ランスIF 二人の英雄   作:散々

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第97話 最後に決めし者

 

-下部司令エリア 司令室-

 

 ランスから発せられたあまりにも膨大な殺気を受け、部屋の者たちに緊張が走る。それはルークたち人間だけではない。魔人である三人も、他の者と同様に驚いていた。

 

「あの男……こんなに凄かったの……?」

 

 ハウゼルが魔力を溜めながら呆然とランスを見る。初めて会ったのは数日前。パイアールを追いかける際にすれ違った、どこにでもいる一戦士という程度の認識。正直、二度目に再会するまであまり記憶にも残っていなかった。二度目に再会した際にも、その強さはルーク、リック、アレキサンダー辺りには劣っていたはずだ。だが、今はランスから発せられる殺気に気圧されている。

 

「ランス殿……」

「ランス……」

 

 リックも驚愕している。昨晩ウィリスに全員のレベルアップ儀式をして貰っていた。その際のランスのレベルは38だったはず。本来それは十分高い数値ではあるが、ジル戦のときのランスはもっと強かった。だが、今の殺気はあのとき以上のものだ。ランスの中の何かがレベルも何もかも凌駕しているのだ。かなみも床に横たわったシィルとランスを交互に見ながら口を開く。だが、掛ける言葉が見つからない。

 

「…………」

 

 志津香が今までランスに向けた事の無いような悲しげな視線を向ける。この殺気は何が原因で発せられているかは、付き合いの長いものならば判らない訳がない。

 

「何だ……何なんだ、この人間は……」

 

 パイアールが額に汗を掻く。思えばシィルを水晶球に取り込んだ際も、この男の接近を許してしまっている。無敵結界が無ければ殺されていたであろう。だとすれば、今警戒すべきなのは無駄に魔力を溜めているあの魔法使いたちでも、その護衛に回って自由に動けないメガラスでも、満身創痍の体で碌に動けない悪魔の女でもない。あの男の異質な殺気が、最も警戒すべきもの。

 

「ユプシロン、あの男を殺せ!!」

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

 ユプシロンが咆哮し、数発のミサイルを放ってくる。だが、ランスはそれを気にもせず、一気に前進していく。本来あまり素早くはないランスに、目の前に迫っているミサイルを避ける術はない。当然爆風がランスの体を飲み込む。

 

「ランスくん!?」

「あの馬鹿……」

 

 レイラが目を見開き、ルークがブラックソードを片手に駆け出す。ランスが爆風に飲み込まれるのを見てニヤリと笑ったパイアールだったが、煙の中から一気にランスが飛び込んでくるのを見てすぐに目を見開く。

 

「なんだとぉ!?」

 

 一体どのようにミサイルをやり過ごしたのかとランスの体を見る。だが、全身に痛々しいダメージがしっかりと残っていた。それを見たパイアールは気が付く。それは、到底信じられぬ事。

 

「避けていない……まさか、本当に突っ込んだだけだというのか!?」

「ぶっ殺す!!」

 

 そう、ランスは小細工など何もしていない。正面から爆風を受け、それに耐えてただ前進しただけなのだ。そんな無謀とも言える戦法をパイアールは理解出来ない。下手すれば死んでいる。そんな訳の判らない戦法をとるランスという人間の考えが、論理的に考えるパイアールには理解出来ないのだ。

 

「死ねぇぇぇぇ!!」

 

 ランスが上空に跳び上がり、一気にユプシロン目がけて剣を振り下ろす。その一撃はランスアタックではない。

 

「鬼畜アタァァァック!!」

「あれは……!?」

「嘘っ!?」

 

 サイアスとかなみが同時に声を漏らす。ランスがユプシロンに放った剣撃は、普段の闘気が外へと放出される一撃ではない。剣が闘気を纏い、外に放出することなく強烈な一撃となってユプシロンを斬り裂く。それはまるで、ルークの真滅斬。

 

「いや、俺の技というよりもあいつの技に近い……ランスの奴……」

 

 ただ一人、ルークだけが真滅斬との微妙な違いに気が付いていた。ランスアタックと真滅斬の丁度中間のような技であり、それはかつてルークの妹が使っていた技にそっくりであった。ランスアタックよりも攻撃範囲は狭いが、威力は高まっている。これが、ランスが怒りによって生み出した新必殺技、鬼畜アタックだ。

 

「ぐぉぉぉぉぉ!!」

「ユプシロン!? 馬鹿な、何故こんなに効いている!?」

 

 ユプシロンが絶叫を上げる。傷の治りが今までよりも遅い。シィルがいなくなって修復能力が落ちたというのもあるが、それ以上にランスの一撃が想像を遙かに超えていたのだ。その光景を見守っていた一同の内、魔法使いの護衛に回っていたメガラスが興味深げに口を開く。

 

「なるほど……興味の対象が一人増えたな……あの男、ランスといったか……? 面白い……」

 

 そうメガラスが呟いていると、ユプシロンを斬りつけたランスが今度はパイアールの入っている水晶球に向かって跳び上がる。

 

「死ねぇぇぇぇ!!」

 

 ランスが剣を振り下ろしたが、ガキンという音と共にその攻撃は弾かれる。元々水晶球にはメガラスが言うように物理攻撃は効かないのだ。そのうえ、中に入っているパイアールの無敵結界の影響もある。

 

「ふふっ……無駄なんですよ! ティーゲル!」

「……!?」

 

 パイアールが命令し、ユプシロンがランスに向かって魔法を放つ。直後、暗黒の衝撃がランスの体を飲み込んだ。

 

「馬鹿め! 直撃しましたね……なっ!?」

 

 パイアールの魔力で強化された凶悪な魔法が直撃したのだ。今度こそ無事であるはずがない。だが、闇の中からヌッとランスの腕が伸びてきて、パイアールの水晶球に迫る。水晶球の中からパイアールを引きずり出そうとしているのだ。

 

「ひっ……!?」

 

 そのあまりの恐怖に思わずパイアールが声を漏らしてしまう。だが、ランスの手は無敵結界によって弾かれてしまう。あまりにも敵意の籠もったそれが、攻撃と認識されてしまったのかもしれない。

 

「ぬっ……!?」

「ボクが……恐怖……人間如きを……有り得ない……有り得ない、有り得ない! これは何かの間違いだ!! ユプシロン!!」

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

 パイアール自身、今の自分から漏れた声が信じられない様子であった。無敵結界でダメージを与えられるはずの無い相手に恐怖する。これはパイアールのプライドを酷く傷つけていた。即座にユプシロンに向かって叫ぶと、ユプシロンの鉄拳が横からランスに振るわれる。その拳が腹部に直撃したランスは後方へと吹き飛ばされるが、その体を駆けてきていたルークが支える。

 

「大丈夫か?」

「ふん、何も問題はない」

 

 ランスを追撃しようとしたユプシロンだったが、かなみ、リック、フェリスの三人が間に割って入り足止めを始める。ルークの問いに吐き捨てるように答え、口元の血を拭い再びユプシロンに向かっていこうとするランス。だが、あまりにも無謀な特攻のお陰でその体はボロボロだ。

 

「ランス……」

「……下らん事を言ったら、貴様を見限るぞ」

「言うつもりはない。ディオ相手に頭に血が上った俺が言える立場ではないしな」

 

 もしここでルークが落ち着けだの冷静になれだのと言っていたら、それはランスを失望させていただろう。だが、ルークも志津香の復讐に手を貸す身であり、また、ディオとの初戦では頭に血が上って冷静には戦えていなかった。その事を棚に上げて偉そうにものを言うつもりはない。だが、事実は伝えねばならない。

 

「俺様の女に手を出した奴は殺す。それだけだ」

「だが、酷なようだがお前ではパイアールに……魔人にダメージは与えられん」

 

 その言葉にランスが目を見開いてルークを睨み付ける。だが、その強烈な殺気を真正面から受け止め、ルークは言葉を続ける。

 

「ふん、英雄である俺様にそんなものは関係ない。あのクソガキは必ず俺様が……」

「カオスのない今のお前では無理なんだ……」

「…………」

 

 ランスの剣を握る手に力が増す。ランスとてその事実には気が付いていたのだろう。その見た目や振る舞いから勘違いされがちだが、本来のランスは戦士としては十分頭の切れる部類だ。ミリを人質に取ってのミルへの勝利、パラライズの粉を使ってのサテラへの勝利などからも判るように、使える手段をとことん使い勝利を無理矢理手にする。どちらかといえば、ランスは頭脳型の戦士なのだ。

 

「カオスは……セルさんは……どうして此処にいない……」

 

 そうランスが漏らす。魔人を殺せる魔剣カオス、魔人を封じる技を持つセル。カオスだけでなくセルの名前も呟く辺り、やはり今の状態のランスでも奴に勝てる手段を頭の中で考えていたのだろう。ルークが真剣な表情でランスを見据え、ブラックソードを握り直す。

 

「ランス、お前はユプシロンを討て」

「…………」

「道は俺たちが切り開く。サイアスたちの魔法が決まれば一気にダメージを与えられるはずだ。そこにさっきの必殺技を叩き込め。この戦いのトドメはお前だ、ランス!」

「……ふん、あのデカブツだけでは物足りんな。闘神もあのクソガキも俺様がまとめて殺す。今回は誰にも譲る気はないぞ。お前にもな」

 

 ジル戦でルークにトドメを譲った事を思い出しながらそう答えるランス。だが、その視線がパイアールからユプシロンへと移る。

 

「まずはあの邪魔なデカブツをどかすのが先か。その後であのクソガキはぶち殺す」

「ランス、俺に続け!」

「俺様に命令するな!」

 

 ランスの答えを聞いたルークがブラックソードを握りしめて駆け出し、前で戦っていたフェリスとリックに合流する。ランスも悪態をつきながらルークの後に続くが、一度だけ倒れているシィルに視線を向ける。

 

「(バカ野郎が……俺様の許しもなくあんな事しやがって……)」

 

 そう心の中でシィルに一度だけ文句を言い、ランスは視線をユプシロンへと戻して駆け出した。

 

「伸びろ! バイ・ロード!」

「はっ!」

「おらっ!」

「えぇい、邪魔をするな、雑魚共が!!」

 

 リックがバイ・ロードを伸ばしてユプシロンを翻弄し、かなみがくないで素早くミサイルを空中で爆発させ、フェリスが巧みに鎌を振るって放たれる銃弾を打ち落とす。その三人にルークとランスが合流する。

 

「三人とも、どうだ?」

「ルークさん、ランス!?」

「中々に難しいですね……修復力は確かに落ちていますが、それでも一気に仕留めるとなると厳しそうです」

「強さだけならジルの方が遙かに上だが……自己修復する敵ってのがこんなに厄介だとはね……」

 

 ルークの問いにリックとフェリスが素直に答える。確かに先程与えたランスのダメージがまだ残っているようだったが、それ以外の傷は既に修復しきっている。

 

「ふん、弱音を吐いていないでさっさと働け」

「……判ってるよ!」

「っ……」

 

 ランスの悪態に少しだけ戸惑いながらも、いつも通りの返事をするフェリス。それとは対照的に、かなみはいつも通りの振るまいが出来ない。フェリスの心の強さを感じていると、そのかなみの肩にルークの手が乗せられる。

 

「恥じる事はない。それは大切な感情だ」

「はい……ランス、あいつらを絶対に倒しましょう」

「当然だ」

 

 かなみの言葉にランスが即答し、五人がユプシロンとパイアールを見上げる。だが、自分たちでは頑丈なユプシロンを一気に押し切れないのは判っている。ユプシロンの体中に取り付けられている重火器も厄介極まりない。それら全ての状況をひっくり返せる可能性を持つのが、後ろで魔力を溜めているハウゼルたちだ。ちらりとルークが視線を向けると、サイアスも視線で合図をしてくる。どうやら、もうすぐいけるようだ。

 

「最終局面だ。みんな、持てる力を全て出すんだ」

「俺様の足を引っ張るなよ、お前ら」

「最後の会話は済みましたか? そろそろ死んでくださいよぉぉぉ!!」

 

 ルークとランスがそう口を開くと、パイアールが怒気を含めながら絶叫してくる。それと同時に、ユプシロンが暗黒の魔法を放つ。

 

「スーパーティーゲル」

「リック!」

「了解です!!」

 

 五人に向かって放たれた魔法を見て、ルークがリックに声を掛けて駆け出す。瞬時にその狙いを理解したリックがそれに続き、迫ってきた魔法に向かって二人が剣を振るう。両断され、空気中で消滅するユプシロンの魔法。

 

「魔法剣か……えぇい、鬱陶しい!!」

 

 ルークのブラックソードとリックのバイ・ロードは魔法剣。そのため、多少ならば魔法に干渉し、打ち落とすことも可能なのだ。とはいえスーパーティーゲルほどの上級魔法とあっては一人で打ち落とすのは困難であるが、二人が協力すれば何とか打ち落とせる。パイアールがそれならばと実弾を振りまく。それを素早く躱しながらかなみがくないを放ち、フェリスが銃弾を鎌で防ぐ。そんな中、ルークは今の自身の一撃に違和感を覚えていた。

 

「何だ、今の感覚は……?」

 

 冒険者として各地を飛び回っているルークはこれまで色々な剣を扱っており、魔法剣を使うのはこれが初めてではない。だからこそ、瞬時に今のスーパーティーゲルにも対応出来たのだ。だが、魔法を斬った感触がこれまで感じた事のないようなものであった。この感覚の正体をルークが知るのは、もう少しだけ先になる。

 

「ほらほらほらほら、無様に這いつくばってくださいよ!! そっちも何を油断しているのですか!!」

 

 パイアールが叫びながらルークたちを攻撃し、魔法使いたちを護っているメガラスや、イオとアリシアを護っているレイラにも定期的に攻撃を仕掛けてくる。その全てを躱す訳にはいかない二人はジワジワと傷ついていく。そしてそれは、ルークたちも同様であった。

 

「動きが鈍ってきていますよ!!」

「くっ……」

 

 リックが苦虫を噛みつぶす。シィルの回復が無くなって結構な時間が経った。これ程の長期戦に加え、回復の全くない戦いを強いられた前線メンバーの体力は最早限界であった。それが最も顕著に表れ始めたのはかなみだ。

 

「ぜひっ……ぜひっ……」

「かなみ、下がれ!」

「まだ……やれます……」

 

 素早さで相手をかき回すかなみは常に動き回っていた。その動きはユプシロンをこれまで翻弄していたが、代償としてかなみの体力は底をついていた。限界だと感じたルークが声を掛けるが、かなみはゆっくりと答える。

 

「シィルちゃん……あいつら……許せないから……」

「……ふん! どりゃぁぁぁぁ!!」

 

 その言葉を聞いたランスが鼻を鳴らしながら一気にユプシロンに向かって跳び掛かっていき、剣を振るう。その一撃はユプシロンに命中するが、代わりにランスは無防備な姿をさらけ出す事になる。反撃とばかりにユプシロンの強烈な鉄拳を受けるが、ランスが今度は踏みとどまる。

 

「蚊ほどにも効かんわ!!」

「やせ我慢を……」

「真空斬!!」

 

 パイアールが苦々しげにランスを見下ろしていると、最大出力の真空斬がユプシロンの顔面に直撃する。大きく仰け反るユプシロン。その瞬間、後ろからハウゼルの声が響き渡る。

 

「行けるわ! みんな、どいて!!」

「……!?」

「離れるぞ!!」

「かなみ、掴まりな!」

 

 リックが即座に横に跳び、ランスもそれに続く。ランスはそのまま少し離れた場所に横たわっていたシィルの体を抱き上げ、更に遠くへと運んでいく。叫びながらかなみに視線を移したルークだったが、フェリスがかなみの手を取って横に飛んでいくのを見て自身も射線上から離れる。真っ直ぐにハウゼルたちとユプシロンとの間が空く。

 

「メガラス、ありがとう……」

「礼なら……勝ってから貰う……いけ……」

 

 自分たちを護って傷だらけのメガラスにハウゼルが礼を言うが、メガラスも射線上から飛び退きながらそう答える。

 

「食らいなさい、パイアール!」

「今です!」

「ラ」

 

 魔法使いたちの魔力が最高潮まで高まった瞬間、パイアールの叫び声が部屋中に響き渡り、ユプシロンが一言口にする。すると、射線上に二体のヒトラーが現れ、ハウゼルたちに魔法を放とうとしてくる。

 

「なっ!?」

「馬鹿な! 完全に倒しきったはずじゃあ……」

 

 ハウゼルが絶句し、フェリスの声が重く響く。ルークたちを大いに苦しめた無尽蔵に湧き出すヒトラーだが、少しずつ召喚される数が減り、少し前からは完全に召喚されなくなっていたのだ。誰もが完全に打ち止めだと思っていたため、ここにきてのヒトラーの登場に焦る。唱えているのは初級魔法。即座に放たれるであろうそれは、自分たちの魔法よりも早い。だが、既に護ってくれるメガラスはいない。彼は横に飛んでしまっている。

 

「ボクが黙って魔法を使わせると思いましたか? 切り札っていうのは最後まで取っておくものなんで……」

 

 ルークが真空斬を放とうとし、メガラスが即座に戻ろうとするが間に合わない。初級魔法のティーゲルがサイアスや志津香に向かって放たれようとした瞬間、二体のヒトラーの体が両断される。

 

「なにぃっ!?」

 

 パイアールが目を見開き、ヒトラーを両断した剣の持ち主を見る。それは、ヒトラーから数メートルも先にいる人物だった。

 

「切り札というのは最後まで取っておく。同感ですよ、魔人パイアール」

「馬鹿な! あそこまで伸びるだなんて……!?」

 

 ヒトラーを両断したのは、リックのバイ・ロード。その長さは数メートルにも及んでいる。ここまでリックはバイ・ロードを伸ばしても普段の刀身から2倍程度に抑えていた。だが、バイ・ロードの伸ばせる長さはその程度ではない。もっと遙かに長く伸ばせるのだ。だが、伸ばせば伸ばすほどその重さは増していく。今のバイ・ロードの重さも、常人ではとても振るえない重さなのだ。ジル戦のときのリックではこの長さのバイ・ロードは振るえなかったであろう。だが、リックもまたあの戦い以降鍛錬を積んできた者の一人。その強さはあのときのままではない。

 

「今です、みなさん!!」

 

 リックがバイ・ロードの刀身を戻しながら叫ぶ。瞬間、四人の魔法使いが両手を前に出し、エムサが上空に両手を上げる。

 

「アイの加護!!」

「「ファイヤーレーザー!!」」

「灰すら残すな、ゼットン!!」

「姉さんの壁、越えさせて貰うわ! タワーオブファイア!!」

 

 エムサが四人に強化版の付与魔法を放ち、志津香とナギがファイヤーレーザーを、サイアスが最上級炎系魔法のゼットンを、そして、ハウゼルは自身の銃に最大まで魔力を込めて灼熱の炎を放つ。四人の炎は融合し、巨大な塊となってユプシロンとパイアールに迫る。

 

「くっ……フリーズウォール!!」

 

 迫ってきていた炎に対し、極寒の冷気の二重層が立ちはだかる。ドゴン、という轟音が響き、炎の塊と氷の壁がじりじりと押し合う形となる。

 

「行ける! 行けるわ!」

「くっ……馬鹿な……そんな馬鹿な……!?」

 

 歓喜の声を上げたのはハウゼル。明らかにこちらが押しているのが他の三人にも判る。だが、それも当然の事。エムサがさらりと使った付与魔法はその実とんでもないものであり、魔力を60パーセント上昇させるという究極クラスの付与魔法なのだ。戦いは数値では表せないが、判りやすく目安として数値化してみるとする。サイゼルとハウゼルの力を100とすると、フリーズウォールの二重層は200。対して付与を得たハウゼルは一人で160という数字を叩き出しているのだ。ここにサイアス、志津香、ナギの三人が付与有りの状態で加わる。これで200に届かない訳がない。

 

「止めろ……止めろぉぉぉ!!」

 

 ジリジリと押されていくのを感じながらパイアールが叫ぶ。水晶球が強力な魔法のダメージは通してしまうというのは知っている。となれば、合成された炎の内、ハウゼルが放った灼熱の炎は自身に降りかかってしまうのだ。そんなものを食らえば一溜まりもない。

 

「生意気なガキめ。これで終わりだ」

「あんたは死んだ方がいいわ、確実にね!」

「消えろ、魔人パイアール!」

 

 ナギ、志津香、サイアスが口々に言葉をパイアールに投げかける。ジリジリとフリーズウォールが押し込まれていき、ピキッとフリーズウォールにヒビが入る。誰しもが勝ちを確信したそのとき、フリーズウォールが急に強化され、押し込んでいたはずの炎が逆にジリジリと押し出され始める。

 

「なにっ!?」

 

 サイアスが驚愕し、パイアールに視線を移す。すると、そのパイアールの水晶球を抱きかかえるように一人の女性が立っていた。パイアールも驚いたようにその女性、PG-7の顔を見ている。

 

「ご無事ですか、パイアール様!?」

「PG-7……生きていたのですか?」

「はい。フリーズウォールは私にも装備されています。余計な真似かとも思いましたが、少しでもお力になれればと。今やフリーズウォールは三重層、その力は三倍です!」

「ふふっ……ふふふっ……少しは役に立つじゃないですか! 廃棄処分は撤回してあげますよ!」

「あ、ありがとうございます!」

 

 PG-7の処分を撤回したパイアールはニヤリとハウゼルたちを見る。

 

「あはははは、残念! 実に残念でしたね!! あれ? もしかして、少しでも勝てるとか思っちゃいましたか?」

「くっ……」

「あのクソガキ……」

 

 先程までの態度とは一転、ハウゼルたちを挑発するパイアール。ハウゼルが悔しそうに言葉を漏らし、志津香もパイアールを睨み付ける。だが、肝心の炎はジワジワと押し戻されていく。強力な炎であるため、以前のようにすぐに四散したりはしない。だが、それも時間の問題であった。

 

「火丼の術!」

 

 かなみが大慌てで火丼の術を放ち、炎に合流させる。だが、元々威力の低い火丼の術では雀の涙に等しかった。

 

「あはははは! そんなへなちょこな炎では意味がありませんよ! そうら、希望ごと全て四散させてあげますよ!」

「真空斬!」

「伸びろ、バイ・ロード!」

 

 ルークが真空斬を放ち、リックがバイ・ロードを伸ばして攻撃する。だが、真空斬はミサイルで相殺し、リックのバイ・ロードは左腕で受け止める。ユプシロンのフリーズウォールは自動発動であるため、攻撃に対して行動が取れない訳ではないのだ。強力な魔力同士のぶつかり合いに押されて足を動かすことは出来ないが、上半身は自由に動く。正面には炎が邪魔で攻撃できないが、横からのルークやリックの攻撃には対応出来る。

 

「私が直接……」

「いや……あれは自動発動兵器……今打撃を与えても関係はない……」

 

 フェリスが直接攻撃を仕掛けに行こうとするが、メガラスの言うとおり、そもそも打撃でダメージを与えてもフリーズウォールとは何の関係もない。そちらに気を取られて弱まるという事はないのだ。更に、もし無闇に突っ込んでしまい、もし炎が押し切ってしまえば、その人物は炎に飲まれる事になる。そんな事をハウゼルたちは望んでいない。最悪の場合、自分たちで炎の威力を弱めてしまう可能性もある。

 

「くそっ……」

「出来の悪い姉のせいで苦労しますね。まぁ、すぐにボクが楽にしてさしあげますよ」

「っ!?」

 

 パイアールの言葉にハウゼルが目を見開く。彼女とサイゼルは一心同体。あまり知られてはいないが、二人は痛みの感覚を共有している。もしここで自分がパイアールに殺されれば、姉もただではすまない。そして、それが自分の力が原因だと知ってしまったら、姉はどれほど気にしてしまうか判ったものではない。

 

「うぁぁぁぁぁ!!」

 

 ハウゼルが咆哮し、魔力を体中から絞り出す。同時に、五人の炎の力が強まる。驚愕するのは魔法使いの三人だ。

 

「ここへきて……」

「まだ力を出せるというのか?」

「ハウゼル……」

 

 志津香とナギは限界ギリギリまで魔力を絞り出している。だからこそ、ここから更に魔力を伸ばせるハウゼルが信じられないのだ。流石は炎を操る魔人といったところか。だが、その力でもまだ足りない。

 

「無駄なんですよ!! ほうら、もうすぐ消滅しますよ!!」

 

 炎がゆらりと薄れていく。弱まっている訳では無いが、フリーズウォールに押し切られて四散しようとしているのだ。

 

「馬鹿者! 何とかしろ!!」

「こっちだって……精一杯やってるのよ……」

 

 ランスの発言に志津香が額に汗を掻きながら反論する。しかし、これ以上魔力は上げられない。そんな中、サイアスが唇を噛みしめる。

 

『では……貴女を越えれば、俺は最強の炎使いになれるんだな……?』

 

 それは、自身の目標たり得る魔人への宣誓。

 

『追い越す気なのでしょう……?』

『……ああ、勿論だ!』

 

 それは、自身の大切な人への誓い。

 

「何が最強の炎使いだ……何が追い越すだ……こんな無様な状態で俺は……」

 

 ハウゼルはこの状態から魔力を高めた。だが、今のサイアスは両手で放っているゼットンの魔力を高める事など出来ない。このゼットンは最上級魔法、これよりも強い魔法は使えないし、この魔法を更に強化する事も今のサイアスには不可能。

 

「だが、譲れない……それが俺のプライドだ……」

 

 そう口にし、サイアスが両手で放っていたゼットンの魔力を右腕に移していく。左腕が手空きになる形になるが、本来両腕で放つ魔法を片腕で放つなどあまりにも無謀な行為。抑え切らなくなった魔力が暴走し、サイアスの右腕を焼いていく。

 

「サイアス!!」

「何を……!?」

 

 右腕に炎が燃え移っているのに気が付いたハウゼルと志津香が声を上げる。だが、サイアスはそれに答えず、燃える右腕でゼットンを放ったまま、左腕に魔力を溜めていく。

 

「まさか……無茶です! 魔法の同時使用など!!」

 

 左腕に魔力が集まっていくのにいち早く気が付いたエムサが叫び声を上げる。だが、サイアスは魔力を溜めるのを止めない。

 

「譲れないんだよ……これだけはな……」

「サイアス……貴方……」

「無茶です! あのままでは腕が使い物に……!?」

 

 ハウゼルがサイアスの評価を改める。才能のある炎使いだとは思っていたが、ここまでの執念を持っているとは思わなかった。かなみが燃える右腕を見て悲痛な声を上げるが、ルークはサイアスの顔を見て叫ぶ。

 

「行け、サイアス!!」

「炎だけは! プライドにかけて! 誰にも負ける訳にはいかないんだよ!!」

 

 いつもの余裕のある態度とは違い、真剣な表情で声を荒げながら、サイアスが左腕を前に出す。

 

「ファイヤーレーザー!!」

「馬鹿な! ただの人間が上級魔法を同時に使うだとぉぉぉ!?」

 

 サイアスの左腕からファイヤーレーザーが放たれ、それはフリーズウォールに押しやられていた炎と融合する。更に巨大になった炎の熱は部屋中に広がり、周囲で見守っている者たちにまでその熱さが伝わる。サイアスの右腕は今もなお焼かれ続け、左腕からも発火する。どちらも片腕で押さえきれる魔法ではない。だが、サイアスはその力を緩めない。

 

「ぐっ……くぅぅぅ……」

「パイアール様……」

 

 フリーズウォールとサイアスたちの炎が拮抗し、ユプシロンの足が全く動かなくなる。だが、まだ足りない。ハウゼルとサイアスが魔力を高めてもなお、二つの力は互角であった。それを確認したパイアールはニヤリと笑い、エムサの表情が青ざめる。付与魔法も永遠に続く訳では無い。それに、サイアスの腕は長くは持たないはずだ。このまま拮抗した状態が続けば、それはこちらの敗北を意味する。

 

「後少し……後少しなのに……」

 

 後少しだけでいい。後少し炎の力があればフリーズウォールを打ち破れるはずなのだ。だが、エムサは炎魔法を使えない。シィルが倒れた今、部屋には他に魔法使いはいない。それ以外での炎を使えるかなみは既に力を貸してしまっている。

 

「アレキサンダー……」

 

 ルークが思い浮かべたのはアレキサンダー。熱での火傷は負うだろうが、彼ならあの拮抗した場に飛び込み、属性パンチで壁を破壊できただろう。だが、彼はいない。この部屋に、炎の使い手はもういないのだ。

 

「っ……!?」

 

 瞬間、ルークの横を人影が通り過ぎた。次いで全員がその者に気が付く。その手に燃えたぎる火炎ブレードを持った、一人の騎士。

 

「サーナキアさん!」

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 

 絶叫しながらサーナキアは駆けていく。ユプシロンに近づけば近づくほど、強烈な炎の影響を直に受ける。身につけている重鎧が熱した鉄板のようになり、炎から放たれる余波で火傷を負っていく。だが、止まらない。止まる訳にはいかない。

 

「来るな……来るな、この虫けらがぁぁぁ!」

「ボクが……ボクが闘神都市の歴史を終わらせるんだぁぁぁ!!」

 

 パイアールの絶叫を打ち消すように叫びながら跳び掛かり、フリーズウォールに向かって剣を振るうサーナキア。瞬間、ピシリとヒビが壁全体に行き渡り、そのまま轟音と共にフリーズウォールが砕け散った。満足そうに倒れこんだサーナキアの横を灼熱の炎が通り、ユプシロンとパイアール、PG-7の三人を飲み込んでいく。

 

「来るなぁぁぁぁぁ! う、うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 パイアールの絶叫と同時に、三人を炎が飲み込んだ。強烈な光と轟音が響き、そのまま後ろの壁まで破壊してモクモクと煙を上げる。それを見た瞬間、ルークとメガラスが駆け出した。すると、煙の中からヌッと巨大な手が出てくる。それは、ユプシロンの手だ。それに続けて巨大な顔が煙の中から出てくる。

 

「あれだけの炎を食らって……まだ生きているの!?」

「これが……闘神……」

 

 レイラが絶句し、セスナが闘神の恐ろしさを再確認する。だが、煙の中からゆっくりと出てきたその全身はボロボロであった。見れば左肩についていたパイアールの水晶球が無い。どうやら今の一撃で壁の向こうまで吹き飛んだようだ。

 

「まるで修復していない……ルーク! 今なら倒せるわ!!」

 

 志津香がルークに向かって叫ぶ。それに反応するかのようにルークが跳び上がり、メガラスと共にユプシロンに向かって斬り掛かる。

 

「…………」

「真滅斬!!」

「おぉぉぉぉぉ!!」

 

 メガラスの連続攻撃とルークの真滅斬を受け、ユプシロンが絶叫する。地面まで降り立ったルークはすぐさま体を翻し、更に追撃する。

 

「真空斬!!」

「う、うぉぉぉぉぉ!!」

「……!?」

 

 すぐさま真空斬を放ったルーク。それはユプシロンの顔面に直撃するが、絶叫と共にユプシロンが鉄拳を振るう。パイアールの攻撃で全身に傷を負っていたメガラスはそれを避けきることが出来ず、勢いよく壁に吹き飛ばされる。

 

「メガラス!!」

 

 ハウゼルが壁に吹き飛んだメガラスに向かって叫ぶが、すぐに顔を出すメガラス。そして、ルークを見ながら言葉を発する。

 

「決めろ……ルーク……」

「行け!!」

「ルーク……ユプシロンを倒してくれ!!」

 

 両腕に火傷を負ったサイアスと床に倒れ込んでいるサーナキアも、メガラスと示し合わせたかのようにルークに向かって叫ぶ。その声に反応するかのように再びルークが跳び上がり、二度目の真滅斬をユプシロンに放つ。

 

「真滅斬!!」

「ぐ……ぐがぁぁぁぁ!!」

 

 強烈な一撃にユプシロンの体勢が崩れるが、ジロリとルークを睨み付けながら両腕を頭の上で合わせ、そのままルークに向かって振り下ろしてくる。何とか剣で受け止めたルークだったが、上からの強烈な衝撃に地面にヒビが入り、ルーク自身もあまりの圧力に口から血を吐く。

 

「ぐあっ……」

「ルークさん!!」

「「ルーク!!」」

 

 かなみ、志津香、フェリスの三人が叫ぶ。だが、ルークはユプシロンの振り下ろされた腕を剣で止めながら、ユプシロンの上空を見上げる。

 

「期待して貰ったところ悪いんだが……お前を仕留めるのは俺じゃない……」

 

 口元から血を流しながらルークはそう呟く。同時に、他の者たちも気が付く。ユプシロンの後方に高く跳び上がっている人影があることを。気配を感じたユプシロンが振り返ったその先にいたのは、一人の戦士。唯一その存在に初めから気が付いていたルークがその影に向かって叫ぶ。

 

「決めろ、ランス!!!」

「鬼畜アタァァァック!!」

 

 ランスの叫び声と共に強烈な一撃がユプシロンの体を斬りつける。強烈な闘気と斬撃によるダメージがユプシロンの全身を駆け巡り、声を発する事無くユプシロンの体が崩れ落ちていく。聖魔教団最後の闘神、ユプシロン。圧倒的な力を持った教団の遺産は、今ここに敗れたのであった。

 

 




[技]
鬼畜アタック (単体)
使用者 ランス
 ランスの新たな必殺技。ランスアタックでは外に放っていた闘気を剣に纏わせる事により、攻撃範囲は狭まるが圧倒的に威力が増した。ルークの真滅斬によく似ているが、ルーク曰くもっと似ている技があったらしい。

アイの加護
 魔法付与の亜種。ヘルの加護の強化版であり、その効果は現在伝わっている付与魔法の中では最強クラス。古い文献にも殆ど残っていない稀少な魔法。

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