SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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今回も特に何事も無いサチとのコミュニケ―ション回です。まだまだ普段の血生臭い本作には戻りません。折角のクリスマス編なので、最初くらいハッピーで行きましょう。

スキル
≪罠作成≫:トラップを作成できるスキル。熟練度の上昇により作成可能なトラップの種類が増え、作成必要時間が短縮される。
≪鍛冶≫:武器・防具・アクセサリを開発・生産・修理が可能になるスキル。熟練度の上昇により成功率が上昇する。また、専用の設備が無ければ作成できない。
≪水乙女の祝福≫女性プレイヤー専用スキル。誓約【水乙女の契り】の誓約レベル2で自動獲得できる。このスキルはスキル枠を消費せず、また誓約の破棄と共に消失する。火炎属性からのダメージを減少し、雷属性からのダメージを増加させる。また、液状の回復・バフアイテムの効果を高める。

アイテム
【古びた銀の矢筒】:【白の射手】ハルバーンが使用していた矢筒。彼が放った矢には魔を払う力が帯びており、いかなる攻撃も受け付けぬ悪霊すらも貫いた。だが、仕える貴族に疎まれた彼は矢筒がすり替えられた事も気づかぬままに命じられた深淵の探索に赴き、そして帰ることなかった。
【熾天使の剣】:大いなる神に仕える赤き天使を見たとされる鍛冶屋アシュランの遺作。若き日のアシュランは冒険の果てに燃え盛るような赤の天使に謁見を果たし、その威光を讃える為の剣を打たせてほしいと願った。天使は彼の真摯な祈りに応え、自らの破片を分け与えた。この剣は彼が残りの時間全てを費やして打った聖剣である。だが、その真価を発揮するには人の域を超えた才覚と資格が必要となるだろう。


Episode13-5 午前零時にキミは笑っていた

 世界は鮮やかさを失わず、人の営みだけがモノクロの世界に取り残されている。

 人工の光に閉ざされた夜空は星の光が弱々しく、そこに違和感を覚えるのはオレがDBOに慣れ過ぎたせいもあるかもしれない。

 終わりつつある街は退廃しているだけに人の営みは日暮れと共に大半が終わりを告げる。記憶の世界も幾つかは技術が発達した時代もあるが、それでも現実世界とは何処となく異なっている気がする。特に『終焉の時代』など、夜を彩るのは爆炎やエネルギー攻撃の光だ。アレはアレで趣があるのだが、それは口にすべき事ではないだろう。

 コンビニで買い物をするサラリーマンや立ち寄りする若者たち、犬の散歩をするジャージ姿の女性、公園で逢引するカップル、いずれも見慣れた現実世界の光景だ。思わずDBOで延々と続くような殺し合いをしているのが夢で、本当のオレは現実世界の夜を気ままに散歩しているだけなのではないかと現実逃避ならぬ仮想逃避してしまいそうである。

 だが、右手に持つ鉈の重みと隣を歩くサチの黒のローブ姿、そして人々が色を宿さず白黒である事が、ここが現実世界をそのままコピーした仮想世界であると嫌でも教えてくれる。

 

「にしても、何処までリアルに再現してやがるんだ」

 

 汗をかかないアバターのお陰でオレは全身がずぶ濡れ同然の汗だく状態にならずに済んでいるのであるが、今のサチの記憶は8月と夏真っ盛りだ。クリスマスなのに夏とか、ここは南半球かよとツッコミを入れたくなる。

 

「じ、自動販売機使えるかな?」

 

「無理だろ。金持ってねーし」

 

 さすがのサチも汗こそ掻いてないが、厚めの黒のローブのせいですっかり疲弊し、今は公園のフェンスに背中を預けて喘いでいる。オレもそろそろ防御力低下を覚悟でコートを脱いだ方が良いのではないかと悪魔の誘いに乗るのも1つの手かもしれない。

 公園の真横には自動販売機があるのであるが、当然ながら現実世界の金が無いオレ達では購入できない。というよりも、さすがに自動販売機の中身まで再現されているとは思えない。

 だが、サチは諦め切れないのだろう。公園の傍にあるコンビニの光に目を細め、ふらふらと蛾のように引き寄せられる。

 飲み物が買えないならば、せめてクーラーで涼もうという算段だろうか? オレも同じように付いていく。幸いにも自動ドアはオレ達に反応してくれるらしく、涼んだ店内に引き込まれる。

 久々の人工の冷気にオレはうっとりとする。やはり文明の利器は素晴らしい。人類の英知の積み上げの結果、仮想世界に囚われている身ではあるが、やはり人類が培った知性は無駄ではない。……まぁ、これも仮想世界の環境パラメータの微調整で尤もらしく再現されているだけなんだろうが。

 

「クゥリ、パス」

 

「ふぇい?」

 

 思わず間抜けな声を上げ、オレはサチから投げられた冷たい物を受け取る。それは懐かしき三○矢サイダーだ。しかも懐かしきパパイア&マンゴー&パイナップルミックス味。2022年夏の限定発売商品だ。味が大不評で6月から10月までの発売の予定が8月で販売中止に追い込まれた伝説の味である。オレは好きだったんだけどな。

 しみじみと10代前半のSAOで傭兵ワークをエンジョイする未来など想像もしていなかった部活動に励むスポーツ少年だった頃を思い出すオレであるが、隣で堂々と店内でゴクゴクと気持ち良いくらいに喉を鳴らしてオレンジジュースを飲むサチを見て、思わず顎が外れそうな程に大口を開ける。

 

「ぷは」

 

 可愛らしくそう息継ぎをして、サチは唇から垂れるオレンジ色の液体を手の甲で拭う。

 

「『ぷは』じゃねーよ! サチさん、何をしていらっしゃるの!? お金を払わないで店内飲食は駄目ってお母様に学びませんでした事!?」

 

 思わず口調が狂うオレに対し、サチは『ちょっと何を言っているのか分からない』という擦り切れた眼差しをオレに向ける。そういえばコイツ、ほぼオレ以外とまともに会話してなかったな。つまり、オンリーロンリーで9カ月間過ごしたわけだ。そりゃ擦り切れてやさぐれるよな。感情表現が豊かになったのは喜ばしいが、これも仮面オフの成果だとするならば、オレはサチの乙女補正を外科手術で切除するという悪魔の所業を成し遂げてしまったのかもしれない。

 

「ここは仮想世界。だから法律なんてない。小さな良心の呵責でパフォーマンスを損なう方が間違いだと思わない?」

 

「逞しい限りで何よりです」

 

 おっしゃる通りだ。確かに現実世界ならば倫理やら法律やらに縛られるのは当然であるが、ここは仮想世界であり、殺し合いを是とするイカレたルールこそが絶対的頂点に君臨しているのだ。そもそもここはクリスマスダンジョンで、しかも白黒人間はオレたちを無視していて、オマケに盗んでも店側には一切の不利益が発生しないのだから、好きなだけ調達するとしよう。

 

「サチはチョコレートって森○派? それとも明○派?」

 

「○治かな。クゥリは?」

 

「オレは断然○永」

 

「そうなんだ。あ、懐かしい。このフルーツゼリーね、よく【ケイタ】たちと学校帰りに食べたんだ」

 

「へぇ。結構色々な味が揃ってるな。おっ! ナタデココとブドウ味もあるじゃねーか!」

 

「私はナタデココ駄目なんだよね。あのコリコリした感触が苦手なんだ。やっぱり、ミカン味かな?」

 

「シンプルイズベストだな。それはそうとアイスのラインナップは……雪○だいふくがないじゃねーか!? このコンビニ許さん!」

 

「でもハー○ンダッツあるよ?」

 

「……前言撤回! 許す! サチ、イチゴ味プリーズ!」

 

「はいはい。あとアルコールはビールにする? それともチューハイ?」

 

「ちょっと待て。お前はどう見ても未成年だろうが」

 

「……クゥリ、知ってる?『サチ』は戸籍上死んだことになってるんだよ? それでね、常識的に考えて死人を罰する法律はないと私は思うんだ」

 

「あー、そう言えば確かに。だがな、酒ってのは飲める時まで我慢するから美味いって素晴らしい格言を残したヤツがいてだな……」

 

「私はその人知らないから無効にするね。それにお酒の味知らないままなんて嫌だし。クゥリもちょっと背伸びしない? 一緒に少し不良っぽい事してみようよ」

 

「背伸びも何も、オレは大学生だ。飲み会万歳。フライングでビールもワインもチューハイもカクテルも体験済みだ。ついでに二日酔いもな」

 

「え!? 中学生じゃなかったの!?」

 

「え!?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「そ、そそそそ、そういえばね、ここのコンビニって美味しい手作りオリジナルパン置いてるんだよ? ほ、ほほほ、ほら、今時じゃ珍しい個人経営のコンビニだし!」

 

「お、おう! だから夏なのに肉まん置いてるわけだな! ヒャッハー! 略奪じゃー!」

 

 オレは何も聞いてない。何も聞いてない! カウンターを跳び越えてダラダラと会計を進めるおっさん店員の裏に回り、肉まんとあんまんを全て奪取する。ピザまんとかカレーまんも幾つか貰っておくか。

 と、そこでオレはサチと共に集めた食料やら何やらの山を見て、1つ試してみるかとアイテムストレージに収納してみる。

 目論見は想像通り成功だ。システムウインドウが開けないサチはともかく、オレはこちらで入手できる物は全てアイテムストレージで回収し続けられる。つまり『現代の物品』を持ち帰れるのだ。サチに槍を渡せた点から推測したのだが、どうやら正解だったようだ。

 これは1つの茅場の後継者からのクリスマスプレゼントかもな。通信機器は持ち帰ってもただの金属の塊に成り果てるが、食料や嗜好品は美味く持ち帰れば凄まじい値段が付くだろう。テツヤンのケーキからも分かる様に、現代人の舌を満足させる物にDBOでありつくには多大なコストがかかるのだ。珈琲1つでもディアベルを筆頭とした『珈琲偉人』たちの賜物なのである。

 DBOで幾らでも調達できる要らんアイテムは全部破棄だな。食器とか雑誌とかゲロマズ乾パンとか諸々は全部処分だ。まさか致命的なアイテム不足がこんなところで思わぬメリットを生むとは思わなかった。

 あとは指輪がネックだな。星巡りの指輪が大きくアイテムストレージを喰っている……と、そうだ。これはサチに渡しておけば良いか。装備しなくともローブのポケットに入れておいてもらえれば良いだろう。アイテムストレージから除外し、とりあえずカウンターに置いておくとしよう。

 煙草も幾つかカートごと持ち帰ってやるか。スミスに高く売れるだろうし。あと……うん、エロ本は大事だよね。うん。エロ本は大事だ。DBOにもエロ本あるけど、2次元なんだよな。漫画って意味じゃなくて、あれはもはや現代人からすれば美術品だからエロスを感じない。

 食料品は食材系アイテムと同様でアイテムストレージをあまり消費しないお陰でかなりの数を持ち帰れるな。アルコールも幾つか失敬済みだ。コンビニだから量産品しか置いていないが、それでも酒飲みからすれば垂涎の現代の味だ。持ち帰れば高値で売却できる。

 

「おかしいなぁ」

 

 と、そこでオレは唸るサチに近寄る。彼女はパンコーナーで首を傾げ、眉を顰めていた。何か納得できないことがあったらしい。

 

「どうしたんだ?」

 

「私のお気に入りの『木苺ジャムパン』が無いの。他のパンも味が全然違う」

 

 白い生地のパンを齧るサチの不満そうな顔を見て、オレは顎に手をやり思案する。

 

「ここはあくまで仮想世界だ。多分だけど、茅場の後継者……ああ、サチが言うセカンドマスターってヤツは、過去の伝票とか配送とか、あと卸売業者のデータから商品の品ぞろえを再現しているんだと思う。商品の味とかはこれだけの技術力があるんだ。実物さえあれば、最悪生産停止されていても製造データさえあれば再現可能だろうしな。だけど、サチが言うここのパンは手作りでオリジナル。せいぜい残ってるデータと言えば小麦粉とか砂糖とかの『素材』のデータなんだろうな」

 

「それってつまり……」

 

 悲しげな顔をするサチに、オレも無念そうに頷く。DBOで現代の味に飢えていたオレにとってもこのコンビニさんは神の御使いであるだけに、現実世界に帰還した暁には土下座して感謝を述べる予定だったのだが、それは叶いそうにない。

 

「現代じゃ……少なくとも茅場の後継者が情報を集めた頃にはもう潰れちまったんだろうな。味を再現する為の『現物』が無いんだ」

 

「……そっか。私ね、ここのコンビニには小さい頃から通ってたんだ。でも、無くなっちゃったんだね。あのレジをしている人はね、このコンビニの店長さんなんだけど、近くにどんどん全国展開のコンビニが出来てるから無理して24時間経営にしたんだって言ってたの。親から受け継いだ大切な店だからって」

 

 資本主義社会の慈悲なき競争に敗れた訳か。オレは合掌して、サチと気を取り直してコンビニ物色を改めて始める。おにぎりとかも意外と現代の味なんだよな。

 アイテムストレージのマックスまで埋め、更にコンビニのレジ袋に飲み物や食料を詰めるとオレ達は出発する……が、その前にやはり礼儀としてオレはレジに物体化させたコルを置く事にした。せいぜい500コル程度であり、DBOではちょっとしたランチ分しかないが、それでも外観は金貨だ。オレ達が略奪した商品を差し引いてもお釣りが出るだろう。

 

「……クゥリって意外と律儀だよね。何だかんだで育ち良さそうだし」

 

 コンビニを出る直前で投げ渡した星巡りの指輪を掲げながらサチはそう零す。まぁ、オヤジも母さんも金に困った様子は無かったから裕福な生活を送っていた部類ではあると思うが、他人に指摘されると素直に頷けない部分がオレには多々あるような気がする。それに、大学時代はしっかりと実家の援助を断って貧乏学生してたしな。毎日がもやしパーティだ。本当にもやしは庶民の味方だ。キミだけは現実世界に帰っても値上がりせずにオレを迎えてくれ。SAOから帰ったら卵が20円も値上がりしていた現実はオレには厳し過ぎたんだよ。

 

「人としての当たり前を忘れたくないだけだ。『奪えば良い』で済ませた連中は進歩しないって人類の歴史が証明してるんだよ」

 

「『奪うことで成長する』のも人類だと思うけど?」

 

「うわー、否定できねーわ。軽く凹むわー。オレも聖職者から盗賊にジョブチェンジするしかねーわ」

 

「その表情はちょっとイラっとするかな?」

 

 コンビニ前で残りのオレンジジュースを飲み干し、ゴミ箱にサチはシュートする。丸型のぴったり入らなければ弾かれる投入口にペットボトルは綺麗に吸い込まれ、サチは嬉しそうにガッツポーズした。

 意外なのはオレの方だ。仮面を脱ぎ捨てたサチは表情豊かであり、明るい性格をしているようだ。まさに『現代の少女』と言った感じだ。

 ハッキリ言って、ファンタジー世界の……いや、戦闘がある世界で生きる『戦士』には決してなれない。素質が無いのだろう。それが槍をどれだけ使い慣れていようとも、決定的に足りなかった気迫の裏に潜むものなのかもしれない。

 それこそサチにお似合いなのは、オレも詳しくは知らないが、ALOのような妖精たちの世界なのだろう。戦いだけではない、まさしく『妖精』として人生を謳歌できる楽しみに満ちた世界だ。仮想世界から離れていたオレも街を歩けば電化量販店が垂れ流すALOのデモを見たが、あの世界はSAOのような『死』が隣り合わせの戦いもなく、純粋に仮想世界の『娯楽』が満ちているような気がした。

 サチはどうしてSAOに参加したのだろうか? 確かに世界初のファンタジー調の仮想世界だ。興味が無いわけではないだろうが、わざわざ初回生産分をゲットして『戦い』に挑むほどの熱意がサチにもあったのだろうか? まぁ、単純に『好奇心』でも済ませて良い問題ではあるが、気になる点ではあるな。

 三ツ○サイダーを飲み終えたオレは同じようにサチとシュートする。伊達に≪投擲≫スキル無しで投げナイフを愛用している訳ではない。システムアシスト無しでもペットボトルは綺麗に投入口に吸い込まれ……ずにギリギリで弾かれた。それをサチは口を手で押さえて顔を背けて笑いを堪えている。……やっぱり仮面だろうと乙女補正残してた方が良かったような気がしてきたな。

 ゴミは投げずに手で捨てましょう。しっかりとペットボトルをゴミ箱に入れたオレ達は、再びクリスマスに相応しくない夏の夜を歩く。つーか、コンビニの袋を下げたオレ達はどう見てもコスプレ帰りにしか見えねーよな。これでは鉈とか槍とか持ってても現代日本文化に汚染されたポリスマンとか『またコスプレイヤーか』で見逃しちまうんじゃねーの?

 

「そういやサチって2022年じゃ中学生?」

 

「ううん、高校1年生」

 

「そっか。じゃあ、オレとサチが仮にSAO時代に会ってたら、おねーさんだったわけか」

 

「甘えてみる?」

 

「No thank you」

 

「うわぁ……無駄に発音良いのがまたイラっとするね」

 

 口を尖らせるサチはどう見ても『姉』じゃなくて『妹』の属性持ちだよな。サチ宅を見た限りでは1人っ子のようだが、もしかしたらあの写真の4人……ゲーム愛好会だか何だかの部活の仲間だったか? 彼らに可愛がられていたのかもしれない。それも昔から守られて、一緒に遊んでいたのかもしれない。自宅から高校も近いみたいだし、もしかしたら何人かは幼馴染かもな。

 

「クゥリはお兄さんかお姉さんがいたの?」

 

「リアルの話は厳禁……だけど、別に良いか。ねーちゃんが1人と兄貴が1人。どっちも自慢の家族だ」

 

「へぇ、クゥリは末っ子だったんだ。じゃあ、お兄さんとお姉さんは今は働いているの?」

 

「兄貴は国家公務員。ねーちゃんは……多分サチも『見たこと』があるんじゃねーかな?」

 

 首を傾げるサチを横目に、オレはねーちゃんのクリスマスを想像する。色々と『仕事』で大変だろうなぁ。確か、オレがDBOにログインする前はフランスで仕事だったはずだ。確か相方はグルジア出身の何とかかんとかって口が悪いことで有名な野郎だっけ? ねーちゃんも『本性』丸出しで野郎をセーヌ川に蹴落として水没させていなければ良いが。ブチギレした時の怖さは母さん似で兄貴の比じゃねーからな。あの笑顔で静かにキレるのは本当に怖い。さすが絶滅危機種大和撫子の娘は伊達ではない。

 すっかりリラックスしてしまっていたオレだが、首筋を舐める真夏の夜に相応しい悪寒がスイッチを切り替える。どうやら再び血生臭い時間が来たようだ。

 

「ここだよ。私が通ってた高校は」

 

 まだサチは何も感じていないのか、コンビニから続いた穏やかな表情のままだ。だが、オレの中では既に束の間のインターバルは終了し、再び試合開始のホイッスルが高々と鳴り響いている。

 やや高台にあるのか、住宅街を緩やかに見下ろせる坂の上にある高校は夜の闇を湛え、グラウンドには夜遅くまで部活動に励む生徒の姿も見られない。当然だ。コンビニから失敬した1000円時計によれば、この仮想世界の時刻は『午後11時8分から21分』で固定化されている。この13分間を延々とこの世界は繰り返しているのだ。

 懐かしそうに高校を見上げるサチは高校生活を思い出しているのだろう。若干目が潤んでいる。現実世界にはSAOに一緒にログインしたゲーム愛好会以外の友人もいたはずだ。クラス担任を始めとした多くの教師とも関わりを持ったはずだ。

 少しだけ羨ましい。死人であるサチには不謹慎なので言えないが、オレは彼女が輝いているように思えた。

 オレは中学生でSAOに囚われ、高校には通わなかった。特例で病院にて通信教育で高校単位を消化し、大学に行ったからだ。あの当時のオレは病院としては衰弱した肉体的に、政府としてはオレのSAOから帰還したばかりの頃に見せたイカレ具合的に、とてもではないが同年代の子供が集まる高校に通わすことができなかったのだろう。それでも政府側はサバイバーの子供たちを集めた小さな学校も計画していたが、大半が拒否してそれもお流れになったしな。

 ……大学に通える程度に『回復』したのも直葉ちゃんのお陰だな。オレの中でグリムロックの1件以来、オレを誘い込んだ直葉ちゃんの手紙は茅場の後継者がオレ達の関係を知って準備したダミーであると踏んでいるが、未だに確信は無い。だが、探そうにもオレが知っているのは彼女が目印で教えたアバターの容姿だけだ。それも手鏡によって元の容姿に戻った為に失われたし、髪型や髪の色は幾らでも変更が可能であるのだから捜索の材料にはならない。

 せめてプレイヤーネームさえ知っていれば、限りなくしたくはないが、死者の碑石から名前を探し出してログインしているかどうか調べられる。だが、それすらも知らないオレにはお手上げだ。それさえ分かっていれば、たとえ茅場の後継者の騙りで別プレイヤーの名前だったとしても、ミュウに土下座してでも探し出させるというのに。

 まぁ、DBOも競争率がかなり激しかっただろうし、直葉ちゃんが入手できた確率の方が低いだろう。……でも『アイツ』の妹だしなぁ。その点だけが良くも悪くも『引き寄せる』力がありそうで、オレの中でも不安として燻っている。

 

「それで部室は?」

 

「あっちに見える旧校舎の3階だよ。私の頃は部活棟として使われていたんだけど、ほとんど零細部活が部室を確保する為に居座ってるだけだったかな。ゲーム愛好会も私が入部して正式に『部』として認められたし」

 

「ああ、だから『愛好会』ってわけか」

 

 サチがそう呼ぶのは部として認められなかった頃の名残ってわけか。振り返れば中学校らしき建物も近く見えるし、存外サチは中学生の頃から高校にお邪魔してたのかもしれない。

 しかし、ゲーム『部』を認めるとか時代は変わったな。当時は茅場効果で続々とゲーム系の部活が誕生しているとニュースになっていたが、今現在の高校生たちの間ではゲーム部が大人気なのだろうか? オレって仮想世界関連の時事ネタは限りなく情弱だからな。最近は就活にすら仮想世界が関わっていると言うのに。大学の食堂で4年生たちが会話していたが、今時の大企業の1次面接とかは仮想世界でするんだから信じられない時代だ。まぁ、確かに学生側からすれば交通費もかからねーけど、なんか物悲しい時代だ。

 

「旧校舎か。本当にあるんだなぁ……漫画の世界だけかと思ってた」

 

「ママが言ってたけど、取り壊すお金が無いからズルズルと放置されてるんだって。耐震年数もオーバーしているらしいよ」

 

「そのリアル過ぎる事情は聞きたくなかったな」

 

 鉈を手元でくるくる回してリズムを取りながらグラウンドを歩き、新校舎(勝手に命名)と屋根付き廊下で繋がった、やや雑草に囲まれ、コンクリート壁に蔦が絡まりつつある、ホラー映画の舞台になりそうな3階建ての校舎を見上げる。これで木造なら完璧なんだがな。

 やや錆びついた両開きのドアに手をかけて軽く引くが、鍵がかかっていて開かない。無駄だと分かりつつも蹴りを入れてみるが、破壊不能オブジェクトだ。窓も同様であり、内部に侵入する為には鍵を探すしかない。

 

「鍵が何処にあるか心当たりは?」

 

「校舎……東棟の2階にある職員室、かな? そこに旧校舎の鍵があったはず」

 

「よく入れたな。この様子じゃサチが夜中に来ても鍵がかかってただろ? 実は代々受け継がれている裏鍵があるんじゃねーの?」

 

 冗談っぽくオレが問うと、何故かサチは黙り込む。何か不快な発言をしただろうか? いや、してないよな。でも、件の剣士のように何処に人の地雷があるか分かったもんじゃねーからなぁ……

 だが、サチはやや辛そうな顔をして、まるで無理に記憶を掘り返そうと脳を加熱して頭痛を生んだかのように額を押さえる。

 

 

 

 

 

 

 

「どうやって入ったんだろう?」

 

 

 

 

 

 

 ぼそりと、サチはそう呟いた。

 無理して思い出そうとするサチの肩をオレは軽く叩く。

 

「そこまで悩む事じゃねーだろ? 忘れるな。これは『ダンジョン』だ。だったら鍵開けなんて初歩的な謎解き要素だろ?」

 

「そ、そうだよね。私、何でこんな事で悩んでたんだろう?」

 

「知らねーよ。ただ普通に考えて昔の事を1つ残らず詳細に憶えてる方が異常だろ?」

 

 右肩を鉈の反りで叩きつつ、オレの言葉に納得した様子のサチに先んじて新校舎へと向かう。こちらも常識的に考えれば施錠されているかもしれないが、ダンジョンとして機能を果たす以上は開錠されているだろう。

 警備会社がお仕事しませんように。まぁ、仮想世界だから防犯装置も糞もねーだろうがな。中央棟の正面玄関……並べられた下駄箱を目にしながらオレ達は侵入を果たす。暗闇の校舎と言えば恐怖を煽る鉄板であるが、オレとてホラー系ダンジョンを両手の指が足りない程にソロで歩き回った身だ。今更恐怖を感じるには刺激が足りなさすぎる。

 一方のサチは不安そうに槍を強く握りしめ、心なしか歩調にも戸惑いがある。本当に、どうやってこんな状態で新校舎よりもホラーっぽい旧校舎に1人で入れたんだか。

 火災報知器の赤い光を除けば、せいぜい校舎を照らすのは月光程度だ。だが、足下が疎かになるほどの暗がりではない。やはり満月とは言わずとも、それなりに月が満ちているお陰だろう。

 

「職員室に行く最短ルートは?」

 

「渡り廊下が2階と3階にあるから、2階の渡り廊下を使えば最短だと思う」

 

「だったら3階だ。あの糞野郎が大人しく最短ルートを許すわけがねーからな」

 

 そして、十中八九いずれの渡り廊下も施錠されているだろう。鍵探しはホラーゲームの基本だからな。野郎はオレ達にスクールホラーをさせる気なのだろう。クリスマス要素は何処に行った?

 階段を慎重に上るオレは例の素足の足音を聞き、心臓が跳ねる。恐怖ではなく、別の意味で鉈の柄を握りしめる。

 ……大丈夫。オレは殺す。立ち塞がるならば全てを。背後にいるサチの為にも。オレ自身が生き残る為にも。

 緊張するサチを残し、オレは身を屈めながら階段から顔を出し、2階の廊下を確認する。『廊下は走るな』というポスターの前、白の亡人が黒い涙を流しながら呻いていた。

 ヤツのHPは低い。鉈の連続攻撃が簡単に仕留められるが、最初の1体はせいぜい『チュートリアル』として配置されたものだろう。まさしく、茅場によるデスゲーム宣告の『真のチュートリアル』と掛けていた訳だ。だとするならば、HPは高くなり、攻撃力も増しているかもしれない。何よりも1体だけという保証はない。

 ならば見逃すか? そうオレの本能が理性が出した1つの提案を嘲笑する。

 白の亡人の心臓が必要な以上、見逃すという選択肢は無い。オレは無言のままハンドサインでサチに待機を指示する。

 

「よう。最悪の夜だな。死ぬには最低で反吐が出る」

 

 これはオレなりの礼儀だ。これからお前に行う事に対するケジメだ。

 奇襲をかけずに挨拶をしたオレに、白の亡人は緩慢な動きで顔を向ける。前回の個体よりも少し身長が高いな。それに拷問の痕跡も違う。歯は全部残っている代わりに唇が削ぎ落され、鼻は強烈な幾度にも及ぶ『殴打』で平坦にされてしまっている。腹にはまるで的当ての名残のように錆びついたメスが突き刺さり、傷口からは黒い液体を漏らしていた。

 黒い液体に満たされた眼がまるで『何か』を求めるようにオレに向けられる。そして、獣のような牙が無い……人の歯をカチカチと鳴らし、『満たしたい』かのように舌を震わせる。

 

「だけどさ、頼む……死んでくれ」

 

 駆ける。月明かりが満たす廊下を疾走し、鉈を振るう。緩慢に腕でオレを迎撃しようとする白の亡人であるが、カウンターをするにしても反応が遅すぎる。鉈の鈍い刃が重量を乗せて右肘に喰らい付き、白い肌を裂き、肉を潰し、骨を砕き、腕を切断する。

 

『ァアアaaaAaaアあ……ヤmEて……イた……i』

 

 叫び声にすらならない、まるで摩り下ろされたかのような途切れ途切れの声で『痛み』を訴える。オレは歯を食いしばりながら肘の切断から鉈による連続斬りへと派生させ、胴体を刻む。

 HPはやはり増加しているが思っていた程ではない。せいぜい1発分余計に入れなければならない程度だ。だが、ノックバックした白の亡人を追撃しようとすると同時に教室の扉が開き、新たな白の亡人が食らいつかんと大口を開けながら襲ってくる。

 鈍いな。この程度では脅威にならない。オレは肘打で強襲したヤツの鼻っ面を潰し、追撃をかけていた方にトドメを刺してから、鼻を打たれてよろめいたヤツを蹴り飛ばして教室に入り込む。

 

 

 

『あ、アァ……Aァ……モ、ウ、iyaタだ……』

 

『タsukeて……TaすkEテ……ダレカ……』

 

『オreタちが……ナNiをしタっテいうンダ……』

 

 

 

 生徒40人は入るだろう教室に1席だけの空席を残し、白の亡人がまるで授業でも受けるように腰かけていた。だが、それは見かけだけだ。

 学校らしい木材とパイプを組み合わせた椅子を強引に折り曲げた鉄材で改造し、無数の針と長めの画鋲を合わせて作られた拷問の……痛みを与える為だけの椅子。それに39人の白の亡人が学校指定だろう黒のベルトで四肢を拘束されて座らさせられていた。

 黒板にはまるでテストの科目でも伝えるように大きく漢字で『何が』起きているのか、訪問者たるオレに教える。

 

 

 

 

〈3限目『拷問椅子』〉

 

 

 

 

 拷問椅子。それは中世ヨーロッパに実在した拷問道具だ。もちろん、こんな『お手製』ではないが。

 まるで生徒たちが『授業』に励む様を見守るかのように教卓の後ろにいるのは『教師』役だろう天使だ。

 天使……そうだな。それ以外の表現はできないだろう。ただし、そこにあるのは人間が歪に想像した、まさしく『死』と『痛み』を与える為の天使だ。

 その全身は鉄で構成され、頭部は有名な拷問具であるアイアンメイデンと同じ女性の顔をしている。2つの腕は機械仕掛けであり、右手には有名な剣であるフランベルジュのように刃に波を持った短剣を、左手には拷問具と罪人を捕らえる拘束具でもある棘刺又を所持している。根本に錆びついたバネがある木製の翼にはびっしりと剣に近い棘があり、胴体は頭部のアイアンメイデンのような開閉を想像させる切れ込みが入った丸みがある鉄の塊だ。足は見えず、代わりに腰から下には血をたっぷりと啜った聖職者のような元は白色だろう腰布が垂れ下がっている。

 拷問天使とも呼ぶべきだろうか。オレは侵入者を感知してバネを動かして舞い上がる姿を見て脳の奥底が急速に冷え込むのを感じる。

 

 

『イタi……いヤだ……もウ、YAめテ……』

 

 助けを求めるように、オレが蹴飛ばした白の亡人が手を伸ばす。まるで痛みから逃れる為の『薬』がそこにあるかのように、オレに喰らいつこうとする。

 ああ、そうか。お前は物音を聞いて、力の限りを振り絞って拘束具を壊して、逃げ出してきたんだな。扉から1番近い拷問椅子のベルトが千切れているのを見て、オレは白の亡人の額に鉈の先端を突き刺す。何度も何度も突き刺して殺す。

 黒い液体が飛び散ってオレの顔を染めるが、その生温かく不愉快な粘り気のある感触すら今にも凍り付いてしまいそうに脳は冷気を生み出している。その一方で、心臓は力強く鼓動し、現実世界の血が煮えたぎりそうに熱くなっている。

 拷問天使が白の亡人の頭上を飛び、棘刺又でオレの首を捕らえようとする。だが、そのリーチは長くとも余程鈍いか狙いを付けねば当たらない槍の類だろう武器……いや、拷問器具は簡単に当たらない。咄嗟に教室後方にある木製の棚を蹴って宙を舞い、更にそれぞれの1年の抱負だろうか、1、2文字の漢字が記載された習字の紙を擦る様に蹴って推力を得たオレは拷問天使と交差する。

 鉈の分厚い刃が強引に火花を散らしながら拷問天使の胴体を削り、更に内部にある肉の感触を捉える。教卓に着地して振り抜いた鉈を見れば赤黒い光が零れていた。

 本体は開閉式の胴体の中か。ダメージを受けてオレの脅威度を引き上げたのか、腰布で隠されていた拷問天使の『足』が現れる。それはタコやイカを彷彿させる幾本もの太い鞭だ。

 鞭の足で着地した拷問天使の胴体の蓋が開く。そこに収められていたのは赤色の小人だ。オレが思い出したのは、西洋文化史の講義の資料で配られたレッドキャップという妖精だ。自身もまるで『生徒と同じ痛みを受けているんだ』と自己主張するように内部の棘で傷を負っているが、まるで同情が生まれない右目だけが異様に大きい小人が金切声をあげる。まるで『授業を邪魔するな』と叫ぶように。

 小人から放出されたのは湯気のような白のオーラを纏った3つの黒のエネルギー体だ。いずれにも白い靄のような目が2つ付いている。

 セサル宅で見たUNKNOWNの戦闘データでマクスウェルが披露した魔法に似ているな。確かあれから情報を調べたが、まだ未確認ジャンルに闇属性の『闇術』なるものが存在するらしい。恐らくその類だろう。

 鈍いが追尾性能があるらしい闇術をオレは茨の投擲短剣で迎撃する。だが、さすがにその程度では消滅しないのか、僅かに拡散して威力と速度が落ちるに留まる。貴重な投擲武器を3本も消費したが、1つ有用なデータが得られた。

 ならば火炎壺はどうだ? オレは≪歩法≫のソードスキル【ウォールラン】ではなく、純粋な脚力と強引な体幹によるバランス維持でカーテンが閉じられた窓を足場に駆けながら追尾する闇術に貴重な火炎壺を放る。

 

「これでも止まらないか」

 

 スピードが無い分、あらゆる妨害を受けても追尾するだけの術の『強度』があるのだろう。それに爆風を超えてきた闇術には『重量』のようなものを感じる。

 胴体を閉ざして再び隠れた小人が操る拷問天使が舞いながら、闇術と挟み撃ちにしようとする。その多関節の鉄の腕を伸ばし、短剣がオレの肩を軽く抉った。

 

「馬鹿が」

 

 オレはアイアンメイデン風の拷問天使の頭をつかみ、強引に宙で場所を入れ替える。オレと場所が入れ替わった拷問天使が自身の放った闇術の直撃を受け、胴体が爆ぜ、更に右翼を失った拷問天使が落下する。その重き体は下にいた白の亡人をクッションにして床への落下を防ぐが、そのがら空きの隙を見逃す気はない。

 発動させるのは≪格闘≫の空中専用ソードスキル【剛雷墜】。1回前転して加速を付けてからの踵落としであり、その青いソードスキルの光はまさしく雷そのものだ。血風の外装によって打撃属性と威力が高められた雷墜の破壊力に耐えきれず、鉄の胴体が砕け散り、中身の小人を潰す。

 血反吐のように赤黒い光を口内から漏らした小人の首を左手でつかみ上げる。小人は助けを求めるように1メートルにも満たない体をバタつかせる。その様を見て、オレは笑う。何とジョークが利いてる事にコイツには『命』がある。

 

「倫理観は違うのかもしれない」

 

 小人の喉をつかむ指に力を込めていく。

 

「お前はただ与えられた仕事をしていただけなのかもしれない」

 

 右手の鉈を鞘に収め、代わりに刃に禍々しい返しを持つ茨の投擲短剣を抜く。

 

「だけど、お前の目には『悦び』がある。コイツらを痛めつけ、苦しむ様を見て……『愉悦』を感じているんだろう?」

 

 そして、オレもまた……お前のもがき苦しむ姿を見て、本能が涎を垂らして牙を剥き始めている。

 さぁ、始めよう。久々に存分に喰らい尽す時間だ。お前みたいな糞の『命』ならば、オレは理性で止める気など欠片も無い。

 

「だったら、オマエもそろそろ『愉しむ』時間だ。そうだろう? コイツらだけじゃ不公平だ」

 

 刻む。薄く、慎重に、茨の投擲短剣で小人の皮を剥ぎ、アイアンメイデンで付けられた棘の穴に切っ先押し込んで強引に押し広げる。右目の薄い粘膜を爪で削り、喉をつかむ左手の親指で突き出した喉仏を押し込んでグリグリと気道を潰しては広げるを繰り返す。

 赤黒い光が小人から垂れ流され、月光の中で彼の絶叫が迸る。それは未知なる言語の羅列……いや、ちょいと英語に似ているような気もするな。どちらにしても意味は分からんが。

 

「お前は『人』じゃない。だから『人』を痛めつけても良心を咎める必要はない。そんなものさ。オレも理解してやるよ。だから、オレがお前を『愉しませる』のは言うなれば異文化交流さ。相手の立場に成れってよく言うだろ? アレと同じさ」

 

 巧妙にレッドゾーンでHPが残された小人をオレは観賞し続ける。既に欠損状態でHPを減らし続ける以外に無い小人が……『命』ある存在だからこそ『死』を恐れて暴れ回る。だが、その力は余りにも弱い。

 

「ああ、もしかしてお前ってサンタクロースか? なーるほど、確かにクリスマス要素だな。コイツは1本取られたな。ハハハ!」

 

 さぁ、死ぬ時間だ。その瞬間に……お前は何を思う? オレは歪んだ口元を隠しもせず、今にもトドメで喉を潰してしまうのではないかと冷や冷やしながら左手の力をコントロールする。

 

「『次』があるなら憶えとけ。助けを求めるなら日本語を使え。もしくはHelp meだ。OK?」

 

 にっこりと笑い、オレは舌を突き出して断末魔を上げた小人が手の中で赤黒い光となる瞬間を見届ける。

 後はコイツらか。オレは拷問椅子に拘束された白の亡人の首を落としていく。彼らは1人首が落とされる度に自分にも死が訪れたのだと知って暴れ、それが余計に拷問椅子の棘が押し込まれて悲鳴を増やしていく。

 

『シニ、タクな……i……しにタkuなイ……』

 

『たすケ……て』

 

 黒い血を涙に、白の亡人が自分の番になる度に命乞いの言葉が脳髄に響く。

 ほら、早く殺そう。どんどん殺そう。コイツらは『餌』だ。本能がフォークとナイフをかち合わせて晩餐だと1人、また1人切り落とす度に絶頂する。

 彼らに慈悲ある死を。その苦しみから解放する死を。それしか救いが無いならば。理性がオレに祈りを求めるように手を組んでいる。

 オレが……オレが選ぶのは決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやすみ。もう2度と目覚めぬ眠りがキミ達に訪れますように」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての白の亡人が首を失い、どす黒い血を溢れさせる。教室の扉から流れ出した多量の黒い液体に気づいたのだろう。サチがオレの言いつけを破って教室に駈け込んで来た。

 

「クゥリ、いったい何があったの!?」

 

 月光が差し込む教室で、オレは赤黒い光がべっとりと残る鉈をぶら下げ、黒い血をたっぷりと浴びた身に、真夏の空気であるにも関わらずに肌寒さを感じる。

 目が合った時にサチの瞳に映し込まれたのは……『恐怖』だけだった。それでも逃げずにサチは立ち続けていた。

 

「コイツらは……殺すしかない。殺すしかないんだ」

 

 転がる首という首。いずれも目を黒く塗り潰された……拷問され続けた……『人の命』達。

 サチ、オレを怖がっても良い。蔑んでも良い。でも……どうか彼らの為に祈ってやってくれ。その祈りは死の先には届かないとしても、死ぬ瞬間にはキミの『恐怖』を前にしても逃げずに立ち続けた『強さ』を通して届くはずだ。

 

「行こう。全員殺さないといけない。1人も残しちゃいけない。『終わらせてやる』んだ」

 

 さぁ、飢えと渇きを満たす為に殺しに行こう。本能が咆える。

 苦痛の為だけの『命』に安息の眠りを。理性が祈る。

 今のオレは後者の為に動いているはずだ。そのはずだ。サチの横をすり抜けたオレは必死に口元を隠す。

 知りたくない。今のオレが……どんな表情をしているのか、知るわけにはいかない。

 今何時だろうか。口元を覆っていた右手を離し、望郷の懐中時計を取ればちょうど午前零時……クリスマスを迎えていた。

 Merry Christmas.オレは少しだけ『特別』な日を迎える。

 そして、ふと視界に、窓に半透明で反射する黒い血を髪から滴らせるオレの姿が映った。

 

「…………糞が」

 

 鉈を振るって刀身にこびり付く赤黒い光を払う。まるで血のようなそれは、窓に映るオレの顔を塗り潰すように飛び散った。




サービスタイム終了。ここからはいつもの本作です。いつもよりもハードに行きます。可愛い女の子と聖夜にデート(ブラッディ☆テイスト)の代償を支払う時間です。

それでは、109話でまた会いましょう。

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