-闘将コア 地下五階 脱出口-
「着いた……遂に辿り着いた……」
メナドが息を切らせながら、目の前にずらりと並んだ飛行艇を見る。遂に第三パーティーは、一人の犠牲者も出すことなく脱出口へと辿り着いたのだ。胸に宿るのは達成感。
「マリア、香澄! 今すぐ飛行艇の確認を!」
「任せて! 行くわよ、香澄!」
「はい、マリアさん!」
ロゼがすぐに指示を出し、マリアと香澄が飛行艇に向けて駆け出す。飛行艇の中にモンスターがいる可能性も考え、チルディが二人の護衛にと同時に駆け出す。この状況下で随分と気の回る娘だ。彼女もまた、この闘神都市での戦いで成長したのだろう。
「町の人たちは部屋の中に入って、この場所に集まっていてください!」
「大丈夫。きっと助かります」
メリムと真知子がカサドの町の住人を部屋の中に誘導し、一カ所に集まらせる。他の者が周囲を警戒していると、飛行艇を調べていたマリアと香澄が嬉しそうな顔を覗かせる。
「動く……動くわ! フリークさんの読み通りよ! パイアールがユプシロンを改造した影響で、停止信号が無くなっているわ!」
「こちらの飛行艇も動きます。この調子なら、全機行けるかと!」
その二人の言葉に町の人たちがドッと歓喜の声を上げ、シャイラとネイがへなへなとその場に座り込む。
「はぁ……よかった、これで帰れる……大冒険すぎんだろ、これ……」
「こんな大変な任務になるだなんて……報酬上げて貰えないかしら?」
「ジュリアちゃん疲れましたー」
「あてなの大冒険なのれす。ご主人様に褒めて貰うのれす!」
シャイラ、ネイ、ジュリア、あてな2号の四人が気を抜いて座り込んでいるのを見て、キューティがそれを咎める。
「まだ気を抜かないで下さい! 脱出が成功したわけではありませんし、何より第一、第二パーティーの皆さんがまだ戦っているんですから!」
「わ、判ってるよ……カバッハーンの爺さんもまだ来てないしな……」
「大丈夫かしら……」
シャイラとネイが一番に心配したのはカバッハーン。何だかんだで一番親交を深めた相手ではある。
「カバッハーン様もサイアス様もルークさんも……みんな絶対に無事です!」
キューティがそう口にするが、その手は震えている。まだまだ実戦経験の浅いキューティの胸中は不安で占められていた。その手をスッと握られる。
「ウ、ウスピラ様……?」
「大丈夫……必ずみんな一緒に地上に戻れる……」
「は、はい!」
ウスピラがそうキューティを勇気づける。その瞳が、少しだけ穏やかなものになっていた。初めて見る表情にキューティが驚くが、すぐに嬉しくなって元気よく返事をする。普段は四将軍にしか心を許さないウスピラだが、どうやらこの戦いを通してキューティも少しだけ認められたようだ。
「そうだ。今、報酬に文句を言っていましたね?」
「ぎくっ!?」
「あはは……聞かなかった事に……」
一応二人の責任者はキューティだ。あまり活躍の出来なかった分際で、報酬に文句を言っていたのを聞かれるのは流石にマズイ。カバッハーンの耳に入れば、またお仕置きが待っていそうだ。引きつった笑顔で取り繕う二人だったが、フッとキューティが笑う。
「私から千鶴子様に掛け合ってみますね。お二人共、頑張ってくれたんですから」
「「女神!! 女神がここにいる!!」」
「きゅー、きゅー!」
思わずキューティに後光が差しているかの錯覚を覚えるシャイラとネイ。女神という言葉にライトくんとレフトくんが体ごと頷く。よく判ってるじゃないかとでも言っているかのような仕草だ。
「それじゃあ、町の人から順番に飛行艇に乗っていって。一気に全員は乗れないから、女性と子供を優先して!」
「あれ、ルークさんたちを待たないんですか?」
ロゼが町の人たちを飛行艇に先導するのを見て、神官のシンシアが疑問を口にする。おかゆフィーバーの生け贄に選ばれていたマイや、アイテム屋のよっちゃんもそれに頷く。全員ルークたちと交流のあった者だ。
「この人数で待っていたら、脱出に間に合わなくなるわ。順番に飛行艇で脱出していく事になっているの」
「それじゃあ……私たちは最後の方まで残り……」
「駄目よ、それは貴女たちの仕事じゃないわ。それは私たちの仕事」
「でも……」
ロゼの言葉を受けても、シンシアやマイは引き下がろうとしない。だが、その頭をコツン、とフロンに叩かれる。
「我が儘言わないの。礼なら地上に降りてからにしなさい。こうしている事が、足を引っ張る事になるんだから」
「フロンおばさま……すみません、我が儘言ってしまって」
「さ、順番にお乗り!」
「皆さん、飛行艇の数は十分あります! 慌てずに、順番に乗って下さい!」
「押しちゃだめでごんすよ!」
フロンに誘導され、マイやシンシアが飛行艇の中に入る。青年団も混乱が起きないように、住人を誘導している。キセダの言った飛行艇の数が十分にあるというのは嘘だ。本当は、かなりギリギリの数しかない。だが、それを言ってパニックになってしまうのが一番恐い。だからこそ公にはせず、その真実を知っている住人はフロンと青年団のメンバーだけであった。
「これでよし……自動操縦で地上へと降りるはずです。皆さん、慌てずに!」
マリアが飛行艇の調整をし、飛行艇の外に出てくる。中にいる住人たちは不安そうな顔をしているが、無理もない。地上へと降り立つのなど、これが初めてなのだ。本当にこの飛行艇が大丈夫なものなのかという不安、地上は平和なところなのかという不安、様々な不安が胸中に宿っていたが、不満を口にしない理由はただ一つ。自分たちを地上へと降ろすため、目の前のマリアたちがここまで連れてきてくれたのだ。そして、今この場にいないが、ルークがおかゆフィーバーを倒してくれた事や、かつて攫われた少女たちを鏡の封印から解いてくれた事が確かに住人たちの信頼を勝ち取っていた。だからこそマリアたちの行動を信頼し、その身を委ねる。
「それでは……行ってください!」
マリアが合図をし、中にいた青年団の一人がボタンを押す。すると、飛行艇が前へと動き始め、その前を遮っていた壁が開く。目の前に広がるのは、澄み切った空。そして、飛行艇は確かに飛び立った。憧れの地上へと向けて。
「行った……本当に行った!!」
「私たち……本当に地上に……」
飛び立った飛行艇を見て、部屋に残っていたカサドの住人たちから声が漏れる。
「さあ、ぐずぐずしている暇はないわ! マリアと香澄は次の飛行艇の調整を! そっちは次に乗る人たちを選んでおいて。大丈夫、全員必ず乗れるから!」
ロゼがそう指示を出し、部屋の入り口を見る。特にモンスターが来る気配もない。
「(そう……何もなければ、全員無事に乗れるはずなんだから……早く来なさいよ、みんな……)」
「(ルークさん……)」
「(…………)」
ロゼがそう心の中で呟き、真知子も住人を誘導しながらルークに思いを馳せる。同じく住人を誘導していたウスピラも、無言でここにいない人物を思い浮かべる。それは、四将軍の二人、サイアスとカバッハーンだ。
「(二人とも……無事でいて……)」
全員の無事を祈りながら、第三パーティーは次々と住人を脱出させていく。そう、何も無ければ飛行艇はギリギリ足りるはずなのだ。だが、マリアたちが入ってきた入り口とは反対側、部屋の奥の穴からひょっこりと顔を覗かせる不穏な影。
「ありゃ……先客がいるわね」
「げっ!? あの乳お化けがいる……しかもイケメンいねーし!」
アトランタが部屋の中にいたマリアたちを見回し、ジュノーがロゼにトラウマを呼び起こされる。その上ルークもサイアスもリックもいないと来れば、彼の絶望感は計り知れないだろう。
「どうする? 結構戦力揃っているわよ?」
「少し様子を窺っていれば、必ず奴らに隙が出来るはずですわ。その隙に……」
「その隙に?」
アトランタの問いに答えたのは、制服三姉妹の頭脳派、次女のブレザァ。ポン、と腕を鳴らし、ニコリと悪そうな笑顔を浮かべる。
「こっそり奪い取る!」
「戦わない辺りが清々しいわね」
「悪の化身、ランスはいないようですし」
セェラァがそう口にする。もしここにランスがいたら、三人は跳びかかっていただろう。いなくて助かったと思いつつ、アトランタがポリポリと頭を掻く。
「正義を振りかざすあんたら的に、奪い取るってどうなのよ……?」
「悪の化身の仲間の彼らから飛行機を奪い取っても、胸は痛みませんわ」
「ふっ……まっ、賛成だな。俺も巨乳に近づきたくないし、奴らと戦うよりはさっさと逃げ出したい」
「そうね……タイミングを見て飛行機を一台奪わせて貰いましょうかね。まっ、こんだけあるんだし、一台くらい奪っても大丈夫でしょう」
アトランタとジュノーも悪い笑顔を浮かべる。ロゼが懸念しているイレギュラーな事態は、水面下で進行し続けていた。
-上部動力エリア 動力室-
「はあっ!!」
「ふっ!!」
ディオの首を狙ってハンティが不知火を振るうが、それをギリギリで首だけ動かし躱すディオ。そのまま右手に闘気を纏わせ、ハンティに手刀を繰り出す。だが、すぐさま腕を返し、不知火でその手刀を受け止めるハンティ。部屋に金属音が響き渡るとほぼ同時に、ディオがハンティに足払いを繰り出す。それを一歩だけ後ろに下がって躱したハンティは、両肩に担いでいる鉄の手から魔法を放つ。
「ライトニングレーザー!!」
収縮された電磁砲がディオの顔面に直撃する。直撃した頭部から煙が立ち込めるが、その煙を振り払ってディオが顔を出す。魔法によるダメージは一切無い。
「効かぬよ。こんな理不尽な力など……」
「知ってるよ。でも、目眩ましくらいにはなる!」
今まで正面にいたはずのハンティの声が横から聞こえてくる。すぐさま体を横に向けるが、既に目前まで不知火の突きが迫っていた。ギリギリ頭への直撃は避けたディオだが、その左肩を不知火が貫く。
「ちっ……つあっ!!」
「!?」
左肩を貫通されたというのに、ディオはすぐさまハンティの腹部に強烈な蹴りを放つ。流石に予想外の反応の速さに、その攻撃をもろに喰らうハンティ。
「ぐっ……」
吹き飛ばされるハンティだったが、不知火はすぐさま左肩から抜き取る。そのまま不知火をそこに残して武器を失うというのは、最悪の状況だからだ。何とか数歩ほど飛ばされた位置で踏みとどまったハンティだが、既に目前までディオが迫っていた。
「死ね!」
ハンティの頭部を掴もうとしてくるディオ。だが、ハンティはすぐさま身を屈め、下からそのディオの右腕を掴んで体を反転させる。掴まれた腕からみしみしという金属音が響き、ディオの体が宙に浮く。
「はぁぁぁぁっ!!」
「ぬぉっ!?」
咆哮と共にディオを背負い投げる。ドゴン、という轟音と共にディオの体が地面へと叩きつけられ、床が抉れて破片が舞う。
「ぐぅっ……!?」
「お前が死ね!」
背負い投げをする際に背中の鉄の腕に不知火を持たせていたハンティは、すぐさま不知火を自分の腕で持ち直し、ディオの首筋目がけて振り下ろす。だが、ディオがすぐ首を横に動かし、不知火は床へと突き立てられる。
「なにっ!?」
たった今背負い投げで叩きつけられたばかりだというのに、何という反応速度なのか。ハンティがそう驚愕していると、目前にディオの手刀が迫っていた。
「つあっ!!」
「ちっ……」
すぐさま後方に跳んで躱すハンティ。それとほぼ同時に、倒れていたディオは床に手すらつかず、勢いだけでくるりと立ち上がる。一度距離を取ったハンティは、呼吸を整えて構え直す。ディオの方も首をぐるりと回している。闘将の体であるディオの首がそんな事で音が鳴るはずがないため、それは人間のときの癖なのだろう。
「クカカカカ! 面白いぞ! ここまでの力だとは……滾る、滾るぞ!!」
「まさかこの力についてくるとは……厄介な相手だよ……」
ディオが嬉しそうに笑い、ハンティは対照的に舌打ちをする。カラーの真の力を解放しているハンティは、全ての能力が上昇している状態だ。魔力、筋力、敏捷性。元々あのトーマをも上回る実力の持ち主であるハンティが、更に強くなっているのだ。それなのに、目の前のディオはそれと対等に渡り合っている。いや、正確には徐々に渡り合ってきているのだ。
「何て奴らだ……くそっ……」
ヒューバートが悔しそうに目の前で戦う二人を見やる。足に不知火を突き刺された影響でまともに歩くことが出来ないヒューバートだったが、もし万全の状態だったとしてもあの二人の間には割っては入れなかっただろう。それ程までに、次元が違いすぎる。
「ですが、ディオの動きが……」
「ど……どんどん速くなっているだ……」
ミスリーの言葉にデンズが頷く。こちらの二人も傷が深いため、援護に回ることすら出来ない。その二人が驚いているのは、ディオの成長スピード。カラーの実体を現したハンティの力は凄まじく、初めの内はディオを圧倒していた。だが、戦いが長引くにつれ、ディオがその動きについて行き始めたのだ。そして今では対等に渡り合っている。信じられないほどの成長スピードだ。
「フリーク様……ディオは以前からあれ程の対応力だったのですか?」
「有り得ん……確かに戦闘においては天才的な奴じゃったが、今の奴の成長速度は異常じゃ!」
ミスリーの問いにフリークがそう答える。あまりにも常軌を逸した成長速度。闘将として生まれ変わり、フリークが封印するまでの十三年ほどの戦争の中でも、ディオはあのような力を持ってはいなかったはず。一体奴の体に何が起こっているというのか。
「ククク……欲しいぞ……貴様の頭蓋骨がな!!」
「その趣味も変わっていないのか……やっぱり、あたしがもう一度殺すしかないみたいだね!」
「貴様に殺された事とフリークに封印された事、この二つが私にとっては最大の汚点だ。それを今払拭させて貰う! 貴様らの死でな!」
同時に大地を蹴り、不知火と手刀が交差する。そこから続く剣と拳の応酬。とても目で追い切れないスピードにヒューバートが息を呑む。一体あの応酬の中で、どれ程の駆け引きがなされているのか。そんな事を考えていると、ハンティの腹にディオの手刀が突き刺さる。
「ぐっ……」
「ちっ……硬いな……だが、取ったぞ!!」
硬い鱗に阻まれてその体を貫くまでには至らなかったが、深々と突き刺さった拳にハンティが苦痛に表情を歪める。勝機とみたディオが即座に手刀を引き、両拳を頭の上で合わせ、ハンティの頭目がけて打ち下ろす。
「がっ……!?」
すぐさま対応しようとしたハンティだったが、間に合わずに直撃する。床へと勢いよく打ち付けられ、ドゴン、という轟音と共に床が抉れて破片が舞う。先程のディオの再現のような光景だが、ディオは仰向けに倒され、今のハンティはうつ伏せであるという違いがある。即ち、追撃するディオの手刀が見えていないという事だ。
「終わりだ!!」
「避けろ、ハンティ!!」
ヒューバートの叫びが部屋に響くが、ハンティはピクリとも動かない。ディオが笑いながら手刀をハンティの心臓部辺りに背中から突き下ろす。ゴッ、という音が鳴り響くが、ディオの手刀が突き刺さっているのは床。ハンティの姿がまるで霧のように一瞬で消えたのだ。直後、ディオの左胸辺りを不知火が貫通する。
「ぐがっ……なんだとっ……」
「…………」
ディオが絶句する。直前までは確かな手応えがあったのだ。なのに、幻のように目の前から姿を消し、次の瞬間には後ろに回っていた。カバッハーンの使っていた幻影とは違う。メガラスの超スピードとも違う。それは、まるで瞬間移動。そう思い至った瞬間、かつての記憶が思い出される。
「そうだ……私は、かつてこれで貴様に……」
「思い出したか……? うあぁぁぁぁ!!」
「ぐおぉぉぉぉ!!」
ハンティが咆哮と共に不知火を横に引き抜く。胸から脇の辺りに掛けてディオの体を引き裂き、絶叫を上げるディオ。そのままハンティはディオの頭部に不知火を振り下ろすが、ディオがすぐに前方に跳んで逃げる。そのまま後ろを振り返るが、そこにハンティの姿はない。
「遅い!」
「ぐっ……貴様ぁぁぁぁ!!」
即座に後ろから袈裟斬りにされる。声を漏らしながらも、即座に後ろに手刀を繰り出す。だが、その攻撃も当たらない。ハンティは既にその場にいなかったのだ。
「あ、あれが……ハンティ様の……」
「うむ、瞬間移動じゃ。膨大とも言える魔力と天賦の才が成せる技じゃ」
「なんて技だ……あんなもん反則だろ……」
デンズが絶句する。どうやら目にするのは初めてのようだ。フリークの説明を受けてヒューバートがそう呟く。あんな瞬時に後方に回られては、対処のしようがない。現にディオはどんどんとダメージを受けている。
「制限があるにはあるのじゃが……」
当然、瞬間移動も万能な技ではない。まずは使用制限。この技には激しい集中力を要するため、深手を負っていると失敗する恐れがある。また、同時に移動できる人数にも制限がある。体に触れていれば一緒に瞬間移動することが出来るが、万全の状態でも十人前後が限界。消耗していればその人数はどんどん減っていき、許容を越えれば失敗する。移動距離にも制限がある。距離が長ければその分集中力も要するし、移動できるのは一度行ったことがある場所、あるいは知り合いの気が感じ取れる場所。今回の場合はまず闘神都市まで移動し、その後感じ取ったフリークの気を頼りに移動してきたのだ。無茶な距離を一気に移動しようとしたり、知らない場所に移動しようとしたりすれば当然失敗する。もし失敗してしまえば、異空間に放り出されて二度とこちらの世界には帰ってこられない。恐るべきペナルティだ。
「あの状態であれば問題はあるまい。流石はハンティじゃ。ディオに一人で勝ってしまうとは……」
フリークがそう確信する。今のハンティは真の力を解放している上に、自分一人、それも移動するのは短距離だ。ダメージも多少は負っているが、集中力が保てないほどではない。ペナルティが発生する条件はどれも満たしていない。今見せている戦法こそが、ハンティの必勝パターン。あの状態になった彼女が負けるなど考えられない。
「これで終わりにするよ!」
「くそっ、くそがっ! 何だこれは!! こんな理不尽なもの認めぬぞ!!」
ハンティが四方八方に移動し、ディオを斬り伏せる。その軌道は全く読めない。メガラスの超スピードは目にも止まらぬ速さだが、これは速さすら超越している。消えているのだ、目の前から。そして、瞬時に現れる。ディオが手刀を振り回すが、ハンティには当たらず、自身の体にダメージが積み重なっていく。
「んっ……」
瞬間、ディオの動きが止まる。ハンティに横から斬られたのだが、何か違和感を覚えたのだ。大気が震えるような感覚。
「ぼうっとしてるんじゃないよ!!」
「ぐっ……まただ……まさか……」
背中から斬られたディオだったが、またも同じ感覚を覚えた。それは、ハンティが現れた方向だ。すぐに手刀を繰り出すが、ハンティはまたも瞬間移動で消えてしまう。同時に、真後ろから大気が震えるのを感じる。
「そこかっ!?」
「なっ……!?」
ディオがすぐに後方に手刀を繰り出す。そこにはハンティが立っており、その目が見開かれている。額に一直線に伸びてきた手刀をすんでのところで躱すが、頬を掠め血が流れる。
「くっ……」
ワンパターンな攻めで読まれてしまったかと唇を噛みしめながら、ハンティが再び瞬間移動をする。すると、またもディオは大気が震えるのを感じた。今度は今自分が立っている位置から左に五歩ほどいった辺りだ。
「読めているぞ!!」
「なんだとっ!?」
すぐさまそちらに跳び、誰もいない空間に回し蹴りを放つディオ。その直後にハンティがその場に現れ、既に目前まで迫っているディオの蹴りに驚愕する。避ける術はない。強烈な蹴りがハンティの左腕にクリーンヒットし、そのまま勢いをつけてハンティが吹き飛ばされる。
「ハンティ!!」
「馬鹿な!? どこに出てくるか判っていたとでもいうのか!?」
「そんな……そんな事があるはずが……」
ハンティが壁に直撃し、破片と砂埃が舞い起こる。ヒューバートたちは予想外の事態に絶句する。中でもフリークとミスリーの動揺は凄まじい。古くからの知り合いである二人は、当然ハンティの強さを知っている。先程この場所にやってきたときには直前までディオの強さにあてられていたため対決を止めはしたが、始まってみればハンティの強さはディオを凌駕していた。自分たちの仲間の強さは本物だった。
「ククク……クカカ……クカカカカ!! 感じる、感じるぞ! 大気の震えがな! 最早その技は私には通用せんぞ!!」
「なんという奴じゃ……」
だが、ディオの強さもまた本物だった。圧倒しているハンティの動きに即座に対応し、瞬間移動で追い詰められれば、超人的な感覚でその出る場所を読み切る。フリークの体に震えが走る。目の前の闘将に、長く感じていなかった恐怖を覚えたのだ。そして、胸に宿るのは後悔。
「すまぬ……ワシのミスじゃ……お主の言うように、何が何でも奴だけは破壊しなければならなかった……封印ではなく、破壊を……」
「じいさん……」
「フリーク様……」
「なに勝手に負けた気になってるのよ、フリーク!」
フリークの言葉を心外だと笑い飛ばしながら、ハンティが瓦礫の中から出てくる。鱗で守られたため左腕は折れていないが、赤く腫れているところを見るとダメージは大きそうだ。そのハンティを見てニヤリと笑うディオ。
「ククク……流石にしぶといな。だが、貴様の奥の手は見切ったぞ」
「まさか瞬間移動を見切られるとはね……だけど、まだ負けた訳じゃないよ!」
そう叫んだハンティの姿が消える。同時に、ディオは自身の後方から大気の震えを感じ取る。
「はぁっ!!」
「見切ったと言っただろう!」
ガキン、という金属音が鳴り響く。不知火とディオの手刀が交差したのだ。そのまま互いに攻撃を繰り出していく。所々でハンティは瞬間移動を繰り返すが、出る場所をすぐに見切られているため、最早普通に移動を繰り返して戦っているのと変わらない。
「クカカカカ!!」
「うぁぁぁぁぁ!!」
だが、どちらも譲らない。瞬間移動というアドバンテージが無くなりはしたが、元々の実力が高いハンティが一気にやられる訳では無い。未だに互角の勝負を繰り広げている。
「最高だ! 久しく忘れていた互角の戦い。これこそが殺し合いの極地!」
「意外だね? 弱者を狩るのが好きなんだと思っていたけど……」
ハンティが不知火を横薙ぎに振るいながら瞬間移動をし、瞬時に右側に回り込む。出てきた瞬間にディオを斬るためだ。だが、闘気を纏った右腕でそれを造作もなく受け止めるディオ。
「勿論弱者を狩るのは楽しい。怯えた表情と苦悶の声が私にとっては最高の愉悦だ。だが、その表情と声を強者が上げる……これは弱者のものとは比べものにならんぞ! 大陸でも名の知れた実力者が、尿を垂れ流しながら私に命乞いをしてくるのだ。そして、死の間際のあの顔……ククク……みたいぞ、貴様のその顔がな!」
「狂人が……!」
ハンティが瞬間移動をし、一気に後方へと下がる。その両腕には、いつの間にか魔力が溜まっていた。あの息つく間もない攻防の中で詠唱をしていたのだ。やはりハンティも、立っている位置が違う強者。背中に担いでいる鉄の手からも魔力を感じたフリークは、ハンティの放つ魔法に思い至る。
「皆の者! 吹き飛ばされぬよう身構えよ!」
「火炎流石弾!!」
四本の腕から繰り出された灼熱の炎がディオを襲う。普通の人間では放てない、魔法の極地の一つ。だが、平然とディオは炎の中から出てくる。
「効かんよ……ククク……」
「化け物め……」
いくら魔法の威力が高くとも、ディオには関係ない。魔法そのものが奴には通じないのだ。魔法を放ったハンティがまたも瞬間移動で消える。それを悠然と見ていたディオだが、直後に困惑する。大気の震えを感じ取れないのだ。
「なにっ!? ぐあっ!!」
「はぁっ!!」
背中から袈裟斬りにされるディオ。ハンティの起こした熱風が、大気の震えを感じ取れなくさせているのだ。
「貴様……」
「ベラベラと喋りすぎたね! これで終わりにするよ!」
そう言い放ち、ハンティが再び連続で瞬間移動を繰り出す。次々と体が切り刻まれていき、ダメージが蓄積されていく。
「ぐぅ……くっ……がぁぁぁぁ!」
「いける……いけるぞ!」
ディオがふらふらと足をもつれさせてきたのだ。最早倒れるのも時間の問題だろう。ヒューバートがハンティの勝ちを確信し、声を上げる。
「ぐぉぉぉぉ! がぁぁぁぁぁ!!」
「死ね、ディオ!」
ディオが手刀を繰り出すが、ハンティの姿が消え、その左後方に移動する。ディオの胸を突き刺すように構えた不知火。ヒューバートたちには見えているが、ディオには見えていない。これで決まると確信したが、ディオが怨嗟の叫び声を上げる。
「認めん……認めんぞ……人間も、カラーも、魔人も、神も、悪魔も! この私の上に立つ者がいるなぞ……認めんぞぉぉぉぉ!!!」
即座に左後方に振り返ったディオが、ハンティの心臓目がけて闘気を纏った手刀を突き出してくる。
「なっ……!?」
「馬鹿な!? 何故判った!?」
大気の震えは感じ取れなかった。だが、ディオは確かに読み切ったのだ。野生の勘かもしれないし、ハンティのパターンを読み切ったのかもしれない。どのような理由で見破ったかは定かではないが、一つ確かなのはその戦闘センスが桁違いだという事だ。
「ハンティ!!」
ハンティが目を見開く。このままでは自分の不知火がディオを貫くより早く、ディオの手刀が自分の胸を貫くからだ。だが、瞬間移動も体を捻るのも間に合わない。このままでは殺られる。
「クカカカカ! 死ねぇぇぇぇ……ぐっ!?」
ハンティの胸を貫こうとしたディオだったが、その体が一瞬止まる。
「馬鹿な!? 何故動かん!?」
ディオは自身の体の変調に困惑する。それは、蓄積されたダメージが引き起こした不具合であった。起動からここまで一度の調整も無しに敵と戦い続けたディオ。ルーク、サイアス、ミスリー、メガラス、リック、フェリス、ランス、アレキサンダー、ヒューバート、ハンティ。いずれも大陸屈指の実力者ばかりだ。いや、彼らのような実力者だけではない。セスナやデンズ、果てはシャイラやネイが与えたダメージも、ほんの少しずつディオに積み重なっていたのだ。メンテナンスも無し、魔力の供給も無しでここまで動けたのが、むしろ不思議なくらいなのだ。
「くっ……動かんかぁぁぁぁ!!」
「貰ったぁぁぁぁ!!」
ディオの絶叫とハンティの咆哮が重なり合い、その胸に不知火が深々と突き刺さる。手応えを感じたハンティだったが、目の前のディオがニヤリと笑い、ハンティの腕をガシッと掴んだ。少しだけぎこちない動きだが、どうやら動けるようにはなったようだ。
「貴様……まだ……?」
「この程度で……私は……」
そう言って腕に力を込めようとした瞬間、ディオの体が光り出す。それは、不知火で貫かれた傷口から発せられる光。
「なんだっ!?」
「ぐっ……まさか……!?」
ハンティが目を見開くが、ディオはこの光の発生源に思い至る。それは、自身の体内の残されたままの、文字通り爆弾。不知火が起こした火花で着火したそれは、周りの爆弾も巻き込んで誘爆する。
「ぐ……ぐがぁぁぁぁぁぁぁ!」
けたたましい爆発がディオの体内で起こり、轟音と絶叫が部屋に響き渡った。