SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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今回からクリスマス編です。投稿時期と余りにも真逆すぎて笑いが出るかもしれませんが、クリスマス編です。
クーラーをかけて、凍えるような室温で読めば、少しは雰囲気が出るかもしれません。


スキル
≪光剣≫:光剣が使用できるようになる。熟練度が上昇してもボーナスは得られない代わりに使用の際の秒単位魔力消費量が減る。
≪天運≫:アイテムドロップ数が一定確率で増加する。

アイテム
【粒状の赤果実】:粒状のものが密集した赤い果実。食すことで一時的にではあるが、火炎属性防御力が上昇する。この果実は人が口にするには余りにも苦過ぎる。だが、その効能は火竜に挑む者を鼓舞するだろう。その為か、竜狩りの戦士たちは幼少の頃より味に慣れる為に日々食すと言われている。
【破砕の石剣】:3代目ガルム族族長ルガーナムが使用したとされる石剣。ただ叩き潰す為だけの剣であり、刃もなければ切っ先も無い。その単純な造りからは想像もできぬ神造の産物であり、あらやる魔を名前の通り砕き散らす。


Episode13
Episode13-1 傭兵ランク


 ここは名も無き傭兵達の戦場。

 定められたルールは唯1つ『勝ち残れ』。それ以外は一切求められることなく、戦場へと参じた傭兵達はあらゆる物を武器にする。

 たとえば、綿密に組み込まれた『知略』で戦う者。

 たとえば、場と人を惑わす『虚言』で争う者。

 たとえば、あえて何も持たず、生まれ持った『天運』に勝負をかける者。

 繰り返す。ここは名も無き傭兵達の戦場。

 定められたルールは唯1つ『勝ち残れ』。勝者だけが全てを手に入れ、敗者は全てを失う。それが世の常だと神は嘲笑うように。

 

「来る……必ず来る……来い……来い……来いっ!」

 

 紙が擦れる音。枚数は1枚。先程までの大胆さは鳴りを潜め、パッチは神への祈りを捧げるように呟く。

 その様を頬杖をついて悠然と鑑賞するのはスミス。高級な酒系アイテム【岩の大樹の琥珀酒】を氷割りで、安っぽいロックグラスを傾けながら楽しむ。

 

「必要なのは! 天運を引き寄せる『勇気』だ! あえてだ! 俺は……俺は『3枚』だ!」

 

 だが、ここでスミスの表情を曇らせたのはオニールの勇敢なる1歩だ。彼はあえて切り込む。それは蛮勇か、はたまた揺さぶりか。

 そして、次はオレの番だ。『武器』を確認し、オレはあえて口元を緩やかなカーブを描かせて、不敵な態度を作る。

 

「ノーチェンジだ」

 

「ほう」

 

「ぬぅ」

 

「うぉ!?」

 

 オレの宣言に対し、3者3様の反応を示す。それをじっくりと観察し、オレは彼らの反応から『真実』を探り出す。

 場所はサインズ本部からそこそこの距離にある酒場【白兎の鐘】だ。NPC経営の元から終わりつつある街で経営されている酒場であり、柄の悪そうなNPCの客ばかりが集まる治安の悪い場所だ。事実として、この店では店主と事前に会話し、また高い料理や酒を注文して好感度を稼いでいなければ一服盛られ、NPC達に身包みを剥がされて路地裏に放り捨てられてしまう。

 逆に言えば、しっかりと店主の好感度を高めていていれば、様々な便宜を図ってくれる。たとえば、今オレ達が使わせてもらっている、空いた酒瓶が転がり、また隅には怪しげな木の根が収められた木箱が山積みにされている小部屋に自由に出入りする事が許可される。本来は木箱に収められたアイテムを物色して購入できるという場所なのであるが、オレ達はこの場所を都合よく別の用途で利用させてもらっている。

 おあつらえ向きに備えられた古ぼけた木製円卓、石造りの灰皿、そして豆電球かと思えば発光する蝶を収めただけの弱々しくも必要最低限の光量を放出するガラスの球体、これらのアウトロー要素を気に入ったオレ達はここを『戦場』と呼ぶことにした。

 ……まぁ、簡単に言えば、オレ、オニール、スミス、パッチの4人によるポーカーの遊び場である。

 ルールは特に厳密に定められておらず、テーブル中央の山札からそれぞれが5枚を引いてスタート。チェンジは1回まで。最初に必ず100コルをチップせねばならず、以降は100コル単位でのレイズを許可する。上限は無し。その気になれば、全財産を賭けるのも可だ。

 元々は賭け事で毎回のように借金を膨らませるパッチが夕飯をかけてオレにポーカーを挑んだのが始まりであり、その様子を見ていたオニールが参加を表明して3人になり、オレ達がポーカーしている場面に遭遇したスミスが酒瓶を片手にオレ以外の2人を買収して参加権をもぎ取った。

 仲介人としてオニールが開催の一切を取り仕切り、彼が不定期に『戦場参加要請』をフレンドメールで送る。後は気分が乗ったメンバーが参加申請を出せば、指定された時刻と場所に赴く。そして、そこでオニールに参加費を支払えば、夢と財産をかけたポーカーゲームの始まりだ。

 今日は珍しく4人全員が参加である。時刻も午後9時からと早い部類だ。だが、既に午後11時を巡り、『戦場』はいよいよ最終局面へと入りつつある。

 今回1番抜きん出ているのはスミスだ。初っ端の恒例であるパッチ破産を狙ったオニールを見事に罠にはめ、4万コルまで吊り上げられた賭け金を物の見事に平らげた。次点でオレ、3番目にオニール、そして『幸運』の名を返上せねばならないのではないかと負け続きのパッチだ。

 オレは手札を確認する。『これ』ならば勝機は十分だ。だが、スミスは1枚チェンジだ。役が揃っていると見るべきだろう。いや、あるいはブラフか? 本当は1つも役が揃っていない、俗にいう『ブタ』であるという確率もある。

 勘繰りは止そう。その前にパッチとオニールだ。パッチは2枚チェンジ。彼らしくない消極的な変更。ある程度手札が揃っていて、必要不可欠な『1枚』を手繰り寄せる幸運を求めたか。いや、ここで逆手にとって、オレ達を罠に嵌めようと策略を練っているのかもしれない。侮れんな。

 オニールは3枚チェンジ。そうなると、最低1ペアは元から揃っていた事になる。だが、気になるのはオニールの『あえて』という言葉だ。何を企んでいる?

 

「へへへ。随分と悩ましそうですね、【渡り鳥】の旦那」

 

 妙に強気で自信を持ったパッチが、口元を手で隠して悩ましそうな表情をするオレを目敏く指摘する。

 

「まぁな。今日は何と言ったってイヴの前日だ。お前らから巻き上げたコルでどんな豪勢なメシにしようか悩んでるわけさ」

 

「それは聞き捨てならないな。俺は負ける気ないぜ、【渡り鳥】? 悪いが、イヴは予定が詰まってるんだ。デート代を返してもらうぜ」

 

「ククク。低レベルな言い争いだ。そう思わないかね、クゥリ君? 常に勝者は1人。未来の皮算用など敗者からすれば寂しいだけだ」

 

 オニールとスミスの挑発が重なり合う。さて、どちらが『ブラフ』か。

 まずはチップの100コルがそれぞれより支払われる。実体化され、金貨となった100コルがテーブルの上に転がる。ここからがポーカーの醍醐味である心理戦だ。今までのは考察など前座に過ぎない。

 

「レイズ2000」

 

 まずは軽いジャブだ。オレは20倍に賭け金を膨れ上がらせる。パッチが頬を引き攣らせ、オニールが口笛を吹き、スミスは残りの酒を一気に煽った。

 

「いきなり2000とは……まだ若いな。命は投げ捨てるものじゃないだろうに。レイズ4000」

 

 そう言いながらも倍に吊り上げるスミスに、パッチがごくりと生唾を飲んで目を慌ただしく躍らせる。この動揺は演技か、それとも……

 

「負けちゃいられないな。レイズ6000だ。どうだ、やるか?」

 

 オニールが更に2000の上乗せだ。これで最低でも1万8000の儲けが勝者には保障された事になる。

 続いてパッチのコールの番だ。パッチは更にレイズするか、それとも下りるか、どちらだろうか?

 

「レイズ……1万!」

 

 カッと目を見開いたパッチから、前代未聞の4000上乗せの豪語が飛び出し、オレ達3人に衝撃が走る。

 パッチは常にオレ達にカモにされているが、だからと言って負けばかりを積み重ねているわけではない。ここぞという場面でその強運を発揮し、オレ達から多額のコルを巻き上げてきた『豪運』の持ち主だ。

 どうする? 誰か下りるか? それとも、このまま勝負を続けるのか? なるべくオレは視線を動かさないように努めながら、他2人の反応を待つ。だが、彼らは無言で賭け金を積み重ねるだけだ。

 勝負続行。そうこなくては。だが、ここで小休止のように、スミスが煙草を咥えて火を点ける。

 

「そう言えば、クゥリ君はOSSにはもう手を出したのかな?」

 

 急な話題変更でテンポを崩す。スミスの常套手段だ。オレは極めて冷静に『雑談』に応じる。

 

「いいや、まだだ。そもそもオレは通常攻撃メインで、ソードスキル頼りじゃねーからな。自分でソードスキルを作るってのは趣味じゃねーよ」

 

 OSS……オリジナル・ソード・スキルの略称であるこの新システムの情報が出回ったのは2週間前、オレがエレイン事件に携わってから数日後の事だ。

 レベル20以上のプレイヤーに限り、終わりつつある街の北方にある古びた寺院に住まう老人に話しかける事によってOSS機能が解放される。この機能により、プレイヤーは自分だけのソードスキルの開発が可能になった。対人戦の機会も数多とあるDBOにおいて、事前知識を活かせない未知なるソードスキルは切り札と成り得ることから、情報が出回ると同時に多くのプレイヤーがOSS習得の為に古びた寺院に殺到した。

 そして、わずか数日で大半のプレイヤーがOSSのあり得ない難易度に涙を飲む結果となった。というのも、OSSとは言うなれば『モーション記憶モード』においてプレイヤーの動きをシステムに登録するという前提があるからだ。

 簡単に言えば、モーション記憶モードで保存した以上のスピードは出ないし、それ以上のキレがある動きも再現できない。つまり、ソードスキルのシステムアシスト無しでソードスキルと同様の動きを発揮せねばOSSは真価を発揮しないのだ。

 もちろん、システム側の考慮によってソードスキルとしての火力ブーストも補正がある為にどんな動きであれ保存しておくのも1つの戦術である。だが、頼みの火力ブーストも基本的にモーションスピードに比例するものである為、下手すれば通常攻撃以下のダメージしか出せない『産廃ソードスキル』の完成を免れないだろう。

 もちろん解決手段はある。それは気が遠くなる程の反復練習だ。『アイツ』や黒紫の少女のような反応速度があればもう少し楽かもしれないが、そんな物が無い凡人でもひたすらにアバター……というよりも脳に動きを暗記させれば良いのだ。そうすれば嫌でもモーション速度は高まる。そして、そんな事に費やす暇があるならば、大人しくレベリングに励んでいる方がずっと効率的だ。それが凡人の発想である。

 噂ではユージーンやディアベルがOSSの開発に成功したという事だが、連中はどんな脳みそしているのやら。オレ達才能が無い人間は、今日も今日とて暇を見つけて反復練習していつか完成するOSSを夢見るだけだ。

 

「私は銃撃がメインだ。ソードスキルは根本的に使用しないものだから興味自体が無かったのだが、例の【絶剣】の噂を聞いて気に成り始めたものでね」

 

「【絶剣】?」

 

 どちらかといえば噂などに疎い部類のオレは眉を顰める。すると、普段からオレの情報源として活躍しているパッチが、媚びへつらうような汚らしい笑みを浮かべる。

 

「へへへ。とんでもなく強いって噂の辻斬りですよ、旦那。OSSの噂が流れ始めた頃に登場して、腕の立つプレイヤーに賭けデュエルを挑んでるとか。何でも勝てば自分の多連撃OSSを渡してくれるらしいですぜ」

 

 OSSの特性上、多連撃であればある程に難易度が高まる。仮に多連撃のOSSを得られるのであるならば、それはまるで英雄だけに許された必殺技のようにもてはやされるだろう。

 だが、パッチの情報だけではどうにも信用ならない。オレは何か追加が無いかとオニールに視線を投げる。本来ならば情報料が必要なのであるが、これも全てポーカーで有利にする為の『仕込み』と割り切っているのだろう。オニールは軽く肩を竦める。

 

「俺も大した情報は持ってないな。分かっている事と言えば、とんでもなく強いお嬢さんって事だけだ。だが、そんなプレイヤーがいれば当然3大ギルドがスカウトしていない訳がない」

 

「なるほど。3大ギルドの身内に【絶剣】に該当するプレイヤーはいないってわけか」

 

 そうなると、辻斬りデュエルの被害者には3大ギルドのメンバーもいるかもしれないな。まぁ、デュエルの形式を取っている以上【絶剣】も命を奪う気は無いのだろうが。

 しかし、【絶剣】か。そこまで謳われるほどの剣技ならば、間違いなくトッププレイヤー級である事に疑いようは無い。まだまだDBOには爪牙を隠しているプレイヤーが潜んでいるというわけか。さすがにオレみたいな危険な噂が流れている糞野郎にデュエルを挑むようなイカレた神経の持ち主ではないだろうが、少し気になるところだな。

 

「情報ありがとう。お礼だ。レイズ1万5000」

 

 突如として隕石落としを決めたオレに、オニールの顔が如実に引き攣って焦りを生む。油断禁物だ。今の表情でアンタの手札が『確実に勝てる』ほどの自信があるものじゃないって露呈しちまったぞ?

 まずはオニールが脱落する。下りると表明した彼の手札は……クイーンのワンペア。まぁ、ブラフ勝負で持ち込めば勝ち目がそれなりにある役ではあるが、所詮はワンペアだ。役の弱さが彼に最後まで戦い抜く力を与えなかったのだろう。

 まずは1人脱落。粛々と吊り上げられた賭け金に上乗せするスミスとパッチの両名であるが、パッチには薄っすらと冷や汗のようなものが滲んでいる。アバターの感情表現は嘘を吐く為に信用こそできないが、少なくともパッチの心情は穏やかでは無さそうだ。

 燃え殻となったオニールを尻目にゲームは進む。スミスは1万6000と様子見程度に止め、パッチは1万6500と弱気な吊り上げだ。

 さて、この辺りで勝負をかけるか? そろそろオープンしても良い頃合いなのである。

 

「噂と言えば、クリスマスの噂はどうなんだろうな」

 

 今度の先制はオレだ。ここで最低でもどちらか一方を看破し、1対1に引き摺り込む。

 

「ああ、『クリスマスとクリスマスイヴは全ステージ安全圏化』という噂か。私は本当だと思うがね。何せ、嫌という程にNPC達が各所で強調している。さすがに茅場の後継者もあそこまで露骨な嘘は吐かないだろうさ」

 

 何処か退屈そうにスミスは鼻を鳴らす。当然と言えば当然だ。クリスマス期間中は全ステージが安全圏化され、モンスターも消滅し、ダンジョンも1つ残らず封鎖される。即ち、攻略も何もかもが凍結してしまうのだ。そうなれば、戦いを糧とする傭兵も看板を下ろすしかない。

 要は暇を持て余すのである。せいぜいクリスマス専用イベントを探す程度だろう。だが、スミスがクリスマス色の強いファンシーで平和的なイベントに自主参加するとはとてもではないが想像できない。

 

「私は現実世界と同じように今回のクリスマスも楽しませてもらうとするよ」

 

「へぇ、どんな風にアンタはクリスマスを過ごすんだ? レイズ1万7000」

 

「わざわざ語るような物でもないさ。レイズ2万」

 

 パッチを蚊帳の外に、オレ達の熾烈な腹の探り合いの果てに、ついに賭け金は2万に到達する。さすがにこの辺りがゲーム的にも限界点と言ったところだろう。下手に恨みを買わないギリギリの線引きって奴だ。

 完全に失神寸前のパッチが何とか震えながらも賭け金の上乗せを終え、いよいよ手札のオープンの時間だ。

 煙草を灰皿に押し付けて火を消した、スミスが僅かに頬を吊り上げる。それは罠にかかった哀れな獲物を見下ろすハンターの嘲笑だ。

 

「クゥリ君、とても残念だ。とても残念だよ。キミはもう少し優秀な人間だと思っていたのだがね。聖夜を前に屍を曝したまえ」

 

 そう言ってスミスが放ったのは……ハートのフラッシュ。5枚の赤き数字が並んだカードがテーブルに鎮座する。

 安堵する声を漏らしたのは燃え殻となっていたオニールだ。この手札だ。仮に戦い続けていれば、オニールは吊り上げられた賭け金の分だけ負けが嵩んでいただろう。

 唸るパッチを脇目に、オレは勝ち誇るスミスに対して慈悲深く微笑んだ。

 

「さすがだぜ、スミス」

 

「お褒めの言葉ありがとう。さぁ、キミの札をオープンしたまえ。ノーチェンジで、なおかつキミの事だ。スリーカードが限度だろう?」

 

 ああ、そうだな。その読みも正しい。普段のオレならば、ノーチェンジは無難に勝率が高い手札の時のみだ。だからこそ、ここまで強気に読み合いに興じる事も出来た。

 

「聖夜を『性夜』と読む糞野郎が蔓延る現代に鉄槌を!」

 

 そして、オレがテーブルに叩き付けたのは……スペードのフラッシュ!

 

「なん……だと!?」

 

 唖然とするスミスに、オレはフッとニヒルに笑んで右手でグーサインを作る。そして、それをひっくり返すと親指を真下にして喉を掻っ切るように線引いた。

 役が同じである場合、競われるのは数字とトランプのスーツだ。ハートよりも強いのはスペードだけである。

 紙一重。だが、決して崩せない1枚の壁として、オレとスミスの間を分かつ勝敗。

 

「なるほど……聖夜の奇跡か。キミは神の祝福を前借りしたわけだね。勝てない訳だ」

 

 無念ではあるが清々しそうに、スミスは新しい煙草を咥える。どうやら自身の完全敗北を素直に受け入れる度量を持っているようだ。敵ながら感服する。

 

「そういう事だ。だが、良い勝負だったぜ。この金は有意義に使わせてもらうさ」

 

 テーブルに山積みになったコルの金貨を回収しようとしたオレの手を、パッチがつかんで止める。ああ、そういえばパッチの手札のオープンがまだだったな。

 と、そこでオレの『本能』が薄ら寒いものを感知する。それの発生源はパッチの……涙だった。

 

「神様……神様、本当にありがとう! 俺、これからちゃんと毎日お祈りします! 死んだばあちゃんが言った通り、真面目になります! だから……だから、今日という『幸運』にありがとう!」

 

 そう嗚咽と共にパッチの手から零れ落ちた5枚のカード。それが示す役は……フルハウス。オレとスミスのフラッシュよりも更に1つ上の役だ。

 ここで……ここに来て、『幸運』を引き寄せていたというのか!? オレの『嗅覚』を欺いて、大金を手にしたというのか!? 言葉を失うオレの前で、パッチによってテーブルの上のコルの山が回収される。

 こうして、オレ達の今年最後のポーカーは終了した。パッチによる土壇場の大逆転という事で幕を閉ざしたのだった。

 本来ならば、ここで御開きなのであるが、今回ばかりは少し違う。オレ達4人は、今にもクリスマスソングが聞こえてきそうな程に飾り付けが施された、世界観をぶち壊す程のクリスマスムードに包まれた終わりつつある街の大通りを歩いていた。

 今も熱心に神へと祈りを捧げるパッチ、脱力した顔で葉巻を吹かすオニール、金属製のボトルに移された安酒を飲むスミス、そして先日の黒紫の少女との戦いでボロボロになったサインズ印の赤マフラーを首に巻いて白い吐息を漏らすオレ。野郎4人であと30分もすればクリスマスイヴであるにも関わらず、洒落た程に煌めく終わりつつある街を並んで歩くには理由があった。

 

「傭兵ランクの発表ねぇ……。サインズの連中もイヴの前日にする事無いだろうに」

 

 今日も今日とて深夜まで大繁盛のテツヤンの店の前では、深夜零時と同時に発売するクリスマスケーキを求めて、懐が潤沢な女性プレイヤー達が列を作っている。それを横目に、【コカトリスの皮】という、石化のデバフ攻撃が恐ろしいモンスターの皮を材料にした串焼きを引き千切りながら、オレは面倒そうに呟く。

 

「クリスマス休暇のせいでサインズも強制閉店だ。傭兵達に今1度自分たちの立ち位置を確認させるイベントを開くには丁度良いのだろうさ」

 

 心底興味が無いといった調子のスミスに、どちらかと言えばランキングの選考に携わった側だろうオニールは無言で苦笑する。

 以前から準備は進められていたが、なかなか発表の機会が設けられなかった傭兵ランク。今回、イヴを目前とした午後11時45分より、ついにサインズ本部にて公表される事が先日決定したのだ。

 選考基準は、傭兵としての信頼性・実力・人気など、多角的に評価するという事らしい。とはいえ、人気は強さと比例する為、結局のところ、トップランカーとなるのは傭兵でも一際強い連中だろう。

 まぁ、オレは人気という点では絶望的だからな。せいぜい中堅クラスのランクで留まっているだろう。対してスミスは多くのお得意様を抱えるフリーの傭兵だ。1桁ランクは間違いない。パッチは傭兵としての実力も人気もあまり無い為、最下位から数えた方が早いだろう。

 

「そもそもランクなんて当てにならないものさ。ギルド側の自己満足だよ。自分のお抱えの傭兵を高ランクに据えて敵対勢力を牽制する。見え透いた政治さ」

 

「そう言わんでくれ。サインズとしてもランクの作成には苦慮したらしいからな」

 

 フォローするオニールの口振りから察するに、どうやら時間がかかったのはサインズ側における選考が難航したからのようだ。そりゃそうだ。傭兵なんていつ死ぬか分かったものではないし、その実力を評価しようにも膨大な依頼のデータを纏める必要があるのだから。

 到着したサインズ本部には巨大な樅木が飾られている。デコレーションされた樅木を両脇に、以前から設置された傭兵ランキングボードはまだ無記入のままであるが、その傍らではシステムウインドウを開き、記入準備を進めるサインズ職員の姿があった。

 集まっている傭兵は8割といったところだろうか。自分のランクは気にせずとも、他の傭兵達がどの程度の位置づけにされているのかは今後依頼をこなす上でも重要な指針になってくる為だろう。意外にも集まりが良い。3人家族で傭兵のフィッシャーファミリーを始めとした多くの傭兵がボードの前で陣取っている。あのユージーンも人だかりの中にいて、腕を組んで瞼を閉ざし、今か今かと発表の時を待っていた。

 やはりユージーンのお目当てはUNKNOWNだろう。UNKNOWNの正体が『アイツ』かどうかはさて置き、2人の傭兵としての戦績と信頼性と人気は絶大だ。どちらがナンバー1なのか、ここで1つの決着が付けられるのだから、彼としても自身の目で確かめたかったのだろう。

 

「いつも我が道を行くクーもさすがに自分のランクは気になるの?」

 

 と、そこに声をかけてきたのはスミスと同じで1桁ランクが確実視されているシノンだ。普段のショートパンツは雪空の下では履き続けられないのか、黒と緑の迷彩柄のズボンを履き、若草色をしたジャケットを羽織っている。

 

「そう言うシノンこそ、自分のランクを確認しに来たのかよ?」

 

「もちろん。スミスさんとどちらが上か興味があるからね」

 

 挑戦的なシノンの眼差しであるが、スミスは本当に興味が無いのだろう、咥えた煙草を静かに上下させるだけだ。この男がこの場にいるのは、単純明快な程に暇潰し以外の意味は無いだろう。

 しかし、シノンの言う通り、オレもこの2人のどちらが上のランクなのか気になるな。どちらも≪銃器≫使いとして名が売れている。そのどちらが高評価されているのだろうか。

 

「私は所詮フリーだ。ランクは決して高くないだろう。ここは政治力のお披露目の場に過ぎないからね。見てみろ」

 

 煙草でスミスが指し示したのは、傭兵や関係者の人だかりがやや遠ざかりながらもボードは確認できる場所にて、少なくとも傍から見れば和やかに会話しているように見えるだろう3大ギルドの人間だ。

 聖剣騎士団からは名参謀と言われるラムダが、太陽の狩猟団からは当然のようにミュウが、クラウドアースからは理事会の1人にして理事長でもあるベクターが、それぞれ同じ席に腰かけていた。

 どんな会話をしているのかは聞こえないが、少なくとも笑顔を取り繕っているだけで毒牙を互いに剥いているだろう事は想像するのも難しくない。

 

「皆様、大変お待たせました!」

 

 と、そこにボードの前に設けられた即席壇上にヘカテちゃんが昇る。良く通るソプラノボイスに、ざわついていた傭兵や関係者が静まり返った。

 ゴホンと咳を1つ挟み、相変わらず蕩けそうな笑顔でヘカテちゃんは右手を高々と掲げる。

 

「これよりサインズ選定、傭兵ランクの公開を行います! 事前にも告知した通り、本ランクは傭兵の実力・依頼達成率・人気などを基準に選定されたものです。現在サインズに登録された42名の傭兵の暫定的ランクであり、今後1日1日の働きによって変動するものである事をご了承ください」

 

 前置きを済ませたヘカテちゃんに目配りされ、2人の男性サインズ職員が、まずは巨大なボードの脇にある小さくて余り目立っていない……正直、サインズ職員が近づくまで意識できなかったボードに寄り添う。

 

「まずは42位から21位まで一気に発表させていただきます! それではお願いします!」

 

 ヘカテちゃんの合図と共に、男性職員2人はシステムウインドウを開いて操作する。すると小型ボードに文字が浮かび上がり始めた。

 さてさて、オレはどの辺りだろうか? 人気的にも考えて、20位以上でない事は確実だから、せいぜい25位辺りだろうというのがオレの予想だ。

 

「ハハハ! やっぱりRDは42位だったな!」

 

「妥当と言えば妥当だろ。運び屋専門だからな。最下位なのは当たり前だって」

 

 中堅ギルドのプレイヤーだろうか。42位、堂々の最下位にランクインしたRDを妥当だと評する彼らに間違いはない。≪騎乗≫スキルによって傭兵や物資を最速で現場に届けるRDは戦闘力が皆無である為、本人も含めて最下位である事は当然と思っている範疇なのだ。その証拠に、自身が42位だとしてもRDに絶望の色はなく、相変わらずきょろきょろと怯えるように周囲を見回しているだけだ。

 さて、オレは何処だろうか? 20位から下へ下へと確認していくが、そこには名前が無い。よもや20位以上などあり得ないだろうと思ったが、何だかんだで大ギルドの依頼をかなりの数こなしているからな。

 

「……こ、これは」

 

 と、そこで何故かスミスが言葉を失ったように口を手で覆う。更に、これまた何故かシノンが彼女らしくない、人を気遣うような視線をオレに向けていた。

 

「クー……その、気を落とさないでね?」

 

「は?」

 

「私は……ううん、私達はちゃんとクーの実力を知ってるから。ね?」

 

 良く分からない慰めの言葉を聞いたオレは、まさかと思いながら、小型ランキングボードを下へ下へと更に読み込んでいく。30位から下……オレの名前は無い。35位から下……依然として無い。40位……あれ? おかしいな? その下に見慣れた名前があるぞ?

 

 

 

 

〈Rank.41 Kuuri〉

 

 

 

 

 よんじゅういち……? それってRDより1つ上で、実質的な最下位だよな?

 蘇ったのは、SAO時代の数多の依頼をこなして傭兵としての地位を固めた、【渡り鳥】の悪名を轟かしながらも唯一無二の傭兵として活躍していた輝かしき時代。

 次に脳裏を駆けたのは、ミュウの糞に散々こき使われながらも傭兵として戦い続け、結果的に多くの傭兵を生み出したという黎明の時代。

 そして、数多の無理難題を1度として失敗することなく、大ギルドの無茶振りを達成し続けた、サインズ時代が最後にオレの記憶の中で気泡のように浮かび上がり、そして霧散した。

 

「41位って……もしかして【渡り鳥】? あの?」

 

「ほら、やっぱり噂は所詮噂に過ぎないって奴じゃないの?」

 

「人殺しも厭わないって聞いたけど、実力は無いのね」

 

「今度依頼回してみようかと思っていたけど、やっぱ止めだな」

 

 周囲の口々から漏れるオレへの総評を、引き攣った顔で何とか受け止める。いやね、オレも自分が1桁ランクを貰えるとか、そんな淡い夢を少しも持たなかったと言えば嘘になるけど、さすがにこれは完全に予想外だった。

 

「ランク41……オレが、ランク41」

 

 フラフラとオレは人だかりから離れる。あのシノンが心配そうにオレの肩に触れたが、最大限に柔らかく彼女の手をどけると、オレはランキングボードからやや離れた場所の壁にもたれた。

 別に……別にそこまでショックを受けるような事も出ない。そもそもサインズに評価されていないのは今に始まった事ではないし、3大ギルドにはお世辞でも胡麻擦りしていないし、むしろ恨まれるような真似をした覚えもあるし、特にミュウとか糞女とかゴミュウとかとは最低の関係だろうし。

 だから、正直なところ、ランク41は予想していなかったが、そこまで衝撃が心を突き抜けた訳ではない。断じて違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい、嘘です。オレにもプライドくらいあるんだよ、糞がぁああああああああああああああ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 これでも……これでも! それなりに矜持を胸に傭兵をしていたのだ! だってそうだろう!? オレは仮想世界が始まって以来、間違いなく最古参の傭兵だぞ!? アインクラッドから延々と傭兵をしているような大馬鹿者だぞ!?

 それなりの強敵だって倒してきた! 鐘のガーゴイルだってそうだし、病み村ではカークを撃破した! サインズを通した依頼ではないのでカウントされていないかもしれないが、クラーグ戦でも相応以上の活躍をしたはずだ! 依頼だって達成率100パーセントだぞ!?

 なのに、実質的最下位とかふざけんじゃねーぞ!? そりゃ人気はほぼゼロだろうけど……ゼロだろうけど! 皆無だろうけど! 実力はそれなりにあるだろう? あるでしょう? そうでしょう!?

 オレが1人で身悶えしている内にも粛々と発表は勧められ、いつの間にかランク10までの公表が終了している。今のところ、シノンやスミスの名前は無い。どうやら当初の予想通り、彼らは1桁ランクのようだ。

 

「さて、続いて第9位の発表です!」

 

 一瞬だけ目が合った壇上のヘカテちゃんが、申し訳なさそうにウインクしたような気がした。うん、分かっているよ。受付に過ぎないヘカテちゃんがランク選定に関与する余地なんてないよね。だから同情しないで。本当にしないで。

 気を取り直して、残りのランキングを1人の観衆として見守ろうという気分に落ち着いたオレは、ランク9の発表に耳を澄ませる。

 

 

 

 

 

 

「ランク9は……【UNKNOWN】です!」

 

 

 

 

 だが、手元のカンペを読み上げるヘカテちゃん自身も驚いた様子であり、またこの場の全員がまさかランク9でその名前を聞く事になるとは思わなかったという驚愕でざわめいた。

 強敵と太鼓判が押され、3大ギルドが垣根なく戦力を出して討伐に当たるはずだったボスを単身で撃破したUNKNOWNがランク9とはふざけている。もちろん、UNKNOWNの戦績は単身ボス撃破に止まらず、ボス戦への参加依頼があれば誰よりも多大な戦果を挙げ、また他ギルドの鉱山や農場への襲撃依頼があれば確実かつほぼ無傷で成し遂げるという、規格外の強さをこれでもかと証明している。更に言えば、先日のエレイン事件……結果的にはクラウドアースとチェーングレイヴの八百長だったのであるが、それでも武闘派犯罪ギルドの幹部2人を同時に相手取って無傷で完封した事は既に風聞となって広まっている。

 誰もがUNKNOWNはランク1、そうでなくともランク2であると確信していたはずだ。この場にこそUNKNOWN本人はいないが、代理だろうラスト・サンクチュアリのメンバーは苦々しそうな表情をしている。

 スミスの言った『政治』って奴か。3大ギルドを否定し、なおかつ特にクラウドアースと敵対関係にあるラスト・サンクチュアリがパートナー契約を結んで支援する傭兵であるUNKNOWNが高ランクである事は、現在の秩序の否定にも繋がりかねない。だからと言って不当に低過ぎれば傭兵ランク自体が完全にギルドの遊び場と化す。それを避ける為のサインズ側のギリギリの処置が、1桁ランクでは最下位に当たるランク9ってわけか。

 その後の発表で、スミスはランク8、シノンはランク3、そしてユージーンはランク1を得ていたが、それぞれが自身のランクに満足した様子は無い。特にユージーンは、宿命の相手と望むUNKNOWNの評価に不満なのだろう。自分がランク1だと確認を終えると、鼻を鳴らしてサインズ本部を後にした。

 だが、UNKNOWNのランクを除けば、ランキング自体はそれなりに正当な評価によるものだ。ユージーンが1位なのも納得であるし、シノンが3位なのも、色目無しで疑いようが無い。彼女はこのDBOでも突出した狙撃主であるのだから。スミスがランク8なのは、彼の言う通りフリーの傭兵だからだろう。ランク7から上が全員3大ギルドとパートナー契約を結んでいる事からも、やはりある程度の後ろ盾が無ければランクにも反映されず、またそうでない傭兵は物資の不安という懸念が付きまとうのだから。

 オレがランク41なのは……もう納得するしかない。別に良いさ。最下位から上っていくのも醍醐味の1つだからな。どうせランクはどんだけ頑張っても上がらなさそうだけどな!

 そうして午前零時の鐘が鳴る。クリスマスの前夜……クリスマス・イヴが始まる。

 それと同時にオレのメールボックスに……いや、全プレイヤーにGM、即ち茅場の後継者からのメールが送られていた。

 

 

〈やぁ、プレイヤー諸君。今日も今日とて頑張って生きたり死んだりしているかな? でも、たまにはゆっくりと肩を力を抜いて今を生きていることを噛み締めたまえ。これはボクからの細やかなプレゼントだ。少しでもキミ達に幸せが訪れるように、ね。それでは、Merry Christmas!〉

 

 

 相変わらず人の神経を逆撫でする野郎だ。オレは乱暴にウインドウを操作し、メールに添付されたアイテムを入手する。

 実体化された、サンタ気取りの糞野郎からのプレゼントが重みとなってオレの右手に収まった。

 それは塗装が剥げた、黒い猫の飾りが付けられた金色の物質。

 

 そのアイテムの名前は【黒猫の鍵】。とてもクリスマスプレゼントらしくない、まるで玩具の宝箱を開ける為のような小さな鍵だった。




前述したように、とてもヘイワなエピソード臭しかしませんね!
きっと、今回はドタバタ調のコメディ路線です! そうに決まっています!

それでは、105話でまた会いましょう!

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