ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第70話 その名はディオ

 

-下部動力エリア-

 

「周囲にモンスターはいないようですね。この辺りで一度休憩を取りましょう」

「大分流されてしまったみたいですね……」

 

 アレキサンダーが先頭を歩き、周囲にモンスターの気配が無い事を確認する。少し開けた場所、周囲のどの方向からモンスターが来ても対応できる場所で休憩を取る事にする一同。後ろを歩いていたセルが礼を言い、すぐにその場に座り込む。相当に疲れていたのだろう。

 

「さあ、香澄殿も休憩を取ってください。周囲の警戒は私が行いますので」

「あ、はい……本当にありがとうございます……アレキサンダーさんが掴んでくれなかったら、私……」

「なに、戦えぬ香澄殿を守るのが、近くに立っていた私の勤めですから」

 

 この場にいるのは三人。アレキサンダー、セル、香澄だ。穴に落ちる際、アレキサンダーは側に立っていた香澄とセルを両方の腕で一人ずつ抱きかかえ、水路に流されている間も決して離さないよう強く掴んでいたのだ。戦闘力の劣る香澄とセルを一人にさせる訳にはいかないという思いからの行動だ。この場から離れすぎない範囲で周囲にある部屋を探っているアレキサンダーに対し、香澄が申し訳なさそうに口を開く。

 

「すいません……私みたいに戦闘補助も出来ないような役立たずが一緒で……」

「何を言いますか。先程宝箱の罠をマリア殿や真知子殿と一緒に解明していたではありませんか。それに、ここまで来られたのも香澄殿とマリア殿が作られたチューリップ4号のお陰。どちらも私には到底出来ぬ事です」

「アレキサンダーさん……」

「あら、アレキサンダーさん。その手に抱えているのは?」

 

 周囲の軽い探索を終えてこちらに戻ってきたアレキサンダーは、いつの間にか大量の木材を持っていた。セルがその事について尋ねる。

 

「あちらの部屋に机がありましたので、そちらを破壊して少しだけ失敬してきました。恐らく、昔の研究室か何かかと。属性パンチ・炎!」

 

 アレキサンダーが拳に炎を纏わせ、それを木材に燃え移らせる。一気に燃え上がる木材を地面に置き、自身も腰を下ろして口を開く。

 

「さあ、まずは濡れた体を暖めなければ。服も乾かさねばなりませんからね」

「すいません、何から何まで……」

「この程度、大した事ではありません。必ず生きて戻らねばなりませんからね」

「そうですね……皆様に神の加護があらん事を……」

「すいません。私、アレキサンダーさんの事を今まで誤解していました……」

「ん?」

 

 香澄が申し訳なさそうに呟くのを、アレキサンダーが不思議そうな表情で見る。誤解とは一体どういった事か。

 

「その……旅の格闘家っていうから、恐い人なのかと……」

「はっはっは。概ね間違ってはいませんよ。拳一つ、修行に明け暮れる毎日。仕事の一つもまともに出来やしない」

 

 香澄の言葉をアレキサンダーが笑い飛ばす。香澄とセルが見ている中、燃える炎を前に右拳をグッと握りしめる。

 

「ですが……こんな私でも、お二人を守る事くらいなら出来ます」

「アレキサンダーさん……」

「共に帰りましょう。ルーク殿たちの下へ……そして、地上へ!」

「凄いんですね、アレキサンダーさんって。なんていうか……頼りになる……」

「なに、まだまだ修行の身です」

 

 炎で体を暖めながら、アレキサンダーたちは和気藹々と話し合う。今いる位置も判らず、アレキサンダーが持っていた帰り木も水路に流されている間に無くなってしまっていた。だが、諦めはしない。アレキサンダーは拳を胸の前で合わせ、目の前にいる二人を守りきる事を誓った。

 

 

 

-南の塔-

 

「どう、真知子さん」

「……よかった。壊れてはいないみたい」

 

 ホッと胸をなで下ろす真知子。水浸しになったコンピュータが壊れていないか心配だったが、どうやら無事のようだ。後ろで見守っていたメナドも胸をなで下ろす。

 

「それにしても、ここはどこなんだろう……」

「少なくとも食料コアではないでしょうね。大分流されたみたいですし……」

 

 二人が周囲を見回す。先程までいた場所とはかなり装飾が違う。石造りの床や壁、そしてそこにかけられた燭台などを見ながら真知子が呟く。

 

「……塔、かもしれないわね」

「塔って、空の上からいくつか見えたあの?」

「ええ。装飾的に見て、あのどれか一つに私たちは流されてしまったのかもしれないわね。あの水路は、差し詰め全ての塔やコアの水路に繋がっていたのかも……」

「なるほど……」

「メナドさん。モンスターが現れたらお願いしますね」

「任せてよ。その為にぼくは鍛えているんだから」

 

 メナドが胸を張る。本当の事を言うならば、魔人がいると言う話を聞いていたメナドにも若干の不安がある。だが、目の前にいる真知子は今回のメンバーでは最も戦闘が出来ない人物だ。自分が守らなければいけない。その使命感がメナドを奮い立たせていた。そのとき、上の階から物音がする。顔を見合わせる二人。

 

「真知子さん、今の聞こえた?」

「ええ……それと、人の声のようなものも聞こえたわ」

「流された内の誰かかな……?」

「慎重に行きましょう。魔人やモンスターの可能性もあるし」

「真知子さん、ぼくの側から離れないでね」

「ええ。頼りにしているわ、ナイトさん」

 

 メナドと真知子の二人は、微かに聞こえた人の声を頼りに南の塔を上っていった。

 

 

 

-上部中央エリア-

 

「うーん……誰もいないのは流石のジュリアちゃんも不安になります……」

 

 リックの手を掴み損ねたジュリアは、一人上部中央エリアを彷徨っていた。ハッキリ言って、非常に危険な状態である。一応親衛隊ではあるが、決して一人で行動しても大丈夫な戦力とは言えない。もし凶悪なモンスターに出くわせば、間違いなく殺されるだろう。すると、通路の奥から声が聞こえてくる。

 

「ハニホー……ハニホー……」

「きゃはは! あっちで声がする、行ってみよう!」

 

 声のする方向に進んでいくジュリア。生まれ持っての悪運か、声の主がいる部屋に辿り着くまでの間、一体のモンスターとも彼女は出くわさなかった。

 

 

 

-防空コア-

 

「よかった……目が覚めたかい?」

「あれ、ここはどこですかねー……」

 

 水路に流されて溺れかけていたトマトは、ある人物によって助け出されていた。意識を取り戻したトマトは、虚ろな目で周囲を見回す。自分を介抱しているのは、一瞬男性と見間違えてしまうような凛々しい騎士風の女性。

 

「ここは防空コア。それよりも、どうして水路から?」

「色々ありまして……あ、これは危ないところを助けていただき、感謝感激ですー。私はトマトと申しますです」

「ボクの名前はサーナキア。今はこの防空コアで、ある男を倒すために修行を積んでいるんだ」

「修行ですかー。それは大変ですかねー?」

「勿論。でももっと鍛錬を積まないと、あの憎きランスを打ち倒す事は……」

「ランスさんですか!? ランスさんを知っているんですかねー!?」

 

 サーナキアから思わぬ人物の名前が出て、ガバッと起き上がるトマト。そのままサーナキアの肩を掴んで返事を迫ると、サーナキアは呆気に取られた様子で口を開く。

 

「あ、ああ。ボクはあの男に……くっ、思い出すだけでも忌々しい」

「あー……ランスさんは平常運転って事ですかねー」

 

 明言は避けたサーナキアであったが、何が起こったのかすぐに理解してしまうトマト。空中都市に来てもランスはランスのようだ。コホン、と咳払いをし、話を続けるサーナキア。

 

「この先に隠された剣があるという情報を手に入れてね。それを手に入れて、再びランスに挑むつもりさ」

「むっ! と言う事は、ランスさんの居場所は知っているんですかねー?」

「ああ、剣を手に入れてからでよければ、連れて行ってあげるよ。それも騎士の勤めだからね」

「これはラッキーです。すぐにでもルークさんに合流できそうです!」

「それじゃあボクはもう少し先に進むから、離れないようについてきてね」

 

 剣を抜いてコアの奥へと進もうとするサーナキア。立ち上がったトマトも剣を抜き、サーナキアの横に並ぶ。目を丸くするサーナキアに対し、トマトが自信満々の様子で口を開く。

 

「こう見えても、トマトも冒険者を目指す戦士だったりしますです。隠された剣の奪取、お手伝いするですよー」

「ふふ、君が戦士か。あまり無理はしないようにね」

 

 トマトの事を軽く笑いながら流すサーナキア。とても戦えるとは思っていないのだろう。だが、その評価は数分後に覆る。

 

「とーっ!」

「ふしゅるるる…………」

「お、オクトマンをいとも簡単に……この子、ボクよりも強いんじゃ……くっ、そんなはずはない!」

「ルークさん、トマトはすぐに帰るですよー!」

 

 

 

-下部司令エリア-

 

「ふむ、一人か……」

 

 カバッハーンが周囲を見回す。辺りには誰もいない。どうやら一人になってしまったらしい。すると、物陰から三体のファイティングボーンが飛び出してくる。

 

「カタカタカタカタ……」

「電磁結界」

 

 だが、その気配を察していたと言わんばかりに即座に魔法を放つカバッハーン。直撃を受け、物言わぬ白骨と化すモンスターたちを一瞥し、周囲を再度見回す。人の気配が無い代わりに、周囲には多くの部屋が立ち並んでいた。試しにその中の一つに入ってみると、そこには研究材料となりそうな書物が大量に置かれていた。

 

「こいつは凄い……しばらくここで調査をしていくとするかの」

 

 他のメンバーと違い、特に歩き回る事をせず、カバッハーンはその部屋の書物を片っ端から読んでいく。合流を先延ばしにする危険な行動であるが、どこか不安を覚えないのは歴戦の強者である彼の雰囲気故であろうか。

 

 

 

-食料コア 地下四階 とある一室-

 

 ウスピラが炎を前に暖を取っている。水路に落ちてしまったため、まずは冷え切った体を温めて体力を回復するのが先決と考えたのだ。そこに、周囲を探っていたかなみが戻ってくる。

 

「どうでした……?」

「周囲には誰もいませんでした」

「そう……」

「でも、私たちはそれ程流されていないはずです。すぐに合流も出来るはずです」

「ええ……」

「(ま、間が持たない……)」

 

 反応の薄いウスピラを前にかなみが内心焦る。自分はリーザスの忍、相手はゼス四将軍。会話が弾むはずもない。どうしたものかと困っていると、ウスピラが手招きをしてくる。

 

「この炎はかなみさんが出した炎……かなみさんも暖まらないと……」

「あ、じゃあお言葉に甘えて……」

 

 かなみがウスピラに近づいていき、一緒に炎で暖を取る。この炎はかなみが火丼の術で出したものである。水で濡れた服が乾いていくのを感じていると、またも無言になる。ふと、隣で衣擦れの音がしたのでそちらに視線を向けるかなみ。

 

「って、ウスピラさん!? 何を急に脱ぎだして!?」

「ん? 濡れた服を乾かさないと……」

「そうですけど……恥ずかしくないんですか?」

「男性がいたら恥ずかしいけど、今は別に……」

 

 衣服を脱いであられもない姿になったウスピラは、特段気にする様子も無く服を乾かす。かなみも顔を真っ赤にしながらも、結局ウスピラの説得に折れて服を脱いで乾かす事になる。

 

「うう……今だけはルークさん、私の事を見つけないで……」

「早く見つけて貰った方がいいに決まっている……」

「でも、ウスピラさん……この状況でルークさんやカバッハーンさんに見つかったらどう思いますか?」

「……別に。少し恥ずかしいけど、緊急事態だから何も……」

「それじゃあ、サイアスさんだったら?」

「氷漬けにする……」

「ぷっ……」

 

 かなみがサイアスの事を不憫に思うと同時に、即答したウスピラを見て少しだけおかしくなる。案外面白い人なのかもしれないと考えを改め、この後も積極的に会話をしていくのだった。

 

 

 

-食料コア 地下四階 通路-

 

「そう落ち込まないの、マリアさん」

「でも……私がリーダーとして不甲斐ないばっかりに……」

「それを言うなら、親衛隊隊長としてヘルマンの接近に気が付けなかった私にも責任はあるわ。悩んでいたって何も解決しない。幸いそう流されてはいないみたいだし、なんとかしてここを脱出しましょう」

 

 マリアとレイラが通路を歩いている。運良くあまり流されなかった二人にはある確信があった。それは、ここがまだ食料コアであるという確信。であれば、上手い事行動をすればすぐにでも合流が出来るはず。二人は濡れた体を乾かす事もせず、なんとかして地上への階段を探そうとしていた。

 

「とにかく、一度チューリップのあった場所まで戻れば、誰かしらと合流できるはずよ」

「そうですね……ランスたちともうすぐ合流できそうだったのに……」

「ねえ、マリアさん。もしかして、ランスくんの事が好きなの?」

「えっ!?」

 

 唐突なレイラの質問にマリアが戸惑う。今まで深く考えた事はなかった。だが、そう言われて改めて自分の気持ちに向き合うマリア。

 

「……判らないです。でも、今まで何度も助けて貰って……頼りにしているとは……思います」

「ふふふ、ランスくんも頼りになるからね」

「でも、ランスの隣にはシィルちゃんがいるし……あの二人の間に入り込む事なんて……」

「そうね……なんだかんだで、ランスくんはシィルちゃんを大事にしているからね。でも、それで諦めがつくの?」

「……諦めなきゃ、いけないんです」

 

 シィルはとても良い子だ。これまで共に死地を乗り越えてきたため、友人とも思っている。その彼女の顔を曇らせるような行動は取りたくない。マリアが悲しそうにそう呟くのを見て、レイラがフッと笑う。

 

「私もね……好きな人がいるのよ」

「えっ!? レイラさんもですか?」

「ええ。でもその人には好きな人がいるの。私なんかじゃ、とても敵わないくらいに素敵な女性」

「そんな……レイラさんより魅力的な女性なんてそうは……」

「マリスさんなの、その人の好きな相手」

「うっ……」

「ふふ。素直な反応ありがとう」

 

 マリスと聞いてついつい素直な反応を返してしまうマリア。その態度に怒るでもなく、レイラは明るく話す。悲しい話をしているのにも関わらずだ。その態度がマリアには不思議で仕方がなかったため、つい尋ねてしまう。

 

「諦めたりは……しないんですか……?」

「そうね……その人が振り向いてくれるかは判らない。でも、自分からは諦めたくないわね。いつか……もっと鍛錬を積んで、彼の隣に並んでも見劣りしないくらい強くなれば……」

「…………」

「振り向いてくれるかもしれないでしょ?」

 

 清々しいほどの笑顔を向けてくるレイラ。その笑顔に、マリアの心も晴れてくる。よくよく考えれば、ルークを好きな面々は誰一人諦めていない。お互いに彼の事を思っているのを知りながら、正々堂々と勝負している。ルークの思い人が存在するのか判らないので、ランスとは若干違う立ち位置ではあるが、振り向かせるのが難しいという点では変わらない。自分の親友の顔を思い浮かべて、少しだけ笑みが溢れる。

 

「ふふ、ようやく笑顔が戻ったわね」

「……ありがとうございます、レイラさん」

 

 励ましてくれたレイラに礼を言うマリア。余裕が戻ったマリアは、ここでレイラの思い人について考えを巡らせる。レイラより強く、並んで戦うような人物。そして、マリスが好きという事はリーザス関係者の可能性が高い。そんな人物は限られている。

 

「ひょっとして……レイラさんの好きな人って、リッ……」

「危ないっ!!」

 

 マリアの言葉を遮るようにレイラがマリアを突き飛ばす。体勢を崩したマリアがそちらを見れば、巨大なぷりょにレイラの左腕が飲み込まれていた。

 

「レイラさん!?」

「くっ……はぁっ!」

 

 残った右腕で剣を握り、巨大ぷりょを斬りつけるレイラ。だが、斬った先からすぐに再生してしまい、ダメージを与える事が出来ない。

 

「効かない……くっ……あぁっ……」

 

 更に巨大ぷりょの拘束は増し、腕を締め付けられたレイラは握っていた剣を落としてしまう。

 

「レイラさん……待って、今助け……きゃっ!?」

「マリアさん!?」

 

 レイラを助けようとしたマリアだったが、突如後ろから何者かに襲われる。レイラがそちらを見れば、そこには新手の巨大ぷりょ。そのぷりょが今正にマリアをレイラ同様取り込もうとしていた。

 

「もう一体いたなんて……くっ……」

「ランス……」

 

 しばらくの後、二人の声は完全に聞こえなくなり、巨大ぷりょがのそのそと通路を後にする。その場には、レイラの剣が残されるだけであった。

 

 

 

-闘将コア ディオ封印の間-

 

「ケヒャケヒャ。今度こそ、この人形を動かす事が出来るぞ!」

「なんなのよ、これ……」

「君たちが知る必要は無い」

 

 闘将コアまで戻ってきたビッチたちは、闘将が封印されている部屋までやってきていた。拘束された状態の志津香とキューティは不満そうにしながら人形を見る。頭蓋骨だらけの不気味な部屋、その中央の椅子に座り込んだまま動かない人形。これは一体何なのか。

 

「というか、起きたらめちゃくちゃ気味の悪い部屋なんだけど!?」

「離しなさいよ!」

「ええい、うるさい小娘共め。わたくしが黙らせてやろう!」

 

 ようやく目を覚ましたシャイラとネイが突如騒ぎ立てる。それを不快に思ったビッチは、二人を不愉快そうに見ながらそちらに近寄っていく。それを見たデンズは即座に二人の口を塞ぎ、耳元で囁く。

 

「い、今は黙ってないと、あの男に殴られるだ。少しの間だけ、し、静かにしてろ」

「「っ……」」

 

 コクコクと頷き、黙り込むシャイラとネイ。二人が黙ったのを確認したビッチは歩みを止める。その手には、鉄棒が握られていた。まさか、あれで自分たちを殴るつもりだったのだろうかとゾッとする二人。

 

「おや、急に静かになりましたね。聞き分けの良い小娘共だ」

「(ひょっとして……助けてくれたのか?)」

「(見かけによらず、案外優しい人……?)」

 

 シャイラとネイが口を塞がれながらデンズを見る。その様子をヒューバートが黙って見守る中、ビッチが志津香とキューティの縄を切って闘将の前に押し出す。

 

「さあ、この人形にお前たちの魔力を注ぎ込むのだ。やりたまえ」

「いやよ」

「どうしてそんな事を……」

 

 突然の命令に志津香がきっぱりと拒絶し、キューティもビッチを睨み付ける。得体の知れない人形に魔力を送り込むなど、何があるか判ったものではない。

 

「いやだと? どうも君たちは自分の立場を理解していないようだね……」

「ふん。ブ男の命令は聞かない事にしているの」

「ケヒャケヒャ! ……ふん!」

「っ!?」

 

 志津香の言葉を笑い飛ばしていたビッチは唐突にその表情を歪ませ、握っていた鉄棒を志津香の頬目がけて振るう。思わず目を瞑ってしまった志津香だったが、その頬に鉄棒が届く事はなかった。

 

「むっ……ウォール・ガイ!?」

「きゅー!!」

「あぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」

 

 鉄棒から守るように間に割り込んだライトくんがビッチの攻撃を受け止め、反撃に電撃をお見舞いする。絶叫と共にビッチの体を電撃が襲う。

 

「き、貴様! わたくしに歯向かうなど……」

「あ、すいません。この新型ウォール・ガイは自動で私たちを守ってしまうんです」

「くっ……忌々しいウォール・ガイだ……」

 

 ビッチがライトくんを睨み付けるが、当然キューティの口からでまかせである。それを見ていたヒューバートが静かに吹き出すが、ビッチがシャイラとネイに視線を移したのを確認するとその表情を引き締める。恐らく、代わりにあの二人を殴って脅し、志津香たちに言う事を聞かせるつもりなのだろう。それでは寝覚めが悪いため、二人が殴られるよりも先に志津香たちに魔力を注入させる必要がある。スッと歩みを進め、志津香たちに近づいていくヒューバート。

 

「悪いが、魔力を注入して貰えるかな」

「くっ……」

「逆らうのは止めておけ。もしそうなれば、ウォール・ガイごと叩き斬る」

「きゅー……」

 

 ヒューバートが剣を抜く。父、トーマ・リプトンから譲り受けた妖刀。その斬れ味は、間違いなく名剣の域。ライトくんとレフトくんが怯えるのをキューティが宥めながら、目の前に立つヒューバートを睨み付ける。

 

「上官の命令を聞くばかりのヘルマンの犬が……」

「上官? ああ、奴か。あんなのが上官とは、俺もついてないな」

「ヒューバート。その娘の髪の毛でも斬ってやれ。それでも言う事を聞かなければ、その忌々しいウォール・ガイを破壊し、足の一本くらい斬ってやれ。わたくしは、あちらの二人をいたぶるからな。ケヒャケヒャ」

「うぉぉぉい! なんか知らない間にとんでもない事に!」

「勘弁してください!」

 

 ビッチの発言に志津香が唇を噛み、キューティが青ざめる。デンズに口を塞がれていたシャイラとネイもようやく自分たちの現状を把握し、助けてくれと再び騒ぎ出す。一連の流れを見ていたヒューバートが顔を歪め、志津香とキューティに聞こえる程度の小声で話す。

 

「おい、お前ら。あの馬鹿は本当にやる。そんな事になるのは俺も望んではいない。今は言う事を聞いておけ」

「判ったわ。やるわよ……」

「それしか……ないんですね……」

 

 遂に志津香とキューティが屈服し、椅子に腰掛けている闘将へ両手を差し出す。二人の両手が光り出し、闘将へと魔力を注入していく。しばらくすると、ガタガタと目の前の闘将が動き出し、椅子から勢いよく立ち上がった。

 

「おのれ、フリーク!」

 

 突然目の前の人形が喋り出した事に驚き、志津香とキューティは後ろに下がる。いや、驚いているのは二人だけではない。恐ろしいまでの殺気を放っている闘将に、ヒューバートとデンズも目を見開いていた。だが、ビッチは気にする様子も無く闘将に近づいていく。この殺気に気が付けていないのだろう。

 

「おい、そこの人形」

「人形……この私の事かね?」

「そうだ。お前を動かしてやったのは、このわたくしだ。これからはわたくしの為に働いて貰おう」

「ク……ククク……ハッハッハ!!」

 

 ビッチの言葉を聞いて、目の前の闘将が笑い出す。その溢れ出る殺気にヒューバートが剣を握りしめ、怯えるライトくんとレフトくんをキューティが抱きしめる。ゆらりとビッチに向き直る闘将。

 

「面白い事を言う男だ。では、最初に死んで貰うのはお前にするか」

「そうかね、ケヒャケヒャ!」

 

 ゆっくりとビッチに歩みを進める人形に対し、ビッチがボタンを押す。すると、突如闘将の肩が爆発した。

 

「ぐはっ……なんだ!?」

「人形よ。お前の体には今のと同じぷちハニー爆弾がまだまだ仕掛けてある。この意味が判るね?」

「…………」

「わたくしの為に働いて貰うぞ。命令を聞かなければ……ドカーンだ!」

 

 両腕を上げてジェスチャーをするビッチ。その顔は完全に勝ち誇っていた。その様子を見ながら、志津香とキューティの顔が歪む。

 

「人形相手にも卑怯な……」

「見るに堪えないわ……」

 

 二人が吐き捨てる中、肩を爆破された闘将が自分の体を見る。爆弾は鉄壁を誇る表面ではなく、内部に取り付けられている。外す事も難しそうだ。静かに笑い出す闘将。

 

「ククク……いいだろう。その爆弾とやらがある内は、貴様の話を聞いてやろう。ある内はな……貴様如きに、私を扱いきれるとは思えんがな……」

「ふん、負け惜しみを。人形、貴様の名前を聞いておこうか。もっとも、人形に名前があるのかは知らんがね」

 

 ビッチがそう尋ねると、その闘将がゆっくりと口を開く。

 

「私の名は、ディオ・カルミス。最強の闘将だ」

「最強の……闘将……?」

「ディオ……」

「頼もしいぞ、これでリーザスとゼスのクソ共は皆殺しだ! ケヒャケヒャ!」

 

 高らかに宣言するビッチ。だが、彼はまだ気が付いていなかった。たった今復活させた闘将が、とても扱いきれる存在では無い事を。最凶の悪意が、今こうして復活を遂げた。

 

 

 

-カサドの町 うまうま食堂-

 

「おや、ルーク。戻ったんだね」

「ああ、ランスたちは?」

「とっくに戻って、今は上で休んでいるよ」

 

 一旦カサドの町まで戻ってきたルークたちは、ランスたちと合流すべくフロンの下へやってきていた。ルークを出迎えるフロンだが、後ろからぞろぞろと見知らぬ顔が入ってきた事に目を丸くする。

 

「おや、また地上からの来客者かい? あんた同様、ここまで飛ばされたのかい?」

「まあ、そんな所だな。それと、この娘を預かって貰えるか?」

「これは……まさか、オイチちゃんかい!? いや……でも、オイチちゃんは十年以上も前に……」

「フロンの考えている通り、この娘はオイチちゃんだ。訳は後で説明する」

 

 十年以上も前に生け贄に捧げられた少女が、当時と変わらぬ姿で帰ってきたのだ。フロンは困惑するが、ルークの言葉に一応頷き、気絶しているオイチをとりあえず食堂の奥のソファーに横たえる。

 

「ここが空中都市の町か……」

「田舎ですわね……」

「田舎ねー」

「でも……なんだか居心地が良い……」

「おや、そこのお嬢ちゃん判ってるね。お腹空いてないかい? サービスするよ!」

「うぃ。A定食で……」

「あいよ!」

 

 チルディとロゼがジロジロと食堂や外の風景を見回しながら田舎と口にする中、セスナがボソッと呟いた言葉にフロンが気を良くする。セスナもお腹が空いていたのか、壁に掛かっていたA定食の札を指差して注文する。

 

「おばさま。わたくしにもA定食を……」

「5GOLDだよ」

「くっ……第一印象に失敗しましたわ……」

「冗談だよ。ルークの知り合いからお金は取れないよ。ちょっと待ってな!」

 

 チルディの注文も受け、定食を作り始めるフロン。すると、町の中を探索していたサイアスが戻ってくる。

 

「ルーク。どうやらここからあの場所へはそう遠くないな。ちょっと行って確認をしてくる」

「一人で大丈夫か?」

「自分が護衛に……」

「問題ないさ。リックはこちらに残っていてくれ。すぐに戻ってくる」

 

 サイアスの言うあの場所とは、ゼスの飛行艇が隠してある場所の事だ。万が一の事を考え、飛行艇の無事を確かめるまでは町の人にその事は黙っておく事にしたルークたち。地上へ降りられるとぬか喜びをさせ、飛行艇が壊れていましたでは流石に申し訳が立たないからだ。サイアスが飛行艇をカサドの町まで移動させるため、単身飛行艇の隠してある場所へと向かう。それを見送ったルークは、二階に視線を向ける。

 

「さて、ランスに事情を説明しないとな」

「その男は使えるのか?」

「ああ。訳あって現在レベルは低いが、かなり頼りになる男だ。まあ、色々とクセのある性格だがな……」

「はぁ……そのクセが問題なんだけどな……」

「アスマ。気を許しちゃ駄目よ。食べられちゃうから」

「人を食べるのか?」

 

 フェリスがため息をつき、ロゼがナギに笑いながら忠告するが、ナギはその比喩表現を真面目に受け止めていた。

 

「ああ、そうじゃないわ。襲われちゃうって事。Hな事されちゃうのよー」

「それは困るな。私の体はお父様以外には許すなと固く言われている」

「ぶっ!!」

「危ない……」

 

 フロンの作った定食を食べていたチルディが吹き出す。ナギの発言に驚いたのだ。目の前で食事を取っていたセスナはお盆でそれを華麗にガードし、何事も無かったかのように食事を続ける。

 

「と、とんでもない事を言いませんでしたか!?」

「あー……アスマ、後でちょっと話を聞かせてくれる?」

「ん?」

 

 ロゼが頭を掻きながらナギにそう告げるが、何がおかしいのか判らない様子のナギは不思議そうにロゼを見てくる。相当に危ない状況かもしれない。

 

「ロゼ、その件については頼んだ。女性同士の方が良いだろうからな。酷そうなら後で報告してくれ……」

「任せておいて。やれやれ……ムーララルーよりもタチ悪いんじゃないの……?」

「少なくとも、悪魔よりタチが悪いかもな。気分が悪い」

 

 ルークも顔を歪めながら口元に手を当て、ロゼにナギの事を頼む。こういった事は女性同士の方が良いだろう。その点、こういった話に慣れているであろうロゼなら安心だ。フェリスも腹立たしさから顔を歪めている。

 

「とりあえず、上の部屋に行くか」

「ランス殿と会うのも久しぶりです。あの剣の腕前をまた間近で見られると思うと、心が躍ります。ですが、今はそのような事を言っている場合ではありませんね……」

「ああ、早いところみんなを見つけ出さないと……」

 

 ルークが階段を上がっていき、フェリス、リック、ロゼ、ナギがその後からついてくる。セスナとチルディは食事を続けていた。ランスたちがいるという部屋の前まで辿り着き、その扉を開ける。部屋の中には二人、ランスとイオだけだ。

 

「遅いわ、馬鹿者!」

「お帰りなさい、ルーク。そちらの方々は?」

「悪かったな。こっちのメンバーは俺の仲間だ。地上から俺たちを捜しに来てくれたんだ」

「お久しぶりです、ランス殿」

「やっほー」

「ん……? ああ……」

 

 リックが深々と頭を下げ、ロゼがヒラヒラと手を振る。ランスが一度だけそちらを見るが、一言だけ返しすぐにルークの方を見る。部屋の中を見回しながら、ルークが窓の側に立っているイオに問いかける。

 

「それよりも、シィルちゃんとサーナキアはどうした?」

「それがね……二人で迷宮に潜りに行っちゃったのよ。それでまだ帰ってこないの」

「なんだと!? 本当か、ランス!?」

「ん、ああ。まあ、大丈夫だろう。シィルの事なんか放っておけ」

「…………」

「放っておけ、ねぇ……」

 

 イオの言葉を聞いてランスに問いかけるルークだったが、返ってきた言葉に顔を歪める。ロゼも口元に手を当て、何事かと顔を歪めている。あまりにもおかしい。ランスの発言とは思えない。

 

「イオ、何かあったのか?」

「さぁ……? 突然出て行っちゃったし。それよりも、大事な話があるの。聞いてくれる?」

「話……?」

 

 イオに大事な話があると言われ、そちらに向き直るルーク。そのルークに、横からランスがゆっくりと近づいていく。一歩、また一歩、ルークはもう目の前という位置まで近づいたとき、ナギが不思議そうに口を開く。

 

「それで、この男はどうしてその女に操られているんだ?」

「「「!?」」」

「殺れっ!!」

 

 ナギの言葉に目を見開くリック、フェリス、ロゼの三人。瞬間、イオの絶叫が部屋に響く。ランスがいつの間にか剣を左手で握りしめ、ルークの腰目がけて剣を突き刺していた。ガキン、という金属音が部屋に鳴り響く。それは、ランスの剣をルークの剣が防いだ音。

 

「なっ……」

「様子がおかしかったからな……シィルちゃんは、ランスと別行動で迷宮に潜るような子じゃない。ランスも……それを許すような男ではない!」

「どりゃぁぁぁぁ!!」

 

 ランスが剣を振るってくるのを、全て受け止めるルーク。そのとき、奥の押し入れの扉が倒れ、中から縛られたシィルが出てくる。口の猿ぐつわが外れ、ルークを見ながら叫ぶ。

 

「ルークさん! ランス様はイオさんに魔法で操られているんです! イオさんは……ヘルマンの人間です!」

「なっ!?」

「ヘルマン軍……奴らの仲間か?」

「シィル! 何を言うんだ! イオは俺様の大事な女だ!」

「ランス……」

「駄目だな。完全に洗脳されているぞ」

 

 ランスの様子を見てナギが冷静に言い放つ。ランスから微かに放たれていた魔力から、イオに洗脳されている事を初見で見抜いていた。ルークも剣を握り直し、ランスと対峙する。その視線の先には、イオ。

 

「イオ……お前は……」

「殺せ! ランス、ルークを殺すのよ!!」

「よし、イオが言うならそれが正しいのだろう!」

 

 ランスも剣を握り直し、ルークと対峙する。リックが即座に奥のイオに向かおうとするが、押し入れから倒れてきていたシィルの首筋にナイフを当てながらリックに向かってイオが叫ぶ。

 

 

「動くな!」

「くっ……」

「がはは、俺様の方が上だという事を見せてやろう」

「まさか、お前と戦う日が来るとはな……」

 

 ランスとルーク、二人の英雄が対峙する。それは、望まぬ対決。

 

「殺せ!!」

 

 イオの絶叫が開幕の合図となり、二人の剣が交差した。

 

 




[モンスター]
ぷりょ
 丸いオレンジ色のゼリー状生物。細胞分裂で際限なく増殖し、自己再生能力を持つ。本来は小型の雑魚モンスターだが、極稀に多数のぷりょが融合した巨大ぷりょという存在が確認される事もある。融合を解除するためには、ぷりょスレイヤーという特殊な剣が必要になる。

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