ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第92話 示し合わせた言葉

 

-下部司令エリア 司令室-

 

「ランスアタァァァック!!」

「真滅斬!!」

「バイ・ラ・ウェイ!!」

 

 ランス、ルーク、リックの三人が同時に必殺技を放ち、その全てがユプシロンの体に命中する。どれ一つとっても、並大抵の相手ならば致命傷になりかねない一撃だ。

 

「やったの!?」

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

 かなみがそう口にしてユプシロンを見上げるが、ユプシロンの体は即座に修復を始めており、今し方与えたダメージは殆ど消えてしまっていた。あまりにも装甲が硬く、あまりにも修復が早すぎる。ずっとこの繰り返しだ。

 

「ぜえっ……ぜえっ……うおっ!?」

「くっ……」

 

 ランスが息切れをしているところを嫌らしい具合にビットの攻撃が襲ってくる。すんでのところで躱すランス。その後方では、リックも同様にビットの攻撃をギリギリで躱していた。

 

「あはははは! どうしました? 動きが鈍ってきましたよ? もう限界ですか?」

「うるさい、黙れ。ホワイトレーザー!」

 

 パイアールの言葉に苛ついたナギがホワイトレーザーを放つ。だが、その魔法はパイアールの目前で四散してしまう。無敵結界に阻まれてかき消されたのだ。

 

「だから、効かないんですよ! 人間如きの攻撃では、魔人であるボクには届かないんですよ!」

「ちっ……」

 

 パイアールが上機嫌に笑う。こちらの体力が目に見えて落ち始め、戦況がジワジワとあちらの優位になっているからだ。その顔を見ながらナギが舌打ちをする。あれだけ腹立たしい相手なのに、ダメージを与える事が出来ない。こんな経験は初めてなのだろう。

 

「回復の雨!」

「ありがとう……」

「はぁっ……はぁっ……すまない……くそっ、役に立てない……」

 

 縦横無尽に飛び回るビットの攻撃を完全に躱し続けるのは不可能。その上、以前の近接攻撃型ビットと違い、あのように遠距離から攻撃されては打ち落とすのも困難だ。体力だけでなくダメージも確実に増えていき、シィルが仲間たちを懸命に回復する。ヒトラーを討伐していたセスナとサーナキアが礼を言うが、事態が好転した訳では無い。ユプシロンの自己修復とパイアールのビット攻撃により、否が応にも長期戦を強いられているルークたちだったが、徐々に追い詰められていた。

 

「(サイアス……まだか……?)」

 

 ルークがユプシロンの猛攻を受け流しながら、心の中でそう呟く。ここへ来て、ルークは先程まで以上に動きを封じられていた。というのも、何故かユプシロンの猛攻がルークに対してだけ激しさを増しているのだ。先程まではルークをメインに狙いつつ、近くの者も定期的に狙っていたが、今は殆どルークしか狙っていない。

 

「(行け! 殺せ!!)」

「うぉぉぉぉぉ!!」

「ぐっ!?」

 

 イオが水晶球の中で叫ぶ。その声は外には聞こえないが、それに反応するかのようにユプシロンがルーク目がけて拳を振り下ろす。それをすんでのところで躱しながら、ブラックソードで斬りつけるルーク。だが、その傷もすぐに修復してしまう。

 

「(先程からユプシロンの動きがおかしいですね……)」

 

 そのユプシロンの動きを見ながら、考えを巡らせるパイアール。自分の改造が失敗しているとは考え難い。となれば、想定できる可能性は限られている。その内の一つである水晶球に目を向けたパイアールは、イオの目が覚めている事に気が付いて納得したように頷く。

 

「(なるほど、やはりそういう事ですか。確かに、あちら側の水晶球からならそうなりますね……まあ、適当なタイミングで彼女も切り捨てればいい事ですし、今は置いておきましょうかね……)」

 

 そう心の中で呟くパイアール。どうやら、イオの入っている水晶球の方に何らかの改造を施しているらしく、その事がユプシロンに影響を与えているらしい。しかし、パイアールに焦った様子はない。

 

「流石に厳しいわね……」

「みんな! 頑張って!!」

 

 志津香がそう声を漏らすと、ヒトラーを倒していたハウゼルが大声でみんなを激励する。彼女は未だに息を切らしていない。伊達に魔人ではないという事だろうか。

 

「やっぱ……私があいつを倒すしかない……」

 

 今の状況を生み出しているのは、全員の妨害をしているビットの働きが大きい。そう感じ取ったフェリスは傷付いた体を引きずり、パイアールに特攻を仕掛けようとする。だが、それを察知したパイアールはオレンジ色の球を三つほどフェリスに向かって投げつける。

 

「何だ? ちっ……」

 

 フェリスが不気味な攻撃に反応し、後方に跳んで躱す。直後、フェリスの元いた場所にその球が落ちる。ゴッ、というけたたましい音とヒビの入った床。どうやら相当に重い鉄球か何かだったようだ。だが、この程度ならフェリスの鎌で斬れない程ではない。

 

「しまった……ただの鉄球じゃないか……」

「はい。でもそれを警戒してボクとの距離は縮められないというのが現実です」

 

 フェリスの言葉にパイアールがそう答える。そう、パイアールの出してくる武器に必要以上に警戒してしまっているのだ。中には大した事のない武器も混じっているのにだ。これがパイアールの搦め手。何が危険で、何が安全かすらも判らなくなっていく。仕舞いには、今のフェリスのようにただの鉄球にさえ警戒してしまう。

 

「さて、今度のは火力がありますよ」

「口三味線か……いや、これは本物……!?」

 

 パイアールが袖口から小型のミサイルを飛ばしてくる。あまりにも小型なので大した事はないと判断し、フェリスが気にせず突っ込もうとする。だが、目の前まで迫ったミサイルにゾワリとした何かを感じ取った。嫌な予感がしたフェリスは自身の本能に逆らう事無く、激突の直前で横に跳んで躱す。すると、フェリスに当たらずに通り過ぎていったミサイルは後方の壁に直撃し、直後強烈な爆発を起こした。

 

「きゃっ……」

「くっ……やっぱり本物だったか……」

「残念。まあ、いいでしょう。次はこちらですよ!」

 

 爆風にシィルが目を瞑り、フェリスが唇を噛む。良いように踊らされているのだ。それも、クソ生意気なガキに。そのフェリスに対し、更に追撃を仕掛けるパイアール。ハウゼルの攻撃を封じた今、自分にダメージを与える事の出来る唯一の存在であるフェリスには特に細心の注意を払っているのだった。

 

「さて、そろそろ詰めですかね。何をしているのです? さっさと片付けて下さいよ」

「も、申し訳ありません、パイアール様!」

 

 パイアールが冷静に戦況を把握しながら、未だにたった一人の人間すら倒せずにいるPG-7に声を掛ける。特段普段と変わらぬ、冷静な声。だが、その奥にある失望がPG-7の胸に刺さる。脳裏に浮かぶのは、廃棄処分となったPG-6の姿。

 

「くそっ……どこまで粘る気だ、貴様……」

「はぁっ……はぁっ……悪いわね。そう簡単に負けてあげる訳にはいかないのよ……」

 

 目の前に立つレイラは、既に満身創痍。PG-7と一騎打ちを始めてから、既に長い時間が経っている。他の者が何度か加勢に入ろうとしたが、二人はパイアールの側で戦っているため、巧みにパイアールからの妨害を受けて援護に回れずにいた。当初はレイラが優勢であったが、ビットの妨害が入ってから戦況は一変。PG-7が激しくレイラを攻め立て、レイラは防戦一方であった。だが、いつまで経ってもレイラが倒れないのだ。

 

「貴様が……貴様がしぶといから……私はパイアール様に!!」

「くっ!?」

 

 激昂しながらPG-7が一気にレイラとの間合いを詰め、腕から出した刃を振るってくる。それをギリギリで防いだレイラだったが、直後足にレーザーが照射される。

 

「ぐっ……」

「貰った!! 死ぬのよ、薄汚い人間め!!」

 

 激痛に表情を歪め、体勢を崩すレイラ。それを僥倖と見たPG-7が刃を振り上げ、レイラの脳天目がけて振り下ろす。だが、レイラは体勢を崩しながらも、その刃に自らの剣を押し当てて巧みに受け流す。

 

「なっ……!?」

「はあっ!!」

 

 受け流された事により、完全に決める気であったPG-7の体勢が前のめりになる。レイラはその隙を見逃さず、腹部に強烈な剣撃をお見舞いする。

 

「ぐぁっ!? くっ……」

「浅いか……」

 

 思わぬカウンターを受けて表情を歪めたPG-7だったが、装甲のお陰で致命傷は避けたらしく、バーニアを噴射して後方に飛んで逃げる。攻撃を受けた腹部を押さえながら、憎々しげにレイラを睨み付ける。

 

「しぶとい……何なんだ貴様は! 何故諦めない!? もう貴様らに勝ち目など……」

「……諦めないわ。どんな状況でなってもね……そう誓ったのよ」

「馬鹿な……目の前にいるのは、魔人パイアール様だぞ!」

「知っているわ。でも、それよりも遙かに脅威な存在を知っているから……そして、私は親衛隊隊長でありながら、その脅威を前に諦めてしまったから……」

「パイアール様よりも脅威な存在だと? 馬鹿な……」

 

 そう口にするレイラにPG-7が嘘を宣うなと吐き捨てる。だが、それは嘘ではない。レイラの脳裏に、リーザス城での戦いが浮かぶ。そして、忘れられないあの言葉。

 

『心が折れたか……?』

 

 魔王ジル。あの戦いの後も、何度夢に見たか覚えていない。そして、何度もあの場面が繰り返され、何度もそう呟かれるのだ。その度に後悔した。主君であるリアをみすみす目の前で襲われた上に、その相手を倒すどころか、絶望してしまった自分自身に。そして、その後悔を払拭するかのように、これまで以上に鍛錬に励んだ。二度とリアを傷付けさせはしない。

 

「リーザス親衛隊隊長、レイラ・グレクニー! どんな絶望的な状況であっても、二度と諦めたりしない! そう誓ったのよ!!」

「レイラ殿、見事です……今改めて、貴女を尊敬します……」

 

 レイラの宣言に、遠くで戦っていたリックがそう呟く。距離は離れていたが、そのリックの言葉は確かにレイラの耳に届き、大きな力になる。

 

「ほざけっ!!」

 

 PG-7が咆哮し、バーニアを噴射してレイラに迫ってくる。高速で振り下ろされる刃を目で捉えながら、レイラは心の中でリックに呟く。

 

「(リック……ありがとう。でもね、私は貴方の尊敬に足る存在ではないわ……)」

 

 PG-7の刃を先程と同じように剣で受け流す。流れるような動作の中で、レイラは先日の事を思い出す。チルディを励ます、ルークの姿。

 

「(自分の部下の心境にすら気が付けない、未熟者よ。ルークに助けて貰っちゃったし、チルディにも悪い事をしてしまったわ。まだまだ私は、アビァトール隊長のような立派な隊長ではないわ……)」

「なっ……ぐあっ!?」

 

 PG-7の刃を受け流しきったレイラが、くるりと回転しながらPG-7に剣を振り下ろす。それはまるで、美しい演舞のようであった。声を漏らしながらもPG-7は左腕に備え付けられた銃身をレイラに向け、照準をセットする。

 

「蜂の巣にしてやる!」

「(だからこそ……私はまだまだ高みを目指すわ。貴方と共に……貴方と肩を並べるに相応しい人物になるために!!)」

 

 最後の最後で、剣技ではなく射撃に頼るPG-7。だが、照準を合わせる僅かな時間が大きな命取りとなる。

 

「死ね!」

「遅い! はあっ!!」

 

 その銃身目がけ、レイラが剣を突き入れる。押し込まれた剣先に邪魔され、発射しようとしていた銃弾が内部で詰まり、PG-7の左腕で小爆発が起こる。

 

「ぐ……ぐぁぁぁぁぁっ!!」

 

 超至近距離で起こった爆風によりPG-7の体が吹き飛び、地面に受け身も取れずに叩き伏せられる。左腕からモクモクと煙を出している。必死に立ち上がろうとするが、ダメージが大きく立ち上がれないようだ。それを冷たく見下ろすのは、パイアール。

 

「パ、パイアール様……」

「…………」

 

 丁度パイアールの足下まで吹き飛ばされた形になったPG-7。顔を青ざめさせながら、これは何かの間違いだと言って立ち上がろうとする。だが、立ち上がれない。

 

「……もういいですよ。そのまま休んでいて」

「そ……それは……」

「貴女は、廃棄処分決定ですから」

「っ!?」

 

 その言葉に絶句するPG-7。ぱくぱくと口を動かしながら、何とか言葉を絞り出す。

 

「わ……私はまだ……パイアール様のお役に立て……」

「あの程度の人間に勝てない貴女のような無能は、必要ありません」

 

 冷たく言い切るパイアール。そのままPG-7は俯いてしまう。その胸に宿るのは、言いようもない絶望。

 

「懸命に戦った部下に、労いの言葉の一つもないの?」

「ありません。無能な彼女は、ボクの足を引っ張ることしかしていませんでしたからね」

「何て奴だ……騎士の風上にも置けない……」

「最低な魔人ね……」

 

 不憫に思ったのか、PG-7と戦っていたレイラがそう問いかけるが、平然と答えるパイアール。サーナキアとかなみがパイアールを睨み付けるが、気にした様子もない。

 

「部下なんて、ただの駒でしかありません。役に立つか立たないかだけが重要であり、そこに感情の余地は邪魔でしかありませんよ。役に立たない駒を入れ替えるのは当然の事です」

「…………」

「駄目だ……やっぱりこのガキ、気に入らないね!」

 

 パイアールの言葉を黙って聞くPG-7。それを見ていたフェリスが額に青筋を浮かべ、叫びながらパイアールに特攻していく。

 

「死ねっ! クソガキ!!」

「……ふっ!」

 

 猛然と迫ってくるフェリスに向かって、オレンジ色の球を三つ投げつけるパイアール。だが、その武器は先程見ている。

 

「ただの鉄球なんざ、恐くないんだよ!!」

「っ!?」

 

 オレンジ色の球を鎌で斬り捨てようとするフェリス。彼女のその叫びを聞いた瞬間、少し離れた位置でユプシロンと戦っていたルークが目を見開く。違う、その考えは危険だ。確かホーネットが以前話していた。パイアールは、全く同じ見た目なのに効果の違う武器を使ってくると。

 

「駄目っ! 離れ……」

「フェリス、離れろっ! 真空斬!!」

「なっ!?」

 

 ハウゼルが叫ぼうとするが、それよりも早くルークが大声で叫ぶ。いきなりの声に驚いたフェリスだったが、こちらに向かって真空斬を放つルークを見てただ事ではないと察し、急ブレーキを掛けてすぐに後方に跳ぶ。自分が元いた場所にオレンジ色の球が迫り、それとルークの放った真空斬が衝突する。直後、オレンジ色の球から眩い閃光がし、轟音と共に激しい爆発が起こった。

 

「ぐぁっ!」

「きゃっ……」

 

 強烈な爆風がフェリスとレイラを襲い二人は吹き飛ばされるが、幸いにしてダメージはない。だが、もしあのまま鎌で斬り捨てていたら、あの爆発を至近距離で受けた事になる。そうなっていたら、自分は今頃どうなっていたか。フェリスの額を汗が流れる。

 

「へぇ……少しは頭の切れる人間もいるようですね……」

 

 パイアールがそう言葉を漏らす。この戦法は、ユプシロンを捕縛する際にも使ったものだ。見た事のあるハウゼルが知っているのは当然だが、初見で見切られたのは初めての事であった。だが、パイアールは知らない。ルークが見切れたのは、同じ魔人であるホーネットの助言があったからだという事を。

 

「ですけど……こっちに構っていていいんですか?」

「ルークさん、危ない!!」

 

 パイアールがニヤリと笑う。それと同時に、かなみが大声で叫ぶ。その言葉に反応したルークはすぐに真上を見上げる。そこには、今正にルークに向かって拳を振り下ろそうとするユプシロン。フェリスを助けるために真空斬を放ってしまったルークは、完全に無防備。

 

「マズイ! くっ……間に合わん……」

「ルーク!!」

 

 ナギと志津香が同時に魔法を放とうとするが、詠唱が間に合わない。それ程までにユプシロンの拳はルークの目前まで迫っていた。

 

「くっ……」

「(死ね! ルーク!!)」

「うぉぉぉぉぉぉ!!」

「っ!? イオ……」

 

 ルークにその拳を避ける術はない。真空斬を放った直後で剣を振り切った体勢であるため、剣での防御は間に合わず、跳んで避けるのも間に合わない。その時、ルークとイオの視線が交差する。イオが目覚めていた事に気が付くルーク。それと同時に、何故ユプシロンが自分を執拗に狙い始めたかの合点がいった。だが、今その事に気が付いたところで状況が変わる訳では無い。ユプシロンの拳が、ルーク目がけて振り下ろされる。

 

「ルーク!!」

 

 フェリスが悲痛な声を上げる。この状況は、自分を助けたからに他ならない。あれ程重い攻撃を無防備な体で受ければ、流石のルークでもただでは済まないだろう。フェリスの胸に絶望感が宿る中、その視界に一人の女性の姿が飛び込んでくる。ユプシロンの拳を受けようとしているルークのすぐ横に立ち、自らの武器を振りかぶっている女性の姿が。そして、風を切る音がルークの耳に届くと同時に、ユプシロンの腕に横から強烈な一撃が見舞われる。

 

「セスナ!?」

「うぃ!!」

 

 ユプシロンの拳をすんでのところで止めたのは、セスナのハンマー。渾身の一撃を横から振り切り、その拳に見舞ったのだ。そのままハンマーを振り切って拳をかち上げようとする。だが、これだけの巨体であるユプシロンの拳は易々とは動かない。そして、ルークの耳にミシミシと骨の軋む音が聞こえてくる。

 

「セスナ……お前……!?」

「……っ……うぁぁぁぁぁ!!」

 

 ルークの問いかけを遮るように、セスナが咆哮する。初めて聞くセスナの大声と共にハンマーが振り切られ、ユプシロンの腕が跳ね上がる。同時に、セスナのハンマーが砕け散った。

 

「馬鹿な……あのような体つきでユプシロンを止めるだなんて……」

「凄いわ……」

「セスナさん!!」

 

 流石にパイアールも驚いたらしく、目を見開いている。レイラが声を漏らし、かなみが歓喜の声を上げる。助けられたルークはセスナを抱え、即座に後方に跳んでシィルの側にやってくる。そんな中、ルークの腕で抱えられているセスナが申し訳なさそうに呟く。

 

「ごめんなさい……もう戦えない……」

「謝るのは俺の方だ。スマン、だが助かった」

「セスナさん、その腕!?」

 

 セスナが謝るが、ここまで大量のヒトラーを倒し、ルークの窮地を救ったのだ。十分すぎるほど働いてくれた。ルークの運んできたセスナを見てシィルが驚く。戦えないと言ったのはてっきり武器であるハンマーが壊れたからだと思っていたが、セスナの腕は赤く腫れ上がっていたのだ。もしかしたら、骨にも影響が出ているかもしれない。

 

「シィルちゃん。治療を頼む」

「ルーク……勝って……」

「任せろ」

 

 上がらない腕でセスナが親指を立てると、ルークもそれに応えながらユプシロンに向かっていく。ユプシロンは自分を付け狙っているため、ここにいては邪魔になると判断したのだろう。

 

「セスナさん。気休めかもしれませんが、今すぐヒーリングを……」

「…………」

 

 セスナの腕を治療しようとするシィルだったが、セスナは首を横に振る。

 

「治っても、武器がないからもう戦えない……今は、戦えるメンバーを優先して……」

「ですが……」

「…………」

「……判りました」

 

 セスナの言葉に言い淀むシィルだったが、セスナの真剣な目がその決意を示している。シィルは何も言い返すことが出来ず、確かに頷く。

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

「ルーク殿、大丈夫ですか?」

「なに、危なくなってんだ。馬鹿者」

「スマン」

 

 咆哮するユプシロンの前にリックとランスが立っており、ルークも二人に合流してユプシロンを見上げる。そして、ルークが異変に気が付く。

 

「腕の傷が……!?」

「はっ!? 確かに、治りが遅い!!」

 

 ルークの言葉を受けてリックも目を見開く。セスナから受けた腕の傷が、まだ完治していないのだ。先程までだったら、即座に修復していたであろう傷だ。

 

「馬鹿な!?」

 

 パイアールも目の前の事態に驚愕する。だが、確かに再生力が落ちている。水晶球は健在なのに、何故再生力が落ちているのか。

 

「どういう事だ?」

「理由なんて、一つしかない……」

 

 眉をひそめるランスだったが、ルークはこの現象の理由を確信していた。

 

 

 

-下部動力エリア 動力室-

 

「これで全ての魔気柱は破壊したな?」

「はい。八本全ての破壊が完了しました」

 

 煙が立ち込める部屋の中、崩れ落ちた魔気柱を前にサイアスとエムサが顔を合わせる。これで魔気柱の破壊は完了した。ここからでは判らないが、ユプシロンに多少なりとも影響が出ているはずだ。一度ため息をつき、サイアスが口を開く。

 

「俺はルークたちの加勢に行く。相手は魔人と闘神だ。貴女はこの辺りで飛行艇に……」

「何を今更。私も戦います。足手纏いにはならないはずです」

 

 サイアスが飛行艇に向かうのを促すが、エムサは真剣な表情でサイアスに答える。見えていないはずのその瞳からも、真剣さが伝わってくる。

 

「……判った。ここで問答をしている暇もない。行くぞ!」

「ええ!」

 

 こうして第二パーティーは見事作戦を成功させ、サイアスとエムサはルークたちのいる司令室を目指す。

 

 

 

-下部司令エリア 司令室-

 

「サイアス……良く間に合ってくれた……」

 

 ルークがそう呟き、拳を握りしめる。その後ろから、強烈な魔法がユプシロンに飛んでいく。

 

「ホワイトレーザー!!」

「光爆!!」

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

 ナギと志津香が同時に魔法を放ち、ユプシロンに命中する。絶叫を上げるユプシロン。そして、今までであれば即座に回復していた傷が、修復が追いつかずに残り続ける。

 

「決まりね! 第二パーティーの作戦が成功したのよ!」

「がはははは! となれば、後はこのでくの坊を倒すだけだな!」

「ようやく……ようやく終わりが見えてきたわ……」

 

 ダメージが残っているのを確認した志津香が声を出し、ランスが一気に上機嫌になる。かなみの呟きは、恐らく全員が思っていた事だろう。

 

「こっちもヒトラーの湧くスピードと数が減ってきたわ!」

 

 ハウゼルがそう叫ぶ。まだパイアールは健在だし、縦横無尽に部屋を駆け回るビットも厄介な存在だ。だが、今まで終わりの見えなかった戦いに、ようやく光が差したのだ。それだけで心持ちも変わろうというもの。疲れが吹き飛び、やる気が出てくる。

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

「ふん、俺様が引導を渡してやる。ランスアタァァァック!!」

「バイ・ラ・ウェイ!!」

「ふっ!」

 

 ルークに向かって拳を振り下ろしてくるユプシロン。それをルークが躱し、ランスとリックが即座に必殺技を放つ。それに続くようにかなみもくないを投げる。三人の攻撃を受け、ぐらつくユプシロン。今までと違い、確実なダメージとなっているのだ。

 

「効いています……みなさん! 効いています!!」

「…………」

 

 シィルが嬉しそうに叫び、パイアールがフェリスの妨害を続けながら無言でユプシロンを見る。

 

「……確かに自己修復能力が落ちていますね。攻撃も単調ですし、このままでは負けてしまうかもしれませんね。いや、ほぼ確実に負けるでしょう」

「焦ってんのかい?」

 

 パイアールの呟きにフェリスがそう尋ねるが、パイアールは余裕の表情を向けてくる。

 

「まさか。恐らく、闘神都市内にある魔法装置を壊したのでしょう? 良い判断ですよ。では、この状況を打破する為にはどうすればいいか……判りますか?」

「この状況を打破するだって……?」

 

 パイアールの問いかけにフェリスが表情を歪める。ようやく追い詰めてきたというのに、簡単に打破されては堪ったものではない。だが、パイアールは平然と言ってのける。

 

「この程度の事態を打破するなど、簡単な事ですよ。自己修復に魔力が足りていないのなら、足りない魔力を補えばいい」

「魔力を補う……?」

「水晶球。今の二人では魔力が少ししか送れていないのですよ。特に、神官の娘の方はね。では、それを上質な魔法使いと入れ替えたとすると……どうなると思います?」

「っ!?」

 

 パイアールの言葉を受け、フェリスが目を見開いて後ろを振り返る。志津香とナギは魔法でユプシロンを攻撃しており、シィルは全員を回復している。そのシィルの後ろに、静かに動くオレンジ色の球。あれは、先程パイアールが使っていた武器。

 

「逃げろ、シィル!!」

「えっ……?」

 

 フェリスが叫んだ瞬間、シィルの後ろに迫っていた球が破裂し、ゴム状の物体がシィルの体を包み込む。

 

「きゃぁぁぁぁぁ!!」

「シィル!?」

 

 シィルの悲鳴にランスが振り返る。そこには、粘着性のゴムのようなもので捕獲されたシィルの姿。そのままゴムが右肩の水晶球へと伸びていき、接着する。近くにいたセスナがシィルを助けようとするが、腕が上がらない。そのままゴムが縮むときのように、水晶球へと猛スピードで飛んでいくシィル。そして、水晶球にシィルの体が触れた瞬間、水晶球が光る。

 

「くっ……シィルちゃん……」

「この光は……?」

 

 あまりの眩しさに目が眩み、志津香とナギがそう呟く。この隙にもビットが攻撃をしてくるため、目を瞑りながらも足は止めない。しばらくして光が晴れ、全員が水晶球を見る。すると、気絶したアリシアが外に投げ出されており、代わりに水晶球の中にはシィルが入り込んでいた。

 

「なっ!?」

「シィル!!」

「入れ替えられた……」

「危ない!!」

 

 レイラが驚愕し、ランスが声を荒げる。水晶球の中のシィルは必死に内側から球を叩いているが、外に出る事は出来ないようだ。フリークの言っていた水晶球からの救い出し方に、魔法使いと入れ替えるという手段があった事を思い出し、志津香が唇を噛む。まんまとそれをやられてしまったのだ。ユプシロンの肩に乗っていたアリシアが、ぐらりと体勢を崩して落ちてくる。それにいち早く気が付いたかなみが即座に駆け寄り、なんとか抱きかかえる。気絶はしているが、命に別状はないようだ。

 

「あはははは! まんまと作戦成功ですね。元々彼女と無能な神官を入れ替える予定でしたが、これで修復能力も上がりますし、丁度良かったですね!」

「傷が……」

 

 パイアールの言葉通り、シィルに入れ替わった瞬間から自己修復能力がまたも強化されていた。魔気柱が健在のとき程ではないが、それでもこれだけの回復力では倒すのは至難。またしても勝利は遠のいてしまった。

 

「何でシィルちゃんを……?」

「そうだ。あの女より、私の方が魔力は高いはずだ」

 

 レイラがそう問いかけ、ナギも自分ではなくシィルを狙っていたという事に疑問を持っているようであった。だが、パイアールは笑いながら答える。

 

「あはははは。これだから低脳は困りますね。今、貴方たちで一番代えの効かない存在は、彼女なんですよ!」

「くっ……」

「それは……ぐっ!」

 

 その言葉で見当がついたのか、ルークも唇を噛みしめる。サーナキアは判っていない様子だったが、直後にビットからダメージを受けて理解する。

 

「回復が……」

「その通りです。低脳の分際でよく判りましたね。褒めてあげますよ」

 

 パチパチと拍手を送るパイアール。だが、今はその挑発への腹立たしさよりもシィルの回復が無くなった事への絶望感が大きい。シィルの回復があったからここまで戦えた。そう、パイアールの言うように彼女こそが最も代えの効かない存在だったのだ。

 

「さて、ユプシロンは見ての通り自己修復能力が復活しました。まあ、効果は落ちていますが、あれを倒すのは時間がかかるでしょうね」

 

 パイアールがそう口にしながら、ルークたちを見回す。全員が悔しそうな表情をしている。それがたまらなく愉快であった。

 

「さて……回復無しでどこまで耐えられるでしょうかね?」

「シィルを解放しろ……殺すぞ!」

 

 直後、パイアールの後ろから声がする。振り返ると、そこには鬼のような形相のランスが立っていた。ルークやフェリス、ハウゼルも驚愕する。一体いつの間にあんな所まで移動したというのか。

 

「もういい。殺す!」

「っ……!?」

 

 パイアールに向かって剣を振り下ろすランスだが、その剣は無敵結界によって阻まれる。少しだけ焦った様子のパイアールだったが、即座に表情を戻し、ランスに向かってビットの一斉照射を行う。

 

「効きませんよ! 一斉照射!!」

「ちっ……」

 

 ランスが後方に跳んでそれを躱す。冷静な表情をしているパイアールだったが、内心では驚いていた。確かにフェリスとハウゼルにしか注意は向けていなかった。だが、あそこまでの接近を許す気はなかった。それをやってのけたランス。決して素早い人間ではないはずだ。

 

「何者だ……戦いの中で急に強くなったとでも言うのですか……?」

 

 それは、論理的な思考を重点に置くパイアールには理解しづらい事象だ。感情論などで力が強くなる事がない訳ではない。だが、それはほんの気休め程度のはず。

 

「ランス、落ち着け。奴にお前の攻撃は届かない。ユプシロンを相手にしろ」

「ふん……別に落ち着いている」

「シィルちゃんを必ず助け出すぞ」

「当然だ。あれは俺様の所有物だからな」

 

 ルークとランスがそう会話し、ユプシロンを見上げる。その右肩にはシィルが、左肩にはイオが取り込まれている。二人とも助けなければならない。その時、パイアールが声を上げる。

 

「助け出させなんてしませんよ! ジワジワと殺す気でしたが、今の攻撃は不愉快でした! 一気に決めさせて貰います!!」

 

 ランスの攻撃に焦ってしまった事が相当に不愉快だったのだろう。パイアールが声を荒げ、その上着を捲る。すると、服の下には部屋を縦横無尽に飛んでいるビットと同じ形状のものが六機。フェリスが目を見開いている中、それが放たれた。部屋のビット六機と併せ、十二機ものビットが高速で飛び回り始める。

 

「そんな……まだビットがあっただなんて……」

「あれだけでも大変だったのに、一気に倍だなんて……くそっ……」

 

 かなみが驚愕し、サーナキアが悔しそうにする。こちらを挑発するかのように飛び回るビット。そのビットから、一斉にレーザーが発射される。これまではこちらの妨害をするようにたまにしか発射されなかったというのにだ。

 

「ぐっ……」

「危ない!」

 

 全員がそれを避けようとするが、十二機のビットから一斉に発射されたのだ。避けきれるものではない。何人かはダメージを受けてしまう。そして、その傷を回復するものはもういない。ルークが道具袋に手をやり、世色癌の瓶を取り出す。

 

「つっ……」

「はい、残念でしたー」

 

 だが、その瓶がレーザーの照射によって破壊される。レイラやナギなども個別に回復アイテムを持っていたが、ルーク同様レーザーによって使い物にならなくされていた。そして、シィルが取り込まれる際に床に放り出されていた荷物袋もレーザーの照射を受け、更にはパイアール自身が炎の矢を放ちそれを燃やす。

 

「てめぇ、人の物を勝手に燃やしてるんじゃねぇ!」

「あはははは! どうせ、あの中にも回復アイテムが入っていたんでしょう?」

 

 ランスが激昂するが、パイアールは挑発するように笑う。そして、その予想は当たっていた。シィルの持つ荷物の中には、旅立ちの際にカサドの町の人から貰っていた回復アイテムが多く入っていたのだ。

 

「みんなの想いが……」

 

 轟々と燃える荷物を見ながら、サーナキアが唇を噛む。かつての仲間たちの子孫である住人の想いが燃やされるのを、他の誰よりも重く受け取ってしまう。

 

「さあ、休む間も与えないで下さい!」

 

 パイアールの言葉通りビットは休む気配を見せず、絶え間なくレーザーを照射してくる。

 

「これでは……」

「あはははは! これが魔人の……ボクの力です!」

 

 ハウゼルが撃ち落とそうとするが、ビットのスピードが速くて撃ち落とせない。そして、否応にも蓄積されていくダメージ。このままでは一気に押し切られてしまう。

 

「ぐあっ……」

「サーナキアさん! くっ……」

「はい、一人終了。あ、そっちの神官も一緒に狙って。二人で死んで下さい!」

 

 レーザーで左足を貫かれ、サーナキアがその場に倒れる。かなみが叫ぶが、そのかなみもすぐにレーザーでダメージを受けてしまい援護に入れない。倒れているサーナキアを見たパイアールがニヤリと笑い、サーナキアと、かなみが抱えていたアリシアを殺すように指示を出す。すると、ビットが二人の額に狙いを定める。

 

「マズイ!」

「止めろぉぉぉ!!」

「発射!」

 

 フェリスとルークの叫びが部屋に響くが、止まるはずがない。パイアールの言葉を受け、ビットがレーザー照射の体勢に入った。

 

 

 

-上部動力エリア 動力室-

 

「ぐおっ!!」

 

 フリークが吹き飛ばされ、壁に激突する。その側には左腕を失ったミスリーが倒れている。

 

「カカカ……そろそろ終わりにするか?」

「ま……まで……」

「死に損ないが……ふっ!」

「ぐぁぁぁぁ!!」

「デンズ!!」

 

 ふらふらと近寄ってきたデンズだったが、その体の至る所から出血をしている。そして、今もまた不知火で斬られて大量の血を噴き出し、そのままその場に倒れる。崩れ落ちたデンズの頭に不知火を刺そうとするディオだったが、ヒューバートに体当たりをされてそれは実行されずに終わる。

 

「ちっ……邪魔を……」

「させねぇよ……おらっ!!」

 

 ヒューバートが手に持つのは、中間部より上が折れたトマトの剣。ディオに向かって果敢に振るうが、そんなものでディオにダメージを与えられるはずがなく、金属音が部屋に鳴り響くだけ。

 

「くそっ……」

「ふんっ!」

「ぐぁぁぁぁ!!」

 

 ディオが不知火でヒューバートの左肩から右下へと斬り裂く。斜めに真紅の線が入り、血を噴き出してそのまま尻餅をつくヒューバート。だが、その目はディオを睨み付けたままだ。

 

「不知火を……返しやがれ……それさえあれば、てめぇなんかに……」

「負けないか? なら、返してやろう!」

 

 そう答えたディオが、ヒューバートの左足に深々と不知火を突き立てる。目を見開くヒューバートに対し、そのままディオはぐりぐりと不知火を動かす。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「クカカカカ! どうだ、返してやったぞ!?」

 

 激痛に叫ぶヒューバート。その様子を見て、ディオは愉快そうに笑う。剣を動かす手を止める事は無い。ぐりぐりと動く剣が激痛を加速させる。

 

「久しぶりに使ったが、剣も悪くはない。だが……」

 

 ディオが近くに倒れていたデンズの左肩を掴み、そのまま肩の肉を引きちぎる。大量の血が肩から噴き出し、気を失いかけていたデンズの意識が激痛と共に戻る。

 

「ぐぁぁぁぁ!!」

「てめぇ!!」

「やはり、人を殺すのは素手に限る。この生の肉の感触……これに勝るものはない! ククク……クカカカカ!!」

 

 狂ったように笑うディオ。その体はヒューバートたちの返り血で汚れていた。それがまた、一層不気味さを増している。

 

「さて、そろそろ仕舞いにしてルークを片付けにいくか。ククク……その程度の腕でこの私に戦いを挑んできた事を後悔しながら死ぬがいい……」

「ちきしょう……」

「しっかりせんか、ヒューバート! トーマがあの世で笑っとるぞ!!」

 

 目の前のヒューバートを見下ろしながら、そう口にするディオ。フリークがヒューバートに叫ぶが、そのフリークも壁に吹き飛ばされたまま動けずにいる。

 

「動けねえほどボロボロになってるじいさんに言われたくねぇよ……俺は、まだまだやれるぜ……くっ……」

 

 左足から不知火を抜こうとするヒューバートだが、体が思ったように動かない。最早満身創痍。

 

「死を目の前にしての強がりか……ククク、まったく、殺しは最高だな。これ程楽しい事は他にないぞ……ククク……クカカカカ!!」

「狂人が……」

「さて、終わりにするか」

 

 ディオがそう言って、ヒューバートの頭目がけて手刀を振り下ろす。

 

「すまん……パットン、アリストレス……先に逝く……」

「死ね!!」

 

 

 

-下部司令エリア 司令室-

 

 サーナキアとアリシアを狙っていたビットだったが、その全てから爆発音が響き渡り、パイアールが目を見開く。十二機全てが一瞬で破壊されたのだ。

 

「なっ……!?」

「これは……?」

「まさ……か……」

 

 リックと志津香が声を漏らし、他の者も絶句する中、ハウゼルが何かに思い至る。そして、それはルークにも覚えがある。一斉にビットを破壊したこの光景を、一度この闘神都市で見ているからだ。そして、気が付けばルークたちの目の前、パイアールとユプシロンを睨み付けるように一人の魔人が腕を組み、仁王立ちしていた。それを見たハウゼルが嬉しそうに声を漏らす。

 

「メガラス……」

「なるほど……遅れていたのは……これが理由か……」

 

 振り返ることなくそう口にするメガラス。だが、その背中がとてつもなく大きく見える。ホーネット派最古参魔人、メガラス。幾多の激戦を乗り越えてきた、頼りになる仲間。

 

「くっ……メガラス……」

「随分と暴れたようだな……パイアール……」

 

 ビットを一瞬で全て破壊されたパイアールが、悔しそうにメガラスを睨み付ける。そのパイアールをしっかりと見据えるメガラス。

 

 

 

-上部動力エリア 動力室-

 

「ぐぉっ!!」

 

 ヒューバートに手刀を振り下ろしていたディオが、強烈な衝撃を腹部に受けて後方に吹き飛ぶ。突如ヒューバートとディオの間に割って入った白い光が、ディオを吹き飛ばしたのだ。そしてその光が晴れていき、中にいた女性が口を開く。

 

「らしくないな、ヒュー。最後の最後まで諦めないのが、あんたの信条じゃなかったっけ?」

 

 そう言って、笑顔でヒューバートを見る黒髪のカラー。それは、ヒューバートとフリークのよく知る女性だ。

 

「ハ、ハンティ……?」

「お主、どうしてここに……」

 

 現れたのは、ハンティ・カラー。パットンの乳母であり、頼りになる仲間だ。突如現れた事にヒューバートとフリークが驚愕し、そうハンティに尋ねる。

 

「どうしてって……、自室の机の上にあたし宛の手紙を残しておいたのは、あなたでしょ、フリーク!」

「そうじゃったな、がはは!」

「用意周到じゃねぇか。見直したぜ、じいさん」

「何、笑ってんだい! あたしが来なかったら、終わってたんだからね!」

 

 ハンティが呆れたように口にする。フリークの家を訪ねたハンティは机の上に置いてあった置き手紙を読み、この闘神都市まで瞬間移動で飛んできたのだ。かつてフリークと共にユプシロンを封印する際に闘神都市を訪れた事があるため、その位置は判っていたのだ。

 

「ふざけた真似を……カラーか?」

 

 ディオがそう口にしながら手刀に闘気を纏わせる。その言葉を受けたハンティはディオの方に振り返り、激しく睨み付ける。

 

「ふざけてるのはそっちだろう? よくもまあ、これだけ仲間を傷つけてくれたね……」

 

 下部司令エリア、上部動力エリアの二カ所で、偶然にも同時に援軍が駆けつける。そして、メガラスはパイアールを睨み付けながら、ハンティはディオを睨み付けながら、まるで示し合わせたかのように二人の強者は同じ言葉を口にする。

 

「「覚悟は出来ているな!?」」

 

 




[人物]
ハンティ・カラー (4)
LV 126/1000
技能 魔法LV3 剣戦闘LV1
 元ヘルマン国評議委員。リーザス解放戦後、パットンと共に野に下り、評議委員も辞していた。その後の動向は不明であったが、パットンを鍛え上げていたようだ。フリークを尋ねた際に今回のイラーピュ調査を知り、ギリギリのところで駆けつけた最強の援軍。実は、人間の頃のディオを殺した張本人でもある。

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