ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第60話 悪魔の誇り

 

-カサドの町 教会-

 

 生け贄を要求している悪魔は、どうやら教会にあるという地下通路の先にいるらしい。悪魔を倒してマイを救うべく、ルークは教会を訪れた。中に入ってみれば、10人も入れば一杯になってしまいそうな狭い教会。奥には神官の少女が一人祈りを捧げているところだった。ルークが入ってきた事に気が付き、神官が振り返る。

 

「……貴方が噂の異邦人の方ですね?」

「本当に噂が広まるのが早いんだな。俺はルーク、冒険者だ」

「ご丁寧にどうも。私はヨウナシ様に仕える神官のシンシアといいます」

「ヨウナシ様……?」

「こちらです」

 

 シンシアが側にあった彫像に手を置く。楕円の形状におかしな顔の付いた彫像である。どうやらこれがこの教会の神様らしい。

 

「水菓子の神様であるヨウナシ様は偉大な神様です。ルークさんも入信されてはいかがですか?」

「悪いな、また別の機会にしておく。それよりも、頼みたい事があるんだが……」

「頼みたい事?」

「地下通路へ案内してくれないか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、シンシアが驚愕する。地下通路の先には悪魔がいるというのに、この冒険者は一体何を宣っているのか。

 

「い、いけません! あそこは凶悪な悪魔が……」

「大丈夫。それを退治しにいくんだ。案内してくれないか」

「ですが……」

 

 渋るシンシア。ルークの事を必死に止めようとしてくるが、何度も頼み込んだところ遂に折れてくれた。シンシアは祭壇に近づいていき、その近くの石床を一枚動かす。すると、地下への階段が床下に隠されていた。

 

「通路内にいるのは悪魔だけではありません。凶暴なモンスターも大量に出ます。ルークさん、やはり止めた方がいいのでは……」

「マイちゃんが生け贄に捧げられるのを、君は黙って見ているのが正しいと思うのか?」

「それは……」

 

 ルークのその問いかけに、悲しげな表情を浮かべるシンシア。彼女とてそれが正しいなどとは思っていない。だが、自分たちには何も出来ないのだ。その反応を見たルークは頭を掻く。

 

「……意地悪な質問だったかもしれんな。大丈夫、必ず悪魔は退治してくるさ」

「ルークさんに、ヨウナシ様の加護があらん事を……」

「水菓子の神の加護か……」

 

 役に立つのか微妙な加護だなと思いながら、ルークはシンシアに見送られて教会の階段を下りていく。ルークはまだ知らなかったが、この地下通路は町の周りに建つ五つの塔の一つ、南の塔の地下に続いていた。

 

 

 

-南の塔 地下一階-

 

「来い、フェリス」

 

 モンスターをある程度倒しながら通路を歩いていたルークだが、モンスターの気配が更に濃くなったところでフェリスを呼び出す。流石に人手が欲しくなったからだ。ルークの呼びかけに応じ、目の前に現れるフェリス。

 

「ん、どうした? まさか、また地上まで運べとか言うんじゃ……」

「いや、モンスターの気配が濃くなってきたんで、戦闘を手伝って貰おうと思ってな……ふっ!」

 

 フェリスと話している最中、二体の仏火が襲い掛かってきた。だが、瞬時にルークの剣によって両断され、仏火は消滅する。その様子を見て、フェリスが呆れた様子になる。

 

「手伝いねぇ……いるのか?」

「どうもこの奥に悪魔がいるみたいなんだ。階級にもよるが、厄介な敵の可能性もあるからな」

「おい、同士討ちさせるつもりか!?」

「まさか。無理に戦わなくていいさ。周りにモンスターがいたら、そちらと戦っていてくれ」

「……あ、ああ。それならいいんだ」

 

 流石に同じ悪魔と戦うのは気が乗らないらしく、フェリスが眉をひそめる。その気持ちは重々承知していたので、ルークはフェリスに悪魔の相手を任せるつもりはなかった。勿論、相手の階級がとんでもなく高く、フェリスが手伝わなければ命の危険があるとなれば話は別だが。そのままルークはフェリスと共に通路を進んでいく。出てくるモンスターを次々と倒していると、曲がり角に立て看板が置かれているのが目に飛び込んできた。ルークとフェリスがそれに目を通す。

 

「なになに、偉大なる悪魔、おかゆフィーバー様の御殿は北の方角にあるから、生け贄の女の子を連れて来い……おかゆフィーバー?」

「悪魔……ねぇ……」

 

 おかゆフィーバー。それなりに強いモンスターだが、断じて悪魔などではない。フェリスの視線が一気に冷酷なものになる。顎に手を当てながら冷静に事態の分析をするルーク。

 

「……空中の都市だから、あまり知られていないと踏んで悪魔を騙っているんだろうな」

「ふっ……ふふふ……悪魔を騙るモンスターか……」

「これは出番がなさそうだな……」

 

 心の中でおかゆフィーバーに黙祷を捧げるルーク。フェリスは未だ冷たい笑みを浮かべていた。

 

 

 

-上部動力室-

 

 ルークが探索を続けている頃、ヘルマン調査隊は巨大な柱が奉られている部屋へとやって来ていた。柱を見上げながらビッチが口を開く。

 

「メリム、この柱はなんだ!?」

「これは闘神都市が動くのに必要な魔力を蓄える魔気柱ですね。現在は魔力が入っていない状態のようですが……」

「うむ、その通り。当然わたくしも知っていたぞ。これを動かせば、闘神都市はわたくしのもの。ケヒャケヒャ!」

「(嘘をつけ、嘘を……)」

「(あんたのものじゃなくて、ヘルマンのものでしょうに……)」

 

 後ろに控えていた赤髪の戦士と女魔法使いがそれぞれ内心で悪態をつく。調査隊リーダー、ビッチ・ゴルチ。人望は全くと言っていいほど無い人物であった。続けてこの部屋の近くにあった部屋に入る。そこには巨大な水晶球が置かれていた。

 

「ほう、これが闘神都市の制御装置か。ヒューバート、デンズ。お前たちのような無能な戦士では、到底理解の及ばぬ世界だな。ケヒャケヒャ!」

「…………」

「あの……ビッチ様……」

「ん? 何だね、メリム」

 

 後ろの部下を馬鹿にして愉悦に浸るビッチ。怒るというよりも呆れた様子でそれを聞き流していたヒューバートだったが、そのビッチに対してメリムが言いにくそうにしながら口を開く。

 

「この水晶球は魔力注入装置でして……都市の制御装置ではないのですが……」

「へっ?」

「くっ……くくく……はっはっは! 貴様らしい早とちりだな、ビッチ」

「ヒューバート、貴様!」

 

 ビッチの失態がよほどおかしかったのか、後ろに控えていたヒューバートが笑い出す。馬鹿にされた怒りで顔を赤くし、ヒューバートに言い寄ろうとしたビッチだったが、二人の間に巨漢の男が割って入る。

 

「デンズ、そこをどけ!」

「…………」

「……くっ」

 

 彼の名はデンズ・ブラウ。ヒューバートの忠実な部下だ。いや、二人の関係性は部下というより、信頼している仲間というものに近かった。巨体のデンズが無言のまま見下ろしてくるその迫力に押され、ビッチは何も言えなくなってしまう。そのままデンズは水晶球の前まで歩いて行き、抱えていた少女を指し示しながらメリムに問いかける。

 

「こ、この女、ここに置けば……い、いいんだよな?」

「あっ……ええ、そうよ。デンズさん、その子をここに設置して」

「ふーん。この女の子をエネルギー源とする訳ね」

 

 ヘルマンの女魔法使い、イオ・イシュタルが興味深そうに水晶球を見る。その言葉を聞き、メリムは悲しそうな表情を浮かべる。

 

「はい、イオさん。可哀想ですけど……でも、水晶球に入れられても死んだりはしません。全てが終わってから解放して、精一杯謝罪すれば……」

「えぇい、早くしたまえ! 無駄話は私が許さん!」

 

 少女を生け贄に捧げるようなやり方にメリムは複雑な心境であったが、ヒューバートへの怒りのやり場を失ったビッチが腹いせにメリムを怒鳴りつける。メリムは気絶している少女にもう一度視線を送った後、静かに口を開く。

 

「デンズさん、お願いします……」

「こ、ここだな。うん」

「手伝うよ、ここにくくりつければいいんだね?」

 

 水晶球にイオが少女をくくりつけ、メリムが側にあった装置を操作する。メリムの指示に従ってイオとデンズが水晶球を二、三度いじくり、最後にメリムが装置のボタンを押す。すると、外側にくくりつけられていた少女が水晶球の中に吸い込まれていった。

 

「出来たのか?」

「はい。あぁ……お母様、お姉ちゃん、メリムは感激です。ここに今、超古代の魔法遺産が復活を……」

「トリップしとらんで、どう操作すればいいか教えろ!」

「あ、はい! こちらになります」

 

 ビッチに促されたメリムは部屋を出て行き、また別の部屋に入る。その中には先程までとはまた別の装置が置かれていた。メリムが装置の動かし方を説明すると、ビッチがみるみる上機嫌になっていく。

 

「ほう、これでこの闘神都市を動かせるのだな。ケヒャケヒャ! 動け、闘神都市! リーザスのクソ共を根絶やしにしろ!」

 

 高らかに宣言して制御装置を動かすビッチ。だが、いくら待っても闘神都市が動く様子はない。

 

「ん、あれ? メリム! 一体どうなっている!?」

 

 ビッチがメリムを怒鳴りつける。まさかの事態にメリムも不思議そうにしている。ここまでの調査によれば、これで闘神都市は動くはずだったのだ。メリムはすぐに装置を調べ、そのまま装置と繋がっている奥の壁も調べ始める。そして、都市が動かない理由に至る。

 

「……ロックされているわ。ビッチ様、この扉がロックされている限り、闘神都市の重要な部分の動作は、全て停止した状態になっています。簡単な指示が精一杯ですね」

「なんだと!? この無能が!」

 

 ここまでの調査を進めたのは殆どメリムだというのに、まるで労おうともせずビッチが拳を振り上げる。メリムが怯えた表情でビッチを見るが、その二人の間にヒューバートが割って入る。

 

「その辺にしておけ」

「なんだ、上官のわたくしに逆らうつもりか? 軍法会議で死刑にしてやってもいいんだぞ? 英雄の息子だからといって、罰を免れる事は出来んのだぞ!」

「ふん……メリム、こんな奴の言う事を気にする必要はない」

「ヒューバート! 貴様!」

 

 激しく睨み合うビッチとヒューバート。助けられた形になったメリムはヒューバートの背後でおろおろとしている。正しく一触即発。だが、この空気をイオが破る。

 

「ロックって事は、外す方法もあるんじゃないの?」

「……調べてみます」

 

 装置を再び操作するメリム。気が付けば先程までの怯えた表情は消え、その表情は真剣なものへと変わっていた。それを見たイオがヒュー、と口笛を吹く。メリム・ツェール、生粋の考古学者である。

 

「……判りました。このロックシステムは、四つの制御キーがあれば外す事が出来ます」

「キーの場所は判るのか?」

「はい!」

 

 ビッチの質問を予想していたのか、メリムはすぐさま床に地図を広げる。全員がメリムの周りに集まり、地図を覗き込む。

 

「闘将コア、防空コア、研究コア、食料コア。この四カ所にそれぞれ一つずつキーが設置されています」

「あらやだ、結構離れているわね」

「……面倒な!」

 

 メリムが地図の四箇所にマークを付けるが、中々にそれぞれの位置が離れている。これを全て集めるとなると中々に骨が折れそうだ。ビッチが舌打ちをする。

 

「くそっ! ヘルマンの評議委員であるわたくしが、何故このような手間のかかる事を……」

「なら帰るか? リーダーさんよ」

「ヒューバート! 貴様は黙っていろ!!」

「(あーあ、せっかく空気を変えてやったっていうのに……気持ちは判るけど、適当にあしらわないと面倒になるだけだっていうのにね……)」

 

 再び激しく睨み合うビッチとヒューバートを見ながらため息をつくイオ。ビッチに腹が立っているのは彼女も同じであるが、ヒューバートのようにそれをあからさまに態度に示したりはしない。メリムとデンズが二人の様子を心配そうに見守る。ヘルマン調査隊、その内情は一触即発というものであった。

 

 

 

-南の塔 地下一階-

 

 地下一階北東にある部屋。ここでおかゆフィーバーは恋人のまじしゃんとイチャイチャしていた。生け贄が捧げられるまで後一週間を切った。今度の少女はどのような娘だろうと期待に胸躍らせていると、突然部屋の扉が開かれる。

 

「うぽ? なんだうぽ?」

「なぁに……? この人間たち……」

「おぉ、今年の生け贄はその緑髪の娘うぽね。さあ、こちらに渡すうぽ!」

 

 扉を開けたのはルーク。何故男がこの場所にと訝しげにしていたおかゆフーバーとまじしゃんだったが、ルークの隣に立っているフェリスを人間だと勘違いして差し出すよう命令してくる。その事が、更にフェリスの怒りに拍車を掛けた。青筋を浮かべているフェリスを横目で見ながら、ルークが剣先を向ける。

 

「生け贄が届けられる事はもう無い。退治させて貰うぞ」

「いやだうぽ。悪魔である私の力を知らないうぽね!」

「ふふ、悪魔である私の彼に挑もうなんて、愚かな人間たちね。悪魔の力、たっぷり見せてあげるわ!」

「だとさ、フェリス。どうする?」

「殺すわ」

「了解」

 

 冷酷に言い放ったフェリスがすぐに鎌を手に取る。既にその怒りは爆発寸前であった。ルークとフェリスを見据えながら、まじしゃんは牽制の魔法を唱える。

 

「火爆破!」

 

 立ち上った火柱をルークは瞬時に避け、一気におかゆフィーバーとの間合いを詰める。そのルークとは違い、まじしゃんの放った火爆破がフェリスに直撃する。だが、ルークは気にした様子も見せずおかゆフィーバーの目の前まで迫る。

 

「うぽ!? おかゆパンチ!」

「遅い!」

 

 振り下ろしてきた拳を即座に剣で両断する。緑色の血飛沫を上げながら、おかゆフィーバーの四本ある内の一本の腕が宙を舞う。

 

「う……うぽーーーーっ!!」

「ダーリン! 仲間の心配もしないなんて、なんて薄情な人間なの! でも、今度はあんたを火達磨に……」

「相手をよく見た方がいいぞ」

「えっ……?」

 

 ルークの言葉にまじしゃんが火爆破を放った方向を見る。煙が立ち込める中、すたすたとフェリスが平然と歩いてきていた。その体は無傷。思わず目を見開くまじしゃん。間違いなく直撃したはずだ。

 

「う……嘘でしょ……火爆破!」

「おかゆ砲うぽ!」

 

 二体のモンスターがフェリスに向かって技を放つ。瞬間、フェリスが空中に飛び上がりその攻撃を躱す。羽を動かして宙を一気に駆け、おかゆフィーバーの肩に乗ってその首に鎌を突き立てる。

 

「う……うぽ……」

「死ね」

 

 フェリスがそう言うと同時に、おかゆフィーバーの首が胴体から離れ飛んだ。ぶしゃあ、という音と共に大量の血飛沫が噴き上がる。

 

「いやぁぁぁ! ダーリン!! ……えっ!?」

 

 絶叫するまじしゃんだったが、殺された恋人の肩に乗るフェリスを見て硬直する。背中から生えた羽、手に持つのは鎌、よく見れば頭から角が生えている。緑色の返り血を顔に受けながら、フェリスがまじしゃんを高い場所から見下ろす。まさか、この女は人間じゃなく……

 

「悪魔の力を見せてあげるって言ってたわね?」

「ひ……ひ……」

「そんなに見たいなら……たっぷりと見せてあげましょうか!?」

 

 目を見開いてまじしゃんに殺気を向けるフェリス。まじしゃんの表情がみるみる青ざめていき、体ががくがくと震え、遂には失禁し始める。

 

「い……命だけは助けてぇぇぇぇ! 別のおかゆフィーバーとの新たな恋に生きますからぁぁぁぁ!!」

 

 絶叫しながら逃げていくまじしゃん。その背中を見送りながら、ルークがため息をつく。

 

「流石……と言ったところか?」

「ふん、悪魔を侮辱するからだ」

「頼もしいことで……ほら」

 

 ルークが道具袋に入れていた清潔なタオルをフェリスに投げる。それをキャッチするフェリス。

 

「そんな血まみれじゃ、せっかくの美人が台無しだ」

「……ふん」

 

 受け取ったタオルでごしごしと顔についた血を拭うフェリス。ルークがおかゆフィーバーのいた場所の奥を見ると、そこには牢屋があり、一人の女性が捕らえられていた。駆け寄ってみると、女性の方から話し掛けてくる。

 

「助けに来てくれたんですか!? 嬉しい! 私、パープル・ソウルと言います」

「君は? 今年の生け贄は、マイちゃんじゃなかったのか?」

「私は三年前の生け贄なんです」

「三年間もこんな所に……ふっ!」

 

 一瞬悲痛な表情を浮かべたルークだったが、すぐに牢の扉を壊してパープルを外に出してやる。三年もの間、彼女はどれだけの傷を心に受けたのだろうか。泣いて喜んでいるパープルに、ルークは道具袋から薬を取り出して渡す。きょとんとした様子のパープル。

 

「こちらは?」

「フィーバー下しという薬だ。長い間おかゆフィーバーと一緒にいると、おかゆ毒という病に感染する恐れがあるんだ。それを治してくれる薬だから、君は飲んでおいた方がいい。一応、フェリスも飲んでおくか?」

 

 ルークがフェリスに振り返って問う。あれだけ大量の血を浴びれば、そこから感染する可能性もあるからだ。だが、フェリスは気にするなという様子で答える。

 

「そんな毒、悪魔の私には効かないから必要ないよ。それより、あんたより前の生け贄の娘はどうしたんだい?」

 

 タオルで血を拭い終わったフェリスがこちらに歩みを進めながら、パープルに問いかける。その質問に困った様子のパープル。

 

「私も詳しくは知らないのですが……攫われた娘は次の生け贄が来ると同時に、アトランタという魔女に引き渡していたようです。おかゆフィーバーが何度かそういった事を話しているのを聞いた事があります」

「魔女アトランタか……」

「どうやら、おかゆフィーバーに命令を出していた親玉がいるみたいだね」

「そのようだな。だが、ひとまずはこれで任務完了だ。町に戻ろう。歩くのは厳しいかな?」

「はい、すいません、ご迷惑をお掛けします」

 

 長い事牢に閉じ込められていた為、パープルは衰弱しきっておりまともに歩けない状態であった。その彼女を抱きかかえ、ルークは来た道を戻る。その後ろをフェリスがついて歩きながら、タオルを手に持って何やら悩んでいる様子だった。

 

「ん? どうした?」

「いや……洗って返した方がいいのか、おかゆフィーバーの血がついたタオルなんか捨てた方がいいのか……どうするべきかと思って……」

「ふっ……そのまま返すという選択肢がないのが律儀だな。悪魔なのに」

「べ、別にいいだろ!」

 

 顔を赤くしながらフェリスが文句を言ってくる。ルークはその文句を笑いながら聞いていたが、胸の中のパープルは不思議そうな表情で二人を見ていた。人間と悪魔という間柄なのに、随分と仲が良いのだな、と。こうして三人は無事に町へと戻っていった。

 

 

 

-司令室-

 

「あれ……ビッチ様、侵入者がいるみたいです?」

「なに?」

 

 メリムが装置をカチャカチャと操作する。すると、目の前にある鏡のような板にルークとフェリスの姿が映し出される。丁度フェリスがルークの後ろに隠れた映像となり、羽や角が全く見えない。彼女が悪魔というのが判りにくい映像であった。

 

「ふむ、冒険者のようですね。わたくしたちと比べたらレベルの低そうな連中だ」

「……そうか? あの男、かなり出来そうだぞ。少なくとも、お前よりはな……」

「何だと、ヒューバート!」

「あぁ? やる気か?」

 

 ヒューバートがビッチを睨み付ける。先程までとは違い、若干の殺気が含まれているそれに気圧され、ビッチが一歩下がる。

 

「くっ……国に戻ったら、必ず軍法会議に掛けてやる。貴様はヘルマンの恥だ。思えば貴様の親父もいけ好かない奴だった。気品の欠片もない蛮人で……」

「あらっ? 奴ら50人に増えたわよ。大軍団になって……あぁ、もうこの部屋の前に迫っているわ!」

「なななな、なんだと! 早く逃げるぞ!」

 

 文句を言っている最中のビッチであったが、イオの報告に慌てて逃げ出そうとし、そのまま足をもつれさせて派手に転ぶ。そのビッチを見下ろしながら、舌を出して平然とイオが言ってのける。

 

「嘘ですよ、ビッチ隊長。お茶目な嘘」

「取り乱しすぎだ。その醜態ぶりがお前らしいがな」

 

 イオに続いてヒューバートが笑う。きょとんとしていたビッチだったが、すぐに自分が馬鹿にされた事に気が付き、苦虫を噛みつぶしたような顔になる。その様子を見ながら、デンズは不思議そうな表情でイオの顔を見ていた。

 

「(め、珍しいんだな。イオが直接ビッチを馬鹿にす、するなんて)」

「ちっ……今は冒険者なんかどうでもいい。四つのキーを集める事が先決だ。だがどうすれば……おおっ、名案が浮かんだぞ! イオ!」

「はい?」

 

 どうせ碌な案じゃないだろうと予想しながらも、態度には出さずにイオが耳を傾ける。ビッチは映し出されているルークを指差し、イオに指示を出す。

 

「この冒険者と合流しろ。お前の催眠術でこの男を操り、四つのキーを集めるのだ」

「また、姑息な手段を……」

「うるさい!」

 

 ため息をつくヒューバートを怒鳴っているビッチに対し、イオは冷静な面持ちで問いを投げる。

 

「私の呪文は、あまりレベル差があると効きませんが?」

「お前の今のレベルは?」

「10です」

「十分だろう! どうせこんな冒険者、レベルが一桁台に決まっている! さあ、行け!」

「……了解しました。イオ・イシュタル。行って参ります」

「気を付けろよ、イオ。危なくなったら逃げてこい」

 

 こうして、イオはヘルマン調査隊から離れ、単身ルークたちの下へと向かう。相手のレベルが56という事も知らずに。

 

 

 

-カサドの町 教会-

 

「あっ、ルークさん! ご無事だったんですね」

「その方は……まさか、パープルさんですか!?」

「ああ、悪魔はもういない。これで君は自由の身だ」

「本当に勝つだなんて……」

 

 フェリスを一度悪魔界に戻し、パープルを抱えて教会まで戻ってきたルーク。すると、そこにいたのはシンシアだけでなく、マイやキセダも集まっていた。悪魔が倒されたと聞き、嬉しさからマイがその場に泣き崩れる。シンシアはパープルに話し掛けている。まさか三年前に生け贄に捧げられたパープルが無事に戻ってくるとは思っていなかったのだ。そんな中、ルークは青年団のキセダに視線を送る。

 

「お前はどうしてここに?」

「……貴方がおかゆ様の下へ行った時点で、どこにいても危険度は一緒です。ならば、一番にどうなったかが判るここにいようと思いまして」

 

 震えながらそう言うキセダの傍らには、青年団で埃を被っていた剣が置いてあった。多少は勇気を振り絞ったというところだろうか。その行動を少しだけ嬉しく思うルーク。すると、キセダが思いも掛けない言葉を口にする。

 

「そういえば、食堂にルークさん同様、闘神都市に飛ばされてきた二人の冒険者が来ていますよ」

「なんだと!?」

 

 その話を聞いたルークはすぐに教会を飛び出し、食堂へと急ぐ。自分と同じように飛ばされてきた二人の冒険者など、該当するのはあいつらしかいない。戦力的にもかなり頼りになる人物。地上への脱出方法を協力して探すパートナーにはもってこいだ。自然と微笑んでいたルークが食堂の前へと辿りつき、勢いよくその扉を開け放つ。

 

「うーん……」

「なんだい、口ほどにもない男だね」

「ランス様! ……あれ、ルークさん!?」

 

 そこには、フロンに負けて仰向けに倒れているランスと、心配そうにヒーリングをかけるシィルの姿があった。

 

「……は?」

 

 こうしてルークは、ランスとシィルとの再会を遂げた。それは、光の神の天罰によりレベルが1になってしまっている二人との再会であった。

 

 

 

-魔人界 シルキィの城-

 

「闘神都市の調査を認めます」

「シルキィ!」

「でも、アイゼルが魔人界から出る事は許しません」

 

 歓喜の表情を浮かべていたアイゼルだったが、直後のシルキィの言葉を聞いてガクッ、と肩を落とす。そのアイゼルを見ながらシルキィは言葉を続ける。

 

「確かに調査をするだけの価値がある事は認めるわ。それに、今はケイブリス派もおとなしいから、一人や二人数日抜けたところで戦況は変わらないしね」

 

 アイゼルの言うように、闘神都市に眠っている技術は魔人である自分たちにも役立つ可能性は十分にある。また、少し前にホーネットが散々打ちのめした影響から、今は戦争が谷間の時期であり余裕もある。そう言い並べながら、シルキィはジロリとアイゼルとサテラに視線を向ける。

 

「でも、アイゼルとサテラは前回の件での謹慎処分がまだ解けていないでしょ!」

「ぐっ……」

「まあ、サテラは元々行く気ないけどな……」

 

 そう、アイゼルとサテラは現在謹慎処分を言い渡されており、戦闘のための出動以外は外に出る事を禁じられていた。サテラは丁度いいとばかりにイシスの修復に励んでいたが、闘神都市へ向かう気であったアイゼルにとっては非常に困る処分だ。シルキィですらその有用性を認める闘神都市にホーネットが興味を持つ。

 

「それ程のものなのですか?」

「ええ、ホーネット様は生まれる前だからご存じないのも無理はないですが……我ら魔人を相手取って30年以上も渡り合った都市です。当時武闘派で知られていたレキシントンも、この戦争で戦死しています」

「凄い戦争だったわ……全然ダメージを与えられないんだもの……」

 

 魔人戦争に参戦していたシルキィとハウゼルが昔を思い出す。人類が作り出したとは思えない技術と、強大な魔力。最後は自滅の道を歩んだが、そうならなければ、もしかしたらまだあの戦争は続いていたかもしれない。

 

「ケイブリス派との戦いを有利にするような技術があるかもしれないから、放っておくのは勿体ないわね。それじゃあ、調査に向かうのは……」

 

 シルキィがそう口を開くと、一人の魔人がスッと一歩前に出る。意外そうな表情をその魔人に向けるシルキィ。

 

「あら? メガラスが行ってくれるの?」

「…………」

 

 コクリと頷くメガラスが、一瞬だけアイゼルの方に視線を向ける。それは、調査だけでなくあの男の事も見てくると言っているようにアイゼルには思えた。メガラスに視線を向けながら、ホーネットが静かに口を開く。

 

「それ程の危険な都市、一人で向かわせて大丈夫なのですか?」

「今はもう滅んだ都市だから大丈夫だとは思うけど……魔法が使える魔人がもう一人くらい一緒に行った方がいいかもしれないわね。そうじゃないと、調査が難しいし」

「ならば、やはりこの私が!」

 

 魔法都市である闘神都市には、魔力で動かすような装置も多くあるだろう。シルキィのその意見を聞いたアイゼルが再び口を開く。だが、メガラスが無言で首を横に振る。

 

「何故だ、メガラス!」

「男は……背中に乗せたくない……」

「ぶっ!」

 

 メガラスの発言にシルキィが吹き出す。アイゼルは空を飛べないため、必然的にメガラスの背中に乗って闘神都市まで向かう事になる。だが、メガラスは自分の背中には女しか乗せないと固く誓っていた。シルキィは無口なメガラスのこういった意外な面が時折ツボに入った。込み上げてくる笑いの第二波を必死に堪えるシルキィを尻目に、メガラスが言葉を続ける。

 

「それと……サテラも避けた方が良い……あの戦争を体験していない者は……危険だ……」

「なるほどね。少し気持ちは判るわ」

「となると……」

「あの戦争を体験していて、魔法を使える魔人って……」

 

 みんなの視線が一人の魔人に集まる。美しい容姿で勘違いしがちだが、ホーネット派ではメガラスに次いで古参である炎の魔人に。その魔人の名は、ラ・ハウゼル。

 

「わ、私?」

「いいじゃない、ハウゼル。いつも働き尽くめなんだし、気分転換に行ってきたら?」

「……ハウゼルなら……背中にいつでも乗せよう」

「ぶはっ!」

「……一応自分で飛べるから、遠慮しておくわ」

 

 シルキィが堪えきれずに吹き出してしまう。ホーネットがその背中を擦る中、闘神都市の調査に向かう二人の魔人が決定した。メガラスとハウゼル。戦闘力的にも、無謀な事をしないであろう冷静な性格的にも、文句なしの人選であった。この二人が行くのならば、シルキィも何の心配もない。数時間後、二人は闘神都市へと向けて飛び立ったのだった。

 

 

 

-魔人界 某所-

 

 真っ暗な部屋の中を、モニターから発せられる光だけが照らしていた。カチャカチャと機械を叩く音がする。夥しい程の機械と10を越えるモニター。この部屋の主は、ここに目まぐるしく映し出されている文字の羅列と映像を全て把握しているとでもいうのか。

 

「……ん?」

 

 突如、部屋の主がピタリと止まる。右上に立てかけてあったモニターの異変に気が付いたのだ。

 

「……闘神都市が、予備動力とはいえ動いている?」

 

 モニターを見上げ、顎に手をやる部屋の主。少しだけ考え込んだ後、部下を呼び出して指示を出す。

 

「エンタープライズの準備を」

「はっ!」

 

 部下がそれだけ言い残して部屋から出て行く。本来であればこのような指示は出さなかった。だが、数ヶ月前の惨敗で、今ホーネット派とケイブリス派は膠着状態。ならば、数日自分がいなくなったところで大きな問題はない。モニターを見上げながら、部屋の主が独りごちる。

 

「以前は碌に調査できなかったからね……空からの攻撃、今興味あるんだよね」

 

 部屋の主は、少年であった。白髪の美少年。だが、この少年も人類を蹂躙する存在、魔人。

 

「それに……少しは姉様の為になるような技術もあるかもしれないし」

 

 魔人パイアール。彼もまた、闘神都市に向かう事になる。リーザス、ヘルマン、ゼス、ホーネット派、ケイブリス派。ルークを中心に、こうして五つの勢力が闘神都市に集う。混迷を極める空中都市での戦いは、リーザスとゼスの出発を前に、魔人たちの手によって幕を開ける事となる。

 

 




[人物]
シンシア
LV 2/10
技能 聖魔法LV1
 聖ヨウナシ降臨教会の神官。ヨウナシ様という水菓子の神を盲信している。アリシアという姉がいるが、信心深くない彼女とはあまり仲がよくない。

マイ
 おかゆフィーバーへの生け贄にされそうだった少女。ルークが退治したため、現在は普通の生活に戻っている。

パープル・ソウル
 三年前に生け贄にされた少女。もう少しで魔女アトランタに引き渡されるところだったらしい。


[モンスター]
仏火
 全身が炎のモンスター。中心にある核を斬れば燃え尽きる。

おかゆフィーバー
 四本腕の大型モンスター。人間の女が大好きで、生け贄に要求する事も多いスケベなモンスター。実力はそれなりに高く、油断して掛かると痛いしっぺ返しを食らう事もしばしば。

まじしゃん
 三つ星女の子モンスター。上級呪文も唱える事が出来るため、前衛モンスターと一緒に出現すると厄介な敵である。

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