であるルークが知らないとなれば、その可能性が濃厚だろう。と、フロンが慌てて取り繕う。

 

「あっと、ごめんよ。話が脱線しちまったね。当時小国だったダラスは、大国のヘルマンやリーザスに対抗するため、最強の兵器が眠るというこの闘神都市の調査に乗り出したんだよ」

「最強の兵器……?」

「まあ、それが何なのかは判らないんだけどね。一説には、この空中都市そのものが兵器だって噂もあるよ」

「この都市そのものが、か。随分とスケールの大きい話だな」

 

 ルークは話半分に聞く。流石にこれだけ巨大な都市を兵器として流用するなど、現実味がないからだ。

 

「転移装置を使って87人の精鋭がこの都市にやってきたんだけど、この闘神都市には強力なモンスターが多く生息していてね。探索隊は次々と殺されていった」

「転移装置で逃げはしなかったのか?」

「撤退を決意した頃には、もうモンスターに破壊されていたみたいだよ。何とか生き延びた者たちでここに町を作ったんだ。それが、このカサドの町さ」

 

 カサドの町の成り立ちを説明し、フロンがため息をつく。

 

「あたしたちは、もう6世代目だ。未だに脱出の算段すらついちゃいない。生きている内に、地上に降りたいもんだねぇ……」

 

 200年もの長きに渡ってこの空中都市で生活してきた人々。その胸中はどれほどのものか。ルークが一度目を閉じる。これ程の長い期間脱出方法が見つからなかったのだ。地上に降りるのは容易ではないだろう。だが、脳裏に浮かぶのは二つの約束。ホーネットとの約束、かなみと志津香との約束。ならば、このままジッとしている訳にはいかない。

 

「諦める訳にはいかないな。必ず脱出手段を探してみせる」

「……どうするつもりだい?」

「町の側に五つの塔があったな? あれは?」

 

 ルークはカサドの町に到着する前、その町を取り囲むように塔が建てられていたのをしっかりと見ていた。

 

「あそこはモンスターが生息していてね……碌に調査されずに放っておかれている建物さ。それに殆どが施錠されていて中に入る事すら出来ない。入れるのは、西の塔だけだよ」

 

 それを聞き、ルークは決意する。どう見ても怪しい五つの塔、あの中に脱出するための手段があるかもしれない。

 

「なら、その塔の探索をしてみるさ」

「およしよ! 無駄死にするようなもんだよ!?」

「死にはしないさ。こう見えても、一応それなりの経験を積んだ冒険者なんでな……」

 

 そのルークの眼差しをフロンは見る。こんな瞳をする若者と、フロンはこの数十年出会っていなかった。目の前の男は何かをしてくれる。そんな気がした。

 

「その腕……確かめさせて貰ってもいいかい?」

「ん? どうするつもりだ?」

「あたしと戦っちゃくれないかね?」

 

 フロンがフライパンを両手に持つ。それを見ながら、ルークは静かに口を開く。

 

「強さを見せるだけなら、あんたと戦う必要は無いな……」

「それは……んっ!?」

 

 瞬間、フロンは動けなくなる。身体中から滝のように汗が流れ、指一本動かせない。ルークから発せられている殺気。ただそれだけで、勝負はついてしまっていた。しばらくして、ルークが殺気を解く。フロンが息を切らせながら、ルークに問いかける。

 

「い……今のは……」

「殺気を飛ばしただけだ。まだまだ、あの魔王の殺気には遠く及ばんがな。実力に差があればこういう事も出来る」

 

 先の戦いで感じた殺気を思い出しながら、ルークは平然と言ってのける。それを聞き、フロンが豪快に笑い出す。

 

「気に入ったよ! 探索をするなら、ウチを自由に使っておくれ。寝食全部世話するよ。当然無料でね」

「いいのか!? だが何故……」

 

 フロンの申し出にルークが驚く。今日初めて会った得体の知れない男に、何故そこまで世話をしてくれるのか。

 

「この町の若い者は、何事においても全て諦めて生活をしている。弱い男ばかりさ。でも、あんたは違う。きっと何かをしてくれるような気がする」

「買い被り過ぎだ……」

「いや、あんたならあたしたちを地上に降ろしてくれる気がするんだ。女の勘は当たるもんさ」

 

 再びバチッ、とウインクをしてくるフロン。だが、ルークが抱いた感情は先程と違っていた。

 

「あんた、いい女だな」

「おや、こんなおばさんに惚れちゃ駄目だよ。それと、こいつを持って行きな」

 

 フロンがエプロンのポケットから一枚の手紙を出し、スッと机の上に置いた。一体何なのかとルークが問いを投げる。

 

「こいつは?」

「紹介状さ。そいつを持って青年団事務所に行きな。色々情報を聞かせてくれるはずだよ。頼りにならない奴らだけど、ちょっとくらいなら役に立つ情報も持っているかもしれないしね」

 

 フロンから紹介状を受け取ったルークは衝撃を受けていた。地上に降りる手段は無く、先のフロンの様子から見るに地上からの来訪者など滅多にないはず。それなのに、何故フロンは紹介状を用意していたのか。彼女はずっと待っていたのかもしれない。自分たちを地上へと連れて行ってくれる、そんな人物の来訪を。

 

「……スマン、感謝する」

「なーに、お礼はあたしたちを地上に降ろしてくれりゃ、それでいいよ」

 

 二カッと笑うフロン。本当に裏のない良い笑顔だ。それにルークも笑顔で返す。

 

「ああ、必ず全員で地上に降りるぞ」

 

 そう言い残し、食堂を出ていくルーク。目指すは青年団事務所。するとそのとき、突然一人の少女に声を掛けられた。

 

「あ……あの……」

「ん?」

「今のお話を聞かせていただきました。あたし、この町の住人のマイといいます。ルークさんは……お強いんですか?」

「……まあ、それなりにはな」

 

 最強などと自惚れるつもりはないが、自身の強さにはそれなりの自信を持っているルーク。ルークのその言葉を聞いた瞬間、マイの目に涙が浮かぶ。

 

「……どうした?」

「あたしを……あたしを助けてください! あたし、生け贄にされるんです!」

「生け贄? モンスターのか?」

「……悪魔です。100年ほど前から住み着いた悪魔が、3年に一度、町の女を一人寄越せと要求してくるのです。そして、今年はあたしが……もう期限まで一週間しかないんです……」

 

 堪えきれず涙を流すマイ。そのマイにルークは問いを続ける。

 

「抵抗は出来ないのか? 青年団が組織されているんだろう?」

「かつて一度だけ、抵抗した事があります。ですが、その時は無数のモンスターが町を襲ってきて、見せしめに沢山の人たちが殺されたそうです。それ以降、町の人たちは抵抗は諦め、3年に一度生け贄を一人差し出しているんです……」

「…………」

「死にたくない……まだあたし、恋もしていないのに……」

 

 泣きじゃくるマイの頭に、そっと手を乗せるルーク。その熱が、マイに伝わっていく。

 

「探索の前にやる事が出来たな……」

 

 

 

-カサドの町 青年団事務所-

 

 ここは町の青年団事務所。数名の団員が暇そうに椅子に座っている。壁に立て掛けられた剣には埃が被っており、長い事使われていないのが窺われる。団員の一人がふぁ、と欠伸をしたと同時に、事務所の扉が開いて一人の冒険者が入ってくる。

 

「おや、貴方は? ああ、地上からやってきたという冒険者の方ですか……ルークさんでしたっけ?」

「ほう、もう情報が届いているのか?」

「狭い町ですからね。私は青年団団長のキセダ・エスピラといいます」

 

 やせ細り、とても剣など握れそうにない男が頭を下げてくる。これが団長だというのか。それに続くように、側にいた太りきった男が口を開く。

 

「おいらはカネオでごんす。せっかく地上から来たというから脱出方法を知っているのかと期待していたのに、とんだぬか喜びだったでごんす」

「……そいつは悪かったな」

 

 ぷんすかと文句を言ってくるカネオ。他の青年団は遠巻きにルークを見ているだけで話し掛けて来ようともしない。覇気が無さ過ぎる。フロンが嘆きたくなる気持ちも判ろうというものだ。ルークは手紙を取り出し、キセダに渡す。

 

「フロンから紹介状を預かっていてな」

「えっ! フロンおば様が……」

 

 驚いた様子でキセダは手紙を熱心に読む。カネオも横から覗き込み、しばらくすると目を見開いてルークを見る。

 

「ルークさん、フロンおば様に勝ったのですか?」

「信じられないでごんす! フロンおば様は、この町で最強の人でごんす!」

「食堂のおばさんに、青年団は誰も勝てないというのか……」

 

 カネオの発言にルークは呆気にとられる。まさかここまで情けない有様だとは思っていなかったからだ。遠巻きに見ていた他の青年団も一気に尊敬の眼差しを向けてくる。そんな中、キセダがルークに提案を持ちかける。

 

「ルークさん、青年団団長をやってくれませんか。それ程強い貴方になら、安心して任せられます」

「それは一度置いておくとしよう。聞きたい事がある。先程マイという少女と会ったのだが、生け贄にされそうになっている少女を青年団は放っておくのか?」

「ああ、マイに会われたんですね。往生際の悪い娘だ……」

「マイちゃん、諦めが悪いでごんす」

「……なんだと?」

 

 少女が生け贄に出されるのが、さも当然であるかのように話し出す二人。その態度にルークは不快感を抱く。

 

「おかゆ様には誰も勝てないですから……可哀想ですが、尊い犠牲です」

「マイちゃん、サヨナラでごんす」

 

 瞬間、ルークは目の前にあった青年団の机に剣を叩き降ろし、粉砕していた。木の屑が宙を舞い、キセダとカネオが腰を抜かす。

 

「な……何を……」

「腐っているな……フロンが嘆く気持ちも判る……」

 

 悪魔は強い。勝てないのは悪ではない。だが、少女が生け贄に捧げられる事に何の感情も抱いていない事はどうしても許せなかったのだ。

 

「その悪魔はどこにいる?」

「教会にある地下通路を通った先ですが……どうするつもりで……」

「退治してくる」

「む、無茶言わないでください! 下手に反抗すれば、町の人に多大な犠牲が……」

「人殺しでごんす!」

「……負けなければ問題ないだろう?」

「無理です! 素直に生け贄を出していれば、丸く収まるんです」

「ふざけるな! 少女を生け贄に出す事が、貴様らの言う丸く収まる方法か!?」

 

 ルークの恫喝に、ヒッと悲鳴を上げる青年団たち。その彼らに冷ややかな視線を送り、事務所を後にしようとするルーク。その背中を見て、キセダが小さく呟く。

 

「判っていない……貴方は、悪魔という存在の恐ろしさをまるで判っていない……」

「……来い、フェリス!」

 

 ルークがそう言うと、突如青年団の目の前に空間を越えて悪魔が現れる。突然の悪魔の登場に目を見開く青年団。

 

「なっ……」

「悪魔なら知っている。頼りになる仲間だ」

「悪魔が仲間……? 貴方はいったい……」

 

 キセダの言葉に答えず、ルークはフェリスと共に事務所を出て行く。残されたのは、呆然とする青年団団員だけであった。

 

「悪かったな、特に用事もないのに呼び出して……」

「…………」

 

 事務所から出たルークは、申し訳無さそうにしながらフェリスに話し掛ける。何故かフェリスは呼び出された直後から無言であった。突然用事も無いのに呼び出されたから不機嫌なのかと考えていたが、ここでルークはある事を思い出す。フェリスはジル戦で大怪我を負っていたのではないか、と。それなら呼び出してしまったのは非常に不味い。だが、フェリスの体には傷一つ無い。

 

「フェリス……お前、ジルに受けた傷は……?」

「馬鹿野郎っ!!」

 

 瞬間、ルークはフェリスに平手打ちを受ける。突然の事に訳が判らず、呆然とフェリスの顔を見るルーク。フェリスの瞳には、涙が溜まっていた。

 

「何ヶ月も人の事呼び出さないで……勝手に行方不明になって……カスタムの人間たちやリーザスの人間たちがどれだけ心配していると思っているんだ!?」

「……は?」

「は? じゃない! 少しは反省しろ!」

 

 激昂するフェリスであったが、ルークはその言葉を呆然とした様子で聞いていた。おかしい。何か話が噛み合っていない。

 

「フェリス、今は何月だ……?」

「……何言ってるんだ? も、もしかして、行方不明の間に頭でも打ったのか?」

 

 先程までの怒り心頭な様子から一転、ペタペタと心配そうにルークの顔を触ってくるフェリス。

 

「いや……ジルとの戦いから一日も経ってないと思っているんだが……今は4月じゃないのか?」

「はぁ? 今は7月だ。ルーク、あんたがいなくなってから、もう三ヶ月が過ぎているんだぞ!」

「な……なにぃぃぃぃ!?」

 

 珍しくルークの大声が周囲に響く。その反応にフェリスも驚いたようで、ルークを再度心配そうに見つめる。

 

「お、おい、本当に大丈夫か……?」

「どういう事だ……考えられるとすれば……」

 

 そう、考えられるとすれば、時空の狭間での時間概念が狂っていたという事。数時間のつもりであった出来事が、実は外の世界では三ヶ月にも及ぶ時間であったという事だ。想定外の事態にルークが珍しく混乱し、意味不明な事を口走る。

 

「あの空間に長くいれば……もうおじさんと呼ばれなくて済むのか……?」

「何訳の判らない事口走ってるんだ!」

 

 フェリスに頭をスパーン、と叩かれる。少し冷静さを取り戻したルークが思い浮かんだのが、あの時の約束。かなみと志津香に言った、あの言葉。

 

「あれだけ自信満々に必ず帰ると言っておいて、俺は三ヶ月も音信不通だったのか……」

「本当に一日も経っていないつもりだったのか……?」

「これは……足を踏まれるどころでは済まんな……」

 

 ルークの額に冷たい汗が流れる。脳裏に浮かぶのは、志津香が満面の笑みで白色破壊光線を放とうとしている絵面だった。何と恐ろしく、何と現実味溢れる光景か。すぐにでも帰らなければ、命に関わる。

 

「フェリス……ここは空中都市なんだが、俺を抱えて地上に降りる事は可能か?」

「……因みに、高さはどれくらいだ?」

「2500メートル」

「落ちるからな! 二人で仲良く地上までダイブするからな!!」

 

 やんや、やんやと騒ぎ出すルークとフェリス。その様子をキセダとカネオは事務所の窓から覗き見ていた。

 

「……なんか格好良く出て行ったと思ったら、悪魔と漫才しているでごんすよ?」

「本当に頼りにして良いのでしょうか……?」

 

 一方その頃、時をほぼ同じくして地上では大きな動きがあった。

 

 

 

-リーザス城 王女の間-

 

「……見えました!」

「やったー、マリス偉い!」

「……こちらもヒットよ!」

「本当、真知子さん!?」

 

 水晶玉に魔力を込め、ランスたちの足取りを追っていたマリス。コンピュータでルークの足取りを追っていた真知子。その二人が、同時にその足取りを掴む。部屋にいたリアとかなみが二人に駆け寄る。真知子のは画面上で黄色い点が点滅しているだけだったが、マリスの水晶玉にはハッキリとランスの姿が映っていた。

 

「きゃっ! やっぱりダーリン格好いい!」

「リア様、お静かに……場所は……」

「ルークさん、貴方は今どこに……」

 

 水晶玉が光り、空飛ぶ大陸が浮かび上がる。コンピュータの画面が変わり、リーザスと同じ座標を示す。その横には、2500という数値。それを見たマリスと真知子が同時に口を開く。

 

「「イラーピュ……」」

「どこそれ?」

「ルークさんもランスも……同じ場所に……」

「そのようね。二人……いえ、多分シィルちゃんも一緒ね。解放戦で行方不明になった三人は、リーザス上空に浮かぶ空中都市イラーピュにいるわ」

 

 真知子の言葉にかなみが息を呑む。遂に、遂に見つけた。そしてこの報告は、すぐに仲間たちに知らせられる事となる。

 

 

 

-リーザス城 中庭-

 

 リーザス城の中庭には、現在マリアの臨時工場が建てられていた。飛行艇チューリップ4号の開発を行っているのだ。それも、二台。どのような場所にいても救出作戦には役に立つというマリアの進言をリアが聞き入れ、また、大粛正により余った資金を大量に投入し、当初の予定では一台の予定だったチューリップ4号は、何と二台目が完成していた。

 

「どう、調子は?」

「絶好調! テスト飛行も済んだし、いつでも発進できる状態よ」

「マリアさん、2号機の右翼のバランスが……」

「んー……ああ、ここの調整がおかしいわよ、香澄」

 

 小型とはいえ飛行艇二台の開発を行うにはカスタムは手狭であったため、こうしてリーザスの中庭を借りているのだ。志津香が飛行艇をジロジロと見る。

 

「ふーん……本当に飛ぶの、これ?」

「あーっ! 信じてないわね。もう完璧よ! 科学はいずれ魔法を越えるんだから!」

「はいはい、判りました」

 

 志津香が話半分といった様子で適当に流し、マリアが心外だとばかりに頬を膨らませる。すっかり見慣れた親友同士のじゃれ合いであった。そのとき、かなみが大慌てで庭へと駆けてくる。

 

「志津香、マリアさん! 三人の居場所が判ったんです!」

「えっ!」

「本当なの、かなみ!?」

「三人は……イラーピュにいます!」

「イラーピュ……」

「また厄介なところに……」

 

 かなみの報告を受け、空を見上げる志津香とマリア。香澄も釣られるように空を見上げる。この空の向こうに、行方不明の三人がいるのだ。グッと拳を握りしめて元気よく口を開くマリア。

 

「でも、チューリップ4号を開発していて大正解ね! これならイラーピュまでだって行けるわ!」

「かなみ、みんなへの報告は?」

「早うしを飛ばして報告をしています。明日には自由都市にいる皆さんも集まるかと」

「となると、遂に勝負の時が来るのね……はぁ……」

 

 そう、チューリップ4号に乗れる人数には限度がある。それに対し、救出部隊への志願者が多すぎるのだ。必然、数を絞らなければならない。

 

「マリアさん、何人乗れるの?」

「どっちも8人よ。でも、3人を乗せて帰らなきゃ行けないから、1号機が6人、2号機が7人ね」

「結構多いわね……」

 

 総勢13人。心配せずともついて行けそうなくらい大所帯だが、マリアは首を横に振る。

 

「そうでもないわよ。志願者本当に多いし。自由都市連合から5人、リーザスから6人が派遣される事になるわ」

「あれ、マリアさん。人数が合わないんですけど……」

 

 マリアの言った人数だと2人ほど足りないため、かなみが首を傾けながら尋ねる。その疑問に答えるマリア。

 

「ああ、操縦士は省いたの。1号機は私が操縦するから、私はメンバー入り確定ね。それと、操縦士特権で志津香は絶対についてきて貰うから安心してね」

「……何が安心なのか判らないけどね」

「またまたー。いふぁ! いふぁいよ!」

「(志津香、羨ましい……)」

 

 マリアの頬をつねる志津香を見ながら、かなみは内心羨ましく思う。自分も絶対について行きたいと考えているからだ。パチン、と頬から手を放され、真っ赤になった頬を涙目で擦るマリア。

 

「という訳で、自由都市の空き枠は4人ね」

「志願者は?」

「ラン、ミリ、ミル、トマト、真知子さん……ロゼとセルさんも志願していたわね。それと、アレキサンダーさんとルイスさんも」

「……多いわね。そして、何故ルイスさん……」

 

 志津香が眉をひそめる。まさかルイスの名前を未だに聞くことになるとは思っていなかったからだ。それに対し、かなみがリーザス側の現状を報告する。

 

「リーザスは各将軍が志願していますが、実際には親衛隊と一つの色の軍から選ばれる事になると思います。あまり多くの色の軍がリーザスから離れると危険なので……」

「ヘルマンとの戦争も記憶に新しいしね。でも、かなみはどの色になっても参戦出来そうね。色とは関係ないもの」

「……確定ではありませんが、リア様からも行ってきてくれと直接言われているので、おそらくは……」

 

 その返事を聞き、志津香とマリアが笑顔でかなみを見る。解放戦を共に生き抜いた、戦友の顔を。

 

「頼りにしてるわよ、かなみ」

「また一緒に頑張りましょう」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 笑い合う三人。その側では香澄が飛行艇の最終チェックに奔走していた。ここで、志津香の頭に一つの疑問が浮かぶ。

 

「……あれ、2号機の操縦士は?」

「ああ、香澄よ」

 

 ぶっ、と吹き出して奔走していた香澄が盛大に転ぶ。ずり落ちたメガネを直しながら、砂まみれの顔でマリアを見上げる。

 

「き、き、聞いていませんよ、マリアさん!」

「何言っているのよ。私以外でチューリップ4号を操縦できるのは、香澄しかいないでしょ。頼りにしているわよ、香澄!」

「ひぇぇ……」

 

 香澄、参戦決定。

 

 

 

-ゼス 王者の塔-

 

 四天王千鶴子が管理する王者の塔。今千鶴子は職務をしているところであったが、その目の前にはサイアスが立っていた。話があると言って押しかけてきたのだ。その口から語られたのは、浮遊都市イラーピュを探索するべきだという提案。かつての強力な魔法使いが残した遺産は、魔法大国ゼスにとって必ず無駄にはならない。並び立てられるメリット。イラーピュに彼がいると判ったのは今朝だというのに、よくもまあこの短時間でこれだけのメリットを考えたものだと千鶴子は感心する。

 

「という訳で、千鶴子様。先日発掘されたあの9人乗りの飛行艇で、今すぐイラーピュの調査をするべきです。当然、調査には発案者である私も向かわせて貰います」

「そこに、貴方の親友がいるからかしら?」

「っ!?」

「上手く隠していたつもりかもしれないけど、情報は私の専売特許よ。悪いけど、四将軍を送るだけのメリットを感じられないわ」

 

 冷たく言い放つ千鶴子。一度歯噛みしたサイアスだが、真剣な表情のまま千鶴子に進言する。

 

「ルークは……あの男は、アトラスハニー事件の際にゼスに多大な協力をしてくれました。それに、アニスの不始末をもみ消したのも黙っています」

「……まあ、借りはあるわね」

「ならば、それをここで返さずしてどこで返すと言うんですか! ゼスが大国であるならば、ここはイラーピュの調査に乗り出すべきです。魔法使いでもない一人の冒険者の救助という体裁が悪いのであれば、先程申しましたように調査という名目で……」

「……下がりなさい、サイアス」

「千鶴子様……」

 

 サイアスから視線を外し、手元の内線で部下のマクシミリアンに連絡を取る。もうこの話は終わりだとでも言うのか。簡単には引き下がれないサイアスは口を開こうとするが、千鶴子が先にマクシミリアンに指示を出す。

 

「マクシミリアン? ええ、この間発掘された飛行艇。こっちに運んでおいて。ええ……イラーピュの調査に使うから……」

「!?」

 

 カチャリ、と内線を切る千鶴子。呆然としているサイアスを見て、静かに笑いながら口を開く。

 

「四将軍という立場である貴方が参加出来るかは微妙な線よ。一応、進言はしてみるけどね。それと、突然の事だからあまり人員は割けないわ。前衛の傭兵なんかは自分で集めてちょうだい」

「千鶴子様……感謝します!」

 

 深く礼をして千鶴子の部屋を後にするサイアス。その背中を見送りながら、ため息をつく千鶴子。親友の為に、あそこまで動けるのか。炎の将軍でありながら冷静沈着な男だとは思っていたが、やはり熱いところもあるのだなとサイアスの評価を改める。そして同時に、自分の親友パパイアの事が頭を過ぎる。私は、人が変わったようにおかしくなったパパイアに何をしてあげられているのだろうか、と。

 

「……さて、ガンジー王に連絡を入れないと」

 

 千鶴子は内線に手を伸ばし、ガンジー王に許可の連絡を入れる。恩人のためとはいえ、四将軍を動かすのに賛同して貰えるだろうか。無理は承知で、サポートとしてもう一人くらい四将軍クラスをつけてあげられるよう進言してみようか。そんな事を思いながら、千鶴子はガンジーに連絡を取った。

 

「四人だ」

「は?」

「四天王、四将軍クラスから四人連れて行くのだ。恩義に報いるのは国として当然の事。はっはっは!」

 

 千鶴子の胃が急激に痛み出した。

 

 

 

-魔人界 魔王の城-

 

「イラーピュ? どうしてまた……?」

「ホーネット様はまだ生まれる前でしたからあまりご存じないのも無理はありませんが、かつて我ら魔人をも追い詰めたその技術は正に至高の域。無視出来るものではありません!」

 

 アイゼルが声高らかにホーネットに進言する。彼は突如、イラーピュの調査に乗り出すべきと言い出したのだ。シルキィはケイブリス派との小競り合いに出てしまっており、今この場にはいなかった。あまりにも唐突な発言であったため、側に控えているサテラとハウゼルは困惑する。ただ一人、メガラスだけが無言でアイゼルの言葉を聞いていた。

 

「一日考えさせてください。今はケイブリス派との戦争中、シルキィとも話し合いたいので……」

「お願いします!」

 

 そう言って、アイゼルが部屋から出て行く。その背中を不思議そうに見送るサテラとハウゼル。このとき、いつの間にかメガラスが部屋から消えている事に、まだ誰も気付けずにいた。部屋から出て、一人廊下を歩くアイゼル。角を曲がると、目の前にメガラスが立っていた。

 

「メガラス! いつの間に……」

「…………」

「……何か用か?」

「ホーネット様を……笑わせた男か……?」

「なっ!?」

 

 メガラスの言葉にアイゼルが目を見開く。ばれているはずがない。細心の注意を払って調査をしていたのだ。だが、メガラスは確信を持っている様子だ。ここに至っては隠しようがない。汗を流しながら、アイゼルは静かに口を開く。

 

「……どうすれば見逃して貰える?」

「…………」

 

 その問いにメガラスは首を横に振る。ゴクリ、と唾を飲み込むアイゼル。

 

「見逃しては貰えぬか……」

「……違う」

「……違う、とは?」

 

 予想していなかったメガラスの返答に、アイゼルは思わず聞き返す。

 

「お前が魔人戦争に参加したのは……末期だったな……」

「……ああ、一年かそこらだ」

 

 アイゼルが魔人として生まれたのはちょうど魔人戦争の時期。その為、戦争には最後の一年そこらしか参加していないのだ。その言葉を聞いたメガラスから放たれた言葉は、魔人戦争を初期から参加していた古参の魔人だからこそ出る言葉だった。

 

「闘神都市を……甘く見るな。死ぬぞ……」

「…………」

「それと……」

 

 メガラスが視線を横に向ける。それは、イラーピュの浮かぶ方角。その場所に、ホーネットを笑わせた男がいるのだ。

 

「その男……興味がある」

 

 




[人物]
フェリス (4)
LV -/-
技能 悪魔LV1
 ルークとランスの二人と契約を結んだ悪魔。ジル戦で受けた傷は完治したが、上司や同僚の悪魔からは無能と蔑まれている。ダ・ゲイルを通じて定期的にロゼとは情報交換をしている。

フロンソワーズ
 カサドの町の『うまうま食堂』の女主人。意外に腕も立ち、カサドの町最強だったりする。

キセダ・エスピラ
 カサドの町青年団団長。見るからにひ弱そうな男で、モンスターに完全に怯えている。

カネオ
 カサドの町青年団団員。丸々太った体型で、剣など握った事もない。


[都市]
カサドの町
 闘神都市ユプシロン内にあるのどかな田舎町。何もないところから作り上げたため、かつては藁や木の家が建ち並んでいた。

ダラス王国
 かつて存在した小国家。モエモエ王国とほぼ時を同じくして、ゼスに吸収合併され歴史上からその名前を消す。

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