ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第95話 ディオ・カルミス

 

-上部動力エリア 動力室-

 

「うおっ!?」

「きゃっ……」

 

 耳をつんざくような爆音が部屋中に響き渡り、追って爆風がヒューバートたちの体を飲み込む。

 

「あれは……ビッチの仕掛けた爆弾か!? へっ……初めてあいつに感謝したくなったぜ……」

「それよりも、ハンティは無事か!?」

 

 ヒューバートがビッチの顔を思い浮かべる。あの男の残したものが、こんな形で役に立つとは思ってもみなかった。だが、フリークの言葉を受けてハッとする。急いでディオの方に向き直るが、煙の晴れた先にいたのは体から煙を出しているディオただ一人。そこにハンティの姿は無い。すると、突如目の前に不知火を持ったハンティが現れる。

 

「ハンティ、無事だったか!?」

「少しだけ食らっちまったね……まさか、いきなり爆発が起きるだなんて……」

 

 そうヒューバートに答えるハンティ。確かに多少の火傷の跡があるが、どうやら無事のようだ。爆発が起こる直前で不知火をディオの肩から引き抜き、即座に瞬間移動をしていたのだ。安堵するヒューバートたち。そして、目の前のディオが体から煙を出しながらゆっくりと倒れていく。

 

「奴の最期だ……」

「最強の闘将ディオ、恐るべき相手でした……」

 

 ヒューバートがため息をつき、ミスリーが感慨深げにそう呟く。敵とはいえ、同じ闘将の死に何か思うところがあるのだろう。ガシャン、という無機質な音と共に、ディオがうつ伏せに倒れ込んだ。胴体からは今も尚モクモクと煙が立ちこめている。

 

「……ふぅ。流石に骨が折れたね」

 

 立ち上がってこないディオを確認し、ハンティがフッと息をつく。真の力を解放していた副作用である異形の姿から、元のハンティに戻っていく。そのまま腰に手を当て、ヒューバートたちに視線を向ける。

 

「随分とまあ、ボロボロだね」

「へっ……」

「本当に助かったぞい、ハンティ」

 

 ボロボロだったヒューバートやデンズに笑みが戻り、フリークが頭を下げる。ハンティが来てくれなければ、間違いなく全滅していた。

 

「いいって。それより、ちゃんと脱出手段はあるのかい? 流石にこの人数を連れて地上まで瞬間移動は出来ないよ」

「それなら大丈夫じゃ。脱出口まで行けば飛行艇がある」

「脱出口って、どこだい?」

「闘将コアの地下五階じゃ」

「そんな遠くまで……この状態で行けるのかい?」

 

 フリークの返事を聞いたハンティが傷ついた仲間たちを見回す。フリークは立つのがやっと、ヒューバートは足を不知火で貫かれており、デンズも腹や肩から大量に出血をしている。ミスリーもボロボロの体だ。誰一人として、まともに歩けそうにない。

 

「だ、脱出口まで……瞬間移動は出来ないだか?」

「脱出口には行った事がないから無理だね。誰か知り合いでもいれば、何とかなったかもしれないけど……」

 

 デンズの問いにそう答えるハンティ。瞬間移動が行ける先には制限がある。行った事のある場所と、知り合いの気が感じ取れる場所。脱出口はそのどちらにも該当しない。

 

「メリムは知らないか? ビッチの使用人だった女だ」

「悪いけど、あいつとは折り合いが悪かったから、付き合いなんて無いようなもんでね。使用人なんて流石に会ったことがないよ。もし会っていたとしても、気を感じ取れる程の知り合いじゃないだろうしね」

 

 ヒューバートの問いに答えながらハンティが頭を掻く。折角勝利したというのに、肝心の脱出口まで辿りつくのが闘神都市の墜落までに間に合うかが微妙なのだ。

 

「とにかく、這ってでも行くしかねぇな。こんな所で死ぬ訳にはいかないからな……」

「まだ闘神都市が落ちていないところを見ると、ユプシロンは健在のようじゃしな。何とかそれまでに脱出口へ辿り着くしかあるまい」

 

 ヒューバートがそう言葉にして歩みを進めるが、足からはダラダラと血が流れ続けている。フリークもふらふらとしながら部屋の入り口へと向かう。

 

「ありがとうございました、ハンティ様」

「良いって。ん? 片腕が……」

「それならば、あちらに……」

 

 ミスリーの腕が切断している事に気が付いたハンティが表情を厳しくする。それはディオによって斬られたもの。ミスリーが部屋の奥を指差すと、そこには切断された腕が転がっていた。

 

「回収しておかないと、修理も出来ないな。よっ、と」

「あ、ハンティ様!?」

「いいから。あたしが一番、傷が浅いんだ」

 

 ハンティが転がっていた左腕を取りに向かう。ミスリーが申し訳なさそうに引き留めようとするが、ハンティが笑顔で手を振り、それを制す。

 

「そうだ! ハンティ、パットンは!?」

 

 左腕を拾おうとして屈んでいるハンティにヒューバートが真剣な顔で尋ねる。すると、ハンティがニヤリと笑う。その仕草が全てを物語っていた。

 

「ふふ、そりゃ気になるよな。ちゃんと教えてやるよ。今あいつはな……」

「っ!?」

 

 ハンティが嬉しそうに言葉を続けようとするが、直後ヒューバートたちの目が見開かれ、すぐにハンティに向けて叫び声をあげる。

 

「避けろぉぉぉ、ハンティィィィ!!」

「っ!? ぐあっ!!!」

 

 ヒューバートの絶叫にハンティが目を見開くと同時に、背中に強烈な痛みが走る。体勢を崩しながら後ろを振り返ると、そこには倒したはずのディオが立っていた。

 

「き、貴様……まだ……」

「はぁ……はぁ……ククク……カカカ……クキキキキ……認めん……認めんぞぉぉぉぉ!!」

 

 未だ煙が出続けている体で咆哮し、闘気を纏わせた手刀をハンティに放つ。ハンティに避ける術はなく、その一撃は胸と腹の中間辺りに直撃する。

 

「ぐっ……」

「ハンティ!!」

 

 激痛に表情を歪め、ハンティの体が吹き飛ぶ。先程の一撃も今の一撃も、本来であればハンティの体を貫通していてもおかしくない攻撃だ。だが、流石にディオも相当に弱っているようであり、貫通させるまでには至らない。しかし、確かなダメージにハンティの口から鮮血が飛ぶ。

 

「何なんだよ……何なんだよ、あいつは!!」

 

 ヒューバートが吐き捨てるように叫ぶ。何故あの状態でまだ立っていられるのか。ディオがハンティを睨み付けながら、部屋の中央で怨嗟の声を上げる。

 

「あってはならぬのだ! ジジイもガキも男も女も、人間も魔人も神も悪魔も、私に狩られるべき存在なのだ!! 私の上には、いかなる存在も立つ事は許されんのだよ……ククク……クカカカカ!!!」

 

 その絶叫に、部屋にいた全員が身震いする。溢れ出る悪意を言葉に表す術を持たない。こんなモノが存在するという事を脳が受け入れられない。それ程までの、純粋な悪意の塊。

 

「カカカカカ!!」

 

 ディオが絶叫しながらハンティに迫る。ハンティも即座に不知火を構え直し、ディオの手刀を受け止める。先程ダメージを受けた箇所が悲鳴を上げるが、聞いている余裕はない。

 

「死ね、死ね、死ねぇぇぇぇぇ!!」

「くっ……死ぬのはあんただよ!!」

 

 連続で手刀を繰り出してくるディオだったが、やはり最期の悪あがきでしかない。動きは先程までとは比べものにならず、不意を食らったハンティでもこの動きならば十分に捌ける。不知火で手刀を弾き、返しにディオの肩を貫く。すると、ボンという小規模の爆発が起こる。どうやらまだ爆弾が残っていたようだ。

 

「クカカカカ!!」

「くっ!?」

 

 だが、その爆発をまるで気にする様子も無く、ディオが手刀をハンティに繰り出してくる。頬を掠め、血が流れる。最早精神が痛みを凌駕してしまっている。

 

「はぁぁぁぁ!!」

「ぐっ……」

 

 不知火をハンティが引き抜くと同時に、ミスリーがディオに跳び蹴りを放つ。ぐらりと体勢を崩すが、即座にミスリーの顔面を全力で殴るディオ。

 

「きゃぁぁぁぁ!!」

 

 ミスリーが軽く後方に吹き飛び、近くにあった山のように盛り上がったストーン・ガーディアンと魔気柱の残骸の山に背中を預ける。そのままディオが真っ直ぐにミスリーに向かい、その脳天目がけて手刀を放とうとする。

 

「邪魔をするなぁぁぁぁ!!」

「……!?」

 

 ガキン、という金属音が響き渡るが、それはミスリーの脳天を貫いた音ではない。不知火によって、振り下ろされていた手刀が防がれた音だ。そして、手首を返しながらハンティが不知火を振り上げる。

 

「消えろ!!」

 

 そう咆哮し、ディオの体に不知火を振り下ろす。左肩から右腰にかけて剣撃が一直線に走る。

 

「ぐがぁぁぁぁぁ!!」

 

 この世全ての恨みを含んだかのような絶叫と共にふらふらと残骸の山へもたれかかり、そのままずるずると体を落としていく。今度こそディオの体が床へと沈んだ。追い打ちをかけるように、ハンティがうつ伏せに倒れたディオの背中から胸を目がけて剣を突き刺す。一度ぴくんと跳ね、そのままディオは動かなくなる。

 

「はぁ……助かったよ、ミスリー……」

「いえ……」

 

 ハンティが落としてしまった左腕を拾い、ミスリーに礼を言う。ミスリーは力のない声でそれに返事をしていると、ミスリーとディオがもたれかかった事による影響によって、目の前の残骸の山がガラガラと音を立てて崩れ始める。ディオの体を飲み込んでいく残骸。

 

「まだトドメが……」

「いや、流石にもう動かないだろ……」

 

 ハンティが残骸の中へと消えていくディオを見やるが、全身に破片が当たりながらもピクリとも動かないディオを見てヒューバートがそう呟く。そして、完全に崩壊した残骸の山により、ディオの体はすっかり見えなくなる。

 

「来ない……な……」

「流石に死んだようじゃな。あの瓦礫を押しのけて、奴の死体を確認している時間はない。急ぐぞい」

 

 ああは言ったものの、ヒューバートもどこかで不安に思っていたのだろう。だが、残骸の山からディオが出てくる気配は無い。フリークもそれを確認し、他の者たちに言葉を掛ける。脱出口まで瞬間移動が出来ないとあっては、この怪我人だらけのパーティーでは辿り着けるか時間との戦いなのだ。瓦礫を押しのけて死体を確認している時間はない。

 

「あ、あにぃ……肩を貸すだ……」

「おめぇもボロボロじゃねぇか……悪いな……」

 

 足の怪我のせいでまともに歩けないヒューバートにデンズが肩を貸す。フリークもふらふらと歩き始める中、ミスリーが一度だけ振り返ってディオの姿が消えた残骸の山を見る。

 

「ディオ・カルミス……何が貴方をそこまで突き動かしたのですか……?」

「ミスリー。この世には理解出来ない悪っていうのがある。アイツはそれだ。気にするな」

 

 ハンティがミスリーの肩に手を乗せ、ヒューバートたちに続くように脱出口を目指して部屋から出て行く。動力室に残されたのは、ディオの姿が消えた残骸の山のみ。魔気柱が破壊され、部屋の中は静寂が包んでいた。

 

 

 ディオ・カルミス。かつて世界を震撼させた快楽殺人者。人類史上最悪の犯罪者とも目される人物だが、その生年月日や出身などは謎に包まれている。文献にはGI420年に生まれたと記されているが、これは聖魔教団がディオを闘将として蘇らせた年であり、人間のときのディオがいつ生まれ、どのような道程で殺人鬼になったかを知る者はいない。これより語られるのは、そんな男の物語である

 

 

GI0405

-とある農村-

 

 どこにでもある、ありふれた農村。この町は蛮族と呼ばれる者たちの村だ。かつては人類を仕切っていた蛮族も、聖魔教団によって魔法の地位を向上させられた事により魔法使いとの立場は完全に逆転し、今では魔法使いから虐げられる生活を送っていた。

 

「じゃ、この作物ば都会に売りに行って来るかねぇ……気が進まんが……」

「都会は危ない所だで、気をつけて行って来るだよ」

 

 とはいえ、このような田舎の農村には魔法使いは寄りつかない。都会では魔法使いたちによる差別や暴力が横行しているが、この村の者たちは比較的平和な暮らしをしていた。ある一つの懸念を除いては。

 

「…………」

 

 無表情な少年が村の中を歩いて外へと出て行く。年はまだ10にも満たないが、その少年に声を掛ける者はいない。初めからこのように村の弾き者として扱われていた訳では無い。だが、どんなに話し掛けてもあちらが反応を示す事がないとあっては、次第に話し掛ける者も減るというものだ。幼い頃に両親を亡くし、親戚に預けられたその少年の笑顔を見た者はいない。それだけでも不気味なのに、趣味が家畜の死体を弄る事と来ては、村人が関わらないようになるのは至極当然であった。親戚も彼の事を厄介者としか見ておらず、彼は孤独であった。

 

「お兄ちゃん!」

 

 そんな彼に、ただ一人声を掛ける人物。彼の実の妹だ。兄妹で親戚に預けられた身であったが、妹は幼いながらに良くできた子であり、村の人気者であった。

 

「外はモンスターがいて危ないよ?」

「…………」

 

 その妹の言葉を無視し、ナイフを片手に少年は村の外へと出て行く。心配そうに見送る妹に、村の住人が声を掛ける。

 

「無駄だっぺ。聞きゃしねぇ」

「でも……」

 

 ここ最近、彼はこのようにモンスターのいる外へと一人で繰り出すようになっていた。止める住人はいない。心の中で、そのまま死んでしまえばいいという考えもあったのだろう。だが、彼はいつも平然と戻ってきた。共通しているのは、服をモンスターの血で染めているという事。その不気味さが、更に彼を孤立させていった。そして数日後、事件が起こる。

 

「た、大変だっぺ! 魔法使いが攻めてきた!!」

 

 都会に作物を売りに行った住人が魔法使いとトラブルを起こしてしまったのだ。彼は既に魔法使いによって殺されたが、その魔法使いはそれだけでは溜飲が下がらず、村へと団体で攻め込んできたのだ。元々平和に暮らしていた住人たちに対抗する術はなく、みるみる内に村は炎に包まれた。

 

「た、助けてくれぇぇぇぇ! ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

「ははははは! 魔法使いに逆らうからだ!」

 

 魔法使いの差別を払拭するためにルーンは聖魔教団を設立したが、その結果がこの惨状だ。かつて自分たちが受けた仕打ちを忘れたのか、はたまた覚えているからこその蛮行なのかは定かではないが、これこそが人の性。村に動く者がいなくなり、魔法使いたちは引き上げていく。それからしばらくして、外に出ていた少年が村に戻ってくる。目の前に広がる真紅の炎と転がる知り合いの死体を見ても、少年は眉一つ動かさない。

 

「一瞬で全てを奪う……魔法は何て理不尽なんだ……こんなもの、認めたくない……」

 

 自分を引き取っていた親戚の死体を眺め、そう呟く。すると、崩れた建物がガラリと崩れ、そこから人の声がする。

 

「お……お兄ちゃん……?」

 

 現れたのは、実の妹。だが、右半身に大きな火傷を負い、息も絶え絶え。もう長くないことは簡単に見て取れた。そのままふらふらと歩き、兄の胸にもたれかかる。

 

「お兄ちゃん……良かった……無事で……」

「…………」

「でもね……私、凄く痛いの……何だかお兄ちゃんの顔も、よく見えなくなってきた……」

「…………」

 

 胸の中でぽつりぽつりと語り始める妹。掴まれた左腕から、どんどんと力が抜けていくのが判る。

 

「ねぇ、お兄ちゃん……私ね、お兄ちゃんの事が大好きだったよ……」

「…………」

「最期に……ぎゅってして欲しいな……えへへ……」

 

 そう笑顔を向けてきた妹だったが、直後にびくん、と体が動く。恐る恐る視線を下に向けた妹が見たのは、自身の心臓に深々と突き刺さったナイフ。それを刺しているのは、目の前の兄。

 

「……えっ?」

 

 口から血を流し、呆けたように兄の顔を見る。瞬間、ぐりぐりとナイフを動かされ、死の間際だという事で失われていた痛みという感覚を呼び起こされる。

 

「あっ……ああっ……痛い……痛いよ……あぁぁぁぁ……」

 

 グシュグシュと肉を抉られ、失われる意識の中で兄に最後の疑問を投げる。

 

「どう……して……?」

「どうせ死ぬなら、問題ないだろう? 良い、実に良いぞ……モンスターも味があるが、人間の方が極上だな……ククク……」

 

 死の間際、妹は兄の笑顔を初めて見る。それは、想像の中で思い描いていた大好きな兄が向けてくれる優しい笑顔とはまるで正反対の、異質な笑顔。この日、この村は地図から消滅した。たった一人の生存者を残して。

 

 

 

数日後

-とある都会の町-

 

「いやぁぁぁぁ! やめて……やめてください!!」

「げへへへへ! 喜べ、魔法使いの俺様たちが相手をしてやるっていってんだ!」

「おら! 見せもんじゃねぇぞ!!」

 

 あの村からそう離れていない町。住人がトラブルを起こしてしまったのもこの町であるが、この惨状を見れば無理もないといえる。白昼堂々、二人組の魔法使いが町娘に乱暴を働いているのだ。周囲に人が集まっているが、誰も助けの手を差し出さない。魔法使いの手によって近くの村が滅ぼされたのは記憶に新しい。下手に助けてしまっては、あの村の二の舞だ。

 

「助けて……誰か助けてぇぇぇ!!」

「助けなんて来ねぇよ!」

「感謝しな。俺たち魔法使いとお前ら蛮族は流れている血が違うんだ! その俺様たちに抱かれるなんて、これ以上の名誉はないぜ!」

 

 涙ながらに助けを呼ぶが、それに応える者はいない。集まっていた人たちも、目を付けられないように遠巻きに様子を窺うだけだ。だがその時、一人の少年が乱暴を働いている男たちに歩みを進め、目の前に立つ。

 

「なんだ、坊主? おめぇにはまだ早いぞ」

「ぶっ殺されたくなかったら、さっさと消えな!」

 

 その言葉を受け、少年がニヤリと笑う。数分後、そこにあったのは地獄絵図。辺り一面に血が広がり、その中心でグチャグチャと少年が死体を弄っているのだ。遠巻きに見ていた住人は目の前の惨状が信じられず、固まってしまっていた。子供は泣き叫び、心の弱い者は吐き気を催す。辺りに漂う濃い血の臭いが、それに拍車を掛けていた。

 

「ちっ……なんだ……」

 

 少年がつまらなそうに呟く。目の前に広がるのがどれだけ酷い光景であっても、少年が乱暴されていた女性を救ったのであれば、感謝の言葉も一部からは上がったかもしれない。だが、そうではない。血溜まりに転がる死体は三つ。その少年は、二人の魔法使いも蛮族の女性も平等に殺して見せたのだ。それも、ナイフ一本で。身体中を返り血で染めながら、少年がゆっくりと立ち上がって吐き捨てる。

 

「流れている血が違うと言うから確かめてみたのに、どっちも同じ血の色じゃないか……」

 

 少年の名は、ディオ・カルミス。これが、公式に残されているディオの最初の殺人である。その後、冷静さを取り戻した住人に取り押さえられそうになったが、ナイフ一本で彼はその場から逃げおおせる。死亡者9人、重軽傷者34人という逃亡劇であった。まだ10にも満たない少年の起こしたこの事件は瞬く間に大陸を駆け巡る。時を同じくして、この町の周囲で殺人事件が相次ぎ、それは徐々に場所を移していく。まるで狩り場を変える獣のように。ある特徴から、それらの殺人が同一人物の犯行であると断定される。それは、死体の特徴だ。当初はそんな事はなかったのだが、ある時を境に死体から頭蓋骨が抜き取られるようになる。まるで、自分の戦果を誇るかのように。

 

「ディオ・カルミスをこのまま放置してはならん! 殺せ!!」

 

 蛮族、魔法使いに拘り無く殺した事により、ディオは双方から命を付け狙われることになる。だが、それを嘲笑うかのように殺人は続いた。ときには放たれた刺客を返り討ちにしながら、ディオは快楽殺人を繰り返した。ディオは名乗られれば平然と名乗っていたため、謎に包まれた連続殺人鬼の名前だけは世界中に広まる事になる。だが、これはまだほんの始まりにすぎなかった。

 

 

 

GI0409

-とある草原-

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」

「ふん……斧は少し肌に合わんな……」

 

 大陸中に指名手配されながらも、数年もの間逃げおおせてきたディオ。今も自分の賞金を狙いに来た賞金稼ぎを返り討ちにしたところであった。斧で手足を斬り落とし、それでも奇跡的に生きていたので、今は短剣で目玉をくり貫いているところだ。この賞金稼ぎは大陸でも名の知れた存在。達磨状態になってもなお生きており、まだ声を上げる力が残っている事からも、その実力の一端がうかがい知れるところだ。だが、ディオはこの男をものともせずに撃破した。

 

「良い……貴様は中々に楽しめたぞ。コレクションに加えてやるから、ありがたく思うのだな」

「やめ……助け……」

 

 鼻をそぎ落としながらそう口にするディオ。ここ最近の自身の体の変化には気が付いていた。全てにおいて調子が良すぎるのだ。正直、この男には本来もっと苦戦したであろう。だが、戦っている内に相手の動きが手に取るように判っていったのだ。

 

「ようやく見つけました!」

 

 突然ディオが後ろから声を掛けられる。現れたのは、一人の少女。だが、ディオはそちらに振り返ることなく、賞金稼ぎの肉体に刃を突き立てていた。想定外の反応に困惑した表情を浮かべる少女だったが、気を取り直したように口を開く。

 

「ディオ・カルミス様。貴方はもう普通の人間ではありません! 13才になった貴方は、勇者としての力に目覚めたのです!」

 

 無い胸を張って自慢げに語る少女。持っていた剣を重そうに持ち上げる。

 

「これはエスクードソード。本来は錆びた剣なのですが、先の聖魔教団と蛮族の争いにより人口が減っており、既にその力が解禁されています」

 

 少女の言うように、このエスクードソードは本来錆びた剣。だが、人類の死亡率が10パーセントを超えるとその力が解禁されるのだ。先の聖魔教団と蛮族の争いによって、現在の死亡率は軽く10パーセントを越えていた。そのため、少女の持つエスクードソードは錆びておらず、キラキラと光り輝きながら強烈なオーラを発していた。

 

「さぁ、勇者様! 共に旅立ち、民を救い、魔王を倒しましょう! それこそが、貴方の使命なのです!! あっ、申し遅れました。私は貴方様の従者で、名前は……」

 

 そう名乗りをあげようとした少女の頭に、スッとディオの手が乗せられる。そして、そのままグシャリと頭を握りつぶした。真紅の鮮血が半分ほどになってしまった頭部から噴き上がり、少女の体がドサリと地面に倒れる。

 

「五月蠅い」

 

 そう一言だけ言い捨て、ディオは再び賞金稼ぎの体を弄るのに躍起になる。しばらくして、ディオは賞金稼ぎの頭蓋骨を持って立ち上がる。ふと先程殺した少女を見ると、その側には強力そうな剣が転がっていた。

 

「これは中々の代物だな……ククク……良く人が斬れそうだ……」

 

 そう呟きながら、エスクードソードを回収してこの場を立ち去る。本来人々を救うためにあるこの剣は、この瞬間から人々を殺す道具へと変貌する。そしてこれより7年間、人類の救世主たる勇者は歴史の表舞台に立たない事になる。いや、ある意味では他の歴代の勇者で最も名前を知られた存在だったのかもしれない。だがそれは勇者としてではなく、最悪の殺戮者としてであったが。

 

「あはは! こいつ、従者殺しちゃった。最高に面白い、あはははは!」

「くくっ……勇者システム始まって以来の珍事だな……くくく……」

 

 それは、一体どこから聞こえてきた声だったのだろうか。どことも知れぬ人の及ばぬ領域で、巨大な白いくじらと黄色い甲殻類がディオの蛮行を笑い飛ばす。

 

「ふふふ……いいなあ、こいつ。こういうのが出てくると、世の中とんでもなく楽しくなるね。あはははは!」

 

 その無邪気な笑い声は、いつまでも響いていた。

 

 

 

GI0414

-ペンシルカウ 女王の屋敷-

 

「もう限界だ……」

 

 ハンティが窓の外から聞こえてきた噂話に拳を握りしめる。人類史上最悪の殺戮者、ディオ・カルミス。勇者として目覚めて以降、彼の暴走を止められる者は最早誰もいなかった。奴が殺した人間の数は、判明しているだけで3000を越える。人知れず行われた殺人も含めれば、一体どれだけの人間を殺しているというのか。

 

「いけませんよ、ハンティ。ここから出る事は許しません」

 

 そうハンティに言葉を掛けたのは、現カラーの女王、トキセラ・カラー。ハンティが女王の屋敷に滞在している事は、極一部のカラーにしか知られていない。

 

「ただでさえ、今の貴女は風当たりが強いのですから……共に戦ってくれるカラーはいませんよ」

「くっ……」

 

 というのにも訳がある。かつてインデックス・カラーと共にこのペンシルカウを設立したハンティは、カラーの間でも伝説的な存在であった。だが、先の聖魔教団と蛮族との戦争においてカラー族が聖魔教団に力を貸す中、魔法使いで唯一蛮族の側についたのだ。そのことが、若いカラーたちの間でハンティへの猜疑心となっているのだ。

 

「もう数十年おとなしくしていれば、貴女の罪も風化するでしょう。それまでの辛抱です」

「あたしは別に罪だなんて思っていない。魔法使いが全てを支配するなんて……正しい行いなんかじゃない……」

「私も同意見です」

 

 トキセラが静かに頷くと、ハンティが驚いたような表情になる。

 

「なら、何で聖魔教団と同盟を結んでいる!?」

「私は女王として、民を護る義務があるのです。聖魔教団の闘将のお陰で、蛮族にクリスタルを狙われる危険性が減ったのは事実ですから」

 

 カラー族は聖魔教団と同盟を結んでいる。かつての蛮族との戦争に積極的に参戦した訳ではないが、闘神都市を浮かび上がらせる魔力などを提供しているのだ。その見返りが、闘将によるカラーの保護。たとえ聖魔教団の行いが全て正しいとは言えなくとも、利害関係から女王の彼女は聖魔教団と同盟を結ぶ道を選んだのだ。

 

「共に戦ってくれるカラーがいないのなら、それでも構わない。あたし一人で行くさ! 前の戦争のときだって、そうやったんだ!」

「そのせいで戦争が長引き、いたずらに死者を増やしたのが罪だと言っているんです!」

「…………」

 

 普段は温厚なトキセラの怒鳴り声にも似た叱責に、ハンティが口を噤む。

 

「あの戦争は、本来ならばもっと早く終結するはずでした。ですが、ハンティ……貴女が強すぎたのです。正に一騎当千……その事が蛮族を活気づかせ、戦争が長引く羽目になりました。貴女は表舞台に立ってはいけないのです」

 

 トキセラの語ることは真実だ。ハンティが蛮族に希望を抱かせてしまったがために、余計な死者を生み出してしまったのだ。そしてそれは、エスクードソードの解禁にも一役買ってしまっていた。

 

「なら……黙って見てろって言うのかよ!?」

「この者が勇者の力を手にしてから、既に数年が経過しています。後少しの辛抱なのです」

 

 ハンティとトキセラは、とある筋から勇者の情報を得ていた。本来本人が名乗らない限りは勇者という存在は認知されるものではない。そのため、ディオが勇者だという事を知る者は限られていた。そのディオも勇者の力に目覚めて数年が経つ。勇者の力は7年しか効力がない。勇者の力が無くなれば、いずれこの殺人鬼は捕まるなり殺されるなりするはずだ。それまでの辛抱なのだ。

 

「後数年……簡単に言うけどよ……その間に殺された奴らはどうなるんだよ……」

「必要な犠牲なのです……」

「必要な犠牲って……一体何人だよ……?」

 

 そのハンティの問いに対する答えを、トキセラは持ち合わせていなかった。

 

 

 

GI0415

-とある草原-

 

「ふむ……やはり俺が来るまでもなかったな……」

 

 空中に浮かぶ闘神都市を見上げながら、一人の魔人がそう呟く。彼の名は魔人ドッツ。魔王親衛隊隊長のバークスハムから聖魔教団の動向を探るよう命じられ、こうして単身人間界へとやってきたのだ。

 

「しかし、何でわざわざこの草原を指定したんだ?」

 

 ボリボリと頭を掻きながら疑問を口にする。この場所では、偵察には少し遠すぎる。それなのに、バークスハムはわざわざこの草原に行けと指定してきたのだ。

 

「まあいい。あいつはたまに訳が判らねぇからな……さて、そろそろ帰るか……んっ?」

 

 魔人界へと帰ろうとしていたドッツだったが、背後から気配を感じる。振り返ると、剣を持った一人の人間がこちらに強烈な殺気を向けているのだ。

 

「何だ、てめぇは?」

「ククク……クカカカカ……」

「誰に殺気向けてやがる? 殺されてぇのか!?」

 

 人間如きが魔人である自分に殺気を向けてきたことにドッツが不愉快になる。わざわざ警告してやったが、殺気を抑える気はないようだ。即座に短剣を握りしめ、目の前の人間に強烈な殺気を放つ。

 

「警告はしたぞ。身の程を知るんだな、下等な人間が!!」

「クカカカカ!!」

 

 同時に大地を蹴った二人。無敵結界を過信していたドッツは、あえて相手の剣を受け、その無力さを痛感させた上で相手を殺すつもりだった。だが、それが完全に裏目に出る。ディオの持っていたエスクードソードは無敵結界を破り、ドッツの胸を貫いた。

 

「が……ば……馬鹿な……」

 

 信じられないように目を見開き、魔人ドッツが魔血魂へと姿を変える。その球に何の興味も示さず、不思議そうにエスクードソードを見るディオ。

 

「今おかしな感覚があったな。結界か……? まあいい、そろそろこの剣にも飽きたな」

 

 魔人を倒したという事実にも気が付いていないディオだったが、無敵結界を破った感覚はしっかりと感じ取っていたようだ。静かに呟き、ポイ、とエスクードソードを放り投げてその場を後にするディオ。

 

「色々やったが、やはり殺しは素手に限るな。これが一番性に合う。ククク……クカカカカ!」

 

 人類史上でも最強クラスの名剣を惜しむことなく投げ捨て、高笑いを浮かべながら草原を後にするディオ。残されたのは、捨てられたエスクードソードと、ドッツの魔血魂のみ。その魔血魂を、ヒョイと一人の男が拾い上げる。それは、魔王親衛隊長バークスハム。

 

「悪いな、ドッツ。貴様がここで死ぬのは判っていたが、私には魔血魂が必要なのだよ……」

 

 手の中の魔血魂にそう呟き、ゆっくりと魔人界へ帰って行く。予知魔人バークスハム。彼の動向もまた、大きな謎に包まれているのだった。

 

 

 

GI0420

-魔都デトナルーカ付近 林中-

 

 トキセラの予想は外れる。勇者の期限が終わってから数年、ディオの蛮行を止める者は現れなかったのだ。着実に死体の山を築き上げていくディオに対し、遂にハンティが動く。林の中、対峙する二人。

 

「ディオ・カルミス。ここで殺させて貰うよ!」

「クカカカカ……貴重なカラーがわざわざ殺されに来てくれるとはな……死ぬのは貴様だ!」

 

 強者同士の戦いは、一瞬で終わる。ディオが魔法無効化能力を得たのは闘将になってからであり、この頃のディオには普通に魔法が効く。素早く魔法を繰り出して手数で圧倒したうえで、一瞬の隙をついて瞬間移動で後方に回り込み、剣でディオの胸を刺したのだ。大量に血を噴き出しながら、ハンティを睨み付けるディオ。

 

「認めん……こんな理不尽なもの、私は認めんぞ……」

「お前が認めようが認めまいが、こうして魔法は存在している」

 

 ディオの体が崩れ落ちる。こうして、人類史上最悪の殺戮者はあっけない最期を遂げる。いや、相手が伝説にも残る黒髪のカラーとなれば、それは致し方のないこと。むしろ、彼女を表舞台に再び出させたことを褒めるべきだろう。ハンティが静かにこの場から立ち去り、ピクリとも動かないディオの体に今し方降ってきた雨が当たる。すると、数人の足音が聞こえてくる。

 

「お、おい……こいつ、ディオ・カルミスじゃないか?」

「本当だ! ディオ・カルミスだ! 一体誰が……」

「それよりも、こいつを届けて賞金を貰おうぜ。生死は問わないはずだよな?」

「いや……それよりも、こいつで闘将を作らないか? そうすれば、上層部の奴らも俺らを見直すはずだ!」

 

 彼らは聖魔教団の中でも落ちこぼれに属する魔法使いたちであった。幸いディオの体はまだ脳にまでダメージが行き渡っていなかったため、脳と左目を利用して彼らは闘将を作り出そうと決断する。普段から虐げられていた彼らは、上層部への報告も無しにそれを行ってしまった。ディオがハンティに殺されてから24時間ほど経ち、彼は再び闘将として生を受ける。

 

「何だ……? この体は……?」

「おお、完成だ! 目覚めたか、闘将ディオ!」

 

 呆然と自分の体を見るディオ。鋼鉄の体と闘将という名前。どうやら聖魔教団が誇る兵器に、自身も改造されてしまったようだ。側に立っていた魔法使いの男が無防備に近寄ってくる。

 

「私が主人だ。さぁ、これからは聖魔教団の役に立って貰うぞ! 全ての魔人を駆逐するのだ!」

「……誰に命令している?」

「へっ?」

 

 それが、その男の最後の言葉だった。ディオの手刀が心臓を一突きにし、周りの者たちが悲鳴を上げる。

 

「う……うわぁぁぁぁ!!」

「何だ!? 何で絶対服従の魔法が効いていないんだ!?」

「くっ……ファイヤーレーザー!!」

 

 一人の魔法使いがディオに向かって魔法を放つが、それはディオの体に当たって四散する。ダメージはない。

 

「そんな馬鹿な!? 闘将は魔法に弱いはずなの……ぶぎゃ!」

 

 言い終わる前に頭を潰される魔法使い。そのままディオは自分の復活に携わった者だけでなく、この施設にいた者たちを殺して回る。数十分後、騒ぎを聞きつけたルーンとフリークが現場に到着する。

 

「これは……」

「何と酷い……」

 

 それは地獄絵図であった。辺り一面を彩る鮮血。その中心に立っているのは、見覚えの無い闘将。

 

「闘将? まさか、貴様がやったのか?」

 

 ルーンが目を見開く。絶対服従のはずの闘将が反旗を翻すなど、有り得ぬ事だからだ。すると、全身を血に染めた闘将がこちらに尋ねてくる。

 

「文献で見た事があるぞ。貴様が最高責任者のM・M・ルーンだな?」

「……だとしたら、どうする?」

「ククク……なに、そう悪い話ではない。貴様らに協力してやろうと思ってな」

「なんじゃと!?」

 

 このような惨状を引き起こしておきながら、思わぬ言葉を口にするディオにフリークが驚愕し、ルーンが思わず聞き返す。

 

「どういうつもりだ?」

「いや、この体では魔法使いを殺しても面白みに欠けるのでな。貴様らが目指しているのは魔人の駆逐だろう? そちらの方が楽しめそうだ」

「戦争を楽しむじゃと……」

 

 その言葉にフリークは嫌悪感を露わにするが、隣に立っていたルーンはディオに劣らぬ邪悪な笑みを浮かべる。

 

「……いいだろう。これからは教団に手を貸して貰おう」

「ルーン! 正気か!?」

「恩師、フリーク。今は少しでも戦力が欲しいときなのです」

 

 こうしてディオは聖魔教団に力を貸すことになる。だが、この年にルーンの想定外の事態が起こる。まだ準備が整っていないというのに、魔人との全面戦争が始まってしまったのだ。原因の一端を担ったのは、ディオがモンスターを残虐に殺しすぎた事。

 

「ククク……開戦は早い方がいいからな……」

 

 狙ってやったのかは定かではないが、一度ディオがそう呟いたのを他の闘将が耳にした事がある。理性ある獣、ディオ。その後の魔人戦争において、多大な戦果を上げるが、同時に仲間への少なくない犠牲も出る。奴に敵味方は関係ない。邪魔であれば、皆殺しにしてしまうのだ。

 

「奴を早急に封印するべきじゃ!」

 

 フリークを初め、多くの魔法使いからディオのへの不満が報告されるが、それ以上に戦果を上げているディオへの処分をフリーク以外の上層部が渋り、封印は先送りになる。結局、開戦より13年後にフリークが不意を突いてディオを封印し、彼は長い眠りにつく事になる。13年、そう、13年目の出来事なのだ。

 

 

 

LP0002

-イラーピュ 上部動力エリア 動力室-

 

 ガラリ、と瓦礫の山が崩れて中から腕が一本飛び出す。それは当然、ディオの腕だ。ゆっくりと周りの瓦礫をどけ、静かに立ち上がる。その体はボロボロで、最早まともに動けるような体ではない。やはり限界が近いのか、一度魔気柱の残骸に倒れ込むが、もう一度手をついて立ち上がる。その口元は、邪悪に吊り上がっていた。

 

「ククク……」

 

 勇者の力が発揮されるのは13才からの7年間。20才になった瞬間にその力は失われるとされている。では、その力はどのように失われるのか。体から消滅するのか、はたまたその年齢でしか働かない内部的な何かなのか。それを知る術はない。なぜなら、20才になった後に再び13才へと戻る手段などある訳がないからだ。そうであれば、調査のしようもない。だが、ここにいるディオは二つの不具合を起こす。

 

「カカカ……」

 

 一つ目は、20才を越えた後に再び闘将として生まれ変わり、13年の時を経たこと。一度力を失った勇者が、再び勇者の力が発揮される年齢へと辿り着いたのだ。こんな事は神の想定外である。そして二つ目の不具合は、その状態で500年以上もの間封印された事だ。封印されている間は年齢としてカウントするのか、あるいは止まったままなのか。これも神の想定外。この二つの不具合がディオの体に引き起こしたのは、勇者システムのバグ。

 

「クカカカカ……」

 

 引き起こされたバグは、勇者の能力の一部解禁。一つ目が魔人や魔王をも殺す力を得られるというもの。それも、条件になっているのは人類の死亡率ではない。それが何かは判らないが、既にディオはメガラス戦で魔人を殺す力に目覚めている。二つ目は、一度受けた攻撃をすぐに見切れるようになる力の劣化版。敵の攻撃に恐るべきスピードで慣れ、凄まじい対応力を得るというもの。これが、フリークが驚愕していた恐るべき成長スピードの正体だ。三つ目はレベルアップが非常に遅い事と引き替えに、レベルダウンしないというもの。眠っている間にレベルダウンしたディオだったが、二つの不具合が絡み合った今後は二度とレベルが下がることはない。この三つの力が、今のディオには宿ってしまっているのだ。このディオこそが、志津香が懸念していたルークとランス以外のバグの持ち主。

 

「死なんよ……私は……こんなところではな……」

 

 ふらふらと部屋を後にし、ゆっくりと通路を歩いて行くディオ。悪夢はまだ終わらない。

 

 




[人物]
トキセラ・カラー (オリモブ)
 かつてのカラーの女王。聖魔教団と手を結び、百年ほどの間カラー族に平穏な日々をもたらした博愛のカラーとして名を残している。だが、その裏には大きな葛藤があった。ディオの蛮行を黙認していたのも、本心からではない。名前はアリスソフト作品の「闘神都市2」より。

魔人ドッツ (オリモブ)
 かつて存在していた人間の魔人。短剣を扱う珍しい魔人で、その技量は本物。だが、人間を見下していた事からくる余裕が敗因となり、ディオに敗れる。その魔血魂は暗躍していたバークスハムが回収する。名前はアリスソフト作品の「ぱすてるチャイムContinue」より。


[装備品]
エスクードソード
 勇者にしか扱えない伝説の剣。普段は錆びているが、人類が多く死滅するとその力が解禁される。


[その他]
ディオのバグ
1) 条件次第で魔人、魔王、一級神をも殺す力を得る 条件:不明 現状:魔人まで解禁
2) 敵の攻撃に恐るべきスピードで慣れ、対応する力を持つ
3) レベルアップは遅いが、レベルがダウンしない

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