SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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早くも本エピソードも6話目ですが、まだまだ序盤です。なんか最近はエピソードを経るごとに話数が増えているような気もしますね。

スキル
≪石化耐性≫:石化耐性を高める。
≪遠視≫:有効視界距離を伸ばすスキル。熟練度の上昇により、更に距離が伸びる。

アイテム
【星巡りの指輪】:名も知れぬ王国に仕える占星術師の指輪。星を見て運命を知り、国の行き先を示した占星術師たちは古来より学者として多くの知恵を集め、国を栄えさせた。だが、いつの日からか、彼らは詐欺師の汚名を着せられて排斥されることとなった。
【羽織狐】:美しい刀身を持つ、狐が絡み合う鍔が特徴的なカタナ。その昔、東の果ての国に美しい娘がいた。だが、彼女は狐の化身であり、多くの男を弄んだ。彼女はやがて1人の剣士に恋をし、カタナに化けて共に歩む事を決めた。これはその物語を模したものだろう。



Episode13-6 消耗戦

 迫るのは2体の拷問天使。1体は滑空し、1体は窓を擦る様に飛行しながら、バネ仕掛けの翼を羽ばたかせる。

 滑空する拷問天使の棘刺又による横殴りの攻撃を跳躍で回避し、もう1体の拷問天使の翼から射出された棘を鉈で弾く。一瞬の交差の間に左袖から飛び出した蛇蝎の刃のワイヤーを翼に絡ませ、窓際を飛ぶ拷問天使のバランスを崩させて墜落させる。

 倒れている仲間を救う為か、あるいは諸共吹き飛ばす為か。引き返してきた拷問天使の内部が開き、小人が闇術を発動させようとする。だが、それを見越して投擲した鉈が開閉と同時に小人の鼻頭に突き刺さり、その頭部を串刺しにする。

 絶叫する小人が再び鉄の胴体の中に閉じこもろうとするが、突き刺さった鉈が邪魔で完全に扉を閉ざせない。その間にオレは黎明の剣を抜いて強引に僅かな扉の隙間に押し込んで小人に追撃をかける。

 拷問天使は外部からの攻撃は著しくダメージを減衰させるが、本体である小人へのダメージは面白い程に通りが良い。肉を黎明の剣の切っ先が貫く感触を味わいながら、オレは力任せに軽量両手剣ならではの鋭さを活かして、小人の肉を千切りながら振り上げる。

 赤黒い光を纏いながら扉の隙間から再び、まるで水面から跳ねた魚のように飛び出した黎明の剣の斬撃を、墜落から復帰して背後から鞭の脚でオレを絡め取ろうとしていた、もう1体の胴体へと向ける。肉厚の鉈と違い、軽量両手剣である黎明の剣では拷問天使の鉄の胴体を破れずに弾かれるだけであるが、その一撃が攻撃を逸らし、鞭の数本がオレの腹を打つに留まる。

 黎明の剣を右手に残し、オレは踏み込んで左拳で背後から襲った拷問天使の顔面を打つ。籠手と金属の頭部が衝突して火花を散らす。

 さすがに2体同時は厳しいが、まだ対応できない事は無い。蛇蝎の刃を袖の奥に巻き戻し、オレは鉈が突き刺さったままフラフラと浮かび上がる拷問天使へと斬り上げをお見舞いしつつ、距離を取る。

 

「サチ!」

 

「駄目! ここも開かないみたい!」

 

 オレは廊下の奥、東棟に通じる3階の渡り廊下へと続く扉の前でドアノブの回転を阻害する鍵の金属音を響かせるサチの返答を聞き、やはりかと舌打ちする。

 現在、オレ達がいるのは新校舎中央棟3階だ。4階建ての中央棟から職員室がある東棟に赴く為には1・2・3階のいずれかの渡り廊下を通る必要がある。そして、2階の渡り廊下の扉は案の定封鎖されており、どうせ3階も同様だろうと推測はできたのであるが、何事も確認が重要である為にチェックしに来たのである。

 だが、3階の廊下には2体の拷問天使が巡回しており、交戦なく調べるのは困難だった。そこでオレが戦っている間にサチが扉の施錠の有無を確認するという作戦を取ったのである。

 やはり鍵がかかっていたか。鞭の足で着地し、飛行ではなく地上での近接戦に持ち込もうとする拷問天使たちは多関節の腕を使い、トリッキーに棘刺又と歪なナイフを振るう。攻撃範囲はどちらも広いが、学校の廊下である以上戦闘に必要な空間体積が大きい拷問天使たちはご自慢の空中戦を十分に活用できない。屋内戦では確かに数による密集攻撃が有効ではあるが、一方で同士討ちや機動力の低下も考慮せねばならないのは当然だ。

 オレのHPは残り7割弱。サチを守りながらの上、相手が2体かつ狭い空間では回避し辛い為か、ジリジリとダメージが嵩んでいる。保険で燐光草を咀嚼しながら、オレは鉈が突き刺さったままの拷問天使に狙いを絞って攻撃する。

 黎明の剣は軽量特化の両手剣である為、≪剛力≫スキルがあるオレにはリーチが長い片手剣のようにスピードある扱いも可能だ。左手をフリーにしたまま、オレはまず体を回転させ、浮遊しながら鞭の足を周囲に広げて打たんとする鉈が突き刺さった拷問天使の攻撃をしゃがんで回避する。

 鉈で完全に閉じられない胴体を守る為に回転攻撃とは、なかなかに面白い戦い方をする。さすがは『命』があるAIはその柔軟性がまるで違う。常に新しい戦法を作り上げて必死に『死』を恐れる。

 だからこそ、オレからすれば戦い易い。火炎壺を取り出して放り投げ、鞭に接触させて爆風を引き起こさせる。火炎壺が放出する熱と爆発が目暗ましになり、自身も回転していたせいでオレを完全に見失う。その間にスライディングで真下に潜り込み、黎明の剣を下半身から突き刺す。鋼の体に防がれるも、まさかの下方からの攻撃に対応する為に拷問天使は浮遊を止めて落下してオレを押し潰そうとするが、それより先に蛇蝎の刃を天井に突き刺してワイヤーを巻き戻して離脱する。

 一息と共に押し潰し攻撃で回転を停止させた隙に再度、黎明の剣を扉の隙間に押し込む。それが内部の小人を貫いて決定打となり、拷問天使は赤黒い光となって飛び散る。

 仲間の回転攻撃のせいで2対1の利点を活かせなかったもう1体は棘刺又でオレの首を捕らえようとするが、間合いに潜り込んで逆に肘打を浴びせる。いかに鉄の体であろうとも、打撃属性である格闘攻撃ならばそれなりにダメージも通る。

 起死回生を狙ってか、鞭を乱雑に伸ばして接近したオレを振り払うと、扉を開いて小人が例の追尾性能が高い闇術を使用する。3つのまるで黒い霊魂のようなエネルギー体が放たれる。

 茨の投擲短剣でも火炎壺でも迎撃できないこの追尾性能が高い闇術は厄介極まりない。オレはわざと自身の背中を壁に押し付けて背後の退路を塞ぐ。そして、黒い3つの霊魂が接触する直前で跳躍し、闇術を壁に命中させて消滅させる。これが破壊可能オブジェクトならば、もしかしたら威力を減衰させるだけで更なる追尾を仕掛けてくるかもしれないが、幸いにもこの学校の壁・天井・窓はいずれも破壊不能オブジェクトだ。さすがの高い強度を持つ追尾闇術も消滅する。

 だが、この無駄のある動きを逃さずに、拷問天使は歪んだナイフを投擲する。宙で回避ができず、喉元を突き刺す直前に、オレは左手でナイフの刃をつかんで直撃を免れる。手のひらに歪んだナイフの刃が潜り込む感触がアバターを通り抜けて不快感となる。

 オレが着地すると同時に再度闇術の使用を試みる小人であるが、それよりも先にオレはラビットダッシュで間合いを詰め、その腹部に左ストレートをお見舞いする。アバターの肉が潰れ、骨が砕ける音が指を通じて聞こえ、そのまま肉をつかんで拷問天使の内部から小人を引き摺り出し、その口内へと黎明の剣を突き刺して撃破する。

 リザルト画面が表示され、付近に敵が無いという事をシステム的に確認したオレは息を吐く。貴重な回復アイテムである燐光草を頬張り、青い顔をしたサチと合流した。

 

「ごめんなさい……私、やっぱり足手纏いだよね」

 

 槍を持つ手に力を込めるサチには、オレ1人に戦わせた罪悪感のようなものが目に混じっている。

 

「戦うなって指示したのはオレだ。むしろ、参戦してもらった方が戦い辛くて困るんだよ」

 

 草の味しかしない燐光草を何枚も食べるのは意外と苦行だ。最近はクラウドアース販売のレモン風味深緑霊水か、やや甘みがある燐光紅草が回復の主体だったからな。燐光草を何枚も何枚も食べていた初期が懐かしくなる。

 

「サチはオレ達プレイヤーともNPCとも違う。HPバーも見えないし、どれだけのダメージを喰らっても大丈夫なのか分からねーし、そもそも『戦えるアバター』なのかも怪しい。下手に蛮勇を気取って戦いに参加された方が邪魔だ。自衛と回避だけに専念しろ。あと、ヤバいと感じたらすぐ逃げろ」

 

 やや厳しい言い方であるが、サチがオレにできる最大の協力は『戦わない』の一択だ。そもそも連携とは生半可である事こそ1番恐ろしいのだ。広い戦場ならばともかく、このように狭苦しい廊下では先程の拷問天使のように互いが互いを阻害し合うのは目に見えている。その点で傭兵の協働とは互いが好き勝手に暴れながら、適当にフォローし合うというものだから気楽だ。

 良く少年漫画で言われる『仲間は掛け算だ!』が連携であり、傭兵の協働とは『協働相手は足し算+α』である。まぁ、中には支援特化の『協働専門』を掲げる傭兵も居ない事は無いんだがな。そういうのは例外だ。

 HPをほぼ全快まで回復させたオレはアイテムの残数を計算する。今回の戦闘で消耗した燐光草は4つ。これまでの戦いでは火炎壺を1つ、茨の投擲短剣を3つも消費してしまった。クリスマスダンジョンの規模がどの程度か知らんが、まだまだ先は長いだろう。もう少し丁寧に戦う事を心掛けねばならない。

 

「にしても、やっぱり鍵はかかっていたか。そうなると、まずは渡り廊下の鍵探しだな」

 

「でも、渡り廊下の鍵だって職員室で管理されていたはずだし……」

 

「だったら警備室とかは? 警備員が常駐とかしてねーのか? そういう所に予備の鍵とか置いてると思うんだが」

 

「昔はいたみたいだけど、今は全部オートメーション化されたから。あ、でも確か1階に昔使われていた宿直室があったかも」

 

 ゲーム的に考えればそこに鍵があるかもしれないってわけか。サチの提案に乗り、オレは鉈を回収してから1階に赴くべく階段を下りる。

 暗がりの階段を下りる中、オレは背後のサチを少しだけ振り返って確認する。彼女はオレの後を追いながらも視線を逸らし、複雑そうな表情をしている。

 原因は分かっている。先程の教室の惨劇だ。オレは拷問椅子に拘束されていた白の亡人を皆殺しにした。タイミングが悪かったとはいえ、あんな光景を見せられれば、嫌でも信用や信頼、好感といったものが失墜するだろう。

 だが、サチはそんな自分の反応を良しとしないのだろう。ここまで、そしてこれからも、自分の前で戦い続けるのは他でもない、恐れを抱いた対象であるオレなのだから。SAO時代から見慣れた反応だ。

 

「クゥリは……強いね」

 

 どうサチに話しかけたものかとオレが悩んでいたら、意外にもサチの方から話を振って来る。

 

「私にもそれだけの強さがあったら良かったのに。そうすれば、誰も死なせないで済んだのかもしれないのに」

 

「……オレは強くなんかないさ」

 

 2階に到着し、まずは奇襲を仕掛けられないように廊下を確認してから1階を目指して階段を下りる。身嗜みをチェックする為か、等身大の鏡が飾られており、闇と月光の狭間で不気味にオレの黒い血がまだ薄く全身に残る姿を映していた。

 

「オレよりも強いヤツらは幾らでもいる。『アイツ』なら、きっとサチを怖がらせずに、ヒーローのように助けられるはずだ。でも、オレにはそんな真似できない」

 

 再び1階に戻ったオレはサチの誘導で宿直室を見つける。下駄箱の前、何年も開けられていない事を窺わせる古びた扉が不気味だった。

 さて、ここに渡り廊下の鍵があれば良いのだが。オレはドアノブに手をかける。

 

「じゃあ、『強さ』って何?」

 

 だが、それをサチの震えた声が止める。

 

「クゥリが強くないなら、いったい何が『強さ』って言えるものなの?」

 

 これまた哲学的な話題だな。だが、そもそも話のタネを撒いたのはオレか。頭を掻きながら、今ここで真摯に答えねばサチは大切な物を見失うような気がして、慎重に伝える為の言葉を探していく。糞が。こういうのはディアベルとか『アイツ』の担当だろうに。

 

「確かに『戦う』って意味じゃ、オレは強い部類かもしれねーな。だけど、本当の『強さ』ってのは別にあるはずだ。オレの知り合いにさ、シノンっていう澄まし面をした可愛げがない傭兵仲間がいるんだけど、ソイツも『強さ』を追い求めている」

 

 出会った当初からシノンは『強さ』を得ようと足掻いていた。それは彼女の過去に何かあったからなのだろうが、それを探ろうとも思わないし、知りたいとも望まない。だが、少なくとも彼女の求めた『強さ』はオレには無かった。

 

「きっと、それは『心』って部分にある強さなんじゃねーかな。ただひたすらに、立ち塞がる全てを倒すのは……『強さ』じゃないのかもしれないな。『強さ』だとしても、それはきっと『人の強さ』じゃない」

 

 オレはそういう意味では、どうしようもなく弱いのかもしれない。

 今以てオレには『答え』が無い。ただひたすらに、狩り、奪い、喰らい、戦う。それが『オレ』だから。

 たとえば、エレインはアイラさんをその身を盾にして守った。自分が死ぬと分かっていたはずだ。だが、それでも自分の命よりも大事な物の為に身を投げ出せるのは立派な『強さ』のはずだ。

 たとえば、キャッティのように見ず知らずであろうとも、見捨てられた者に救いの手を差し伸べる為ならば無謀も厭わない精神は、何よりも尊い『強さ』のはずだ。

 たとえば、『アイツ』のように……

 

「オレも……オレも欲しいのかもしれない。そんな『強さ』が」

 

 サチが大きく目を見開き、何か言いたそうに口を開く。まぁ、柄にもない事を言った自覚はあるからそんな顔をしないでもらえると嬉しいな。こんなオレでもメンタル耐久力は人並みしかねーんだよ。

 話は終わりだ。ドアノブを回したオレは宿直室に踏み込む。

 だが、途端にオレの眼前に広がっていたのは暗闇だ。いや、正確に言えば底なしの穴である。

 

「ぬふぅううううう!?」

 

 歯を食いしばるような悲鳴と共に手をバタつかせて咄嗟にバランスを保ち、オレは何とか落下を防ぐ。いやいや、確かにドアを開けたら大穴が『こんにちは』は古典的なトラップの1つではあるが、せめてダンジョンの雰囲気を保つトラップを準備できなかったものだろうか?

 

「まったく、サチの学校は摩訶不思議な吃驚魔境かよ。宿直室に大穴とかふざけやがって」

 

 何とか落下を免れて尻餅をついたオレはゼーゼーと大袈裟なまでに息を荒くする。こんな間抜けな死に方だけは死んでもご免だ。

 

「わ、私も宿直室には入った事無かったら……あははは」

 

 オレのこの無様な醜態に、さすがのサチも苦笑いしている。どうやら、このふざけたトラップのお陰で彼女も調子を取り戻してくれたようだ。全く、道化を演じずとも道化になってしまう。それがオレみたいだな。まぁ、道化師冥利に尽きると素直に諦めよう。

 

「それにしても深そうな穴だね」

 

「即死トラップ……いや、違うかもな。物は試しか」

 

 オレは改めて大穴を覗き込む。よくよく見れば、穴の中では白い靄のようなものが渦巻いている。闇の穴のように液体に満たされてこそいないが、もしかしたら別所への転送機能があるのかもしれない。

 試しにオレは近くの消火器を手に穴へと放り投げる。消火器の赤色は靄に包まれて消失する。落下ダメージで破壊されてポリゴンの欠片になったようには見えないな。

 

「何処かに通じているのかもしれない。サチ、オレは下りるが、お前はここに残るか?」

 

「私も行く。もしかしたら、この下に『私』の答えがあるかもしれない」

 

 一瞬だが、オレはサチの中にある蝋燭の火のような、今にも消えそうでありながら確かな熱を持つ意思に危うさを覚える。

 サチが自身を『サチ』であると認めたい、信じたい、答えを得たいと望んでいるのは分かるが、それは進んだ先にある答えに過ぎない。たとえサチが『本物のサチ』と同じでないとしても『今ここにいるサチ』である事だけは絶対に変わらないはずだ。

 仮に、サチが『本物のサチ』ではないから無意味な存在であるとされてしまうのであるならば、それはオレの知る1人の男への侮辱だ。

 あの時、狂気の中で撒き散らしていた彼の言葉の意味が今なら分かる。クラディール……お前はきっと……

 

「あまり焦るなよ」

 

 そう一言告げ、オレは穴の中へと飛び込む。闇の穴と違い、液体に包まれずに冷たい靄だけがオレの周囲を埋めていき、肌に湿って纏わりつく。白い靄が視界の全てを埋めていく中、オレの足の裏は想定していたよりも早くに地面の硬い感触を踏む。

 1拍遅れで到着したサチもまた無事に着地すると同時に靄……というよりもここまで視界を覆ったら霧だな。とにかく、それは急速に晴れていく。

 それは冷たい石造りの広々とした空間だった。全体的に正方体のブロックが組み合わさってできたような人工的な雰囲気を持ち、色彩はやや黄土色に近く、まるで偽物の黄金のようだ。いずれも古びており、また設置された松明の炎は不気味な程に猛々しく、この地がかつて繁栄した都市の名残であるかのように感じれる。

 というか、この風景にはハッキリ言って見覚えがある。何層だったかは忘れたが、アインクラッドの迷宮区の1つだ。確かゴブリン系のモンスターが頻繁に徒党を組んで登場し、多くのソロプレイヤーが苦しめられたダンジョンである。

 どうやらサチの高校から再びアインクラッドに戻ってきたようだ。なるほど。このダンジョンの特性が大体読めてきたな。恐らくだが、ここはサチの記憶における『現実世界』と『仮想世界』を行き来するのだ。そこに茅場の後継者の狙いの何があるのか知らんがな。

 

「またアインクラッドみたいだな。今度は迷宮区みたいだが……」

 

 モンスターがリポップする音と共に、サチの背後に3体のゴブリンが出現する。オレもアインクラッドで見慣れた【ゴブリン・ソルジャー】だ。曲剣と円盾を装備し、薄くはあるが金属製の鎧と兜を装着している厄介な存在だ。

 ああ、これも久々だな。オレはサチの横腹に蹴りを決めて蹴飛ばしてゴブリンの斬撃から遠ざけさせ、彼女の代わりに鉈で2体のゴブリン・ソルジャーの曲剣振り下ろしを受け止める。若草色をした肌に黒ずんだ緑の斑点を持つゴブリンは、黄色く濁った眼を開き、毒々しいほどに赤い舌を舐めずりした。

 オレが2体のゴブリン・ソルジャーの攻撃を受け止めて硬直した瞬間に3体目がオレの横腹を薙ぐ。ほぼ直撃のそれはオレのHPを3割削り取っていく。ゴブリン系はソードスキルを使うので、通常攻撃だけで済んだと喜ぶべきか。

 

「クゥリ!」

 

 壁に叩き付けられたサチがオレの名前を呼ぶ。だが、それに応える余裕は無い。2本の曲剣を受け止める鉈を強引に逸らして力の流れを変えて2体のゴブリンのバランスを崩させ、反転して再度斬撃を放とうとするゴブリンの顔面にカウンターのキックをお見舞いする。

 だが、ゴブリンは宙で回転して体勢を整え、逆に着地と同時に≪曲剣≫の単発ソードスキルであるリーパーを発動させる。

 

「ふざけてやがるな、糞が!」

 

 動きのキレがまるでオレの記憶の中にあるゴブリン・ソルジャーとは違う! どういうオペレーションを組んでやがるんだ!? リーパーをまともに鉈で受け止めた結果、ガードに用いた鉈が弾き飛ばされる。更に2体のゴブリンは曲剣から、SAOではほぼ使ってこなかったに等しいコンポジッド・ボウに切り替え、射撃攻撃を使用してくる。SAOでは弓矢が無い為にモンスター側もそれなり以上に自重(少なくとも50層くらいまでは)していたはずなのだが、コイツらはまるで躊躇なく接近戦と中距離戦の役割分担を選択してきやがった!

 2本の矢の内の1本が左太腿に突き刺さる。それがオレから一瞬だがバランス感覚を奪い、その隙に先程のリーパーを使用したゴブリン・ソルジャーがあろうことか、曲剣と盾を捨ててオレの首を背後からその太い腕で絞める。

 本当にふざけてやがる! 2体のゴブリンが更に矢を引き絞るが、オレは背後のゴブリン・ソルジャーの足を払い、そのままSTR任せに背中で担いで地面へと頭から叩き付ける。同時に放たれた2本の矢を黎明の剣を宙に放って、両手でキャッチし、そのまま起き上がろうとするゴブリン・ソルジャーの双眸へと突き刺す。

 ファンブルキャッチでつかんだ黎明の剣で3射目を狙わず、仲間を助けるべく曲剣と円盾に切り替えた2体のゴブリン・ソルジャーを迎え撃つ。だが、そうはさせまいと目を潰されているにも関わらず、倒れたゴブリン・ソルジャーがオレの右足にしがみつき、脛に齧りついた。これを好機と2体のゴブリン・ソルジャーが左右に分かれてオレに斬りかかるも、何とか籠手の強度頼りで受け止めるが、ダメージは深刻で一気にイエローゾーンに到達し、HPは5割を切った。

 両手の籠手で受け止める曲剣をオレは足に縋りつくゴブリン・ソルジャーを蹴りで持ち上げて振り回す事で弾き、そのまま歯並びの悪い口を見せびらかせる脛を噛むゴブリン・ソルジャーの顎をつかんで引き離す。

 発動させるのは≪格闘≫のソードスキル【虎爪】。右手の指を立てた突き手であり、それが鎧の覆われていないゴブリン・ソルジャーの喉を貫き、アバターの肉へと食い込む。そこから蛇蝎の刃を使用し、再度挟み撃ちを仕掛ける2体のゴブリン・ソルジャーに鞭の如く振るって弾き返し、その間に茨の投擲短剣を抜いて虎爪でHPを大幅に失ったゴブリン・ソルジャーの口内へと返しだらけの刃を押し込んで強引に振るう。

 まずは1体。DBOと違い、アインクラッド特有の美しい輝きのポリゴンの欠片となるゴブリン・ソルジャーを横目に、次の1体へと踏み込み、顔面をつかんで壁に叩き付ける。一瞬だが喘いだ隙に更に曲剣を振り回して突進してくるもう1体のゴブリン・ソルジャーと激突させる。

 倒れた2体へと、切っ先で床を削りながらの黎明の剣による振り上げ攻撃を与え、HPを削ったところで起き上がりへと追撃の振り下ろし。そして、トドメでバックステップを踏みながら火炎壺を投げる。

 爆風に曝されたゴブリン・ソルジャー2体は同時に撃破され、とてもではないが強さに見合わないだけの少量の経験値とコルがオレに入った。

 

「どうなってやがる……ゴブリン・ソルジャーの強さじゃねーぞ」

 

 貴重な燐光草をまたも消費する事になるとは。いや……これで燐光草は品切れか。まだ交戦は3回しかしていないというのに、このダメージペースは危険だ。ただでさえVITが低いオレは持久戦に弱いのだ。このままアイテム不足の状態で連戦が続ければ、いずれは回復アイテムの在庫が無くなって身動きできなくなってしまう。

 

「悪いな、足蹴りしちまって」

 

「別に良いの。それよりも今のゴブリン・ソルジャー……」

 

 駆け寄ったサチに蹴りを入れた事を謝罪する。いや、さすがにオレも少しはデリカシーとか色々学ばないといけないって我が身の振り方を見直し始めたから。幾ら助けるためとはいえ、おんにゃのこに蹴りは駄目だよな、蹴りは。まぁ、今後も必要ならば蹴っていくつもりだが。

 

「ああ、アインクラッドの比じゃねーほどに強い。気を付けろ。次は後れを取ることは無いだろうが、あんな連中と何回も戦っていたら死んじまうからな」

 

「それだけじゃないよ。あのゴブリン、それにこの迷宮区は私が『あの人』と出会った時の……だとしたら、まさか!」

 

 サチが何かに気づいたように声を張り上げる。それと同時にオレの首筋を有難くない程に濃厚な悪寒が舐めた。

 ようやく回復を終えた途端に、今度は何だ? オレは鉈を構え、サチを背後に控えさせる。

 

 

〈闇霊【TcRLs19eeQcX3】に侵入されました〉

 

 

 今度は闇霊か。だが、表示されたシステムメッセージに記載された闇霊の名前はアルファベットと数字の組み合わせであり、オレが今まで交戦した闇霊のように読み取れるような名前をしていない。

 そういえば、とオレは思い出す。DBO各地で突如としてプレイヤーを襲う……いずれも13文字のアルファベットと数字の組み合わせという不可思議な名前をした、通称【無名の闇霊】と呼ばれる謎の闇霊が存在するらしい。

 今度は噂の無名の闇霊の登場というわけか。しかも、その闇霊は堂々と松明を両脇に指されたダンジョンの奥、アーチ状の入口の先から現れる。

 登場したのはいかにも騎士といった風貌をした、フルフェイスの甲冑装備の闇霊だ。右手には戦斧、左手にはカイトシールドの類を装備している。

 あろうことか、無名の闇霊は丁寧に右肩と頭を下げて一礼を取る。まるで、これから始めるのは騎士の決闘だと言わんばかりの態度に虚を突かれたオレは、半ば反射的に同じように頭を下げてしまった。

 だが、それは誘いだったのか、オレが僅かに頭を下げたと同時に無名の闇霊は盾に隠していた小型の杖を振るい、オレに向かって通常のソウルの矢よりも濃い青……藍色をした【強いソウルの矢】を放つ。咄嗟に茨の投擲短剣で迎撃して難を逃れるも、その間に無名の闇霊は【浮遊するソウルの塊】を発動させる。敵対者が接近したら自動感知して飛来する浮遊するソウルの塊は追尾性がそれなりにある危険な魔法だ。これでオレは迂闊に接近できなくなった。

 ニヤニヤとフルフェイスの兜の奥で無名の闇霊が嗤っている事をオレは感じる。そして、それを証明するように『お前は馬鹿か?』というように闇霊は肩を竦める。

 どうにも『命』あるヤツには違いないが、どうにも今までの闇霊とは異質だ。今までの闇霊はストーリーに添ったNPCばかりであり、ここまで生々しい馬鹿にした態度を取る者はいなかった。当然だ。これは命のやり取りであり、オレもせいぜい挑発止まりである。だが、コイツの態度は何かが違う。

 そう……まるで『ゲーム』を楽しんでいるかのような、そんな態度だ。

 何にしても殺す。コイツは先程のゴブリンよりも遥かに強いかもしれんが、同時に『脆い』な。まるで殺し合いを分かっていない。オレは浮遊するソウルの塊を恐れずに踏み込んでいく。それを予想していなかったのか、闇霊に動揺が生まれる。

 馬鹿が。その程度の魔法で攻められないならば、傭兵業の看板を下ろさねばならない。単身で活躍するからこそ、莫大な報酬を約束されるのがDBOの傭兵業なのである。たかだか自動迎撃の魔法1つで恐れを抱くものか。

 闇霊の周囲で浮遊していた4つのソウルの塊がオレに飛来する。それを左へのステップから右への強引な方向転換で躱し、オレに戦斧を横振りする闇霊と鉈をぶつけ合う。

 なるほど。技量はそれなりにあるようだ。だが、まるで『殺し合い』のやり方を知らない。オレは密着状態を維持して力押ししようとする闇霊の横腹に膝蹴りを入れて体勢を崩させ、間髪入れずに足払いする。簡単に転倒した闇霊へとそのまま鉈を振り下ろし、そのHPを削る。

 無様に横に転がりながら追撃を避けた闇霊だが、その動きは予想済みだ。1歩先んじて脱出ルートに茨の投擲短剣を投げ、兜と鎧の隙間、喉へと投げナイフの部類では厚めの茨の投擲短剣を突き刺す。

 

「どうした? もう終わりか? おいおい、まだ『遊び』にもなってねーぞ?」

 

 正直、これが噂の無名の闇霊とは拍子抜けだ。戦斧を落とし、尻を地面に擦りつけて後ずさりしながら、手をオレに伸ばして『降参』の意思を示している。

 まるで意味が解らん。だが、コイツからは『死への恐怖』を妙な程に強く感じる。オレは溜め息1つに、闇霊の胸を踏みつけ、黎明の剣を喉へと突き立てた。

 

「殺しに来て、自分が不利になったら白旗を上げて見逃してもらうって、それは無しだろ? 常識ねーのかよ」

 

 アバターの肉を貫き、赤黒い光を撒き散らしながら黎明の剣を押し込んでいく。痙攣し、絶叫し、まるで現実の肉体ならば失禁するのではないかと思う程に闇霊は暴れ回る。だが、それを許さずにオレは黎明の剣を押し込み続ける。

 

 

 

『/////I/do///'t//////nt//ie/////!』

 

 

 

 HPがゼロになり、闇霊が消滅する寸前、ノイズが走っていて聞こえ辛かったが、闇霊が何やら言葉を発したのを耳が捉える。英語の様にも聞こえたが、 悪いが日本語以外はまともに語学力が無いオレはリスニング能力も最低だ。ノイズも加わってまともに理解できなかった。最後だけは少しだけ聞き取れたんだが、それ以外はまるで駄目だ。『fuck』とか言いまくってた気はするが、それも確かじゃない。

 闇霊が撃破した報酬は相応の物であり、経験値がやや多めに、それに魔術書【浮遊するソウルの塊】も入手できた。今では希少度が低くなって市場価値も下がった魔法ではあるが、それでも中位プレイヤーに市場よりも安値で売ると持ち掛ければ良い小遣い稼ぎになるだろう。燐光草が減ったお陰で無事に魔術書も収容できた。

 それにしても、今の闇霊はいったい何なのだろうか? まるで戦いが……いや、『殺し合い』が出来ていない。あんなヤツ、その辺の有象無象の中位や低位プレイヤーならば良い勝負ができるかもしれないが、上位プレイヤー相手では勝負にもならないだろう。

 何にしても、回復アイテムを消費しなかっただけ良しとしよう。オレは黎明の剣を背負い、少しだけ気になる様に闇霊が消滅した残滓を見つめた。




今回はひたすら戦い続ける回になりました。
順調に余力が奪われていっていますが、まだまだダンジョンは序盤です。

それでは、110話でまた会いましょう。

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