-上部動力エリア 動力室-
「闘将ディオか……この時間が無いときに……」
「参ったのぅ。此奴には魔法が効かぬからのぅ……」
サイアスが苦虫を噛みつぶし、カバッハーンも顎に手を当てて冷静にディオを見る。魔法使いの多い第二パーティーが相対するのだけは、どうしても避けたかった相手だ。そのディオは笑いながらこちらを見回している。
「ククク……ルークがいないのは残念だが、こちらも中々に揃っているではないか」
フリークを目当てにこちらにやってきたディオだったが、サイアス、カバッハーン、アレキサンダーと、標的にしていた相手が中々に揃っている。
「で、誰から死にたい? 私としてはフリークを一番に指定したいのだがね。そこをどいてはくれないか?」
「魔法使いの方々は下がっていてください」
そう言ってアレキサンダーが一歩前に出る。それにヒューバートとミスリー、トマトとサイアスが続く。
「デンズ。お前は魔法使いの連中を護衛していろ。その傷じゃまともに動くのもきついだろうしな。それと、じいさんは間違って前に出てくるなよ。一番の標的はあんたみたいだからな」
「うっ……わ、判っただ……あにぃ、気をつけて……」
「すまぬ……」
ヒューバートが剣を肩に担ぎながらデンズにそう命じる。悔しそうにしているデンズだったが、まだ怪我は完治していないし、ディオが魔法使いの面々に跳び掛かってきたときのために護衛は必要不可欠。悔しそうに頷きながらも、フリークたちの前に立って斧を構える。自分の成せる事を精一杯やると割り切ったのだろう。狙われているフリークは、彼らに頭を下げる事しか出来ない。
「アレキサンダー。一騎打ちをしたいとは言うまいな?」
「その気持ちが無い訳ではありませんが……状況が状況です」
「ルークさん……トマトを護ってください……」
サイアスの問いかけにアレキサンダーが静かに笑いながら答え、トマトはルークの事を思いながら剣を構える。
「同じ闘将として、貴様はここで止める!」
「あんたも出んのか? 無理はすんなよ」
「ふっ……気遣いは無用だ」
ミスリーがそう言い放つ。同じ闘将として、暴虐の限りを尽くす奴だけは許す訳にはいかない。魔法使いのサイアスが出てきた事にヒューバートが不思議そうにしているが、問題はないと答えるサイアス。
「それで……誰から死ぬかは決まったか?」
「言われずとも、そんなものは最初から決まっている」
ディオの問いかけに、サイアスはディオを指差して答える。
「貴様だ」
「ククク……クカカカカ!」
「いくぞっ!」
ディオはその返答に笑いながら、こちらを見据えて手刀を構える。ヒューバートが声を荒げ、相対していた前衛の全員が一気にディオに向かって駆け出す。
「フリークを素直に差し出さないなら仕方がないな……貴様らから血祭りに上げてやろう」
間合いを詰めてくる五人を見ながら、ディオが腰を落とす。魔人や闘神とは別の死闘が始まる。
-下部司令エリア 司令室-
「あはははは! そうです。そうやって無様に逃げ回ってください。お似合いですよ」
「くっ……」
「えぇい、邪魔くさい!」
パイアールがルークたちの姿を見て笑い飛ばす。部屋中を四方八方に動き回るビットが、戦闘をしているルークたちの丁度邪魔になるタイミングでレーザーを発射してくるのだ。その攻撃はルークたちを殺すためではない。ユプシロンやヒトラーとの戦闘を邪魔し、遊んでいるのだ。だが、その攻撃はルークたちを大いに苦しめる。
「うぉぉぉぉ!!」
「ぬっ!? ぐっ……」
「ルーク!」
丁度ユプシロンを斬りつけようとしていたルークが背中にレーザーの攻撃を受ける。鎧でガードされそれ程のダメージにはならなかったが、一瞬気を取られた隙にユプシロンの鉄拳が目の前まで迫っていた。咄嗟にブラックソードで受けるが、その勢いに押されて吹き飛ばされてしまう。それを見ていた志津香が叫ぶ。
「大丈夫だ……くそっ……」
壁へと吹き飛ばされたルークはすぐに立ち上がり、駆け寄ってきた志津香に返事をする。ガードが功を奏し、それ程ダメージは受けていない。
「ルークさん……っ、邪魔! 火丼の……」
ルークが吹き飛ばされたのを見たかなみもルークに駆け寄ろうとするが、目の前にいるヒトラー二体が邪魔をしたため、火丼の術で一掃しようとする。だが、その左肩にレーザーが突き抜ける。
「うっ……」
「ティーゲル」
「きゃぁぁぁぁ!!」
こちらもルーク同様、一瞬気を取られた隙にヒトラーの魔法を直で受けてしまう。かなみの体が吹き飛ぶが、直後にその体を後ろから支えられたため、地面に叩きつけられることはなかった。
「大丈夫? タワーオブファイア!」
「あ、ありがとうございます」
ハウゼルがかなみを支えながら炎を放ち、二体のヒトラーを仕留める。助けて貰った形になったかなみは礼を言うが、それを受けたハウゼルは首を横に振る。
「気にしないで……それよりも、ごめんなさい。期待はずれになっちゃったみたいで」
「いえ……そんな事は……」
パイアールの秘密兵器により、ハウゼルはパイアールとユプシロンに効果的なダメージを与えることが不可能になってしまったのだ。仕方なく今はヒトラー討伐をメインに動いている。魔人である彼女にとっては、ヒトラー討伐も容易な事。フォッケウルフを放たれる心配は減ったが、その代償はあまりにも大きい。最強の戦力が封じ込められたのだ。
「ルーク! よくも……ホワイトレーザー!」
「バイ・ラ・ウェイ!」
「ランスアタァァァック!!」
ナギ、リック、ランスの三人が一斉にユプシロンへと攻撃を仕掛ける。ハウゼルがヒトラー討伐に動いたため、折を見てユプシロンへと攻撃できる程度には手が空いたのだ。ユプシロンの巨体には面白いように攻撃が当たる。だが、そのダメージは残らない。
「…………」
「くっ……回復が早すぎる……」
「ええい、面倒臭い!」
リックが唇を噛みしめ、ランスが文句を言う。その直後、二人の立っていた場所にレーザーが放たれ、それを即座に横に跳んで躱す。そのままランスがビットを攻撃するが、猛スピードで上空へと上がっていきその剣を躱すビット。
「えぇい、ちょこまかと……」
「厄介な攻撃です。一カ所に留まることも出来ない。これでは、こちらの体力が……」
「はぁっ……はぁっ……」
リックの言うように、ビットのせいでルークたちは絶えず動き回ることを強いられていた。少しでも一箇所に留まっていたら、ビットがレーザーを照射してくるのだ。本当に嫌らしい攻撃である。必然、その体力が着実に奪われていく。それが顕著に表れているのは、サーナキアだ。
「はぁっ……うあぁぁぁぁぁ!!」
息が切れるのを誤魔化すようにユプシロンへと斬り掛かるサーナキア。その攻撃はユプシロンの左腕に命中するがすぐに修復され、そのまま左腕でなぎ払われる。
「ぐぁぁぁぁぁ!!」
「サーナキア!」
壁に吹き飛ばされたが、即座に戦線へと復帰したルークが叫ぶ。その瞬間、ユプシロンの腹の辺り、正面から背中までぐるりと円状に一周するような部位が内部に引っ込み、そこから機関銃が出てくる。正面から、横、背後と360度埋め尽くすようにだ。それは、本来闘神には付いていない武器。パイアールの改造による代物だ。
「うぁぁぁぁぁぁ!!」
「マズイ!」
ユプシロンが咆哮と共に機関銃を乱射する。ルークは倒れているサーナキアに駆け寄り、ブラックソードで放たれた弾丸を可能な限り打ち落とす。乱射はすぐに止み、胴体の中に銃が引っ込むが、ルークは打ち落とし損ねた弾丸で多少のダメージを負っていた。それはランスやリックも同様であり、攻撃の当たった箇所を手で抑えている。
「皆さん、大丈夫ですか!? 回復の雨!」
シィルが全員に回復魔法を掛けるが、そのシィルを後ろからビットが狙う。
「シィルちゃん、危ない! ファイヤーレーザー!」
志津香がいち早くそれに気が付き、ビットに向けてファイヤーレーザーを放つ。避けるように上空へと上がっていくビット。
「あ、ありがとうございます」
「このままじゃあ長期戦になりそうだし、万が一にもシィルちゃんに倒れられる訳にはいかないからね。あのビットのせいで白色破壊光線も使えないわ……」
志津香が四方八方に飛び回るビットを睨み付けながらそう吐き捨てる。詠唱時間の長い魔法はあのビットの妨害によって封じられている。
「情けない……ボクは何の為についてきたんだ……」
サーナキアが拳を握りしめる。向こうではセスナが必死に次から次へと湧いてくるヒトラーを仕留めている。それなのに、騎士である自分は一番に体力が切れ、今もルークに庇って貰う形になってしまった。無理を言ってついてきたというのに、完全に足手まといになってしまっている。
「さっきまでの威勢はどうした!?」
「くっ……」
「薄汚い人間が! これがパイアール様の科学力だ!」
PG-7がレイラを攻め立てる。先程まではレイラが優勢であったが、ビット攻撃が作動してからは状況が一変。レイラがPG-7を追い詰めようとすると、ビットが邪魔をするのだ。これでは攻めようがない。
「くそっ……近寄れやしない……」
「こちらもいかがですか?」
パイアールが服の中から小型のミサイルを発射してくるのを避けるフェリス。ハウゼルが封じられ、ルークがユプシロンに標的になっている今、パイアールを倒すのはフェリスの役目だ。しかし、パイアールも悪魔であるフェリスが自分にダメージを与えられる事は百も承知。他の者よりも一段と激しく妨害をしていた。また、フェリスは最初の奇襲失敗時に受けた傷がかなり深く、それらが相成って全くと言って良いほど近寄れずにいる。
「真滅斬!」
「エンジェルカッター!」
ルークと志津香が続けざまにユプシロンを攻撃する。だが、その傷もすぐに修復してしまう。やはり自己再生能力があまりにも厄介。
「タワーオブファイア!」
ハウゼルが今度は炎をユプシロンに放つが、やはりパイアールの言っていた通り、冷気の壁で遮られてしまう。悔しそうに唇を噛みしめるハウゼル。
「くっ……」
「無駄だと言ったでしょう? まあ、何かに縋りたくなる気持ちは判りますけどね。もっと足掻いて、もっと絶望してくださいよ。そうでなければ面白くない」
「ランスの言う通りね……あのガキ、殺したいわ」
「同感ね」
パイアールの挑発にかなみと志津香も怒り心頭となる。しかし、状況は圧倒的にルークたちが不利。いくら攻撃を与えても即座に回復するユプシロン。ルークとフェリスしかダメージを与えられないのに、そもそも近寄ることすら出来ないパイアール。縦横無尽に部屋中を動き回るビット。更にPG-7とヒトラーだ。このままでは勝ち目は薄い。やはり、ユプシロンの修復を止めなければ駄目なのだ。ユプシロンさえ倒してしまえば、ルークもパイアール討伐に参加出来る。鍵を握るのは、第二パーティーの存在。
「(な……に……)」
その時、ルークたちも、そして、パイアールも気が付かないところで戦況に変化が起きる。
「(戦って……いる……? 誰……?)」
水晶球に囚われていたイオが目を覚ましたのだ。意識がぼんやりとする中、目の前で繰り広げられている戦いを見る。
「(あれ……は……ルーク……ルーク!)」
薄れていた意識がハッキリとする。目の前には、仇であるルークがいるのだ。それと同時に、水晶球に囚われて身動きが取れない自らの現状に気が付く。
「(くそっ……出られない……すぐそこに……おじ様の仇が……)」
悔しそうにルークを見下ろすイオ。イオが目覚めたことに誰も気が付けない中、パイアールがフェリスへの攻撃の手を緩める事無くルークたちを見回す。
「(ふむ……それなりに使えそうな魔法使いが揃っていますね。あちらの神官はゴミみたいな魔力しかないですし、どれかと入れ替える事にしますかね……)」
イオも勿論替えたいところだが、アリシアの魔力はパイアールから見ればゴミクズ同然であり、ユプシロンへの魔力供給も碌に出来ていなかった。そこに、それなりに使えそうな魔法使いたちが数名。入れ替えない手はない。
「(まあ、ハウゼルは置いておくとして……候補は三人……)」
パイアールがシィル、志津香、ナギと順に見ていき、ここまでの戦闘で使った魔法を思い浮かべる。
「(……彼女しかいませんね。ふふっ……)」
パイアールがニヤリと笑う。その視界に捕らえた魔法使いは一人。
-上部動力エリア 動力室-
「おらっ!」
「炎舞脚!」
「はっ!」
ヒューバートが剣を振り下ろし、サイアスとミスリーが左右から回し蹴りを放つ。それをディオはバックステップで冷静に躱し、即座にヒューバートの腹に強烈な蹴りを見舞う。
「ぐっ……」
ヒューバートの体が後方に吹き飛ぶのを見ながら、そのまま左右にいたサイアスとミスリーに向けて左拳と右拳を同時に顔面へと放つディオ。それが直撃し、二人の体勢も崩れる。
「て、てやぁぁぁぁ!」
「雑魚は引っ込んでいろ!」
吹き飛んだヒューバートと代わるようにトマトが突っ込んでくるが、ディオはトマトの剣に向かって横薙ぎに手刀を振るう。バキン、という金属音と共にトマトの持っていた剣が真っ二つに折られ、その刀身が宙に舞う。
「か、家宝の剣が折られたですかねー!?」
「剣を心配している場合か?」
ルークとの出会い、そして、冒険者へ進む切っ掛けともなった家宝の剣。あのジルに一矢報いたのもこの剣だ。それが折られ、思わず視線が刀身へと向かってしまう。だが、ディオを前にその行動はあまりにも致命的。ディオの言葉を受け、トマトが目を見開いて視線を戻すと、そこにディオの姿はない。いや、正確には腰を深く落としたディオがトマトの視界に入らなかっただけだ。そのままトマトの腹部に闘気を纏った手刀を突き出し、その手刀がトマトの体を貫く。背中まで手刀が貫通し、腹部、背中、そして口から血を吹き出すトマト。
「あっ……がっ……ごぷっ……」
「ククク……まず一人……」
「トマトさんっ!!」
「貴様ぁぁぁぁ!!」
セルがあまりの光景に青ざめながら叫び、アレキサンダーも激昂して跳び掛かってくる。
「馬鹿め……隙だらけだ」
トマトの腹から腕を抜き、アレキサンダーを見やるディオ。激しく血を吹き出しながら、トマトが床へと崩れ落ちる。
「うぉぉぉぉ!!」
「二人目は貴様だ!」
「雷撃!!」
「重加算衝撃!!」
迫るアレキサンダーに闘気を纏った手刀を繰り出そうとしたディオだったが、直後にカバッハーンの放った雷撃によって足下の床が抉れ、体勢を崩す。同時にエムサがアレキサンダーに強化版の攻撃付与を掛ける。
「ぬっ……」
「装甲破壊パンチ!!」
「ぐっ……ぐぉぉぉぉぉっ!!」
アレキサンダーが渾身の拳をディオの胸に放つ。硬い装甲を思い切り打ち抜いたため、その拳に電撃のような痛みが突き抜けるが、今はそんなものに構っている場合ではない。大事な仲間がやられたのだ。この程度の痛み、彼女が受けた痛みに比べれば何でもない。アレキサンダーの渾身の一撃が直撃し、後方にあったストーン・ガーディアンの残骸へとディオの体が吹き飛んでいった。
「ミスリー! すぐにトマトをセルの下へ」
「はい、サイアス様!」
大量に出血し、トマトは既に意識を失っている。その体を持ち上げ、ミスリーがセルの下へと駆ける。すぐさまセルはトマトの傷を見るが、そのあまりの酷さに表情を歪める。
「トマトさん……起きてください、トマトさん! 神よ……」
意識のないトマトを必死に呼びかけながら、セルがヒーリングを施す。ごぷり、とまた新たにトマトの口から泡立った血が吐き出される。
「どうじゃ?」
「……まだ息はあります。でも、このままでは……ロゼさん……ロゼさんもこの場にいてくれたら……」
「な、なんとか生かしてやっでぐで……」
カバッハーンの問いかけにセルがそう口にする。体つきの良いデンズと違い、トマトは決して戦士として恵まれた体つきとは言えない。同じような攻撃を受けても、掛かる負担はあまりにも違うのだ。デンズも悲しげな瞳でトマトを見つめていた。
「っ……」
フリークがトマトを見ながら拳を握りしめる。ディオの狙いは自分。その自分を庇って、目の前の少女がこうして命の危険に晒されているのだ。その時、岩が砕け散る轟音が部屋に響く。ディオがストーン・ガーディアンの残骸を吹き飛ばしながら立ち上がったのだ。
「その攻撃を受けるのは二度目だが……やはり効く。ククク……クカカカカ!!」
立ち上がったディオが高笑いを上げる。一見余裕そうにも見えるディオだったが、装甲破壊パンチは確かに効いていた。ディオの硬い装甲を貫き、芯にまで響く一撃。更に重加算衝撃で強化されていたのだ。一撃の威力ならルークやメガラスの攻撃をも上回っているだろう。だからこそ、ディオは笑う。
「良い! 貴様も良いぞ! 実に殺しがいがある!」
「ここがこの勝負の分水嶺……一気に畳み掛けさせて貰う!」
ディオがアレキサンダーに更に興味を持つ。本来ならば今の一撃で終わっていてもおかしくないのだが、アレキサンダーは決して動揺を見せず、一気に畳み掛ける。
「でぃあっ!」
「ふん!」
アレキサンダーの左拳がディオの顔面目がけて振るわれるが、腰を落としてそれを躱すディオ。そのまま足払いを放つが、アレキサンダーは空中へ跳び上がり、回し蹴りをディオの首目がけて放つ。それは確かに命中したが、瞬時に首を衝撃と同じ方向に動かし、ディオはダメージを受け流す。
「味な真似を……」
「クカカカカ!」
今度はお返しとばかりにディオが猛攻に出る。高速の突きを連続で繰り出し、それをすんでのところでアレキサンダーは躱し続ける。そのままディオも連続で回し蹴りを繰り出し、上にばかり気がいっている隙をついてアレキサンダーの足を強く踏み砕こうともしてくる。それをアレキサンダーは一歩下がって躱し、ディオの強烈な踏みつけによって床の破片が飛び散る。
「ふっ!」
「カカカ!」
アレキサンダーも反撃の手を繰り出すが、それを受け流し続けるディオ。その流れるような動きが、素人ではないと判る。
「貴様も格闘技を……」
「色々やったさ。剣、槍、弓、斧……中でも素手がお気に入りでな」
「素手が……?」
目の前の殺人鬼も自らの肉体のみで戦う事に喜びを覚えたのかとアレキサンダーが考える。だが、返ってきたのはそのような清々しい答えではない。
「何せ、人を殺す感触を直に味わえるのだからな。剣で肉を斬る感覚も捨てがたいのだがな。知っているか? 良い肉というのは刃を入れた際、シャクー、という良い音色がするんだ。ククク……」
「外道が……」
アレキサンダーが表情を歪めながら蹴りを放ち、ディオは笑いながらそれを躱す。大陸でも屈指の格闘家であるアレキサンダー。そして、それと互角に渡り合うディオ。それは、ある種の頂点の戦い。
「ちっ……入り込めねぇ……」
「邪魔になるな……くそっ……」
「あれ程の使い手が人類にいるとは……」
ヒューバートとサイアスが悔しそうに吐き捨てる。休む間もなく繰り広げられる目の前の激闘に自分たちが入り込める隙はない。無理に入れば、アレキサンダーの邪魔になる。勿論隙あらばいつでも飛び込む気だが、その隙が出来ない。どちらも近接戦闘のエキスパート。ミスリーもアレキサンダーの強さに驚愕すると同時に、悔しくなる。自分は闘将でありながら、あれ程の近接戦闘は出来ない。
「気にするな。あの二人が異常だ」
「サイアス様……」
サイアスが即座に言葉を掛ける。ミスリーの微妙な揺らぎに気が付いたのだろう。だが、アレキサンダーとディオの激闘から視線を離すことはない。ヒューバートもかなりの使い手だ。ミスリーも強い。だが、ディオには敵わないだろう。本職が魔法使いである自分など以ての外だ。つまり、必然的にこのパーティーの命運はアレキサンダーに託される事となる。
「勝てよ、アレキサンダー……」
サイアスの呟きがアレキサンダーに届くことは無い。今なお休むことなくディオと激闘を繰り広げているからだ。互いに引くことのないギリギリのバランス。何かが狂えば一気に傾く、そんなバランスだ。
「雷撃!」
ディオに隙を作ろうと、カバッハーンが再び雷撃をディオの足下へと放つ。だが、ディオは空中に跳び上がってアレキサンダーに回し蹴りを放ち、それを躱す。
「動くなジジイ! もう貴様の妨害にも慣れた!」
「なんとっ……」
カバッハーンが目を見開く。あれ程の高速戦闘の中、ディオには周りが見えているのだ。その事は目の前のアレキサンダーにも伝わり、額から疲れとは別の汗が流れる。
「(私よりも余裕があると言うのか……くっ……)」
「クカカカカ!」
ディオが笑いながら高速の突きを繰り出す。少しだけ動揺してしまっていたアレキサンダーは回避が遅れ、その頬を手刀が掠める。頬が少しだけ切れて血が滴り落ちる中、再び高速戦闘が幕を開ける。まだ重加算衝撃による筋力効果は続いている。その間に、なんとかしてもう一撃装甲破壊パンチを当てなければ。
「ゆらゆら影!」
「むっ!?」
「なにっ!?」
その時、エムサがアレキサンダーに更に付与魔法を掛ける。使ったのは以前ルークに掛けた身体加速の強化版。エムサの身につけている時計の針が高速で動いている。それを受けたアレキサンダーは、自身の体が羽のように軽くなったのを感じていた。
「ここだ! ここがこの勝負の分水嶺!」
「ぬっ……」
アレキサンダーが一気に畳み掛ける。ゆらゆら影とはよく言ったもので、アレキサンダーの動きはまるで残像が出来るかのような速さへと化していた。流石に防戦一方になるディオ。
「かあっ!」
「ふっ!」
ディオが苦し紛れに拳を放つが、アレキサンダーが腰を落としてそれを躱し、そのままディオの顎を掌底でかち上げる。
「がっ……」
「貰った!」
ディオの首が跳ね上がり、天井を見上げる。すぐに視線をアレキサンダーへと戻すが、その視界に入ってきたのはあの構え。アレキサンダー必殺の拳。
「終わりだ! 装甲破壊パンチ!!」
「っ……!?」
アレキサンダーが狙ったのは、先程と同じ胸。これ程の衝撃を二度も同じ箇所に受ければ、ディオとて無事では済まない。その考えは正しかった。この一撃が決まれば、ディオは倒れるはずであった。グシャ、という鈍い音が部屋中に響き渡る。サイアスが、ヒューバートが、カバッハーンが、目の前で起こった光景に目を見開く。
「っ……」
「ククク……」
それは、絶望的な光景。アレキサンダーの放った装甲破壊パンチに対し、ディオが上からその腕目がけて肘を打ち下ろし、カウンターを取ったのだ。肘の少し下の辺りから、有り得ぬ方向に曲がったアレキサンダーの右腕。へし折れた骨が皮膚を貫き、外に見えてしまっている。
「ぐ……ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「ククク……カカカ……クカカカカ!!」
アレキサンダーの絶叫とディオの笑い声が混ざり合い、絶望的な音色となって周囲の者の耳に届く。
「マズイ!」
「くそっ!!」
サイアスとヒューバートが即座に飛び出し、ディオに向かって攻撃を繰り出す。それを後方へと跳んで躱すディオ。ほんの少しだけ間合いが出来たため、サイアスはすぐにアレキサンダーの腕を見る。
「その腕ではもう無理か……」
「まだ……まだ私は……」
「無茶言うな。何てこった……」
サイアスの問いかけにアレキサンダーが果敢に構えようとするが、だらりと落ちた右腕は上がらない。それを見たヒューバートは剣を構えたまま吐き捨てる。ヒューバートもサイアスと同じように考えていたからだ。現状でディオに対抗できるのは、アレキサンダーだけだと。そのアレキサンダーはもう戦えない。それは必然的に、パーティーの全滅を意味する。
「あのスピードに何故カウンターが……?」
「別におかしな事ではないだろう?」
サイアスの苦し紛れの問いかけに、ディオは平然と答える。
「あれは既に二回見ていたからな。対応出来て当然だろう? 私は昔からそうだったぞ?」
「ちっ……殺人鬼で天才かよ……タチが悪ぃぜ……」
ミスリーがアレキサンダーを後方へ無理矢理下がらせる中、ヒューバートがディオを睨み付ける。すると、ディオがぶつぶつと何かを言い始める。
「いや……違うな……昔からずっと……違う……あれは……」
「何を……?」
サイアスとヒューバートがおかしな状態になったディオから視線を外すことなく、少しずつ後ろへと下がっていく。逃げられる訳ではない。だが、少しでもディオと距離を取りたいのだ。そのディオの異変はすぐに止まる。
「……まあいい。貴様らを殺した後でゆっくりと考えるとしよう」
「そのまま考え込んでいてくれると助かったんだがな……」
サイアスがそう返す後ろで、セルがトマトの治療を続けながらアレキサンダーの傷も見る。骨が完全に折れてしまっている上、折れた骨が皮膚を突き破っているのだ。こちらも放って置いて良い傷ではない。だが、トマトから手を離すことは出来ない。
「すいません、アレキサンダーさん。今は……」
「トマト殿を優先してください……くっ、ここへ来てこのような傷を負うとは……不覚……」
アレキサンダーが左腕で折れた右腕を支えながら、悔しそうにディオを睨み付ける。万事休す。誰もがそう思っていた。その時、部屋に轟音が響く。
「むっ……!?」
「じいさん……?」
ヒューバートが振り返ると、その轟音を放ったのはフリーク。自らの腕から放った魔法で、自分たちの横にあった壁をぶち破ったのだ。それは以前、壁をぶち破って現れたディオと同じやり方。入り口から脱出するのは、直線上にディオがいて不可能なのだ。だからこそ、フリークは壁をぶち破った。
「ディオよ、お主と同じ手段を使わせて貰うぞ。そしてここからはデンズの真似じゃ。皆の者、ここはワシに任せて行くのじゃ!」
「馬鹿野郎! 何言って……」
「奴の狙いはワシじゃ! それに、このまま魔気柱の破壊が遅れれば、ユプシロンの下へ向かった者たちも全滅する事になるのじゃぞ!!」
「うっ……」
「優先すべきは、闘神の破壊じゃ! ディオの撃破は優先すべき事態では無い!」
ヒューバートが食って掛かるが、その言葉を遮って声を荒げるフリーク。それは最もな事だ。自分たちの破壊行動が遅れれば遅れるほど、第一パーティーの勝利は遠のく。そのまま壁の穴とは別の方向へ駆けていくフリーク。自分を見捨てて逃げろと行動で示しているのだ。
「ククク……ここで貴様一人残った所で結果は変わらんよ? 死ぬ順番が変わるだけだ」
「じゃが、時間稼ぎは出来る……」
ディオがゆっくりと視線をフリークへと移しながら笑う。あえてフリークの誘いに乗ったのだ。それ程までに、ディオはフリークを憎悪していたのだ。
「フリーク殿……それがお主の覚悟なのじゃな……?」
「うむ。カバッハーン殿、魔気柱は任せたぞ」
カバッハーンが真剣な表情で問いかけ、フリークがそれに頷く。その顔を見据え、カバッハーンは決断をする。
「……行くぞ! ワシらがいても役には立たん。優先すべきは、魔気柱の破壊じゃ!」
「でも……」
「少しでも早くその娘の治療もせねばならんのだろう? ならば、ここに留まるのではなく、いち早く飛行船へと向かうべきじゃ」
「っ……」
カバッハーンの決断にセルが唇を噛みしめる。確かに、トマトはこのままでは死んでしまうかもしれない。だが、その為にフリークを見捨てていくというのか。
「……行きましょう。フリーク様、ご武運を」
「任せておけい」
「トマトは俺が抱えよう。セルは治療に専念してくれ」
「っ……はい……」
「くっ……ここで足手まといになるとは……」
エムサがセルの肩に手を置きながらフリークに言葉を掛け、サイアスが気を失っているトマトを抱き上げる。セルも一度目を瞑った後、決心したように壁の方へと駆けていき、アレキサンダーも悔しそうにそれに続く。カバッハーンの言うとおり、この状態では役に立つどころか足を引っ張りかねないからだ。
「じいさん……!」
「フリーク様……」
「心配するな、トーマの息子よ。ワシは五百年も生きているからのぅ。こんな所で死にはせんわい」
ヒューバートにいつもの口調で笑いかけるフリーク。そのままヒューバート、ミスリー、デンズの三人も壁の穴を通り部屋から出て行く。これでこの部屋に残ったのは、フリークとディオのみ。
「ククク……」
「随分と簡単に見逃したのう?」
笑うディオにそう問いかけるフリーク。それに対し、ディオは手刀に闘気を纏いながら口を開いた。
「さっきも言っただろう? 奴らを殺す事に変わりはない。ただ少し、殺す順番が変わるだけだ。何より優先すべきなのは……私を封印した貴様だ!」
そう言い放ち、先程以上の殺気を周囲へと振りまくディオ。それを受けながら、フリークは構える。魔法の効かないディオ相手にフリークたった一人で勝てる可能性は0に等しい。それでも、やらなければならない。
「四人まとめてあの世へ送ってやろう」
「四人!?」
フリークがその言葉に驚き、横へと視線を向ける。そこに立っていたのは、ヒューバート、デンズ、ミスリーの三人。今し方穴から出て行ったはずの三人だ。
「お主ら……どうして……!?」
「ミスリー曰く、下の階の魔気柱は動力室に近いから、万が一ストーン・ガーディアンに施設が破壊されるのを恐れて、ストーン・ガーディアンを配置していないみたいなんでな。魔気柱の破壊には魔法使いがいればいい。俺らは不要って事だ」
「そうではない! 何故残った! ここにいては……」
「死なねぇよ」
淡々と答えるヒューバートに向かってフリークが声を荒げるが、気にした様子も無く言葉を続けるヒューバート。
「じいさん。あんたが死なねぇって言ったんだぜ?」
「ぬっ……」
「とはいえ、じいさん一人で勝つのは厳しいだろ。手伝ってやるよ」
ヒューバートが剣を抜いて構え、デンズも斧を持ち、ミスリーもディオを見据えながら腰を落とす。
「お、おでは一度死んだ身だ。この命、惜しくねぇ……」
「フリーク様……闘神都市を護る者として、私も共に戦わせてください」
「じゃが……」
「これ以上! 俺に仲間を見捨てさせるんじゃねぇよ!!」
言い淀むフリークに向かってヒューバートが激昂する。脳裏に浮かぶのは、ディオにその腹を貫かれたデンズの姿。ユプシロンの部屋に一人取り残されたイオの姿。仲間たちを見捨てたその後悔が、ヒューバートは拭えずにいたのだ。
「馬鹿者共が……」
「一番の馬鹿はじいさんだろう?」
「……その通りかもしれんな。ヒューバート、デンズ、ミスリー。命を預けてくれるな?」
「ふっ……」
フリークの言葉を聞き、静かに笑うヒューバート。
「ようやく名前で呼んでくれたな。気にしてたんだぜ?」
「ふっ……女々しい男じゃわい」
その言葉にフリークも笑みを浮かべる。トーマの息子とではなく、自然とヒューバートと呼んだフリーク。一人の男として、彼を認めた瞬間だった。
「それで……最後の会話は済んだかな? もう殺してもいいんだな?」
ディオがそう言いながら、ゆっくりと歩みを進めてくる。
「死なねえよ! 死ぬのは貴様だ!」
「クカカカカ! 身の程知らずのゴミ共めが!!」
当然ヒューバートたちが残った所で、勝ち目などほぼ無いに等しい。先程あれだけの人数が揃いながら倒せなかった相手なのだ。だが、退く訳にはいかない。もう二度と、仲間を見捨てる事は出来ない。二度と仲間を見捨てないというヒューバートの誓い、そのヒューバートについていくと決めたデンズの誓い、亡き友と結んだフリークの誓い、闘将として都市を守ると決めたミスリーの誓い。これは、誓いを護る戦い。
[技]
重加算衝撃
攻撃付与の亜種。加算付与の強化版で、詠唱時間が多少掛かるが、その威力、効果時間共に格段に上がる。
ゆらゆら影
素早さを上げる付与魔法。身体加速の強化版で、命中、回避共に上昇する。更に上の魔法も使えるらしいが、それは人間の肉体の限界を超えてしまう魔法との事。
[装備品]
家宝の剣
トマトの家に代々伝わる家宝の剣。斬れ味は良く、十分名剣の領域。ルークに冒険者に向いていると言われる話の切っ掛けとなり、魔王ジルにも一矢報いた剣であったが、ディオによって叩き折られる。