ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第96話 逆鱗

 

-下部司令エリア 司令室-

 

「あはははは! 踊れ、踊れ! 無様に這いずり回れ!!」

 

 上部動力エリアでハンティがディオに勝利した頃、下部司令エリアにはパイアールの笑い声が響いていた。改造されたユプシロンは正に全身兵器。至る所から重火器が飛び出してくる。

 

「くっ……手数があまりにも……」

「あはははは! これがボクの力です!!」

 

 飛んでくる銃弾やミサイルを躱しながらリックが呟く。これだけの人数を一人で相手にしながら、手数は互角か、あるいはあちらの方が上。何とも恐ろしい存在である。

 

「詠唱をしている余裕はありませんね……ならば、身体加速!」

 

 エムサが付与魔法を全員に掛ける。優先されるのは命中、回避と考え、まずは速度の上がる身体加速。次いで攻撃系の付与を掛けようとするが、ジロリとパイアールが睨み付けてくる。それが見えた訳ではないが、言いしれぬ悪寒がエムサを襲う。

 

「余計な真似は謹んで貰えますか?」

「……!?」

 

 エムサに向かって小型のミサイルが放たれる。盲目のため見えてはいないが、エムサは心眼でその接近を感じ取る。同時に、回避が間に合わない事も感じ取っていた。だが、ミサイルはエムサに届く前に空中で爆発する。

 

「火爆破。女性にこんなものを向けるのは感心しないな、お坊ちゃん?」

「サイアス様……ありがとうございます」

 

 エムサの窮地を救ったのはサイアス。魔法でミサイルを爆発させ、水晶球の中のパイアールを挑発するが、パイアールはサイアスを見下しながら口を開く。

 

「ふん。姉様以外の女性など、興味はありませんね。女性は姉様で始まって姉様で終わるんですよ」

「重傷だな、色々と。ファイヤーレーザー!」

 

 サイアスがファイヤーレーザーをパイアールに向かって放つが、それは冷気の膜で防がれ、四散する。

 

「何っ!?」

「無駄です! 人間如きの魔力でこのフリーズウォールは破れませんよ! 何せこれは魔人でも屈指の氷使いの魔法を流用しているのですから。まあ、馬鹿ですがね」

「……あまり人の姉を馬鹿にしないで貰える?」

 

 ハウゼルがパイアールを睨み付け、タワーオブファイアを放つ。だがそれも、フリーズウォールに阻まれて四散してしまう。その事にサイアスは再び驚愕する。あの膜はハウゼルの魔力すら阻むというのか。

 

「だから無駄だと言っているでしょう? この兵器は貴女と同等の力を持ったサイゼルの力を使っているのですから」

 

 笑いながらパイアールが鉄拳をハウゼルに向けて放つ。それをすんでのところで躱すハウゼル。先程までの無機質な戦い方とは違い、今のユプシロンはパイアールの命令の下、本当に臨機応変に戦う。それは本来素早くないユプシロンの弱点を補って余りあるものだった。

 

「真空斬!!」

「伸びろ、バイ・ロード!!」

 

 ルークが真空斬を放ち、リックがバイ・ロードを伸ばしてユプシロンを斬りつける。それに続くようにかなみ、レイラ、サーナキアの三人が一斉に斬り掛かる。

 

「ふっ!」

「はぁっ!」

「はぁっ……はぁっ……たぁぁぁぁ!!」

 

 三方向から一斉に斬り掛かられたユプシロン。そのダメージはユプシロンの体に傷をつけたが、瞬時に回復してしまう。それに続けて、先程のルークとリックが与えたダメージも修復する。

 

「くっ……ボクたちの一撃は、あの二人に比べて軽いという事か……?」

 

 既に息も絶え絶えなサーナキアが悔しそうに呟く。これが、先の二人との明確な差なのだ。どちらもすぐに修復されるとはいえ、与えているダメージ量が違いすぎる。

 

「邪魔ですよ! 雑魚はさっさと舞台から退場してください!!」

「ぐっ……うわぁぁぁぁ!!」

 

 サーナキアが鉄拳をもろに受け、壁に吹き飛ぶ。考え事をしてしまったというのもあるが、それ以上にサーナキアの体力は限界であった。

 

「サーナキアさん!!」

「貴女たちもですよ、雑魚なのは!!」

 

 かなみとレイラがサーナキアの心配をするが、パイアールは二人を見下しながらサーナキアに放った鉄拳をそのまま二人に向かって連続で放つ。

 

「きゃぁぁぁぁ!!」

「レイラさん! ……くっ!」

 

 レイラが直撃を食らって吹き飛ばされるのを横目で見ながら、かなみは瞬時に後方に跳んでその鉄拳を躱す。だが、そのまま腕の中間部が開き、中から発射口が出てくる。

 

「……!?」

「はい、終わりです」

 

 パイアールの言葉と同時に、かなみに向かって小型のミサイルが三発放たれる。目を見開いたかなみだったが、即座に懐からくないを出してミサイルに向かって連続で放つ。それはミサイルに命中し、空中で爆発が起こる。轟音と大量の煙が立ち込める中、かなみが床に着地する。

 

「はぁっ……はぁっ……」

「無事にやり過ごせたと思いましたか? 残念でした!」

「なっ!?」

 

 かなみが息を吐いていると、煙の中からユプシロンの巨大な腕が現れ、かなみの頭を握り潰す。グシャリと頭を潰された凄惨な光景にレイラが叫び声を上げる。

 

「かなみ!!」

「あはははは……んっ!?」

 

 高笑いを上げるパイアールだったが、すぐにその表情が崩れる。頭を潰されたかなみの姿がゆらりと動き、そのまま四散したのだ。直後、ユプシロンの腕が忍剣で斬りつけられる。

 

「分身……? 小癪な真似を……」

 

 かなみが使ったのは分身の術。カバッハーンの幻影魔法を見ていたかなみは、普段から練習していた分身であの真似をしたのだ。

 

「いつまでも……」

 

 思い出されるのは、ノス戦。非力な自分ではダメージが与えられず、サポートに回ることしか出来なかった。

 

「いつまでも……」

 

 次いで頭を横切るのは、ジル戦。開幕と同時に破れ、何一つ役に立てなかった。これがリーザス解放戦の最終決戦におけるかなみの戦績。完全に足手纏いだと自分を卑下したりもした。悔しさに泣きもした。そして、メナドと共に鍛錬を積んだ。全ては、このときのために。

 

「いつまでも、足手纏いにはならない!!」

 

 咆哮し、ユプシロンの顔面に向かって手裏剣を連続で放つ。それを鬱陶しそうに手で払うユプシロンだったが、瞬間隙が生じる。そのかなみの横を猛スピードで駆けていく二つの影。

 

「良い動きだ……見込みがある……」

「足手纏いだと思ったことなど一度もないぞ、かなみ!」

 

 即座に反応したのは、かなみの分身の術に気が付いていた二人。ルークとメガラス。素早さに関してはやはりこの二人が図抜けているようだ。そのままユプシロンに向かって斬り掛かる。

 

「真滅斬!!」

「…………」

 

 ルークが強烈な一撃を放ち、メガラスがその間に五発もの攻撃を入れる。二人の攻撃をもろに受けたユプシロンの体がぐらりと傾く。

 

「くっ……このハエ共がぁぁぁぁ!!」

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

 だが、それもほんのつかの間だ。パイアールとユプシロンが同時に咆哮し、ルークとメガラスに向かって銃を乱射する。即座に後方に跳んで躱した二人だったが、そうこうしている間にまたしても傷が修復してしまった。

 

「無駄なんですよ! いい加減諦めた方が身のためなんですよ!」

「諦めないわ……最後までね……フェリス、セスナとアリシアの護衛を代わるわ。貴女の方が私より強いし、護衛は私の役割だから。貴女もボロボロだけど、まだ戦える?」

「当然だ。頼んだ」

 

 その言葉を受け、壁に吹き飛んでいたレイラが剣を握り直して立ち上がる。どんな状況にあっても屈しないと、ジルとの戦いの後に決意したのだ。自身の体の状態を冷静に判断し、セスナとアリシアの護衛に回っていたフェリスに後を託して護衛に回る。それを反対側の壁に飛ばされていたサーナキアが呆然と見る。頭の中で反芻されるのは、先程のかなみの言葉。

 

「足手纏い……今のボクは完全に足手纏いじゃないか……何がカサドの人の無念を晴らすだ……」

 

 悔しさに涙が零れる。これでは折角代わってくれたメナドにも申し訳が立たない。だが、フロンの姿が思い出される。昨晩、強い女性である彼女は震えていた。どれ程地上へ降りることを待ちわびていたのだろうか、想像することも出来ない。そして、その悲劇を生んだのは、自分たちダラス派遣隊だ。そのとき、サーナキアの目の前に人の影が映る。

 

「みん……な……?」

 

 それは、かつての仲間たち。だが、生きているはずがない。何せ彼らが闘神都市に来たのは、200年以上も前の事なのだから。サーナキアが思ったように、当然それは幻影であり、他の者たちの目には映っていない。だが、彼らは全員サーナキアに微笑みかけている。当時自分を女であるからと嫌っていた者も含め、全員がだ。そして、中央に立つのはフロンの先祖、ヴィクトリー・ネルソン。メガネをくい、と持ち上げながら、言葉を発する。

 

「(行け、サーナキア! 奴に勝つためには君の力が必要だ! 騎士として……最後まで諦めるな!!)」

「……!?」

 

 その言葉を残し、仲間たちの幻影が四散していく。気が付けば、サーナキアは側に落としてしまっていた火炎ブレードを握りしめていた。

 

「まだやれる……ボクは……まだ……」

 

 体が動かない。すぐには立ち上がれそうもない。だが、サーナキアはしっかりとユプシロンを見据えていた。そして、サーナキアとは別に、もう一人葛藤している者がいた。

 

「(みなさん……私が捕まったばっかりに……)」

 

 パイアールとは反対側の水晶球の中で、シィルが悲しげな表情を浮かべていた。リックがユプシロンを斬りつけるが、またしても瞬時に修復される。それは全て、自分の魔力のせいだ。

 

「(サイアスさんたちが折角魔気柱を破壊してくださったというのに……私がこうして捕まっている限り、ランス様たちはユプシロンには勝てない……)」

「ランスアタァァァック!!」

 

 ランスが必殺の剣をユプシロンに放ち、ユプシロンの体に直撃する。大きく体勢を崩すがすぐさま修復していき、ランスに向かって魔法を放つ。

 

「スーパーティーゲル」

「ちっ!?」

 

 ランスにその魔法が直撃し、後方に吹き飛ばされる。

 

「(ランス様っ!?)」

 

 シィルが水晶の中で目を見開くが、吹き飛ばされたランスはすぐに立ち上がる。だが、その体はボロボロだ。ランスだけではない。唯一の回復役を失ったパーティーは、みなボロボロの状態だった。

 

「何なんだ、あいつ……? あいつの攻撃が一番傷の治りが遅い……」

 

 パイアールが不思議そうにユプシロンの傷を見る。ランスが与えている攻撃は、ルークやリック、メガラスのダメージよりも傷の治りが遅いのだ。シィルの無意識の抵抗なのか、あるいは怒りによってランスの攻撃力が上がっているのか。いずれにせよ、パイアールはランスに細心の注意を払う。

 

「舞え、魔法球!!」

 

 パイアールが叫ぶと、突如ユプシロンの周りに二つの球体が現れ、一つがランスに向かって猛スピードで突進をする。

 

「ぐおっ!!」

 

 魔法球の突進を受け、ランスが表情を歪める。そして、もう一つの魔法球は自身の後ろへと突進する。そこには鎌を構えているフェリスがいた。

 

「バレバレですよ」

「くっ……ぐあっ!!」

 

 フェリスの体が魔法球の突進によって吹き飛ばされ、鎌を地面に落とす。レイラと入れ替わる形で前線に復帰したフェリスだったが、メンバーの中で最も傷が深いのは戦闘開始直後からパイアールを相手取っていたフェリスだ。いくら契約とはいえ、これほどの傷を負っている彼女が今悪魔界に戻っても誰も文句は言わないだろう。だが、彼女はすぐに鎌を拾い上げる。

 

「まだまだぁぁぁ!!」

 

 最早ここに立っているのは使い魔ではない。一人の仲間として、ルークたちと共に戦っていた。だが、そのフェリスの痛々しい姿を見て、シィルの表情が更に曇る。

 

「(フェリスさん……ルークさん……この水晶球からの魔力補給さえなくなれば……)」

『水晶球からの脱出方法は三つ』

 

 そのとき、シィルはフリークの言葉を思い出す。話には上がったが、即座に却下された一つの脱出方法を。

 

『内部からの破壊。じゃがこれは、取り込まれた者がそれなりの攻撃魔法を使えるのが条件じゃし、狭い空間で魔法を放つのじゃ。術者もただではすまない』

「(ランス様……)」

 

 シィルは一度目を瞑り、唇を噛みしめて一つの決意をしていた。

 

「志津香、もう大丈夫だ」

「いけるの!?」

 

 志津香が迫ってきていたミサイルを魔法で撃ち落としながらナギに問いかける。ビットが無くなり、長い詠唱が出来るようになると思った矢先にパイアールがユプシロンに乗り込み、その手数が増した。だが、ビットがあったとき程ではない。志津香がナギの護衛に回り、ナギはこれまで超上級魔法の詠唱をしていたのだ。

 

「ああ、問題ない」

「ヘルの加護!」

 

 ナギが笑いながら答えていると、エムサが魔法付与を掛けてくる。ナギの全身を巡っていた魔力が更に高まるのが判る。

 

「ほう、やるな貴様。これなら奴を倒せる」

「みんな、離れて!!」

 

 ナギがニヤリとエムサに笑いかけ、志津香がナギの射線上にいる仲間たちに向かって叫ぶ。後ろを振り返ると、ナギから強烈な魔力が発せられているのが見える。即座に射線上を開けるルーク、リック、ハウゼルの三人。

 

「むっ……」

「死ね、黒色破壊光線!!」

 

 パイアールがナギに気が付くが、妨害するにはあまりにも遅すぎた。ナギが自身の放てる最強の魔法をユプシロンに向かって放つ。暗黒の光線が強烈な魔力を帯びながらユプシロンの左半身を飲み込み、後ろの壁を破壊した。右肩のあたりはシィルの水晶球があり、志津香に強く言われていたため、ナギはそこを避ける形で魔法を放っていた。

 

「あの娘……人間では最高峰の魔力ね……多分……」

「やったの……?」

 

 恐るべき魔力量にハウゼルが思わず呟く。立ち込める煙を見てレイラが思わず呟くが、その煙を振り払ってユプシロンの顔とパイアールの水晶球がゆっくりと姿を現す。

 

「なるほど……人間にしては中々の魔力ですね」

「馬鹿な。あれで倒せないだと?」

「おかしい。何故あの程度のダメージで済んでいる……?」

 

 ナギが悔しそうに吐き捨てるが、ルークが不可解そうにユプシロンを見上げる。既に黒色破壊光線のダメージの修復が始まっており、ほぼ完治しかけていたのだ。今の強力な魔法を食らったにしては、あまりにも早すぎる。

 

「狙った場所が悪かったですね……ボクがいる辺りを狙ったばっかりに、無敵結界によって殆どダメージは四散しましたよ」

「なるほど、そういう事か……」

 

 シィルを避けたため、必然的に魔法はパイアールのいる水晶球を中心に放たれた。だが、そのせいでダメージが思ったように通らなかったのだ。その言葉に再び水晶球の中にいるシィルの表情が曇る。

 

「とはいえ、ボク目がけて攻撃してくるなんていう無礼な行為の礼はさせて貰いますよ!」

「スーパーティーゲル」

「危ない!!」

 

 ナギ目がけて聖魔法を放つユプシロン。魔法を放ったばかりのナギは完全に無防備であり、側にいた志津香も対応が遅れる。だが、即座にルークが二人を両脇に抱え、魔法をすんでのところで躱す。

 

「志津香、アスマ、大丈夫か?」

「まあね、ありがとう。でも変なとこ触ったら殴るわよ」

「助けられるのはこれで二度目だな。気に入ったぞ、ルーク」

 

 志津香とナギの無事を確認し、すぐに抱えていた二人を下ろす。そのまますぐに腰に差していたブラックソードを持ち直し、ユプシロン目がけて真空斬を連続で放つ。それは全て命中するが、即座に修復が始まる。

 

「堂々巡りだな……」

「無駄なんですよ! 人間が及ぶべきもない力を持つ闘神に、天才であるボクの技術を足したんですよ!!」

「なら、これは無敵結界で防げないでしょう? タワーオブファイア!!」

 

 ナギが魔法を放ったばかりだったので、射線上にはまだ誰もいない。それを確認したハウゼルは灼熱の炎を放つが、それはフリーズウォールに阻まれる。何度も見た光景だ。だが、今度は違う。

 

「サイアス、私に続いて!」

「……!? なるほど、ファイヤーレーザー!!」

 

 ハウゼルの狙いを即座に読み切ったサイアスがファイヤーレーザーを放つ。先程パイアールはハウゼルと同等の力を持った姉の魔力を使っていると言った。ならば、ハウゼルとフリーズウォールの力は同等のはず。そこにサイアスの魔力を加えれば、フリーズウォールの壁を突破出来ると考えたのだ。タワーオブファイアとファイヤーレーザーの炎が合わさり、更に強烈な炎となってフリーズウォールを襲う。一瞬押し切れるかに思えたその魔力は、無情にも大気中に四散してしまった。

 

「嘘……何で……?」

「あはははは! 浅はかなんですよ!! 今このユプシロンにはボクとユプシロン、二人分のフリーズウォールが自動発生するようになっています。もう君たち程度の力じゃどうしようもないんですよ! まあ、サイゼル二人分の魔力を越えられるなら、話は別ですけどね?」

 

 そんな事が出来るはずないとパイアールが笑い飛ばす。無敵結界の全体化は間に合わなかったパイアールだが、フリーズウォールを二重に発生させるのは片手間でも完成させられていたのだ。悔しそうにしながらハウゼルが呟く。

 

「これじゃあ、もう私は役に立てないわね……」

「それは違うぞ……お前が切り札だ……」

「メガラス?」

 

 高速で駆け回っていたメガラスがハウゼルの横に降り立ち、そう口にする。驚いたような表情で聞き返すハウゼル。フリーズウォールによって完全に封じ込まれている自分が切り札というのはどういう事なのか。

 

「何度か攻撃したが……あの水晶球は打撃では破壊できそうにない……だが、魔力ならば通る……」

 

 真空斬で水晶球を狙おうとしていたルークだったが、その言葉を聞いて狙いを変える。自身の力はまだばれていない。だからこそ、無駄に水晶球を攻撃し、その際に万が一無敵結界が発動しないのに気付かれてはならないのだ。これこそが、メガラスの知らないもう一つの切り札。

 

「回復力も脅威だが、真の脅威はパイアールの頭脳だ……奴がいる限り、ユプシロンを落とすのは難しい……しかし、普通の魔力では無敵結界を越えられん……ハウゼル、お前だ……お前がフリーズウォールを破らなければならないんだ……」

「私が……姉さんの魔力を……」

「他の魔法使いと協力し……フリーズウォールを破れ……そうすれば、ハウゼルの魔力が奴の水晶球ごと飲み込むはずだ」

 

 そのプレッシャーにハウゼルが銃を握りしめ、後ろに立っていたサイアスも拳を握りしめる。同時に、メガラスの言葉を受けた志津香、ナギ、エムサの三人が近寄ってくる。

 

「二重になっているって事は、私たち四人でハウゼルと同等の炎に仕上げなければいけない訳ね」

「炎か……あまり得意ではないのだがな……」

「私は炎魔法を使えません。ですが、代わりに付与魔法でサポートさせていただきます」

「ハウゼルの付与分プラス俺ら三人の付与有り炎……これで破れなかったら、俺らが不甲斐なさ過ぎるな……」

 

 志津香が現状の確認をし、炎魔法は片手間程度にしか覚えていなかったナギが頭を掻く。エムサも炎魔法は使えないが、その付与魔法は大きな力になる。三人の言葉を聞き、サイアスが自虐気味に笑いながらユプシロンを睨み付ける。これだけの協力を得てハウゼルの力に届かないのであれば、最強の炎の使い手を名乗る訳にはいかなくなる。

 

「詠唱の間は俺が護ろう……最強の魔法を放ち、壁を越えろ、ハウゼル……」

「……判ったわ。みんな、私に続いて」

 

 ハウゼルがそうサイアスたち声を掛け、全員が魔力を練り始める。パイアールも一カ所に魔力が集中している事に気が付き、妨害のためにミサイルを放ってくるが、それを超スピードで打ち落とすメガラス。

 

「ランス、かなみ、フェリス、リック! 俺たちも時間を稼ぐぞ」

「はい、ルークさん!」

「ふん、時間を稼ぐなんてみみっちい事は必要ない。俺様の手で奴を仕留めれば良い話だ」

「あの回復力でそれが出来たら苦労はしてないけどな」

「では参りましょう!」

 

 ルークがブラックソードを片手に駆けていく。ランス、かなみ、フェリス、リックの四人もそれに続き、ユプシロンに斬り掛かる。

 

「鬱陶しいんですよ!! この雑魚共がぁぁぁぁ!!」

 

 パイアールが絶叫し、魔法球やミサイル、銃弾を乱射してくる。これまで以上の猛攻に、ルークたちは攻めあぐねる。

 

「こっちが遊んでいれば図に乗りやがって……格の違いっていうのものが判らないんですか!? これだから低脳は困るんですよ!!」

「いくら天才でも、そうやって相手を見下すような奴を俺は認めたく無いな」

「下等な人間に認められる必要なんてないんですよ! ボクの事を理解してくれるのはただ一人! 姉様だけなんだから!!」

 

 全身から銃身を出し、部屋中に乱射するユプシロン。レイラがアリシアを抱きかかえ、セスナと共に避難する。メガラスも向かってきた銃弾を打ち落とすが、これまでの避ける戦法から護る戦法に変えたため、少しずつ傷を負っていく。攻撃を避ける事に関しては超一流の反面、受ける事に関してはあまり上手いとはいえない。何せこれまで、そのように対応しなければならない事など殆ど無かったのだから。

 

「メガラス……」

「魔法に集中していろ」

 

 これ程のダメージを負ったメガラスを見たことがないハウゼルが声を漏らすが、振り返ることなくメガラスがそれに答える。

 

「無様ですよ、メガラス! 自慢の回避能力はどうしたんですか!!」

「…………」

 

 これ幸いと、更に攻撃の手を強めるパイアール。メガラスは無言のままその全ての攻撃からハウゼルたちを護る。その背中が大きく見えたのは、気のせいではないだろう。勢いよく乱射していたユプシロンだったが、突如横からの攻撃を胴体に受けてぐらつく。

 

「ぐっ……」

「あちらにばかり気を取られ過ぎじゃないか?」

 

 パイアールが視線を落とすと、ルークがブラックソードでユプシロンの胴体を斬りつけていたのだ。決してルークたちへの攻撃の手を緩めた訳では無い。だとすれば、この男はあの銃撃の嵐を越えてきたのだ。

 

「ハエが……ウザイんですよぉぉぉぉ!!」

 

 パイアールの絶叫が部屋に響き渡る。即座に鉄拳をルークに放ち、後ろから近づいていたかなみとフェリスにもミサイルを放つ。その間にもルークの与えたダメージは既に修復されていた。リックとランスがミサイルをかいくぐってユプシロンを斬りつけるが、そのダメージもじわじわと修復されていく。

 

「ちっ……シィルの奴が捕まるから……」

 

 そう呟いてランスはユプシロンを見上げる。そして、目を見開く。シィルの水晶球から赤い光が発せられているのだ。

 

「何だぁ!? 何してやがる、シィル!!」

「あれは……シィルちゃんの魔力……?」

「まさか……!?」

 

 ランスの大声に全員がシィルの水晶球に視線を向ける。その光が魔力によるものだと気が付いた志津香が口を開き、サイアスが目を見開く。フリークの言葉を思い出したのだ。

 

「いけません! そんな狭い空間で魔力を暴走させたら……」

「あの女、死ぬぞ」

「なっ!?」

 

 エムサが絶叫し、ナギが冷淡に言い放つ。だが、その言葉は魔法を使えない者たちの耳にしっかりと響き、全員が目を見開く。

 

「何を勝手な事を!」

「(……っ!?)」

 

 パイアールが表情を歪めて水晶球の中から何かを操作する。すると、シィルの水晶球の中に電撃が走り、シィルが苦痛に表情を歪める。だが、その痛みに耐えながら必死に詠唱を続けるシィル。

 

「駄目……」

「シィルちゃん……止めて……そんな事したら……」

「私たちが必ずフリーズウォールを打ち破る! だから止めて!!」

「全員無事に帰ると約束したはずだ、シィルちゃん! 止めるんだ!!」

 

 レイラが青ざめている後ろでセスナが呟き、かなみが悲しそうな表情でユプシロンを見上げ、冷静なはずのハウゼルも声を荒げる。ルークも絶叫しながらシィルの水晶球に駆けていくが、間に合わない。水晶球の中のシィルが、ニコリと微笑む。

 

「(いくらフリーズウォールを破っても、この修復力が厄介な事には変わりはありません。ランス様、みなさん。必ず勝ってください……)」

「おい……何勝手な事をする気だ……? 止めろ、シィル! 俺様の命令だぞ!!」

 

 ランスの絶叫が部屋に響き渡る。それは、今まで聞いたことも無いような叫びだ。だが、その言葉を受けてもなおシィルは詠唱を止めず、そのままゆっくりと両手を前に出す。それは、魔法を放つ動作。

 

「止めろぉぉぉぉぉ!!!」

「(ファイヤーレーザー!!)」

 

 水晶球の中でシィルが上級魔法を放つ。その魔力は狭い空間で暴走し、水晶球が真紅に光り輝く。ランスが手を伸ばすが、それが届くことはない。強烈な爆発が起こり、大量の煙と共に水晶球の破片がパラパラと地面に落ちてくる。そして、全身に火傷を負ったシィルの体も宙に投げ出され、ドサリと地面に落ちる。受け身も取らなかったシィルの体はピクリとも動かない。真っ先に駆け寄ったのは、当然ランスであった。

 

「おい……シィル……何寝たふりしてるんだ……?」

 

 シィルの体を抱き上げ、その頬をぺちぺちと叩く。だが、シィルは何の反応もしない。体にまるで力が入っておらず、ピクリとも動かない。

 

「嘘……でしょ……?」

「シィルちゃん……こんな事って……」

「…………」

 

 フェリスと志津香が呆然とし、かなみが無言で涙を流している。頬を叩いていたランスが無言になり、動かないシィルを抱き寄せる。その動作が、全てを物語ってしまっていた。

 

「はぁ、仕方ない……ボクの魔力を少し修復の方にも回すとしますかね……これだから姉様以外の女は嫌なんだ。早く片付けてくださいよ、そのボロ雑巾」

 

 瞬間、全員がパイアールを睨み付ける。強烈な殺気がパイアールに集中するが、一際強烈な殺気がある。それは魔人のメガラスでも、リーザス最強であるリックでも、大陸でも屈指の冒険者であるルークでもない。それは、パイアールがボロ雑巾と言い放った魔法使いの主人から発せられていた。抱き寄せていたシィルをゆっくりと床に横たわらせながら、ランスが口を開く。

 

「おい、貴様。今、俺様の女に向かって何て言った?」

 

 パイアールは今、触れてはけない逆鱗に触れた。

 

 




[技]
分身の術
 自身の分身を作り出し、相手を惑わせる忍術。基本的な忍術の一つだが、作り出せる分身の量でその者の実力が推し量れる。現在かなみが作り出せる分身は4体。5体作り出せれば中忍と言われている。

スーパーティーゲル
 上級聖魔法。強力な闇の砲弾を放ち、その威力はレーザー級と同等。だが、ユプシロンの放つものはパイアールの魔力で強化されているため、非常に凶悪なものになっている。

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