ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第78話 聖魔教団の秘術

 

-浮力の杖 一階-

 

 転移装置から強烈な魔力が放たれ、部屋が光に染まる。そして、その光の中からルークたちの姿が現れる。K・Dが使っていた転移装置をルークたちも使用し、こうして浮力の杖へとやってきたのだ。

 

「ここが浮力の杖か……」

「はい。ここは町の周りに立っている五本の塔の内、最も高い塔の中となっています」

「ところで、何で浮力の杖って呼ぶの?」

「そこまでは……」

 

 メリムの言葉を受けてルークたちは周囲を見回す。教会の地下を通って南の塔に入った事のあるルークは、壁の作りなどがそっくりである事からここが塔の一つであることに確信を持ち、納得がいったように頷いていた。ロゼが名前の由来を尋ねるが、メリムも闘神都市に残されていた書物で名前を知っただけで、由来までは判らないらしい。

 

「この上層部にある風邪薬を持って行けば、鍵が手に入る訳ね」

「それに、もしかしたら志津香たちがここにいるかもしれませんからね」

 

 レイラとかなみが現状の再確認をする。志津香たちとの合流と、鍵を手に入れるための風邪薬の入手。これが目下のやるべき事だ。風邪薬の置いてある上層部を目指すため、ルークたちは通路を歩き出す。すると、突如目の前にやまんばとバウが現れる。その数併せて五体。珍しい人間の来客に喜び勇んでいる様子で、倒すのは自分だと我先に姿を現したのだ。だが、目の前の人間たちと対峙して、モンスターは出てきた事を後悔する事になる。

 

「んっ? げっ、醜いババアモンスターじゃないか」

「ぷりょ相手には不覚を取ったけど、もうそんな油断はしないわよ」

「掛かって来るのならば容赦はしませんよ」

 

 ランスがやまんばを見て顔を歪め、レイラとリックが静かに剣を抜く。

 

「ほう……来るだけの気概があるとはな……」

「死に急いでいる……?」

 

 ナギがバウを見上げながら両手に魔力を溜め、ウスピラの周囲に雪が舞い始める。

 

「ブラックソードの試し斬りには丁度良さそうだな」

「だから……あんたは雑魚モンスター相手には出るなって言ってるでしょ!」

「ルークさん、ここは私たちに任せてください」

 

 ブラックソードを抜くルークを注意するフェリスと、忍剣を構えるかなみ。大陸でも屈指の実力者たちが、これ程の人数揃っていたのだ。モンスターは激しく後悔する、何故出てきてしまったのかと。

 

「私たちの出番はなさそうねー」

「そうですねー」

「良いのでしょうか……?」

 

 結局ルークは早く試し斬りをしたくて前に出ていってしまった為、ヒーリングを掛ける必要のなくなったロゼは暇そうにマリアと話している。その横に立っていたシィルは少し申し訳なさそうにしていた。サーナキアは勿論、トマトとチルディも必死に参戦しているというのに、自分たちだけこんなに暢気にしていていいのだろうか。

 

「相変わらず真面目ね、シィルは。いいのよ、休める時に休んでおくものよ」

「そんなものでしょうか……」

 

 結局、モンスターたちは一分と持たなかった。五体のモンスターを瞬殺した一同に疲れの色は全く見えない。やはり普通のモンスター相手では死角のない面々である。ルークがバウを一撃で両断したブラックソードを見定める。

 

「ここまでとは……恐ろしいほどに強力な剣だな」

「K・D殿に感謝せねばなりませんね」

 

 まるで数年にも渡って使ってきた剣のように手に馴染む。これは、妃円の剣の魂が成せる事だろうか。そのとき、通路の向こうから更に新手がやってくる。セーラー服を着た女の子モンスターだ。目の前で倒れている五体のモンスターを見るや否や、声を上げる。

 

「にゃにゃー! 部下のモンスターたちがやられているにゃ!」

「新手か?」

「あれ……あの女の子モンスター、どこかで……」

「ん?」

 

 叫んでいる女の子モンスターに何やら見覚えがあるようであり、シィルが首を傾ける。ルークもその声につられるように女の子モンスターの顔を見る。すると、通路の奥から更に女の子モンスターが現れた。それは、妖艶な雰囲気を纏わせたほぼ全裸の女の子モンスター。

 

「何よ、騒がしいわね」

「あっ、ラルガ様! やまんばとバウが冒険者にやられてしまっていますにゃ!」

「冒険者……? こんな場所に?」

「ラルガ……あぁ、あの時のサッキュバスじゃないか!」

「ああ、カスタムの!」

 

 ランスがその名前を叫ぶと、シィルも思い出したのか、ポン、と手を叩く。現れた女の子モンスターは、カスタムの事件の際にランスの前に立ちはだかったサッキュバスのラルガと、その部下のラルガのねこであった。ラルガのねこは三体ほど引き連れている。

 

「ラルガ……?」

 

 ルークがラルガの顔を見る。カスタムの事件の際、ルークはラルガと会っていない。志津香の屋敷に入るための鍵を手に入れるためにランスとシィルはラルガと対峙し、H勝負の末に鍵を手に入れたが、ルークは屋敷に掛かっていた結界を無効化して単身潜入したためである。当然ラルガの顔は知らないはずなのだが、その顔を見た瞬間何故かルークは額から汗を流し、リックの背に隠れてしまう。

 

「ルーク殿、どうされましたか?」

「いや……何も聞かずに、このまま放っておいてくれ……」

 

 リックが不思議そうにルークを見ているのを尻目に、ラルガがランスの顔を確認して口を開く。

 

「あぁ……貴方、ランスね」

「がはは、久しぶりだな」

「誰? 誰ですか、ラルガ様」

「私も忘れちゃいました、ラルガ様」

 

 ラルガに次々と問いかけるラルガのねこ。ランスに冷たい視線を送りながら、ラルガがそれに答える。

 

「私は過去、人間とのH勝負で三度負けた事がある。その中で唯一、卑怯な手で私に勝った男よ……」

「卑怯な手とは失礼な。正々堂々と戦った結果ではないか!」

「媚薬を使って勝っておきながら、よくもまぁ……」

「というか、H勝負って何よ、ランス……」

 

 話を聞いていたマリアが呆れたようにため息をつく。それは一体どんな勝負なのかと突っ込みを入れたくなる気持ちも判ろうというものだ。他の面々もナギとロゼ以外は冷ややかな視線だ。すると、ラルガが妖艶な笑みを浮かべてくる。

 

「ふふ、丁度良いわ。あれから私も多少レベルアップして強くなったし、もう一度H勝負と……あら?」

 

 ランスにリベンジを果たそうとしたラルガだったが、そのときある男の存在に気が付く。視線を向けられている事に気が付いたその男はリックの背に隠れ直すが、時既に遅し。

 

「あ、あ、あんたはまさか!?」

「違う、人違いだ……」

「そんなわけないわ! ルーク、貴方が何故こんな所に!?」

 

 ラルガが目を見開きながらルークを指差す。ランスとシィルだけではなく、ルークも知り合いだったのだろうかと仲間たちの視線が一斉に集まる。

 

「ルークさん、ご存じなんですか?」

「冒険中に出会った事でもあるんですかねー?」

「うっ……」

 

 かなみとトマトの純粋な視線がルークに突き刺さる。言い淀むルーク。そんなルークの様子を気にする事無く、ラルガのねこが主人に問いかける。

 

「誰? 誰ですか、ラルガ様」

「私は過去、人間とのH勝負で三度負けた事があると言ったわね。その内の一人が、奴よ!」

 

 瞬間、時が止まった。そして数秒後、絶叫が通路に響き渡る。

 

「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」」」

「お、お前何やってるんだ!!」

「詳しくお聞かせ願えません事?」

 

 シィル、かなみ、トマト、マリアが叫んだ後呆然とし、フェリスがルークに突っかかって行き、チルディは興味津々に根掘り葉掘り聞いてくる。

 

「ほ、本当なんですか、ルークさん……?」

「熟れたてトマトがここにあるですよ!」

「落ち着け、トマト。もう10年以上前の話だ。そうか……お前、ラルガって名前だったのか……」

「名前も知らずにやってるわー。タダレテルー!」

 

 かなみが涙目になっており、トマトは訳の判らないことを口走っている。ルークの言う通り、ラルガと関係を持ったのはもう10年以上前、魔人界でホーネットと出会うよりも前の事だ。ルーク14の夏、冒険中に出会ったサッキュバスに勝負を挑まれ、それに応じただけの事。相手の名前も聞いていなかったため、カスタムの事件の際に名前を聞いただけではそれがラルガであると一致させる事が出来なかったのだ。その事を正直に口走ると、ロゼが棒読みで叫ぶ。完全に状況を楽しんでいるロゼであった。

 

「ルーク……お前だけはランスと違うと信じていたのに……」

「流石は……サイアスの友人……」

「そもそも何故勝負が成立するのだ?」

「ぐぅ……ぐぅ……」

 

 サーナキアが悔しそうに呻き、ウスピラは冷たい視線を送ってくる。ナギはHで勝負が成立するという事がそもそも判っておらず、セスナは寝ている。

 

「ふふふ、まさかこの10年、復讐の機会をと望んでいた相手に出会えるなんてね……勝負よ、ルーク!」

「待てぇぇい! 貴様と勝負するのは、この俺様だろうが!」

「媚薬などという卑怯な手で勝った貴様より、純粋に私の上をいった奴の方が優先度は上だ。これはサッキュバスのアイデンティティーに関わるのよ!」

 

 ラルガがランスではなくルークと勝負しようとするが、その事がランスを腹立たせる。ことHに関しては譲るつもりはない。

 

「馬鹿者! この超絶テクを持つ俺様がルークよりも下だとでも言うのか! えぇい、ひぃひぃ言わせてくれるわ!」

「ちっ……仕方ない、まずは貴様から相手をしてやるわ!」

 

 ランスがラルガに飛び掛かり、ラルガは仕方なさそうにそれに応じる。その様子を見ながら、ロゼがシィルに小声で話し掛ける。

 

「シィル。適当なタイミングでラルガにこれを使って」

「これは……?」

「媚薬。これさえ使えば、ランスの勝ちだから」

「というか、何でそんなものを持ち歩いているのよ……」

 

 ロゼが媚薬をシィルに手渡す。この瞬間、ランスの勝利が決定した。マリアが呆れたようにロゼを見ているが、ロゼは気にした様子も無くルークに近寄っていく。

 

「さて……その間にもう少し詳しく聞かせて貰おうかしらね」

「ロゼ……お前、楽しんでいるだろ……」

 

 気が付けば、ルークはかなみ、トマト、ロゼ、フェリス、チルディに囲まれていた。逃げ場はない。後ろから肩を叩かれる。振り返れば、それはレイラとリック。

 

「まぁ、昔の事を知られるのは恥ずかしいわよね……」

「その……頑張ってください、ルーク殿」

「まさか若気の至りが今になって戻ってくるとはな……」

 

 年長者組のフォローを受けつつ、ルークはしばらくの間、質問の嵐に耐えることになるのだった。

 

 

 

-浮力の杖 四階-

 

 浮力の塔の最上階にある部屋。今この部屋からは魔力が溢れだしている。部屋の中には魔法陣が描かれており、その四方には四色の本が開かれた状態で置かれていた。その魔法陣の前でぶつぶつと呪文を唱える女性が一人。志津香だ。集中している彼女だったが、ドタバタと下の方から騒がしい音が聞こえてくる。

 

「騒がしいわね……」

「モンスターでも暴れているんでしょうか……?」

 

 志津香が不愉快そうに言葉にする。せっかく素晴らしい儀式をしている最中だというのに、これでは失敗してしまうかもしれないではないかと不満に思っていたのだ。共に部屋の中にいたキューティも、志津香同様不愉快そうに言葉を発する。ビッチから逃げおおせた二人は、メリムの予想通り浮力の杖の上層部にいた。

 

「私、ちょっと下の様子を見てきますね」

「それは助かるけど、一人で大丈夫? もしヘルマンの連中だったら……」

「ライトくんとレフトくんもいますし、二階には魔法使い結界もありますから、いざとなったらすぐに逃げて来ますよ」

「きゅー!」

 

 浮力の杖の二階には魔法使い結界と呼ばれる結界が張ってあり、この場所はその奥の階段を上らなければ来られない場所。ヘルマンの連中はそれを通れないはずなので、いざとなっても大丈夫だとキューティが志津香に返事をする。ライトくんとレフトくんも任せろとばかりに声を出す。

 

「そう……それならお願いするわ。私も儀式の準備を続けておくから」

「集中力がものをいう儀式ですからね。頑張ってください。志津香さんの後は、私もそのおこぼれに預かりたいので……」

「任せて」

 

 キューティがライトくんとレフトくんを連れて部屋から出て行く。それを見送った後、志津香は再び儀式に集中し始める。この儀式は、聖魔教団の秘術。偶然この浮力の杖で儀式のやり方を発見した志津香とキューティは、協力してその儀式を敢行していたのだ。かなりの集中力を必要とする儀式であり、それを乱してしまえば周りの本が燃えてしまって儀式はパァになる。この本は替えが利かないため、失敗する訳にはいかない。

 

「この儀式が成功すれば、私とキューティの魔法の才能は一つ上の段階に到達するわ……限界を押し上げる儀式があるだなんて……」

 

 聖魔教団の秘術とは恐るべきものであった。影、陣、豆、羊の四つの書物に封じられた魔力をある程度の資質のある者に投じることによって、本来では上げることの出来ない技能レベルを上げるというもの。志津香は当然資質に問題なし、キューティもギリギリ滑り込みセーフといった感じであり、魔法使い二人では仲間と合流するまで危険な為、儀式を行う事にしたのだ。もしこれが成功すれば、志津香は魔法LV3、キューティも魔法LV2へと到達する事になる。

 

「大丈夫……集中力さえ乱さなければ、絶対に失敗しないわ……」

 

 多少の緊張はしているが、この程度なら儀式に影響は無い。儀式の準備が完了するのは目前であり、完了後は魔法陣の中心で呪文を唱えるだけ。集中力さえ切らさなければ、失敗するはずはない。伝説級の力に、手を伸ばせばもう届く位置に志津香はいた。

 

 

 

-闘将コア付近 ヘルマン上陸艇-

 

 トランプをしながらビッチとディオの帰りを待っていたヒューバートたち。仕切り直したのにヒューバートの表情が落ちている。どうやらこの男に博才は無いらしい。すると、上陸艇の扉が開いてビッチが中に入ってくる。

 

「戻りましたよ。おい、いつまでも遊んでいないで出迎えないか!」

「へいへい。ほら、いつまでも遊んでないで出迎えるぞ」

「あっ、ちょっと!」

「あにぃ……ずるいだ……」

 

 トランプを一気に交ぜ、勝負の途中結果を書いていたメモを丸めて捨ててしまうヒューバート。交ぜ込んだ際に見えたヒューバートの手はブタであった。非難の視線を向ける二人を尻目に、ヒューバートはビッチの周囲をジロジロと見回す。

 

「ところで、闘将はどうした?」

「あの人形なら今は魔人と戦っている。わたくしが残って援護してやってもよかったのですがね、面倒だから先に帰って来ました」

「魔人とですって!?」

 

 ビッチの言葉を聞いたイオが目を見開いてビッチに迫る。いきなり詰め寄られ、困惑するビッチ。

 

「な、何だね急に!」

「それで、闘将は無事なんでしょうね?」

「一時間以内には戻るはずだ。戻らなければ爆発させる約束ですからね」

 

 ビッチが爆弾のスイッチを持ちながらそう答える。それを聞いたイオは無言で一歩後ろに下がり、歯噛みする。それを見ていたヒューバートは眉をひそめていた。

 

「(イオ……何を企んでいる……)」

「(ふざけないでよ……ここで闘将を失う訳にはいかないわ……あれを使ってルークを殺す気なんだから……)」

 

 イオがそう嘆きながら、視線をビッチの持っている爆弾のスイッチに向ける。

 

「(あれだ……あれさえ奪えれば……)」

 

 その不穏な空気に気が付けているのは、ヒューバートただ一人。

 

「(フリークのじいさん……俺はどこで動けばいい……)」

 

 誰にも、それこそ仲間のデンズにも話していなかったが、彼はフリークよりある密命を受けていた。それは、ビッチの妨害と闘神復活の阻止。しかし、細かく打ち合わせをする時間は二人には無かったため、ヒューバートは動くタイミングを誤ってしまっていた。本来なら既に動いていなければならなかったのだ。そう、闘将ディオが蘇る前に。その辺りを打ち合わせる時間があれば、フリークはディオの事をヒューバートに伝えられただろう。これが、フリークの誤算。イオとヒューバートの思惑にビッチは気が付けずにいたが、ビッチにもまた他の者には隠している思惑があった。

 

「(ケヒャケヒャ、もうそろそろこいつらは用済みだな。リーザスのクソ共に引き渡すもよし、闘将に始末させるもよし。貴様らの命は、わたくしの気分次第なのだよ)」

 

 それぞれの思惑を抱えているヘルマン。その実、内部崩壊の寸前であった。

 

 

 

-下部動力エリア-

 

「…………」

「クカカカカ!」

 

 通路に轟音が鳴り響く。それは、メガラスが超スピードで動いている音。狭い通路の壁は所々崩れ落ち、残像すら残さぬスピードでディオにダメージを与えて続けていた。そんな不利な状況でありながら、ディオは高らかに笑う。対するメガラスは先程肩に受けた傷以外は全くの無傷。だが、この状況下で焦っているのはメガラスの方であった。

 

「(動きが……確実に迫ってきている……)」

 

 そう、ディオが恐るべき速さでメガラスのスピードに慣れていっているのだ。こんな事が有り得るのか。こんな短時間で、ここまでの成長速度は普通ではない。何か秘密があるとでもいうのか。

 

「カカカ!」

「ふっ……」

 

 ディオの手刀がメガラスに向かって振るわれる。それは、確実にメガラスの胸目がけての攻撃であった。見えているのだ、残像すら残さぬこのスピードが。だが、まだ動きには追いつけていない。胸に迫る手刀を躱したメガラスは、次の瞬間にはディオの背後に回っていた。そのまま剣で斬りつけると、少しだけディオが体勢を崩す。確実にダメージは積み重ねているのだ。有利なのはメガラス、それは確かな事。

 

「これ以上……こいつが成長する前に……終わらせる!」

 

 戦闘開始から30分、ディオのタイムリミットは刻一刻と迫っていた。

 

 

 

-浮力の杖 一階-

 

「うわぁぁぁん! アンタなんかチンチンもげろーーー!!」

「行っちゃった、ラルガ様」

「追わないと、ラルガ様」

「待ってくださいー、ラルガ様」

 

 ラルガが泣きながら去っていき、それをラルガのねこたちが追っていく。ランスに媚薬を使われて負けるという前回と全く同じ敗北が、彼女のプライドを傷つけたのだ。

 

「がはははは、俺様の勝利だ!」

「ちっ、結局何も聞き出せなかったわ」

 

 ランスの高笑いとは対照的に、ロゼが舌打ちをする。詰め寄っていた女性陣に対し、ルークは完全に沈黙。無の境地に達していたルークからは何の情報も聞き出せなかったのだ。そんな中、いつの間にか起きていたセスナがぼそりと呟く。

 

「というか……あれは地上にいたモンスター?」

「ああ、そうだが」

「それなら……ここから出る方法を知っていたかも……」

「あっ!」

 

 そう、カスタムの事件の地上にいたラルガがここにいるという事は、どのような手段か判らないが、彼女たちは地上からこの闘神都市へやって来たという事だ。となれば、当然脱出方法も知っている可能性が高い。慌ててラルガたちの去った方向を見るが、既に影も形もなかった。思わぬルークのスキャンダルに焦っていた面々は、誰一人その事実にこの瞬間まで気が付けなかったのだ。

 

「何を不機嫌になっているんだ?」

「当然、地上への脱出方法が手に入らなかったからに決まっているだろ!」

 

 ルークの質問にフェリスが不機嫌そうにしながら答える。だが、フェリスだけは闘神都市に完璧に捕らわれている訳ではない。許可さえあれば悪魔界にいつでも戻れるし、それこそ一人であれば飛んで地上に降りることも可能だ。となれば、不機嫌な理由は別にあるのかもしれない。

 

「とりあえず、先に進みましょう。ラルガもあちらの方向に逃げて行った事ですし、運が良ければもう一度会えるかもしれませんしね」

「そうね、行きましょう」

「むぅ……」

 

 リックとレイラの言葉を受けて先へ進むことにする一同。何人かは納得のいかなそうな顔をしていたが、これはこれ以上の追求を避けてあげようという二人のフォローであった。流石は年長組である。若干一名、年長組でも楽しんでいる不届きな神官がいたが。

 

「良い土産話が出来る予定だったのに……」

「勘弁してくれ……」

 

 ロゼの呟きにルークがため息をつく。そのまま通路を少し進むと階段があり、一行はそれを上って二階へと上がる。そのまま二階の通路も進んでいくと、突如先頭を歩いていたリックの歩みが止まる。

 

「これは……」

「結界だな」

「また男結界ですの?」

「いえ……今度のは違う……」

 

 ナギの言葉を聞いてチルディが少し前に出くわした結界を思い出して質問する。それに答えたのは、結界を触っているウスピラ。リックと違いその手があちら側に突き抜けているため、彼女はこの結界を通れるようであった。

 

「これは魔法使い結界……魔法使い以外は、通ることの出来ない結界……」

「ああ、ゼスの博物館とかにあるものと一緒ね」

 

 魔法使い絶対主義のゼスでは、王立博物館などの貴重品が展示されている場所には、この魔法使い結界が張り巡らされていた。ゼス勢には馴染みの深い結界であり、目の前の結界が魔法使い結界であるとすぐに気が付く事が出来たのだ。

 

「そうなると、この先に進めるメンバーは限られてくるわね……」

「あ、私も一応魔法使いです」

 

 レイラが口元に手を当てて悩んでいると、マリアが自分も一応魔法使いだと手を上げる。フィールの指輪に魔力の大半を吸われたが、一応まだ極僅かな魔力は残っているのだ。この先に魔法使いしか進めないのであれば、行けるのはシィル、マリア、ナギ、ウスピラ、ロゼ、そして結界を無効化出来るルーク。

 

「戦力的には十分ですかねー」

「そうですわね」

「ですが、離ればなれになるのはいささか危険ではないでしょうか?」

「そうね……難しいところだわ……」

 

 トマトの言うように、戦力的には問題ないだろう。だが、前回のように離ればなれになるのは危険ではないかとリックが言葉にする。前回はそのせいでヘルマンにしてやられ、パーティーが分断してしまったのだ。どうしたものかと一同が悩んでいると、結界の向こうから誰かが駆けてくる。聞こえてくる足音に一同が視線を向けると、視力の良いかなみが近づいてくる人物に真っ先に気が付いて声を上げる。

 

「って、キューティさん!」

「みなさん、無事だったんですね! ヘルマンに捕らわれてしまい、大変ご迷惑をおかけしました」

「気にしないで……貴女は十分に職務を全うしていた……」

「他の者から話は聞いたぞ。キューティ、貴様の名前も覚えたぞ」

「ウスピラ様……アスマ様……」

 

 一同はキューティとの再会を果たす。自ら人質になったキューティにウスピラとナギが労いの言葉を掛ける。当初の目的であった名前を覚えて貰うという事を成し遂げたキューティだったが、今は喜びよりも気恥ずかしさの方が強い。

 

「キュー……ティ……」

 

 みんながキューティとの合流を喜ぶ中、ルークは結界を越えて向こう側にいるキューティに近づいていく。キューティの目は、潰れていない。

 

「ルークさん……どうかし……!?」

 

 両頬をルークの手で覆われ、その目前までルークの顔が迫る。それはまるで、恋人同士が今からキスをするかのような体勢。真っ赤になるキューティ。何故か隣のライトくんとレフトくんも赤面していた。

 

「ルルルルル、ルークさん!? ななななな、何を!?」

「良かった……無事だったんだな……」

「ルークさん……」

「トマトにはあれはなかったですー!」

「ちょっと近すぎるのではなくて!?」

 

 安堵のため息をつくルーク。片目を潰されていたと思っていたキューティが無傷で現れたのだ。妹の件から人一倍目の怪我には敏感になっているルークがこの反応を取るのも、無理は無いと言える。真っ赤な状態のキューティを見ながら複雑そうな表情を浮かべるかなみと、頬を膨らませるトマトとチルディ。そのキューティにシィルが問いかける。

 

「あの、志津香さん、シャイラさん、ネイさんはどちらに?」

「あ……あっ、はい! シャイラさんとネイさんははぐれてしまいましたが、志津香さんは上の階に……」

 

 ポーッとしていたキューティだったが、慌てて取り繕い答える。志津香が上の階にいると聞いた瞬間、ルークはキューティのやってきた方向に向けて駆けだしていた。思わず声を上げるリック。

 

「ルーク殿、単独行動は……」

「あ、それなら大丈夫です。この先には殆どモンスターもいないので、こちら側が気を付けていれば……」

「それより、何故ルークは単独行動を? そういう判断は冷静な男だろう?」

「仲間を心配するのは、騎士としては当然の事。ルークもまた、一人の騎士なのだろう」

 

 ルークが慌てて駆けだした事にナギが不思議そうにしている。他の面々も、不思議そうにしている者や、サーナキアのように志津香が心配だったのだろうという事で納得しかけている者と様々であった。だが、ロゼだけが呆れたように口を開く。

 

「何言ってるのよ……キューティの目が無事だったんだから、志津香の目を確認しに行ったに決まっているでしょ。それより、目は無事だったのね、キューティ」

「は? 目ですか?」

「あっ……そういえば、ルーク殿とロゼ殿に目の話は……」

「していま……せんね……」

 

 リックとメリムが顔を合わせる。ここに来て、一同はようやく気が付く。ルークとロゼに四人が無事だという事を知らせ忘れた事を。

 

「は? どういう事?」

「つまりですね……」

 

 メリムが掻い摘んでロゼに説明をすると、ロゼの顔がみるみる内に真剣味を帯びていく。一体何を考えているのかと一同が不思議に思っていると、ロゼはそのまま真剣な顔で口を開く。

 

「結界を通れるみんな、急ぐわよ! 間に合わなくなる!」

「へ?」

「こんな面白い状況で、何も起こらないわけ無いでしょ!」

「最低ですわ……」

 

 真剣な顔でそんなふざけた事を考えていたのかとチルディが非難の視線を向けるが、ロゼはその言葉を気にする様子も無く、ウキウキと良い笑顔を作って先頭で駆けていく。つられるように魔法使いたちもロゼに続き、ルークを追って駆けていった。

 

 

 

-浮力の杖 四階-

 

 ルークが最上階にあった部屋に飛び込む。その部屋には魔法陣が描かれており、四方に四色の本。そこから発せられる光の中心に、志津香が立っていた。後光が差している為か神々しさを纏った姿であり、その後ろにルークはアスマーゼの幻想を見る。彼女の母であり、恩人であり、救う事の出来なかった女性の幻想を。

 

「ククク……真実は掴めたか?」

 

 そんなジルの声が聞こえた気がした。悪夢で見た片目を失った志津香の顔、それが四散していく。目の前の志津香には、両目がしっかりとある。儀式を続けていた志津香が、部屋に入ってきたルークに気が付く。

 

「あら、ルークじゃない。やっぱり無事だったのね。ちょっと待っていて、もうすぐ儀式が完了する……」

 

 そう口を開いた志津香だったが、突如ルークに抱きしめられる。

 

「なっ……ちょ……いきなり何よ!?」

「良かった……無事で……本当に……」

 

 志津香が狼狽する。いつも冷静な彼女らしくない行動。だが、ルークは更に強く志津香を抱きしめ、言葉を漏らす。それを聞いた志津香は、穏やかな声になる。

 

「何よ……そんなに心配してくれたの……? 馬鹿ね……」

「…………」

 

 更に強く抱きしめられるのを感じながら、志津香もその両腕をルークの背に回していく。

 

「死なないわよ……あんたと、父の仇を討つって約束があるんだから……」

 

 完全に手が回りきり、お互いの体を抱きしめ合う形となった瞬間、突如部屋の中から小規模な爆発音がする。

 

「えっ……あぁっ!!」

「どうした!?」

 

 志津香が大声を上げる。見れば、魔法陣の周りに置かれていた本が燃えてしまっていた。集中力を切らした志津香から魔力が逆流し、それに耐えきれなくなったのだ。

 

「ぎ……儀式が……」

 

 灰になっていく本は、儀式の失敗を示していた。伝説の力、魔法LV3の夢は、こうして本と共に灰となってしまった。そして、その失敗が志津香を冷静にさせる。今の状況はマズイ。完全にルークと抱き合ってしまっている。こんな状況を誰かに見られたらと周囲を見回すと、部屋の入り口に人の姿があった。

 

「あっ……あっ……」

「す、すいません……」

 

 顔を真っ赤にしているキューティとシィル。申し訳なさそうにしているシィルだったが、少しだけぼうっとしているのは、今のルークと志津香の状況をランスと自分に置き換えてでもいるのだろうか。

 

「愛ね」

「愛なのか?」

「愛……です……」

「やっぱり愛よねー」

「ちっ……違っ……」

 

 ロゼの言葉にナギが首を捻り、ウスピラがそれに答え、マリアがニヤニヤと二人を見る。志津香がルークから即座に離れ、口をぱくぱくとさせる。見られてしまった、しかもロゼとマリアという、かなり面倒な相手に。その上儀式まで失敗。目も当てられないような惨状に、頭が痛くなってくる。そうこうしていると、キューティから魔法陣の説明を聞いたルークが志津香に声を掛ける。

 

「スマン、儀式の最中だったのか……」

「そうよ。折角伝説の力が手に入りそうだったのに……どう責任取ってくれるのよ!」

 

 目の前に積み上がった面倒ごとから目を反らすように、とりあえず諸々の怒りをルークにぶつける志津香。

 

「すまなかった。それ程凄い儀式だったとは……簡単に償えることでは無いと思うが、この責任は一生をかけてでも償わせて貰う」

「なっ!?」

 

 顔を赤くする志津香。だが、その後に湧き上がってきたのは怒り。この男は、今の言葉の意味を絶対に深く考えていない。全ての怒りが志津香の右足に集約し、思い切りルークの足を踏みつける。こうして、志津香の身には少しだけ悲劇が降りかかったのだった。

 

 




[人物]
ラルガ (4)
 四つ星レア女の子モンスター。人の精気を吸うサッキュバスで、カスタムの事件の際にはランスに卑怯な手で、10年以上前にルークに正攻法で敗れる。闘神都市にはお気に入りの部下と護衛のモンスターを連れて慰安に来ていた。彼女だけが知っている秘密の転移魔法陣があるらしいが、ルークたちはその情報を手に入れる事は出来なかった。


[モンスター]
バウ
 緑の肌と長い手足が特徴の巨人系モンスター。体をバラバラにしても暫く生きているという程の生命力だが、狭い迷宮では思ったように戦えなかったようだ。

やまんば
 全滅危惧種女の子モンスター。へび女の上位種で、女の子モンスターとしては珍しく醜い容姿である。毒母乳シャワーを振りまく厄介な相手。

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