ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第87話 夢の縮図

 

-カサドの町 うまうま食堂-

 

「ユプシロンがパイアールに……」

「それも、二日しか猶予がないとは……」

 

 フロンの食堂へとやってきたルークたちは軽く自己紹介を済ませた後、これまでの動向や掴んでいる情報を互いに話し合った。闘将ディオの狂気、発見した大量の飛行艇、ユプシロンの敗北とパイアールによる改造、囚われのアリシアとイオ、二日しかないタイムリミット、そして、フリークの過去。誰かのため息が聞こえてくるが、気持ちも判るというもの。ルークたちの調査に向かう事が決定した際、一体誰がここまでの大事になると予想しただろうか。

 

「やはり今は争っている場合ではなさそうじゃの」

「ええ。このまま闘神都市を魔人の手に渡してしまったら、人類の危機にも繋がるわ」

 

 現状確認をしたカバッハーンがそう呟く。レイラもそれに賛同し、他の者たちも二人の言葉に頷く。魔人と闘神という最悪のタッグなのだ。人間同士で争っている場合ではない。その様子を見ながら、ハウゼルが口を開く。

 

「パイアールは周囲の者を見下している。特に人類は歯牙にもかけていないわ。もし闘神の改造を終えたら、人類を滅ぼす事に何の躊躇もしないでしょうね」

「あんたは違うって言うのかい?」

 

 ハウゼルにそう問いかけたのはヒューバート。腕組みをし、壁に背を預けたままハウゼルに厳しい視線を向ける。

 

「リーザスとゼスの連中にはデンズを助けて貰った借りがある。だが、魔人であるアンタを全面的に信用している訳じゃないんだぜ?」

「それは……」

 

 ハウゼルが言い淀む中、部屋におかしな空気が流れる。口にしたのはヒューバートであったが、それは彼だけの心情ではない。ジルとの戦いで魔人と共闘経験のある面々はハウゼルの存在を割と受け入れられていたが、他の者はそうではない。サイアスとウスピラ以外のゼスの面々もハウゼルへの警戒を完全に解いた訳ではないし、共闘を経験した事があるとはいえセルは複雑な表情を浮かべていた。神官である彼女にとって、魔人と手を組むなど到底考えられぬ事だからだ。フリークはまだマシであったが、ミスリーは懐疑的な視線を送る。そんな空気を破ったのは、ルーク、サイアス、そしてランスの三人。

 

「大丈夫だ。魔人にも信用できる者たちはいる」

「俺もハウゼルを信頼している。何より、命を救って貰っているからな」

「がはは、美人は嘘を言わん!」

 

 ルーク、サイアス、ランスが口々に自分の意見を言葉にする。それぞれがパーティーの中心的人物である三人。その三人がこれ程信頼しているのだ。自然と空気が和らぐ。それを受け、ハウゼルもヒューバートの目を見据えながら口を開いた。

 

「信頼してくれなくても構わないわ。でも、私は貴方たちを裏切るつもりなんてないわ」

「……ちっ。まあ、別に他の奴らが信頼しているならいいんだけどよ……」

 

 ヒューバートはばつが悪そうにしながら頭を掻く。それを見ながら、ルークが口を開く。

 

「雷帝。イオが水晶球に捕らわれたというのは……?」

「先程ヘルマンの者たちと確認した外見と一致するからまず間違いないじゃろうな。アリシアという娘とイオの二人は、水晶球に取り込まれておる」

「その水晶球は闘神ユプシロンに魔力を供給しておる。それがある限り、いくらダメージを与えても奴は自己修復を続けるだけじゃ」

 

 カバッハーンの言葉にフリークが続く。ユプシロンを倒すためには、水晶球から彼女たちを解放する必要がある。だが、それは至難の業。

 

「水晶球からの脱出方法は三つ。一つは内部からの破壊。じゃがこれは、取り込まれた者がそれなりの攻撃魔法を使えるのが条件じゃし、狭い空間で魔法を放つのじゃ。術者もただではすまない」

 

 フリークの提案した一つ目の方法。水晶球の外側は厚い装甲だが、内部は意外にも脆いとのこと。だが、フリークの言うようにこれには危険が伴う。話し合いの邪魔をしてはいけないと一歩下がって聞いていたフロンだが、カサドの住人であるアリシアの話題になったため情報を提供してくる。

 

「アリシアちゃんは攻撃魔法を使えないよ」

「となると、イオはともかくアリシアの救出には使えないな」

 

 元々危険な方法であるため避けたい手段ではあったが、そもそも攻撃魔法が使えないのでは却下である。小さく頷き、フリークは説明を続ける。

 

「二つ目は中に取り込まれている魔法使いの交換。水晶球にとある手順を踏んで触れば、その者が魔法使いならば中の者と代わることが出来る」

「しかし、誰かが中に存在するという事に変わりはない……か」

 

 サイアスが難しい表情を浮かべながら呟く。この手段は、結局犠牲になる者が変わるだけの手段。二人を救うために仲間の誰かを犠牲にしたのでは本末転倒だ。

 

「ビッチが生き残っていれば無理矢理にでも入れ替えさせた所だが、既に奴は死んでいるからな」

「おお、そうだ! 大変な事を思い出した!」

 

 ルークがユプシロンに殺されたというビッチの名前を口にすると、突如ランスが声を上げる。何事かと一同の視線がランスに集まる。

 

「あのクソ親父が死んだという事は、メリムと約束のHをしなければ!」

「ランス……状況を考えてものを言ってよ……」

「かっかっか。面白い御仁じゃの」

 

 何事かと思ったらあまりにもくだらない内容だったため、マリアがため息をつく。だが、フリークには今の発言がツボに入ったらしく、ケラケラと笑っている。必然的に注目が集まってしまい、恥ずかしそうにするメリム。

 

「あ、あの……私の体でよろしければいくらでも……その……大丈夫ですので……で、でも今は闘神を止めるのが先決かと……」

「むっ。うーむ……俺様としては今すぐの方が……」

 

 メリムの頼みは尤もな話だが、ランスとしては今すぐ抱きたいので渋い顔だ。そこにルークが助け船を出す。

 

「ランス。今急いで抱くと、もう地上に戻れないから最後に……というような情けない男だと思われるぞ。それとも、ユプシロンに勝つ自信がないのか?」

「馬鹿者。そんな訳あるか。しょうがない、メリムは地上に戻ってからじっくりと抱くとするか。がはは」

「(相変わらずお上手です……)」

 

 シィルが心の中で感心する中、フリークがコホンと一度咳払いをして話を続ける。

 

「そして三つ目の方法が最もシンプル。闘神ユプシロンを倒す事じゃ」

「水晶球からの修復を止めるためには、ユプシロンを倒さなければいけない。だが、ユプシロンを倒すためには、水晶球からの供給を止めなければならない」

「頭がこんがらがってきましたですかねー?」

「卵が先か、こかとりすが先か……堂々巡りね」

 

 最後は一番シンプルにして困難な方法。自己修復をするユプシロンを、それを上回るダメージで破壊しろというものだ。それが出来ないから水晶球を何とかしようとしているというのに。トマトが頭を抱え、ロゼが肩を竦めてため息をつく。

 

「そもそも、何故助け出す事を前提にしている?」

 

 そんな冷酷な言葉が部屋に響く。声の主はヒューバートだ。デンズが悲しげな瞳でヒューバートを見る。

 

「あ、あにぃ……」

「アリシアという嬢ちゃんはまだ判る。だが、イオはお前らにとって敵だろう? じいさん、死ぬのを前提にすれば、水晶球から引っ張り出すことは容易いんだろう?」

「うむ、それは可能じゃ……」

 

 ヒューバートの問いかけにフリークが頷く。それを確認したヒューバートは更に言葉を続ける。

 

「水晶球からの魔力供給が半分になれば、それだけ奴を倒すのは容易になる。残酷なようだが、イオも軍人だ。あいつを犠牲にするのが一番現実的だと思うがな」

「ふざけるな! イオは俺様を操った罰にお仕置きをすると決めているのだ。勝手に死なれてたまるか!」

「本当にそれでいいの……? 仲間を犠牲にする、そのやり方で……」

 

 ランスが文句を言い始めるが、内容的にあまり賛同は出来ないため、それを無視するように志津香がヒューバートに問いかける。先程から要所要所で話の腰を折ってきているが、それは全て正論。それに、志津香たちは一度ヒューバートに命を救われている。悪い人物ではないという核心があるからこそ、仲間を犠牲にするという作戦が本当に本意なのかを問いかける。真剣な表情で志津香の顔を見据えながら、ヒューバートは迷うことなくハッキリと口にする。

 

「問題ない。俺は既に一度、仲間を……デンズを見捨てている」

「んっ……」

「あ、あにぃ……」

 

 そのヒューバートの言葉に志津香が口ごもる。ディオに襲われた際にデンズを犠牲にした話は聞いている。だからこそ、何も言えない。仲間を見捨てるという生半可な覚悟では取れない選択を、目の前の男は一度決断しているのだ。またも重苦しい空気が部屋に漂う中、それを破ったのは意外な人物であった。

 

「なーに、めんどくさいやりとりしてるんだよ、兄ちゃん」

「ん?」

 

 ヒューバートが首を動かして横を見る。そう発言したのはシャイラであった。

 

「助けるか助けないかなら、助ける方が良いに決まってんだろ!」

「ふっ……これはまた……」

 

 そのストレートな物言いにサイアスが吹き出す。そういう話をしている訳ではない。だが、的は射ている。迷ったのならば、最良の未来を目指すのみ。

 

「賛成だ。女性を犠牲にするなど性に合わん」

「こちらも異論はありません」

「騎士として女性を見捨てる事など出来はしない!」

 

 サイアス、リック、サーナキアの三人がシャイラの意見に賛同する。カバッハーンもそのやりとりを見ながら静かに笑っている。

 

「思慮が足りていない者……まぁ、ストレートに言うと馬鹿者の考え方じゃが……」

「なんだとジジイ!」

 

 カバッハーンにストレートにバカ呼ばわりされて怒るシャイラだったが、その彼女を見ながら口元に笑みを浮かべるカバッハーン。どことなく嬉しそうにしている。

 

「まあ、その考え方は嫌いではない。ワシも賛成じゃ」

「ふぅ……お人好し集団が……」

 

 ヒューバートが一度ため息をつくが、そのヒューバートの口元にも笑みが浮かんでいた。あちらとしても、やはり助けられるのであれば助けたいのだろう。

 

「イオをここで殺す訳にはいかないな……俺は、あいつの復讐に付き合ってやらなきゃならないからな」

「復讐?」

 

 ルークがそう呟くのをヒューバートは聞き逃さず、何事かと聞き返す。胸にあるのは、以前抱いていた一つの疑念。

 

「トーマ・リプトンは当然知っているよな?」

「……まあ、人並みにはな」

「…………」

 

 ルークの問いかけに静かに頷くヒューバート。その反応を一度確認し、フリークもそれを無言で聞いている。野暮な事を言うつもりはないらしい。ルーク自身も今だイオとトーマの関係性に確信を持っていた訳ではないため、同じヘルマン軍人であるヒューバートに確認を取る。

 

「イオの奴は……そのトーマと関わりが深かったりはしないか?」

「ああ、奴はトーマ将軍を父親のように慕っていた」

「やはりそうか……なら、俺はあいつの仇って事になる」

 

 その言葉にヒューバートが目を見開く。そう、これこそがヒューバートが予想していた事。この闘神都市には、イオが躍起になって殺そうとしている仇がいる。それは即ち、自分にとっての仇でもある。黙っているヒューバートに代わり、デンズがルークに問いかける。

 

「仇……?」

「先のリーザス解放戦において、人類最強の男トーマ・リプトンを討ち取ったのは、ルークさんなんです」

「なんじゃと!?」

 

 かなみがそう説明をすると、ヒューバートではなくフリークが声を上げる。皆がフリークに視線を向ける中、ヒューバートがゆっくりと口を開く。

 

「そうか……お前が親父を……」

「えっ!?」

 

 その言葉に、皆が今度はヒューバートに視線を向ける。ヒューバートの表情は怒りでも悲しみでもなく、何かを噛みしめているような表情であった。

 

「お、親父って……まさか……」

「ヒューバートとしか名乗っていなかったな。俺のフルネームは、ヒューバート・リプトン。トーマ・リプトンの息子だ」

「なっ!?」

 

 その告白に皆が驚愕する。トーマの事でルークを仇に思っている人物は、この闘神都市にはイオだけだと思っていた。だが、ここにもう一人。実の息子がいるのだ。息を呑む一同。そんな中、ルークがしっかりとヒューバートの目を見ながら問いかける。

 

「俺が憎いか?」

「……いや、軍人の子として育っちまったからな、いつも覚悟はしていた」

「そうか……」

 

 ヒューバートが頭を掻きながらそう答える。嘘を言っているような素振りはない。イオと違い、既にヒューバートの中では割り切った出来事なのだろう。

 

「どんなだった? 親父の死に様は……」

「見事な戦いぶりだった。敵ながら、誇りに思う」

「そうか……親父らしいな。堂々と戦って逝ったんなら、後悔していないだろうな……」

「ああ、最後の瞬間は笑っていたよ」

 

 ルークがトーマ・リプトンとの戦いを思い出す。今まで戦ったことのある人間では、間違いなく最強の相手だった。その堂々たる姿は、今でも目に焼き付いている。

 

「それと、一つ聞かせてくれ。パットンは……本当に死んだのか……?」

「…………」

「それは……」

 

 ヒューバートが真剣な眼差しでルークたちに問いかけてくる。パットンの行方はリーザスの機密であるためルークが勝手に言う訳にはいかず、チラリとレイラに視線を向ける。レイラも困った様子で言い淀むが、その隣に立っていたリックが一度だけ目を閉じ、何かを決意したかのように口を開く。

 

「パットン皇子は生死不明です。解放戦の最中に行方不明となり、リーザス軍は死体を確認していません」

「リック!?」

「やっぱりそうか……へっ、ミネバのクソババアめ……」

 

 リックが話してしまったことにレイラは驚愕するが、それはリックなりの借りの返し方だったのかもしれない。仲間である志津香の命を救ってくれた事への感謝の証をこうして示したのだ。ヒューバートがそれを聞いて嬉しそうに笑う。生きているとは信じていた。だが、こうして可能性が現実味を帯びるとやはり来るものがある。

 

「ヒューバート。親父さんの事は……」

「気にするな。それと、安心しな。裏切らねぇよ。むしろ、やる気が出た」

 

 ポン、とルークの肩に手を乗せてくるヒューバート。イオの一件もあってトーマの仇討ちという事柄には敏感になっていたルークだったが、本当にヒューバートの方は心配いらないらしい。そのまま再び真剣な顔つきになるヒューバート。

 

「イオを救ってやってくれ。あいつは復讐に囚われている」

「当然、そのつもりだ」

「よっしゃ。じいさん、水晶球以外にユプシロンを弱体化させる方法はないのか?」

「ふん、急にやる気を出しおって」

 

 フリークがそう笑い飛ばすが、気持ちは十二分に判る。幼い頃からの親友が生きている可能性が少しとはいえ高まったのだ。なればこそ、地上に戻る必要がある。

 

「それで、あるんですの?」

「一応……ありはするがの……」

「フリーク様、まさか……」

 

 ミスリーが何かに気が付いたように口を開くが、それを制してフリークが言葉を続ける。

 

「闘神都市の魔力供給装置は水晶球だけではない。魔気柱と呼ばれる柱が八本存在する。それを破壊すれば、ユプシロンは弱体化する」

「あれか!」

 

 それは、以前上部動力エリアで発見した柱。メリムの説明では闘神都市に魔力を送っている柱という事だったが、闘神ユプシロンにもその魔力は送られていたらしい。

 

「ですがフリーク様。魔気柱を破壊してしまうとこの闘神都市は不安定になります。その状態でユプシロンを倒せば、最悪墜落まで有り得るかと……」

「うむ。その件も含めて今後の方針に提案がある」

 

 ミスリーの心配は当然の事。闘神都市が墜落してしまえば、自分たちは勿論、町の人々、更には地上にも多大な影響が出る。フリークはその疑問は当然だとばかりに頷き、尚も考えがある様子で言葉を続ける。

 

「まず提案なのじゃが、ユプシロンを倒すのは明日にする」

「えっ!? どうしてですか?」

「今すぐじゃないんですかねー?」

 

 突然のフリークの提案にメナドとトマトが声を出す。ユプシロンを倒すのが遅れれば遅れるほど、パイアールの改造によって危険度が増すのだ。てっきりこの話し合いが終わったらすぐにでも挑むものだとばかり思っていたのだ。

 

「理由は二つ。一つ目は既に時間も遅く、ワシらも疲労困憊。今夜はゆっくりと休み、万全な状態で臨むのが得策じゃ」

「確かに……怪我人は多い……」

 

 ウスピラが周囲を見回す。デンズ、シャイラ、ネイの傷は生々しいし、サーナキアも地味に深手を負っている。ルークやサイアス、リックやアレキサンダーも無傷ではない。

 

「二つ目。奴は明日になれば闘神都市が動かせる程度にはユプシロンを動かせると言っておった。雷帝、そうですな?」

「うむ。確かにそう言っておったようじゃ」

「それは闘神ユプシロンから信号が闘神都市全域に伝達されるという事じゃ。その信号は本来のユプシロンから発せられるものではない。改造され、まっさらな状態のユプシロンから発せられるものじゃ。そうなると、あるものが使えるようになる」

「あるもの……?」

 

 フリークの言葉に一同が眉をひそめる中、答えに一番早く至ったのはロゼ。

 

「飛行艇……」

「そうじゃ。本来なら使用できないよう信号が飛ばされているが、それがパイアールの改造により初期化される。100パーセントではないが、まず間違いなく使えるようになるはずじゃ」

「あれだけ大量の飛行艇が使えれば……間違いなく町の人たちはみんな地上に降りられます!」

「きゅー! きゅー!」

 

 キューティが満面の笑みでそう口にし、ライトくんとレフトくんも嬉しそうに体を揺らす。だが、技師であるマリアと香澄は難しい顔をしながら同時に疑問を口にする。

 

「操縦は誰が……?」

「あれだけ大量の飛行艇を動かすとなると、かなりの数の操縦者が必要になります」

「それは大丈夫じゃ。あれは元々闘将を大地に下ろすために使っていたものでな。事前に魔法使いが魔力を送っておけば、自動操縦で大地へと下ろしてくれる」

「となれば、確かに明日まで待った方が得策だな……」

 

 ルークもフリークの提案に賛同する。明日まで待つメリットは多い。町を襲うモンスターの流れは止まったので、一日くらいなら青年団だけでも持ち堪えられるだろうし、いざとなれば何人かが休憩返上で手伝えばいい。パイアールも動かない事が確定している。不安なのは、ディオの動向。しかしそれは、どこにいてもあまり変わりはない。

 

「明日まで待つという事には誰も異論はないでしょう。ですが、魔気柱の破壊には疑問が残ります。地上の人々に被害が出るのは……」

「それなら心配いらないわ」

 

 アレキサンダーの言葉を遮るように声を発する者がいる。ここまでずっと会議には参加せず、椅子に座って小型コンピュータをいじっていた真知子だ。

 

「先にフリーク様から話を聞いて座標を計算していたの。この位置から地上へ落ちた場合、闘神都市は自由都市ガヤの真上に落ちる計算よ」

「ガヤといえば……既に人の住んでいないゴーストタウンか」

「ええ。流石に偶然立ち寄っていたような人の心配までは出来ないけど……被害は殆ど出ないはずよ」

 

 真知子はこれまでずっと闘神都市の落下位置を予想していたのだ。綿密な計算と再三の確認の下、弾き出されたのは人が住んでいないゴーストタウン。あそこならば問題ないはず。

 

「だけど、それは今の位置からの計算でしょう? 明日になれば、この闘神都市は動かせるように……」

 

 ネイが問いかけるが、その疑問も想定していたとばかりに真知子が即答する。

 

「そう、動かせるようになるだけ。誰も明日には動かさないわ。パイアールはユプシロンの改造に躍起になっているし、PG-7はその護衛に残っている。ディオは……多分殺しが優先でしょうしね」

「なるほど……理にかなっています」

「そうですね、それならば……」

 

 エムサが深く頷く。闘神都市が動かせるようになるという事ばかり先行して勘違いしていたが、明日中に誰かが動かす訳では無いのだ。それを受け、他の者たちも魔気柱の破壊に次々に賛成していく。

 

「となると、ユプシロンを倒す前に最低でも町の人たちは飛行艇で脱出させてしまった方が良さそうね」

「うむ。そこで明日は三手に別れて行動する必要がある」

「三つにパーティーを分断するんですか……」

 

 かなみが仲間たちを見回す。かなりの大所帯のため、三つに分けたところでどこも強いパーティーにはなるだろう。だが、敵はそれ以上に強大な相手たちなのだ。不安が無いと言えば嘘になる。

 

「第一パーティーはユプシロンと対峙。ここが一番大変じゃな」

「魔人と闘神ですものね……」

 

 フリークの言うとおり、一番大変なのは間違いなくこのパーティーだ。何せ相手は魔人と闘神。チルディも思わず息を呑む。

 

「第二パーティーは魔気柱の破壊。迅速に行動しなければ第一パーティーの生死に関わる重要な役回りじゃ。破壊後は第一か第三に合流」

「破壊となると、魔法使いの方々を多めに配置した方が良さそうですね」

「じゃが、ディオがいる事を考えるとあまり偏りすぎるのもマズイがの」

 

 破壊工作となる第二パーティーは、マリアの言う通り広範囲に攻撃を出来る魔法使いが適任だ。しかし、ここでもネックになるのがディオの存在。魔法使いだけでは、出くわした瞬間にお陀仏だ。

 

「そして第三パーティーが町の者たちと共に飛行艇のある場所へ移動する。多くの戦えない者を連れ添っての大移動じゃ。こちらも気は抜けん」

「むしろ、一番責任ある役回りですね。死者を出す訳にはいきません……」

 

 セルがそう唇を噛みしめる。ルークたちから鏡から解放された少女の一部がディオの犠牲になった事を聞き、深く心を痛めていた。これ以上犠牲者を出したくない。その時、ふいにフロンが口を開く。

 

「そうかい……本当に、脱出出来るかも知れないんだねぇ……」

「フロンさん……」

 

 闘神都市にみんなよりも早く飛ばされていたため、特にお世話になっていたシィルが思わず声を漏らす。この空中都市で生まれ、地上に降りる事をずっと夢見ていた。それが、後少しで叶うところまで来ている。フロンの頬には涙が伝っていた。

 

「まだ成功した訳じゃない。でも、これだけは言わせておくれよ。ありがとうね……ルーク……」

「……この作戦、失敗は許されないぞ」

「当然だ!」

 

 フロンの涙を受け、ルークたちは決意を更に固める。ここからはどのようにパーティーを分けるのか話し合いになる。何せ既に30人を越す大所帯。バランスを考える必要がある。

 

「護衛にはリーザスから何人か回すのが良さそうね。親衛隊の面々は、護衛に慣れているもの」

「先程も話に出たが、魔気柱にワシらゼスから多く人を割くのが得策じゃな」

「護衛は任せておきな。丁度やる気が出ていてな」

「俺様は闘神だな。英雄である俺様がボスを倒さずして誰が倒す。がはは!」

「私もユプシロンの方に向かうわ。パイアールを倒すのが、魔人としての使命だもの」

 

 レイラ、カバッハーン、ヒューバート、ランス、ハウゼル。全員が次々と会議を繰り広げる中、丁度ルークの視界にこの五人の姿が飛び込んでくる。それは、ルークの目指すものの縮図。

 

「…………」

 

 リーザス、ゼス、ヘルマン、自由都市、魔人。本来敵対しているはずの者たちが、今こうして共に手を取り合っている。少し、ほんの少しだけ感極まるルーク。そのルークの異変に気が付いたのは五人。かなみ、志津香、フェリス、サイアス、そしてロゼ。だがロゼは異変に気が付いただけで、その理由までには至れない。サイアスはルークに近寄ろうとしたが、他の三人が近づいている事に気が付き、静かに笑って話し合いに戻る。感極まっているルークの手を、かなみがギュッと握ってくる。

 

「ルークさん……これが……」

「ああ……これだ……この光景が、俺が目指しているものだ……」

「あのさ……悪かったな。前に、絶対に叶わないとか言って……」

 

 後ろからフェリスが頬を掻きながら謝ってくるが、志津香がそれに割って入る。

 

「あら? 謝る必要なんてないわよ、フェリス。別に叶った訳じゃないんだから。かなみも甘やかさないの」

「ふっ……そうだな……まだ叶った訳じゃない……」

「まだまだ小規模だし、JAPANだっていないわ。これから叶えるんでしょ?」

「ああ、勿論だ!」

 

 それは、志津香なりの激励の言葉。そう、まだまだこの程度で済ませる話ではない。人類圏の統一、そして、魔人との共存。その為には、ここで満足してはいけない。ルークが決意を新たにしている中、ナギが志津香に駆け寄ってくる。

 

「志津香、私はお前と行動を共にするぞ。背中は任せろ」

「あら、そうなの? 頼りにしているわ、アスマ」

「それと、ルークも一緒だ」

「俺もか?」

 

 まだパーティーが決まった訳でもないというのに、そんな事を言って来るナギ。自分たちがこうしている間に、パーティーが決まったとでもいうのだろうか。テーブルの方を見れば、まだまだ絶賛話し合い中だ。では何故、自分と志津香が一緒のパーティーだとナギは思ったのだろうか。きょとんとした様子でナギに視線を向ける二人に対し、ナギは首を傾けた。

 

「違うのか? 志津香の横にはルークがいるのが当然だと思っていたのだが?」

「なっ!?」

 

 思わぬ言葉に志津香が絶句する。すると、どこから聞きつけてきたのかマリアがヌッと目の前に現れる。

 

「そうよねー。志津香はルークさんの隣が指定席だものねー!」

「ふんっ!」

「い、いふぁい! いふぁいふぉ、しひゅか!」

 

 即座にマリアの頬をねじり上げる志津香。そんな中、ルークはかなみが握ってきている手が少しだけ強くなったように感じた。

 

「ラブ話と聞いてトマト見参ですかねー!」

「面白そうな話ですわね。混ぜてくださる?」

「相変わらず速いな、あんたらは!?」

 

 トマトと真知子が瞬間移動でもしたかのようなスピードでこちらに割り込んでくるのを見て、フェリスが呆れたように突っ込む。ふと、ロゼが来ないのが気に掛かるフェリス。いつもなら一番に茶化しそうな彼女だ。部屋を見回すと、ロゼはアレキサンダーと香澄の方にいた。

 

「きゃっ……」

「どうしましたか、香澄殿?」

「もう逃げましたけど……窓から中の様子を窺っている男性が……」

「あぁ、それはYORAだね。カサドの町の住人だよ。惚れっぽい性格でね、香澄ちゃん気に入られちゃったのかもね。後でとっちめておくよ」

 

 フロンが窓から覗いていた男性の素性を明かす。ホッと安心する香澄だったが、驚いた拍子にアレキサンダーの胸に抱きつく形になってしまっていた事に気が付き、顔を赤くして離れる。

 

「あっ……す、すいません……」

「いえ、お気になさらずに」

「あらあら、いつの間にか面白そうな事になってるじゃない?」

 

 ガッと香澄の肩に腕を回すロゼ。ギギギと首を回してその顔を香澄が見ると、ロゼの顔は思いっきりにやけていた。ばれている。完璧にばれている。

 

「今晩詳しく聞かせて貰おうかしら?」

「どうか……どうか内密に……」

「?」

 

 よく判っていないアレキサンダーを尻目に、ロゼが新しいおもちゃを発見したとばかりに悪そうな顔をする。こちらとは別に、ルークの方も未だに盛り上がっている。その様子を遠目に見ながら、四人の女性が内心で呟く。

 

「「「「(乗り遅れた……)」」」」

 

 メナド、チルディ、キューティは軍人という立場ゆえ、セルは真面目な性格が災いして話し合いから抜け出せずにいた。

 

「ふむ……大体煮詰まってきたかのぅ」

「そうですね」

「あたしらは怪我人だし、お荷物だな」

「ま、怪我をしていなくてもお荷物だけどね……」

 

 シャイラとネイがぼそりと呟く。今まで強がってはいたが、自分たちが未熟な事くらい理解している。その上、両肩を負傷。セルの治療で多少動くようにはなったが、完治したとは到底言えない。そんな状況から、つい自虐的な言葉が出てしまう。

 

「……プチ雷の矢」

「ぎゃっ!」

「きゃっ!」

 

 その二人にカバッハーンが極小の雷の矢を飛ばす。ほんの少し痺れる程度の痛みに二人が声を出し、すぐにカバッハーンに視線を向ける。文句を口にしようと思ったが、先に口を開いたのはカバッハーン。

 

「馬鹿者。お荷物なものか。お主らがいたからこのデンズはこうして生きておる。そのお陰でヘルマンとも手を組めた。お主らの勇気がそれを成し遂げたのじゃ」

「ジジイ……」

「でも、私たち腕は良くないし、魔法も使えないし……」

 

 ネイがそう言い淀むが、カバッハーンはしっかりと二人を見据えながら言葉を続ける。

 

「魔法など使えずともいいんじゃよ」

「へぇ、ゼスの四将軍にしては随分と大胆な発言じゃねぇか」

「一部の馬鹿共が騒ぎすぎなんじゃよ。悪しき習慣じゃ……頭が痛いわい……」

 

 ヒューバートの言葉にそう答えるカバッハーン。魔法使い至上主義、明らかに歪みきったその思想にカバッハーンも頭を痛めていた。

 

「ワシらの魔法は万能じゃない。お主らが見せたように、わずかな勇気が本当の魔法なんじゃよ」

「じ、じいさん……」

「うっ……」

 

 シャイラとネイが目に涙を溜めてウルウルとカバッハーンを見つめる中、サイアスが冷ややかな視線をカバッハーンに送る。

 

「雷帝……それ、漫画のセリフですよね?」

「おや、ばれたか。かっかっか!」

「返せ! あたしらの感動を返せ!」

「もうこのジジイの言うことは何も信用できないわ!」

 

 食って掛かるシャイラとネイを無視して笑い飛ばすカバッハーン。呆気にとられながらも、キューティが口を開く。

 

「というか……カバッハーン様も漫画なんて読むんですね……」

「この間マジック様の家庭教師で部屋に寄った際に読んだんじゃよ。魔法教師ヌギま。中々に面白かったわい」

「若いのぅ。見習いたいわい」

「フリーク様は500年以上生きておられるので、同じ土俵で考えてはいけないかと……」

 

 同じ老人仲間のフリークがカバッハーンの若さを羨ましがるが、ミスリーが冷静に突っ込みを入れる。年寄りとしての年期が文字通り桁違いである。

 

「ミスリーも似たようなもんじゃろ」

「私は……心は当時のままのつもりですから」

「当時というのは……人間のときの事……?」

 

 フリークの突っ込みに対し、ミスリーは自身の胸に手を当てながらハッキリとそう返す。当時という言葉が気になったウスピラの問いを受け、ミスリーは静かに頷く。

 

「はい。知識も本で身につけたものしかないので、あまり内面は成長していないんです。恋というのもまだ知りません」

「えっ? 恋もまだって……ミスリーさん、一体いくつで亡くなられたんですか?」

「11歳です」

「ぶっ!」

 

 サイアスが吹き出す。確かに写真で見たミスリーは幼い容姿だったが、まさかあの直後に死んでいたとは。ふと顔を向けると、隣にいたはずのウスピラがスススとサイアスから離れていき、ミスリーの肩をそっと抱く。

 

「11歳の娘を口説くなんて……けだもの……」

「色々誤解だ! まず口説いて……口説いていない!」

「今の間はなんですか!?」

 

 キューティが突っ込みを入れ、ゼス勢もやんややんやと騒ぎ始める。相変わらずルークたちは騒いでいるし、ランスはいつの間にかメリムとシィルにちょっかいを出していた。騒がしくなってきた部屋の様子にリックが苦笑する。

 

「しばらくは小休止としますか……一時間以上は話していましたしね」

「そうですわね! では、わたくしも休んできますわ!」

「待って、チルディさん! ぼくも休憩に入るよ!」

 

 リックがそう言うと、待っていましたと言わんばかりにチルディとメナドがルークの方に駆けていく。それに続くようにセルも無言でそそくさと歩いて行き、ハウゼルも何だか楽しそうだからとルークの方に近寄っていった。心労的な意味で話し合えると思っていたアレキサンダーも香澄とロゼの三人で盛り上がっているため、リックはそのまま椅子に腰掛ける。そのリックの前に、コトリとカップが置かれた。顔を上げると、そこにはレイラが立っていた。

 

「フロンさんに頂いてきたわ。しばらく騒がしいだろうし、私たちも休みましょう」

「そうですね。よければ、レイラ殿もルーク殿やランス殿の方に行かれて休んできてください」

「別に……私はここが一番居心地がいいから……」

 

 ボソボソとレイラが喋るが、その言葉はリックには届かない。すると、ヒューバートとエムサが二人の方に近寄ってくる。

 

「よぉ。騒がしくて面白い奴らだな」

「ええ、温かい雰囲気が伝わってきます」

 

 笑いながらそう口にするヒューバートとエムサ。二人ともこの騒がしさに好意的であった。出来た二人である。

 

「で、赤い死神にはお相手はいないのかい?」

「独り身ですよ。自分のような者を好んでくれる女性など、そういないでしょうしね」

 

 笑いながらそう答えるリックだったが、その返答を聞いたヒューバートとエムサが意味深に笑う。

 

「そうかい? そうとは思えないがな」

「ふふ……案外、近くにいるものですよ?」

「…………」

 

 レイラが無言でカップを口に当てる。しかし、当のリックはよく判っていなそうな顔をしていた。まだまだこちらも先は長そうだ。その後暫くして話し合いは再開し、一時間弱で明日のパーティー振り分けが決定した。

 

「これで異論は無いな?」

「がはは。完璧な布陣だな。当然、リーダーは俺様だな」

 

 ランスが笑い、他の者たちも全員が頷く。三パーティーは決まった。後は明日に向けて力を蓄えるだけだ。

 

「むにゃむにゃ……話は終わりましたか?」

「ぐぅ……ぐぅ……」

「ちょうちょさんが飛んでいるのれす……わーいなのれす……」

 

 ジュリアが瞼を擦りながらそう尋ねてくる。隣ではセスナとあてな2号も寝ている。この三人には明確な違いがある。会議の要所要所でちゃんと起き、発言もしていたのがセスナ。ずっと眠りこけていて、今ようやく起きたのがジュリア。未だに起きる気配を見せないのがあてなだ。

 

「全く……そういえば、ご飯を食べた後すぐに眠っていたから話を聞いていなかったわね。ジュリア、これまでどこにいたの?」

「ハニーキングちゃんと遊んでたの。修行もしたから、ジュリアちゃん無敵です!」

 

 レイラの問いかけにジュリアが笑いながら答える。因みにシークレットハニーの二人は既に帰っていた。

 

「そう簡単に強くなられてはかないませんわ」

「「そうだ、そうだー」」

「ぶー、本当だもーん!」

 

 チルディがそう口にし、シャイラとネイが合いの手を入れる。それを不服に思ったのか、ジュリアは頬を膨らませながら剣を抜いて構える。その構えを見たルークとリックの目つきが変わる。

 

「これは……?」

「確かに強くなっていますね。それも、格段に。これなら並のモンスター相手なら十分戦えるでしょうね」

「えっへん!」

 

 ジュリアの言葉は本当であった。正直戦力外であったが、これならば十分に戦力として数えられる。ジュリアが腰に手を当てて自慢するのを見ながら、チルディがショックで崩れ落ちる。

 

「嘘……嘘ですわ……わたくしが今の力を手に入れるのにどれ程……」

「チルディさん、しっかり!」

「大丈夫?」

 

 あまりのショックに本来頑なに隠しているはずの努力の跡を口走ってしまうチルディ。その背中をメナドとかなみがさする。

 

「まあ、無事で何よりだ。ところで……その窓は何だ?」

「これ? 拾ったの!」

「窓なんて拾うものなの?」

 

 宙に浮かんでいる窓の事を問いかけるルークだったが、拾ったとしか答えないジュリアに志津香が呆れる。落ちているのも不思議だし、それを拾ってくるのも理解出来ない。すると、突如窓の向こうから声が聞こえてくる。

 

「あーけーてー……」

「ルークさん、声が……」

「……とりあえず、開けてみるか」

 

 聞こえてきたのは女性の声。ルークが窓に近づき、それを開け放つ。すると、勢いよく現れたのは緑色の髪をした女性。その立ち振る舞いはどこか威厳に溢れていた。

 

「遅ーい! 何時間待たせるつもり!?」

「おお、美人の姉ちゃん。とうっ!」

「天誅!」

「あんぎゃぁぁぁぁ!!」

「ランス様!」

 

 突如現れた美人にランスが飛び掛かるが、天誅と称された電撃を受け、悲鳴を上げて崩れ落ちていく。心配そうに駆け寄るシィルを余所に、その美人が一同を見回して口を開いた。

 

「えー、こほん。人間共よ、よくぞこの窓を発見した。我が名はハイレベル神、アンデルミィル。貴方たちに褒美を取らせてあげましょう」

「急に喋り方が……」

「多分無理しているんですわ。わたくしも同じ……コホン、女の勘で判りますわ」

 

 突如喋り方まで威厳に溢れだしたアンデルミィルだったが、チルディはすぐに演技だと見破る。先程のサバサバした感じが素なのだろう。

 

「ハイレベル神って……結構な神様じゃない」

「こんな所でお会いできるとは……」

 

 ロゼがジロジロとアンデルミィルに視線を向け、セルが神に感謝をしている。どうやらそれなりに偉い神様のようだ。

 

「それで、褒美というのは?」

「いただけるもんなら、有り難くいただくぜ?」

 

 ルークとヒューバートが問いかけると、アンデルミィルは再度部屋の者たちを見回す。一度だけ小さく舌打ちをするアンデルミィル。

 

「ちっ……お金持ちっぽいのはいないわ……」

「何か?」

「いえいえ、こちらの話です。褒美に貴方たちの才能限界を少し伸ばしてあげましょう」

「ええっ!?」

 

 マリアが声を上げる。それはあまりにも凄すぎる褒美だ。何せ才能限界を伸ばす手段というのは殆ど無いに等しい。最近では禁断才能というアイテムが開発研究されているらしいが、どうもそれも実験では低レベルの者にしか効果が現れていないらしい。持って生まれた制限を、目の前のハイレベル神は越えさせてくれるというのだ。サイアスやチルディといった、強さを求めているが才能限界に悩まされている者が特に食いつき、サイアスが声を出す。

 

「それは是非!」

「待った! 流石にバレたらマズイ事だから、こっちもタダじゃ出来ないわ、いえ、出来ないのだー」

「素を隠し切れていないぞ、あの神……」

 

 フェリスがため息をつく。彼女は才能限界とは何の関係もない存在のため、特に冷静に事態の推移を見守れていたのだ。同じくあまり才能限界とは関係無い真知子がみんなを代表してアンデルミィルに問いかける。

 

「タダで出来ないというのは?」

「条件があるの。素晴らしい宝石を貢いでくれたら、そのランクに応じて何人か才能限界を上げてあげるわ。おっと、安物じゃ駄目よ!」

「俗物な神だな」

 

 ナギがストレートに言い放つが、アンデルミィルは特に気にした様子も無い。光の神にこの闘神都市に飛ばされたことを思い出し、神様というのは案外こんなものなのかと考えてしまうシィル。

 

「まっ、そんなに期待してないけどね。早く、早く!」

「宝石か……誰か持っているか?」

「んー……そう言われても……」

「あまり興味ないし」

「騎士には不要なものだからな」

 

 アンデルミィルに急かされ、互いに顔を見合わせる一同。ヒューバートが周囲に問いかけるが、マリアが困ったように声を出し、志津香とサーナキアが興味ないと切り捨てる。悲しいかな、宝石を身につけている女性は皆無。

 

「ヒララ鉱石じゃ駄目?」

「ぶっぶー! 駄目駄目、そんなのじゃ」

「綺麗なのに……」

「それで喜ぶのはあんただけよ」

 

 マリアが何とかヒララ鉱石でお願いできないか頼んでいるが、当然却下。志津香の突っ込みが全てを物語っていた。

 

「冒険者勢は持っていないのかの?」

「着の身着のまま!」

「その日暮らし!」

「自慢できる事じゃないわい!」

 

 シャイラとネイが偉そうにふんぞり返るのをカバッハーンが叱りつける。宵越しの金は持たない二人であった。

 

「恥ずかしながら……こちらも似たようなものなので……」

「シィルちゃんが恥ずかしがる必要はないわ。あの馬鹿が悪いんだから」

「何だと、志津香!」

 

 シィルが申し訳なさそうにするが、志津香がフォローを入れる。宝石などという高価な品は手に入った先から換金しているので、ランスの手元に残っているはずがない。

 

「セスナさんは?」

「寝ている間に盗まれる……」

「何と壮絶な……」

「アレキサンダーさんは?」

「私はギルド仕事をやっている訳では無いので、宝石が手に入るような機会は……」

 

 口々に持っていないと言う冒険者たち。自然とルークに視線が集まる。

 

「俺か……あったかな……?」

 

 眉をひそめながら机の上に道具袋を乗せるルーク。そのままごそごそと中を探り始めた。

 

「ふふん。何度も言うけど安物じゃ駄目よ。私のお眼鏡に適う宝石なんて中々無い……」

 

 アンデルミィルがそう口にしていたところで、ゴトリと机の上に何かが置かれる。それは、高純度のダイヤモンド。

 

「……へっ?」

「それと……」

 

 ルークの道具袋から次々と宝石が取り出されていく。ルビー、オパール、ガーネット、ラピスラズリ……そのどれもが極上の品。

 

「ゴクリ……」

 

 アンデルミィルが自然と生唾を飲む。まだまだ終わらない。袋の中からはどんどんと宝石が出てくる。

 

「って、何でそんなに持ってるのよ!?」

「拾ったり、お礼に貰ったりとかだな。宝石商相手に依頼を受けた事もあるし。適当なタイミングで換金なり家に置いて来るなりしようと思ってはいたのだが……」

 

 志津香の突っ込みにポリポリと頭を掻くルーク。そう言いながらも袋からはまだまだ宝石が出てきていた。

 

「ひょっとして……ルークさんってあまり掃除とか出来ないタイプですか?」

「気を付けるようにはしているんだが、そもそも自宅にあまりいないしな……中々部屋の中も整理出来ないでいる。恥ずかしい限りさ」

 

 意外な一面を見たとかなみが驚いている。ルークはしっかりしている人物だという印象を抱いていたからだ。その事を元々知っていたのか、サイアスは苦笑しながら小さく頷いていた。そんな中、真知子がスススとルークに近寄っていく。

 

「なら、今度私が掃除しにいって差し上げましょうか?」

「真知子さん、いいのか?」

「ええ……いつもお世話になっているんですもの。ふふ……」

「真知子さん、抜け駆けはズルイですかねー!」

 

 トマトがぷんすかと抗議をしているが、致命的な出遅れとなった。ルークの部屋の掃除権を真知子がゲットしている中、アンデルミィルの姿が見えなくなる。

 

「あれ? アンデルミィルは?」

「ここ……」

 

 マリアの問いかけにセスナが床を指差す。ルークがそちらに視線を向けると、アンデルミィルが仰向けになり、服従のポーズを取っていた。

 

「犬とお呼びください!」

「ルークさんにそんな趣味が……」

「あるのか?」

「あるか!」

 

 へっへ、と息を吐くアンデルミィルを見てキューティが深刻に捉える。ナギが素で問いかけてくるが、そんなものがある訳ないと突っ込みを入れるルーク。

 

「やれやれ……本当に面白い奴らだな……」

「で、でも……悪い奴らじゃ……ねぇだ」

「決戦前夜というのは、これくらい気の抜けたものの方がいいんじゃよ」

 

 ヒューバート、デンズ、フリークの三人がそれを見ながら笑みを溢す。決戦を明日に控え、一行の夜は更けていく。

 

 

 

-上部動力エリア 通路-

 

 先程までの喧騒が幻であったかのように、通路は再び静寂を取り戻していた。違うのは、夥しい程のモンスターの死体と血の跡がある事。その中を歩く一つの影。

 

「ククク……焦る必要は無い……奴らはここに戻ってくる、必ずな……」

 

 不気味な笑みを浮かべながら、ディオはとある部屋を目指して通路を歩いて行った。

 

 




[人物]
アンデルミィル
 ハイレベル神。普通のレベル神よりもかなり高位の位置に存在する神だが、宝石に目がないため、素晴らしい宝石をくれたものにはこっそり才能限界を伸ばしてあげるという違法行為をしている。

YORA
 カサドの町の住人。香澄に一目惚れしたようで、後に彼は人造人間KASUMIを生み出す。また、アレキサンダーとも因縁が出来たりするのだが、それを知りたい方はアリスソフト作品の「闘神都市」をプレイしてみてください。本作での再登場予定はありません。

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