ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第63話 天敵の影

 

-研究コア 地下三階-

 

 ナチュリから研究室の鍵を受け取ったルークたちは地下三階まで降り、鍵を使って研究室の中を調べていた。

 

「シィル、フェリス。金目の物はあったか?」

「ありません、ランス様」

「真面目に調べろよな、まったく……」

 

 フェリスがぶつぶつ言いながらも、主の命令であるため部屋の調査と平行して金目の物を探す。それを横目に、机の周りを調べていたルークが研究員の日記を発見する。少し中身を読んでみると、そこには先程のメモと同じように闘将の事ばかり書かれていた。だが、途中から同僚のモガンダという研究員の事が日記の大半を占め始める。

 

「禁止されていた人間以外での闘将造りを提唱し続けたマッドサイエンティスト、モガンダ。ふん、人体実験をしているこいつも十分マッドだと思うがな」

 

 今はもう死んでいるだろう日記の所有者に悪態をつきながら、ルークはページを進めていく。日記の続きに書かれていていたのは、モガンダが研究室の本棚の下に地下への階段を極秘で作っていた事、そこでモンスターによる闘将作成の研究を進めていた事、それをこの研究員が偶然発見し、上司に報告しようとした事が書いてあり、そこから先は白紙になっている。

 

「殺されたか……」

 

 研究員を殺したのは恐らくモガンダという同僚だろう。ルークは先程あった老人の事を思い出す。連れていたのはぶたバンバラをサイボーグかしたもの。そういえば、奴が口走った言葉の中に、モンスターを闘将へと改造しようとしている節があった気がする。

 

「あいつがモガンダか……?」

「ちょっと、こっちに面白いものがあるわよ!」

 

 奥の部屋を調べていたイオが突然全員を呼び出す。そのまま奥の部屋に駆けていくと、そこには一体の機械人間が佇んでいた。表情はなく、左腕はもげてしまっている。巨漢で見るからに強そうな風貌だ。だが、動く気配はない。

 

「これがメモに書かれていた闘将か……」

「ねぇ、確か脳に魔力を込めれば動くのよね」

「メモにはそう書かれていたな」

「これ、動かしてみない?」

「闘将をか?」

 

 イオが闘将を指差しながらそう口にする。突然の提案にルークが不思議そうな顔を浮かべて問い直すと、イオはそれが当然ではないかとばかりに答える。

 

「そう。闘将って命令には絶対服従の戦闘兵器なんでしょ? 私たちの命令を聞く部下として使いましょうよ」

「おお、それはいい!」

「……あのメモには、闘神の命令に絶対服従と書いてあったが」

「闘将の神っていうなら、起動させた人の事を指した俗語じゃないの?」

「一理ある……か……?」

 

 ルークが顎に手を当てて考え込む。本当に命令を聞くのであれば、戦力にはなりそうだ。現状ランスとシィル、イオの三人のレベルが低いため、護衛要因としての戦力増強は欲しいところ。悩むルークにフェリスが話し掛けてくる。

 

「失敗して襲ってきたときの事を心配しているなら、私とルークがいるから大丈夫だろ」

「……そうだな。だが、起動には強力な魔力が必要と書いてあった。起動出来るのか?」

「あら、馬鹿にしないでよ。シィルも手伝って。脳に魔力を注入するわよ」

「本当に大丈夫なんでしょうか……?」

 

 イオが不安そうにしているシィルを伴って闘将に近づいていく。二人で闘将の頭に手をかざし、魔力を注入し始める。他の三人がその光景を見守っていると、しばらくして闘将がガタガタと震え始め、唐突に口を開いた。

 

「我が名はボォルグ・ストマウス。停止状態を終了し、活動を開始する」

「動いた!?」

「ほら、見なさい。私の魔力だって十分高いんだから!」

 

 イオが自慢げにルークに振り返る。が、イオが見たのはこちらに向かって飛び込むように駆けてきているルークとランスの姿。瞬間、後ろから風を切る音が聞こえる。

 

「イオ!」

「ええい、避けろ馬鹿者!」

 

 ガキン、という金属音が響くのとほぼ同時に、イオの体はルークに抱き寄せられていた。ここにきてイオは先程の風を切る音の正体が判る。闘将ボォルグが、イオとシィル目がけて鋼の右拳を振るっていたのだ。それをルークとランスが剣で防ぎ、互いにイオとシィルを守るように抱き寄せていたのだ。自分同様、ランスの胸の中にシィルがいるのが見える。

 

「蛮族と共にいる魔法使い。裏切り者と判断した」

「貴様! 起動させた俺様の命令を聞かんか!」

「我が主はルーン様ただ一人。それよりも、何故ここに蛮族がいる。攻めてきている魔人はどうした? 現状の確認を……むっ?」

「魔人だと!?」

 

 ボォルグがぶつぶつと言い始めたと思うと、その言葉の中に魔人という単語が飛び出す。それにルークが大きく反応し問いただそうとしたが、ボォルグは自身の左腕がない事に気が付き驚いたような声を上げる。

 

「修理が完了していない。どういう事だ……戦争はどうなった!」

「よく判らないけど、このイラーピュが発見されてから数百年は経っているはずよ。その間イラーピュで戦争があったという話は聞いた事がないわ。その戦争っていうのは、とっくに終わっているんじゃないの?」

「なんだと……では、ルーン様や他の魔法使いたちは……」

「とっくに死んでいるでしょうね」

「なんという事だ……」

 

 ボォルグが残っている右手で顔を覆い、震え始める。目覚めたら数百年の時が経っており、多くの同胞と主が死んでいたのだ。その衝撃はかなりのものだろう。と、ボォルグの震えが止まり、ゆっくりと顔を覆っていた右手を放したと思うと、その右拳を強く握りしめた。

 

「……では、最後の闘将として私だけでも命令を実行させて貰うとしよう」

 

 そう言い放ったボォルグは握った拳を大きく振り上げ、ルークたち目がけて勢いよく振り下ろしてくる。

 

「下がっていろ!」

「ふん!」

 

 胸の中にいたイオとシィルを後ろに押し出し、ルークとランスがその拳を剣で受け止める。その二人を見下ろしながら、ボォルグは自身に課せられた命令を口にする。

 

「我が使命は、聖魔教団の敵である魔人と地上の民の抹殺!」

「なにぃ!?」

「させんさ……今度は再び起動できないよう、完全に破壊させて貰うぞ!」

 

 人類と魔人の抹殺という命令を聞いたルークから殺気が漏れる。そんなもの、どちらもさせる訳にはいかない。瞬間、いつの間にかボォルグの後ろに回り込んでいたフェリスがその首目がけて鎌を振るう。

 

「死ね!」

 

 素早い一撃にボォルグは避ける術を持たず、フェリスの鎌はボォルグの首に命中した。だが、ボォルグの首が飛ぶ事はなかった。部屋に響いた金属音と同時に、フェリスが目を見開く。

 

「なにっ!?」

「悪魔の娘……敵とみなす!」

 

 フェリスの鎌は、ボォルグの首に当たった状態で止まってしまっていた。あまりにもボォルグの装甲が硬すぎるのだ。ボォルグは首だけ動かし、フェリスに狙いを定める。そして、ルークたちが剣で受け止めていた拳をフェリス目がけて後ろに振るう。

 

「ちっ!」

「がはは、腹ががら空きだ!」

「ふっ!」

 

 フェリスが後方に跳んで躱すと同時に、がら空きになったボォルグの腹部目がけてルークとランスが剣を振るう。だが、それもボォルグの鋼の体に遮られてしまう。ランスの攻撃は傷一つつけられず、ルークの攻撃でも薄く斬り傷がついただけであった。同時に、剣を握っていた右腕が痺れる。

 

「何だこいつの体は!? 手が痛いではないか!」

「この硬さ……ノス以上だと!?」

「魔人ノスを知っているという事は、貴様らがここにいるのは奴の手引きか? どちらにせよ、死んで貰う!」

「炎の矢!」

「雷撃!」

 

 ボォルグが今度はルークとランスに向かって拳を振るう。だが、それ程動きは速くないため、二人も悠々と後方に跳んで躱す。それと同時にシィルとイオが魔法を放ち直撃するが、それも殆ど効いていない様子。イオが顔を歪めながらルークに謝ってくる。

 

「さっきはありがとう。それと、ごめんなさい。余計な事しちゃったみたいね。闘将があんなに強いなんて……」

「気にするな。起動させるのにはこちらも納得していたんだ」

「ふん、あんな動きの遅い奴、俺様の敵ではないわ!」

 

 自身が闘将を起動させてしまった事に責任を感じていたのだろう。そのイオの意見をランスは鼻を鳴らして一蹴する。だが、ランスの言う事も一理ある。確かに装甲は硬いが、全くダメージを与えられていない訳ではない。奴の動きはかなり遅いため、油断しなければ攻撃を躱すのは容易い。シィルという回復役がいる事も考えれば、長期戦に持ち込めばこちらの勝ちは揺るがないだろう。ルークがそう考えていたそのとき、ボォルグが右拳を高々と上げ、地面目がけて振り下ろした。

 

「ブレイク・バーン!」

「なんだ……ぐわぁぁぁ!」

「きゃぁぁぁ!」

「いやぁぁぁぁ!」

「くっ……」

「おい、どうした!」

 

 突如苦しそうに叫びだした全員をフェリスが心配そうに見る。ボォルグの振るった拳が衝撃波を生み、地面を通ってルークたち全員の体にダメージを与えたのだ。飛んでいたフェリスは運良くその衝撃を免れたが、後ろにいたシィルとイオが倒れる。無理もない、二人ともレベルが低いのだ。同じくレベルの低いランスは倒れこそしなかったが、今の一撃でかなりのダメージを負った様子だ。それを見たルークは一気にボォルグとの間合いを詰める。

 

「真滅斬!」

「ふん!」

 

 最早悠長に長期戦をしている場合ではない。これほど強力な全体攻撃を持っているのであれば、レベルの低いランスたち三人はいつ殺されてもおかしくはないのだ。特にシィルとイオは今の一撃だけでダウンしてしまっている。短期決戦を目論んだルークは自身が持っている最強の技を早々に放つ。しかし、そのルークの剣をボォルグは右拳で受け止めた。

 

「……ちぃ!」

「ふむ……蛮族にしては中々の威力。だが、私の体はこの程度では破壊できぬぞ!」

「黙りな!」

 

 ノスの腕さえ両断したルークの真滅斬を持ってしても、闘将ボォルグの腕には多少の傷しかつける事が出来なかった。フェリスも短期戦を望んでいるルークの考えを理解し、再び鎌を振るう。だが、その一撃も殆どダメージを与えられない。

 

「ふん!」

 

 ボォルグの振るう拳を避けながら、ルークとフェリスは歯噛みする。確かに強いが、勝てない相手ではない。単純な強さだけならサテラやアイゼルの方が上。ノスなどとは比べるまでもない程の差だ。動きの遅いボォルグに着実にダメージを与えていけば、フェリスもルークも十分一人で討伐が可能。だが、それは長期戦を見越したときの話。シィルやイオの為に時間は掛けられない今の状況では、ボォルグの討伐難度は一気に増す。確かに先の魔人たちと比べれば格下だが、ある一点、硬さだけは遙かにボォルグの方が上だ。

 

「厄介な……」

 

 ルークが顔を歪める。魔法結界などで防御力を上げている敵はルークにとって対処しやすい。だが、目の前の闘将のように、ただ単純に硬い敵はルークにとってかなり対処の難しい相手なのだ。ボォルグが再び拳を高々と上げ、地面に振り下ろそうとする。それは、先程の全体攻撃と同じ動作。

 

「まずい!?」

「みんな、一瞬でもいいから空中に飛び上がれ!」

「くっ……」

「体が……」

「流石の俺様も二人抱えて飛ぶのは厳しいぞ! 馬鹿者、立ち上がらんか!」

 

 ルークが振り返り指示を出すが、シィルとイオが立ち上がれずにいる。ランスが二人を抱えようとしているが、流石に無理があるだろう。失策だ。すぐにでもこの部屋から出しておくべきだった。ルークが激しく後悔している中、ボォルグの拳が今正に地面に放たれようとしていた。だが、突如ボォルグの右肩から小爆発が起こった。

 

「ぬっ! がぁぁっ!」

「なんだ!?」

 

 突然の事態にルークとフェリスが目を見開く。続いて左足、右足と至る所から爆発音を響かせ、ボォルグの全身から煙が吹き出し始める。信じられないという風な声を漏らすボォルグ。

 

「ここまで修理がされていなかったというのか……いや、せめて注入された魔力がもっと高いものであれば……」

「がはは、ドジな奴め。勝手に自爆しているぞ」

 

 ボォルグがふらふらと動き始め、最後に胴体と頭部から同時に爆発音がしたと思うと、その体が崩れ落ちた。

 

「無念……完璧な状態であれば……」

 

 その言葉を最後に、闘将ボォルグは完全に動かなくなった。フェリスが本当にもう動かないのか闘将の残骸を念入りに確認し、シィルが他の三人の治療をする中、ルークは動かなくなったボォルグを見下ろしながら顔を歪める。

 

「(もし、こいつのように頑丈で、なおかつ動きの速い闘将がいたとしたら……そいつは間違いなく俺の天敵だ……)」

 

 脳裏を過ぎる最悪の想像。ボォルグは自壊の原因を魔力不足とも言っていた。ルークの頭に志津香やサイアスの顔が浮かぶ。あいつらであれば、完璧な状態で起動させられたのだろうか。もしその天敵足り得る闘将が完璧な状態で起動したとしたら、それはルークにとってトーマやノス以上の強敵かもしれない。

 

「(いない事を祈るしかないか……まあ、いたとしても起動させなければいいだけだがな)」

 

 ルークがそう考え、嫌な予感を振り払う。だが、この予想は的中する。ルークにとって最悪の相性を誇る闘将の復活は、これより少し後にヘルマン調査隊の手によって成される事になる。

 

 

 

-研究コア 地下五階 秘密研究室-

 

「研究、研究。古いタイプの研究者は、ニュータイプである私の研究に嫉妬して邪魔ばかりする。可哀想な奴らじゃ、ぐひひ。さて、今日はどんな材料で闘将を作ろうか」

 

 研究室ではモガンダが実験道具片手に、気味の悪い笑みを浮かべていた。すると、部下のメカぶたバンバラが数体の石像を持って研究室に入ってくる。

 

「うーむ……50年物のきゃんきゃんはまだ熟成が足りんな。15年物の指圧マスターは……一昨日もこいつじゃったからパスじゃ。ん?」

 

 石像を見て回っていたモガンダだったが、一つの石像の前で足が止まる。それは、石像安置場に置いてあった唯一の人間の石像。騎士風の格好をしている美形の人間だ。

 

「うーむ……人間は闘将にするには力が足りん。あれ程言ったのに、無能な研究者共は全く判っとらん!」

 

 ペッと自分の部屋であるのに床に唾を吐くモガンダ。ぶたバンバラがそれをすぐに拭き取っていると、モガンダは急に表情を変える。何かを思いついたのだ。

 

「待てよ……無能な研究者であるなら人間から良い闘将は生み出せまい。だが、天才の私なら出来るはずだ。熟成期間は200年以上の人間か……よし、久々に人間を使ってみるか。ぐひひ!」

 

 馬鹿笑いをしながらモガンダは石像を手術台の上に固定し、机の上に置いてあった水筒を開けて中の液体を石像に振りかける。すると、石像の石化がみるみる内に解除されていき、元の人間の姿に戻る。気絶した状態の騎士の鎧を、実験の邪魔だからという理由で無理矢理脱がしていく。

 

「ん……なんと!?」

「……んっ?」

 

 鎧を脱がし終えたモガンダが驚愕の声を上げる。その大声に手術台の上に寝かされていた騎士が目を覚ます。

 

「なんてこったい、弱い人間の中でも更に弱いメスとは……これはまいった」

「ここは……」

 

 そう、短髪でボーイッシュな顔立ちからモガンダは勘違いしていたが、この騎士は女性であった。目覚めた騎士はぼんやりとした眼で周囲を見回していたが、モガンダの顔が見えた瞬間その目が一気に開かれる。

 

「お、お前は! くっ、何だこの拘束は! ボクをどうするつもりだ!」

「200年前からご機嫌よう」

「200年!? 確かボクはお前に石に……」

 

 拘束されているこの少女の名前はサーナキア・ドレルシュカフ。今から200年以上前、ダラス国からイラーピュ探索のために派遣された探索隊のメンバーだった。だが、探索中にモガンダに捕まってしまい、今日に至るまで石化保存をされていたのだ。サーナキアを見下ろしながらモガンダが言葉を続ける。

 

「非常に不本意ではあるが、ここまで準備したのに何もしないのも勿体ないからな。今から君には闘将になって貰うぞい」

「と、闘将……?」

 

 サーナキアが不思議そうに尋ねると、ちょんちょんと指で肩を突かれる。首だけでそちらの方向を見ると、メカぶたバンバラが自分の事を指差していた。

 

「ま、まさか……ボクもこいつらみたいに……」

「光栄に思うと良い。天才である私が直々に闘将にしてやるのだからな。ぐひひ」

「ふ、ふざけるな! 離せ!!」

「離せません、勝つまでは……ぐひひひひ!」

 

 サーナキアが激しく暴れるが、どう足掻いても拘束は外れない。モガンダが持っていたナイフがキラリと光り、ゆっくりとサーナキアに近づいていく。そのナイフを瞳に映しながら、震えた声を上げるサーナキア。

 

「や……止めろ、止めてくれ! ボクは……ボクは改造なんてされたくない! 騎士としてそんな事……」

「騎士風の闘将がお望みか? ぐひひ! さて、ではその顔から……」

「っ!?」

 

 モガンダのナイフがピタとサーナキアの頬に触れた瞬間、サーナキアは恐怖で目を閉じる。瞬間、サーナキアの頬に鮮血が飛び散った。だが、それはサーナキアの血ではない。恐る恐る目を開いたサーナキアが見たのは、右腕が吹き飛んでいるモガンダの姿だった。

 

「なんじゃぁ!?」

「真空斬! フェリス!」

「はいよ!」

 

 やってきたのはルークたち。部屋に入るや否や状況を把握したルークは、真空斬をモガンダ目がけて放ったのだ。モガンダが混乱している隙をつき、フェリスが手術台に向かって一気に飛んでいく。メカぶたバンバラがその道を塞ぐが、鎌によって一瞬の内に一刀両断される。

 

「ひぇぇぇぇ……」

 

 近づいてくるフェリスに慌てたモガンダは、手術台から離れて部屋の奥に逃げる。だが、部屋の出入り口はルークたちの入って来た場所しかない。逃げ出す事の出来ないモガンダは壁に背を預け、ルークに向かって喚く。

 

「なんじゃ、なんじゃい! 人の研究室に勝手に入ってきおって! 部屋の前には闘将コールを立たせておいたはずじゃぞ!」

「あのコールを改造していたやつか。ボォルグに比べればゴミみたいな弱さだったぞ」

「むっ!? 私の新型闘神が、ボォルグ程度の出来損ないに劣るじゃと! えぇい、やってしまえ!」

 

 プライドを傷つけられたモガンダは怒りながら指示を出す。それを受け、部屋の中にいたメカぶたバンバラがルークたちに迫ってくる。

 

「ふん、可愛い女の子を実験しようなどふてぇ野郎だ。ぶっ殺す!」

「同感だ。行くぞ!」

 

 ランスが剣を抜き、ルークと共にメカぶたバンバラに向かっていく。ようやくじわじわとランスのレベルも上がってきたため、メカぶたバンバラを普通に倒せる程度にはなっていたのだ。イオが魔法でそれを援護する中、フェリスが手術台の拘束を鎌で切る。

 

「あ、ありがとう……」

「ほら、いつまでも裸だとマズイだろ。とりあえずこれを着ていな」

 

 フェリスがバサッと自分が着ていたローブを脱ぐが、その頭に生えている角を見てサーナキアが声を出す。

 

「あ、悪魔!?」

「まあね。だけど、一応あいつらの使い魔でね。ほら、とっとと着な」

「そうです。フェリスさんは信頼できる悪魔です。怪我はありませんか? ありましたらヒーリングを掛けますので……」

 

 シィルもフェリスに続いてサーナキアの元へ駆け寄ってくる。シィルの言葉に何か思うところがあったのか、フェリスがふん、と鼻を鳴らして横を向いてしまう。だが、ローブを持った手はサーナキアの方に出したままだ。

 

「……感謝する。でも、そこの鎧を取ってくれないかな。騎士として、身につけるのはあの鎧と心に決めているので」

「あっ……はい!」

 

 シィルがその言葉を受けて床に放られていた鎧を取りに行く。フェリスは無言でローブを着直し、サーナキアもシィルの持ってきた鎧を身につける。

 

「あっ、馬鹿者! 余計な事を……」

「集中してろ、ランス。まだまだよそ見出来るレベルじゃないだろ」

 

 サーナキアの裸を横目で見ていたランスが服を着せている事に文句を言うが、ルークに窘められる。そのまま戦闘を続けるルークたち。とはいえ、先のボォルグに比べれば雑魚同然の相手だ。サーナキアが鎧を完璧に着け終えた頃には、部屋のメカぶたバンバラは全滅しており、モガンダに向けてルークとランスが剣を突きつけているところであった。

 

「さて、お前にはいくつか聞きたい事がある。この空中都市から地上へ降りる方法を……」

「ええい、無能な蛮族が天才である私に話しかけるな! 息が臭いんじゃ! 顔も不細工ばかりで、このダンディーな私と比べるのもおこがましい集団じゃ。あぁ、これだから蛮族は……」

「むかむか……死ねぇぇぇぇ!」

「ぎゃぁぁぁぁ!」

 

 モガンダの言葉にむかついたランスは剣を振り下ろしてしまい、モガンダを呆気なく殺してしまった。呆れた表情を浮かべるルークとフェリス。あぁ、いつものランス様だなと慣れた様子のシィル。スカっとした表情のイオと反応は様々であった。

 

「……おい、殺すのが早すぎる。もしかしたら地上に戻れる方法を知っていたかもしれないだろうが……」

「ふん。どうせこんな痴呆ジジイじゃ、なんの情報も持ってないに決まっている」

「やれやれ……」

 

 ルークはため息をつきながら剣を仕舞い、サーナキアに振り返る。すると、サーナキアがすぐに立ち上がり、ルークとランスに向かって深々と頭を下げてくる。

 

「危ないところを感謝する。ボクはダラス国第3騎士団団長、サーナキア・ドレルシュカフだ」

「ルーク・グラント、冒険者だ」

「偉大なる英雄ランス様だ。そっちにいるのはシィル、フェリス、イオで、全員俺様の下僕だ」

「ちょっと、私も下僕なの?」

「下僕……助けて貰った直後に言葉を返すようで悪いが、そのような振る舞いは騎士道から外れている」

 

 ランスに苦言を呈してくるサーナキア。今のやりとりだけで何となくサーナキアの性格が見えてくるルーク。真面目一辺倒な少女で、騎士道精神に憧れを抱いているというところか。だが、一国の騎士団団長までなっているという事は、実力はそれなりにあるのだろう。一つ確かな事は、間違いなくランスとはそりが合わないだろう事だ。そのとき、サーナキアの言った国に聞き覚えがある事を思い出す。

 

「んっ……ダラス? その国は確か……」

「そうだ! 今は一体何年なんだ? 教えてくれないか?」

「え? 今はLP2年ですけど……」

「LP? 聞いた事ない年号だ……GI797年じゃないのか!?」

 

 突然の質問にシィルが答えたが、サーナキアは困惑した様子で声を荒げる。その言葉を聞き、ルークは確信する。彼女はフロンの言っていたダラス国から派遣されたイラーピュ探索隊の生き残りだ。フェリスがルークの腕に軽く肘討ちしてくる。

 

「私が言おうか?」

「いや……サーナキア、つらい事かもしれないが、事実を言わせて貰う。GI797年は、今から200年以上前の年号だ」

「そうか……本当に200年間も石像にされていたのか……くそっ!」

 

 頭を抱えて悲しそうな表情になるサーナキア。その彼女から視線を外し、部屋の中にあるきゃんきゃんと指圧マスターの石像を見るルーク。彼女もこのような形で、年を取らずに200年の時を過ごしたのだろう。いきなり目が覚めてみれば、そこは200年後の世界。たった数ヶ月飛ばされただけでも若干パニックになったルークだ。彼女の衝撃は計り知れない。そのとき、ルーク同様いたたまれない気持ちでサーナキアから視線を外していたイオが机の上に置いてあった鍵を発見する。

 

「あったわ! これよ、これがEキーだわ!」

「お、それが目当ての鍵か。がはは、ようやく一つ目をゲットだ。後三つ集めれば地上へと戻れる訳だな!」

「えっ? 地上へ戻れないのか?」

 

 ランスの言葉を聞いてサーナキアが目を見開く。彼女は今の状況を全く知らないのだ。この反応も当然といえる。

 

「ああ、イラーピュから脱出する手段はなくなってしまっているんだ。君の仲間……探索隊の生き残りはイラーピュに残って町を作り、その子孫が今でもここで生活をしている」

「ボクの仲間たちの子孫が生活している町か……なんだか不思議な感覚だ」

「俺たちも偶然この場所に飛ばされてしまい、今は脱出方法を探しているところだ」

「それなら、ボクも一緒に連れて行ってくれないか?」

「ん? サーナキアちゃんは戦えるのか?」

「そんな軟弱な呼び方は止めてくれないか。騎士サーナキアか、少し譲ってサーナキアと呼び捨てにしてくれ。それと、これでも騎士団団長を務めていた身だ」

 

 サーナキアが腰に掛けていた剣を抜いて高々と掲げる。自信に満ちあふれた表情だ。どうやら騎士団団長という地位を誇りに思っているのだろう。それを見ていたフェリスからため息が漏れる。

 

「やれやれ、またアクの強そうなのが……」

「まっ、少しでも戦力が欲しい状況だ。そう言うな」

「あんたもアクの強い内の一人だって事を忘れるなよ……」

 

 ルークがフェリスの肩をポンと叩くが、ジロリとした表情でそのルークを見てくるフェリス。アクが強いと言われたルークは若干不本意そうな顔をする。

 

「アク、強いか……?」

「2500メートル上空から地上にダイブさせようとする奴をアクが弱いとは言わないし、私が認めない。それでも納得がいかなかったら、お前の目指す夢を心の中で三回繰り返して見ろ」

「……後者で納得がいった」

「ダイブで認めろよ!」

 

 よっぽど地上へのダイブ未遂を根に持っていたのか、フェリスが声を荒げる。こうして、ルークたちは一つ目のキーを手に入れた。残るキーは三つ。

 

「じゃあ、研究コアには用はなくなったし脱出するか」

「まてまて、まだ調べていない部屋があるはずだ。金目の物……いやいや、脱出の手掛かりがあるかもしれん」

「金目の物は置いておいて、確かにEキーを見つけたからといって他に手掛かりがない訳ではないか……」

 

 シィルの持つお帰り盆栽で脱出しようとしたルークだが、ランスの言葉に確かにと頷く。少しではあるが、まだ調べていない小部屋があったのだ。そこにキーの手掛かりがあっては後々泣きを見る。

 

「それじゃあ、その部屋に向かうか」

「うむ」

「よろしくお願いしますね、サーナキアさん」

「ああ、騎士であるボクを頼ってくれて構わないからな」

「やれやれ……」

「簡単に騙せそうな子ね……」

 

 サーナキアをパーティーに加え、ルークたちは研究室から出る。その瞬間、横の通路から声が響き渡った。

 

「おや? 人間がいますね。それに悪魔も」

「!?」

 

 ルークたちが慌ててそちらに視線を向ける。そこに立っていたのは白髪の少年と、その周囲を囲む女性たち。

 

「おおっ、美女が大量だ!」

「ふぅん、この闘神都市で生活している人間がいたんですね……研究材料になるかな?」

「……何者だ? それと、悪いが俺たちはここで暮らしている訳ではない」

「あれ? そうなんですか?」

「ええ、普段は普通に地上で生活をしているわ」

「なぁんだ……」

 

 ルークとイオの言葉を聞いて残念そうな声を出す少年。すると突然、少年が先程までのトーンと全く変わらない口調でとんでもない事を口にした。

 

「それじゃあ、何の価値もないから殺して」

「ソレガゴ命令デアルノナラ」

「「「「「「!?」」」」」」

 

 6体のPG-xmk2がルークたちに迫ってくる。魔人パイアールとの決戦は、こうして唐突に幕を開けた。

 

 




[人物]
サーナキア・ドレルシュカフ
LV 18/22
技能 剣戦闘LV1 盾防御LV1
 ダラス国第3騎士団団長の女性。幼い頃から騎士に憧れ、男として生まれなかった事を嘆いている。真面目で実直、騎士道精神を重んじる。モガンダに捕らえられ、200年以上もの間石像にされていた。身につけている鎧はかつて騎士団の総団長から貰った思い出の品であり、その鎧以外の鎧を身につける気はない。

ボォルグ・ラウゼン・ストマウス
LV 1/40
技能 剣戦闘LV1 盾防御LV1
 闘将。生前はバルシン王国の総大将であったが、聖魔教団の手によって闘将へと改造された。最初期に生まれた闘将であり、30年以上もの間魔人戦争を戦い抜いた歴戦の猛者。魔人レキシントンに左腕を破壊され、修理を待っている状態だったが、そのまま聖魔教団が滅んだため待機状態のまま500年以上の時を過ごす事になる。ルークたちとの戦いでは魔力供給が足りず、修理も終わっていない体で激しく動いたため自滅する。長きに渡る待機状態でレベルは1になっているが、闘将は技の成長以外の自身の実力を最大限に発揮できるため、問題なく強い。

モガンダ
LV 1/8
技能 魔鉄匠LV1
 闘将。聖魔教団の生き残りで、自身の体を闘将へと改造した老研究員。禁忌とされていたモンスターでの闘将造りを提唱し続け、周囲から異端児扱いされていた。ランスに斬られ、その長い人生に幕が下ろされた。


[モンスター]
コール
 モヒカン頭のモンスター。その巨体から繰り出してくるハンマー攻撃は強烈だが、動きが遅い。

指圧マスター
 指圧で攻撃や回復を行うモンスター。指圧の心は下心らしい。


[技]
ブレイク・バーン
使用者 ボォルグ・ラウゼン・ストマウス
 闘将ボォルグの必殺技。右拳を地面に振り下ろし、軽い地震を伴った衝撃波で複数の敵にダメージを与える。


[装備品]
古の鎧
 サーナキア愛用の鎧。防御力はそれなりだが、魔抵力は低い。

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