ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第89話 死闘、始まる

 

-上部動力エリア 動力室-

 

「こいつが魔気柱か……」

「うむ。これを全て破壊すればユプシロンは弱体化する」

 

 サイアスが小刻みに振動している巨大な柱を見上げながら呟く。第二パーティーが目指していた上部動力エリアは転移装置でならすぐに辿り着ける場所であるため、一行は早くも魔気柱のある場所に辿り着いていた。

 

「ですが、四本しかありませんね?」

「エムサさん、判るんですか!?」

 

 広い部屋で奥行きがあり、この部屋に何本の柱があるか正確には判らなかったが、八本もあるとは思えない。そんな中、エムサが正確に四本と言い当てる。目が見えていないというのに、どうして正確に判るのかと驚くセル。

 

「魔力の微妙な流れを感じますから。ですが、その流れは四つしかこの部屋にありません」

「その通りです。この部屋には四本しかありません。残りの四本はこの下、下部動力エリアにあります」

「おや、そうじゃったかの?」

「おいおい、しっかりしてくれよ、じいさん……」

 

 エムサの言葉にミスリーが肯定する。惚けているフリークにヒューバートは呆れているが、何せ500年以上も前の話だ。うろ覚えなのも仕方がない。

 

「とりあえず、さっさと四本の柱を破壊して、下の階に行くとするか」

「急ぐ必要がありますからね。私たちがどれだけ早く魔気柱を破壊できるかで、ルークさんたちがユプシロンを破壊できる可能性がより高まるのですから」

 

 ヒューバートが柱を見上げながらそう口にし、セルもコクリと頷く。彼らに求められているのは、迅速な行動だ。サイアス、カバッハーン、フリーク、エムサの四人が柱を破壊すべく呪文詠唱を始める。その時、轟音と共に目の前の床が盛り上がり、形を成していった。

 

「な、なんだ……?」

「ストーン・ガーディアン……!?」

「上級モンスターじゃないですかねー!?」

 

 デンズが驚く。突如部屋の床が盛り上がり、四体のストーン・ガーディアンが現れたのだ。アレキサンダーが身構え、トマトも慌てて剣を抜く。ストーン・ガーディアンと言えば、厄介な敵として特に有名な存在であるからだ。そんな中、ミスリーが驚愕に口を開く。

 

「そんな……確かに魔気柱の護衛にM・M・ルーンはガーディアンを生み出しました。でも、500年以上も前のガーディアンがまだ動くなんて……」

「500年……なんという魔力……」

「とてつもない話じゃ。流石は伝説の魔法使いといったところじゃの」

「……ああ、ルーンは天才じゃった」

 

 ミスリーの驚きは至極尤もな事。まさか500年も前の魔力が通ったガーディアンが、まだまともに動くとは思っていなかったのだろう。その言葉にエムサも驚愕し、カバッハーンが同じ魔法使いとして尊敬の念を送る。優秀な魔法使いであるからこそ、M・M・ルーンの達していた域が遙か高みなのが感じ取れるからだ。その言葉を聞き、フリークが亡き友の事を思い出す中、サイアスが魔力を溜めながら護衛の面々に声を掛ける。

 

「そいつらに俺らが構っていたら魔気柱の破壊が遅れる。悪いが、そいつらの相手は任せた」

「まっ、その為の護衛だ」

「相手にとって不足はない」

「サイ……フリーク様には指一本触れさせません」

「さ、流石にまだ一人でストーン・ガーディアンは厳しいかもですかねー……?」

「お、おでど一緒に倒すだ……」

 

 ヒューバートが剣を構え、アレキサンダーも拳に炎を纏わせる。ミスリーが一瞬何かを言いかけたが、すぐに言い直して腰を落とす。三人には実力で劣るトマトは、手負いのデンズと共に残りの一体を担当する。魔気柱の破壊を担っている魔法使いを守るために、前衛の自分たちはここにいるのだ。

 

「回復は任せて下さい」

「あっ……少々お待ちを……」

 

 セルがそう声を掛け、ヒューバートたちがストーン・ガーディアンに向かって行こうとするが、それをエムサが止める。何事かと一同がエムサを見る中、彼女は身につけている巨大な懐中時計のボタンを押した。その針が止まるが、特に何も起こらない。

 

「何を……?」

「では……加算衝撃!」

「なっ!?」

 

 時計を止めた動作にヒューバートが困惑するが、直後自らの筋力が上がるのが判る。エムサが付与魔法を護衛メンバーに掛けたのだ。

 

「これは……」

「力が漲る……」

「有り難い! では行きましょう!」

「うぉぉぉぉ、今なら一人でもストーン・ガーディアンを倒せそうな気がしますですかねー!?」

「む、無理に突っ込むのは駄目だ……冷静に戦うだ……」

 

 ヒューバートとミスリーが不思議な感覚に声を漏らし、アレキサンダーが力強く拳を握りしめる。これならば、手強いストーン・ガーディアンにも難なく勝てそうだ。五人は気合を入れてストーン・ガーディアンへと向かっていった。その背中を見送ったエムサはクルリとその体を翻し、呪文詠唱をしている三人を見る。

 

「続けて……ヘルの加護!」

「むっ……」

「これは……」

 

 続けてエムサは呪文詠唱をしていた三人と自分にも付与魔法を掛ける。サイアス、カバッハーン、フリークの三人は自らの魔力が漲るのが判り、驚きの声を上げる。

 

「攻撃付与や、魔法付与とは違うのか?」

「上がり幅や効果時間は同じですが、普通の付与魔法と違って徐々に弱まってはいかないのです。効果が切れるまで高まった状態が続きます。また、別魔法扱いなので普通の付与魔法との重ね掛けも可能です」

「それは凄い!」

 

 サイアスの問いかけに答えるエムサ。普通の付与魔法は徐々に効果が薄れていくのに対し、こちらの付与は効果が切れるまで常にMAX付与の状態を保てるというのだ。更に、今はいないがキューティの付与魔法との重ね掛けも可能だという。考えようによっては恐ろしい魔法だ。フリークが思わず声を漏らす。

 

「因みに、詠唱時間さえいただければもっと上がり幅の高い付与魔法も使えますよ」

「なんと……これ程の魔法使いがまだ埋もれているとは……」

「では……」

 

 エムサの魔法にまだまだ先がある事を知り、サイアスも感嘆する。それを横目に、エムサが再び時計のボタンを押す。止まっていた針が再び動き出し、エムサが呪文詠唱の続きを唱え始める。眉をひそめるサイアス。

 

「待て。他の魔法を使っていたのに、何故途中から呪文詠唱を……まさか!?」

「はい。今私が使ったのは詠唱停止。呪文詠唱を途中で止め、他の行動が取れるというものです」

「す、凄い……」

 

 柱を破壊するための呪文詠唱をしていたエムサだが、付与魔法を使うためにそれを一時的にキャンセルしたものとばかり思っていた。だが、今のエムサは途中から詠唱を始めている。それは本来有り得ぬ事であるためサイアスが問いかけたが、返ってきたのはとんでもない内容であった。それは、魔法大国ゼスの四将軍であるサイアスでも聞いたことのない魔法。セルも神魔法の使い手であるためその凄まじさは理解出来、驚愕する。自由自在に詠唱を途中で止める事が出来るのならば、どれ程戦術に幅が広がるのだろうか。例えば志津香が白色破壊光線を途中で止めていた場合、彼女はすぐに放てる最上級魔法を切り札として常に持っている事になるのだ。敵からしてみたら、それはどれ程の脅威か。

 

「エムサ、この戦いが終わったらゼスに来る気はないか? 貴女の魔法に興味がある」

「賛成じゃの。お主ほどの腕の者なら大歓迎じゃ」

 

 サイアスがエムサを勧誘し、カバッハーンもそれに頷く。魔法使いの永遠の課題、詠唱時間。それは魔法レベルが上がるほどにぶつかる壁である。なぜなら、大魔法であればあるほど詠唱時間は長いのだ。ゼットン、白色破壊光線、黒色破壊光線、そのどれしもが一人で詠唱を完成させるのは困難である。だからこそ、魔法使いは誰かに守って貰う必要がある。魔法使いは、一人では弱い存在なのだ。そんな事すら判らないのが、今のゼスなのだが。

 

「少しお時間をいただけませんか? 私には成し遂げなければいけない事があるのです。それが終わりましたら……その時は是非……」

「そうか……もしその時が来たら教えてくれ。ゼスはいつでも貴女を歓迎する」

「その目的に、ワシらでは協力は出来ないのかのぅ?」

 

 盲目の身でありながら単身冒険者として渡り歩いているエムサ。彼女にも旅の目的があるのだ。何者にも譲れない目的が。カバッハーンの問いに少し考え込み、口を開く。

 

「サイアス様……あの、地上に戻ったらルーク様とお話の席を設けてはいただけないでしょうか……?」

「ルークと?」

「はい。お願いします」

「了解した」

 

 エムサの願いに頷くサイアス。ルークにどのような用事があるかは判らないが、真面目なエムサの事だ。別におかしな話はしないだろうと考え、快くそれに応じたサイアス。

 

「では……あちらがストーン・ガーディアンを倒すのと、こちらが魔気柱を破壊するのと、どちらが早いか競争といきますか」

「それは面白そうじゃ」

 

 サイアスの提案にカバッハーンがニヤリと笑う。その二人を見て、セルはどこか安心してしまう。こちらのパーティーには問題はないと。最強の悪意が迫っている事を知らずに。

 

 

 

-南の塔 七階-

 

「んー、今日は塔の中が騒がしいのぅ」

「モンスターでも暴れてるんですかねぇ……」

 

 フロストバインが新たな研究をしながら呟き、部屋の掃除をしていたタマがそう返す。昨晩も何やらモンスターが暴れ回っている音が階下から聞こえてきた。数匹この研究室にもやってきたが、それはタマが全て追い払った。一体塔の中で何が起こっているのかと訝しんでいると、研究室の扉がけたたましくノックされる。

 

「なんでぃ、マナーのなってねぇお客ですぜ。一体誰でぃ!?」

 

 タマが文句を言いながら扉を開ける。すると、そこに立っていたのはメナドと真知子。先日まで一緒に寝食を共にしていた二人だ。

 

「メナド殿と真知子殿じゃねぇですか」

「おや、メナドちゃんと真知子ちゃん。どうしたんだい?」

 

 フロストバインも立ち上がって二人に近づいていく。二人がわざわざ研究室に戻ってくるとは、何かあったのか。そう考えるフロストバインに、メナドと真知子が真剣な表情を向ける。

 

「フロストバインさん! もうすぐこの闘神都市は墜落するんだ! 急いで脱出の準備を!」

「にゃ、にゃんですって!?」

「……そいつは本当かい?」

「本当です。この闘神都市を制御している闘神が魔人の手に落ち、それを倒しにルークさんたちが中枢部に向かいました。闘神を破壊すれば、この闘神都市は落ちます」

 

 メナドの言葉にタマが驚愕する。都市が地上に落ちたら、間違いなく生きてはいられない。フロストバインが二人の目をしっかりと見ながら尋ねると、真知子が要点だけを手早く説明する。

 

「下にカサドの町の人たちも待っています」

「脱出には発見した飛行艇を使います。町の人たちが全員乗っても十分足りる数を発見しました」

 

 脱出手段の説明もし、フロストバインに一緒についてくるよう頼み込む二人。タマも心配そうな目でフロストバインを見る。眉をひそめながら二人に問いかけるフロストバイン。

 

「魔人……ルークたちは倒せるのかい?」

「「倒します、必ず!」」

 

 闘神だけでなく、魔人ともなれば人類の及ばぬ領域。だが、目の前の二人はルークたちの敗北を全く疑っていない。

 

「……そうかい。あんたらがそれ程信頼するなんて、ルークって男は凄いんじゃのぅ。でも、この研究所を置いていくのは……」

 

 フロストバインが部屋の中を見回す。この研究所には、フロストバインのこれまで全てが詰まっていると言っても過言では無い。これまでの研究は娘のようなものだ。それを捨てていけと言うのか。

 

「フロストバインさん! お願いします! このままじゃ死んじゃうんです!」

「私とあてな3号を作る約束、破るつもりですか?」

「逃げやしょうぜ! 生きてなんぼですぜ! ババァをこんな所で死なすのは寝覚めが悪くなっちまう」

 

 メナド、真知子、タマの三人が真剣な表情でフロストバインに迫る。その顔を見ながら、ボリボリと頭を掻くフロストバイン。

 

「やれやれ……娘のような研究と、娘と思っているあんたら……比べるまでもないのぅ。タマ、必要最低限のものだけ持って二人についていくよ!」

「がってんでぃ!」

 

 タマが元気よく返事をし、二人はここから出て行く準備を始める。研究の成果など二の次だ。持っていくのは、未来に繋がる資料と身の回りのもののみ。

 

「すいません、長年の研究を捨てさせる事になってしまい……」

「いいんだよ、研究なんてどこでも出来る。でも、真知子ちゃんとあてな3号の研究はここで脱出しなきゃ出来ないだろう?」

「フロストバインさん……」

 

 申し訳なさそうにする真知子にニッカリと笑ってウインクするフロストバイン。そうこうしていると、タマが手荷物をまとめてくる。

 

「準備出来やしたぜ!」

「それじゃあ行きましょう! みんなが待っています!」

 

 こうしてメナドと真知子はフロストバインの説得に成功し、後は飛行艇を目指すだけとなる。彼女たちがいなければ二人の説得はもっと時間が掛かっていただろうし、フロストバインの研究は今後の人類のために必ず役に立つ。メナドと真知子がこの闘神都市で育んだ絆は、決して無駄になどなっていなかった。

 

 

 

-下部司令エリア 司令室-

 

「んっ?」

 

 部屋の奥でユプシロンをいじっていたパイアールが気配を感じて振り返る。部屋の入り口に立つのは、10の影。

 

「貴様らは!?」

「何ですか、貴方たちは……? おや? 取り逃がした人間がいますね」

 

 PG-7が声を荒げ、パイアールが以前出会っていたルークたちの姿に気が付く。部屋の入り口に立っていたのは、ルーク、ランス、シィル、サーナキア、志津香、かなみ、リック、レイラ、ナギ、セスナの10人。先の4人は以前メガラスとハウゼルに邪魔をされて取り逃がした人間だ。

 

「魔人パイアール。闘神は破壊させて貰うぞ」

「がはは、クソガキにはたっぷりとお仕置きしてやらんとな!」

 

 ルークとランスが同時に剣を抜き、構える。他の者たちもそれぞれ構えを取ってパイアールと対峙する。ランスのクソガキという言葉に、少しだけパイアールが反応を示す。

 

「やれやれ……ボクはガキではないと言っているでしょう……? そんな事も覚えられないとは、相当に脳の出来が悪いみたいですね」

「なるほど。話に聞いていた通り、性格の悪そうなガキね」

 

 志津香がパイアールに冷ややかな視線を送りながら、そう呟く。生意気なガキはあまり好きではない彼女だ。その志津香の嫌味にも反応を示さず、パイアールはこちらに視線を向けながら問いかけてくる。

 

「それで、まさかやりあうつもりですか? 貴方たちでは実験材料にもなりそうにないから、こちらとしては手間なだけなんですけどね……」

「そうさせていただきます。闘神諸共、貴方もここで討たせて貰う」

「フロンたちを必ず地上へ……」

「やれやれ、そこまで愚かだとは……ユプシロン!」

 

 リックとサーナキアの言葉にパイアールは呆れながら声を出す。すると、その声に反応するように床に寝ていた闘神ユプシロンがゆっくりと立ち上がった。その両肩には水晶球が取り付けられており、中にはイオとアリシアが取り込まれている。どちらも意識はないようだ。

 

「もう動けるの……?」

「ふん、どうせ不完全な状態だろう」

「ユプシロン、奴らを皆殺しにしてください。あぁ、魔法使いが何人かいますね。ついでに使えそうなのを捕獲して、今の二人と入れ替えるように」

「…………」

 

 レイラが驚愕する。ユプシロンの改造が完了するのは明日という話であった。まさかもう動けるまでになっているとは。ランスは不完全な改造だと切り捨てるが、他の面々は決して油断しないようユプシロンを見据えていた。パイアールの言葉にゆっくりと頷くユプシロン。そのままルークたちの前に歩みを進める。

 

「貴女もいってください。これ以上の醜態は許しませんよ」

「はっ!」

 

 PG-7も腕から刃を出し、ユプシロンの横に立つ。いつの間にかパイアールの周りにはビットが六機ほど浮かんでいたが、どうやらパイアール自身は戦う気はないようで、奥でこちらの様子を窺っている。自分たちの目の前までやって来て歩みを止めた巨大なユプシロンを見上げながら、レイラが言葉を漏らす。

 

「思っていた以上に巨大ね……」

「なぁに。こんなデカ物、俺様の敵ではない」

「……ラ」

 

 ユプシロンが一言だけ口にする。すると、ユプシロンの周りに突如七体のヒトラーが現れた。

 

「ヒトラー!?」

「厄介な相手ね……」

「何を言う、志津香。我ら二人の敵ではないだろう?」

 

 かなみが驚き、志津香は舌打ちをするが、ナギは問題ないと言ってのけるが、ヒトラーは最上級モンスターの一角。決して簡単な相手ではない。それを七体も召喚するとは、中々に厄介な事をしてくれるものだ。

 

「ボクの手を煩わせないでくださいよ。では……殺して下さい!」

「いくぞ!」

 

 パイアールの指示を受け、一斉に敵が構える。こちらもルークの言葉を受け、戦闘が始まる。地上へと帰還するための、絶対に負けられない一戦が。

 

「ヒトラーを早めに倒すんだ! フォッケウルフは絶対に使わせるな!」

「はい、ルークさん!」

 

 ルークの叫びにかなみが答え、他のみんなも頷く。ヒトラーの最強魔法、フォッケウルフ。その威力はゼットンやメタルラインといった最上級魔法と比べても遜色が無い。間違っても使わせる訳にはいかないのだ。

 

「うぉぉぉぉ!!」

「ちっ!?」

 

 ヒトラーに向かっていこうとしたルークだったが、ユプシロンから強烈な鉄拳が放たれる。それを跳び上がって躱し、そのままブラックソードでユプシロンの体に斬りかかる。

 

「はっ!」

「むぅっ……」

 

 その一撃は命中し、ユプシロンが声を漏らす。ブラックソードの斬れ味は凄まじく、装甲の硬いユプシロンの体にもしっかりと傷を付けていた。

 

「ファイヤーレーザー!」

「ホワイトレーザー!」

 

 更に追撃とばかりに志津香とナギが魔法を放ち、それはルークが付けた傷の箇所に命中する。だが、直後に両肩の水晶球が光ったと思うと、その傷がみるみる内に修復していく。

 

「これが自己修復能力か……」

「確かにこのペースで回復されては、倒しようがありません」

 

 ルークの呟きにシィルも困ったような声を出す。見上げる先、ユプシロンの両肩に見えるイオとアリシアの姿。

 

「必ず助け出すぞ……」

「ユプシロン。そのルークという男は必ず殺して下さい。ボクのビットを破壊した償いをして貰いますよ!」

 

 パイアールがそう叫ぶと、ユプシロンはルークに狙いを定める。以前の戦いでビットを一機破壊された事を根に持っているようだ。ユプシロンの視線を真っ正面から受けながら、ルークは声を漏らす。

 

「狙われたか……志津香、アスマ、援護を頼む! 他のみんなはヒトラーを!」

「任せて!」

「ふん、くず鉄にしてやろう」

「うぉぉぉぉ!!」

 

 ルークが部屋の中央でユプシロンと対峙する中、他の者たちはヒトラーを討つべく部屋中を駆ける。

 

「アトム・ボン……」

「遅い!」

 

 両手を白光させ、魔法を放とうとしていたヒトラーをリックが斬り捨てる。体を両断され、崩れ落ちるヒトラー。最上級モンスターを一撃。流石はリックである。

 

「うぃ」

「はっ!」

 

 セスナとかなみもそれぞれ一体ずつヒトラーを仕留め、周囲を見回す。すると、サーナキアがヒトラーに駆け寄っているところだった。火炎ブレードを振り上げて叫ぶサーナキアだったが、そこに猛スピードで近づく影。サーナキアは気が付いていない。

 

「てやぁぁぁぁ!」

「サーナキアさん! 横に敵がっ!」

「なっ!?」

 

 かなみの声にサーナキアが横を見る。すると、PG-7がバーニアで一気に距離を詰め、サーナキアに刃を振るうところだった。この距離では回避は間に合わない。

 

「死ね、下等な人間が!」

「っ!?」

 

 サーナキアは目を見開くが、その刃は割って入るように突き出された剣によって防がれる。金属音が響き、PG-7が突き出された剣の持ち主を見る。

 

「貴様は……?」

「サーナキアさん。ヒトラーをお願い」

「あ、ああ。感謝する!」

 

 サーナキアをPG-7から守ったのは、レイラ。サーナキアにヒトラーを倒すよう指示を出し、自身はPG-7と向き直る。

 

「魔人パイアールの護衛……といったところかしら?」

「その通りだ。パイアール様には指一本触れさせない」

 

 そう言って刃をレイラに振るうPG-7。だが、レイラはその攻撃を再び剣で防ぐ。

 

「そう。貴女も護る者なのね……でもね、私もそうなの」

「何っ……?」

「はぁっ!」

 

 直後に高速の突きを繰り出すレイラ。その一撃はPG-7の脇を掠め、その表情が歪む。一度後方に飛び、構え直すPG-7。

 

「貴様も……?」

「リーザス親衛隊隊長、レイラ・グレクニー。護る戦いを専門にしているわ。だから、主君を護りたい貴女の気持ちもなんとなくだけど判るつもりよ」

「ふん。人間如きに判られたくもない」

 

 PG-7がそう吐き捨て、少しだけ刃こぼれした刃を地面に落とし、新たな刃を腕の中から出す。ああして常に斬れ味の良い刃に変えられるのだとすれば、刃を折ってもあまり意味はなさそうだ。

 

「あら、便利ね」

「ふん……」

「貴女にも譲れぬものがあるのでしょうけど、押し通らせて貰うわ」

「ほざけ……格の違いを教えてやる!」

 

 三度レイラとPG-7の刃が交差し、火花が散る。護る戦いに特化した同士の、譲れぬ戦い。

 

「ランスアタァァァック!!」

「ファイヤーレーザー!」

 

 レイラがPG-7と対峙している場所の丁度反対側では、ランスがヒトラーを斬り捨て、シィルも何とかヒトラーを一体倒していた。闘神都市に到着した頃はレベル1であった事を考えると、この二人の成長スピードは凄まじい。特にランスは尋常では無い。これが英雄としての資質とでも言うのだろうか。

 

「AAAAAA!!」

「こっちも片付いた!」

「これで何体……?」

 

 レイラの援護もあって、サーナキアがヒトラーをようやく討ち取る。かなみが周囲を見回しながら、ヒトラーを何体倒したのか探る。

 

「ヤー……」

 

 その声が、嫌に部屋に響いた。かなみが慌ててそちらを見ると、ヒトラー最後の生き残りが両手に魔力を溜め、今正に魔法を放とうとしていた。

 

「マズイ!」

「フォッケウル……」

 

 かなみが叫び、リックもそちらに駆け出すが間に合わない。最上級魔法のフォッケウルフが、ルークたちに向かって放たれようとしたその瞬間、ヒトラーは風を切る音を聞く。直後、その顔面に強烈な一撃を見舞われ、グシャリという音と共にその体が吹き飛ぶ。

 

「セスナさん!」

「うぃ」

 

 ヒトラーを後ろから仕留めたのはセスナ。持っていた愛用のハンマーで強烈な一撃を横薙ぎに見舞ったのだ。

 

「これでユプシロンに集中出来……」

「……ラ」

 

 かなみが安堵の息をついた瞬間、再びユプシロンが一言呟く。すると、またも七体のヒトラーが部屋の中に現れた。

 

「なっ!?」

「なんだ、なんだ!?」

「これじゃあキリがない……」

 

 サーナキアが目を見開き、ランスも面倒くさそうにしながら慌てる。これではいつかフォッケウルフを食らってしまうかもしれない。かなみが悲痛な声を漏らした瞬間、その側を飛翔する斬撃が通り過ぎ、部屋の最奥にいたヒトラーを斬り捨てる。

 

「真空斬。かなみ、敵は無限ということはない。必ず打ち止めがくるはずだ!」

「は、はい!」

「こちらの集中力との勝負ですね……」

 

 リックがバイ・ロードを延ばして二体のヒトラーを同時に斬り捨てながら呟く。フォッケウルフを一発でも通せば、自分たちは一気に窮地に陥りかねない。ヒトラーが打ち止めになるまでの間、ユプシロンとPG-7の猛攻を耐えつつヒトラーを即座に倒していかなければならない。それは中々に根気のいる作業だ。

 

「さて……どこまで持ちますかね……」

 

 部屋の奥で腕組みをしながら目の前で繰り広げられる戦いを見やるパイアール。勿論、いざとなれば参戦するつもりだが、今はその時ではない。自分が手を加えた闘神ユプシロンがいる以上、いざという時など来ないだろうという自信がある。

 

「業火炎破!」

 

 志津香が部屋全体に魔法を放ち、部屋に煙が立ち込める。当然、パイアールの視界も煙が覆う。

 

「やれやれ……あの程度の魔法ではユプシロンを倒すことなど不可能だというのに……」

 

 パイアールがため息をつき、煙が晴れるのを待つ。だが、煙が晴れる前に事態は動く。パイアールの目の前に広がる煙を破って、何者かが跳び掛かってきたのだ。それは、悪魔フェリス。手に持つ鎌が、正確にパイアールの首に狙いをつける。

 

「これは……」

「貰ったぁぁっ!!」

 

 それは、ルークたちの奇策。パイアールは完全に油断をしている。その特殊な武器は、こちらにとっても非常に厄介な代物だ。だからこそ、奴が動き出す前に仕留める。耐久力のある魔人ではない。一撃入れれば、十分に倒す事は可能。魔人にダメージを与えることの出来るフェリスの存在を隠し、志津香の放った魔法による煙に乗じてパイアールを仕留めに掛かったのだ。その鎌が、今正にパイアールの首に振るわれようとした瞬間、パイアールが口を開く。

 

「予測していましたけど?」

「なっ!?」

 

 その言葉と同時に、パイアールの周囲に浮かんでいたビットからレーザー光線がフェリスに向かって放たれる。両肩と両足を的確に貫き、フェリスの体から血が吹き出る。

 

「がっ……」

「フェリス!!」

「フェリスさん!」

「猿知恵でしかありませんね。もう少し頭を使って下さいよ……」

 

 崩れ落ちるフェリスの姿を見てルークとシィルが叫ぶ。そのフェリスを見下しながら、パイアールが今の奇襲をくだらないと一蹴する。

 

「奇襲なら存在を知られていない者がやらなければ意味がないでしょう? この悪魔とは一度会っていますからね。当然、始めからいない事には気が付いていましたよ。どうせ奇襲でも仕掛けてくると思っていましたが……まさか何の捻りも加えて来ないとは……本当に脳みそついているんですか?」

「こ、このクソガキ……ぶっ殺す!!」

「一番頭の悪そうなのが騒いでいますね。品性の欠片もない……」

 

 人差し指でトントンと自身の頭を叩き、こちらを挑発してくる。ランスがぷるぷる震えながらパイアールを睨み付けるが、パイアールはわざとらしくやれやれと両の掌を上に向けて更に挑発する。

 

「で、これで終わりですか?」

「終わりじゃないぞ……クソガキ……」

 

 パイアールの問いかけに膝立ちのフェリスがニヤリと答える。パイアールが怪訝そうな表情をフェリスに向けた瞬間、更に煙の向こうから巨大な銃身が出てくる。

 

「あっちが本命だ」

「ハウゼル!?」

「タワーオブファイア!!」

 

 パイアールが想定外の事態に目を見開く。魔人であるハウゼルが、人間と手を組んでいるのだ。持っていた銃身が赤く染まり、強烈な炎がパイアールに向かって放たれる。フェリスはそれを避けるように痛む体を押して横へ跳び、ハウゼルとパイアールの直線上に障害物は無くなった。これが、奇策の本命。存在がばれているフェリスの攻撃が万が一届かなかった場合、更に隠れていたハウゼルが二の矢を放つというもの。

 

「がはは、死ね、クソガキ!」

「貰った!」

「これは避けられないわ!」

「パイアール様!」

 

 ランスだけでなく、冷静なルークと志津香もその攻撃の命中を確信し、部下であるPG-7も主の窮地に思わず叫ぶ。避けられるはずがない。既に目の前まで迫っている炎を見ながら、パイアールは呟く。

 

「持ってきておいてよかった……」

「っ!?」

 

 直後、パイアールの周囲に水色の膜が張られ、迫っていたタワーオブファイアの一撃を相殺する。膜は砕け散り、その中からパイアールが無傷で出てくる。

 

「なんですって……?」

「それは……一体……?」

 

 レイラとハウゼルが絶句する。確実に仕留めたはずの一撃が、こうして相殺されたのだ。まさか、ハウゼルの奇襲も予測していたというのか。いや、そんな素振りはなかったはず。では、何故。

 

「これですか? 貴女対策の発明ですよ。強力な冷気による自動防御で、炎の攻撃を完全にシャットアウトするものです。貴女がこの闘神都市にいる事は判っていたので、念のためスイッチを入れておいたのが功を奏しましたね」

「強力な冷気って……ハウゼルの炎に耐えられる冷気がそう存在するはずが……」

「ま、まさか……」

 

 志津香がそう口にするが、ハウゼルは何かに思い至る。自分の炎と相殺し得る冷気の存在を、彼女は良く知っている。

 

「そう、この冷気は貴女のお姉さん、サイゼルのものです」

「そんなはずは!? 姉さんが貴方に協力するはずがない!」

 

 パイアールはその性格の悪さから魔人の間でも嫌われている。それは彼が所属するケイブリス派の魔人も同様であり、サイゼルは普段からパイアールの事をクソ生意気なガキだと口にしている。その彼女がパイアールに協力するとはとても思えないのだ。

 

「確かに一度断られましたが、一言告げたら実に簡単に協力してくれましたよ」

「一言……?」

「ハウゼルの炎を防ぎきる自信がないのですか……? ってね。そんな訳はないって、面白いように協力してくれましたよ。いやぁ、実に扱いやすい」

「姉さん……」

 

 ハウゼルが頭を抱えてため息をつく。その光景が面白いくらい簡単に想像出来たからだ。とはいえ、考え無しに挑発した訳では無い。サイゼルがハウゼルに対してコンプレックスを持っている事を、パイアールは巧みについたのだ。

 

「という訳で、ボクに貴女の炎は通用しません。あぁ因みに、ユプシロンにもこの装置を取り付けてあるので悪しからず。先程のファイヤーレーザーに反応しなかったのは、防ぐまでもないからです」

「くっ……」

「ちっ……」

 

 志津香がパイアールの挑発に顔を歪ませ、ルークも舌打ちをする。こちらの奇襲は失敗し、更にこちらの最強カードであるハウゼルが完全に封じ込まれたのだ。ユプシロンの攻撃を避けながらパイアールの方を見る。すると、パイアールは一度ため息をつき、ゆっくりと首を回しながら口を開く。

 

「さて、今の攻撃は少しだけ驚きました。まさか魔人である貴女が人間なんかと組んでいるとは思いもしませんでしたからね。なので、少し褒美を上げましょう……」

「褒美……だと……?」

 

 リックがヒトラーを仕留めながらパイアールを睨み付ける。その視線を受け、ニヤリと笑うパイアール。同時に、周囲に浮かんでいたビットが部屋中に散らばる。

 

「ボク自ら君たちを殺してあげますよ。光栄に思ってください、本当は出る気が無かったのですから」

「最悪の事態ね……」

 

 志津香の呟き通り、最悪の事態だ。ハウゼルは封じられ、未だヒトラーも延々湧き続ける中、早くもパイアールがやる気を出したのだ。ユプシロンの自動修復は衰える気配が無い。今まで与えたダメージも、既に全快している。

 

「(サイアス……早く魔気柱を……)」

 

 ルークが心の中でそう呟く。ルーク率いる第一パーティーの命運は、サイアス率いる第二パーティーに託されているのだ。

 

 

 

-上部動力エリア 動力室-

 

「ゼットン!!」

「メタルライン!!」

「フォッケウルフ!!」

「超破壊爆発炎!!」

 

 サイアス、カバッハーン、フリーク、エムサの四人がそれぞれ最上級魔法を四本の魔気柱に放つ。強力な魔力が柱に直撃し、四本の魔気柱が崩れ落ちる。

 

「よし! これでこの部屋にもう用は無いな」

「フリーク様。これでユプシロンに影響はあるのですか?」

「いや、八本全てを破壊しなければ、影響が出るまではいかんじゃろうな……」

 

 エムサがフリークに問いかけるが、首を横に振るフリーク。多少破壊したところで他の魔気柱からその分の魔力が補われて送られるため、ユプシロンに影響は出ないようだ。となれば、急ぐ必要がある。

 

「こちらも終わりました」

「まっ、敵じゃ無かったな……」

 

 アレキサンダーとヒューバートがそう口にしながらサイアスたちの下へ歩いてくる。その後方には、崩れ落ちたストーン・ガーディアンの残骸。ミスリー、トマト、デンズの三人もそれに続いてくる。

 

「全員終わったな。それじゃあ、下部動力エリアに……」

 

 サイアスがそう言いかけた瞬間、轟音と共に崩れていたストーン・ガーディアンの内の一体が立ち上がる。

 

「げげっ、トマトが担当していた相手ですかねー?」

「ちっ、まだ息があったのか」

「す、すまねぇだ……あにぃ……」

「ごぉぉぉぉぉっ!!」

 

 トマトとデンズが相手をしていたストーン・ガーディアンがまだ生きており、咆哮と共にサイアスたちに向き直る。アレキサンダーとヒューバートが再び構え直すが、突如部屋に声が響く。

 

「邪魔だ……雑魚が!」

「う……うがぁぁぁぁ……」

 

 その声にサイアスたちは目を見開く。その声は、忘れようもない。ストーン・ガーディアンの腹から腕が生える。それは、背中から貫通された手刀。断末魔と共にストーン・ガーディアンの体が崩れ落ち、物言わぬ岩と化していく。そうして地面へと落ちていくその岩の向こうに、一つの人影が見えた。それは、絶対に出会いたくなかった相手。

 

「ククク……殺しに来たぞ、フリーク」

「ディオ……」

 

 現れたのは、最強の闘将ディオ・カルミス。戦いは、更に混迷を極める。

 

 




[モンスター]
ヒトラー
 聖骸闘将の一種。最強クラスのモンスターに数えられる厄介な相手。自身の耐久力はあまり高くないが、最上級聖魔法を放ってくる強敵。


[技]
加算衝撃
 攻撃付与の亜種。効果が完全に切れるまで弱まらない、重ね掛けが可能と優秀な付与魔法。

ヘルの加護
 魔法付与の亜種。加算衝撃と同様のメリットを持つが、古い文献にしか残されていないような稀少な魔法。

詠唱停止 (オリ技)
使用者 エムサ・ラインド
 詠唱を途中で中断し、そこから再詠唱を可能とする魔法。こちらも今では殆ど知られていない稀少な魔法。上手く活用すれば戦術の幅が大きく広がるため、サイアスは何とかしてエムサに教われないかと考えている。

超破壊爆発炎
 光属性の最上級魔法。一直線に放たれる白色破壊光線と違い、こちらは周囲に光の爆発を起こす範囲攻撃。威力は白色に劣るが、使い勝手は良い。但し、稀少な魔法である。

フォッケウルフ
 聖骸闘将の使う最上級聖魔法。その威力はゼットンやメタルラインとも同等で、聖骸闘将でも最上級クラスのものが使用してくる他、フリークも使うことが出来る。

アトム・ボンベ
 白光した塊を放つ上級聖魔法。さらりとリックに阻まれていたが、その威力はファイヤーレーザーなどの上級魔法を上回る。

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