-南の塔 七階 フロストバインの研究所-
「来たぞい! 遂にここまで来たぞい! これも真知子ちゃんのお陰じゃ」
「いえ、全てフロストバインさんの積み重ねの結果です」
人工生命体の入ったカプセルを前にし、真知子に泣きながら礼を言うフロストバイン。感涙しているその背中をメナドが擦る。
「大丈夫ですか?」
「おうおう、メナドちゃんも良い子じゃ。このあてな2号も同じくらい良い子になってくれればいいんじゃがのぅ……」
「なりますわよ。望み通りの性格になるのがこのあてな2号でしょう? それにしても、幼い頃の夢が実現するなんて……素敵ですわね」
真知子がそう口にするとメナドが微笑む。真知子とメナドは、フロストバインが何故人工生命体を作る事になったかの理由をもう三回くらい聞いていた。因みにタマが聞いた回数は遙かに多く、百から先は数えるのを止めたらしい。幼い頃に両親を亡くし、親戚に引き取られたフロストバインはおもちゃ等を買い与えては貰えなかった。それならば、自分の手で究極の玩具を作り出そうと決心し、人工生命体作りに励んだというのが掻い摘んだ内容だ。フロストバインが説明すると、生い立ちやら境遇やら色々加わって物凄く話が長くなるのだが。
「色々あったのぅ……完全に人間に近いが、欲しいと思う人間の理想の性格になる人工生命体、あてな。まあ、1号は失敗じゃったがな……」
「完璧を追求しすぎて、人間のコピーになってしまった。その事から恋に目覚め、駆け落ちをしてしまったのですわよね」
「そこだけ聞くと乙女チックで憧れるなぁ……相手がぶたバンバラじゃなければ……」
メナドが汗を流しながらそう答える。あてな1号は今頃どこかでぶたバンバラと生殖行為にでも励んでいる事だろう。見た目は完全に人間であるため、それはある意味恐ろしい光景である。
「真知子さん。あてな2号はもう完成なの?」
「いえ。まだ材料が二つほど足りていないの」
「へー……ぼくが取って来られるものかな?」
メナドが剣に手を掛けながら尋ねるが、フロストバインが首を横に振る。
「いや、足りないのは天使の蜜と悪魔の蜜の二つじゃ。その名の通り、天使と悪魔から採取する必要がある代物でな……」
「うっ……それじゃあ手に入れる事は出来ないや……」
ここに至るまでの材料の内、いくつかはメナドがモンスターを倒して回収してきていた。だが、天使と悪魔からの回収物となっては流石に難しい。メナドが残念そうに返事をするが、真知子は顎に手を当てて考え込む。
「いえ……ルークさんと合流出来れば……」
そう呟いた瞬間、部屋の外から話し声が聞こえてきた。今部屋の外ではタマが掃除をしている。となれば、この場所にやってきた誰かがタマと話しているのだろう。
「誰か来たようじゃな」
「ルークさんならいいのだけど……」
「ヘルマン軍だったらタマさんが危ない!」
メナドが剣を抜き、扉に駆けていく。もしやってきたのがヘルマン軍であれば、外のタマを問答無用に殺してしまう可能性がある。それだけは絶対に避けねばならない。剣を握りしめて真剣な表情を浮かべていたメナドの耳に、外の会話がハッキリと聞こえてくる。
「おっ、可愛い姉ちゃんだな。俺様と一発ババンとヤらないか?」
走っていたメナドが盛大に転ぶ。真知子の耳にも今の言葉が届いていたようで、くすくすと笑い出す。
「ふふっ……扉の向こうに誰がいるか、一発で判ってしまったわね」
「あいたたた……もう、ランスさんってば……」
「知り合いかの?」
「信頼できる人よ」
少しだけ顔を赤くしているメナド。それに構うことなく、扉の向こうから会話の続きが聞こえてくる。
「ふんっ、いきなりなんでぇ! それが若い女に挨拶も無しに言う台詞ですかいってんでぃ。おととい来やがれぃ!」
「うおっ! この英雄である俺様に雑巾を投げつけるとは、良い度胸だな!」
「雑巾? 貴女はここを掃除しているの?」
ランスと一緒に聞こえてきた声は、恐らくレイラの声。メナドと真知子が顔を合わせる。どうやらランス一人ではないらしい。
「おっと、姐さん。どこに目ん玉つけてんですかい? ここはれっきとした玄関ですぜ!」
「どこが玄関なのよ?」
「こいつを見てくだせい! 見事な表札でしょうが!」
「だいまじょふろすとばいん……汚い字……」
「それに、読みにくいですかねー」
「くそっ……ほら見ろ、馬鹿にされた。あのくそばばぁ……」
志津香、ウスピラ、トマトと次々と声が聞こえてくる。自分たちがここに留まっている間に、随分と合流は進んでいたらしい。最後のタマの悪態にため息をつくフロストバイン。
「やれやれ……丸聞こえじゃというのに……タマっ! 何か言ったかいっ!!!」
「ひえっ!」
フロストバインが大声を出すと、外から慌てた様子のタマの声が聞こえてくる。フロストバインにとってはすっかり慣れ親しんだ反応だ。
「何十年も生きておる化け猫じゃというのに全く……いつまで経っても成長せんのぅ……」
「でも、大切に思っているのでしょう?」
「まあ、あんな奴でも身寄りのないワシにとっては出来の悪い孫みたいなもんじゃからの……」
ふと優しい声になるフロストバイン。タマからも似たような返事を聞いていた真知子は静かに微笑む。何十年と連れ添ったパートナー同士、その絆は本当の家族以上なのかもしれない。そのとき、部屋の外からまた声が聞こえてくる。
「フロストバイン……アトランタではなかったか」
「アトランタってのはどこの三流魔女でい!?」
「この声は!?」
「ふふ……ルークさんも一緒だったのね」
メナドが嬉しそうに声を上げ、真知子も笑みを溢す。そのメナドの反応に何かを察したのか、フロストバインがニヤリと笑って問いかける。
「おやおや、メナドちゃんの思い人かのぅ?」
「えっ!? い、いや……あの……その……」
「ほっほっほ。判りやすい反応じゃの」
「あまりからかわないであげてくださいね」
顔を真っ赤にしているメナドを見て笑い飛ばすフロストバイン。真知子が静かな口調で頼んでくるが、その顔を見たフロストバインは更に言葉を続ける。
「おや、真知子ちゃんの思い人でもあるのかのぅ?」
「あら? どうしてそう思われますの?」
「さっきまでより笑顔が輝いておる。恋は女を美人にするもんじゃよ」
「ふふふ……すぐにばれてしまうなんて、私もまだまだね……」
「ほっほっほ、これもまた年の功じゃよ」
フロストバインが笑い飛ばしながら扉に視線を向ける。外の男に俄然興味が湧いてきた。
「真知子ちゃんとメナドちゃんはもうワシの孫みたいなもんじゃ。生半可な男に渡す気はないぞい」
「それなら心配無用よ、フロストバインさん」
「ほぇ?」
「これ以上ないくらいに素敵な男性ですから。最近はライバルも多いのだけれどね」
恥ずかし気もなく断言する真知子。相当にその男の事を信頼しているらしい。そうこうしていると、部屋の外が再び騒がしくなる。
「ではお前はその魔女にこき使われているのだな。この俺様が文句を言ってやろう」
「ほ、本当ですかい!? 先生、こっちですぜ、早く早く!!」
「やれやれ、懐柔されおったわい」
いつの間にかランスの事を先生と呼んでいるタマ。あまりにもあっさり籠絡したタマにフロストバインはため息をつく。タマが単純なのか、外にいる者たちが一枚上手なのか。そして、扉が開かれる。入ってきたのはかなりの人数だ。その中に、二人の思い人もいる。
「あっ!」
「メナド!」
「かなみ、無事だったんだね!」
メナドの目に真っ先に飛び込んできたのは、親友であるかなみ。すぐに駆け寄って再会を喜び合う中、ゆっくりとルークの前に進んでいく真知子。ルークも真知子の顔をしっかりと見ながら言葉を漏らす。
「真知子さん。良かった、無事だったんだな」
「心配をかけてしまったみたいですね……」
志津香たちが怪我を負ったと聞くまでは、ルークが行方不明になったメンバーの中で最も心配していた女性が真知子だ。メンバーの中で戦えない者は香澄と真知子の二人だが、チューリップ1号を持っている香澄と違い、真知子は武器すら持っていない。もし一人になってしまっていたら、真っ先に死んでいた事だろう。
「そもそも俺を助けに来たせいで恐い思いをさせてしまい、すまなかった……」
「いえ……必ず来てくれると、信じていましたから……」
「な、なんですかぃ。この大人な空間は!」
タマが顔を赤らめながら困惑する。ルークと真知子が見つめ合いながら、大人の雰囲気を醸し出しているのだ。真知子が更にルークに近づいていく。
「ルークさん……」
「そんな真知子に耳より情報!!」
「うぉっ!?」
「きゃっ!」
突如二人の間にロゼが割って入る。いつものポーカーフェイスではあるが、少しだけ不機嫌そうにする真知子。良い雰囲気のところを邪魔されたのが少しだけ不満だったのだろう。とはいえ耳より情報というのは気になる。
「耳より情報……?」
「あぁ……もう何を言うか想像がつきます……」
「……ふん」
「志津香、何を不機嫌そうにしている?」
シィルが悲しそうな瞳でルークを見る。その横に立っている志津香は不機嫌そうにしており、それをナギが不思議そうに見ている。他の面々もロゼが何を言うか大体予想がついている中、その期待に応えるべくロゼが口を開く。
「実録! ルークのただれた性生活 ~名前も知らない女との濃密な夜~」
「詳しくお聞かせ願えますか!」
「鬼ですわ……悪魔ですわ……」
「少なくとも、私より悪魔かもしれないな……」
容赦のないロゼの暴露攻撃にチルディが震え上がり、フェリスがむしろ凄いと感心する。
「ロゼさんにだけは秘密を知られちゃいけませんね……」
「いや……多分、ルークにだけ……」
キューティが困ったように言葉を漏らすが、その横で眠そうにしていたセスナがボソッと呟く。不思議そうにセスナに視線を向けるウスピラ。
「どうして……そう思うの……?」
「多分……ロゼさんも怒っている……楽しみ99パーセント……怒り1パーセント……」
「ロゼが怒っている?」
「そ、それはまさか……ロゼさんも……?」
サーナキアの問いかけにセスナが頷く。キューティがまさかロゼもそうなのかと困惑するが、そちらの問いには首を横に振るセスナ。
「そういう感情じゃない……多分あれは……」
「あれは?」
「あっちもこっちも取っ替え引っ替えやってんじゃねー、この駄目男……って感じの……」
「……それは、セスナさんの意見では?」
「ぐぅ……ぐぅ……」
キューティが聞き返した時には、セスナは深い眠りに落ちていた。随分と都合の良い睡魔である。
「か、かなみ。ぼくもちょっとだけあっちに行ってきてもいいかな……」
「…………」
メナドが耳を大きくしながら、ロゼの話す内容を気にしている。その反応を見たかなみは一度だけため息をつく。親友同士で思い人が一緒だなんて、何でこんな事になってしまったのかと。小さく頷くや否や、ロゼの方へと掛けていくメナド。そして数分後、ロゼの話が終わる。
「ル、ルークさんが……」
「…………」
メナドが顔を真っ赤にしながらあたふたとしている。それとは対照的に、真知子は表情を変えず、無言であった。
「あ、あの沈黙が逆に恐いわね……」
「真知子さんご立腹ですかねー……」
マリアとトマトのカスタムコンビが小声でそう話す中、ゆっくりと真知子がルークに近づいていく。無言でルークの正面に立った後、静かに微笑みながら口を開く。
「ふふ、昔のやんちゃが大騒ぎになってしまいましたね。10年以上も前の事なのだから、気にするような事じゃないのに」
「なっ……大人の反応!」
優しい笑顔でそう言葉にする真知子。ルークの目には、何故か後光が差しているようにさえ見えた。その肩に手を置き、感動しながら口を開く。
「真知子さん……君だけはそうだと信じていた……」
「ふふ……」
「違いますわ! あれは真知子さんの作戦ですわ!」
「真知子さん汚いです! 計画通りって顔しているですかねー!」
ルークに見えない位置で小さく拳を握る真知子。それをめざとく見つけたチルディとトマトが文句を言うが、時既に遅し。みすみす真知子にポイントを稼がれる事になってしまった。
「あのじゃな……そろそろ話をしてもいいかの……?」
「あっ、これは申し訳ありません……」
フロストバインが呆れたように声を出し、リックがそれに頭を下げる。ここまで蚊帳の外の二人。そんな中、唐突に部屋の扉が開かれる。入ってきたのは、いつの間にかいなくなっていたランスとタマ。
「はぁ……えがっだ!」
「にゃうん……先生、また発情期が来たらお願いしやすぜ……」
「って、お前はこの短時間で何をして来てるんだ!」
「当然ナニだ!」
「ランス!」
「貴様、このボクが騎士としての心構えを……」
顔を赤らめているタマの肩を抱きながら、フェリスに向かってグッと拳を突き出すランス。今度はその事を話題にマリアやサーナキアが騒ぎだし、とてもじゃないが次の話にはいけそうにない雰囲気になった。再び申し訳無さそうに頭を下げるリック。
「すみません……もう少しだけ待っていただけますか……?」
「お兄ちゃん、疲れてはいないかい? この薬、胃に優しいから飲んでおくといいぞい」
「お心遣い、感謝します……」
フロストバインの優しさが身に染みるリック。今心から望むのは、同じような話が出来るであろうアレキサンダーとの合流であった。
-下部動力エリア-
「むっ……」
アレキサンダーが目の前にいたコロリを倒しながら呟く。その様子にすぐ気が付き、アレキサンダーが瀕死にしていた血だるまにトドメをさした香澄が問いかけてくる。
「どうしました、アレキサンダーさん?」
「今……何故かリック殿に呼ばれた気が……」
「リックさんに?」
セルが不思議そうに声を出す。この辺りの敵は非常に強く、二人を守りながらのアレキサンダーは必然的に探索が少しずつとなっていた。他の者たちと違い、未だに流れ着いた場所から殆ど離れていない状況だ。とはいえ、今はこうして少しずつ進むしかない。リックの呼び声を気のせいだと自身を納得させ、アレキサンダーは香澄に視線をやる。
「それにしても、香澄殿は強くなられましたな」
「えっ……そうですか?」
「ええ、見ただけで判りますよ。筋肉の付き方が違います」
「うっ……」
「(アレキサンダーさん、それはどうかと……)」
香澄の表情が落ちる。それは女の子にとって誉め言葉ではない。アレキサンダーに悪気がないのは判っているが、それでもその発言はどうなのかとセルが悲しそうな瞳で香澄を見る。
「どうかされましたか?」
「いえ……その、アレキサンダーさんは筋肉質な女性を……あっ、何でもないです!」
「?」
「うふふ……」
慌てて手をバタバタと振る香澄。合流まではまだまだ遠そうだが、なんだかんだで仲良くなっている三人だった。
-南の塔 七階 フロストバインの研究所-
「チェンジだ! 何故魔女の正体が貴様のようなババアなんだ!」
「ちょっとランスは黙ってて!」
「つまり、ここで人工生命体を作る協力をしていたのか」
「ええ、そういう事です」
「人工生命体……しかも使われている秘術は決して最新のものではないです! 既存のものだけでここまでの域に達するなんて……凄いです、メリム感激!」
ランスが騒いでいるのをマリアが窘めている。ルークたちと真知子たちは互いに現状説明をしているところだった。メリムはカプセルに張り付いて感動している。どうやら最新技術ではないという事がメリムの心の琴線に触れたらしい。
「足りない材料というのは?」
「天使の蜜と悪魔の蜜の二つじゃ」
「ふむ。蜜という事は、貴様のようなババアからは絞っても出て来ないふふふのふだな」
「殴ったろか、このガキ! そうじゃよ、そのふふふのふじゃよ!」
「志津香、ふふふのふとは何だ?」
「あの馬鹿……」
ランスの言葉で判らない単語が出てきたため、ナギが志津香に問いかける。とはいえその問いに答える訳にはいかない。志津香が頭を抱えながら、元凶であるランスを睨み付ける。
「で、それを手に入れて来たら俺様たちに何の報酬があるんだ?」
「そうじゃな。報酬としてあてな2号をモニターとしてプレゼントじゃ!」
「良いのか? アンタの夢なんだろう?」
「真知子ちゃんとも約束しておるからな」
「真知子さんと?」
思わぬ報酬にフェリスが驚く。子供の頃から追いかけていた究極の玩具を、そんな簡単に人にあげてしまっていいのか。その問いにフロストバインがニカリと笑って答え、ルークは真知子に視線を向ける。ゆっくりと頷く真知子。
「あてな2号は戦闘力もかなりのものです。ルークさんの冒険に少しでも役に立つかと思って、約束をしておきました」
「それがこの場所に留まっていた理由か……」
「材料を集めてくれたのはメナドさんですけどね」
その言葉を受けて、ルークはメナドに視線を移す。未だに先程の話を引きずっているのか、顔がまだ少しだけ赤い。
「メナド。遅くなったが、真知子さんを守ってくれてありがとう」
「い、いえ。それがぼくの勤めですから!」
「メナド、見事です」
「あ……ありがとうございます……」
頭を下げてくるルークにブンブンと手を振るメナド。リックにも褒められ、かなり照れている様子だ。とはいえ、メナドの働きは大きい。彼女がいなければ、間違いなく真知子はモンスターに殺されていただろう。そんな中、ランスがぐふふと笑い始める。
「悪魔の蜜と言うことは、フェリスの出番だな。ぐふふ……」
「げっ……」
「でもランス様。天使の蜜の方は……」
「それなら調べがついているわ。第七級から十三級の神が天使に該当するの。つまり、レベル神ね」
「ウィリスか……」
「がはは、これは丁度良い。レベル神ウィリス、俺様の呼びかけに応え、すぐに現れろ!」
ランスがビシッとポーズを取りながら天に向かって叫ぶと、レベル神ウィリスがミカンを連れて姿を現した。
「私は偉大なるレベル神ウィリス。レベルアップですね?」
「いや、別用だ!」
「別用……?」
「わくわく、アクシデントだわ」
ランスの言葉を受けて不思議そうにするウィリス。後ろに控えているミカンは何故か嬉しそうであった。
「実はそこのババアから天使の蜜を取ってこいと言われていてな」
「天使の蜜……? 天使は蜜など出しませんが?」
「いや、若い女性ならたんまりと取れる蜜だ。当然ウィリスからも取れるものだな、ぐふふ……」
ランスのイヤらしい視線を受けて、蜜の正体を察するウィリス。汗を流し、くるりと踵を返す。
「いけない……私、ガスの元栓閉め忘れちゃったかも。帰りましょう、ミカンちゃん」
「逃げたらミカンのやった失敗をチクるぞ!」
「うっ……!」
ミカンを連れて逃げようとしたウィリスだったが、先日の経験値3倍&没収というミカンの失態を槍玉に上げられる。あれが発覚したら、監督不行届でレベル神の称号を剥奪されるかもしれない。ダラダラと汗を掻くウィリス。
「がはは、観念しろ!」
「でも……私、彼氏がいるんです!」
ブンブンと首を振るウィリス。その顔は涙目であった。その様子を見ながら、ルークは真知子に尋ねる。
「真知子さん、あてな2号は必要なものか……?」
「間違いなく役に立つわ。ルークさん、ここは心を鬼にして……」
真知子が申し訳なさそうに言ってくる。ウィリスとフェリスには悪いと思うが、この闘神都市の戦い、更にはその先の冒険においてもあてな2号は間違いなく役に立つ。その意見を聞き、ルークが一度目を閉じる。まだ見つかっていない仲間は多い。その上、この闘神都市にいる敵は魔人、魔女、闘将と強敵揃いだ。目をゆっくりと開き、ルークはウィリスの前に出て頭を下げる。
「スマン、どうしても必要なんだ……」
「ル、ルークさんまで……」
ウィリスは困惑する。ランスが迫ってくるのはよくある事だが、ルークがふざけてこのような事を言う人間では無いことを知っている。となれば、相当の事情があるのだろう。グッと唇を噛み、決意するウィリス。
「判りました……協力させていただきます」
「私は使い魔だからな……どっちみち逃げ場はないさ……」
ウィリスとフェリスが蜜の採取に応じる。それを聞いたランスは嬉しそうに声を上げる。
「がはは、では早速俺様のテクで……」
「ちょっと待って下さい! テクって何ですか! 蜜を渡すだけじゃ……」
「人間の男に採取された方が良い蜜がでるんじゃよ。これは本当。勿論本番をする必要はないぞい。ちょちょいと手で蜜を採取して貰えばいいんじゃ」
自分で蜜を出し、それを渡せば済むと思っていたウィリスは困惑する。が、フロストバインがランスの言葉を肯定する。再び汗を掻くウィリスに、ランスがその逃げ場を封じる。
「おおっと、一度協力すると言ったのに神様が嘘をつくつもりか?」
「うっ……」
「ぐふふ……観念して俺様に蜜を採取されろ……」
「で、でもランスさんじゃなくてもいいじゃないですか!」
「むっ!? それはどういう……」
ランスが眉をひそめると、スススとウィリスがルークの背中に隠れる。それに続くようにフェリスもルークの背に隠れる。
「ル、ルークさんでお願いします!」
「私もどちらかと言えばルークが……」
「俺か?」
ウィリスとフェリスがルークから蜜を採取される事を希望する。ルークであれば、間違いなく蜜を採取する以上の事はしないだろう。だが、その事にランスが激怒する。
「ふざけるな! えぇい、ルークもそこをどけ!」
「だが、二人の希望だからな……」
「なら、せめてどっちかを渡せ! じゃないと許さんぞ!」
「えっ!?」
ランスの言葉にシィルが驚く。普段のランスであれば、二人共渡せと言うに決まっているからだ。美女を他人に取られる事を激しく嫌うランスにしては、とても珍しい発言であった。
「フェリス! お前は俺様の命令に絶対服従だろう! こっちに来い!」
「……判りました」
「おい、フェリス……」
「いいんだよ、私は使い魔だからな……」
止めようとしたルークだったが、フェリスがそれを拒否する。使い魔の契約を結んでいるのは事実だし、そうとなれば止める事の方が本来はおかしいのだ。フェリスが一度だけルークに振り返った後、ランスの方に歩いて行く。その瞳は、少しだけ悲しそうであった。
「では、蜜を採取するとするか!」
「馬鹿もん! あっちの部屋でやってこんかい! 中に鍵が付いておるし、扉も厚いからプライバシーはばっちりじゃぞ!」
その場でフェリスを裸にしようとするランスをフロストバインが窘める。指で差し示したのは、奥にある二つの部屋。あっちでランスとルーク、それぞれ蜜を採取して来いとの事らしい。
「では行くぞフェリス。がはははは!」
「ああ……」
ランスに連れられて左の部屋に入るフェリス。それを複雑な顔で見送ったルークだったが、自分ものんびりしている場合ではない。ウィリスと共に右の部屋に入っていこうとするが、直後その背中に声が掛けられる。振り返ると、志津香が激しく睨んでいた。
「ルーク。余計な事したらタダじゃおかないわよ」
「判っている……」
「すいません、ルークさん。巻き込んでしまって……」
「いや、謝るのはこっちの方だ。彼氏がいるというのに申し訳ない……」
他にも何人かの悲しそうな視線を受けながら、ルークはウィリスと共に部屋へと入っていった。部屋の中は畳が敷かれた和風の部屋。ウィリスが深々と頭を下げてくる。
「そ、その……お手柔らかにお願いします」
「ああ」
ルークであれば蜜を採取する以上の事はしないだろう。このウィリスの判断は間違っていない。ただし、この選択が決して正解では無かった事を彼女はまだ知らない。
「き、聞こえないですかねー……」
「きゃっ!」
数分後、ルークが部屋から出てくる。扉を開いて真っ先に飛び込んできたのは、扉の前で聞き耳を立てていた体勢のかなみ、トマト、メナド、チルディの四人。
「お前らな……」
「ち、違うんです、これは……」
「汚いですわ! ロゼさんと真知子さんもさっきまでここにいらしたのに!」
「あら、何の事かしら?」
「ふふふ、チルディさんったら……」
ルークにため息をつかれ、慌てて弁明しようとするかなみとメナド。チルディはいつの間にか扉の前から離れて優雅に紅茶を飲んでいるロゼと真知子に文句を言うが、二人とも完全にすっとぼけている。
「はぁ……」
「貴女も大変ね……」
「……判る?」
「似たようなのが……側にいるから……」
大きくため息をつく志津香の肩に、ウスピラの手がポンと乗せられる。意外なところでも友情が芽生えようとしていた。
「…………」
「あれ? ウィリスさん、どうしました?」
「えっ、あっ、何でもないです!」
顔が異常なまでに上気しているウィリスにマリアが尋ねるが、慌てて何でもないと口にするウィリス。
「そ、それでは私は帰りますね! と、その前に……メリムさん。貴女にこれを差し上げます」
「へ? これは……?」
いきなり初対面の天使に話し掛けられた上、鏡を手渡されるメリム。一体何事かと困惑しながら尋ねる。
「これは天使の鏡。天に掲げれば、僅かではありますがパーティーの体力が回復するアイテムです」
「そ、そんな凄いものをどうして私に!?」
「落ち着いて聞いて下さいね。貴女は三万人に一人の凶星の持ち主なの。今生きている人間の中では、JAPANにいる山中という女性に次ぐ不幸具合なの……」
「えっ……」
あまり聞きたくなかった事実にメリムの顔が引きつる。というか、山中という女性はどれ程不幸なのだろうか。
「強く生きて下さい。それじゃあ行きましょう、ミカンちゃん」
「はーい、ばいばーい!」
「あ、あの……ルークさん。私、時々でしたら……その……それじゃあ!」
顔を真っ赤にしながらウィリスがミカンと共に帰って行く。最後にとんでもない発言を残していったが。
「手だけで寝取ったわー! けだものよー!」
「人聞きの悪いこと言うな!」
ロゼが棒読みで叫ぶのを制すルーク。それと同時に、右足に激痛が走る。志津香が思い切りルークの足を踏んだのだ。
「余計な事するなって……言ったわよね?」
「不可抗力だ……」
ぐりぐりと追い打ちが掛けられるその痛みに耐えながら、ランスが戻ってくるのを待つルーク。暫くして、ランスもフェリスと共に部屋から出てくる。
「がはははは、蜜は持ってきたぞ!」
「…………」
「おお、待っておったぞい。これであてな2号は完成する!」
フロストバインが二つの蜜を受け取り、歓喜の声を上げる。そんな中、ランスの横で無言のまま立ち尽くしているフェリスが気になり、ルークは声を掛ける。
「どうした?」
「……いや、何でもない」
「さて、ではこの蜜を投入するぞい! きぇぇぇぇい、生まれよ、あてな2号!」
フロストバインはカプセルの中に蜜を2、3滴投入し、装置のスイッチを入れた。カプセルから眩い光が発せられる中、フロストバインはランスの持ってきた悪魔の蜜を見る。
「んっ……? 何じゃ、この白いのは?」
「当然、俺様の皇帝液だ。勢い余って中に出してしまったからな」
「なっ!? ランス、お前……」
平然と言うランス。それは、今は必要の無い事。ルークが苦言を呈そうとするが、その腕をフェリスが掴む。
「いいんだよ……いつもの事だ……」
「フェリス……」
「その反応だけで……十分だ……」
フェリスが俯きながら小さくそう呟く。すると、真知子の慌てた声が部屋に響く。
「そ、そんなもの混ぜてしまったら人格が破壊されるわ!」
「なっ!?」
「人格の破壊!? それって……」
「とんでもなくお馬鹿な子が生まれるということじゃ!」
「すぐに中断を……駄目、間に合わない!」
慌てて止めようとするフロストバインと真知子だったが、それは間に合わなかった。強力な光が部屋中に広がり、カプセルが開く。全員視線が集中する中、あてな2号がゆっくりと立ち上がり、口を開く。
「どっろーん! あてな、誕生なのれす!」
「あ、馬鹿ね、この娘」
ロゼの言葉が部屋に響き渡る。今ここに、とんでもなくお馬鹿な人工生命体、あてな2号が誕生した。
[人物]
フロストバイン
LV 18/20
技能 神魔法LV1
闘神都市、南の塔に住んでいる魔女。あてなシリーズの生みの親であり、メナドと真知子を保護していた。化け猫のタマとは悪態を吐き合っているが、その絆は強い。2号は若干不本意な出来となってしまったため、3号の開発を心の中で誓う。
タマ
LV 20/22
技能 格闘LV1
フロストバインの使い魔である化け猫。普段は文句ばかり言っているが、その絆は強い。意外にも格闘能力が高く、モンスターの徘徊する南の塔で生活できていたのは彼女の戦闘能力のお陰でもある。定期的に発情期が来る。
[モンスター]
コロリ
硬い甲羅に覆われた巨大亀のモンスター。炎魔法は一切効かないなど、厄介な相手。
血だるま
血濡れの雪だるまモンスター。強さはそれなりだが、見た目が恐い。
[アイテム]
天使の蜜
天使から採取できる蜜。女性からしか採取できず、じょにぃの蜜では駄目らしい。
悪魔の蜜
悪魔から採取できる蜜。女性からしか採取できず、ダ・ゲイルの蜜では駄目らしい。