SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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はじめまして。マグロ鉱脈です。
いろいろと至らない点がありますが、生ぬるい目で見守ってください。生温かいではなく、生なる位がちょうど良いと思います。
基本的に一人称で物語は進みますので、それが嫌な人はバック推奨です。


Episode1~4
Episode1-1 デスゲームの生還者の苦難


 書店に赴けば、【それ】に関する著書は山のように存在する。

 ネットを調べれば、【それ】に関する記事は幾らでも探し出す事が出来る。

 特定のコミュニティでは、【それ】に関する者たちの密やかな会談が開かれている。

 

 オレにとって【それ】は……ソードアート・オンラインは、文字通りの地獄の牢獄であり、どうやっても忘れることができない場所だった。

 

 今から6年前、茅場晶彦が引き起こした未曾有にして人類初の電脳テロ、俗にSAO事件と呼ばれる1万人近い人間を仮想空間に閉じ込めて行われたデスゲームは、生還者は僅か438名、クリアタイムは3年と7ヶ月という結果で終わった。

 第100層までのクリアにかかった3年半という時間を、短かったと言うべきか、長かったと言うべきか、どちらの表現を選ぶかは人によってそれぞれだ。

 オレ……久藤篝に言わせれば、恐るべき短さだ。あのアインクラッドを100層まで攻略するのに3年半など、さすがの茅場も想定の範囲外だったのではないかと思う。

 その証拠に第100層でラスボスとして迎えた茅場……いや、ヒースクリフは惜しみない称賛の拍手を送った。皮肉も過剰評価もない、純粋な賛辞だった事に疑いようもない。なにせ、オレ自身が苛立つほどにあの拍手の乾いた音を憶えているのだから。

 全ては悪夢だった。オレにとって……SAOを生き抜いたプレイヤー【クゥリ】にとって、あれは醒めてしまった悪夢だ。

 だからこそ、オレは他の生還者との距離を置いた。未成年の生還者は20名足らずであり、政府はメンタルケアと監視の意味も込めて1つの場所で全員に社会復帰の為の教育を施す予定だったが、オレと同意見の生還者が複数名居た為、強制ではなく選択制になった。特にオレの場合は体の衰弱が他の生還者よりも酷く、学校に通うのは肉体的にも時間がかかる事が理由となった。

 今にして思えば、家庭教師のように病院に足を運んでくれた教師の方々には申し訳ない気持ちがない訳でもない。オレの我儘に付き合わされて迷惑だった人もいるかもしれない。だが、彼らには最大限に感謝している。お陰で僅か1年で義務教育と高校卒業に必要な単位を消化し、特例で大学進学の認可を取ってくれたのだから。

 なるべくVRと関わらない生活を送る。世間はSAO事件でVR業界が縮小するかと思えば、アインクラッドから解放されてみれば浦島太郎の気分になるほど隆盛を誇っていたのだから信じられない限りだった。だからこそ、なるべくVRから距離を置く人生を得る為の準備が必要だった。

 そうしている間に世の中では死銃事件とかいう物騒な連続殺人が起きたりしていたが、警視庁が新たに設立したVR対策室によって解決したと大々的に報じられた。何人かの生還者はこのVR対策室のオブサーバーになっているらしい。また、一部の者は防衛省と協力関係にあるらしいが、オレには関係のない話だ。

 今のオレにとって興味の対象は動植物だ。VRが文明発達による必然ならば、対極に位置する自然に携わる事が最もVRから距離を置くことができる。仮想現実ではなく、紛うことなき現実での生を体感できる。

 

「そのはずなんだけどなぁ」

 

 だが、オレの目の前には小奇麗に包装されたゲームパッケージが、開封されるのを今か今かと待ち構えている。加えてその隣には、6畳の部屋では余りにもスペースを占領する大きめの段ボール箱がこれでもかと自己主張していた。

 これらの品は最新作VRMMOをプレイするのに必要なグッズの一式であり、揃えるだけでも天運と10万近い費用が間違いなく必須になる代物である。

 ネットに売りに出せば、少なくとも半年間は勉学に集中して、無理なアルバイトで青春を女っ気がない工事現場や夜間警備で消化する事がなくなるだけの額になるはずだ。

 段ボール箱を開ければ、ナーヴギアから数えて4世代目『アミュスフィアⅢ』がその銀色のボディを、最近になっては絶滅危機種となった蛍光灯の光を浴び、何処か寒気がする輝きを放っていた。

 アミュスフィアⅢは、その名通りアミュスフィアⅡの後継だ。より正確に言えば、僅か1年前に発売されたアミュスフィアⅡの改良機だ。

 当時、アミュスフィアⅡは、ナーヴギアと同等の解像度とアミュスフィア以上の安全性を謳い文句にリリースされたが、蓋を開けてみれば『デザインが最悪』だの『重過ぎる』だの『消費電力がヤバ過ぎる』だの、といった苦情が殺到した。オマケにSAOの生還者の1人にして素性を明かさぬカリスマVRMMO評論家として、今やVRMMO界のドンとすら噂される『SABOTEN/HED』が、肝心要の解像度を『ナーヴギア以下の産廃』とこき下ろした事が致命的となり、販売台数3万台という悲劇的な数字を叩き出した。ちなみに3万台は日本国内のみならず、海外販売台数も合わせた結果である。

 VR技術を牽引し続けた日本企業の衰退。誰もがそう捉えた。事実として、アメリカじゃアミュスフィアⅡが大コケする事がわかっていたかのように、あの林檎の企業が『ナーヴギアからの正当進化系』と銘を打った新型機器の発売を明言した。

 だが、あろうことかアミュスフィアⅡの発売から、たった3ヶ月後にレクトエレクトロニクスはアミュスフィアⅢを発表した。どんなものかと思い、オレは知人の妹に誘われて、わざわざ東京ゲームショーに出かけに行った。

 

 アミュスフィアⅢを見た時、オレは思わず嘔吐しそうになり、実際にトイレで盛大に腹の中身を全部まき散らした。

 

 アミュスフィアと同様のバイザー型で、ナーヴギアの面影はない。そのはずなのに、オレにはその機械があの悪夢の根源に思えてならなかった。

 だが、オレと違って世間はアミュスフィアⅢを大絶賛した。スタイリッシュなデザインと豊富なカラーバリエーション、アミュスフィアよりやや高め程度に抑えられた消費電力、肝心要の解像度はナーヴギアよりも42パーセントも向上し、1000人以上のテスターによって証明済み。しかもテスターの1人であるSABOTEN/HED氏の大絶賛というお墨付きだ。

 だが、世間の評価など関係ない。間違いなくアミュスフィアⅢの開発とデザインには、ナーヴギア開発に深く携わった誰かがいるはずだ。オレの勘が外れている事を信じ、オレよりも勘が良くて、より深く仮想空間の真理に手を伸ばした友人……と言うにはやや憚れるが、ともかくソイツの見解を伺った。

 

『俺も同じ感想だよ。【シリカ】も同意見みたいだ。レクトエレクトロニクスを探ってみるけど、あまり期待しないでくれ。俺としては手伝ってもらいたいけどね』

 

 リア充爆発しろ。届いたメールの短文から想像できた光景に対して、オレの率直な感想はそれだけである。

 あのイケメン黒ずくめ野郎は、相変わらず女を侍らしているのかと思うと怒りより先に我が身の女っ気の無さを嘆きたくなったものだ。

 とは言え、それは表向きであって、オレよりもSAOでトラウマを山ほど刻まれた『アイツ』が、今は何とか精神崩壊もせずに、年下の相棒と日夜警視庁と防衛省を行き来して資産をせっせと積み立てているのだから、とりあえずは安堵する。

 あれから『アイツ』から連絡はない。元々オレと『アイツ』が連絡を取り合う事は珍しい事だし、『アイツ』はオレが下手に探偵の真似事をしようものなら、躊躇なく相棒2号として引き摺り込もうとするはずだ。その程度にはオレと『アイツ』は息が合う。つまり? イコール? シリカと『アイツ』の妹に絞め殺されかねないって事だ。

 シリカは今や『アイツ』の相棒兼秘書で365日べっとりらしいし、『アイツ』の妹は妹でいろいろ面倒だ。主にブラコンで面倒だ。つーか、妹くらいには所在地と連絡手段くらい教えとけよ。オレが連絡手段知ってるってバレたら雷速の竹刀で頭が割れちまいそうなんだよ。

 そうしてオレは件の事柄を綺麗サッパリ忘れる事にした。当然だ。何処かの誰かが陰謀を巡らしていようとも、要は関わりさえ持たなければ実害を限りなく小さくできる。ならば実践あるのみだ。その日を以って、VR関連の書籍は全て古本屋に売り払い、ネットでも極力検索しないように心掛けた。

 そのはずなのに、オレは3日前に発売されたばかりのアミュスフィアⅢと同時リリースされたゲームのディスクを入手してしまった。

 差出人はよりにもよって『アイツ』の妹だ。しかもご丁寧に可愛らしい兎の便箋に入った手紙付きである。

 手紙の内容は以下の通りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『嘘って何処からバレるか分かりませんよね? だから怖いんですよ。話はゲームの中でゆっくりとしましょう』

 

 

 ………………ウン、ソウダネ。

 兄妹揃ってオレの人生をどうしたいんだよ? ただでさえSAOでハードモードだったのに、現実世界をベリーハードにしたいのかよ?

 何はともあれ、オレは彼女に会う為にも、もう二度と入らないと誓った仮想空間へと飛び込まなければならない。それに関しては憂鬱だが、少なからずの期待がないわけではない。

 可愛いおんにゃのことの縁は大事だ。うん。凄く大事だ。SAO以来コミュ障気味だったオレに少なからず優しくしてくれて(思いっきり利用されたけど)、いろいろと親身になって相談に乗ってくれて(思いっきり貸しを作っちゃったけど)、理由があるとはいえ信頼を裏切ってしまった(思いっきり最初から疑われてたっぽいけど)、そんな可愛い女の子の為ならば、トラウマの1つや2つ乗り越えないでどうするという話だ。

 

「つーか、そもそもコレってどんなゲームなんだ?」

 

 辛うじてVRMMOだという事は分かるが、如何せん1年以上情報収集を怠った身では前情報が少な過ぎる。

 タイトルはDBO……ドラゴンボールオンラインの略か? いや、小さく記載してあるか。

 

『DARK BLOOD ONLINE』

 

 ……世の中って病んでるのかな? それともオレの感性が間違ってるのかな? どう見ても世間を騒がすアミュスフィアⅢと同時発売して良いタイトルじゃないだろ?

 パッケージには、夕焼け空と荒野、そして背中を見せる騎士の姿が描かれている。騎士の甲冑はボロボロで、剣も刃毀れしていた。軽めのダークファンタジーといった印象である。一方のパッケージ裏は、表とは印象が異なる爽やかさだ。青空と草原、そして魔法使いのようなローブ姿の女性の後ろ姿である。

 

「やってからのお楽しみか? 嫌な予感しかしないんだが」

 

 情報収集したいのは山々だが、実はサービス開始まであと20分を切っている。ゲーム内でのブラコン妹との合流方法は手紙に書いてあった。結構詳細だったし、存外ベータテスターかもな。

 ……だったら尚更御免こうむりたい。正直ベータテスターにはSAOでデスゲーム開始1時間でPKされそうになったという苦い経験がある。ああ、そういえば彼女も美人だったなぁ。『アイツ』に狩られてお亡くなりになったらしいけど。

 

「男は根性、女は度胸、オカマは愛嬌! 覚悟を決めろ!」

 

 そして、オレは6畳部屋で手早くゲームの準備を済ませ、起動したアミュスフィアⅢを被る。

 

 

 

 思い返せば、SAOを始めた時も嫌な予感が首筋を舐めた。誰もデスゲームが始まるなんて思いもしなかった時に、どうしようもない本能の危険察知が働いた。

 

 最悪な事に、今回もまた同じような……あるいはそれ以上の冷たくも明確な死の気配がオレの首筋を浸した。




感想や指摘があれば気軽にどうぞ。

では第2話でお待ちしております。

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