ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第71話 嘘つきイオ

 

-カサドの町 うまうま食堂-

 

「どりゃぁぁぁぁ!!」

「はっ!」

 

 ランスが剣を全力で振り下ろすが、ルークはそれをいとも簡単に受け流し、がら空きになったその腹に峰打ちを入れる。流石に一撃で倒れはしなかったが、強烈な一撃にランスの体がよろける。その隙を見逃さず、ルークは連撃を加える。あまりにも一方的な戦いにナギが思わず声を漏らす。

 

「なんだ、相手になっていないではないか」

「先程、訳あってレベルが下がっていると仰ってましたが……まさかこれ程とは……」

 

 ナギが冷静に戦況を分析し、リックが眉をひそめる。ノスやジルと対峙していた時のランスとは動きがまるで違う。今のランスならば、恐らく自分でも容易に勝てるだろう。それ程までにランスは弱体化しているのだ。

 

「一体ランス殿に何があったのですか?」

「どうも闘神都市に飛ばされた際に、レベルを1にされたらしい」

「レベルを1にされる!? そんな事が出来る存在なんて……いや……まさか……」

 

 フェリスがリックの疑問に答えると、今度はロゼが驚く。経験値を奪うモンスターというのは存在するが、レベルを1にするような事は正に神の所行。少し考えを巡らせ、何かに至ったのかロゼが言いよどむ。

 

「くっ……えぇい、避けるな!」

「流石に今のお前に負ける訳にはいかないな」

 

 ランスがいらいらしながらも剣を振るう。現在レベルは20に満たないといったところか。その事を考えれば、十分に驚異的な強さだ。だが、負ける訳にはいかない。その理由はレベル差だけではない。

 

「ふんっ!」

「(やはり似ているな……あいつの戦い方に……)」

 

 そう、ルークはランスの剣筋を、その戦い方の癖をイヤというほど知っている。かつて、何度となく修行に付き合ってやった妹の剣にそっくりだ。それならば、兄として負ける訳にはいかない。

 

「くっ……」

 

 イオがシィルにナイフを向けながら、爪を噛む。ルークとランスのレベル差は判っていた。だからこその奇襲。しかし、それも失敗に終わってしまった。本来ならばそこで諦めて逃げるべきだったのかもしれない。だが、イオはルークを諦めきれない。それ程までに、目の前の男が憎い。このままではランスに勝ち目は無いだろう。となれば、手段は一つ。

 

「動くな、ルーク! この女の命が惜しければ……」

「少しでもナイフを動かしてみろ。次の瞬間、貴様の体は丸焦げだぞ」

「んっ!?」

 

 イオが叫んだが、その言葉を遮るように冷たい声が放たれる。見れば、先程ルークと一緒に部屋に入ってきた金髪の女がその手に魔力を込め、イオに冷たい視線を送っている。ギリ、と歯噛みするイオ。

 

「ハッタリを……お前の仲間だろう!?」

「そんな女、知らんな。そいつがどうなろうと私には関係ない。一応貴様が動くまでは攻撃しないでおいてやるが、少しでも動けば容赦はしないぞ」

「なっ……」

 

 思わぬ返事にイオがシィルに視線を向けると、コクコクとシィルが頷く。本当に知らない間柄らしい。そして何より、ナギのその目が今の言葉が本気である事を物語っている。イオの頬に一筋の汗が流れる。動けない。真に殺したい相手はシィルではない。何故人質を取っているこちらが追い詰められねばならない。

 

「…………」

「(迫真の演技、という訳ではないわね。この娘、本気ね)」

「(だが、相手は怯んでいる)」

「(下手に動かない方がよさそうだな……)」

 

 ナギとイオのやりとりを無言で流すルーク。ロゼ、リック、フェリスの三人も、あえて止める事はしない。当然シィルを傷つけさせるつもりはない。だが、今はナギとシィルに面識がない事と、ナギの性格が功を奏し、上手い具合にイオが動けなくなっている。その間に、早々にランスと決着をつけるのが得策。ルークは腰を落とし、剣を横薙ぎに振るう。

 

「真空斬!」

「ちぃっ……ランスアタ……」

「誘いの攻撃に引っかかって簡単に空中に跳び上がるなと、教わってはいないのか!!」

「っ!?」

 

 ルークの言葉を受けてランスの目が見開かれる。それはかつて、耳にたこができるほど聞いた言葉。ランスの脳裏に、一人の女戦士の顔が浮かぶ。

 

「あね……さん……?」

「貰った!!」

 

 空中に跳び上がっていたランスが完全に無防備になる。その体に、ルークは全力で一撃を入れる。

 

「あんぎゃぁぁぁ!!」

「ランス様っ!!」

 

 絶叫と共に崩れ落ちるランス。シィルが声を上げるが、ルークがすぐにそれに答える。

 

「シィルちゃん、安心しろ。気を失わせただけだ」

「よかった……ランス様……」

「さて、本題といくか……」

 

 ランスを気絶させたルークはそう口にし、イオに視線を向ける。一瞬怯んだイオだったが、シィルにナイフを当てたまま声を荒げる。

 

「動くな!」

「イオ……」

 

 ルークが悲しげな視線を向ける。つい先程まで、このような視線を向けてくる相手ではなかった。正体は判らないが、嘘が好きで、だがその嘘はすぐ嘘と見破れるものばかりで、そして、信頼できる仲間。そう思っていた。

 

「サーナキアは……?」

「邪魔だったからランスに犯させたら、どこかへ消えたわ。多分、復讐のために修行でも積んでいるんじゃないかしらね」

「そんな事を……」

「あんたの目的は何なんだい!?」

 

 フェリスが鎌を前に突き出し、イオに問いかける。ルークから視線を外す事無く、イオがナイフを持つ手とは反対の手でポケットをまさぐり、Eキーを取り出す。

 

「鍵……?」

「あれは……ルーク殿、ヘルマンのビッチという輩も、あれと似た鍵を探していました」

 

 一体何を取り出したのかとロゼが疑問に思うが、リックはその鍵に見覚えがあった。先程、宝箱から発見した鍵に似ている。その言葉を受け、イオはルークを睨んだまま声を荒げる。

 

「そうよ。私の目的はこのキーの奪取と……ルーク、あんたの抹殺よ!」

「俺の……」

 

 ルークが眉をひそめる。ランスに奇襲をさせ、先程からイオが自分ばかり睨んでいる事から、彼女が自分を恨んでいる事には勘付いていた。だが、イオとはこの闘神都市が初対面のはず。ならば、恨みの原因は本人への直接的なものではなく、間接的な何か。

 

「イオ……初めからそれが目的だったのか?」

「……ええ。初めから、あんたを殺すために近づいたのよ!」

「…………」

 

 ルークの問いかけに一瞬だけイオが口ごもるが、すぐに声を荒げてそう答える。ロゼが神妙な面持ちでその様子を見ていると、イオはシィルを連れたままジリジリと窓側に後ずさりしていく。窓の目の前まで移動したイオは、シィルをドンと前に押し、素早く窓から逃走を図る。

 

「逃がすか。ファイヤー……」

「やめろ、アスマ!」

 

 ファイヤーレーザーを放とうとしていたナギをルークが手で制し、窓から外へ下りていくイオを見やる。そのイオは憎しみのこもった目でルークを激しく睨み付けながら、怨嗟の声を出す。

 

「必ず……おじ様の仇は討つ……」

「仇だと……?」

 

 そのまま外へと逃げるイオ。リックとフェリスが素早く窓に近づき、外を確認する。だが、既にイオの姿はどこにもなかった。

 

「ちっ……逃げられたみたいだ」

「シィル殿。今、拘束を外します」

「何故止めた。私なら奴が逃げる前に仕留められたぞ」

「俺に恨みを抱いているというなら、それを確認したい……そう思ったからだ」

 

 ルークがナギにそう答え、窓の方を見る。少しの間だけだが、共に肩を並べた女性。信頼できる、そう思っていた。

 

「初めから俺が目的だったのか……いや、だが……」

 

 先程のイオの言葉が思い出される。だが、初めの内はあのような目はしていなかった。すると、ルークの後頭部に軽くチョップが見舞われる。

 

「ていっ!」

「っ……ロゼ……」

「なーに、騙されているのよ。あれ、嘘よ」

「嘘? それはどういう事ですか?」

 

 ロゼの言葉を受け、シィルの拘束を解いていたリックが問いかける。嘘とは一体どういう事なのか。そのリックの反応にため息をつき、やれやれといった様子でロゼが言葉を続ける。

 

「鍵が狙いっていうのは本当ね。あんたの事を殺したいっていうのも本当。でもね、最初からあんたを殺すために近づいたっていうのは、嘘よ」

「何故だ?」

「女の勘。アスマももうちょっとすれば判るわ」

 

 ナギの問いかけに笑いながら答えるロゼ。女の勘とは言ったが、その実イオが一瞬言い淀んだのを見逃さず、そこから至った十分に根拠のある内容であった。そのままロゼは視線をシィルに向ける。

 

「鍵は初めからだったんだろうけど、抹殺は間違いなく嘘。となれば、途中からね。シィル、ルークのいない間に、あの女……イオだっけ? あれと何か喋らなかった?」

「何かですか? そう言われましても……」

 

 リックから拘束を外して貰ったシィルは立ち上がり、ロゼに向き直る。だが、何を喋ったかと言われても反応に困る。彼女とは色々と会話をした。

 

「そうね……ヘルマン関係者とか、中年の親父。その辺をルークが倒したとか、そんな話はしなかった?」

「中年……そうか、おじ様!」

 

 去り際にイオが放った言葉を思い出して、フェリスがロゼの質問の意図を察する。確かにイオはおじ様の仇と言っていた。少し考え込んでいたシィルだったが、突如何かを思い出し、声を上げる。

 

「あっ! ルークさんが解放戦中にトーマ将軍を倒したっていう話をしました。そういえば、イオさんがおかしくなったのもその話をした直後です!」

「ビンゴ!」

「トーマか……」

 

 ルークがトーマ将軍との激闘を思い出す。ルークが戦った人間の中では、間違いなく最強の人物であった。その強さ、立ち振る舞い、そして、散り様。ヘルマンの未来を憂いながら、それでも最後はルークの言葉に満足し、口元に笑みを浮かべながら死んでいった、人類最強の男。

 

「トーマ将軍の怨恨ならば、俺が仇というのは正しいな。なら、真正面から受け止めるほかあるまい」

「戦争での出来事だろう? 一々そんなものを気にしている必要も無いだろう」

「まあな……だが、無視する訳にもいくまい」

「難儀な奴ね、相変わらず」

 

 ナギがお門違いだと切り捨てるが、ルークは窓の外を見据えながらそう答える。フェリスとロゼが呆れるが、リックはどこか納得したように頷いている。トーマ将軍。敵ながら、その生き様には感じるものがあった。ならば、その恨みを受けるのも、倒した者の義務。

 

「イオ……」

 

 窓の外、イオの姿が消えたその場所を見ながら、ルークは自分が生み出してしまった復讐者の名前を呟いていた。

 

 

 

-闘神都市 街道-

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 カサドの町を飛び出たイオは、自分たちが発見した迷宮への入り口を目指して走る。思い出すのは、幼い頃の思い出。

 

「トーマのおじ様……」

 

 それは、イオがヘルマン軍に入り、軍の中でも評判の嘘つきと呼ばれるようになった出来事。

 

 

 

GI1004

-ヘルマン 計画都市ポーン-

 

「大変よ、おばさん。おじさんが急に倒れたの!」

「えっ!? ウチの旦那が!?」

 

 少女にそう言われ、織物の仕事をしていた中年女性が自宅に駆けていく。息も絶え絶え自宅に辿りついた中年女性だったが、旦那に異変はない。平然とした様子で、唐突に返ってきた女房を唖然と見ている。

 

「……イオ! またあの子に騙された……」

「またか。最近更に酷くなっているな……」

 

 イオ・イシュタル。町で評判の嘘つき少女だ。ちょっとした嘘ならば、あの年代なら良くある事。だが、イオの嘘が厄介なのはその信憑性。嘘があまりにも上手すぎるのだ。イオが嘘つきだと判っていても、何度でも騙される。町の大人たちは憤慨していたが、中々イオに強く言えずにいた。それにはある理由がある。

 

「リーザス軍が三日後に攻めてくるらしいわ。ポーンの町も襲われるって噂よ」

「なっ……」

「本当かよ……でも、イオの言う事だし……」

「本当よ。リーザスの作戦は……」

 

 町の広場でイオがまた嘘をつき始める。イオの言う事なので疑っていた者たちも、ペラペラとリーザスの作戦を話し始めるイオの言葉に段々とそれを信じ始める。幼い少女が嘘で考えたとは思えない、穴の無い作戦。広場がざわざわとしているのを、丁度視察に訪れていたヘルマン兵が見る。

 

「あれは何だ?」

「ああ……多分、この町で噂の嘘つき少女ですね」

「嘘つき? 噂になるほどなら、何故誰も叱らないのじゃ?」

「あの娘は、生まれて間もなく両親を亡くしている孤児です。その事から、周りの大人が叱りづらいらしく……」

「ふむ……」

 

 しばしの間、そのヘルマン兵はイオの作り話であるリーザス軍の作戦を聞き、その後にゆっくりと広場に向かって歩いて行く。広場で話を聞いていた大人たちは、歩いてきたヘルマン兵の顔を見て驚き、道を開けていく。イオがペラペラとリーザスがどのようにヘルマンを蹂躙するか話していると、いつの間にかざわざわとしていた声が聞こえなくなっているのに気が付く。話を止めて周囲を見回すと、イオのすぐ側に中年のヘルマン兵が立っていた。

 

「なに、おじさん」

「ふんっ!!」

 

 直後、イオの頭に拳骨が落ちる。それと同時に、目の前のヘルマン兵が声を荒げる。

 

「リーザス軍が攻めてくるなど、このトーマが知らぬ情報を何故知っている! 嘘を言うでない!!」

「ふぇっ……」

「なんだ、やっぱり嘘だったのか……」

「真面目に聞いて損した」

 

 あまりの激痛にイオが涙目になって頭を抑える。ヘルマン第3軍将軍のトーマ・リプトンが嘘と断定した事により、広場から次々と人が去っていく。残ったのはイオとトーマ、そして、トーマが連れ歩いている部下数名のみとなった。涙を流しているイオの前にしゃがみ込み、トーマは視線の位置を合わせる。

 

「娘、何故嘘をつく」

「ひっく……ひっく……」

「みんな困っているのじゃぞ」

「ひっく……だって……嘘つかないと……みんな私の事を見てくれないんだもん……」

 

 イオが涙ながらにぽつりぽつりと言葉を漏らす。孤児である自分の事を、本気で親身に考えてくれる人はいない。気が付けばいつも孤独だった。でも、嘘をついている間はみんなが自分に注目してくれる。嘘の裏に隠されていたのは、あまりにも悲しい思いであった。その話を聞いたトーマは、優しく諭すように言葉を続ける。

 

「嘘をつくのは止められんか?」

「うん……」

「娘よ、良く聞くのじゃ。お主の嘘は少々上手すぎる。それではみんなが困る。そうじゃな……もっと、すぐに嘘と判るような嘘をつきなさい。それならば、みんなが困る事はない」

「でも……それじゃあ誰も私の嘘を信じてくれない……また私は独りぼっちに……」

「いいや、そんな事は無いぞ」

 

 ぽん、とイオの頭に手が乗せられる。大きく、ごつごつとしているが、とても温かい手。俯いていた顔を上げ、目の前のトーマの顔を見る。そこには、満面の笑みを向けているトーマの顔があった。

 

「案外、そんな嘘でも騙される馬鹿正直な人間はおるものじゃぞ。例えば……ワシのようにな」

「おじさん……」

「ワシにはいつでも嘘をつきに来い。馬鹿なワシはいつでも騙されるぞ。娘よ、名前は?」

「イオ……」

「良い名前じゃ。それと、さっきのリーザス軍の作戦は、嘘にしては見事じゃったぞ」

 

 これが、イオとトーマの出会い。

 

 

 

GI1006

-ヘルマン 計画都市ポーン-

 

「大変よ、トーマのおじ様! 町の外れで女郎蜘蛛ハツネ・ヒラサカが蘇ったの!」

「なんじゃと!? ええい、このトーマが退治してくれるわ!」

「頑張って、おじ様!」

 

 トーマとの出会いから二年。イオからはかつての信憑性ある嘘がなくなり、代わりにすぐに嘘と判るような嘘しかつかなくなっていた。これにより、手が空いている大人はその嘘に付き合ってやり、そうでない大人は騙されることなく仕事を続けられるようになる。度々この町に視察に来ていたトーマは毎回その嘘に乗ってやり、イオの気が済むまで遊んであげていた。そんな日々の中でいつしかイオはトーマの事をおじ様と呼び、本当の娘か孫なのではないかという程に彼に懐く。かつてはどこか影のあるイオだったが、この頃には非常に明るくなり、町の人からも好かれる存在となっていた。

 

「ねえ、おじ様」

「ん? なんじゃ?」

 

 女郎蜘蛛を倒すために駆けていたトーマに、ふいに後ろから声を掛けるイオ。振り返って見ると、イオは無邪気な笑みを浮かべていた。

 

「私が将来軍人になりたいって言ったら、どうする?」

「うーむ……嘘であって欲しいのう」

「うふふ……さて、どうでしょう」

 

 

 

GI1014

-ヘルマン 計画都市ポーン-

 

「トーマのおじ様。やったわ! 私、入軍試験に受かったの!」

「なんと、本当か!?」

「もう……棒読み過ぎよ、おじ様。本当は知っているんでしょ。おじ様はお偉いさんだものねー」

「ばれたか。ワシも嘘が下手じゃの。嬉しくもあり、悲しくもある。複雑な気分じゃよ」

 

 町の視察に来ていたトーマに、ヘルマン軍への合格をいの一番に知らせるイオ。夢を叶えたのは嬉しいが、軍は危険な場所だ。トーマは複雑そうな顔をしながら、イオに問いを投げる。

 

「それで、どうしてヘルマン軍に?」

「実は、神様のお告げで……」

「それは聞くしかないのう……って、今くらい真面目にせんかい!」

「あーん、ちゃんと乗ってくれてありがとう。そうね……おじ様、昔私の考えた作戦を、良く出来ていたって誉めてくれたでしょ?」

 

 イオはトーマとの出会いを思い出す。リーザス軍の作戦を、自分のついた嘘を、トーマは誉めてくれた。あの日、自分の運命は変わったのだ。その言葉を聞き、顎に手を当てるトーマ。

 

「ふむ……確かに誉めたが、それだけか? 何か軍への思いみたいなものは……」

「……エレナちゃん。今日も花を売っているの?」

「あ、イオお姉ちゃん」

 

 強い思いは力に繋がる。そう考えるトーマがイオの思いの強さを聞こうとするが、イオはトーマの言葉を遮るように花売りの少女に近づいていく。

 

「うーん、今日も綺麗な花ね。もう全部買っちゃう!」

「えっ!? また!? お姉ちゃん、そんなにお花買って大丈夫?」

「世界中の男からモテモテの私は、これっぽっちの花じゃ足りないのよ」

「うふふ、ありがとう、お姉ちゃん」

 

 エレナから大量の花を受け取り、代金を支払う。手を振りながら帰って行くエレナを見ながら、黙って待っていてくれたトーマに向かってイオが口を開く。

 

「あの子ね、継母と連れ子のお姉さんにイジメられているの……まだ小さいのに、この寒い中花売りを強要させられているわ……」

「…………」

「私がね……少しでも国を良くする役に立つなら……あの子みたいな子供たちを減らせるなら……素敵だと思ってね……」

「軍は甘くないぞ……」

「うん……判っているわ、おじ様」

「そうか……」

 

 イオの思いを確認したトーマは一度それを噛みしめるように目を瞑り、イオに向き直ってその目をしかと見据える。そこにいるのは、親しいおじ様ではない。ヘルマンが誇る希代の将軍、人類最強の男。

 

「イオ・イシュタル。ヘルマン第3軍将軍として、お主を歓迎する!」

 

 その言葉がイオの胸に響く。溢れそうになる涙を必死に堪え、トーマに敬礼をする。軍を志望したもう一つの理由、トーマがそこにいるからという事は、胸に秘めながら。

 

 

 

LP0001

-ヘルマン 帝都ラング・バウ-

 

 ヘルマン軍に入軍したイオだったが、希望していた第3軍ではなく第1軍への配属となってしまっていた。最初こそ不満であったが、第1軍将軍のレリューコフはトーマと盟友であり、その事から第3軍との合同演習も多いため、軍の中でトーマとは十分顔を合わせられていた。ヘルマンには少ない魔法使いとして、イオは第1軍でその実力を注目され始める。同時に、嘘つきというのもすぐに広まった。

 

「イオ!」

「はい、なんでしょうか、レリューコフ将軍」

「少し話がある」

 

 通路を歩いていたイオはふいに将軍のレリューコフに呼び止められる。敬礼をしながら向き直るイオ。

 

「……イオ、もう少し嘘を抑える事は出来ないのか?」

「……性分でして」

「儂はトーマから話を聞いておるし、お主のつく嘘が基本的に無害な事は周知の事実。じゃが、嘘は嘘じゃ。プラスには働かんぞ」

 

 レリューコフがわざわざ忠告するのには訳があった。いくら判りやすい嘘とはいえ、普段から嘘を頻繁につくイオは同僚の間で孤立し、嫌われ者の部類に入っていた。だが、幼い頃に出来たトーマとの繋がりである嘘。イオにはそれを捨てる事がどうしても出来なかった。

 

「こればっかりは中々……」

「そうか……それで、トーマには伝えられたのか?」

「うっ……それはまだ……」

「ふふ……こうなっては嘘つきイオも形無しじゃな」

 

 顔を赤らめるイオ。彼女は以前一度だけレリューコフに相談した事があった。その内容は、お世話になっているトーマへどのように感謝の気持ちを伝えればいいのか、という内容だった。嘘ならつきなれているが、本心の気持ちとあっては中々恥ずかしくて伝えられない。ニヤリと笑うレリューコフ。

 

「あまり長くトーマを待たせるんじゃないぞ。儂もトーマも、老い先短いかもしれんからな」

「ふふ。お二人共、二百歳を超えても元気そうですけどね」

「せめて百じゃないのか……やれやれ……」

 

 レリューコフの言葉がちくりと胸を刺す。確かに出会った頃に比べてトーマは老けた。それに、最近トーマが何か悩み事を抱えているのは知っている。おそらく、パットン皇子とシーラ皇女の権力争いの件。

 

「早く伝えないと……ああ、でも言いづらい……」

 

 

 

LP0002 4月

-ヘルマン 帝都ラング・バウ-

 

「聞いたか? パットン皇子が第3軍を率いてリーザスを攻めたってよ」

 

 周囲の声が耳に届く。イオは結局この日までトーマに思いを伝えられずにいた。トーマはリーザスに侵攻したという。先程将軍たちが会議しているのをこっそり覗いたイオだったが、そこにはレリューコフやアリストレス、ロレックスといった所謂パットン派の将軍たちの苦々しい顔が並んでいた。それを見て、イオの不安が増す。トーマがこのまま帰ってこないのではないかという不安が。

 

「大丈夫……トーマのおじ様は……ヘルマン、いえ、人類最強の男なんだから……」

 

 自身に言い聞かせるようにそう呟き、イオはトーマの無事を祈る。帰ってきたら、今度こそ今までの感謝の気持ちを伝えよう。そう決意するイオ。だが、その数週間後に届いたのは、望んでいなかった報せ。

 

 

「皆の者……集まっているな」

 

 その日、第1軍は緊急招集をかけられていた。当然イオの姿もある。レリューコフが集まった第1軍の兵を見回す。一度だけイオと目が合い、レリューコフが悲しげな瞳になる。そして、その言葉は発せられた。

 

「パットン皇子率いる部隊は壊滅。パットン皇子は生死不明、そして……トーマ将軍が戦死した」

「えっ……?」

 

 自然とイオの口から声が漏れる。目の前が歪む。体が震え、息苦しくなる。

 

「(死んだ? 誰が? トーマのおじ様が?)」

 

 レリューコフが話を続けている。トーマの死を無駄にするなとか、ヘルマンはこれを乗り越え更に強くなるだとか、そんな事を言っている。だが、イオの頭には響かない。

 

「(嘘よ……だって……私、まだ伝えていない……)」

 

 足がふらつき、目から涙が零れる。思い出されるのは、今までの日々。トーマの笑顔、大きく温かい手。それが、目の前から消えていく。

 

「(大好きだって……お父さんみたいに思っていたって……伝えて……いや……)」

 

 瞬間、イオの体が崩れ落ち、地面に突っ伏す。周囲のヘルマン兵が何事かと見守る中、イオが大声で泣き出す。

 

「いや……いやぁぁぁぁぁぁ!!! うぁぁぁぁぁっっ!!!!」

「イオ……」

 

 レリューコフがそのイオの姿を見て悲痛な表情になる。知っているからだ。イオがどれ程トーマを思っていたかを。だが、周囲のヘルマン兵はそうではない。イオのその姿を見て、ぽつりぽつりと声が漏れ始める。

 

「おい、イオが泣いてるぞ」

「今回の作戦の失敗がそんなに悲しいのかねぇ」

「ま、でもイオの事だからあの涙も……」

「「「嘘なんだろうけどな」」」

 

 イオの涙が、その思いが、周囲に届く事はない。何より、一番届いて欲しかった相手は、もうこの世にはいない。

 

 

 

LP0002 7月

-闘神都市 街道-

 

 イオが拳を握りしめる。盟友であるレリューコフも、息子であるヒューバートも、戦いの中で死んだのなら本望だっただろうと言い放った。そんなはずはない。人類最強のトーマが、正々堂々戦って敗れる訳がないのだ。卑怯な手で殺されたに決まっている。それがどれほど悔しかったか、心残りだったか。気が付けばイオの瞳からは涙が零れ、唇を噛みしめていた。

 

「ルーク……殺す……殺してやる……必ず私の手でおじ様の仇は取る……」

 

 この誓いは、嘘ではない。

 

 




[人物]
イオ・イシュタル
LV 12/38
技能 魔法LV1
 ヘルマン調査隊メンバー。ヘルマン第1軍に所属する魔法使いで、軍でも有名な嘘つき。だがその嘘は、冷静に聞けばすぐに嘘だと判るものばかりであり、他人に迷惑を掛ける事は殆ど無い。幼い頃に出会ったトーマを父のように慕っており、軍に志願した理由もトーマの存在が大きい。それ故、トーマを殺したルークに深い憎悪を抱いている。

エレナ・フラワー
LV 1/5
技能 なし
 花売りの少女。継母と姉にイジメられながらも、健気に花を売っている。イオはお得意さん。
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