SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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何気に最長エピソードを更新していました。
でも仕方有りませんね。今回は色々なキャラにフォーカスした上でのストーリーですので、ご容赦ください。


スキル
≪信心≫:奇跡を使用できるようになる。≪魔法感性≫が無ければ習得できない。熟練度の上昇により、ゴースト系・アンデッド系モンスターからの攻撃を減衰させる。
≪地図作成≫:マッピングデータの解析エリアを拡大する。


アイテム
【血風の外装】:石の巨人と戦っていた辺境の騎士団が身に付けた装備の1つ。石の巨人を殺す為には人の領域を超えた武器を使わねばならなかった。そこで鍛冶衆は巨人と同じ武器が使えるように、竜の血を染み込ませた甲冑を作り出した。やがて石の巨人は倒されたが、騎士団の人智を超えた力に恐れをなした王は彼らを処刑し、甲冑の製造を禁忌として封じた。今は籠手と具足の製造法のみが僅かに伝わるのみである。
【白の聖樹の髪飾り】:白の聖樹の枝と果実を加工して作られた髪飾り。白の聖樹は聖女ステラが幼き日に血の契約を神と結んだ証として白の森に誕生した。だが、彼女の行方が失せた時より白の森は嘆きで溢れ、そして呪いが魔物を生んだ。


Episode12-18 One day~ある傭兵の場合8~

「後継者……?」

 

 意味が分からん。椅子の背もたれに体を預け、オレは額を手で押さえる。

 今日は朝からハードだったが、いい加減にしてくれと言いたい。ネイサンからの突発依頼に始まり、グリムロックの変態的ゴーレムを相手にし、探偵の真似事をしてエレインの足取りを追い、娼館で精神をぶん殴られ、黒紫の少女とデュエルし、エレインの真実にたどり着き、諜報部の連中をぶち殺し、アイラさんを救い出してようやく依頼も終了かと思えば、今度は自分の後継者に据えたいという野郎が現れた。

 

「ふざけんな。はいそうですか、って頷く馬鹿が何処にいるんだよ?」

 

「当然だな。即答されては私も困る」

 

 意外にもあっさりとセサルは肯定する。やや拍子抜けだが、油断して気を緩めてはいけない。

 メイドさん達が空になった皿を下げていくのを見守りながら、オレは深呼吸を挟みそうになるのを我慢しつつ、今ある情報を纏める。

 整理しよう。まずセサルはクラウドアースを取り纏める理事会、更にそのトップである理事長と同等かそれ以上の権限を有する、ゲームで譬えるならば裏ボス的存在であるらしい。

 そう考えれば納得がいく事も多い。有力ではあるが、当時2大ギルドとして君臨していた聖剣騎士団や太陽の狩猟団には及ばなかった中堅ギルドたちが急遽手を組んで連合を結成する等、それも水面下で行われていたとは、オレもクラウドアースの名前を聞くまで知り得なかった。

 徹底した根回し、妨害工作を跳ね除ける知略と武力、そして中堅とはいえギルドのリーダーたちを取り纏める圧倒的なカリスマ性。セサルならば全てを可能にできただろうという確信がオレにはある。

 

「アンタは暗躍して何を企んでいるんだ?」

 

 だからこそ理解できない事が幾つもある。オレは言葉を慎重に選び、セサルに探りを入れていく。

 

「よく分からんが、アンタの理想ってのはクラウドアースとかけ離れているようにしか思えねーぞ? そんな組織を作り上げて、裏ボス気取って、アンタはいったい何がしたいんだ?」

 

 クラウドアースのやり方は武力による統一でもなければ、個人の力に物を言わせた実力主義でもない。極めて資本主義的……企業的政治体制を取っている。理事会による合議制による運営もその1つだ。

 聖剣騎士団も太陽の狩猟団も下部組織としてギルドを複数抱えているが、これら下部組織にはギルド運営に携わる権限が無い。むしろセサルの理想としては、聖剣騎士団の貴族主義的あり方が最も近しい気がする。

 恐らくだが、セサルの理想は単なる弱肉強食ではない。王として力ある者が君臨し、弱き者たちを統率し、絶対的な秩序を敷くというものだろう。逆に言えば、弱き者達は強き者に縋り、献身的に奉仕すれば庇護を得られるという事でもある。

 血脈に依存しない、徹底した実力主義に基づく玉座。それはかつて王権を争って肉親同士が殺し合っていた時代を考えさせられるが、それすらもセサルからすれば王を定める為の必要不可欠な試練と考えているのかもしれない。

 だからこそ理解できない。セサルはどんな意図を持ってクラウドアースを設立させたのだろうか?

 

「何か誤解があるようだが、私は言うなればオブザーバーのような立場だ。彼らの運営方針には興味が無い。故に、理事会がどんな意向で聖剣騎士団や太陽の狩猟団と敵対しようと興味が無い。私が彼らにクラウドアースの設立する際に、彼らに要求した事は1つだけ……『ただひたすらに強くあれ』だ」

 

 やや早足で、それも焦った表情で一礼と共に別のメイドさんがテラスに現れ、セサルの耳に何事かを小声で話す。彼は幾度か顎を撫で、メイドさんに下がる様に伝えると、再び話を再開する。

 

「資本主義とは組織力を作り出すという意味では馬鹿に出来ない。機敏な利害への嗅覚、それを活かす合理的思考、個々への利益配分による組織への依存性といった具合に、企業とは『法人』という概念がある様に、人が筋肉となり、神経となり、内臓となり、組織という巨人を動かす」

 

 ああ、確かにそんな事学んだな。地獄の大学受験勉強及び義務教育カリキュラムを思い出しながら、オレは病院で毎日のように通ってくれた政府派遣の先生たちから与えられた知識を拾い上げる。

 

「そもそも私の思想は共産主義ではない。資本主義大いに結構だ。企業間競争によって生まれる力を私は軽視しない。だが、市場の奴隷となる事を良しとしない。力ある者が統べず、支配者を気取る金で肥えた豚共の成すのは終わりなきゼロサムゲームの世界であり、待つのは人類の衰退だ。故に私が求めるのは真に強き者が支配する世界。肥えた豚と踊らされた民衆が選んだ傀儡が金勘定で決める紛い物の秩序を終わらせねばならない。誰もを優しく包み込む嘘を剥ぎ取らねばならない」

 

「クラウドアースもアンタからすれば『限られた箱庭で遊ぶ企業たち』ってわけか。つまり、クラウドアース自体がアンタの理想の実験体。イカレてるな」

 

 だが、少なくともセサルの試みは成功している。事実として聖剣騎士団と太陽の狩猟団に並んだクラウドアースは大ギルドの名に恥じない規模と資金力、そして戦力を確保する事に成功した。娯楽から金融まで幅広い分野でも成功を収め、もはや単純な武力でクラウドアースを潰すとなれば、聖剣騎士団と太陽の狩猟団にも多大な影響を及ぼす立場になってしまった。

 一方で、そうした資本主義的エリートで運営されているクラウドアースを支配するのは、徹底した武力的実力主義を唱えるセサル・ヴェニデだ。即ち、クラウドアースは常に利害を追い求める群れでありながらも、絶対的な王たる個によって統制されている事になる。

 反論できない。セサルからすれば、恐らくデモンストレーション程度だ。自分の理想をアプローチする為の劇場に過ぎない。だからこそ、セサルはクラウドアースの運営に何も口出ししない。理事会は……いや、クラウドアース自体が『強くあれ』という理想と信念を刷り込まれているからだ。

 謀略も、知略も、資金力も、情報力も、全ては統率する為の武力を補佐する為にある。

 そこまで気づいて、オレは自分の口元が大きく歪んでいる事を知り、我に返る。

 オレは……共感しているのか? 魅力を感じているのか? こんな狂った思想に。

 今更になって口元を隠そうとするが、既に遅い。セサルは嬉しそうに頬杖を突きながら頷いた。

 

 

「【渡り鳥】君、何も恥じる事は無い。この1日観察させてもらったが、キミは年齢不相応なまでに心が幼い。それはつまり影響を受けやすいという事だ。だからこそ、私は提示するだけだ。キミに1つの道を示すだけだ」

 

 一端言葉を区切り、セサルは席を立ち上がる。その全身に夕陽を浴び、彼の黒い影がオレに覆い被さった。

 

「選ぶのはキミだ。先程も言ったように、急いで答えを出す必要はない」

 

「……何でオレなんだ。オレよりも強いヤツはいる。『アイツ』……【黒の剣士】はアンタのお眼鏡に適わなかったのか?」

 

 仮にオレがセサルの言う通りドミナントであるとしよう。だが、それならば相応しい強者は別にいるではないか。オレよりも実績も、強さも、人望も備えたヤツがいるのではないか。

 

「彼では駄目だ。確かに彼もまた素質はある。だが、決定的に不足しているものがあるのだよ」

 

「不足しているもの?」

 

 オレにはあり、『アイツ』には無いもの……駄目だ。まるで思い浮かばん。悲しい位にオレは欠けてる人間だからな。交友関係も含めてアイツに勝ってると断言できるものがあっただろうか? セサルを睨んで問うと、彼は楽しげに指を鳴らす。

 

「そうだな。丁度良い。『上映会』を始めるとしよう」

 

 するとメイドさんたちがテラスに配置されたテーブルを片付け、オレを室内へと誘う。暖炉の火が灯った部屋には赤い絨毯が敷かれ、4人は簡単に腰かけられるだろう横長のソファ、そして木製の長方形の4脚テーブルの上には食後のデザートなのか、赤いストロベリーソースが染めるチーズケーキが準備されている。だが、どういうわけか、デザートは3人分準備されていた。

 すっかり夕陽も地平線に落ちた。オレはソファに体を預け、束の間の休息を取るように瞼を閉ざす。正直なところ、今日は色々と出来事が重なり過ぎて頭がパンクしそうなのだ。

 

「どうも、失礼しますねぇ」

 

 だが、それも数分に満たない細やかな時間だ。オレは気怠さを隠しもせず、開いたドアからメイドさんに誘われながら登場した、ギラギラとした赤色の髪が特徴的な男の入室を見届ける。

 外見は20代半ばで、やや痩身で軽薄そうな男だ。スーツの上から着たコートが板についている。ただし、左腕が無いのか、左袖はひらひらと舞っていた。

 

「おやおやぁ、誰かと思えば、キミってもしかして噂の【渡り鳥】くん?」

 

 馴れ馴れしそうにオレの隣に腰かけた男は、メイドさんに手をひらひらと振って別れの挨拶をしながら尋ねてくる。

 

「だったら何だよ?」

 

「別に何も。噂とは違うなぁって思いましてねぇ。まぁ、ボスが言った通り可愛い顔しているなってくらいですよ」

 

 喧嘩売ってるなら買ってやる。オレは鉈を抜こうとするが、僅かに殺気を滲ませただけで、可愛い顔で笑っていたメイドさん達が呪術の火を披露して瞬時にオレを取り囲むようにフォーメーションを取ったのを視界に入れる。ここはセサルのホームグラウンドだ。暴れても痛手を負うだけか。

 渋々怒りを抑え込み、オレはストレスを撒き散らすようにチーズケーキを頬張る。

 

「それで、どういう茶番が始まるんだ?」

 

「茶番か。そうだな。そろそろ舞台裏を明かすのも悪くないだろう。レグライド君、始めてくれたまえ」

 

 セサルは新たに登場した左腕が無い男の名前を呼ぶ。レグライドか。聞き覚えのない名前だが、立ち振る舞いからして真っ当なヤツじゃなさそうだな。

 チーズケーキをフォークで切り分けながら、レグライドがアイテムストレージから取り出したのは記録結晶だ。一体全体何のデータが入っているのやら。

 青色の正8面体をした手のひらに収まる程度の大きさである記録結晶は淡い光を放ち、内包されたデータを介抱する。システムウインドウによって表示されたのは、どうやら映像データのようだ。

 

「……って、シノン!?」

 

 音声データは無いのか、会話は聞き取れないが、半壊した建物で膝を着いているのはシノンだ。状態から察するに、何かしらの戦闘が行われたとみて間違いないだろう。そして、彼女を守る様に立つのは黒い紋様が描かれた白の仮面を付ける黒コートの男、最強の傭兵としてユージーンと並ぶUNKNOWNだ。

 そこから始まったのは、レグライド、それにオレが昼間娼館で出会ったマクスウェルが2人がかりによるUNKNOWNとの戦闘だ。とはいえ、UNKNOWNは魔法の当たり判定を斬ったり、レグライドが放ったチャクラムの穴に二刀流の片手剣を通して奪い取ったりと、ほぼ一方的な展開だ。最後にはレグライドが左肘から斬り飛ばされ、マクスウェルの首元に剣を突き付けたところで映像は終わる。

 

「以上がイワンナさんのお店で行われた戦闘の映像データですかねぇ。こちらの映像データはボスからセサルさんへのお土産に、と。音声データは別撮りですので、後ほどお送りいたしますよ。その代わり……」

 

「ああ、分かっている。旧諜報部メンバーの引き渡し及びマスグラフ鋼の裏流通の便宜をチェーン・グレイヴには図ろう」

 

「ありがとうございます。それでは、私はそろそろお暇させてもらいますねぇ。じゃあね、【渡り鳥】くん。今日はウチのお姫様と遊んでくれてありがとう。あの子は謀略に向かないから今回の1件で仲間外れにしていたものですからねぇ。かなり不機嫌でストレスが溜まってたんですが、お陰ですっかりご機嫌ですよ。娼館の弁償の件も含めて、今度1杯奢らせてもらうとマクスウェルさんも言ってましたよ」

 

 オレが呆けている間にセサルは何やら取引らしき話を進め、レグライドはオレに質問も許さないとばかりに退室していく。残されたオレは、何とか一連の情報を噛み砕き、本日のオレの道化っぷりを再認識する。

 イワンナは確か情報にあった、エレインの旧ギルドのメンバーのはずだ。だとするならば、筋書きは見えた。

 

「……グルだとは思っていたが、ここまで堂々と見せ付けてくれるとはやるじゃねーか」

 

 溜め息1つと共に、オレはようやく全てのシナリオを見切ることができたと脱力する。

 今回のエレイン捜索に始まった依頼は、全てオレに対するセサルからのテストであり、同時にラスト・サンクチュアリからUNKNOWNを引き摺り出し、戦闘データを回収する為の大がかりな茶番だったわけだ。

 事の始まりは三日前のムーココナッツの殺害から始まる。彼の死を確認したクラウドアースはその足取りを追い、彼の居場所と目的をつかんだ。だが、クラウドアースの理事会、あるいはセサルがこの状況を利用できると踏んだ。

 1つはオレに対するテスト。調査能力、情報分析能力、戦闘能力をセサルが観察し、判定を下す為だろう。

 そして、もう1つはクラウドアースと深刻な敵対関係にあり、なおかつ【聖域の英雄】と謳われるUNKNOWNの情報を収集する為だ。恐らく、この時点で既にクラウドアースとチェーン・グレイヴの間では密約が交わされていたとみて間違いない。

 下位プレイヤーに影響力を広めたいラスト・サンクチュアリは、今現在犯罪ギルドでも名の知れたチェーン・グレイヴを目の敵にしている。そのチェーン・グレイヴがエレインの捜索の為に非道を行うとなれば、あのサボテン頭の馬鹿は影響力拡大のチャンスと睨んで戦力を派遣するはずだ。

 その中でも自分たちの名声を高めるならば、武闘派であるチェーン・グレイヴの幹部を撃退したという功績が欲しい。そうなれば、慢性的な戦力不足で悩まされるラスト・サンクチュアリとしてはUNKNOWNを派遣する他ない。

 そんな時に、エレインのかつての仲間であるイワンナがチェーン・グレイヴによって拉致されるなり拷問をかけられようとしているなりといった情報を流す。これを救い出せばラスト・サンクチュアリはめでたくヒーローとなり、その影響力を拡大させる丁度良い広告になる。

 だが、それも全てクラウドアースの仕込み……わざとリークさせた情報だ。既にチェーン・グレイヴと取引し、共謀する手筈を整えていた。念入りに、わざわざ下っ端に過ぎないエレインの捜索に、マクスウェルのような幹部クラスのメンバーを派遣して、情報に信憑性すら持たせた。

 考えてみれば簡単な話だ。オレが今日エレインにたどり着く為に仕入れた情報は全て娼館や地下街といった、犯罪ギルドの縄張りだ。あらゆる犯罪ギルドと繋がりを持つチェーングレイヴにエレインの追跡が出来ないはずなど無い。

 恐らく先程のメイドさんのセサルへの耳打ちは、映像データに映っていた夕陽からも、UNKNOWNが狙い通りラスト・サンクチュアリによって派遣され、チェーン・グレイヴと交戦したという報告だろう。

 

「全てを理解してもらえて何よりだ。それで、君から見てUNKNOWNが【黒の剣士】であると仮定した場合、その強さはどれ程のものかな?」

 

 紅茶をメイドさんに注がせながら、セサルは今回の茶番劇など取るに足らないと言わんばかりに、オレに先程の戦闘映像の感想を求める。

 

「オレの記憶よりも格段に強くなってやがる。あれでも全開には程遠いだろうさ。ハッキリ言って、今のオレじゃUNKNOWNには勝てんだろうさ」

 

 もう疲れ切ったオレは投げやりに回答する。それをセサルは吟味するように右手でレグライドから渡された記録水晶を弄る。

 

「……【渡り鳥】君、UNKNOWNと戦えば負けると断言しているようだが、私には最低でも五分であるようにしか見えんがね」

 

「過大評価だな」

 

「いいや、正当な評価だ。何故ならば、UNKNOWNは根本的に『守る』人間だからだ。誰かの為に剣を取り、守護者となる。それが彼の本質だ。その過程で殺しをする事はあったとしてもだ。彼は常に守る為に戦う。そのような定めなのだろうな。そして何よりも、彼は命を奪う事に決定的な嫌悪感を抱いている」

 

「…………」

 

「対するキミは生まれながらの捕食者だ。キミの戦いを見て、噂以上だと確信したよ。キミは躊躇わない。いかなる状況であろうと、必ず敵を殺す。キミは根本的にUNKNOWNとは違う。彼が剣と盾を持つ『騎士』であるならば、キミは爪と牙をもつ『獣』だ。守る為に生まれた騎士と命を奪い喰らう為に生まれた飢えた獣。そのどちらが勝つのか興味がある」

 

「……話はそれだけか」

 

 不機嫌にオレは立ち上がる。それをセサルは引き留めない。

 もう今日は疲れた。さっさと風呂に入って、メシを喰って寝たい。だが、その前に最後にやらねばならない後始末がある。

 

「エレインはどうなる? アイツはムーココナッツを殺したが、元を辿ればクラウドアースの腐敗が招いた事だろうが」

 

 チェーングレイヴと話が付いているならば、結果的に不利益をもたらしたエレインが犯罪ギルド側に引き渡される事にもなるかもしれないという心残りがある。仮に、チェーングレイヴ側に引き渡されるのであるならば、アイラさんから強引に依頼を受けてでも妨害させてもらう。

 オレの質問が意外なのか、僅かにセサルは驚きの色を見せたが、すぐに微笑を取り戻す。

 

「今回の1件は私にも責任がある。少々クラウドアースを放任し過ぎたからな。諜報部だけは私の直轄として今後は管理する事になる。エレインには、新諜報部設立の際に旧諜報部の不正を告発するという名目で保護させてもらう。これはチェーングレイヴ側とも話が付いた事だ。しばらくは牢に入ってもらうが、すぐに自由になる」

 

「……そうか」

 

 内心でオレは胸を撫で下ろす。少なくとも、エレインは処刑と投獄の両方を免れるだろう。せいぜい今後は保護という名目でクラウドアースの為に下っ端として労働に従事させられる事になるだろうが、それでもチェーングレイヴの下で麻薬バイヤーとして働くよりも、二重スパイとして危険な橋を渡るよりも、ずっとずっと平和に生きられるはずだ。

 ならば、オレとして彼らに1つプレゼントを贈るとしよう。

 

「だったら、エレインがチェーングレイヴにしている借金はクラウドアースが責任を持ってチャラにするんだな。それが保護する側の務めだろ? それと、今日は牢に入れるのは勘弁してやってくれ。アイツはアイラさんを取り戻したばかりなんだ。一晩くらい……一緒にいさせてやってくれ」

 

「……良いだろう。私自らチェーングレイヴに話を通す。安心したまえ。私は約束を破らない」

 

 だと良いがな。今度こそ話す事も無いとオレはセサルに背を向け、メイドさんが開けたドアを潜る。

 

「【渡り鳥】君、1つ忠告しておこう」

 

 もう振り返る気も無いオレはセサルの声を背中で受け止める。

 

「罪を裁くのは法だが、罰を与えるのは常に人だ。それを忘れないでおきたまえ」

 

 どういう意味だろうか。オレは尋ねようかと口を開いたが、もはやセサルも語る気が無いのだろうと背中で感じる彼の雰囲気から察する。

 メイドさんに先導されながら廊下を歩きつつ、オレはセサルの言葉を反芻させる。だが、意味深な言葉であるという以上の物は見出せない。

 そうして屋敷の外に出ると、両脇をアーロン騎士装備に固められたエレインとアイラさんが雪上で立ちながら待っていた。

 

「【渡り鳥】……いや、クゥリさん、俺の為に便宜を図ってくれたと聞きました。本当に……本当にありがとうございます!」

 

 深々と頭を下げるエレインに、オレは気恥ずかしそうに頭を掻く。別にお礼を言われる為に牢獄送りをキャンセルにした訳ではない。

 

「借金もチャラになったんだから、これからは真っ当に生きろ。隣に美人のカノジョがいるんだ。それだけで幸せだろ?」

 

 お前は取り戻したんだ。大切な人をようやく守る事が出来たんだ。だから、これはオレからの一足早いクリスマスプレゼントだ。

 

「アイラさんはこれからどうするんだ? エレインと一緒にクラウドアースで働くのか?」

 

「私は……イワンナのお店を手伝おうと思います。彼女の親友を殺したのは……他ならない私のミスですから。だから、せめて彼女の傍にいてあげたいんです。私にはエレインがいますけど、彼女は今も独りぼっちのはずですから」

 

 エレインと手を繋ぎながら、アイラさんは雪を踏み鳴らして白い息を漏らして空を見上げる。アインクラッドと違い、空を覆う天井がないDBOでは、雪雲が去されば夜空に星々が輝く。

 彼らを祝福するように、下弦の月が優しく銀色の月光を降り注いでいる。

 ようやく取り戻せた幸せにオレみたいな無粋な傭兵は不要だろう。楽しげに笑い合う彼らの横顔を見て、そっと気づかれないように、1歩ずつ彼らと歩くペースを遅らせていく。

 

「幸せになれよ」

 

 オレは彼らに背を向け、路地裏へと進路を傾ける。この細い路地を通り抜ければサインズ本部への近道になる。さっさと今回の報酬を回収し、いつもよりも1ランク高い宿屋でぐっすり眠ろう。

 ああ、そうだ。そう言えば、今日はディアベルと会う約束もあるんだったな。ならば、まずは想起の神殿に行かないとな。

 ようやく今日も終わりだ。色々あったが、今は全てがどうでも良い。この疲れをさっさと癒したい。

 

 

 

 

 

 

 だが、風切り音と共に響いた肉を貫く不快な音が『まだ今日は終わりではない』と嘲笑う。

 

 

 

 

 

 

「エ、エレイン……?」

 

 音がした方向は、たった今オレが別れたはずのエレインとアイラさんがいる方向だった。

 誰もいない雪が降り積もった大通り、そこでオレが見たのは腹を太矢で貫かれたエレインの姿だった。

 鉈を抜く。だが、それよりも速く第2射がエレインの胸から矢を抜こうとしていたアイラさんの左肩を貫く。彼女の悲鳴が凍える空気に響き渡る。

 駆ける。その間に第3射と第4射がエレインの太腿と右肩に命中し、その太い鋼の矢がアバターに突き刺さる。

 襲撃者は右斜め前方、4階建ての廃屋の屋根の上だ。闇夜に乗じている上に片目のせいで有効視界距離が短いオレではフォーカス補正が低くて全貌を確認できないが、大弓を装備している事だけは間違いない。

 エレインのHPは既に2割を切っている。後1発でもクリティカル部位に命中すれば、そのHPは全て失われてしまう!

 

「エレイン、伏せろ! 射程から身を隠すんだ!」

 

 オレのアドバイスが届いたのか、エレインは雪に埋まる様に膝を折ろうとした。だが、彼の身を隠そうとする動きが止まる。

 襲撃者の第6射目。月光を浴びて大弓で輝く鏃の狙いは、射撃線など見えずとも分かるくらいにアイラさんに定められていた。

 止めろ。止めろ止めろ止めろ! エレインと目が合ったオレは叫び声を上げるように大口を開いたが、震える喉が何も言葉を発することがなかった。

 

 

 

 

 そして、アイラさんを狙った第6射目から彼女を守るべく、エレインは両腕を広げて彼女に覆い被さった。

 

 

 

 

 最後の矢が貫いたのは……エレインの心臓だった。そのHPは急速に削れていき、レッドゾーンに至っても止まる気配が無い。

 赤黒い光が傷口から漏れ、溢れる血の様にアイラさんを染めていく。呆然とする彼女へと、エレインは苦しげに笑った。

 そう……確かに、笑った。嬉しそうに……笑ったんだ。

 

「ああ、ようやく、守れ――」

 

 それを最期の言葉に、エレインは雪と交わる鮮血のように赤黒い光へと姿を変えて弾けた。

 ようやく彼らの……いや、彼女の元にたどり着いたオレは、エレインだった赤黒い光をつかむ。

 

「逝くな……逝っちゃ駄目だ」

 

 お前はようやく取り戻したんだろ? アイラさんと歩んでいくはずだったんだろ? ここまでお膳立てしてやったんだぞ?

 なのに……こんな簡単に退場して良いのか?

 

「嫌……やだ……嫌ぁああああああああああああああああ!」

 

 頭を抱えてアイラさんの絶叫が轟く。それでも赤黒い光が再びエレインの形を取り戻すことはなく、拡散し、何事も無かったかのように白雪だけが夜風に舞う。

 そして、無情な第7射目がアイラさんを襲うも、射線を見切ったオレは鉈で太矢を弾き飛ばす。

 

「アイラさん……少しだけ、待っててくれ。絶対に早まるな」

 

 両膝をつき、顔を手で埋めながら嗚咽を漏らすアイラさんをこの場に1人で残すのは不安だが、今のオレには成さねばならない事がある。

 雪を爆発させるようにラビットダッシュを発動させ、そのまま最短距離で襲撃者の元にたどり着くべく≪歩法≫のソードスキル【ウォール・ラン】を発動させて垂直に10メートル以上の壁を駆けあがり、一気に屋根の上にたどり着く。

 月光を浴びながら黎明の剣を抜いてオレは屋根に着地すると、大弓を装備した、レザーアーマーと狩猟者の帽子を被った襲撃者の眼前に立つ。

 ……ああ、そういう事か。オレはセサルの言葉の意味を理解する。

 罪を定義するのは法であるとしても、罰を与えるのはあくまで人間だ。神の代行を気取り、多くの咎人を刑に処してきた頃から何も変わっていない。

 

「邪魔を……するな、【渡り鳥】! これは正当な裁きだ! 兄さんの仇討ちなんだ!」

 

 そこにいたのは、ムーココナッツによく似た……憤怒と憎悪で顔を歪めた男の姿だった。




次回で『1日』にも決着がつきます。

それでは、101話でまた会いましょう。

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