-南の塔 七階 フロストバインの研究所-
「あてなさん、うしさんは青いですか?」
「はいなのれす。うしさんは貴女の心の中と同じように青く澄み渡っているのれす」
「駄目ねこれは……」
シィルがあてな2号に質問をし、その答えを聞いた志津香の第一声がこれである。ある意味、全てを物語っている。
「うーむ、やはり少しおかしくなってしまったのう……」
「少し何ですか、これが?」
フロストバインがボリボリと頭を掻きながらあてな2号の失敗を嘆く。かなみが困ったような目であてな2号を見ている側で、真知子はショックに打ちひしがれていた。
「折角……ルークさんの冒険のお役に立てると思ったのに……」
「真知子さん、元気を出して!」
メリムに励まされているが、真知子は珍しく目に見えて落ち込んでいた。こんなはずではなかった。特に誤算であったのが、主人と認識している人物。本当ならルークとランスの二人を主人と認識するように設定していたのだが、ランスの精液が混ざってしまったせいでその比重が変わってしまい、あてな2号はランスのみを主人と認識していた。
「ご主人様、あてな良い子なのれすか?」
「うむ、とても良い子だ。とりあえず服を脱ぐのだ。ヤるぞ!」
「節操がないにも程があります!」
「ランス! いい加減にしろ!」
キューティもここへ来てランスという人物の何かを掴んだらしく、冷たい視線を送っていた。サーナキアも文句を言っているが、ランスはそれを気にする様子もなく、あてな2号の服を脱がす。だが、そのランスの眉が吊り上がる。あてな2号の体には乳首がついていなかったのだ。
「ババア! ふざけたもの寄越してないで、さっさと改良しろ! これは絶対に必要なものだろうが!」
「やれやれ……ついでに下のもんもつけておくよ。おいで、あてな」
「はいなのれす!」
ランスからクレームを受け、フロストバインがちゃちゃっとあてな2号を改良する。その手術を受けながら、あてながルークに挨拶をしてくる。
「ルークなのれすね。ご主人様の仲間? 友人? そんな感じの人なのれすね。これからよろしくなのれす」
「ああ、よろしくな」
「馬鹿者、こいつは俺様の金蔓だ」
「下僕からは脱却したんだな……」
あてなにそう忠告をするランス。本来もう一人のご主人となるはずだったルークは、あてな2号にこのように認識されていた。あてな2号の改造手術を待っている間、ルークは真知子に近づいていく。
「そう落ち込むな。戦闘能力はそのままなんだし、十分戦力になるさ」
「すいません、少しショックを受けすぎてしまったかもしれないですね……これじゃあ、折角生まれたあてなちゃんに悪いわ……」
そう言葉を漏らす真知子だが、まだ完全には立ち直っていないようだ。その肩に手を置き、ルークは言葉を続ける。
「そうだな……もし納得いかないのであれば、いつか3号を作り出してくれればいいさ。フロストバインはやる気みたいだしな」
「そうじゃぞ、真知子ちゃん。ワシと一緒にいつか3号を作ろうじゃないか」
「あてな、もういらない子なのれすか!?」
フロストバインが笑顔で真知子に声を掛けてくる。生まれたその日に新型開発を決められたあてな2号はショックを受けているが、2秒後には忘れていた。フロストバインのその言葉を聞き、真知子は笑顔を取り戻す。
「そうね……いつかフロストバインさんと一緒に3号を作り出してみせるわ。もしその日が来たら、受け取っていただけるかしら?」
「勿論。楽しみにしているさ」
「真知子さんならやれますですかねー」
「私も新型チューリップをどんどん作って行くつもりだから、一緒に頑張りましょう」
ようやく少し元気を取り戻した真知子。トマトやマリアも励ましの言葉を掛けに来たため、ルークはその場を離れる。カスタムの住人同士の絆も深いものがあるのだ。あちらも自由に話をさせてあげた方がいいだろう。ルークはそのまま部屋の隅にいたフェリスに近づいていく。
「フェリス……さっきの事だが……」
「言っただろ。いいんだよ、いつもの事だしな……」
「…………」
「ほれ、手術は終わったぞい!」
「おお、良くやったぞババア!」
ルークが掛ける言葉を見つける事が出来ずにいると、丁度あてな2号の手術が完了する。ハッキリ言って無駄な機能追加なのだが、ランスにとっては重要らしい。
「では町に戻るとするか」
「次は闘将コアですね」
「あてなも今後は大活躍するのれすよ!」
ランスがそう宣言し、シィルがお帰り盆栽を出しながら次なる目的地を口にする。フロストバインとタマを巻き込まないよう、一同は通路へと出て行く。そんな中、真知子とメナドはお世話になった二人に向き直っていた。
「フロストバインさん、タマさん、お世話になりました」
「てやんでぃ、涙が止まらねぇですぜ!」
「寂しくなるねぇ……メナドちゃん、こんな空の上だけど、また機会があったらいつでも遊びにおいで」
「はい!」
「フロストバインさん……必ず一緒に3号を作りましょうね」
「待っているよ、真知子ちゃん」
メナドと真知子が最後の別れを告げる。この二人のお陰で、特に大きな危険もなくルークたちと合流出来たのだ。感謝の気持ちで胸が一杯だ。タマは号泣し、メナドの目にも涙が溢れていた。メナドと真知子が部屋から出てきて、通路に一同が揃う。
「それじゃあ、お帰り盆栽を使いますね」
「……スマン、みんな先に帰っていてくれ。ランス、少し話がある」
シィルがお帰り盆栽を使おうとしたそのとき、ルークが口を開いた。何事かと目を丸くする一同。
「ちっ……シィル、先に戻っていろ」
「あ、はい。ランス様」
「…………」
ランスを奥の通路に呼び出すルーク。ランスが頭を掻きながらそれに応じ、通路を進みながらシィルに命令を出す。それを無言で見送る一同だったが、ロゼだけが何か勘付いていたようだった。通路の奥に進み、他の者たちが町に帰還したであろう頃を見計らってランスが口を開く。
「で、何だ? 俺様を呼び出すからには、それなりの理由があるんだろうな?」
「ああ……フェリスの事なんだが……」
「フェリス?」
「もう少し優しくはしてやれないか? お前の使い魔だという事は判っているし、本来口を出す事では無いのかもしれない。だが……」
ランスの使い魔である以上、もう何もするなとは頼めない。だからこそ、これがルークに頼めるギリギリの範囲。だが、ランスはその頼みを鼻で笑う。
「ふん、俺様の使い魔をどうしようが俺様の勝手だろう?」
「それはそうだが……」
「それに、頼むタイミングがおかしいんじゃないのか?」
「っ……」
「フェリスと初めて会った時に俺様がヤるのを止めなかったし、使い魔にした後も特に何も言ってこなかっただろうが。何を今更……」
それは、ランスの言う通りであった。これまでフェリスに対するランスの行為を黙認してきたルーク。使い魔にする行為としては、特に問題はないと考えていたからだ。だが、数多くの死線を共にくぐり抜けてきた事から、ルークの中でフェリスの立ち位置が大きく変わっていた。使い魔から、信頼する一人の仲間へと。となれば、情も移る。あまり酷い事はして欲しくないと頼んだルークだが、ランスから見ればそれは矛盾した行動。フェリスと初めて出会った時や使い魔にした時に言われるならまだしも、今更言われるのはお門違いだ。
「この件に関しては、俺様は間違いなく正しいぞ。100人いたら、100人が俺様に賛同するだろうな」
「ああ、これは俺の我が儘だ……だが、考えてはくれないか?」
「……ふん。おい、帰り木を寄越せ」
ランスが右手を突き出し、ルークから帰り木を受け取る。そのまま言葉を発する事なく、カサドの町へと帰還してしまった。それをルークは無言で見送り、複雑な表情のまま自分も道具袋から帰り木を取り出す。瞬間、後ろから声を掛けられる。
「難しい問題よね……」
「ロゼ……帰っていなかったのか……」
「悪いとは思ったけど、聞かせて貰ったわ」
通路の角から現れたのはロゼ。頭を掻きながら、ゆっくりとルークに近づいてきて言葉を続ける。
「今回ばっかりは、ランスの言い分は間違いじゃないわ。その辺の女の子を無理矢理襲っている訳じゃなく、使い魔だもの。使い魔に何をしようと、咎められる事ではないわ。それに、今まで責めてこなかった訳だしね……」
「ああ……これは俺の我が儘だ……完全にな……」
「自分の使い魔が可哀想な目に遭っているのを見ていられないの?」
ロゼがそう問い掛けるが、ルークは首を横に振る。
「俺はもう、フェリスを使い魔として見ていない。大切な仲間だ。だからこそ、放ってはおけない」
「悪魔を仲間として見る……ね。やっぱり変わっているわ、あんたは」
ロゼが静かに笑う。その奥、通路を曲がったルークには見えない位置で、帰り木を握りしめる一人の悪魔の姿があった。その頬からは、一筋の涙が流れていた。その悪魔はルークたちに見つからないよう、先に帰り木で帰還する。
「……そろそろ行ったかな?」
「ん?」
「いやいや、こっちの話。それじゃあ、私たちも帰りましょう」
「ああ、そうだな。帰り木を……」
「あ、大丈夫。カサドの町で買ったから、自分のを持っているわ」
ルークが帰り木を渡そうとしたが、ロゼは胸の間から帰り木を取り出す。
「いつの間に……というか、どこに入れてるんだ……」
「またいつはぐれるか判らないしね。お金はこういうときに使うものよ」
笑いながら答えるロゼ。二人で帰り木を使い、町へと帰還する直前、ロゼが言葉を続ける。
「フェリスの事なら、悪魔界に戻った後も定期的にダ・ゲイルに様子を見に行かせるわ。思い詰めているようだったら、すぐに連絡する」
「すまない……」
「いいの、いいの。その分の報酬さえしっかりと貰えれば」
手でお金のマークを作るロゼを見ながら、ルークも笑みを溢す。そのまま二人の姿が消え、通路には誰もいなくなった。
「いやぁ、丸聞こえだったですぜぃ……」
「壁が薄いからのぅ……」
研究室でタマが汗を拭う。聞こえてきたルークとランスの険悪な空気に緊張してしまったのだろう。フロストバインもやれやれと椅子に座る。壁の薄い南の塔では、ルークたちの会話はしっかりと二人の耳に届いてしまっていた。
「先生とルークは仲が悪かったんですねぇ……いやぁ、驚きやしたぜぃ」
「はぁ……何十年も生きている化け猫なのに、その辺の成長はしてないのぅ……」
タマの言葉にため息をつくフロストバイン。
「ん、違うんですかぃ?」
「いつかぶつかる内容だったんじゃろうな。だからといって、それを鵜呑みにするのは甘いぞい。あてな2号の言葉を思い出すんじゃ」
「は?」
「あてな2号はルークの事を、ご主人の仲間だか友人だかの人と言っていたじゃろう?」
「あぁ……そういや言ってやしたねぇ……」
タマが先程の会話を思い出す。確かにそんな感じの事は言っていた。
「あてな2号の心は主人であるランスの意思の元に生成されておる。そのあてな2号がそう口にしたという事はじゃ……ランス自身が仲間と友人、その中間くらいでルークの事を見ているという事じゃよ」
「先生がですかい? ちょっと考え難いですがねぇ……」
「かっかっか。素直じゃないんじゃよ。若い、若い」
フロストバインの笑いが南の塔に木霊する。ランスの真意がフロストバインの言う通りかどうかは定かではない。ただ一つ、余談として書いておくと、これ以後ランスがフェリスを呼び出してHをする回数は大幅に減ったという。だが、ゼロになった訳ではない。この事が、後にまた大きな波紋を呼ぶ事になる。
-闘将コア 地下一階-
「随分と離れてしまったな……俺たちに付き合って貰う形になってしまったが、ハウゼルはメガラスとこんなに離れて大丈夫だったのか?」
「いざという時の合流地点は決めているし、メガラスはそう簡単にやられるタマじゃないから大丈夫よ」
「ミスリー、ここは?」
「ここは闘将コア。闘神都市を動かすための四つの鍵の内の一つ、Nキーが隠されている場所です」
ミスリーの説明を受け、辺りを見回すサイアス。メガラスの戦いの邪魔にならないよう通路を駆けていた三人は転移装置を使い、闘将コアへとやってきていたのだ。奇しくも、ルークたちが次に目指す場所である。
「ミスリー。君はこの闘神都市を守っていた存在なんだな?」
「はい。私はフリーク様の命に従い、この闘神都市の番をしていました。これは、まだ人類には早すぎる技術です」
「フリーク……?」
サイアスがその名前に眉をひそめる。聞いたことのある名前だ。どこかの国の上層部に在籍していた誰かだった気がする。しかし、思い出せない。若いサイアスは流石に他国の上層部を全て暗記している訳では無い。カバッハーンであれば覚えていたかもしれないが、いないものは仕方がない。
「ミスリー。この闘神都市の番をしていたのであれば、カサドの町への行き方は知っているな?」
「ええ、勿論」
「ならば、そこに一緒に行こう。君の傷も治療しなければならないからな。俺の仲間が合流を進めていれば、優秀な技師が二人ほどいるはずだ」
サイアスがリーザス軍にいたマリアと香澄の事を思い浮かべる。一緒にいた期間は短いが、二人が優秀な技師であるという説明はルークから受けていた。ミスリーはディオの攻撃でそのボディに深い傷を負っている。間違いなく治療が必要だ。だが、首を横に振るミスリー。
「申し訳ありませんが、私は行かねばなりません」
「行く……?」
「ディオが復活し、この闘神都市を動かそうとする者がいるのであれば……それを防ぐのが私の役目」
「戻る気なの?」
メガラスとディオが戦っているあの場所に戻るつもりなのかと問いかけるハウゼル。もしそうなのであれば止めるつもりだったが、ミスリーは再度首を横に振る。
「いえ……悔しいですが、私では奴に勝てません。ですので、Nキーを先に手に入れ、闘神都市を動かせないようにします」
「だけど、その鍵を持っていたらディオに狙われるんじゃ……?」
「その時は、戦うまでです」
「その傷で行くつもりか?」
ミスリーの傷は決して浅くない。サイアスがそう口にするが、ミスリーは静かに頷く。
「それが私の使命です。町までの行き方はお教えします。貴方こそ、その傷を早く治してください」
サイアスの傷を指差すミスリー。出血は収まってきたが、腰の辺りにべっとりと血の跡が残っている。ミスリーは教会の地下から通じている食料コアへの転移装置への場所をサイアスに教え、一人通路を進んでいこうとする。
「危ないところを助けていただき、感謝します。それと……魔人である貴女にも礼を」
本来ならば敵である魔人だが、助けられたのは事実。ミスリーは一度だけ頭を下げ、背を向けて通路を進んでいく。すると、すぐに目の前にうしバンバラが現れる。傷付いた肩を無理に動かし、構えるミスリー。だが、目の前のうしバンバラは即座に炎に包まれた。
「!?」
「折角の心遣いに感謝するが……その状態の女性を置いていける程、薄情な男ではないんでね」
戻るのが遅くなりそうだとルークとウスピラに心の中で謝りながら、サイアスがうしバンバラに火爆破を放つ。そのまま自分の横に並ぶサイアスに視線を向けながら、驚いた様子でミスリーが問いかけてくる。
「ついてくるつもりですか……?」
「手負い同士、協力し合おうじゃないか。その代わり、鍵を手に入れたら一緒に町に来て貰うぞ。可愛い女の子が無理をするもんじゃない。まぁ、俺の仲間にも意地っ張りの氷の美女がいるんだがな」
「女……先程も気になりましたが、貴方はこの私を女と見るのですか?」
ミスリーが自分の胸を叩く。小さな金属音が通路に響いた。自分はミスリル銀で出来た人形であり、性別という概念は脳から送られてくる記憶でしかないのだ。しかし、サイアスは平然と言ってのける。
「俺には可愛い女の子にしか見えないな」
「変わった人間ですね……」
「ふっ……個性的だという誉め言葉として受け取っておこうかな」
サイアスが静かに笑うと、更に新手のうしバンバラが二体ほど現れる。そのモンスター向けて、サイアスが即座に魔法を放つ。
「火爆破!」
「火爆破!」
「っ!?」
火柱が二つ立ち上る。どちらもうしバンバラを一撃で焼き尽くしたが、その威力は明らかに右の火柱の方が高い。スッとサイアスの後ろにハウゼルが立ち、口を開く。
「私もついていくわ。貴方たちと一緒にいれば、ルークという人間とも会えそうだし」
「町に行けばいる可能性はあるが……」
「魔人の私が一人で町に行ったら、パニックになっちゃうかもしれないでしょ?」
「魔人が……人間の心配を……?」
ハウゼルの言葉に驚くミスリー。彼女の中の魔人への意識が変わっていく。そのハウゼルをサイアスは見据えながら、真剣な表情で口を開く。
「来て貰えるのは非常にありがたい……だが、一つだけ聞かせてくれないか?」
「何かしら?」
「その炎だ。魔人というのは、みんなそれ程の魔力を持っているのか?」
ハウゼルに疑問をぶつけるサイアス。炎の将軍であり、炎魔法に関してならガンジー王にも負けない自信があった。だが、目の前の魔人は自分よりも遙か高みにいる。
「そんな事ないわよ。私の炎は特別。私は炎を操る魔人だから」
「なら……炎魔法だけなら貴女が魔人の中でも最強なのか?」
「そうね……魔法だけなら勝てない相手が何人かいるけど、炎魔法だけに限れば誰にも負ける気はないわ。といっても、まだまだ上を目指すつもりだけどね」
謙虚な性格のハウゼルだが、彼女もサイアス同様炎に関してだけは自信があった。魔人の中でも誰にも負ける気はない。全属性の魔法を操るホーネットにも、天才魔法使いであるレッドアイにも、炎魔法だけなら負けない。そのハウゼルの顔を真剣に見据えながら、サイアスは口を開いた。
「では……貴女を越えれば、俺は最強の炎使いになれるんだな……?」
「……なるほどね。貴方も炎には自信があるみたいね。実際、かなり高いレベルにいると思うけど?」
サイアスの挑戦的な言葉を正面から受け止めるハウゼル。サイアスの魔力は認めている。二度ほど見たが、威力が高く、美しい炎だ。
「だが、ハウゼル。貴女には劣る……」
「当然。年期が違うもの。簡単に抜かれたらこっちがショックだわ」
ハウゼルが笑いながらそう答える。フワッと宙を舞い、先頭に出るハウゼル。
「ミスリー、こっちでいいのよね。無傷の私が先頭に立つから、道案内をお願い」
「ええ、判りました」
「それと、サイアス。この闘神都市にいる間に、私の技術を盗めるだけ盗んで良いわ」
ハウゼルがモンスターの気配を感じたのか、背中に担いでいた巨大な銃のような武器を手に取り、その先端に魔力を集中し始める。その速さ、その練度、全てがサイアスの遙か高みをいっていた。
「これは……」
「どこまで貴方が登り詰められるか、少しだけ楽しみにさせて貰うわ」
それは、普段のハウゼルを知る者であれば信じられないような言動だろう。特に、ハウゼルを良い子ちゃんだと思っている姉が聞けば、かなり困惑する事は間違いない。遠回しにサイアスを挑発しているのだ。遙か高みからサイアスを見下ろし、この場所まで登り詰めてこいと。炎を司る者として、才溢れる目の前の人間に興味が沸いたのかもしれない。魔力を込め終えたハウゼルは、通路の角から飛び出してきた数体のモンスターに銃を向ける。
「タワーオブファイア!」
ハウゼルの言葉と同時に、銃から炎のレーザーが放たれる。それは、ファイヤーレーザー等とは比べものにならない。威力だけなら、サイアスの最強魔法であるゼットンをも上回っているかもしれない。灰すら残らぬ程に消滅させられた敵を見ながら、サイアスは歯噛みする。その心にあるのは一つの決意。登り詰める、必ずこの位置まで。
「さて、先を急ぎましょう」
「はい、Nキーのある場所はこちらです」
ミスリーの案内を受け、先へと進んでいくサイアスたち。現れたモンスターたちはハウゼルが全て瞬殺し、いつしかモンスターは恐れを成して襲いかかっても来なくなっていた。そのまま通路を進んだ一行はとある部屋の前まで辿り着く。
「ここです」
「研究室……で、いいのかな?」
「多分そうね」
ミスリーが扉を開け、サイアスとハウゼルがそれに続く。部屋の中は何かの研究室のような場所。サイアスとハウゼルが部屋の中を見回していると、部屋の奥へと進んだミスリーが目の前の壁を軽く叩いた。すると、目の前の壁が引っ込み、その場所に隠し宝箱が現れる。
「なるほど……これはミスリーがいなければ見つからないな……」
「えっ!?」
「どうしたの?」
サイアスがため息をついていたが、宝箱を開けたミスリーが驚いた様な声を上げた。不穏な空気を感じ取り、ハウゼルがミスリーに駆け寄る。
「なっ……ないんです、Nキーが! 私が部屋を出るときまでは、確かに誰も動かしていなかったはずなのに……」
「何だって!?」
サイアスも宝箱に近づいていき、中を覗き見る。確かに空っぽだ。すると、部屋の入り口から突如声がする。
「それは魔女アトランタの仕業です」
「なっ!?」
三人がすぐに振り返る。そこに立っていたのは白髪の青年。スーツを着ており、明らかに戦えるような出で立ちではない。だが、こんな場所に普通の人間がいるはずがない。眉をひそめながらサイアスが口を開く。
「あんたは……?」
「私はカサドの町の者です。名前をジュノ……」
名乗り掛けた青年だったが、ハウゼルを視線に捉えて目を見開く。
「どうした?」
「い、いえ……失礼しました。私はジュザン・ジューコフと申します。町の娘たちを魔女アトランタが捕らえているという噂を聞き、ここまで来てみれば、アトランタがその鍵を奪っていたのです。あぁ、何という事でしょう!」
「魔女アトランタ……」
その名前はルークとロゼに聞かされていた魔女の名前。町の者たちを攫い、鏡に閉じ込めているという大悪人だ。だが、目の前の男はどこでそれを知ったのか。ルークが話を漏らすとは考え難い。それに、どうやってモンスターの闊歩する中この場所までやってきたというのか。戦えそうにないこの男が。サイアスがジュザンを見据えていると、ミスリーが一歩前に出る。
「魔女アトランタ……そのような者がこの闘神都市にいたなんて……」
「アトランタの隠れている場所は私が知っています。ご案内しますので、私についてきてください!」
ジュザンがそう言って、道案内をしようとする。それに頷くミスリー。
「闘神都市を守る者として、魔女を放っておく訳にはいきません。鍵も取り戻す必要がありますし……魔女を討ちましょう!」
「……どうするの?」
「そうだな……ジュザン、案内してくれるか?」
「おお! 流石は私好みの色男……じゃなかった、素晴らしい! 道案内をさせていただきます!」
ジュザンが満面の笑みを浮かべ、こちらですと言って先頭を歩いて行く。すっかりジュザンの言葉を信じているミスリーはそれに続く。サイアスがゆっくりとミスリーの後に続こうとする中、ハウゼルが静かに口を開く。
「ねぇ……今の話……」
そう言いかけた瞬間、サイアスがハウゼルの顔の前に右手を広げる。その掌には、ジュザンには見えないよう炎で文字が書かれていた。『判っている、今は泳がす』と。フッと静かに笑い、ハウゼルもサイアスの目の前に掌をかざす。炎文字で『了解』と浮かべながら。
「(でもあの男の雰囲気……どこかで……)」
ハウゼルが目の前のジュザンの雰囲気に既視感を覚えながら、一同は魔女アトランタを目指して闘将コアを進んでいくのだった。
[人物]
あてな2号
LV 1/1
技能 弓戦闘LV1 ラーニングLV1
フロストバインが生み出した人工生命体。ランスの皇帝液が混ざってしまったため少しお馬鹿になってしまったが、主人への忠誠心と戦闘能力は本物。また、戦闘能力だけでなく、マッピング機能、演算機能、望遠鏡機能と冒険に役立つ能力が盛り沢山である。
ジュザン・ジューコフ (半オリ)
サイアスの前に現れた謎の男。名前はアリスソフト作品の「大帝国」より。
[モンスター]
うしバンバラ
うし頭の筋肉巨漢モンスター。ぶたバンバラの上位種で、決して弱いモンスターではないが相手が悪かった。
[技能]
ラーニング
見聞きしたことを覚える技能。成長速度に関わってくる。
[装備品]
タワーオブファイア
ハウゼルの持つ武器。彼女の魔力を収束し、目の前の全ての敵を燃やし尽くす。その威力は絶大で、生半可な敵では灰すら残らない。