-下部司令エリア 司令室-
ズドン、という轟音と共にユプシロンの体が崩れ落ちる。倒れたユプシロンはピクリとも動かず、傷付いた体の修復も行われていない。何よりもその瞳からは光が失われており、物言わぬ人形と化している。
「やったの……?」
「魔力を感じない。こちらの勝利だ」
「やった……やったぞ!」
かなみが恐る恐るユプシロンを見るが、ナギの返答にその緊張感が一気に四散する。それはかなみだけではない。部屋の中にいた者たちの緊張感が一気に解けていく。サーナキアが歓喜に打ち震え、その声が部屋中に響き渡る。大きくため息をつく者、疲労から座り込む者、各自様々な反応を見せている中、メガラスが吹き飛ばされた壁から出てきてユプシロンに近づいていく。
「メガラス、大丈夫なの!?」
「問題ない……最後の一撃はダメージを受けていないからな……」
「あ、そうか。パイアールがいなかったから、無敵結界が発動していたのね」
ユプシロンの一撃で吹き飛ばされたメガラスだったが、彼の言うように最後のダメージは結界により無効化されている。結界ごと吹き飛ばしたユプシロンの力を褒めるべきであろう。メガラスがユプシロンの肩に水晶球がついていない事を確認し、次いで壁に空いた大穴に視線を向ける。
「死んではいないだろうな……追うぞ、ハウゼル」
「そうね。逃げたと見るのが妥当でしょうね」
ハウゼルもため息をついて壁の穴に視線を向ける。いくら打たれ弱い魔人だとはいえ、あの一撃で死んでいるという事はないだろう。ハウゼルが後ろを振り返ると、そこには両腕に火傷を負ったサイアスが立っていた。
「最後のには驚かされたわ。この短い期間で、あんな成長をするなんて……」
「まだまだ届いてはいないがな」
ハウゼルの瞳を真剣な表情で見据えるサイアス。これだけの代償を払ってもなお、ハウゼルのタワーオブファイアには届いていない事は自覚している。その視線を受けてフッと笑うハウゼル。
「そうね。まだまだ負ける気はしないわ」
「追いすがってみせるさ……必ずな……」
サイアスもそれに微笑みで返す。ここにまた一つ、人類と魔人の架け橋が誕生した。その側ではナギが志津香に話し掛けている。
「勝ったな。これ程の敵と戦うのは初めてだったぞ。やはりお父様の言うとおり、良い修行になったな」
「…………」
「ん、どうした?」
嬉しそうに口にするナギだったが、志津香の表情は暗い。それは側に立っているかなみも同様であった。不思議そうにその視線の先を見るナギ。そこには、床に横たわっているシィルを抱きしめているランスの姿があった。その体を強く抱きしめながら、悔しそうに呟いている。
「バカが……勝手な事しやがって……」
「ランス殿……」
「ランスくん……」
リックとレイラも悲しげな表情でランスを見る。先のリーザス解放戦からの付き合いであり、ランスとシィルの関係性も重々に承知しているからこそ、掛ける言葉が見つからない。
「ルーク……我らはパイアールを追う……」
「そうか、色々と世話になったな」
メガラスが壁の穴に背を向け、ルークの目を見る。ホーネットの笑顔、アイゼルの報告、それらを頭の中で思い出しながら、言葉を続けようとする。
「いずれま……っ!?」
「きゃっ!?」
「なんだっ!?」
だが、その言葉は途中で遮られてしまう。突如メガラスの体に球状の何かがぶつかり、粘着質の物質がその体を拘束したのだ。周りを見ると、ハウゼルとフェリスの二人も同様に拘束されている。
「これは奴の……まさか……!?」
「勝ったつもりでいるときが一番隙だらけなんですよ、メガラス!!」
体にまとわりついている物質に覚えがあったメガラスが顔を後ろに向け、壁の穴を見る。すると、そこには全身に火傷を負ったパイアールが立っていた。着ている服は所々焼け焦げ、こちらをしっかりと睨み付けている。
「やってくれましたね……よくも、よくもぉぉぉぉ!!!」
「逃げていなかったの!?」
「ここまでやられておいて、貴方たちをみすみす許す訳がないでしょう! よくもボクの闘神を……よくもボクにこれだけの傷を……その責任、その命で払って貰いますよ!!」
ハウゼルの問いにパイアールが叫びながら答え、ルークたちに向かって電磁結界を放つ。身動きの取れない三人は勿論、完全に油断していた他の面々もその攻撃を直に受けてしまう。
「っ……」
「きゃぁぁぁぁ!!」
「くっ……ファイヤーレーザー!!」
部屋に悲鳴が響き渡る中、即座に電磁結界を躱していた志津香がパイアールに向かってファイヤーレーザーを放つ。だが、その光線はパイアールに当たった瞬間四散してしまう。パイアールの無敵結界が発動したのだ。
「無駄ですよ! その三人さえ封じてしまえば、何も恐れるものはありません。貴方たちではボクにダメージを与える事など不可能なんですよ!」
「外れない……どうなってんだ、これは!?」
フェリスとハウゼルが必死にもがくが、粘着物質の拘束から抜け出す事が出来ない。メガラスも同様に身動きが取れずにいる。
「今の内に皆殺しにしてあげますよ! 初めからこうしていれば、貴方たちを殺すのなんて造作なかったんですよ!! それを……こちらが遊んでいれば図に乗りやがって!!!」
パイアールが激昂し、更に魔法を放とうとする。だが、直後に強烈な殺気を感じ取る。いつの間にかランスが後ろに回り込み、パイアールを睨み付けながら剣を振り上げていたのだ。
「わざわざ戻ってきてくるとは、よほど死にたいらしいな、クソガキ!!」
声を荒げて剣を振り下ろす。だが、これもパイアールには届かない。ガキン、という音と共に無敵結界に阻まれてしまい、パイアールがニヤリと笑いながらランスに魔法を放つ。その魔法はランスに直撃し、爆風と共に後方に大きく吹き飛ばされる。
「ぐっ……」
「何度も、何度も、何度も、無駄だと言ったでしょう!? 下等な人間がボクにダメージを与える事など、カオスや日光でも無い限り不可能なんですよ!!」
瞬間、ランスが吹き飛んだ方向から煙を押しのけて一つの人影が駆けてくる。それはルーク。目前まで迫ったルークはブラックソードを握りしめ、一気にパイアールに向かって跳び掛かる。そのまま上空でブラックソードを両手で握り直し、パイアール目がけて振り下ろそうとする。
「真滅……」
「何で判らないんですか!? これだから低脳は……無駄だって言っているでしょうがぁぁぁぁ!!」
パイアールが声を荒げながら魔力を両腕に纏わせる。ルークの攻撃を無敵結界で防ぎ、返しで魔法を直撃させるつもりだ。本来ならば、その作戦に何の落ち度もない。だが、パイアールはルークの能力を知らなかった。いや、それは必然。ルークはこれまでひたすらに自分の能力がばれないよう細心の注意を払っていたからだ。全ては、この一撃のために。
「……斬!!」
強烈な闘気を纏わせた斬撃が振り下ろされる。パイアールの左肩から右腰、更にはその間に突き出されていた右手首にかけて真っ直ぐに線が走る。そして、その線から大量に血が噴き出され、右手首から先がボトリと地面に落ちる。呆然とするパイアール。全くと言っていいほど事態が飲み込めていない。だが、直後に襲った強烈な痛みに意識が覚醒し、絶叫する。
「ぎゃ……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!! 腕がぁぁぁぁ! ボクの腕がぁぁぁぁぁ!! 何で、どうして……結界はあるはずなのに……痛い……痛い、痛い、痛いぃぃぃぃ!!!」
失われた手首の先を左手で触ろうとするが、それは空を切る。次いで線上に走った斬り傷から大量に出血しているのを見て動転し、床に広がった自身の血で滑り転倒する。そのまま痛みで床を転げ回るパイアール。
「有り得ない……有り得ないぃぃぃぃ!! 何でボクがこんな目に……痛い……死ぬ……死んじゃう……嫌だ……嫌だ……」
「パイアール……」
無様に床を転げ回るパイアールを見て複雑な感情になるハウゼル。同じ魔人として、何か思うところがあるのだろう。だが、それ以上に気になる事がある。ルークが無敵結界を無効化したのだ。持っている剣はカオスではないし、聖刀日光とも思えない。では、どのように結界を無効化したというのだろうか。そんな事をハウゼルが考えている間に、ルークはパイアールを見下ろしながら剣を振り上げていた。
「嫌だ……止めろ、来るな……」
「ランスには悪いが……ここで滅ぼさせて貰うぞ、パイアール!」
「嫌だ……死にたくない……こんな所で死にたくない……」
涙目になりながらパイアールがぶつぶつと口にするが、ルークは聞く耳を持たずに剣を構え、一気にパイアール目がけて振り下ろした。それはしっかりとパイアールの頭部目がけて振り下ろされていく。その先に待っているのは、確かな死。その事を理解しているのかも判らないほど狼狽しているパイアールは、ルークの顔を見上げながら涙ながらに呟く。
「嫌だよぉ……助けて、姉様……」
「……っ!?」
その動揺はほんの一瞬。決して手を止めたわけでは無い。だが、ルークの少しばかりの動揺は振り下ろされていた剣に伝わり、ほんの僅かながら剣速が落ちる。それは本当に微妙なものであり、気が付けたのはランス、リック、メガラスの三人のみ。だが、この動揺が運命を分ける。直後にパイアールの腰の辺りが光ったと思うと、剣を振り下ろしている最中だったルークの腰を光のレーザーが貫通し、血が噴き出る。
「ルーク!!」
「ルークさん!!」
「あれはビット! まだ残っていたの!?」
ルークを貫いたのは、これまで散々ルークたちを苦しめてきたレーザービット。全機破壊したと思っていたが、最後の一機をパイアールは切り札として隠し持っていたのだ。
「くっ……」
ぐらりとルークの体勢が崩れ、その影響でブラックソードはパイアールの頭部には当たらず、パイアールの肩を掠めて地面に振り下ろされる。ガキン、という金属音が響き渡ると同時に、ハウゼルたちの合成炎で空けた巨大な穴から一つの影が猛スピードでこちらに飛んでくる。
「パイアール様から離れなさい!!」
「PG-7! まだ生きていたなんて!?」
現れたボロボロのPG-7を見てレイラが目を見開く。パイアールは生きていると思っていたが、先程の強力な魔法でPG-7の方は死んだと思っていたのだ。だが、彼女は立ち位置が幸いした。パイアールの水晶球の後ろに立っていた彼女は、丁度ユプシロンの巨体と水晶球から放たれる無敵結界に護られ、ダメージを最小限に抑えていたのだ。そのため、本来ならば死んでいたであろうダメージを受けても奇跡的に生き残っていた。
「離れなさい、下等な人間が!!」
「ぐあっ!!」
バーニアで加速し、ルークに蹴りを見舞うPG-7。体勢を崩していたルークは後ろに吹き飛ばされてしまい、PG-7はそのままパイアールを抱きかかえる。
「ご無事ですか!? ここは撤退します!!」
「痛い……痛い……早く逃げてください……」
「待て、貴様はここで殺す!!」
「ふんっ!!」
大量に出血しているパイアールは持っていた止血剤を残った左腕で取り出しながら、涙目でPG-7に指示を出す。その言葉を聞いたランスが強烈な殺気を出し、リックがバイ・ロードを伸ばしてPG-7を斬り伏せようとする。だが、PG-7はバーニアを噴射して即座に後方にバックすると、腰の辺りから煙幕を出す。その煙幕は即座にパイアールたちの姿を隠し、リックの剣は空を切る事になる。
「くっ……」
「待ちやがれ!!」
「ルーク、貴様の名前は覚えたぞ! 必ず……必ずボクの手で殺す!! ひぐっ……ひぐっ……この傷を与えた事を後悔させてやる!! うぅ……」
煙の中から嗚咽混じりの、だが確かに憎しみの伝わってくる声が響き、そのままパイアールとPG-7は離脱してしまう。その瞬間、部屋の中からドン、という音が響く。かなみが視線を向けると、それはルークが地面を叩いた音。しゃがみ込んだルークの腰からはダラダラと血が流れており、それを左手で押さえながら右腕で強く地面を叩いたのだ。
「ルークさん、大丈夫ですか!?」
かなみが心配そうに駆け寄るが、ルークは唇を噛みしめながら煙が立ち込めている壁の穴の方を睨んでいた。
「情けない……覚悟が足りん……」
人類の脅威であり、ホーネット派の障害となるケイブリス派の魔人。その面々は一部を除き、人類をゴミクズ同然としか思っていない。なればこそ、必ず倒さなければならない相手だ。その覚悟も持っていたし、斬り捨てるつもりだった。だが、パイアールの泣き顔と言葉を聞いた瞬間、今は亡き妹の顔がダブってしまったのだ。
「倒さねばならなかった……何としても、ここで……」
ルークがもう一度拳を床に打ち付ける。今ここでパイアールを取り逃がした事により、後にどれ程の被害が人類やホーネット派に出るか判ったものではない。取り返しのつかない愚かな失態だ。
「ハウゼル……炎を……」
「えっ!? ……なるほど、そういう事。大丈夫?」
メガラスに突如声を掛けられたハウゼルが不思議そうにするが、すぐにその考えを理解し、心配そうに尋ねる。
「問題ない」
「それじゃぁ……火爆破!」
ハウゼルが拘束されたまま器用に腕を伸ばし、メガラスに火爆破を放つ。何事かと全員が驚くが、炎の熱で粘着性の物質がドロドロと溶けていく。多少のダメージは負ったが、拘束から完全に抜け出したメガラスは壁の穴を見据える。それに続くようにハウゼルも自身を炎に包み、拘束から抜け出す。メガラスに比べて殆ど傷を負っていないのは、炎を操る魔人であるが故の特性であった。
「どうやらこの兵器も未完成品みたいね。こんなに簡単に溶けるなんて……まぁ、私とメガラスが組んでいるとは思わなかったんでしょうけどね」
「それは楽観視だ……奴のことだ……まだここから繋がる何かがあったのだろう……」
メガラスの予想は当たっている。拘束した後にそれを固めて完全に身動きを取れなくする兵器もパイアールは持っていた。だが、先程の炎魔法の直撃でそれが燃えてしまっていたため、やむなく拘束するに留まったのだ。その時、ぐらりと闘神都市が傾いたと思うと、ゴゴゴゴゴという轟音が響き始める。
「な、なにっ!?」
「落下が始まったようですね……」
「ユプシロンを倒した影響でこの闘神都市を宙に浮かべる事が出来なくなったっていう訳か……フリークの言ったとおりになったわね」
かなみが突然の異変に思わず声を出すが、リックが冷静にそれに答える。志津香が呟いたとおり、ユプシロンが倒れた影響で闘神都市の落下が始まったのだ。
「行くぞ、ハウゼル……」
「ええ。悪いけど、私たちはパイアールを追うわ! これまでの協力に感謝します」
メガラスがそう口にし、壁の穴に向かって飛んでいく。ハウゼルも一歩前に出てから一度振り返り、全員に頭を下げる。すると、壁の穴付近まで飛んでいたメガラスがルークを見ながら口を開く。
「ルーク……アイゼルからお前の目標は聞いている……本気でそれを目指すつもりならば……次に会うときまでにその甘さは消しておけ……」
「…………」
メガラスの言葉にルークは返す言葉がない。折角のパイアールを倒すチャンスをみすみす棒に振ってしまったのだ。甘いという言葉が重くのし掛かる。
「そうでなければ……背中は任せられん……」
「……!?」
思いもかけない言葉に俯いていたルークが頭を上げる。メガラスの顔では表情は判らなかったが、ニヤリと笑ったようにルークには思えた。
「いずれまた戦場で……その時もまた、共に肩を並べられる事を願っているぞ……」
「ああ……こちらもそれを願っている」
パイアールを逃してしまったため笑みを返す事は出来なかったが、真剣な眼差しでメガラスを見据えるルーク。メガラスはその返事に満足したように頷き、パイアールを追うべく壁の穴から出て行った。ハウゼルもそれに続こうとするが、思い出したかのようにサイアスに振り返る。
「またね、サイアス」
「っ!? ああ……次に会うときまでに少しでも近づけているよう努力しておくさ」
サイアスの返事を聞いたハウゼルが微笑み、他の者たちの顔をもう一度見渡した後、メガラスに続くように壁の穴から出て行った。直後、闘神都市が再び大きく揺れる。
「急ぎましょう。早くしないと、脱出に間に合わなくなるわ」
「それに……戦いの影響で部屋が崩れてきている……この部屋はもう長くはもたない……」
今の揺れで部屋の壁が一部崩れ落ちたのを確認し、レイラとセスナが口を開く。座り込んでいたサーナキアも何とかふらふらと起き上がり、他の者も部屋の入り口に視線を向ける。そのとき、レイラが驚いたような声を上げる。
「いない……イオがいないわ……」
「えっ!?」
アリシアを抱きかかえようとしたレイラだったが、その隣に寝ていたはずのイオがいない事に気が付く。見れば、側の壁が崩れて穴が空いている。自分たちの気が付かない内に、この穴から出て行ったようだ。
「一体どこへ……」
フェリスが呟くと同時に、闘神都市が更に激しく揺れる。
「奴の心配をしている暇などない。急ぐぞ」
「そうね……」
「ルーク、肩を貸すぜ」
「いや、大丈夫だ……お前は自分の心配をしろ」
ナギが冷淡にそう口を開く。元々彼女はイオの事を快く思っていないし、この反応が当然だろう。志津香もそれに同意している。おろおろとルークの心配をしているかなみの横からサイアスが歩み寄って肩を貸そうとするが、ふらふらと立ち上がったルークは心配ないと合図をしつつ、逆にサイアスの両腕に負った火傷の事を口にする。ゼットンの炎で焼かれたその傷は、かなりの重傷のはずだ。未だ意識の無いアリシアはリックが抱きかかえ、ボロボロのサーナキアはレイラと比較的軽傷なエムサが肩を貸す。全員が急いで部屋から出て行こうとする中、ランスだけがシィルの側に座ったまま立ち上がらない。
「ランス殿……」
「ランス……」
リックとかなみが掛ける言葉を見つけられない中、志津香がハッキリとその背中に声を掛ける。
「ちょっと! 脱出口まで急ぐって言ってるのよ、聞いてるの!?」
「……ああ、好きにしろ」
「好きにしろって……あんたはどうするつもりなのよ!?」
「もう少しここにいる……」
「もう少しって……もう時間がないんだぞ!」
志津香の問いにランスが振り返る事なく淡々と答える。それを聞いたフェリスが声を荒げるが、ランスが立ち上がる事は無い。
「いいから先に行け!!」
「っ……!?」
背中を向けたままランスが強く怒鳴る。その勢いにフェリスが気圧されている中、ルークが貫かれた腰に手を当てながら口を開く。
「ランス、脱出口は闘将コアの五階だ。場所は判っているな?」
「……ああ」
「なら、必ず来い。みんな、行くぞ!」
「えっ……!?」
「……さ、行くとするか」
「わ、判りました」
ランスを説得すらしなかったルークにかなみが驚くが、サイアスだけは理解したように一度目を瞑り、普段と変わらない口調で言葉を発する。その言葉を受けた全員が一度ランスの背中に視線を送り、一斉に脱出口へと向かって駆けだした。部屋の中から自分とシィル以外の人間が消え、倒れたまま動かないユプシロンの横でランスがシィルを強く抱きしめる。
「バカ野郎が……主人より先に死んでどうする……俺の葬式の世話もお前の仕事だろうが……」
-闘将コア 地下五階 脱出口-
「最後の船の準備も整いました!」
「お疲れ、香澄! 次に飛ばすこっちの最終調整を手伝って貰える?」
「はい、マリアさん!」
香澄が部屋の最奥にある飛行艇から顔を覗かせると、マリアが手伝うように頼んできたため慌てて駆け出す。今この部屋に残っている飛行艇は二機。今最終調整を終えた船にはまだ誰も乗っておらず、手前にあったもう一つの船には最後まで残っていた町の人たちが乗っている。フロンや青年団といった、ルークたちと特に関わりの深い面々だ。こちらの船にもまだ余裕はあり、第三パーティーの全員が乗り込む事が可能だ。まだ来ていないメンバーもギリギリ入り込めそうではあるが、飛行艇は二機あるのだから無理をする必要は無い。
「んっ……あれ、ここはどこですかねー……?」
「おはよう、寝坊助さん」
部屋の片隅でロゼとセルから治療を受けていたトマトが目を覚ます。その側にはカバッハーンとアレキサンダーも座っている。サイアスたちと分かれて脱出口へと向かった彼らは、既にこの場所へと辿り着いていたのだ。
「セル。ここまで来たら二人掛かりで治療する必要は無いわ。トマトは私が見ているから、アレキサンダーをよろしく」
「はい。お待たせしました、次はアレキサンダーさんの治療を始めますね」
「申し訳ありません……」
セルがディオに折られたアレキサンダーの腕の治療を始める。それを横目で見ながら、カバッハーンがため息をつく。
「やれやれ……闘神都市が崩れだしたという事は、勝ったようじゃの。あ奴らめ、やりおるわい……」
未だこの場所まで辿り着いていない面々が多くいるが、闘神都市が崩れだした事が何よりの報せだ。だとすれば、もうすぐこの場所に到着するであろう。先程はメナドやキューティが歓声を上げていたし、マリアと香澄の飛行艇調整にも自然と力が入る。香澄はアレキサンダーを心配そうに見ていたが、自分の仕事をおろそかにする訳にはいかないと自身を戒め、仕事に勤しんでいる。
「後はルークたちを待つだけね……それはあっちの一機と誰か数人残しておけばいいでしょうから、もうそろそろこっちの飛行艇も出発ね」
「そうですね。町の人たちを危険に晒す訳にはいきませんし」
トマトの治療を続けながらロゼが呟いた言葉にメリムが頷く。飛行艇は自動操縦であり、一度出発してしまったら引き返す事は出来ないが、こちらにはもう一機あるのだ。この場所には何人か残し、町の人たちが乗り込んでいる船に残ったメンバーも乗り込んでそろそろ脱出するべきだろう。
「そうですね……あともう一つどこかのパーティーが到着したら、こっちは出発しましょう!」
マリアがそう声を上げ、作業を続ける。ぐらりと闘神都市が再び大きく揺れ、壁が崩れ落ちた。その轟音に思わず全員がそちらに視線を向ける。それは、丁度最奥にある無人の飛行艇に背を向ける形となった。最奥の壁の穴から顔を覗かせてその様子を見ていた使徒の瞳が妖しく光る。
「チャーンス!」
全員の注意が壁に向いている隙を突き、こそこそと飛行艇に乗り込む影が六つ。その気配に気が付ける者は誰もいなかった。
-上部中央エリア 一階-
「急げ、間に合わなくなるよ!」
「くっ……」
ハンティがそう口にするが、やはり闘将コアの五階までは遠い。上部動力エリアにいたヒューバートたちは、中央エリア経由で地下の転移装置を目指していた。ルークたちは距離的な問題で下部中央エリアの転移装置を使うだろうから、その道筋は違っているのだ。ボロボロの体を引きずって何とかここまで来たが、正直間に合うかは微妙なところだ。
「着きました。ここが転移装置の……!?」
ミスリーがそう口にした瞬間、部屋の異変に気が付く。四つある転移装置の一つが天井の崩落で完全に塞がれているのだ。そしてそれは、最悪にも闘将コア行きの転移装置。
「そ……そんな……」
「何ということじゃ……」
ミスリーとフリークが絶句する。今から引き返して下部中央エリアの転移装置を使っている時間はない。かといって、この転移装置以外に闘将コアへと行く手段はないのだ。
「おい、じいさん! 何とかならねぇのか!?」
「これでは……闘将コアへは行けん……」
「ハンティ、瞬間移動は!?」
「さっきも言っただろ、脱出口へは行ったことが無いから無理なんだよ……」
「いや、脱出口までじゃなくてもいい。闘将コアの一階でもいいんだ!」
「闘将コアもここから遠いからな……この人数を運んで行こうとすると、失敗する可能性の方が高いな……」
ヒューバートの必死な問いにそう答えるハンティ。瞬間移動の失敗というのは、異次元に放り出される事を意味する。そんな可能性があるのであれば、おいそれと挑戦する訳にもいかない。
「万事休すか……」
「諦めんじゃなぇよ、他に脱出の手段は無いのか!? 当時、脱出口以外に外へと出るために使われていた場所とか……そういうのはねぇのか!? それも闘将コア以外の場所で、瞬間移動出来るくらいに近くて、そのうえハンティが行けるような場所は!?」
「そんな都合の良い場所……」
ヒューバートの言葉にミスリーが困ったように考え込む。だが、突如フリークが声を漏らす。
「ある……あるぞ……」
「何だって!?」
「だが……これはまだあの場所にあの者がいるのが条件じゃ。それに、あの壁を破壊する必要も……博打じゃな……」
「フリーク様……まさか!?」
フリークの言葉を聞いてミスリーも考えに至ったのか、驚いたように声を漏らす。
「あの者? この闘神都市にまだ誰かいるのかい? でも、あたしの知っている奴じゃないと……」
「いや、ハンティも知っておるよ。一緒にこの闘神都市を封印した際に会っておる……そして、その場所にはここの転移装置を使って一気に近づける。そうすれば、その者がまだいる可能性のある最深部まで瞬間移動で飛ぶのは可能なはずじゃ。何せ一際大きい気を放っておるから、移動対象として感じ取るのは容易なはずじゃからな」
残っている転移装置の内の一つ、防空コアへの転移装置をしっかりと見据えながらフリークがハンティの問いに答える。だが、闘神都市を封印した際に会っているという事は、500年以上も前の話だ。それだけの長い時をこの都市で過ごした者が、ミスリー以外にいるというのか。
「誰だい……そいつは……?」
「防空ドラゴン……キャンテル!」
それは、かつて共に魔人戦争を戦った戦友。
-下部中央エリア 通路-
「もうすぐだ! もうすぐ転移装置の場所まで辿り着くぞ!」
先頭を走っていたサイアスがそう声を上げ、全員が正面を見据える。最後尾を走るのはルークだ。やはりパイアールに受けた傷が痛むようで、その足取りは重い。だが、かなみや志津香に心配は掛けまいと、表情には出さない。
「あれです!」
リックが指差す先に転移装置の部屋がハッキリと目に映る。辿り着いた。そう全員が気を抜いた瞬間、ルークの足下の床が崩れる。まるで狙っていたかのようなタイミングだ。全員が突如起こった轟音に振り返ると、ルークが下の階へと落ちようとしている所だった。
「ルークさんっ!?」
瞬間、下の階へと落ちていくルークはその暗闇にある女性が立っているのを見る。この足場は彼女が崩したのだろう。そう思えば、あまりにもタイミングが良かった事にも納得がいく。遠見の魔法か何かでタイミングを合わせ、攻撃魔法を天井に向けて放ったのだろう。
「今すぐ助けに……」
「構うな、先に行け! 下にイオがいる! 俺が決着をつけなければならない!」
「なっ!?」
崩れた床と共に下の階へと落ちていくルークは、フェリスが飛んで助けに行こうとするのを拒否する。彼女の為にも、トーマの為にも、決着はつけなければならない。心配するなと目で合図をするルークだったが、二人の女性と視線が合う。それは、ジル戦のときに駆け寄ってきた二人だ。二人とも心配そうな視線を向けている。
「大丈夫だ、今度は約束を守る! ランスと合流し、必ず脱出口まで辿り着く!!」
その言葉を残し、ルークの姿は下の階に消えた。
-下部中央エリア 地下-
ガラガラ、と瓦礫が床に崩れ落ちる。それと共に落ちてきた男をしっかりと睨み付けながら、復讐者は口を開く。
「ようやくこのときが来たわ……ルーク、あんたを殺すときがね!!」
「…………」
短剣を握りしめているイオの顔をしっかりと正面から見据えながら、ルークが一度目を瞑り、リーザス解放戦のときの事を思い出す。人類最強の男にして、ヘルマンの誇り、第三軍将軍トーマ・リプトン。その縁者が、復讐者が、目の前に立っているのだ。
「イオ。お前では……俺は殺せない……」
「そんな事、やってみなきゃ判らないでしょ!!」
そう叫んだイオが雷の矢をルークに放つ。真っ直ぐに向かってきたその一撃をブラックソードで両断するルーク。貫かれた腰が痛むが、表情には出さない。
「うぁぁぁぁ!!」
イオがルークに向かって駆け出し、がむしゃらに短剣を振るう。それを冷静に躱し続けるルーク。大振りになった隙をついて腕を叩き、短剣を床へと落とさせる。だが、イオは腰に差していた別の短剣を抜き、再びルークに向かって振り回す。
「あんたがぁぁぁ! あんたがおじ様をぉぉぉ!!」
「ああ……そうだ、俺が殺した」
「よくもぬけぬけとぉぉぉ!!!」
目を見開いてイオが叫び、ルークの心臓目がけて短剣を突き出す。だが、その右手はルークにしっかりと握られ、動かせなくなる。
「離せ、離せぇぇぇぇぇ!!」
「もう止めろ」
「何よ! 自分で殺しておいて、説教をするつもり!?」
キッとルークを睨み付けるイオ。その瞳には涙が浮かんでいる。
「そうじゃない……復讐でしか前に進めないのならば、俺はそれを否定するつもりはない。だが……」
「何よ……何なのよ!?」
「何故そんなに悲しい顔をしている。この復讐は……本当に心から望んでいるものなのか?」
「そうよ! あんたが憎くて、憎くて……殺したいに決まっているでしょう!!」
イオがルークの腰の傷に蹴りを入れる。流石に堪えきれぬほどの激痛であり、イオを拘束していた手が緩んでしまう。その手を振り払って一度後方に跳ぶ、ルークから距離を置くイオ。
「復讐で前に進めるかは本人の問題だ。だから、これは本来関係の無い事なのだが……お前には伝えておかなければいけない事かもしれん。……トーマは復讐を望んでいない」
ルークもこんな事を言うのは本意ではない。志津香の両親が復讐を望んでいるかという問いも勿論否だ。だが、彼女はあまりにもトーマに依存しすぎている。まるで怨念だ。だが、それはトーマの意思とはまるで別のもの。なればこそ、トーマの思いを伝えなければならない。
「ふざけるな! お前に……お前におじ様の何が判る!!」
「お前に比べれば俺はトーマ将軍の事など全く知らんよ。だが、そんな俺でも判る事くらいある。あれ程の清々しい、一本気のある武人。あれ程の男が今のような事態を望んでいるはずがない」
「だ……黙れ……黙れ、黙れ、黙れ!!! おじ様は……おじ様の仇は私が……」
狼狽しながら短剣を振り回すイオ。だが、先程まで以上にあまりにも滅茶苦茶な攻撃だ。こんなものに当たる訳にはいかない。
「おじ様の誇りを……名誉を……私が取り戻すんだ!」
「誇り、か……聞いてくれ、イオ。俺はトーマに卑怯な手段など使っていない」
以前は復讐を正面から受けるため、ルークはそれをあえて伝えなかった。だが、正面から対峙して感じたのは、トーマの誇りに異常に拘っているという事。なればこそ、その誇り高い最期を伝える必要がある。
「正面から正々堂々と戦った。俺もトーマも、全てを掛けてな……」
「うぅっ……うぅっ……」
「だから……」
言葉を続けようとしたルークだったが、突如イオの動きが止まる。嗚咽のようなものが聞こえてくる中、再び闘神都市がぐらりと揺れる。時間はあまり残されていなそうだ。
「おじ様が……望んでいないですって……? あんたが……卑怯な手を使っていないですって……?」
「…………」
「そんなの……そんなのとっくに気が付いていたわよ!!」
俯いていたイオが顔を上げて叫ぶ。その顔は涙でぐちゃぐちゃに汚れていた。
「あんたが……卑怯な手段を使うような奴じゃないって事くらい……途中から気が付いていたわよ……えぐっ……えぐっ……」
「…………」
「でも、それじゃぁおじ様の仇は誰が討つのよ! この気持ちはどうすればいいのよ!!」
「…………」
「私……おじ様に伝えてない……大好きだったって、お父さんみたいに思っていたって……伝えてないの……あぁぁぁぁぁ……」
イオが泣きじゃくる。その手に握っていた二本目の短剣もいつの間にか床へ落とし、その場で顔を両手で覆ってむせび泣いた。彼女がどれ程トーマを思っていたか、どれ程大切に思っていたか、それが伝わってくる。
「復讐を止められないのなら、いくらでも俺を付け狙え。殺される気はないが、いくらでも付き合わせて貰う。それが……俺に出来る唯一の事だ……」
「うぁぁぁぁ……うぅっ……うぅっ……」
簡単に割り切れるものではないのは判っている。本来ならばルークもこれ程までに付き合ったりはしない。冒険者をしていれば恨みを買うこともある。それらに一々付き合っている程お人好しではない。だが、イオとは短い間とはいえ行動を共にしている仲間だ。その分、情は移ってしまっている。だからこそ、とことんまで付き合う。偽善者と言われたとしても、間違っていると言われたとしても、ルークは彼女の復讐に付き合い続けるつもりだ。そんな中、またも闘神都市が大きく揺れる。
「イオ。今は脱出が先決だ。俺への復讐はその後でいくらでも来い」
「聞かせてよ……」
ふいにイオが口を開く。まだ嗚咽が若干残っているその声で、もう一度ハッキリと口にする。
「おじ様の最期、聞かせてよ……」
「詳しい話は地上に戻ってからになるが……強く、誇らしく、気高い、正に英雄。たった一人で多くの解放軍を打ち倒し、皇子のいる城の城門を死守し続けた。人類最強の男に恥じぬ戦いぶりだ。最終的には消耗した状態で俺と戦い、散っていった。見事だったよ……最期まで国を案じていたその姿、俺は生涯忘れん」
ルークがトーマとの死闘を思い出しながら語る。今まで戦ってきた人間では、間違いなく最強であった誇り高き将軍。ルークの言葉を聞いたイオが、ゆっくりと顔を上げる。
「当然よ……ひっく……おじ様は……格好良くて……素敵で……私の憧れなんだから……人類最強の男なんだから……」
涙でぐしゃぐしゃの顔であったが、その表情は先程までとは違う。ルークに向かって微笑んでいるのだ。久しぶりに見るイオの笑顔。やはり、彼女にはこちらが似合う。
「イオ……行こう」
「……うん」
ルークがイオに手を差し出す。それに答えるようにイオもルークに向かって手を差し出す。完全な和解とまではまだ行かないだろう。だが、今から繋がれるこの手がその第一歩となる。そう、そのはずだった。瞬間、ルークの頬に生暖かい液体が飛ぶ。それは、イオの口から吐き出されたもの。
「ククク……」
ルークが目を見開き、視線を落とす。そこには、真っ赤な腕がイオの体から生えていた。胸の辺りから生えたそれは、その色合いも伴って狂い咲いた花のようにも見える。ドクドクとイオの胸から血が流れ落ち、ごぷりとその口から泡だった血を吐き出す。
「カカカ……」
そして、ゆっくりとイオの体が正面に倒れ込む。それにより、イオの後ろに立っていた者の顔がはっきりと見える。引き抜いた右腕を真っ赤に染め、返り血を全身に浴びて不気味に笑う闘将。いや、ルークにはそれが誰なのか見なくても判っていた。
「ディオぉぉぉぉぉ!!!」
「クカカカカ!! 見つけたぞ、ルーク!!!」
叫ぶと同時に、ルークはブラックソードでディオに斬り掛かっていた。その剣をディオは真紅に染まった手刀で受け止める。ドサリとイオが床へと崩れ落ち、辺りに血溜まりが広がっていく。だが、そちらに気を向けている余裕は今のルークには無い。目の前にいるのは、最悪の相手。
「お前は……お前だけは、俺の手で殺す! 今、ここで!!」
「クカカカカ! ならば私も、もう一度答えさせて貰おう。それは無理だ! 私が貴様を殺すのだからな!!」
再びルークが剣を振り下ろし、ディオがそれを受け止める。勢いのついていたそれは互いの体に衝撃をもたらす。ルークの腰から血が噴き出し、ディオの腕がぎしぎしと軋む。互いに満身創痍であり、最早まともに戦える状態ではない。だが、この戦いだけは譲れない。建物が崩れ落ちていく中、闘神都市最後の戦いが始まる。