ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第69話 油断

 

-食料コア 地下三階 通路-

 

「おったぞい」

「よう。結界が消えたみたいなんで勝手に来た……って、どうしたんだ?」

「いや、別に大した事じゃないさ」

 

 男結界が消えたのを確認したサイアスたちは通路を進み、先に進んでいたルークたちと合流した。ルークの頬に手の跡がくっきりと残っていたのを見たサイアスが突っ込みを入れるが、ルークは特にその事についての説明を避ける。萎縮する女性陣の中でギロリとルークを睨んでいる一人の女性、魔想志津香の姿を見たサイアスは苦笑しながら口を開く。

 

「やれやれ……フェリスから聞いたが、あんまり女性を泣かせるなよ」

「何か言ったのか?」

「事実しか言ってない。というか、お前がさっさとしないから色々聞かれて大変だったんだぞ!」

 

 ポカポカとルークの胸を叩いてくるフェリス。男四人に囲まれての質問集中砲火は中々に堪えるものがあった。その二人の様子を見ていたかなみが悲しそうに呟く。

 

「いつの間にかフェリスさんともあんなに仲良く……」

「数ヶ月は人の心を変えるのには十分だったのね……よよよ……」

「いや、さっき説明したとおり、体感時間では数日しか経っていないんだ。というか、ロゼは完璧に煽っているだろ」

 

 サイアスたちが合流するまでの間、ルークは自分に起こった事を説明していたが、反応はまちまち。トマトやメナドは「ルークさんがそう言うなら」と信じ、真知子は興味深そうにコンピュータで同一の事例がないか調べ始める。魔法使い勢も興味深そうにしていたが、志津香などは口から出任せではないかと疑っており、今なおルークを睨み付けていた。大げさに悲しむ演技をするロゼにルークが突っ込みを入れているのを見ながら、サイアスは言葉を続ける。

 

「ああ、その事もフェリスから聞いた。大変だったみたいだな」

「ふむ、時空の狭間に数分だけでなく、完全に送られて戻ってくる事例は初めて見たぞい。それも時間の流れがワシの知っているのと逆じゃな。実に興味深い」

 

 フェリスからその事も聞いていたサイアスがルークを労う。後ろではカバッハーンが珍しい事例に興味深そうにしながら、顎に手を当てて一人頷いている。そのサイアスに志津香が不思議そうにしながら問いかける。

 

「随分と簡単に信じるのね」

「ルークの言う事だからな。嘘の訳がない」

「……信頼、しているんですね」

「ふっ……嘘が下手な男だからな。そのせいで女性を泣かせてばかりの罪な男さ」

「変な事言うな、サイアス」

 

 かなみの言葉にサイアスがニヤリと笑い、即座にその腰に軽く肘を入れるルーク。悪い悪い、と笑いながら謝るサイアスとのやりとりを見ながら、マリアが驚いたような声を出す。

 

「ルークさんのあんな無邪気な顔、初めて見た」

「こ、これは激レアですー」

「旧友という言葉は本当だったみたいですね」

「旧友ねぇ……あれはもう親友じゃないの?」

「(私にもいつかあんな友達が……)」

 

 香澄の言葉にロゼが呆れたように声を漏らす。ただの友人にしては、あまりにも互いを信頼仕切っているからだ。友達のいないキューティが少し羨ましそうに二人を見ている中、ウスピラがカバッハーンに向き直って口を開く。

 

「カバッハーン様……時空の狭間に数分だけ、というのは?」

「ん?」

「ああ、それだ。雷帝、その事はこちらも気に掛かっていたんだ」

 

 ウスピラの問いにサイアスも乗っかる。二人が気になっていたのは、先程カバッハーンが呟いた時空の狭間に関する実例。

 

「時空の狭間に送るというのはかなりの高位魔法で、使い手が今はいないはずでは? それに、一度時空の狭間に落ちたらこちらの世界には帰って来られないというのが定説のはずです。魔封印結界でしたら任意にこちらに戻ってこさせられますが、あれが送るのは違う空間ですし……」

「ああ、知らんでも無理はないか。あまり知られていない事柄じゃからの。ワシも古い文献で読んだだけじゃが……」

「このジジイより古い文献っていつのだよ……」

「きっとNC期とかよ」

 

 ヒソヒソと話すシャイラとネイに視線すら向けず、指先だけスッと動かして魔法を放つカバッハーン。

 

「……雷の矢」

「「ぎゃぁぁぁぁ!」」

「なんでこう自爆するんだ? こいつらは」

「アスマ様、あまり見ない方がよろしいかと」

 

 痺れているシャイラとネイを不思議そうに眺めるナギだったが、キューティにあの二人を見るのは慎んだ方が良いと窘められる。間違いなく悪い見本にしかならない。その二人を尻目に、カバッハーンは話を続ける。

 

「うむ。時空の狭間に送るというのはかなりの大魔法。今では使い手はいないとされておる失われた魔法じゃ。じゃが、かつてそれを使う事の出来た一人のカラーがおった」

「カラーが?」

「カラーの歴史の中でも紛れもない傑物じゃったらしい。そのカラーはゼスの高官を脅したあげく、たった一人でゼスの軍、警備隊と何日にも渡って戦い抜いたと文献に残されておった」

「無茶苦茶だな」

「私たちの知っているカラーの印象と大分違いますね……」

 

 カラーは基本的に穏やかな種族だ。自分たちの命と言えるクリスタルを狙われればその限りではないが、争いは好まないはず。だが、そのカラーは正しく異端の傑物であったらしい。

 

「そのカラーが、対象を三分だけ時空の狭間に送る魔法を使ってきたと文献には残されておる。ゼスの軍人が何人か時空の狭間に送られたらしい」

「三分? それはこちらの体感時間で、ですよね。ルークの言うとおりならば……なるほど、時間の流れが逆というのは」

「その通り。三分後にこちらの世界に戻ってきたゼスの兵は、皆老人になっておったそうじゃ。中には既に老衰で死んでいるものもおったらしい」

 

 カバッハーンの言葉に、全員、特に女性陣がゾッとする。その言葉を受けてルークが考え込む。あの魔王ジルが送る先を間違えたとも思えない。となれば、結論は一つ。

 

「時空の狭間には、時の流れが速い場所と遅い場所がある……という事でしょうか?」

「恐らく。しかし、無事で帰って来られて良かったの」

「本当ですね。これも神の思し召しです」

「神が助けてくれたというのは事実だが、何とも言えんな……」

 

 ルークの至った結論にカバッハーンが頷く。セルが無事に帰ってこられて良かったと神に感謝するが、ルークは少し複雑な心境であった。なにせ、脱出を頼んだら空中都市に飛ばされていたのだ。文句の一つも言いたくなる。そんな中、カバッハーンがジロジロとルークの体つきを観察していた。

 

「ふむ……かつて会ったときと比べて相当に腕を上げておる。随分と鍛錬を積んだようじゃの」

「雷帝もお元気そうで何よりです」

 

 ルークがカバッハーンに頭を下げる。サイアス同様、ルークもカバッハーンにはどこか頭が上がらないところがある。笑いながらそれに対応するカバッハーン。ルークは頭を上げ、今度はキューティに向き直る。

 

「まさかキューティも来てくれるとは思わなかったぞ。ありがとうな」

「わ、私はサイアス様の付き添いというか……その……」

「そうか。だが、思想も大分柔らかくなったんだな」

 

 ルークは初めて出会った頃のキューティを思い出す。これぞゼスの魔法使いと言いたくなるほどの、ガチガチの魔法使い至上主義者であった。だが、今の彼女はトマトや真知子などと普通に接していた。ルークの顔を見ながら静かに笑うキューティ。

 

「まぁ、貴方のお陰でしょうね。それが本当に正しいのか、魔法使い至上主義が間違いなのかは、まだ模索中ですけど……」

「その答えは自分で見つけ出すんだ。だが、今のキューティの方があの頃より魅力的だと思うぞ。良い表情をしている」

「なっ……」

 

 ルークの言葉に顔を真っ赤にするキューティ。それを見ていたウスピラがサイアスにボソッと呟く。

 

「女誑しの友人は……女誑し……?」

「あちらは天然だけどな」

「それはそれでタチが悪い……」

「ひょっとして、俺の事もタチが悪いとか思っているのか?」

「ノーコメント……」

「言っているようなものだろ、それは……」

 

 サイアスががっくりと肩を落とす横で、トマトと真知子がコソコソと肩を寄せ合い何かを話し始める。

 

「ど、どうしますですか? ゼスからの刺客とは考えてもいなかったですー!」

「大丈夫、私にとっては想定の範囲内よ。まだどうとでもなるわ」

 

 そんな作戦会議を二人がしているとはつゆ知らず、ルークはカバッハーンの魔法で痺れているシャイラとネイにも話しかける。

 

「まあ、それ以上に驚いたのはお前らがいる事だけどな……」

「な、なんだよ。ローラにはあの後ちゃんと謝りには行ったんだぞ。もういいだろ」

「それに、別に貴方を助けに来た訳ではないわ。傭兵として雇われただけなんだから」

「傭兵……? 以前会ったときより弱くなってないか?」

 

 チラリとサイアスを見るルーク。苦笑しながら肩を竦めているところを見ると、不本意な選出だったのだろう。弱くなっているという図星をつかれ、シャイラが言い訳を始める。

 

「べ、別に愚痴を肴に酒ばっかり飲んでた訳じゃないんだからな!」

「誤解が解けたとはいえ、貴方の顔を見たくないのは変わらないわ。ランスの顔を思い出しちゃうからね。同じパーティーになるのは仕方ないけれど、必要な事以外話しかけないで貰える?」

「やれやれ……」

 

 レベルの下がった理由を自分から言ってしまうシャイラと、冷たく言い放つネイ。どうやらシャイラの方はまだ話が通じそうだが、ネイの方は聞く耳を持ってくれなそうだ。確かに、ルーク自身がより長く絡んだのはシャイラの方であり、その差が出ているのかもしれない。ため息をつきながらネイの言葉に了承し、そろそろ通路の先に進まないかとサイアスに言おうとするが、何かを思い出したかのようにルークはネイに向き直り、道具袋からある物を取り出して手渡す。

 

「そうだ。随分と長い事預かりっぱなしになっていたが、ほら」

「ん……? こ、これは私の耳飾り」

 

 ルークがネイに手渡したのは、かつてネイがカスタムの事件の際に落としたかえるの耳飾りであった。驚いた様にルークの顔を見るネイ。

 

「ずっと持っていたの? あれから一年近く経つのに……」

「大切なものなんだろ。返すのが遅くなって悪かったな」

「ドッキン!!」

 

 気が付けば、ネイのルークを見る瞳が柔らかくなった気がする。一連の流れを見ていたトマトが再度真知子に話しかける。

 

「ど、どうするですか、真知子さん! 思わぬ所からの刺客も発生しそうです!」

「流石に想定外ね……」

「あの二人仲良いわねー」

「はぁ……」

 

 ロゼの言葉に志津香が頭を抱える。ふと横を見ると、かなみとメナドも何やらコソコソ話しているのが見える。どうせ似たような事を話しているんだろうと思うと、更にため息が出る。そのとき、ポンと肩を叩かれる。振り返ると、そこに立っていたのはフェリス。

 

「今度、一緒に飲まない?」

「……お酒は飲まないって決めているから、それでもいいなら」

 

 振り回されている同士、どこか通じ合った二人。闘神都市に来てから新たな交友関係が広がっている志津香だった。そんな面々の様子を苦笑しながら見ていたサイアスが、同じく一同を見回していたカバッハーンに問いかける。

 

「そういえば、そのカラーというのは一体何者だったのですか?」

「カラーの女王の中でも伝説と呼ばれている存在じゃ。名を、フル・カラー」

「既に亡くなっているんですよね?」

「うむ。ルークの言うとおり、同じ魔法の使い手であった魔王ジルもいない今、時空の狭間への道は永久に閉ざされたかもしれんな」

「何で残念そうなんですか?」

「貴重な魔法が失われるのは、残念なものじゃよ」

 

 カバッハーンの言うとおり、元々複雑な魔法である時空の狭間へ転移させる魔法を使えるものは、今では存在しない。文献も殆ど残されていないため、今後この魔法が再び世に出る事はないだろう。そんな中サイアスはある考えに至り、自重気味に笑う。

 

「(フル・カラーが蘇りでもしない限り、二度と時空の狭間へ行く者は出ないだろうな……ふっ、死者が蘇るなど、有り得ないな)」

 

 

 

-食料コア 地下三階 階段脇-

 

「ビッチ様。奴らがいました」

「ふむ……リーザスのクソ共とゼスのクソ共は手を組んだのか。面倒な……」

 

 食料コアまでやってきたビッチたちはルークたちを発見する。気配で察せられないよう、司令室にあった小型の魔法モニターを持ってきて、それで少し離れた位置から面々を確認するという徹底ぶりだ。

 

「だが、この先のあのトラップで一網打尽にしてやるのだ。ケヒャケヒャ!」

「笑うな。見つかるだろうが」

「う、動き出すみたいだ……」

「では行くぞ。ボサッとするな、メリム」

「も、申し訳ありませんビッチ様」

 

 ルークたちが通路の奥に進んでいくのをモニターで確認し、その後をコソコソとついていくビッチたち。流石に距離がありすぎたため、その存在にルークたちは気が付けずにいた。

 

 

 

-食料コア 地下三階 通路-

 

「なんと……では、この闘神都市に魔人が……」

「本当に……?」

「ああ、確かにこの目で確認した。調査はせず、早めに切り上げた方が得策だ。脱出手段もある訳だしな」

 

 ルークから魔人が闘神都市にいるという話を聞いた一同は絶句する。特に、リーザス解放戦に参加していた面々の驚きは顕著だ。皆、あのノスやジルとの激闘を思い出しているのだろう。ウスピラの問いかけにルークが頷くと、カバッハーンが真剣な表情で口を開く。

 

「ふむ、確かにその通りじゃな。口惜しいが、そうするとするかの。町の者たちも順番に少しずつ降ろしていけばいいんじゃな」

「ああ、そうしていただけるとありがたい」

「では、この食料コアの探索だけで引き上げるとしますかね」

「それと、行方不明のアリシアという子も捜さなきゃね」

 

 ルークから魔人の存在を聞いたゼス勢は、調査をこの食料コアだけで切り上げ、行方不明のアリシアを見つけたら早々にゼスに引き上げる事を決定する。調査は口惜しいが、流石にリスクが大きすぎる。また、地上に降りる事を望んでいる町の人たちの救助も約束してくれた。

 

「そうとなったら、早いところアリシアさんを見つけないとね」

「頑張りましょう!」

「おー!」

 

 メナドの言葉にマリアとトマトがグッと拳を突き上げる。地上へ一緒に降ろして貰う事になるリーザス勢は、せめてものお礼にと食料コアの調査に協力する事になったのだ。魔人と出くわす可能性があるのは危険だが、いざとなればルークが帰り木を使って町へ帰還すればいい。他の者はカサドの町に行った事がないため帰り木を使っても洞窟の入り口に出るだけだが、町の教会からここに入ってきたルークは帰り木を使えばそちらに帰還する。帰り木の効果は周囲の者も共に連れて行くため、ルークと離れない限り一同はいつでもカサドの町に行けるのだ。その安心感が、全員を油断させていたのかもしれない。本来であれば、魔人がいると判った時点で一同は地上に帰還すべきだったのだ。それこそ、残酷な話ではあるがアリシアを放っておいて、今すぐにでも。

 

「分かれ道だな」

「右の方には部屋が一つあるだけのようです」

 

 分かれ道の先を見ていたかなみがそう口にする。他の者は確認できないが、忍者であるかなみは視力2.5以上あるため、遠方凝視で真っ直ぐ続く通路の奥に扉があるのを確認していたのだ。

 

「それじゃあ、まずはその部屋の調査をして、次に左に進みましょう」

「悪いけど、左の通路で待っているから調査してきてくれない? ルークと話があるの」

「俺か?」

 

 レイラが一同を引き連れて右の通路に進もうとしたが、突如ロゼが歩みを止めてそう口にした。何も聞かされていなかったルークは呆けた顔をする。

 

「ロゼさん、話って言うのは?」

「ちょっと聞かれたくない事なの」

「ま、まさか……」

「ああ、そう言う事じゃないから安心して」

 

 トマトが深読みをするが、ヒラヒラと手を振ってそれを否定するロゼ。かなみがチラリとルークを見てくるが、ルークも苦笑しながら静かに頷く。それは有り得ないという風な笑い方だ。左の通路に進もうとするロゼに対し、アレキサンダーはその行動を危惧する。

 

「しかし、魔人の闊歩するこの場所で二人きりというのは些か危険では?」

「ふむ……なら、俺が護衛に残るとするかな。雷帝、そちらは任せましたよ」

「私も一応使い魔だからこっちに残るかな……」

「サイアスとフェリスか……ま、二人くらいしょうがないか」

 

 ロゼがサイアスの顔を見ながらそう呟く。ルークの親友であり、先程から見ていると話の判る男でもある。フェリスも使い魔であるため、今から話す事を聞かれても問題はないだろう。

 

「それじゃあ、すぐに戻ってくるわ」

「それまでに話を済ませておきなさいよ」

「抜け駆けは駄目ですかねー!」

 

 志津香に念を押され、トマトが叫んでいるその背中に手を振って見送るロゼ。この場に残った四人以外が右の通路に進んでいったのを確認した後、四人は左の通路を少しだけ進む。右の通路の面々には話し声が聞こえないであろうところで立ち止まり、ロゼが壁に寄り添う。

 

「それで、話というのは?」

「これの事よ」

 

 ルークの問いかけを受け、ロゼが懐から鏡を取り出す。それは、以前ルークが預けていた鏡だ。同時に、その鏡を見たサイアスが眉をひそめる。

 

「それは……」

「調査が終わったのか?」

「あんたが行方不明になっている間にとっくにね。ちょっと聞かれたくない話だったから……特に、若い娘たちにはね……」

「……どういう事だ?」

 

 何やら不穏な空気を感じ取ったルークはその表情を真剣なものに変え、壁に寄り添っているロゼを真っ直ぐと見やる。ロゼは一度ため息をつき、持っていた鏡を指差して口を開く。

 

「結論から言うわ。この鏡に映っている少女は本物の人間よ」

「なに!?」

「これが本当の人間だって!?」

 

 フェリスが驚愕しながらロゼが持っていた鏡を受け取り、その中に描かれた少女を見る。悲しげな顔をした美少女。言われてみれば、絵にしては良く出来すぎている。半分に欠けたその鏡には、少女の上半身だけが映っていた。

 

「そう。恐らくは、強い力を持った魔女の仕業よ。鏡の中に人間を閉じ込める凶悪な魔女。一体何が目的なのかまでは判らないけどね……」

「その鏡なら俺も持っている」

「なんですって……?」

 

 思わぬ言葉にロゼが眉をひそめる。サイアスはすぐに懐から鏡を取り出し、ロゼに見せる。それは、リーザス勢と出会う前に食料コアの一室で発見したものだ。ロゼが確認のためにそれを受け取ろうとした瞬間、やってきた通路から話に割って入ってくる声がする。

 

「それなら私も持っているぞ」

「っ!?」

「アスマ様、何故こちらに……?」

 

 四人が慌てて振り返った先にいたのはナギ。右の通路に進んでいたはずだが、いつの間にこちらに来ていたのか。ナギの手には、確かに鏡が握られている。

 

「少しその男に話があった。あちらは退屈そうだし、丁度良いと思って来てみれば、面白そうな話をしているな」

「……ちょっと貸して貰える?」

「ああ」

「ん」

 

 サイアスとナギがロゼに鏡を手渡す。サイアスの持っていた鏡はまた別の女性の上半身が映し出されていたが、ナギの持っていた鏡はルークのものと合致しそうだ。

 

「フェリス、ちょっと返して」

「ああ……同じものなのか?」

「多分ね」

 

 フェリスに預けていたルークの鏡も受け取り、ナギの鏡と併せてみる。カチリ、と音が響いた瞬間、突如鏡から強烈な光が漏れる。

 

「なんだ!?」

「魔力の奔流だ。封印が解けるぞ」

 

 何が起こったのか判っていないフェリスにナギが答える。それは、鏡の封印に使われていた魔力が解き放たれた光。更に凄まじい光を放ったと同時に鏡は砕け散り、中に封印されていた少女が外に解放される。

 

「あ……やっと……やっと出られた……」

「おっと、危ない。本当に人間が封印されていたというのか……」

「……ふむ」

 

 サイアスが驚きながらも倒れ込んできた少女を抱き寄せ、ナギが砕け散った鏡の破片を興味深そうに見ている。まさか、自分が烈火鉱山で何気なく拾った鏡にこんな仕掛けがあるとは思ってもいなかった。内心かなり困惑していたルークだが、サイアスが抱き寄せている少女に向かって問いかける。

 

「君は一体……やっとというのは、どれ程の年月鏡の中で?」

「私はオイチと言います。カサドの町出身で、もう十年以上も鏡に……」

「十年……」

「鏡の中で十年も……」

「ありがとうございます……やっと、やっと私……」

 

 泣きながらそう言うオイチは、そのままフッと意識を失ってしまう。安心して気が抜けたのだろう。オイチを抱きかかえながら、サイアスが口を開く。

 

「アスマ様、鏡はどちらで?」

「上の階で拾った。リーザス、ヘルマンと合流する前だ」

「サイアスは?」

「俺も同じだ。合流する前に、この闘神都市で拾った。魔力を放っていたから、後で調査しようと思ってな」

「私が拾った理由も同じだ。お父様に見せてみようと思っていたのだが、砕けてしまったな」

 

 多少口惜しそうに鏡の破片を見ているナギ。その破片を一枚拾い上げながら、ロゼが自身の結論を口にする。

 

「という事は、魔女はこの闘神都市を中心に活動していそうね。まぁ十年以上も前じゃ、もうどこかに行っているかもしれないけど」

「だが、俺は地上にある烈火鉱山でこの鏡を……」

「十年もあったんだから、何かのはずみで地上に落ちちゃったんでしょ」

「闘神都市から落ちたのならば、位置的に烈火鉱山の近くに落ちていてもおかしくはないな」

「それをモンスターが拾い、鉱山の中まで運んだという事か。辻褄は合うな」

 

 闘神都市はリーザスと自由都市辺りの上空にあるため、自由都市地域である烈火鉱山近くまで風に流されたとは十分考えられる。また、モンスターの中には綺麗な物を収集するクセのあるものも多いため、彼らの手によって鉱山の中まで運ばれたというのも有り得る話だ。鏡の破片を目の近くまで持ってきて値踏みするように見ながら、ロゼは真剣な表情で言葉を続ける。

 

「残酷な話よね……偶然見つかったからいいものの、地上と空中都市なんて下手したら一生見つからなくてもおかしくないわよ。それに、こっちの女性はまだ捕まったままだしね」

 

 サイアスが拾った鏡を示すロゼ。それを見たルークとサイアスは口ごもる。こちらの女性はどれ程の年月囚われているのか。彼女は今、何を考えているのか。

 

「この調子じゃ、被害者はまだまだいそうね。老いる事もなく、死ぬ事も出来ない。そんな状態で鏡に閉じ込められ続ける……どれ程の絶望かしら」

「…………」

「ねっ、あんまりみんなには聞かせたくない話でしょ。トマトとか、かなみとか、メナドとか……真っ直ぐな娘には特にね……」

 

 静かに微笑むロゼだったが、あまりにも重い。サイアスの、フェリスの、そしてルークの表情が歪む。

 

「許せる事ではないな……」

「死すら与えないなんて……悪魔よりも外道だぞ、その魔女は……」

「アトランタだ」

「え?」

 

 ルークが小さく名前を呟き、全員が一斉にルークの顔を見る。聞き覚えのない名前だが、まさかそれが魔女の名前だとでも言うのか。ロゼがすぐに聞き返すと、ルークは静かに言葉を続ける。

 

「アトランタ。闘神都市に存在し、百年以上もの間カサドの町から少女を攫っていた魔女だ。それは、今年も実行されようとしていた」

「カサド……オイチの出身も確かカサドって……」

「恐らく、そいつで間違いないな」

 

 サイアスが確信する。偶然にしては、あまりにも出来すぎているからだ。これ程の人道に外れた行為をした魔女を放っておく訳にはいかない。そう考えたサイアスはルークに意見を問う。

 

「で、どうする?」

「ぶちのめして全ての人を解放させる」

「聞くまでもなかったな。ゼスに帰るのは少し後になりそうだな」

「スマン、頼りにしているぞ」

 

 ルークの答えにサイアスがそう返す。サイアスも魔女討伐には参加するつもりらしい。ルークがその気持ちを確かめる様子もなく、さも当然の事のようにサイアスの協力を受け入れている。フェリスは思う。これが相棒か、と。

 

「フェリスも頼りにしているぞ」

「ま、私はお前の使い魔だからな。可能な限り手伝うさ」

 

 そう、使い魔。サイアスやランスとは違う立ち位置。自分でも気が付かないほどの小さな歯痒さを感じていたフェリスだったが、目の前で話しているサイアスとルークの会話が耳に入ってくる。

 

「それにしても、いつの間に悪魔と契約したんだ?」

「解放戦の時に色々あってな。まあ、使い魔というよりは……仲間という風に思っているがな」

「……馬鹿か、お前は。悪魔である私が……仲間だなんて……」

 

 ぷい、と横を向いてしまうフェリス。すると、一連の様子を見ていたナギがルークの前に立って口を開く。

 

「女殺しを屠ったときも感じてはいたが、やはり強いな、貴様。今の魔女の話をしていたときの殺気も中々のものだ」

「そういえば、俺に話というのは?」

「貴様の強さに興味があった。それと、男結界を無視して入ってきたのも気になったのでな。あれはどうやったのだ?」

「あれか……」

 

 ナギが疑問に思っていたのは、ルークが男結界を無視して一同を助けに来た事であった。あの結界はそう簡単に破れるものでは無い。あまり対結界の事は話したくないルークであったが、ああもハッキリ見られた後では隠し通すのは難しいだろう。わざわざ救助に来てくれた恩義もある手前、ルークは仕方なく話す事に決める。

 

「俺は結界を無効化する能力を保有しているんだ。生まれ持っての体質でな」

「ほう、面白いな。志津香共々ゼスに欲しい」

「魔法使いでない俺がか?」

「結界を無効化するなら、いい修行相手になるだろう? 強くなれるのなら、魔法使いだろうとなんだろうと関係ない」

「強さ至上主義か。嫌いではないがな。だが、申し訳ないが一つの国に収まる気はまだないんだ」

「そうか、残念だ……」

 

 思わぬ誘いに驚いたルークだったが、リーザスからのスカウト同様これを丁重に断る。少し残念そうにしたナギだったが、すぐにルークと会話を続ける。二人とも現在レベルでは大陸でも屈指の高さ。更に、強さを求めるところなども共通している。互いに何か感じるものがあるのだろう。その様子をサイアスは静かに見守る。

 

「(どう伝えればいい……筆談も暗号も駄目なこの魔法は思った以上に厄介だ……彼女がナギだと伝える方法は何かないのか……?)」

「まずいな。話していたらますますゼスに欲しくなってきたぞ」

「そんな顔をするな。地上に戻ったらお礼参りでゼスにも寄る予定だ。そのときでよければ、手合わせくらいさせて貰うさ」

「ほう、それは楽しみだ」

 

 ナギが少しだけ口元に笑みを浮かべる。瞬間、ルークの目には彼女の後ろに志津香の母であるアスマーゼの姿がダブって見えた。決して顔が似ている訳ではない。雰囲気も違う。それなのに、確かにその顔が重なり合う。

 

「ん? どうした?」

「いや……何でもない」

 

 急に黙り込んだルークを不思議そうに見てくるナギ。すぐに表情を戻し、気にするなと手で応えるルーク。その頃には、ナギの後ろに浮かんでいたアスマーゼの顔は消えていた。自嘲気味に笑うルーク。

 

「(思ったよりも疲れているのかもしれんな……)」

「それで、まずはどうするつもり?」

「そうだな……右の部屋に行った面々が戻ってきたら一度町に戻ろう。オイチをこのままにする訳にもいかないしな。そのうえで、少しずつ町の人を地上に降ろしつつ、俺たちはアリシアとアトランタの捜索を続けよう」

「それが妥当なところだな。面子的にはどうする? 俺らだけか?」

 

 サイアスの問いにルークが考え込む。相手が魔女とあっては、出来れば精鋭だけで戦いたいところ。それに、鏡の真実を伝えるのはやはり気が滅入る。実力は文句なしだが、出来ればかなみやメナドといった面々は避けたい。

 

「雷帝やアレキサンダー、リックあたりなら事情を話せば手伝って貰えるだろうな。他にも手伝って貰えそうなメンバーがいたら、鏡の事は少しオブラートに包んで説明するか」

「こちらのウスピラはその辺の事情込みでも大丈夫な戦力だ。そちらのレイラ隊長は?」

「多分問題ないな。その辺りに事情を話してみるか」

「志津香は必要だろう。志津香は戦力になる」

「ん……ああ。そうだな」

 

 妙に志津香を推してくるナギ。どうやら相当に気に入っているようだ。志津香もまだ若いが、両親の復讐やかつて四魔女事件に際に行っていた非道な行いなどがあるため、かなみたちに比べて事情は話しやすい。戦力的にも申し分ないため、ルークもそれに頷く。

 

「それじゃあ、とりあえずの方針は決まりね。後はあっちの面子の合流を待って……」

「きゃぁぁぁぁぁ!!」

「「「「「!?」」」」」

 

 ロゼがそう話していると、突如遠くから悲鳴が聞こえてくる。遠すぎて誰の悲鳴かは定かではなかったが、それは確実に右の通路の方向。

 

「何かあったのか!?」

「行くぞ!」

 

 瞬時に駆け出すルークたち。魔人か、ヘルマンか、それとも別の何かか。不安を抱えながら全速力で通路を進んで行く。

 

「ごめん……」

「気にするな。俺のミスでもある」

 

 ロゼが小さく謝ってくる。今この迷宮が危険な事は判っていた。例え一瞬でも、離れるべきではなかった。だがあちらにはリックもカバッハーンもいた。だからこそ油断していたのかもしれない。後悔を抱えながら、ルークたちは右の通路に進んだメンバーの無事を祈っていた。

 

 

 

-食料コア 地下三階 右の部屋-

 

 時は少しだけ前に遡る。ルークたちと別れたマリアたちは右の通路を進んでいた。途中ナギがあちらに用があると言って引き返したが、それ以外の面々は全員こちらについてきていた。少し進むと、かなみの言ったとおり扉が見えてくる。その扉を開けると中は少し奥行きのある部屋。その最奥には宝箱が見えるが、それを隔てるように巨大な穴が空いていた。

 

「あの宝箱、何か意味ありげね」

「かなみさん、あそこまで跳べませんか?」

「ちょっと遠すぎるわ……」

「ふむ……空を飛べるフェリスもこちらについてきて貰うべきだったかのう」

 

 これ見よがしに置かれた宝箱。元来ああいう物には何か重要なアイテムが入っていると相場が決まっている。だが、フェリスがいないためあれを取る手段が見つからない。穴を前に考え込む面々。そのとき、突如穴の上に道が現れる。

 

「んっ!? 急に道が……」

「面妖な……」

「マリアさん。この石版の上に乗ると道が現れる仕掛けみたいです」

 

 香澄がマリアにそう言葉を投げる。声のした方に視線を向けると、香澄が部屋の入り口近くの床に置かれている石盤の上に乗っていた。香澄が石版の上から下りた瞬間、穴の上に現れていた道が瞬時に消える。

 

「なるほどね……この上に誰かが乗っていれば道が出来るという仕掛けね」

「ライトくんとレフトくんに乗らせて奥の宝箱を取りに行きますか?」

「……いえ、この装置以外にもまだトラップがある可能性がある以上、ガード要員のウォール・ガイを置いていくのは心許ないかと」

「そうね。あの宝箱がミミックの可能性もあるし、取った瞬間敵が現れるかもしれないわ」

 

 キューティの提案をリックとレイラが却下する。ガード要因であるウォール・ガイの二体は地味に重要な戦力だ。すると、話を聞いていたジュリアが手を挙げる。

 

「はーい、じゃあジュリアちゃんがこの石版に乗ってここで待ってます」

「ジュリアが?」

「大丈夫? 絶対に動いちゃ駄目よ」

「大丈夫だよ。歩くの疲れたからお留守番してる」

「それじゃあ、あたしたちもここらで休憩を……じゃなかった。ジュリアの護衛を!」

「決して歩き疲れた訳じゃないんだからね」

「……はぁ」

「まあいいんじゃない?」

 

 ジュリアが石版の上に座り込み、シャイラとネイがそれに続く。ため息をつくキューティだが、レイラがそれを許す。正直ジュリア、シャイラ、ネイの三人は戦力的に役に立たない。トラップがあった場合を考えれば、ここでおとなしくして貰っている方がマシだろう。

 

「わかったわ。じゃ、ジュリアちゃんお願いね」

「絶対に動いたら駄目だからね」

「うん、ジュリア動かない」

「お主ら二人もちゃんと護衛するんじゃぞ! もしサボったら……」

「「精進させていただきます!」」

 

 こうして石版の上にジュリア、シャイラ、ネイの三人だけを残し、マリアたちは穴の上に出来た道を通って宝箱へと近づいていく。だが、これは失策。部屋の中のトラップにばかり気がいって、後ろに気を配っていなかったのだ。いや、通路の反対側にはルークたちがいるため、誰もここに来るはずはないという先入観もあったのかもしれない。宝箱まで辿り着き、リックやレイラ、カバッハーンやウスピラが周囲を警戒する中、マリア、香澄、真知子の頭脳班三人が宝箱を調べる。

 

「真知子さん、トラップはなさそうですかねー?」

「そうね……特に怪しい点は見受けられないわ」

「マリア、開けられそう?」

「大丈夫そうね……香澄はどう思う?」

「特に異常はないかと……」

「全員一致ね。それじゃあ開けるわ」

 

 三人で罠の掛かっていない事を確認し合い、マリアが代表してゆっくりと宝箱を開けていく。辺りを警戒しながらすぐに問いかけてくる志津香。

 

「何か入っていた?」

「空っぽだわ……」

「……いえ、その底のシート、剥がれそうではなくて?」

「あっ、本当だ!」

 

 チルディの指摘で二重底に気が付く。中々に目ざとい娘である。マリアが宝箱の底のシートを捲ると、そこには鍵が置かれていた。

 

「鍵だわ……えっと、Wキーって書かれているわ」

「何の鍵なんだろう」

「随分と丁重な作りの鍵だし、ここまで厳重に隠されていた事を考えると、かなり重要そうな鍵のようね」

 

 メナドと志津香が鍵を覗き込みながらそう口にしたのと同時に、部屋の入り口から声が響く。

 

「その通り。その鍵は非常に重要なものなのだよ、諸君」

「なっ!?」

「ヘルマン軍!?」

「しまった……」

「ぬぅ……こちらに注意を向けすぎたの……」

 

 声を発しながらヘルマン調査隊が扉から入ってくる。ビッチがこちらをニヤニヤと笑いながら見ており、宝箱のトラップに注意を向けすぎて反応が遅れた事をアレキサンダーとカバッハーンが悔やむ。

 

「スノー……」

「おおっと、動かないように。動いたらこの騒がしい娘がどうなるかくらい、頭の悪い君たちでもわかりますよね?」

「きゃはははは!」

 

 ウスピラがスノーレーザーを放とうとするが、何かを視界に捉えたウスピラはすぐにその魔力を四散させる。デンズが石版の上に乗り、ジュリアを抱え上げてその首に斧の先端を向けていたのだ。護衛のシャイラとネイは既にヒューバートにやられており、床に倒れて目を回している。

 

「卑怯な……」

「というかあの二人、瞬殺ですよ……」

「役に立たんのう……」

「ケヒャケヒャケヒャ!」

「くっ……」

「さて、その鍵なのだが、わたくしに必要なものなのだよ。渡してくれるかな? さもなくば……」

 

 スッとデンズの方を指差すビッチ。その手に握られている斧が怪しく光る。

 

「……判ったわ」

「そうじゃの。ではワシがそちらに……」

「待った。鍵を持ってくる人物はこちらで指定させて貰う。赤い死神や雷帝が来たのでは、何をしでかすか判りませんからね」

「ふむ……流石にそこまで無能ではなかったか」

 

 カバッハーンが残念そうにそう呟くと同時に、両手から魔力が四散する。やはり何かしらやるつもりだったようだ。ビッチが宝箱の前にいる面々を見回す。狙いは四人。志津香、ナギ、キューティ、ロゼ。ナギとロゼが左の通路に行ったのはモニターで見ていたため、今この場には志津香とキューティ、それと、先程の戦闘ではいなかった神官のセルが加わっていた。だが、セルの実力は未知数。それよりも、先程の戦闘である程度の実力があると判っている二人の方が、あの闘将を動かす魔力を注入するのには適任だ。

 

「ではそこの帽子を被った魔法使いの娘と、ゼスの警備隊の服を着た娘。二人でキーを持ってこちらに来なさい」

「…………」

「二人ですか……?」

「おっと、不用意な事は考えない方が身のためですよ」

「きゃー、きゃー、死んじゃう!」

 

 デンズに抱えられているジュリアが、何故か嬉しそうにジタバタと足を動かしながら叫んでいる。だが、見捨てるわけにもいかない。いや、それ以前に石版から離れられたら穴に真っ逆さまなのだ。今は奴らの命令を聞くしかない。

 

「キューティ、行きましょう」

「……それしかありませんね」

「志津香、キューティさん。駄目よ、絶対罠だわ」

「でも、それしか出来る事はないでしょ?」

「ヘルマン軍。今からそちらに行くので、絶対にその子には手を出さないでください! それと、鍵が手に入ったらその子を解放するように!」

「ケヒャケヒャ。安心しろ、約束は守る」

 

 キューティがそう宣言し、志津香と共に来た道を歩いて行く。その後ろから二体のウォール・ガイがついていく。

 

「むっ! こら、そのウォール・ガイは置いていけ!」

「すいません……これは新型のオート型ウォール・ガイなので、自動的について来てしまうんです」

「むっ……ゼスではそんなものを開発していたのか。ならば仕方ないな」

「ふっ、オート型ねぇ……」

 

 当然キューティの口から出任せである。ビッチは信じ込んでしまったようだが、後ろでシャイラを縛っているヒューバートが意味深に笑う。流石に厳しい嘘だったかとキューティが焦るが、ヒューバートは特に何も言わずそのまま黙っていた。歩いて行く二人の背中を見ながら、マリアが泣きそうな顔になる。

 

「私、リーダー失格だわ。こんな事になるなんて……」

「抱え込むな、お嬢ちゃん。ワシらの失策でもあるんじゃからな」

「大丈夫……チャンスは必ず来る……」

「マリアさん。貴女が今悩んだところで何も解決しないわ。諦めないで」

 

 マリアが落ち込んでいるのを、カバッハーン、ウスピラ、レイラの三人が慰める。そうこうしている間に、志津香とキューティがあちらまで辿り着く。志津香から鍵を受け取り、ビッチが高笑いを上げた。

 

「ケヒャケヒャ!」

「……イヤな男」

「小娘が生意気を言うな。ヒューバート、この二人を縛れ!」

 

 気絶しているシャイラとネイを縛り終えていたヒューバートにビッチがそう指示を出す。一度ため息をつき、ロープを握ったまま志津香とキューティに近づいていってその腕を縛り始めるヒューバート。

 

「すまんな……」

「ふん……」

「ヘルマンの犬が……」

 

 志津香とキューティが憎々しげにヒューバートを睨み付けるが、そのまま黙々と縛られていく。少しの後、完全に二人は拘束され、身動きが取れなくなる。そのような状態でも気丈にビッチを睨み付けながら、志津香が声を荒げる。

 

「約束通り、ジュリアを解放しなさい!」

「ケヒャケヒャ。当然だ。おい、デンズ。その娘を離してやれ。貴様はあちらにゆっくりと歩いて行け!」

「きゃー、きゃー! ジュリアちゃん恐い!」

 

 デンズが石版の上に乗ったまま、まずはジュリアを解放する。だが、新たに志津香とキューティ、それと一応シャイラとネイが人質になっているため、他の面々は動けない。ビッチの指示通り、ジュリアは騒ぎながら穴の上に出来ている道を歩いて行き、レイラの胸に飛び込む。

 

「あーん、ジュリアちゃん恐かった!」

「よく頑張ったわね……」

「(親衛隊として、あんな情けない姿を晒すだなんて……この人にプライドはありませんの?)」

「よしよし、これで貴様らは用済みだ。おい、デンズ。台から離れてこっちに歩いてこい」

 

 その瞬間、全員に緊張が走る。今この男はなんと口にしたのか。マリアが額に汗を掻きながら、声を絞り出す。

 

「台から離れてって……ちょっと待ってよ……」

「そんな事をしたら……」

「穴に真っ逆さまですかー!?」

「ルークさん……」

「神よ……私たちに慈悲を……」

 

 青ざめている一同を見ながら、デンズはビッチに言葉の意図を確認する。

 

「……おでが動いたら、み、道が無くなって、こいつらが落ちるのでないか?」

「ケヒャケヒャ! 構わん、やれ!」

「いやぁぁぁぁ! 止めてぇぇぇぇ!!」

「カバッハーン様……」

「……打つ手無しじゃな。死ぬなよ、皆の者。後で合流と行こう」

 

 カバッハーンがそう言ったのとほぼ同時に、デンズは指示通り石版の上から離れる。その瞬間、立っていた道が無くなり、連合軍が穴へと落ちていく。

 

「きゃぁぁぁぁぁ!!」

「ケヒャケヒャケヒャ! みんな落ちよったわ!」

 

 悲鳴がどんどんと小さくなっていくのを耳にしながら、心地よいとでも言わんばかりに嬉しそうな声を上げるビッチ。

 

「卑怯者!」

「これがヘルマンのやり方ですか!?」

「どのような手段を用いても、結果的に勝てばいいのだよ。君たちはこれからわたくしの為にたんまりと働いて貰うよ……ケヒャケヒャ!」

「くっ……」

 

 縛られている二人を見下しながら、ビッチは勝ち誇ったように高笑いをする。そのとき、メリムがモニターを見ながら声を出す。

 

「ビッチ様。左の通路に進んでいた者たちがこちらに向かってきます」

「ふむ……もう用は無いな。あちらには炎の将軍がいたし、出くわすのも面倒だ。一度帰り木で入り口まで戻り、その後闘将の部屋を目指すぞ」

「はい」

「ではデンズ、その二人を抱えろ」

「こ、この二人はどうするだ?」

「ん?」

 

 志津香とキューティを抱えたデンズが、床で気絶しているシャイラとネイを指差す。

 

「ふむ……役には立ちそうにないが……」

 

 ジロジロと二人の身体を眺めるビッチ。その目がイヤらしい目つきへと変わっていく。

 

「これはこれで使い道くらいあるだろう。わたくしの欲求不満の捌け口とかな。ヒューバート、その二人も連れて行くぞ」

「…………」

 

 ビッチの指示を受け、気絶している二人を抱えるヒューバート。ビッチが何を考えているかは一目瞭然だったが、逆らう訳にもいかない。メリムが帰り木を袋から出し、使用する。

 

「ケヒャケヒャ! わたくしの完全勝利だ!」

「(マリア……かなみ……みんな、無事でいて。ルーク……)」

「(サイアス様……ルークさん……)」

 

 帰り木の効果でヘルマン勢の姿が部屋から消え去る。そのすぐ後に、部屋の扉が蹴破られる。ルークたちが到着したのだ。

 

「何があった!?」

「もぬけの殻……だと……」

「穴が空いているな。あれに落ちたんじゃないか?」

 

 ルークとサイアスが部屋を見回していると、ナギが部屋の中央にある巨大な穴を指差す。すると、その穴から声が響いてくる。

 

「ルーク殿……ですか……?」

「!?」

「この声は……リックか!?」

 

 ルークたちは穴に駆けていき、下を見る。そこには、バイロードを伸ばして壁に突き立て、それにぶら下がっているリックの姿があった。いや、リックだけではない。右腕でバイロードを掴んでぶら下がりながら、左腕では眠っているセスナを抱えていた。穴に落とされた瞬間、即座にバイロードを伸ばして落ちるのを防いだリックは、側にいた者に手を伸ばす。いたのはレイラ、ジュリア、チルディ、セスナの四人。初めは下に落ちた際に生き延びる可能性の低いジュリアを助けようとしたが、直前でセスナが眠っている事に気が付き、この状態で落とす訳にはいかないとそちらを掴んだのだった。

 

「フェリス、リックを……」

 

 ルークが指示を出そうとするが、既にフェリスはリックに向かって飛び降りていた。

 

「大丈夫かい?」

「ありがとうございます。まずはセスナ殿を……」

「ぐぅ……ぐぅ……」

「そ、その次はわたくしをお願いしますわ……」

「ん?」

 

 リックからセスナを受け取ったフェリスは、下から聞こえてきた声に不思議そうに視線をやる。そこには、リックの左足にしがみついているチルディの姿があった。

 

「あんたも無事だったのかい。執念だね」

「で、出来れば早くしていただけると助かりますわ……」

 

 リックがセスナを抱えた直後、チルディは執念でその足にしがみついていたのだ。フェリスは苦笑しながらもその生への執着を褒める。そのままフェリスはセスナ、チルディ、リックと順番に穴から上げていく。全員の救出が終わったところで、改めてルークがリックに向き直る。

 

「一体何があった!?」

「ルーク殿、申し訳ありません。志津香殿、キューティ殿、シャイラ殿、ネイ殿の四名がヘルマン軍に攫われ、他の者は穴に……」

「なんですって……」

「雷帝がいながら、ヘルマンに不覚を取ったのか……」

「志津香が攫われたのか……?」

 

 リックの説明を受け、ルークだけではなく、ロゼ、サイアス、ナギの目も見開かれる。更に詳しい状況説明をリックから聞いていると、穴の下の調査に行っていたフェリスが戻ってくる。

 

「駄目だな。下には水路が流れていて、誰もいなかった。その水路もいくつかにばらけていたから、何組かでバラバラになっていると思う」

「なんて事だ……」

 

 サイアスが頭を抱える。この迷宮内にはモンスターだけでなく、ヘルマン軍、更には魔人まで存在している。そんな中、バラバラになってしまったのだ。ロゼも自分が通路に呼び出した事に責任を感じているのか、口に手を当てながら押し黙ってしまっていた。そのとき、ルークが床を殴る音が部屋の中に響く。全員がそちらに注目すると、ルークが表情を歪めながら口を開く。

 

「悔やむのは後だ……必ず見つけ出すぞ。全員無事で地上に降りる」

「……ああ、別れた面々には雷帝もウスピラもいる。それ以外にも、レイラやアレキサンダーだっている。全員、必ず無事なはずだ……」

「ヘルマン軍に攫われたのも……ネイやシャイラだけだったら不安だけど、志津香とキューティがいるしね」

「志津香がいるなら大丈夫だな。あいつはヘルマン如きに遅れを取りはしない」

「無事でいてくれるといいのですけどね……」

「この失態は必ず挽回します……」

「ぐぅ……ぐぅ……おおっ!」

「今起きたのかい。暢気な娘だね……」

 

 ヘルマンの策略により、盤石と思われていた連合軍はバラバラになってしまう。志津香、キューティ、シャイラ、ネイの四人はヘルマン調査隊に攫われ、かなみ、マリア、香澄、トマト、真知子、セル、アレキサンダー、メナド、レイラ、ジュリア、カバッハーン、ウスピラの十二人が穴に落ちて行方不明となる。この場に残ったのは、ルーク、サイアス、フェリス、ロゼ、リック、チルディ、ナギ、セスナの八名と気絶しているオイチ。

 

「必ず全員助け出す……」

 

 離ればなれのパーティー、ヘルマンの暗躍、復活間近の闘将、イオの裏切り、魔女アトランタ、そして、魔人。闘神都市の戦いは、混迷を極めていく。

 

 




[人物]
オイチ
 鏡に封じ込められていた少女。カサドの町出身の学生で、十年以上前のおかゆフィーバーへの生け贄。その後長きに渡り、鏡に封印されていた。

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