-上部動力エリア-
「ここが闘神都市の心臓部か……」
ルークが目の前にある巨大な四本の柱を見上げながら口を開く。浮力の杖を目指しているルークたちは、メリムの案内の下で上部中央エリアを通って動力エリアまでやってきていた。メリムの話では、闘神都市が浮遊しているのはここから生み出される魔力が原動力らしい。ランスが微妙に振動している柱を触りながらメリムに問いかける。
「何だこれは。巨大なバイブか?」
「そんな訳ないでしょ!」
「強大な魔力を貯えた柱だな」
「一本持って帰れないかしら。ゼスに高く売れそう」
ナギが柱の貯えている魔力量を感じ取り口を開く。魔法大国ゼスでも、これ程の魔力を持った道具は中々お目にかかれない。ロゼもこの柱を見上げながら、この都市が魔力に重きを置いていた都市であると確信を深めていた。それを横目に、メリムがランスの疑問に答える。
「この巨大な柱は、闘神都市を動かす為に使われている魔力を貯えています。魔法球より集められた魔力がここに蓄積され、いざという時のエネルギーとなるのです。この状態はざっと見て蓄積率20パーセントというところでしょう。ですが、この状態でも強力な魔力を有しています。それは、かの大探検家が見つけた魔法道具に匹敵……」
「ぐぅ……ぐぅ……」
「難しい話になったからセスナが寝ちゃったわよ」
メリムがくどくどと説明を始めたが、セスナが寝たことを口実にロゼが話を切る。彼女もそんな長い話は聞きたくなかったのだろう。ウスピラが柱を見上げながら口を開く。
「魔法球というのは……?」
「それはこちらにあります。それと……言いそびれていましたが、お捜しのアリシアさんも……」
「なにっ!?」
「こっちです」
メリムが不穏な言葉を残して柱の置かれた部屋を出て行き、通路の角を曲がっていく。ルークたちもすぐにその後をついていくと、そこには小部屋があった。中に入ると、部屋の中心に巨大な水晶が置かれている。その水晶の中には、一人の少女が取り込まれていた。
「これは……」
「全裸の美少女ではないか!」
「彼女がアリシアさんです」
メリムが悲しそうな表情をしながらそう言葉にする。その様子に察するものがあったルークは水晶に取り込まれたアリシアを見ながら、横に立つメリムに問いかける。
「行方不明になったと聞いていたが……そうか、ヘルマンに攫われていたのか」
「そうです。私たちが闘神都市の装置を動かす動力として、ここに彼女を……」
「あの変態親父に無理矢理やらされたんだろう? 気にするな」
自分たちの非道な行いに落ち込みそうになるメリムだったが、その彼女に向かってランスがぶっきらぼうに声を掛ける。レイラはアリシアの取り込まれた水晶玉に手を触れながら、抱いていた疑問を口にする。
「彼女一人でこの闘神都市の装置が動くものなの?」
「人間の生体エネルギーは強力ですし、彼女は神官なので尚更です。魔法使いや神官の女性は特に強い生体エネルギーを宿しているんです」
「女性? 男性では駄目なのですか?」
リックの問いかけには、魔法使いであるウスピラが代わりに答える。どうやらその事は魔法使いの間では常識らしい。
「駄目という訳ではない……でも、生命を宿す力のある女性の方が生体エネルギーは強い……」
「へぇ……って、ランス、何アリシアさんの胸を揉んでいるのよ!」
「心臓が動いているのか確かめているだけだ。ふむ、いい感触だな」
アリシアの上半身は少し外に出ているため、ランスはしっかりとその胸を揉んでいた。マリアに注意を受けるランスだが、特に悪びれる様子もなく質問を続ける。
「それで、彼女は助け出せるの?」
「残念ながら、今は無理です……」
「今はですかー? それはどういう事ですかねー?」
「ここのエネルギーを逆流させれば、彼女を水晶球から出すことは可能です。ですが……」
「どうなるんですか?」
「エネルギーの逆流なんか、人間の体で耐えきれるものじゃないわね」
メリムが言い難そうにしているので、ロゼが頭を掻きながら代わりに口にする。それを聞いた一同の反応は様々。元々察しのついていたナギやウスピラは普通にしており、反面マリアやかなみは青ざめている。代表してかなみが答えを聞く。
「それは……つまり……」
「体が粉々になるわね」
「そんな! それでは助けられないじゃないか!」
「興奮するな。メリムに言っても仕方ないだろ」
「何か手はないんですの?」
サーナキアが声を荒げ、それをフェリスが諫める。人の死には慣れているため、多少落ち着き払っていた。チルディが口元に手を当てながら他の手段を尋ねてくる。その問いに対してもメリムは少し言い難そうにし、だが今度は自分でしっかりと言葉を続けた。
「水晶球には一人しか取り込めないのです。誰かが代わりに取り込まれれば、先に入っていた人は解放されます……」
「代わりにという事は……その人は……」
「……想像の通りです」
「そんな……」
セスナの問いにゆっくりと頷くメリム。それを見たシィルの表情は暗い。それは、誰かを身代わりにしてアリシアを救出するという手段なのだ。そんな事、認められる訳がない。少しの静寂の中、ルークが代表して口を開く。
「……アリシアには悪いが、少し様子を見る事にしよう。何か他に手段が見つかるかもしれないからな」
「そうね。ひとまず先に進みましょう」
部屋を後にしようとするルーク。そのとき、フェリスがあるものを発見する。それは、アリシアが取り込まれているのと全く同じ水晶球。
「おい。水晶球は二つあるのか?」
「そうです。装置を動かすだけなら一つで足りたので、使っていませんが」
「ふむ……という事は、もう一人取り込めるという事か。ジロジロ」
「ら、ランス様……どうしてそんなにジロジロと見るんですか……?」
ランスが意地悪な顔をしながらシィルを見る。困ったような顔を浮かべながら、シィルが首を振る。そのままぞろぞろと部屋を出て行く一同。そんな中、ルークが一度だけ振り返り水晶球を見る。
「もう一つの水晶球か……」
その存在が、何故かルークの胸に引っかかった。
-上部司令エリア-
「ここが司令室になります。動力エリアで生み出された魔力を使って、闘神都市を動かすことの出来る部屋です」
動力エリアの下の階にある司令室まで辿りついたルークたち。とても五百年以上前のものとは思えない装置や魔法器具の数々が置かれており、一同は不思議そうにそれらのものを眺めていた。
「これ程のものが、そんな古くに存在していたとは……」
「でも、今は動かないんですよね?」
「はい。先程お話ししたとおり、四つのキーを集めないと闘神都市を動かすことは出来ません」
かなみの問いに頷き、メリムが鍵穴を指差しながらそう答える。キーをまんまと奪われた事を思い出し、ランスが忌々しげに右拳を握る。
「クソッ、ヘルマンの野郎共め。それにイオの奴もだ。次に会ったらひぃひぃ言わせてやるぞ!」
「イオか……」
ルークは自分を激しく恨んでいる相手の事を思う。この闘神都市で再び巡り会う事になるであろう、イオの事を。彼女は今何をしているのだろうか。次に出会ったとき、どのように自分に復讐するつもりなのだろうか。
「それで、浮力の杖へはどのように?」
「こちらです。こちらに転移装置が……えっ!?」
「どうした!?」
転移装置のある部屋の扉を開けようとしたメリムだったが、突如驚いたような声を出したため、何事かとサーナキアが問いかける。
「転移装置が動いているんです……浮力の杖側から、誰か来ます!」
「なんですって!?」
「志津香さんたちじゃないんですかねー?」
「可能性はあります。でも……それ以上に……」
「ヘルマン軍の可能性もあるという訳か……」
扉を前に全員が身構える。ヘルマン軍であれば、当然あの闘将ディオがいる可能性がある。瞬間、扉から光が差し込んでくる。誰かが転移装置によってワープしてきた証拠だ。それと同時に、今までうとうととしていたセスナが急に目を見開く。
「やばい……」
「感じ取ったか、セスナ……」
「気配は一つ……ですがこれは……」
「強いな……圧倒的に……」
セスナの言葉にルーク、リック、ナギの三人も反応を示す。ランスも無言でシィルを自分の背中で隠しているため、この気配の異様さは判っているのだろう。気が付けばルークの頬に汗が流れていた。扉の向こうの主から感じる圧力、それはあまりにも強烈なものであった。
「まさか、本当に闘将!?」
「いえ、魔人かもしれないですわね……」
かなみとチルディもお互いに武器を取る。チルディの瞳に迷いはない。例え歯が立たずとも、格上だろうとも、足掻いてみせる。その二人の言葉を聞きながら、ルークは考えを巡らせる。
「(ディオでもパイアールでもない……このプレッシャーは、それよりも遙かに上のもの……一体何者だ……)」
「ルーク、気が付いているか? これはノスよりも……」
「ああ、上だな……」
フェリスの言葉に頷くルーク。かつての強敵、魔人ノスをも上回るかもしれない圧力。下手すれば、魔王ジルに匹敵するのではないかとすら思える。そんな威圧感が、扉の向こうから放たれていたのだ。瞬きすら出来ず、扉に注目する一同。そして、その扉がゆっくりと開かれた。
「ん? おほほほほ、こんな所にお客様とは珍しいでおじゃね」
「へっ?」
扉から出てきたのは猫の顔と人間の体という猫人間。その姿を見た瞬間、それまであった圧力は四散した。
「気のせい……?」
「いや、ですが……」
セスナが首を捻り、リックが呆然と今まで感じていたプレッシャーの謎を考える。目の前の猫人間からはそのようなプレッシャーを全く感じない。だが、扉の向こうにいたのはこの猫人間なのだ。ルークが険しい表情のまま、目の前の猫人間に問いかける。
「……何者だ?」
「おほほほほ、呼ばれて飛び出てじゃんじゃじゃーん! まろはキング・ドラゴン。略してK・Dと呼ぶがいいおじゃ!」
陽気に答えてくるK・D。フェリスも鎌を下ろしながら口を開く。
「やっぱり何かの間違いだったのかしら……?」
「試せば判る。ファイヤーレーザー」
「うむ。死ねぇぇぇぇ!」
「ひぎぃぃぃぃぃ!!」
突如ナギがK・Dに向かってファイヤーレーザーを放ち、ランスが思い切り剣で斬りつける。絶叫と共に炎の中に崩れ落ちるK・D。
「って、いきなり何て事をなさいますの!?」
「ていっ!」
「痛っ!」
チルディが驚愕している中、ぽかりとナギの頭を叩くロゼ。自分が何故殴られたのか判っていない様子のナギは、ロゼを睨み付けながら文句を言う。
「何をする」
「あのね……敵かどうかも判らない相手にいきなり攻撃を仕掛けないの」
「ルーク、そうなのか?」
「そうだな……ロゼが正しい」
「そうか……だがあの男は?」
ナギが正面を指差す。そこには、がははと笑いながら倒れたK・Dに更に剣を突き刺しているランスの姿があった。ポリポリとルークが頬を掻いていると、代わりにサーナキアが答える。
「あれは悪い見本だ。あのような人間になってはいけない。鬼畜の所行だ」
「ふむ、そうなのか」
サーナキアの言葉に素直に頷くナギ。すると、炎を纏いながら倒れていたK・Dがむくりと立ち上がった。
「死ぬかと思ったでおじゃよ……」
「生きてるですかー? ホラーです!」
「生命力の高い生き物なのかしら……」
「ぷりょみたいに? うっ……トラウマが……」
「K・Dとやら。あんたは何が目的でこの迷宮にいる?」
トマトが騒ぎ立て、レイラが興味深げにK・Dを眺めている。マリアは自己再生するモンスターのぷりょを思い出し、少し前の出来事を思い出して項垂れていた。それを横目に、ルークはK・Dに問いかける。
「ん? まろは古い友人に久しぶりに会いに来ただけでおじゃよ」
「古い友人に会いに? 貴方はこの闘神都市に住んでいるんではなくて?」
「違うでおじゃ。普段は地上で生活しているでおじゃよ」
「では……どうやって闘神都市に……?」
チルディの問いかけに平然と答えるK・D。地上に住んでいるのであれば、一体どうやってこの闘神都市に来たというのか。今度はウスピラが問いかけると、K・Dは平然とその手段を口にした。
「勿論、飛んで来たでおじゃよ」
「行くぞ、こんな大嘘つきに付き合っている暇はない」
ランスがK・Dを無視し、転移装置に向かって歩いて行く。確かに羽も生えていない猫人間がここまで飛んでくるとは考えにくい。他の者たちも疑念の視線を向けていた。
「本当なんでおじゃがね……んっ?」
落ち込んでいるK・Dだったが、突如ルークに近づいてくる。その視線の先には、ルークが腰に下げている幻獣の剣。
「その剣は……」
「幻獣の剣がどうかしたか?」
「なるほど……ガイアロードから剣を譲り受けた人間というのは、お主でおじゃね?」
「ガイアロードを知っているのか!?」
「誰だ、そいつは?」
「ランス様、カスタムの事件のときの……」
K・Dの口から予想外の人物の名前が飛び出てくる。かつてカスタムの町で起こった事件の際、ルークに幻獣の剣を譲ったミイラ男、ガイアロード。ランスはすっかり忘れているようであり、シィルがガイアロードについての説明をしている。
「おほほほほ、ガイアロードはまろの友人でおじゃからね。話は聞いているでおじゃよ」
ルークをジロジロと見るK・D。ケイブリスを倒すと豪語したという人間だと聞いており、一度会ってみたいと思っていた人物だからだ。
「ふむ、やはり良い目をしているでおじゃね。それで、その折れた剣はどうしたでおじゃ?」
「これか? つい先程、敵に折られてしまってな」
ルークが折れた妃円の剣を腰から抜く。長く使っていた剣であるためどこかに供養しようと思い、捨てずに腰に下げていたのだ。
「ふむふむ……だからそんな重そうな剣を使っているでおじゃね」
「バスターソードの事か? まあ、一応な」
「(一目で見抜くとは……やはりこの御仁は……)」
今度はルークの握っていたバスターソードに視線を移し、そう宣うK・D。一目見ただけでバスターソードがルークに合っていないという事を見破ったのだ。やはりただ者ではないのかもしれないとリックが考えていると、トマトがK・Dに向かって口を開く。
「ルークさんは剣を探し中なんですかねー!」
「なるほど、なるほど……幻獣の剣では駄目なんでおじゃか?」
「霊体系の敵相手には重宝するが、普通の敵相手ではいささか力不足でな」
幻獣の剣はミルの幻獣や霊体系のモンスターに多大なダメージを与えられる珍しい剣だが、反面斬れ味自体は普通の域であり、愛剣として使って行くには力不足なのだ。貰い物であるため無碍にする気はないが、それでも普段は出来るだけもっと斬れ味の良い剣を使いたい。ため息をつくルーク。
「どこかに良い剣があればいいんですけどね……」
「あるでおじゃよ!」
「えっ?」
かなみの言葉に即答するK・D。思わぬ発言に一同の視線が集中する中、K・Dは意味深にニヤリと笑った。
「ついて来るでおじゃ!」
-上部中央エリア-
元来た道を逆走し、K・Dが道案内をする。そこは、普通では辿り着けないよう巧みに隠された秘密の部屋。そんな隠し部屋を知っていたK・Dに驚く一同。
「何故このような場所を……」
「おほほほほ、まろは何でも知っているでおじゃよ。ほら、ついたでおじゃ」
K・Dがそう言って部屋に招き入れる。そこは、穴の空いた台座が三つ置いてあるだけの部屋であった。チルディが部屋の中をきょろきょろと見回しながら口を開く。
「ちょっと待ってくださいまし。どこに剣があるんですの?」
「剣を手に入れる者、三倍の代償を受けよ」
「えっ?」
突如、K・Dが真面目な口調でそう呟く。ほんの一瞬ではあったが、威厳のようなものすら感じた。しかしその空気は一瞬。すぐに先程までの口調に戻る。
「おほほほほ、つまりはこの台座に剣を三つ刺せばいいでおじゃよ」
「へぇ、凝った仕掛けね」
「但し、注意事項が二つ。手に入る剣は刺した剣の攻撃力に依存するでおじゃ。弱い剣を刺したら、へなちょこな剣が手に入るでおじゃよ。そして二つ目。刺した三本の剣は二度と抜けないでおじゃ」
「なるほど……それが代償……」
「どんな仕掛けなんだろう……」
レイラとウスピラが台座を見下ろし、マリアは興味津々の様子で台座をペタペタと触っていた。それに続くようにルークも台座の穴を見る。確かに丁度剣先が刺さりそうな大きさの穴だ。
「これは折れてしまった剣でもいいのかな?」
「折れていても攻撃力は変わらないから問題ないでおじゃよ」
「そうか……なら一本目は決まったな。今までご苦労だった」
ルークが先の折れた妃円の剣を台座に刺す。名剣である妃円の剣。攻撃力としては申し分ないだろう。二つ目の台座に近づき、バスターソードを腰から抜く。チラリとメリムに振り返るルーク。
「メリム、折角貰った剣だが……」
「気になさらないでください。どうせ宝箱から見つけた剣ですから」
その言葉を受け、ルークがバスターソードを台座に刺す。これで二つ。そのまま三つ目の台座に近寄っていくルーク。この穴にもう一本剣を差せば、隠された剣が手に入る。K・Dの言葉が真実ならば、既に妃円の剣とバスターソードで攻撃力は十分なはずだ。となれば、この三本目の剣はそこそこの攻撃力のものでも十分優秀な剣にはなるはず。一度だけ幻獣の剣に手を掛けたルークだったが、その動きが止まる。
「どうしたでおじゃか?」
「…………」
ルークはガイアロードの事を思い出す。ケイブリスへの無念を、この剣と共に持って行くと誓った。その剣をここで代償にしてしまうというのか。それは、ガイアロードへの裏切りではないか。
「ガイアロードは気にする男ではないでおじゃよ」
「だが……」
ルークがそう言った瞬間、ガン、と台座に剣が突き刺さる。それは、攻撃力だけを考えれば文句なしの名剣、無敵鉄人の剣。ルークが驚きながら振り返ると、そこにはサーナキアが立っていた。
「サーナキア……」
「やっぱりこの剣はボクには重すぎるからな。騎士として、ここで使うのが一番だと判断したまでさ」
「スマン、恩に着る……」
静かに笑うサーナキアにルークが感謝をしていると、突如台座から光が溢れ出し、目の前の壁が轟音共に開いていった。これが台座に隠された仕掛けなのだろう。
「見てくださいまし! 剣が……」
「ほえー! なんだか神々しいですかねー」
「本当に判ってるのか?」
チルディが指差す先、開かれた壁の向こうには漆黒の剣が置かれていた。トマトが剣を見ながら感嘆し、フェリスは苦笑しながらトマトに突っ込みを入れる。その剣を見据えながら、ルークは剣の前まで歩みを進める。
「手に取ってみるでおじゃよ」
「ああ……」
K・Dに促され、剣を手に取るルーク。妃円の剣以上に軽い。だが、見ただけで判る。その斬れ味は無敵鉄人の剣以上だろう。三倍の代償を支払った以上の価値がある、正しく名剣の部類。
「魔法剣ブラックソード。その剣の名前でおじゃよ」
「ブラックソードか……」
「なるほど、俺様にピッタリだな。この黄金の剣と交換だ、ルーク」
「ランスは少し黙ってなさい」
ずかずかとルークに向かって歩いていくランスをマリアが引き留める。それに苦笑しつつ、ルークがブラックソードを掲げる。手に馴染む。まるで今までずっと使ってきたかのような感覚だ。愛剣であった妃円の剣の魂も引き継いでいるという事だろうか。
「斬れ味が良いだけじゃなく、隠された能力もあるでおじゃが、それは内緒にしておくでおじゃ。自分で見つけるでおじゃよ」
「K・D、感謝する」
ルークがK・Dに頭を下げる。思わぬ形で手に入った名剣、これ程の幸運もそうはない。かなみたちもすぐに駆け寄ってきてその剣を見る。
「これは凄い剣ですね……」
「ふむ。少しだけ魔力も感じるな」
「やりましたね、ルークさん!」
リックがしげしげと眺め、ナギがその纏った魔力を興味深そうにしている。かなみがまるで自分の事のように嬉しそうな顔をしているのを見ながら、ルークはブラックソードを握り直す。
「折角これ程の剣が手に入ったんだ。もう遅れを取る訳にはいかないな……」
「ディオの事か?」
「ああ……」
フェリスの問いにルークが即答する。この剣であれば、奴にもまともにダメージを与えられるかもしれない。
「そうですわね。その剣であれば、あんな人形に遅れを取ることはありませんわ」
「でも……ディオも相当強い……」
チルディが賛同するが、セスナはディオの強さも侮ってはいけないと注意を促す。自分が腹を貫かれたからという理由だけではないだろう。現在レベル以上に頼りになるセスナの感性は全員が認めていた。
「ああ、セスナの言うとおりだ。だが、負ける訳にはいかないさ。男として、同じ相手に二度はな……」
「あんたも男の子ねー……でも案外……」
ロゼがやれやれという目でルークを見ながら、軽い口調で言葉を続ける。
「今頃、魔人辺りにやられているかもよ?」
-下部動力エリア-
「がぁっ!」
「ふっ……」
ディオの手刀が空を切り、メガラスの剣がディオの顔面に命中する。よろけるディオ。そのまま追い打ちを掛けてくるメガラスに、ディオがカウンターで手刀を繰り出す。その一撃は確かにメガラスの体に命中した。だが、ダメージがない。
「何だこれはぁぁぁ!!」
「…………」
叫ぶディオにメガラスが無言で一撃を入れる。流石にディオの体も頑丈だが、メガラスの攻撃は確実にダメージとして蓄積されており、鉄壁の装甲がところどころ傷つき始めていた。あれ程素早かった動きもダメージによって徐々に鈍ってきており、戦い始めた頃に比べると明らかに精細を欠いている。
「これが……魔人……」
「くっ……」
サイアスは呆然とした様子で目の前の戦いを見ていた。自分たちが数人掛かりでも歯が立たなかった闘将が、たった一人の魔人によって倒されようとしているのだ。これが、魔人の力か。サイアスに肩を抱かれているミスリーもその強さを少しだけ悔しそうに見ていた。本来であれば自身の敵である魔人。だが、自分では目の前の魔人には勝てないだろう。その事をハッキリと自覚してしまったのだ。
「勝負あったわね。流石メガラス」
ハウゼルが余裕の表情で目の前の戦いを見ている。メガラスは魔人の中でも特別才能限界や技能レベルが高い魔人ではない。いや、むしろ技能レベルなどは低い部類だろう。だが、ホーネット派の魔人は彼に絶大の信頼を置いていた。古参魔人の一人であり、その豊富な実戦経験から来る冷静な戦い方。それは、才能をも凌駕する。
「はぁっ……!」
「ク……認めぬ……何だこれは……」
メガラスからの攻撃を受けながら、ディオは困惑していた。彼は魔人が持つ無敵結界の存在を知らなかったのだ。確かに魔人戦争の際に魔人が率いる部隊と戦った事はあるが、両者多くの兵が入り乱れていたあの戦場では、これ程一人の相手と長く戦う機会はなかった。魔人に攻撃を仕掛けた際にダメージが通らなくても、それは何かしらの防御をされていたのだろうと考えていたのだ。そのためディオはその事を深く気に止めず、魔人以外の多くのモンスターを虐殺し続けた。そういった理由に加え、フリークの手によって封印されたディオはあまり長い期間魔人と戦っていない。だからこそ、今初めて知る。無敵結界の存在を。
「ふざけるな……ふざけるな、ふざけるなぁぁぁ!!」
「無駄だ……」
ディオが手刀を繰り出すが、またも結界に阻まれノーダメージ。ディオの攻撃は当たる。それは、無敵結界によって避ける必要の無いメガラスが全速で戦っていないからだ。確かに当たっているのに、ダメージが通らない。こんな理不尽な事があってたまるかと、ディオがメガラスを激しく睨み付ける。
「(ふざけるな……何だこれは! 魔法か? 魔法の結界なのか?)」
ドロドロと闇が渦巻くように、ディオが無敵結界を憎悪する。殺せない、これでは目の前の敵を殺せないではないか。
「(判らぬ……なんだか判らぬが……こんなもの認めぬ……)」
メガラスの猛攻を受けながらも、ディオが必死に反撃を続ける。その攻撃は全て無敵結界に阻まれていたが、その感覚にディオは既視感を覚える。
「(違う……知っている、私はこの結界を知っているぞ……)」
それは、遙か遠い記憶。ディオがまだ人間であった頃の出来事。微かに記憶に残っている。この結界の持ち主と対峙した事を。そして、殺した事を。ならば思い出せ、そのやり方を。かつてはこんな理不尽な結界に阻まれる事無く殺せたのだ。ならば、今でも出来ない道理がない。俯いているディオに向かってメガラスが叫ぶ。
「終わりにするぞ、ディオ!」
メガラスが猛スピードでディオに迫り、その頭に剣を振り下ろそうとする。これで終わり。死んでいった同胞の仇討ちの完了だ。だが、突如感じる狂気。
「コンナフザケタモノ、ワタシハミトメヌ……認めぬ!!」
「っ……!?」
ディオがメガラスの胸目がけて手刀を突き出す。それは、通るはずのない攻撃。だが、それは古強者であるメガラスの勘か。その攻撃をすんでの所で右に躱すメガラス。胸に当たるはずであった手刀はメガラスの左肩に命中し、そのまま無敵結界ごとメガラスの左肩を貫いた。
「っ!?」
「なっ……!? どうして結界が……」
メガラスがすぐさまバックステップで後方に下がる。その様子を見ていたハウゼルは目を見開いて絶句していた。無敵結界があるはずのメガラスを、目の前の闘将が傷つけたのだ。それは、有り得ぬはずの光景。
「ククク、カカカカカ! 認めぬ、認めぬよ! そんな理不尽なもの、この私は認めぬ!!」
絶叫しながら笑うディオ。魔法を信じていない、ただそれだけで絶対魔法無効化能力を身につけた闘将は、今再び進化する。無敵結界を認めない彼は、方法は判らないがたった今無敵結界を無効化したのだ。貫かれた左肩を見ながら、メガラスが口を開く。
「ハウゼル……その二人を連れて……この場から離れろ……」
「……判ったわ。足手まといみたいだしね」
ハウゼルが素直に頷き、サイアスとミスリーの腕を掴む。理由は判らないが、無敵結界を無効化し、魔法も効かない相手なのだ。自分がいても役には立たない。それに、メガラスの真骨頂である超スピードの戦いをするというのなら尚更だ。
「行きましょう!」
「ああ……悔しいが、俺がいても邪魔になるだけみたいだしな……」
サイアスも素直に応じ、ミスリーも無言で頷く。後ろ髪を引かれる思いを感じつつも、二人はハウゼルと共に通路を逆走してこの場を離れていく。去っていく最中、ハウゼルは一度だけ振り返って声を掛ける。
「死なないでよ、メガラス」
「誰に言っている……任せろ……」
メガラスの返事に満足したのか、ハウゼルはフッと静かに笑い、今度は振り返ることなくこの場から去っていく。残されたのはメガラスとディオのみ。
「クカカカカ!!」
「…………」
笑っている目の前の闘将を見ながら、自分の選択は正しかったとメガラスは確信する。もし自分でなくアイゼルがこの闘神都市に来ていれば、無敵結界に頼る傾向のあるアイゼルは先程の一撃で致命傷を負っていただろう。ハウゼルでなくサテラを連れてきていたら、あれ程聞き分けよくこの場から離れていかなかっただろう。近接戦闘に長けるサテラの方がディオ戦においては戦力になったかもしれないが、この狭い通路に残られては邪魔なのである。これから見せる、メガラスの戦い方には。
「ふっ……」
「クカカカカ……んっ!?」
メガラスが一度だけ息を吐いたと思うと、次の瞬間その姿が消え、ディオの周りの壁中から音が響く。そのまま元いた場所に戻ってくるメガラス。その間、僅か一秒。たったこれだけの間に、メガラスは周囲の壁を走り回ったのだ。それは、準備と威嚇を兼ねた動き。
「それが貴様の全速か……?」
「…………」
それは無言の肯定。魔人最速の男、メガラス。その全力が、今目の前の闘将に向けられる。
「最早影すら踏ませぬ!」
「踏まぬさ、踏むのは地に倒れた貴様の体だからな!」
瞬間、メガラスの体が消える。残像すら目に捉える事の出来ぬ、スピードの極地。
「ハイスピード!」
「クカカカカ!!」
激しい金属音を響かせながら、戦いはその激しさを増していった。
[人物]
アリシア
LV 2/10
技能 聖魔法LV1
聖ヨウナシ降臨教会の神官。妹のシンシアと違い、信仰心はあまりない。ビッチたちに捕まり、闘神都市を動かす動力源とさせられている。
K・D (4)
クイズ好きの猫人間。その正体はドラゴンの王、マギーホア。闘神都市にやって来た理由は、古くからの友人が開いているオフ会に参加するためである。ガイアロードが認めたというルークに以前から興味があり、その目を見て預けるに値すると判断し、ブラックソードを授ける。
[装備品]
ブラックソード
闘神都市で手に入れたルークの新しい愛剣。漆黒の魔法剣で、見た目以上に軽いが、その斬れ味は妃円の剣や無敵鉄人の剣を上回る。更に、K・D曰く隠された能力を保有しているらしい。